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626. 33-006. 6

同 一 胃癌 の 大 彎 側 と小 彎 側 とに お け る

発 育 の 差 異 に 関 す る実 験 的 研 究

第  2  編

発 育 状 況 の 血 流 学 的 差 異 に つ い て

(本研究の要旨は第16回日本癌学会総会及び第44回日本消化機病学会総会において発表した)

岡山大学医学部第1外 科教室(指 導:陣 内教授)

龍 治 進

〔昭和33年11月28日受稿〕

目 次

第1章  緒 言 な らび に 文 献

第2章  実 験 材 料 な らび に実 験 方 法

第1節  同 種家 兎 に つ い て の 実 験 方 法

第2節  同 一家 兎 に つ い て の 実験 方 法

第3章  実 験 成 績

第1章  緒 言 な らび に 文 献

胃潰 瘍 が 血 管 障 碍 に よ つ て発 生 す るこ と を提 唱 し,

局 所 循 環 障 碍 説 の きつ か け をつ くつ た学 者 は,ド イツ

の 有 名 な 病理 学 者Virchow(1853)1)で あ る.す な

わ ち ち 胃潰 瘍 は 胃筋 の 局 所 性 痙 攣,ま た は血 栓 や 栓 塞

に よ つ て血 液 循 環 を遮 断 され た 梗 塞 部 位 に, anoxia

に よ る抵 抗 減 弱 部 位 をつ く り,加 うる に 胃液 の 腐 蝕 作

用 が は た らい て 発 生 す る との 説 を 出 した.そ し て こ れ

はそ の後 多 数 の学 者 に よ つ て確 認 され, Infarkttheo

rieと して つ た わ つ て い る.次 に この 局 所 循 環 障 碍 説

の要 因 と し て神 経 異常 説 が あ け られ る.そ れ を提 唱 し

たの はRokitansky (1842)2)で,つ い でRosle

(1913)3)が 第2疾 患 説(Theorie des Ulkus als

zwelte Krankheit)な るも の を発 表 した.つ い で あ

らわ れ た 神 経 異 常 説 と し て有 名 な も の にv. Bergma

nn (1913, 1918)4)の 植 物神 経機 能 失 調 説(Theorie

der Disharmonie des Vegetativen Nervensyst

em. 一 名spasmogene Theorie)が あ る.こ の発 生

説 はRoβleと 同 様,胃 粘膜 筋 の 神 経 性 痙 攣 に よつ て粘

膜血 管 が 圧 迫 され,そ の結 果 生 じた 粘膜 の 貧 血 性 壊 死

に酸 性 胃液 が は た らき,さ らに潰 瘍 底 に お け る神 経 刺

戟 が 加わ るた め に 潰瘍 が 発 生 し,ま た慢 性 化 す る もの

と考 え るも の で あ る.す な わ ち 痙 攣 性 消 化 性 潰 瘍

第1節  同種 家 兎 に つ い て の実 験 成 績

第2節  同 一家 兎 につ い ての 実 験 成 績

第4章  総 括 な らび に考 按

第5章  結 論

(spasmogenes Ulcus pepticum)の 考 え方 で あ る.

こ れ は攻 撃 因子 で あ る胃液 消 化 説 と,防 衛 因 子 で あ る

局 所 循 環 障 碍 説 の2つ か らなつ て い る もの と考 え られ

るの であ る.し か して組 織 栄 食 と血 管 とが きわ め て密

接 な る関係 を有 す るこ と は従 来 よ り衆 知 の こ と で あ る

が,こ とに そ の栄 養 を司 る動脈 の状 態 は きわ め て注 日

す ベ き問 題 で あ る.胃 壁 の血 管 分布 に関 す る研 究 も19

世 紀 中 頃 に は じ ま りDisse(1904)5)が 終末 動脈 説 を

発表 す るに い た り,多 く の活 濠 な研 究 が お こ なわ れ る

よ うに な つ た.そ し てDjorup6) Jatrow7) Reeves

8) Hoffmann9) 10) Nather11) Herzog12)等 ,ま た

本 邦 に お い て も長 与13).沢 田14).長 坂15).多 米16)

等の 多 くの 業 績 が あ る.す な わ ちRoblnson (1908)

17), Brun (1913)18). Jatrou (1920)7) , Reeves

(1920)8), Berlet(1924)19)等 は 幽 門 部,小 彎 部

は血 管 分布,血 管 吻 合 が 少 な く,か つ 細 少 な 動 脈 に よ

っ て栄 食 せ られ,し た が つ て血 流 障 害 の お こ りや す い

こ と を指 摘 し, Hoffmann u Nather (1921)9)は 同

部血 管 の い わ ゆ る機 能 的 終 末血 管 に な り う る可能 性 を

強調 し, Benjamin (1951) 20)は 粘 膜 血 管 に お い て

大 轡 部 で は比 較 的 大 き いの に比 し,小 彎 幽門 部 で は比

較 的 細 い との べ, Herzog (1953)12)は 胃小 彎 て は粘

膜 層 の血 管 は 厚 い 固 有 層 筋 を通 して 漿 膜 か ら粘 膜 え達

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す る.そ して厚い固有筋層には,そ れ白体の血管不足

と,粘 膜における比較的な血管豊富とから血行障碍を

おこしやすく,こ の傾向は小彎の固有筋層が機能的,

機械的にもつとも活〓な活動を要求される事実によつ

て倍加されると説明 している.長 与(1915)13)は 小

彎,幽 門部は血管吻合が少 く,ま た左右胃動脈の血流

衝突部にあた り動脈壁に変化がおこりやすいことを発

見し,沢 田14)は 大轡壁は一般に動脈枝の分布 は豊饒

であるが,小 彎側壁領 域 い わ ゆ るWaldyer21)や

Aschoffの 胃街は血管に乏しいこと,多 米16)も 小彎

は大彎に比し,細 少な動脈によつて栄養されていると

している.ま た仲田(1936)22)は 幽門部に含血量の

乏しいことをのベている.し かしなが らUsadel23),

松本24).長 坂15)等 は否定的な態度をとつている.

さて第1編 で述ベた実験成績からして,一 体いかな

る理由によつて大彎と小彎とにおいて,か くも発育の

差異がみられたのであろうか.そ れが腫瘍周囲結合組

織増殖に因するとしても,何 故に大彎ではその増殖が

非常に高度であり,小 彎側では軽微なのであろうかと

考えた.私 は大彎と小彎の形態の差,あ るいはAsch-

off25)のmagenstraβeと いうことも一応考えてみた

か.そ れよりもむしろ ヒ述の胃潰瘍の成因説 としての

von Bergmamのspasmogene Theorieを 考 え

てみた.す なわち血管の分布はたとえ同程度であつて

も,胃 壁の攣縮による局所性貧血,ひ いては局所抵抗

減弱が小湾壁の方により張 くおこることに基因してい

るのではないかと考えて本実験を試みた次第である.

第2章  実験 材料な らび に 実験 方法

本研究に使用した実験動物は約2.3kg前 後の健常成

熟家兎で, 3倍 生理的食塩水稀釈Brown-Pearce腫

瘍浮游液 を,胃 血管を結紮切断処理し,血 行障障碍に

陥つた部 と,し からざる正常部との胃壁に,お のおの

0.2cc宛 注入し.お のおの部に形成 されたBro-wn

Pearce腫 瘍の大きさを比較するのである.通 常,腫

瘍形成時期から考えて家兎屠殺は接種 してか ら3週 間

日と定めた.摘 出された胃標本を,摘 出後体温を失な

わないうちに,た だちに大彎において開き,こ れをコ

ルク板上に引延し,形 成されたBrown-Pearce腫 瘍

の最長径,最 短径ならびに高さを計測 し,そ れを比較

検討 した.

本実験にあたつても家兎の体重,性,手 技等すベて

を考慮にいれ,で きるだけ同一条件でおこなつた.も

ちろん血管結紮切離をおこなつた末梢部は後になつて

副行稼が でき,再 び元に近き状態にもどるが,正 常な

部よりは血行障碍に陥つているものと思われる.こ と

に腫瘍が発育する初期のうちは,正 常部と大分異ると

考えられる.全 く血行が停止するともちろん壊死に陥

いり,腫 瘍自体も発育しないことは論をまたない.

第1節  同種家兎についての実験方法

3倍 生理的食塩水稀釈Brown-Pearce腫 瘍浮游液

の作成は,第1編 で述ベたのでここでは省略する.実

験せんとする家兎を固定器に仰臥位に固定 し,無 麻酔

のもとに腹部正中線において開腹,胃 を露出する.次

に大彎側実験では脾動脈の分枝である左胃網膜動脈な

らびに短動脈を約0.5~1.0糎 の間隔をおいて絹糸.で2

ヶ所結紮,そ の中点 を切断した.こ の操作を2~4本

の血管におこない,そ してその血管の末梢支配域大彎

部胃壁に3倍 生理的食塩水稀釈Brown-Pearce腫 癌

浮游液 をツベリク リン用注射器にて0.2cc注 入,対

称として何等血管の処置をほどこさない他の家兎胃の

大彎同一部位に同一株を同一量だけ注入し, 3週 間後

における発生腫瘍の大きさを比較検討した小彎側実験

においては,第 一図のごとく左胃動脈分枝にてこれら

の諸操作をおこなつた.

第1図

家 兎 正 常 胃

(a)内 臓軸動脈

(b)肝 動脈

(c)脾 動脈

(d)左 胃動脈

(e)右 胃動脈

(f)左 胃網膜動脈

(g)右 胃網膜動脈

(h)短 動脈

以上の実験における注意として新鮮な同一株 を同時

に使用すること,無 菌的にすること等は第1編 で述ベ

たと同様である.な お本実験においては個体差をでき

るだけ僅少にす るため,同 性,同 体重の家兎でおこな

つた.

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同一胃癌の大彎側 と小彎側 とにおける発育の差 異に関する実験的研究  969

第2節  同一家兎についての実験方法

Brown-Pearce腫 瘍実験 をおこなうに あたつて個

体差とゆうことは重要なことであ る.そ の意味におい

て,あ るいは同種家兎実験家兎実験をおぎなう意味に

おいて本実験をおこなつた.も ちろん本実験の方が主

体であることはゆうまでもない.前 述の実験と同様,

家兎を固定器に縛り,型 のごとく開腹,胃 を露 出す

る.ま ず前壁をみると食道を中心として左右に大きな

動脈があ り,そ れか ら多 くの分枝 を出している.す な

わちこれは左胃動脈である.家 兎左胃動脈は第1図 の

ごとく腹腔動脈からわかれ,食 道直下において左側に

大なる第1分 枝を出す.今 か りにこれ を噴 門 側 血 管

(左胃動脈噴門側分枝)と 名づける.他 方右側の本幹

を幽門側血管(左 胃動脈幽門側分枝)と 名づける.本

実験においては第2図 のごとく,こ の左胃動脈の2大

分枝の一方を分岐部より1~2糎 末梢部において結

紮離断しそれより末梢の血行を遮断 した部 分 の 胃壁

と,血 管 を,処 置 しない他方の部分の胃壁とに,あ ら

かじめ用意されたツペルクリン注射器にて3倍 生理的

食塩水稀釈Brown-Pearce腫 瘍浮游液を,お のおの

0.2cc宛 注入した.腫 瘍の発育は胃の部分によつて異

なると思われ るのて,噴 門側血管を結紮切断 した 例

と,幽 門側血管を結紮切断 した例とを交互に同数例だ

けおこなつた.結 紮切断にあたつては,前 実験と同様

約0.5~1.0糎 の間隔をおいて2ヶ 所絹糸で結紮,そ の

中心部を切断した.そ してその血管支配域にBrown-

Pearce腫 瘍浮遊液を注入する場合には,で きるだけ

血管に囲まれた部分を選び,漿 膜下に丘斑を作り,後

全層にわたり全量を静かに注入した.ま た全例におい

てできるだけ同一部位 と思われたところに お こ な つ

た.本 実験においても前実験と同様,新 鮮な同一株て

同時に無菌的におこなう等,で きるだけ条件 を同一に

しておこなつた.

第2図

血管結紮切離による実験方法

(同一家兎)

幽門側血管切離例  噴門側血管切離例

第3章  実 験 成 績

私が実験に使用した家兎48例について,血 管結紮処

置した例(部)と,無 処置の正常な例(部)と におけ

る腫瘍の大きさを比較すれば,第1表 と第2表 に示す

ごとくである.

第1表  血管結紮切離によるBrown-Pearce

腫瘍の発育状態の研究(同 種家兎)

第2表  血 管 結 紮 切離 に よ るBrown-Pearce

腫瘍 の発 育状 態 の研 究(同 一家 兎)

腫 瘍 最 長 径  Ocm(-)  1.0~2.0cm(++)

0.1~0.5cm(±)  2.0~3.0cm(+++)

0.5~1.0cm(+)  3.0cm以 上(++++)

第1節  同種 家 兎 に よ る実 験 成 績

本実 験 に あ た つ て は,個 体 差 とい う こ と を と く に考

慮 して,同 種,同 色 の2.3kgの 雄 家 兎 を使 用 した.

そ して 大彎 側 で お こ な つ た12例 を小 彎 側 でお こ な つ た

12例 とは,お の お の 全 部 同 時 に 同 一 株 で 同 一 量 だ け接

種 した.す なわ ち あ らゆ る条 件 を揃 え て す る よ う と く

に気 をつ け た.

実 験 成 績 を 示す と第1表 だ け で み る ご と く,遮 断 部

と非 遮 断 部 と では と く に い ち じ る しい 差 異は み らな か

つ た が.一 般 に 遮 断 した例 に お い て 大 きな 腫 瘍 を形 成

す る傾 向 に あ つ た.す な わ ち大 彎 側 実 験 に お い て,

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0.5cm以 上の腫瘍を形成したのは,遮 断 例で4例,

非遮断例(正 常例)で2例 であつた.小 彎側実験にお

いて1.0cm以 上の腫瘍を形成したのは,遮 断例で3

例,非 遮断例(正 常例)で2例 であつた.し かしても

ちろん一般に小彎側に形成された腫瘍の方が発育が大

なる傾向にあつた.

第2節  同一家兎による実験成績

本実験では個体差を全くなくするために同一家兎で

おこなつた.す なわち血行遮断部と非遮断部とにおけ

る腫瘍発育の差異は,第2表 に示すごとくである.こ

の場合,最 短径に比しとくに最長径が長いとか,あ る

いは高さが高いとゆう例外がなく,大 体最長径に比例

したほぼ半球状の腫瘍 を全例において形成 したので,

便宜上その最長径をもつて比較検討することとした.

すなわちまつたく腫瘍形成をみなかつたもの(-),そ

の最長径0.1~0.4糎(±),0.5~0.9糎(+),1.0~1.9

糎(++),2.0~2.0~2.9糎(+++),な らぴに3.O糎 以上の

ものを(++++)と した.表 でみ るごとく24例 中遮断部に

大きな腫瘍 を形成したもの16例 と圧倒的に多く,逆 の

ものはわずかに4例 であつた.ま た同一例も4例 にす

ぎなかつた.し かして非遮断部に大きな腫瘍を形成 し

た例-では,そ の差はごく僅少なるに比 し,遮 断部に大

きな腫瘍を形成 した例では第1例 のごとく一般にその

差か大であつた.ま た概して幽門側は噴門側に比し大

きな腫瘍を形成 した.

第4章  総括 な らび に考 按

胃壁血管系,こ とに動脈系に関する研究は従来多く

の学者によつて解剖学的,あ るいは病理学的の立場か

ら数多く発表されている と こ ろ で あ るが, 1904年

Disse5)が 終末動脈説を発表す るにいたり,こ の方面

の基礎的研究が樹立きれ,そ の後数多くの研究がおこ

なわれたことは緒言でも述ベたごとくであるが,こ れ

を要約すれば,多 くの学者は小彎,幽 門部が大彎部に

比し,血 管分布,血 管吻合な らびに血管の大小の点か

ら血流障碍 をおこしやすいことを述ベている.し かし

てvon Bergmamのspasmogene Theorie4)か

らして,胃 小彎部は粘膜筋層の痙攣により血流障碍 を

おこしやす く,加 うるに前記のごとく先天的に血流の

僅少とがあり,ま すます血行障碍 をおこし,局 所的貧

血 を惹起 し,ひ いては局所抵抗が減弱されるものと思

われる.私 は胃潰瘍が癌に移行する場合にもなんらか

の形でこの血流障碍が関係 しているの-ではなからろう

かとも思つている.私 の実験においても前述したごと

く,あ きらかに血行遮断をした側において発育が大で

あつた.こ の胃血管結紮をおこなつて,そ の支配域に

潰瘍があごるか,お こらないかとゆう研究 も多 く あ

る.す なわちBraun(1908)26), Alberts)1914)27)

等は胃血管±/5を結紮しても壊死は起らないといい,こ

れに反しBerg(1947)28)は ラツテにおいて幽門部,

胃底部に流入する血管を結紮して同部に潰瘍形成をみ

ている.藤 本(1956)29)も ラツテで血管結紮により潰

瘍が好発しやすくなると述ベている,し かしながら一

般に現在では胃においては,血 管豊富なため結紮によ

つて潰瘍,壊 死の発生することについては否定的な態

度がとられている.こ のことは日常我々外科医の経験

するところである.し かしながら私の実験 に お い て

は,血 管結紮をおこない,ご く短期間の腫瘍の発育経

過 をみるのであるか ら,そ の間正常側に比 し,あ る程

度の循環障碍があるとみてよいものと思う.し からば

血行障碍がおこつたならば何故腫瘍の発育がよくなる

のか?こ のことは宿主の抗癌反応の1つ と考えられる

腫瘍周囲結合組織の増殖が減弱するためではないかと

思われるが,一 方1955年Warburg30)が また新しく

その癌発生説において酸素の欠乏をあけているが,こ

のこととも照し合せて考えてみると非常に興味深く思

われる.づ.な わちWarburgは 酸 素の 欠乏がつづく

と体細胞に非可逆的な呼吸障碍が起り,こ の細胞に酸

素を与えてももはや呼吸が充分にできない.で変性一壊

死に陥 る.一 部の好条件に恵まれた細胞は〓酵によつ

てエネルギーを取つて生きる術を習得し,〓 酵による

エネルギー代謝で生活す る細胞は,種 族発生ならびに

個体発生学的にみて未分化な細胞である.故 に好条件

に恵まれた細胞は分化が止 り癌細胞に変るというので

ある.

次に私は小彎側に発生した癌が悪性 な る理 由とし

て,そ の解剖学的特異性をあけたい.す なわち同部は

反芻動物の食道溝(Schlundrinne)に 相当す るもの

と考えられ(K. A. Bauer)31).ま たいわゆるWal

deyer (1908)21)のmagenstraβeを 形成 し,食 餌に

よる機械的刺戟 をうけやすく,上 述の血管,神 経の特

異性か らか,あ るいは小彎粘膜は下層に対 し可動性が

少 く,また小彎壁は他に比 して厚く,また小彎は大彎に

比 して短いため,た とえ大,小 彎同程度にspasmusが

起つたとしても.小 彎側血管の方がより強く循環障碍

をおこすことは論をまたない.ま た小彎部は肝,膵,

脊椎および大動脈からも圧迫をうけやすく, Aschoff

のいわゆる胃狭部(Isthmus ventriculi)で は機能

的収縮により,食 餌の停滞がおこりやすく,し たがつ

て粘膜は機械的刺激をうけやすい等の解剖学的特異性

により,ま すます癌発育を助長し,そ の悪性度を増す

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同一胃癌の大彎側と小彎側とにおける発育の差異に関する実験的研究  971

ものと考えられる.

以上要するに私は同一胃癌組織でもその大彎側にお

いて発育が限局性であり小彎側では発育が浸潤性で旺

盛でより悪性 となる傾 向のあることがわかつた.こ の

理由については癌組織そのものにその原因を求めるよ

り,む しろ生物学的に宿主の抗癌反応の1つ と考えら

れる腫瘍周囲結合組織増殖(間 質反応)が 小彎におい

てより弱いため と思われ,し かしてこの主因は機能的

に胃壁の攣縮による血行障碍のため局所性貧血をきた

し,ひ いては局所抵抗減弱を招来することが大彎側よ

りも癌の発育 を容易ならしむる重大な役割を演じてい

るものと推察 される.そ して小彎側は大彎側に比し血

管の分布な らびに吻合が少いことにより,こ のことか

倍加され るのでなかろうか.も ちろん解剖学的特異性

による機械的刺激も見逃すことのできない重要な因子

の1つ と考え られ る.結 局小彎側では大彎側 よりも胃

壁の攣縮の強いため,か かる結果を招来するものでは

ないかと考えている.ま た私は上記実験成績から推察

して当然腫瘍周囲結合組織増殖(間 質反応)の 抗腫瘍

性を当然是認 してよいと考えるのである.そ して癌発

育に関しては,宿 主の防禦力というものが,そ の運命

を左右することが大であるといつてよいと思 う.

第5章  結 論

前編において同一胃癌で,大 彎側に比し小彎側の悪

性なる理由として,腫 瘍周囲結合組織増殖の微弱があ

げられた.私 はその主因として,胃 潰瘍の成因説であ

るvon Bergmannのspasmogene Theorie,す な

わち胃壁の攣縮による局所性貧血が小彎側の方により

強 くおこることに基因 しているのではな い か と考え

た.そ こ.でこれを実験的に裏付けんがため,本 研究 を

試みた.

すなわち家兎を用い,そ の胃の相憐れる2本 の血管

のうち, 1本 を結紮切離し,血 行障碍に陥らしめた部

と,然 らざる部とにそれぞれ同量 のBrown-Pearce

腫瘍浮遊液を接種してみたところ,局 所性循環障碍に

陥つた部に大きな腫瘍を形成し,そ の発育が旺盛なる

ことを知つた.す なわち大彎側に比し小彎側の悪性な

る原因の1つ として胃壁の攣縮による局所性貧血が重

大な役割を演じているものと信ずる.

稿を終るに臨み終始御懇篤なる御指導と御校閲を賜

つた恩師陣内教授に深識す.

参 考 文 献

1) Virchow, R.. Virch. Arch., 5, 281,•`289,

853.1

Virchow, R.: Virch. Arch., 5, 361•`375,

1853.

2) Rokitansky, C.:"Handbuch der speziellen

Pathologischen Anatomie," II. Bd, Braun

ulbr and Seidel, 1842.

3) Rossle, R.: Deutsche Med. Wschnschr., 38,

1766, 1912.

Rossle, R.: Miff. Grengged. Med. Chir., 25,

1913.

4) v. Bergmann, G.: Berl. klin. Wchnschr.,

51 2374•`2379, 1913.

v. Bergmann, G.: Berl. klin. Wchnschr.,

55, 524•`528, 1918.

5) Disse: Archi.f. mikro. Anat., 63, 512•`531,

1904.

6) Djorup: Zeitschrift. f. Anat., 64. 279•`347,

1922.

7) Jatrou, St.: Deutsche Zeitschr. f. Chir., 159,

191•`223, 1920.

8) Reeves. T. B.: Surg. Gyneco. and obst., 30.

374•`385, 1920.

9) Hoffmann u Nather: Arch. Klin. Chir., 115,

201•`225, 1921.

10) Hoffmann: Arch. Klin. Chir., 194, 503•`515,

1939.

11) Nather: Klin. wschr., 2, 245•`249, 1923.

12) Herzog, W.: Zentralbl. f. Chir., 78, 1213

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Herzog, W.: Brun's Beit. klin. Chir., 188,

236•`246, 1954.

13) 長 与:日 本 病 理 学 会 誌, 4, 157~166, 1915.

14) 沢 田:日 本 外 学 会 誌, 41, 803~804, 1940.

15) 長 坂:日 本 外 科 学 会 誌, 51, 184~191, 1950.

16) 多 米:日 本 外 科 宝 函, 5, 1~31, 1928.

17) Robinson, Byron: The arteries of the

gastric intestinal tract with inoculation

circle, 1908.

18) Hans Brun: Beitr. Z. Klin. Chir., 84, 305

•` 338, 1913.

19) Karl Berlet. Frankfurter Zeitschrifu fur

Page 6: 同一胃癌の大彎側と小彎側とにおける 発育の差異に関する実験 ...ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/1/19229/... · 2020. 8. 7. · (spasmogenes Ulcus pepticum)の

972  龍 沼 進

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Part 2. On differences of blood stream influencing

upon growth of cancer.

Rabbits were used for this experiment. One of the neighbouring arteries of the stomach

was ligated and cut. Thus the distubance of bloodcirculation was made. Then the same

amount of suspension of Brown-Pearce tumor was injected into the injured and the other

intact part. In the former with local circulating a bigger tumor was built, which grew

strongly.

From this fact the author believes that, as one one the reason why the stomach cancer

is more malignant in the lesser curvaure than in the greater curvature, the stasm of the

stomach wall is Playing an important role.

第  3  図

A B

同一家兎における血管結紮切離による実験写真.→ がBrown-Pearce腫 瘍を示 し, Aで は幽門

側を, Bで は噴門側 をそれぞれ血管結紮切離した