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118 J.Natl. Inst.Public Health,60(2):2011 保健医療科学 2011 Vol.60 No.2 p.118124 特集:今後の難病対策のあり方について <総説> 表皮水疱症の再生医療 玉井克人 大阪大学大学院医学系研究科再生誘導医学 Regenerative medicine for epidermolysis bullosa Katsuto TAMAI Department of Stem Cell Therapy Science, Osaka University Gradutate School of Medicine 抄録 表皮水疱症は,皮膚基底膜領域における接着構造制御蛋白の遺伝子異常により,日常生活の軽微な外力で表皮が剥離して 全身熱傷様の水疱,潰瘍を形成する遺伝性水疱性皮膚難病である.近年の再生医学研究の進展により,骨髄移植,骨髄幹細 胞移植による表皮水疱症の再生医療が探索されつつある. 表皮水疱症の病態:表皮水疱症は表皮・基底膜間および基底膜・真皮間を連結しているタンパク分子群の遺伝子異常により 発症し,外力で表皮基底細胞がちぎれて表皮内水疱を形成する単純型,表皮・基底膜間で剥離して接合部水疱を形成する接 合部型,基底膜と真皮間で剥離して真皮内水疱を形成する栄養障害型に分類される. 骨髄由来細胞による皮膚再生メカニズム:長年広範囲の表皮剥離を繰り返す結果,大量の表皮幹細胞を喪失している表皮水 疱症患者皮膚の表皮再生機序として,我々を含む国内外の複数の研究グループは,骨髄内幹細胞が末梢循環を介して損傷部 皮膚に動員され,水疱部皮膚の再生に寄与していることを明らかにした. 表皮水疱症に対する骨髄移植療法:最近米国ミネソタ大学の研究グループは世界で初めて劣性栄養障害型表皮水疱症に対す る骨髄移植を実施し,皮膚症状の改善効果を報告した.しかし,7 例中 2 例が経過中に死亡しており,より安全な骨髄移植 治療プロトコール開発が必要不可欠である. 表皮水疱症に対する骨髄間葉系幹細胞移植療法:南米チリの研究グループは,重症劣性栄養障害型表皮水疱症の 2 症例に対 して健常者骨髄由来培養間葉系幹細胞を皮下移植し,その有効性を明らかにした.しかし移植した間葉系幹細胞は数ヶ月で 次第に減少する可能性も併せて示された. 表皮水疱症に対する骨髄間葉系幹細胞血中動員因子を利用した再生誘導医療の可能性:我々は剥離表皮から放出される HMGB1 が末梢血液を介して骨髄間葉系幹細胞を剥離表皮部皮膚に集積させて損傷皮膚再生を強く誘導していることを見出 した.この成果は,HMGB1 投与により骨髄間葉系幹細胞を生体内で水疱部皮膚に誘導する再生誘導医療の可能性を期待さ せる. 終わりに:幹細胞染色体への遺伝子導入が発癌を引き起こす可能性が問題となっている現在,再生医療に寄せられる期待が 高まりつつある.現在世界中で進行している再生医療研究の先に,表皮水疱症の根治的治療が実現する日が来ることを期待 する. キーワード:表皮水疱症,基底膜,骨髄移植,間葉系幹細胞 連絡先:玉井克人 565-0871 大阪府吹田市山田丘 2-2 2-2, yamadaoka, suita-shi, Osaka, 565-0871, Japan. Tel:06-6879-3902 Fax:06-6879-3909 E-mail: [email protected] [ 平成 23 3 30 日受理 ]

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Page 1: Regenerative medicine for epidermolysis bullosaJ.Natl.Inst.Public Health,60(2):2011 119 表皮水疱症の再生医療 Ⅰ.緒言 表皮水疱症(epidermolysis bullosa,

118 J.Natl.Inst.Public Health,60(2):2011

保健医療科学 2011 Vol.60 No.2 p.118-124

特集:今後の難病対策のあり方について

<総説>

表皮水疱症の再生医療

玉井克人

大阪大学大学院医学系研究科再生誘導医学

Regenerative medicine for epidermolysis bullosaKatsuto TAMAI

Department of Stem Cell Therapy Science,

Osaka University Gradutate School of Medicine

抄録

表皮水疱症は,皮膚基底膜領域における接着構造制御蛋白の遺伝子異常により,日常生活の軽微な外力で表皮が剥離して全身熱傷様の水疱,潰瘍を形成する遺伝性水疱性皮膚難病である.近年の再生医学研究の進展により,骨髄移植,骨髄幹細胞移植による表皮水疱症の再生医療が探索されつつある.表皮水疱症の病態:表皮水疱症は表皮・基底膜間および基底膜・真皮間を連結しているタンパク分子群の遺伝子異常により発症し,外力で表皮基底細胞がちぎれて表皮内水疱を形成する単純型,表皮・基底膜間で剥離して接合部水疱を形成する接合部型,基底膜と真皮間で剥離して真皮内水疱を形成する栄養障害型に分類される.骨髄由来細胞による皮膚再生メカニズム:長年広範囲の表皮剥離を繰り返す結果,大量の表皮幹細胞を喪失している表皮水疱症患者皮膚の表皮再生機序として,我々を含む国内外の複数の研究グループは,骨髄内幹細胞が末梢循環を介して損傷部皮膚に動員され,水疱部皮膚の再生に寄与していることを明らかにした.表皮水疱症に対する骨髄移植療法:最近米国ミネソタ大学の研究グループは世界で初めて劣性栄養障害型表皮水疱症に対する骨髄移植を実施し,皮膚症状の改善効果を報告した.しかし,7 例中 2 例が経過中に死亡しており,より安全な骨髄移植治療プロトコール開発が必要不可欠である.表皮水疱症に対する骨髄間葉系幹細胞移植療法:南米チリの研究グループは,重症劣性栄養障害型表皮水疱症の 2 症例に対して健常者骨髄由来培養間葉系幹細胞を皮下移植し,その有効性を明らかにした.しかし移植した間葉系幹細胞は数ヶ月で次第に減少する可能性も併せて示された.表皮水疱症に対する骨髄間葉系幹細胞血中動員因子を利用した再生誘導医療の可能性:我々は剥離表皮から放出されるHMGB1 が末梢血液を介して骨髄間葉系幹細胞を剥離表皮部皮膚に集積させて損傷皮膚再生を強く誘導していることを見出した.この成果は,HMGB1 投与により骨髄間葉系幹細胞を生体内で水疱部皮膚に誘導する再生誘導医療の可能性を期待させる.終わりに:幹細胞染色体への遺伝子導入が発癌を引き起こす可能性が問題となっている現在,再生医療に寄せられる期待が高まりつつある.現在世界中で進行している再生医療研究の先に,表皮水疱症の根治的治療が実現する日が来ることを期待する.

キーワード:表皮水疱症,基底膜,骨髄移植,間葉系幹細胞

連絡先:玉井克人〒 565-0871 大阪府吹田市山田丘 2-2

2-2, yamadaoka, suita-shi, Osaka, 565-0871, Japan.

Tel:06-6879-3902 Fax:06-6879-3909

E-mail: [email protected]

[ 平成 23 年 3 月 30 日受理 ]

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119J.Natl.Inst.Public Health,60(2):2011

表皮水疱症の再生医療

Ⅰ.緒言

表皮水疱症(epidermolysis bullosa, EB)は,皮膚基底膜領域における接着構造制御蛋白の遺伝子異常により表皮・真皮間の接着機能が破綻し,日常生活の軽微な外力で表皮が基底膜レベルで剥離して全身熱傷様の水疱,潰瘍を形成する遺伝性水疱性皮膚難病である [1,2](図 1).遺伝子異常を正常化する安全且つ確実な方法論が確立していない現在,表皮水疱症をはじめとする遺伝性疾患の根治的治療法は未だ無い.しかし,近年骨髄内幹細胞が皮膚構成細胞へと分化する能力を持つことが明らかになり [3-5],骨髄移植,骨髄幹細胞移植による表皮水疱症の再生医療の可能性が探索されつつある [6-11].本稿では,表皮水疱症に対

する再生医療の可能性について最近の研究状況をまとめるとともに,将来の可能性について展望する.

Ⅱ.表皮水疱症の病態

表皮(epidermis)と真皮(dermis)間の接着は,種々の接着構造分子群で制御されている.電顕的観察では,表皮細胞の細胞骨格であるトノフィラメント(tonofi lament)は表皮基底細胞膜底面でヘミデスモゾーム(hemidesmosome)と連結し,ヘミデスモゾームは細胞外で係留細線維(anchoring fi lament)を介して基底膜(basement membrane)と連結している.さらに基底膜は係留線維(anchoring fi bril)により真皮と連結している.即ち,表皮・真皮間の接着は,トノフィラメント・ヘミデスモゾーム・係留細線維・基底膜・係留線維の一連の超微細構造の連結により維持されている

(図 2).分子レベルでは,トノフィラメントはケラチン 5(keratin 5, K5)とケラチン 14(keratin 14, K14)のヘテロダイマーで構成され,ヘミデスモゾームはケラチンを結合するアンカータンパクであるプレクチン(plectin)および BP230(230kDa bullous pemphigoid antigen),細胞膜貫通タンパクである α6β4インテグリン(α6β4 integrin)お よ び XVII 型 コ ラ ー ゲ ン(BP180,180kDa bullous pemphigoid antigen)で構成される.これら膜貫通タンパクの細胞外ドメインは係留細線維を構成し,基底膜構成タンパクであるラミニン332(laminin332)およびIV型コラーゲン(type IV collagen)と結合する.基底膜を真皮につ

AbstractHeritable blistering skin disease, ie, epidermolysis bullosa (EB), comprises of a group of disorders caused by mutations

in genes expressed in the cutaneous basement membrane zone. Tremendous progress has been made in understanding the

molecular genetics of EB, and over ten distinct genes expressed in the cutaneous basement membrane zone harbor mutations

underlying different subtypes of EB.

EB has been divided into three broad categories based on the location of blistering within the cutaneous basement membrane

zone and demonstration of abnormalities in the critical attachment complexes; (i) in the simplex forms (EBS), tissue separation

occurs within the basal keratinocytes of the epidermis; (ii) in the junctional forms (JEB), tissue separation occurs within

cutaneous basement membrane that separate epidermis from underlying dermis; (iii) the dystrophic form of EB (DEB) depict

tissue separation below the dermo-epidermal basement membrane within upper dermis.

Previous studies have shown that bone marrow provides fi broblast-like cells in the dermis and keratinocytes in the epithelia.

Subsequent studies by us and other groups have demonstrated that both embryonic and postnatal transplantation of bone

marrow cells in EB model mice promote skin wound healing and correct the intrinsic basement membrane defect. A very

recent clinical trial of allogeneic whole BM transplantation in recessive dystrophic EB (RDEB) patients has demonstrated that

BM cells can repair the skin and restore the defected type VII collagen in skin basement membrane. Similar therapeutic effect

was also obtained by intradermal administration of allogeneic mesenchymal stromal cells in RDEB patients.

Most recently, we reported that the source of the epithelial progenitors in mouse BM was the nonhematopoietic, platelete-

derived growth factor receptor α-positive bone marrow cell population. Furthermore, detached EB epithelia was shown to

release high mobility group box 1 (HMGB1) to mobilize the PDGFRα-positive cell from bone marrow to target and regenerate

the blistered skin of EB mice.

In this review, recent progress as well as future perspectives of regenerative medicine for EB will be summarized.

Keywords: epidermolysis bullosa, basement membrane, bone marrow transplantation, mesenchymal stem cell

図1 表皮水疱症の臨床像(劣性栄養障害型)と水疱部の組織部

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玉井克人

伝子変異は今のところ本邦で報告がない.接合部型:すべて劣性遺伝型である.α6 インテグリン

または β4 インテグリンの対立遺伝子両方の早期停止型変異により α6β4 インテグリンが欠損すると,表皮基底細胞と基底膜の間の接着が破綻し,表皮・基底膜間(接合部)で水疱が生じる.α6β4 インテグリン欠損の症例では胃の幽門閉鎖を合併し,生後間もなく致死性となることが多い.ラミニン α3 鎖,β3 鎖,γ2 鎖いずれかの対立遺伝子両方の早期停止型変異によりラミニン 332 が欠損する場合は極めて重症な接合部水疱が生じ,殆どの症例は生後 1 年以内に致死となる.XVII 型コラーゲン欠損型遺伝子変異の場合も接合部水疱を形成するが生命予後は良い.しかし,歯のエナメル質形成不全と頭頂部脱毛を合併する.

栄養障害型:優性遺伝型と劣性遺伝型がある.いずれも VII 型コラーゲン遺伝子変異による係留線維の機能不全で真皮内水疱が生じる.一般にコラーゲンペプチドのαへリックスらせん構造は -Gly-X-Y- 繰り返し構造により形成され,このコラーゲンペプチドがトリマーを形成してコラーゲン分子が形成される.優性遺伝型の殆どは,VII型コラーゲン対立遺伝子の片方にグリシンを他のアミノ酸に置換するグリシン置換型変異を持つ.グリシン変異 VII型コラーゲンペプチドが正常遺伝子由来 VII 型コラーゲンペプチドとトリマーを形成する結果,ドミナント・ネガティブ効果により VII 型コラーゲン分子の機能が破綻して真皮内水疱が生じる.一方劣性遺伝型は,VII 型コラーゲン対立遺伝子両者に早期停止コドン型変異あるいはペプチド構造を大きく変化させるアミノ酸置換型変異を持つ結果,変異 VII 型コラーゲンペプチドはトリマーを形成出来ず,係留線維が欠失する.それ故,劣性栄養障害型では基底膜・真皮間の接着機能が極めて強く破綻し,軽微な外力で真皮内水疱形成を繰り返す結果,真皮膠原線維の主要構成成分である I 型コラーゲンの変性と新生を促して水疱治癒後に著明な線維性瘢痕が形成される.瘢痕形成部位では真皮の弾性が失われて皮膚は硬化し,その結果外力に対する基底膜部の抵抗性がさらに減弱して表皮剥離を繰り返す結果瘢痕形成が進行し,手指の棍棒状癒着,開口障害,さらには瘢痕癌を合併する.表皮と同様に外胚葉由来上皮である食道粘膜上皮でも基底膜が VII 型コラーゲンで粘膜固有層と結合しており,VII 型コラーゲン欠損ないし機能不全により固形物摂取で食道粘膜が剥離して瘢痕形成,食道狭窄が生じる.

Ⅲ.骨髄由来細胞による皮膚再生メカニズム

表皮水疱症では基底層から角層まで表皮全層が剥離するため,基底層に存在する表皮幹細胞は剥離表皮と共に喪失してしまう.即ち表皮水疱症は表皮幹細胞喪失病と定義することが可能である.表皮剥離による潰瘍面積が小さい場合は周囲の表皮幹細胞から潰瘍面に供給される表皮細胞により欠損表皮は再生すると思われる.しかし,広範囲におよぶ表皮剥離を繰り返し生じる重症劣性栄養障害型の場

なぐ係留線維は VII 型コラーゲン(type VII collagen)で構成される.VII 型コラーゲンは N 末端でラミニン 332 と基底膜内で結合し,C 末端ではもう一つの VII 型コラーゲンと結合しており(アンチパラレルダイマー),真皮マトリックスの主成分である I 型コラーゲンを縫うように基底膜に繋げている.即ち,表皮基底細胞から基底膜を介して真皮に至る一連の構造制御タンパクの連結構造が,日常生活で皮膚に加わる外力に対して抵抗する表皮・真皮間接着維持システムそのものである.それゆえ,上述したタンパク分子いずれかの遺伝子変異によりその分子の欠損ないし機能異常が生じると,その分子が局在している部位が外力に対する抵抗性を失い,そのレベルで表皮剥離が生じて水疱や潰瘍が形成される [1,2].電顕的観察で表皮内水疱を認めた場合は単純型(EBS),表皮・基底膜間(接合部)水疱を認めた場合は接合部型(JEB),基底膜下で真皮内水疱を認めた場合は栄養障害型(DEB)に分類される.本邦の表皮水疱症症例数はおおよそ 700 症例程度と推定され,単純型,接合部型,栄養障害型の比率はおおよそ 4:1:5 で栄養障害型が最も多い.

単純型:優性遺伝型と劣性遺伝型がある.実際は殆どの症例が優性遺伝型で,ケラチン 5 あるいはケラチン 14 の対立遺伝子の片方にアミノ酸置換型変異を持ち,異常アミノ酸を含むケラチン分子が正常ケラチン分子とヘテロダイマーを形成する結果,表皮基底細胞骨格機能が破綻し(ドミナント・ネガティブ効果),外力により表皮基底細胞がちぎれて表皮内水疱が生じる.ドミナント・ネガティブ効果の強さにより臨床症状が規定され,軽症例では経過と共に症状が軽快することも多いが,重症例では成人後も著明な水疱形成が続き,また手掌や足底に著明な異常角化を認めることが多い.一方劣性遺伝型はプレクチンや BP230の対立遺伝子両方にタンパク合成が途中で異常終了する早期停止型変異を持ち,これら細胞骨格アンカー分子が完全欠損する結果細胞骨格がヘミデスモゾームに連結出来ず,ヘミデスモゾーム直上で表皮細胞がちぎれて表皮内水疱が形成される.プレクチンは筋肉細胞内ではアクチン線維のアンカーとして機能しているため,プレクチン遺伝子異常を持つ症例では表皮水疱症の経過中に筋ジストロフィー症状を合併する.単純型の殆どはケラチン 5/14 遺伝子変異の症例で,プレクチン遺伝子変異は稀であり,BP230 遺

図2 皮膚基底膜領域の接着構造と表皮水疱症の関係

Ultramicroscopic structure of BMZ Molecular structure of BMZ

Epidermis

Basementmembrane

Dermis

Tonofi lament(TF)

Hemidesmosome(TF)

Anchoring fi lament(Af)

Anchoring fi bril(AF)

K5/14

α6b4 integrin

Type Vllcollagen

EBS

JEB

DEB

Cellmembrane

Lamina densa(LD)

BP230Plectin

BP180Laminin 332

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表皮水疱症の再生医療

合,全身の皮膚で表皮剥離を繰り返す結果,経過と共に大量の表皮幹細胞を喪失していると考えられる.しかし,次第に上皮化速度は低下するものの,表皮再生機序は成人症例でも保たれていることから,表皮外組織から剥離表皮部へ表皮幹/前駆細胞を供給する生体内メカニズムが存在することが予想される.また,栄養障害型表皮水疱症では広範囲皮膚に真皮内水疱が生じるため,真皮線維芽細胞も大量に喪失している可能性がある.皮膚外組織からの皮膚構成細胞へと分化可能な多能性幹細胞供給システムが存在すれば,表皮水疱症における損傷皮膚再生機序の解明のみならず,他家骨髄移植による表皮水疱症治療が可能になる.そこで我々は,骨髄内に種々の皮膚構成細胞に分化可能な多能性幹細胞が存在し,末梢循環を介して損傷部皮膚に動員されている可能性を予想して研究を進めた.

最 初 に 我 々 は, 緑 色 蛍 光 タ ン パ ク GFP(green fl uorescent protein)遺伝子トランスジェニックマウスから骨髄細胞を採取し,VII 型コラーゲン欠損マウスの胎仔循環に移植して,移植骨髄細胞の再生皮膚への寄与を検討した.胎仔循環に移植した理由は,胎生期は免疫寛容が維持されており,外来抗原である GFP を発現する移植骨髄細胞に対する免疫反応を回避出来るため,放射線照射や免疫抑制剤投与無しに移植細胞の生着が期待出来ることから,より生理的環境に近い状況で移植細胞の動態を観察出来るからである.その結果,胎生循環に移植した GFP 陽性骨髄細胞は末梢循環を介して皮膚に遊走し,線維芽細胞に分化して基底膜部に VII 型コラーゲンを供給すること,その結果 VII 型コラーゲン欠損マウスの皮膚病態は改善し,新生マウスの生存率を向上させることが明らかとなった [6].興味深いことに,野生型マウス胎生循環に移植した GFP トランスジェニック骨髄細胞も末梢循環を介して正常皮膚に集積し,線維芽細胞に分化して出生後長期間皮膚に生着していた [6].このことは,末梢循環に骨髄由来間葉系細胞が存在すれば,少なくとも胎生期には生理的環境下でも皮膚に遊走し,線維芽細胞に分化して皮膚の発生,恒常性維持に寄与している可能性を示唆している.しかし,胎生期骨髄細胞移植実験では,移植骨髄細胞由来表皮細胞の存在は確認し得なかった.このことは致死量放射線を照射した成熟マウスへの GFP トランスジェニック骨髄細胞移植実験においても移植骨髄細胞は正常皮膚に表皮細胞を供給することはなく,さらに損傷皮膚(皮膚潰瘍モデル)においても移植骨髄細胞の再生表皮への寄与は殆ど無いか,あったとしても極めて少ない(0.0001% 程度)という過去の報告と矛盾しない.

それでは,移植骨髄細胞は表皮水疱症における剥離表皮再生に寄与し得ないのであろうか.この疑問を解決する目的で,次に我々は異なる骨髄移植実験系を検討した.致死量放射線照射した成熟マウスに GFP トランスジェニック骨髄細胞を移植した後,その背部皮膚に VII 型コラーゲン欠損マウス皮膚を移植し,生着後に生じる剥離表皮の再生機序における移植 GFP 骨髄細胞の寄与を検討した [9].その結果,驚いたことに移植皮膚片における剥離表皮再生

過程で,約 10%の表皮細胞が骨髄由来表皮細胞で置換されていることが明らかとなった [9].そして,移植骨髄由来表皮細胞は,皮膚基底膜部に欠損していた VII 型コラーゲンを供給していることが示された [9].これらの結果により,骨髄移植により表皮水疱症の治療が可能であることが示された.さらに我々は骨髄細胞由来表皮再生メカニズム解明研究を進め,1)VII 型コラーゲン欠損マウス剥離表皮から循環血液中に放出される HMGB1(high mobility group box 1)が骨髄内 PDGFRα陽性細胞を刺激して血中に動員すること,2)血中動員された骨髄由来 PDGFRα陽性細胞は剥離表皮部に集積すること,3)剥離表皮部に集積した PDGFRα 陽性細胞は真皮内では線維芽細胞に,表皮内では表皮細胞に分化して皮膚再生を誘導していることが明らかとなった [9].さらに,重症劣性栄養障害型表皮水疱症患者血液中の HMGB1 濃度は健常人に比較して数十倍の高濃度であることが明らかとなり [9],患者皮膚においても骨髄由来細胞による表皮再生機序が機能している可能性が示唆される.即ち,骨髄内 PDGFRα 陽性細胞中に真皮線維芽細胞,表皮角化細胞,さらにはその他の皮膚構成細胞に分化可能な PDGFRα 陽性多能性幹細胞分画が存在すること,健常人由来 PDGFRα 陽性多能性幹細胞を移植することにより,表皮水疱症の治療が可能になることが予想される.

マウス骨髄内 PDGFRα 陽性細胞には間葉系幹細胞が含まれることが報告されている.近年,我が国の研究者らにより,これら PDGFRα 陽性間葉系幹細胞には外胚葉由来と中胚葉由来の 2 種類が存在し,前者は後者に比較して外胚葉由来組織である神経への分化能を保持していることが相次いで報告された [12,13].表皮細胞は外胚葉由来であるから,我々が観察した表皮細胞への分化能を持つPDGFRα 陽性細胞は外胚葉由来間葉系幹細胞であると予想される.最近,東北大学出澤教授のグループは,ヒトおよびマウスの骨髄及び皮膚組織内に外胚葉,中胚葉,内胚葉のいずれの組織にも分化可能な多能性幹細胞が存在することを見出し,ミューズ細胞(Muse cell)と命名した [14].骨髄内ミューズ細胞と間葉系幹細胞の関係は不明であるが,三胚葉由来組織に分化可能なミューズ細胞は骨髄内で造血幹細胞や間葉系幹細胞を供給している可能性もあり,極めて興味深い.

一方,北海道大学清水教授のグループは接合部型表皮水疱症モデルマウスである XVII 型コラーゲン欠損マウスに致死量放射線照射をした後に GFP トランスジェニック骨髄細胞を移植することにより,骨髄由来 GFP 陽性細胞による表皮再生と皮膚基底膜部への XVII 型コラーゲン供給を確認し,やはり骨髄移植による表皮水疱症治療の妥当性を明らかにした [8].XVII 型コラーゲンは表皮細胞でのみ産生されると考えられるため,移植骨髄細胞が接合部型表皮水疱症における剥離表皮再生と表皮・基底膜間接着機能改善に寄与し得ると考えられる.現時点では,XVII 型コラーゲン欠損マウスにおける剥離表皮再生に寄与している骨髄細胞起源は明らかにされていない.今後,生体内で剥

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玉井克人

あった場合に証明される.もし VII 型コラーゲン完全欠損症例で骨髄移植治療の有効性が確認されれば,本症に苦しむ患者及びその家族にとって大きな福音となることは疑いない.しかし,一般的に骨髄移植治療の致死率は約 10%程度であり,全身広範囲皮膚に潰瘍を持つ重症劣性表皮水疱症では感染症合併の危険性が通常よりも高くなることが予想される.表皮水疱症に対する骨髄移植治療がスタンダードな治療法として定着するためには,VII 型コラーゲン完全欠損の重症症例に対する安全な骨髄移植治療プロトコール開発が必要不可欠である.

Ⅴ. 表皮水疱症に対する骨髄間葉系幹細胞移植療 法

前述したように,我々は骨髄内 PDGFRα 陽性細胞分画に表皮細胞や線維芽細胞へと分化可能な多能性幹細胞が存在すること,表皮水疱症剥離表皮が放出する HMGB1 がPDGFRα 陽性細胞を骨髄から剥離表皮部へと動員し,表皮や真皮の再生を誘導していることを明らかにした.骨髄PDGFRα 陽性細胞分画は間葉系幹細胞を多く含むと考えられることから,健常人由来骨髄間葉系幹細胞を表皮水疱症の剥離表皮部に移植することが出来れば,真皮に健常線維芽細胞が,さらに表皮に健常表皮細胞が再生され,その結果基底膜部に欠損していた接着分子が再構築されて症状が改善することが期待される.実際,南米チリの研究グループは,VII 型コラーゲンが完全欠損している重症劣性栄養障害型表皮水疱症の 2 症例に対して,血縁関係のない健常者の骨髄間葉系幹細胞を培養して増殖し,潰瘍部周囲に皮下移植した [11].その結果,極めて難治であった皮膚潰瘍の再上皮化が促進され,また間葉系幹細胞移植一週間後には移植部皮膚の基底膜部に VII 型コラーゲンが供給されていることが明らかとなった [11].しかし,移植 5 ヶ月目頃から徐々に移植部皮膚に水疱形成が再燃し,同時に皮膚基底膜部の VII 型コラーゲン発現が減弱していることが確認された [11].これらの研究結果は,他家骨髄間葉系幹細胞移植が栄養障害型表皮水疱症の治療に有効であること,その治療効果は少なくとも数ヶ月間持続すること,しかし移植間葉系幹細胞は数ヶ月で次第に減少するし可能性を示している.また,チリの臨床研究では,表皮水疱症患者皮膚に移植した間葉系幹細胞が患者皮膚内で表皮角化細胞に分化しているのか真皮線維芽細胞に分化しているのかについては明らかにされていない.基本的に基底膜構成タンパクはすべて表皮細胞から産生されるが,唯一 VII 型コラーゲンは真皮線維芽細胞からも産生される.表皮水疱症患者皮膚に移植した間葉系幹細胞は,同じ間葉系細胞である線維芽細胞には分化しやすいと予想されるため,移植後 1 週間で皮膚基底膜部に供給された VII 型コラーゲンは線維芽細胞由来である可能性は否定できない.しかし,単純型や接合部型表皮水疱症で欠損している分子はすべて表皮細胞由来であるため,もし移植間葉系幹細胞が患者皮膚内で表皮細胞へと分化しなければ,単純型や接合部型表皮水疱

離表皮の再生に寄与している骨髄細胞の詳細が明らかになれば,その細胞を利用したより有効な表皮水疱症再生医療の開発が可能になると期待される.

Ⅳ.表皮水疱症に対する骨髄移植療法

昨年(2010 年),米国ミネソタ大学の研究グループは,世界で初めて劣性栄養障害型表皮水疱症に対する骨髄移植実施例(7 例)を報告した [10].具体的には,15 ヶ月から14.5 歳まで(平均 5.9 歳)の劣性栄養障害型表皮水疱症に罹患した小児患者を選択し,化学療法(busulfan 0.8mg/kg)により骨髄細胞を減少させた後,HLA の完全一致した兄弟姉妹由来骨髄細胞(1 例のみ非血縁者由来,HLA-B遺伝子ミスマッチ)を移植した.1 例は,移植直前に合併症(拡張型心筋症)で死亡したが,他の 6 例はいずれも皮膚症状の有意な改善(水疱数および潰瘍面積の減少,外力に対する抵抗性増強)を認めた.

また移植 100 ~ 200 日目前後で生検した皮膚組織では基底膜部の VII 型コラーゲン発現増強が全例で確認され,また 10 ~ 30%程度(平均約 20%)のドナー / レシピエント・キメラ率が確認された.性ミスマッチドナー由来骨髄を移植した症例の生検皮膚組織で行った性染色体 FISH による解析では,ドナー由来造血系細胞(CD45 陽性)は真皮内血管周囲に多く局在しており,一方 CD45 陰性かつ CD31陰性ドナー細胞(非造血系且つ非血管系細胞)は真皮乳頭部(表皮との境界部)と表皮内に存在していた.これらの細胞の詳細な性質は不明である.尚,HLA-B 遺伝子ミスマッチの症例では次第に移植骨髄細胞は拒絶され,移植183 日目に敗血症により死亡した.

この臨床研究において,移植骨髄細胞が臨床症状改善,VII 型コラーゲン発現増強に対してどのような寄与をしているかについては不明である.何故なら,エントリーした症例はいずれも VII 型コラーゲン完全欠損症例ではなく,変異 VII 型コラーゲンを基底膜部に発現している症例を選択しているため,骨髄移植後に基底膜部で増加しているVII 型コラーゲンが患者由来かドナー細胞由来かについて区別出来ない.これに関連して,他家線維芽細胞の潰瘍部皮膚移植臨床研究でも同様に潰瘍治癒促進効果と潰瘍閉鎖後の表皮再剥離予防効果が確認され,さらに線維芽細胞移植部皮膚基底膜領域に VII 型コラーゲンの発現が増強していたが,それらはすべて患者由来変異 VII 型コラーゲンであった.即ち,潰瘍部皮膚に移植した線維芽細胞が分泌する因子により,患者皮膚表皮細胞や線維芽細胞における変異 VII 型コラーゲン産生が増強され,基底膜部に変異 VII型コラーゲンが増加する結果,ある程度基底膜・真皮間の接着機能が向上して臨床症状の改善が得られたと考えられている.同様のメカニズムは移植骨髄由来細胞によっても生じている可能性がある.移植骨髄由来細胞による正常VII 型コラーゲン産生が臨床症状の改善に寄与しているかどうかについては,VII 型コラーゲン完全欠損である重症劣性栄養障害型表皮水疱症患者に対する骨髄移植が有効で

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表皮水疱症の再生医療

臨床症状が改善し,QOL の向上が得られる可能性を期待させる.

Ⅶ.終わりに

表皮水疱症の原因遺伝子が初めて明らかになって以来,既に 20 年の歳月が過ぎた.この間,遺伝子治療研究や再生医療研究の伸展と平行するように,表皮水疱症に対する遺伝子治療や再生医療の基礎的,臨床的研究が精力的に進められてきた.表皮水疱症に対する遺伝子治療効果を長期間維持するためには,レトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いて皮膚細胞に分化する幹細胞の染色体内に治療用遺伝子を組み込む必要がある.しかし,導入遺伝子による染色体 DNA の組み換えが発癌を引き起こす可能性が問題となっているため,現在は再生医療に寄せられる期待が高まりつつある.近い将来に,この極 . めて重篤な難治性皮膚疾患である表皮水疱症に対する有効かつ安全な再生治療,再生誘導治療,さらには患者幹細胞を標的とした再生・遺伝子治療が可能となり,表皮水疱症の根治的治療が実現する日まで,あきらめることなく基礎研究,臨床研究を進めて行かなくてはならない.

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症に対しては十分な治療効果が得られない可能性がある.しかし,前述したように PDGFRα 陽性骨髄細胞が VII 型コラーゲン欠損マウスの剥離表皮再生に寄与すること [9],PDGFRα 陽性骨髄細胞は間葉系幹細胞を豊富に含む細胞分画であること,XVII 型コラーゲン欠損マウスに対する骨髄移植研究により移植骨髄細胞による表皮再生が確認されたこと [8] から,骨髄間葉系幹細胞は生体内で骨髄から剥離表皮部に移動し,損傷皮膚の局所環境刺激に応答して表皮細胞へと分化することが予想される.今後,1)骨髄間葉系幹細胞の中で表皮細胞への分化能を有するのは外胚葉由来間葉系幹細胞に限定するのか,2)表皮細胞分化能を持つ骨髄間葉系幹細胞を培養,維持する最適培養条件は何か,3)表皮分化能を持つ骨髄間葉系幹細胞が表皮細胞へと分化する環境刺激は何か,といった問いに対する答えが明らかになれば,栄養障害型表皮水疱症のみならず,単純型や接合部型表皮水疱症に対しても有効な骨髄間葉系幹細胞移植治療が可能になると期待する.

Ⅵ. 表皮水疱症に対する骨髄間葉系幹細胞血中動  員因子を利用した再生誘導医療の可能性

上述したように,最近我々は表皮水疱症における剥離表皮の壊死過程から大量に放出される HMGB1 が末梢血液を介して骨髄 PDGFRα 陽性間葉系幹細胞を刺激して血中に動員し,さらに血中動員された PDGFRα 陽性間葉系幹細胞は次第に剥離表皮部皮膚に集積して真皮線維芽細胞や表皮角化細胞に分化することにより,損傷皮膚再生を強く誘導していることを明らかにした [9].さらに,組み換え HMGB1 タンパクを静脈内投与することにより,マウス骨髄内 PDGFRα 陽性間葉系幹細胞を人為的に血中動員することが可能であった [9].これらの結果は,難治性組織損傷を持つ患者に HMGB1 を静脈内投与することにより,患者骨髄内 PDGFRα 陽性間葉系幹細胞を血中に動員し,損傷組織の再生を誘導することが可能であることを期待させる.表皮水疱症患者血液中に HMGB1 を投与した場合,患者骨髄から動員される間葉系幹細胞も基底膜分子の遺伝子異常を有するため,例え線維芽細胞や表皮細胞に分化したとしても表皮水疱症の根治的治癒につながることは期待できない.しかし,近年間葉系幹細胞それ自体に炎症抑制効果,瘢痕抑制効果,組織再生誘導効果があることが明らかとなり,脳梗塞や心筋梗塞など,種々の難治性組織壊死の治療に間葉系幹細胞移植が有効であることが示されている [15].さらに,間葉系幹細胞の抗炎症・免疫作用を利用した移植片対宿主病(graft versus host disease, GVHD)や自己免疫疾患への間葉系幹細胞移植臨床試験が進められつつある [16].これらの事実は,水疱形成後の強い炎症反応や瘢痕形成が臨床症状を悪化させ,日常生活におけるQOLを著しく低下させている表皮水疱症において,HMGB1 投与により生体内で骨髄間葉系幹細胞を水疱・潰瘍部皮膚に動員するこが出来れば,皮膚に集積した間葉系幹細胞の抗炎症作用,瘢痕抑制作用,再生促進作用により

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玉井克人

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