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図 1 好中球性血管炎(白血球破砕性血管炎) 血管壁及び血管周囲に核塵を伴う著明な好中球エラスターゼ染色(右図)を示した好中 球浸潤が特徴である. 血管炎とは血管壁を中心に炎症性細胞浸潤によって 血管破壊をきたす炎症性疾患である.血管炎の確定診 断は病理組織診断であるが,血管炎を伴わない多くの 血管炎類似疾患や類似組織所見と区別するには血管炎 の概念と病理組織診断の基本原則を理解する必要があ る.皮膚血管炎において,真皮の小血管炎は主に細静 脈を侵す好中球浸潤を主体とした好中球性血管炎,い わゆる白血球破砕性血管炎(Leukocytoclastic vasculi- tis)である.下腿の静脈炎は動脈炎と誤診されやすく, 誤診による過剰な治療を避けるためにも病理組織学的 に動脈炎か静脈炎かの正しい判別が必要である. はじめに 皮膚血管炎は皮膚に限局するものもあれば,全身性 血管炎の皮膚病変として現れるものもある.内臓の血 管炎病変と異なり,肉眼で病変を確認し,簡易な皮膚 生検で組織診断が得られるのが皮膚血管炎の特徴であ る.血管炎の確定診断は病理組織所見であるが,解剖 学的に真皮小血管と皮下組織筋性動静脈の血管構造が 異なるため,真皮の血管炎の病理組織診断基準と皮下 組織の筋性動静脈炎の診断基準とに分けて解説する. 最後に,臨床病理学的に下腿の浅在性血栓性静脈炎は 結節性多発動脈炎に誤診されやすいが,治療方針が大 きく異なることもあり,形態学的に動静脈を判別する コツについても解説する. 1.皮膚血管炎の概念,定義 )~概念と定義:皮膚血管炎とは真皮から皮下組織まで の血管壁を中心に炎症性細胞浸潤によって血管破壊を きたす炎症性疾患である.それに対して,以下の血管 壁の破壊は血管炎の範疇に入らない. 1)潰瘍底部,壊疽性膿皮症,真皮や皮下膿瘍などの 壊死組織に巻き込まれた血管壁の二次的な破壊. 2)炎症性細胞と異なる腫瘍細胞,真菌などの血管壁 への直接浸潤による血管壁の破壊. 2.血管炎の病態発症機序 )~13血管炎は炎症性細胞(好中球,T 細胞,好酸球)浸 潤によって血管壁の破壊をきたす炎症である.その発 症メカニズムは炎症性細胞の内皮細胞への接着及び脱 顆粒によって放出された活性酸素や細胞毒性顆粒蛋白 (好中球:エラスターゼ(図1),MPO,PR-3,好酸球: MBP,ECP,EPO,EDN(図 2),T 細胞:perforin な ど(図3))が内皮細胞,更に血管平滑筋層(筋性動静脈 3.血管炎の病態と病理組織診断 科榮(東京都済生会中央病院) 日皮会誌:120(12),2379―2391,2010(平22)

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図1 好中球性血管炎(白血球破砕性血管炎)血管壁及び血管周囲に核塵を伴う著明な好中球エラスターゼ染色(右図)を示した好中球浸潤が特徴である.

要 約

血管炎とは血管壁を中心に炎症性細胞浸潤によって血管破壊をきたす炎症性疾患である.血管炎の確定診断は病理組織診断であるが,血管炎を伴わない多くの血管炎類似疾患や類似組織所見と区別するには血管炎の概念と病理組織診断の基本原則を理解する必要がある.皮膚血管炎において,真皮の小血管炎は主に細静脈を侵す好中球浸潤を主体とした好中球性血管炎,いわゆる白血球破砕性血管炎(Leukocytoclastic vasculi-tis)である.下腿の静脈炎は動脈炎と誤診されやすく,誤診による過剰な治療を避けるためにも病理組織学的に動脈炎か静脈炎かの正しい判別が必要である.

はじめに

皮膚血管炎は皮膚に限局するものもあれば,全身性血管炎の皮膚病変として現れるものもある.内臓の血管炎病変と異なり,肉眼で病変を確認し,簡易な皮膚生検で組織診断が得られるのが皮膚血管炎の特徴である.血管炎の確定診断は病理組織所見であるが,解剖学的に真皮小血管と皮下組織筋性動静脈の血管構造が異なるため,真皮の血管炎の病理組織診断基準と皮下組織の筋性動静脈炎の診断基準とに分けて解説する.

最後に,臨床病理学的に下腿の浅在性血栓性静脈炎は結節性多発動脈炎に誤診されやすいが,治療方針が大きく異なることもあり,形態学的に動静脈を判別するコツについても解説する.

1.皮膚血管炎の概念,定義1)~5)

概念と定義:皮膚血管炎とは真皮から皮下組織までの血管壁を中心に炎症性細胞浸潤によって血管破壊をきたす炎症性疾患である.それに対して,以下の血管壁の破壊は血管炎の範疇に入らない.1)潰瘍底部,壊疽性膿皮症,真皮や皮下膿瘍などの壊死組織に巻き込まれた血管壁の二次的な破壊.2)炎症性細胞と異なる腫瘍細胞,真菌などの血管壁への直接浸潤による血管壁の破壊.

2.血管炎の病態発症機序6)~13)

血管炎は炎症性細胞(好中球,T細胞,好酸球)浸潤によって血管壁の破壊をきたす炎症である.その発症メカニズムは炎症性細胞の内皮細胞への接着及び脱顆粒によって放出された活性酸素や細胞毒性顆粒蛋白(好中球:エラスターゼ(図 1),MPO,PR-3,好酸球:MBP,ECP,EPO,EDN(図 2),T細胞:perforin など(図 3))が内皮細胞,更に血管平滑筋層(筋性動静脈

3.血管炎の病態と病理組織診断

陳 科榮(東京都済生会中央病院)

日皮会誌:120(12),2379―2391,2010(平22)

皮膚科セミナリウム 第 67 回 皮膚病理学エッセンシャルズ2380

図2a 好酸球性血管炎核塵はなく,血管壁のフィブリノイド変性を伴い,血管壁及び血管周囲に著明な好酸球浸潤が特徴である.

図2b 初期好酸球性血管炎の病理組織像血管腔と血管壁に著明な好酸球浸潤.好酸球の内皮細胞との接着像(矢印)とその脱顆粒像(細矢印)が特徴である.

図2c 初期好酸球性血管炎の電顕像脱顆粒して活性化した好酸球(太矢印)と接着した内皮細胞(長矢印)には核の萎縮と著明な細胞質の融解を示す壊死変性像がみられる.壊死,変性した内皮細胞側の血管腔内に好酸球の細胞毒性顆粒蛋白(細矢印)を確認できる.

の場合)に傷害を与えることでおきるのである.この炎症細胞と内皮細胞の接着や炎症性細胞の活性化による脱顆粒をきたすのは内皮細胞の活性,血管壁の免疫複合体の沈着,補体の活性化,抗好中球細胞質抗体,抗内皮細胞抗体,薬剤や細菌,ウイルスなどの抗原,血小板,サイトカイン(TNF,IFN-γ,IL-1,IL-2,4,5,6,10,12,15,18),およびケモカイン(IL-8,RANTES)などの複雑な関与が考えられる6)~13)(図 4).内皮細胞が変性や壊死をきたす結果,その内皮細胞が持っている①血小板活性化制御(プロスタサイクリン(PGI2))と内皮細胞由来血管弛緩因子など,②凝固活

性化制御(トロンボモジュウリン系),及び③線溶活性化制御(組織型プラスミノーゲン活性因子(t-PA))などの 3つの抗血栓機能が失われるため,変性や壊死に陥った内皮細胞側にフィブリン血栓が形成される(図4)(図 5a).やがて,内皮細胞や炎症性細胞の残骸及び補体や免疫グロブリンなどの血漿タンパクを含んだフィブリン血栓を主体とした複合体が血管壁,更に血管壁の周囲に波及して沈着し,血管壁のフィブリノイド変性の像を呈する(図 4)(図 5b).

3.血管炎の分類1)~5)

1)原発性と随伴性による分類a)原発性(primary)血管炎とは原因が不明で,疾患の主病変が血管炎による臓器障害である.下記の全身性血管炎疾患と皮膚の限局性血管炎に見られる.・側頭動脈炎・結節性多発動脈炎・ベーチェット病・ANCA関 連 血 管 炎(Churg-Strauss 症 候 群,Wegener 肉芽腫症,顕微鏡的多発血管炎)・Henoch-Schönlein 紫斑・特発性クリオグロブリン血症性紫斑・皮膚型結節性多発動脈炎・特発性皮膚小血管の血管炎(皮膚アレルギー性血

3.血管炎の病態と病理組織診断 2381

図3 リンパ球性血管炎核塵はなく,一部血管壁の破壊とフィブリノイド変性を伴い,血管壁及び血管周囲に著明なCD8 陽性Tリンパ球の浸潤(右図)が特徴である.

図4 ANCA関連血管炎の病態発症機序t-PA:tissue plasminogen activatorEC:endothelial cell

管炎)b)二次的(secondary)または随伴性(associated)血管炎:膠原病,感染症,腫瘍,薬剤投与などに伴い,二次的に血管炎を生じたもの.

原発性血管炎と二次的血管炎では治療がそれぞれで異なる場合がある.結節性多発動脈炎やANCA関連血管炎などの原発性全身性血管炎は場合によって免疫抑制剤の併用が必要とされるが,一方,二次的血管炎にはその増悪因子(感染や薬剤などの誘因)を除去す

皮膚科セミナリウム 第 67 回 皮膚病理学エッセンシャルズ2382

図5a 血管炎のごく初期段階におけるフィブリン血栓の形成像炎症性細胞の攻撃によって壊死や変性に陥った内皮細胞側では内皮細胞の欠損や脱落が目立ち(矢印),その欠損した部位に初期血栓の形成(太矢印)が確認された.左右の侵されていない内皮細胞側には血栓の形成はみられない.

図5b 血管壁フィブリノイド変性(壊死)の形成像フィブリン血栓を主体とした成分が内皮細胞や好中球の残骸及び補体や免疫グロブリンなどの血漿タンパクを含んだ複合体を形成し,血管壁,更に血管壁の周囲に波及していく.その結果,血管壁のフィブリノイド変性の像(矢印)を形成する.

図6 Churg-Strauss 症候群にみられる皮下組織の肉芽腫性動脈炎左:血管壁のフィブリノイド変性を伴い,血管周囲に多核巨細胞を混じた著明な組織球浸潤が特徴

右:血管周囲に著明なCD68 陽性の組織球浸潤が特徴

れば,血管炎が軽快する.

2)主要な炎症性細胞浸潤による血管炎の分類a)好中球性血管炎(白血球破砕性血管炎(Leukocy-toclastic vasculitis))(図 1)b)好酸球性血管炎(Eosinophilic vasculitis)(図 2)c)リンパ球性血管炎(Lymphocytic vasculitis)(図3)d)組織球性血管炎(肉芽腫性血管炎(Granuloma-tous vasculitis))(図 6)

主体となる炎症細胞浸潤の種類による組織学的な血管炎分類で,病理診断名として使われている.・皮膚血管炎の組織所見は殆どが核塵を伴い,好中球浸潤を主体とした好中性血管炎であり,一般的に病理診断名は白血球破砕性血管炎(Leukocytoclastic vas-culitis)が使われている.しかし組織所見のみで,各疾患を特定できず,臨床及び検査所見を合わせて確定診断しなければならない(表 1).好中球性血管炎には炎症の時期によって古くなるとリンパ球浸潤が優位になることもあるが,核塵を伴う好中球の残存所見はリン

3.血管炎の病態と病理組織診断 2383

表1 好中球性血管炎(Neutrophilic vasculitis)の組織像を呈する疾患

1)真皮小血管炎(細静脈炎)・膠原病(RA,SLE,SjS,再発性多発性軟骨炎),ベーチェット病,クリオグロブリン血症性紫斑,高 γグロブリン血症性紫斑・Henoch-Schönlein 紫斑(アナフィラクトイド紫斑),acute hemorrhagic edema of infancy・持久性隆起性紅斑・感染症:溶連菌(心内膜炎),髄膜炎,B,C型肝炎ウイルス,HIV,パルボウイルスB19・薬剤性:

1)ANCA関連のないグループ:抗菌剤,解熱鎮痛剤,利尿薬,造血薬,抗癌剤,抗HIV薬など2)ANCA関連グループ:抗甲状腺薬(プロピルチオウラシル(PTU)),降圧剤(ヒドララジン),尿酸生成抑制剤(アロプリノール),抗リウマチ薬(ペニシラミン),抗てんかん薬(フェニトイン)

・悪性腫瘍に伴う:造血器腫瘍(白血病,MDS,リンパ腫),固形癌(肺癌,大腸癌,前立腺癌,腎癌,乳癌)・ANCA関連血管炎:Churg-Strauss 症候群,Wegener 肉芽腫症,顕微鏡的多発血管炎,薬剤(抗甲状腺薬)・炎症性腸疾患:潰瘍性大腸炎,Crohn 病・原因不明なもの(特発性皮膚小血管の血管炎:idiopathic cutaneous small vessel vasculitis,cutaneous leukocytoclastic angiitis(CLA),同義語:皮膚アレルギー性血管炎)

2)真皮皮下境界部から皮下組織における筋性動脈炎・膠原病(RA,SLE,SjS,再発性多発性軟骨炎)・結節性多発動脈炎・皮膚型結節性多発動脈炎・感染症:B,C型肝炎ウイルス,HIV・悪性腫瘍に伴う:造血器腫瘍(白血病,MDS,リンパ腫)・ANCA関連血管炎:Churg-Strauss 症候群,Wegener 肉芽腫症,顕微鏡的多発血管炎,薬剤(ミノサイクリン)・炎症性腸疾患:潰瘍性大腸炎,Crohn 病

3)真皮皮下境界部から皮下組織における筋性静脈炎・膠原病(RA,SLE,SjS,再発性多発性軟骨炎)・ベーチェット病・特発性浅在性血栓性静脈炎,特発性静脈炎・悪性腫瘍(造血器腫瘍(白血病,MDS,リンパ腫),固形癌(肺癌,大腸癌,前立腺癌,肝臓癌,胃癌など))に伴う血栓性静脈炎(Trousseau 症候群)

・炎症性腸疾患:潰瘍性大腸炎,Crohn 病

表 2 好酸球性血管炎(Eosinophilic vasculitis)の組織像を呈する疾患

1)真皮好酸球性血管炎(細静脈炎)(1)再発性皮膚好酸球性血管炎(recurrent cutaneous

eosinophilic vasculitis)(2)膠原病:関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,

Sjögren 症候群(3)Churg-Strauss 症候群(4)悪性腫瘍(白血病,リンパ腫,大腸癌)に伴うもの(5)Hypereosinophilic 症候群2)真皮皮下境界部から皮下組織の好酸球性動脈炎(1)Churg-Strauss 症候群(2)若年性側頭動脈炎

表3 リンパ球性血管炎(Lymphocytic vasculitis)の組織像を呈する疾患

・急性苔癬状痘瘡状粃糠疹・ベーチェット病・膠原病:関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,Sjögren症候群・中毒性滲出性紅斑:遠心性環状紅斑,甸行性花環状紅斑・同種移植片拒絶反応・感染症:リケッチア,ヘルペス感染症・凍瘡・薬剤性:アセトアミノフェン,アスピリン

パ球性血管炎と異なる.・好酸球性血管炎は特発性皮膚好酸球性血管炎13),膠原病14),Churg-Strauss 症候群15),および若年性側頭動脈炎などの疾患に見られるのが特徴である(表 2).・リンパ球性血管炎は稀に SLE,SjS などの膠原病,

ベーチェット病16),急性痘瘡状苔癬状粃糠疹,又は薬剤性などにみられる(表 3).・好酸球性血管炎(図 2)とリンパ球性血管炎(図3)は好中球性血管炎(図 1)と異なり,核塵を伴わないのが特徴である.・肉芽腫性血管炎とは,組織球や多核巨細胞を主体とした炎症細胞浸潤を呈する病理診断名である.その

皮膚科セミナリウム 第 67 回 皮膚病理学エッセンシャルズ2384

表4 皮膚科における肉芽腫性血管炎を呈する疾患

1)真皮における肉芽腫性血管炎(稀)・造血器腫瘍(リンパ腫,白血病)・膠原病(RA,SLE)・Sarcoidosis・分類困難な全身性血管炎・薬剤誘発性(フェニトイン)・帯状疱疹や単純性疱疹の瘢痕部に生じた皮膚病変(丘疹,結節)・Wegener 肉芽腫症

2)真皮皮下境界部から皮下組織の肉芽腫性動静脈炎動脈炎:・側頭動脈炎・Churg-Strauss 症候群・Wegener 肉芽腫症静脈炎:・Nodular vasculitis・Necrobiosis lipoidica・Churg-Strauss 症候群[稀]・炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎,Crohn 病)・膠原病(RA,SLE,再発性多発性軟骨炎)

図7 NK細胞リンパ腫の皮膚病変における偽血管炎の病理組織像真皮小血管の血管壁に認めた著明なリング状フィブリノイド壊死の所見は一見血管炎のように見えるが,血管炎の炎症性細胞浸潤と異なり,著明な血管周囲性NK腫瘍細胞浸潤による血管破壊が特徴である.

所見は,Churg-Strauss 症候群15)などの全身性血管炎疾患から,皮膚を含む(中枢神経,肺,生殖器など)単一の臓器に限局したものにも見られる.肉芽腫性血管炎が,血管炎炎症過程で,Churg-Strauss 症候群のように急性期の壊死性好酸球性動脈炎の後に生じるものもあれば15)(図 6),側頭動脈炎のように初期から現れるものもある.・皮膚科に見られる肉芽腫性血管炎の皮膚病変は,紫斑の多い真皮小血管炎(好中球,リンパ球,好酸球性血管炎)とは異なり,より深い血管レベルが侵されるので,浸潤を触れる紅斑,皮内や皮下結節,網状皮斑,および皮膚潰瘍として表れる.バザン硬結性紅斑や潰瘍性大腸炎,関節リウマチなどを伴う疾患の真皮皮下境界部や皮下組織では,筋性静脈に多くみられるが,Churg-Strauss 症候群15)や浅側頭動脈炎では皮下組織の筋性動脈に見られる(表 4).真皮小血管の肉芽腫性血管炎は稀にWegener 肉芽腫症,Sarcoidosis や関節リウマチなどの疾患で見られる(表 4).

4.血管炎の病理診断1)2)17)18)

1)病理組織診断の基本原則a.血管壁を中心とした炎症性細胞浸潤b.血管壁の破壊像・なぜ血管壁を中心とした炎症性細胞浸潤が必要な所見とされるのか?

血管炎とは血管壁を炎症の場とする炎症性疾患である.炎症性細胞と異なる腫瘍細胞(図 7)や真菌,細菌などの血管壁浸潤による血管破壊の症例,又は壊疽性膿皮症(図 8),真皮膿瘍(図 8),皮下膿瘍などの血管外主病変からの炎症性細胞浸潤がその周囲の血管に波及し,血管の二次的な破壊をきたす症例と区別するため.・なぜ血管壁の破壊像が必要な所見とされるのか?真皮血管周囲性炎症細胞浸潤はあるが,血管壁に破壊像のない,血管炎を伴わない多くの皮膚炎症性疾患と区別するため.・光学顕微鏡で血管壁の破壊像を確認できる所見は,皮膚小血管と皮下組織の筋性動静脈ではやや異なるので,真皮小血管の血管炎の組織診断基準と皮下組織の筋性動静脈炎の診断基準を分ける必要がある.

2)皮膚小血管(細動脈,細静脈,毛細血管)の血管炎診断基準

必要所見a.血管周囲性炎症性細胞浸潤を認めること.b.血管壁にはフィブリノイド変性を認めること.真皮小血管の血管炎を診断するには上記の a)と b)が必要である.・なぜ血管壁を中心とした炎症性細胞浸潤が必要とされるのか?上記 b)に示す血管壁のフィブリノイド変性の所見

3.血管炎の病態と病理組織診断 2385

図8 壊疽性膿皮症にみられる偽血管炎の病理組織像左図:血管壁に細胞浸潤及びフィブリノイド壊死を認め,一見血管炎のように見える

が,病変の全体像を示した右図ではその血管破壊は真皮の著明な膠原線維融解,破壊をもたらす好中球膿瘍の壊死性病変部に巻き込まれた二次的な壊死性病変である.

図9 潰瘍底部に生じた偽血管炎の病理組織像潰瘍底部の真皮膠原線維の融解像を伴い,血管壁の著明なフィブリノイド壊死を呈する二次的な血管破壊像.

は,皮膚潰瘍の底部(図 9),広範囲の炎症性細胞浸潤を認める壊疽性膿皮症(図 8)や真皮膿瘍などの真皮膠原線維の変性や壊死を来たす病変でも見られる.しかし,その破壊像は二次的な血管障害の所見,つまり,変性や壊死に陥った病変ではその内部や周囲にある血管も壊死性変化を起こすため,血管壁にフィブリノイド壊死が見られる.更に腫瘍病変の中にも炎症性細胞と異なる腫瘍細胞の血管壁への浸潤による血管壁のフィブリノイド変性(図 7)がみられる.それ故,これらの二次的な血管障害の所見や炎症性

細胞とは異なる腫瘍細胞浸潤とを区別するため,上記a)の血管壁を中心とした炎症性細胞浸潤が必要である.・なぜ血管壁のフィブリノイド変性が皮膚小血管の血管炎に必要な所見とされるのか?光学顕微鏡で確認できる皮膚小血管壁の破壊像は血管壁のフィブリノイド変性像として現れる.真皮小血管の血管壁の主な構成成分である内皮細胞は好中球の細胞毒性蛋白によって壊死や変性を来たし,その抗凝固機能が失われた結果,壊死や変性に陥った内皮細胞側に,フィブリン血栓が形成され,やがてそのフィブリンを主体とした成分が血管外へと流れていく(図 4,5).すなわち,真皮小血管の血管壁の破壊像は血管壁や周囲のフィブリンを主体とした沈着像である.そのため,血管周囲性の炎症性細胞浸潤が認められる血管炎を伴わない血管炎類似疾患と区別するには,上記 b)の所見が必要である.・真皮の血管炎は多くの疾患に見られ,皮膚限局のものと全身性血管炎疾患に見られる(表 1).・真皮の血管炎は主に細静脈が侵されるが,膠原病

(SLE,RA,SjS,RP),Churg-Strauss 症候群や顕微鏡的多発血管炎(図 10),ベーチェット病16)などの全身性血管炎を伴う症例は真皮の小血管炎と共に皮下組織の筋性動脈炎や静脈炎も侵されることがある(図 11).

皮膚科セミナリウム 第 67 回 皮膚病理学エッセンシャルズ2386

図 10上図:顕微鏡的多発血管炎の皮膚病変に真皮中層の細静脈炎(左図細矢印)と真皮皮

下境界部の小動脈炎(右図太矢印)の異なる血管炎が一つの標本に確認された.下図(拡大):左図の細静脈炎には内弾性板はみられないが,血管壁の外側に弾性線

維性外膜を有する.一方,右図の小動脈炎には平滑筋層の内側に,残存した内弾性板(黒矢印)がみられる.

3.血管炎の病態と病理組織診断 2387

図11 真皮小血管の血管炎と皮下組織の動脈炎や静脈炎が共に見られる疾患RP:再発性多発軟骨炎,CSS:Churg-Strauss 症候群,WG:Wegener 肉芽腫症,MPA:顕微鏡的多発血管炎,腫瘍随伴性:造血系腫瘍が多い,UC:潰瘍性大腸炎,BD:ベーチェット病

図12 顕微鏡的多発血管炎の症例に見られた真皮皮下境界部の急性期動脈炎血管壁のフィブリノイド変性はないが,血管壁,及び血管周囲に出血を伴い,著明な好中球浸潤が見られる.

3)真皮皮下境界部から皮下組織における動静脈の血管炎診断基準

必要所見a.血管周囲及び血管壁に炎症性細胞浸潤を認めること.b.瘢痕期の動脈炎と診断するにはエラスチカ・ワンギーソン染色で血管の内弾性板破壊像を確認し得る

こと.・なぜ動静脈炎の診断基準が血管周囲,及び血管壁の炎症性細胞浸潤の所見だけでよいのか?炎症性細胞が血管壁を容易に通過できる筋層のない小血管と異なり,しっかりした筋層のある動静脈では血管壁の破壊がない限り,炎症細胞の血管壁への浸潤は見られないので,血管壁に炎症性細胞浸潤があれば,血管炎といえる.その場合は大抵平滑筋層の断裂像や浮腫を伴うが,血管壁のフィブリノイド変性は必ずしも伴わない(図 12).従って血管壁のフィブリノイド変性(壊死)の有無は筋性動静脈炎の所見に必要ではない.しかし,血管壁にフィブリノイド変性があれば,壊死性血管炎と言える.・動脈炎の病期分類19)20):動脈炎の炎症過程は最初の好中球浸潤を主体とした急性期(図 12)から好中球,リンパ球及び組織球を混じた亜急性期(図 13),そしてリンパ球,組織球浸潤を主体とした修復期(図 13)を経て,最終的には炎症性細胞浸潤の乏しい瘢痕期にいたる.実際の生検所見では亜急性期と修復期の所見が多い.同一の標本内や異なる病変部より採取した標本で異なる時期の動脈炎が共存するのが動脈炎の特徴である(図 13).・壊死性血管炎1.壊死性血管炎とは血管壁にフィブリノイド変性

皮膚科セミナリウム 第 67 回 皮膚病理学エッセンシャルズ2388

図 13a同一の標本に異なる時期の動脈炎が見られる.

図 13b(図13aの拡大)左図:修復期の動脈炎はリンパ球,組織球を中心とした細胞浸潤と血管腔の細胞および

線維性増殖による血管腔の狭窄像が特徴である.右図:亜急性期の動脈炎には血管腔の増殖性変化は見られず,血管壁および血管周囲に

好中球,リンパ球と組織球を混じた細胞浸潤像が特徴である.

(壊死)を認めた血管炎のこと.2.血管壁にフィブリノイド変性の所見は皮膚小血管炎の必要な診断基準とされるが,筋性動静脈炎の診断には必要とされない(図 12).

4)動静脈の鑑別1)2)17)21)

HE染色のみで,ある程度動静脈を区別することはできるが,困難な場合は,EVG染色を行うことで,動脈や静脈を見分けることが出来る.

3.血管炎の病態と病理組織診断 2389

図14 下腿浅在性血栓性静脈炎左図:動脈壁のように同心円状筋層を呈する.右図:血管壁に弾性繊維に富むのが静脈の特徴.内膜に新生した弾性線維(矢印)は

動脈の内弾性板に誤認されやすい.

図15 皮膚型結節性多発動脈炎緊密な同心円状筋層を呈し,静脈と異なり,血管壁に弾性線維が乏しいのが特徴である.(右図)

a.真皮の血管真皮の細動脈や細静脈の区別は,EVG染色を行い,血管内皮細胞直下にある一本の内弾性板の有無を確認することで,内弾性板のある細動脈と内弾性板のない細静脈を見分けることが出来る.

b.皮下組織の動静脈皮膚血管炎の病変は下腿に多いのが特徴である.しかしながら下腿における筋性動静脈炎の区別はしばしば困難である.なぜなら解剖学的に長年の立位による血液重力の負担で,下腿の皮下静脈は他の部位の同レベルの静脈より血管壁は厚くなりやすい.同レベルの

動脈より厚くなることも,しばしばである.そのため,血管壁の厚さから動静脈を区別できない(図 14,図15).更に下腿の皮下静脈は弾性線維に富む血管壁(図14 右)を持ち,また内膜側に一見内弾性板のようにみえる弾性線維(図 14 右矢印)の増殖があるので,しばしば動脈と間違えられている.一方,皮下動脈の血管壁は弾性線維が乏しく,一本のはっきりした内弾性板を有する(図 15 右).また,その動脈壁の筋層では平滑筋細胞の走行が互いに同心円状に配列し,隙間の少ない緊密な筋層構造を呈する(図 15).従って血管壁の厚さや内弾性板の有無よりも,血管壁の弾性線維の評

皮膚科セミナリウム 第 67 回 皮膚病理学エッセンシャルズ2390

図16 ANCA関連血管炎症候群及び結節性多発動脈炎,膠原病,薬剤性,感染性,HSP,CLAに伴う血管炎における罹患血管の分布図

価及び筋層構造から下腿皮下組織の筋性動静脈を鑑別すべきである21).

ま と め

皮膚は血管炎の発症頻度が最も高い臓器なので(図

16),皮膚科医が果たす役割は大きい.血管炎の診断はしばしば困難であるが,適切な皮膚生検の施行,血管炎概念と血管炎病理診断の基本原則の理解,更に形態学的に正しい筋性動静脈の区別が的確な皮膚血管炎の病理診断につながるのである.

文 献

1)陳 科榮:膠原病を見逃さないために:皮膚血管炎の症状と診断,日皮会誌,2008 ; 118 : 2751―2755.

2)陳 科榮:特集�皮膚血管炎のすべて:皮膚血管炎の分類と診断,MB Derma,2009 ; 156 : 1―7.

3)Chen KR, Carlson JA: Clinical approach to cutane-ous vasculitis, Am J Clin Dermatol, 2008; 9: 71―92.

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3.血管炎の病態と病理組織診断 2391

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17)陳 科榮:皮膚血管炎の病理組織診断のコツと落

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