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6 宇宙の構造と歴史 6.1 Cosmic distance ladder 右の図の白い点は、地球の位置か ら観測される、我々の銀河と同様 またはそれ以上の規模を持つ銀 河の天球上の位置を表している。 銀河が分布しない帯状の領域は、 我々の銀河円盤に存在する星間物 質及び恒星に遮られて遠方の銀河 が観測されにくい領域である。そ れ以外の領域には、銀河がびっし りと分布し、天球上に投影された 分布ではあるが、銀河の密度の大 きい場所と小さい場所がある事が 分かる。奥行きを含めた3次元的 な分布を見るためには個々の銀河 までの距離を知る必要がある。 遠方銀河までの距離は、金星までの距離の測定を基に決まる太陽-地球間距離 (AU; 天文単位)それを基に近傍の恒星までの距離を測る年周視差の方法、、などとしだいに遠距離を測る指標 をつなぎ合わせて測定される。それは、Cosmic distance ladder と表現される。 天体までの距離を計測する際 の最も基本的な距離は太陽と 地球間の平均距離を表す天文 単位 (AU; Astronomical Unit) (約1億5千万 km) ある。近傍の恒星に対して計 測される年周視差と、その天 文単位を組み合わせて近傍の 恒星までの距離が計測される (1-2章参照)。年周視差に よる距離の計測の現在の限界 は約数百光年 (100 pc) ある。(GAIA 衛星の観測に より将来この限界は大幅にの びる事が期待されている。) 6.1.1 主系列 fitting による星団の距離の測定 恒星が星団に属している場合、年周視差の計測が出来ないほど遠くまでその距離を知ることが できる。それは、HR 図上の主系列を合わせることによる。距離が得られている近傍の恒星を、 縦軸に絶対等級、横軸に表面温度または色指数 (B - V ) を採用した HR 図上にプロットすると、 HR 図上の主系列の位置 (主系列の絶対等級と表面温度の関係) が得られる。 一方、距離はわからないが、ある星団に属する恒星のばあいは、縦軸に実視等級 (=見かけ の等級) を採用した HR 図上にプロットすると、主系列が得られる。しかしこの場合は、見かけ の等級と表面温度の関係である。これら二つの HR 図の横軸を共通にすると、星団の主系列と 基準となる近傍の恒星の主系列とはほぼ平行となる。ある表面温度に対する星団の主系列の実 6-1

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Page 1: 6 宇宙の構造と歴史saio/Astronomy/chap6.pdf6 宇宙の構造と歴史 6.1 Cosmic distance ladder 右の図の白い点は、地球の位置か ら観測される、我々の銀河と同様

6 宇宙の構造と歴史6.1 Cosmic distance ladder

右の図の白い点は、地球の位置から観測される、我々の銀河と同様またはそれ以上の規模を持つ銀河の天球上の位置を表している。銀河が分布しない帯状の領域は、我々の銀河円盤に存在する星間物質及び恒星に遮られて遠方の銀河が観測されにくい領域である。それ以外の領域には、銀河がびっしりと分布し、天球上に投影された分布ではあるが、銀河の密度の大きい場所と小さい場所がある事が分かる。奥行きを含めた3次元的な分布を見るためには個々の銀河までの距離を知る必要がある。遠方銀河までの距離は、金星までの距離の測定を基に決まる太陽-地球間距離 (AU;天文単位)、それを基に近傍の恒星までの距離を測る年周視差の方法、、などとしだいに遠距離を測る指標をつなぎ合わせて測定される。それは、Cosmic distance ladder と表現される。

天体までの距離を計測する際の最も基本的な距離は太陽と地球間の平均距離を表す天文単位 (AU; AstronomicalUnit) (約1億5千万 km)である。近傍の恒星に対して計測される年周視差と、その天文単位を組み合わせて近傍の恒星までの距離が計測される(1-2章参照)。年周視差による距離の計測の現在の限界は約数百光年 (∼ 100 pc)である。(GAIA衛星の観測により将来この限界は大幅にのびる事が期待されている。)

6.1.1 主系列 fittingによる星団の距離の測定恒星が星団に属している場合、年周視差の計測が出来ないほど遠くまでその距離を知ることができる。それは、HR図上の主系列を合わせることによる。距離が得られている近傍の恒星を、縦軸に絶対等級、横軸に表面温度または色指数 (B −V )を採用したHR図上にプロットすると、HR図上の主系列の位置 (主系列の絶対等級と表面温度の関係)が得られる。一方、距離はわからないが、ある星団に属する恒星のばあいは、縦軸に実視等級 (=見かけ

の等級)を採用したHR図上にプロットすると、主系列が得られる。しかしこの場合は、見かけの等級と表面温度の関係である。これら二つの HR図の横軸を共通にすると、星団の主系列と基準となる近傍の恒星の主系列とはほぼ平行となる。ある表面温度に対する星団の主系列の実

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視等級 (見かけの等級)と近傍の恒星の主系列の絶対等級との差は、星団までの距離に関係し、距離指数 (distance modulus;下図参照)といわれる。距離指数が大きいほど遠くの星団である事をあらわしている。

プレアデス星団 (スバル)

これは、2章に記されている星の等級について思い出すと理解できる。実視等級 (見かけの等級) は百倍の明るさが5等級の差になるように定義されており、

実視等級 = −5

2log10

(`

`vega

)のように表される。ここに、`は毎秒単位面積に恒星から受け取るエネルギーを表し、`vegaはベガ (織女星; α Lyr; 実視等級= 0等)に対する量である。5/2は百倍の違いが5等級の違いである事に対応し、マイナスの符号は、等級の値が明るい星ほど小さい事に対応する。恒星が毎秒放出するエネルギーを Lで表し、その恒星までの距離をDで表すことにする。

恒星は四方八方にエネルギーを放出するので、距離Dだけ離れた我々の場所では、そのエネルギーは 4πD2の表面積の球面上に広がっている。したがって、我々が単位面積当り毎秒その星から受け取るエネルギー ` は

` =L

4πD2

と表すことができる。この関係を、上の実視等級を表す式に使うと、

実視等級 = −5

2log10

(L

4πD2 `vega

)= −5

2log10

(L

4π `vega

)+ 5 log10 D

のようにあらわされる。[恒星のみかけの明るさが距離が遠いほど暗く (実視等級の値が大きい)なることが 5 log10 Dにあらわれている]絶対等級は恒星を 10パーセク (10 pc; 約 32.6光年) 距離から見た時の等級であるから、上

の式から絶対等級 = −5

2log10

(L

4π `vega

)+ 5 log10(10 pc)

のように表される。したがって距離指数 (distance modulus)は、

距離指数 =実視等級−絶対等級 = 5 log10 D−5 log10(10 pc) = 5 log10

(D

10 pc

)= 5 log10 D(pc)−5

のようにあらわされる。ここに、D(pc)はパーセクを単位とした距離をあらわす。言うまでもなく、10パーセクの距離に対しては距離指数はゼロである。プレアデス星団 (スバル)の距離指

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数は 5.6等で、およそ 130パーセク (430光年)である。この方法は、我々の銀河内の星団に対して利用できる。大マゼラン雲は遠いので主系列 fitting の方法は使えないが、距離指数 18.5等(約5万パーセク=16万光年)である。

6.1.2 セファイド変光星の周期光度関係による距離の測定脈動星の脈動周期は、一般に半径が大きいほど長い。セファイド型変光星の表面温度はあまり変わらないので、半径が大きいほど固有の明るさが明るい。そのため、固有に明るいセファイド型変光星ほど周期が長いという周期光度関係がある。年周視差が計測されている (北極星)とか散開星団中にあるとかにより距離の知られているセファイド型変光星により、絶対等級と脈動周期の関係が得られる (下左図)。この基準の周期光度関係を使うと、他の銀河に存在するセファイド変光星の周期を求めれば、その変光星の持つべき絶対等級がわかり、その星の平均の実視等級 (見かけの等級)との差から、そのセファイド型変光星が属する銀河までの距離を知ることができる。

右上の図は、ハッブル宇宙望遠鏡が渦巻銀河 M100 のなかに発見したセファイド型変光星の一つの写真である。発見された 70個のセファイド型変光星の周期と見かけの等級との関係を、基準の周期光度関係と合わせる事により、この銀河までの距離が、6千6百万光年であることがわかった。

6.1.3 渦巻銀河のTully-Fisher 関係

Tully-Fisher 関係は 1977年に見いだされた、渦巻銀河の絶対等級と、回転速度の最高値 (中心から十分はなれた場所での回転速度)との間の関係である。これは全くの経験的関係で、なぜそのような関係ができるかはまだ理解されていない。セファイド型変光星を使う方法で距離のわかっている渦巻銀河によって得られる基準のTully-Fisher関係に、距離はわかってないが、分光観測によって回転速度が測られている銀河の回転速度をあわせると、その銀河の見かけの等級と絶対等級との差がわかり、距離を求める事が出来る。このTully-Fisherの関係は、個々の恒星を分離して観測できないような遠方の銀河にも適用する事が出来る。

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6.1.4 遠方銀河に出現する Ia 型超新星による距離の測定Tully-Fisher 関係は、渦巻銀河にだけ適用する事が出来たが、Ia 型超新星による距離の計測は、銀河のタイプによらず、Ia 型超新星が出現した銀河に適用できる。Ia 型超新星は、それが属する銀河の明るさと同程度の明るさになるので、Tully-Fisher関係の適用限界よりもさらに遠方の銀河の距離の測定も可能である。Ia 型超新星爆発は、限界質量 (∼ 1.4 M�)の白色矮星の中心での爆発的炭素核燃焼によって起こる。どの Ia型超新星も素性が同じなので、最高光度がほぼ同じでしかもその絶対等級が−19等と非常に明るいので、非常に遠くの銀河 (セファイド型変光星の方法の 500倍)までの距離の決定が可能である。

6.1.5 銀河の赤方偏移一般に、遠方の銀河の光を分光してスペクトルを観測すると、各原子・イオンの吸収線の波長が実験室で計測される値よりも大きくなっている。つまり、吸収線の位置が、波長の長い方向にずれている。これは吸収線の赤方偏移といわれる。(波長の長い光は赤い光なので赤方偏移という言葉が使われる) それは、遠方の銀河が我々から遠ざかりつつあり、後退速度のドップラー効果によってスペクトル線が波長の長い方にずれることを意味する。ドップラー効果によるスペクトル線の波長の移動は、これまでに連星系内の恒星の運動の

および恒星の振動など関連して出てきた。これらの場合の速度は光速, c, に比べて非常に小さいので、波長のずれ ∆λと光を発する天体と我々との視線方向の相対速度 v との間には、

∆λ

λ=

v

cif |v| � c(光速)

のような簡単な比例関係が成り立つ。しかし、遠方銀河の後退速度は、光速に近くなる場合があるので、一般的な式

∆λ

λ= z =

vc

+ 1 −√

1 − v2

c2√1 − v2

c2

が使われる。この式が |v/c| � 1の時に簡単な比例関係になることは、例えば、v/c = 0.1を入れてみると、∆λ/λ = 0.106となることから確かめられる。右の図は銀河のスペクトルから得られる後退速度の例が示されている。光速は毎秒 30万 km (300,000 km/s)なので、右の例の中で最も後退速度の大きい銀河ではv/c = 0.204で∆λ/λ = 0.230である。(本来は∆λを計測して後退速度 vを得る。) 銀河の赤方偏移は、∆λ/λと書く代わりに zを使い、上の例では赤方偏移 z = 0.23の銀河のようにあらわされる。上の式から、v/cが1に近づくほど赤方偏移 zが急激に大きくなる事がわかる。zが 7程度にもなる銀河 (活動銀河核)も見つかっている。z → ∞ は v/c → 1 で、光の波長が

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無限大に引き延ばされる事に対応し、我々から光速で遠ざかっている銀河から出た光が我々に届かない事に対応する。

6.1.6 ハッブルの法則セファイド型変光星や Tully-fisher 関係によって距離のわかっている銀河の後退速度を距離に対してプロットすると、距離と後退速度が比例関係にあり、遠い銀河ほど速い速度で我々から遠ざかっている (右図)。この関係はハッブルの法則といわれ、Edwin Hubble が1929年に、2年前にGeorges Lemaitreによって予想されていた関係を、それまでに Vesto Slipherによって計測されていた後退速度を使って確立した。(当時はTully-Fisher関係は知られていなかったので、セファイド変光星によって距離がわかっていた銀河がつかわれた)この図に現れる最高速度は 3500 km/s程度で光速の百分の1、z = 0.011程度である。後退速度が銀河の距離に比例するハッブルの法則は

v = H0(km/(s Mpc)) × D(Mpc)

のように表される。ここで、D は Mpc (Mega pc; 百万パーセク;326万光年)を単位とした距離をあらわし、H0はハッブル定数といわれる比例定数で単位は km/(s Mpc) である。

後退速度が我々からの距離に比例して大きくなっている事は、我々が宇宙の中心にいる事を意味しているのではなく、銀河間宇宙空間が均一に膨張しているため、どの銀河から観測したとしても同じ関係が観測されるのである。(銀河内に存在する天体は銀河の自己重力で束縛されているので膨張しない)ハッブル定数H0 ≈ 71km/(s Mpc)は宇宙膨張の速さを表している。ハッブル定数のこの値は、宇宙が1億年で約 0.73%膨張する事を意味している。[71×3.16×107×108×100%/(106×3.09×1013)]

ある銀河から発光する時のスペクトル線の波長を λ0、それを地球から観測した時の波長をλとしたとき、赤方偏移に1を足した値は

1 + z = 1 +λ − λ0

λ0

λ0

のように表す事が出来、観測された波長と銀河から出た時の波長の比になっている。銀河の赤方偏移は、空間の膨張によって起こるので、この波長の比は、光が銀河から放出されて、我々の場所に届くまでに空間が膨張した比率であると理解できる。ハッブルの法則を使うと、遠方銀河のスペクトル観測から得られるスペクトル線の赤方偏

移からその銀河までの距離を知ることができる。赤方偏移 zと距離が1対1の関係にあるので、距離の代わりに赤方偏移 zが代用される場合がある。

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6.2 銀河団

遠方銀河の分光 (スペクトル)観測を行ってスペクトル線の赤方偏移を測ることができると、ハッブルの法則からその銀河までの距離を知ることができる。右の図は、天球上のある大円にそった帯状の領域に観測される銀河に対して、スペクトル観測の可能な全ての銀河の赤方偏移を測り、各方向と距離に対してプロットしたものである。各白い点が一つの銀河である。(左右の銀河のない扇状の領域は我々の銀河円盤のために銀河が観測できない方向である) このような観測によって始めて、銀河の分布は一様ではなく網状に銀河が集まっており、その間には比較的銀河の存在しないボイドと云われる領域が存在するという構造が広がっている事が認識された。

右の図は我々の周りの銀河の分布の三次元的構造の説明図である。2次元分布で網のような構造は三次元的にはむしろ石けんの泡のような構造で、泡の膜に相当する薄い領域に銀河の集まった銀河団、さらに、他の膜との接合部には複数の銀河団が寄り集まる超銀河団が形成されている。これらの構造は、銀河とそれに伴うダークマターの万有引力によって形成されたものである。

われわれの最も近傍に存在する銀河団はVirgo(乙女座)銀河団である。その中心の我々からの距離は約5千3百万光年で、およそ1500個の楕円銀河渦巻銀河を含む。楕円銀河は銀河団の中心部に分布し、渦巻銀河は広がった分布をしている。 右はハッブル宇宙望遠鏡によるVirgo銀河団の中心部の写真である。中心部を中心とする同心円状に存在する円弧状の青白い天体は、Virgo銀河団よりもずっと遠方にある銀河団に属する銀河が、Virgo銀河団 (ダークマター)の重力による重力レンズ効果を受けて形が歪められ増光されて観測されているものである。

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6.3 深宇宙右の写真は、Virgo銀河団よりも遥かに遠方の20億光年の遠方に存在する銀河団 Abell2218の写真である。そのメンバーは黄色っぽい銀河としてみられ、20億年前に放出された光を観測している。青白い弧状の天体はさらに遠方にあり、Abell2218銀河団の重力レンズの効果によって、歪められ増光されて観測されている銀河である。それらの中には、130億光年の距離にある銀河が知られている。その銀河の光は今から130億年前、つまり宇宙が始まってから7億年しか経過していないときに発せられ、今我々にとどいた光である。

より遠方の銀河を観測することにより、宇宙のより初期の状態、および生まれたばかりの銀河の姿を見ることができる。北天と南天の狭い領域 (Hubble Deep Field; HDF)に対して、ハッブル宇宙望遠鏡による長時間露出の観測を重ね合わせにより、非常に遠方の銀河まで観測されている。下の左図がHDF NorthとHDF South の写真で、非常に多く (およそ 3000個)の銀河が観測されている。また、南と北領域の様子がよく似ていることから、宇宙の等方性が再認識される。右下の図は、Hubble Deep Fields と下記のHubble Ultra Deep Field でどのくらい以前の宇宙の姿が観測されるかを表している。

Hubble Deep Fields よりもさらに、長時間露出をして観測された領域をHubble Ultra DeepField (HUDF)という (右図)。この領域のなかに1万個程度の銀河が観測され、それらの中には 130億光年の遠方 、つまり 130億年昔で宇宙が誕生してまだ7億年程度しかたってない時代の銀河も観測される。そのような銀河は大きな赤方偏移のため赤い色をしており、我々の周りに観測されるようなかたちのととのった大きな銀河ではなく、規模が小さく不規則な形をしている。それらが数多く合体して、大きな銀河へと成長していくと考えられている。

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6.4 宇宙の始まりハッブルの法則は宇宙が、1億年に0.73%の割合で膨張し続けていることを示している。それをさかのぼると、(100/0.73) = 137 億年前に宇宙が始まったことになる。素粒子物理の理論によると、宇宙の始まって(1/1032)秒の間に宇宙の大きさが急激に大きくなり、宇宙は素粒子の大きさから1mの大きさとなるインフレーションという現象がおき、それいらい宇宙は膨張をし続けている。当初は宇宙は現在の大きさに比べて非常に小さく、そのためエネルギー密度が高くとてつもなく高温であった。

6.4.1 ビッグバン元素合成宇宙の始まりは非常に高温であるが、膨張によって温度が急激に冷えてゆく。その短い期間 (約5分)に、陽子と中性子から現在の宇宙にあるヘリウムの大半と全ての重水素 (H2;陽子1個+中性子1個)、約半分の三重水素 (トリチウム; H3; 陽子1個+中性子2個)、および現在の約三分の 1のリチウムが合成される。ヘリウムよりも重い原子核の合成がほとんど進まなかったのは、質量数 (陽子数+中性子数)が5の安定な原子核が存在しないためである。ヘリウムは、その後恒星内部で作られるが、さらに重い原子核に変えられないで星の外に出る量はあまり多くないので、現在の太陽系に存在するヘリウムの約 80%程度は、宇宙が始まって5分以内に合成されたものである。ベリリウム7 (Be7;陽子4個+中性子3個)は不安定な原子核なので、半減期 53日で安定な

原子核、リチウム7 (Li7;陽子3個+中性子4個)に変わる。(リチウム6 (Li6; 陽子3個+中性子3個)も安定な原子核であるが、生成量はリチウム7の十分の1以下である。ベリリウムの安定な原子核は陽子4個+中性子5個のベリリウム9, Be9。)

6.4.2 宇宙の背景放射 (CMB; Cosmic Microwave Background)

宇宙誕生初期は非常に高温で、宇宙全体で恒星内部と同様に、最も多く含まれる水素が陽子と電子に電離していた。電離したガスは光との相互作用が強く、散乱発光吸収が頻繁に起こるため、その時代の宇宙は不透明であった。しかし、宇宙の膨張により温度が下がってゆき、約 3000度になると (宇宙誕生から38万年後)電子が陽子と結合 (再結合)してほとんどが中性の水素原子となる。そのため光との相互作用がなくなり、宇宙を満たしているガスが透明になる。その際に放出された光子のほとんどは、現在までガスと相互作用しないで、現在我々の住む空間を満たしている。

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放出された光は 3000度の黒体放射であったが、その後の宇宙の膨張によるドップラー効果によって光の波長が引き延ばされて、現在では絶対温度 2.7度の黒体放射となっており、宇宙の背景放射といわれる。この放射は、あらゆる方向から来ているが、放射のピークの波長は約2 mm の電波なので、電波望遠鏡でしか観測できない。この放射は、1964年に Arno Penziasと Robert Wilsonによって偶然に発見され、後 COBE衛星により 2.74度の黒体放射の全容が明らかになった。

3000度の黒体放射 (上の図と同じ定義の関数)のピークの波長 (λ)は約 0.002 mm でそれがドップラー効果による赤方偏移で波長が 2 mm まで引き延ばされたので、赤方偏移は z =∆λ/λ ≈ 1000 となり、再結合によってほとんどの陽子と電子が水素原子に成った時代の宇宙の大きさは、現在の千分の一程度であった事がわかる。背景放射の強さはどの方向からも均一に 2.74度の黒体放射が観測されるが、COBE衛星は、

非常にわずかな、温度にして10万分の1度のばらつきがある事を発見した。

この温度の揺らぎは後に打ち上げられたWMAP衛星によるさらに精度の良い観測により確認された。背景放射のわずかな温度の揺らぎは我々の存在に関して重要な意味を持つ。温度の揺らぎの存在は密度の揺らぎが存在する事を意味する。密度がわずかに大きい場所は、わずかに重力が強いために周りの物質を集め密度の揺らぎが成長し恒星、銀河になってゆく。さらに銀河団、超銀河団が形成される。つまり、背景放射に現れているわずかな揺らぎは、宇宙の大構造の種である。

右の図は、コンピュータシミュレーションによって、宇宙誕生初期の密度揺らぎが重力の効果で成長して、石けんの泡にもたとえられる、宇宙の大構造とよばれる銀河分布構造が形成される様子を表したものである。(この計算では銀河を一つの質点としてるため、銀河の形成については扱われていない) 宇宙の膨張と同時進行で、銀河のほとんど存在しないボイドといわれる空間とその周りに銀河が集合して出来る超銀河団が形成される。

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最初の恒星が誕生し光を放つのは、宇宙の膨張が始まって約4億年後である。宇宙の年齢137億年に比べてわずかな期間であるが、それまでの期間は明るい光源がなかったことから、宇宙の暗黒時代といわれることもある。それ以後、銀河のもととなるより大きなガスの塊があつまって銀河が形成され、さらにより大きな構造である、銀河団、超銀河団が形成された。そのような宇宙の歴史の一部は、より遠方の天体 (ずっと昔に出された光)を観測することによって得られる。

宇宙の誕生の数分間の間に重水素、ヘリウム、およびわずかな量のリチウムが合成 (ビッグバン核合成)されるが、我々の身体及び地球を構成する炭素、酸素、、、鉄などは、恒星の内部でしか合成されない (下左図)。ほとんどが水素とヘリウムだけからなるガスから恒星が誕生し始めると、恒星内部でより重い原子核が合成され、それが超新星爆発、および進化の途中で起こる質量放出によって星間空間に放出され、星間物質と混ざる。その星間物質からさらに恒星が生まれ、恒星で合成された重い原子が放出される。というサイクルが繰り返され、星間空間のある星間雲の元素組成が現在の太陽系の物質の元素組成 (下右図)と同じになった頃に太陽が生まれ、地球及び太陽系惑星が誕生した。その地球上で生物が生まれ人類が生まれた。我々の身体を構成する炭素、酸素、カルシウム、鉄、などなどは恒星内部で合成されたものなので、我々は星の子であるといえる。

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