4講 宇宙の幾何学 - osaka universityosksn2.hep.sci.osaka-u.ac.jp/~naga/kogi/konan... ·...

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1 4 宇宙の幾何学 4.1 宇宙原理と膨張宇宙 1922 にフリードマンが一 つけ、1929 にハッブル 移を して した まった。 1947 にガモフが し、ペンジャス・ ィルソンが 1965 に、2.726 K して して した。ただし、宇 インフレーションを めた が確 した WMAP 2003 ある。 宇宙原理 、いわゆる宇 アインシュタイン ある。宇 て、一 ある。ある。4 に拡 する いわゆる り、これ により される。 1. > 100Mpc スケール すれ ある。 2. ゆらぎ 10 5 ある。 3. 、X する 1. ハッブル ける。 2. ロバートソン・ ォーカー ける。 : v = ˙ a(t )= Ha : ds 2 = c 2 dt 2 a(t ) 2 dr 2 1 kr 2 + r 2 (d θ 2 + sin 2 θd φ 2 ) a(t) する宇 スケールを す因 つ。H ハッブル れるが、 ある。k *1) k =+1 じた宇 k = 0 k = 1 いた宇 ロバートソン・ ォーカー るに ように える。 一 ユークリッド d 2 = dx 2 + dy 2 + dz 2 = dr 2 + r 2 [d θ 2 + sin 2 θd φ 2 ] (4.1) えられる。 3 r 2 = x 2 + y 2 + z 2 を、4 (x,y,z,u) まれた3 シート える。 R すれ じた r 2 + u 2 = R 2 たす シート あり、 いた u 2 r 2 = R 2 される シート ある。4 d 2 = du 2 + dr 2 + r 2 [d θ 2 + sin 2 θd φ 2 ] (4.2)

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Page 1: 4講 宇宙の幾何学 - Osaka Universityosksn2.hep.sci.osaka-u.ac.jp/~naga/kogi/konan... · 宇宙原理 宇宙論の基本は、いわゆる宇宙原理とアインシュタインの一般相対性理論である。宇宙原理

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第4講 宇宙の幾何学

4.1 宇宙原理と膨張宇宙

現代宇宙論は 1922年にフリードマンが一般相対論方程式の中に膨張宇宙解を見つけ、1929年にハッブルが銀河の赤方遷移を発見して膨張宇宙の観測的証拠を提供した時に始まった。次に1947年にガモフが火の玉宇宙論を提唱し、ペンジャス・ウィルソンが 1965年に、2.726Kの背景輻射を発見して定説として確立した。ただし、宇宙の組成やインフレーションを含めた標準宇宙論が確立したのは最近で、WMAP

衛星の観測結果のでた 2003年である。宇宙原理 宇宙論の基本は、いわゆる宇宙原理とアインシュタインの一般相対性理論である。宇宙原理とは”宇宙は3次元的に見て、一様等方である。” と言う仮定である。4次元的に拡張するといわゆる定常宇宙論となり、これは観測により否定される。宇宙原理の観測的証拠は

1. 銀河分布は、> 100Mpc以上のスケールで平均すれば一様である。

2. 背景輻射のゆらぎは、全天に亘り 10−5程度である。

3. 電波源の数分布、X線背景輻射分布など

宇宙原理を仮定すると

1. ハッブルの法則が導ける。

2. ロバートソン・ウォーカーの計量が導ける。

: v = a(t) = Ha

: ds2 = c2dt2−a(t)2[

dr2

1−kr2 + r2(dθ2 +sin2 θdφ2)]

a(t)は時間と共に膨張する宇宙のスケールを表す因子で、長さの次元を持つ。Hはハッブルの定数と呼

ばれるが、時間の関数である。kは空間の曲率を表す*1) 。

k = +1 閉じた宇宙

k = 0 平坦宇宙

k = −1 開いた宇宙ロバートソン・ウォーカーの計量と空間の曲率の関係を見るには、次のように考える。一様等方な3次元ユークリッド空間の線素は、極座標を使えば

dℓ2 = dx2 +dy2 +dz2 = dr2 + r2[dθ2 +sin2 θdφ2] (4.1)

で与えられる。次に我々の住む 3次元空間 r2 = x2 +y2 +z2を、4次元空間 (x,y,z,u)に埋め込まれた3次元のシートと考える。曲率半径をRとすれば、閉じた空間は r2+u2 = R2を充たす球面シートであり、開いた空間は u2− r2 = R2で表される双曲面シートである。4次元空間での線素は

dℓ2 = du2 +dr2 + r2[dθ2 +sin2 θdφ2] (4.2)

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図 4.1:3種類の空間構造:平坦宇宙、閉じた宇宙、開いた宇宙。3角形の和はそれぞれ、=, >, < πとなる。また平行線が、それぞれ、一本だけ引ける、一本も引けない、無限個ある世界でもある。

で与えられるが、線素の長さは角度に依存しないので、適当に座標を選ぶことにより、dθ = dφ = 0とできるので、以下の議論では右辺第 3項を省略する。3次元シートに沿っての 4次元空間の微小長さ要素は、上記制限を付けることにより得られる。まず、球面シートの場合、曲率 K = 1/R2で与えられる。

rdr +udu= 0 ⇒ dr2 +du2 = dr2 +r2

R2− r2dr2 =1

1− r2/R2 =1

1−Kr2 (4.3)

双曲面については u→ iu,R→ iRの置き換えをすればよい。本来、曲率はK = 1/R2と表されるが、r →Rr, a(t) → a(t)Rとスケールを変換すればロバートソン・ウォーカーの計量になる。

4.2 ハッブルの法則

 どの点から見ても同じに見えるという宇宙原理を観測者の運動に適用する。図4.2のようにO,P,Q点にいる観測者が互いの運動を観測しているとする。P(Q)はOから見て位置 r1, r2にあり、速度V1, V2の速度で運動しているとする。宇宙原理により特別の点は存在しないから、観測速度は相対位置にのみによる。

図 4.2:宇宙原理とハッブル膨張則

従ってV1 = v(r1), V2 = v(r2) (4.4)

一方、観測者 Pは、観測者 Qから相対位置 r1− r2にあり、相対速度 V1−V2を持つから

V1−V2 = v(r1− r2) ⇒ v(r1)−v(r2) = v(r1− r2)(4.5)

従って、v(r)は r の線形関数であり、Vi = Hi j r j と書けるが、宇宙は等方的という要請から、v = Hr となる。現時点 (t = t0)でのハッブル定数を H0と書く。1/H0をハッブル時間という。過去も現在の膨張速度で膨張して

いたとすれば、ハッブル時間だけ遡ると宇宙スケールはゼロになるから、ハッブル時間は宇宙年齢の目

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第 4講 宇宙の幾何学 3

安を与える。(r,θ,φ)は共動座標 (Comoving coordinate)と呼ばれる。共動座標系は、宇宙が膨張しない座標系であり、通常は共動座標系で種々の物理量を計算し、最後に欲しい時刻のスケール因子 a(t)を掛けてその時刻での実際のサイズに直すことが多い。

H0 = H(t =現在) = 100h km/sec/Mpc,

H−10 = 9.77813/h Gyr≃ 132億年

h≃ 0.74±0.03, 1Mpc= 100万パーセク、1pc= 3.26光年

また、非常に遠方では、後退速度が光速度を越える。

D =c

H0≃ 132億光年 (4.7)

ここより遠くにある宇宙は、我々には見えない世界であるから、ここを宇宙の果てといって良い。

4.2.1 標準光源

ハッブルの法則を検証するための、標準光源を図 4.3に掲げる。セファイド変光星は近距離 (. 30Mpc)

で、Ia型超新星は長距離 (z. 1, or . 2000Mpc)の距離測定に用いられる。図 4.5には、遠くの銀河の後退速度を距離の関数といてプロットした。ハッブルの法則はかなりの遠方まで成立していることが判る。

図 4.3:銀河距離を決めるための標準光源。(左)セファイド変光星は絶対光度が脈動位相から求められる。(右)セファイド変光星の周期光度関係

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図 4.4:超新星の光度時間曲線(上図)で下は補正を施した後の曲線。絶対光度が一定であることが判る。右側は、SNIaのスペクトル。茶色部分が Siによる吸収線で、Ia型の証拠。

図 4.5:ハッブル図:左はセファイド型変光星のみを用いて決めた図。右は種々の標準光源を使用。実線はH0 = 72km/sec/Mpc。右下図は一つ一つの銀河から決めたハッブル定数のばらつき。(ASTROPHYS.J.

553(2001)47-72

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第 4講 宇宙の幾何学 5

4.2.2 光の赤方遷移

dη(t) =dt

a(t), ℓ(r) =

Z r

0

dr√1−kr2

(4.8)

を定義する。ηは共形時間 (conformal time)と呼ばれる量である。光の行路は ds2 = 0で与えられるから、

η(t0)−η(t) = ℓ(r) (4.9)

共動座標 r = r から時刻 t ∼ t + δt に発射された光を、r = 0で時刻 t0 ∼ t0 + δt0に受け取ったとすれば、(4.9)の右辺は時刻によらないから、

δη(t0) = δη(t) ⇒ δt0a(t0)

=δt

a(t)(4.10)

光の波長と振動数を λと νと書き、δ tとして 1/νをとれば

νa(t) = ν0a(t0) ≡ ν0a0 (4.11)

∴νν0

=λ0

λ= 1+z=

a0

a(t)(4.12)

このことは、遠方にある銀河から発せられる光は、銀河の固有速度 (peculiar velocity)を無視すれば常に赤方に (λ0 > λ)に遷移する。上式から判るように赤方遷移 (1+z)は、光が放射された時点での宇宙のサイズ (より正確にはスケール)に反比例する。

4.3 フリードマン方程式

エネルギーテンソルに関する保存則∂µTµν = 0 (4.13)

と一般相対論方程式

Rµν −12

Rgµν −Λgµν =8πGc3 Tµν (4.14)

にロバートソン・ウォーカー計量を入れて得られる式を書き下ろすと、次の 3式が得られる。

H2 = 8π3c2 Gρ− kc2

a2 + Λc2

3 (4.15)

d(ρV)+PdV = 0 (4.16)aa = −4πG

3c2 (ρ+3P)+ Λc2

3 (4.17)

H=a/aはハッブル定数で、宇宙の膨張率を表す。Gは重力定数、ρ = ρM +ρr は物質と輻射のエネルギー密度、Λは宇宙項と呼ばれる。式 (4.15)をフリードマン方程式と言う。アインシュタイン方程式から得られるのは、(4.15)(4.17)である。式 (4.16)はエネルギー保存則から得られるので、以後エネルギー保存則ということにする。第 3式は加速度 (減速度)を表す式である。この3式は独立ではなく、たとえば、

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(4.17)は、(4.15)と (4.16)から導ける。なお、宇宙項は歴史上有名であり、斥力を表すことが一目瞭然なのでここでは元の記法で記したが、状況に応じて

ρΛ ≡ Λc4

8πG(4.18)

で定義される真空エネルギー密度を導入し、エネルギー密度を

ρ = ρm+ρr +ρΛ (4.19)

で再定義する。真空エネルギーは負の圧力 (P = −ρΛ)を持つので、宇宙項Λのみの場合、式 (4.17)の左辺は正になるので、斥力すなわち反重力を表す。

演習問題 4.1. 真空エネルギーは負の圧力 (P = −ρΛ)を持つことを示せ。

フリードマン方程式は、古典的なニュートン力学の方程式と簡単な対応が付けられる。任意の点 Pを選び、半径Rの地点に単位質量を持つテスト粒子を置く。粒子はハッブルの法則により v= HRの速度を持つ。質量分布が Pを中心とした球対称分布であるから、半径R内の全物質質量M = (4π/3)ρmR3による重力が粒子に働く。テスト粒子の運動方程式は、運動エネルギーと重力エネルギーの和が全エネルギーに等しいと置いて

12(HR)2− 4π

3G

ρmR3

R= E (4.20)

E > 0または E < 0に応じて、テスト粒子は無限遠に遠ざかるか、やがては引き戻されるかの境目となる。距離 Rは膨張のスケール因子 aと共動座標 rを使えば R= arと書けるので、上式は

H2 =8π3

Gρm+2E/r2

a2 (4.21)

図 4.6:任意の点を中心に半径 Rの地点にテスト粒子を置き、ニュートンの力学方程式を立てると、物質宇宙に対するフリードマン方程式と同型の方程式が得られる。

放射エネルギー*2) と真空エネルギーを無視し 2E/r2 = −kと置けば、この式はフリードマン方程式に一致する。ただし、この対応は一般的に成り立つわけでないことに留意しておく必要がある。ニュートン力学では重力は万有引力の名が示すように引力しか存在しないが、一般相対論では式 (4.17)が示すように、圧力も加速度に寄与し、宇宙項のように圧力が負の場合は斥力にもなり得るのである。E = 0(k= 0)に対応する密度を、宇宙の臨界エネルギー密度と定義すると

ρc ≡3H2

8πG(4.22)

ρ ≷ ρcに応じて、宇宙は閉じるか開くかの構造を持つ。圧力 (真空エネルギー)を無視するならば*3) 、宇宙がやがて収縮か永遠に膨張し続けるかの分かれ目ともなる。真空エネルギーが存在すると、真空エ* 2) 観測によれば、現時点での放射エネルギーは実際に無視できる。* 3) 現時点で、物質による圧力は無視して良いが、真空エネルギーによる圧力は斥力の源である。

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第 4講 宇宙の幾何学 7

ネルギーの寄与は時間と共に変わらないが、物質や輻射エネルギー密度は宇宙膨張に従い減少するので、いずれは真空エネルギーが優勢となり、加速膨張に転じる。現代は正にそのような時期にある。現時点での臨界エネルギー密度は

ρc =

1.88×10−29h2g/cm3

= 1.05×10−5h2GeV/cm3

= 2.78×1011h2M⊙Mpc−3 M⊙ =太陽質量

(4.23)

で、1立方メートル内に数個の陽子がある程度であり、現代技術では実現不可能な超高真空状態である。宇宙論では密度をしばしば臨界密度に対する相対比で書き、Ω = ρ/ρcと表す。宇宙の曲率を観測量で表す式が、フリードマン方程式から求められる。それを見るにはフリードマン方程式と式加速度の式 (4.17)

を変形して、次のように書き換える。

Ωm+Ωr +ΩΛ = 1−Ωk, Ωk ≡− kH2a2 (4.24)

q =12

(1+3

)Ωm−ΩΛ q≡− a/a

a/a= − a

aH2 (4.25)

qは減衰パラメターと呼ばれる量である。宇宙の曲率を観測量で表す式は、(4.24)より

k = a20H2

0(1−Ωm0−Ωr0−ΩΛ) (4.26)

さて、k = ±1,0という値は、宇宙の曲率を±1/R2 *4) で表した式から、共動座標を r → Rrと再規格化して得られた時に成り立つ値である。現時点でのスケールを a0 = 1ととれば、すなわち、現在の宇宙について我々が使う長さを基準にとる場合は、曲率の真の値は |k| → 1/R2となる。すなわち、

K =k

R2 = H20(1−Ωm0−Ωr0−ΩΛ) (4.28)

現時点 t = t0でのH0, ρm0, ρr0, q0は観測量であるので、宇宙の曲率 (K)、真空エネルギー密度 (宇宙項Λ)

等が決められる。 観測では、q0 < 0, Ω0 ≡ (Ωm+Ωr)0 = 0.26, ΩΛ = 0.74、すなわち全てのΩが∼ O(1)であるので、曲率半径はオーダー評価としてR≃ 1/H0 ∼ 132億光年と推定されるが、Ωk = k/R2H2

0 は観測によりゼロと決められたので Rは無限大である。我々の住む宇宙は、平坦で現在加速膨張中であることが判った。

4.3.1 WMAPによるCMB の観測

宇宙の曲率の測り方 宇宙の曲率が、正か負かまたはゼロかは、図 4.1に示したように三角形の内角の和が 180より大か小かまたは正確に 180であるかを測定すればよい。曲面の幾何学を発見したガウスは実践家でもあり、我々の住む空間の曲率を知ろうとした。ガウスの行った方法はドイツの3つの山で三角測量をし、それぞれの角度を測って、和が 180になるかを調べたのである (図 4.7左)。残念ながらガウスの使った基線長はあまりに短すぎて空間がが曲がっていることを見出すことはできなかった。 * 4) 一般相対論で使うリッチの曲率テンソルは、ロバートソン・ウォーカーの計量を使うと

R = −6

[RR

+R2

R2 +k

R2

](4.27)

と表される。従って静的宇宙では、|R| = 6R という関係にある。

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第 4講 宇宙の幾何学 8

図 4.7: (a)空間幾何学を決めるには、3角形の内角の和が 180°であることを言う。ガウスはドイツの3つの山で3角測量をした。現代の3角測量は、Dとして晴れ上がり当時の (音波)地平線 (∼ 40万光年)、Lとして晴れ上がりまでの距離∼ 137億光年を使う。宇宙距離の正確な定義については後述。Dは温度ゆらぎのフーリエ解析より求める。

 現代の方法は、長さDの基線とそこまでの距離が判っている宇宙サイズの物体の視角を測定し、ユークリッド幾何学の示す公式

tanθ2

=D/2

L(4.29)

に従うかどうかを見る。晴れ上がりまでは、宇宙は電子と陽子とフォトンによるプラズマ状態であり、音波が生じている。音速V =

√dP/dρ = c/

√3で与えられる。Dとして晴れ上がり時の音波の到達最大距離 (音波の地平線)を使

い、L として晴れ上がり時から現在の地球まで光が走った距離、すなわち宇宙年齢 (-40万年)に光速を掛けた距離を採用する (図 4.7右)。ただし、膨張による補正を入れる必要がある (晴れ上がり時の赤方遷移 z=1100分だけ小さくなる)。晴れ上がりは時刻 tdc ∼40万年であるから、D = V ×4×105yr、従って視角はおおよそ

θ ∼ DL∼ c/

√3×4×105yr

c×137×108yr/1100∼ 0.018 (4.30)

程度となる。音波は粗密波であり、エネルギー密度のゆらぎは温度のゆらぎとなる。したがって、Dの大きさは、背景輻射温度ゆらぎをフーリエ分解して得られる最大波長の 1/2として得られる。これは、TVの箱のサイズがチャネル間のノイズのフーリエ成分の最大波長の 1/2で与えられるのと同じ理屈である (図 4.8)。ただし、宇宙マイクロ波は、平面から放射されるのではなく、球面上の全天から来るので、フーリエ展開の代わりに調和関数展開を使う。2003年にWMAPによる背景輻射 (CMBR)の温度ゆらぎの精密な解析結果が得られた。温度ゆらぎの強度は調和関数で展開して与えられ、調和関数の次数 l の関数として与えられる (図 4.9左)。調和関数で展開した場合、角度スケール θと調和関数の次数 ℓとは、 ∼ π/ℓの関係がある。l ∼ 200→ θ ∼ 0.016に最大波長に対応する山があり、平坦宇宙の予想と一致した。図 4.9右は、歴史的にWMAPに先行した気球観測によるブーメラン実験の結果を示したもので、宇宙の幾何学構造の違いによる温度ゆらぎ予想値と実際の温度ゆらぎを比較し、平坦宇宙を結論づけている。

**********************

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第 4講 宇宙の幾何学 9

図 4.8:音波地平線の 2倍を 2Dとして、音波は λ = 2D,2D/2,2D/3· · · の波長を持つ。ノイズ分布をフーリエ解析すれば波長分布が判る。TVのノイズ分布より TV画面サイズが判る。

図 4.9:(左)宇宙マイクロ波強度の調和関数分解。波長に対応するのが、見込み角 θ ≃ π/ℓである。最初の頂上の位置は平坦宇宙の予想と一致した。右図は、ゆらぎの分布をより視覚的に表したブーメランの測定。歴史的にはこちらが先行した。

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第 4講 宇宙の幾何学 10

補足1:宇宙マイクロ波 宇宙マイクロ波強度は、実験誤差の範囲で黒体輻射の式 (単位は、単位周波数・面積・立体角あたりの受領エネルギー)。

Iνdν =4πhν3dνehν/kT −1

(4.31)

に正確に従う (図 4.10)。 方向 n = (θ,φ)の宇宙マイクロ波の温度を T(n)と書いて、調和関数で展開すると

T(n) = T0[1+β ·n+∞

∑ℓ=2

∑m=−ℓ

aℓ,mYℓ,m(θ,φ)] (4.32a)

T0 =14π

Z

T(θ,φ)sinθdθdφ = 2.725±0.001K (4.32b)

第1項は全天に亘る温度平均値、第2項は地球の運動 (速度 β)によるドップラー効果を表す*5) 。温度の平均値からのゆらぎを異方性(Anisotropy)という。異方性は

δTT0

(n) =T(n)−T0

T0(4.33)

で定義される。異方性が統計的に等方的であれば、φにはよらず

< aℓ,maℓ′,m′ >= δℓℓ′δmm′ < |aℓ|2 > (4.34)

と書ける。< · · · >は全天に亘る統計的平均である。実際には、異方性の絶対値を精度良く測ることは困難であるが、方向 n1と n2の温度差は精度良く測れるので、cosθ = n1 ·n2だけ離れたゆらぎの非等方性(相関関数)を次式で定義すると

C(θ) =12

⟨∣∣∣∣T(n1)−T(n2)T0

∣∣∣∣2⟩

=⟨

δTT0

(n1)δTT0

(n2)⟩

(4.35)

(4.32)(4.34)を使えば、相関関数は

C(θ) =14π

∑ℓ=0

(2ℓ+1)CℓPℓ(cosθ), Cℓ = |aℓ|2 (4.36)

と書き直すことができる。Pℓはルジャンドル多項式である。ルジャンドル関数は、−1≤ cosθ ≤ 1で l 個のゼロ点を持つので、Cℓは観測の分解能より大きな角度スケールで、しかし、観測領域幅より小さい角度スケールで値を持つ。一般的にCℓの項は、角度スケール 180/ℓ+1の成分の強さを表す。観測では第1項の双極子成分が圧倒的に大きく

T1 = T0β = 3.346±0.017×10−3K (4.37a)

v = cβ = 369.19±19km (4.37b)

と表される (図 4.10右上)。双極子成分を取り除いた残りの項 (ℓ ≥ 2)の自乗平均温度ゆらぎは√√√√⟨(δTT

)2⟩

= 1.1×10−5 (4.38)

* 5) 地球が速度 β << 1で動いていれば、マイクロ波の周波数はドップラーシフトを受けて、ν → ν′ = ν(1+β)となる。黒体輻射の式を ν → ν′ に変換すれば、T → T(1+β)となる。方向 nの速度成分は β ·nであるので、温度が T → T(1+β ·n)に上がったように見える。

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第 4講 宇宙の幾何学 11

図 4.10:左図:宇宙マイクロ波のスペクトルは、誤差の範囲内で黒体輻射に一致する。右上図:温度ゆらぎは 10−3の精度では双極子成分のみが見える。右下図:双極子成分を差し引いた後の10−5精度での温度ゆらぎ。

となる。宇宙マイクロ波の温度ゆらぎが全天にわたって 30µKしか揺らいでいないという事実は、宇宙原理を支持する最良の証拠である。地球の運動による速度に観測衛星の軌道運動の補正、太陽を回る地球公転運動 (v∼ 30km/s)、銀河を回る太陽の軌道運動 (v∼ 220km/s)、さらに局所銀河群の重心に対する銀河の軌道運動 (v∼ 80km/s)の補正をすると、局所銀河群が、うみへび座の方向に v = 630km±20km/s= 0.0021cで動いていることが判った。局所銀河群は、乙女座銀河群の周辺に位置していて、そちらの方向に加速しているので、これらを組み合わせると。乙女座銀河群がヒドラ・ケンタウルス超銀河団に向かって加速していることになる。すなわち、ヒドラ・ケンタウルス超銀河団方向に巨大質量が存在する。

************ 補 足2 ************

Proof4.1: 真空が断面積 S、体積 Vの管の中に閉じ込められているとしよう。エネルギーは E = ρVV で与えられる。ここで、力 Fを管壁に加えて、∆x動かした場合のエネルギー増加は、∆E = ρV∆xSとなる(図を参照)。従って圧力 Pは

P =FS

= −∆E∆x

= −ρV (4.39)

幾何学の公準 ユークリッドの幾何学原論には以下の5つの公理が挙げられている:点と点を直線で結ぶ事ができる線分を延長して直線にできる一点を中心にして任意の半径の円を描く事ができる。全ての直角は等しい (角度である)

直線が 2直線に交わり、同じ側の内角の和を 2直角より小さくするならば、この 2直線は限りなく延長されると、2直角より小さい角のある側において交わる。(平行線公理、第五公理)。

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第 4講 宇宙の幾何学 12

図 4.11: (左)真空エネルギーは負の圧力を持つ。(右)錯角の定義: aと y、bと xを錯角という。

第五公理は「平行線の錯角は等しい」という命題、あるいは「一つの線上にない点を通って平行線がただ一つ書ける」という命題とも同値である。 第 5の公理のこの最後の命題を、「無限個の平行線が書ける」あるいは「一本も書けない」と変えても論理的に矛盾のない数学体系作れることが、前者についてボヤイ、ロバチェフスキーにより見出され、後者についてはリーマンにより見出された。ガウスもまたこのことを認識していた。これを非ユークリッド幾何学といい、前者は曲率が負の、後者は正の空間を表す。

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第 4講 宇宙の幾何学 13

以下は講義に含みません。ファイトのある人はチャレンジしてください。

4.4 宇宙の時間発展

フリードマン方程式

H2 =(

aa

)2

=8πG

3ρ− k

a2 (4.40)

を変形し、物質、輻射、真空エネルギーのスケール依存性 (後述)を明示し、ρc = 3H20/8πG, ΩΛ =−k/a2

0H20

を使うと

1

a20H2

0

(dadt

)2

+U(a) = Ωk, U(a) = −

[Ωm0

(a0

a

)+Ωr0

(a0

a

)2+ΩΛ

(aa0

)2]

(4.41)

変数 dτ = H0dt, x = a/a0を代入すれば、宇宙の振る舞いは 1次元ポテンシャル内の質点運動に還元される。(

dxdτ

)2

+U(x) = Ωk, U(x) = −Ωm0

x− Ωr0

x2 −ΩΛx2, Ωk = 1−Ωm0−Ωr0−ΩΛ (4.42)

以下では a/a0を改めて aと置いて議論する。

宇宙項が負 (ΩΛ < 0)の場合、ポテンシャルは a→ ∞で正であるから、a = 0から出発しても必ずポテンシャルの壁にぶつかり、再収縮する (図 4.12左図)。

図 4.12:宇宙項があるときのポテンシャルとスケール進行図。左図は ΩΛ < 0の場合で再収縮になる。右図は、ΩΛ ≥ 0の場

合で状況により異なる (本文参照)。

宇宙項がゼロの場合 (ΩΛ = 0)、a→ ∞でU → 0であるから、k >≤ 0により、宇宙は再収縮または永遠膨張となる。この場合は、宇宙の幾何学と再収縮もしくは永遠膨張が 1:1に対応する。また、膨張は常に減速膨張である。

 宇宙項がありかつ正の場合 (ΩΛ > 0)、a→ 0,∞でポテンシャルは−∞であるから、次の三つのケースが考えられる。a = asでポテンシャルが最高値U = Usをとるものとしよう (図 4.12右図)。Ωk > Usの場

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第 4講 宇宙の幾何学 14

合:  k≤ 0または負であってもΩk > Usを充たす場合である。膨張速度 a > 0は常に正であるので、永遠に膨張を続ける。さらに a > asであれば加速膨張である。

図 4.13:図は宇宙スケールの進行図で、観測宇宙は始め減速膨張で現在は加速膨張である (E-L線)。

Ωk <Usの場合: 二つのケースが可能である。U = 1−Ωm−ΩΛの二つの解に対応するΩΛの値を λ1 > λ2

とする。一つは a = ∞から収縮して再び膨張に転じる場合で (ΩΛ > λ1)、ビッグバンはない。他は a = 0

から膨張を始めやがては収縮に向かう解である (ΩΛ < λ2)。膨張時は減速膨張である。

Ωk = Usの場合。この場合は三つのケースが考えられる。(a) a = 0から出発して a→ asで膨張が止まるケース。asに到達するには無限の時間が掛かる。(b) a = asから出発して永遠に膨張を続けるケース(c) a = asにとどまるケース。(c)がアインシュタインの定常解である。宇宙項を導入する動機となった解であるが不安定解である。ただし、a, asでも aが十分に asに近ければ、見かけ上定常宇宙に近くなる。現在は a = 1地点に居るから、定常解はΩΛ = Ωr0 +Ωm0/2を充たすときのみ成立する。

現在は、Ωk = 0かつ加速膨張期にあることが観測されているから、静的宇宙は解ではあり得ない。Ωr0 = 0

と置く近似で解いてみると、as = (Ωm0/2ΩΛ)1/3となる。物質優勢宇宙では a ∝ t2/3であるから

1as

= 1+zs =(

t0ts

)2/3

, ⇒ ts = t0

√Ωm0

2ΩΛ≃ 137×0.42= 57.4億年もしくは zs = 0.79 (4.43)

つまり、宇宙はごく最近減速膨張から加速膨張へ転じたばかりなのである。