40周年に 寄せて 戸建住宅地のコミュニティマネージャー ·...

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27 家とまちなみ 80〈2019.10〉 特集 財団 40 周年 まちづくりの歩みと課題 財団 40周年に 寄せて プレイスメイキング研究所は、2004年に筑波大学のベ ンチャーとして設立しました。その目的は「住宅所有者組 合(管理組合)をサポートするようなビジネスモデル」の 確立をめざすところにありました。われわれはそのような 業務の担い手を「戸建住宅地のコミュニティマネージャ ー」と呼んでいます。 そこで今回は、弊社の初代代表取締役社長だった島袋 典子さん(現・相談役)との対話を踏まえて、今後住宅 業界で必要とされる「戸建住宅地のコミュニティマネージ ャー」とはどのようなものか、その一端について考えてみ ます。 コミュニティマネージャーとは 温井:島袋さんは、2004 年当初、㈲つくばインキュベーシ ョンラボと㈱プレイスメイキング研究所の 2 つの代表を兼 務していました。私の筑波大学での研究テーマ「計画的 戸建住宅地における住民主体による維持管理に関する研 究」を基に、プレイスメイキング研究所で住宅所有者組 合(管理組合)の運営に関する業務を立ち上げるに至っ たのは、つくばインキュベーションラボが、ベンチャーの 設立から運営をサポートしていたことが影響しています。 つくばインキュベーションラボによるプレイスメイキング 研究所の設立時のサポートは、現在取り組んでいるコミュ ニティマネージャーによるサポート業務のモデルとなりま した。 島袋: ベンチャー企業には、世の中に必要な機能をつくる、 新たな選択肢を提供するという働きがあると思います。そ の意味で、プレイスメイキング研究所の理念やビジネスモ デルは、トライ&エラーを繰り返してみる、ベンチャーと して挑戦してみる価値があると思いました。参考にした当 戸建住宅地のコミュニティマネージャー 時のコーポラティブ方式は一定数のニーズがあるように思 われましたが、市場の規模や、住民がそれにどの程度の お金をかけるかは未知数でした。 温井:現在、プレイスメイキング研究所では、全体で約 5,000 戸、40以上のプロジェクトに継続的に関わらせてい ただいています。約16 年前は、32 戸の住宅地の管理から 始まりましたので、時間はかかりましたが、住宅地のニー ズはあったと思います。 住宅所有者組合(管理組合)と居住者組織としての自 治会の両方を併設した戸建住宅地は今では珍しくありま せん。しかし、いわば「後付け」で管理組合をつくろうと 思ってもなかなかうまく行きません。住宅生産振興財団の 手がけた事業で、特にプロジェクトの構想段階、企画開 発時から、戸建住宅地全体をどう維持管理するかは極め て重要です (図1)㈱プレイスメイキング研究所 代表取締役 温井達也 写真1 社内会議(2004年6月14日)

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Page 1: 40周年に 寄せて 戸建住宅地のコミュニティマネージャー · 業界で必要とされる「戸建住宅地のコミュニティマネージ ャー」とはどのようなものか、その一端について考えてみ

27家とまちなみ 80〈2019.10〉

特集 財団 40 周年 まちづくりの歩みと課題財団

40周年に寄せて

 プレイスメイキング研究所は、2004年に筑波大学のベンチャーとして設立しました。その目的は「住宅所有者組合(管理組合)をサポートするようなビジネスモデル」の確立をめざすところにありました。われわれはそのような業務の担い手を「戸建住宅地のコミュニティマネージャー」と呼んでいます。 そこで今回は、弊社の初代代表取締役社長だった島袋典子さん(現・相談役)との対話を踏まえて、今後住宅業界で必要とされる「戸建住宅地のコミュニティマネージャー」とはどのようなものか、その一端について考えてみます。

コミュニティマネージャーとは温井:島袋さんは、2004年当初、㈲つくばインキュベーションラボと㈱プレイスメイキング研究所の2つの代表を兼務していました。私の筑波大学での研究テーマ「計画的戸建住宅地における住民主体による維持管理に関する研究」を基に、プレイスメイキング研究所で住宅所有者組合(管理組合)の運営に関する業務を立ち上げるに至ったのは、つくばインキュベーションラボが、ベンチャーの設立から運営をサポートしていたことが影響しています。つくばインキュベーションラボによるプレイスメイキング研究所の設立時のサポートは、現在取り組んでいるコミュニティマネージャーによるサポート業務のモデルとなりました。島袋:ベンチャー企業には、世の中に必要な機能をつくる、新たな選択肢を提供するという働きがあると思います。その意味で、プレイスメイキング研究所の理念やビジネスモデルは、トライ&エラーを繰り返してみる、ベンチャーとして挑戦してみる価値があると思いました。参考にした当

戸建住宅地のコミュニティマネージャー 

時のコーポラティブ方式は一定数のニーズがあるように思われましたが、市場の規模や、住民がそれにどの程度のお金をかけるかは未知数でした。温井:現在、プレイスメイキング研究所では、全体で約5,000戸、40以上のプロジェクトに継続的に関わらせていただいています。約16年前は、32戸の住宅地の管理から始まりましたので、時間はかかりましたが、住宅地のニーズはあったと思います。 住宅所有者組合(管理組合)と居住者組織としての自治会の両方を併設した戸建住宅地は今では珍しくありません。しかし、いわば「後付け」で管理組合をつくろうと思ってもなかなかうまく行きません。住宅生産振興財団の手がけた事業で、特にプロジェクトの構想段階、企画開発時から、戸建住宅地全体をどう維持管理するかは極めて重要です(図1)。

㈱プレイスメイキング研究所 代表取締役

温井達也

写真1 社内会議(2004年6月14日)

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島袋:住みつづけたい、または、住継がれたいという魅力的で良好な住宅地になるには、所有者や居住者が主体となって、「楽しく、努力する」様子が見えることが大切です。温井:島袋さんは仕事をされる時に、ご自身を「コーディネーター」と紹介していると思います。16年前にその島袋さんの仕事のやり方を見ていて、「砂糖の綿が棒にくるくると集まって綿菓子の形にしていくような仕事」だなと感じたことがあります。コーディネーターが「芯棒」としてベクトルを持って動き、回り(住民)からの思いを集める。形の無い中に入って、調整して、合意点を見つけて方向性を見出していくイメージだったことを覚えています。島袋:コーディネーターは、まず信用をいただいているという前提で、多くの人の気持ちを「預かる」感じです。当然自分のやりたいことも入りますが、全体のバランスの中で自分のやりたいことは少しだけ実現させていただく。まず全体の「価値の共有」を意識しています。また、サポートする時は、主体者であることを自覚してもらい、運営全体の内容を「体系的に把握」してもらうことが大切です。もちろんそのためには、サポートする側が運営方法について「体系的に把握」している必要がありますが。温井:これまで、3,000回以上の管理組合の理事役員会に出席しましたが、理事役員会は毎回ワークショップのようだと感じます。いろいろな立場や年齢の方が集まり、まちの運営について考える貴重な場です。多くを学ばせていただく場面が多々ありますが、コミュニティマネージャーとは理事役員会というワークショップの場のファシリテータ

ーの役割もあります。島袋:これまでのハードのコモン(共用地)に対して、意識の共有という新たなコモンが生まれているのでしょうね。お客とサービスの提供者との双方向の関係をベースにして。そこが「高次なマネジメント」として、コミュニティマネージャーに求められる役割だと思います。温井:近年の理事役員は、不思議と立候補で決まることが多くなりました。以前はお願いすれば理事役員を引き受けてくださる方はいましたが、率先して自ら立候補するというのは、大きな変化です。地域コミュニティが崩壊しつつある危機感から、戸建住宅地においてコミュニティをつくることへの関心が高くなったからなのか?

図1 自治会と住宅所有者組合との関係。出典:温井達也ほか『戸建住宅地管理論』(結エディット 2018)より

写真2 理事役員会でのコミュニティマネージャー

対象=住民(居住者)加入=任意目的=親睦例:お祭り

信頼があれば

【自治会】

対象=土地・建物所有者加入=強制目的=共有財産の管理例: マンションや住宅地の

集会所管理

【自治会】&【住宅所有者組合】で資産価値や安全・安心が向上

【住宅所有者組合】

島袋:安心して暮らすためには、近隣にどんなコミュニティがあるのか、ルールや運営方法なども知っておきたい、経験したいと思う人が増えてきているのではないでしょうか。せっかくだから、良い住環境の維持につなげたい意識があると思います。裏返せば少しでも不安を低減したいという意識もあるかもしれません。温井:先ほど、サポートする側が

「体系的に把握」していることが重要という話がありましたが、「第14回住まいまちなみ賞」で国土交通大臣賞を受賞した「サトヤマヴィ

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特集 財団 40 周年 まちづくりの歩みと課題

レッジ」をコーディネートした馬越重治さんが同じことをおっしゃっていました。 馬越さんは、長年コーポラティブ方式のコーディネートもなされている方で、「サトヤマヴィレッジ」で、里山の自然生態系を活かした植栽計画を住宅地に採り入れました。現在弊社は、九州での戸建住宅地の維持管理物件のコーディネートを馬越さんと共同受託しています。その他千葉や神奈川のプロジェクトでもその土地に根ざした専門家たちと協力して、運営サポートを行うなど、専門性を活かした業務を展開しています。「かゆいところに手が届く」地域密着でのコーディネート業務を目指しています。島袋:コミュニティマネージャーが、専門家として住宅所有者組合(管理組合)や居住者組織としての自治会の運営サポートを行うためには、次の3つの要素をバランスよく扱える必要があると思います。①法律や技術の専門知識、②決算・予算等お金の管理、③伝え共有する、の3つです。これらの能力は、学んで身につける部分と、実践の中で培う部分があると思います。プレイスメイキング研究所では、これまでの理事役員会を通し戸建住宅地管理の多くの知恵を預かってきたのだと思います。お客様や仲間に、仕事を通じて育てていただけたことが一番貴重で、だからこそそれを他所に活かしていきたいのです。

コミュニティマネージャーの担い手とは プレイスメイキング研究所では、戸建住宅地の維持管理について、これからもコミュニティマネージャーとして関わり、戸建住宅地の理事役員や組合員と一緒にアイデアを出し合い、共に課題を解決していきたいと考えていま

す。コミュニティマネージャーが毎回現地へ体を運ぶことが難しい遠隔地等では、TV会議システムを活用するなど、新しい方法にも挑戦しています。これまでお預かりした気づきや課題解決のアイデアを多くの方に、伝え、活用いただく方法も模索しています。 始めから、その住宅地の課題を、体系的に把握できるコミュニティマネージャーはいないと思います。それぞれの持つ専門性という強みを活かしつつ現場で鍛えていただく、そして島袋さん風に言えば、思いを「預かる」こと。それができる人であれば、だれでもコミュニティマネージャーになれると思います。人材の育成や、すでに業務を通じて連携を始めている方々との「ネットワーク」づくりは、今後ますます必要になると思います。

【参考】1) 温井達也・プレイスメイキング研究所まち育て事業部『戸建住宅

地管理論−自律共生型社会による』、結エディット、2018年2月2) 温井達也・渡和由「戸建住宅地におけるまちなみ管理⑤戸 建住

宅地の公共とは」『家とまちなみ』75号、P80〜87、2017年5月、住宅生産振興財団)

3) 温井達也・渡和由「戸建住宅地におけるまちなみ管理⑥ 戸建住宅地の居心地良さとは」『家とまちなみ』76号、P54〜62、2017年11月、住宅生産振興財団

4) 温井達也「筑波研究学園都市の専門家サポートによる戸建住宅地のエリアマネジメント—ウェルネスシティつくば桜での実践−2017年9月、「住宅地の管理から経営へ−エリアマネジメントの既成住宅地への展開」、日本建築学会建築社会システム委員会、P9〜14

5) 上井一哉等「住宅地研究 ウェルネスシティつくば桜」『家とまちなみ』72号、2015年9月、住宅生産振興財団

写真3 対談風景。大学内カフェにて(2019年9月10日)

温井達也(ぬくい・たつや)筑波大学芸術学修士課程環境デザイン修了(デザイン学修士)。筑波大学人間総合科学研究科(博士課程:単位取得、期間満了)。日本型HOA推進協議会事務局長。