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2010 年度 卒業論文 チェレンコフ光測定実験による TMC(新型カロリメータ)の性能向上 信州大学 理学部 物理学科4年 高エネルギー研究室 05S2007A 稲吉 真次

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2010年度 卒業論文

チェレンコフ光測定実験による

TMC(新型カロリメータ)の性能向上

信州大学 理学部 物理学科4年

高エネルギー研究室

05S2007A 稲吉 真次

Page 2: チェレンコフ光測定実験による TMC(新型カロリ …azusa.shinshu-u.ac.jp/diploma/10/inayoshi.pdfの原子番号と1cc中の原子の数、それに原子を電離するのに要する平均エネルギーである。また

 目次

第1章 概要と目的

第2章 電磁シャワー

 2.1 電離損失

 2.2 制動放射

 2.3 電子対創生

 2.4 電磁シャワー

第3章 シンチレーション光とチェレンコフ光

 3.1 シンチレーション光

 3.2 チェレンコフ光

第4章 実験装置

 4.1 鉛ガラス

 4.2 PbF2

 4.3 光電子増倍管

第5章 宇宙線の測定

 5.1 実験方法

 5.2 鉛ガラスを用いたチェレンコフ光の測定

 5.3 PbF2を用いたチェレンコフ光の測定

第6章 結論と考察

 6.1 考察

 6.2 結論

 6.3 今後の課題

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第1章 概要と目的

 TMC(Total Measurement Calorimeter)は新型のサンドイッチ型カロリメータである。カロリ

メータとは、高エネルギー粒子のエネルギー測定に用いる装置である。サンドイッチ型カロリメータ

とは、検出層(シンチレータなど)と吸収層(鉛などの密度の高い物質)を交互に重ね合わせた装置であ

る。この装置は、高エネルギー粒子が鉛などの密度の高い物質に入射したときに発生するカスケー

ド・シャワーを利用する。高エネルギー粒子がサンドイッチ型カロリメータに入射すると吸収層でカ

スケード・シャワーが起こり、カスケード・シャワーから発生した荷電粒子は検出層でエネルギーデ

ポジットの一部を測定することができる。これから入射粒子のエネルギーを推定する。TMCは、サンド

イッチ型カロリーメータの吸収層に透明な物質を用いることでチェレンコフ光を同時に測定すること

ができるようにしたものである。チェレンコフ光とシンチレーション光の相関関係からカロリメータ

のエネルギー測定の精度を向上することが目標である。

 本実験の目標は、チェレンコフ光測定の分解能向上とMPPCでチェレンコフ光を測定するためのファ

イバーを用いたチェレンコフ光測定である。

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第2章 電磁シャワー

 2.1 電離損失 荷電粒子が物質中に入射したとき、粒子は通過する周りの原子と相互作用を起こす。これにより原

子の電離または励起が起こり、物質中を通過した荷電粒子はそれに要するエネルギーを損失する。こ

の現象を電離損失という。重荷電粒子(ミューオンなど)が物質中で微小距離dxを通過する間に損失す

るエネルギーは、次のBethe-Blochの式で表される。

−dEdx

= 4πe4 z2

mv2nZ { log 2mv 2

I (1−β2)−β2 } erg /cm (2.1.1)

ここでと m は電子の質量、z、vは入射粒子の電荷、速度で、cは光の速度、Z 、n 、I は吸収物質

の原子番号と1cc中の原子の数、それに原子を電離するのに要する平均エネルギーである。また βは β=v / c である。

 式(2.1.1)より、1cmあたりの平均のエネルギー損失はvが小さい間はほぼ1v2 に比例

するが、vが大きくなるにつれて極小値に達し、さらに大きくなることが分かる。またv

が一定のときはnZすなわち物質中の電子密度に比例する。また入射粒子の電荷の2乗に

比例する。図2.1.1は荷電粒子のエネルギー損失とエネルギーの関係図である。

図2.2.1 荷電粒子のエネルギー損失量             (出典:三浦功・菅浩一・俣野恒夫『放射線計測学』、1960年、7ページ)

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 2.2 制動放射 荷電粒子が物質中の電場と磁場によって加速されると電磁波を放出してエネルギーを失う。これを

制動放射と呼ぶ。電子が微小距離dxを通過する間に制動放射によって失うエネルギーはBethe-

Heitlerの式から次のように表される。

− dEdx

rad=−4re

2

137Z 2 E0N ln

183Z1 /3

(2.2.1)

ここで、 r e は原子の古典半径、 E0 は入射エネルギー、 N は吸収物質の原子密度で

ある。この式より、制動放射によるエネルギー損失は Z2

と E0 に比例することが分かる。

ここで、電子のエネルギーが1/eに減衰するまでに電子が進む平均の長さ、放射長 X 0 を導

入する。この時、電子が物質中をx進んだときの平均のエネルギーは次のように表される。

E=E0 exp− xX 0

(2.2.2)

電子のエネルギーが十分に大きくなると、制動放射で失うエネルギーが電離損失で失うエネ

ルギーを超える。両者のエネルギー損失が等しくなるときのエネルギーを臨界エネルギー(E c )と呼ぶ。Bethe-Heitlerによると、 Ec は次のような近似式で表すことができる。

E c=ε=1600mc2Z1.2

= 800Z1.2

[MeV ] (2.2.3)

 2.3 電子対創生 電子対創生とは、γ線が原子核近傍で消滅して、陽電子と電子の対が創生される現象である。この

現象がおきるためには、γ線は電子対の全静止質量よりも高いエネルギーを持たなければならない。

すなわち、 hv0⩾2mc2=1.02MeV が必要条件である。γ線のエネルギーが1.02MeVを超える場合は、

超過したエネルギーは電子対の運動エネルギーに変換される。すなわち、運動エネルギー Eは

E=hv0−2mc2=hv0−1.02MeV (2.3.1)

となる。

 2.4 電磁シャワー 物質に入射した高エネルギーの電子と陽電子は、制動放射によって光子を放出するのが主要な反応

である。またこれによって生じた高エネルギーの光子は電子対創生が主要な反応になる。光子、電子

どちらの反応も、反応ごとに粒子の数が増大する反応であるので、この反応が交互に起こることに

よって図2.3.1のように粒子数が急激に増加する。この現象を電磁シャワーと呼ぶ。電子のエネル

ギーは粒子数が増えるごとに分割されていき、臨界エネルギー E c と等しくなると粒子数の増加は止

まる。

                                   光子

                                   電子 

                                   陽子

                   図2.4.1  電磁シャワー

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第3章 シンチレーション光とチェレンコフ光

 3.1 シンチレーション光 荷電粒子が物質中に入射したとき、電磁相互作用で周りの原子を電離または励起する。電離によっ

て生じた電子も同様に電磁相互作用で周りの原子に電離または励起を起こす。これらの励起した原子

が基底状態に戻るときに発する光をシンチレーション光と呼ぶ。シンチレーション光は通常は短波長

で物質の外に出る前に吸収されてしまうが、物質がシンチレータであるときにはシンチレーション光

は物質中で長波長の光に変換されることによって物質の外にシンチレーション光が多く出るようにな

る。

 3.2 チェレンコフ光 荷電粒子Pが、図3.2.1のようにz軸方向に物質中を通過したときに、Pの周りの原子に偏極が起こ

る。荷電粒子が通過した後にこの偏極が戻ることによって微弱な電磁波が発生する。通常、この電磁

波は遠くまで届くことはないが、荷電粒子Pの速度がc/n(c :光速、n :物質の屈折率)以上になるとz

軸上の近接した原子から出た電磁波がある方向に対して重なり合って、遠くまで届く電磁波となる。

この電磁波をチェレンコフ光と呼ぶ。Pn P1の距離をlとすると、粒子がlを通過するのに掛かる時間は

l/v、光がP1Q1に進むのに掛かる時間は、l/v=l・n・cosθ/cとなる。よって、

cosθ= 1nβ,nβ≧ 1 (β=v/c) (3.2.1)

となる。これより、β≧1/nでなければチェレンコフ幅射は起こらないことがわかる。つまり、粒子が

入射する物質の屈折率が大きければ、粒子の速度が低くてもチェレンコフ光は発生する。また、幅射

角は、屈折率と粒子の速度が大きいほど広くなる。また波長λ1からλ2の間のチェレンコフ光の光子

数は、

             N=2 lz2 1 /2−1/11−1n22

           (3.2.2)

で求められる。αは微細構造定数、eは電子の電荷、lは物質中の通過距離、zは荷電粒子の電荷であ

る。この式より短波長の光が多く出ることがわかる。

 式(3.2.1)から求められるエネルギーと幅射角の関係を図3.2.2に、臨界エネルギー(運動)と屈折率

との関係を図3.2.3に示す。

              図3.2.1 チェレンコフ幅射の原理             (出典:三浦功・菅浩一・俣野恒夫『放射線計測学』、1960年、111ページ)

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図3.2.2 エネルギーと幅射角の関係(n=1.82)

図 3.2.3 臨界エネルギー(運動)と屈折率との関係

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第4章 実験装置

 4.1 鉛ガラスとPbF2

 実験には吸収層として、鉛ガラスとPbF2を使用した。表4.1.1が特性表である。

屈折率(n) 密度 透過率 サイズ

鉛ガラス 約 1.85 約 5.6 g /cm3 波長 400nmで約80% 12.2cm×12.2cm

×5cm

PbF21.82 7.77 g /cm3 波長 350nmで約 70% 2.0cm×2.0cm

×10.0cm

図 4.1.1 特性表

 4.1.1 鉛ガラス 鉛ガラスはガラス中に酸化鉛を混ぜたもので、透明かつ密度が大きい。電磁シャワーに必要な制動

放射のエネルギーは大きなZを持つ原子があると大きくなり(式(2.4))、チェレンコフ光の観測のため

には透明な物質である必要があるので、鉛ガラスは本実験に適している。12.2cm×12.2cmの面は研磨

されていない。(3.2.2)式よりミューオンが鉛ガラスを約 12cm通過したときに出す400nm~600nmの光子

は約 3000個である。

 4.1.2 PbF2

 PbF2(フッ化鉛単結晶)は、高密度で屈折率が高く、チェレンコフ放射が発生しやすい。また紫外領域

で高い透過率を持ち、波長が短いチェレンコフ光の測定に適している。図4.1.2.1に PbF2の吸収スペ

クトルを示す。(3.2.2)式よりミューオンがPbF2を約 2cm通過したときに出す350nm~600nmの光子は約

800個である。

図4.1.2.1 PbF2の吸収スペクトル

(出典:Crystran Ltd http://www.crystran.co.uk/lead-fluoride-pbf2.htm)

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4.2 光電子増倍管 光電子増倍管は、光電効果を利用して光子を電子に変換し、発生した電子を二次電子放出によって

増倍する高感度の光センサである。入射光は、まず光電陰極で光電効果を起こし、電子に変換される。

電子は focusing elecrtrodeで集められた後にダイノードに衝突して二次電子放出を起こし、電子数

が増幅される。光電子増倍菅には普通 9~14枚のダイノードがある。二次電子放出能をδ、ダイノード

の枚数をnとすると、一個の電子は、 δ n 倍に増幅される。例えば、二次電子放出能を5、ダイノー

ドの枚数を10枚とすると、約 107 のゲインとなる。

                図4.2.1 R.C.A. 6810 A型

          (出典:三浦功・菅浩一・俣野恒夫『放射線計測学』、1960年、78ページ)

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第5章 宇宙線を用いたチェレンコフ光測定

 5.0 実験の概略 宇宙線とは宇宙空間を飛び交う高エネルギー粒子のことである。地表に到達する宇宙線は一次宇宙

線と二次宇宙線に分けられ、宇宙から直接やってきたものが一次宇宙線、一次宇宙線が大気中の原子

核と相互作用することによって生じたものは二次宇宙線と呼ばれる。一次宇宙線の大部分が陽子で、

他にα粒子(He の原子核)などが含まれる。二次宇宙線には、パイ粒子、μ粒子、電子、γ線、

ニュートリノ、中性子などが含まれ、多くは大気中で吸収され減少する。地上に降り注ぐ粒子のうち

高いエネルギーを持ったまま鉛ガラス、PbF2を通過するのはμ粒子とニュートリノである。ADCの

ゲートトリガーにシンチレーションカウンター(※)を用いるので電荷を持つ粒子しか測定できない。

電荷を持つのはμ粒子であるので、μ粒子が鉛ガラス中で放射するチェレンコフ光を測定する。実験

装置の概要を図5.0.1に示す。シンチレータに直付けしたPMTの印加電圧は High Voltage Curveを調

べて決定した。チェレンコフ光測定のPMTの印加電圧はノイズがADCを壊さない1V以下になる範囲で

の最高印加電圧またはPMT自体の最高印加電圧に設定した。どの実験でも上下のCOINCIDENCEを取った

カウント数は10分で数カウント程度となる。宇宙線が立体角で絞られることを考慮すれば妥当な数だ

と思われる。

(※シンチレーションカウンターとは、シンチレータを用いた放射線検出器である。シンチレータに繋

いだ光電子増倍菅からはノイズが発生するので、これを除去するためにオシロスコープでノイズの大

きさを確認し、DISCRIMINATORの閾値を調節する必要がある。)

                 図5.0.1 実験装置の概要

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5.1 実験方法

 測定には以下のモジュールを使った。簡単な解説をしておく。

• QUAD HIGH VOLTAGE POWER SUPPLY (REPIC,RPH-030)

HV4ch電源 0~-3.2kV(2mA)

光電子増倍管へ高電圧を供給する。

• 8ch DISCRIMINATOR (HOSHIN,N019)

定められた閾値以上の電圧の信号を受けてパルスを生成する。

• TRIPLE 4-FOLD 1-VETO COINCIDENCE (カイズワークス)入力信号のAND をとる。

• DUAL GATE GENERATOR(HOSHIN,N014)

パルスの時間幅を変化させる。またパルスを遅延させることができる。

• CLOCK GENERATOR

クロックパルスを生成する。

• 16ch ADC(Analog to Digital Converter) (HOSHIN,C1113-030)

ゲートパルス内の信号を電荷量として積分しカウント数に置き換える。

 本実験では、宇宙線のμ粒子が鉛ガラスまたはPbF2を通過するときに発生するチェレンコフ光を光

電子増倍管で信号に変換し、ADCを用いて光量を測定した。また鉛ガラスまたはPbF2のシンチレータ

を設置し、これらをμ粒子が通過したときに出るシンチレーション光のコインシデンスを取り、ADC

のゲートトリガーに用いることで、検出するμ粒子が鉛ガラスまたはPbF2内を通過する長さが大きく

変化しないようにした。この実験の回路図は5.1.1である。また pedestalは、パルスジェネレータを

用いてゲートパルスと同じ幅のパルスをADCのゲートに入力して測定した。ADC分布にガウスフィット

を用いて、チェレンコフ光と pedestalを赤い線でフィットしmeanと sigmaを調べた。

                  図 5.1.1 回路図

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5.2 鉛ガラスを用いたチェレンコフ光の測定 鉛ガラスを2つの方法でチェレンコフ光測定に用いた。

 5.2.1鉛ガラスに直接 PMTを付ける 図5.2.1.1のように鉛ガラスを縦に置き、上下をシンチレータで挟むように設置した。下のシンチ

レータは4.0cm×4.0cm×5mm、上のシンチレータは1.0cm×4.5cm×6mmで、両方のシンチレータを通っ

た宇宙線は鉛ガラスの中を約 12cm通過する。またPMTと鉛ガラスの間にはオプティカルグリースを

塗った。鉛ガラスとシンチレータはPMTが接触している面以外は反射材で覆った。光量が小さく、そ

のままの信号ではADC分布の解析が困難であったのでカイズワークスの KN2104 12ch PMT AMP を使用

して信号を増幅した。また1Hzにも満たないノイズならば coincidenceを取ることでほぼ無視できるの

で、thresholdは 最低値の10mVに設定した。図5.2.1.2が測定波形、図5.2.1.3がチェレンコフ光の

ADC分布、図5.2.1.4が pedestalの ADC分布である。

鉛ガラスに直付けしたPMTの High Voltage 1700V

ファイバー読み出しのPMTの型番 H6410

鉛ガラスに直付けしたPMTの受光面サイズ φ46mm

ファイバー読み出しのPMTの型番 H6410

12ch PMT AMPの GAIN 約5倍

上のシンチレータに直付けしたPMTの High

Voltage

1250V

下のシンチレータに直付けしたPMTの High

Voltage

1350V

threshold 10mV

ゲート幅 150ns

           図5.2.1.1 鉛ガラス実験

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図5.2.1.2 測定波形

 上の信号が鉛ガラスに直付けしたPMT、下がゲートパルスである。約 5倍のゲインのアンプを通して、

約90mV程度の電圧が出ていることが分かる。時定数は約 20ns程度。

図5.2.1.3 ADC分布 – チェレンコフ光

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図5.2.1.4 - pedestal

 赤い線は、それぞれチェレンコフ光と pedestalをガウスフィットしたものである。チェレンコフ光

はガウス分布をしており、pedestalと分離している。チェレンコフ光のガウス分布にランダウテール

がほぼ見られないのは、ランダウテールの主な原因である2次電子はチェレンコフ光の発生条件であ

る nβ≧1 を満たさないためである。

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 5.2.2ファイバーで集光をする 図5.2.2.1のように鉛ガラスの下に1mのファイバー2本を設置して、5.2.1の実験と同様にシンチ

レータを配置した。光量が不足してADC分布を取るのが困難であったのでよりゲイン倍率の大きい浜

松フォトニクスのAMPを使用した。オプティカルグリースは使用しなかった。ファイバーを通す箇所

以外は反射材で覆った。図5.2.2.2が測定波形、図5.2.2.3がチェレンコフ光のADC分布,図5.2.2.4

が pedestalの ADC分布である。ファイバー読み出しのPMTの信号は浜松フォトニクスの High speed

AMP C5594-44で増幅した。このAMPの Gainは 36dBである。

ファイバー読み出しのPMTの High Voltage 1700V

ファイバー読み出しのPMTの型番 H6410

ファイバー読み出しのPMTの受光面サイズ φ46mm

ファイバー読み出しのPMTの感度波長 300nm~650nm

上のシンチレータに直付けしたPMTの High

Voltage

1250V

下のシンチレータに直付けしたPMTの High

Voltage

1350V

threshold 10mV

ゲート幅 300ns

図 5.2.2.1 鉛ガラス実験・ファイバー

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                 図5.2.2.2 ファイバーの設置方法

図5.2.2.3 測定波形

 チェレンコフ光の信号は約 6mV程度であり、時定数も約 15nsと短いのでADC分布を取るのが困難で

あると分かる。

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図5.2.2.4 ADC分布 – チェレンコフ光

図5.2.2.5 ADC分布- pedestal

 赤い線は、それぞれチェレンコフ光と pedestalをガウスフィットしたものである。pedestalとチェ

レンコフ光測定のガウス分布がほぼ重なってしまっており分離できていない。また浜松 AMPの影響で

pedestalの Sigmaが PMAMPを使用したときよりも大きくなってしまっている。

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5.3 PbF2を用いたチェレンコフ光の測定 5.3.1 PbF2に直接 PMTを付ける 図5.3.1.1のようにPbF2を横に置き、トリガー用の1.0cm×4.5cm×3mmのシンチレータをPbF2の上

下に設置した。またPMTと PbF2の間にはオプティカルグリースを塗った。PbF2とシンチレータはPMT

が接触している面以外は反射材で覆った。図5.3.1.2がチェレンコフ光のADC分布、図5.3.1.3が

pedestalの ADC分布である。

PbF2に直付けしたPMTの High Voltage 1350V

ファイバー読み出しのPMTの型番 H6410

ファイバー読み出しのPMTの受光面サイズ φ46mm

ファイバー読み出しのPMTの感度波長 300nm~650nm

上のシンチレータに直付けしたPMTの High

Voltage

1350V

下のシンチレータに直付けしたPMTの High

Voltage

1350V

threshold 10mV

ゲート幅 150ns

図 5.3.1.1 PbF2実験

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図5.3.1.2 ADC分布 - チェレンコフ光

図5.3.1.3 ADC分布 – pedestal

 pedestalとチェレンコフ光のガウス分布が分離している。またAMPを使用していないので pedestal

の sigmaが実験5.2.1や 5.2.2に比べると小さくなっている。

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 5.3.2 ファイバー読み出しとPMT直付け読み出しを同時に行う 図5.3.2.1のように、10cmの 60本のファイバーをPbF2の上以外の側面を覆うように設置し、側面

からチェレンコフ光が逃げないようにした。右側のPbF2の面と左側のファイバーの端は反射材で覆っ

た。これによって、ファイバーを通した光とPbF2から直接入る光を別々のPMTで測定した。またトリ

ガー用の1.0cm×4.5cm×3mmのシンチレータをPbF2の上下に図5.3.2.2のように設置した。AMPを使

わずにADCでガウス分布が見られたのでAMPは未使用である。AMPを使わなかったことで信号の時定数

が減ったので、ゲート幅を100nsに縮めた。この実験をする際に実験室の電源の不安定が原因で、全

てのPMTの信号に同時にノイズが起こることが分かったため、ノイズ軽減のためにthresholdを 300mV

まで上げた。図5.3.3が測定波形、図5.3.2.4がファイバー読み出しのチェレンコフ光のADC分布、図

5.3.2.5がファイバー読み出しの pedestalの ADC分布、図5.3.2.6が PMT直付けのチェレンコフ光の

ADC分布,図5.3.2.7が PMT直付けの pedestalの ADC分布である。

PbF2に直付けしたPMTの High Voltage 975V

PbF2に直付けしたPMTの型番 H3167

PbF2に直付けしたPMTの受光面サイズ φ15mm

PbF2に直付けしたPMTの感度波長 300nm~650nm

ファイバー読み出しのPMTの High Voltage 1350V

ファイバー読み出しのPMTの型番 H6410

ファイバー読み出しのPMTの受光面サイズ φ46mm

ファイバー読み出しのPMTの感度波長 300nm~650nm

上のシンチレータに直付けしたPMTの High Voltage 1450V

下のシンチレータに直付けしたPMTの High Voltage 1600V

threshold 300mV

ゲート幅 100ns

図 5.3.2.1 ファイバーの設置方法

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                  図5.3.2.2 PbF2実験2

図5.3.2.3 測定波形

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図5.3.2.4 ファイバー読み出しのADC分布 - チェレンコフ光

図5.3.2.5 ファイバー読み出しのADC分布 – pedestal

 赤い線は、それぞれチェレンコフ光と pedestalをガウスフィットしたものである。pedestalとガウ

ス分布が分離できている。図5.3.4で右のチェレンコフ光のピークのほかに pedestalのピークがある

のは、実験室の電源が不安定であることによりPMTのノイズをthresholdで全て除けていないためであ

る。

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図5.3.2.6 PMT直付けのADC分布 – チェレンコフ光

図5.3.2.7 PMT直付けのADC分布 – pedestal

 pedestalとガウス分布を完全には分離できていない。

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第6章 結論と考察

 6.1 考察 PMT直付けとファイバー読み出しの両方で、 鉛ガラスまたはPbF2を用いた実験のどちらでもチェレ

ンコフ光測定は可能であった。 ADC分布のチェレンコフ光をポアソン分布として計算して入射光電子

数を求めると、  

               N~ x2 /s2        (6.1.1)

となる。xは平均光量(mean – pedestal)、sは標準偏差、Nは入射光電子数である。

この式から計算すると、

実験 入射光電子数

5.2.1 鉛ガラス:PMT直付け 11.9±1.1

5.2.2 鉛ガラス:ファイバー読み出し 0.138±0.056

5.3.1 PbF2:PMT直付け 24.2±2.5

5.3.2 PbF2:PMT直付け 1.97±0.29

5.3.2 PbF2:ファイバー読み出し 6.23±0.63

となる。

 実験5.3.1よりも5.3.2の PMT直付けの入射光電子数が少なくなっているのは、PMT直付け測定に使

用しているPMTが光電面が小さいためとファイバーで同時に集光しているためである。PbF2のPMT直付

けした側面の面積(2.0cm×2.0cm)は、PMTの光電面φ15mmの 1.77倍である。

 実験5.2.1と 5.3.1では同じ大きさの光電面のPMTを使用しているが、実験5.3.1のほうが約2倍の

入射光電子数を測定できている。(3.2.2)式よりミューオンが鉛ガラスを約 12cm通過したときに出す

400nm~600nmの光子は約 3000個で、ミューオンがPbF2を約 2cm通過したときに出す350nm~600nmの光

子は約800個である。これより、集光効率は実験5.3.1では約 0.4%、実験5.2.1では約 0.3%となる。

実験5.3.1は実験5.2.1の約8倍の集光効率を得ていることが分かる。これは実験5.3.1ではPMTの光

電面(φ46mm)が PbF2の側面(2cm×2cm)よりも大きいが、鉛ガラスのPMT直付けした側面の面積

(12.2cm×5.0cm)は PMTの光電面(φ46mm)よりも大きいことが原因の一つだと推測できる。図6.1.1、

図6.1.2に実験5.2.1と実験5.3.1のチェレンコフ光の経路を示す。

図6.1.1 実験5.2.1 鉛ガラス:チェレンコフ光の経路

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図6.1.2 実験5.3.1 PbF2:チェレンコフ光の経路

 式(3.2.2)より、PbF2や鉛ガラスを約 70~80%透過できる波長の光子は 103 個のオーダーで発生して

いるので、3%以下しか検出できていないことが分かる。検出できていない光子は、PMTに到達するまで

に鉛ガラスや PbF2に吸収されることや、装置の集光効率や PMTの光電面の量子効率、WLSファイバーが

取り込める光の波長域などが原因で測定できていないのだと推測できる。PbF2のチェレンコフ光測定

に使用したPMT(H3167と H6410)のバイアルカリ光電面の量子効率は、量子効率のピーク波長である

390nmで 27%で、図6.1.1の 400Kが H3167と H6410の量子効率である。

図6.1.1 各種光電面分光感度(出典:浜松ホトニクス株式会社 編集委員会『光電子増倍管 その基礎と応用 第3版』、平成 17年 8月 1日、33ページ)

 

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 実験5.3.1で発生したPbF2を70%透過する350~600nmのチェレンコフ光の光子数を図6.1.1を元に

25%以上の分光感度、25%未満 10%以上の分光感度、10%未満 5%以上の分光感度の波長域で分け、実際に

測定できる光子数を調べる。

分光感度 光子数[個]

25%以上(350~430nm) 340

25%未満 10%以上(430~550nm) 325

10%未満 5%以上(550~600nm) 97.0

25%以上(350~430nm)の光子数に0.26、25%未満 10%以上(430~550nm)の光子数に0.175、10%未満 5%以上

(550~600nm)の光子数に0.0725を掛けて足すと、検出できる光子数は約 152個になる。これで実験

5.3.1の入射光電子数を割ったものをPMTを除いた装置の集光効率とすると約 16%となる。実験5.3.2

のファイバー読み出しでは入射光電子数が約 4分の1となり、集光効率は約 4%となる。

 次に実験5.3.2の PMT直付けとファイバー読み出しのADC分布を図6.1.2に二次元プロットした。

図6.1.2 2次元プロット

pedestalとチェレンコフ光の分布は分離されており、片方でチェレンコフ光が測定されていないとき

には、もう一方でも測定されていないことが分かる。このことから、pedestalを測定したときのゲー

トトリガーはノイズであると分かる。また、チェレンコフ光の分布が円形に近いことから、チェレン

コフ光の発生光量はあまり広がりはなく、ADC分布の分散の主な原因は集光効率の低さによるものだと

推測できる。

 6.2 結論 PbF2に本実験の方法で直径 1mmのファイバー60本を用いれば、ファイバー読み出しでチェレンコフ

光測定をするのは可能である。

 

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 6.3 今後の課題 現状では、実験5.3のチェレンコフ光の読み出しに60本のファイバーを使っているので、これを減

らしてもチェレンコフ光測定が可能かどうか確かめる。例としては、図6.3.1のようにPbF2の底面に

だけファイバーを設置して、本数を20本に減らすなどである。PbF2の側面のファイバーを無くすこと

ができれば TMCのデッドスペースを減らすことができる。

図6.3.1 10本のファイバーでの実験

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謝辞

 本実験を行うに当たり、多くの方々に御指導と御協力を頂きました。深くお礼申し上げます。

 竹下先生、チェレンコフ光測定が上手くできないことが多くても、そのたびに適切な指導を頂き、

実験を先に進めることができました。本当にありがとうございました。

 長谷川先生、装置の使い方の御指導や実験装置のトラブルでたびたびお世話になりました。また、

実験結果の考察では私の知らなかった視点での考察を多く頂き勉強になりました。本当にありがとう

ございました。

 小寺さん、実験装置の取り扱いでお世話になりました。学生の相談にも親身になって答えて頂き、

本当にありがとうございました。

 HE研究室の皆さん、実験装置やプログラムの使い方、また理論を教えていただきました。また実験

の考察の議論は本当に楽しかったです。ありがとうございました。

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参考文献

[1]三浦功・菅浩一・俣野恒夫『放射線計測学』

[2]迫邦洋 『Geant4によるTMC(新型カロリメータ)の性能評価』信州大学卒業論文(2009)

[3]矢口瑛 『TMC~新型カロリメータの性能向上~』信州大学卒業論文(2008)

[4]元木雅祐 『TMC~新型カロリメータの性能評価~』信州大学卒業論文(2007)

[5]吉沢拓也 『新型カロリメータの政策と性能評価』 信州大学卒業論文(2006)

[6]Crystran Ltd http://www.crystran.co.uk/index.php?mn=225

[7]浜松ホトニクス株式会社 編集委員会『光電子増倍管 その基礎と応用 第3版』 (2005)