url - hermes-ir | homehermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...hitotsubashi...

13
Hitotsubashi University Repository Title Author(s) �, Citation �, 7: 3-14 Issue Date 2016-07-30 Type Departmental Bulletin Paper Text Version publisher URL http://doi.org/10.15057/28062 Right

Upload: others

Post on 11-Mar-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

Hitotsubashi University Repository

Title

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

ナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比

較―

Author(s) 西谷, まり

Citation 一橋大学国際教育センター紀要, 7: 3-14

Issue Date 2016-07-30

Type Departmental Bulletin Paper

Text Version publisher

URL http://doi.org/10.15057/28062

Right

Page 2: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗 ―ベトナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比較―

3

論文

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗

―ベトナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比較―

Failure and Anxiety in Business Communication: Comparison of Japanese Employees and Vietnamese Employees

of Japanese Companies Located in Vietnam

西谷 まり

要旨

ベトナムの日本企業で働くベトナム人と日本人の不安や失敗の捉え方について、明らかにす

るために、ベトナム人 2 名、日本人 2 名を対象に PAC 分析の手法を援用したインタビュー調

査を行った。その結果、ベトナム人も日本人も、言語の問題での失敗や不安よりも、日越の働

き方の違いを強く意識していることが明らかになった。失敗を乗り越える、また、未然に防ぐ

ためには、適切な説明、指示が必要であることも示唆された。さらには、日本で働いた経験の

あるベトナム人は、日本式の働き方を感覚で理解していること、しかし、そのために同僚のベ

トナム人との間で葛藤を抱えていることも明らかになった。

キーワード:失敗、不安、ベトナム、日本企業、PAC 分析

1.研究の背景と目的

これまで筆者は、日本語を学ぶ学習者及び非母語話者日本語教師の不安と失敗の捉え方

に関する研究に取り組んできた。日本語学習者が日本及び海外の日本企業で働くことに

なった場合、学習中とは異なる不安や失敗を経験することが予測される。

本研究の目的はベトナムの日本企業で働くベトナム人及び日本人社員のコミュニ

ケーション上の不安や失敗について、明らかにすることである。本稿では、PAC 分析の

手法を援用したインタビュー調査を行った。PAC 分析(個人別態度構造分析:Analysis of

Personal Attitude Construct)は、質的分析とクラスター分析1を組み合わせた研究法で

あり、被験者から自由連想によってデータを引き出す手法である(内藤 2002)。具体的

手順については後述する。

2.先行研究

ビジネス日本語分野は近年注目されており、日本語・日本文化に焦点をあてた研究が蓄

積されつつある。近藤(2004)はビジネス日本語に関する広範囲な先行研究のレビュー論

文である。外国人ビジネス経験者は日本語レベルに関わらず、スピーチレベルの特定にも

1 クラスター分析とは、異なる性質のものが混ざりあっている集団(対象)の中から互いに似

たものを集めて集落(クラスター)を作り、対象を分類しようという方法。

Page 3: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

一橋大学国際教育センター紀要第 7 号(2016)

4

困難を感じており、適切な敬語表現、婉曲表現が困難であり、特に「断り」の場面におい

て顕著であるという指摘がされている。さらには、企業は顧客とのやりとりより、社内で

の日本語運用能力を必要としているという指摘もある。粟飯原(2012)は、ビジネス日本

語教育現場の改善を提言するために、面接調査で得られた香港のビジネス接触場面におけ

る非日本語母語話者の意識を詳細に考察した。その結果、非日本語母語話者の問題意識は

日本人同様、対照言語行動に関する内容が多く、教育内容として重要であることが示唆さ

れているとする。

西谷(2014)では、日本及び海外で外国人社員と仕事をした経験のある日本人 3 名と、

日本の企業で働く外国人社員 19 名を対象にビジネスコミュニケーションにおける阻害要

因についての調査を行った。その結果、「仕事の背景理解と指示」「仕事の厳しさ」「日本語

のスピーチレベル」の要素が抽出されている。具体的には、日本人のやり方は外国人には

通じないので、日本人側が配慮し、その仕事をすることの意味と背景を外国人にわかりや

すく説明する必要があることを指摘した。仕事の厳しさに関しては、日本人上司がなぜ厳

しいのか、どうして細かいことにこだわるのかといった点を外国人社員に説明しきれてい

ないことを指摘した。スピーチレベルについては、日本人が外国人に求める日本語は、過

度な敬語などではなく、丁寧な言葉で話してほしい、ため口やスラングは論外であり、ま

た要求されたことを正確に伝えてほしいと感じていることが明らかになっている。

3.調査の概要

調査手順は次の通りである。まず、調査協力者に、以下の指示文を与えた。日本人には

日本語で提示し、ベトナム人には日本語がわかる対象者にもベトナム語の翻訳文もあわせ

て提示した(稿末資料参照)。

日本人と一緒に仕事をするときに、どのような場面で、不安に思ったり、失敗したと感

じますか。その時に、ご自分がどんな状態にあると感じますか。また、その時に、どん

な行動をしたいと感じたり、実際に行動しがちでしょうか。思い浮かんできたイメージ

や言葉を、カードに一文で書いてください。

注:日本人調査協力者には「ベトナム人と仕事をするとき」に置き換えた。

指示文を読んで、思いついた文章をカードに書かせた。その際、ベトナム人にはベトナ

ム語で記述してもよいと伝えた。次に、思いついた順番(想起順)に並べてあるカードを、

自分にとって重要と思う順(重要度順)に並べ替え、項目間の類似度を調査協力者本人に

その連想語間の類似度(言葉の持つ直感的なイメージとしての類似度)を「かなり近

い」から「かなり遠い」の 7 段階評価で評定させた。

Page 4: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗 ―ベトナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比較―

5

表 1 調査協力者の概要

ベトナム人 A 氏 (X 社勤務)

ベトナム人 B 氏(Y 社勤務)

日本人 C 氏 (X 社勤務)

日本人 D 氏(Y 社勤務)

性 別 男性 男性 男性 男性

年 齢 30 代 30 代 40 代 50 代

職 種 営業通訳 工場通訳 営業管理 製造管理

日本(越)語 学習歴

日本語学校 (越 2年、日 2年)

越日本語学校(半年)地域教室(1 年)

ベトナム語学校(半年) なし

来(越)日期間 日本語学校 2 年 技能実習生 3 年 3 年 4 年 4 か月

当該企業(現地法人)就業期間 7 年 3 年 3 年 4 年 4 か月

PAC 分析の核心は、調査協力者がクラスター分析によって生成されるデンドログラム2

における語のまとまり(クラスター)を見ながら、イメージや解釈を報告し、調査実施者

はその報告、語の重要順などを鑑みて、総合的な解釈を試みる部分である。しかし、本調

査では、調査時間等の関係で、その場でデンドログラムを作成する余裕がなかったため、

重要度順に並べ替えたカードを筆者と調査協力者が一緒に声を出して読みながらイン

ビューを行った。ベトナム語で記述されたカードについては、本人に日本語または英語に

翻訳してもらった。調査の期間は、2015 年 8 月で、調査協力者は、ベトナム人 2 名、日

本人 2 名である(表 1)。

ベトナム人 A 氏と日本人 C 氏は X 社、ベトナム人 B 氏と日本人 D 氏は Y 社に勤務して

いる。X 社、Y 社ともに製造業の大手である。筆者がそれぞれの現地法人社長に依頼メー

ルを出し、調査の趣旨を説明したうえで、調査対象者を選んでもらった。外食チェーンな

どの小売業、サービス業もベトナムに進出しているが、進出日本企業の多くは大手・中堅

の製造業であるため、今回は製造業から調査協力者を選んだ。また、ベトナム人社員につ

いては、筆者が日本語または英語で直接インタビューできる対象であることを条件とした。

4.調査結果

以下に A 氏、B 氏、C 氏、D 氏それぞれがカードに記した文章とデンドログラムの図を

記す。カードの文言は調査協力者にとって重要と思う順(重要度順)に表にまとめ、思い

ついた順番(想起順)を右の欄に記載した。提示したデンドログラムは、統計ソフト(SPSS

Ver.18)を用いて、クラスター分析を行い、産出されたものである。それぞれのクラスター

の名づけは筆者が行った。

2 デンドログラムとは、クラスター分析において各個体がクラスターにまとめられていくさま

を樹形図の形で表したもののことをいう。

Page 5: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

一橋大学国際教育センター紀要第 7 号(2016)

6

4.1 ベトナム人 A 氏の調査結果

表 2 A 氏のカード

重要順 想起順

1 日本人の本音と建て前がはっきりわからない 2 2 ある問題に対して考え方が違う場合、説得するのが難しい 1 3 日本人はローカルの社員、部下に仕事を任せることが少ない 3 4 日本人は円滑を好みぶつかりたがらないが、決断が必要な時もある 5 5 日本人は働く時間が長いので、定時に帰る時に気になる 4

図 1 A 氏のデンドログラム

A 氏デンドログラムは①「日本人社員との溝」②「日越の違いに対するジレンマ」③「長

時間労働」の 3 つのクラスターになった。一番 初に想起したのは①のカテゴリーの「問

題に対して考え方が違う場合、説得するのが難しい」であり、重要度が一番高いものは②

のカテゴリーの「日本人の本音と建て前がはっきりわからない」である。

①日本人社員との溝

②日越の違いに対するジレンマ

③長時間労働

重要度順

Page 6: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗 ―ベトナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比較―

7

4.2 ベトナム人 B 氏の調査結果

表 3 B 氏のカード

重要度順 想起順

1 ベトナム人従業員の意識が低い 5

2 私の指導が悪いと日本人に見られる 6

3 毎日注意するとベトナム人にうるさいと思われる 7

4 日本人に何度も言われることを伝えてもベトナム人はやる気がない 8

5 お客様の迷惑にならないように指導するのが難しい 3

6 ベトナム人の若い人は製造不良が再発する 4

7 ベトナム人は決めた手順を守らない 1

8 納品が遅れる 2

9 残業すると会社の損になる 9

10 取引企業の見積もりが遅い 10

図 2 B 氏のデンドログラム

B 氏のデンドログラムは、3 つのクラスターになっている。①「ベトナム人社員との葛

藤」②「日本人社員、日本的仕事のやりかたとの間の葛藤」③「会社のためを思うがゆえ

の葛藤」の 3 つで、B 氏がまず指摘したのは、「ベトナム人は決めた手順を守らない」こ

とであり、重要度の一番は「ベトナム人従業員の意識が低い」であった。

①ベトナム人社員との葛藤

②日本人社員、日本的仕事 のやりかたとの間の葛藤

③会社のためを思うがゆえの葛藤

Page 7: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

一橋大学国際教育センター紀要第 7 号(2016)

8

4.3 日本人 C 氏の調査結果

表 4 C 氏のカード

重要順 想起順

1 問題が起きたときのベトナム人への説明が難しい 1 2 ベトナム人は YES,NO の質問に対する答えが長い 2 3 将来ビジョンの共有 6 4 チームワークでなく個人主義 8 5 ベトナム人は話の内容がよく変わる 9 6 目的の説明 4 7 指導に対しての細かな説明 5 8 書類に対する説明 3 9 ベトナム人は謝らない 7

図 4 C 氏のデンドログラム

C 氏のデンドログラムは①「説明に関する不安と失敗」②「ベトナム人の欠点」③「失

敗しないための手段」の 3 つのクラスターになっている。重要度順、想起順ともに一番は

「問題が起きた時のベトナム人への説明が難しい」ということである。

①説明に関する不安と失敗

②ベトナム人の欠点

③失敗しないための手段

Page 8: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗 ―ベトナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比較―

9

4.4 日本人 D 氏の調査結果

表 5 D 氏のカード

重要順 想起順

1 ベトナム人はわかったと言いながらやっていない 3 2 ベトナム人は注意しても同じことをやる 6 3 ベトナム人は指示したことを報告しない 2 4 私の前でベトナム語を話している 1 5 ベトナム人は常に自分の責任にならないようにする 7 6 ベトナム人は日本人の常識を常識だと思っていない 8 7 日本人を見ながらこそこそ話している 4 8 ベトナム人は日本人が来ると仕事をしている素振りをする 5

図 3 D 氏のデンドログラム

C 氏のデンドログラムは、3 つのクラスターになっている。①「ベトナム人社員の怠慢」

②「日本人を意識するベトナム人」③「日越の違い」である。C 氏が 初に想起したのは

「私の前でベトナム語を話している」であり、インタビューでは「何を話しているのかわ

からないので不安になる」と述べている。重要度が も高いのは「ベトナム人はわかった

と言いながらやっていない」というものだった。

① ベトナム人社員の怠慢

②日本人を意識するベトナム人社員

③日越の違い

Page 9: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

一橋大学国際教育センター紀要第 7 号(2016)

10

5.調査の分析

5.1 ベトナム人に関する分析

A 氏のデンドログラムは、①「日本人社員との溝」②「日越の違いに対するジレンマ」

③「長時間労働」、B 氏のデンドログラムは、①「ベトナム人社員との葛藤」②「日本人社

員、日本的仕事のやりかたとの間の葛藤」③「会社のためを思うがゆえの葛藤」のそれぞ

れ 3 つクラスターに分けられた。A 氏は日本人社員との間に溝を感じ、日越の違いに葛藤

を感じているのに対し、B 氏は日本的仕事のスタイルを理解しないベトナム人同僚との間

に壁を感じている。A 氏はインタビューに対し、何度も「日本人とベトナム人は違う」と

いう言葉を繰り返した。日本人はベトナム人に比べて衝突を避ける傾向が強く、決断しな

ければならない時に先延ばしにする、もっと部下のベトナム人に任せてくれればよい時も

あるのにと残念そうに述べていることからわかるように、日越の違いに葛藤している姿が

みてとれる。

それに対して、B 氏は「ベトナム人の工員に毎日注意するとうるさがられるが、それを

注意しないでベトナム人工員がきちんとできていないと、日本人上司に私の指導が悪いと

見られる。」というのが一番の葛藤である。製造不良が再発するのは、ベトナム人の若い工

員は大人になっていないので、せっかく再発防止の対策をたてても、決めた手順を守らな

いので意味がない場合が多いからだと B 氏は感じている。

この違いは、2 人の経歴によるところが多いのではないかと推測できる。A 氏は、ベト

ナムの工科大学在学中に、日本語学校で日本語学習を始めた。大学卒業後、技能実習生3

に日本語を教えたり、他の日系企業で働いてから、2 年間、東京の日本語学校で日本語を

勉強した。ベトナム企業で 1 年間勤務後、X 社で仕事を始めて 9 年目である。一方、B 氏

は、ベトナムで半年間日本語を学習してから技能実習生として来日。工場で働くかたわら、

地域の日本語教室で勉強を続けた。 初に勤務した愛知県の工場が 1 年で廃業したため、

静岡県の工場に移った。そこには近所に地域の日本語教室がなかったため、自習していて

わからないことは、愛知県の日本語教室の先生に電話で質問しこともあるほど、熱心に日

本語を学習した。帰国後、希望していた日系の会社に就職を果たし、3 年間勤務したのち、

Y 社に工場の通訳として入社した。

A 氏は来日経験はあるが、日本で仕事をした経験はない。工科大学卒の高学歴で、ベト

ナム式の仕事のやり方にプライドを持っている。それに対して、B 氏は日本 2 つの工場で

工員として働いた経験があるため「日本の企業はみんな 5 S をやっている」「日本はスー

パーも公園もどこでもいつでも綺麗にしているが、ベトナム人はそういう意識が低い」と

述べるなど、日本人の働き方や日本の環境の長所を強く認識し、ベトナム人工員の態度に

3 発展途上国の人材が研修生として技術や技能を実践的に学ぶために、研修を受けた企業等と

雇用契約を結んで 長 3 年間就労することができる。政府は途上国の経済発展に資する国際

貢献と位置付けているが、安価な単純労働力として外国人を利用しているとの批判もある。

Page 10: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗 ―ベトナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比較―

11

不満を持っている。急ぎの注文があり、すぐに見積もりがほしい場合でも、ベトナムの会

社はなかなか見積もりを出さないので、何度もメールや電話を入れなければならないと、

取引先の仕事のやり方についても不満を述べている。日本での仕事の経験の有無が A 氏と

B 氏の意識の差の原因ではないかと推測できる。

西谷(2014)では、仕事の厳しさに関して、日本人上司がなぜ厳しいのか、どうして細

かいことにこだわるのかといった点を外国人社員に説明しきれていないことが指摘されて

いるが、日本での仕事経験のある B 氏はベトナム人でありながら、同じベトナム人社員に

対して、日本人上司同様、うまく説明できていなこともうかがわれる。

5.2 日本人に関する分析

C 氏のデンドログラムは、①「説明に関する不安と失敗」②「ベトナム人の欠点」③「失

敗しないための手段」、D 氏のデンドログラムは、①「ベトナム人社員の怠慢」②「日本

人を意識するベトナム人」③「日越の違い」のそれぞれ 3 つクラスターに分けられた。両

氏ともに、ベトナム人と日本人との違いを強く意識してはいるが、言語の問題に触れたの

は D 氏だけである。D 氏がまず不安に思うのは、「私の前でベトナム語を話している」こ

とである。ベトナム人が話している内容は理解できないため、何を話しているのか不安に

思うと述べている。C 氏から言語の問題が出てこなかった理由は、X 社では、公用語は英

語であり、英語と日本語を使って仕事をしていることも一因であろう。とはいえ、C 氏は

一緒に働くなら、ベトナム人でも日本の文化を知っている人がよいと感じている。日本に

留学したかどうかを基準に採用しているわけではないが、結果的に留学経験があるほうが、

日本的な礼儀を知っているので一緒に仕事をしやすいとも述べている。

C 氏の一番の不安は「問題が起きたときのベトナム人への説明」である。ベトナム人の

欠点として、「YES、NO の質問に対する答えが長い」「話の内容がよく変わる」「謝ら

ない」ことを挙げているが、将来ビジョンを互いに共有し、目的をきちんと説明すること

で、誤解や失敗を乗り越えていけるのではないかと考えている。

D 氏の重要度の一番は「わかったと言いながらやっていない」であり、「指示したこと

を報告しない」「注意しても同じことをやる」というベトナム人の怠慢について不安と不満

を感じている。「やろうと思ってやっていないのか、やろうとしないかわからないことが

ある。」「責任や仕事量が増えることは嫌がる傾向がある。」と述べている。「日本人を見な

がらこそこそ話している」「日本人が来ると仕事をしている素振りをする」ことに対しては、

不安とともに、不快感を感じている。

しかし、「ベトナム人にとって一番は家族だが、日本人は仕事一筋で異常である」とも

述べていて、ベトナム人の生き方にある程度の共感も示してもいる。両氏ともにベトナム

勤務を楽しんでおり、特に、D 氏は、「日本での仕事は、全体の一部分しか任されないが、

Page 11: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

一橋大学国際教育センター紀要第 7 号(2016)

12

海外にいると専門分野以外のいろいろなことができるので自分の能力が上がる」と感じて

いるし、「上からの締め付け、下からのつきあげもないので、居心地がよい」と述べている。

5.3 まとめ

今回の調査では、言語に関する不安はほとんど語られることはなかった。日本人 D 氏は、

ベトナム人社員が自分の前でベトナム語を話していると、何を話しているかわからないの

で不安になると述べているが、ベトナム人も日本人も、言語の問題での失敗や不安よりも、

日越の働き方の違いを強く意識している。

違いから引き起こされる不安や失敗を乗り越えるために、日本人の D 氏は「問題が起き

たときにどのように説明をするか」に細心の注意を払っている。日本人に対する以上の細

かいステップが必要であると認識している。しかし、それだけでなく仕事の「目的」を説

明すること、「将来のビジョンを共有」することの重要性を強く認識していることが明らか

になった。西谷(2014)でも、仕事の背景理解については、日本人のやり方は外国人には

通じないので、日本人側が配慮し、その仕事をすることや人事査定の意味、背景を外国人

にわかりやすく説明する必要があると指摘している。

興味深いのは、ベトナム人 A 氏は日本人社員との間に溝を感じ、日越の違いに葛藤を感

じているのに対し、B 氏は日本的仕事のスタイルを理解しないベトナム人同僚との間に壁

を感じている点である。A 氏は日本人がもっとローカルスタッフに仕事を任せてほしいと

希望しているのに対して、B 氏は同僚のベトナム人工員や取引先企業のベトナム人にもっ

と日本式の働き方を学んでほしいと考えている。

6.考察

本稿では、ベトナムの日本企業で働くベトナム人と日本人の不安や失敗の捉え方につい

て、明らかにするために、PAC 分析の手法を援用したインタビュー調査を行った。その結

果、ベトナム人も日本人もお互いの働き方の違いに不安を感じたり、失敗した経験を有し

ていることが明らかになった。筆者が重要だと考えるのは、日本で就労経験のあるベトナ

ム人が同僚と日本人社員の間で板挟み状況になっていることが浮き彫りにされたことであ

る。日本での就労経験のあるベトナム人は、日本式の働き方を感覚で理解していること、し

かし、そのためにこそ、同僚のベトナム人との間で葛藤を抱えていることが明らかになった。

近年、ベトナムからの来日する技能実習生は非常に増加しており、その中には、実習先

企業のベトナム子会社に再就職して、中核社員として活躍している人もいる。また、日本

の大学・大学院に留学して、卒業後に日本で就職し、数年働いた後にベトナムに帰国して

現地の日本企業に就職するベトナム人も増えてきている。日本人社員とベトナム人社員の

架け橋となると期待される彼らが、ベトナム人同僚との葛藤に悩んでいるという事実は、

日本人社員も認識しておくべきこと重要な問題である。

Page 12: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗 ―ベトナム日本企業における日本人社員とベトナム人社員の比較―

13

7.今後の課題

今後、調査対象者の数をさらに増やし、日本での就労経験、留学経験がどのような影響

を与えるかを考察していく予定である。さらに、次回の調査では、クラスター分析によっ

て生成されたデンドログラムを見せながら、調査協力者本人にクラスターの命名を行って

もらう作業を加え、より詳細な語りを引き出していきたいと考えている。そのうえで、日

本人とベトナム人の不安と失敗を、日越のビジネスコミュニケーション教育につなげる教

材開発を進めていきたいと考えている。

謝辞

本研究は独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(C)研究課題番号

15K01018)の助成を受けたものである。関係各位に感謝する次第である。

参考文献

粟飯原志宣(2012)「接触場面における香港の日本語学習者の意識—ビジネス接触場面におい

て学習者が感じた問題を中心に—」『日本学刊』15、pp.48-65

近藤彩(2004)「日本語教育のためのビジネス・コミュニケーション研究」『言語文化と日本語

教育. 増刊特集号、第二言語習得・教育の研究 前線』、pp.202-222

内藤哲雄(2002)『PAC 分析実施法入門[改訂版]「個」を科学する新技法への招待』ナカニ

シヤ出版

Nishitani, M, & Matsuda, T (2011) The Relationship between Language Anxiety,

Interpretation of Anxiety, Intrinsic Motivation and the use of Learning Strategies,

US-China Education Review, Vol.8, No.9, pp.438-446

西谷まり、松田稔樹(2012)「「言語不安の解釈に着目した日本語教育用 e-learning 教材の開発」

『教育システム情報学会』Vol.29、No.3、pp.140-151

西谷まり(2014)「日本語ビジネスコミュニケーション教材の開発」『一橋大学国際教育センター

紀要』第 5 号、pp.105-112

Page 13: URL - HERMES-IR | HOMEhermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/28062/1/...Hitotsubashi University Repository Title ビジネスコミュニケーションにおける不安と失敗―ベト

一橋大学国際教育センター紀要第 7 号(2016)

14

資料 PAC 分析ベトナム語翻訳

日本人と一緒に仕事をするときに、どのような場面で、不安に思ったり、失敗したと感じます

か。その時に、ご自分がどんな状態にあると感じますか。また、その時に、どんな行動をした

いと感じたり、実際に行動しがちでしょうか。思い浮かんできたイメージや言葉を、カードに

一文で書いてください。

Khi bạn làm việc cùng người Nhật Bản, sự lo lắng hoăc cảm giác mình bị thất bại đến với bạn

trong những tình huống như thế nào?

Vào những lúc như vậy, bạn cảm nhận được tâm trạng của bạn ra sao?

Và khi đó, bạn cảm thấy muốn làm gì? Và bạn thường hay hành động chứ ?

Hãy viết một câu lên tấm thẻ về những từ ngữ, suy nghĩ hiện lên trong đầu bạn.

(名前)さんにとって、重要と感じられる順番にカードを並べかえてください。

Hãy sắp xếp lại các tấm thẻ theo thứ tự quan trọng dưạ trên cảm nhận của bạn (名前).

それぞれの項目関係についてうかがいます。直観的にイメージが似ているものから順番に 1、2、

3、4、5、6、7、でお答えください。関係が近いものは 1、遠いものは 7 になります。

Bây giờ là câu hỏi về mối quan hệ giữa các mục. Dựa trên những gì tương tự với hình dung của trực

giác, hãy lựa chọn theo thứ tự từ 1 đến 7 để trả lời.

Quan hệ gần: Số 1. Quan hệ xa: Số 7.

非常に近い 1、近い 2、少し近い 3、どちらでもない 4、少し遠い 5、遠い 6、非常に遠い 7

Rất gần 1. Gần 2. Gần một chút 3. Không gần không xa 4. Xa một chút 5. Xa 6. Rất xa 7.

(にしたに まり 国際教育センター教授)