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RNAi の謎に 1 分子観察で迫る 複合体「RISC」がつくられる過程を分子レベルで解明 1.発表者岩崎 信太郎(東京大学分子細胞生物学研究所 助教(当時)、現・カリフォルニア大学バーク レー校 研究員) 佐々木 (東京大学分子細胞生物学研究所 助教) 多田隈 尚史(東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教(当時)、現・京都大学物質細胞 統合システム拠点 特定研究員) 幸秀 (東京大学分子細胞生物学研究所 教授) 2.発表のポイント: ◆小さな RNA(注 1)が特定のタンパク質の合成を抑える現象 RNAi(注 2)は、遺伝子のは たらきを調べる方法として、生物実験に幅広く利用されています ◆今回、RNAi を引き起こす複合体 RISC(注 3)を試験管内でつくりだし、RISC がつくられ る過程を分子 1 個のレベルで観察することに世界で初めて成功しました(図 1RISC がつくられるしくみを解き明かす画期的な研究成果であり、次世代医薬品の開発など RNAi の応用を加速することが期待されます 3.発表概要小さな RNA(注 1)が特定のタンパク質の合成を抑える現象 RNAi(注 2)は、遺伝子のはた らきを調べる方法として、生物学実験に幅広く利用されています。RNAi は、小さな RNA アルゴノート(注 4)と呼ばれるタンパク質からなる複合体 RISC (注 3)が、細胞内でつくら れることで引き起こされます。しかし、RISC がどのようにつくられるかについては、これま で詳しく調べる方法がなく謎に包まれていました。 今回、東京大学分子細胞生物学研究所の岩崎信太郎助 呪・ カリフォルニア大学バー ꄈ呪 研究員)、佐々木浩助教、泊幸秀教授、同大学院新領域創成科学研究科の多田隈尚史助教 (現・京都大学物質−細胞統合システム拠点 特定研究員)らの研究チームは、ショウジョウバ エを用いて RISC の形成に必要なタンパク質 7 種類をすべて突き止め、RISC を試験管内でつ くりだすことに成功しました。さらに、1 分子イメージング技術(注 5、図 23)を用いて、 RISC がつくられる過程を分子 1 個のレベルで観察することに、世界で初めて成功しました(図 4)。 本成果は、RISC がつくられるしくみを解き明かす画期的な研究成果であるとともに、現在進 められている RNAi を利用した次世代医薬品(注 6)の開発など、RNAi のさらなる応用を加 速することが期待されます。 4.発表内容RNAi とは、小さな RNA が標的とするメッセンジャーRNA の切断を引き起こし、特定のタン パク質の合成を抑えるという生命現象です。RNAi は、人工的に合成した小さな RNA やその

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Page 1: RNAi の謎に 1分子観察で迫る 複合体「RISC 」がつ …...RNAi の謎に1分子観察で迫る 複合体「RISC」がつくられる過程を分子レベルで解明 1.発表者:

RNAi の謎に 1 分子観察で迫る

複合体「RISC」がつくられる過程を分子レベルで解明 1.発表者: 岩崎 信太郎(東京大学分子細胞生物学研究所 助教(当時)、現・カリフォルニア大学バーク

レー校 研究員) 佐々木 浩 (東京大学分子細胞生物学研究所 助教) 多田隈 尚史(東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教(当時)、現・京都大学物質−細胞

統合システム拠点 特定研究員) 泊 幸秀 (東京大学分子細胞生物学研究所 教授) 2.発表のポイント: ◆小さな RNA(注 1)が特定のタンパク質の合成を抑える現象 RNAi(注 2)は、遺伝子のは

たらきを調べる方法として、生物実験に幅広く利用されています ◆今回、RNAi を引き起こす複合体 RISC(注 3)を試験管内でつくりだし、RISC がつくられ

る過程を分子 1 個のレベルで観察することに世界で初めて成功しました(図 1) ◆RISC がつくられるしくみを解き明かす画期的な研究成果であり、次世代医薬品の開発など

RNAi の応用を加速することが期待されます 3.発表概要: 小さな RNA(注 1)が特定のタンパク質の合成を抑える現象 RNAi(注 2)は、遺伝子のはた

らきを調べる方法として、生物学実験に幅広く利用されています。RNAi は、小さな RNA と

アルゴノート(注 4)と呼ばれるタンパク質からなる複合体 RISC(注 3)が、細胞内でつくら

れることで引き起こされます。しかし、RISC がどのようにつくられるかについては、これま

で詳しく調べる方法がなく謎に包まれていました。 今回、東京大学分子細胞生物学研究所の岩崎信太郎助教(現・カリフォルニア大学バークレー

校 研究員)、佐々木浩助教、泊幸秀教授、同大学院新領域創成科学研究科の多田隈尚史助教

(現・京都大学物質−細胞統合システム拠点 特定研究員)らの研究チームは、ショウジョウバ

エを用いて RISC の形成に必要なタンパク質 7 種類をすべて突き止め、RISC を試験管内でつ

くりだすことに成功しました。さらに、1 分子イメージング技術(注 5、図 2、3)を用いて、

RISC がつくられる過程を分子 1 個のレベルで観察することに、世界で初めて成功しました(図

4)。 本成果は、RISC がつくられるしくみを解き明かす画期的な研究成果であるとともに、現在進

められている RNAi を利用した次世代医薬品(注 6)の開発など、RNAi のさらなる応用を加

速することが期待されます。 4.発表内容: RNAi とは、小さな RNA が標的とするメッセンジャーRNA の切断を引き起こし、特定のタン

パク質の合成を抑えるという生命現象です。RNAi は、人工的に合成した小さな RNA やその

Page 2: RNAi の謎に 1分子観察で迫る 複合体「RISC 」がつ …...RNAi の謎に1分子観察で迫る 複合体「RISC」がつくられる過程を分子レベルで解明 1.発表者:

前駆体を外部から細胞へ導入することで引き起こすことができるため、遺伝子のはたらきを調

べる方法として生物学実験に幅広く利用されています。 RNAi は、小さな RNA1 本鎖とアルゴノートと呼ばれるタンパク質からなる複合体 RISC が、

細胞内でつくられることで引き起こされます。これまでの研究から RISC がつくられる過程は、

アルゴノートに RNA2 本鎖が取り込まれる段階と、取り込まれた 2 本鎖のうち片方の RNA 鎖

がアルゴノートから捨てられる段階の 2 つに分けられること、そして RNA2 本鎖が取り込まれ

る段階には分子シャペロン(注 7)が必要となることが明らかにされてきました。しかし RISCがつくられる過程について、これ以上詳しく調べる方法はなく、どのように RNA2 本鎖が取り

込まれるのか、また分子シャペロンがどの過程に必要となるのかは、謎に包まれていました。 今回、東京大学の岩崎信太郎助教(現・カリフォルニア大学バークレー校 研究員)、佐々木

浩助教、多田隈尚史助教(現・京都大学物質−細胞統合システム拠点 特定研究員)、泊幸秀教

授らの研究チームは、モデル生物であるショウジョウバエを用いて、RISC の形成に必要な 7種類のタンパク質をすべて突き止めました。そして、これらのタンパク質を混ぜ合わせること

で、RISC を試験管内で再構成できることを示しました。さらに、アルゴノートに取り込まれ

る小さな RNA2 本鎖に蛍光分子(注 8)で目印をつけ、1 分子イメージング技術(図 2、3)を

用いることで、RISC がつくられる過程を分子 1 個のレベルでリアルタイム観察することに、

世界で初めて成功しました(図 4)。その結果、これまではとらえることができなかった RISCがつくられる詳細な過程を分子レベルで明らかにしました。 本成果は、RISC がつくられるしくみを解明し、RNAi に秘められた大きな謎に迫る画期的な

研究成果です。さらに研究の波及効果として、現在進められている RNAi を利用した次世代医

薬品の開発など、RNAi のさらなる応用を加速することが期待されます。 5.発表雑誌: 雑誌名:Nature(オンライン掲載:イギリス夏時間 3 月 30 日 16 時) 論文タイトル:Defining fundamental steps in the assembly of Drosophila RNAi enzyme complex 著者:Shintaro Iwasaki*, Hiroshi M. Sasaki*, Yuriko Sakaguchi, Tsutomu Suzuki, Hisashi Tadakuma†, and Yukihide Tomari†(*同等貢献、†責任著者) DOI 番号:10.1038/nature14254 アブストラクト URL:http://dx.doi.org/10.1038/nature14254(予定) 6.注意事項: 日本時間 3 月 31 日(火)午前 0 時 (イギリス夏時間:30 日(月)16 時)以前の公表は禁じら

れています。 7.問い合わせ先: 東京大学 分子細胞生物学研究所 教授 泊 幸秀(とまり ゆきひで) TEL: 03-5841-7839 FAX: 03-5841-8485 E-mail: [email protected]

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8.用語解説: 注 1「RNA」 読み方は「アールエヌエー」。Ribonucleic acid の略。日本語ではリボ核酸とも表記されます。

よく知られているメッセンジャーRNA(mRNA)は、DNA がもつ遺伝情報が RNA 合成酵素

によって写し取られたものであり、タンパク質を作るための設計図としてはたらきます。一方、

小さな RNA はタンパク質の設計図としてははたらかず、別の機能を果たしています。 注 2「RNAi」 読み方は「アールエヌエーアイ」。RNA interference の略。日本語では RNA 干渉とも表記さ

れます。1998 年に線虫で発見されて以来、現在までにヒトを含む様々な真核生物(注 7)で

RNAi が起きることがわかっています。RNAi の発見と応用が生物学の進歩に与えた影響は高

く評価されており、発見者のアンドリュー・ファイアー博士とクレイグ・メロー博士には、2006年にノーベル生理学医学賞が授与されました。 注 3「RISC」 読み方は「リスク」。RNA-induced silencing complex の略。アルゴノートと RNA1 本鎖によ

って構成される核酸タンパク質複合体を指しています。 注 4「アルゴノート」 英語表記は Argonaute。RISC を構成し、その機能の中心を担うタンパク質です。RISC を形

成した状態では、アルゴノートは内部に RNA1 本鎖を取り込んだ形で機能します。アルゴノー

トは、細菌からヒトに至るまで幅広い生物がもっています。 注 5「1 分子イメージング技術」 分子 1 個だけを可視化し、観察する技術。今回の実験では、全反射蛍光顕微鏡という特殊な顕

微鏡(図 3)を用い、ガラス基板上に固定化したアルゴノートに、蛍光分子で目印をつけた RNA2本鎖を加える(図 2)ことで、1 分子のアルゴノートに 1 分子の RNA2 本鎖が取り込まれる過

程を観察しました(図 1、4)。 注 6「RNAi を利用した次世代医薬品」 人工的な短い RNA によって引き起こされる RNAi を用いて、病気にかかわる遺伝子のはたら

きを抑えることで、病気を治療しようとする研究が世界各地で進められています。こうした人

工 RNA を RNAi 医薬品と呼びます。従来の薬では対応できなかった病気の画期的な治療薬を

開発できる可能性がある一方で、細胞内部に人工 RNA を送り込むことが技術的に困難であり、

ブレイクスルーが望まれています。 注 7「分子シャペロン」 細胞内でタンパク質の正しい折りたたみや複合体の形成を促進するはたらきをもつタンパク質

のことを分子シャペロンと呼びます。 注 8「蛍光分子」

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ある特定の波長の光(励起光)を吸収し、その光よりも長い波長の光(蛍光)を放出する分子

を蛍光分子と呼びます。蛍光分子を使って目印をつけることで、タンパク質や DNA、RNA な

ど細胞をつくる部品の位置や動きについて、顕微鏡を用いて調べることができるようになりま

す。今回の実験では、小さな RNA2 本鎖を構成するそれぞれの RNA 鎖の末端を 2 種類の異な

る蛍光分子(Alexa(アレクサ)647 および Alexa555)で標識することによって、RNA2 本鎖

の振る舞いを観察しました(図 1、2、4)。

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9.添付資料:

図 1:今回の実験のイメージ図 スライドガラス上に固定したアルゴノートタンパク質(灰色)は、赤色と緑色の蛍光分子で目

印をつけた RNA2 本鎖を取り込みます。そして、緑色の目印がついた RNA 鎖を捨て、最終的

に赤色の目印がついた RNA 鎖のみを取り込んだ RISC が完成します。

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図 2:RISC がつくられる過程の 1 分子観察 まず、顕微鏡観察用のスライドガラスの上に、アルゴノートタンパク質を固定しました。次に、

今回の研究によって突き止められた RISC の形成に必要な 7 種類のタンパク質、そして 2 種類

の異なる蛍光分子で目印をつけた小さな RNA2 本鎖を加えました。こうして、スライドガラス

上でアルゴノートタンパク質に小さな RNA が取り込まれ、RISC がつくられる過程を、特殊

な顕微鏡を用いて 1 分子レベルでリアルタイムに観察しました。

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図 3:1 分子観察実験中の様子 写真は RISC がつくられる過程の 1 分子観察実験中の様子を表しています。観察するスライド

ガラスは、写真中央の石英プリズムの下に設置されています。写真左上から入射するレーザー

光(緑色)は、石英プリズムで全反射し、写真右に抜けていきます。この時に生じる微弱な光

を用いて、スライドガラス上で RISC がつくられる過程を捉えました。

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図 4:1 分子観察された RISC 今回の実験では、アルゴノートの中に残る RNA 鎖に赤色の蛍光分子、アルゴノートから捨て

られる RNA 鎖に緑色の蛍光分子を目印につけています。このため、小さな RNA2 本鎖を含む

RISC 前駆体は赤色と緑色が重なり黄色い輝点に、RNA1 本鎖を含む完成した RISC は赤い輝

点として観察されました。スケールバー(白線)は 2 µm(マイクロメートル)を表していま

す。