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注記 このテキストは読み上げ用ソフトのため、原書の旧仮名遣いを、新仮名遣いに改めたほか、表中の数字に「名」,「件」などの数詞を加えています。 注記終わり

研究二十五年

財団法人理化学研究所

昭和十七年三月二十日

研究二十五年

財団法人理化学研究所

昭和十七年三月二十日

「研究二十五年」について

畏くも御下賜金壱百万円の恩命に浴し,大正6年3月20日財団法人理化学研究所が創立せられて以来,25年の星霜を閲し,昭和17年3月20日を以て創立25周年の記念式を挙行する喜びを迎えた.創意をかかげて自然の姿を究めんとする学徒の研鑽は黙々と続けられ,人類の福祉を増さんとこいねがう技術者の努力は倦む所を知らず,かくて25年は過ぎ去った.ここに式典をあぐるに当って,理化学研究所の成長の姿を眺め,業績の数々をかえりみるべく編纂したのがこの小冊子である.

25年前のわが国において「研究」を専業とする大きな機関としては当所が唯一最初の存在であった.当初は政府の補助金を受け又民間有力会社,実業家等の寄附金に依って成立した当所は,そののち年と共に人的要素,設備,機構を拡充し,現在においては所長子爵大河内正敏博士以下1500余名を擁する一大組織となった.長岡半太郎博士,鈴木梅太郎博士,本多光太郎博士を始め33名の主任研究員によって率いられる33の研究室は各々平均24名,多きは100名にも達する研究者を有する科学研究の道場であるが,それらの大要は「組織」の章に述べる事にした.

当所において日日研究を進められる項目は創立当時においてわずかに9項目であったが今日は数百項目の多きに上って居る.研究結果は邦文欧文に依り毎月発表せられて居るが,25年間の発表論文は邦欧文を合せて36,000余頁にのぼって居る.これらの業績の内には輝かしき創意によるもの多く,帝国学士院を始め内外の権威ある機関より褒賞せられたる者も多数に上って居る.総てこれらの成果は「業績概観」の章に略述する事とした.当所における研究に依って学位を授与せられたる者は約120名の多きに達して居るが当所は又多数の学者を世に送り出して居る.当所において数年間の研究生活をなし招ぜられて公私立の大学,専門学校等に教授として任官したるもの亦多数ある.

当所において一応完成せられたる研究の件数は夥しき数に上りそのいちいちについて述べる事は到底不可能であるが,比較的一般人士にも興味あり且つ理解し易きものを撰びその内容の概略を説明したものは矢張り「業績概観」の章に,物理化学などそれぞれの専門別に記載した.これらの記述は単に理化学研究所所員25年間の努力の記録となるのみならず,一般人士の科学知識向上に資する事が出来るとすれば編者の喜びとする所である.

当所は現在約24,354,000円の資産を有し,年度経費約3,600,000円を計上して居る.

これらの内訳数字は「資産及び経費」の章に略述してある.

当所所有の特許権は逐年増加の傾向を示して居るが現在当所所有の内外特許権,実用新案は総数1000余件に上って居る.当所の発明は当所内において可成大規模に実用化の試験が行なわれる.これらが事業化せられる場合には適当なる条件の下に所外の会社などに実施を許諾するが,近年実施を申出る会社多数に上り活況を呈して居る.これらの事情の概況は「特許権及び研究の事業化」の章に述べてある.

本小冊子はかなり短時日の間に急いで編纂したもので不備の点も多いが,これにより理化学研究所の25年間における業績の概観と現在の輪廓の大体を御理解願えるならば編者の本懐とする所である.

昭和17年3月

「研究二十五年」編纂委員

目次

「研究二十五年」について

第1章理化学研究所の目的 1ページ

第2章創立事情 2ページ

第3章組織 4ページ

第4章業績概観 8ページ

Ⅰ.業績総覧 8ページ

Ⅱ.物理学関係 13ページ

Ⅲ.応用物理関係 26ページ

Ⅳ.理論及び無機化学関係 42ページ

Ⅴ.有機及び生物化学関係 50ページ

第5章資産及び経費 57ページ

第6章特許権及び研究の事業化 60ページ

業績概観内容細目 i

挿図

1.構内建物

2.研究室内部

3.構内建物

4.図書室

5.構内建物

6.研究室内部

7.構内建物

8.研究室内部

研究二十五年

第1章 理化学研究所の目的

目的

財団法人理化学研究所の目的は物理学及び化学の研究が主眼であって,その応用方面即ち工学,農学,医学などの研究を従としてゐる.元来国家の産業はその基礎を理化学に置くのでなければ堅実なる発展を期し難く,国民の厚生も理化学の応用によって始めてその実が挙る.自給自足の国防経済も理化学に依存するのでなければその目的は達成されない.大東亜共栄圏の資源も理化学の力によって始めて開発される.純正理化学の研究が国運の進展に如何に重要なる位置をしむるかは今更あらためて言う迄もない.当所の目的はこの重大なる使命を果さんとするにある.

研究の工業化

当所研究の重点は物理学及び化学の研究の上に置かれてゐるが,その第二次的の応用方面の研究が,果して工業化され得るやいなやを確かめるため,工業試験を比較的大規模に行うのである.従来吾が国はこの方面の施設において欠くる処多く,ために研究,発明の工業化されるものが非常にすくない.従って優秀なる研究も工業化されず,徒らに闇に葬り去られつつある.しかし外国の研究,発明は官民とも高価の特許料,報償金などを支払って輸入し,事業化することが最安全にして捷径と考えられつつあるのは頗る遺憾である.即ち当所は国家がこの欧米依存より一日も早く脱却し,真の日本の研究と日本の技術とにより産業の発展を計るために,自ら研究,発明の工業化に当り,その成功を見るや当所の報償契約の下に営利会社をして之を実施せしめ,その報酬金を以て研究費に充てつつある.応用理化学研究の工業化は背後に堅実なる純正理化学の研究がなければその成功を期し難い.

第2章 創立事情

当所は昭和17年3月20日を以て創立25周年を迎うる事となったが,創立当時の事情は下記の如くである.

大正2年6月,工学博士薬学博士高峯譲吉氏が米国から帰朝の際,帝国の現状に鑑みて,国民科学研究所設立の必要ある事を高唱した.

この計画は約二千万円の資金を以て研究所を設立せんとするものであったが,30名の実業家及び学者より成る調査委員会は,当時の我国財界の事情に徴し,まず五百万円位の資金を以て,差当り最も急務とする化学研究所を設立せん事を企画し,翌大正3年3月,調査委員7名連署して貴衆両院へ化学研究所設立に就いての請願書を提出したが,不幸,議会の解散に遭ってその目的を達する事が出来なかった.

大正3年8月,欧洲大戦勃発しその余波を受けて外国との交通は一部杜絶し,医薬品及び工業原料の輸入は梗塞或いは制限せられ,我国の衛生上及び産業上多大の障害を来したので,農商務省は化学工業の振興策を講ずる為調査会を設置し,同年11月第一回調査会を開いた結果,我国における化学工業の改良発達を図るには,化学研究所設立を以て第一の急務とし農商務大臣に建議書を提出した.

大正4年3月,第2回の化学工業調査会において,たまたま委員中に化学のみの研究ではその範囲が狭過ぎるゆえ,物理学及び化学の両方面にわたる理化学研究所を設立しては如何との議起り,この議に対し各委員多数賛同し,長井長義,渡邊渡,高松豊吉,桜井錠二,古在由直の五博士を特別委員に挙げて,実行方法を一任する事になった.よって右特別委員らは,直ちに商工局長及び大学教授らと相会し,更に数回の協議を重ね設立計画の大要,研究事項などを協定し,さきに有志の計画せる化学研究所設立案との連絡統一を得,渋澤栄一,菊池大麓,山川健次郎の三男爵及び中野武営氏並びに前記特別委員が主唱者となり,大正4年4月,設立に関する草案を主なる実業家及び当路者に送附してその賛同を求め,ここに理化学研究所設立の曙光を見るに至ったのである.

一方理化学研究所の設立を促進せんが為に,大正4年6月時の総理大臣大隈伯爵は内務,大蔵,文部及び農商務各省の関係当局,学者及び実業家を私邸に招致して設立協議会を開き,超えて大正5年1月,渋澤男爵外11名連署して内閣総理大臣,大蔵大臣及び農商務大臣へ,設立計画に対し政府の補助を仰がん事を建議した.

理化学研究所設立ニ関スル建議

世界ノ文運ニ貢献シモッテマスマス国威ヲ宣揚スルト共ニ,百般工業ノ根本ヲ啓沃シ,モッテ国富ノ増進ヲ期センニハ,理化学ニ関スル独創的研究ヲ旺盛ナラシメザルベカラズ.シカモ今次ノ欧洲戦乱ハ今後マスマス軍事材料ノ独立,工業物資ノ自給ヲ企画スルノ緊要ナルコトヲオシエ,吾人ヲシテ理化学研究ノ必要ヲ愈痛切ニ覚知セシメタリ.然ルニ我国ニアリテハ,従来コノ種ノ研究機関ニオイテカクル所アルヲモッテ,民間有志ニオイテ理化学研究所設立ノ計画アリ.然ルニコノ事業タルヤ,スクナカラザル資金ヲ要シ,民間有志ノ醵金ノミヲモッテハ到底所期ノ目的ヲ達スル事アタワザルガユエニ,政府ハ国家事業トシテ之ヲ助成シ,理化学ノ研究ヲシテ遺憾ナカラシメ,モッテ国運ノ発展ヲ期スル為,スミヤカニ適当ノ措置ヲ採ラム事ヲ切望ス.

右別紙予算概算書アイソエ,謹テ及ビ建議候也(予算概算書省略)

大正5年1月21日

政府においてはかねてより設備の完全なる研究機関設置の必要を認めて居たので,前記大正5年1月の建議に基づき,第37帝国議会に理化学を研究する公益法人に対し国庫補助を為す法律案と大正5年度において補助すべき金25万円の追加予算とを提出して,両院の協賛を得,大正5年3月6日同法律案が公布せられた.

かくて創立準備を進める事となったが,設立発起協議会には渋澤男爵を創立委員長に桜井,高松,団の三博士,和田豊治,大橋新太郎,中野武営,荘清次郎の四氏を常務委員に推挙し,建築及び設備については物理学部を長岡半太郎,大河内正敏両博士に,又化学部を池田菊苗,井上仁吉両博士に嘱託した.

そこで委員長及び常務委員は設立の趣意書,計画書及び研究所の行なわんとする事業と産業との関係を明らかにした「理化学研究所の事業と産業界」を刊行して各方面に配布し傍ら実業家を歴訪して寄附の勧誘に努められたところ,富豪及び篤志家より多数の寄附金が集って,大正6年3月19日迄にその申込総額二百十八万七千円に達した.渋澤男爵は設立者の総代となって東京府知事を経て農商務大臣に財団法人理化学研究所の設立を申請した.農商務大臣よりは直ちに指令第3692号をもって許可された.実に大正6年3月20日である.

当所設立の事,天聴に達し大正6年4月26日金壱百万円御下賜の恩命に浴した.当所は大御心にそい奉らんが為,恩賜金は基金として永遠に保存する事に決議せられた.

当所の総裁には皇族を奉戴することに定められて居る.初代総裁には大正6年3月28日伏見宮貞愛親王殿下を奉戴した.殿下には大正12年2月4日薨去あらせられたので新たに,伏見宮博恭王殿下を奉戴し今日に及んで居る.

当所の所長は大正6年設立当時,理学博士菊池大麓氏であったが,就任後間もなく急病にて卒去され,同年10月工学博士男爵古市公威氏がその後を継がれた.男爵は設立匆々非常に多忙の際,熱心にその職に尽されたが,劇務の為健康を害せられ大正10年9月辞任された為,爾来工学博士子爵大河内正敏氏が就任し今日に及んで居る.

第3章 組織

会員・役員

当所は昭和17年1月1日現在において法人組織による会員178名で,役員は総裁1名,理事15名,監事2名,評議員50名である.現役員諸氏は下記の通りである.

総裁 伏見宮博恭王殿下

理事 原邦造,本多光太郎,平賀譲,大橋新太郎,大河内正敏,片山正夫,内藤久寛,長岡半太郎,牧田環,青木菊雄,監原又策,小島新一,森村市左衛門,菊池豊三郎,鈴木梅太郎

監事 三井高公,宝来市松

評議員 市来乙彦,原邦造,浜口儀兵衛,浜口吉右衛門,西野元,大谷登,結城豊太郎,河上弘一,堀越角次郎,本多光太郎,宝来市松,平賀譲,内田祥三,寺澤寛一,大橋新太郎,大河内正敏,川崎八右衛門,勝田銀次郎,貝島合名会社,片山正夫,大久保利賢,田中平八,高峰保全株式会社,明石照男,内藤久寛,中村房次郎,長岡半太郎,内田信也,久原房之助,山下亀三郎,前田利為,松本健次郎,松方幸次郎,牧田環,藤原銀次郎,藤井栄三郎,青木菊雄,三井高公,南満洲鉄道株式会社,監原又策,小島新一,椎名悦三郎,株式会社十五銀行,森下博,森村市左衛門,菊池豊三郎,永井浩,鈴木岩治郎,鈴木梅太郎

職員

職員は昭和17年1月1日現在において所長以下1533名であってこれを大別すると以下の如くである.

研究に直接従事する者829名

内訳 主任研究員33

研究員45

助手,技師,技手105

研究生142

嘱託192

技手補,雇以下312

研究の介助をなす者49

工作実習中の者174

試験作業に従事する者426

雑役に従事する者55

合計1533

創立以来職員数の漸増状況は第1図に示す如くで図に明らかなる如く年を逐うと共に増加し,特に昭和10年以降は急激に増加を示して居る.昭和16年度において少しく減員を見たのは会社が創立され職員の一部が当該会社に移管された為である.

第1図

研究室

当所は大正6年創立以来大正10年12月迄は物理及び化学の二部に分れ,物理部長に理学博士長岡半太郎氏,化学部長に理学博士池田菊苗氏が就任されて居ったが,大正11年1月以来研究室制が敷かれ,14の研究室が創立された.各研究室は主任研究員の名を冠し,その室における研究はすべて主任者の責任において極めて自由なる方針とし,研究室は人員の多少,研究の性質に依り,それぞれ独立の予算を割当てられる事となった.以来25年今日においては研究室の数は33の多きに達し,各研究室は少なきは6名より多きは100名,平均24名の室員を擁して研究に従事して居る.

主任研究員は各研究室の主脳者として室員を指導督励し研究成果を挙げる責任者である.主任をも含み研究員数は現在78名であるが,当所において研究員と称する者は研究の最高幹部であり研究員総会を通じて当所の枢機に参画するの機会を与えられる.研究員たるには一名の推薦者,二名の賛成人より推薦状をもって所長に具申し所長は研究員総会にはかり会員の四分の三の得票を得る事を要する制度になって居る.助手,技師,研究生らにも多くの学位保有者がある.ちなみに当所職員の学位保有者は昭和17年1月末日現在下記の如くで総数124名である.

理学博士83名

工学博士20

農学博士15

医学博士6

合計124

各研究室一覧は下表の如くである.表中研究室は創立順,50音順に配列した.

研究室一覧(昭和17年1月1日現在)

(理博ハ理学博士 工博ハ工学博士)

研究室名 主任研究員 創立年月 室員数 {研究員 ソノ他 合計}

飯盛研 理博飯盛里安 大正11年1月 2名 20名 計22名

大河内研 工博大河内正敏 大正11年1月 3名 38名 計41名

片山研 理博片山正夫 大正11年1月 3名 16名 計19名

喜多研 工博喜多源逸 大正11年1月 3名 26名 計29名

鈴木研 農博鈴木梅太郎 大正11年1月 9名 88名 計97名

高嶺研 理博高嶺俊夫 大正11年1月 5名 15名 計20名

長岡研 理博長岡半太郎 大正11年1月 2名 10名 計12名

西川研 理博西川正治 大正11年1月 4名 22名 計26名

本多研 理博本多光太郎 大正11年1月 3名16名 計19名

真島(利)研 理博真島利行 大正11年1月 6名 34名 計40名

和田研 理博和田猪三郎 大正11年1月 4名 9名 計13名

石川研 理博石川総雄 大正11年7月 1名 12名 計13名

石田研 ドクター・オブ・フィロソフィ石田義雄 大正12年4月 2名 14名 計16名

久保田研 理博久保田勉之助 大正12年4月 2名 14名 計16名

西研 工博西健 大正12年4月 2名 13名 計15名

真島(正)研 工博真島正市 大正12年4月 1名 19名 計20名

木村(正)研 理博木村正路 大正13年5月 1名 9名 計10名

瀬藤研 工学士瀬藤象二 大正14年9月 2名 10名 計12名

木下研 工博木下正雄 大正15年6月 1名 22名 計23名

仁科研 理博仁科芳雄 昭和6年7月 3名 97名計100名

磯部研 理博磯部甫 昭和7年6月 4名 40名 計44名

飯高研 工博飯高一郎 昭和8年4月 1名 25名 計26名

野口研 工博野口孝重 昭和8年4月 1名 12名 計13名

深川研 理博深川庫造 昭和8年4月 2名 22名計24名

清水研 理博清水武雄 昭和11年5月 1名 20名 計21名

辻研 工博辻二郎 昭和12年12月 1名 18名 計19名

赤平研 工学士赤平武雄 昭和14年7月 1名 14名 計15名

青山研 理博青山新一 昭和15年7月 1名 11名 計12名

海老原研 工博海老原敬吉 昭和15年7月 1名 7名 計8名

菊池研 理博菊池正士 昭和15年7月 1名 16名 計17名

木村(健)研 理博木村健二郎 昭和15年7月 1名 10名 計11名

星野研 理博星野敏雄 昭和15年7月 1名 5名 計6名

稲葉研 理博稲葉見敬 昭和16年6月 3名 22名 計25名

合計  研究員78名 ソノ他726名 計804名

過去研究室

研究室名 主任研究員 創立年月 廃止年月

池田研 理博池田菊苗 大正11年1月 昭和7年6月 現磯部研究室継承

鯨井研 工博鯨井恒太郎 大正11年1月 大正14年9月 現瀬藤研究室継承

田丸研 理博田丸節郎 大正11年1月 大正11年9月

浅原研 理博浅原源七 大正12年4月 昭和3年3月 池田研究室ヨリ分離成立シタルガ現磯部研究室継承

西村研 理学士西村常吉 大正12年4月 昭和2年12月 同ジク池田研究室ヨリ分離成立シタルガ現磯部研究室継承

鈴木(庸)研 理博鈴木庸生 大正12年月 昭和16年1月 現稲葉研究室継承

寺田研 理博寺田寅彦 大正13年5月 昭和10年12月 現清水研究室継承

井口研 工博井口春久 昭和8年4月 昭和12年11月 現辻研究室継承

第4章 業績概観

Ⅰ.業績総覧

当所における研究は基礎物理学,応用物理学,無機及び理論化学,有機及び生物化学など多方面に亘って居り研究項目は第2図に示す如く年を経ると共に漸次増加し現在登録されて居るものは457である.研究結果は毎年6月及び12月の二回に催される学術講演会において発表せられるが,毎回約200の新しい発表がある.報告は邦文及び欧文の双方で出版されるが,邦文は理化学研究所彙報として,欧文はThe Scientific Papers of the Institute of Physical and Chemical Researches,Tokyoとして両者とも毎月一回出版される.つい近年迄は欧文報告は世界各地に配布され欧米人に広く読まれ,本邦学界の発表として重きをなして居った.創立以来昭和16年迄に出版せられたるもの,邦文報告1686篇22343頁,欧文報告1072篇13848頁でありその累年出版状況は第3図及び第4図の如くである.

第2図

第3図

第4図

当所における研究により学位を授与せられたる者は総数118名で下記の如くである.(昭和16年2月調べ)

理学博士75名

工学博士22

農学博士18

医学博士3

合計118

なお当所は研究者を養成し研究を進めつつある他に多くの科学者を社会に送り出してゐる.即ち当所に入所勉学研究をなし,後に各地帝国大学,私立大学,専門学校などの教授,助教授などに任用せられたる者は93名(昭和16年2月1日現在)の多きに上って居る.

又当所における研究の結果により帝国学士院を始め多くの機関より褒賞せられたるもの66件に及んで居る.以下にその研究項目及び人名を研究室別に記載する.

当所における研究業績により褒賞せられたもの

(研究室名50音順)

所属研究室 受賞者 褒賞名 研究事項 受賞年月

青山研 青山新一 日本化学会桜井賞 低温化学に関する研究 昭和16.4

同 神田英蔵 同上 同上 同日

赤平研 赤平武雄 日本ラヂオ協会功績賞 高電気抵抗体の研究及び製作 昭和12.4

飯盛研 飯盛里安 武部俊正 日本化学会桜井褒賞 ハロゲン化銀電極を用ゐる活光電池の増感並びにその応用 大正10.4

石川研 石川総雄 日本化学会桜井褒賞 化学変化の熱力学的研究 昭和6.4

大河内研 渡邊俊平 帝国発明協会進歩賞 音響記録方式(トーキーの録音方式) 昭和8.4

同 大河内正敏 海老原敬吉 帝国発明協会恩賜記念賞 ピストンリングの研究 昭和8.4

同 大河内正敏 海老原敬吉 帝国発明協会大賞 同上 同日

同 今富祥一郎 帝国発明協会特等賞 マグネシウム電解装置 昭和10.5

同 大河内正敏 今富祥一郎 帝国発明協会恩賜記念賞 マグネシウム製造法 昭和13.3

同 同氏 帝国発明協会大賞 同上 同日

同 大越諄 日本学術協会賞 ミリングカッタの研究 昭和11.10

同 同氏 服部報公賞 切削工具に関する研究 昭和15.10

同 田口泖三郎 日本学術協会賞 トーキーに依る日本語の研究 昭和12.8

同 大山義年 同賞 粒体の混合の研究 同日

片山研 水島三一郎 日本化学会桜井賞 電波の吸収 昭和4.4

同 同氏 帝国学士院学士院賞 分子の極性(並びにラマン効果) 昭和13.5

同 堀内寿郎 帝国学士院恩賜賞 反応機構論 昭和15.5

同 久保昌二 日本学術協会化学賞 気体の透電恒数 昭和15.9

同 千谷利三 服部報公賞 同位元素の化学 昭和15.10

木村(正)研 宮西通可 福岡日日新聞文化賞 不知火についての研究 昭和15.4

同 同氏 日本学術協会賞 不知火の神秘性について 昭和16.8

菊池研 菊池正士 服部報公賞 陰極線の結晶による回折の研究 昭和6.10

同 同氏 帝国学士院メンデルホール賞 同課題 昭和7.5

久保田研 久保田勉之助 日本化学会桜井褒賞 有機化学における接触反応の研究 大正14.4

鈴木研 鈴木梅太郎 帝国学士院学士院賞 オリザニンの研究 大正13.6

同 同氏 帝国発明協会恩賜記念賞及び大賞 オリザニンの発明 大正15.9

同 同氏 帝国発明協会特等賞 合成清酒の製法 昭和4.10

同 同氏 独逸自然科学学士院会員 オリザニンの発見及び蛋白化学の研究 昭和7.2

同 高橋克己 帝国学士院学士院賞 ビタミンAの研究 大正13.6

同 同氏 日本化学会賞 ビタミンAについて 大正13.4

同 同氏 帝国発明協会特等賞 同課題 昭和4.10

同 鈴木文助 帝国学士院恩賜賞 脂肪酸及び之を含有する生物体成分の研究 昭和8.5

同 佐橋佳一 日本農学会賞 オリザニン成分B酸の研究 昭和5.4

同 武居三吉 帝国学士院学士院賞 デリス根の有効成分ロテノーンの化学的構造に関する研究 昭和9.5

同 前田司郎 日本学術協会賞 蛋白質分解物をもちゆる動物飼育試験

昭和12.8

同 佐橋佳一 武内邦次郎 島本鶴造 伊木常安 帝国発明協会特等賞 B(10)オキシカンファーの製法 昭和16.3

同 藪田貞治郎 下瀬林太 大岳六郎 同賞 ベンゾールより触媒酸化によるマレイン酸の製法 昭和16.3

鈴木(庸)研 鈴木庸生 桜井季雄 帝国発明協会進歩賞 ウルトラヂンの発明 大正15.9

同 同氏 帝国発明協会優等賞 同課題 昭和4.10

同 桜井季雄 日本学術協会賞 赤外線写真の研究 昭和10.10

同 同氏 服部報公賞 感光色素の研究 昭和12.10

瀬藤研 植木栄 瀬藤象二 帝国発明協会賞 アルミニウム電気絶縁性皮膜の製法 昭和10.5

同 瀬藤象二 宮田聡 日本学術協会賞 アルミニウムの電解酸化の機構 昭和10.10

同 宮田聡 帝国発明協会賞 乾式電解蓄電器 昭和16.3

高嶺研 高嶺俊夫 帝国学士院恩賜賞 スタルク効果の研究 大正11.5

辻 辻二郎 帝国発明協会恩賜奨励金 光弾性実験の発明 昭和6.-

同 同氏 帝国学士院恩賜賞 光弾性実験の研究 昭和8.5

長岡研 長岡半太郎 文化勲章 昭和12.4

同 同氏 Honorary Doctor of Science, Cambridge University, England. (英国ケンブリッジ大学名誉博士号)  大正14.9

同 同氏 Honorary Member of Leningrad Academy of Science. (レニングラード科学アカデミー名誉会員) 昭和8.-

同 杉浦義勝 服部報公賞 プロトンの回折現象の研究 昭和7.10

西川研 中泉正徳 服部報公賞 癌の集光照射療法 昭和13.10

同 仁田勇 日本化学会桜井褒賞 X線による結晶構造の研究 昭和14.4

西研 西健 浅野奨学賞 高電圧工学の理論的及び実験的研究 昭和8.1

深川研 小竹無二雄 日本化学会真島賞 有機化合物構造式決定の研究 昭和16.4

本多研 本多光太郎 文化勲賞 昭和12.4

同 同氏 ベッセマー賞 鉄鋼に関する研究 大正11.4

同 同氏 製鉄功労賞 同課題 大正15.4

同 同氏 帝国発明協会賞 同課題 昭和5.5

同 同氏 エリオットクレッソン賞 同課題 昭和6.5

真島(利)研 黒田チカ 日本化学会真島賞 紅の色素カーサミンの研究 昭和11.4

同 尾形輝太郎 服部報公賞 感光色素の研究 昭和12.10

同 同氏 帝国学士院学士院賞 感光色素合成の研究 昭和16.5

同 川合真一 日本化学会真島賞 エゴノールの研究 昭和15.7

和田研 和田猪三郎 日本学術協会賞 理科教育への貢献 昭和15.8

当所創立以来25年間においてなされたる研究の内容は上記の邦文及び欧文報告に詳細が載って居るがその数は広範囲に亘り夥しき数となるのでそのおのおのについてここに記載する事は不可能であるが,これらのうち比較的理解しやすく,一般に興味あるものを選び以下の各章にその概要を記載する.ここに記載するのは既に一応研究を完成し,発表せられたるものに限定した.いまなお研究途上にあるものはこの他に多数あると了解されたい.元より研究に終りは無いのであるからここに記載するものといえどもいまなお引続き研究せられて居る事は言う迄もない.又学術上非常に重要なものでも,内容のあまりに難解なるものは省略する事にした.多数の研究につき極めて限られたる紙面の内に記述しなければならぬ関係上,極端に要約してあるので委細を尽し得ぬのは勿論であって,個々の問題に興味を持たれる読者は当所既刊の出版物或いは研究者自身について詳細を究められたいと思う.

以下の各章においては研究の種類により基礎物理学,応用物理学,無機及び理論化学,有機及び生物化学の四類に分類したが,研究に多角的な面が多く上記の四類に明確に分類する事は困難な場合が多々あるので分類は便宜的なものと御承知願いたいのである.

Ⅱ.物理学関係

1.スペクトルの研究

原子,分子などの構造を究め又固体の状態を明らかにするには,それらが種々の状況において発輝ならびに吸収する光を,分光学的に調べることが有力な手段である.当研究所においても創立以来この種の研究の行われたことは夥しいものであるが,今その中数例を挙げると次の通りである.

極端紫外部スペクトルの研究

原子,分子の生ずるスペクトル線は,これを分光器で調べると様々な構造を有することが知れる.これは原子核を包囲して居る電子が色々の状態にある為であって,これを研究することによって原子や分子の核外電子の構成状況を明らかにすることができる.

人の眼に感ずる位な波長の光線,ないしは波長が短くて肉眼には見えないいわゆる紫外線の中でも,余り波長の短くないものを研究するには,分光器としてプリズム及び回折格子を使用する.しかし更に短い波長の紫外線はプリズムやレンズの材質によっても,又空気によっても吸収せられ,その上スペクトルを写真に撮影する場合,普通の写真感光材料には感光しない.

それゆえ波長1800オングストローム(1800×10-8乗㎝)以下のいわゆる極端紫外部スペクトルの研究には,凹面回折格子を真空中に装備し,シューマン乾板と称する特殊感光乾板を使用して,真空中でスペクトルの写真撮影を行ういわゆる真空分光器が用いられる.この種の分光器が用いられ始めたのは,分光学上比較的近年の事であるが,高嶺俊夫博士はやくよりシーグバーン型真空分光器を用いてこの方面の研究に着手し,爾来十年今日迄幾多の貴重な業績を挙げて来た.現在は高嶺研究室に大小あわせて5台の真空分光器が備え付けられ,この方面の研究に貢献して居る状態である.

これらの研究により原子,分子を構成する核外電子の,主に高いエネルギー状態が明らかにせられるのである.

スペクトル線の超微細構造

プリズムや回折格子分光器を用いて分解すると単一なスペクトルと見える線も,階段格子,ファブリー・ペロー干渉計,ルンマー・ゲールケ干渉計などを用いて更にこれを分解して見ると,いわゆる超微細構造と称する複雑な構造をもって居ることが知れる.これは原子核の構造が核外電子の状態に反映したものであって,これを研究することによって,原子核の有する角運動量又は磁気能率などを求めることができる.最近原子核の研究がさかんになってスペクトルの超微細構造が注目せられるようになったのであるが,この研究に最初の歩を進めたのは長岡半太郎博士であって,水銀や蒼鉛のスペクトルは既に廿数年前研究に着手せられたのであった.その後原子核の構造と関連して各国においても同様の研究が進められた.

なお長岡博士はこの研究に引続きネオン原子の生ずるスペクトル線の超微細構造をしらべ,これがネオンの二つの同位元素に基因することを明らかにした.同位元素とは核外電子の構造は同じであって,原子核の質量だけ異なってゐる原子より成る元素を言うのである.

スペクトル発輝方法の研究

同じ原子の生ずるスペクトルも,その発輝方法によって異なるものである.長岡半太郎博士は諸種の方法により生ずるスペクトルを研究した.例えば放電管内に電極を有せず管外に電線をまいた無極放電,蓄電器の瞬間放電により生ずる爆発放電,超短波電気振動による放電などの際生ずる光を分析した.その結果は星の発光状態を推論するに役立ったのである.

又孤光燈のスペクトル的研究は光源の問題にすくなからず寄与する所があった.

シュタルク効果の研究

光源を強い電場内に置くと,発輝せられるスペクトル線は各何本かの線に分岐する.この現象を発見者の名に因んでシュタルク効果と言い,原子又は分子構造を研究するに有力な手段の一つである.石田義雄博士及びその共同研究者らは,ロスルドの考案した方法を用いて,極めて高い電場を得ることに成功したので,これにより諸種の元素の原子の生ずるスペクトルのシュタルク効果を研究した.

原子番号の低い元素のシュタルク効果は理論的に計算し得るので,これと実験結果との比較をするため,最初に水素,次いでヘリウムに就いて研究した.その結果水素,イオン化ヘリウム及びヘリウムに関する実験値は,波動力学による計算とよく一致することを証明し得た.

この他リチウム,炭素,イオン化炭素,酸素,イオン化酸素,ネオン,イオン化ネオン,アルミニウム,イオン化アルミニウム,水銀及びイオン化水銀などのシュタルク効果を研究して興味ある結果を得た.

2.感光電導層の研究

二、三の重金属の硫化物又はセレン化物,例えば蒼鉛硫化物(Bi-S),タリウム硫化物(Tl-S),アンチモンセレン化物(Sb-Se),カドミウムセレン化物(Cd-Se)などを,真空蒸発により絶縁物,例えば雲母の上に皮膜として凝着せしめると,それらの皮膜はいずれも半導体であり,且つ光電伝導効果,即ち光の照射により電気伝導度を増加する性質を示すものである.

浅居ちか博士は木村正路博士の下で多年この感光電導層の研究に携わり,その性質が皮膜の製法により著しい差異を示すことを認め,如何にして光電伝導効果を大ならしめ得るかを究明した.即ち皮膜の製法を適当にすること,換言すれば真空蒸発の際における物理的条件を特定にすることにより,感光電導度を増大することを発見し,又熱処理及び増感剤処理などの後処理を適当に施すことによりても,著しく感度を増進させ得ることを明らかにした.

Bi-S,Tl-S,Sb-Se-Cd-Seなどの感光電導層は,かかる研究結果に基づき製作したものであるが,中でもBi-Sは感度が最大であって,数十ないし数百mA/lumen程度の電流感度を示すものもある.

これらの感光電導層の特性を略述すれば,いずれも光の無い時10の8乗ないし10の10乗オーム程度の暗抵抗を有して居るから,増幅器と組合せて光電流を拡大するに便利で,実用価値が大きい.又可視,近赤外両域にわたり感度を有し,殊に近赤外領域(λ7500Å~λ10000Å附近)における感度が高いから,輻射測定装置として利用されるであろう.

3.燐光並びに蛍光に関する研究

種々の物質を外部より光で照射すると,その物質特有の光を発する.その中で照射が止めば殆ど同時に発光の止むものを蛍光と言い,照射を停止しても尚発光が比軟的長く続くものを燐光と言うのである.

燐光体に関する研究

最近になって燐光体は放電管照明,テレヴィジョン受影,燈火管制下の危険防止などに応用せられ世人の注意を惹くようになった.

しかしてこれらの応用においては,目的に従って残光時間の長短,発光色の種別などが問題となるわけである.従って燐光体の性質,発光の機構を明らかにすることは,純学術的見地からも又良好な燐光体を作るという応用の立場からも大切なことである.

内田洋一博士は昭和12年頃より,木村正路博士の下で分光学の一部門として燐光体の研究を行って来た.燐光体は基体と称する純粋物質の中に,微量の不純物を含むことを必要とする.この不純物を活性化体と唱える.内田博士の研究は若干の燐光体における活性化体の作用を明らかにしたもので,Au,Ag,Cu,Mnなどの金属を活性化体とし,CaO又はMgOを基体とした燐光体の,発輝並びに吸収スペクトル及び光電伝導性をしらべ,これらを比較対照することにより,各活性体が各基体中に存在する様式並びに発輝と吸収とにおける電子の状態転移を明らかにした.

蛍光物質の基礎的研究並びにその測光への応用

固体の燐光及び蛍光は,量子力学における固体論の立場から理論的に説明せられるものである.加藤甕雄学士はこの見地より木村正路博士の下で蛍光並びに燐光の基礎的機構の研究を行って居る.しかして従来の研究は主として微粉末状の蛍光物質を材料とした為,定量的研究が困難であったことに鑑み,実験材料として特に均質な蛍光物質を選んだ.

即ち人工的に製作したNaCl,KClなどの結晶を基体とするアルカリハライド燐光体及び蛍光性色素溶液が主要な研究対象である.

研究結果の一として,多数の光学的に均質な蛍光物質にあっては,その蛍光強度は,刺激光の波長が或る範囲内で変化するも,常に刺激光中に含まれる光子の数に比例するという法則を確かめた.

この結果の応用として可視又は紫外線中に含まれた光子の数を測定する新輻射測定法を考案した.この方法は従来の熱電堆などによる輻射エネルギーの測定法に比べて精密度高く,且つ感度が100ないし10000倍も大きい.

更にこの新輻射測定法を基礎として,肉眼の視感度曲線に極めて近似したスペクトル感度を再現する光電測光器,いわゆる人工眼を製作し照明学会に提案した.最近蛍光放電燈を始め従来の電燈とは光の色を異にする光源が現われ,それらの測光が重要問題となって居るが,本研究はこれに対する一つの回答を与えたものである.

4.不知火の研究

宮西通可博士は九州有明海における不知火の原因を現地において研究し,これが漁火の異状屈折に基因することを明らかにした.

5.油滴法に依る電子荷電量の精密測定

一国の科学及び技術の水準は,各領域において到達し得る最高の精密度によっても判定し得ると言われて居る.

1916年石田義雄博士は当時米国シカゴ大学の教授であったミリカン博士の下において,親しく油滴法による電子荷電量の測定に従事したのであった.その結果として発表せられた値はその後結晶-X線法による測定値が発表せられる迄の15年間,最も精確なものとして学界の認めた所である.

しかして結晶-X線法の結果も,ミリカンの用いた数式において,空気の粘性係数を含む一項の補正を要求したのみであって,実験それ自体に関しては依然としてなんら疑の余地は無いものとせられた.

然るに石田博士はその当時より既にこの測定の確実さに疑いを抱き,帰朝後当所において共同研究者と共にこれを追試した結果,ミリカンの実験それ自体に存する本質的欠陥を発見した.即ちこの方法は油滴に対する膠質学的考慮を払わなければ,正当な測定値を求め得ぬことを実証した.

なおここにのぶべきは,かかる基礎研究に関連して全く予想外の衣服原料たる鯨繊維の発明が誘導せられたことである.これはなんら応用を目的とせざる基礎研究が,重要なる応用の結果をもたらした一例であって,応用的見地よりするも基礎研究の大切なことを示すものである.

6.絶対温度零度は摂氏温度目盛りで零下何度であるかを決定した研究

温度には理論上最低限があって,これが絶対零度である.氷の融点を零度,水の沸点を100度とする摂氏温度目盛りでは,この絶対零度は零下約273度であるが,これを出来るだけ精密に測定したのが木下正雄博士と大石二郎学士との研究である.

絶対温度は理論上吾人の到達し得ない温度ではあるが,気体例えば空気,水素,炭酸瓦斯などが,氷点から水の沸点までの間でいかほど膨脹するか,又膨脹を許さなかったならばいかほど圧力を増すかを測定し,これと同時にこれら気体がボイル・シャールの法則で定義されるいわゆる理想気体から,氷点ではどれだけ,水の沸点ではどれだけの狂いがあるかをも測定すれば,理気想体の膨脹率が計算できる.この逆数が絶対零度の温度値であって,今日までに世界各地で得られた信頼できる数値は,

―273°.14和蘭ライデン低温研究所

―273°.15日本理化学研究所

―273°.16独逸ベルリン国立研究所

の三つであり,この平均値-273.°15を以て万国標準値とすることを,万国度量衡会議で決定しようとして居る時,今次の世界戦争が始まってしまった.

7.瞬間写真法の研究

極めて短時間に終了する現象を撮影するには,自働的に最適の露出時刻を捕捉して撮影を実行するなんらかの機構を必要とする.この問題は造兵学上最も重要なもので,古来諸種の方式が案出されて居るが,未だ100万分の1秒の精度を以て,何回でも狂いのない撮影を行い得る装置は無かった.清水武雄博士並びに平田森三博士は,従来と全く異なった一つの新しい方法を研究して右の精度に到達することに成功した.それは有窓真空管とも名づくべき一つの新装置による火花誘発法である.この方法は既に銃丸の飛行状態,銃丸の甲鈑破貫状態などの研究に利用されてゐるが,最近において両博士は従来この種の超高速写真では殆ど望まれなかった反射光線による撮影に成功した.これによると飛行中の弾丸の回転運動までも正確に測定することが出来る.将来この方法の利用の途は次第に広くなるものと考えられる.

8.精密な定電圧を供給するエリミネーター電源

多くの実験には,極めて精密な定電圧の電源を必要とするものであるが,電池では大電力又は高電圧に適せず,又取扱いに不便を感ずる場合がしばしばである.

加藤甕雄学士は既述の蛍光物質に関する基礎的研究に際し,蛍光,燐光を測定する光電子計数管に加える直流電圧を,電源電圧に大きな変動があっても,常に精密に一定に保持する自働電圧調整回路を考案した.

この方式は精密度が大きいのみならず,電源電圧の変化による出力電圧の変動と,負荷電流の変化による出力電圧の変動とを,同時に除去し得る特徴がある.換言すれば電圧が実用上全く変動せざるのみならず,内部抵抗が零のエリミネーター電源が実現せられた訳であって,その出力電圧の変動は通常0.01%程度である.

この電源を応用して電磁オシログラフ用三段直流増幅器を試作した所,その感度が10amp/volt程度に達する迄満足な結果が得られた.従来多段の直流増幅器はその利点を認められながらも,電池を多数必要とし且つ不安定となり易いため,余り利用されない傾向があった.この電源を利用すれば,交流電源のみで働作する,取扱いの簡単な高利得の増幅器を製作することができる.

9.電波伝播に関する研究

長岡半太郎博士の電波伝播に関する研究はつとに斯界に知られた所であるが,比較的近年の研究としては流星の電波伝播に及ぼす影響がある.即ち流星はその走路に沿いイオンを作るものと考えられるから,流星が多数出現する場合には電波の伝播に影響あるべきことを指摘した.その後の実験結果はこの説を支持するようである.

又電離層に関する諸種の問題を研究し,殊に電波伝播に対してフェルマ定理を応用し,光の場合と同様の取扱いを示したことは注目すべきである.

10.地球物理学並びに天体物理学に関する研究

長岡半太郎博士により地球物理学及び天体物理学の諸問題に,多くの新しい考察が加えられたことは周知の通りである.例えば地殻の平等性を論じて,金属材料の破壊試験に際して生ずる辷線の概念を導入し,大陸又は島嶼の海岸線が対数螺旋の曲線をなして居ることを指摘した.

又同博士の考案に成る熔融水晶で作られた振子は,各地の重力測定に大きな貢献をなし,地殻の構造,地震の研究に寄与する所すくなからざるものがあった.

最近同博士は極めて敏感な誘導磁力変動計を案出し,僅かな磁力の変化をも検出し得ることとなった.これを火山の近傍に据付けて置けば,噴火に際して生ずる地磁気の変動を明瞭に記録することが出来て,火山の研究に一新要素を加えることになった.

なお附記すべきは,この磁力変動計はその有する高感度のため,他の多くの方面に重要な応用を見んとして居ることである.

最後に長岡博士の業績としてわするべからざるものは,諸テータ函数の数値表計算である.これは初め天体観測上重要問題となる望遠鏡の対物レンズの回折を解明する目的で作られたものであるが,今日はこれが物理学ないし電気工学において,円筒コイルの自己並びに相互誘導係数を計算する上に欠くべからざるものとなって居る.

11.超音波に関する研究

超音波の問題は近年多方面に応用を見つつあるが,当研究所においては木下正雄博士,吉岡勝哉学士その他の共同研究者によって,はやくよりその基礎的並びに応用的研究が積まれて行った.

即ち「空気中の湿度と音速度との関係」,「通常水と重水中の音速度」,「気体中の速度分散」「海水中の音速度」などの基礎研究を行う一方,超音波の応用部門の開拓に力が注がれて居る.

応用発展の基礎たるべき「強力にして信頼性を有する発生方法」に関しては,つとに反射板を利用する新水晶板支持装置を提唱したが,この装置は既に我が国の100に近い個所において,日々研究進展の推進力たる役目を果しつつある.現在木下博士,吉岡学士の有する超音波発生装置は,幾多の研究考案を経て,強度においては世界最高水準の5倍以上に,信頼性においては無線通信機と同程度の域に到達した.

超音波の応用可能の分野は頗る広汎であり,我が国においては各方面の専門家のたわまざる努力に依って躍進的研究の発展を見つつある.その結果として既に研究時代を脱して実用の域に達せる分野としては,結核を含む各種伝染性疾患に対する予防医学,写真工業,その他種々の化学工業などを挙げることが出来る.これら諸部門の幾つかは,その初期の研究が木下博士指導の下に誕生せるものであるが,なお新領域の開拓を目指して熱心な研究が続けられて居る.

12.潤滑機構の研究

軸受などにおいて薄い油膜の潤滑作用を説明するために,「オイリネス」なる言葉が従来用いられて来たが,この言葉は瞹眛で且つ潤滑機構の内容には一向触れて居ない.

そこで木下正雄博士指導の下に菅義夫学士らは,昭和5年頃より油の高圧粘度などの潤滑の基礎的諸問題について研究して来たが,近年は電子回折法を用いて,金属表面における油脂分子の規則正しい配列の有無を検することにより,大体所期の目的に必要な基本的の成果を得つつある.

13.電気火花の研究

従来この種の研究は短い電気火花について行われ,長いものについては余り研究せられなかったものであるが,故寺田寅彦博士は中谷宇吉郎,湯本清比古両博士らと共にこれに着手した.即ちこの研究は,主として電極間の距離が電極の大きさに比べて大きな場合,即ち不均整電場における電気火花の形状及びその生成機構を調べたものである.

長い電気火花は短いものと異なり,電極間の最短距離を進まず,あたかも空間に障害物があるかのように屈曲を重ねて進むものである.その形はアルミニウム粉末を塗布した膜面上の沿面火花に似て居る.又回路に電気漏洩のある場合,例えば陽極に針を附けて置くと,火花は陽極部,中間部及び陰極部に明瞭に区別し得るいわゆる「三部火花」を生ずる.しかして火花の形は電極周囲の瓦斯の種類によって変化するものである.

このような不均整電場で発生する火花は,ブラシ放電をその先駆として伴うものであるが,故寺田博士らの研究では,その先駆放電を水晶蛍石レンズによって撮影することに成功し,種々の瓦斯内における,そして又種々の形の電場下における先駆放電の性質を明らかにした.

その結果として長い電気火花の特異な形の生成機構を判明させ,電光の長さの問題について一示唆を与えた.その推定は後にショーンランドの電光の研究によって確かめられた.

その後中谷博士は山崎文男学士の協力によって,この先駆放電の更に以前に,イオン化分子の配置より成る放電路が存在することを,ウヰルスン霧函写真の方法によって撮影して上記の研究を補足した.火花前放電の霧函写真が得られたのはこの研究が最初である.

14.雪の結晶の研究

中谷宇吉郎博士はその共同研究者らと雪の結晶に関する立ち入った研究を行った.

この研究の前半は,我が国において観測し得る天然雪の結晶の顕微鏡写真多数をとり,その一般分類を行い,且つその各型について,質量,落下速度,電気的性質などを測定するにあった.これがため札幌及び十勝岳において約4000枚の顕微鏡写真を撮影し,大体所期の目的を果し得たのである.

次にこの研究の後半では,これら各種の雪の結晶を実験室内において人工的に製作し,その生成条件を調べたのである.雪の結晶の人工製作は最初の試みであったが,低温室内において暖かい水蒸気を自然対流によって上昇させ,寒冷な所に置いた兎毛上の一点に凝縮せしめる方法によって成功した.研究の結果,雪の結晶の形は主として気温と水蒸気の過飽和度とによって決定されることを知り,結晶の形と外的条件との関係が調べられた.

15.X-線に関する研究

X-線に関する物理学的研究は,主として西川正治博士及びその共同研究者らによって行なわれた.その大要は次の通りである.

結晶構造の研究

X-線は結晶構造を研究するに最も有力な方法であるが,西川博士は最初斜方晶系に属する結晶構造を決定する方法を研究し,その例として輝安鉱,硫黄,アルカリ及びアルカリ土金属の硫酸塩などの結晶を取扱った.更に仁田勇博士は西川博士の下に有機化合物のX-線解析に着手し,メタン誘導体及びこれに準ずる簡単な脂肪族化合物,ヨードホルム,ペンタエリスリット,蟻酸塩,硫尿素などの結晶構造を決定した.殊にペンタエリスリットについては,仁田博士は渡邊得之助博士と共に,独自の方法により精細な研究を行い,議論となって居たこの問題に解決を与えた.

結晶の完全度とX-線反射力

向坂義太郎博士は西川博士指導の下に,結晶のX-線反射力に及ぼす諸種の影響を研究し,結晶面を磨き又は腐蝕した場合のX-線反射力の変化を調べることにより,結晶の完全度を分類する一手段を発見した.この研究により完全な結晶にわざと不均一な歪を与えると,X-線反射力の増加することが予想されるが,西川博士,向坂博士,数元伊之助,福島栄之助諸氏は,実際完全結晶に温度傾斜又は器械的歪により不均一な歪を生ぜしめると,反射力の増加することを認め,又この現象を利用して水晶振動子の振動の実相を明らかにすることができた.

X-線スペクトル分析

吉田早苗博士は金属,合金及び化合物の,波長の長い発輝及び吸収X-線スペクトルの微細構造を研究して,化合状態がその構造に及ぼす影響を求め,更にこれら固体のエネルギー準位に関する興味ある結果を得た.

16.陰極線の回折に関する研究

陰極線の回折現象は,電子という物質が波動性を有することを端的に示すものであるが,西川研究室においては1ないし9万ボルト程度で加速した均一速度の電子を,種々の単結晶に当てて生ずる回折現象が研究せられた.即ち菊池正士博士は雲母の薄膜に速い電子の細い線束をあて,これを透して写真乾板上に生じた回折模様を見ると,数多の黒点と,幾組もの平行な黒線と白線との対が縦横に走って居る.方解石,岩塩などの単結晶の劈開面に斜に陰極線をあてても同様であることが西川,菊池両博士によって明らかにせられた.

この回折模様中にはX-線の場合と類似の現象によるものもあるが,特に黒線及び白線の群は陰極線に特有なもので菊池線と呼ばれてゐる.この線の示す色々の性質は篠原健一,菊池正士両博士が更に詳しく調べて理論的解説を与えた.

電子の回折は結晶の表面で行われるから,逆にこれを利用して結晶表面の研究が菊池博士及び中川重雄学士らによって始められた.

次に電子の偏りについても実験が行われた.

即ち速い電子を重い金属例えば金で二度散乱させると,光の場合の偏光と同様に,方向によって散乱強度の差異を生ずるか否かをしらべたが,鳩山道夫,木村一治両学士の結果によると,電子に加える加速電圧19万ボルト迄はなんらの差異が認められなかった.

菊池博士の陰極線の結晶による回折の研究に対しては帝国学士院メンデンホール賞及び服部報公賞を授与せられた.

17.原子核に関する研究

原子核に関する研究は,現在物理学界注目の的の一つであって,当研究所においても西川研究室,菊池研究室,仁科研究室及び長岡研究室の杉浦義勝博士及びその共同研究者によって研究が進められて居る.いずれも高速度イオンを発生させて,これを以て原子核を衝撃し,一つの元素を他の元素に変換させる.しかしてその場合に生ずる中性子,ガンマ線などの研究を行い,又は人工放射性元素を生成させてその特性を研究するのである.

高速イオン発生設備

現在高速イオンを作るに,高電圧加速の方法とサイクロトロンによるものとの二通りある.前者は西川研究室,菊池研究室及び杉浦博士らによって用いられ,後者は仁科研究室,菊池研究室において使われて居る.この中,西川研究室と仁科研究室とは協力して昭和10年原子核実験室を建設し,原子核物理学,生物学及びこれらに関連した広汎な研究に着手したのである.これは日本学術振興会,三井報恩会,東京電燈株式会社,日本無線電信株式会社,株式会社服部時計店の多大なる援助によってできたものであって,実験室は6棟より成り,総坪数約405坪である.

この内部の設備としては,約100万ボルトのコックロフト型高圧電源を有する加速装置,28瓲のマグネットを有する小サイクロトロン,210瓲のマグネットを有する大サイクロトロン及びこれらの附属装置がある.小サイクロトロンは重水素イオンに300万ボルトで加速したと同等の速度を与え,これにより後述の通り,種々の研究が行われて来た.大サイクロトロンは重水素イオンに1500万ないし2000万ボルトで加速したと同等の速度を与え得るもので,間もなく完成の予定である.

菊池研究室には約60万ボルトのコックロフト型高圧電源を有する加速装置と約25瓲のマグネットを有するサイクロトロンがある.後者は重水素イオンに500万ボルトで加速したと略略同等の速度を与えるもので,この両者を用いて色々の重要な研究が行われてゐる.

又最近高気圧の鉄槽に密閉したバン・ド・グラーフ型静電発電機を有する加速装置が建設せられつつある.

杉浦博士の実験室には80万ボルトのコックロフト型高圧電源を有する加速装置があり,西川研究室には別に30万ボルトの加速装置がある.

これを要するに当研究所における原子核研究装置は,我国随一のものと言って好いであろう.次にこれを用いて得られた研究成果を述べよう.

中性子に関する研究

中性子は電気的に中性で,電子,陽子(水素原子核)と共に物質を構成する根源的粒子の一である.即ち原子核は中性子と陽子とから構成せられて居る.従って中性子の性質を研究することは,原子核物理学の主要な問題の一となってゐる.

菊池研究室においては,中性子を発生させるに,重水素イオンを約40万ボルトの電圧で加速し,これを以て重水素原子核を衝撃する.そうすると重水素原子核が変ってヘリウム原子核と中性子とになるのである.菊池研究室で行われたのは,種々の速度の中性子を色々の物質にあてた場合に発生するガンマ線の研究と,速い中性子が物質により散乱される具合とである.特に重要と考えられる結果は,中性子の陽子による散乱の問題である.現在一般に信じられて居る理論の結論としては,中性子が陽子によって散乱される場合には,この両者の重心に対して静止した座標系から見ると,いずれの方向にも一様に乱らされる筈であるが,菊池研究室ではこれに反するような結果が得られた.この問題は目下尚追究中である.

又西川研究室では緩い速度の中性子の諸種物質による散乱並びに緩中性子が種々の原子核に捕捉される時の速度の問題が研究せられた.仁科研究室ではかような捕捉が元素により如何に異なるかが調べられ,又中性子によって起される種種の原子核反応の頻度の比が色々の元素について求められた.

人工放射性物質の研究

種々の元素を速並びに緩中性子で照射したり,高速イオンで衝撃すると,その元素は変換して放射能を帯びる場合がある.これを人工放射性元素或いは俗に人工ラジウムという.仁科研究室,菊池研究室,西川研究室ではかような元素の生成反応,寿命,放射線の種類,そのエネルギースペクトル,その他かかる原子核の重要な特性が詳細に研究せられた.

ウラン及びトリウム原子核の分裂

ウラン及びトリウムを中性子で衝撃すると,これらの原子核は二つに分裂して,その破片は大きなエネルギーを以て飛び出し,且つそれらは多くの場合放射性を示すものである.原子核実験室では速中性子を用いて分裂させた場合,どんな原子核ができるかを研究して興味ある結果を得た.

ガンマ線による陰陽電子創生の研究

波長の短いガンマ線を物質に照射すると,陰陽電子対を発生することが理論上知られて居る.西川研究室においては,弗素に高速陽子を衝撃させて元素変換を行わせる際に得られるガンマ線を用いて,この現象を詳細に研究した.結果は大体理論と一致するが,ガンマ線のエネルギーが二つの電子に分配され方において多少の不一致を見せて居る.

18.原子核反応に関連した生物学的並びに金属学的研究

原子核反応の際生ずる中性子,放射性物質などは今日生物学,医学,化学,工学などの領域に応用せられて,劃期的な進歩がもたらされつつある.原子核実験室においても多数この種の研究が行われた.

中性子の動植物に対する影響

中性子を動植物に照射した場合,その臓器,血液などに対し,又植物の成育に対し如何なる影響があるかが明らかにせられ,又蚕卵においてはその孵化率の変化が詳細に研究せられた.次に蚕,猩猩蠅,植物などに生ぜしめる突然変異がつぶさに調べられた.更に中性子が植物の光合成に極めて顕著な影響を及ぼす事,しかもその際呼吸は殆ど影響を受けぬことが解った.又中性子がソラマメの細胞の染色体並びに細胞質を破壊する状況につき研究せられ,次いでインフルエンザ濾過病菌に作用してその能力を喪失せしめることも認められた.

ナトリウム並びに燐の動植物における循環の研究

放射性物質はこれを指示剤として用うることにより,それらの物質が動植物に摂取せられて排出せられる迄の,循環過程並びにその速度を明らかに求めることが出来る.人工放射性ナトリウム並びに燐を用いて種々の動植物につきかような研究を行われた.又この方法により鼠の腎臓の生理的機能を明らかにし得た.

バクテリヤによるC4-ヂカルボン酸の合成

放射性炭素を指示剤として用い,大腸菌が炭酸瓦斯を吸収して種々の化合物より,林檎酸,フマル酸,アスパラギン酸などを合成する過程を究明した.

人工放射性元素の動植物に対する影響

人工放射性ナトリウム並びに燐を動植物に注射或いは摂取させ,その生理的影響を研究した.又放射性燐を兎に注射して血液像の変化を調べ,白血球の減少を防止すべき方法を研究中である.

放射性炭素による植物の同化作用の研究

放射性炭素を指示剤として用い植物の同化作用を研究してゐる.

窒素瓦斯と窒化物中の窒素との交換作用

放射性窒素を指示剤として用いて,窒素瓦斯と亜硝酸とを接触せしめた際,瓦斯状態の窒素と亜硝酸の窒素とが入れ換ることを認めた.他の窒化物溶液ではこの交換は殆ど行われない.

放射性窒素による植物の窒素固定作用の研究

放射性窒素を指示剤として用い,植物の窒素固定作用を研究してゐる.

金属の研究への応用

放射性金属を指示剤として用い,金属の拡散の研究を行った.

19.宇宙線の研究

宇宙線とは四季昼夜の別なく,地球の外から飛来する電気を帯びた粒子で,今日はそれが水素原子核であると云はれて居る.これが大気に入ると二次的に色々の放射線を発生するのであるが,エネルギーが大きいために,物質に対して驚くべき透過力をもって居る.こんなものが宇宙の何処でどうして出来たかは,今日全く不明の謎である.この研究は専ら仁科研究室において行われ,今日迄に数多くの成果を得たが,その概略を示せば次の通りである.

富士山における宇宙線の観測

昭和10年において行ったこの観測の結果,鉛5糎を通過するような宇宙線の強度は,富士山頂では東京の約2.7倍である.

日食と宇宙線

昭和11年北海道における皆既日食に際して,斜里岳において行った観測によれば,日食は宇宙線に対し何の影響をも及ぼさない.

清水隧道における研究

昭和11年以来鉄道省の援助によって行われた研究であるが,これにより宇宙線には1200米の岩石を貫くものもあることが知れた.但しそれは地上に来るものの約10万分の1に過ぎない.

緯度効果の研究

日本郵船株式会社の汽船に,宇宙線記緑器を托載して観測した結果,宇宙線の強度は地磁気緯度によって異なることが示された.これが緯度効果である.赤道地方の強度は南北地磁気緯度35°以上の地点に比べて約12%低いことが知れた.この結果より宇宙線のエネルギーが求められる.

地磁気嵐と宇宙線

磁気嵐と称して地磁気の変動することがあるが,この場合宇宙線の強度は地磁気の水平分力と平行に減少することが知れた.

宇宙線の温度効果

地上において,夏は冬に比べて宇宙線硬成分の強度が1~2%少ない.東京湾汽船株式会社の汽船に托載した宇宙線計によると,軟成分も類似の変化を示してゐる.これは宇宙線粒子の寿命が短いためで,逆にこの現象を高層気象の観測に利用し得る可能性がある.

中間子の質量の測定

上述の寿命の短い粒子は中間子と呼ばれるもので,地球外から水素原子核が,大気に入って作ったものと考えられる.ウヰルスン霧函で研究の結果,この粒子の質量は電子の約180倍従って陽子の約10分の1であることが解った.中間子の名はこれに由来する.この粒子の存在は湯川秀樹博士が原子核の研究において理論的に結論したものであった.

20.量子理論の研究

仁科研究室においては,従来量子論の研究が行われ,宇宙線並びに原子核の理論の諸問題に種々の貢献がなされて来た.そして現在は湯川秀樹,朝永振一郎両博士を始めとして,多くの有為な理論物理学者が明日の量子理論の建設に努めて居る.

殊に湯川博士の提唱した中間子の理論の発展に伴い,種々の困難な問題が前面に立ちふさがって来たので,これを如何にして打開するかが毎日論議の的となって居る.

更に最近に至って,地球外より来る宇宙線は陽子であるというアメリカの研究者達の実験結果は,理論家と実験家との緊密一体なる協力を要請し,この両面より熱心な研究が進めれつつある.

Ⅲ.応用物理関係

1.金属材料の性質及び製造に関する研究

バルクハウゼン効果の研究

強磁性体を磁化する場合に之に作用せしめる磁場を時間に対して連続的に変化せしめても,磁化は必ずしも連続的には進行せず,むしろ多くの場合間歇的不連続的に進行する.この不連続性が周知の如くバルクハウゼン効果となって現われる.この効果の研究は磁性材料を動的に磁化する通信材料の製作の基礎となる.本多光太郎博士の指導の下に岡村俊彦,広根徳太郎の両博士は数年来,鉄,ニッケル特に半導強磁性体のバルクハウゼン効果を研究しこれら物質の磁気的構造を明らかにするを得た.

白点成因の研究

ニッケル・クロム鋼の如き強靱なる鋼の製造作業においてしばしば生ずる困難はいわゆる白点の発生であって,之が防止は製鋼上緊急の問題である.本多光太郎博士は広根徳太郎博士と共に鋼材料冷却中に発生する熱応力と,鋼中に熔解せる水素の微細なる空隙内に折出して生ずる圧力とを研究して白点の成因を鮮明し,上記鋼材の製造法上貢献する所が多かった.

磁気分析法

鋼その他の合金内に生ずる諸種の相の変化は磁気の強さに鋭敏に現われて来る.本多光太郎博士は始めてこの現象を利用し鋭敏な磁力計を用いて各種合金を加熱及び冷却する際の磁気変化を測定し,鋼及びその他の合金内に生ずる微細なる相の変化を研究する新方法を発表した.この方法はその後世界の金属学者によって広く利用され幾多重要なる結果を産んだ.なかんずく最近規則格子合金の変化もこの方法によって明らかにすることを得た.

ラディオグラフ

多結晶体より成る金属材料の物理的,機械的性質を根本的に論議するには,まず単結晶体の性質を明らかにする必要がある.結晶体は著しい方向性を有するから単結晶の試験に先だちその結晶軸の方向を明らかにして置く事が必要であるが,それは試験片にX線をあて,ラウエ班点の配列をしらべ,それから推論するのが最も確実である.しかし専門外の者にはそれはなかなか面倒な仕事である.もし一枚のラディオグラフ(ラウエ写真)を撮影しただけで直ちに単結晶の軸方向が決定出来ると大変便利である.それには予め結晶軸に対し種々な角度からX線を入射せしめて得られる「標準」ラディオグラフを製作し置き,或る試験片について得たるラディオグラフが標準グラフの何れと一致するかを見れば直ちにその試片の結晶軸方向が知られる訳である.ところで金属,合金の種類は数多いからかような標準は多数必要であるように思われるが有用な金属,合金の結晶は面心立方,体心立方,六方型の何れかに属するものであるから,これら3種の結晶型のものについて標準を作って置けば実用上充分である.真島正市博士は共同研究者と共に上の三種の結晶型について標準ラディオグラフを完成した.これは実際上極めて便利であって各国の研究者が広く利用するに至り海外にも著名な業績となった.

結晶力学の研究

X-線結晶学と金属の大結晶の製造の成功は金属の結晶学的研究に非常な進歩を促した.

この方面について真島正市博士の研究室は大正12年以来研究をつづけて,大きな成果を挙げて来た.

真島正市博士は電解鉄の結晶力学的研究に始まり,ドイツにおいてSachsと共に黄銅の単結晶の変形機構を精密に研究し,帰朝後は金属の多結晶体について各方面から,その衝撃的性質を研究して来た.その実験は主に花田実氏があたり,我が国最初の熱陰極陰極線オッシログラフを利用したものであって,これと圧電気とを結合して線金の抗張,抗圧,円筒の圧縮挫屈その他の広汎なる問題を取扱い,金属の衝撃的性質の闡明に一新軌軸を出した.

大正14年に黒田正夫博士は長さ10数糎のアルミニウムの単結晶の製造に成功し,これをもって振動減衰率の測定にあたってをった.この仕事は後年木谷要一博士によって完成された.又,この単結晶を故山口珪次博士は静力学的研究に応用し,辷線の発生構機から,常温加工による硬化の問題を解決していった.更に歩を転じて,銅,黄銅や鉛の単結晶によって,それらの学説の実証をたてていった.そして遂に繊維状に変形する機構にまで発展した.

一方黒田正夫博士は単結晶による加工の問題を受けついで多結晶体である一般の金属の結晶力学的問題に入っていった.つまり,多結晶体では境界が変形に及ぼす大きな作用があるので,故山口珪次博士は単結晶の境界の問題を取扱ってをったのを,更に進んで軟鋼の境界の問題を取扱い,降伏点に踊場の発生する機構を境界組織をもって説明した.それにひきつづいて変形機構を詳しく見るために,抗張試験を通じて,変形の有様を顕微鏡活動写真に撮影することに成功し,軟鋼より始め,色々の鋼材について撮影した.

これに関連して山口珪次博士は超高速の顕微鏡活動写真の撮影の研究に着手し,いよいよ完成に近づいて,突然,物故した.それと併行に変態点機構,ことに変態点近傍の結晶力学の理論及び実験に攻究の歩を進め,結晶力学の部門に一分野を開拓した.

一方真島正市博士は粉体鍍金の研究を大正10年頃着手し,黒田正夫博士がこれを継承して,粉体鍍金は単純なる拡散現象であることを証明し,後年作井誠太氏はかかる晶華現象よりして,マグネシウムの自由面をもつ大きな単結晶成長の実験をして,生成機構を明らかにし,拡散現象はその後吉城肇蔚氏により窒化鋼の機構において更に発展し,近年に到り故山口珪次博士の合金鋼中の各元素の拡散の研究となり,国防科学の第一線に活躍して来た.

金属材料の腐蝕に関する研究

金属の腐蝕に関する基礎的研究は昭和5年より山本洋一博士によってなされてゐる.金属腐蝕試験の研究においては,耐蝕性の決定の方法として腐蝕による容積変化を補正せる侵蝕度に付いて発表された.腐蝕機構の研究の一部として,濃硝酸水溶液による鉄の受動態の出現機構を明らかにした.又種々なる水溶液中における金属の電極電位を測定し,それと原子番号との関係をも明らかにした.

復水管異常腐蝕現象並びにその防止の研究

復水管が艦船並びに火力発電所の機関用復水器に対し重要なる事は,換言すれば人体における心臓のようなものである.これの故障は水力学的,電気化学的,化学的諸作用に依る異常腐蝕が主因である.深川庫造博士,神山賢一郎,神農辰生の諸氏はこの主因に対する基礎的研究を行いつつ故障防止の目的達成に努力して居る.

マグネシウム及びその合金の腐蝕防止の研究

マグネシウム並びにその合金はアルミニウム,或いはその合金に比べ比重が遥に小さいので有望なる将来性を持ってゐるが,海水中における耐蝕性が著しく小さい欠点がある.小川英次郎博士,丸山良夫氏はその防蝕膜の研究をして耐蝕性,耐撓力性の皮膜を生来するを得た.

耐蝕性軽合金及び防蝕皮膜の研究

アルミニウムやマグネシウム軽合金が海水従って塩水に腐蝕され易い事は実に困ったもので,耐蝕性軽合金の研究は世界的問題である.飯高一郎博士はアルミニウムにクロムなどを添加して耐蝕合金を発明し,Chluminと命名したが,その後制定された本邦規格にはクロム添加が採用されて居る.之は海外諸国に先鞭をつけた発明である.又マグネシウムへベリリウムを添加する事に依って,空前の耐蝕力を持つ新合金の発明は飯高一郎博士,塩田隆蔵氏らによって為されて居るが,これも諸外国に例を見ないものである.

合金の耐蝕性は主としてその表面のみの性質に原因するものである.飯高研究室においては表面の研究上最も有効なる電子回折法なる新鋭の武器を以て研究を続けて居る事は極めて独創的であって諸外国にも例を見ない所である

ピストンリング材質の研究

飛行機のピストンリングの重要さについては述べるまでもあるまい.ピストンリングはエンヂンのシリンダと磨り合って,非常の速度で,例えば一分間に何千回も往復運動するものである.そしてシリンダの方を磨り減らさないように,自分自身が磨り減るを要し,しかも余り早く磨り減っては困るというのである.なかなか要求がむづかしい.現在悉く鋳鉄で造られてゐる飯高博士の研究室では鋳鉄の種々の金相学的性質をしらべ,それらと磨り減り具合との関係を研究した.これは国家の命令研究として受命したものである.

電弧熔接に際し熔接棒先端に発生する保護筒の研究

ここに言う保護筒は熔接中芯線の熔融物質が電孤を通過して母材に移行する途中で空気中より酸素や窒素の溶解して来るのを防ぐ役目をもつものである.然るにこの保護筒が電流を遮断して電孤を中断する傾向を持ってゐる.熊澤尚文氏は電孤の安定性と電流波形との関係を観察しつつ各種の被覆塗料を施した熔接棒に依る保護筒の発生状態を研究した.

電解鉄の製造

電解鉄の研究は,大河内正敏博士指導の下に,松井晋作,花岡元吉,宮澤清三郎,今富祥一郎の諸氏によって大正10年にその基礎的研究が開始せられ,研究の進捗に伴い,その規模を拡大し,工業的方面は硫酸鉄溶液を用い,花岡元吉氏が主として之に当り,一槽500乃至1000アンペアの電流をもって直接鉄板,鉄管の製造研究を行い,その結果昭和2年日本電解製鉄所の設立を見るに至った.一方基礎的研究特に可溶性陽極材料の研究として,砂鉄,褐鉄鉱,沼鉄鉱,紫鉄鉱などの還元につき大正14年より昭和3年に至る間,今富祥一郎,尾間一彦の両氏がこれに従事した.ロータリー・キルンによる鉄鉱還元の研究もこの間にその端を発してゐる.

マグネシウム製造法

マグネシウムはアルミニウムより更に軽い金属であってアルミニウムと共に使用せられ,航空機,自動車の機体,発動機並びに部分品の資材として必要欠くべからざる金属である.なお又エレクトロン焼夷弾はマグネシウム90%を含む合金であり,その他爆薬,写真用閃光粉なども製せられる.昭和2年以来,大河内正敏博士,今富祥一郎氏らは海水より食塩を採取する際の副産物苦汁を原料とし,之を脱水して塩化マグネシウムを造り,更に之を熔融電解して金属マグネシウムを製する方法を研究し,昭和5年商工省援助の下に新潟県柏崎町に試験工場を建設した.昭和6年には研究を完成しマグネシウムの生産が行われ,当時わずかながら輸入されてゐた外国品を駆逐してここに我国マグネシウム工業の基礎が確立せられたのである.現在においては生産量も増加して国内の需要を充分満すに至った.

なお又苦汁以外にマグネサイト鉱を原料として無水塩化マグネシウムを製する方法も研究せられてゐる.昭和14年この研究に対して帝国発明協会より恩賜記念賞を授与せられた.現在理研金属株式会社においてこの方法を実施中である.

マグネシヤの直接還元によるマグネシウム製造の研究

マグネシヤを直接還元してマグネシウムを製造すれば生産費を低下し,純度の良いものが得られる可能性があるので,大河内正敏博士,福井伸二博士は極めて品質の悪い珪素鉄を還元剤として高度真空中において反応せしめ,マグネシウムを製造する方法について研究を行った.商工省より研究命令を下令せられ,工業化を目下研究中である.

アルミニウム製造法

アルミニウムの製造はボーキサイト鉱を用うるバイヤー法が今日一般に採用せられてゐる.然るに我国並びに満支方面にはボーキサイト鉱は極めて乏しい実状である.

鈴木庸生博士,田中寛氏らは満洲国に多量に産出する礬土頁岩に着眼し,之を原料としてアルミナを製する独特の方法を案出した.アルミナを得れば之を電解してアルミニウムを製することは容易である.バイヤー法が苛性ソーダを用うる湿式法であるに反し鈴木-田中法はその工程に水を使用せず塩素ガスに依って不純分を除去する乾式法である.この方法の発表が先鞭となり,満鉄その他において礬土頁岩の利用法が研究せられるに至った.今事変以来アルミニウム増産の緊急対策として礬土頁岩の研究を中止し,ボーキサイト法を採用せられたが昨年8月米国の資金凍結令以来再び礬土頁岩使用が発令された.然しながら今回の大東亜戦争勃発に依り近き将来に南洋鉱石を確保する事になれば事情転換するであろうが,ボーキサイトの入手が保障せられた将来とても満洲資源である礬土頁岩の利用はゆるがせに出来ぬ問題と思う.

2.光学,音響学,熱学に関する研究

光弾性実験の研究

硝子やセルロイドの如き透明体で模型を作り,これに力を加えて偏光線に依って見ると,力に応じて美しい五彩の色が顕れる.この現象を利用して構造物か力を受けて居る場合に,その力の分布状態�