vzvとhsvの再活性化の違い...4 再活性化にかかわる因子...

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3 白木 公康 先生 富山大学大学院医学薬学研究部 ウイルス学 教授 潜伏感染細胞モデル(in vitroHSV VZVの感染様式の違い 基礎Up-to-date Session 1 VZV HSV の再活性化の違い 1 HSVVZVの神経節から皮膚・粘膜への下行 軸索 Schwann細胞に包まれている) HSV ヒト 胎児肺細胞(HEL細胞) HSV-1 感染 させ、蛋白質合成阻害 薬(Cycloheximide) いて24時間37°C培養そのCycloheximide 除去 して40.5°C培養することで、培養細胞レベルで HSV潜伏感染細胞モデルを確立 した 1) この潜伏感染モデルでは 潜伏感染状態非常安定、容易再活性化 しないしかしこの HSV潜伏感染細胞にサイトメガロウイルス (CMV) 重感染させると 潜伏HSV増殖能再獲得 、再活性化する 2) これはこのVZV潜伏感染系 とはなり 、HSV潜伏感染細胞、CMV感染より 再活性化 される 状態にあると えられる VZV HEL細胞VZV 感染 させ、VZV中和抗体である 抗glycoprotein Hモノクローナル抗体(抗gH抗体) 処理すると アポトーシスやネクロー シスをこすことなく 、感染細胞生存 、感染がらないまた、1週間 以内抗gH抗体処理では、抗体除去すると 感染拡大確認 できる しかし 、4週間抗体処理後には、種々 処理をしても 感染細胞 出現 しない 3) さらに、抗体処理細胞では、antigenic modulation (抗原変調) により 、glycoprotein E、gH細胞内発現分布状態通常VZV感染細胞 きく なり 、両糖蛋白発現めなくなる そして、抗体処理細胞種々 処理っても 、感染性回復できない 、選択マーカーをったVZVいた抗体処理細胞系では、VZV重感染感染性回復できたこれらの潜伏感染細胞では、人三叉 神経節などで確認されている 潜伏感染関連転写産物、前初期 遺伝子(immediate early genes:IE)62 IE63 細胞質、神経 潜伏感染細胞 同様遺伝子発現める潜伏感染状態誘導できたこの潜伏感染抗gH中和抗体処理のみでめられヒト ガンマグロブリンや糖蛋白抗体処理では感染拡大 、潜伏感染 状態誘導できないこのように誘導 したVZV潜伏感染細胞では、HSV 潜伏感染系 なり 、CMV重感染では再活性化できなかった以上のように、HSV VZV潜伏感染系(in vitro) 確立 したがCMVによる 再活性化有無代表 されるように、両 ウイルスの潜伏感染 状態・遺伝子制御状況なることがわかる HSV皮膚・粘膜感染 知覚神経終末からまれ、逆行性 軸索輸送により 、三叉神経節脊髄後根神経節内移行 、神経節内 増殖・拡散後、神経細胞から 神経線維軸索中下行 皮膚病変こすとともに、神経節内潜伏感染する 。神経節内再活性化ると 、HSV神経線維軸索中下行 、神経終末皮膚粘膜病変形成する 。再活性化場合には、免疫するため病変がりはられる VZV初感染時血行して感染拡大 水痘発症 した後、 知覚神経節潜伏する 。VZV特異的細胞性免疫低下 して再活性 すると 、神経節内再活性化 したVZV、神経線維束(三叉神経 第I枝、肋間神経束など)内Schwann細胞などに感染・傷害 しながら 下行1A)皮膚、神経支配領域(デルマトーム沿って帯状疱疹発症する 。VZV神経束して皮膚到達するまでに3~5日程度前駆痛めることがある また、神経線維束構造的神経周膜まれているため 1B)、免疫細胞から隔離されており VZV皮膚っためて免疫されることになる 。VZVでは神経束傷害・炎症のため浮腫状 となる 。膝神経節などでの再活性化 によって、顔面神経束 浮腫状 となり 、頭蓋骨貫通部顔面神経管圧迫 されることになり 、神経線維傷害 され、顔面神経麻痺(Hunt症候 群) 耳介部などの帯状疱疹じる 。臨床的には、皮膚病変れてミエリン鞘 Schwann 細胞 軸索 (神経線維) A B HSVは皮膚・粘膜へ下行する際、神経線維軸索内を移動する。一方VZVSchwann細胞などに感染しながら下行する。神経束は神経周膜に包まれ、 免疫担当細胞から隔離されていて、皮膚に至って初めて免疫に曝される ため、神経束内の炎症は遅れる。 Schwann 細胞 Schwann 細胞 神経周膜

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Page 1: VZVとHSVの再活性化の違い...4 再活性化にかかわる因子 HSVとVZVの初感染、潜伏感染、再活性化の特徴を表1にまとめた。 再活性化を抑制する因子としては、上記のように、HSVの初感染時、

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白木 公康 先生 富山大学大学院医学薬学研究部 ウイルス学 教授

潜伏感染細胞モデル(in vitro)

HSV・VZVの感染様式の違い

基礎Up-to-dateSession 1

VZVとHSVの再活性化の違い

図1 HSVとVZVの神経節から皮膚・粘膜への下行

軸索(Schwann細胞に包まれている)

皮膚

● HSV ヒト胎児肺細胞(HEL細胞)にHSV-1を感染させ、蛋白質合成阻害薬(Cyc lohex imide)を用いて24時間37°Cで培養し、その後Cycloheximideを除去して40.5°Cで培養することで、培養細胞レベルでのHSV潜伏感染細胞モデルを確立した1)。この潜伏感染モデルでは潜伏感染状態が非常に安定で、容易に再活性化しない。しかし、このHSV潜伏感染細胞にサイトメガロウイルス(CMV)を重感染させると、潜伏HSVが増殖能を再獲得し、再活性化する2)。これは、この次に述べるVZVの潜伏感染系とは異なり、HSV潜伏感染細胞は、CMV感染により再活性化される状態にあると考えられる。

● VZV HEL細胞にVZVを感染させ、VZVの中和抗体である抗glycoprotein Hモノクローナル抗体(抗gH抗体)で処理すると、アポトーシスやネクローシスを起こすことなく、感染細胞は生存し、感染が広がらない。また、1週間以内の抗gH抗体処理では、抗体を除去すると感染の拡大が確認できる。しかし、4週間の抗体処理後には、種々の処理をしても感染細胞は出現しない3)。さらに、抗体処理細胞では、antigenic modulation(抗原変調)により、glycoprotein E、gHの細胞内の発現分布状態は通常のVZV感染細胞と大きく異なり、両糖蛋白の発現を認めなくなる。そして、抗体処理細胞に種々の処理を行っても、感染性を回復できないが、選択マーカーを持ったVZVを用いた抗体処理細胞系では、VZVの重感染で感染性が回復できた。これらの潜伏感染細胞では、人の三叉神経節などで確認されている潜伏感染関連転写産物を認め、前初期遺伝子(immediate early genes:IE)62とIE63を細胞質に認め、神経節の潜伏感染細胞と同様な遺伝子発現を認める潜伏感染状態が誘導できた。この潜伏感染は抗gH中和抗体処理のみで認められ、ヒトガンマグロブリンや他の糖蛋白抗体処理では感染が拡大し、潜伏感染状態は誘導できない。このように誘導したVZV潜伏感染細胞では、HSVの潜伏感染系と異なり、CMVの重感染では再活性化できなかった。 以上のように、HSVとVZVの潜伏感染系(in vitro)を確立したが、CMVによる再活性化の有無に代表されるように、両ウイルスの潜伏感染状態・遺伝子制御状況は異なることがわかる。

 HSVは皮膚・粘膜に感染し知覚神経終末から取り込まれ、逆行性軸索輸送により、三叉神経節や脊髄後根神経節内へ移行し、神経節内で増殖・拡散後、神経細胞から神経線維軸索中を下行し皮膚病変を起こすとともに、神経節内で潜伏感染する。神経節内で再活性化が起こると、HSVは神経線維軸索中を下行し、神経終末の皮膚粘膜に至り、

病変を形成する。再活性化の場合には、免疫を有するため病変の広がりは限られる。 VZVは初感染時に血行を介して感染が拡大し水痘を発症した後、知覚神経節に潜伏する。VZV特異的細胞性免疫が低下して再活性化すると、神経節内で再活性化したVZVは、神経線維束(三叉神経第I枝、肋間神経束など)内のSchwann細胞などに感染・傷害しながら下行し(図1A)皮膚に至り、神経支配領域(デルマトーム)に沿って、帯状疱疹を発症する。VZVが神経束を介して皮膚に到達するまでに、3~5日程度の前駆痛を認めることがある。また、神経線維束は構造的に神経周膜に包まれているため(図1B)、免疫細胞から隔離されており、VZVが皮膚に至った時に初めて免疫に曝されることになる。VZVでは、神経束が傷害・炎症のため浮腫状となる。膝神経節などでの再活性化によって、顔面神経束も浮腫状となり、頭蓋骨貫通部の顔面神経管で圧迫されることになり、神経線維が傷害され、顔面神経麻痺(Hunt症候群)と耳介部などの帯状疱疹を生じる。臨床的には、皮膚病変に遅れて、

ミエリン鞘

Schwann細胞

軸索(神経線維)

A

B

HSVは皮膚・粘膜へ下行する際、神経線維軸索内を移動する。一方VZVはSchwann細胞などに感染しながら下行する。神経束は神経周膜に包まれ、免疫担当細胞から隔離されていて、皮膚に至って初めて免疫に曝されるため、神経束内の炎症は遅れる。

Schwann細胞

Schwann細胞

神経周膜

Page 2: VZVとHSVの再活性化の違い...4 再活性化にかかわる因子 HSVとVZVの初感染、潜伏感染、再活性化の特徴を表1にまとめた。 再活性化を抑制する因子としては、上記のように、HSVの初感染時、

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再活性化にかかわる因子

 HSVとVZVの初感染、潜伏感染、再活性化の特徴を表1にまとめた。 再活性化を抑制する因子としては、上記のように、HSVの初感染時、水痘の発症時のviral loadを減らすことや水痘ワクチンによってウイルス特異的免疫を賦活することがあげられる。HSVの再活性化の誘因には、紫外線、疲労、ストレス、生理、眼・口腔の処置・手術などがあげられる。HSV-1による口唇へルペスなどの年間再発頻度は0~3回が多い。一方、HSV-2による性器ヘルペスでは年間10回以上再発する場合もあるが、経年的に減少する6)。 VZVの再活性化の誘因には、加齢、悪性腫瘍、リンパ腫、免疫抑制、糖尿病、ストレス、HIV感染などがあげられ、単純疱疹と同様に女性に多い。宮崎県で実施された大規模疫学調査(宮崎スタディ)では、1997年から2006年の10年間に、調査された約48,000人の帯状疱疹患者のデータを解析した7)。これによると、本邦での年間発症者数は約60万人と推定でき、80歳までに3人に1人は帯状疱疹を発症すると考えられた。また、この10年間に発症者数は23%増加しており、特に60歳以上の女性の増加が顕著であった。さらに、帯状疱疹は夏に多く、冬に少なく、水痘の流行に影響を受ける部分は限られるが、鏡像のパターンを示した。

 潜伏感染中のウイルス量が再活性化に及ぼす影響についてマウスで検討された結果、三叉神経節に潜伏感染しているHSV-1のゲノム数と再活性化率には正の相関性が認められている(r=0.9852、p<0.0001、Pearson correlation test)4)。このことから、初感染時に、抗へルペスウイルス薬でウイルス増殖を抑制して潜伏ウイルス量を少なくすれば、再発頻度を低く抑えられる可能性が示唆された。 VZVにおいても、水痘ワクチンを接種した小児の白血病患児96名(ワクチン接種群)と野生株に感染した白血病患児96名(野生株水痘感染群)で帯状疱疹の発症率を比較すると、ワクチン接種群では帯状疱疹の発症率が有意に低かった(p=0.02、log-rank test)5)。また、ワクチン接種群の中で、接種後の皮疹出現者に比べ、非出現者では、帯状疱疹の発症頻度は有意に低かった(p=0.02、χ2 test)5)。潜伏ウイルス量の観点からは、ワクチン接種者では、野生株水痘感染者に比べ、体内での増殖ウイルス量(viral load)が少なく、さらに、ワクチン接種者の中では、皮疹出現者に比べ、非出現者の体内でのウイルス増殖は限られると考えられる。このように、体内でのviral loadが少ないと潜伏感染ウイルス量も少なくなり、帯状疱疹の発症頻度の減少に寄与すると推察される。加えて、免疫不全児においても、ワクチン接種により水痘に対する免疫誘導のみならず、帯状疱疹の発症予防に十分な感染免疫が誘導されることが示された。

1) Shiraki K et al. J Gen Virol. 67(Pt11)2497(1986)2) Shiraki K et al. Virology. 172(1)346(1989)3) Shiraki K et al. J Virol. 85(16)8172(2011)4) Sawtell NM. J Virol. 72(8)6888(1998) 5) Hardy I et al. N Engl J Med. 325(22)1545(1991)6) Benedetti JK et al. Ann Intern Med. 131(1)14(1999)7) Toyama N et al. J Med Virol. 81(12)2053(2009)

潜伏ウイルス量と再活性化頻度の相関(in vivo)

表1 HSVとVZVの初感染・潜伏感染・再活性化の特徴

HSV VZV水痘

同左および血行性に侵入・感染し、神経節へ移行する

同左

神経細胞、サテライト細胞

潜伏感染遺伝子(ORF21、ORF29、IE62、IE63、ORF66)の転写と蛋白発現、IE63が主要転写産物

帯状疱疹

神経線維束

3~7日の前駆痛

神経束(皮膚分節:デルマトーム)に沿う

・病変は徐々に進行する・病変は必ずしも同期せず、紅斑・水疱・膿疱・痂皮などが混在する

加齢、悪性腫瘍、リンパ腫、免疫抑制、糖尿病、ストレス、HIV感染など

発症者は年間60万人生涯で0~1回罹患する2回発症者は約6%

50歳を超えると増加する7)

女性に多い

・帯状疱疹関連痛を伴う・激しい急性期痛、皮疹消失後に残存する帯状疱疹後神経痛がある

口唇・性器ヘルペスなど

皮膚・粘膜の知覚神経終末から神経節へ移行する

知覚神経節(三叉神経節・脊髄後根神経節)

神経細胞

LAT(latency associated transcript)を転写するが、蛋白発現はない

口唇・性器ヘルペスなど

神経線維軸索内

紫外線曝露、眼・口腔の処置・手術の3日後

小さい

・局所の一時的免疫低下のため、多様な皮疹が混在することはなく、同様の皮疹が同期して推移する・新たな病変形成はない

紫外線曝露(海水浴など)、疲労、ストレス、生理、眼・口腔の処置・手術など

HSV-1:年間0~3回HSV-2:年間0~10回以上(HSV-2による再発型性器ヘルペスでは、20%以上の患者が年間6回以上再発する)

加齢とともに再発回数は減少する

女性に多い

・初感染時は、皮疹が広範囲となるため痛みを伴う・再発時の痛みは軽い

初感染

潜伏経路

潜伏部位

潜伏細胞

潜伏感染時の遺伝子発現

再活性化

神経節から皮膚への経路

再活性化の見かけ上の潜伏期

病変の範囲(再活性化時)

病変の特徴(再活性化時)

誘因

再発頻度

年齢

男女

痛み

再活性化

顔面神経麻痺を生じるケースがあることから、神経での炎症のピークは皮膚より遅れるようである。