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日本版WLEIS(Wong and Law Emotional Intelligence Scale)の作成 豊田弘司・山本晃輔 (奈良教育大学心理学教室) Development of a Japanese Version of Wong and Law Emotional Intelligence Scale Hiroshi TOYOTA, Kohsuke YAMAMOTO (Department of Psychology, Nara University of Education) Summary:The present study aims to develop a Japanese version of Wong and Law Emotional Intelligence Scale (J-WLEIS) originally developed by Wong & Law(2002) to assess the individual difference in emotional intelligence. Original version of WLEIS has 16 statements, which have the following four scales: a) Self-Emotions Appraisal, b) Others-Emotions Appraisal, c)Use of Emotion and d)Regulation of Emotion. Participants were presented with 16 statements of the original version that were translated into Japanese by first author, and then were asked to rate the likelihood that the behavior represented in each statement occurred on 7-point scales. Factor structure of Japanese version was a fit with the four factor structure of the original version of WLEIS. Cronbach alphas were satisfactory for the four scales of J-WLEIS and positively correlated with each subscale of J-ESCQ (Toyota, Morita & Takšić,2007) . These results indicated the reliability and the validity of a Japanese version of WLEIS. キーワード:WLEIS Wong and Law Emotional Intelligence Scale  情動知能 emotional intelligence  ESCQ Emotional Skills & Competence Questionnaire 1 はじめに 我々は、どのような学習事態においても、情動が喚 起され、その情動によって学習が影響を受けている。 例えば、とても気分の良い状態では学習は促進され、 反対に嫌な感情が喚起されると学習が妨害される。こ のように、情動は学習に大きく影響する要因であり、 情動をうまく統制できることや情動をうまく利用する ことが学習の効率を規定する。このような情動の統制 や利用に関する能力は、情動知能(Emotional Intelli- gence;EI)の下位能力と考えられる。近年、EIは心 理学の中心的な研究トピックであり、多くの議論が展 開されている(Fineman, 1993; Mayer & Salovey, 1997; Schutte, Malouff, Hall, Haggerty, Cooper, Golden, & Dornheim,1998; Matthews, Zeidner, & Roberts, 2002; Joseph & Newman, 2010)。 Salovey & Mayer(1990)は、EIを情動を扱う個人 の能力と定義し、EIの下位能力を以下のように指摘し ている。すなわち、自分自身や他人の感情や情動を監 視する能力、これらの情動の区別をする能力及び個人 の思考や行為を導くために情動に関する情報を利用で きる能力である。この定義以降多くの定義が提出され たが、それらは微妙に異なるものであり、それぞれの 定義に対応して、EIを測定する尺度が数多く開発さ れた。例えば、Mayer & Salovey(1997)は、EIは 4 つの次元に分類できるお互いに関連するスキルの集合 体であるという定義を提唱した。その4つの次元とは、 1 )情動を正確に評価したり、表現する能力、 2 )思 考を促進するための感情に接近したり、その感情を生 成する能力、 3 )情動や情動に関する知識を理解する 能力、 4 )情動的、知的な成長を促すために情動を調 整する能力である。この定義にしたがって、Mayer, Caruso & Salovey (2000)は、多要因情動知能尺度 (Multifactor Emotional Intelligence Scale; MEIS) を開発した。このMEISは、上述した 4 つの下位能力 に対応する下位テストから構成され、それぞれに対す る被検査者のパフォーマンスを査定していくもので ある。このようなEIの測定法はパフォーマンステス トと呼ばれ、いくつかのテストが開発されているが (Mayer-Salovey-CarusoEmotional Intelligence Test; MSCEIT; Mayer, Caruso,& Salovey, 2000, MSCEIT version 2; Mayer, Caruso,& Salovey, 2002)、実施に 多くの時間を要するという問題がある。  一方、EIを自己報告による質問紙によって測定す 7

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日本版WLEIS(Wong and Law Emotional Intelligence Scale)の作成

豊田弘司・山本晃輔(奈良教育大学心理学教室)

Development of a Japanese Version of Wong and Law Emotional Intelligence Scale

Hiroshi TOYOTA, Kohsuke YAMAMOTO (Department of Psychology, Nara University of Education)

Summary:The present study aims to develop a Japanese version of Wong and Law Emotional Intelligence Scale (J-WLEIS) originally developed by Wong & Law(2002) to assess the individual difference in emotional intelligence. Original version of WLEIS has 16 statements, which have the following four scales: a) Self-Emotions Appraisal, b)Others-Emotions Appraisal, c)Use of Emotion and d)Regulation of Emotion. Participants were presented with 16 statements of the original version that were translated into Japanese by first author, and then were asked to ratethe likelihood that the behavior represented in each statement occurred on 7-point scales. Factor structure of Japanese version was a fit with the four factor structure of the original version of WLEIS. Cronbach alphas were satisfactory for the four scales of J-WLEIS and positively correlated with each subscale of J-ESCQ (Toyota, Morita & Takšić,2007) . These results indicated the reliability and the validity of a Japanese version of WLEIS.

キーワード:WLEIS Wong and Law Emotional Intelligence Scale  情動知能 emotional intelligence ESCQ Emotional Skills & Competence Questionnaire

1 .はじめに

 我々は、どのような学習事態においても、情動が喚起され、その情動によって学習が影響を受けている。例えば、とても気分の良い状態では学習は促進され、反対に嫌な感情が喚起されると学習が妨害される。このように、情動は学習に大きく影響する要因であり、情動をうまく統制できることや情動をうまく利用することが学習の効率を規定する。このような情動の統制や利用に関する能力は、情動知能(Emotional Intelli-gence;EI)の下位能力と考えられる。近年、EIは心理学の中心的な研究トピックであり、多くの議論が展開されている(Fineman, 1993; Mayer & Salovey, 1997; Schutte, Malouff, Hall, Haggerty, Cooper, Golden, & Dornheim,1998; Matthews, Zeidner, & Roberts, 2002; Joseph & Newman, 2010)。 Salovey & Mayer(1990) は、EIを情動を扱う個人の能力と定義し、EIの下位能力を以下のように指摘している。すなわち、自分自身や他人の感情や情動を監視する能力、これらの情動の区別をする能力及び個人の思考や行為を導くために情動に関する情報を利用できる能力である。この定義以降多くの定義が提出され

たが、それらは微妙に異なるものであり、それぞれの定義に対応して、EIを測定する尺度が数多く開発された。例えば、Mayer & Salovey(1997)は、EIは 4つの次元に分類できるお互いに関連するスキルの集合体であるという定義を提唱した。その 4 つの次元とは、1 )情動を正確に評価したり、表現する能力、 2 )思考を促進するための感情に接近したり、その感情を生成する能力、 3 )情動や情動に関する知識を理解する能力、 4 )情動的、知的な成長を促すために情動を調整する能力である。この定義にしたがって、Mayer, Caruso & Salovey (2000) は、多要因情動知能尺度(Multifactor Emotional Intelligence Scale; MEIS)を開発した。このMEISは、上述した 4 つの下位能力に対応する下位テストから構成され、それぞれに対する被検査者のパフォーマンスを査定していくものである。このようなEIの測定法はパフォーマンステストと呼ばれ、いくつかのテストが開発されているが(Mayer-Salovey-CarusoEmotional Intelligence Test; MSCEIT; Mayer, Caruso,& Salovey, 2000, MSCEIT version 2; Mayer, Caruso,& Salovey, 2002)、実施に多くの時間を要するという問題がある。  一方、EIを自己報告による質問紙によって測定す

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る方法(質問紙法)も多く開発されている(Bar-On,1997)。例えば、Takšić(1998)は、Mayer & Salovey

(1997)の定義に基づき、因子分析的検討を加えた結果、情動スキルとコンピテンス尺度(Emotional Skills & Competence Questionnaire; ESCQ)を開発した(Takšić, 2002)。コンピテンスという表現が用いられているが、そこには、近年の研究の動向として、EIを能力と態度の複合体であるとみなす混合モデルの考えが反映されている。このESCQの下位尺度は、1 )情動の認識と理解、2 )情動の命名と表現、及び 3 )情動の制御と調整の 3 因子に対応していた。豊田・森田・金敷・清水(2005)は、このESCQを邦訳し、因子分析によって28項目からなる日本版を作成し、Big Five尺度(和田, 1996)や自尊感情尺度(山本・松井・山成, 1982)との正の相関を見いだしている。そして、Toyota, Morita & Takšić(2007)は、項目数を24項目に整理し、日本版ESCQ(J-ESCQ)を開発した。また、ESCQは、多くの国においてその信頼性と妥当性が明らかにされている(Faria, Lima Santos, Takšić, Raty, Molander, Holmstrom, Jansson, Avsec, Extremera, Felnandez-Berrocal, & Toyota, 2006)。さらに、自由再生テストを用いた一連の研究(Toyota, 2008; 豊田, 2009, 2010; 豊田・佐藤, 2009)は、J-ESCQによってEI高群と低群を抽出し、記銘語から喚起される過去の出来事に関する情動処理の違いが記憶成績(自由再生率)に反映されることを見いだしている。 このように、ESCQは被検査者自身が自己報告するという質問紙法であるであるが、そこで測定されたEIの水準は、十分に信頼できるものである。ただし、ESCQは項目数が多く(原版は45項目、J-ESCQは24項目)、さらに、情動の利用というEIの下位能力に関する項目が欠けていることが問題として指摘できる。上述したMayer & Salovey(1997)の定義における2 )思考を促進するための感情に接近したり、その感情を生成する能力は、この情動の利用という能力を指している。Mayer, Caruso & Salovey (2000) も、当初この能力を想定した尺度としてMEISを作成したが、因子分析の結果から、この情動の利用能力を因子として抽出していない。そして、最新のEIに関する著書(Zeidner, Matthews &Robert,2009)においても、情動の利用能力に関しては、情動の制御能力と明確に区別できる根拠のないことが指摘されている。ただし、情動の利用が研究者によって注目されていないわけではない。Davies, Stankov & Roberts(1998)は、情動の利用を含んだEIの定義を提唱している。すなわち、EIが、 1 )自分自身の情動の評価と表現、2 )他人の情動の評価と認識、 3 )自分自身の情動の調整、及び 4 )パフォーマンスをあげるための情動の利用、という 4 つの下位能力から構成されていると考えている(Law, Wong & Song,2004)。この定義に

基づき、Wong & Law(2002)は、この情動の利用を因子として含んだ質問紙であるWong and Law EI Scale(WLEIS)を作成し、その信頼性を明らかにした。WLEISは、16項目からなり、上述した 4 つの下位能力に 4 項目ずつが対応している。それ故、比較的容易に実施が可能であり、利用可能性は高い。WLEISの日本版を作成することは、我が国におけるEIの測定研究とともに、EIの個人差の査定を必要とする認知活動との関係を検討する研究に貢献することが期待できる。 本研究では、日本版WLEISを作成することを目的とする。そのために、因子分析によってその信頼性を検討する。また、同じくEIを測定している尺度であるJ-ESCQ(Toyota, et al ., 2007)との関連性を検討し、妥当性を明らかにする。

2.方 法

2 . 1 .調査対象 関西地方にある 4 つの四年制大学の学生321名(男127、女194)であり、これらの学生の平均年齢は、19歳 2 か月であった。2 . 2 .調査材料2 . 2 .1.邦訳WLEIS 原版WLEISを原版著者の了解を得て、本研究の第1著者が邦訳し、仮の日本版(J-WLEIS)16項目を作成した。原版は、「自己の情動評価(Self-Emotions Appraisal)」、「 他 者 の 情 動 評 価(Others-Emotions Appraisal)」、「情動の利用(Use of Emotion)」及び「情動の調節(Regulation of Emotion)」という下位尺度から構成されている。そして、各項目に対しては「非常にあてはまる(7)」「かなりあてはまる(6)」「少しあてはまる(5)」「どちらともいえない(4)」「あまりあてはまらない(3)」「ほとんどあてはまらない(2)」「全くあてはまらない(1)」の 7 段階評定が用いられた。この尺度はB5判の用紙に印刷され、それぞれの尺度の各項目と、評定段階に該当する数字を囲む 1 から 7 までの数字が印刷されていた.2 . 2 . 2 .J-ESCQ 妥当性を検討するために、Toyota, et al . (2007)によって作成されたJ-ESCQを用いた。この尺度は「情動の認識と理解」(例「私は、知り合いに出会った時には、すぐにその知り合いの気分がわかる」「私は、友達の気分の変化を見抜くことができる」)、「情動の表現と命名」(例「私は、自分の気持ちや感情を表すことばがすぐに浮かんでくる」「私は、自分が感じている複数の感情を一つひとつ言葉にすることができる」)、「情動の制御と調節」(例「私は、誰かにほめられると、より熱心に頑張るようになる」「私は、気分のよい時には、なかなかその気分は沈まない」)の 3

豊田 弘司・山本 晃輔 日本版WLEIS(Wong and Law Emotional Intelligence Scale)の作成

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つの下位尺度(各尺度 8 項目)からなる24項目である。各項目に対しては「いつもそうである(5)」「だいたいそうである(4)」「時々そうである(3)」「めったにそうでない(2)」「決してそうでない(1)」の 5段階評定尺度が用いられた。この尺度もB5判の用紙に印刷され、教示文とそれぞれの尺度の各項目、評定段階に該当する数字を囲む 1 から 5 までの数字が印刷されていた。2 . 3 .調査手続 調査は、第 1 著者の担当授業中に集団的に実施された。被調査者は上述の尺度が印刷された用紙を配付され、該当する性別に○をつけ、年齢と学籍番号を記入するように指示された後、調査項目の評定の仕方についての教示を受けた。そして、調査者によって読み上げられる項目に対して、評定段階に対応する数字を( )に記入するかもしくは、該当する数字を囲んでいった。

3.結 果

3 . 1 .日本版WLEIS(J-WLEIS)の因子構造 仮の日本版(J-WLEIS)16項目に対して、主因子法による因子分析を行い、斜交回転(プロマックス回転)を施した。その結果が、Table 1 の左欄に示されてい

る。なお、その下欄には、抽出された因子間の相関係数が示されている。 どの項目も弁別性の高い項目として残され、因子構造に関しては、抽出された因子の順位は異なるが、同じ因子が抽出され、原版に適合している。第 1 因子は「情動の制御」、第 2 因子は「自己の情動評価」、第 3因子が「情動の利用」、そして、第 4 因子が「他者の情動評価」であった。いずれの因子においてもα係数は.84 〜 .76と高い値であった。 Wong & Law(2002)においては、因子分析の因子負荷量として因子構造係数が示されているので、本研究においても因子構造係数を算出した。しかし、柳井(2000)は、斜交回転の因子負荷量としては因子構造係数よりも因子パターン係数の方が望ましいことを指摘している。それは、因子間相関係数が正の場合には、単純構造性を持ちやすくなるためであるという。そこで、参考までに因子パターン係数を算出し、Table 1の右欄に示した。因子構造係数よりも因子間の項目の弁別性の高さが現れている。3 . 2 .尺度間の相関関係Table 2 に は、J-WLEISの 4 つ の 下 位 尺 度、 及 びJ-ESCQの 3 つの下位尺度得点間の相関係数(r)が示されている。J-WLEISの 4 つの下位尺度間の相関係数は、.18 〜 .40であり、緩やかな相関が見いだされて

Table 1 J-WLEISの因子構造係数(左欄)と因子パターン係数(右欄)

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いる。J-WLEISの「情動の調節」は、J-ESCQにおける「情動の制御と調節」に対応しているが、この間の相関係数は.35と比較的高くなっている。また、「自己の情動評価」(J-WLEIS)と「情動の表現と命名」(J-ESCQ)との相関係数は.52であり、高い値になっている。さらに、「他者の情動評価」(J-WLEIS)と「情動の認識と理解」(J-ESCQ)の間の相関係数は.65であり、これもかなり高くなっている。「情動の利用」(J-WLEIS)は、J-ESCQの下位尺度である「情動の認識と理解」(r=.24)、「情動の表現と命名」(r=.32)、及び「情動の制御と調節」(r=.44)との間に中程度の相関係数が得られている。なお、Table 2 に示されている相関係数はいずれも1%水準で有意である。

4 .考 察

4 . 1 .日本版WLEIS(J-WLEIS)の信頼性 Table 1 に示されているように、因子分析の結果、原版通りに16項目が弁別性の高い 4 つの因子に分かれた。そして、どの因子もα係数.84 〜 .76の範囲内であり、信頼性の高いことが示された。また、Table 2 の上欄に示されている 3 つの下位尺度の合計得点間の相関係数は.40 〜 .18の範囲内であり、これは原版の.45〜 .12(Law et al ., 2004)にほぼ匹敵する値である。したがって、Table 1 に示された項目を日本版WLEIS(J-WLEIS)とし、その下位尺度ごとの信頼性のあることが明らかになった。4 . 2 .J-ESCQとの関連性による妥当性の検討 Table 2 の下欄に示されたJ-ESCQの下位尺度との相関係数では、対応のあると考えられる下位尺度間の関連性が示された。すなわち、J-WLEISの「情動の調節」は、J-ESCQにおける「情動の制御と調節」の間の相関係数は比較的高く、その対応関係が示されている。また、「自己の情動評価」(J-WLEIS)と「情動の表現と命名」(J-ESCQ)との相関係数も高く、対応関係が示されている。さらに、「他者の情動評価」(J-WLEIS)と「情動の認識と理解」(J-ESCQ)の間の相関係数はかなり高く、他者の情動に関する認識を査定する尺度

としての共通性をもっていることが反映されている。したがって、J-ESCQとの関連性による検討からは、J-WLEISは妥当性をもつ尺度といえよう。 本研究において注目している「情動の利用」(J-WLEIS)は、J-ESCQの下位尺度である「情動の制御と調節」(r=.44)との間に比較的高い相関係数が得られている。Mayer, Caruso & Salovey (2000)は、情動の制御と情動の利用を区別して検討したが、この両者を区分するような証拠は得られなかった。それ故、この両者には共通性が高いと考えられ、本研究のデータにもそのことが反映されているといえよう。 ただし、情動の利用は、他の2つの尺度とも相関係数も低くはない(「情動の認識と理解」とは.24、「情動の表現と命名」とは.32)。 先に述べたように、Zeidner, Matthews & Roberts(2009)は、情動の利用能力に関しては、情動の制御能力と明確に区別できる根拠のないことを指摘している。上記の結果を考慮すると、情動の利用は、情動の制御以外の下位能力とも共通性もうかがえる。 このような「情動の利用」の下位尺度の妥当性に関しては検討の余地があるが、本研究の結果からは、Table 1 に示したJ-WLEISにおける信頼性と妥当性が示され、EIを測定する尺度として一定の水準を確保するものといえよう。4 . 3 .EI研究の課題と教育的活用4 . 3 . 1 .EI研究の課題 本研究で新たに開発されたJ-WLEISだけでなく、先に開発されているJ-ESCQに関しても、質問紙であるが故に、その妥当性に関しては議論されている(Zeidner, et al ., 2009 )。しかし、このような議論は、質問紙による性格検査に関しても展開されてきたことである。 ただし、問題なのは、測定の根本にあるEIの定義にある。すなわち、EIを能力としてみなすのか、それとも能力と特性の混合(traits with ability)としてみなすのかに関わっている。Joseph & Newman(2010)は、近年までのEIに関する定義を展望して能力(ability)モデルと混合(mixed)モデルの対比を論じている。

Table 2 WLEIS 及びESCQ の下位尺度間との関係(r)

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<付記> 本研究のデータ分析に関して、奈良教育大学の出口拓彦准教授より助言及び資料の提供を受けた。記して感謝の意を表します。

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