日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり ·...

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環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 29 日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり 要 旨 1.日本企業は事業のグローバル展開を進めてきたにもかかわらず、人材のグローバ ル化では遅れている。従来はそれでも通用したものの、近年、①新興国市場の重 要性の高まり、②日本企業の国際競争力の低下、③地場企業との取引の拡大、な どに伴い人材のグローバル化は各社の課題となっている。 2.すなわち、海外現地法人の現地化を進めながら、それと同時にガバナンスの徹底 を図るためには、日本本社に高度なマネジメント能力が求められる。また、グロー バル事業が複雑化・高度化するなか、事業軸と地域軸のマトリックスにおいてそ れぞれの個別最適を追いつつ、企業としての全体最適を達成するというグローバ ル経営能力が従来以上に必要になっている。 3.こうした状況下、日本企業は人材のグローバル化に向けて、①日本人従業員のグロー バル人材化、②グローバル経営人材の育成、③外国人役員の登用、④日本本社で の外国人従業員の採用、などに取り組んでいるものの、その難しさに直面している。 これは、言語や意識の違いの問題が大きいことに加えて、日本型人事管理に起因 する日本人の働き方や日本企業の組織のあり方の特異性が壁として立ちはだかる ためである。 4.その一方で、日本型人事管理には多くの利点があることを忘れるべきでない。日 本企業にとって日本型人事管理は強いチームを形成する土台であるとともに、状 況に応じた臨機応変の対応や長期的視野に立った行動を促進するなど、組織全体 のパフォーマンス向上に貢献し得る。日本企業の強さとして認識されてきたのは、 まさにこれらの点である。 5.多くの日本企業では人材のグローバル化への取り組みは始まったばかりである。 言語や意識の問題を少しずつ乗り越えながら進めていき、それに伴ってグローバ ル展開にもプラスの影響が及んでいくことが期待される。しかし、取り組みをさ らに進めていくと、日本型人事管理との整合性の問題に直面することになり、そ れとどう折り合いをつけていくかが大きな課題となる。一方では人材のグローバ ル化に向けた諸施策のうちどの段階で何をどの程度取り入れ、逆に何を取り入れ ないか、もう一方では日本型人事管理の何を維持し何を修正するかという、いわ ば両者のベストミックスを、自社の文化、強みや弱み、置かれた状況、目指す方 向性などを勘案しながら選択していくことが求められる。 調査部 上席主任研究員 岩崎 薫里

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環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 29

   

日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

要 旨

1.日本企業は事業のグローバル展開を進めてきたにもかかわらず、人材のグローバル化では遅れている。従来はそれでも通用したものの、近年、①新興国市場の重要性の高まり、②日本企業の国際競争力の低下、③地場企業との取引の拡大、などに伴い人材のグローバル化は各社の課題となっている。

2.すなわち、海外現地法人の現地化を進めながら、それと同時にガバナンスの徹底を図るためには、日本本社に高度なマネジメント能力が求められる。また、グローバル事業が複雑化・高度化するなか、事業軸と地域軸のマトリックスにおいてそれぞれの個別最適を追いつつ、企業としての全体最適を達成するというグローバル経営能力が従来以上に必要になっている。

3.こうした状況下、日本企業は人材のグローバル化に向けて、①日本人従業員のグローバル人材化、②グローバル経営人材の育成、③外国人役員の登用、④日本本社での外国人従業員の採用、などに取り組んでいるものの、その難しさに直面している。これは、言語や意識の違いの問題が大きいことに加えて、日本型人事管理に起因する日本人の働き方や日本企業の組織のあり方の特異性が壁として立ちはだかるためである。

4.その一方で、日本型人事管理には多くの利点があることを忘れるべきでない。日本企業にとって日本型人事管理は強いチームを形成する土台であるとともに、状況に応じた臨機応変の対応や長期的視野に立った行動を促進するなど、組織全体のパフォーマンス向上に貢献し得る。日本企業の強さとして認識されてきたのは、まさにこれらの点である。

5.多くの日本企業では人材のグローバル化への取り組みは始まったばかりである。言語や意識の問題を少しずつ乗り越えながら進めていき、それに伴ってグローバル展開にもプラスの影響が及んでいくことが期待される。しかし、取り組みをさらに進めていくと、日本型人事管理との整合性の問題に直面することになり、それとどう折り合いをつけていくかが大きな課題となる。一方では人材のグローバル化に向けた諸施策のうちどの段階で何をどの程度取り入れ、逆に何を取り入れないか、もう一方では日本型人事管理の何を維持し何を修正するかという、いわば両者のベストミックスを、自社の文化、強みや弱み、置かれた状況、目指す方向性などを勘案しながら選択していくことが求められる。

調査部上席主任研究員 岩崎 薫里

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30 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

はじめに

日本企業は近年、国際競争力の低下に見舞

われている。個別にみれば炭素繊維や産業用

ロボットなど依然として強い分野もあるもの

の、全体的には日本製品の世界シェアは低下

している。台頭する中国、韓国などのアジア

企業の追い上げを受けているだけでなく、欧

米企業に対しても苦戦しているためである。

とりわけ問題なのは、これまで日本企業が優

位であったアジア地域において、その優位性

が揺らいでいる点である。

日本企業の国際競争力が低下している要因

は多岐にわたるが、その根幹にはヒトの問題

がある。すなわち、これまで日本企業はグロー

バル展開を積極的に進めつつ、それに携わる

のが必ずしもグローバル展開に長けた人材で

はなかった。過去にはそれで通用したものの、

環境変化に伴い徐々に通用しなくなり、その

結果、グローバル展開自体にも悪影響が及ん

でいる。こうしたなか、日本企業もグローバ

ルに勝つためには人材のグローバル化は避け

て通れないものと認識し、それに向けて動き

出している。

もっとも、多くの日本企業は実際に人材の

グローバル化に着手すると、その難しさに直

面することになる。その背景には、言語の問

題や日本人側の意識の問題、さらには日本型

人事管理との整合性の問題が壁として立ちは

だかるためである。

 目 次はじめに

1.�日本企業と人材グローバル化(1)グローバル人材とは(2)人材グローバル化で立ち遅れ(3)日本企業を巡る環境変化(4)高まる人材グローバル化の重要性(5)取り組み状況に差

2.�人材グローバル化に向けた4つの施策

(1)日本人従業員のグローバル人材化(2)グローバル経営人材の育成(3)外国人役員の登用(4)日本本社での外国人従業員の採用

3.今後の課題(1)外国人受け入れへの高いハードル(2)日本型人事管理の壁(3)日本型人事管理の利点(4)グローバル展開成功のための多様

なパス

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 31

本稿では、日本企業における人材のグロー

バル化の動向についてみていく。第1章では、

なぜここにきて人材のグローバル化の重要性

が高まっているのかを整理し、第2章で企業

の主な取り組み事例を整理する。そのうえで

第3章において、人材のグローバル化を進め

れば進めるほど日本型人事管理との整合性が

取りづらくなることから、自社の事情に合わ

せて両者のベストミックスを選択する必要が

あることを指摘する。

1.日本企業と人材グローバル化

(1)グローバル人材とは

グローバル人材の定義は明確に定まってい

ない。グローバル人材に関する各種報告書で

提示されているのは得てして超人的な人材で

あり(注1)、ほとんどの日本人は自分とは

縁遠いと感じるであろう。本稿ではそのよう

に大上段には構えず、「外国人とコミュニケー

ション出来るだけの語学力(特に英語力)を

備えたうえで、異なる文化・価値観に適応し、

そのなかで協力関係を構築出来る人材」とす

る。

グローバル人材は日本人であっても外国人

であってもよい。当然ながらグローバル人材

にも段階があり、初級レベルのイメージは「同

じ職場の、日本語の堪能な外国人と信頼関係

を築き、一緒に仕事が出来る人」である。そ

れに対して最上級のレベルは、グローバル経

営が可能な人、すなわちグローバル経営人材

であろう。人材のグローバル化とは、グロー

バル人材を企業内に増やすこと、あるいは企

業内にいる人材のグローバル化のレベルを向

上させることである。

(2)人材グローバル化で立ち遅れ

近年、日本企業のグローバル展開に一段と

拍車がかかっている。海外現地法人の数はこ

の10年間(2003~ 2013年度)で13,875社か

ら23,927社に増加した(注2)。この間、海

外現地生産を行う製造業企業の割合は63.0%

から71.6%へ、現地生産比率も13.1%から

22.3%へ上昇している(注3)。また、個別

企業でみると、海外売上比率が8割以上の上

場企業は60社余りに上り、TDK、村田製作所、

ヤマハ発動機、アルパインなど9割に達して

いる企業も散見される(注4)。ところが、

それにもかかわらず多くの企業では人材のグ

ローバル化が十分進んでいるとは言い難い。

その端的な例は、外国人役員が極端に少な

いことである。人材のグローバル化が十分に

進んでいれば、企業内には国籍に関係なく適

材適所に人材が配置され、役員ポストにも世

界中から最適な人材が選ばれるはずである。

2013年のFortune Global 500企業のうち、CEO

が外国籍の企業の割合は平均で13%、CEOを

除く最高経営層に外国籍の者がいる企業の割

合は15%であったのに対して、日本企業では

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32 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

それぞれ3%、5%にとどまった(注5)

(図表1)。また、世界の上場企業上位2,500

社において、2010年から2014年に就任した

CEOの国籍をみると、日本企業では98%とほ

とんどが自国籍であったが、北米企業ではそ

の割合は86%、西欧企業では89%であった

(注6)(図表2)。例えば北米企業では、外

国籍のCEO就任者14%の内訳は、西欧諸国の

出身者が7%と最も多いものの、新興国の出

身者も5%を占めるなどバラエティに富む。

日本企業では、社内に抱えるグローバル経

営人材およびその予備軍の数も限られてい

る。経営人材コンサルティングのエゴンゼン

ダーインターナショナル(スイス)が保有す

るグローバル経営人材データベースには世界

中から28万人が登録されているが、そのうち

日本人の割合は1%に満たない(注7)。こ

の点に関連して同社のシニア・アドバイザー

は、日本人は世界平均を上回るポテンシャル

(資料) Ghemawat, Pankaj and Herman Vantrappen, “How Global is your C-Suite?” MIT, Sloan Review, Summer 2014, June 2015

グロバール500企業数

(社)

CEOが外国籍の割合(%)

最高経営層(除く CEO)に外国籍がいる割合(%)

アメリカ 132 13 12

中国 89 1 4

日本 62 3 5

フランス 31 6 18

ドイツ 29 10 16

イギリス 26 42 34

スイス 14 71 70

韓国 14 7 1

オランダ 12 42 41

カナダ 9 11 24

オーストラリア 8 50 47

ブラジル 8 13 9

スペイン 8 0 7

インド 8 13 2

イタリア 8 13 13

ロシア 7 0 9

台湾 6 0 3

その他 29 19 26

全体 500 13 15

図表1  2013年のFortune Global 500企業に    おける外国籍役員の割合

図表2 2010 ~ 2014年に就任したCEOの国籍の内訳

企業の本社所在地 企業数(社)

CEOの国籍が当該国・地域である割合(%)本社所在地と同じ国

日本 北米 西欧 その他先進国 中国

ブラジル・ロシア ・インド

その他新興国

日本 150 98 1 1 0 0 0 0

北米 314 86 0 7 2 0 2 3

西欧 236 89 0 4 3 0 3 1

その他先進国 202 81 0 4 9 3 1 1

中国 94 99 0 0 1 0 0 0

ブラジル ・ロシア ・インド 108 85 1 2 10 2 0 0

その他新興国 117 79 1 3 12 2 1 2

(資料) プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー「2014年世界の上場企業上位2,500社に対するCEO承継調査結果概要」2015年4月

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 33

を有するにもかかわらず、企業内でグローバ

ル経営人材に育つための訓練を十分受けてお

らず、一つの事業部門しか経験していない、

海外経験が乏しい、英語力が不十分、などコ

ンピタンスの面で世界平均を下回ると指摘し

ている(注8)。例えば海外経験の乏しさに

ついては、国際経営開発研究所(IMD、スイ

ス)が発表している国際競争力ランキングの

なかの「シニアマネジャーの海外経験」とい

う項目で日本が61カ国中最下位であることか

らも確認することが出来る(注9)(図表3)。

(3)日本企業を巡る環境変化

日本企業は過去においては、海外経験に乏

しい日本人だけで、日本の本社から、日本で

の事業の延長線でグローバル展開の舵取りを

行っても十分通用した。1950年代から60年代

にかけてこそ日本製品は「安かろう、悪かろ

う」の代名詞に甘んじたものの、70年代以降、

高い技術力と安定した品質において世界的な

優位性を確保した後は、売るための工夫をそ

れほど必要としなかった。勝手がわかる先進

国が主な販売先であったことも奏功した。一

方、海外生産を行うにしても日本国内で蓄積

した技術や強みを移植することが成功の鍵を

握り、そのためには現地に優秀な日本人技術

者を送り込むことが重要であった。日本人技

術者はたとえ現地の言語を理解していなくて

も、身振り手振りや手本を示すことで現地従

業員とある程度コミュニケーションを取るこ

とが出来た。

ところがその後、日本企業を巡る環境は大

きく変化し、多くの分野で苦戦するなかで、

そこから抜け出す一つの有力な方策として人

材のグローバル化が着目され、それに向けた

取り組みが始まっている。

環境変化とは具体的には第1に、グローバ

ル展開の主戦場が先進国から新興国にシフト

していることである。新興国では、国はもと

より同じ国のなかでも地域による違いが大き

いうえ、変化のスピードが先進国とは比べも

(注1) 61カ国対象。国名の前の( )内は順位。(注2) シニアマネジャー全般の海外経験について尋ねたア

ンケート調査結果。「少ない=0」から「豊富=10」までのレンジ。

(資料) IMD, “World Competitiveness Yearbook 2015,” 2015

図表3  IMD国際競争力ランキング:    「シニアマネジャーの海外経験」

(0~ 10)0 2 4 6 8

(1)ルクセンブルク(2)スイス(3)香港(4)UAE

(5)カタール(6)シンガポール(7)オランダ

(8)スウェーデン(9)マレーシア(10)ベルギー

(14)ドイツ

(31)イギリス

(35)アメリカ

(47)韓国

(51)中国

(61)日本

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34 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

のにならないほど速い。流通を始め各種イン

フラの未整備、公式データや情報の不足、法

規制の未整備・不安定、馴染みのない商習慣、

などにも直面することになる。

第2に、世界における日本企業の立ち位置

が変化していることである。中国・韓国など

新興国企業の台頭や製品のモジュール化など

により、日本企業が得意とする技術力や品質

管理力だけでは優位性を保てなくなってい

る。とりわけ新興国市場では、高品質ではあ

るが高価格の日本製品が容易に受け入れられ

ないでいる。消費財であれば、ブランド力で

は欧米製品に、価格では中国・韓国製品に劣

後するという中途半端な状態に陥り、多くの

製品の販売が伸び悩んでいる。

憂慮すべきは、これまで日本企業が優位で

あったアジア地域においてもこうした事態が

生じていることである。経済産業省が日本お

よび海外の主要なグローバル企業について、

アジア太平洋地域での売上高シェアを2006年

と2013年で比較したところ、米系企業、欧州

系企業、アジア系企業全てに食われる形で、

日系企業のシェアは49%から40%に低下して

いる(注10)(図表4)。この間、日系企業の

売上高自体は伸びたものの、増勢が年平均

3.6%と、米系企業(11.2%)、欧州系企業

(10.8%)、アジア系企業(8.5%)を下回った

ことによる。

第3に、日本企業の海外現地法人で非日系

ビジネスが拡大していることである。競争激

化を背景にコスト削減圧力が高まる一方で地

場企業が着実に成長していることもあり、海

外における日系メーカーの間では部品の調達

先を、日本や現地の日系サプライヤーから地

場のサプライヤーに徐々に切り替える動きが

みられる。一方、日系メーカーが地場企業と

の取引を増やすにつれて、日系メーカーに依

存出来なくなった日系の部品サプライヤーも

地場企業との取引に活路を見出さざるを得な

くなりつつある。

(4)高まる人材グローバル化の重要性

このように、①新興国市場の重要性の高ま

(注)海外売上高比率が20%以上の企業(金融・エネルギー・公益を除く)357社が対象。うち日系企業(本社が日本)57社、米系企業(本社が南北アメリカ)119社、欧州系企業(本社が欧・中東・アフリカ)128社、アジア系企業(本社が日本を除くアジア太平洋州)53社。

(資料) 経済産業省「通商白書2015年版」2015年7月

図表4  アジア大洋州地域における    グローバル企業の売上高シェア(%)

アジア系企業 欧州系企業 米系企業 日系企業(年)

0

20

40

60

80

100

49%40%

12%15%

18%22%

21% 23%

2006 13

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 35

り、②日本企業の国際競争力の低下、③地場

企業との取引の拡大、という状況下で、日本

企業は各進出先の事情に精通するとともに、

市場の変化に常に追い付いていることが何よ

りも求められるようになっている。そのうえ

で、現地のニーズに合致した製品の開発、ブ

ランド力の向上、顧客の琴線に触れるような

マーケティングなど売るための工夫、さらに

は現地の取引先と対等に交渉出来るだけの語

学力や交渉力が従来以上に重要になっている。

それには海外現地法人に権限を委譲し、よ

り迅速な意思決定と機動的な対応を可能にす

るとともに、それを担うことの出来る現地の

優秀な人材を採用し、フルに活用することが

不可欠となる。また、そうした取り組みと表

裏一体のものとして、海外現地法人に対する

ガバナンスの徹底を同時に進める必要があ

る。現地化と日本からの統制のバランスをど

う確保するか、これが海外現地法人の運営に

おいて最重要な課題の一つであり、この面で

日本本社には高度なマネジメント能力が求め

られることになる。

高度なマネジメント能力が必要となるのは

それにとどまらない。日本企業の販売先が今

や先進国から新興国・途上国にまで拡大する

一方、M&Aなどにより外国企業を傘下に置

くケースが増えている。そうしたもとでは、

事業軸と地域軸のマトリックスにおいてそれ

ぞれの個別最適を追いつつ、企業としての全

体最適を達成しなければならず、そのために

経営資源をどう適切に配分するかという難し

い判断が必要になる。傘下の外国企業のマネ

ジメントという、日本企業のマネジメントと

は全く勝手の違うタスクも求められる。しか

も、情勢が目まぐるしく変化するなかで、そ

れらをいかに迅速に行うかが問われており、

課題を一つ一つつぶしていく、あるいは小さ

く生んで大きく育てる、といった日本企業が

従来、得意としてきた手法では追い付かなく

なっている。さらに、コーポレート・ガバナ

ンスが強化され、収益力強化への要請が高ま

るもとで、日本企業は事業買収・売却を伴う

事業ポートフォリオの組み替えをグローバ

ル・ベースで、より頻繁に実施することを迫

られつつある。

このように自社のグローバル事業が複雑

化・高度化するなか、日本本社からのマネジ

メントを海外経験に乏しく国内事業の延長線

上の発想しか出来ない日本人従業員が担うに

は限界があり、従業員のグローバル人材化の

必要性が高まっている。さらに、こうしたグ

ローバル事業の経営の舵取りは、相応の経験

を積んだ専門家としてのグローバル経営人材

でなければ務まらなくなりつつある。

相応の経験とは、複数の国・地域に赴き多

様な業務を統括して成果を積み上げ、その過

程でグローバル経営に必要なスキルやグロー

バル経営の感覚を身に付けることである。武

田薬品工業の社長にフランス人のクリスト

フ・ウェバー氏を迎え入れるのに尽力した

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36 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

長谷川閑史会長もインタビューのなかで、自

社を真にグローバル競争力のある企業にする

ために経営者に求められるのは、単なる海外

勤務の経験ではなく、海外で責任のある業務

に携わり、しかも結果を出した経験であると

述べている(注11)。そうした人材の速成栽

培は不可能であり、長期間にわたり計画的に

育成することによってしか輩出出来ない。武

田薬品でもグローバル経営人材が社内で十分

に育っていなかったために、同業のグラクソ・

スミスクラインからウェバー氏をスカウトす

るという選択肢に至った。

(5)取り組み状況に差

日本企業の間で人材のグローバル化が遅れ

ているとの認識が強いことは、企業向けの各

種アンケート調査の結果からも垣間見ること

が出来る。例えば、日本経済団体連合会の調

査(2015年、複数回答)(注12)によれば、「グ

ローバル経営を進めるうえでの課題」として

「本社でのグローバル人材育成が海外事業展

開のスピードに追い付いていない」との回答

が62.8%で最も高く、「経営幹部層における

グローバルに活躍出来る人材不足」が55.0%

でそれに次ぐなど、人材のグローバル化にか

かわる課題が上位を占めた(図表5)。

日本企業における人材のグローバル化に向

けた施策としては主に、①日本人従業員のグ

ローバル人材化、②グローバル経営人材の育

成、③外国人役員の登用、④日本本社での外

国人従業員の採用、の4つが挙げられる。な

お、グローバル人材の対象となるのは基本的

には大卒ホワイトカラーを中心とするコア人

材が想定されている。これは、日本企業に限

らず欧米多国籍企業でも同様である。

次章では、それぞれについて先進事例を交

えながら整理するが、その前段階として以下

の2つの留意事項を指摘したい。

第1に、当然ではあるものの、人材のグロー

バル化に取り組んでいるのは、あくまでもグ

ローバル市場に活路を見出している企業であ

る。減少に見舞われているとはいえ1.3億人

の人口を抱える日本では、数のうえでは国内

で事業が完結する企業の方が多い。海外ある

(注)複数回答。(資料) 日本経済団体連合会「グローバル人材の育成・活用

に向けて求められる取り組みに関するアンケート調査」2015年3月17日

図表5  日本企業がグローバル経営を進める    うえでの課題    (企業向けアンケート調査結果)

0 10 20 30 40 50 60 70

本社でのグローバル人材育成が海外事業展開のスピードに追い付いていない経営幹部層におけるグローバルに

活躍出来る人材不足

海外拠点の幹部層の確保・定着世界中の拠点から人材の選抜・配置・異動

によるグローバル最適の人材配置

本社側の海外現地事情に関する理解不足

グループ企業全体への企業理念・経営ビジョンの浸透

グループ企業の人材データベースの構築と人事・評価制度のグローバル共通化

グループ企業間の情報システムの統一

社内公用語の統一(取締役会、社内文書、イントラネット等)

その他

(%)

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 37

いは外国人との接点があったとしても、その

ために外国人を採用する必要性を感じない企

業も少なくない。例えば外国人観光客への接

客や通訳・翻訳のためであればアルバイトで

十分対応可能である。

第2に、1点目とも関連するが、取り組み

状況には企業間で大きな差がある。日産自動

車の場合、経営危機によって1999年にルノー

の傘下に入り、カルロス・ゴーンCOO(2000

年にはCEOへ)をはじめ経営幹部が次々とル

ノー出身者で占められるなど、人材のグロー

バル化は否応なく一挙に進んだ。一方、日本

板硝子は、2006年に売上高規模が自社の2倍

のピルキントン(イギリス)を買収して一足

飛びにグローバル企業となったため、それに

対応出来るようにピルキントンの制度やノウ

ハウを活用して人材のグローバル化を自ら急

速に進めた。

こうした特殊事情を抱えていない大多数の

日本企業では、人材のグローバル化の取り組

みは相対的に緩やかなものにとどまってい

る。これは一つには、後述の通り阻害要因が

影響しているためである。もっとも、「グロー

バル人材」が「グローバル化」とともに一種

の流行となっていることもあり、人材のグ

ローバル化を本当に必要としない企業までも

がこれを標榜し、実際の取り組みは停滞して

いるケースもある。経営トップが危機感を持

ち号令をかけてはいるが、現場にまでその趣

旨が伝わらず形式的な対応にとどまるケース

も散見される。

(注1) 例えば、産学人材育成パートナーシップのグローバル人材育成委員会では、グローバル人材を「グローバル化が進展している世界のなかで、主体的に物事を考え、多様なバックグラウンドをもつ同僚、取引先、顧客等に自分の考えをわかりやすく伝え、文化的・歴史的なバックグラウンドに由来する価値観や特性の差異を乗り越えて、相手の立場に立って互いを理解し、さらにはそうした差異からそれぞれの強みを引き出して活用し、相乗効果を生み出して、新しい価値を生み出すことが出来る人材」と定義している。(産学人材育成パートナーシップ グローバル人材育成委員会「報告書~産学官でグローバル人材の育成を~」2010年4月、pp.31)

(注2) 経済産業省「第34回海外事業活動基本計画:第34回」2004年2月、「同、第44回」2015年5月

(注3) 内閣府経済社会総合研究所「平成26年度企業行動に関するアンケート調査結果」2015年3月。なお、現地生産比率は、ゼロと回答した企業を含めた単純平均。

(注4) 会社四季報オンライン「独自調査 !これが海外比率の高い『円安好感株』ランキングだ」2014年9月19日(http://shikiho.jp/tk/news/articles/0/48517/1、2015年8月21日アクセス)

(注5) Ghemawat, Pankaj, Herman Vantrappen, “How Global i s your C-Sui t?” Massachuse t t s Ins t i tu te of Technology, MIT Sloan Management Review, Summer 2015, Volume 56, Issue #4

(注6) プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー「2014年世界の上場企業上位2,500社に対するCEO承継調査結果概要」2015年4月

(注7)「海外日系企業の現地社員、日本人トップのリーダーシップに落第点」ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、2012年12月11日

(注8) Claudio, Fernandez-Araoz, “21st-Century Talent Spotting,” Harvard Business School Publishing, Harvard Business Review, June 2014

(注9) IMD, “World Competitiveness Yearbook 2015,” 2015(注10) 経済産業省「通商白書2015」2015年7月、p.225(注11)「強面の武田薬品会長が初めて漏らした本音:なぜ長

谷川氏は『外国人経営』を決断したのか」日経ビジネスオンライン、2015年3月2日(http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150227/278047/、2015年8月30日アクセス)

(注12) 日本経済団体連合会「グローバル人材の育成・活用に向けて求められる取り組みに関するアンケート調査」2015年3月17日

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38 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

2.�人材グローバル化に向けた4つの施策

(1)日本人従業員のグローバル人材化

日本企業の多くが人材のグローバル化にお

いて優先的に取り組んでいるのは、日本本社

における日本人従業員のグローバル人材化で

ある。日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査

(2015年)(注13)でも、海外ビジネスの拡大

に向けて人材面で最も重視することとして、

「現在の日本人社員のグローバル人材育成」

と回答した割合が45.1%と最も高く、大企業

に限れば68.7%と群を抜いて高かった

(図表6)。グローバル人材の育成方法として

は、外国語研修やグローバル事業にかかわる

研修、若手従業員の海外拠点・子会社などへ

の派遣が一般的である(図表7)。

グローバル人材化の対象となるのは全従業

員(ただしコア人材のみ)のケースと、その

うちの一部のケースがある。全従業員を対象

とするのは多くの困難を伴う。日本人従業員

はコア人材であっても国際業務に従事するス

タッフなど一部を除けば、これまで外国人と

一緒に働く機会に乏しく、いわゆる「外国人

慣れ」していない。日産でも、ルノーの傘下

(注)一部、複数回答も含めて集計。(資料) 日本貿易振興機構「2014年度日本企業の海外事業展

開に関するアンケート調査(海外ビジネス調査)結果概要」2015年3月11日

(注)複数回答。(資料) 日本貿易振興機構「2014年度日本企業の海外事業展

開に関するアンケート調査(海外ビジネス調査)結果概要」2015年3月11日

図表6  日本企業が海外ビジネス拡大のために最も重視する点

    (企業向けアンケート調査結果)

図表7  日本人従業員のグローバル人材育成化への取り組み

    (企業向けアンケート調査結果)

大企業全体 中小企業 (%)0 20 40 60 80

無回答

その他

海外ビジネスに精通した日本人シニア人材の

採用

海外ビジネスに精通した日本人の中途採用

外国人の採用、登用

現在の日本人社員のグローバル人材育成

大企業全体 中小企業 (%)

国内で英語研修の充実を図っているOJTにて行っている

若手社員を一定期間、研修生として海外子会社等に出している

国内で、海外ビジネス関連の研修を実施している英語での会議実施など、業務において外国語に接する機会を創出している

英語以外の語学研修の充実を図っている海外のグループ会社社員と合同で研修を実施している社員を海外の大学等に語学留学させている社員を海外の大学院(MBA等)などに派遣している特別な取り組みは実施していない

その他無回答

0 10 20 30 40 50

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 39

入りに伴い社内にフランス人を受け入れた当

初は、仕事の進め方の違いなどから日本人従

業員との間で様々な衝突が生じたとのことで

ある(注14)。まずは外国人慣れすることが

先決であり、後述の通り日本企業が外国人を

採用するのも、一つにはそうした狙いがある。

日本人従業員のグローバル人材化を困難に

する要因として言語の問題も無視出来ない。

日本企業では、英語で十分なコミュニケー

ションをとることが出来る従業員が限られて

いるためである。こうしたなか、一部の企業

では英語の公用語化に乗り出している。楽天

が2012年に社内公用語を日本語から英語へ正

式に移行した。その狙いとして、①国籍に関

係なく優秀な人材を獲得する、②グローバル

規模で情報共有と意思疎通を迅速に行う、③

英語で発信されるインターネットビジネスの

最新情報にいち早くアクセスする、の3点を

挙げている(注15)。シャープ(2010年)、ファー

ストリテイリング(2012年)、ホンダ(2015年)

なども英語公用語化の方針を発表している。

英語公用語化は日本人従業員のグローバル

人材化を大幅に前進させるためのショック療

法である。自社がグローバルに生きていくこ

とを宣言するとともに、従業員に対してもそ

の覚悟を求めるものといえる。それによって、

採用出来る外国人材の幅を広げる、外国人の

就職先としての魅力を高める、海外現地法人

の幹部候補の外国人を日本本社に異動させる

ことが出来、ひいては世界的に適材適所の人

材登用が可能になる、といった多岐にわたる

メリットを期待出来る。その一方で短期的に

は、英語力の問題から会議での議論が深まら

ない、英語力に長けた従業員の発言力が増す、

あるいは逆に、高い能力と意欲があっても英

語力が低い従業員が評価されない、などの弊

害もある。このため、企業が実施するには相

当な覚悟が求められるうえ、サポート体制の

充実が不可欠となる。

多くの日本企業は、全従業員のグローバル

人材化は困難であり、かつ必要もないとして、

従業員のなかから一部を選抜し、グローバル

人材化するための育成プログラムを重点的に

提供する方向にある。人材のグローバル化に

取り組む大手企業30社の人事担当責任者を対

象としたアンケート調査(注16)でも、87%

が今後10年間で従業員はグローバル事業に従

事する「グローバル人材」、国内全域で勤務

する「ナショナル人材」、地域限定の「ロー

カル社員」へのコース分けが進むと回答した。

一方、将来的には日本人、外国人を問わず

世界中の人材を国籍に関係なく適材適所で配

置することを志向する企業も現れている。そ

のための世界共通の人事制度の導入に向け

て、①グローバル人事データベースを構築し、

世界中の人材の「見える化」を図る、②等級

制度を世界で統一する、③各従業員を世界共

通の尺度で評価して等級を定める、といった

取り組みが行われている。

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40 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

(2)グローバル経営人材の育成

日本企業はこれまで新規学卒を一括採用

し、横並びでOJTを中心に育成して全体の底

上げを図ることを原則としてきた。幹部候補

の優秀な人材の選抜・育成は行ってきたもの

の、あくまでもインプリシットな形にとど

まった。しかし、2000年代入り頃からグロー

バル経営人材の候補を選抜し計画的に育成す

るという方針を明確に打ち出す企業が相次い

でいる。手本となるはずのグローバル経営人

材やその予備軍が社内に不足し、OJTでの育

成では限界があること、育成が待ったなしで

あり効率的・効果的に行っていく必要がある

こと、などが背景にある。一般的なのは、本

社および海外現地法人の一定の役職以上の従

業員のなかから国籍に関係なくグローバル経

営人材の候補を選抜し、経験すべき業務を順

次アサインするとともに、内外のリソースを

活用して研修を行うという、OJTとOff-JTの

組み合わせである。

一部の企業では、欧米多国籍企業に倣って

選抜を若手従業員のなかから実施している。

欧米多国籍企業の間では、グローバル・タレ

ントと呼ばれる優秀なグローバル人材の早期

選抜・育成はすでに広く実施されている

(図表8)。有能な若手に難度の高い業務を

次々にアサインすることで成長を促すととも

に、早い段階からグローバル・マインドを身

に着けさせている。それはまた、本人の意欲

とやりがいを引き出し、離職防止策にもなる。

武田薬品工業のウェバー社長も、大学の博士

課程を終了し26歳で前職のグラクソ・スミス

クライン(入社当時はスミスクライン・ビー

チャム)に入社してからわずか6年後の32歳

ですでにスイス法人社長に就任している

(図表9)。ただし、欧米多国籍企業と異なる

点として、早期選抜を行う日本企業であって

も、育成方法は海外現地法人への派遣や研修

が中心であり、年功序列の原則の縛りもあり

昇進・昇格を早めることは少ない。

グローバル経営人材の育成事例として、ブ

リヂストンでは課長級を対象にリーダーシッ

プのスキルを磨くための研修(注17)、三井

物産では本社従業員のうち若手・中堅層を対

象に次世代の経営幹部候補を育成するシステ

(資料) Stahl, Gunter et al., “Global Talent Management: How Leading Multinationals Build and Sustain Their Talent Pipeline,” INSEAD, 2007

1.採用 ・ ネットでの募集、大学でのリクルートフェア、イン

ターンシップ等 ・ 能力、経験のほか企業カルチャーへの適応可能性も

重視2.選抜 ・ 全従業員の 10~ 20%を対象 ・ 可能な限り早期に選抜 ・ 業務評価、360度評価等を活用3.育成 ・ 経営幹部による深い関与 ・ ライン ・マネジャーに人材育成義務 ・ リーダーシップ養成に向けた各種研修 ・ キャリア開発のためのローテーション、海外勤務 ・ ストレッチ ・アサインメント(本人の実力を一段上

回る難度の業務をアサイン) ・ 定期的な評価と本人へのフィードバック

図表8  欧米多国籍企業のグローバル・タレント選抜・育成の概要

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 41

ム(注18)、味の素では200名の選抜組のなか

からさらにグローバル経営人材候補を選抜・

育成する仕組み(注19)、日本たばこ(JT)

では若手のなかから選抜し研修や海外派遣を

行うプログラム(注20)、が導入されている。

(3)外国人役員の登用

日本企業のなかで経営トップに外国人が就

任しているケースは前述の通り、依然として

ごくわずかである。過去においては、マツダ、

日産自動車、三菱自動車工業にみられるよう

に、業績不振に陥った日本企業に、筆頭株主

である外国企業から社長が送り込まれるケー

スが中心であった(図表10)。

自社のグローバル展開に対応するために外

国人社長を迎えるケースが出てきたのは2000

年代半ば以降である。グローバル経営人材と

なり得る日本人人材が社内に育っていないた

めにそのような選択となった。ソニー、オリ

ンパスは海外現地法人トップの内部昇進、日

本板硝子は買収先企業(ピルキントン)のトッ

プの登用(スチュアート・チェンバース社長)

および外部からの登用(クレイグ・ネイラー

社長、デュポン出身)で外国人社長が誕生し

た。

事例があまりに少ないため一般化は出来な

いものの、これまでのところ日本企業では、

経営危機で退路を絶たれるなど逼迫した状況

図表9 武田薬品工業 クリストフ・ウェバー社長の経歴

年 年 齢 経   歴1966 0 フランス生まれ1992 25 リヨン第 1大学薬学博士取得1993 26 スミスクライン ・ビーチャム(現グラクソ ・スミスクライン)フランス法人入社1998 31 SKB抗生物質・中枢神経部門欧州販売担当ディレクター(イギリス)1999 32 SKBスイス法人社長2001 34 GSKフランス法人副社長兼業務部長2002 35 GSK本社競合情報分析担当副社長2003 36 GSKフランス法人会長兼 CEO

2008 41 GSKアジア太平洋地域担当上級副社長兼ディレクター(シンガポール)2011 44 GSKワクチン社次期社長兼ゼネラルマネジャー2012 45 GSKワクチン社社長兼ゼネラルマネジャー2012 45 GSKバイオロジカルズ社 CEO

2012 45 GSKコーポレート ・エグゼクティブ ・チーム ・メンバー2014 47 武田薬品工業 COO

2014 47 武田薬品工業代表取締役社長 2015 48 武田薬品工業代表取締役社長 CEO

(資料) 武田薬品工業ウェブサイト(http://www.takeda.co.jp/company/management/biography.html#anc01-03、2015年8月28日アクセス)、Universite catholique de Louvain, Louvain School of Management Research Institute, Centers of Excellenceウェブサイト(http://www.uclouvain.be/en-431507.html、2015年8月28日アクセス)

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42 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

にない限り、外国人トップの登用は難しいと

言わざるを得ない。意思決定の仕方をはじめ

様々な違いが摩擦を生むことに加えて、受け

入れる日本人側に心理的な抵抗感が強いため

である。そもそも外国人をトップに据えても

全ての問題が解決するわけではない。オリン

パスのマイケル・ウッドフォード社長は社内

の不正経理を追及して解任される一方、ソ

ニーはハワード・ストリンガー社長の下でも

業績不振から脱却出来ず、日本板硝子も同様

であった。また、日本板硝子では、チェンバース

社長は「家庭の事情」を理由に就任からわず

か1年4カ月で辞任し、ネイラー社長は取締

役会との意見の不一致が原因で辞任している。

なお、2014年に武田薬品工業、2015年に

タカラトミーに外国人社長が誕生した。両者

とも就任して日が浅いため評価は時期尚早な

がら、例えば武田薬品のウェバー社長はフィ

ナンシャル・タイムズ紙(イギリス)とのイ

ンタビュー(注21)で、自分がライバル会社

のサノフィ(フランス)に転出する、本社を

東京からパリに移したがっている、といった

自分への警戒心に由来する噂が社内で次々と

広がり、そのたびに翻弄されてきたと話して

いる。

トップ以外の外国人役員の登用について

も、いくつかの事例が出てきている。トヨタ

自動車では2003年、本社で外国人役員3名が

初めて誕生し、2015年には外国人初の副社長

が誕生した。武田薬品工業では現在、取締役

5名(社外取締役を除く)のうち社長以外に

も外国人が1名おり、また、コーポレート・

図表10 日本企業における主な外国籍トップ

企業名 名 前 出身国 任 期 出身企業 退任理由等マツダ ヘンリー・ウォレス イギリス 1996/6~ 97/11 フォード(筆頭株主) 経営再建に一区切り

〃 ジェームズ・ミラー アメリカ 1997/11~ 99/12 〃 健康問題〃 マーク・フィールズ アメリカ 1999/12~ 2002/6 〃 任期終了〃 ルイス・ブース イギリス 2002/6~ 04/8 〃 任期終了、後任は日本人

日産自動車 カルロス・ゴーン ブラジル 2000/4~ ルノー(筆頭株主) ―三菱自動車工業 ロルフ・エクロート ドイツ 2002/6~ 04/4 ダイムラークライスラー

(筆頭株主)業績不振、ダイムラークライスラーの支援打ち切り

ソニー ハワード・ストリンガー イギリス 2005/6~ 12/3 ジャーナリスト→ソニー ・アメリカ現法トップ

業績不振

日本板硝子 スチュアート・チェンバース イギリス 2008/6~ 09/9 ピルキントン(日本板硝子が 2006年買収)

「家族を優先」

〃 クレイグ・ネイラー アメリカ 2010/6~ 12/4 デュポン 「戦略の方向性や進め方で取締役会と相違」

オリンパス マイケル・ウッドフォード イギリス 2011/4~ 11/10 イギリス現法トップ 巨額不正経理を追及し解任武田薬品工業 クリストフ・ウェバー フランス 2014/6~ グラクソ ・スミスクライン ―タカラトミー ハロルド・メイ オランダ 2015/6~ 日本コカ ・コーラ ―

(注)カルロス・ゴーン氏は、生まれたのはブラジルだが両親はレバノン人で、レバノン、ブラジル、フランスの多重国籍を有する。(資料) 各社ウェブサイト、各種報道記事

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 43

オフィサー 13名中9名が外国人で占められ

ている。日立製作所では2012年に社外取締役

として初めて外国人2名を招聘し、現在は8

名中4名が外国人である。同社はまた、2015

年に2名の外国人の執行役常務を初めて登用

した。しかし、経営トップへの登用と同様の

阻害要因が働いていることもあり、こうした

動きが大きく広がっているわけではない。例

えばユニ・チャームは、現段階で本社の役員

に外国人を登用してもコミュニケーションが

十分に取れず逆に生産性が低下するとして実

施していない(注22)。

(4)日本本社での外国人従業員の採用

前述のジェトロの調査で、海外ビジネスの

拡大に向けて人材面で最も重視することとし

て、「日本人従業員のグローバル人材化」に

次いで二番目に回答割合が高かったのが、「外

国人の採用、登用」である(注23)(前掲

図表6)。その狙いとしては主に3点が挙げ

られる。

第1に、彼らをグローバル事業に活用する

ことである。出身国の言語に堪能であり商習

慣にも馴染みが深いうえ、異文化に触れるな

どしてすでに一定程度グローバル人材化して

いることを活かし、彼らが出身国あるいはグ

ローバル事業全般において活躍することが期

待されている。前述のジェトロの調査でも、

「外国人従業員を採用・雇用するメリット」

として、「販路の拡大」(41.0%)、「対外交渉

力の向上」(39.7%)、「経営の現地化への布石」

(28.5%)などの回答が上位に並んだ

(図表11)。

第2に、前述の通り、日本人従業員のグロー

バル化に寄与することである。外国人と日々

接することで日本人従業員が「外国人慣れ」

し、異なる文化や習慣を許容し、国籍に関係

なく仲間として一緒に働けるようになるこ

と、また、取引先をはじめ社外の外国人とも

臆することなく接するようになること、など

が期待されている。

第3に、社内のイノベーションを促進する

ことである。多様な国籍を持つ従業員が社内

に存在して刺激し合い、ときにぶつかり合う

(注)複数回答。(資料) 日本貿易振興機構「2014年度日本企業の海外事業展

開に関するアンケート調査(海外ビジネス調査)結果概要」2015年3月11日

図表11  外国人従業員採用のメリット    (企業向けアンケート調査結果)

大企業全体 中小企業 (%)

販路の拡大

対外交渉力の向上

語学力の向上

経営の現地化への布石外国人とのコミュニケーションにおける日本人社員の心理的ハードルの低下日本人社員のモチベーションの向上

財務的効果(売上、業績等の向上)がある

新たな商品の開発に貢献

課題解決能力の向上

その他

0 10 20 30 40 50

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44 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

ことで、日本人従業員だけでは思い付かな

かった視点や発想が生まれやすくなる。また、

しがらみの少ない外国人の発言に触れること

で、日本人同士であれば陥りがちな遠慮や馴

れ合いが打破され、各人が自分の意見を率直

に主張し合い、ひいては組織が活性化する。

そうした変化がイノベーティブな事業や商

品・サービスを創出する原動力となることが

期待されている。

外国人の採用では、日本の大学を卒業した

外国人留学生を受け入れるケースが最も多

い。すでに渡日していることもあり、海外で

直接アプローチするよりも採用確率が格段に

高いうえ、日本語や日本の文化を理解し日本

企業としても受け入れやすいためである。と

りわけ日本語能力については、よほどの専門

的な職種でない限り採用時に最重視されてい

る。筆者がヒヤリングした、外国人の採用実

績の高いある企業では、成功の秘訣を一つだ

け挙げるとすれば、それは日本語が出来る人

材を採用している点だと話していた

(注24)(注25)。

日本企業が外国人の採用を積極化している

といっても、採用する人数は限定的である。

前述の経団連のアンケート調査結果(注26)

でも、外国人を継続的に採用している企業の

割合は71%に上る一方で、外国人の採用人数

の全採用人数に占める割合は2012年で2.8%、

2013年で3.4%に過ぎなかった。

そのなかにあって、一部の企業は大量採用

に動いている。ファーストリテイリングは、

海外ユニクロ事業での売上高が全体の29.9%

と3分の1近くを占めるようになる(2014年

8月期)もとで、東京本社の外国人社員数も

少なくとも3分の1にする必要があると考

え、外国人を積極的に採用している(注27)。

イオンも、海外事業を本格化させるなか、幹

部候補として育成するために外国人の大量採

用に乗り出しており、2020年度には日本本社

の正社員に占める外国人比率を5割に高めた

い考えである(注28)。ローソンでは人材の

多様化を主目的に2008年以降、新入社員全体

に対する外国籍の社員の割合が毎年2~3割

の水準となるように採用を行っている

(注29)。

楽天は、開発職(エンジニア)を中心に外

国人の採用にとりわけ熱心であり、2014年4

月および9月入社の開発職約100名中、8割

以上が外国人であった。2~3割が日本への

留学生、残りは海外の大学の卒業生を採用し

ている点は、外国人留学生を中心に採用する

日本企業が多いなかで特異といえる。優秀な

エンジニアを海外から直接採用しやすくする

ために、2015年からは開発職の通年採用を開

始した(注30)。

(注13) 日本貿易振興機構「2014年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」2015年3月

(注14) 経済同友会「第17回企業白書」2013年4月24日、p.96(日産自動車取締役最高執行責任者 志賀俊之氏講演録)。そうした衝突を経て、日本人従業員は自分たちの短所やフランス人側の長所を認め、仕事上のパートナーとして受け入れるようになった。

(注15) とりわけ人材獲得のために英語を公用語化する重要

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 45

性について、三木谷社長はインタビューで、「日本でコンピュータサイエンスを専攻している卒業生は、だいたい年間2万人しかいません。それに対し、アメリカは約6万人、中国は100万人、インドは200万人いるんですよ。だから何百万人のプールから人を雇うのか、それとも2万人のプールから雇うのかによって、競争優位が全然変わってきます。」と述べている。(「楽天の『英語公用語化』はヤバいです:楽天・三木谷社長ロングインタビュー(その2)」東洋経済オンライン、2014年3月27日、http://toyokeizai.net/articles/-/33821?page=3、2015年8月20日アクセス)

(注16) リクルートワークス研究所「未来予測 2020の人事シナリオ:組織や人事課題の近未来に関するアンケート結 果 」、2011年(http://www.works-i.com/column/taidan/images/anke_all.pdf、2015年9月12日アクセス)

(注17) ブリヂストンでは、グローバル・ベースで経営幹部を育成するプログラムとして「グローバル・ディベロップメント・クラス」を2004年に導入している。課長級を対象に国籍を問わず年15~ 20名を選抜し、リーダーシップのスキルなどを磨くための研修を行うとともに、国内外のグループ会社の経営業務に任命している。(ブリヂストングループ「CSRレポート2015」、2015年7月。「グローバル人材不足が物語る日本企業=『人ベース』組織の光と影」ダイヤモンド・オンライン、2010年8月19日、http://diamond.jp/articles/-/9110、2015年8月16日アクセス)

(注18) 三井物産は、本社従業員のうち入社間もない若手と40歳以上を除いたなかから優秀な人材を選抜して幅広い実務を経験させる次世代経営幹部候補の育成システムを導入している。同社ではまた、そのなかから選ばれた人材や、海外拠点のゼネラルマネージャー以上の幹部従業員を対象に、研修プログラム“Mitsui-HBS Global Management Academy”を開催している。(三井物産ウェブサイト「会社情報:人材を資産に」、http://www.mitsui.com/jp/ja/company/talent/rearing/、2015年8月16日アクセス。「中堅社員の10%を選抜!三井物産の『幹部養成プログラム』」プレジデント・オンライン、2012年10月9日、http://president.jp/articles/-/7402、2015年8月16日アクセス)

(注19) 味の素は2014年度以降、新たに「グローバル人事制度」を開始し、グループ全体で200名を次期経営人材の母集団とし、そのなかからグローバル経営人材候補を選抜・育成する仕組みを取り入れている。(味の素「2014~ 2016中期経営計画」2014年2月24日。「グローバル化のお手本『味の素』300基幹人材の選択法」プレジデント、2011年12.5号、pp.112~ 114)

(注20) 2006年に導入したこのプログラムでは、JTとJTI(JTの海外たばこ事業を担う組織)の若手社員のなかから高いポテンシャルを持った者を選抜し、一緒に2週間の研修を行うExchange Academy、高いポテンシャルを持った20代後半から30代前半のJT従業員を2年程度JTIに派遣するDevelopment Assignmentなどが行われている。(JTウェブサイト「Career」、http://www.jti.co.jp/recruit/fresh/sogo/2015/career/basic/index.html、2015年8月17

日アクセス。リクルートワークス研究所「2020年の人事シナリオVol.21 松本智氏 日本たばこ産業」2011年、http://www.works-i.com/column/taidan/、2015年8月17日アクセス)

(注21)“Monday interview: Christophe Weber, Takeda CEO,” Financial Times, April 6, 2015

(注22) 経済同友会「第17回企業白書」(ユニ・チャーム代表取締役執行役員 高原豪久氏講演)2013年4月24日、p.130

(注23) 日本貿易振興機構[2015](注24) 日本企業の外国人留学生の採用について詳しくは、岩

崎薫里「日本における外国人留学生誘致策」日本総合研究所『環太平洋ビジネス情報 RIM』2015年Vol.15、No.58を参照。

(注25) なお、採用時の言語の問題は日本企業に限ったことではない。欧州に拠点を置く多国籍企業の多くは英語を公用語としていても、従業員同士や取引先との会話はホスト国の言語で行われるため、採用時にはホスト国の言語能力が求められる。デンマークで行われた調査で、外国人留学生が同国で職探しをする際の最大の障害として言語の問題を挙げた人の割合が8割近くで最も多かった。大学の授業の英語化が進み、デンマーク語を理解しないまま卒業が可能になっているが、職探しの段階で言語の問題に突き当たることになる。(Danish Industry Foundation, “Integrating Global Talent,” September 2012, p.30)また、ドイツは日本と比較すれば格段に英語が通じるとはいえ、それでも人口の一定割合は英語を理解していない。それもあって、外国人を採用する際にドイツ語力が「極めて重要」と回答したドイツ企業の割合は7割近く、「やや重要」と併せると9割に上った。(OECD, “Recruiting Immigrant Workers: Germany,” OECD Publishing, 2013, pp.113-114)

(注26) 日本経済団体連合会[2015](注27) ファーストリテイリング・ウェブサイト「社員紹介:東京本

社の外国人比率を上げること。それが真のグローバル化になる」(http://www.fastretailing.com/employment/ja_jp/life100/interview/057_oskari.html、2015年8月17日アクセス)

(注28)「イオン、外国人採用1,500人、来年度、幹部候補アジアから、20年度の日本本社、正社員の5割に」日本経済新聞、2013年1月29日

(注29) ローソン「統合報告書2014」2014年、p.11(注30)「新規採用のエンジニア約100人中8割以上が外国籍:

楽天のダイバーシティは日本のグローバル化に風穴を開けるか」エンジニアtype、2014年4月21日(http://engineer.typemag.jp/article/rakuten-neworder、2015年8月17日アクセス)

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46 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

3.今後の課題

(1)外国人受け入れへの高いハードル

前章でみてきた通り、日本企業は人材のグ

ローバル化に向けた様々な施策に取り組んで

いる。もっとも、日本在外企業協会の調査

(注31)で、自社の経営のグローバル化につ

いて進捗状況を尋ねたところ、78%が「まだ

まだ途上である」と回答している。これには

様々な要因が考えられるが、人材グローバル

化の出発点となり得る外国人の受け入れが、

日本企業にとってそもそもハードルが高いと

いう点が大きく作用していると推測される。

この背景には、繰り返し述べてきた通り、言

語の問題や受け入れる側の日本人従業員の意

識の問題がある。

産業能率大学による2015年のアンケート調

査(注32)によれば、この年に入社した新入

社員に英語の習熟度を尋ねたところ、「英語

は全く出来ない」と回答した割合は47.7%に

上る一方で、「ビジネス上の折衝・交渉レベル」

との回答はわずか1.9%であった(図表12)。

また、外国人が上司であることに抵抗を感じ

る(「抵抗を感じる」および「どちらかとい

えば抵抗を感じる」の合計)と回答した割合

は51.1%と半数を超え(図表13)、2010年調

査の49.3%に比べても上昇している。上司以

外でも、経営トップ(43.7%)、部下(43.8%)、

同僚(35.3%)、取引先(47.3%)が外国人で

あっても3~4割が抵抗を感じると回答して

おり、いわゆる外国人アレルギーは中高年層

だけでなく若手にもあることが示唆される。

それらに加えて、日本型人事管理に起因す

る日本人の働く姿勢や日本企業の組織のあり

方の独自性が、外国人受け入れの壁として立

ちはだかる。

大卒ホワイトカラー層における日本人の働

く姿勢は外国人とは大きく異なる。日本人は

総じて自身のキャリア形成に対して受け身で

あり、どのような業務であっても上司の指示

に従って受け入れ、一生懸命取り組めば評価

は後から付いてくると考えている。また、チー

(注1) 2015年度に新卒入社した新入社員が対象。18~20歳が12.3%、21~23歳が60.0%、24~26歳が27.8%。上場企業就職が45.4%。

(注2) 「あなたは英語をどの程度習得していますか?」という設問に対する回答。

(資料) 産業能率大学「第6回新入社員のグローバル意識調査」2015年9月

図表12  新入社員の英語習熟度    (新入社員向けアンケート調査結果)

英語は全くできない

47.7

海外旅行会話レベル

25.3

ビジネス上の文書・会話レベル2.8

ビジネス上の折衝・交渉レベル1.9

日常生活会話レベル

22.4

(%)

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 47

ムの一員として周囲と協力しながら成果を上

げることに達成感を感じる。こうした意識は、

長期雇用慣行、年功序列制、あいまいな職務

分掌などから成る日本型人事管理のもとで自

然と培われてきたものである。日本型人事管

理は元来も全ての従業員に適用されてきたわ

けではなく、また、近年は部分的に変質ない

し形骸化している。それでも、大手企業の大

卒ホワイトカラーを中心とするコア人材には

依然として根強く残っている。

それに対して外国人は一般に、長期雇用が

保障されない流動的な労働市場に身を置いて

きた経験から、自身のキャリア形成を自律的

に考えるのは当然と考える。どうすれば最短

でキャリア・アップ出来るか、指示された業

務が自分のキャリア形成にどうかかわるの

か、評価されるには何をどこまでこなすべき

か、などを常に意識している。チームワーク

の重要性は認識しつつも、あくまでも自分個

人に軸足を置いている。なお、これは欧米諸

国だけでなく新興国・途上国の人材の多くに

も程度の差はあれ当てはまる。長期雇用の慣

行がないことに加えて、彼らは自国ではエ

リートとして欧米留学の経験があったり、た

とえ自国にいても欧米に類似した教育を受け

たりして、意識が欧米型に近づいているため

である。

このように、日本人と働く姿勢が大きく異

(注1) 2015年度に新卒入社した新入社員が対象。18~20歳が12.3%、21~23歳が60.0%、24~26歳が27.8%。上場企業就職が45.4%。

(注2) 「あなたは外国人が経営トップ/上司/部下/同僚/取引先であるという状況が生じた(生じている)場合、抵抗を感じますか」という設問に対する回答。

(資料) 産業能率大学「第6回新入社員のグローバル意識調査」2015年9月

図表13 新入社員の外国人への抵抗感(新入社員向けアンケート調査結果)

抵抗を感じないどちらかといえば抵抗を感じない

(%)どちらかといえば抵抗を感じる抵抗を感じる

0 20 40 8060 100

経営トップ

上司

部下

同僚

取引先

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48 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

なるうえ、言語や意識の問題があり、さらに

は以心伝心や阿吽の呼吸も通用しないとなる

と、日本企業としても外国人の採用に慎重に

ならざるを得ない。そこで多くの日本企業は、

外国人従業員に対しては「郷に入りては郷に

従え」との基本姿勢のもと、何事も丁寧に説

明するなどの配慮を示しつつも、原則として

日本式への適応を求めてきた。受け入れるの

も主に日本の文化・風習にすでに馴染んでい

る外国人留学生であり、しかも選考段階で日

本型人事管理について繰り返し説明し、理解

を得られた者のみを採用する。外国人留学生

を対象にした就職活動の指南書(注33)にお

いても、日本企業の特徴として「新卒一括採

用、ポテンシャル採用、終身雇用」の3点を

列挙し、また、「日本企業では個人で仕事を

して成果を上げるより、チームで協力し合い

ながら仕事を進め、成果を出すことを重んじ

る」と説明している。

そうして採用された外国人は、日本企業で

働き日本人従業員と交流するなかで日本式に

馴染んでいく一方で、実際に働いてみてどう

しても日本式を受け入れられない場合は離職

するのが一般的なパターンである。その結果、

社内に定着するのは得てして、元来が日本人

に近い感覚を持つ外国人、もしくは努力して

日本人の感覚に近付いた外国人となりがちで

ある。彼らは日本人従業員と大きな摩擦を引

き起こすことなく自社のグローバル展開に貢

献しており、この点を踏まえると、外国人に

「日本人化」を求めることは、日本企業が外

国人の受け入れを成功させるために妥当な施

策といえる。

しかしその一方で、こうした採用・育成方

法は人材選択の間口を狭め、優秀な人材をみ

すみす締め出しかねない。それに加えて、グ

ローバル人材が育成されていくには、自分と

は異なる文化・価値観に接し、衝突するとい

う過程を経ることが不可欠である点を踏まえ

ると、現行の方法では日本人従業員がグロー

バル人材化する機会をフルに活かせない恐れ

がある。さらに、そうした衝突を乗り越えて

組織が活性化し、イノベーション力が高まる

というメリットが減殺される側面があること

も否定出来ない。例えば、外国人を意欲的に

採用してきたある企業では、新人研修時には

外国人の方が積極的でリーダーシップを発揮

し、それによって日本人も良い刺激を受ける

ものの、数年後には積極性の面でもリーダー

シップの面でも外国人は日本人と大差がなく

なっているとのことである。

(2)日本型人事管理の壁

このようにみると、現行の採用・育成方法

は、外国人受け入れの初期段階では有効で

あっても、日本人従業員が「外国人慣れ」し

てグローバル人材の初級レベルに達した後

は、外国人をありのままに認めて日本人化す

るのを求めない、という次の段階に移行する

必要がある。すなわち、意識も考え方も日本

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 49

人と大きく異なる、日本人化していない外国

人が採用され、日本人とは異なる視点や発想

を維持しつつ組織に馴染み、順調に育ってい

くことが志向されなければならない。

ところが、これを進めていくのに伴い徐々

に問題となってくるのが、日本型人事管理と

の整合性である。

外国人が総じて自分の所属する組織に求め

るのは、将来にわたるキャリアパスの提示、

日々の業務とキャリアパスとの関連、業務に

おいて求められる成果とその達成状況などを

具体的かつ定期的に説明し、相互に認識を共

有することである。日本企業がそれらを厳密

に行おうとすればするほど、現行ではあいま

いな業務範囲と責任、評価基準、キャリアパ

スを明確にすることが求められる。

仮に外国人従業員のみに対してそれらを明

確にし、日本人従業員にはあいまいなままと

した場合にどのような事態が想定されるであ

ろうか。明確に規定された職務のみを遂行す

る外国人従業員の割合が高まるにつれて、コ

ア職務を遂行しつつ状況に応じて領域外の職

務もこなすことが求められる日本人従業員と

協力して業務を遂行することが難しくなり、

組織として円滑に機能しなくなる恐れがあ

る。その一方で、日本人、外国人問わず全従

業員に明確な職務分掌を適用しようとすれ

ば、日本型組織を抜本的に変えなければなら

なくなる。

また、定年まで一社で働き続けることを想

定していない外国人は、優秀で意欲が高い者

ほど年功序列制のもとで昇進の階段をゆっく

りと上っていく方式では納得出来ないはずで

ある。リクルートワークス研究所の調査

(注34)によると、日本では平均すると38.6

歳で課長に昇進し、そこから5.4年を要して

44.0歳で部長になる(図表14)。これに対し

てアメリカでは、34.6歳で課長になってから

2.6年後の37.2歳で部長に昇進出来る。新興国

ではそのスピードはさらに速く、インドでは

29.2歳で課長、29.8歳で部長になる。それでは、

抜擢人事を外国人従業員だけに適用し、日本

人従業員には遅い昇進を維持することは可能

であろうか。

以上は、日本企業が外国人をそのまま受け

入れる場合に直面することになる問題である

が、人材のグローバル化を進めようとすると

そのほかにも様々な局面で日本型人事管理と

の整合性の問題が生じることになる。例えば、

昇進年齢(歳) 昇進年齢差(歳)

課長 部長 部長-課長

日本 38.6 44.0 5.4アメリカ 34.6 37.2 2.6

中国 28.3 29.8 1.5

タイ 30.9 32.0 1.1

インド 29.2 29.8 0.6

(資料) リクルートホールディングス「中・タイ・印・米・日の職場実態やマネジャーの意識・理想像が明らかに リクルートワークス研究所が『5カ国マネジャー調査』を発表」(プレス・リリース)2015年4月9日

図表14 平均昇進年齢の国際比較

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50 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

世界中の人材を適材適所で配置するための世

界共通の人事制度は、年功序列制とは明らか

に相容れない。グローバル経営人材の早期選

抜・育成も同様である。

一方、従業員がグローバル人材として順調

に育つと、今度は別の問題を惹起しかねない。

現在、欧米多国籍企業の間では、グローバル・

タレントを巡る世界的な獲得競争が起こって

いる。前述のエゴンゼンダーインターナショ

ナルのグローバル経営人材データベースに登

録されている日本人が1%に満たないのは、

日本人が未だこの競争の蚊帳の外にいること

を意味する。しかし、従業員がグローバル人

材として「世界のどこででも結果を出せる人

材」として国際競争力が高まると、この競争

に巻き込まれることになり、時間と労力をか

けて重点的に投資して育て上げた人材が他社

に流出するリスクが高まる。

そうした人材を自社内に引き留めるために

は、自身の成長につながるような機会や興味

の沸くアサインメントを提供するなど、仕事

内容での対応が何よりも重要であるが、それ

だけでなく報酬面で報いることも不可欠であ

ろう。グローバル・タレントの獲得競争が激

化するなかで、国際競争力のある報酬を提供

しようとすれば、ほかの従業員に比べて突出

した金額とならざるを得ない。日本企業では、

「自社の従業員は誰でも大事であり、等しく

大切にする」というカルチャーのもと、従業

員間の報酬格差は外国企業に比べて総じて小

幅である。日本の金融機関のトレーダーや

ディーラーのなかにはヘッドハント対策とし

て高額報酬を受け取っている者もいるが、そ

うした一種の専門職以外に対しても高額の報

酬を提供することは可能であろうか。

(3)日本型人事管理の利点

このように日本型人事管理について、人材

のグローバル化との整合性からみてきたが、

この観点以外でも、時代遅れである、弊害が

大きいといった批判がある(注35)。実際に

すでに多くの日本企業が賃金に成果主義的要

素を取り入れるなど、一部見直しが進んでい

る。

その一方で、日本型人事管理には多くの利

点があることを忘れるべきでない。長期雇用

慣行には、従業員に雇用の保障という安心感

と帰属意識を生じさせる、知識が企業内で蓄

積される、企業がコストと時間をかけて従業

員を育成するインセンティブとなる、などの

メリットがある。年功序列制は、こつこつと

まじめに働いていればやがては報われるとい

う安心感と、それとの表裏一体として長期間

にわたるモチベーションの維持を従業員にも

たらす。職務分掌のあいまいさ、つまり、一

応の担当は決まっていても業務領域・責任範

囲があいまいで、したがって評価基準もあい

まいであることは、自分の業務領域の殻に閉

じこもることなく自主的に領域を広げる、忙

しい同僚を助けたり欠勤者の穴埋めをしたり

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 51

する、誰の担当からも抜け落ちる業務に率先

して携わる、などの行動を後押しする。

このように日本企業にとって日本型人事管

理は、強いチームを形成する土台であるとと

もに、状況に応じた臨機応変の対応や長期的

視野に立った行動を促進するなど、組織全体

のパフォーマンス向上に貢献し得る。日本企

業の強さとして認識されてきたのは、まさに

これらの点である。例えば職務分掌のあいま

いさは、日本製品の高い技術力と安定した品

質、あるいは「おもてなし」の心につながっ

ている面が大きい。そもそも、日本型人事管

理は日本人の集団志向や安定志向と合致して

おり、心情的に受け入れやすいという点も見

逃せない。このように日本企業の強さを支え、

日本人との親和性も高い制度であるからこ

そ、たとえマイナスの側面がある、あるいは

制度疲労を起こしているにしても、全面的な

見直しには慎重姿勢が求められるのは当然と

いえよう。

一方、年功序列制は長期雇用慣行を前提に

成り立ち、あいまいな職務分掌も、その時々

の成果で厳密に評価されないからこそ成り立

つなど、相互に関連性が高い。したがって、

どれか一つを変えようとしても難しい場合が

多々ある。

(4)グローバル展開成功のための多様なパス

一部の先進事例を除けば、多くの日本企業

では人材のグローバル化への取り組みは始

まったばかりである。言語や意識の問題を少

しずつ乗り越えながら時間をかけて進めてい

き、それに伴ってグローバル展開にもプラス

の影響が及んでいくことが期待される。しか

し、取り組みをさらに進めていくと、これま

で述べてきたような日本型人事管理との整合

性の問題に直面することになり、それとどう

折り合いをつけるかが大きな課題となる。

日本型人事管理の大幅修正に踏み切る企業

もすでに現れている。2015年4月にソニー、

パナソニックは全従業員、日立製作所は管理

職を対象に年功制賃金を廃止し、従事する職

務や役割に応じて賃金が決定する職務・役割

等級を導入した。それにより従業員の意識改

革が進むとともに、優秀な人材を自社の国内

外から抜擢したり中途採用したりすることが

容易になると期待されている。実際の運用に

おいてどこまで新制度が徹底されるか現時点

では不透明であるが、仮に徹底された場合に

はほかの制度の見直しにも波及することは十

分考えられる。そうなると、これらの企業で

は人材のグローバル化が相当程度進む一方、

組織は日本型から大きく離れることになろ

う。

コマツのように、人材のグローバル化を意

図的に取捨選択しながら進める企業も出てき

ている。同社は、日本本社では外国人の採用、

海外留学制度、ビジネスリーダー研修など、

ほかの大手企業と同様の手法でグローバル人

材の育成に取り組んでいる。一方、海外現地

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52 環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59

法人のトップは現地の人材が望ましいとしな

がらも、中途採用には依存せず日本式に長期

雇用に基づきじっくり育成する方針を採って

いる。また、各地域が現地化するのであれば

地域間の人材交流は不要として、グローバル

規模での適材適所の人材配置は志向していな

い。日本本社での役員に関しては、過去に外

国人を登用した(注36)ものの言葉や文化の

壁で成功しなかった経験(注37)から、現在

では全員が日本人で占められている。

このようにみると、人材のグローバル化を

徹底して進めるという選択肢も無論、あるも

のの、それ以外にも多様な選択肢が存在する。

どのようなパスを選択するにしても重要にな

るのが、グローバル展開への影響である。人

材のグローバル化は目的ではなく、企業のグ

ローバル展開を成功させるための手段である

以上、優先すべきは自社のグローバル展開に

最大限資するようなパスを考えることであ

る。一部の論者は、日本企業における人材の

グローバル化の不徹底ぶりを批判しているも

のの、不徹底であるために維持することの出

来る強さもある。トータルでみてグローバル

展開に成功すればよいわけである。

一方では人材のグローバル化に向けた施策

のうちどの段階で何をどの程度取り入れ、何

を取り入れないか、もう一方では日本型人事

管理の何を維持し何を修正するかという、い

わば両者のベストミックスを、自社の文化、

強みや弱み、置かれた状況、目指す方向性な

どを勘案しながら選択していくことが、グ

ローバル展開の成功のために求められるとい

えよう。

(注31) 日本在外企業協会[2014]「『日系企業における経営のグローバル化に関するアンケート調査』結果報告について」2014年12月1日。なお、これに対して「かなりグローバル化している」との回答割合は9%に過ぎなかった。

(注32) 産業能率大学「第6回新入社員のグローバル意識調査」2015年9月

(注33) 国際留学生協会就職支援情報サービス「外国人留学生のための企業研究特集号2016」、2015年3月、pp.4-5

(注34) リクルートホールディングス「中・タイ・印・米・日の職場実態やマネジャーの意識・理想像が明らかに リクルートワークス研究所が『5カ国マネジャー調査』を発表」(プレス・リリース)2015年4月9日

(注35) 例えば、職務のあいまいさがオフィスという固定した場での長時間労働を招き、育児中の女性などの柔軟な働き方を阻害するとの指摘がある。(内永ゆか子「主張:働き方改革で多様性確保 業務プロセスの見える化を」日刊工業新聞、2015年8月10日)

(注36) コマツは、1997年にアメリカ現地法人社長(アメリカ国籍)の取締役への登用、2000年にゼネラル・モーターズからのヘッドハントによるアメリカ国籍の常務の登用を行った。

(注37) 経済同友会「企業のグローバル競争力強化のためのダイバーシティ&インクルージョン」2014年5月、p.34

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6. 冨山和彦[2014]『なぜローカル経済から日本は甦るのか』PHP研究所

7. 日経ビジネス[2015]「鎖国230年 開国1年 グローバルタケダの苦闘」、2015年3月2日号、pp.28-47

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日本企業の人材グローバル化に向けた険しい道のり

環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15 No.59 53

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10. 村上由紀子[2015]『人材の国際移動とイノベーション』NTT出版

11. リクルートキャリアコンサルティング[2010]「人事管理の基礎」(http://www.recruit-cc.co.jp/koyo/RandD/pdf/hrm/labo/

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