1 散乱振幅と散乱断面積 - particle physics theory group...
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July 28, 2004 東島清
1 散乱振幅と散乱断面積
1.1 ダイソンの公式
相互作用表示ハミルトニアンHを自由場の部分と相互作用を表す部分に分ける。自由場のハミルトニアンH0は場について2次式の部分である。残りの部分Hint = H − H0は場について3次以上の項で相互作用を表すので相互作用ハミルトニアンと呼ばれるが、場の理論では相互座用は時間空間の一点で起きるので、相互作用ハミルトニアン密度の積分の形に表すことができる。
Hint =
∫Hint(x)d
3x
表示 状態ベクトル 演算子
Schrodinger Picture |Ψ(t)〉S = e−iHt|Ψ〉H OS は時間に依らない。Heisenberg Picture |Ψ〉H は時間に依らない OH(t) = eiHtOSe−iHt
Interaction Picture |Ψ(t)〉D = eiH0t|Ψ(t)〉S OD(t) = eiH0tOSe−iH0t
(Dirac Picture) = eiH0te−iHt|Ψ〉H 演算子は自由場の方程式に従う
S〈Φ(t)|OS|Ψ(t)〉S = H〈Φ|OH(t)|Ψ〉H = D〈Φ(t)|OD(t)|Ψ(t)〉D
相互作用表示における状態ベクトルの時間発展
|Ψ(t)〉D = eiH0t|Ψ(t)〉S = eiH0te−iHt|Ψ〉H = U(t, t0)|Ψ(t0)〉D
ただし、相互作用表示における時間推進の演算子
U(t, t0) = eiH0te−iHteiHt0e−iH0t0 = eiH0te−iH(t−t0)e−iH0t0
は、次の式を満たす。
U(t1, t2)U(t2, t0) = U(t1, t0)
U−1(t, t0) = U †(t, t0) = U(t0, t)
U(t, t) = 1
U(t, t0)の満たす微分方程式は
i∂
∂tU(t, t0) = eiH0t(−H0 +H)e−iH(t−t0)e−iH0t0 = Hint(t)U(t, t0)
1
ただし、相互作用表示における相互作用ハミルトニアンは次式で定義される。
Hint(t) ≡ eiH0tHinte−iH0t
微分方程式に初期条件 U(t0.t0) = 1を課して積分方程式に直すと
U(t, t0) = 1 − i
∫ t
t0
Hint(t′)U(t′, t0)dt′
この積分方程式を次々に逐次近似で解くと
U(t, t0) = 1 − i
∫ t
t0
Hint(t1)dt1 + (−i)2∫ t
t0
dt1Hint(t1)
∫ t1
t0
dt2Hint(t2) + · · ·
第 n項は
(−i)n
∫ t
t0
dt1
∫ t1
t0
dt2 · · ·∫ tn−1
t0
dtnHint(t1)Hint(t2) · · ·Hint(tn) (1)
ここで、時間の新しい方が左に、古い方が右に来るように時間の順番に並べ換える T 積の記号を導入する。すなわち、ti1 > ti2 > · · · > tin の時
T (Hint(t1)Hint(t2) · · ·Hint(tn)) = Hint(ti1)Hint(ti2) · · ·Hint(tin)
n個の時間の並べ方は n!通りあるので、その各々の場合に、改めて時間の新しい方から古い方に順番に t1, t2, · · · tnと名前を付け替えると、第 n項 (1)は
(−i)n
n!
∫ t
t0
dt1
∫ t
t0
dt2 · · ·∫ t
t0
dtnT (Hint(t1)Hint(t2) · · ·Hint(tn)) (2)
と書くことができる。この記号を用いて時間推進演算子を書くと
U(t, t0) = 1 +∞∑
n=1
(−i)n
n!
∫ t
t0
dt1 · · ·∫ t
t0
dtnT (Hint(t1) · · ·Hint(tn))
= T exp (−i∫ t
t0
dt′Hint(t′))
= T exp (−i∫ t
t0
d4xHint(x)) (3)
これをダイソンの公式という。
1.2 S 行列
散乱過程では無限の過去 (t0 → −∞) から無限の未来 (t→ ∞) 迄の時間発展を考える。無限の未来と過去でHint(t) → 0とすると、散乱の起きる前と後は自由場に近づく。散乱前に系がH0の固有状態 |a〉inにあったとすると、相互作用した後
|a〉out = S|a〉in
2
になる。ただし、S行列は次の極限で定義される
S = U(+∞,−∞) (4)
散乱による系の変化を調べるには、
|a〉out = S|a〉in =∑
b
|b〉in in〈b|S|a〉in
なので、S行列要素 in〈b|S|a〉inを求めればよい。
1.3 崩壊幅と散乱断面積
始状態 |i〉から終状態 |f〉への遷移振幅は
〈f |S |i〉 = δfi + i(2π)4δ(4)(pf − pi)Tfi (5)
で与えられる。ここで pf , piはそれぞれ終状態、始状態のエネルギー・運動量を表す。1粒子の崩壊過程または2粒子の散乱過程を考察することにして、始状態は 1または 2粒子状態、終状態は n粒子状態である場合を考える。
崩壊: P −→ p1 + p2 + · · ·+ pn, (6)
散乱: P1 + P2 −→ p1 + p2 + · · · + pn (7)
始状態、終状態の粒子の波動関数からそれぞれ (2p0V )−12 がでてくるので、この因子を除
いて不変振幅Mfiを定義する1。
崩壊: Tfi =1√
2P 0V√
2p01V · · ·√2p0
nV·Mfi, (8)
散乱: Tfi =1√
2P 01 V√
2P 02 V√
2p01V · · ·√2p0
nV·Mfi. (9)
始状態から終状態への遷移確率は
| 〈f | (S − 1) |i〉 |2 = (2π)4δ(4)(pf − pi)|Tfi|2(2π)4δ(4)(0) (10)
となるが、ここに現れる無限大の定数は
(2π)4δ(4)(0) =
∫d4xei0·x = V · T (11)
と解釈されるので、(10)を遷移の起きる時間 T で割ると、単位時間あたりの遷移確率を求めることができる
wfi = (2π)4δ(4)(pf − pi)|Tfi|2V. (12)
1一辺の長さ Lの箱の両端で周期境界条件を量子化したので V = L3である。
3
粒子の崩壊不安定粒子の崩壊幅を計算するために、始状態は1粒子状態、終状態は n粒子状態とする。始状態の粒子が終状態に遷移する単位時間あたり確率は (8)を (12)に代入すると
Γ =∑
f
wfi =1
2P 0
∑f
1
2p01V · · · 2p0
nV· (2π)4δ(4)(pf − P )|Mfi|2. (13)
体積 V の中で量子化しているので、運動量空間の体積要素 d3pの中にある状態の数は
∑�
=V
(2π)3d3p (14)
で与えられる。従って、(14)を (13)に代入すると V はすべて消失し、出てゆく粒子一個一個につき
∑�
1
2p0V=
∫d3p
(2π)3· 1
2p0(15)
という相対論的に不変な運動量積分が現れる
Γ =1
2P 0
∫d3p1
(2π)3· 1
2p01
· · ·∫
d3pn
(2π)3· 1
2p0n
· (2π)4δ(4)(pf − P )|Mfi|2. (16)
不安定粒子の静止系における単位時間あたりの崩壊確率 Γを崩壊幅と呼ぶ。不安定粒子の質量をM とすると、静止系では P 0 = M に等しい。不安定粒子の平均寿命 τ は
τ =1
Γ(17)
で与えられる。崩壊幅の定義式 (16)から明らかなように、不変振幅Mfiおよび不変運動量積分はローレンツ変換に不変なので、τ は P 0と同じ変換性を持つ。従って、粒子が速度 vで走っているときは P 0 = M/
√1 − v2/c2なので、寿命は
τ√1 − v2/c2
(18)
となり静止しているときよりも長生きすることができる。
散乱断面積散乱の断面積は、終状態への単位時間あたりの遷移確率を、単位時間に入射してくる単位面積あたりの粒子数(flux)で割って定義される
σfi =1
flux· wfi (19)
ここで標的となる粒子1個に対し、単位時間に単位面積を通過して入射してくる粒子数は
flux = ρ · vrel (20)
4
で与えられる。ここで、ρは入射してくる粒子の密度(単位体積あたりの粒子数)を表し、vrelは標的粒子と入射粒子の相対速度である。我々は体積 V の中に1個粒子があるという規格化を用いているので、密度は
ρ =1
V(21)
である。(20)(21)を (19)に代入して
σfi =V
vrel
· wfi =(2π)4
vrel
· δ(4)(pf − pi)|Tfi|2V 2. (22)
|Tfi|2を (9)の不変散乱振幅で表すと
|Tfi|2 =1
2P 01V 2P 0
2V
1
2p01V · · · 2p0
nV· |Mfi|2 (23)
となるので、(14)を用いて終状態の運動量積分を行うと、V はすべて消失し出てゆく粒子一個一個につき相対論的に不変な積分 (15)が現れる。従って、(14)(23)を (22)に代入すると
σfi =1
2P 01 2P 0
2 vrel
∫d3p1
(2π)3· 1
2p02
· · ·∫
d3pn
(2π)3· 1
2p0n
· (2π)4δ(4)(pf − pi)|Tfi|2. (24)
通常は散乱断面積はローレンツ変換に不変なように定義する。そのために 2P 01 2P 0
2 vrelをローレンツ不変な形に書き換える。静止している粒子2に粒子1が運動量P1で衝突する場合(実験室系)で考えると、粒子1、2のエネルギーはそれぞれP 0
1 =√
P 21 +M2
1 , P02 =
M2であり、相対速度は
vrel = |v1 − 0| =|P1|P 0
1
(25)
である。これに P 01P
02 を掛けたものをローレンツ不変な形に書き換える。
P 01P
02 vrel = M2|P1| =
√M2
2 P 21
=√M2
2 (M21 + P 2
1 ) −M21M
22
=√
(P1 · P2)2 −M21M
22 (26)
これを (24)に代入すると散乱断面積が求められる。
Mφllerの公式� �
σ =1
4√
(P1 · P2)2 −M21M
22
∫d3p1
(2π)32p01
· · ·∫
d3pn
(2π)32p0n
×(2π)4δ(4)(pf − pi)|Tfi|2 (27)
• 始状態のスピンが偏極していないときにはスピンについて平均をとる。
• 終状態のスピンを測定しないときにはスピンについて和をとる。� �
5
フェルミ粒子のスピン (λ)に関する和をとるには∑λ
u(pλ)u(pλ) = p/ +m
∑λ
v(pλ)v(pλ) = p/ −m (28)
を用いると便利である。その際、Traceの計算を行う必要があるが
Tr (γµγν) = 4gµν, Tr (γµγνγρ) = 0
Tr (γµγνγργσ) = 4(gµνgρσ − gµρgνσ + gµσgνρ)
Tr (γ5γµγν) = 0, Tr (γ5γ
µγνγργσ) = 4iεµνρσ (29)
を用いるとよい。ガンマ行列の数を減らすには
γµγνγµ = −2γν ,
a/γµa/ = 2aµa/ − a2γµ,
γµγνγργσγµ = −2γσγργν (30)
なども役に立つ。また、一般に奇数個のガンマ行列のTraceは零になる。実際、Traceの性質
Tr (AB) = Tr (BA) (31)
および γµγ5 + γ5γµ = 0, (γ5)
2 = 1 を用いると
Tr (γµ1γµ2 · · · γµn) = Tr ((γ5)2γµ1γµ2 · · · γµn)
= −Tr (γ5γµ1γ5γ
µ2 · · · γµn)
= (−1)n Tr (γ5γµ1γµ2 · · ·γµnγ5)
= (−1)n Tr (γµ1γµ2 · · ·γµn) (32)
となるので、
Tr (γµ1γµ2 · · · γµn) = Tr (γ5γµ1γµ2 · · · γµn) = 0 n が奇数の時 (33)
1.4 運動量空間の体積
粒子の崩壊幅や散乱断面積を計算するときに、終状態の粒子の運動量について積分をすることが多い。全体のエネルギーと運動量は保存するので、全エネルギーを一定にしたときの運動量空間の体積を求めることになる。
Φn(P ) =
∫d3p1
(2π)32p01
· · ·∫
d3pn
(2π)32p0n
· (2π)4δ(4)(p1 + p2 + · · · pn − P ) (34)
を n体 Phase Spaceの体積と呼ぶが、ローレンツ変換に不変なので実際にはM =√P 2
だけの関数である。
6
2粒子系の場合終状態が2粒子の場合、全系のエネルギー・運動量保存則により終状態の運動量の大きさは決まってしまう。実際、重心系をとって考えてみると、運動量保存則 δ(3)(p1 +p2)より p2積分は直ちに実行できるので、2粒子の Phase Space の体積は
Φ2(E,m1, m2) =
∫d3p1
(2π)3· 2πδ(
√p2
1 +m21 +
√p2
1 +m22 − E)
2√
p21 +m2
12√
p21 +m2
2
(35)
エネルギー保存則√
p21 +m2
1 +√
p21 +m2
2 = Eより |p1を求めると
|p1| =1
2E
√(E2 − (m1 +m2)2)(E2 − (m1 −m2)2) (36)
を得る。従って、デルタ関数の積分公式∫dxδ(f(x)) =
1
|f ′(x0)| ただし f(x0) = 0
を用いて p1積分を実行すると
Φ2(E,m1, m2) =1
8πE2·√
(E2 − (m1 +m2)2)(E2 − (m1 −m2)2) (37)
特に、m1 = m, m2 = 0の時には
Φ2(E,m, 0) =1
8π·(
1 − m2
E2
)(38)
2 崩壊幅の計算例この章では弱い力による粒子崩壊幅の計算例を述べる。粒子崩壊を引き起こす弱い力
の有効相互作用は4体フェルミ型相互作用で表すことができる。W± の交換 (Charged
Current)によっておきるHCCは
HCC =GF√
2J†
µJµ (39)
(40)
Charged Current Jmuはレプトンの寄与とクォークの寄与とからなる
Jµ = Jµlepton + Jµ
quark
Jµlepton = eγµ(1 − γ5)νe + µγµ(1 − γ5)νµ + τ γµ(1 − γ5)ντ (41)
Jµquark =
3∑i,j=1
diγµ(1 − γ5)uj
(V †
KM
)ij
(42)
ここで、VKM は世代間の混合を表す3行3列の小林・益川行列である。ニュートリノの質量を零と仮定してニュートリノ混合は無視した2。
2この近似はニュートリノのエネルギーがその質量よりも十分に大きく、かつ終状態のニュートリノを観測しない場合に許される
7
2.1 Pion の崩壊
ここではCharged CurrentによるPion (π±)の崩壊幅を計算してみよう。ダイソンの公式より、弱い力 (39)の1次近似で S-行列 (4)を求めると
S = 1 − i
∫d4xHCC = 1 − i
∫d4x
GF√2J†
µ(x)Jµ(x) (43)
= 1 − iGF√
2
∫d4x
(J†
lepton,µJµlepton + J†
lepton,µJµquark + J†
quark,µJµlepton + J†
quark,µJµquark
)これを始状態 |i〉 = |π−(P )〉と終状態 |f〉 = |µ−(p1), νµ(p2)〉で挟むと、(43)の第3項だけが効く
〈µ(p1), νµ(p2)|S∣∣π−(P )
⟩= −iGF√
2
∫d4x 〈µ(p1), νµ(p2)| J†
quark,µJµlepton
∣∣π−(P )⟩
= −iGF√2
∫d4x 〈0| J†
quark,µ
∣∣π−(P )⟩ 〈µ(p1), νµ(p2)| Jµ
lepton |0〉 (44)
強い相互作用により uクォークと dクォークが束縛状態の π−を作る。π−の崩壊は弱い力に関しては最低次近似で取り扱うことができるが、強い力により π−が作られる機構は摂動論では取り扱うことができない。従って、強い相互作用の影響を受ける Pionの行列要素については、現象論的なパラメーター fπ を導入して実験から決めることにする。π−は udからなる擬スカラー粒子なので、J†
quark,µのうち π−の崩壊に寄与するのは、Axial-Vector uγµγ5dの部分である。そこで、パイオンの崩壊定数 fπを
〈0| u(x)γµγ5d(x)∣∣π−(P )
⟩=
1√2P 0V
· ifπPµ · e−iP ·x. (45)
で定義すると、強い相互作用の影響を受ける部分の行列要素は次のようになる。
〈0| J†quark,µ
∣∣π−(P )⟩
= −Vud1√
2P 0V· ifπPµ · e−iP ·x (46)
ここで、VudはKM行列の (1, 1)成分である。レプトンは強い相互作用の影響を受けないので、(44)の最後の式を導くときには、始状態及び終状態がPionおよびレプトンの状態の単なる積となることを用いた。弱い力については最低次の近似を用いるので、µの波動関数
〈µ(p1)| µ(x) |0〉 =1√
2p01V
· u(p1) · eip1·x
と νµの波動関数
〈νµ(p2)| νµ(x) |0〉 =1√
2p02V
· v(p2) · eip2·x
の単なる積で与えられる。
〈µ(p1), νµ(p2)| Jµlepton |0〉 = −〈µ(p1)| µ(x) |0〉 γµ(1 − γ5) 〈νµ(p2)| νµ(x) |0〉
= − 1√2p0
1V 2p02V
· u(p1)γµ(1 − γ5)v(p2) · ei(p1+p2)·x (47)
8
ここで、u(p1)はミューオンの正エネルギー解、v(p2)はミューニュートリノの負エネルギー解を表す。スピン状態については省略して書いている。クォークとレプトンの行列要素 (45)と (47)を (44)に代入すれば
〈µ(p1), νµ(p2)|S∣∣π−(P )
⟩= i
(2π)4δ(4)(p1 + p2 − P )√2P 0V 2p0
1V 2p02V
GFVud√2
· ifπPµu(p2)γµ(1 − γ5)v(p1)
となるので、不変振幅は
Mfi = iGFVud√
2· fπ(p1,µ + p2,µ)u(p2)γ
µ(1 − γ5)v(p1)
= iVudGFfπmµ√
2· u(p1)(1 − γ5)v(p2) (48)
で与えられる。最後の変形では、ミューオンに対する正エネルギーのディラック方程式u(p1)(p/1 −mµ) = 0、およびミューニュートリノに対する負エネルギーのディラック方程式 p/2v(p2) = 0を用いた。不変振幅 (48)を (16)に代入し、終状態のミューオンとニュートリノのスピンを測定しないことにして、(28)を用いて和をとれば
Γ(π− → µ− + νµ) =G2
F |Vud|2f 2πm
2µ
4Mπ
Tr (p/2(1 + γ5)(p/1 +mµ)(1 − γ5))Φ2(M) (49)
ここで
Tr (p/2(1 + γ5)(p/1 +mµ)(1 − γ5)) = 2 Tr p/2(p/1 +mµ)) = 8p1 · p2
= 4((p1 + p2)
2 − p21 − p2
2
)= 4(M2
π −m2µ) (50)
となるので
Γ(π− → µ− + νµ) =G2
F |Vud|2f 2πm
2µ
8πMπ
(1 − m2
µ
M2π
)2
. (51)
π− → e− + νeの崩壊幅も全く同じように計算する事ができて
Γ(π− → e− + νe) =G2
F |Vud|2f 2πm
2e
8πMπ
(1 − m2
e
M2π
)2
(52)
となるので
Γ(π− → e− + νe)
Γ(π− → µ− + νµ)≈ m2
e
m2µ
≈ 10−4. (53)
従って、パイオンはほとんどの場合ミューオンに崩壊することが分かる。
9
3 場の演算子の積
3.1 自由スカラー場の交換関係
場の演算子を消滅演算子と生成演算子の部分に分ける。
φ(x) = φ(+)(x) + φ(−)(x)
正エネルギー部・・・消滅 φ(+)(x) =∑�
1√2ω�V
a�e−ik·x
負エネルギー部・・・生成 φ(−)(x) =∑�
1√2ω�V
a†�eik·x
φ(+)(x) |0〉 = 0, 〈0|φ(−)(x) = 0 (54)
その交換関係は
[φ(+)(x), φ(−)(y)] = i∆(+)(x− y)
[φ(−)(x), φ(+)(y)] = i∆(−)(x− y)
[φ(+)(x), φ(+)(y)] = [φ(−)(x), φ(−)(y)] = 0
ただし
∆(+)(x− y) = −i∑�
e−ik·(x−y)
2ω�V= −i
∫d3k
(2π)3
e−ik·(x−y)
2ω�(55)
= −i∫
d4k
(2π)3θ(k0)δ(k2 −m2)e−ik(x−y),
∆(−)(x− y) = i
∫d4k
(2π)3θ(−k0)δ(k2 −m2)e−ik(x−y) (56)
= −∆(+)(y − x)
この∆(+)(x− y)と∆(−)(x− y)は Jordan-Pauliの不変デルタ関数を正エネルギーと負エネルギーの部分に分けたものである
∆(x− y) = ∆(+)(x− y) + ∆(−)(x− y) (57)
3.2 自由場の正規積 (Normal Product)
場の演算子の積を作ると、生成演算子と消滅演算子が色々な順序に並んでいる。これを並び替えて、生成演算子 φ(−)は必ず消滅演算子 φ(+)より左側に来るようにしたものを正規積 と呼び : φ(x)φ(y) : で表す。例えば
φ(x)φ(y) =(φ(+)(x) + φ(−)(x)
) (φ(+)(y) + φ(−)(y)
): φ(x)φ(y) : = φ(+)(x)φ(+)(y) + φ(−)(y)φ(+)(x) + φ(−)(x)φ(+)(y) + φ(−)(x)φ(−)(y)
φ(x)φ(y) = : φ(x)φ(y) : +[φ(+)(x), φ(−)(y)]
= : φ(x)φ(y) : +i∆(+)(x− y) (58)
10
同じく電磁場やフェルミ場に対しても
Aµ(x)Aν(y) = : Aµ(x)Aν(y) : −gµνiD(+)(x− y)
ψα(x)ψβ(y) = : ψα(x)ψβ(y) : +iS(+)αβ (x− y)
S(+)(x− y) ≡ {ψ(+)α (x), ψ
(−)β (y)} = (iγµ∂µ +m) i∆(+)(x− y)
ただし、D(+)(x− y)は質量が零の場合の∆(+)(x− y)関数である。正規積では演算子の順序は決められているので、ボゾンの場合には順番を入れ替えても同じである。フェルミオンの場合には符号だけが変わる。
: φ(x)φ(y) : = : φ(y)φ(x) :
: Aµ(x)Aν(y) : = : Aν(y)Aµ(x) :
: ψα(x)ψβ(y) : = − : ψβ(y)ψα(x) :
また、正規積では消滅演算子が右側に、生成演算子が左側にあるので、真空期待値を取ると零になる。
3.3 Feynman Propagator
Dysonの公式を用いて S行列を計算するには、場の演算子のT-積を計算しておく必要がある。まず、スカラー場についてT-積を計算する。時間の順番を付けておけば、T-積もただの積であるから、積と正規積の関係 (58)はそのまま成立する。定義により
Tφ(x)φ(y) = θ(x0 − y0)φ(x)φ(y) + θ(y0 − x0)φ(y)φ(x) (59)
= : φ(x)φ(y) : +∆F (x− y) (60)
ここで
∆F (x− y) = θ(x0 − y0)i∆(+)(x− y) + θ(y0 − x0)i∆(+)(y − x) (61)
は、x0 > y0の時には yから xに正エネルギーの波が伝わり、y0 > x0の時には xから y
へ正エネルギーの波が伝わることを表している。式 (56)を用いると、y0 > x0の時には y
から xへ負エネルギーの波が伝わると考えることもできる。
次にT-積の運動量表示を求める。階段関数の積分表示
θ(x0) =1
2πi
∫ +∞
−∞
dτ
τ − i0eiτx0
θ(−x0) =1
2πi
∫ +∞
−∞
dτ
τ − i0e−iτx0
と (55)を用いると
∆F (x) =1
2πi
∫ +∞
−∞
dτ
τ − i0eiτx0
∫d3k
(2π)3
e−iω�x0+i�·�
2ω�
+1
2πi
∫ +∞
−∞
dτ
τ − i0e−iτx0
∫d3k
(2π)3
eiω�x0−i�·�
2ω�
11
k0 = ω� − τ と定義し、第2項で k → −kと置きかえると
∆F (x) = −i∫
d4k
(2π)4· e−ik·x
2ω�
{1
ω� − k0 − i0+
1
ω� + k0 − i0
}
=
∫d4k
(2π)4· i
k2 −m2 + i0· e−ik·x (62)
正規積の真空期待値は零なので、式 (60)の真空期待値をとると∆F (x)を真空期待値で表すことができる。
∆F (x) = 〈0|Tφ(x)φ(y) |0〉 (63)
自由場 φの方程式 (� +m2)φ(x) = 0と階段関数の微分 ddx0θ(x
0) = δ(x0)を用いると(� +m2
)∆F (x− y) = δ(x0 − y0) 〈0| [φ(x), φ(y)] |0〉 = −iδ(4)(x− y) (64)
ここで、同時刻の正準交換関係を使った。この式は∆F (x)がグリーン関数の一種であることを示している3。∆F (x)のことをファインマンのプロパゲーターと言う。電磁場およびフェルミ場についても同様で
〈0|TAµ(x)Aν(y) |0〉 = −gµνDF (x− y) =
∫d4k
(2π)4· −igµν
k2 + i0· e−ik·(x−y) (65)
〈0|Tψα(x)ψβ(y) |0〉 = SF (x− y)αβ = (i∂/x +m)αβ∆F (x− y)
=
∫d4k
(2π)4· i(k/ +m)αβ
k2 −m2 + i0· e−ik·(x−y)
=
∫d4k
(2π)4·{
i
k/ −m+ i0
}αβ
· e−ik·(x−y) (66)
T-積も正規積と同じように (59)で順番が決まっているので、ボゾンの場合には順序を入れ替えても同じだが、フェルミオンの場合には順序を入れ替えると符号が変わる。
Tφ(x)φ(y) = Tφ(y)φ(x)
TAµ(x)Aν(y) = TAν(y)Aµ(x)
Tψα(x)ψβ(y) = −Tψβ(y)ψα(x)
従って、フェルミオンの場合はプロパゲーターも順序を変えると符号が変わる。
〈0|T ψβ(y)ψα(x) |0〉 = −〈0|Tψα(x)ψβ(y) |0〉 = −SF (x− y)αβ (67)
4 2次の摂動論
4.1 散乱振幅の計算
量子電気力学では相互作用ハミルトニアン密度は
Hint(x) = −eψγµψAµ(x) (68)
3運動量表示 (62)からも直ちにわかる
12
となるが、電流密度 Jµ(x) = −eψγµψは電子と陽電子を入れ替えたときに符号が変わるように定義する。相互作用表示では場の演算子は自由場の方程式に従うので、正エネルギー解と負エネルギー解が分離できるため正規積を定義する事ができる。そのため、電流密度に現れる ψγµψを正規積で定義することができる。相互作用表示では以上2つの定義は一致するので、ここでは電流密度を正規積で定義しておく。
Hint(x) = −e : ψ(x)γµψ(x) : Aµ(x) (69)
e2
4π= 1
137は非常に小さいので摂動展開が良い近似となる。ここでは、eに関して 2次の
近似で S行列要素を求める。ダイソンの公式の 2次の項は
S(2) =(ie)2
2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4yT{: ψ(x)γµψ(x) : Aµ(x) : ψ(y)γνψ(y) : Aν(y)} (70)
ここに現れる演算子はすべて自由場なので、電子場ψと電磁場Aµは互いに交換する。また、電子場と電磁場のT積や正規積はそれぞれ独立に定義される。従って、電子場と電磁場のT積は別々に計算することができる。
S(2) =(ie)2
2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4yT{: ψ(x)γµψ(x) :: ψ(y)γνψ(y) :}T{Aµ(x)Aν(y)} (71)
場の演算子の積に対するWickの定理を用いると
T{Aµ(x)Aν(y)} =: Aµ(x)Aν(y) : +Aµ(x)Aν(y) (72)
T{: ψ(x)γµψ(x) :: ψ(y)γνψ(y) :} =: ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) :
+ :ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) : + : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) :
+ :ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) : (73)
ここで、上に括弧の付いたペアは次のように定義されている。
Aµ(x)Aν(y) = −gµνDF (x− y) =
∫d4k
(2π)4· −igµν
k2 + i0· e−ik·(x−y) (74)
ψα(x)ψβ(y) = − ψβ(y)ψα(x) = SF (x− y)αβ = (i∂/x +m)αβ∆F (x− y)
=
∫d4k
(2π)4· i(k/ +m)αβ
k2 −m2 + i0· e−ik·(x−y)
=
∫d4k
(2π)4·{
i
k/ −m+ i0
}αβ
· e−ik·(x−y) (75)
電流密度を正規積で定義したので、式 (73)には ψ(x)と ψ(x)のペアは現れないことに注意する。それぞれの場に対するWickの定理 (72)(73)を (71)に代入すると 8個の項が現れる。その内で散乱振幅にきいてくるは場の演算子が 4個残っている項である。まず、コン
プトン散乱などにきいてくる、電子演算子が 2個、光子演算子が 2個残っている項は
S(2)eγ =
(ie)2
2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y : Aµ(x)Aν(y) :
×(
:ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) :+ : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) :
). (76)
13
第1項では ψ(x)γµψ(x)と ψ(y)γνψ(y)を入れ替えても符号の変化はないので
:ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) : = : ψ(y)γνψ(y)ψ(x)γµψ(x) : (77)
これを (76)に代入し、µと ν、xと yを同時に交換すると (76)の第1項と同じになるので
コンプトン散乱� �
S(2)eγ = (ie)2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y : Aµ(x)Aν(y) : : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) : (78)
� �ここで正規積の中に残っている演算子は、次の節で行うように始状態と終状態で S行列の行列要素を求めるときにきいてくる。
次に電子の演算子が 4個残っている項は電子電子、電子陽電子、陽電子陽電子散乱� �
S(2)ee =
(ie)2
2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y Aµ(x)Aν(y) : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) : (79)
� �で電子・電子散乱等にきいてくる。
場の演算子が2個しか残っていない項は、後ほどくりこみの章で論じるように電子や光子の自己エネルギーにきいてくる。例えば、電子場が2個残っているのは
電子の自己エネルギー� �
S(2)e = (ie)2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y Aµ(x)Aν(y) : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) : (80)
� �同様に光子場が2個残っている項は
S(2)γ = (ie)2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y : Aµ(x)Aν(y) : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) (81)
電子の演算子はすべてペアになっており、すべて数なので正規積の記号はもはや必要ではない。電子の演算子の順番を入れ替えると符号が変わるので、演算子の順序に注意して計算する必要がある。そのため、スピノールの成分を書いて計算すると
∑αβγδ
ψα(x)(γµ)αβψβ(x)ψγ(y)(γν)γδψδ(y)
= −∑αβγδ
(γµ)αβψβ(x)ψγ(y)(γν)γδψδ(y)ψα(x)
= −Tr (γµSF (x− y)γνSF (y − x)) (82)
14
となることが分かる。このように、フェルミ粒子が閉じたループを作るときにはいつでもフェルミ粒子の演算子を奇数回入れ替える必要があるため、マイナスの符号が現れる。したがって
光子の自己エネルギー� �
S(2)γ = −(ie)2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y : Aµ(x)Aν(y) : Tr (γµSF (x− y)γνSF (y − x)) (83)
� �
すべての演算子がペアになってしまった項
S(2)vac =
(ie)2
2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y Aµ(x)Aν(y) ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) (84)
は演算子が残っていないのでただの数である。(74)(82)を用いるとやはりフェルミ粒子のループから負符号がでて
S(2)vac = −(ie)2
2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y (−gµνDF (x− y))Tr (γµSF (x− y)γνSF (y − x)) (85)
2次の摂動では、以上の他にペアが1個も無い項
S(2)0 =
(ie)2
2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) :: Aµ(x)Aν(y) : (86)
もでてくるが、この項はエネルギー保存則により自由粒子間の行列要素を持たないので考える必要がない。結局次の5種類の S行列が2次の摂動で得られる
S(2) = S(2)eγ + S(2)
ee + S(2)e + S(2)
γ + S(2)vac (87)
4.2 電子および光子の波動関数
電子や光子など始状態の自由粒子が、相互作用の結果、粒子の生成消滅が起きた後、終状態の自由粒子となって出てゆく確率を計算する。ここでは始状態および終状態にある自由粒子の波動関数を求めておく。まず始状態にある運動量 p、ヘリシティλを持つ自由電子の1粒子波動関数は
〈0|ψ(x)∣∣e−(p, λ)
⟩= 〈0|ψ(x)b†�λ |0〉 ,= {ψ(y), b†�λ}, (88)
=1√
2p0V· u�λ · e−ipx (89)
15
で定義され、ディラック方程式の正エネルギー解で表される。終状態にある電子の場合には ⟨
e−(p, λ)∣∣ ψ(x) |0〉 = 〈0| b�λψ(x) |0〉 , (90)
= {b�λ, ψ(x)},=
1√2p0V
· u�λ · eipx (91)
で表される。同じように、始状態にある陽電子の1粒子波動関数は
〈0| ψ(x)∣∣e+(p, λ)
⟩= 〈0| ψ(x)d†�λ |0〉 ,= {ψ(y), d†�λ}, (92)
=1√
2p0V· v�λ · e−ipx (93)
で表され、終状態にある陽電子の場合にはディラック方程式の負エネルギー解に対応している ⟨
e+(p, λ)∣∣ψ(x) |0〉 = 〈0| d�λψ(x) |0〉 ,
= {d�λ, ψ(x)}, (94)
=1√
2p0V· v�λ · eipx. (95)
光子の波動関数を表すために、運動量 kに垂直な平面内に単位ベクトル e(1), e(2)をとり、e(1), e(2), k/|k|の順番に右手系となるようにする。例えば、運動量が z軸方向を向いているときには
e(1) =
1
0
0
, e(2) =
0
1
0
(96)
にとればよい。そうすれば物理的な横波光子の偏りを表す4元ベクトルを
εµ(k, 1) =
(0
e(1)
), εµ(k, 2) =
(0
e(2)
)(97)
と書くことができる。残りの2つの独立な4元ベクトルとして
εµ(k, L) =ikµ
√2|k| =
i√2|k|
(|k|−k
), (98)
εµ(k, S) =−ikµ
√2|k| =
−i√2|k|
(|k|k
)(99)
を採用すると、kµkµ = kµkµ = 0, kµkµ = 2|k|2故kµε
µ(k, h) = 0 (h = 1, 2, S), (100)
ε∗µ(k, L)εµ(k, L) = ε∗µ(k, S)εµ(k, S) = 0, (101)
ε∗µ(k, L)εµ(k, S) = ε∗µ(k, S)εµ(k, L) = −1. (102)
16
この4つのベクトルで−gµνを表すと∑h=1,2
εµ(k, h)ε∗ν(k, h) + εµ(k, S)ε∗ν(k, L) + εµ(k, L)ε∗ν(k, S) = −gµν . (103)
直線偏光 e(1), e(2)の代わりに、円偏光の偏りベクトル
e(+) =1√2(e(1) + ie(2)), e(−) =
1√2(e(1) − ie(2)) (104)
を用いることもあり、この場合も4次元ベクトルを
εµ(k,+) =
(0
e(+)
), εµ(k,−) =
(0
e(−)
)(105)
で表す。gµνの分解は同様に
−gµν =∑h,h′
εµ(k, h)η(h, h)εν∗(k, h) (106)
=∑h=±
εµ(k, h)εν∗(k, h) + εµ(k, S)ε∗ν(k, L) + εµ(k, L)ε∗ν(k, S). (107)
と書き表される。ここで、
η(h, h) = 1 (for h = 1, 2 or h = ±), (108)
η(L, S) = η(S, L) = 1, (109)
others = 0
とする。これらの偏りのベクトルを用いると、電磁場のモード展開は次のように表わされる
Aµ(x) =∑�,h,h′
1√2|k|V
[a(k, h)η(h, h′)εµ(k, h′)e−ik·x + a†(k, h)η(h, h′)ε∗µ(k, h′)eik·x]
(110)
このとき、生成・消滅演算子の交換関係は
[a(k, h), a†(k, h′)] = δ�,�′η(h, h′) (111)
となる。従って、1光子状態を
|γ(k, h)〉 ≡ a†(k, h) |0〉 (112)
で定義すれば、始状態の光子の波動関数は次のようになる
〈0|Aµ(x) |γ(k, h)〉 = 〈0|Aµ(x)a†(k, h) |0〉 (113)
= [Aµ(x), a†(k, h)]
=1√
2|k|V · εµ(k, h) · e−ik·x
17
ここで、 ∑h′η(h, h′)η(h′, h′′) = δh,h′′ (114)
を用いた。終状態の光子についても同様に
〈γ(k, h)|Aµ(x) |0〉 = 〈0| a(k, h)Aµ(x) |0〉 (115)
= [a(k, h), Aµ(x)]
=1√
2|k|V · ε∗µ(k, h) · eik·x
もちろん、実際に入射してくる粒子は横波光子だけである。物理的状態に属する null
状態は |γ(k, S)〉、非物理的状態は |γ(k, L)〉である。null状態の波動関数は
〈0|Aµ(x) |γ(k, S)〉 = 〈0|Aµ(x)a†(k, S) |0〉 (116)
=1√
2|k|V · εµ(k, S) · e−ik·x (117)
=−ikµ
2|k|√|k|V · e−ik·x
= ∂µ
(1
2|k|√|k|V · e−ik·x)
(118)
で与えられるが、これは微分の形に書かれるので電磁場をゲージ変換したことに対応している。光子の波動関数にこのようなゲージ変換した形のものを付け加えても、物理的粒子の S行列は不変であることが後で示される。
4.3 S行列の行列要素
始状態および終状態のどちらも電子と光子の場合には S(2)eγ がきいてくる。正規積に残っ
ている ψは始状態の電子を消し、ψは終状態の電子を作る。同じように、正規積に残っている 2つの電磁場は、それぞれ始状態の光子を消し終状態の光子を作るのに使われる。始状態と終状態の電子の運動量とヘリシティを、それぞれ (p, λ), (p′, λ′)とすれば
⟨e−(p′, λ′)
∣∣ : ψα(x)ψβ(y) :∣∣e−(p, λ)
⟩= 〈0| b�′λ′ : ψα(x)ψβ(y) : b†�λ |0〉 (119)
=⟨e−(p′, λ′)
∣∣ ψα(x) |0〉 〈0|ψβ(y)∣∣e−(p, λ)
⟩ここで、b†�λを左に持ってゆくときに問題になるのはψβ(y)だけであり、b�′λ′を右に運
ぶときに反可換でないのは ψα(x)だけであるので
ψβ(y)b†�λ = {ψ(y), b†�λ} − b†�λψβ(y)
と書き変えたとき、b†�λが左に来た項は (119)において b†�λを更に左には移動させると 〈0|に作用して零になってしまう。このため、(119)において残ってくるのは、b†�λと ψ(y)の
18
反交換関係の項だけであり、b�λに関しても同様に ψ(x)との反交換関係の項だけが残ることになる。生成・消滅演算子と場との反交換関係は (88)(90)で示されたように1粒子状態の波動関数で書くことができるので、正規積の項を始状態と終状態ではさんだ項は(119)のように波動関数の積で表すことができる。同じように光子についても、始状態および終状態の光子の運動量と偏りをそれぞれ
(k, h), (k′, h′)とすれば (113)(115)より
〈γ(k′, h′)| : Aµ(x)Aν(y) : |γ(k, h)〉 = 〈0| a(k′, h′) : Aµ(x)Aν(y) : a†(k, h) |0〉= 〈γ(k′, h′)|Aµ(x) |0〉 〈0|Aν(y) |γ(k, h)〉
+ 〈γ(k′, h′)|Aν(y) |0〉 〈0|Aµ(x) |γ(k, h)〉(120)
以下では、例としてコンプトン散乱の散乱振幅を求めてみよう。(78)を電子と光子からなる始状態と終状態ではさむと
Sfi =⟨e−(p′, λ′), γ(k′, h′)
∣∣S(2)eγ
∣∣e−(p, λ), γ(k, h)⟩
= (ie)2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y 〈γ(k′, h′)| : Aµ(x)Aν(y) : |γ(k, h)〉
× ⟨e−(p′, λ′)∣∣ : ψ(x)γµψ(x)ψ(y)γνψ(y) :
∣∣e−(p, λ)⟩
= (ie)2
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y(〈γ(k′, h′)|Aµ(x) |0〉 〈0|Aν(y) |γ(k, h)〉
+ 〈γ(k′, h′)|Aν(y) |0〉 〈0|Aµ(x) |γ(k, h)〉)
× ⟨e−(p′, λ′)∣∣ ψ(x) |0〉 γµSF (x− y)γν 〈0|ψ(y)
∣∣e−(p, λ)⟩
(121)
この式で x, yの積分は相互作用ハミルトニアンから来たもので、電子と電磁場が相互作用が起きる場所に関する積分である。上の式を図示するために、電子のプロパゲーターSF (x− y)を yから xへ向かう矢印で、光子を波線で表す事にすれば、相互作用の起きる点 x, yでは電子の線と光子の線が交わっている。このような点をバーテックスと呼ぶ。バーテックスには ieγµという因子と x積分が対応している。この式 (121)に波動関数の具体形 (89)(91)(113)(115)およびプロパゲーターの運動量表
示 (75)を代入すると
Sfi =(ie)2√
2|k′|V 2|k|V 2p′0V 2p0V
∫ ∞
−∞d4x
∫ ∞
−∞d4y
×(ε∗µ(k′, h′)εν(k, h) · eik′·xe−ik·y + ε∗ν(k
′, h′)εµ(k, h) · eik′·ye−ik·x)
×∫
d4q
(2π)4· u�′λ′γµ i
q/ −m+ i0γνu�λ · eip′xe−ipye−iq·(x−y) (122)
ここで、xと yの積分を行うと第一項では
(2π)4δ(p′ + k′ − q)(2π)4δ(q − k − p)
19
e−(p, λ) γ(k, h)
e−(p′, λ′) γ(k′, h′)
p+ k
e−(p, λ) γ(k, h)
e−(p′, λ′) γ(k′, h′)
p− k′
図 1: コンプトン散乱のファインマン図。上端は終状態、下端は始状態を表す。
第2項では
(2π)4δ(p′ − k − q)(2π)4δ(q + k′ − p)
となる。このデルタ関数は光と電子が相互作用するバーテックスにおいて4次元運動量が保存することを表している。これを (122)に代入し q積分を行うと
Sfi =(ie)2√
2|k′|V 2|k|V 2p′0V 2p0V(2π)4δ(p′ + k′ − p− k)
×(ε∗µ(k′, h′)εν(k, h)u�′λ′γµ i
p/ + k/ −m+ i0γνu�λ
+ε∗ν(k′, h′)εµ(k, h)u�′λ′γµ i
p/ − k/′ −m+ i0γνu�λ
)(123)
最後に残ったデルタ関数は、始状態と終状態の4次元運動量が保存することを表している。このように相互作用の4次元的記述では、相互作用の各段階で4次元運動量が保存する。そのため下の図の中間段階で現れている電子のプロパゲーターでは、q2 = m2という4次元運動量 qと質量mの関係式を満たす事はできない。この4次元運動量と質量の関係式を満たす粒子をオンシェルの粒子と呼び、4次元運動量と質量の関係を満たさない粒子をオフシェルの粒子と呼ぶ。下の図ではバーテックスは黒点で表しているが、バーテックス間を繋ぐ電子がオフシェルの粒子である。それに対してバーテックスからでて上端または下端で終わっている線は始状態や終状態の電子や光子を表している。上端は終状態を表し、下端は始状態を表す。このような図をファインマングラフという。バーテックスの個数NV 個だけ四次元運動量保存を表すデルタ関数があり、プロパゲーターの個数NP だけの運動量積分があるので、結局NL = NP − (NV − 1)個の運動量積分が残る4。NLは独立なループの数である。遷移振幅 Tfiは
〈f |S |i〉 = δfi + i(2π)4δ(4)(pf − pi)Tfi (124)
4NV − 1となっているのはデルタ関数の内一つは全運動量の保存則になるからである
20
で定義されるが、始状態、終状態の粒子の波動関数からくる (2p0V )−12 を除いたものを不
変散乱振幅Mfiと呼ぶ。
Tfi =1√
2|k′|V 2|k|V 2p′0V 2p0V·Mfi. (125)
コンプトン散乱の不変散乱振幅は (123)の第2項で µと νを入れ替えると
iMfi = (ie)2ε∗µ(k′, h′)εν(k, h)
×u�′λ′(γµ i
p/ + k/ −m+ i0γν + γν i
p/ − k/′ −m+ i0γµ)u�λ. (126)
以上で電子コンプトン散乱の散乱振幅の導出を終わるが、これまでの導出法から図 (1)とこの不変散乱振幅 iM との間に一対一の対応があることがわかるであろう。
ファインマン規則� �
• バーテックスには ieγµが対応し、各バーテックスでは四次元運動量が保存する
• プロパゲーターには
電子: i
p/ −m+ i0(127)
光子: −igµν
k2 + i0(128)
• 始状態および終状態の粒子
始状態の電子 : u�λ (129)
終状態の電子 : u�λ (130)
始状態の陽電子: v�λ (131)
終状態の陽電子: v�λ (132)
始状態の光子 : εµ(k, h) (133)
終状態の光子 : ε∗µ(k, h) (134)
• 符号: フェルミ粒子の閉じたループがあれば −1
• 積分の数: NL = NP − (NV − 1)個の運動量積分 ∫
d4k(2π)4
� �
4.4 Ward-Takahashi 恒等式
光子の波動関数の所で触れたように、物理的な光子の波動関数に null stateの波動関数を付け加えても物理的な散乱振幅は変わらない。これをWard-Takahashi 恒等式という。ここではこの恒等式を導いておく。(116)のように横波光子の波動関数を、ゲージ変換の形をした null stateの波動関数で置き換えてみる。ここでは、前節で導いたコンプトン散
21
乱振幅 (126)を例に取ろう。散乱振幅 (126)で横波光子の偏り εν(k, h)を kνで置き換えたものを kνM
ν と表す
kνMν = (ie)2ε∗µ(k′, h′)u�′λ′
(γµ 1
p/ + k/ −m+ i0k/ + k/
1
p/′ − k/ −m+ i0γµ)u�λ (135)
ここで、4次元運動量の保存則 p + k = p′ + k′を使って、第2項では p− k′を p′ − kで置き換えた。分子の k/を第一項、第2項においてそれぞれ
k/ = (p/ + k/ −m) − (p/ −m) (第一項)
k/ = (p/′ −m) − (p/′ − k/ −m) (第二項) (136)
に置き換え、運動方程式
(p/ −m)u�λ = 0, u�′λ′(p/′ −m) = 0
を用いれば、第一項、第2項がキャンセルして
kνMν = 0. (137)
全く同じようにして、散乱振幅 (126)で横波光子の偏り ε∗µ(k′, h′)を k′µで置き換えた式も零になる。これらの恒等式は、横波光子の波動関数をゲージ変換しても、物理的な散乱振幅が影響を受けないことを保証するものであるが、その証明に運動方程式を用いたので、始状態および終状態のすべての粒子がオンシェルにある場合にのみ成り立つ性質である。
4.5 散乱断面積の計算例
e− + e+ → µ− + µ+の散乱断面積電子場 ψ(e)(x)及びミューオン場 ψ(µ)(x)と電磁場の相互作用ハミルトニアンは
Hint = −e (ψ(e)γλψ(e) + ψ(µ)γ
λψ(µ)
)Aλ(x) (138)
この相互作用ハミルトニアンの 2次の摂動で、下図のように 4元運動量 p1の電子と、4元運動量 p2の陽電子が消滅して、4元運動量 p3のミューオンと 4元運動量 p4の反ミューオンが作られる散乱断面積を計算する。
e−(p1, λ1) e+(p2, λ2)
µ−(p3, λ3) µ+(p4, λ4)
p1 + p2
22
電子、陽電子、ミューオン及び反ミューオンのヘリシティをそれぞれ λ1, λ2, λ3, λ4とすると、
⟨µ−(p3, λ3), µ
+(p4, λ4)∣∣S ∣∣e−(p1, λ1), e
+(p2, λ2)⟩
=
i(2π)4δ(4)(p1 + p2 − p3 − p4)Mfi√
2p01V 2p0
2V 2p03V 2p0
4V
で定義される不変散乱振幅は
Mfi = u(p3λ3)γµv(p4λ4) · e2gµν
(p1 + p2)2 + i0· v(p2λ2)γ
νu(p1λ1) (139)
で与えられる。
(u(pλ)γµv(p′λ′))† = v(p′λ′)γνu(pλ) (140)
を用いて振幅の絶対値の2乗を計算する。始状態の電子・陽電子のスピンの偏りが無いとして、始状態のスピンについては平均をとることにし、終状態のミューオンと反ミューオンのスピンは測定しないことにして、和をとることにすると
1
4
∑λ1,λ2,λ3λ4
|Mfi|2 =e4
4
∑λ3,λ4
v(p4λ4)γµu(p3λ3)u(p3λ3)γ
ρv(p4λ4) ·
× gµνgρσ
[(p1 + p2)2]2·∑λ1,λ2
u(p1λ1)γνv(p2λ2)v(p2λ2)γ
σu(p1λ1)
ここで、スピンに関する和をとるのに∑λ
u(pλ)u(pλ) = p/ +m
∑λ
v(pλ)v(pλ) = p/ −m
を用いると∑λ3,λ4
v(p4λ4)γµu(p3λ3)u(p3λ3)γ
ρv(p4λ4) = Tr [γµ(p/3 +mµ)γρ(p/4 −mµ)]
= 4(pµ3p
ρ4 + pρ
3pµ4 − gµρp3 · p4 − gµρm2
µ)∑λ1,λ2
u(p1λ1)γνv(p2λ2)v(p2λ2)γ
σu(p1λ1) = Tr [γν(p/2 −me)γσ(p/1 +me)]
= 4(pν1p
σ2 + pσ
1pν2 − gνσp1 · p2 − gνσm2
e)
Traceの計算には
Tr (γµγν) = 4gµν, Tr (γµγνγρ) = 0
Tr (γµγνγργσ) = 4(gµνgρσ − gµρgνσ + gµσgνρ) (141)
23
を用いた。従って、
1
4
∑λ1,λ2,λ3λ4
|Mfi|2 =8e4
(p1 + p2)4· {(p1 · p3)(p2 · p4) + (p1 · p4)(p2 · p3)
+m2µ(p1 · p2) +m2
e(p3 · p4) + 2m2em
2µ
}(142)
散乱断面積はメラーの公式より
σ =1
4√
(p1 · p2)2 −m4e
∫d3p3
(2π)32p03
∫d3p4
(2π)32p04
×(2π)4δ(4)(p3 + p4 − p1 − p2)∑
λ1,λ2,λ3,λ4
1
4|Mfi|2 (143)
で与えられるが、これを電子・陽電子衝突の重心座標系で計算しよう。下図の重心座標系における入射粒子の4元運動量をそれぞれ
p1 = (E,p), p2 = (E,−p) ただし E =√me
2 + p2
と表せば、p1 + p2 = (2E, 0)なので、(143)の3次元運動量の保存則 δ(3)(p3 + p4)を p4について積分すれば p4 = −p3となる。
p3 = (E ′,p′), p4 = (E ′,−p′) ただし E ′ =√m2
µ + p′2
e−(p1)
e+(p2)
µ−(p3)
µ+(p4)
θ
ローレンツ変換に不変な変数を
s ≡ (p1 + p2)2 = 4E2
で定義すれば、2E =√sは重心系のエネルギーを表す。p2
1 = p22 = m2
eであるから
p1 · p2 =1
2
{(p1 + p2)
2 − 2m2e
}=s− 2m2
e
2(144)
となるので、メラーの公式に現れるフラックス因子は
4√
(p1 · p2)2 −m4e = 2
√s(s− 4m2
e)
24
と書くことができる。残ったエネルギー保存則 δ(2E ′ −√s)と d3p′積分を次のような変
数変換を行って実行する。pの方向を z軸に選び、p′と pのなす角を θとして、p′を極座標を用いて表すと ∫ ∫ ∫
d3p′
(2π)3(2E ′)2· 2πδ(2E ′ −√
s)
=
∫ ∫ ∫p′2dp′dφd(cos θ)
(2π)2(2E ′)2δ(2E ′ −√
s)
=1
2π
∫d(cos θ)
∫p′2
(2E ′)2· dp
′
dE ′dE′δ(2E ′ −√
s) (145)
p′ =√E ′2 −m2
µ (146)
より
dp′
dE ′ =E ′
p′
となるので (145)のE ′積分を実行すると∫d(cos θ) · 1
16π
√s− 4m2
µ
s
従って、
p3 · p4 =1
2(s− 2m2
µ)
p1 · p3 = p2 · p4 = E2 − p · p′ = E2 − pp′ cos θ
p1 · p4 = p2 · p3 = E2 + p · p′ = E2 + pp′ cos θ
これらの式を (143)に代入すると、微分断面積を求めることができる。
dσ
d(cos θ)=
4πα2
8s
√s− 4m2
µ
s− 4m2e
·{
1 +4(m2
µ +m2e)
s+
(1 − 4(m2
µ +m2e)
s+
4m2µm
2e
s2
)cos2 θ
}
−→ 4πα2
8s(1 + cos2 θ)
ただし、最後の式は高エネルギー s→ ∞における漸近形を表し、
α =e2
4π(147)
と定義した。これを角度について積分すると全断面積を求めることができる。
σtotal =4πα2
8s· (1 +
2m2µ
s)
√1 − 4m2
µ
s(148)
ここで、me � mµは無視した。
25