低re 数領域での naca0012 翼の非線形空力 ... - jst

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29 ―論 文― Vol. 55, No. 644, pp. 439–445, 2007 Re 数領域での NACA0012 翼の非線形空力特性 *1 Nonlinearity of the Aerodynamic Characteristics of NACA0012 Aerofoil at Low Reynolds Numbers *2 *3 *2 Tomohisa Ohtake, Yusuke Nakae and Tatsuo Motohashi Key Words : Low Reynolds Numbers, Nonlinearity, Aerodynamic Characteristics, NACA0012 Abstract : Aerodynamic characteristics of NACA0012 airfoil at low Reynolds numbers (Re =1.0 × 10 4 1.0 × 10 5 ) are measured systematically to clarify nonlinearity of the aerofoil characteristics. The variation of the lift curve with the angle of attack is divided into 5 sub-regions; the gradient of the lift curve much depends on the incident angle. Negative values of the gradient of lift coefficient are observed at lower angles of attack in a Reynolds numbers range. The sub-regions are summarized in a diagram of angle of attack and Reynolds numbers. The coefficients of drag and moment around 0.25 chord length have also unique characteristics. 1. Re ライ レイ Re 1.0 × 10 6 Re 1.0 × 10 6 Re 10 UAV Unmanned Air Vehicles MAV Micro Air Vehi- cles Re Re Re Re C l *1 C 2007 19 3 23 *2 *3 C l max C d C d min Re 1) Re Separation Bubble 2) Tani McCullough 4) 3) Mueller イヤ 5, 6) レイ 7) 2 3 Re Re 8) Re ( 439 )

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日本航空宇宙学会論文集 ―論 文―Vol. 55, No. 644, pp. 439–445, 2007

低Re数領域でのNACA0012翼の非線形空力特性∗1

Nonlinearity of the Aerodynamic Characteristics of

NACA0012 Aerofoil at Low Reynolds Numbers

大 竹 智 久∗2・中 江 雄 亮∗3・本 橋 龍 郎∗2

Tomohisa Ohtake, Yusuke Nakae and Tatsuo Motohashi

Key Words : Low Reynolds Numbers, Nonlinearity, Aerodynamic Characteristics, NACA0012

Abstract : Aerodynamic characteristics of NACA0012 airfoil at low Reynolds numbers (Re = 1.0 × 104~1.0 × 105)

are measured systematically to clarify nonlinearity of the aerofoil characteristics. The variation of the lift curve with

the angle of attack is divided into 5 sub-regions; the gradient of the lift curve much depends on the incident angle.

Negative values of the gradient of lift coefficient are observed at lower angles of attack in a Reynolds numbers range.

The sub-regions are summarized in a diagram of angle of attack and Reynolds numbers. The coefficients of drag and

moment around 0.25 chord length have also unique characteristics.

1. は じ め に

航空機の開発とともに翼の研究は発達してきた.したがって,航空機の良否は,第一に,翼の空力特性に大きく依存する.今日でも,より良い翼特性をもった翼型の開発が盛んに行われている.翼型の性能は Re数に依存する,例えば,ライト兄弟の風洞実験で用いられた翼型のレイノルズ数(以下 Re数と表記)はすでに 1.0× 106 を越えていた.その後の翼型の開発においても,Re数が 1.0× 106 を大きく越えている場合の翼特性に重点が置かれている.しかし,近年,Re数が数 10万,あるいは数万の翼型の特性が重要になってきている.理由の一つには,小型・低速の航空機を含めた飛行体が社会のあらゆる場面で登場してきたことが挙げられる.中でも,無人飛行機(UAV;Unmanned AirVehicles)および超小型飛行機(MAV;Micro Air Vehi-cles)の登場は特記に値する.すなわち,災害現場や各種調査に用いられるこれらの航空機に使用される翼型の空力特性は,今後翼型開発の分野で大きな役割を演じていくものと推測される.しかし,このように低い Re数領域における翼型の空力

特性の研究は少ない.これは低 Re数領域では翼に働く流体力が小さく計測が困難であったことが一因と考えられる.一方,最近の電子機器の発達に伴い,小さな流体力を計測することができるようになってきた.低い Re数における翼型の空力特性の特徴は,揚力係数が非線形性をもつことである.すなわち,揚力が迎角に比例しないことである(高いRe数領域に比べ揚力係数 Cl の

∗1 C© 2007 日本航空宇宙学会平成 19 年 3 月 23 日原稿受理

∗2 日本大学理工学部航空宇宙工学科∗3 日本大学大学院理工学研究科航空宇宙工学専攻

最大値 Cl max および抗力係数 Cd の最小値 Cd min が Re

数によって変化することが知られている1)).したがって,揚力の増加は一定ではなくなり,迎角に依存することになる.また,空力特性の変化に加え,翼の失速特性も変化する.低い Re数の流れにおいては,翼の前縁より発達した境界層が層流から乱流へ遷移する前に,層流状態のまま翼表面から 離を起こす層流 離が生じる.その後, 離した境界層が乱流へと遷移し,下流域で翼表面上への再付着を起こし, 離泡(Separation Bubble)が形成される2).この 離泡が翼まわりの流れに影響を与えることにより複雑な流れ場が形成され,前述した空力特性の特徴的な変化が現れると考えられる.

Taniは,McCulloughらにより分類される代表的な翼の失速特性4) について,失速がどのようなメカニズムで発生するのか, 離泡が失速特性にどのような影響を及ぼすのか等を,既存の実験データを基に解析・吟味を行っている3).Muellerらは,スモークワイヤ法を用いた流れの可視化に加え,空気力の測定を行うことにより,それらの関連性を述べている.さらに,翼前縁付近に付加した表面粗さや音響励起による境界層発達への影響を論じている5, 6).李家は,層流 離泡内の速度分布,レイノルズ応力分布をレーザー流速計および熱線流速計を用いて計測を行った7).また,層流 離泡の研究を概観した. 離泡の特性が計測器の進歩とともに解明されつつあるが, 離泡の 2次元構造の検討に留まっている,3次元非定常な構造の理解が不可欠であると主張している.中根は広い Re数領域での翼特性の計測を行い,翼の空力特性が Re数とともにどのように変化するのか,風洞実験データをもとに検討を行った8).このように,国内外において,種々の実験・報告が行われているが,低 Re数領域における流れ場と空気力との関連

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性, 離泡が空力特性に与える影響, 離泡の発生メカニズムなどの詳細については,未だ十分な究明が行われていないと考えられる.本研究では,境界層が 離や遷移,再付着等の複雑な様相を示す低い Re 数領域,すなわち Re 数が 1.0× 104 から 1.0× 105 までの翼特性を測定し,空力特性と流れ場との関係を議論する.なお,本報告で高 Re 数というのは,1.0× 105 以上の Re 数を指すものとする.低 Re 数は主に 1.0× 105 未満の Re数を示す.Re数が 1.0× 105 から1.0× 106 領域については移行領域あるいは境界領域と考える.

2. 実験装置・方法

2.1 風洞装置 空気力の測定には,日本大学理工学部航空宇宙工学科回流型小型風洞および 3分力計測システムを使用した.風洞装置の概略図を第 1図に示す.本風洞装置は垂直回流型であり,吹き出し口寸法は 0.3 m× 0.3mの正方形,縮流洞絞り比は 13.4である.測定部は測定部壁面に使用しているアクリル壁を変更することにより,主流方向長さ 0.85mをもつ自由壁測定部,または固定壁測定部として使用することができる.風速の可変範囲は,吹き出し口で測定される主流速度において U = 0.2~14m/sであり,主流中の残留乱れは 5m/sにおいて 0.1%以下である.本研究においては,固定壁測定部を使用した測定を行う.

2.2 3 分力計測システム 3 分力の計測には多分力検出器(LMC-3501-20N,日章電機 (株)社製)を使用した.法線方向成分力 N,接線方向成分力 T,モーメント M

のフルスケールは,それぞれ 20N,20N,2N·mである.分解能は最大でフルスケールの 1/4000,非直線性は各分力とも 0.01%以下である.測定時における検出器の較正に関しては,検出器付属の 2次較正器を用いた較正を行っている.検出器により検出された信号は,同社製直流型歪増幅器(DSA-100A-3ch)により増幅された後,A/D変換器(PCIe-6251,NI社製)およびPCを用いて測定される.第2図に 3分力計測システムの概略図を示す.多分力検出器は測定部床面側に置かれ,翼模型は測定部床面から測定部内の気流中に垂直に突き出す形で設置される.測定に使用した翼模型は,翼型に既存の測定結果の多い NACA0012 を採用し,翼弦長 c = 75 mm,翼幅 b = 300 mm,アスペクト比 AR = 4.0 の諸元およびc = 150 mm,b = 300 mm,AR = 2.0の諸元をもつ 2種類の矩形翼模型を用意した.両模型とも材質はアルミ材とし,表面を平滑仕上げとして粗さの影響を取り除いてある.測定に際しては,測定部側壁と翼模型翼端との間に翼端を平行に延長する部材を取り付け,翼まわりの 3次元的な流れ場を 2次元的な流れ場に近づけた.模型翼端と測定部側壁との間隔は,約 0.5mmである.これによる空気力への影響は,最大揚力係数の低下,高迎角時の揚力傾斜の低下,高迎角時の抗力係数の増加などが数%程度生じていると考えられる.しかし,全体的な空力特性への影響は小さいものと考える.

第 1図 0.3m× 0.3m 小型風洞

第 2図 3 分力計測システム

多分力検出器および翼模型は,ステッピングモータと減速ギヤを使用したターンテーブル上に取り付けられ,ターンテーブルを回転させることによって翼模型の迎角 α を変化することができる.これらの組み合わせにより得られる迎角 α の最大分解能は 0.002◦ である.翼模型の回転中心は,翼弦線上の前縁から 25%位置であり,ターンテーブルと検出器の回転中心とも一致させている.

2.3 実験方法 各測定には一様流速 U と翼模型の翼弦長 c を基準とした Re 数を用い,Re 数が 1.0× 104 から1.0× 105 の範囲において 1.0× 104 おきに測定が行われた.迎角 α は−20◦から 20◦まで 0.2◦刻みで変化させ,3分力計測システムにより計測された N,T,M から揚力 Lu,抗力 Du,モーメント Mc/4u を算出した.さらに,実験結果を吟味し,考察に必要と思われる Re数での測定も行われた.計測された各空気力には,2次元流れにおける閉塞効果の修正9, 10),測定部壁面による境界修正9) を用いて測定部による影響を取り除いている.

3. 実験結果・考察

3.1 揚力係数の変化 第 3図にRe数が 1.0× 104 から5.0× 104 まで,第 4図にRe数が 6.0× 104 から 1.0× 105

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低 Re数領域での NACA0012翼の非線形空力特性(大竹智久・中江雄亮・本橋龍郎) 31

までの迎角 α に対する揚力係数 Cl の変化を示す.これらの図から,揚力の変化を大きく 5つの領域に分けて考えることができる(第 5図).代表例として,主にRe = 3.0×104

について論じる.第 1の領域は,α = 2◦ 付近までの低い揚力係数を示す迎角領域である.低迎角におけるこのような揚力の低下はRe = 9.0 × 104 まで継続する.さらに特異なことに,Re

数が 2.5×104 から 9.0×104 の間では揚力傾斜(dCl/dα)が負となることが大きな特徴である.この現象は,MuellerらによってRe = 1.3× 105,翼型NACA663-018の Cl–α

曲線においても見出されている6) が,この現象を説明するメカニズムについては言及されていない.したがって,翼型や Re数への依存性が未解決であるため,さらに吟味する必要がある.この負の揚力傾斜の領域は Re数とともに減少し,Re = 9.0× 104 以上において消失することが観察される.この領域では,α = 0◦ ですでに翼の上・下面ともに後

縁付近に層流 離領域が存在している.この層流 離領域は,ほぼ死水領域である.しかし,迎角 α の増加に伴い翼上面側の 離点は前縁側に,前面側の 離点は後縁側に移動する.これらの変化により,翼面上に存在する死水領域の大きさは,翼の上面側では大きく,下面側では小さくなる.このような翼面上の 離領域の不均衡が,翼面上の圧力分布に影響を及ぼすことによって,Cl–α 曲線に非線形性

第 3図 揚力係数(Re = 1.0× 104~5.0× 104)

第 4図 揚力係数(Re = 6.0× 104~1.0× 105)

が現れたと考えられる.この現象の解明には,さまざまな要素の関与を考える必要がある.例えば,淀み点を通過した分岐流線の振る舞いに影響を与える翼面上の圧力勾配・壁面せん断応力が,迎角 α の増加に伴いどのような変化を示すのか詳細な数値計算結果を用いた吟味が必要である.第 2の領域は,迎角 α が 2◦から 4.5◦付近までの急激に揚力が増加を示す領域である.薄翼理論で予測される揚力傾斜 0.11/deg(2π/rad)のほぼ 2倍の値を示している.この領域はRe数の増加とともに低迎角側に移動する.このような揚力の急増は,Muellerらによる翼型 NACA663-018を用いた報告6)でも述べられ,Re = 4.0× 104 では局所的に揚力傾斜 0.11/deg(2π/rad)の約 7倍,Re = 1.3×105

では約 4倍の値を示したことが報告されている.平板翼に関する岡本の実験では,前縁での 離によって生成された離泡が前縁付近に発生するために揚力傾斜が増大したと考えている.また,岡本は,Re = 1.0× 104 以下の薄い平板では揚力傾斜の大きさが 2π に比べて,25~35%増加すると報告している11). しかし,本研究で使用した翼型では,前縁での 離による 離泡は観察されていない.層流 離領域の後端付近において,せん断層の不安定性の増加による渦を伴う乱れた流れが観察されている12).これは 離せん断層と外部流れの間に渦構造の発生が考えられる13).渦の発生による空気力の増加が揚力傾斜の増加に寄与したものと考えられる.第 3の領域は迎角 α が 4.5◦から 9◦に対応する.迎角 α

が 4.5◦を越えると急に揚力傾斜が小さくなり,約 0.059/degを示す.この現象は,層流 離した翼面上の流れが再付着し, 離泡が形成されることにより引き起こされる. 離泡は迎角の増加とともに翼の前縁方向に移動・縮小していく.このような振る舞いは,Taniによる 離泡の分類において “short bubble”の特性に当てはまるが,その大きさは翼弦長の数%~数 10%に相当する.また, 離泡より下流側に再付着した流れは乱流境界層を形成し,翼面からの離を抑える効果をもたらす.その後, 離泡の縮小とともに揚力が増加していき,後縁からの 離が始まることで揚力の増加が終了する.

Re = 3.0 × 104 では,約 4.5◦ の広い迎角範囲で 離泡

第 5図 揚力係数の領域分け(Re = 3.0× 104)

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の変化が起こり,翼上面での圧力分布において迎角の増加による負圧の増加と 離泡による負圧上昇寄与分のバランスが保たれることで,一定の揚力傾斜が得られたと考えることができる.本研究で使用した翼型 NACA0012は,一般的に「後縁

失速型」に分類される.Re数がより高い(例えば 106 のオーダー)場合は,翼面上に 離泡が形成される前に層流境界層から乱流境界層へと遷移し,その後,翼の後縁より離が始まり失速に至る.第 4の領域は,α = 9◦付近の局所的な揚力の最大値から

ゆるやかに減少し,α = 13◦ 付近の局所的な最小値をとるまでの領域である.この領域は,高 Re数での翼特性における失速に対応する.このような緩慢な失速は低い Re数での翼特性の特徴であり,McCulloughらの失速特性の分類によると「後縁失速」に分類される.失速は,翼上面での全面 離による圧力分布の平坦化と下面の圧力の増加によることは,高 Re数での実験結果から解明されている4).低 Re数では,全面 離が発生しても,流れ場は翼上面に沿って存在する.流れが翼面から 離していくためにはさらに迎角を増加する必要がある.その過程がこの迎角領域において行われると考えられる.流れの翼面からの 離はRe数とともに強化される.このことは,Re数とともに揚力降下が急峻になってくることに対応する.第 5の領域は,迎角 α が 12◦ から揚力が緩慢に増加する領域である.この領域では流れが前縁から完全に 離している. 離点の直後で観測される最低圧力の値は迎角とともに徐々に減少する.したがって,翼下面での圧力が揚力に与える寄与が増大し,揚力はゆっくり増加する.以上の 5つの領域について,揚力傾斜の変化を基に,Re

数と迎角との関係を模式的に分類した図が第 8 図である.Re数が 2.0× 104 以下では,明確な失速は観測されず,揚力係数も複雑な曲線を描く.Re数が 2.0× 104 を越えると,第 3の領域が徐々に増大し,大きな領域を占めることになる.高い Re数の場合に見られる線形的な変化に比べ,揚力傾斜が Re数によってさまざまに変化することが分かる(第 9図).このように,非線形的な振る舞いを見せる揚力の変化には,迎角の微小増加・減少に伴い大きく影響を受けた翼まわりの流れ場が関与していると考えられる.そのため,今回の報告では計測を行っていないが,迎角の変化に対する揚力のヒステリシスの存在が予測される.

3.2 抗力係数 第 6図,第 7図に抗力係数 Cd の変化を示す.揚力係数と同様,代表例としてRe = 3.0×104 を取り上げ,抗力係数の変化について議論する.高いRe数では,α = 0◦での翼型の抵抗係数 Cd は平板の摩擦抵抗係数 Cf の 2.04倍で近似できることが知られている(東15)).しかし,低Re数領域においてもこの近似が成立するのか,現在までに得られている低 Re数での実験結果を整理すると第 10図となる.Sunadaら16),安田17),中根8),岡本11) による実験結果の平均値から平均抵抗係数を求めると約 3.4倍である.この値は,壁面に働く摩擦抵抗と圧力抵抗の和と考えられる.したがって,圧力抵抗の

寄与は平板の摩擦抵抗のほぼ 40%程度であると予測される.しかし,圧力抵抗はRe数と厚さに依存すると考えられる.詳細はさらに吟味をする必要がある.低 Re数領域での抵抗係数の挙動を検討する.揚力係数の第 1および第 2の領域では,抵抗係数は迎角の 2次式によって近似できる(第 6図).しかし,揚力係数の第 3領域に入る迎角で迎角変化に対する抗力係数の傾斜が変わり,迎角とともに抵抗係数が直線的な増加を示す.さらに,最大揚力をとる迎角では抗力係数の曲率が下に凸から上に凸に変化する.すなわち,揚力係数が減少を始める迎角で抗力係数は急増を始めることを意味する.この現象は高 Re

数領域での失速に対応する.このことから,低 Re数領域では,揚力の急減よりは抗力の急増が “失速の指標”として適切と思われる.一方,Re数を下げていくと,このような現象は見られず,迎角に対する抗力の変化が全般的に放物線状に変化する.つまりこれらの空力データからは,翼の失速が明確に判定できなくなる.本研究の測定データからは,Re = 2.0× 104

を境に失速特性が変化することが確認されているため,この Re数が空力データから失速を判定することが可能となる臨界値であると考えられる.このような Re数の臨界値は,様々な翼型に対しても存在すると考えられるため,低Re数領域での翼型の空力特性に対する知見を得る上で,さらなる調査が必要である.

第 6図 抗力係数(Re = 1.0× 104~5.0× 104)

第 7図 抗力係数(Re = 6.0× 104~1.0× 105)

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低 Re数領域での NACA0012翼の非線形空力特性(大竹智久・中江雄亮・本橋龍郎) 33

第 8図 揚力係数の非線形性に関する模式図

第 9図 低 Re 数領域と高 Re 数領域(Abbott ら14))との揚力係数の比較

第 10図 NACA0012 翼における最小抗力係数の変化8, 9, 12, 14, 15)

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第 11図 モーメント係数(Re = 1.0× 104~5.0× 104)

第 12図 モーメント係数(Re = 6.0× 104~1.0× 105)

3.3 モーメント係数 低 Re 数領域における翼に働くモーメントの報告例は非常に少ない.本報告では 1/4翼弦周りのモーメントの測定結果を報告する.翼に働く空気力の変化,特に揚力の変化はモーメントの挙動と密接に関係していることが推測される.したがって,モーメント係数は新しい実験事実を提供してくれるものと思われる.第 11図,第 12図にモーメント係数 Cm c/4 の変化を示す.

Re数が 1.0× 104 から 5.0× 104 までの範囲では,迎角の増加とともに,2回の変動を伴いながら,負の値をもった高迎角につながる.最初の変動の最大値は,揚力係数の第1領域の上限に対応している.また,モーメントの最小値を示す迎角は,揚力係数の第 3領域の始まりの迎角に対応する.このように揚力の変化がモーメントに作用していることが分かる.これらの実験結果のみからは 離泡との関係は断定できないが, 離泡の位置が変化することによって圧力分布が変化を受け,モーメントが変動することは容易に推測される.

Re数が 6.0× 104 から 1.0× 105 では,低迎角で負の値をとった後,モーメントは迎角とともに増加し,失速迎角付近で急減する.高 Re数では,ほとんど一定であるモーメント係数がこのように変動することは新しい事実であると考えられる.第 13図,第 14図に,揚力係数,抗力係数およびモーメント係数から算出した圧力中心位置 C.P. の変化を示す.Re

第 13図 圧力中心位置(Re = 1.0× 104~5.0× 104)

第 14図 圧力中心位置(Re = 6.0× 104~1.0× 105)

数が 1.0× 104 から 5.0× 104 では,迎角 0◦ 付近で前後に大きく圧力中心位置が変動する.これは揚力の値が非常に微小であるためである.Re = 1.0× 104 では,翼の前縁より前方にあった圧力中心は迎角とともに後退し,迎角 7.5◦

では 30%翼弦の位置に達している.さらに迎角を増加させても圧力中心位置はほとんど変わらない.また,Re 数が2.0× 104 以上では,30%翼弦位置に達した圧力中心は再び前進し,20%翼弦位置に達し,迎角 10◦付近で急に 30%翼弦位置に後退する.Re = 4.0 × 104 および 5.0× 104 では,圧力中心位置が一旦後方に移動してから 30%翼弦位置にもどってくる.Re数が 6.0× 104 以上では,迎角 0◦ 付近で,圧力中心位置が前後に大きく変動すること,失速までは 20%翼弦位置に留まること,失速以降はほぼ 35%翼弦の位置に留まることが分かった.

3.4 極曲線 第 15図,第 16図に極曲線を示す.Re数が 1.0× 104 から 5.0× 104 では,原点に向かって尖った曲線が Re数とともに平坦化する様子が明確に捉えられている.最大揚抗比 (Cl/Cd)max は,5から 15である.Re数が 5.0× 104 以上では,ほとんど極曲線の形状は変化しない.最大揚抗比は 17から 25までRe数とともに増加する.

4. 結 論

翼弦を用いたRe数が 1.0× 104 から 1.0× 105 までの低Re数領域におけるNACA0012翼型に働く空気力を系統的

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低 Re数領域での NACA0012翼の非線形空力特性(大竹智久・中江雄亮・本橋龍郎) 35

第 15図 極曲線(Re = 1.0× 104~5.0× 104)

第 16図 極曲線(Re = 6.0× 104~1.0× 105)

に測定し,以下の結論を得た.1)揚力係数 Cl は強い非線形性を示す.揚力の変化を示す「揚力傾斜」をもとに,迎角によって大きく 5つの領域に分けて考えることが適切である.α は迎角を表す.・領域 1(α = 0~2◦)揚力傾斜が 0に漸近または負の値を示し,発生する揚力の値も小さい.・領域 2(α = 2~4.5◦)揚力傾斜の急激な増加,薄翼理論により予測される揚力傾斜 2π を越える.・領域 3(α = 4.5~9◦)揚力傾斜が減少する.最大揚力までほぼ一定の揚力傾斜を保ちながら揚力係数が増加.・領域 4(α = 9~12◦)最大揚力から減少,極小値まで.翼上面の流れが全面的な 離に至る.・領域 5(α > 12◦)極小値からゆっくり増加.翼下面側の圧力上昇が揚力の増加に寄与する.

2)Re = 3.0 × 104 未満の低 Re数では,抗力係数 Cd

は迎角とともに放物線的な増加を示す.Re数をさらに増加させると,高 Re数領域における抗力係数と同様の挙動を

示す.3)25%翼弦周りのモーメント係数 Cm c/4 は迎角の変化に応じて変動する.この変動は揚力係数の変化に呼応している.

4)低 Re数領域での Cd min は平板の摩擦抵抗 Cf の約3.4倍となり,その内のほぼ 40%は圧力抵抗の寄与である.

本研究を遂行するにあたり,多くの方々にご協力をいただいた.ここに改めて感謝の意を表します.特に,村松旦典准教授,牛島正道助手には多くの有益な示唆をいただいたことに対して感謝いたします.

参 考 文 献

1) Mueller, T. J.: Fixed and Flapping Wing Aerodynamics forMicro Air Vehicle Applications, Prog. Astronautics Aeronau-tics, 195 (2001), pp. 1–10.

2) Schlighting, H.: Boundary Layer Theory, 4th ed., McGraw-Hill Company, New York, 1960, pp. 107–127.

3) Tani, I.: Low-Speed Flows Involving Bubble Separations,Prog. Aeronautical Sci., 5 (1964), pp. 70–103.

4) McCullough, G. B. and Gault, D. E.: Examples of ThreeRepresentative Types of Airfoil-Section Stall at Low Speed,NACA TN 2502, 1951.

5) Mueller, T. J. and Batill, S. M.: Visualization of Transitionin the Flow over an Airfoil Using the Smoke-Wire Technique,AIAA J., 19 (1981), pp. 340–345.

6) Mueller, T. J. and Batill, S. M.: Experimental Studies ofSeparation on a Two-Dimensional Airfoil at Low ReynoldsNumbers, AIAA J., 20 (1982), pp. 457–463.

7) 李家賢一:翼型上に生ずる層流 離泡,ながれ,22 (2003), pp.15–22.

8) 中根紀章:低 Re 数領域における NACA0012 翼型の空力特性,日本大学大学院博士論文,2005.

9) Allen, H. J. and Vincenti, W. G.: Wall Interference in aTwo-Dimensional-Flow Wind Tunnel with Consideration ofthe Effect of Compressibility, NACA TR 782, 1944.

10) Maskell, E. C.: A Theory of the Blockage Effects on BluffBodies and Stalled Wings in a Closed Wind Tunnel, ARCR&M 3400, 1965.

11) 岡本正人:低 Re数における定常・非定常翼型空力特性の実験的研究,日本大学大学院博士論文,2005.

12) 大竹智久,本橋龍郎:低い速度域における NACA0012翼の空力特性と 離泡の挙動について,第 38 回流体力学講演会講演集,2006, pp. 49–52.

13) 中江雄亮:低レイノルズ数領域における翼の空力特性に影響を与える 離泡の振動挙動に関する研究,日本大学大学院修士論文,2007.

14) Abbott, I. H. and Von Doenhoff, A. E.: Theory of WingSections, Dover Publications, Inc., New York, 1959.

15) 東 昭:航空工学(I),裳華房,東京,1989.16) Sunada, S., Sakaguchi, A. and Kawaguchi, K.: Airfoil Section

Characteristics at Low Reynolds Number, J. Fluids Eng.,119 (1997), pp. 129–135.

17) 安田知央:低レイノルズ数における翼型特性,日本大学大学院修士論文,2000.

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