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II. 各論 71

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II. 各論

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II-1.1.1. 基調講演(1) 山中 伸弥先生*

ICRR2015 の学術プログラムは山中伸弥先生(京都大学 iPS 細胞研究所所長・教授)による

Plenary Lecture から開始された。大会初日のオープニングセレモニー直後にもかかわらず、2012 年

ノーベル生理学・医学賞受賞者の講演を目当てに、1,000 名に迫る聴衆が京都国際会館メインホー

ルに集まった。Recent Progress in iPS Cell Research and Applicationと題された 40分の講演は、山中先

生が基礎研究者を志した経緯の説明や米国留学中の経験談に始まり、iPS 細胞研究黎明期の研究の

進展や今後の展望などが軽快に紹介された。特に『臨床医として勤務していた頃、救うことの難し

い患者さんを目の当たりにし、自分の出来る貢献は基礎研究にある…と研究の世界に進んだ』とい

うエピソードや、Gladstone Institutesへの留学中に Robert W. Mahley博士から学んだ『サイエンスを

進める上で重要なものは VW。それは Volkswagenではなく Vision & Hard Workである』といった話

題がジョークを交えて紹介されるなど、若い研究者へのメッセージに富んだ講演であった。山中先

生の人柄と圧倒的な研究業績、さらには『iPS 細胞研究を通じて臨床医学に貢献する』といった力

強い Vision に、筆者を含む多くの聴衆が魅了された。ICRR2015 の開幕を飾る素晴らしい Plenary

Lectureであった。(京都大学大学院 医学研究科 放射線腫瘍学・画像応用治療学 原田 浩)

II-1.1.2. 基調講演(2)有馬 朗人先生*

日本アイソトープ協会会長有馬朗人先生から、「福島第一原子力発電所事故と放射線、そして世

界におけるエネルギーの将来」との演題でご講演いただいた。座長は本会議事務局長の神谷研二先

生が務められた。ご講演は、東大総長・理化学研究所理事長・文部大臣・科学技術庁長官という輝

かしい経歴を持つ知の重鎮として、世界の放射線研究者に対し、人類が直面する深刻な困難に立ち

向かう先導役を果たすことを求める強いメッセージであった。

まずは福島原発事故についてデータに基づき事実の記載がなされ、引き続いてその影響として環

境に放出された放射能に対する社会的懸念の存在が指摘された。住民は低レベルの放射線の健康影

響について強い関心があり、科学者による正確な説明が求められている状況を有馬先生はあえて説

かれた。更に話は世界のエネルギー事情に及び、爆発的な人口増加と化石燃料に大きく依存したエ

ネルギー供給の現状を踏まえ、地球温暖化とエネルギー危機を同時に解決する手立ての確立が喫緊

の課題として指摘された。再生可能エネルギーは、未だ主要なエネルギー源として見通しが立って

いない中、有馬先生は原子力を含め、利用し得るあらゆるエネルギー資源をうまく組み合わせてい

くことが 善の選択であると真摯に主張された。そして 後に、直面する深刻な問題を解決できる

人類の英知を信じようとの力強いエールで講演を締めくくられた。(放射線医学総合研究所放射線

防護研究センター 根井 充)

* 編集注:基調講演の概要については、それぞれ講演者の許可を得て掲載した。

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II-1.2.1. 特別講演:ICRR2015大会長

The Evolution of Radiation Therapy; from 3D to 4DRT

ICRR2015大会長(京都大学大学院医学研究科放射線腫瘍学・画像応用治療学)

平岡 真寛

5月 28日(木)11時 10分-50分、アネックス 1にて ICRR2015 大会長による特別講演を行った。

座長はアジア放射線腫瘍学会連合(FARO)次期会長の Soehartati Gondhowiardjo 教授、講演題目

は The Evolution of Radiation Therapy; from 3D to 4DRT であった。

放射線治療における 大の命題は「がんに対して如何に選択的に損傷を与えるか」である。近年、

物理工学技術の革新により、腫瘍に放射線を集中させる手法が急速に発展し、放射線治療による治

療成績の向上、有害事象の軽減に大きく寄与している。はじめに、放射線照射技術が二次元から、

定位放射線治療や強度変調放射線治療で代表される三次元に進化したことで放射線集中性が高まり、

治療成績が飛躍的に向上したことを示した。次に、三次元放射線治療に時間軸を加味した四次元放

射線治療の重要性を強調した。多くの腫瘍、特に膵がん、肝がん、肺がんなどの難治がんは呼吸に

より数 cmオーダで動いており、この動きに対応できる四次元放射線治療の開発・普及が難治がん

の治療成績向上に欠かせない。この分野の研究開発では日本が世界を先導しており、2000 年以来、

自らも産官学連携で開発に従事してきた。 後に、2011年にはリアルタイムモニタリング下の動

体追尾定位放射線治療(肺がん)を、2013年には動体追尾強度変調放射線治療(膵がん)を First

in Humanで実現したことを紹介した。

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II-1.2.2. 特別講演:ICRR2015 Secretary General

Health Effects of the Fukushima Nuclear Accident and Research on Low Dose

Radiation

広島大学原爆放射線医科学研究所 1

福島県立医科大学放射線県民健康管理センター2

神谷 研二 1、2

福島原発事故により環境中に大量の放射性物質が放出され、放射線の人体影響の解明とその対策

が求められている。放射線事故での健康管理の基本は被ばく線量の推定であり、福島原発事故での

住民の被ばく線量の概要も明らかにされつつある。外部被ばく線量は、県民健康調査の基本調査に

より線量が推定されている。第 17 回「県民健康調査」検討委員会で報告された約 44 万人の集計結

果では、全県の 93.9%の人が 2 mSv 未満であり、平均値は 0.8 mSv であった。また、福島県が 近

報告した WBC による内部被ばく線量検査では、233,225 名の預託実効線量は、1 mSv 未満が約

99.989%であった。一方、甲状腺の被ばく線量では、限られた情報しか得られてないが、放射線医

学総合研究所や床次ら等の報告では、 高値でも 50 mSv 以下であり、チェルノブイリ事故の場合

より低いと考えられている。国連科学委員会(UNSCEAR)は、福島県では、チェルノブイリ事故後

のように小児甲状腺がんが大幅に増加する事態が起きる可能性は低いとしている。

今後、福島で問題となるのは、低線量・低線量率被ばくの健康影響であるが、科学的には十分解

明されていない。低線量・低線量率被ばくの影響は、高線量・高線量率被ばくの影響から推定され

ているが、線量率効果のように生物に与える影響が異なる可能性も指摘されている。また、 近の

研究により、細胞は放射線被ばくに対して DNA の修復、細胞周期の停止や細胞死、さらには細胞

老化などの様々な DNA 損傷応答を誘導しており、その分子機構も明らかにされて来ている。この

様な現象は、放射線の健康リスクに何らかの影響を与えると推定されるが、それがどの程度の影響

を与えるかは不明である。今後、低線量・低線量率被ばくの健康リスクを解明するためには、疫学

的な研究に加え、動物モデルでの発がん機構の解析やリスク研究、低線量放射線に対する細胞の応

答現象や DNA への影響、幹細胞に対する影響等に関する研究も不可欠であり、今後の研究の進展

が期待される。

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II-2.1. 放射線生物影響研究

富山大学大学院医学薬学研究部

鈴木 文男

放射線生物学を基盤とする生物影響研究は常に ICRR の中心的役割を担ってきており、ICRR2015

においても総一般演題登録数 1149 題の約 20%が生物影響関連の発表であった。そこで、26 日から

の 4 日間にそれぞれに「生体組織に対する影響」、「低線量・低線量率放射線」、「放射線発がん」及

び「細胞に対する影響」に関するテーマを設け、Eye Opener、Congress Lecture、Symposium を通し

て体系的に発表・討論ができるように指定演題セションを組むとともに、Oral セッションでは口頭

発表希望のあった一般演題から も関連する演題を中心にプログラムを編成した。ここには、座長

の先生方(氏名を付記)から提供いただいた情報・原稿を中心に、発表・討論内容についての概要

を記載する。

1.組織・臓器に対する影響と幹細胞の関わり(26日の主要課題)

まず Eye Opener では Dr. Wolfgang Doerr(オーストリア)による教育講演が行われた。放射線治

療において正常組織が受ける影響についてレビューするとともに、1980 年代までに放射線感受性

には血管や結合組織、免疫系の変化も関与していることが分かってきたこと、そして 近では正常

組織(臓器)内での線量分布の不均一性も重要な要因であることが明快に示された。(京都大学、

高橋千太郎)

午前のシンポジウムでは5名の研究者による多彩な発表があり、満員の聴衆者も加わって幹細胞

の生物学的な特徴やその放射線生物学的な振る舞いに関する学問的で活発な議論が行われた。 近

国際放射線防護委員会(ICRP)は放射線防護体系のための幹細胞生物学の課題について刊行物を

編纂した。そこで、 初の演者として ICRP第一委員会前委員で同刊行物編集に携わった Dr. Jolyon

Hendry(英国)が、その要点を紹介した。次に、胎児の放射線生物学の泰斗である Dr. Christian

Streffer(ドイツ)が、Oxford Study の成果を初めとする胎児への放射線影響の疫学及び生物学研究

のレビューをした。続いて肺上皮、腸上皮、乳腺上皮の幹細胞の放射線生物学においてそれぞれ第

一線で推進している Dr. Barry Stripp(米国)、Dr. Kensuke Otuska(日本)、Dr. Barcellos-Hoff(米国)

によって lineage tracing やシステムズバイオロジーといった 新の技術を用いて行った研究成果が

報告された。各演者のこれまでの研究実績と未発表データを含む魅力的な研究成果は、幹細胞とい

うトピック自体が持つ魅力をさらに増大させるものであった。(放射線医学総合研究所 今岡達

彦)

午後の特別講演において Dr. Catherine Booth(英国)は、マウス小腸組織の放射線照射による急

性症状(gastrointestinal syndrome)と回復機構についての研究成果をレビューするとともに、このモデ

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ル系を用いた放射線防護効果を持つ新規薬剤の開発・スクリーング法に関する興味ある報告を行っ

た。(放射線影響研究所 野田朝男)

午後のシンポジウムでは、まず Dr. Hiroshi Mitani(日本)がメダカ精巣への放射線照射に対する

p53 機能欠損の影響について報告した。p53 ノックアウトメダカ精巣では、放射線照射により野生

型メダカではみられない卵巣様細胞(testis-ova)の数とサイズが一過性に増加することが分かった。

次に、Dr. Naoki Takemura(日本)は放射線による急性腸障害の進展に自然免疫で役割を担うトル様

受容体 3(TLR3)が関与することを報告した。また、Dr. Jacqueline. P. Williams(米国)は、放射線

被ばくの影響が線量・線量率・線質等の物理学的要因だけでなく、正常組織・臓器の応答や年齢・

性・免疫状態等の生物学的要因によってどの様に変わるのかについて発表した。 後に Dr. Charlrs.

Limoli(米国)は、頭蓋部の放射線被ばくによって生じる認知障害に、放射線被ばく後の海馬特定

領域のニューロンやシナプスの構造的変化が強く関連することを報告した。(大阪府立大学 児玉

靖司)

26 日の一般演題の口頭発表は、「Non-cancer Effects」をテーマとする演題で構成された。まず、

Dr. Piotr Widlak(ポーランド)は、IMRT時の同じ体積、同じ線量の局部照射でも血漿プロテオーム

レベルに有意な差があり、組織ごとの放射線感受性や初期副作用のちがいがあることを報告した。

次に、Dr. Jaroslav Pejchal(チェコ)は 11 Gy 被ばくマウスのダメージに対する EGF(epidermal

growth factor)と骨髄移植の併用効果について調べ、腸管や肝臓損傷の病理組織学的、形態学的な

予後が有意に改善されることを示した。一方、Dr. Eleanor A. Blakely(米国)は、0.1 Gy の単回 X線

照射でも長期にわたりサイトカインネットワークが乱されることを報告した。さらに Dr. Palma

Simoniello(ドイツ)らは、放射線応答に関するヒト皮膚組織と抗炎症作用の関係のなかで、抗炎症

作用には被ばく後の皮膚組織の 3 次元構造が重要な役割をしていることを報告した。(大阪大学

中島裕夫)

2.低線量・低線量率放射線の生物影響(27日の主要課題)

Eye Opner 講演者として Dr. Zhimin Yuan(米国)は、100 mGy の放射線を被ばくした時にのみ観

察される解糖系代謝経路の放射線応答性の存在とその分子機構に関して、低酸素環境で培養された

細胞とマウス個体を用いて明らかにした研究結果を紹介した。この報告は、放射線適応応答の新た

な分子反応を示したものであり、今後の研究の進展が期待される。(広島大学 河合秀彦)

午前のシンポジウムでは、主に組織レベルで低線量あるいは低線量率・低線量放射線の影響研究

を行っている 4研究者からの報告があった。 初の演者である Dr. Claudia E. Ruebe(ドイツ)は、

マウスを用いて γH2AX あるいは 53BP1 フォーカスを指標とした解析を行い、毎日 1 回の 10 mGy

あるいは 100 mGy の照射を 長 10 週間に渡り繰り返して照射した場合、組織内に DNA 損傷が残

る事を示した。Dr. Michele T. Martin(フランス)は、毛嚢の組織幹細胞に着目した研究の紹介を行

い、幹細胞が放射線抵抗性であるのに対し、progenitor 細胞は、10 mGy 程度の放射線に対しても感

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受性を示す事を明らかにした。Dr. Keiji Suzuki(日本)は、低線量率・低線量放射線の長期慢性被

ばくの影響を紹介し、1 mGy/日の線量率で 100 日間連続して照射を受けても、組織内には DNA 損

傷が蓄積しない事を示した。 後に Dr. Tatsuhiko Imaoka(日本)は、乳腺幹細胞の放射線応答につ

いて紹介した。本シンポジウムにより、低線量あるいは低線量率・低線量放射線の影響が組織レベ

ルあるいは組織幹細胞の視点で解明されつつあるが、これらの組織反応が 終的な発がんにどうつ

ながっていくかについては今後の研究課題として残されている。(長崎大学 鈴木啓司)

この日の特別講演は環境科学技術研究所の Dr. Ignacia Tanaka(日本)が行った。既に報告されて

いるように、マウスに一日当たり 20 mGy の γ線を照射し続けると種々の腫瘍発生に起因する寿命

短縮がおきるが、それ以下の線量率では未照射と変わらないことが示された。 近では、低線量率

照射マウスで生じる生体内の生理的・免疫的変化やがん細胞に見られるがん関連遺伝子の変異につ

いても解析していることが報告され、興味ある研究としてその成果が注目されている。

午後のシンポジウムでは、「低線量/低線量率放射線影響のオーミクス解析」というテーマに関

して 先端解析技術を駆使した研究成果が披露された。本シンポジウムではタンパク質を解析した

3 題とゲノム DNA を解析した 1 題が紹介された。Dr. Andrew J. Wyrobek (米国) 等はラットに 100

mGyと 1 Gyの Feイオンビームを照射し、その後長期的なタンパクの変化を脳脊髄液と海馬で調査

したところ、記憶やアルツハイマー病に関連する様々なタンパクが変化していることを見つけた。

Dr. Soile Tapio (ドイツ) 等は、ApoE 遺伝子欠損マウスを用い低線量率放射線長期照射(1 mGy/d x

300 日、20 mGy/d x 15日)による海馬への影響を調べた結果、シナプスの長期増強と抑制、軸索誘

導に関与するタンパクの変化を見出した。Dr. Keiji Ogura (日本)等は C57BL/6J 雄マウスに 20

mGy/d で 400 日間照射した後その仔をとり、DNA の一部にコピー数の変化がないかどうかを array

CGH という方法で全ゲノムについて調べた。その結果、照射群では非照射群より高い頻度で変異

することがわかった。Dr. Naohiro Tsuyama (日本)は LS-MS 法を用いてヒト培養細胞に 20, 100,

1000 mGy を照射した時の細胞内タンパクの変化を調べた結果、ヌクレオチド合成とアシルカルニ

チン代謝の変化が示唆される結果を得た。(環境科学技術研究所 小野哲也)

一般演題の口頭発表では、低線量・低線量率での生物影響研究を行っている 5 名の研究者(スウ

ェーデン、フランス、ベルギー、英国、米国)が選ばれた。講演内容はモーリス水迷路実験と神経

組織を用いた神経系への影響、137Cs の内部被曝による代謝への影響、低線量率放射線連続照射に

よる HUVEC への影響、神経幹細胞における DNA 鎖切断、低線量放射線による糖尿病合併症の抑

制作用とユニークな視点の研究が多かった。いずれの成果も国内では珍しく、解析手法も DNA・

代謝分子といった分子レベルから、細胞、組織応答、モーリス水迷路実験のようなマクロなレベル

まで多様であった。本セッションの講演は全て国外の若手研究者によるものであったが、同じく低

線量・低線量率放射線の生物影響の解明を目指しつつも異なる発想で発見された様々な成果は、多

くの日本人研究者にとって非常に刺激になったと思われる。(環境科学技術研究所 廣内篤久)

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3.放射線発がん機構と低線量放射線による健康影響リスク(28日と 29日の主要課題)

28 日の教育講演において Dr. Hiroshi Tanooka(日本)は、がん発生頻度と線量との関係が明らか

に直線的でない閾値様の事象が見られる事例が多くあることを紹介した。さらに、原爆放射線の線

量率は爆発後 1μ秒の即発放射線と 5μ秒後の遅発放射線がありそれらを基に計算をするとはるかに

高い 108 Gy/minとなり、この原爆放射線の線量率の値と環境放射線に近い低線量率での推定値との

比をとり DDREF の値とすると 16.5 となることが示された(国際放射線防護委員会(ICRP)では

DDREF値を 2としている)。(環境科学技術研究所 田中公夫)

続いて、「動物モデルを用いた放射線発がんの分子機構」についてのシンポジウムが行われた。

まず、Dr. Yoshiya Shimada(日本)が、近年、社会的な関心の高くなっている幼若期の被ばくの感

受性時期の臓器特異性について紹介し、放射線誘発腫瘍の特徴として介在型欠失を示唆した。Dr.

Kazuhiro Daino(日本)は、放射線誘発ラット乳癌においてエピゲネティックな変化をする複数の

遺伝子を同定し、この中には、ホメオボックスを含む発生に関わる遺伝子が含まれることを報告し

た。Dr. David Kirsch(米国)は、p53 遺伝子をひとつ多く持つスーパーp53 マウスは、K-ras 変異を

持つマウスにおいて自然発生の胸腺リンパ腫や肺がんを抑えるが、放射線誘発の胸腺リンパ腫は抑

えないし、肺がんに至っては逆に促進することを報告した。これは、自然発がんと放射線発がんに

おける p53の役割は違うことを示したものとして興味深い発表である。 後に Dr. Tomonori Hayashi

(日本)は、マウスにおいても原爆被爆者と同様に、ROS の活性が加齢とともに増加し、その増

加は、IL6R などのハプロタイプの違いなど遺伝的なバックグランドに依存することを報告した。

(放射線医学総合研究所 島田義也)

その日の特別講演のため、放射線発がん研究に実績のある Dr. Ryo Kominami(日本)に講演をお

願いした。既に Kominami らは、マウスの放射線誘発胸腺リンパ腫に関与するがん抑制遺伝子とし

て Bcl11b を同定している。本講演ではこれまでの研究成果をレビューするとともに、TCR 分化マ

ーカーを指標として調べた限り、Bcl11b 遺伝子が片方欠損したマウスでは胸腺幹細胞よりも胸腺前

駆細胞の方が放射線照射によりがん化変異しやすいことを示唆する興味ある研究結果が紹介された。

なお、午後はヒトの放射線発がん機構に関するシンポジウムが行われたが、これは広島大学が企

画したものなので、講演内容の概要については共催シンポジウムの項を参照されたい。また、放射

線発がんに関する一般演題口頭発表は、プログラムの編成上 28日ではなく 29日午前に E 会場で行

われた。取り上げられた 5 演題はどれも大変興味深いものであったが、その中でも Dr. Julia Hess

(ドイツ)らの発表では、甲状腺乳頭がんにおいて CLIP2遺伝子が放射線被ばくのバイオマーカー

となりうる事が示され注目された。演者らはこれまでにチェルノブイリ原発事故で増加した甲状腺

乳頭がんにおいて、7q11.23領域の DNAコピー数が増加し、その領域に CLIP2が存在することを報

告している。本発表では、組織免疫染色を行い、いくつかの独立した腫瘍コホートにおいて、放射

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線被ばくと関連した CLIP2 タンパク質の増加を見出していることと、放射線量と CLIP2 発現に明

白な線量反応関係がみられることを報告した。(広島大学 飯塚大輔)

4.細胞に対する放射線作用機構と感受性に関わる細胞内因子(29日の主要課題)

まず、教育講演として Dr. Munira A. Kadhim(英国)によりバイスタンダー効果に関する 近の

研究動向とともに、細胞間情報伝達におけるエキソソームの新たな役割についての知見が紹介され

た。エキソソームはタンパク質や RNA を含む脂質二重層からなる膜小胞であり、照射細胞から培

養液中に放出されるエキソソームが非照射細胞に作用してゲノム損傷を誘導すること、miRNA の

輸送を介して特異的な遺伝子制御に関与すること、また持続的なバイスタンダー効果の制御を通し

てゲノム不安定性の誘導にも機能し得ること等が論じられた。(放射線医学総合研究所 根井 充)

次に、「放射線応答に対する活性酸素種(ROS)の役割」と題するシンポジウムが開催された。

まず Dr. Jian Jian Li 氏(米国)は、放射線によるアダプティブレスポンスと MnSOD との関連につ

いての研究結果を報告した。また、Dr. Hiroko P. Indo(日本)らは、世界で 初に発表したミトコ

ンドリア発生活性酸素と放射線によるアポトーシスが放射線による細胞核関連死とは独立しておこ

ることを発表した。さらに、Dr. Valerian E. Kaganら(米国)は放射線によるミトコンドリア関連死

がミトコンドリア内膜のカルディオリピンからシグナルが発せられることを示し、Dr. Kaushala P.

Mishra(インド)はある種のハーブが放射線由来活性酸素発生を増強させ放射線感受性を増加させ

ること見つけた。一方、Dr. Tohru Yamamoriら(日本)は、放射線照射後、細胞周期が G2/M期に入

り、ミトコンドリア電子伝達系を活性化させ活性酸素発生を増強させることを報告した。(鹿児島

大学 馬嶋秀行)

後に、5人の演者による一般演題口頭発表が行われた。 初に Dr. Alexander Helm(ドイツ)は

放射線の非がん影響としての心疾患について、マウス心筋細胞を用いた放射線応答の解析結果を報

告した。Dr. Giovanna Muggiolu(フランス)はマイクロビームを照射した線虫を用いて蛍光タンパ

ク質 GFP と DNA 修復タンパク質の融合タンパク質(GFP-XRCC1)の DNA 損傷部位への集積につ

いての興味ある報告を行った。Dr. Isabel L. Jackson(米国)はマウス系統間における肺の放射線感

受性の差について、放射線障害からの回復能の違いや肺組織を構成するクララ細胞や肺胞 II型上皮

細胞の放射線照射後の再増殖についての詳細な実験結果を発表した。4人目の演者 Dr. Roel Quintens

(ベルギー)は、p53 ノックアウトを用いたマイクロアレイによる遺伝子発現の解析結果を紹介し、

新規の p53 応答遺伝子が脳の発達に関連して発現する遺伝子であることを示した。 後の演者 Dr.

Atsuko Katano(日本)は、放射線の標的としてタンパク質の翻訳に関わる転移 RNA への影響につ

いての解析結果を紹介した。(国立保健医療科学院 志村 勉)

膨大な数のポスター発表(合計 190 演題)については要約することが困難なため、ここでは各テ

ーマカテゴリー別の発表演題数を記載することに留める。機構解析;23 題、非発がん効果;24 題、

組織損傷;42題、発がん効果;16題、細胞に対する影響;68題、その他;17題

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II-2.2. ライフサイエンス

東京大学大学院医学系研究科

宮川 清

はじめに

ライフサイエンスの発展は、現代の医学に大きく貢献しているが、放射線医学においても、その

重要性は今後格段に高まってくるものと考えられる。既に、放射線の生体への影響や放射線治療生

物学の分野においては、その歴史的な成果も出ているために、ICRR2015 のプログラムでは、非電

離放射線の分野も含めて 3 つのトラックと一部の共催シンポジウムでは、ライフサイエンスのアプ

ローチによる研究成果は重要な位置を占めることが明白であった。その一方で、これらの領域にす

ぐには応用されないかもしれないが、近い将来必ず放射線科学において避けることができなくなる

基礎的な分野の発表のために、ライフサイエンスとして単独のトラックを設定することとなった。

ただし、これらの応用と基礎は明確に区別できるものでなく、融合した部分もあるために、話題に

よっては他のトラックと重複が生じることも当然である。

このような時代の流れにおいて、放射線研究関連学会で設定されるライフサイエンスのトラック

の課題は、質の高い基礎的な科学と放射線研究の相互の理解の促進である。この分野が、放射線生

物学のみならず、他の医学・生命科学領域と競合し数歩先んじることは、放射線科学の将来を左右

するとも考えられ、この点を配慮しつつ、プログラムを検討した。

コングレスレクチャー

5 月 26 日は、京大放生研・放医研シンポジウムとして、Ashok Venkitaraman 博士(Oxford Univ)

が講演を行ったために、そちらの章を参照されたい。

5 月 27 日は、Markus Löbrich 博士(Darmstadt Univ)が、「Repair of DNA double-strand breaks by

homologous recombination」の題目で講演を行った。相同組換えの中心的な分子である Rad51 が、そ

の過程で形成されるフィラメントからどのように除去されるかは不明であるが、Nek1 が Rad54 を

リン酸化することによって Rad51の DNAからの解離が促進されることが示された。

5 月 28 日は、Alexander Spektor 博士(Dana-Farber Cancer Inst)が、「DNA damage in micronuclei

generates chromothripsis and other complex chromosomal rearrangements」の題目で講演を行った。近年

のゲノム解析によって、ある染色体部位に限定的に激しい染色体再構成がおこる現象である

chromothripsis の存在が明らかとなったが、その機序は不明である。彼らは生細胞イメージングと単

一細胞ゲノム配列解析を組み合わせることによって、小核に分離された染色体が chromothripsis の

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原因になることを示した。この機序の発見はゲノム変異の生成の理解を深めるものであり、同日の

Nature誌に掲載された。

アイオープナー

ICRR2015 の領域別講演の初日である 5 月 26 日の冒頭となったのは、小松賢志先生(京都大学)

の「Cloning of NBS1 and DNA repair genes: strand break repair is linked to cellular DNA damage responses」

の題目での講演であった。DNA 修復研究の歴史において、XRCC 細胞の研究と放射線高感受性の

患者細胞の研究が、これらの責任遺伝子の同定に直接貢献したことの紹介から始まり、その中でも

ATM と NBS1 の研究が、DNA 損傷応答における情報伝達経路の確立の端緒となったことが詳しく

紹介された。さらには、これらに関係する分子として、RNF20 や RAD18 が取り上げられ、DNA 損

傷応答においてクロマチンリモデリングや多様な DNA 修復機構が役割を果たしていることの 近

の研究成果が紹介された。生命科学と放射線生物学が一体となった研究の大きな流れがわかりやす

く説明され、トップバッターの講演として大きな感銘が与えられた。

5月 27日は、武田俊一先生(京都大学)が「Genetic analysis of proteins involved in the initial step of

double-strand break repair」の題目で、DNA 二本鎖切断生成後の修復の初期過程において、複数のヌ

クレアーゼの段階毎の役割分担の 新の成果を紹介し、朝早い時間帯であるにもかかわらず、活発

な議論が行われた。

5 月 28 日は、田代聡先生(広島大学)が、「Nuclear topography of homologous recombinational

repair」の題目で、RAD51 の局在を一つのモデルとして、相同組換え修復と核構造の関係について、

超解像顕微鏡を用いた解析結果を紹介した。これまでの顕微鏡と比べて、新しい情報が得られるよ

うになり、やはり早い時間帯であるにもかかわらず、活発な議論が行われた。

5 月 29 日は、Tom K Hei 博士(Columbia Univ)が、「Role of abscopal effect in radiation

carcinogenesis」の題目で、放射線発がんにおける abscopal effectの寄与について、多様なデータを用

いてわかりやすく概説した。その後にマイクロビームのシンポジウムが引き続いて行われたために、

これらの領域全体の理解を深めるために、よい順序であった。

シンポジウム

5 月 26 日午前の「Pathways and players of DNA repair」と、午後の「Human diversity affecting

biological responses to radiation」は、京大放生研・放医研シンポジウムとして共催されたために、詳

細はそちらの章を参照にされたい。

5月 27日午前のシンポジウムは、「Dynamics of chromatin and nuclear architecture in radiation damaged

cells」であり、放射線生物学でも 近研究者人口が増加している領域であるが、たまたま Cold

Spring Harbor でも同類の meeting が開催されたために、ここでは 4 名の演者のシンポジウムとなっ

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た。生命科学の分野で有名なシンポジウムと重なったのは仕方ないことであるが、それでも高いレ

ベルのシンポジウムを開くことができたのも、ICRR の実力と言えるであろう。古谷寛治先生(京

都大学)は、「Mitotic kinase dependent phosphorylation of DNA damage checkpoint proteins」の題目で、

間期クロマチンをモニターするチェックポイント制御における HsRad9 のリン酸化の意義について

紹介した。 Gisela Taucher-Scholz 博士( GSI Helmholtz Center for Heavy Ion Research )は、

「Spatiotemporal protein dynamics and double-strand break repair: the impact of damage and chromatin

complexity」の題目で、生細胞顕微鏡解析を行い、DNA 二本鎖切断の複雑性とクロマチン環境の、

DNA 損傷応答の時間空間的変化への影響を議論した。井倉毅先生(京都大学)は、「The role of

histone H2AX dynamics in DNA damage response」の題目で、TIP60によって制御される H2AX交換が

介するクロマチン動態について議論した。Xuetong Shen 博士(MD Anderson Cancer Center)は、

「Regulation of key checkpoint kinases by ATP-dependent chromatin remodeling complexes」の題目で、

SWI/SNF クロマチンリモデリング複合体が Mec1(哺乳類では ATR)の活性を制御することを紹介

した。

5月 27日午後のシンポジウムは、「Radiation-induced DNA damage response and cell death」であった。

Penny A Jeggo博士(Univ Sussex)は、「Radiation induced DNA damage and cell death in the embryonic

and adult brain」の題目で、神経発生における NHEJの役割を理解するために、DNA ligase IV変異マ

ウスでの胎生期神経幹細胞に注目し、この細胞が存在する部位での DNA 二本鎖切断とアポトーシ

スが増加していることを観察し、このことが胎生期の神経幹細胞の低線量放射線に対する高い感受

性に結びつくことを、出生後の神経幹細胞と比較して議論した。Marc S Mendonca 博士(Indiana

Univ)は、「Alteration of Warburg metabolism and NF-kB signaling to enhance pancreatic cancer x-ray

sensitivity」の題目で、膵癌では高頻度に活性化している NF-kappaBをその阻害剤で抑制するととも

に、Dichloroacetate により Warburg 代謝を酸化代謝に戻すことによって、膵癌細胞株の増殖が抑制

され、放射線誘導細胞死が増加することを報告した。Prakash M Hande 博士(National Univ

Singapore)は、「Disruption of telomere equilibrium sensitises human cancer cells to DNA repair inhibition

and radiation」の題目で、DNA 修復経路の抑制と telomerase の抑制とが DNA 損傷による抗腫瘍効果

を増強し、新たながん治療の戦略となる可能性を示唆した。David J Chen 博士(Univ Texas

Southwestern)は、「Phosphorylation of Ku results in displacement from DNA ends which plays a role in

DNA double-strand break repair pathway choice」の題目で、Kuの DNA二本鎖切断からの解離はリン酸

化によって媒介され、この過程がその後の DNA修復経路の選択に影響を及ぼすことを報告した。

5月 28日午前は、「Frontiers of Radiation Research」のシンポジウムが企画されたが、これは公募し

た口演の中から、領域を問わずこれからの放射線研究の発展に貢献する可能性のある魅力的な発表

をまとめたものである。Insa S Schroeder 博士(GSI Helmholtz Canter for Heavy Ion Research)は、

「Differentiation of human embryonic stem cells - assessing the risk of radiation during early embryo

83

development」の題目で、ヒト胚性幹細胞から心臓に分化する細胞を用いて、放射線照射の影響を検

討したところ、非被ばく細胞に比べて心臓のマーカーが早期に発現することを報告し、放射線誘発

奇形の理解が進む可能性を示した。Benjamin J Blyth博士(放医研)は、「Discovering the role of Pten

in protecting from tumours induced by childhood irradiation」の題目で、Ptenの放射線発がんにおける抑

制効果について、Pten 遺伝子の 1 コピー欠失を異なる時期に誘導することによって、小児期の被ば

くでどの時期の Pten が抑制的役割を果たすのかを議論した。Michael Hausmann 博士(Heidelberg

Univ)は、「Changes of nucleosomal arrangements after irradiation and during repair as detected by super-

resolution localization microscopy」の題目で、Spectral Position Determination Microscopy を用いて、放

射線照射後のヘテロクロマチン領域とユークロマチン領域で、クロマチンの再配列の動態が異なる

ことを報告した。Lihua Zeng 博士(Fourth Military Medical Univ, China)は、「Aberrant IDH3a

expression promotes malignant tumor growth by inducing HIF-1-mediated metabolic reprogramming and

angiogenesis」の題目で、IDH3a が HIF-1 の上流に存在して、HIF-1 による Warburg 効果や血管新生

を誘導するはたらきがあることを報告し、IDH3a のレベルが、がんで上昇していることから、それ

が治療の標的となる可能性を示した。Roger F Martin博士(Peter MacCallum Cancer Centre, Australia)

は、「New DNA-binding antioxidants as topical radioprotectors」の題目で、新しい DNA結合性抗酸化剤

が、放射線防護剤として有用である可能性について紹介した。George DD Jones 博士(Univ

Leicester)は、「Redox modulation of ROS-mediated mechanisms: a radical therapeutic approach for the

selective targeting of cancer cells」の題目で、メラノーマ細胞は正常細胞と比べて酸化ストレスに感受

性が高いことを示し、ROS が媒介する機構の redox 修飾が、選択的ながん治療となる可能性を議論

した。

5月 28日午後は、若手放射線生物研究会との共催シンポジウム「Re-evaluation of biological targets

of radiation-induced cell killing」を開催したために、そちらの章を参照されたい。

5月 29日午前は、12th International Workshop on Microbeam Probes of Cellular Radiation Responseとの

ジョイントセッションである「Recent progress in microbeam research - non-targeted effects on cells/tissues

surrounding irradiated cells」を開催したために、そちらの章を参照にされたい。

口演

5 月 26 日は、「DNA Damage Response」のテーマで口演が行われた。Tej K Pandita 博士は、

H4K16acのユークロマチンとヘテロクロマチンにおける違いと DNA修復の関係を議論した。Asuka

Hira 博士は、新たなファンコニ貧血遺伝子として、ユビキチン結合酵素 E2遺伝子である UBE2Tを

同定した。Mikio Shimada 博士は、Polynucleotide kinase/phosphatase の欠損が神経発生において DNA

損傷を起こすことを報告した。Noriko Hosoya 博士は、シナプトネマ複合体構成分子 SYCE2 が体細

胞では DNA 損傷応答に影響を与えて放射線抵抗性を誘導することを報告した。Lovisa Lundholm 博

84

士は、肺癌の癌幹細胞モデルでは、増殖因子受容体の情報伝達に異常があるとともに、ヘテロクロ

マチンのマーカーが増加し DNA損傷応答に影響を与えていることを報告した。

5 月 27 日は、「DNA repair」のテーマで口演が行われた。Yuji Masuda 博士は、PCNA のポリユビ

キチン化を再構成系で検討し、RAD18 と HLTF の重要性を報告した。Anthony J Davis 博士は、

BRCA1 が DNA-PKcs の自己リン酸化を低減することによって S 期における NHEJ を抑制すること

を報告した。Ryo Sakasai 博士は、DNA-PKcs の新たなユビキチン結合酵素 E2 を発見し、この経路

が異常染色体形成と S 期におけるチェックポイント制御に関わる可能性を議論した。Yoshihisa

Matsumoto博士は、XRCC4の DNA-PKによる 4つのリン酸化部位を同定し、核内局在と DNA ligase

IV との結合に重要であるリジン残基を見いだした。また、XRCC4 のクロマチンへの結合は DNA

ligase IVに依存することも報告した。William D Dynan博士は、NHEJに関わる NONOの欠損マウス

で、生殖細胞と造血幹細胞の異常を報告した。

5月 29日は、引き続き「DNA damage response」と「DNA repair」の 2つのテーマでの口演が並列

で行われたが、2 会場において活発な議論がなされた。Jac A Nickoloff 博士は、EEPD1 の相同組換

え、複製フォーク再開、ゲノム安定性における役割を紹介した。Miki Shinohara 博士は、M 期に

DNA 二本鎖切断修復がなされる場合のゲノム安定性への影響について議論した。Takaaki Yasuhara

博士は、Rad54Bのチェックポイント抑制作用について紹介した。Afshin Beheshti博士は、陽子線治

療の腫瘍と宿主への影響をトランスクリプトーム解析も含めて検討した結果を議論した。同様に、

Ralf Kriehuber博士は、放射線種毎の遺伝子発現の違いを検討した結果を議論した。

「DNA repair」セッションでは同じく 5名が発表した。Mahmoud Toulany博士は、Aktのアイソフ

ォームの NHEJ への影響を報告した。Sara Ahrabi 博士は、相同組換えが微小相同による末端結合を

抑制することを報告した。Aashish Soni 博士は、異なる PARP が放射線による染色体転座の形成に

及ぼす影響を議論した。Tsukasa Matsunaga博士は、NERに対する新しい阻害剤を発見したことを紹

介した。Geraldine Gonon博士は、異なる LET の粒子からのエネルギー付与のトポロジーと DNA損

傷との関係を議論した。

まとめ

招待講演から一般口演、ポスター発表までのすべてのセッションにおいて、極めて質の高い発表

がなされ、さらに活発な討論も行われ、会場は常に熱気に満ちていた。放射線研究におけるライフ

サイエンスの貢献とともに、医学・生物学におけるこの分野の重要性が認識でき、この領域全体が

これからさらに発展することが印象づけられた。

85

II-2.3. 放射線防護

放射線医学総合研究所放射線防護研究センター

酒井一夫

【はじめに】 今回の ICRR2015のテーマは、「人と地球の未来を拓く放射線科学」であり、ヒト

と放射線の関わりを議論するテーマのひとつとして、福島原子力発電所事故に関する話題が取り上

げられた。「放射線防護」の分野は、もっぱら放射線のヒトや環境に与えるリスクを検討する分野

ではあるが、その基礎には、環境中の放射性物質の挙動、環境中の放射性物質やその他の放射線源

からヒトや環境に与えられる線量の評価、評価した線量によってどの程度の影響がもたらされるか

の把握、さらには、そのような影響・リスクをどのように低減させるかについての方策の検討と実

施など、広く「放射線科学」と結びついている。「放射線防護」では、具体的な課題を設定し、放

射線科学のこれまでの貢献についてまとめるとともに、新たな課題や今後への挑戦などについての

議論や検討を行った。

【プログラム】「放射線防護」の領域の中で実施されたセッションをプログラムに沿って以下にま

とめる。

5 月 26 日 Eye Opener:原爆被爆者における発がんリスクに関する疫学調査。 放射線リスク評価、

放射線防護の原点ともいえる原爆被爆者におけるリスク評価につき、放射線影響研究所の小笹疫学

部長からこれまで調査研究の成果と今後の見通しおよび課題につき概要が紹介された。

シンポジウム「原爆被爆者の長期フォローアップ(放射線影響研究所との共催)」 原爆被爆者

を対象としたこれまでの調査研究の結果から明らかになったことと、今なお残されている課題につ

いて議論が行われた。福島原子力発電所事故の健康影響の解明を今後どのようにして進めていくべ

きか、に関する指針ともなるシンポジウムであった。

Congress Lecture「放射線生物学および放射線防護における線量率効果」 放射線の生物影響に関

する分野では、一般に同じ線量を受けた場合でも、線量率(単位時間当たりの線量)が低くなると、

影響の程度が小さくなることが知られている。放射線防護、放射線管理においては、高線量・高線

量率被ばくの場合のリスクを、低線量・低線量率の場合に「外挿して」評価することが多い。この

意味で、高線量・高線量率に比べ、低線量・低線量率の場合に影響がどれほど低減されるか見積も

ることが重要であり、大きな課題となっている。高線量・高線量率と低線量・低線量率の場合の影

響の程度の違いを示す指標を(DDREF:Dose and Dose Rate Effectiveness Factor.線量線量率効果係

数)と呼ぶが、国際放射線防護委員会(ICRP)でもこの問題が取り上げられ、この課題のための

タスクグループが組織され、検討が進められている。このレクチャーの中では、このタスクグルー

86

プの活動とこれまでのとりまとめの状況を、当タスクグループの Chairである Werner Ruehm(ド

イツ・ヘルムホルツ研究センター)および、疫学、動物実験、放射線生物影響のメカニズムについ

ての専門家から報告があり、これまでのとりまとめと今後の課題が、それぞれの観点から報告され

議論された。DDREFは、放射線管理を考えるうえで大変に重要な要素であるが、従来の疫学的な

アプローチだけでは解決できない課題でもある。動物、細胞、分子レベルでの放射線科学の貢献が

期待できる課題であることが改めて確認できた。

シンポジウム「低線量・低線量率影響の新たな展開(環境科学技術研究所との共催)」環境科学技

術研究所では、低線量率長期照射設備を設置し、放射線影響における線量率効果の課題について取

り組んでいる。このシンポジウムでは、同設備を活用した国内外の研究成果が紹介され、今後の課

題を含めた議論が行われた。

口頭発表「放射線防護の基礎としての生物影響」。放射線が胎児に与える影響、診断レベルの放

射線による発がん、放射線感受性の個人差など、放射線防護方策を考える上での基礎となる生物影

響に関する発表があった。

5月 27日 「DoReMiシンポジウム」:ヨーロッパの低線量放射線影響研究をリードしてきた

DoReMi(Low Dose Research towards Multidisciplinary Integration)のこれまでの実績と今後の展望に

ついて報告があった。同プログラムからの要請に基づいて設定したセッションである。ヨーロッパ

では、1990年代から放射線科学の進展を、放射線リスクの評価に活用しようとする動きがあり、

DoReMiプログラムという形で実施されてきている。このシンポジウムでは、同プログラムの推進

状況とこれまでの研究成果並びに今後の展開について報告があり、議論が行われた。

まず、同プログラムの推進役の一人で、同プログラムに当初からかかわって来た Sisko Salomaaa

(STUKフィンランド放射線・原子力安全庁)の全体概要紹介に続き、ヨーロッパにおける当該分野

の研究設備・装置の紹介、教育訓練の状況、発がん影響、非がん影響、感受性の個人差等の話題に

ついて、それぞれ担当者から報告があり、疫学、動物個体レベルの研究から、細胞、分子レベルの

影響まで、幅広く総合的な研究が進められていう状況が紹介された。研究成果そのものに加え、こ

のような長期にわたるプログラムの活動を維持、継続している体制についても参考となるシンポジ

ウムであった。このシンポジウムには、ヨーロッパ以外からの参加者も多く、DoReMiプログラム

にとっては、研究活動を広く発信することになり、また、聴衆にとっては、ヨーロッパでの 新動

向につき、情報収集する良い機会になったものと思われる。

Congress Lecture「低線量・低線量率被ばくに対する分子レベルでの応答」 演者は、米国

Radiation Research Societyの会長、Gayle Woloschak(米国ノースウェスタン大学)。低線量影響に関

87

する米国におけるキーパーソンの一人である。低線量・低線量率放射線の影響が、伝統的な疫学的

アプローチのみでは解明できない状況のなか、これを補う貴重な情報源である「メカニズム」にい

かにアプローチするかが論じられた。

シンポジウム「低線量・低線量率放射線被ばくに関する疫学研究の新たな展開(米国 National

Institutes of Healthおよび National Cancer Instituteとの共催)」疫学研究に的を絞って、これまでに何

が明らかになっているか、残されている課題は何か、が論じられた。

口頭発表「疫学」原爆被爆者、職業被ばくにおける健康影響に関する発表が行われた。

5月 28日 Eye Opener「環境生物に対する放射線の影響」近年の話題である環境の防護(ヒト以外

の生物種に対する放射線の影響の評価とこれに基づく生物多様性の維持等、「環境の放射線防護」)

に関する紹介を、ICRPの、この問題に係る専門委員会の Vice Chairを務める Kathy Higley(米国オ

レゴン州立大学)が紹介した(ちなみに、同委員会の Chairである Carl-Magnus Larssonは、原子放

射線の影響に関する国連科学委員会の議長を務めており、今回の ICRRでは、福島原子力発電所事

故に関するセッションで大きく貢献した)。聴衆からの質疑応答の中で、放射線科学がこの分野に

おいて大きく貢献する可能性につながるような質疑応答が行われた。放射線科学分野の研究者にと

って、これまでなじみがなかった分だけ新鮮な話題提供になったと思われる。今後の研究のきっか

けとなったことを期待したい。

シンポジウム「自然界に存在する放射性物質による被ばくに関する研究の現状と見通し(弘前大

学との共催)」自然放射線が高い地域における、線量の評価と健康影響(発がんリスク)について

のとりまとめ状況が報告された。

Congress Lecture「放射線防護剤に関する成果と課題」放射線防護剤開発に関し長い歴史を有する

Armed Force放射線研究所から Mark H. Whitnall博士を招いて、放射線防護剤に関する基礎、開発に

まつわる話や、放射線防護剤が果たしてきた歴史的な役割と今後の展開が紹介された。

シンポジウム 「放射線災害への備えと対応並びに原子力災害からの復興(広島大学との共

催)」広島大学が原子力災害・放射線災害に係る緊急時医療を担う人材の育成を目的として推進し

ている「広島大学フェニックスプログラム」との共催で、放射線災害に対する備えと対応に関して、

ICRPの考え方やリスクコミュニケーションまで、様々な側面が取り上げられ、議論された。

5月 29日 Eye Opener 事故時の高線量被ばくへの対応を視野に入れた「幹細胞治療」につき、

この方面の経験が豊富なフランス IRSN(放射線防護・原子力安全研究所)から Benderitter博士を

88

招待して、幹細胞移植治療についての概要が紹介された。緊急時対応、緊急時医療が取り上げられ

たことはこれまでにない。特徴的なセッションとなったと思う。

シンポジウム「ベネフィット・リスク・コミュニケーション」 今回の ICRRでは、放射線のリ

スクが大きな話題として取り上げられたが、放射線の医学利用に関しては、放射線を利用すること

のベネフィットについても十分に説明する必要がある。この観点から、特に小児科領域の放射線診

断に的を絞り、医療プログラムを進める立場、医療を実施する立場、さらに患者の立場の講演者か

ら話題が提供された。リスクのみでなく、様々な立場からの報告と議論が本シンポジウムの大きな

特徴であった。

(1)もともとは放射線診断医であり、the International Radiology Quality Network( 医療の品質に

関する国際ネットワークの創始者でもあり、放射線診療の 適化に長くかかわって来られた

Laurence Lau博士から、放射線診療におけるリスクとベネフィットの考え方と伝え方についてのイ

ントロダクションのあと、(2)IAEA(国際原子力機関)にて Protection of Patients というウェブサ

イトを立ち上げ、積極的な情報発信を続けている Madan Rehani博士(現在の所属は米国マサチュ

ーセッツ総合病院)から情報の伝え方についての報告、(3)国立成育医療研究センター放射線診療

部 宮嵜治医長から、日々の診療の現場の経験に基づいて、放射線に関する患者の受けとめ方と、

福島原子力発電所の事故の前後でのその変化など、さらに(4)ご家族が放射線診療を受けた経験

がきっかけで、「患者ネットワーク」に加わり、積極的な活動を続けているマレーシア大学ビジネ

ススクールの Rosmini Omar准教授が患者の立場から、患者ネットワークの経験に基づいた報告が

あった。

講演後の討論では、リスクとベネフィットの両面をきちんと説明することの重要性と、放射線科

学に携わる専門家の役割などについて議論が行われ、本シンポジウムからのメッセージとしてまと

められた。

口頭発表 「生物学的線量評価」主に染色体異常を指標とした線量評価手法について、技術的な

進展について報告された。

【分野間の連携】今回の ICRRの開催にあたっては、「分野間の連携」がもう一つのキーワードで

あった。宇宙放射線の影響や、福島原子力発電所事故に係るセッションの中で、また、放射線の臨

床応用のセッションにおいても「放射線防護」に関わる課題が取り上げられた。「学問分野の高度

化」とともに、「分野間の連携」も達成できたものと考える。

【共催プログラム】学際的な要素を多く含む放射線防護分野においては、カバーする範囲が広いこ

とを反映して、演者の選定、招聘、セッションの運営につき、多くの研究組織、研究グループ・プ

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ログラムとの共催という形でセッションが組まれた。上記、各セッションの紹介の部分にも付記し

たが、放射線影響研究所、環境科学技術研究所、弘前大学、National Institutes of Health /National

Cancer Institute 、広島大学リーディングプログラム、などである。開催へ向けての関係各位の御尽

力に感謝したい。また、ここでは簡潔な記載にとどめたが、それぞれの詳細については、本報告書

の「各論」の、「共催シンポジウム」の項をご覧いただきたい。

90

II-2.4. 環境・光ストレス

大阪大学医学系研究科放射線基礎医学教室医学教室 1

藤堂 剛 1

環境・光ストレス(Room E)

紫外線・酸化ストレス・化学変異原・電磁場は、放射線同様ゲノム変異を誘発する重大な環境ス

トレスである。Room Eでは、宇宙放射線及びこれら環境ストレス各々に焦点をあてた 7つのシン

ポジウムが組まれた。各シンポジウムのオーガナイザーあるいは座長による概要を以下に纏めた。

尚、各講演者名は各執筆者の表記に従った。

2-E-EO-04 Forty Years of DNA damage Tolerance(花岡文雄(学習院大学))

2-E-SY-04 Non-ionizing Radiation and Risk of Human Health: Comparison of Ultraviolet Radiation and

Ionizing Radiation

紫外線は生命誕生から現在まで生物にとり 大の環境ストレスであり、 強の突然変異原である。

花岡先生は紫外線高感受性劣性遺伝病の原因遺伝子解明から、塩基損傷が存在しても DNA複製を

行える特殊な DNA複製酵素(Trans lesion synthesis (TLS) DNAポリメラーゼ)が紫外線による突然変異

誘発の根本要因である事を明らかにし、塩基損傷による変異誘発の基礎を築かれた。本研究領域の

歴史的変遷の中に、長年に渡る先生ご自身の研究成果を紹介され、続くシンポジウムの 良のイン

トロダクションとなった。シンポジウムでは、TLSポリメラーゼに焦点をあて、その分子メカニズ

ムから発がんへの寄与まで幅広い話題が取り上げられた。TLSポリメラーゼは、損傷部位において

通常の DNA複製ポリメラーゼと入れ替わり、損傷乗り越え DNA合成を行った後、再び複製ポリ

メラーゼと入れ替わる。この損傷部位におけるポリメラーゼスイッチングは TLSにおける 重要

ステップであり、TLSポリメラーゼ同士、あるいは PCNAとの相互作用が重要な役割を果たしてい

る。 初の2人の演者はこれら蛋白相互作用について話された。Rev1は Pol, Polを含む様々な

TLSポリメラーゼと相互作用する scaffold蛋白質として働き、TLS活性全体の制御を行っている。

Todd Washington先生(University of Iowa, USA)は、Polと Rev1の2つの TLSポリメラーゼと PCNA

の相互作用を示した。Rev1には N末と C末に他の蛋白質との相互作用ドメインを持つが、前者の

BRCTドメインの重要性を示した。続いて橋本博博士(静岡大学)は、Rev3-Rev7-Rev1相互作用に

ついて話された。Polは core サブユニットである Rev3と Rev7から構成されているが、Rev7は

Rev3- Rev1相互作用のアダプターとしての役割を担っており、スイッチングにおける重要性を示し

た。村雲芳樹博士(北里大学)は、Rev7の抗癌剤耐性への役割について話された。Rev7はほとん

どの上皮性卵巣がんで発現しており、発現量と予後の悪さの相関がみられる。また、Rev7 ノック

ダウン腫瘍細胞はシスプラチンに対する感受性を示す事が in vivo で示された。今後 Rev7が抗癌剤

91

の分子標的となる事が期待される。 後に高田慶一博士(University of Texas)は、ショウジョウバエ

mus308 のヒトホモログ PolQ、 HelNに付いて話された。PolQは、その特殊な DNA複製活性を介し

てマイクロホモロジー媒介末端結合に、また HelNは、ATR、Rad51と結合し DNA鎖架橋修復に関

与している事を示された。

2-E-CL-06 DNA damage repair and the impact on aging (Jan Hoeijmakers (Netherland))

過去十数年の間、ガンが「遺伝子の病」であるという認識が定着するとともに、DNA損傷の発

がんにおける重要性は強く認識されてきたが、発がんに加え、DNA 損傷と老化の相関についても、

より明確に示されるようになってきた。Jan Hoeijmakers博士(Erasmus Medical Center)は、これまでに

数多くの DNA修復遺伝子ノックアウトマウスを作成してきた経験に基づき、DNA損傷と老化の相

関を指示する多くの証拠を示された。(大阪大学医学系研究科 藤堂剛)

2-E-SY-13 Genetic and Epigenetic Mechanisms of Environmental Stress

このシンポジウムは「環境ストレスのジェネティックおよびエピジェネティックなメカニズム」

と題して企画され、国内より 2名と、台湾および韓国からそれぞれ 1名の演者が招聘された。台湾

国立成功大学の周佩欣博士は「バイオアッセイと高速液体クロマトグラフ質量分析装置を用いた下

水処理水中に含まれる物質の分析」と題し、酵母ステロイドレポーターアッセイ、大腸菌ウムラッ

クテストと LC-MS/MSを駆使して、下水処理場放流水から 17β—エストラジオール、エストリオー

ル、プロゲステロン、テストステロン、ノニルフェノール、トリクロサン、トリクロカーボン、ビ

スフェノール Aを検出した。また排水の塩素処理によって塩素化ビスフェノール Aの生成が疑わ

れ、その甲状腺ホルモン活性が示唆された。これら研究の結果、下水処理水の水生生物への影響の

懸念が示された。韓国東国大学の徐英緑博士は「分子毒性学とトキシコゲノミクスを用いた統合的

アプローチを介して解かれた重金属の変異原性と発がん性の新しいメカニズム」と題する発表を行

なった。マウスのカドミウムの低容量長期処理後のトランスクリプトーム解析によって、カドミウ

ム毒性に関わる主たる遺伝子セットを見いだした。さらにコンピューターを用いたパスウェイ解析

によって、p53依存 DNA修復パスウェイがカドミウムの毒性・発がん性に重要であることを示し

た。この方法は新しい発がんメカニズム解析法として期待される。静岡県立大学の伊吹裕子博士は

「化学物質によるヒストン修飾と紫外線感受性の変化」と題し、ホルムアルデヒド、17βエストラ

ジオール、タバコ煙濃縮物などによる、細胞のヒストンのアセチル化とリン酸化を示した。さらに

これらのヒストン修飾が紫外線(UVB)による細胞死を増強することを示し、環境化学物質と太陽

紫外線の複合効果が人体にも影響を及ぼしている可能性を述べた。大阪府立大学の川西優喜博士は

「環境発がん物質 3-ニトロベンズアントロンによる付加体生成とその修復、損傷乗り越え DNA複

製(TLS)」と題し、3-ニトロベンズアントロンによる 3種類の DNA付加体それぞれの生成率、修

復率、および TLS率を求めた。その結果グアニンの 8位の付加体が も 3-ニトロベンズアントロ

ンによる突然変異誘発に寄与していることが示された。変異原による個々の付加体を同定し、それ

92

ぞれがどの程度突然変異誘発に寄与しているかを知ることが、発がんメカニズムの詳細な解明につ

ながると述べた。講演終了後、活発な議論が行なわれ、参加者にとり有意義なシンポジウムとなっ

た。(大阪府立大学理学系研究科 八木孝司)

3-E-EO-11 Radiation induced effects comprise the DNA polymerase and ligase steps in DNA repair (Sam

Wilson (NIH/NHLBI))

3-E-SY-22 Processing of oxidized DNA damage

Eye Openerでは Sam Wilson (NIH/NHLBI)が time-lapse X-ray crystallographyを Polに用いた解析に

ついて述べ、塩基損傷修復酵素の研究の構造的解析の 先端を紹介した。

「酸化的 DNA損傷のセッション」は可視化によるプロセス解明の基礎研究と疾患と抗癌剤の開

発という応用研究をまとめた。DNA塩基の酸化的損傷は も基本的な放射線影響で、二重鎖切断

を含む種々の DNA損傷の元となる。Susan Wallace (University of Vermont) は塩基損傷と結合する

DNAグリコシラーゼの働きを顕微鏡下の in vitroの系で 解析した。塩基損傷は切り出される前に外

に飛び出るが、それに必要な 3つのアミノ酸を変異させるとグリコシラーゼのゆっくりと移動する

挙動が無くなったので、これらのアミノ酸は損傷塩基のサーチに働いていると考えた。Li Lan

(University of Pittsburgh)はヒト細胞の特定の DNAサイトに結合する蛋白質に可視光で活性酸素を作

る蛍光蛋白を融合させて発現させ、酸化的 DNA損傷をヘテロクロマチンやユウクロマチン、ある

いはテロメア近傍で作った時の修復蛋白の集積や細胞の生存への影響の違いを見つけた。Miral

Dizdaroglu (NIST, USA)は癌治療を目的としたグリコシラーゼ NEIL1の阻害剤の開発途上の状況につ

いて報告した。Yusaku Nakabeppu (Kyushu University)は塩基損傷 8-oxoGの MUTYHグリコシラーゼ

による単鎖切断が原因となる細胞死への影響を述べた。この影響は脳の機能障害にも現れ、8-

oxodGTPをヌクレオチドプールで減らす MTH1や 8-oxoGを切り出し修復する OGG1の欠損はマウ

スの重篤な脳機能障害をもたらすが、MUTYHの欠損を OGG1欠損に加えるとその障害は現れなか

った。Thomas Helleday (Karolinska Institute)は MTH1の阻害剤が癌の治療薬となる可能性を報告した。

癌細胞には正常細胞に比べて一般に高レベルの酸化的 DNA損傷があり、MTH1依存的に細胞の生

存を計っていることを示した。それを用いて MTH1の酵素活性のあるポケットに合う 2種類の化学

物質を合成したところ、癌細胞特異的に細胞死をもたらし、これらは抗癌剤の候補と考えられた。

(東北大学加齢医学研究所 安井明)

3-E-CL15-01 An Integrated View of Induced Mutagenesis (Robert P Fuchs, CNRS, France)

損傷を持つ DNAが複製を開始すると複製フォークが損傷で停止し、細胞は死に至る。これを避

けるために細胞は 2つの戦略でこれを回避する。1つはエラープローンな損傷乗り越え DNA複製

(TLS: Translesion DNA Synthesis)とエラーフリーな損傷回避複製(DA: Damage Avoidance)である。

細胞は TLSを行なうために複数の特別な DNAポリメラーゼ(TLSポリメラーゼ)を持つ。演者は

まず、損傷を持つ DNAの複製を完了させるために、TLSポリメラーゼと通常の複製ポリメラーゼ

93

とのクロストークを解説した。TLSポリメラーゼが損傷塩基の対面に塩基を挿入したあと、複製ポ

リメラーゼが DNA鎖を延長するが、TLS合成した鎖を壊さないように、細胞は複製ポリメラーゼ

が持つプルーフリーディング活性(エキソヌクレアーゼ活性)を働かせないようにする。さらに演

者は自身の次のような新しい知見を示した。大腸菌では、ストレスによって誘導される RNR遺伝

子が細胞内 dNTP量を増やし、その結果、DNAポリメラーゼⅢのポリメラーゼ活性を上昇させ、

エキソヌクレアーゼ活性を減少させる。このポリメラーゼ活性とエキソヌクレアーゼ活性のバラン

スの変化が全 TLS過程を完了させる。講演後、活発な質疑応答が行なわれた。(大阪府立大学理学

系研究科 八木孝司)

3-E-SY-31 Combined Exposure of Ionizing Radiation and Chemicals

本シンポジウムでは、放射線と化学物質の複合曝露の影響をテーマに、疫学研究者と動物発がん

研究者が発表した。これまで原爆被爆者やウラン抗夫の疫学調査では、被ばく線量に依存し発がん

の増加が報告されているが、交絡因子の存在も示唆されていた。Dr. Furukawaは、放射線被ばくに

よる肺がんリスクは、少ない喫煙量で相乗的に増加し、多い喫煙量(1日10本以上)では相加的で

小さくなり、喫煙量に依存して複雑に変動することを示した。Dr. Kreuzerは、抗夫のラドン曝露に

よる肺がんのリスクとsilica曝露量の関係は一定量以上の曝露で直線的に増加することを報告する予

定であった(都合でキャンセル)。動物実験では、放射線と特定の化学発がん物質について単独ま

たは複合曝露が可能となる。Dr. Yamadaは、ラットを用いて放射線とタバコの成分であるBHPによ

る肺がんリスクにおける複合効果は、被ばく時年齢が若い方が相乗的に増加し、曝露の間隔が長い

と小さくなることを示した。Kakinumaは、マウスを用いて放射線と化学発がん物質ENUによるTリ

ンパ腫発生の複合効果は、線量、用量および曝露の順番によって相乗、相加または拮抗効果と変動

し、原因遺伝子の変異解析から曝露順は発がんメカニズム(放射線またはENUタイプ)を変化させ

ることを示した。本シンポジウムでは、疫学データと動物発がんデータともに、複合曝露の影響は

線量や曝露形式によって複雑に変動することが共有認識できた。(放射線医学総合研究所 柿沼志

津子)

4-E-EO-10 Life cience experiments performed in space in the ISS/Kibo facility and future plans (大西武

雄(奈良県立医大))

大西(武雄)博士による Eye Openerが行われた。司会は、JAXAの永松博士で、国際宇宙ステー

ション(ISS)にある日本宇宙実験棟である「きぼう」での宇宙実験について紹介された。2009年

から 5 件の宇宙実験が実施され、現在もいくつかの実験が進行中であることが報告された。中でも、

Rad Gene計画では、凍結細胞を ISSで保存したサンプルを用いて、重粒子線トラックの検出や、低

線量での影響、について報告された。

4-E-SY-40 Early and Late Biological effects of space radiation

94

宇宙放射線の生物影響についての 6人の演者によるシンポジウムが行われた。座長は、

Kronenbergと鈴木(雅雄)博士であった。Kronenberg博士は、宇宙放射線など、重粒子線を含む放

射線によるリスク、なかでも突然変異の導入と発がんの関係について全体像を述べた。O’Neill博

士は、重粒子線がもたらすクラスター変異が細胞内で生じるモデルを検討した。秦博士は、0.5 Gy

以下の低線量での被曝において生じる染色体異常について non-targeted効果を考慮しなければなら

ないことを示した。また Sun博士は、中国の宇宙ステーションに線虫をあげ、mRNA、 miRNA ア

レイで遺伝子発現を比較した結果、99個の DNA 損傷応答に関与する遺伝子の内 38個の発現が宇

宙環境下で変化したことを報告した。Blakely博士は Harderian Gland腫瘍を重粒子線でマウスに発

生させる実験を放射線の種類、線量など幅広く展開している。O’Banion博士は、宇宙放射線の神経

系への影響、例えば、アルツハイマー病やパーキンソン病等との関連について、それらのマウスモ

デルに 0-2 Gyの重粒子線を照射し、行動や記憶、また、プラーク形成などの解析結果について報

告した。

4-E-CL-24 Track structure effects in galactic cosmic ray induced cancer and central nervous system risks

(Francis Cucinotta (USA))

Cucinotta博士が、粒子線のトラック構造を基準にした新たな宇宙放射線の線質係数などをがんの

予測や中枢神経系のリスク評価に利用することを提案した。また、銀河宇宙線によるエネルギー付

与モデルを提案し、脳の活動における様々な影響に利用できると考えていることを報告した。

4-E-SY-49 Physical dosimetry for space radiation

宇宙放射線の物理、また線量測定に関するシンポジウムが Durante博士と内堀博士が座長となっ

て行われた。Reitz博士は、ISSの内での環境と人体の表面および内部が受ける線量について、ESA

の MATROSHKAを用いて解析した結果について報告した。Shurshakov博士は、ISSに載せた

Tissue-equivalent spherical phantom を用いて、ISS 内での被ばく線量について報告した。永松博士は、

ISSでの線量測定が健康管理、遮蔽改善に重要であることを述べ、2008年に「きぼう」が設置され

て以来 PADLESを用いて ISS内で測定されてきた結果について発表した。Narici博士は、ALTEAと

呼ばれる放射線検出が ISSに設置されており、ISSの各場所での宇宙放射線の各種イオンを測定し

てきた。Zeitlin博士は、火星に着陸した探査船の放射線検出器(RAD)を用いて 2012年から 687日の

データを集積し有人火星探査への評価を可能にした。La Tessa博士は、重粒子線が物質に照射され

て発生するヘリウム原子についての発表を行った。

このように、宇宙放射線に関して、NASAを中心にした細胞や動物を用いた変異、発がんおよび

中枢神経系への影響など宇宙飛行士の安全性の評価を明確な目的としたモデリングを含む研究、ま

た、日本実験棟を利用した種々の生物による様々なアッセイ系を用いた放射線影響の研究、さらに、

世界的な物理学的宇宙放射線研究など、特色ある研究が同時に進展し、今後の火星有人探査などへ

の貢献が期待された。(大阪市立大学医学研究科 森田隆)

95

5-E-EO-28 Electromagbetic field and cancer: Current state of knowledge and challenges (Joachim Schuz

(IARC, France))

5-E-SY-58 Biological effects of electromagnetic field

Eye Openerでは、Dr. Joachim Schüz (IARC, France)が、リヨンにある国際がん研究機関(IARC)の概

要を紹介した。IARCが実施した電磁波の発がん性評価について、ELFでは、小児白血病の増加、

RFでは、脳腫瘍の増加を示唆する疫学研究結果を認め、2B(possibly carcinogenic to humans)と結

論付けた。ただ、疫学研究においては交絡因子やバイアスによる結果判断の慎重な扱いも必要であ

ることを付け加えた。

シンポジウムでは、以下の 5名の演者が、それぞれ電磁波に関わる研究現状を紹介した。小山眞

氏(京都大学):高周波(マイクロ波)ならびに超高周波(ミリ波、テラヘルツ)曝露による細胞

や分子応答、特に発がん性と関連する遺伝毒性についてレビューした。Prof. Guozhen Guo (第四軍

医大学、中国):ラットやマウスを用いて、高周波の分割曝露による生殖器系への影響を検討した。

低い SAR では影響はなく、3W/kg での SAR では、いくつか陽性効果を認めたが、結論付けるには、

より一層の研究の必要性を強調した。牛山明氏(国立保健医療科学院):高周波における ICNIRP

ガイドライン以下とそれを超える SARで、ラット脳における熱ショックタンパクの発現への影響

を検討した。SARが 0.4W/kgでは影響はなかったが、4W/kgでは、HSP27、 HSP40、 HSP90の発現

上昇が認められた。山口さち子氏(労働安全衛生総合研究所):労働環境下における強静磁場の影

響を調査してきた。特に、病院内での MRI診断時における医師や放射線技師への磁場曝露の与え

る影響を評価した。診断時の行動能力への影響が否定できないこともあり、今後のさらなる研究と

労働環境の静磁場曝露制限やガイドラインの検討を提唱した。篠原直毅氏(京都大学):近年、電

磁波によるエネルギー伝送(WPT)技術は目覚ましいものがある。工学的な見地から、WPT技術

の応用に関して、周波数の選択、伝送技術の選択など、対象となるケースとともにレビューした。

(京都大学生存圏研究所 宮越順二)

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II-2.5. 福島関係

広島大学原爆放射線医科学研究所 1

福島県立医科大学放射線県民健康管理センター2

神谷 研二 1、2

福島原発事故関連のセッションでは、それぞれ 1 コングレスレクチャー、1 オーラルセッション

ならびに 34 のポスター発表があった。シンポジウムでは「Environmental and Health Effect of the

Fukushima Nuclear Accident」ならびに「Lessons Learned in Health and Medical Aspects: From A-bomb and

Chernobyl to Fukushima」が催されたが、それぞれ II-3.9 ならびに II-3.11 にて紹介されるので、ここ

では割愛したい。

コングレスレクチャーでは長崎大学の Yamashita により、チェルノブイリと福島における放射線

健康リスク管理からの教訓についての講演があった。オーラルセッションでは東京大学の Tsuruta

らは、福島第一原子力発電所事故後の大気中の長期放射性物質モニタリングについての報告を行っ

た。セシウム 134、セシウム 137 について 100 地点余りでモニタリングを行い、事故直後からのプ

ルームの拡散状況に合わせて放射性セシウム濃度が上昇したことを示した。今後、詳細な解析とデ

ータベース化を進めることで事故の貴重な資料となり得ると考えられる。福島大学環境放射能研究

所の Konoplev らは、福島第一原子力発電所事故後の汚染した河川流域から分離した放射性セシウ

ムの量的解析、及びチェルノブイリのデータとの比較について報告した。放射性セシウムの環境動

態については福島のみならず、今後の貴重な知見となるものであり、さらなる解析が期待される。

東北大学の Koaraiらは、福島第一原子力発電所事故によって放出された放射性ストロンチウムに着

目し、避難地域に生息していた牛の歯を用いた測定を行い、その特性について報告した。放射性ス

トロンチウムについてはヨウ素、セシウムに比較しても情報が少なく、本調査は、事故における放

射性ストロンチウムの拡散状況を把握するうえでも重要な研究であると考えられる。獨協大学の

Uchiyama らは、放射線災害時の安定ヨウ素剤投与を行う上で重要な体内放射性ヨウ素の動態につ

いての調査を行い、年齢による乖離が生じることを報告した。安定ヨウ素剤の投与量は現在小児と

成人で年齢別に定められているが、より詳細な投与量の検討の必要性を示唆するもので、今後基準

を策定にあたって重要な知見である。長崎大学の Orita らは、福島県川内村の避難解除準備区域に

おける住民の個人被ばく線量を評価し、その線量が限られたものであることを示した。今後避難地

域における住民の帰還にあたって、個人被ばく線量の評価は極めて重要であるが、本調査はそのモ

デルケースとなるものである。

以上のように、これらのセッションでは福島における放射性物質の環境動態、被ばく線量評価を

中心に報告が行われ、今後の福島復興にとっても重要な科学的エビデンスが提示されたと評価され

る(長崎大、高村昇)。

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II-2.6. 放射線治療生物学

奈良県立医科大学放射線腫瘍医学講座 1

東京医科歯科大学口腔放射線腫瘍学分野 2

長谷川正俊 1、三浦雅彦 2

II-2.6.1. 概要(奈良県立医科大学放射線腫瘍医学講座 長谷川 正俊、東京医科歯科大学口腔放射

線腫瘍学分野 三浦雅彦)

放射線治療に関連する生物学をテーマとした「放射線治療生物学」分野の概要は以下のとおりで

ある。ただし、プログラムの一部は、国際癌治療増感協会や日本放射線腫瘍学会生物部会によって

企画され、そのまとめも別途記載されている。

第2日:5月26日(火): Eye Opener: Robert Bristow (Canada) によるTranslating Tumour

Heterogeneity Analyses of Hypoxia and Genomics to Prostate Cancer Medicineの後、午前中は小線源治療

における線量率効果に関するシンポジウムが行われた。(この内容は座長の伊丹先生にまとめてい

ただいた。)午後は、Congress Lecture: Fei Fei Liu (Canada)によるComplexity of Micro-RNAs in Human

Cancers、さらに放射線治療における予後予測因子等の解析に関するシンポジウムが行われた。

(この内容は座長の播磨先生にまとめていただいた。)

第 3 日:5 月 27 日(水): 午前中は放射線腫瘍医のための放射線生物学アップデートという教

育セミナー(座長は三橋先生)が行われた。放射線治療の臨床にも有用な最近の話題が大部分であ

った。午後は臨床腫瘍学における放射線増感に関するシンポジウムが、国際癌治療増感研究協会の

企画で行われた。(この概要は別途まとめられている。)

第 4 日: 5 月 28 日(木): Eye Opener: Chang W. Song (United States) による Tumor

Microvasculature as Target of Therapy の後は、日本放射線腫瘍学会生物部会の企画によって、午前中

には定位放射線照射の生物学に関するシンポジウム、午後は低酸素腫瘍細胞のトランスレーショナ

ルリサーチに関する Congress Lecture、シンポジウムが行われた。(これらの概要は別途まとめられ

ている。)

第 5 日:5 月 29 日(金): Eye Opener: Ruth J Muschel (United Kingdom) による Alterations of

Tumour Vasculature: Effect on Tumour Proliferation, Hypoxia and Radiation Response の後、放射線治療に

おける細胞周期の制御に関するシンポジウムが行われた。(この内容はシンポジストの一人である

三浦先生にまとめていただいた。)

いずれの講演、シンポジウム等も、放射線治療への応用や理論的な解釈を意図した放射線生物学

的な内容が主体で、放射線生物学、分子生物学等を専門とする基礎研究者、放射線腫瘍学、放射線

治療学等を専門とする臨床医が多数出席して活発な討論が行われ、極めて有意義であった。

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II-2.6.2. Dose Rate Effect in Brachytherapy(国立がん研究センター中央病院放射線治療科 伊丹

純)

当シンポジウムでは、小線源治療における線量率効果について討論が行われた。Itami により小

線源治療が、究極の高精度治療でありいまだに放射線治療の重要な部門であることが Opening

Remark として確認された。Joiner により、線量率効果の生物学的背景について言及され、線量率の

低下にともない生存曲線はなだらかになるが、ある値で再び急峻となり、これは逆線量率効果と称

して、放射線感受性領域 G2 で同調が起こるため放射線感受性が変化することが原因であるとされ

る。Yorozu は、前立腺がんの I-125 による小線源治療の特徴として、その簡便性と高い治療効果を

上げ、それらが線量集中性に起因することをしめした。低リスクへの単独治療、中高リスクへの外

部照射との併用治療で日本では年 3000 例程度が本治療の恩恵を受ける。線源挿入当初は 8 cGy/hr

という非常に低い線量率であるが、総線量を 160 Gy とすることにより高い制御率を達成している。

Dale らの永久挿入線源に対する BED 計算式に基づき外照射との線量合算が試みられているがその

妥当性については必ずしも明らかではない。Yoshioka は、世界で初めて彼らにより施行された前立

腺がんに対する HDR 組織内照射単独治療の経験を振り返り、その高い効果から Brenner らにより

報告された前立腺がんのもつ非常に低い α/β 値が臨床的に妥当であることを示した。しかし、HDR

組織内照射の至適線量に関してはいまだ不明な点も多く、今後の臨床試験が不可欠である。Tamaki

は、小線源治療の中でも最も伝統のある子宮頸がんの小線源治療を概観し、低線量率治療の持つ利

点を評価しつつも、後充填法により可能となった 3 次元画像誘導小線源治療を適応できる高線量率

治療が、今後の子宮頸がん治療の展開に不可欠であることを述べた。Wang(代理で Linが発表)は、

I-125シード線源が装着された食道ステントの物理的特性を検討した。I-125シード線源放射能が 0.9

mCi 以上で線源間隔が 1 ㎝とされた場合に 145 Gy の等線量平面がステントを平滑に取り囲む。I-

125 による低線量率照射が食道がんのような増殖の速い腫瘍に対し、どのような効果を発揮するか

は放射線生物学的観点からも非常に興味深いものであった。

座長:Michael C. Joiner (Wayne State University, USA), Jun Itami (National Cancer Center Hospital, Japan)

II-2.6.3. Predictive assays for radiotherapy: Biomarkers for strategies for selection of RT and/or RT

sensitive phenotype(関西医科大学附属滝井病院放射線科 播磨洋子)

Tailoring of Radiotherapy Using Genetics - Recent Progress, Perspectives and Obstacles

Andreassenは正常組織の放射線感受性予測について、大規模なGenome Wide Association Studies

(GWASs) でSNPsは重要な遺伝子に位置しなかったと報告した。The International Radiogenomics

Consortium (RGC) は2009年に設立され、更なる研究が予定されている。

Individual Sensitivity to Clinical Radiotherapy: Assessing Interactions among SNPs of Genes of the

Radiation-response Pathways

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今井は腫瘍と周囲の正常組織の放射線感受性予測について検討した。乳癌患者で放射線療法後

の皮膚反応を調査し、アポトーシス、DNA修復と細胞周期経路の遺伝子の SNP–SNPインタラ

クションは放射線感受性と関連した。

Serum ApoC-II and MMP-1 as biomarkers to predict outcome of chemoradiation therapy in patients

with cervical cancer

播磨は抗癌剤併用放射線治療を施行した子宮頸部扁平上皮癌を対象に予後予測因子としての血

清バイオマーカーApolipoprotein C-II (ApoC-II)、Matrix metalloproteinase (MMP) -1を検討した。

ApoC-II/MMP-1が全生存率に関与し予後予測因子として有用である。

Can Functional Biomarkers of DNA Damage and Repair Predict the Individual Radiation Response?

Rothkamm は臨床の放射線感受性、特に晩発性の正常組織の反応の予測に DNA 二本鎖切断がバ

イオマーカーとして有用であると発表した。

Serum Interleukin-6 as A Prognosis Predictor in Patients Treated with Radiotherapy for Hepatocellular

Carcinoma

韓国のSeongは肝細胞癌患者の血清インターロイキン-6(IL-6)を放射線治療前後に採取して予

後との関連を報告した。放射線照射野内に再発した患者や、遠隔転移をした患者に血清IL-6が高

かったので予後が予測できると報告した。

II-2.6.4. Cell Cycle Regulation in Radiotherapy(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科口腔放射

線腫瘍学分野 三浦 雅彦)

本シンポジウムの主旨は、Terasima & Tolmach により 1961年 Nature誌にはじめて報告された細胞

周期相によって放射線感受性が大きく変動するという論文に端を発する。その後、この発見は、4

つの R(現在では 5つの R)の Redistribution/Reassortmentの概念へと繋がっていくが、細胞増殖動態は、

他の Rとも強い関連性があり、非常に複雑な状況が相まって、放射線感受性に大きな影響を与えて

いる。最近では、がん幹細胞は非がん幹細胞より放射線抵抗性であることがわかり、Repopulation

におけるがん幹細胞の役割等も大きな注目を集めている。これらの研究では、in vivo での解析が必

須であるものの、技術的に難しい面があり、なかなか進展が見られなかった。

Miura は、Fucci とよばれる細胞周期を可視化する技術を導入し、まず、単層培養系で、放射線に

よる G2 アレスト動態が、Fucci の蛍光動態によって細胞が生きたまま観察できることを示した。さ

らに、スフェロイドモデル、ヌードマウス皮下移植固形腫瘍モデルでは、単層培養系に比べ、G2

アレストが遷延することを示した。照射された同一の固形腫瘍から Fucci の緑色と赤色の蛍光強度

を定量化し、その比率を求めることで、生きたまま固形腫瘍内の G2 アレスト情報を得る方法論が

確立された。様々な分割照射法が、G2 アレスト動態に与える影響の解析が可能となり、今後の研

究が期待される。Masunaga は、マウス皮下移植腫瘍を用いて、BrdU を連続的に投与し、BrdU を取

100

り込まない細胞を増殖が停止している quiescent(Q)細胞と定義して、この細胞と proliferating(P)細胞

を含む全体の腫瘍細胞(P+Q)細胞を様々な面から比較するというユニークな研究を展開している。

その結果、Q 細胞は、P+Q 細胞と比べ、より放射線抵抗性、より大きな PLDR、より大きな低酸素

細胞分画、より低いコロニー形成能を示し、分割照射中に Q から P へ移行することも示された。Q

細胞の動態はがん幹細胞の動態でもあると推測されるので、今後の展開が期待される。Park は、

PPARのアンタゴニストである薬剤で腫瘍細胞を処理すると、放射線感受性の高い G2/M 期に蓄積

し、いわゆる Reassortment によって放射線増感が生じることを示した。そのメカニズムとして、G2

期チェックポイントに関連するシグナルの修飾、チューブリンの発現低下が示され、放射線増感剤

としての可能性が強く感じられた。Dittmann は、当初、個々の細胞周期チェックポイントを解除し、

放射線感受性を比較することでどのチェックポイントが重要かを検討した演題であったが、全く内

容を変えて、エネルギー代謝を標的とした G0 期特異的に作用する放射線増感剤の話をされた。こ

れはがん幹細胞を標的とした増感剤と捉えることもできるので、ユニークな増感剤となる可能性が

強く示唆された。それぞれが興味深く、トランスレーショナルな内容であったため、臨床側にとっ

ても極めて有意義なシンポジウムであったと思われる。

101

II-2.7. 放射線腫瘍学および放射線医学・核医学

近畿大学医学部放射線腫瘍学部門

西村 恭昌

II-2.7.1. 放射線腫瘍学および放射線医学・核医学の概要(近畿大学医学部放射線腫瘍学部門 西村恭

昌)

「放射線腫瘍学」および「放射線医学・核医学」分野の概要は以下のとおりである。

第2日:5月26日(火): 放射線腫瘍学分野では、Eye Openerは、McKenna WG による分子標的

薬と放射線治療に関する講演に引き続き、同テーマのシンポジウムが行われた。特別講演は、

Crane Cによる膵臓癌、 Bourhis J による頭頸部腫瘍の放射線治療に関する講演が行われた。午後は、

ASTRO会長Haffty BGと 、ESTRO会長Poortmans Pの座長による乳癌の放射線治療に関するシンポジ

ウムが行われた。この内容はシンポジウム演者の鹿間先生が詳細を別にまとめた。

放射線医学・核医学分野では、Eye Openerは、玉木長良先生による低酸素イメージングに関する

講演に引き続き、核医学による分子機能画像のシンポジウムが行われた。この内容は座長の佐賀先

生が詳細を別にまとめた。午後は、遠藤啓吾先生の放射線内用療法に関する特別講演が行われ、さ

らに放射線内用療法の最近の進歩に関するシンポジウムが行われた。

第 3 日:5 月 27 日(水): 放射線腫瘍学分野の Eye Openerは、治療期間の重要性と加速再増殖

を初めて提唱した Maciejewski B が、放射線治療における照射期間について講演した。その後、線

量分割のシンポジウムが行われた。この内容は座長の芝本先生が詳細を別にまとめた。特別講演は、

Eisbruch A による頭頸部腫瘍に対する IMRT、Komaki R による肺癌の放射線治療に関する講演が行

われた。午後は、臓器別に化学放射線療法の現状と将来についてのシンポジウムが行われた。

放射線医学・核医学分野では、Eye Opener は、富樫かおり先生による MRI による機能画像の進

歩に関する講演に引き続き、CT 撮影による被ばく線量低減に関するシンポジウムが行われた。午

後は、片田和廣先生の MDCTの進歩に関する特別講演が行われ、さらに CTによる機能画像に関す

るシンポジウムが行われた。

第 4 日:5 月 28 日(木): 放射線腫瘍学分野の Eye Opener は、Verellen DLJ が、動く標的への

照射法に関する講演を行った。その後動く標的に対応できる画像誘導放射線治療に関するシンポジ

ウムが行われた。この内容は座長の白土先生が詳細を別にまとめた。この後、平岡眞寛大会長によ

る 3 次元から 4 次元放射線治療への進歩に関する会長講演が行われた。午後は、Kuban D による前

立腺癌に対する放射線治療の特別講演に引き続き、IMRT 時代の放射線治療の現状と進歩について

のシンポジウムが行われた。

102

第 5 日:5 月 29 日(金): この日は、放射線腫瘍学分野の講演が 2 部屋で並行して行われた。

Eye Opener では、Ricardi U がオリゴメタスタシスに関する講演を、Chao C が機能画像に基づく

IMRT に関する講演を行った。また、適応放射線治療と体幹部定位照射のシンポジウムが行われた。

適応放射線治療に関するシンポジウムの内容は座長の小澤先生が、体幹部定位照射のシンポジウム

は座長の大西先生が詳細をまとめた。

いずれの講演、シンポジウムも、国内外の放射線腫瘍学、画像診断学を専門とする臨床医が多数

出席して活発な討論が行われ、極めて有意義であった。

II-2.7.2. 分子イメージング (Molecular Imaging)(放射線医学総合研究所 分子イメージング研究セ

ンター 佐賀恒夫)

分子イメージング研究の進歩に伴い、がん等の疾患を様々な視点から評価できるいわゆる“分子

プローブ”が数多く開発されてきた。分子イメージングによって得られる情報をもとに、適正な治

療方針が決定され、また早期の治療効果判定・予測に基づいて治療計画が変更されるなど、個別化

医療への貢献が期待されている。また、放射性核種で標識した分子プローブは、放射性核種を標的

に選択的に運搬・集積させる能力を有しており、分子プローブを治療用の放射性核種で標識するこ

とにより治療プローブに変換することも可能になる(標的アイソトープ治療)。このように、分子

イメージングは診断と治療を統合する、いわゆる“セラノスティックス”の推進に大きく貢献出来る

と考えられる。

“Molecular Imaging Using Radioisotope in Clinical Oncology”と題した本シンポジウムでは、がんを対

象とした分子イメージング研究の最近の進歩について、5名の演者から講演が行われた。

University Hospital Freiburgの Dr. Nestleは、核医学、放射線腫瘍学の双方に造詣の深い先生であり、

FDG-PET/CT を中心とする PET/CT の放射線治療計画への応用について分かり易くまとめていただ

いた。Washington University School of Medicineの Dr. Wahlは腫瘍 PET、PET/CTの世界的な第一人者

であり、先生からは、FDG を中心とした PET/CT を用いた治療効果判定、特に早期評価について最

新の知見を含めご講演いただいた。

PET 分子イメージングのがん診療への応用に関する二つの話題に引き続いて、後半は、期待され

るがんの標的とそのイメージングに関して三名の演者から講演が行われた。国立がん研究センター

の栗原先生からは、ポジトロン核種 Cu-64 で標識した抗 HER2 抗体を用いた PET/CT による乳がん

組織における HER2 発現の評価に向けた、本邦初の抗体を用いた PET 臨床研究の成果が報告され

た。MD Anderson Cancer Centerの Dr. Yangからは、がん細胞におけるヘキソーサミン経路をターゲ

ティングするプローブ開発から、核医学(PET/SPECT)イメージングへの応用、さらに治療薬とし

ての開発まで、包括的で興味深い研究成果をご紹介いただいた。最後に、私から、放射線治療や抗

がん剤治療に対する抵抗性の原因として注目されている腫瘍内低酸素の PET イメージングについ

103

て、二種類の PET プローブ(18F-FAZA、62Cu-ATSM)の臨床評価の結果、さらに、低酸素微小環境

を標的とする内用療法への低酸素プローブ応用の可能性について紹介した。

放射線生物学・治療学研究の国際学会におけるイメージングがテーマのシンポジウムであり、当

初どれだけの方が参加していただけるか不安であったが、予想していた以上に多くの方にご参加い

ただき、活発な討論を行うことができた。

II-2.7.3. 放射線腫瘍学 乳癌(Radiation oncology: Breast cancer)(埼玉医科大学国際医療センタ

ー・放射線腫瘍科(Department of Radiation Oncology, Saitama Medical University International

Medical Center)鹿間直人)

米国放射線腫瘍学会の Haffty先生、欧州放射線腫瘍学会の Poortmans先生とともに欧米および日

本における乳癌に対する放射線治療の現状と臨床試験から得た知見を報告した。乳房温存療法の術

後照射の際に領域リンパ節照射を併用することで生存における上乗せ効果が大規模臨床試験の結果

から示され、高リスク例を中心に領域リンパ節照射の併用が臨床に取り入れられるべきとの報告が

なされた。また腋窩リンパ節陽性例に対し、郭清術を省略し領域リンパ節照射で代用するという戦

略が報告された。しかし、適格とすべきリンパ節転移個数の上限や、有害事象とのバランスが課題

としてあげられた。また、乳房温存療法における全乳房照射後の追加照射の効果が 5,000例を超え

る症例が登録されたランダム化比較試験の 20年経過が示され、若年者や高悪性度症例、脈管侵襲

著明な症例を中心に適応されるべきと報告された。さらに、追加照射の標的体積の決定方法、また

三次元治療計画の際の輪郭入力の精度を高めるとともにばらつきを減らすためのアトラスが開発さ

れ有用なツールと考えられた。本邦からは、非浸潤性乳管癌の臨床試験の結果報告、全国調査で明

らかになった本邦の乳癌に対する照射方法の変遷、また現在進行中の全乳房短期照射の報告を行っ

た。欧米に比べ小規模な臨床研究ではあるが、引き続き本邦でも乳癌における臨床研究を続け世界

に発信することが重要と思われた。

ニューヨーク大学の Formenti 先生が臥位での乳房照射の有用性を多数の自験例を用いて報告した。

これまで左側乳房照射は心毒性などの遅発有害事象を増加させることが示されており、臥位での照

射で遅発毒性を軽減できることが示された。ただし、領域リンパ節照射を併用する際の技術的問題

が指摘され、今後の課題と考えられた。また、台湾の Chen 先生は乳癌脳転移例における予後因子

解析を行い、今後の治療選択の有用なツールとなることが期待された。乳癌の治療成績向上を目指

した研究と毒性軽減のための放射線治療技術の開発との両側面から治療開発が進められていること

を確認できる有意義なセッションであった。

II-2.7.4. Dose fractionation(名古屋市立大学大学院医学研究科 放射線医学分野 芝本雄太)

104

5 月 27 日(水)の午前に行われたシンポジウム”Dose fractionation: From Hyperfractionation to

Hypofractionation”で、ソレン・ベンツェン教授とともに座長を務めさせていただいた。このシンポ

ジウムは、LQ モデルの概念を提唱され本年急逝されたロドニー・ウィザース教授に捧げる記念シ

ンポジウムであった。

最初にベンツェン教授がウィザース教授の思い出、功績と追悼の言葉を述べられた。続いてウィ

ザース教授と親交の深かった群馬大・安藤公一教授が、より詳しくウィザース教授の経歴や業績を

紹介され、家族や記念の写真と追悼の言葉を披露された。ひと時の間、出席者全員でウィザース教

授の逝去を悼む時間を持つことができた。

それに続くシンポジウムでは 5 名の講演があった。まずマイケル・ジョイナー教授が

hypofractionation の生物学について講演され、LQ モデルの概念が当てはまらないことを解説された。

次いでベンツェン教授は臨床試験の結果を紹介しながら、2 Gyを超える 1回線量を用いた放射線治

療が有用である生物学的根拠を説かれた。3 番目の小生は、高精度放射線治療における間歇的照射

の効果や hypofractionation において LQ モデルがうまく適合しないことについて実験結果を紹介し、

最後に生物学的考察から肺定位照射の最良と考えられる分割法を提案した。4 番目は浜松医大の新

教授・中村和正先生によって前立腺がんの hypofractionation(69 Gy/23 fr)の臨床成績が紹介され、

有害事象については問題ないことが報告された。また多施設共同の前向き試験についても紹介され、

今後の前立腺癌治療の展望について述べられた。最後はポーランドの Dr. Miszczyk が頭頚部癌に対

する split-course accelerated hyperfractionationのランダマイズ試験の結果を報告され、多くの質問を受

けていた。Split-course accelerated hyperfractionation 群では、conventional 群に比べて 1 年以内の腫瘍

縮小は有意に良かったが、早期毒性が強く、全生存率には差がなかったとの報告であった。

近年の放射線治療技術の進歩により、hypofractionation による放射線治療が注目を集め、好成績

が報告されている。このセッションのまとめとしては、生物学的に hypofractionation のほうが

conventional fractionation より優れているというわけではないが、線量集中による線量増加を図る場

合、conventional fractionationでは治療期間の延長に基づく repopulation による効果減弱があるため、

hypofractionation を有効に用いることによって、治療成績の向上を目指そうということになると思

われる。

II-2.7.5. Most updated clinical evidence of SBRT(山梨大学放射線科 大西 洋)

体幹部定位放射線治療(SBRT)の普及は近年増すばかりであり、様々な臓器や病態に応用され、

がん診療のなかでの役割は大きく拡がってきている。一方で、疾患によっては科学的根拠において

は十分でないと低評価される状況も残っている。本シンポジウムは「Most updated clinical evidence

of SBRT」というタイトルで、体幹部定位放射線治療の最前線について国際的にも最高のエキスパ

ート 5人によって、肺・肝・metastasesを中心に現状と課題について発表され議論が加えられた。

105

最初に、Dr. Yasushi Nagataから、日本の SBRTの現状について 2014年の高精度放射線外部研究会

による全国調査結果を中心に発表された。SBRT の患者数は飛躍的に増加している状況と日本の標

準的な SBRT の手法について照射方法や線量分割について、また JCOG0403 や JCOG0702 といった

日本の肺癌に対する臨床試験の成果も報告された。2 番目は、Dr. Carlo Greco から, Oligometastases

に対する発表があり、1 回照射での SBRT において 18-24Gy の間で 25-88%もの急峻な差がある

と報告された。現在 24Gy1 回照射と 27Gy/3 回の比較試験中とのことである。3 番目は Dr. Robert

Timmerman から、全身に転移の進んだ進行病期であっても主たる病変への SBRT によって予後や

QOLに寄与できる可能性が示唆され、初期から進行期まで SBRTの役割が拡がるだろうと述べられ

た。4番目は Dr. Joe Changから、I期非小細胞肺癌に対する手術と SBRTの比較試験(症例集積が少

なく中止になった米国の STARS trial と欧州の ROSEL trial の症例を合わせたもの)の分析の結果、

有意差をもって SBRT 群で生存率が良かったとする衝撃的な結果)や、定位照射による抗原提示効

果の増強と免疫治療との併用による全身的効果をテーマにした新たな治療戦略が示された。5 番目

は Dr. Laura Dawson から、肝細胞がんの SBRT について発表があり、期待のできる成果が上がって

いるものの十分な比較試験がなく、肝動脈化学塞栓術(TACE)不能または不応の HCC に対する

SBRT+Solafenib と Solafenib 単剤との比較試験(RTOG1112)について紹介された。また HCC に対

する SBRT 後の肝機能や胆管に対する胆道有害事象のリスク因子について報告された。以上のよう

に、海外のメジャーな国際学会でもそろわないような顔ぶれのトップリーダが集合した、我々にと

って非常に貴重な時間であった。

最後に、座長(大西)から SBRT に関する以下の”京都宣言”を提案し、演者全員に賛同を得たこと

を重要な成果として記録しておきたい。

Kyoto Declaration: “We resolve to explore expanding the role and strategy of SBRT for not only medically

inoperable, aged, or high risk operable toward even more healthy and clearly operable patients.”

II-2.7.6. IGRT for motion control(北海道大学大学院医学研究科放射線医学分野 白土博樹)

Eye Openerとして、Koizumi Mの座長の元、Verellen DLJが最先端の画像誘導放射線治療装置の現

状と将来について包括的に講演し、画像誘導は治療開始前のセットアップで利用されてきたが、今

後は治療中の腫瘍位置の動きに対応するようになっていくであろうと述べた。引き続いて、シンポ

ジウムの中で、デンマークの Poulsen PR と日本の白土が座長をし、まず京都大学の Matsuo Y が

VERO systemを使った Dynamic Tumor Tracking Radiotherapy、いわゆるダイナミック追尾照射に関す

る最近の情報を話した。すでに、VERO はかなりの台数が世界的に導入されていること、ガントリ

ーを床に水平な面で患者の廻りを回転させることで、患者側から見ると non-coplanar 照射が可能と

なること、さらに初期の優れた臨床成績の報告がなされた。続いて、北海道大学の Shirato H, et al.

が、X線治療装置で実績を有するリアルタイム動体追跡装置と同期したスポットスキャン陽子線治

106

療装置の開発と、それを用いた肝細胞癌への迎撃照射の初期臨床経験を報告した。動きのある巨大

な腫瘍への陽子線治療の安全性・有効性が向上する可能性が示された。続いて、Poulsen PR が、汎

用医療用リニアックのマルチリーフコリメーターを使った追尾照射の話をした。かつてから、多く

の時間がこの目的で費やされているが、コリメーターの移動スピードと動きの予測の研究が詳細に

なされつつあることが報告され、期待が高まった。続いて、オランダから、Lagendijk JJW が、MRI

とリニアックをオンラインで合体させた、注目の新しい放射線治療装置の開発の話をした。MRI は、

リニアックからの磁場の影響を抑えるために最新鋭の方法を使っており、その理論がわかりやすく

説明された。また、動きのある臓器の MRI 情報から腫瘍の3次元位置をリアルタイムに自動的に

把握するために、どのようなレベルまで技術が進んでいるのかの興味深い発表があった。最後に、

フランスの Lartigau EF が、ロボットを用いた動きのある体幹部病変への定位放射線治療のための

IGRTシステムの先進的な話があった。

いずれの発表に対しても、座長および会場からの質問があり、各方法論の利点と欠点に関する議

論がなされた。MRI はマーカーレスでの腫瘍位置を把握できる画像誘導装置として期待が高まって

いるが、現時点では腫瘍と周囲臓器との信号の強度差をリアルタイムで把握できる場合が限られて

いるというコメントがあった。

臓器の動きに関しては、過去15年間にわたり、透視装置を利用した RTRT や VEROやサイバー

ナイフなどの動体追跡・動体追尾技術が中心であったが、MRI リニアックの出現により、今後、し

ばらくは MRIの活用に関する議論に IGRTの興味の首座が移りそうである。MRIリニアックがどん

な将来を我々に見せてくれるのか、今後が楽しみであると同時に、基盤技術として透視装置を使っ

たX線治療装置や粒子線治療装置がさらに精度を増し、普及していくことが予想された。

II-2.7.7. Adaptive Radiation Therapy(広島がん高精度放射線治療センター小澤修一)

ICRR2015最終日の 5月 29日、Annex2では朝 8時から、Dr. Clifford Chaoによる「Imaging-based

Adaptive Radiotherapy」の Eye Openerに続き、同会場で 8時 45分から 11時 5分まで Dr. Chaoと私の

座長により、欧米や日本から著名な放射線腫瘍医と医学物理士をお招きし「Adaptive Radiation

Therapy」のシンポジウムが以下の通り行われた。

1. 開会の挨拶:本シンポジウムの目的(座長)

2. 招待演者による講演

Di Yan (United States), Adaptive Radiotherapy: Current Status and Challenge

Laurence E Court (United States), The Use of Quantitative Image Features to Guide Adaptive Radiation

Therapy

David Schwartz (United States), Adapting radiotherapy—The key to QA & safety

107

Mischa S. Hoogeman (Netherlands), Clinical Implementation of an Online Adaptive Plan-of-the-day

Protocol for Nonrigid Motion Management in Locally Advanced Cervical Cancer IMRT

Yasumasa Nishimura (Japan), Necessity of Adaptive Radiation Therapy (ART) for Head and Neck Cancer

3. パネルディスカッション

4. 閉会の挨拶とシンポジウムまとめ(座長)

近年、放射線治療における Image-Guided Radiation Therapy(IGRT)が広く普及していきているが、

イメージガイドは患者位置合わせだけではなく、画像情報から得られる腫瘍や正常臓器の状態に応

じて治療計画を変更する Adaptive Radiation Therapy(ART)にとって重要である。各演者からは、

原状の ART に関する問題点や課題、各施設で用いられている臨床プロトコールなどが紹介され、

パネルディスカッションで多くの議論が交わされた。最近では、腫瘍や正常臓器の状態を生物学的

かつ定量的に評価するため、代謝、増殖、低酸素、灌流、換気等のパラメータに関する空間分布が

得られる機能画像が用いられるようになってきている。しかし広く臨床で用いるには、Deformable

image registration や機能部位の抽出方法など、解決すべき課題は少なくない。しかし、将来的には

機能画像等によるイメージガイドに基づく ART により、局所制御率の向上や副作用の低減が期待

できるので、今後の展開に期待したい。長時間のシンポジウムであったが、非常に有意義で参加者

の関心も高く、終わってみればあっという間の 2時間 20分であった。

108

II-2.8. 放射線化学、放射線プロセス及び放射線物理

大阪大学 工学研究科・産業科学研究所

田川精一

放射線化学と放射線物理は ICRR にとって、第1回から重要な分野であったが、トロントでの第

9 回 ICRR 以降発表が激減していた。今回、日本放射線化学会は今年の放射線化学討論会を ICRR

内で行う等、ICRR 開催に全面協力し、会員からも多くのシンポジウム提案があり、放射線化学の

分野で活躍している世界の著名な研究者の大半が参加する ICRR となった。C1 会場での 50 件以上

の口頭発表と別会場のポスター発表を併せて、120 件以上の放射線化学の発表があった。ゴードン

会議、ミラー会議等の放射線化学の会議でなじみの深い欧米の研究者が ICRR では生物系等の他の

会場で発表していたので、それらを含めると放射線化学に関連の深い研究者の発表が非常に多い会

議であった。28 年振りに 28 年前以上に放射線化学としては盛会な ICRR となった。研究者間の交

流も C1会場だけでなく、他会場、ICRR組織委員会主催の交流会、放射線化学の若手の国際交流会

等で行われた。

26 日に放射線化学の最初 EO 講演では阪大の田川が今回の ICRR での放射線化学の発表概要と最

近の放射線化学の動向の紹介後、最近目覚ましく発展している放射線化学の産業応用と研究手段の

高度化に関する阪大の活動が紹介された。放射線誘起の化学反応の発見から1世紀以上、放射線化

学の産業利用(高分子の放射線架橋)開始から半世紀以上経ち、放射線の産業利用は着実に拡大し、

経済効果も非常に大規模になり、巨大な経済規模の電離放射線(Extreme Ultraviolet, EUV)を用いた半

導体デバイスの大量生産がまさに始まりつつあり、スパー内反応等の放射線化学初期過程の正確な

理解が実用化に不可欠になった最初の産業利用の例になることが報告された。基礎研究では放射線

化学の最も強力な研究手段であるパルスラジオリシス法の時間分解能が最近急激に進み、本格的な

フェムト秒パルスラジオリシスの利用研究が開始され、アト秒パルスラジオリシスに向けた研究も

開始したことが紹介された。

27 日の放射線化学の EO 講演では米国の University of Maryland の AlSheikhly が非常に広範に行わ

れている電子線やガンマー線の産業利用の実例の紹介と中性子を用いた材料分析や重イオン治療関

連のナノ線量計測法等の新しい産業利用の流れの紹介があった。放射線の産業利用では何が重要で、

どのような分野が将来有望かということにも触れていた。また、放射線化学の基礎応用を含めた産

学官連携プロジェクトの話も紹介していた。

28 日の放射線化学の EO 講演は長い間 DNA の放射線化学研究で活躍してきた米国 Oakland

University の Sevilla の DNA 損傷の講演で、細胞内の DNA 損傷の間接効果と直接効果に関する歴史

的な話から始まり、主に細胞内の DNA 損傷の放射線の直接効果に関する研究を紹介した。熱化前

109

の低エネルギー電子や励起によって起こされる反応についても軽く触れて、主に、DNA の直接イ

オン化で生じたカチオンラジカルとアニオンラジカル(過剰電子)、特に励起カチオンラジカルか

ら始まる反応で切断が起こるモデルについてパルスラジオリシス、ESR, 理論計算等の最新の成果

をフルに活用した本人の提唱しているモデルの詳細を紹介であった。

26 日の放射線化学の CL 講演はフォトカソード電子銃を用いたピコ秒パルスラジオリシスの装置

を多くの研究者に利用させ、その普及に貢献してきた米国 Brookhaven National Laboratoryの Wishart

が世界中のパルスラジオリシス装置開発の進展とパルスラジオリシスを用いた新しい研究を紹介し

た。ピコ秒パルスラジオリシスは世界の数ヶ国では既に汎用装置となり、時間分解能もピコ秒の障

壁を超えて、フェムト秒領域に入り、放射線分解の物理過程から化学反応へ移ってゆく様子がよく

分かるようになった。また、光学ファイバーを用いたシングルショット測定で、固体サンプルの測

定も可能になり、溶媒和電子などのシンプルな系だけでなく、材料の放射線分解の初期過程が研究

できるようになってきた。同じく、反応中間体の構造決定ができる種々の新しい分光法の導入と量

子計算や反応機構のシミュレーションとの連動により、パルスラジオリシス法が最先端の放射線化

学を支援する非常に強力な武器になることを紹介した。

今回の ICRRでは ICRRとしては過去最高の 30件以上のパルスラジオリシスを用いた研究発表が

あった。また、パルスラジオリシスに熟知した研究者によるパルスラジオリシスを直接は利用しな

いが、その知識を活用した応用研究の研究発表が多かったのも、今回の ICRRの特徴であった。

28 日の放射線化学の CL 講演は超臨界水の放射線化学を高温・高圧の測定セルとピコ秒パルスラ

ジオリシスの組合せで行ってきた東大・アイソトープ協会の勝村が福島第1原発事故と関連した新

しい重要な放射線化学の課題をいくつか紹介した。原子炉の圧力容器内や使用済み燃料プールに冷

却水として海水注入した時の構造材料や燃料の腐食の問題、ゼオライト廃棄物の安全貯蔵のための

水素ガスの生成量の評価、福島第1原発の廃炉の最終段階で問題となる放射線誘起の核燃料デブリ

―の生成機構等の問題である。

26日午前のシンポジウム Radiation chemistry and science in 21st century では放射線化学研究の未

来を意識した 5 つの招待講演があった。阪大吉田が1ピコ秒前後で停滞していたパルスラジオリシ

スの時間分解能を高分解能化した吉田グループのフェムト秒パルスラジオリシスの装置と研究の現

状とアト秒パルスラジオリシスに向けた研究を開始したことを報告した。インドの科学アカデミー

会員の Mittal は長い反応中間体を含む放射線化学反応の研究経験を踏まえて、電離放射線と計算科

学を含む化学の知識とをうまく融合すると、分子の短寿命フリーラジカルを含む反応機構の解明な

どに非常に強力な手段になり、社会的な関心の深い食品安全などの具体例に大変役立ち、元気の出

る放射線化学の若手研究者向けの教育的な講演であった。フランスの Saclay 研究所の Baldacchino

は将来原子力プラントやハドロン治療で将来役立つトラック構造の解明のため、GANIL のサイク

ロトロンからのよく制御された Ar イオンや酸素イオンと化学的なラジカル捕捉法を組合せ、10 ピ

110

コ秒から 1 ナノ秒までの時間領域での OH ラジカルの減衰の温度依存性を測定し、理論シミュレー

ションと組み合わせることにより、イオントラック構造、特に OH ラジカルのトラック内分布構造

を示した。水から有機物まで非常に基本的な化合物のイオン照射による分解生成物の LET 効果を

詳細に調べてきた物理学科の研究教授も併任する米国ノートルダム大学放射線実験所の LaVerne は

単純な系の放射線分解の研究はこの百年で非常によく分かるようになってきたこと、特にパルスラ

ジオリシスの進歩によって直接反応を測定することによって物理過程と化学反応とがつながるよう

になったこと、しかし明確になってきたのはシンプルな系のみで、人間にとって重要な複雑な系で

は分からないことがあまりにも多いことを水溶液系を例にとって分かりやすく説明し、今後の研究

のあり方を示した。中国北京大学の Zhai は放射線による種々の金属ナノ複合材料の生成とその物

性を測定し、優れた性能を持つ材料を見出し、放射線を用いた方法が容易な方法で環境に優しい高

性能の金属ナノ複合材料の大量生産方法であることを紹介した。

26日午後のシンポジウム Pulse radiolysis in 21st century では最先端のパルスラジオリシスの装置

と測定法、その応用研究が報告された。阪大の Yang は非常に革新的なフェムト秒時間領域で材料

の構造変化を直接的に測定できる超高速電子線顕微鏡・散乱の装置の製作とこの装置が化学や生物

の分野で、分子の励起状態のダイナミックスも測定できることを報告した。金沢大学の高橋は国内

外の最先端のパルスラジオリシスの装置を使ったイオン液体中の過剰電子の吸収スペクトルと溶媒

和ダイナミックスについて報告した。大阪大学の室屋は東大の高温・高圧のピコ秒パルスラジオリ

シスを用いて、東大グループが長年行ってきた超臨界状態の水の放射線分解初期過程、特に室温と

異なる高温の放射線初期過程と温度依存性を報告した。インドの Bhabha Atomic Research Center の

Palit は最近動き出した 15 ピコ秒の時間分解能を持つピコ秒パルスラジオリシスを用いた直鎖アル

コール中での溶媒和電子とアニオンの溶媒和過程を詳細に調べ、電子の溶媒和では最初に電子が捕

捉されるトラップの構造、アニオンの溶媒和では水素結合の切断が重要な役割を果たすことを報告

した。阪大の近藤は世界最高の時間分解能を持つフェムト秒パルスラジオリシスを駆使して、核燃

料の再処理で用いられている有機溶媒で、ポリエチレンのモデル化合物で、次世代リソグラフィの

反応を理解する上で最も重要なジェミネイト再結合反応機構が最もよく調べられているドデカンの

放射線初期過程を調べ、ドデカンの励起カチオンラジカルがポリエチレンや飽和炭化水素の放射線

分解で重要なアルキルラジカルの生成や水素分子生成に重要性な役割を果たすという予測を初めて

明確な実験結果で実証した。またビフェニルのドデカン溶液を用いて、1980 年代に一世を風靡し

た液体炭化水素の準自由電子モデルで提唱された自由電子と捕捉電子の平衡状態が形成される前の

電子とビフェニルの反応速度は平衡状態完成後の平均値として測定される反応速度定数より非常に

高いことが実験的に確認した。

27日午前のシンポジウム Innvative processes and materials produced by radiation では 4つの放射

線プロセスの講演と一つの EUV 線源に関する講演が行われた。トルコの Hacettepe University の

111

Guven は IAEA でも活躍した放射線プロセスの権威であるが放射線によるフリーラジカル重合反応

でも RAFT 法を用いると高分子やブロック共重合体の高分子量の制御ができ、放射線プロセスの応

用範囲が非常に拡大することを報告した。米国の NIST の Poster は NIST が主導して開発している

磁気ナノ複合材料の研究と NIST が行っている放射線化学者を支援するプロジェクトの講演を行っ

た。現在放射線化学会の会長で、幅広い分野の研究をしている早稲田大学の鷲尾は架橋テフロンと

インプリント技術を組み合わせたマイクロ・ナノ加工、燃料電池のプロトン交換膜、ペットボトル

の電子線殺菌の講演を行った。中国の上海応用物理研究所の Wu はキトサンの放射線分解を活用し

た動物の抗菌性飼料の添加剤の講演を行った。これから生まれる巨大な放射線利用の産業である

EUV リソグラフィでの必須技術である EUV 線源を製作する世界に 2 つしかない会社の一つである

ギガフォトンの代表権を持つ副社長の溝口による最先端の EUV光源開発に関する講演があった。

27 日午後のシンポジウム New prospect of radiation science and nanotechnology, electron collision

with matter, and positronium では5つの講演があった。日本原子力研究開発機構の平出は室温のイ

オン液体中でのポジトロ二ウム形成過程を寿命・運動エネルギー相関測定法用いて調べた結果を報

告した。日本原子力研究開発機構の武田はこれからの量子ビームを用いた材料研究の強力な非破壊

分析方法となる偏極中性子反射率測定の装置開発とそれを用いた多層膜の表面と界面の研究につい

て報告した。東京理科大学の長嶋はポジトロ二ウム負イオンの大量生成に成功し、このポジトロ二

ウム負イオンの光脱離反応を利用した強力な絶縁体や磁性体表面分析手段となるエネルギー可変ポ

ジトロ二ウムの生成とその応用を報告した。ノート米国ノートルダム大学放射線実験所の

Mozumder は室温と高温の水和電子の熱化に関する理論計算の結果を報告した。東工大の北島は従

来の通常 100 meV 以上エネルギー電子を用いた電子スオーム法に比較して 5 meV まで測定できる

超低エネルギー電子衝突の装置と実験結果を報告した。

28日午前のシンポジウム Progress in radiation chemistry in biological materials では 2つの DNAの

研究と 3 つの線量測定の講演があった。カナダの Universite de Sherbrooke の Cadet はシトシンと 5-

メチルシトシンの放射線分解で生成した酸化生成物の生成物分析からその放射線分解機構を推測し

た。阪大の真嶋は非常に安定性のよいナノ秒パルスラジオリシスと汎用性の高いレーザーホトリシ

スを用いて、DNA 中のホール移動に比較して、研究の進んでいなかった電子移動について調べ、

DNA の中での電子移動速度には塩基配列によってはホール移動よりかなり大きいものがあること

が分かった。広島国際大学の林は強度変調放射線治療などの放射線治療法の進歩により、ますます

重要性を増している連続的な 3 次元線量測定法の一つの候補としてのポリマーゲル線量計の報告を

行った。米国 Columbia University の Wuuは 3次元ゲル線量計と放射線着色線量計のレビューと性能、

診療方法とのマッチング等の問題、発展性等について講演した。オランダ Delft University of

Technologyの Gaspariniは John Warmanのポスドクであるが、放射線化学反応を巧み利用した線量計

を放射線照射で蛍光ゲルを生成する系を用いて製作し、3次元線量分布を可視化した。

112

28日午後のシンポジウム Radiation and radiochemistry in nuclear research and nuclear accident で

は5つの講演があった。英国 The University of Manchesterの Pimblottは核燃料の再処理で用いられて

いるピューレックス法で用いられる溶媒系の放射線分解について報告した。中国北京大学の Peng

はイオン液体を用いた先進的な核燃料の再処理システムの研究について報告した。スウェーデンの

KTH Royal Institute of Technologyの Jonssonは使用済み燃料の地層処分に使用される銅製のキャニス

ターの放射線誘起腐食の問題について講演した。日本原子力研究開発機構の瀬古は応用技術として

日本原子力研究開発機構高崎研究所に世界最高の技術蓄えがあるグラフト重合を用いた材料を活用

した汚染水からの放射性セシウムの除去技術について講演があった。日本原子力研究開発機構の田

中は植物を用いた放射性セシウムの除去技術について講演した。将来はイオンビームを用いた品種

改良技術によって目的に合った植物の育種にも調整したいとの報告であった。

3つのオーラルセッションとポスター発表の紹介はすばらしい研究発表があったが紙面の都合で

割愛した。

113

II-3.1. 第 31回放生研・放医研国際シンポジウム

京都大学 放射線生物研究センター

高田 穣

5月 26日、国際会館 Room Dにおいて早朝の Eye opener、JRRS Award Lecture 2015に引き続いて、

放生研・放医研国際シンポジウムを開催した。今回のシンポジウムで第 31 回目となり、この歴史

と伝統の長さははっきり言って自慢、かつ放生研の「売り」である。国際シンポ開催は「放射線生

物学の研究推進拠点」としての共同利用共同研究拠点活動の大きな部分を占めており、最先端研究

成果を議論するフォーラム、若手研究者の教育研修の場としての機能など、意義深い活動であるこ

とはオーガナイズしてみると実感する。だからこそ、これだけ長期に続けられている。一方、開催

の苦労は、費用の算段から始まり、企画、英語での招聘の交渉、当日の運営、懇親会開催と、いつ

もなかなか大変である。しかし、今回 ICRR2015 の一部として開催させていただいたため、例年よ

り規模縮小したが(そのせいもあるが)運営はぐっと楽になり、平岡会長はじめ運営の中心を担っ

た方々に感謝申し上げたい。また、ICRR での開催の予想していなかったメリットがあった。聴衆

に海外の著名な研究者が多くて、質問・議論のレベルが非常に高かったと思われる。

午前中のセッションに 4 名の講演者、13 時から Keynote Lecture (congress lecture)、午後のセッシ

ョンにも 4 名の講演者を御願いした。午前午後の講演者に日本人を1名ずつ(阪大中田慎一郎博士、

神戸大菅澤薫博士)御願いしたが、あとはイタリア 1名(IFOM Fabrizio d'Adda di Fagagna博士)、

英国 2名(Univ of Dundee, Jon Rouse 博士; Univ of Cambridge, Ashok Venkitaraman 博士)、米国 2名

(UCSD, Seth Field 博士; Univ of Penn、Roger Greenberg 博士)、オーストラリア 1 名(Univ of

Queensland、Martin Lavin博士)、スウェーデン 1名(Karolinska Institute、Qiang Pan Hammerstrom博

士)を招待した。結果として、招聘先は世界のあちこちにひろがり、多彩な顔ぶれとなった。

お話いただいたトピックも、様々である。Lavin 博士と Venkitaraman 博士は日本の学会でお見か

けした回数が多いと認識しているが、ほかの方々は比較的来日回数は少なく、日本から(と世界各

地から)の ICRR 参加者に彼らの優れたサイエンスが紹介される良い機会となったはずである。ま

だ論文になっていない内容も多く、非常に面白いお話がたくさん聞けて、オーガナイザーとしては

満足している。

114

II-3.2. 京都大学原子炉実験所

京都大学原子炉実験所

小野公二

京都大学原子炉実験所との共催でホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に係る話題について 3 セッシ

ョン構成のシンポジウムを行った。

第一セッションの BNCTの臨床研究では、畑澤(阪大)が BNCTに有用な FBPA PETの実験およ

び臨床研究を報告し、PET によって腫瘍と正常組織のホウ素濃度が正確に予測できることを示した。

鈴木(京大)は胸部悪性腫瘍(悪性胸膜中皮腫など)の BNCTの基礎研究および臨床経験、更に今

後の展望を報告した。Kankaanranta(フィンランド)は頭頸部癌の BNCT 臨床研究を中心に、脳腫

瘍、黒色腫等の経験にも言及し、その有用性を主張した。Wang(台湾)は照射後の再発頭頸部癌

に対する BNCT の臨床研究を報告した。2 分割 BNCT で優れた一次効果が得られ、それを長期制御

に繋げるために、IMRT による X 線追加照射を計画中と報告した。川端(大阪医大)は、再発悪性

神経膠腫および新規診断膠芽腫、髄膜腫に対する BNCTの臨床成果を報告し、前 2者では生存期間

の中央値で既存の治療法に有意に優れること、更に RPA 群別解析でもって、この結論を補強した。

第二セッションでは、ホウ素化合物の腫瘍への選択的送達とその生物効果に焦点を合わせた。

Schwint(アルゼンチン)はハムスターの口腔粘膜に作成した癌に BPA-BNCT を実施し、

Thalidomide の併用が効果を増強するとともに、正常粘膜の BNCT 反応を軽減することを報告した。

Thalidomide の腫瘍血管の正常化が効果増強に寄与していると推察した。Barth(米国)はホウ素化

合物開発の歴史をレビューし、脳腫瘍モデルにおいて BBB の破壊処置によってより高い腫瘍でホ

ウ素濃度が達成できること、BSH と BPA の併用の有用性、CED による高い腫瘍ホウ素濃度の達成

を報告した。中村(東工大)はホウ素原子を含むリン脂質膜のリポゾーム、BSH 内包リポゾーム

製剤など多種のリポゾームによるホウ素化合物の腫瘍への選択性の高い送達を報告した。Chou

(台湾)はホウ酸を直接用いた肝臓がんモデルでの実験の成果を報告し、その効果が腫瘍血管の選

択的破壊に由来すると報告した。松井(岡大)は細胞膜の透過が困難な BSH を Arginine ポリペプ

チドで修飾することで、透過性が劇的に変わり、極めて高い腫瘍への集積濃度と選択性が得られる

と報告した。

第三セッションでは、中性子源開発と中性子計測に関する話題が議論された。田中(京大)は

BNCT 照射場における熱中性子束のリアルタイム測定に適応可能な微小シンチレータと石英光ファ

イバーを組み合わせたリアルタイム熱中性子モニターの開発の成功を報告した。熊田(筑波大)は

Monte Carlo 法による BNCT 用の新しい治療計画システムを紹介し、他の放射線治療の重ね合わせ、

線量の総合評価にも応用可能なものを計画していることを報告した。Altieri(イタリア)はホウ素

115

中性子反応でのガンマ線を利用して体内のホウ素分布を画像化する SPECT に利用可能な CdZnTe

Detector の開発を報告した。Auterinen(フィンランド)は臨床 BNCT に最適な中性子ビームの特性

を物理学的に考察し、報告した。

116

II-3.3. 群馬大学博士課程教育リーディングプログラム

国際シンポジウム

プログラムコーディネーター 群馬大学大学院腫瘍放射線学教授

中野 隆史

群馬大学「重粒子線医工学グローバルリーダー養成プログラム」は平成 23年度に採択された文

部科学省「博士課程教育リーディングプログラム」の事業で、重粒子線医学・生物学及び重粒子線

治療の臨床医学に加えて、関連する高度医療機器等の研究開発を担う世界的なリーダーを養成する

ことを目的としている。本シンポジウムは、第 15回 ICRRとの共同開催事業として、第 3回群馬

大学博士課程教育リーディングプログラム国際シンポジウムと称して、5月 26日~29日に国立京

都国際会館にて、国内外の著名な研究者を講演者、プログラム評価者として招聘し開催した。

27日の「アドバイザリーセミナー」では、物理学部門、生物部門、臨床部門に分かれて、11名

の大学院生が発表した。大学院生に司会・進行、座長を任せ、英語にて研究発表を行い、全ての学

年に国際シンポジウムの運営・企画の経験を積ませた。また、ポスター発表や懇親会では、国際的

に高名な評価委員から将来への研究発展などの助言を頂くに留まらず、人生や研究者の先輩として

の経験談を聞くなど、有益な機会となった。総評では Durante教授(GSI)からアドバイザリーセ

ミナーについて高い評価のコメントを頂いた。28日は、ICRR 2015と共催で粒子線治療の基礎と臨

床のシンポジウムが行われた。Eye Openerでは、中野により、重粒子線治療の基礎から臨床に渡っ

て包括的な発表が行われ、物理工学及び生物学基礎研究セッションでは Held教授(MGH)、

Rossomme教授(ルーバン大学)、安藤興一教授(群馬大学)、白井敏之博士(放医研)から、多く

の最新の研究結果が紹介された。臨床研究のセッションでは、Cox教授(MDA病院)、Delaney教

授(MGH)、辻比呂志博士(放医研)、櫻井英幸教授(筑波大学)から、米国並びに日本における

陽子線や重粒子線治療について紹介された。群馬大学の本プログラムの学生からも積極的な質問が

挙げられ、活発な討論が交わされた。その姿からは世界で活躍する専門家と議論することで、より

幅広い知識と応用力をつけようとする強い意志が感じられた。

こうした共同開催の企画で、世界をけん引する研究者と情報交換する機会を持つことは、若い研

究者の刺激となり、将来のキャリアに資する良い経験となった。

117

II-3.4. 共催シンポジウム 広島大学リーディングプログラム

広島大学原爆放射線医科学研究所 1

福島県立医科大学放射線県民健康管理センター2

神谷 研二 1、2

広島大学では平成 23 年度文部科学省博士課程教育リーディングプログラムに「放射線災害復興

を推進するフェニックスリーダー育成プログラム」が採択された。本プログラムでは、放射線災害

に適正に対応し、明確な理念の下で復興を主導できる判断力と行動力を有し、国際的に活躍できる

グローバルリーダー(フェニックスリーダー)を育成する。そのため、原爆からの復興を支えた総

合大学である広島大学の実績と経験を生かして、“放射線災害から生命を護る人材”、“放射能から

環境を護る人材”、“放射能から人と社会を護る人材”を育成することを通して、21 世紀のモデルと

なる安全 ・安心の新社会システムの確立に貢献することを目指している。

「Protection and Prospect in Radiation Disaster」と題したシンポジウムでは、まず Lochard(CEPN,

France)より、2013年に ICRP Publication 109ならびに 111をアップデートするためのタスクグルー

プが ICRP 第 4 専門委員会に設立されたが、福島原発事故後 5 年が経とうとする中でのさまざまな

経験からの教訓についてと、現在の ICRP Publication 111のアップデート状況の概説を行った。次に

Oughton(CERAD, Norway)は放射線防護における倫理的価値観の概要について、医療といった他

の例に着目しながら、事故管理への応用の試みについての講演であった。Kai(Oita University of

Nursing and Health Sciences)は、放射線防護では通常、「As low as reasonably achievable」の原則が広

く受け入れられているが、福島原発事故後のような状況ではこのような、状況に応じたアプローチ

は公衆の理解とは大きな隔たりがあり、そういったトップダウン的なアプローチではなく、新しい

アプローチを模索する必要があることを述べた。Ban(Tokyo Healthcare University)は、福島原発事

故では、科学者や関連した領域の専門家が、例えば低線量率被ばくリスクなどの生物学的な証拠を

明確に示せなかったこと、科学の領域はますます細分化されていて、それらを融合させることがで

きなかったことを問題点として挙げた。一方で、例えば線量の単位、Sv は複数の線量を表す単位

であるが、それを単純化して説明することができなかったこと、科学者が公衆と共感する努力をし

なかったことも同様に述べた。Kanda(NIRS)はリスクコミュニケーションについて、日本国民の

放射線に対する認識とともに、放射線防護体系の複雑さや放射線のリスク評価の不確実さにより放

射線リスクコミュニケーションがどれだけ困難であったかについて講演するとともに、放射線なら

びに一般のリスクコミュニケーションについての特有の問題についても述べた。

最後に、本学リーディングプログラム大学院生 11 名を含む 80 名以上が本シンポジウムに参加し、

大変活発な議論が行われたことを付記しておきたい。

118

II-3.5. ICRR2015共催シンポジウム&サテライトシンポジウム

【弘前大学】

弘前大学大学院保健学研究科 1、弘前大学被ばく医療総合研究所 2

柏倉幾郎 1*、中村敏也 1、西沢義子 1、床次眞司 2

1. 共催シンポジウム『Current Situation and Issues on Dose Assessment for Natural Radiation

Exposure』(平成 27 年 5 月 28 日 8:45-11:05、国立京都国際会館)

反町篤行博士(福島県立医大)による「Dosimetry and Dose Evaluation for Inhalation of Radon and

Thoron in High Background Radiation Areas」、秋葉澄伯教授(鹿児島大学)による「Epidemiological

Studies in High Background Radiation Areas」、Dr. G. Kendall (United Kingdom)による「Childhood Cancer

and Natural Ionising Radiation: Published Results and Future Prospects」、Saidou 氏(Cameroon)による

「Natural Radiation Survey in the Uranium- and Thorium-bearing Regions of Cameroon」、Dr. D. Iskandarに

よる「Environmental Radiation and Radioactivity Levels in Mamuju Regency, as One of High Natural

Radiation Areas in Indonesia Dadong Iskandar, Bunawas, Syarbaini, Eko Pudjadi, Kusdiana, and Wahyudi」5

名の研究者の発表が行われ、それぞれに活発な討論となった。

2. サテライトシンポジウム(平成 27 年 5 月 23, 24 日、弘前大学大学院保健学研究科)

The 2nd Educational Symposium on RADIATION AND HEALTH by Young Scientistsが両日に渡って開

催された。Prof. C. Streffer (Universitätsklinikum Essen, Germany)、Prof. A. Wojcik (Stockholm University,

Sweden)、Dr. T. Kovács (University of Pannonia, Hungary)、Prof. G. Kendall (Oxford University, UK)、秋葉

澄伯教授(鹿児島大学)5 名の研究者による教育講演、Dr. S. Haghdoost (Stockholm University,

Sweden)、菅沼大行博士(カゴメ㈱総合研究所)、真里谷靖教授(弘前大学)3 名の研究者によるパ

ネルディスカッションに加え、各国の大学院生を中心とした若手研究者 28 名のポスター討論が行

われた。併せて 5 月 23 日には、Symposium on Radiation Nursing-A Review of Japan's Radiation

Nursing Framework が同研究科別会場で約 60 名の参加者のもと開催された。当日は、Mie Fowler 氏

(DeKalb Medical Center) の特別講演「アメリカにおける放射線看護及び放射線看護教育の現状と日

本への提言」、草間朋子先生(東京医療保健大学副学長)による基調講演「日本の放射線看護教育

と未来展望」が行われ、引き続いて小西恵美子教授(長野県看護大学)と冨澤登志子博士(弘前大

学)を座長に、パネルディスカッション「日本からの提言、福島第一原子力発電所事故から看護職

は何を学び、世界に向けて何をどう発信していくのか?」があり、山内真弓氏(弘前大学医学部附

属病院)、吉田浩二氏(福島県立医科大学災害医療総合学習センター)及び土橋由美子氏(鹿児島

大学病院) 3名のパネリストがそれぞれの発表を行った。

以上のシンポジウムは、文部科学省特別経費事業「高度実践被ばく医療人材育成プロジェクト」

(弘前大学大学院保健学研究科及び被ばく医療総合研究所)の活動の一環として実施された。

119

II-3.6. マイクロビーム放射線研究の新展開 -標的細胞からの周辺細胞/組織への非標的効果-

(国)福井大学高エネルギー医学研究センター1、

(国研)日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所 2、

Queen’s University Belfast (英国)3、

(一財)電力中央研究所放射線安全研究センター4

松本英樹 1*、小林泰彦 2、Kevin M. Prise3、冨田雅典 4

1.はじめに

本シンポジウムは、第 15 回国際放射線研究会議(The 15th International Congress of Radiation

Research, ICRR2015)のサテライト・ワークショップとして開催される第 12 回マイクロビーム放射

線応答国際ワークショップ(The 12th International Workshop on Microbeam Probes of Cellular Radiation

Response, IWM2015)とのジョイントセッションとしてプログラムされたもので、ICRR2015 の最終

日、5月 29日(金)、Eye Openerセッション(Tom K. Hei、Columbia University、米国:放射線発がん

における遠達効果 (Abscopal Effect))に引き続いて、小林泰彦および Kevin M. Priseを座長として行

われた。本セッションでの発表内容を紹介する。

2.セッション内容

Chunlin Shao(Fudan University、中国)は、バイスタンダー細胞間での二次的なバイスタンダー

応答について報告した。Edouard I. Azzam(Rutgers University、New Jersey Medical School、米国)は、

バイスタンダー応答におけるギャップ結合の役割とその COX-2 による修飾について報告した。

Karen J. Kirkby(The Manchester University、英国)は、The University of Surryのマイクロビーム装置

による金ナノ粒子の細胞内取り込み量の定量技術について報告した。David J. Brenner(Columbia

University、米国)は、STED 顕微鏡の技術をマイクロビームに実装するための技術(Super-

Resolution マイクロビーム技術)の開発状況を報告した。最後に松本英樹(福井大学、日本)が、

日本のマイクロビーム装置とそれぞれの装置を用いた研究成果を紹介し、バイスタンダー応答にお

けるシグナル分子としての一酸化窒素(NO)の重要性を示した。

3.まとめ

本シンポジウムは、活発な質疑応答の下、IWM2015 のキックオフイベントとして成功裏に終了

した。また 5 月 30 日(土)~6 月 1 日(月)に福井県若狭湾エネルギー研究センター(敦賀市)で開催

された IWM2015 には 150 名以上の研究者が参集した。日本からは各種放射線マイクロビーム装置

を用いた研究からバイスタンダー応答における NO の役割をはじめとする数多くの研究成果を示し、

日本がマイクロビーム放射線科学の研究拠点となりつつある状況を世界に発信することができた。

120

II-3.7. IES-ICRR 共催シンポジウム:

低線量/低線量率放射線の生体影響における新しい視点

環境科学技術研究所(IES)

小野哲也、小村潤一郎

低線量/低線量率放射線の生体影響を明らかにする上で新しい切り口になると思われる5つの異

なるアプローチについて5名の演者から紹介があった。

(1) Anna Saran (Italy): 放射線の非癌影響として注目されている動脈硬化について、アポリポプロテ

イン E 遺伝子欠損マウス(ApoE -/-) を用いた解析がなされた。このマウスは血中コレスレロール値

が高く動脈硬化が多発する。0.3 Gyあるいは 6 Gy の急照射後 300日目並びに緩照射 1 mGy/d ある

いは 20 mGy/d で 300 日間照射した直後でみると、いずれの場合も動脈硬化は増幅され、このマ

ウスの有用性が示された。

(2) Michael J Atkinson (Germany): 近年、遺伝子発現を調節する新しい因子として non-coding RNAが

注目されているが、このグループでは、がん抑制遺伝子 MAT2Aのプロモーター領域から転写され

る long non-coding RNA “PARTICLE”が低線量放射線照射により転写誘導されること、またエキソソ

ームを介して細胞外に放出されることを見出している。これ等のことから、PARTICLE が

bystander効果や長期ばく露影響を説明する新しい因子である可能性が示された。

(3) Sarah Baatout (Belgium): 母体内での被ばく影響の概要は既に明らかにされているが、低線量域

放射線についてはまだ十分ではない。講演ではこれまでの知見が総括され今後の問題点が指摘さ

れた。この研究室ではいくつかの遺伝子欠損マウスを用いた体内被曝影響が調べられているが、

今回は紹介されなかった。

(4) Motohisa Hirobe (放医研):C57BL/10JHir マウスはユニークで、約 3% の個体の腹部正中線に

白い筋状の模様が現れる。このマウスの胎齢9日で 0.1 Gy 照射すると成獣になったとき模様をも

ったマウスは2倍に増え、1.25 Gy で 100% にみられるようになる。この時期は色素細胞が神経堤

から全身の表皮に向け遊走を始める時で、そこでの被ばく影響が生後成長してから皮膚の特定の

部位での色素発現抑制として見出されるという面白い系である。高 LET 放射線に対する反応も予

想されるものとは異なっている。

(5) Satoshi Tanaka and Ignacia Tanaka (環境研): 放射線の継世代影響について、線量率が低いとき

どうなるかについて解析された。雄マウスに 0.05, 1, 20 mGy/d のガンマ線を 400 日間照射した後、

その仔と孫の寿命、死因について解析したところ、20 mGy/d 照射群の仔のうち雄についてだけ寿

命短縮がみられている。他の線量率では影響がみられない。過去の論文では急照射後の仔の寿命

は短縮されないと報告されているので、興味深い結果である。

121

II-3.8. 原爆被爆者ならびにその子供における長期疫学調査:

過去・現在・未来

放射線影響研究所 顧問研究員 1、放射線影響研究所 主席研究員 2、

大久保利晃 1*、児玉和紀 2

放射線影響研究所(以下放影研)は 1975 年に設立されたが、その前身である原爆傷害調査委員

会が 1947 年に調査を開始して以来 70 年近くの長期にわたって原爆放射線健康影響調査を実施して

きた。その中心になった疫学調査の対象者は、原爆被爆生存者(寿命調査 約 12 万人、成人健康調

査 約 25,000 人)、胎内被爆者(約 3,600 人)および被爆二世(約 77,000 人)である。今回のシンポ

ジウムでは長期間の疫学研究における歴史的経過、最近の研究成果ならびに将来展望等について概

説するとともに、福島での原発事故も視野にいれ、低線量被ばく、小児、ならびに甲状腺疾患のリ

スクにも触れることとした。各講演の概略は以下のとおりである。

講演 1 では Dale Preston 氏が「統計解析方法の進化」について、比較的単純なカテゴリー化を用

いた方法からより高度なレート関数モデリング法までの解析方法の変遷、および当該方法が放射線

リスク推定以外の分野に及ぼした影響について解説した。講演 2 は古川恭治氏の「低線量域でのリ

スク推定における統計モデリングの問題」で、従来のパラメトリック線量反応推定を改良したノン

パラメトリック平滑法の紹介であった。本法の特徴は推定の不確実性を把握しつつ、線量反応に柔

軟に滑らかな曲線の当てはめができることにある。講演 3 は定金敦子氏の「小児期被ばくによるが

んリスク」で、寿命調査対象者では小児期被ばくによるがんリスクが成人期の被ばくによるリスク

と比較して有意に上昇していたが、がんの部位によって被爆時年齢の効果が異なっていることが報

告された。講演 4 は大石和佳氏の「臨床調査に用いられる臨床情報およびその他の研究資料」で、

今後は調査参加者から得られた疾病罹患前の保存血液試料を用いた放射線健康影響のメカニズム研

究が重要となることが強調された。講演 5 は今泉美彩氏の「成人健康調査参加者における甲状腺疾

患調査」で、甲状腺結節の有病率を解析した結果、より低年齢の小児期被ばくにおいて、放射線被

ばくとの関連がより強い傾向があることが紹介された。講演 6 は Eric Grant 氏の「被爆者の子供に

おけるがんとがん以外の疾患の死亡」で、最近の解析においても、被爆者の子供に放射線による明

らかな健康影響は確認されていないことが報告された。以上の講演に加えて、児玉より放影研の将

来につながる話題として、1)保存生物試料の有効活用を目指して、生物試料センターが設置された

こと、2)放影研が保管しているすべての研究資源を一体的に維持・管理する研究資源センター設置

を計画していること、3)福島での原発事故対応作業において緊急被ばく線量限度が 250mSv に引き

上げられた際に作業に従事した約 2 万人の緊急作業従事者について、放影研を統括研究機関とする

多施設共同研究が開始されたことについて紹介があり、シンポジウムが締めくくられた。

122

II-3.9. 福島県立医科大学

広島大学原爆放射線医科学研究所 1、

福島県立医科大学放射線県民健康管理センター2

神谷研二 1、2

福島原発事故により放出された放射性物質による環境汚染ならびに健康影響について、原発事故

直後から環境中や人体における線量評価などの多くの調査・研究が行われてきた。前回の

ICRR2011 大会(ワルシャワ、ポーランド)では、事故後、間もないこともあり、概要以外ほとん

ど報告されなかった。事故から丸 4 年が経過した現在、多くの新たな知見が見出され、それと同時

に様々な問題点も提起されている。これらの知見・諸課題について報告し、世界中の放射線科学を

志す研究者と議論することを目的とし、 ICRR2015 の中心企画の一つとして行われた。

「 Environmental and Health Effect of the Fukushima Nuclear Accident 」のタイトルのもとに、

「Distribution, and Environmental Effect of Radioactive Materials」「Dose Estimation and Health Risk」なら

びに「Health Effect of Fukushima Nuclear Accident」の 3シンポジウムを含むセッションが企画された。

最初のシンポジウムでは Yaita(JAEA)が、放射性セシウムの除染について、土壌、特に粘土鉱

物に対するセシウムの収着機構を明らかにするために、X 線吸収微細構造解析(XAFS)を行った

ところ、福島の土壌における放射性セシウムの多くは風化黒雲母に濃縮されていたことを見出した。

Homma(JAEA)は福島原発からの放射性物質の大気や海水への放出、そしてそれに引き続く環境

への分布についての概要の報告があった。Nakanishi(The University of Tokyo)は農作物への影響に

ついて、根からの放射性セシウムの移動によるものではなく、木幹の表面から移動していること、

水中栽培と通常の土壌での栽培では異なる放射性セシウムの挙動を示すことが報告された。Aono

(NIRS)は海洋汚染について、福島原発からの放射性汚染水の海洋への放出が終わると、海水中

のセシウムとヨウ素の量は劇的に減少したが、堆積物や海洋生物相ではその現象は海水中の挙動に

比べ遅かったこと、ストロンチウム 90 は魚骨では検出されず、プルトニウム 239+240 活性は内臓

では原発事故以前のレベルと同じであったことを報告していた。

二つ目の線量評価のシンポジウムでは Akahane(NIRS)から福島県民健康調査に使用されている

放医研が開発した外部被ばく線量推定法を用い、これまでに報告されている調査結果の詳細の紹介

があった。Kurihara(NIRS)はこれまでに発表されている福島県民の甲状腺線量の試算は、事故直

後の取り込み量が個々の人々によって大きく異なる可能性が高いため、不確定な部分を多く含んで

いることを報告していた。Tokonami(Hirosaki University)は実際に浪江町で初期に甲状腺線量の測

定を行っており、それらの内容とともにホールボディカウンタを用いた甲状腺等価線量の推定値の

報告があった。Hayano(The University of Tokyo)は小児のためのホールボディカウンタ

123

(BABYSCAN)を用いた測定についてと、その小児の親がもつ被ばくリスクに対する懸念は依然

として高いことが報告された。Larsson(ARPANSA, Australia)は UNSCEAR 2013報告書についての

報告があった。

最後の健康影響では、Akashi(NIRS)が緊急被ばく医療について福島原発事故からの教訓につい

て述べていた。その中でも印象的だったのは、医療従事者に加え、病院事務といった職員も同様に

放射線に関する教育や訓練を受けていることが重要であるということである。Tanigawa

(Fukushima Medical University)は福島原発事故における緊急医療についての講演があった。

Ohtsuru(Fukushima Medical University)は福島県民健康調査における甲状腺超音波検査について、

事故時に福島県内に居た 18歳以下の約 30万人のうち、約 0.8%について確定診断を行い、108人に

悪性疑いもしくは悪性の診断が下されたことについての詳細の報告があった。Maeda(Fukushima

Medical University)は福島原発事故の心理社会的な側面について、被災した人々に生じた心理社会

的な問題は心的外傷後ストレス反応、慢性不安、あいまいな喪失、家族などとの離別、屈辱感、作

業者における燃え尽き症候群等で要約されると述べていた。Yasumura(Fukushima Medical

University)は県民健康調査で明らかになった健康状態について、肥満、異常脂質血症、グルコー

ス代謝異常、高血圧や腎機能障害が観察されることや、子供にも精神衛生上の問題、肥満や運動不

足がみられ、妊娠数の減少も見られたことが報告された。

これらの福島原発事故に関する科学的な知見が福島の復興に役立つことを期待するとともに、今

後も継続的な調査・研究がされることを願ってやまない。

124

II-3.10. New Perspectives in Epidemiological Studies of Low Dose Exposure and Cancer Risk

US National Cancer Institute (NCI) 1,

International Agency for Research on Cancer (IARC) 2

馬淵 清彦 1, Amy Berrington 1, Martha S. Linet 1, Ausrele Z Kesminiene 2,

Steven L Simon 1, Stephen J Chanock 1

低線量被曝によるがんリスクは放射線疫学研究での大きな課題だが、原爆被爆者追跡調査に加え

て医療被曝、職業被曝、環境被曝の分野で幅広く研究が進行中である。このシンポジウムはこれら

の研究でどのような新たな情報が期待されているかをレビューする。米国、日本、その他の多くの

国で CT や核医学等の放射線診断や検査は今や一般住民に対して重要な放射線被曝の源となってい

る。最近、英国での CT 被曝した小児集団の調査から、原爆被爆者調査で見られるリスクに相当す

る白血病、脳腫瘍リスクが報告されているが、CT 診断の対象となった疾患が癌リスクにどれほど

寄与するのか調査中である。その他各国でも多数の CT 被曝集団の追跡調査が進行中で、低線量被

曝とがんに関する新たな知見が期待される。放射線医での白血病増加は歴史的に広く知られている

が、放射線技師や医療放射線職集団の疫学調査は比較的数少ない。この分野の研究は最近、

fluoroscopy-guided procedures、その他の核医学関連従事者へと拡大している。被曝線量には大きな

バラツキがあるが、疫学研究のため既存のデータを用いた線量推定法が最近開発されている。技師

の職業被曝と患者の被曝とは関連が強いので、技師の疫学リスク調査は患者への extrapolate も可能

と考えられ、低線量リスク研究への寄与が期待される。チェルノブイリ事故から 29 年になる。若

年被曝による甲状腺がん増加については広くコンセンサスが得られているが、白血病、成人被曝と

甲状腺がん、若い女性の乳がん等については報告にはバラツキがある。研究計画や方法論が徹底し

ていないのが大きな理由と考えられる。IARC では主なチェルノブイリ疫学調査集団を統合整理し

長期の追跡に向けるための作業が行われている。急性被曝の原爆被爆者研究に対応して、分割、慢

性被曝による長期がんリスクの評価を目指している。疫学で放射線リスク評価の根底になるのは線

量推定値だが、これにはかなりの不確定性がある。最近の計算技術や方法の進展はめざましく、不

確定性の推定、それがリスク値に及ぼすインパクトの推定などが医療被曝や環境被曝研究で広く利

用され、今後の低線量リスクの評価には必須となろう。従来、遺伝的感受性は家系や多発がんの研

究に依存していたが、115 以上のがん感受性症候が mapping されている。これらの多くは低頻度の

germline mutations だが、genome-wide association 研究により多くの common variants もカタログ化さ

れ始めている。これらの感受性遺伝子の機能等を総合的に理解することはがん生物学や予防分析に

必須である。一方、最近の next generation sequencing 技術を用いて腫瘍組織を検索しがん特有の変

化をカタログ化が可能となり、germline variantsが放射線被曝に対応して如何にがんの体細胞変化を

もたらすか、放射線起因の甲状腺での研究が開始されている。

125

II-3.11. 長崎大学・広島大学共催シンポジウム

Lessons learned in Health and Medical Aspects:

from a bomb and Chernobyl to Fukushima

長崎大学原爆後障害医療研究所

永山雄二

長崎大学原爆後障害医療研究所(長崎大学原研)と広島大学原爆放射線医科学研究所共催(広島

大学原医研)で、シンポジウム「Lessons learned in Health and Medical Aspects: from A-bomb and

Chernobyl to Fukushima」を開催させていただいた。福島原発事故から 4 年が経過したが、復興はま

だ道半ばで、今後の福島復興に過去の経験をいかに生かせるか、将来の被ばく医療がどのように描

けるかをテーマにシンポジウムを組ませていただいた。なお座長は Christoph Reiners 氏(ドイツ)と

小生で務めさせていただいた。

まず、広島・長崎原爆の経験に関して、児玉和紀氏(放射線影響研究所)には、広島・長崎の原

爆被爆生存者の疫学調査のデータの紹介と、放影研としての経験を生かして如何に 福島への貢献

できるかという内容で講演いただいた。次にウクライナから 2 名を招へいし、チェルノブイリでの

現状を報告いただいた。1人目は Dimitry Bazyka氏(National Research Center for Radiation Medicine、

ウクライナ)で、チェルノブイリ原発の廃炉工事従事者の被ばくとその健康影響について急性・慢

性影響、腫瘍・非腫瘍性疾患頻度の変遷について、2 人目の Mycola Tronko 氏(Institute of

Endocrinology and Metabolism、ウクライナ)には、ウクライナ-米国甲状腺プロジェクトより明ら

かとなった長期にわたる甲状腺がんの増加について、廃炉工事従事者と被ばく住民という異なる立

場の集団の疫学データを紹介していただいた。Jacques Jean Lochard 氏(CEPN、フランス)は、チ

ェルノブイリ復興推進目的で Ethosプロジェクトや Coreプロジェクトを展開されてきた方で、その

講演内容は自身の経験に裏打ちされたもので、今後の福島復興への貢献のあり方に大きな示唆を与

えるものであった。次の高村昇氏 (長崎大学原研)は、私の同僚であるが、原発事故早期より福

島に赴き、放射線クライシス・リスクコミュニケーションに関わり、復興期に入ってからは、帰村

を促進すべく川内村に拠点を置き、活動を続けている。その一連の経験を講演いただいた。最後に、

一戸辰夫氏(広島大学原医研) には、緊急被ばく医療の観点から、骨髄移植についてについて将

来の展望も含め、講演いただいた。

以上、長崎・広島原爆から、チェルノブイリ・福島までを含む広範な領域を対象とした 6 名のシ

ンポジストによるシンポジウムであったが、示唆に富む発表と非常に活発な質疑応答で盛り上がっ

た 2 時間 20 分であった。今後の福島復興、原発廃炉に向けての有意義な情報が得られたものと思

う。この場を借りて、演者の皆様へ深謝します。

126

II-3.12. 広島大学原爆放射線医科学研究所共催

共同利用・共同研究拠点事業シンポジウム

Molecular Mechanisms of Radiation-induced Cancer

広島大学 1、長崎大学 2

稲葉俊哉 1、朝長万左男 2

放射線ががんを誘発することに疑問の余地はないが、そもそも放射線によるいかなる細胞の損傷

ががんの原因となっているのか、数年から数十年間にわたる潜伏期に何が起きた結果発がんに至る

か、潜伏期の間に進む加齢の影響はいかなるものであるか、未だ群盲象をなでるがごとしである。

多くの研究者は、放射線による DNA損傷の修復過程でのエラーが放射線発がんの出発点であると

考えている。Bartek(デンマークがん研究センター)は DNA損傷の中でも最も深刻な損傷である

二本鎖切断からの修復過程にあってエラーを起こしうるステップの同定を siRNAライブラリーを

用いて網羅的に行うことにより、また、Dianov(オックスフォード大学)は塩基除去修復のメカニ

ズムとその起こしうるエラーについて講演した。放射線が最初期の損傷を与えるとして、発がんに

至るまでの期間はがんの種類により大きな差がある。白血病や小児甲状腺癌は、数年程度と最も短

いが、固形腫瘍や骨髄異形成症候群(MDS)は、数十年もの経過の後に発生する。岩永(長崎大

学)は疫学的見地からこの興味深い現象、すなわち同じ造血器を母地とする腫瘍がかくも異なる経

過をたどることを、長崎の被爆者データから分析した。長期にわたる経過の中で様々な「ヒット」

ががんや MDSを生じさせると考えられるが、7番染色体の欠損は MDSを生じさせる上で重要なイ

ベントであると考えられている。松井(広島大学)は、-7の責任遺伝子の欠損マウスが、老齢期に

高率に MDSを発症するデータを示し、その発がんでの役割の分子細胞レベルでの解析結果を報告

した。最後に、Saenko(長崎大学)は、白血病と並んで短潜伏期のがんである小児甲状腺腫瘍の発

生を、チェルノブイリ周辺住民を対象とした分子生物学的見地から解析し、染色体転座に伴う小児

甲状腺癌の特徴的な発症機序を報告した。

127

II-3.13. 若手放射線生物学研究会共催シンポジウムを企画して

若狭湾エネルギー研究センター 研究開発部 1、放射線医学総合研究所 重粒子医

科学センター2、日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究センター3

前田宗利 1*、平山亮一 2、横田裕一郎 3

大会 4 日目の午後に、若手放射線生物学研究会による共催シンポジウム「Re-evaluation of

Biological Targets of Radiation-induced Cell Killing」を開催した。このシンポジウムは、2013年から研

究会の歴代会長らが中心になって構想を始め、2014 年から著者らが中心となって開催準備を進め

た。シンポジウムでは、放射線の生物標的は何か?という古くて新しい論点に着目し、放射線影響

研究で顕著な功績を挙げられた Dudley T. Goodhead先生(Medical Research Council, UK)に、放射線

誘発 DNA 損傷や線質効果など生物物理学的な側面から基調講演を行っていただいた後、国内外の

若手研究者らが持ち寄る最新の研究成果を交えて議論した。Goodhead 先生に続いて、前田宗利先

生は放射光エックス線マイクロビームで細胞核と細胞質を撃ち分けた場合の照射効果と、細胞質へ

のエネルギー付与による DNA 修復機構の活性化について発表した。Dietrich W.M. Walsh 先生

(Universitat der Bundeswehr Munchen, Germany)は、炭素線マイクロビームで細胞質内ミトコンドリ

アの一部を狙い撃ちし、ミトコンドリアも細胞致死の標的になることを示すデータを発表した。

Naronchai Autsavapromporn先生(Chiang Mai University, Thailand)は、照射細胞と同一の培養容器内

で培養した非照射細胞でも生物効果が引き起こされる、所謂バイスタンダー効果について発表した。

最後に、佐々木恒平先生(北海道科学大学)は、照射細胞と同一の培養容器内で培養した非照射細

胞に誘発された DNA2本鎖切断の修復キネティクスのシミュレーションモデルについて講演し、非

照射細胞の新しい細胞致死機序を提案した。本シンポジウムでは、放射線生物学の古典的な教科書

で説明される DNA や染色体だけでなく、細胞膜や細胞質に存在する細胞内小器官、時間・空間的

に近くに存在する別の細胞まで放射線細胞致死の標的になりうることが、マイクロビームテクノロ

ジーを利用した研究によって解明されつつあること、さらに、この問題の本質を明らかにする上で、

シミュレーションを含めた放射線科学からの多面的なアプローチが欠かせないことを明らかにした。

シンポジウムを開催した D 会場には非常に多くの聴衆が詰めかけ、一時立ち見が出るほどの盛況

ぶりだった。

最後に、36 年ぶりに国内で開催された ICRR2015 大会において、若手研究者にシンポジウムと若

手国際交流会(I.19.2, Get Together for Young Investigators)を企画・開催するという大変貴重な機会

を与えていただき、大会長、事務局ならびに各種委員会の先生方に厚く御礼申し上げる。また、こ

れらの企画を通して共に考え、悩み、汗をかいて奮起した良き仲間に改めて感謝申し上げる。なお、

本シンポジウムは若手放射線生物学研究会と武田科学振興財団の助成を得て実施された。

128

II-4.1. 受賞講演一覧

ICRR2015 では7つの受賞講演が行われた。以下、賞の名称と授賞学会・団体、受賞者(所属)、受

賞講演タイトルを列挙する。

Henry S. Kaplan Distinguished Scientist Award (Kaplan Award) by IARR

Niwa, Ohtsura (Fukushima Medical University, Japan)

Attempts to Connect Radiation Epidemiology of Cancer among the Atomic Bomb Survivors to Radiation

Biology

The Bacq and Alexander Award by ERRS

Coppes, Rob P (The University Hospital Center Groningen, University of Groningen, Netherlands)

Stem cells in radiation response and regeneration of normal tissue

L. H. Gray Medal (Gray Award) by ICRU

Stewart, Fiona (The Netherlands Cancer Institute, Netherlands)

Mechanisms of Development of Cardiovascular Disease in Irradiated Cancer Patients and The Possible

Influence of ErbB2 Blocking Agents

The Weiss Medal (Weiss Medal) by ARR

Stratford, Ian J. (Manchester Pharmacy School, University of Manchester, United Kingdom)

Hypoxia and Tumour Cell Radiosensitivity

Distinguished Scientist Award by JRRS

Shimada, Yoshiya (National Institute of Radiological Sciences, Research Center for Radiation Protection,

Japan)

Critical Age at Exposure and Underlying Biological Mechanisms for Radiation Carcinogenesis in

Experimental Animal Models

Iwasaki Tamiko Award by JRRS

Yasuda, Takako (The University of Tokyo, Japan)

Efficient Elimination of Radiation-induced Apoptotic Cells by Microglia During Tissue Repair in

Developing Medaka Brain

Young Investigators Award by JRRS

Hirouchi, Tokuhisa (Institute for Environmental Sciences, Japan)

Murine Myeloid Leukemia Induced by Chronic Exposure to Low-dose-rate Radiation Is Qualitatively

Different from High-dose-rate Radiation-induced Myeloid Leukemia

129

II-4.2. 受賞講演 AW07-IARR「Henry S. Kaplan Distinguished Scientist Award (Kaplan Award) by IARR」

国立保健医療科学院 1、放射線影響研究所 2、大阪府立大学 3、広島大学 原爆放射

線医科学研究所 4

志村勉 1*、多賀正尊 2、白石一乗 3、笹谷めぐみ 4

大会最終日の午後のセッションでは、Kaplan Award を受賞された丹羽 太貫先生(京都大学名誉

教授、現公益財団法人 放射線影響研究所 理事長)の受賞講演が行われた。講演会場は多くの参

加者で埋め尽くされ、和やかな雰囲気の中で開始した。はじめに、座長の Marco Durante 博士から

丹羽先生の経歴について、京都大学理学部をご卒業され、Philip C. Hanawalt 教授、Henry S. Kaplan

教授の指導の下、スタンフォード大学で学位を取得されたことが紹介された。受賞講演では、広

島・長崎原爆被爆者の寿命調査の結果から得られた仮説をもとに開始された先生のこれまでの放射

線発がんに関する研究から始まり、放射線発がんを考える上で、生体内に長期間滞在し、自己複製

能と分裂能を有する幹細胞の放射線応答の重要性について、損傷を持たない幹細胞を選択的に維持

する生体内の幹細胞の放射線応答のモデルが紹介された。先生は、福島原発事故後に福島に活動拠

点を移され、福島県立医科大学の特命教授として、住民の低線量・低線量率放射線被ばくに対する

不安に対応された。福島での活動に関する講演内容から、低線量・低線量率の放射線影響研究の必

要性と同時に、放射線影響に関する科学的知見をどのように説明するのか、社会における研究者の

責任と役割について考えさせられる貴重な講演であった。

丹羽先生にご指導頂きました卒業生一同、先生の Kaplan Award受賞を心からお祝い申し上げます。

今後も、先生のご見識とご経験が我が国のみならず、世界全体に活かされるように、ご健康に留意

されて更なるご活躍をお祈り申し上げます。

最後に、執筆の機会を頂いた大会長の平岡 真寛先生、実行委員の先生方、そして、放射線生物

研究編集委員の先生方に心より御礼申し上げます。

130

II-4.3. 受賞者一覧

ICRR2015では優秀な演題に対して賞が与えられた。ICRR2015からの賞は Young Investigators Travel

Awardと Excellent Poster Award の 2つである。また JRR (Journal of Radiation Research)誌編集委員会よ

り JRR Awardが用意された。このほか関連学会の RRS, ERRS, ARRと日本放射線化学会(JSRC)

が、それぞれの会員を表彰している。以下、各賞の概要と受賞者の一覧を掲載する。

Young Investigators Travel Award (From ICRR 2015)

40歳以下の若手研究者を対象とし、査読で高得点を得た抄録の発表者 135名に対して、旅費の一部

となる賞金が授与された。

Abd Rashid, Raizulnasuha

Acharya, Munjal M.

Ahn, G One

Akino, Yuichi

Alphonse, Gersende

Azizova, Tamara V.

Bakshi, Mayur V.

Barazzuol, Lara

Barnard, Stephen G. R.

Baselet, Bjorn

Beheshti, Afshin

Belmouaddine, Hakim

Beyreuther, Elke

Blaha, Pavel

Bo, Tomoki

Borst, Gerben

Buratovic, Sonja

Cao, Lili

Castle, Katherine

Chao, Ming Wei

Chhatkuli, Ritu B.

Chiari, Luca

Davis, Anthony J.

Depuydt, Julie

Dinh, Cong Que

Eidelman, Yuri

Elodie, Mintet

Falk, Martin

Fathi, Kamran

Fredericia, Pil M.

Fujita, Mayumi

Fukada, Junichi

Gao, Feng

Girst, Stefanie

Glaser, Adam K.

Gonon, Geraldine

Goto, Tatsuaki

Greubel, Christoph

Hanaoka, Kohei

Hashimoto, Yaichiro

Hattori, Yukiko

Hattori, Yoshihide

Hayashi, Gohei

Helm, Alexander

Her, Sohyoung

Hess, Julia

Hira, Asuka

Hong, Beom Ju

Hyodo, Fuminori

Ilicic, Katarina

Inkyung, Lee

Isozaki, Tetsuro

Jackson, Isabel L.

Jing, Hao

Kaida, Atsushi

Kan, Koichi

Kanzaki, Hiromitsu

Katano, Atsuto

Kawahara, Daisuke

Kawamura, Mariko

Kelada, Olivia J.

Kim, Wanyeon

Kimura, Yuko

Kleibeuker, Esther A.

Klimov, Dmitry Igorevich

Kloosterman, Astrid

Koarai, Kazuma

Kumagai, Yuta

Kushwaha, Ritu

131

Laiakis, Evagelia C.

Lee, Yoon Jin

Lee, Chan Ju

Lin, Yen Hwa

Lin, Y.Y.

Liu, Xin

Lundholm, Lovisa

Maeda, Azusa

Maeyama, Takuya

Mat Lazim, Rosmazihana

Mori, Takashi

Moskalev, Alexey

Motegi, Atsushi

Muggiolu, Giovanna

Nakajima, Aya

Nakajima, Naomi

Nakata, Akifumi

Nomiya, Takuma

Nomura, Shuhei

Nozawa, Itta

Ohkawa, Yasuhisa

Okamoto, Shohei

Okuyama, Kohei

Ono, Tomohiro

Orita, Makiko

Pejchal, Jaroslav

Protti, Nicoletta

Qin, Lili

Quintens, Roel

Rahman, Wan Nordiana

Rehman, Mati Ur

Saga, Ryo

Saito, Keita

Sakaguchi, Kenta

Sakamoto, Yoshimitsu

Sakasai, Ryo

Sato, Katsutoshi

Schuler, Nadine

Schuler, Emil

Sharma, Mukesh K.

Shuryak, Igor

Simonet, Stephanie

Soni, Aashish

Spiegelberg, Diana

Suzuki, Michiyo

Suzuki, Kenshi

Tachibana, Izumi

Takabatake, Masaru

Takahashi, Shigeo

Tanaka, Kenichi

Teles, Pedro

Terasaki, Kento

Tey, Jeremy

Tham, Wei Ying

Thompson, Karin E.

Tseng, ChiaYi

Umezawa, Rei

Wakatsuki, Masaru

Yamamoto, Takaya

Yamauchi, Motohiro

Yang, Yong

Yao, Tiantian

Yasuhara, Takaaki

Zhao, Diana Yi

Zhao, Bo

Zhou, Hui

Excellent Poster Award (From ICRR 2015)

年齢制限は設けず、査読で高得点を得たポスター演題の発表者 107名に与えられた。

Acharya, Munjal M.

Alsbeih, Ghazi

Aoki, Masahiko

Baselet, Bjorn

Bo, Tomoki

Bryant, Jane

Cao, Lili

Castle, Katherine

Chhatkuli, Ritu B.

Endo, Satoru

Fredericia, Pil M.

Fujimichi, Yuki

Fukada, Junichi

Furusawa, Yukihiro

Gao, Feng

Gohdo, Masao

Goto, Tatsuaki

Hamasaki, Kanya

Hanaoka, Kohei

Hashimoto, Yaichiro

Hayashi, Gohei

132

Hirouchi, Tokuhisa

Hong, Beom Ju

Huang, Eng Yen

Hyodo, Fuminori

Ide, Hiroshi

Inanami, Osamu

Ishihara, Yoshitomo

Ishikura, Satoshi

Isozaki, Tetsuro

Kaida, Atsushi

Kamei, Osamu

Kan, Koichi

Kanzaki, Hiromitsu

Katsube, Takanori

Katsuki, Yoko

Kawahara, Daisuke

Kawai, Hidehiko

Kawata, Tetsuya

Kenjo, Masahiro

Kimura, Yuko

Koto, Masashi

Kriehuber, Ralf

Kumagai, Yuta

Lee, Sujae

Lee, Yoon Jin

Lin, Yen Hwa

Lin, Y. Y.

Little, Mark P

Masutani, Chikahide

Matsuyama, Tomohiko

Matthias, Port

Michiue, Hiroyuki

Miyoshi, Hirokazu

Mori, Toshio

Mori, Takashi

Morita, Takashi

Murata, Kazutoshi

Nakajima, Hiroo

Nakajima, Aya

Nakajima, Naomi

Nakata, Akifumi

Ninomiya, Yasuharu

Nohtomi, Akihiro

Nomura, Shuhei

Norbury, John W.

Ohkawa, Yasuhisa

Ohnishi, Ken

Ojima, Mitsuaki

OKaichi, Kumio

Okamoto, Shohei

Okuyama, Kohei

Ono, Tomohiro

Qi, Xin

Qin, Lili

Saga, Ryo

Sai, Sei

Sakaguchi, Kenta

Sakamoto, Yoshimitsu

Sato, Tatsuhiko

Schofield, Paul N.

Shang, Yi

Sharma, Mukesh K.

Shimura, Tsutomu

Shuryak, Igor

Singh, Vijay K.

Souidi, Maamar

Suzuki, Michiyo

Suzuki, Kenshi

Suzuki, Masao

Takahashi, Norio

Takahashi, Shigeo

Takahashi, Akihisa

Tatsukawa, Yoshimi

Terasaki, Kento

Thompson, Karin E.

Tschiersch, Jochen

Tsuda, Masataka

Vujaskovic, Zeljko

Wang, Yingjan

Yajima, Hirohiko

Yamauchi, Motohiro

Yatagai, Fumio

Zarubina, Nataliia E.

Zenkoh, Junko

Zhang, Ye

Zhou, Hui

JRR (Journal of Radiation Research) Award

選考は JRR誌編集委員会が行い、優れた口演発表を行った 11名に授与された。

Onishi, Hiroshi Lafrasse, Claire Rodriguez Tsuruta, Haruo

133

Davis, Anthony J

Ritter, Sylvia

Fujii, Kentaro

Belmouaddine, Hakim

Moritake, Takashi

Sakata, Ritsu

Maeyama, Takuya

Hess, Julia

関連学会賞

関連学会(RRS, ERRS, ARR, JSRC)から、それぞれの会員に対する表彰式もあわせて行われた。授

与学会名と受賞者一覧は以下の通り。

Radiation Research Society: RRS(6 名)

Lee, Chang-Lung

Dadey, David

Domogauer, Jason

Autsavapromporn,

Narongchai

Colangelo, Nicholas

Parihar, Vipan

European Radiation Research Society: ERRS(8 名)

Manning, Grainne

Verslegers, Mieke

Mirsch, Johanna

Graupner, Anne

Narayan, Ravi

Diemer-Biehs, Ronja

Frenzel, Monika

Baiocco, Giorgio

Association for Radiation Research: ARR(3 名)

Verbiest, Tom Ahrabi, Sara Coulter, Jonathan

日本放射線化学会(Japanese Society of Radiation Chemistry: JSRC)(8 名)

前山 拓哉

野澤 一太

山岨 優

田倉 貴史

西山 将太

西井 聡志

吉田 哲郎

木村 敦

134