07-23 柴原 孝彦 総説 - jstage.jst.go.jp

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7 Vol. 67 No. 1 7 は じ め に 近年, 医療の高度化・複雑化そして患者主体の医療を促 す結果, 以前にも増して医療の質と安全性の向上に資する 点が大きくなった.患者が診療過程を理解できるよう詳細 なインフォームド・コンセントがルーティン化したため患 者の要求が高揚したことも事実である.半世紀前であれば, 治療経過の病変の理解不足または経過観察で済まされてい た症状も, 患者から改善を求められるかまたは医療訴訟の 対象となることも少なくない.そして口腔顎顔面領域の三 叉神経障害もその範疇に入る病態としてクローズアップさ れてきている 1 〜 3 ) .その結果, 下顎埋伏智歯の抜去, 補綴 前外科手術, インプラント埋入術そして外科的顎矯正術な どの偶発症として下歯槽神経や舌神経の術後麻痺を多く遭 遇するようになった 1, 4 ) 末梢神経障害の程度が一過性の伝導障害であれば, 経過 観察, 薬物療法, そして理学療法の対応で回復させること ができるが, 神経線維の部分損傷から断裂までの症例であ れば, 保存・支持療法のみでは回復を期待することはでき ない.さらに損傷後の創傷治癒の過程で異常疼痛 (アロデ ニア) を惹起することもあり, 初期の判断を誤れば, 患者 に必要以上の苦痛を長く与え, 医事紛争に至った症例も多 く経験する.本稿では, 単に手術療法の説明に留まらず, 末梢神経障害 (とくに下歯槽神経と舌神経) の基礎研究か ら臨床までを科学的根拠に基づいて解説を行う. 1 .神経障害患者の推移 2006 年度における本学口腔外科の新患総数は 8,441 名で あり, その 3 % (298 名) が神経系疾患を主訴として来院し ていた.神経系疾患の内訳で 5.7% (17 名) が下歯槽・オ トガイ神経障害, 2.3% (7 名) の舌神経障害が占めていた. 次いで 2010 年度医療実績から新患総数 8,420 名と大きな 差はないものの, 下歯槽神経と舌神経の神経障害症例数は 総  説 第 64 回総会 合同シンポジウム 1 日本口腔顔面痛学会共同シンポジウム 「口腔領域の神経障害」 東京歯科大学口腔顎顔面外科学講座 (主任:柴原孝彦教授) Dept. of Oral and Maxillofacial Surgery, Tokyo Dental College (Chief: Prof. SHIBAHARA Takahiko) 三叉神経障害の手術療法 下歯槽神経と舌神経について柴原孝彦 Nerve repair surgery inferior alveolar nerve and lingual nerve SHIBAHARA Takahiko Abstract: Inferior alveolar nerve and lingual nerve injury is common in the field oral surgery. Nerve injuries are induced by extraction of impacted teeth, and implant impaction, and many cases require surgical nerve repair. Partial amputation injury case and the nerves complete amputation case are adaptation of the nerves surgical repair for severe nervous part equivalent to neurotmesis of the Seddon classification, but when nerves surgical repair is not performed immediately, traumatic neuroma can develop and cause neuropathic pain; accordingly, early diagnosis and treatment are important. The gold standard of nerve surgical repair was nerve end-to-end suturing, and autologous nerve graft. Nerve repair surgery can provide a reasonable result in improving sensation in the inferior alveolar and lingual nerve. More than 80% of patients experienced some improvement in sensation, and dysesthesia did not develop after surgery in any patient who did not have it before surgery. This article will be explained not only surgical therapy but also basic research on peripheral neuropathy to clinical practice. Key words: inferior alveolar nerve (下歯槽神経),lingual nerve (舌神経),nerve repair surgery (神経修復術)

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Page 1: 07-23 柴原 孝彦 総説 - jstage.jst.go.jp

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Vol. 67 No. 1 7

は じ め に

 近年, 医療の高度化・複雑化そして患者主体の医療を促

す結果, 以前にも増して医療の質と安全性の向上に資する

点が大きくなった.患者が診療過程を理解できるよう詳細

なインフォームド・コンセントがルーティン化したため患

者の要求が高揚したことも事実である.半世紀前であれば,

治療経過の病変の理解不足または経過観察で済まされてい

た症状も, 患者から改善を求められるかまたは医療訴訟の

対象となることも少なくない.そして口腔顎顔面領域の三

叉神経障害もその範疇に入る病態としてクローズアップさ

れてきている 1 〜 3 ).その結果, 下顎埋伏智歯の抜去, 補綴

前外科手術, インプラント埋入術そして外科的顎矯正術な

どの偶発症として下歯槽神経や舌神経の術後麻痺を多く遭

遇するようになった 1, 4 ).

 末梢神経障害の程度が一過性の伝導障害であれば, 経過

観察, 薬物療法, そして理学療法の対応で回復させること

ができるが, 神経線維の部分損傷から断裂までの症例であ

れば, 保存・支持療法のみでは回復を期待することはでき

ない.さらに損傷後の創傷治癒の過程で異常疼痛 (アロデ

ニア) を惹起することもあり, 初期の判断を誤れば, 患者

に必要以上の苦痛を長く与え, 医事紛争に至った症例も多

く経験する.本稿では, 単に手術療法の説明に留まらず,

末梢神経障害 (とくに下歯槽神経と舌神経) の基礎研究か

ら臨床までを科学的根拠に基づいて解説を行う.

1 .神経障害患者の推移

 2006 年度における本学口腔外科の新患総数は 8,441 名で

あり, その 3 % (298 名) が神経系疾患を主訴として来院し

ていた.神経系疾患の内訳で 5.7% (17 名) が下歯槽・オ

トガイ神経障害, 2.3% (7 名) の舌神経障害が占めていた.

次いで 2010 年度医療実績から新患総数 8,420 名と大きな

差はないものの, 下歯槽神経と舌神経の神経障害症例数は

総  説 第 64 回総会 合同シンポジウム 1 日本口腔顔面痛学会共同シンポジウム「口腔領域の神経障害」

東京歯科大学口腔顎顔面外科学講座(主任:柴原孝彦教授)Dept. of Oral and Maxillofacial Surgery, Tokyo Dental College

(Chief: Prof. SHIBAHARA Takahiko)

三叉神経障害の手術療法−下歯槽神経と舌神経について−

柴 原 孝 彦

Nerve repair surgery− inferior alveolar nerve and lingual nerve−

SHIBAHARA Takahiko

Abstract: Inferior alveolar nerve and lingual nerve injury is common in the field oral surgery. Nerve injuries are induced by extraction of impacted teeth, and implant impaction, and many cases require surgical nerve repair. Partial amputation injury case and the nerves complete amputation case are adaptation of the nerves surgical repair for severe nervous part equivalent to neurotmesis of the Seddon classification, but when nerves surgical repair is not performed immediately, traumatic neuroma can develop and cause neuropathic pain; accordingly, early diagnosis and treatment are important. The gold standard of nerve surgical repair was nerve end-to-end suturing, and autologous nerve graft. Nerve repair surgery can provide a reasonable result in improving sensation in the inferior alveolar and lingual nerve. More than 80% of patients experienced some improvement in sensation, and dysesthesia did not develop after surgery in any patient who did not have it before surgery. This article will be explained not only surgical therapy but also basic research on peripheral neuropathy to clinical practice.

Key words: inferior alveolar nerve (下歯槽神経),lingual nerve (舌神経),nerve repair surgery (神経修復術)

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8 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

倍に増加していた.当教室では 1970 年代から知覚神経再

生に関する研究・臨床を継続しており, 恒常的に学術発表

も行ってきている 5〜7 ).そしてこの急増する神経障害症

例に直面して, 末梢神経の基礎的な知識と技術をもった専

門医による特殊外来の設置が急務と考え, 2011 年 4 月に本

学千葉病院 (現, 千葉歯科医療センター) に他施設に先駆

けて 「急性期機能神経修復外来」 を開設した.目的は, 歯

科治療中もしくは偶発的に発症した口腔顎顔面領域の三叉

神経障害, とくに下歯槽神経と舌神経の障害の評価, 診断

そして治療である.2015 年 4 月からは, 本学メインキャン

パスの水道橋への回帰に併せ, 水道橋病院にも同様な外来

を新たに設置した.水道橋病院では既存のスペシャルニー

ズ歯科・ペインクリニック科と協力して慢性難治性疼痛と

神経麻痺の治療, または急性期対応などを行っている.そ

の結果, 2018 年度以降からは急激に患者数は増加し, 2019

年度では下歯槽神経障害 52 名, 舌神経障害 57 名を経験し

た (図 1, 2).全期間では下歯槽神経の方が舌神経よりも多

いが, 経時的な推移をみれば舌神経の上昇が顕著であり,

2019 年度は若干であるが舌神経が下歯槽神経を上回った.

 2018 年度の診療報酬改定で 「精密知覚機能検査」 の算定

が可能となったことも増加の一端を担っているかもしれな

い 8 ).この検査は, 口腔顎顔面領域に発症した末梢知覚神

図 1 神経障害の内訳と年次推移 (n = 524) 左図に障害を認めた神経を示す.右図に 2011 年 4 月から 2020 年 3 月までの年次推移を示す.下歯槽神経が最も多く 334 例, 次いで舌神経 190 例, その他は眼窩下神経であった.右図の年次推移から舌神経の増加が顕著であった.

局所麻酔1 %

その他4 %

舌神経 (n=190)

抜歯94%

抜歯59%

その他13%

IP関連9%

顎骨形成関連1 %

根管治療6 %

骨髄炎6 %

腫瘍・囊胞6 %

下歯槽神経 (n=334)

IP 関連1%

図 2 神経障害の原因 左図に下歯槽神経, 右図に舌神経の障害原因を示す.下歯槽神経, 舌神経ともに抜歯によるものが多く, とくに舌神経では 9 割が抜歯によるものであった.下歯槽神経のその他は浸潤麻酔, 消炎術, 頰小体切除術, インプラントアンカー埋入術であり, 舌神経のその他では歯周外科治療が該当する.

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Vol. 67 No. 1 9三叉神経障害の手術療法

経の障害患者に対して規定の研修を履修したものが知覚機

能を定量的に測定し, 保険請求ができる.改めて多くの歯

科医師が下歯槽神経と舌神経障害の現状を把握し, 末梢神

経障害への対応が注目されたと感じる.

 本学の 「急性期機能神経修復外来」 では, 患者の自己申

告による主観的知覚試験 (SW 知覚テスト) 等を実施すると

ともに, 電気的な神経活動電位側定 (Sensory Nerve Action

Potential: SNAP) による知覚障害の客観的試験も行ってい

る (写真 1, 図 3) 9〜11).両者の整合性, および経時的変化も

測定し評価するので, 初診後, 最終診断に 2 〜 3 か月の期

間が必要となる.そして器質的な神経損傷が強く疑われた

場合は手術療法である神経修復術を行っている (詳細は後

述).すなわち神経線維の断裂による麻痺, または神経損傷

と瘢痕組織による神経圧迫 (異常疼痛など) などに対して,

適切な神経修復術を選択している 1 ).場合によって神経の

実質欠損があれば, 自家神経移植または最新の人工神経移

② ③②

③5 mm

写真 1 主観的な神経知覚検査 左図に主観的知覚検査時のオトガイと舌の測定部位 1〜3 を示す.右図に各種検査を示す. 右図 A は静的触覚閾値検査 (Semmes-Weinstein monofilaments), B は疼痛計 (ユフ精機), C は静的二点識別検査

(Two point discrimination), D は温・冷覚 (温水または Pulper を使用し約 0 ℃, 45℃に設定する) 検査を示す.

V-gain:5μV

1DIV:1ms

刺激電極

IAN記録電極

図 3 神経活動電位 (SNAP) による客観的試験客観的知覚検査である Sensory Nerve Action Potential (SNAP) を示す.口唇の刺激電極から下歯槽神経に刺激をあたえ神経の興奮を下顎孔部の記録電極で計測する (左図).臨床では波形の有無や神経の伝導速度の変化を観察し, 神経機能が客観的に評価できる (右図).健常な伝導速度は 60m/sec 以上となる.

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10 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

植 (再生誘導チューブ) も行うことがある 12).ほとんどの

症例が保存療法を選択し, 手術療法を選択したのは 11%に

留まった.内訳では, 下歯槽神経障害 334 名中の 4 %, 舌

神経障害 190 名中の 25%が手術適応となった (図 4).今

までの臨床経験から受傷後 6 か月以内の対応であれば良好

な結果が期待できるが, 100%の知覚回復が得られるとは

限らない 13, 14).完全知覚脱失の改善やアロデニアのよう

な異常疼痛を回避でき, 術後の SW 知覚テスト, SNAP が

正常域に回復したとしても, 日常生活に支障はないが健側

との感覚差を訴えることも少なくない.

2 .神経障害の基礎

 神経損傷の分類を理解するため, まず末梢神経の構造に

ついて解説する.下歯槽, 舌神経は各々 1 万本以上の神経

線維から成り, 神経線維束の主幹は弾性線維の多い線維性

結合組織の神経上膜で包まれている 1, 15).末梢に行くにし

たがって複数の神経線維束に分岐していき, 分岐した神経

線維束は数本から数千本の神経線維を包む密性結合組織の

神経周膜に包まれている (写真 2).さらに末梢へいくと,

多数の神経線維は末梢受容器 (自由神経終末, メルケル触

盤, マイスナー小体など) へ分布する.よって末梢知覚神

経は神経線維と神経終末の末梢受容器から成る複合体であ

る.末梢受容器は有被膜性小体 (マイスナー小体, パチニ

様小体) と被膜のない樹枝状終末 (自由神経終末) とに分

類され, 神経線維の連続性があって初めて機能する.有被

膜性の方が自由神経終末よりも敏感 (速順応性) で感受性

が高いといわれている 1, 15).一方, 神経線維は神経線維束

の束を作り, これらはシュワン細胞の取り巻く軸索によっ

て構成されている.ナトリウム, カリウムチャンネルを通

して活動電位が神経細胞へ伝導することによって中枢は知

覚を認識する.抜歯等による神経麻痺は, 伝導する神経線

維等の過程で起きた形態的な傷害によって引き起こされ

る 16, 17).

 ウサギ (日本白色種) の下歯槽神経に挫滅, 部分切断, 完

全切断の 3 種類の損傷を加えた基礎研究を紹介する 18, 19).

神経損傷 1 週後, 5 週後, 10 週後の 3 群に分け経時的に病

理組織学的に観察を行い, コントロールは非損傷群とし

た.形態学的評価は神経損傷部を中心部とした長さ 10mm

の縦断切片を作製し S100 タンパクにて蛍光免疫染色を行

い神経線維の状態, 連続性を観察した (左側が末梢).さら

に神経損傷中心部より 5 mm 末梢側で横断切片を作製しク

リューバーバレラ染色で神経線維直径ならびに神経線維数

を計測した.

 結果として, 挫滅 1 週後から神経線維の変性が認められ,

5 週後は細い再生神経線維の出現, 10 週後はやや成熟した

下歯槽神経

保存療法464, 89%

手術療法60, 11%

舌神経

その他

14

45

1

図 4 神経障害に対する治療法の一覧 治療内容では保存療法単独が 9 割, 手術療法は約 1 割であった (左図).手術療法を選択した当該神経を左図下に示す.その他は眼窩下神経.右図に手術療法例の受傷後来院までの期間を示す.手術症例は 6〜8か月を中心に割合が多い一方で, 12 か月以上ではアロデニアなどで手術となる症例も多かった.

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Vol. 67 No. 1 11三叉神経障害の手術療法

再生神経線維が認められた.部分切断では, 神経線維の連

続性が一部断たれているため, 変性と再生神経線維の出現

が著しい部位と健常神経線維に近似した神経線維が混在し

た所見であった.完全切断では, 神経束の連続性は断たれ

ているが, 5 週〜 10 週にかけてきわめて幼弱な細く少数

の再生神経線維の出現が認められ, 経時的にわずかな増加

だった (写真 3).損傷の程度によって神経線維の再生過程

は異なり, 部分切断以上の損傷では自然治癒は困難な状況

が判明した.

fibrofatty tissue線維性脂肪組織

静脈 vein 無髄線維unmyelinated fiber

有髄線維myelinated fiber

神経内膜endoneurium

神経周膜perineurium

動脈 artery

神経上膜 epineurium

写真 2 末梢知覚神経の構造と下歯槽神経 (ウサギ) の断面図 左図に末梢知覚神経の構造を示す (文献 1 より改変).右図にクリューバーバレラ染色をした健常なウサギ下歯槽神経の横断面像を示す.外周に神経上膜を認め, 神経周膜で包まれたファニクルスを形成している.神経線維は厚い髄鞘をもっており, 車軸構造は明確に認められる.染色性は良好で, 神経線維束内には神経線維が密集している.

神経直径ヒストグラム※50μm×50μm×30視野の統計

写真 3 ウサギ下歯槽神経の損傷後の経過 S100 タンパクの発光免疫染色を行い, 受傷 (左:健常, 中:挫滅, 右:完全切断) 10 週後の神経走行を観察した (上図, 左側が末梢).受傷 10 週後に受傷部から末梢側 5 mm の横断切片を作り, クリューバーバレラ染色 (図 6) を行い神経線維の直径を測定した (下図, 左:健常, 中:挫滅, 右:完全切断).完全切断群では神経線維の数は少なく, 幼弱で細い神経線維の再生のみであった.

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12 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

3 .神経障害の臨床所見 -評価と診断-

 まず神経障害がどの程度のものか評価することが重要で

ある.自然発症ではなく, 原因が必ずあることも認識すべ

きであり, 真摯な態度で患者と接し最善の策を講じること

にも努める.各種検査で重篤な症状であれば, 速やかに専

門医療機関へ紹介した方が良い.言うまでもなく SW 知覚

テストをはじめ多くの検査が患者からの自己申告制の主観

的評価となるため, 患者と術者のラポール形成が何よりも

大事な要素となる.

 神経線維の一部露出または接触しただけによる一過性伝

導障害であれば投薬と経過観察でも良い.神経への侵襲が

大きく軸索または部分的な神経線維断裂以上の障害であれ

ば, 自然治癒の見込みはなく積極的な神経修復術等の処置

が必要となる (図 5).術者の楽観視した評価は禁物で, 適

切な検査法を選択し, 病態の把握が求められる.臨床で想

定できるさまざまな原因と神経損傷の程度, そして考えら

れる臨床症状の一覧を表 1に示す.術直後では, 反応性の

腫脹を含めた炎症があるため一回の検査のみで精確な診断

を下すのは難しい.必ず経時的な変化を診て症状の増悪傾

向を評価することも重要であるが, 頻回の検査は逆に患者

へ苦痛を与え正確な判断ができなくなることもある.通常

1 か月に 1 回の検査を 2 〜 3 回繰り返してから判断するこ

とが多い (図 6).

 口腔顎顔面領域では, 下歯槽神経と舌神経に代表される

末梢神経が損傷を受けた場合に, 種々の程度の知覚異常が

発現する 4 ).このような知覚異常, すなわち麻痺の状態を

客観的に表現するために, 各種分類が提唱されてきたが,

なかでも機械的損傷の分類には古くから Seddon, Sunder-

land などが臨床に応用されている 20, 21).知覚神経障害の

程度と範囲の臨床的な評価としては Highet の基準もある.

本稿では, 一般的に臨床応用されている Seddon の分類を

活用した.

 神経麻痺は一律ではなく, Seddon の分類で 3 種のパター

ン (一過性伝導障害, 軸索断裂, 神経断裂) があることを理

解する (図 5) 1, 22).一過性伝導障害 (Neuropraxia) はラン

ビエの絞輪部分でナトリウム, カリウムチャンネルが伝導

しなくなった状態で, 軸索とシュワン細胞等には異常はな

い.投薬等の処置が必要であるが数週間で回復が可能であ

る.軸索断裂 (Axonotmesis) は, 神経上膜, 周膜の異常が

なく軸索に断裂がおきた状態を示す.知覚障害はやや強く,

軸索や一部シュワン鞘の再生も要するので回復に数か月を

要することがある.神経断裂 (Neurotmesis) では, 広範囲

な知覚異常がみられ, 程度も強く現れる.挫滅等によって

図 5 神経損傷の分類 (Seddon の分類)  Seddon の分類で一過性伝導障害 (Nerapraxia) の状態 (A 図),軸索断裂 (Axonotmesis) (B 図), そして部分断裂と完全断裂 (Neurotmesis) の状態 (C 図) を示す (文献 1 より改変).

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Vol. 67 No. 1 13三叉神経障害の手術療法

神経線維の断裂が起きているため神経再生の環境は悪く,

損傷程度によっては神経縫合や移植が必要となる.神経

断裂では, 損傷後経時的に終末と小体は共に染色性が低下

し (ワーラー変性), 構造変化が出現するため神経修復術を

行ったとしても 100%の回復は得られない.発症時の知覚

検査で鈍麻, 異常な感覚, 完全麻痺 (知覚脱失) かを的確に

評価し, 対処を選定することが重要である (図 7).

 2011〜2017 年に専門外来を受診し保存療法または手術

療法を選択した 100 例からカットオフ値を求めた (保存療

法 62 例, 手術療法 38 例).ターゲットフォース値 (g) と

保存療法または手術療法に分けて ROC 曲線を求めた.そ

の結果, 感度 (陽性率) 0.947, 1 −特異度 (偽陽性率) 0.207

で該当する部分の SW 知覚テスト値が 1.4g となった.感

度は 1.0, 特異度は 0 に近似していて, AUC (ROC 曲線下で

の面積) では 0.9 となり 1.4g は予測能の高い数値として考

察できる.同様にして SNAP に対しても行い 46m/sec を

カットオフ値とした (図 8).

4 .治療法の種類

 保存療法と手術療法 (神経修復手術) に大別される.さ

らに保存療法のなかには薬物療法, 星状神経節ブロック,

理学療法 (遠赤外線レーザー, 温罨法, 鍼灸など) が挙げら

れる 22).

表 1 神経損傷の原因, 分類, 臨床症状

原因 本態 損傷時の疼痛の有無 麻痺の状態

バーなどによる捻断 neurotmesis あり 多くは完全麻痺

メスによる切断 neurotmesis あり 完全麻痺

ハサミによるせん断 neurotmesis あり 完全麻痺

鋭匙, 骨膜起子などによる挫滅 axonotmesis, neurotmesis あり (強い) 部分ないし完全麻痺

注射針, リーマーによる穿刺 neurapraxia, axonotmesis, neurotmesis あり 部分麻痺

超音波による損傷 neurapraxia, axonotmesis あり 部分麻痺

露出による損傷 neurapraxia なし 部分麻痺

局所麻酔.手術操作による局所貧血, 虚血

neurapraxia なし 部分 (ときとして完全) 麻痺

骨片, 器具による圧迫 neurapraxia, axonotmesis あり (強い) 多くは完全麻痺

伸展による損傷 axonotmesis なし 多くは完全麻痺

神経破壊剤 neurotmesis なし〜あり 多くは完全麻痺

縫合による絞扼 neurapraxia, axonotmesis, neurotmesis なし 完全麻痺

図 6 本学における末梢神経障害の評価と診断 主観的知覚検査および客観的知覚検査 (1 回 / 月), さらに画像検査を行い受診から2 〜 3 か月程度の期間をおいて神経損傷の評価を行い最終診断する.

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14 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

図 7 本学での神経障害の診断と治療法の選択 一過性局在性伝導障害または一部の軸索断裂の診断では保存療法, 軸索損傷の相対的手術適応症例と神経線維断裂では手術療法を選択する.術直後から薬物療法と星状神経節ブロックを開始する場合が多い.

図 8 SW 知覚テスト値と SNAP のカットオフ値 本学で行った保存療法 62 例, 手術療法 38 例を対象として, 各症例の SW 知覚テスト値と伝導速度の相関図を示す (左図).SW 知覚テスト値と伝導速度について ROC 曲線を算出した (右図).その結果, SW 知覚テスト値が対数表示 4.12 (タスクフォース 1.4g), 伝導速度は 46m/sec がカットオフ値となった.

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15

Vol. 67 No. 1 15三叉神経障害の手術療法

 神経修復手術には, 損傷によって発症した瘢痕組織や神

経断端腫 (神経線維腫など) などが神経線維を圧迫してい

る場合, 神経減圧術, 瘢痕除去術, 神経断端腫除去が選択

される (図 9).神経線維の明確な断裂はないが, あっても

僅かなものであれば相対的な手術適応症例となる.主観的

検査および SNAP で値の変動が大きく (ターゲットフォー

ス 0.4 〜 2.0g) 判断に苦慮することもあるが, 現在では例

え舌神経だったとしても 3 テスラの MRI 等から明確に瘢

痕組織を評価することが可能になった (写真 4, 5).SW

知覚テスト値が 4.0g (カットオフ値の 2 段階上) 以上で

SNAP の波形も描出できない場合は, 絶対的手術適応とな

ることが多く神経縫合術, 神経移植術, 神経再生誘導術な

どが選択される.強靭な瘢痕組織または神経断端腫によっ

て神経線維が破壊されていれば神経断端腫除去, 神経切離

を行ってから神経縫合か移植をしなければならない.神経

縫合に際しては神経上膜・周膜縫合による端々吻合法を主

に用いている.神経縫合に際しては断裂した神経間に距離

があり, 縫合時に緊張が起こると治癒不全が予測されるの

で移植が必要となる.神経再生誘導チューブの効果も期待

されるが 12), 屈曲のある部位または 10mm 以上の欠損部

位にはやや不向きである (写真 6).その際は他部位からの

donor 神経を採取し移植することが求められる.口腔顎顔

面領域であれば大耳介神経を用いることが多い (以前は腓

腹神経) (写真 7) 5, 23).神経縫合術後の臨床的な回復過程

をみると, 神経縫合が最も早く, 次いで再生誘導チューブ,

そして自家神経移植の順であった.このことから下歯槽神

経の欠損部位が 10mm 前後であれば, オトガイ孔の位置を

移動させてオトガイ神経と縫合する Sliding Method を用い

ることが多い (写真 8).現在, 本邦では移植材として他家

または凍結乾燥神経移植をすることはない.

 神経修復術に用意するものの一覧を示す (写真 9).下歯

槽神経の際は, 大体臼歯部での損傷が多いのでまず頰側の

皮質骨を除去して下顎管を剖出する必要がある.超音波メ

図 9 神経修復術の種類 神経修復術の種類とその模式図を示す.神経減圧術, 瘢痕除去術, 神経断端腫の場合, 神経線維を損傷しないよう解すようにして瘢痕・腫瘍を除去する.その際, 損傷が起これば神経縫合または神経移植へ移行する.

写真 4 T1W 3DVolume Rendering-MR Neurography (3DVR-MRN),FatSat Dixon

 左側舌神経麻痺の症例.左側下顎智歯抜歯中に舌側皮質骨を一部欠損.術後より左側舌の脱失認める.SW 知覚テスト舌尖部 8 g, 舌背と舌縁は脱失.黄矢印は健側舌神経, 赤矢印は抜歯窩に充満する瘢痕組織と接した舌神経を示す.

写真 5 bTFE 3DVolume Rendering-MR Neurography (3DVR-MRN),FatSat Dixon

 左側下歯槽神経麻痺の症例.左側下顎智歯抜去後より左側オトガイ神経領域にアロディニアが出現した.下歯槽神経の変形を認める (赤矢印).

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16 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

スを用いれば安全に行える.皮質骨除去後, 海綿骨を鋭匙

等で削去していけば自ずと下歯槽神経を見つけることがで

きる.神経縫合後は除去した下顎皮質骨を復位させる.舌

神経では智歯部に多いため歯槽頂に沿った切開を近心では

第二小臼歯舌側歯頸部, 遠心では下顎枝の立ち上がり部ま

で入れる.第 2 大臼歯部まで舌側骨膜下の剥離は容易だが,

智歯付近では骨膜の存在は不明確で, 筋線維が直接舌側骨

と癒着していることが多いので注意して剥離展開する (写

真 10).下歯槽神経で神経を見失うことはまずないが, 舌

神経の場合は顎下神経節によって下方に牽引され位置が筋

写真 7 大耳介神経移植による下歯槽神経修復術術前の MR 検査, T2W 3DVolume rendering 矢状断から下歯槽神経の肥厚が観察される (A 図).皮質骨を除去し損傷を受けた下歯槽神経の明示 (B 図).損傷神経部位の神経断端腫を切除した際, 23mm の欠損が生じたため同側大耳介神経 (25mm × 2) を採取 (C 図).大耳介神経移植 (ケーブルグラフト, D 図), 皮質骨を復位し閉創 (E 図).

写真 6 神経再生誘導チューブによる舌神経修復術 神経再生誘導チューブ使用例を示す.損傷神経部位 (A) の瘢痕組織を切除し (B), 約 5 mm の欠損が生じたため再生誘導チューブを用いた (C).下段模式図のように水平マットレス縫合を各断面 2 か所ずつ行った.

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Vol. 67 No. 1 17三叉神経障害の手術療法

写真 8 Sliding method を用いオトガイ孔を移動インプラント体が下歯槽神経を貫いている (A 図).下歯槽神経損傷部は長さ 5 mm, オトガイ孔を明示 (B 図).5 mm 欠損に対して神経縫合は無理なのでオトガイ孔付近の皮質骨を除去する (C 図).余裕をもって神経縫合を行うことができる (D 図).新たに遠心部に孔を作りオトガイ孔をスライドさせる (E 図).粘膜骨膜弁を復位する (F 図).神経縫合には 8 − 0 プロソーブを使用した.

写真 9 神経修復術に用いる器材損傷神経の明示までは拡大鏡を用い (A 図), 神経縫合時には手術用顕微鏡 (8.0× 〜16×) を使用する (B 図).使用器具はマイクロに準じたものを用いる (C 図).皮質骨除去には超音波メス, 縫合糸には 8 − 0 ナイロン糸または PGA 吸収糸を使用する.

B 手術用顕微鏡

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18 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

層内に迷入することがある.十分に解剖学的位置, 術前の

MRI などを考慮し愛護的に剖出することが重要である.神

経縫合に際しては主に 8 − 0 ナイロン糸 (または 8 − 0 PGA

吸収糸) を用い, 一端 3 糸の上膜・周幕縫合を選択し, 再

生誘導チューブでは水平マットレス縫合を対側で 2 か所

行っている.神経縫合部には PGA 膜またはアテロコラー

ゲン膜を巻き瘢痕組織の迷入を防いでおく.また創部には

ドレーンを挿入し, 術後腫脹の軽減を図る.術当日からス

テロイド, ビタミン B12 を投与し, 術後腫脹が緩解すれば

星状神経節ブロックも行う.ステロイドは 1 週間, 星状神

経節ブロックは 2 〜 4 週間, ビタミン B12 は半年近くまで

継続する 22).

5 .症例供覧

  1 )保存療法を選択した舌神経障害 (症例 1)

 40 歳の女性.右側舌縁部の痺れを主訴に近在歯科から

紹介で来院した.現病歴として 2 週間前に右側下顎智歯を

紹介元で抜歯を行った.抜歯は, 下顎孔伝達麻酔下に粘膜

骨膜弁形成後に骨削去し埋伏歯を分割抜去した.処置は約

1 時間で術中に何等トラブルなく終了したとのこと.翌日

の洗浄で右側舌の知覚麻痺の訴えがあったが, 洗浄のみで

経過観察し, 抜糸後も改善傾向がないため精査目的で紹介

された.既往症および家族歴に特記すべき事項はなし.

 現症として, 来院 (損傷後 10 日) 後の種々検査の結果を

示す (図 10).二点識別, 温覚, 痛覚に反応はないものの

SW 知覚テストでは 0.04〜1.4g を示し, カットオフ値 1.4g

以下であった.また自覚症状で錯感覚, 鈍麻を呈し, 損傷

1 か月後の SNAP も僅かに観察でき最大伝導速度も 23.7m/

sec であった.パノラマ X 線および CT 画像から, 異物迷入,

舌側皮質骨の破壊などは観察されなかった.以上の結果か

ら Seddon の一過性伝導障害と考え, 保存療法を選択した.

 薬剤はプレドニゾロン (30mg/day) とメコバラミン

(1.5mg/day, 分 3 毎食後, 術後 12 か月間) を処方し, 損傷

した神経線維の良好な再生の促進を求めた.プレドニゾロ

ンの処方は 1 日 6 錠 (30mg/day, 分 3 毎食後) から開始し,

5 日 ご と に 1 日 3 錠 (15mg/day, 分 3 毎 食 後 ), 1 日 2 錠

(10mg/day, 分 2 朝有食後), 1 日 1 錠 (5mg/day, 分 1 朝食

後) と漸次減量した.さらに星状神経節ブロック (1 %リ

ドカイン塩酸塩, 5 mL) を 8 回 /1 か月行った.

 知覚の諸検査は 1 か月ごとに行い推移を評価した.手術

6 か月後から SW 知覚テストは 0.008g, SNAP は 60m/sec

の正常に近い値の改善を示し.僅かな知覚鈍麻の違和感は

継続しながら日常生活に支障なく生活できている.

写真 10 下歯槽神経と舌神経の明示方法下歯槽神経 (左図) と舌神経 (右図) の場合を示す.下歯槽神経はまず超音波メスで皮質骨を除去 (A 上), 骨髄を削去 (A 中), 神経を露出する (A 下).舌神経は歯槽頂に切開線 (B 上, 中), 舌側を愛護的に剥離し粘膜直下の神経を露出する (B 下).

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Vol. 67 No. 1 19三叉神経障害の手術療法

  2 ) 手術療法を選択した舌神経障害 (症例 2)

 61 歳の女性.右側舌縁部の痺れを主訴に近在歯科から

紹介で来院した.現病歴として 6 か月前に右側下顎水平埋

伏歯を紹介元で抜歯を行った.抜歯は通法に従ったが, 分

割時に時間を要したとのこと.翌日の洗浄時から右側舌の

知覚麻痺の訴えがあったが, 洗浄のみで経過観察した.抜

糸後も改善傾向なく, 舌麻痺は 3 か月以上継続した.次第

に同側舌根付近に痛みが発現し, 摂食時に増強したため精

査目的で紹介された.既往症および家族歴に特記すべき事

項はなし.

 現症として, 来院 (損傷後 3 か月) 後の種々検査の結果

を示す (図 11).SW 知覚テストは 1.4g を示し, カットオ

フ値であった.損傷 6 か月後の SNAP 23.7m/sec であった

が, 振幅はほとんど観察できない.CT 画像から舌側皮質

骨の破壊が観察された.損傷後 6 か月そして SW 知覚テス

ト値は 1.4g であったが, アロデニア症状の発現と画像所見

から Seddon の神経線維の一部断裂と考え, 手術療法を選

択した.

 全身麻酔下に処置は行った.舌側粘膜を剥離すると瘢痕

組織のなかに舌神経が埋入されているのが観察された 14).

図 10 症例 1:40 歳の女性.Seddon の一過性伝導障害 (舌神経) 右側下顎智歯抜歯後の右側舌縁部の痺れを主訴に来院した (損傷後 10 日).初診時および受傷後の各種検査値の推移, 主観的知覚検査 (左図) と客観的知覚検査の SNAP (右図) を示す.保存療法 (薬物療法) で軽快を認めた.

図 11 症例 2:61 歳の女性.Seddon の神経部分断裂 (舌神経) 右側下顎智歯抜歯後の右側舌縁部の痺れを主訴に来院した (損傷後 3 か月).初診時および手術後の各種検査値の推移, 主観的知覚検査 (左図) と客観的知覚検査の SNAP (右図) を示す.手術 (受傷後 8 か月) は瘢痕組織の除去に際し, 舌神経の切離もあったためナーブリッジによる再建を選択した.手術の詳細については文献 24 を参照されたい.

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20 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

瘢痕組織の除去を試みるが神経線維との癒着は強く, 剥離

が困難であった.癒着した神経線維を切除し再縫合を試み

たが, 欠損が生じたため再生誘導チューブを使用した 24).

手術中からデカドロン 6.6mg, 翌日から半減し, 更にメコ

バラミン服用 (1.5mg/day, 術後 12 か月間), 手術 2 日後

の腫脹軽減を待ってから星状神経節ブロックを入院中は

毎日行い, 退院後は 1 回 / 週で 2 か月間続けた.術後の

諸検査の結果を図 11に示す.術後 6 か月より SW 知覚テ

スト値は 0.07g, 振幅のある SNAP も観察され最大伝導速

度は 40m/sec 値まで改善を示した.痛覚過敏が残存した

が, ブレガバリン 1 日 1 錠 (25mg/day, 夕食後) から開始

(600mg/day まで増量化能, 朝夕食後 2 回) し, 日常生活に

支障なく生活できている.

  3 )手術療法を選択した下歯槽神経障害 (症例 3)

 59 歳の男性.左側オトガイ部の痺れを主訴に近在歯科

から紹介で来院した.現病歴として 2 週間前に左側下顎臼

歯部インプラント除去後に人工骨 (非吸収性骨再生医療材

Bio-Oss) による補填術を紹介元で行った.補填術は, 下顎

孔伝達麻酔下に粘膜骨膜弁形成後にインプラント除去し人

工骨を補填して行った.翌日の洗浄で左側オトガイ部の知

覚麻痺の訴えがあったが, 放置し抜糸後も改善傾向がない

ため精査目的で紹介された.既往症および家族歴に特記す

べき事項はなし.

 現症として, 来院 (損傷後 7 日) 後の種々検査の結果を

示す (図 12).二点識別, 温覚, 痛覚に反応はないものの

SW 知覚テストでも 4.0g を示し, カットオフ値 1.4g よりも

高値であった.また自覚症状で異感覚, 鈍麻を呈し, 損傷

2 週後の SNAP も僅かに観察でき最大伝導速度も 40m/sec

であった.パノラマ X 線, CT 画像から, 人工物の下顎管

への圧迫が観察されたが, 念のためさらに 2 回 (損傷後 3

か月まで) 検査を繰り返した.しかし改善の傾向が観察さ

れなかったため, Seddon の神経線維一部断裂と考え, 手術

療法を選択した.

 全身麻酔下に処置は行った.下顎臼歯部皮質骨を除去す

ると, 人工骨と瘢痕組織が一塊となって下歯槽神経を圧迫

しているのが観察された.人工骨と瘢痕組織を可及的に除

去し下歯槽神経本幹を free な状態にした (写真 11).最後

に絞扼されていた神経部位にアテロコラーゲン膜を巻き,

皮質骨を復位させた.術中からデカドロン 6.6mg, 翌日か

ら半減しステロイド内服へ移行した.さらにメコバラミ

ン投与, 手術 3 日後の腫脹軽減を待ってから星状神経節ブ

ロックを入院中は毎日行い, 退院後は 1 回 / 週で 1 か月続

けた.術後 1 か月から SW 知覚テストは回復傾向を示した.

術後 6 か月で SW 知覚テスト 0.02, 振幅のある SNAP も観

察され最大伝導速度は 50m/sec 値を示した.多少の異感

覚は残存するが, 日常生活に支障なく生活できている.

  4 )手術療法を選択し改善の得られなかった

   オトガイ神経障害 (症例 4)

 69 歳の女性.右側オトガイおよび下唇の痺れを主訴に

近在歯科から紹介で来院した.現病歴として 9 か月前に右

図 12 症例 3:59 歳の男性.Seddon の神経部分断裂 (下歯槽神経) 左側下顎臼歯部の人工骨による骨造成術後の右側オトガイ部の痺れを主訴に来院した (損傷後 7 日).初診時および手術後の各種検査値の推移, 主観的知覚検査 (左図) と客観的知覚検査の SNAP (右図) を示す.手術 (受傷後 3 か月) は通法に従い皮質骨を除去し下歯槽神経を明示し瘢痕組織の除去のみを行った.

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Vol. 67 No. 1 21三叉神経障害の手術療法

側頰小体切除を紹介元で行った.翌日からオトガイ領域

の神経麻痺を自覚したが, 放置し経過観察のみを行ってい

た.受傷後数か月で同部の異常疼痛を自覚するようになり,

増大傾向があるため精査目的で紹介された.既往症および

家族歴に特記すべき事項はなし.

 現症として, 来院 (損傷後 9 か月) 後の種々検査の結果

を示す (図 13).二点識別, 温覚に反応はないものの SW

知覚テストでは 0.07g を示した.また自覚症状で異感覚

波形の記録部位

潜時 3.2msec

写真 11 症例 3 の瘢痕組織等の病理組織像 (下歯槽神経)  切除標本の形態は凹凸不正な瘢痕組織様を呈している (A 図).病理組織像を示す (BCD 図). 粘液腫様を呈する線維性組織と直径が大小の不規則な神経線維の配列を認める.外傷性神経腫の診断を得た.

図 13 症例 4:60 歳の女性.Seddon の神経部分断裂 (オトガイ神経)右側頰小帯切除後の右側オトガイ部の痺れを主訴に来院した (受傷後 9 か月).初診時および手術後の各種検査値の推移, 主観的知覚検査 (左図) と客観的知覚検査の SNAP (右図) を示す.アロデニアが強く, SNAP も消失していたので初診から 1 か月で手術 (受傷後 10 か月) を選択した.瘢痕組織の除去のみを行ったが, 術後, 自覚症状も含め十分な回復が得られなかった.

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22 Jan. 2021日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌

と錯感覚を呈し, SNAP も僅かに観察でき最大伝導速度も

21.9m/sec であった.外傷性神経腫による圧迫, または神

経線維の切断ではなく seddon の軸索断裂レベルと考え,

損傷後 9 か月以上の長期症例であったが, アロデニア発現

があるため手術療法を選択した.

 全身麻酔下に右側頰側の粘膜切開からオトガイ孔を明示

し, 周囲皮質骨を除去し下歯槽神経とオトガイ神経を明示

した.瘢痕組織がオトガイ神経を圧迫しているのが観察さ

れたので, 瘢痕組織を可及的に除去しオトガイ神経を free

な状態にした.最後に絞扼されていた神経部位にネオベー

ルを巻き閉創した.術中からデカドロン 6.6mg, 翌日から

半減しステロイド内服 (30mg/day) へ移行した.さらにメ

コバラミン投与, 手術 3 日後の腫脹軽減を待ってから星状

神経節ブロックを入院中は毎日行い, 退院後は 1 回 / 週で

1 か月続けた.オトガイ部の知覚は著明な回復は示さなかっ

たが, アロデニアは術後消失した.しかしアロデニア症状

は術後 6 か月から再燃しだした.術後 12 か月の現在もブ

レガバリン投与で経過観察中である.

 アロデニアに対して瘢痕組織の剥離術だけではアロデニ

アの根治は困難だと考える.神経線維の連続性があっても

神経管内で変性が起きている可能性があるため該当部神経

を切除し再縫合をした方が良かった可能性がある 15).

お わ り に

 手術療法を選択する必要条件として, Seddon 分類 “軸索

断裂” 以上の傷害, SW 知覚テストが 1.4g 以上かつ SNAP

が 46m/sec 以上, 画像所見 (CT, 3 テスラ MRI) で明らか

な異常所見, 受傷後 6 か月以内, 受傷後 6 か月以上であっ

てもアロデニアが強い, などが挙げられる.1 つの検査で

手術を選択するのではなく, さまざまな検査を実施し総合

的に評価することが重要である.自験例で手術療法を選択

した下歯槽神経 334 例, 舌神経 190 例のうち術後 6 か月以

上経過が追えた症例を検討すると, 80%以上の症例で概ね

数値的には末梢知覚神経の回復を確認できた.しかし客観

的・主観的評価で回復と判断でき, 術前よりも日常生活に

支障はないものの, 異感覚や錯感覚が残存することもあり,

患者が期待する完全回復には至らないこともある.分子生

物学的に考えると, 痛みの受容体 (ATP 受容体) やそれ以外

の神経障害性疼痛を引き起こす因子が末梢神経節レベルと

中枢神経レベルで発現していることもあり, ただ手術した

だけでは改善できない可能性もある.すなわち慢性疾患に

多い心理的問題が疼痛域値に修飾されることも考えられる.

術者が希望的な観測をし, 完全回復など安易な表現をする

と患者との信頼関係が損なわれることも留意されたい.

 三叉神経障害を訴える患者が増加している現在, 口腔外

科医の対応の 1 つに手術療法があることを強調し, 多くの

口腔外科医がその意義と手技の修得をすることを望みたい.

謝辞 本学急性期機能神経修復外来のリーダーである佐々木研一客員教授, ならびに外来担当の医局員, ペインクリニック外来の福田謙一教授のご指導とご支援に深謝いたします.また画像提供と診断のご指導を戴いた口腔健康科学講座の照光 真臨床教授に深甚なる感謝の意を表します.

 本論文に関して,開示すべき利益相反状態はない.

引 用 文 献

1 ) 佐々木研一:カラーグラフィクス下歯槽神経・舌神経麻痺別冊.第 2 版, 医歯薬出版, 東京, 2010, 19-225 頁.

2 ) 佐々木研一:別冊 the Quintessence 口腔外科 YEAR BOOK 一般臨床家 口腔外科医のための口腔外科ハンドマニュア ル 13. クインテッセンス出版, 東京, 2013, 70-87 頁.

3 ) 高崎義人:口腔外科学会ハンドマニュアル‘06 瀬戸 晥一, 福田仁一, 他編著:第 1 版,クインテッセン ス出版, 東京, 2006, 111-121 頁.

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10) 瀬尾憲司, 田中 裕, 他:外科的矯正術による末梢 三叉神経損傷後の知覚障害とその知覚回復過程の検 討.日歯麻誌 30: 69-81, 2002.

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Vol. 67 No. 1 23三叉神経障害の手術療法

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