北海道立衛生研究所で行った糸状菌(カビ)の検査状...
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北海道立衛生研究所で行った糸状菌(カビ)の検査状況(2005 ~ 2009)
Implementation Status of Fungal Examination in Hokkaido Institute of Public Health (2005 ~ 2009)
清水 俊一 森本 洋 池田 徹也 山口 敬治
Shunichi Shimizu, Yo morimoto, Tetsuya ikeda and Keiji Yamaguchi
Key words:fungi(糸状菌);food complaint(食品苦情);identification of the fungi(真菌の同定)
真菌は糸状菌(カビ),酵母,キノコの総称であり,ツボカビ門,接合菌門,子のう菌門,担子菌門,及び有性生殖が認められていない不完全菌類からなり,現在80, 000 種以上が知られている.そのうちカビは,接合菌門,子のう菌門,不完全菌類からなり,接合菌門のカビとしては,Mucor 属(約 50 種),Absidia 属(約 20 種),Rhizopus 属(約 10 種)などがあり,子のう菌門のカビでは,Eurotium 属(約 20 種),Eupenicillium 属(約 40種),Monascus 属( 8 種)など,また,不完全菌類では,Penicillium 属( 約 300 種 ),Aspergillus 属( 約 200 種 ),Fusarium 属(約 50 種),Cladosporium 属(約 50 種)などがある. カビの検査は,その特性から分生子が飛散しやすく検査室内を汚染する可能性が高いこと,また,培養に時間がかかること,カビが形態によって分類されるため同定が難しいことなどが理由で,道内ではほとんどの検査施設において行われていないのが現状である. しかし,道内の保健所に届け出のあった食品苦情件数をみてみると,2005 年度は 1, 356 件中 64 件,2006 年度は1, 476 件 中 65 件,2007 年 度 は 2, 723 件 中 90 件,2008 年度は 2, 689 件中 106 件と増加の傾向にあり,また,食品以外のものでもカビの苦情が多く見受けられる.このような中,カビの検査を実施している北海道立衛生研究所に対し,カビの相談,検査依頼を行う業者が増加している. そこで,北海道立衛生研究所で行ったカビの検査について 2005 年度から 2009 年度の 5 年間に行政検査,依頼検査及び相談で持ち込まれたカビを疑う検体の検査状況について取りまとめたので報告する.
材 料 及 び 方 法
1.材 料 2005 ~ 2009 年度に北海道立衛生研究所に持ち込まれたカビの検査検体 76 件について調査した.
道衛研所報 Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health, 60, 49-52(2010)
2.方 法 検体は,まずそのまま実体顕微鏡により確認を行い,一部を光学顕微鏡観察用に採取し鏡検した.これにより,菌糸,分生子等のカビの構造物が認められたものについてポテトデキストロース寒天培地(PDA),ジクロラン・グリセリン 18 寒天培地(DG18)にそれぞれ接種し一次培養を行った.また,変色米など実体顕微鏡,光学顕微鏡でカビの確認ができない検体については,表面を滅菌水で数回洗浄した後,破砕してそれぞれの培地に接種した. 一次培養は,25℃で 3 ~ 21 日培養した.変色米などの顕微鏡観察で菌糸確認ができなかったものについては,21日間培養してコロニーが認められなかった場合,カビ不検出とした.初期培養においてコロニーの形成が認められた時点で,PDA,DG18,麦芽エキス寒天培地(MEA),ツァペック酵母エキス寒天培地(CYA)の 4 種類の培地を基本として,DG18 での発育がよく PDA での発育が悪いものについては,25%グリセロール・硝酸塩寒天培地
(G25N)などの好乾性カビ用培地を追加し,巨大コロニー作成を行った.培養は 25℃で 14 日から 21 日間行い,培養途中数日おきにコロニーの大きさ,色調,性状を確認した.また,初期培養を行った培地から,顕微鏡用標本を作製し位相差顕微鏡により菌糸,分生子,分生子形成細胞などの確認を行った.同定に当たっては参考書籍1–8)を基に可能な限り種までの同定に努めた.
結 果 及 び 考 察
年度別検査検体数は図 1 のとおりである.検査検体数は増加の傾向にあった.特に 2008 年度に増えたのは,事故米の不正流通問題でカビ毒が取りざたされ,消費者がカビに対し敏感となったためと思われる.また,月別での搬入検体数は,図 2 のとおりである.検体は 8 月,9 月,10 月に多くなっていたものの,年間を通して搬入されていた. 検体を種類別で見ると,菓子・パン類が最も多く 15 検体,次に野菜・果物類 7 検体,米 7 検体,チーズ 4 検体,
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その他の食品 20 検体であった.また,食品以外の検体も23 検体持ち込まれた(図 3 ).菓子・パン類では,カステラ,クリームロール,和菓子,ポテトチップなどが搬入され,野菜・果物類では,グレープフルーツ,ライチ,ブナシメジ,ゴーヤなどであった.また,その他の食品としては,ソーセージ,塩ウニ,薄揚げ,納豆,ジュースなどが搬入された.食品以外では,保冷剤,アルミホイル,壁紙,ハンドクリーム,ワインコルク,段ボールなどがあった.これらの検体のうち,カビが確認されたものは 70 検体,カビ以外のものが 6 検体(菓子・パン類が 3 検体,米が 1 検体,食品以外が 2 検体)であった. カビが確認された 70 検体からは 14 属 77 株が検出された(図 4 ).検出率では,Penicillium 属が最も多く 28株,次いで Aspergillus 属が 14 株,Cladosporium 属が 11株,Eurotium 属 が 4 株,Mucor 属,Scopulariopsis 属 がそ れ ぞ れ 3 株,Wallemia 属,Alternaria 属,Fusarium属,Geotrichum 属 が そ れ ぞ れ 2 株,Phialophora 属,Colletotrichum 属,Ulocladium 属,Phoma 属 が そ れぞれ 1 株であった.また,すべての培地で菌糸のみの発育のため同定できなかったものが 2 株あった.検体別で検出されたカビは図 5 のとおりで,菓子・パン類で は,Cladosporium 属 が 最 も 多 く, 次 い で Eurotium属,Wallemia 属,Penicillium 属が検出された.野菜果物 類 で は Penicillium 属,Aspergillus 属,Alternaria 属,
Colletotrichum 属, 米 で は Penicillium 属,Aspergillus 属,Mucor 属,Eurotium 属, チ ー ズ で は,Penicillium 属,Geotrichum 属,Scopulariopsis 属が検出された.また,1検体から複数のカビを検出したものが 7 検体あった. 菓子・パン類では,他の食品では検出されないか,検出率の低い Eurotium 属,Wallemia 属などのカビがみられた.これらのカビは,好乾性菌類であり,和菓子,ジャムなど水分活性の低い食品に発生することが知られている1,2).カビが発育するためには,酸素,水分,栄養分,温度が必要であり,これらの要素を 1 つでも取り除ければ,カビの発育を抑えることができる.酸素については,酸素濃度が 0. 1%以下になればほとんどのカビが発育できなくなる1).近年,脱酸素剤の普及によりカビの発育を抑制できるようになってきた.しかし,包装材のピンホール,シール不備,脱酸素剤の取り扱い不良によるカビの発生があり,さらに低酸素分圧でも発育可能なカビもある.水分活性が 0. 8 Aw 以下では多くのカビが発育しないものの,Wallemia 属などのような好乾性のカビは発育する.また,低酸素分圧状態や低水分活性状態においても,カビの胞子・分生子は死滅するわけではなく,発育できる環境になれば発育しはじめるので,いかに胞子,分生子を付けないようにするかが重要となる. 一部のカビを除けば,一般的にカビは熱に弱く 70℃,10 分程度の加熱で死滅する1,3).製造工程に加熱工程があ
図1 年度別検体数
図2 月別検体数
図3 搬入検体の種類
図4 菌種別検出数
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る加工食品では,加熱工程後において何らかの理由で胞子・分生子が付着し,その後の温度管理や水分活性の上昇などで増殖したことが,カビの発生原因の大部分を占めると思われる.付着原因としては,施設内の浮遊真菌,製造機器のカビ汚染,非加熱の原材料に元々付着していたものなどが考えられる.水分活性が 0. 3 Aw 前後のポテトチップスにはカビの発生は考えにくいが,そのポテトチップスにカビが発生した事例では,油で揚げた後の放熱の段階で数枚のポテトチップスが重なり合い,そこに水分が付着したため水分活性が上昇しカビ発生の要因となった.施設内の浮遊真菌については,1 m3 当たり 60 ~ 70 個のカビの胞子・分生子が浮遊しているとの報告もあり9),食品への胞子・分生子の付着要因として十分留意する必要がある. カビの同定は,定められた培養日数でのコロニーの直径,表面の性状(フェルト状,羊毛状など),表面の色調,裏面の色調などの比較,顕微鏡による分生子形状,分生子形成部位の特徴,有性生殖(子のうの形成,接合胞子の形成)の有無などを確認し行う.この 5 年間で検
査を行ったカビで種の同定ができたのは,Penicillium属で28 株中 23 株(P. chrysogenum,P. citrinum,P. brevicompactum,P. corylophilum,P. viridicatum,P. solitum,P. roqueforti,P. restrictum,P. expansum),Aspergillus 属で 14 株中 8 株(A. versicolor,A. fumigatus,A. penicillioides,A. restrictus,A. clavatoflavus,A. niger),Cladosporium 属で 11 株中 10 株(C. cladosporioides,C. macrocarpum,C. herbarum),Scopulariopsis 属で 3 株中 2 株,Eurotium 属,Mucor 属,Wallemia 属ですべて,Alternaria 属で 2 株中 1 株であった.種の同定は,培地上の性状のほかに,顕微鏡による形態の違いが重要となる.Penicillium 属では,ペニシリがフィアライドのみなのかメトレがあるのか,また,メトレの下部で分岐するのかなどの形態を確認して同定する(図 6 ).また,Aspergillus属では,分生子頭がフィアライドのみなのかメトレがあるのか,円柱状なのか放射状なのか,頂のうが球形なのか棍棒状なのかなどの形態を確認して同定する(図 7 ). 培地上での性状において,特に色調については参考書籍
図5 検出された菌種(属)の検体別の数
図6 Penicillum 属の顕微鏡写真○内 :ペニシリ太矢印:フィアライド細矢印:メトレ
図7 Aspergillus 属の顕微鏡写真○内 :分生子頭太矢印:頂のう細矢印:フィアライドとメトレ
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の多くが白黒写真で,文字による記載のため微妙な色の違いが解りづらい.また,培地により発育速度,コロニーの性状,色調が異なる場合があり同定を難しくしている要因である.例えば,Penicillium 属の一部の種においてはCYA と MEA,PDA でコロニーの色調が全く異なり,参考図書で使用されている培地と同じ培地での比較が必要となる.これらのことから,現在,4 種類の培地を基本として使用し,培地の組成の違いによる発育への影響を極力抑えるために市販培地を中心に使用している. カビの同定は,その発生原因を究明し衛生対策を行う上で重要であるが,形態の観察による同定は培養時間がかかり迅速な対応にはつながらない.近年,シーケンスなどの遺伝子レベルでの同定が進み10),短時間で菌種の同定が可能となったが,現行の方法では種を明確に区別できないこともあり,コロニー性状などを確認せずに同定を行うと誤同定につながるおそれがある.また,シーケンスを行うためには,高額な機器の準備と 1 検体当たりの費用が高く,食品の汚染原因を究明するには不向きである.これらのことを考えると短時間で安価な同定方法の検討が必要であると考える.
文 献
1)宇田川俊一:食品のカビ汚染と危害,幸書房,東京,2004 2)宇田川俊一,松田良夫:食品菌類ハンドブック,医歯薬出
版,東京,1984 3)社団法人日本食品衛生協会:カビ対策ガイドブック,社団
法人日本食品衛生協会,東京,2007 4)Pitt JI, Hocking AD:Fungi and Food Spoilage Second
Edition, Blackie Academic & Professional, London, 1997 5)Ellis MB:Dematiaceous Hyphomycetes, Cab International,
England, 1993 6)Raper KB, Fennell DI:The Genus Aspergillus, The
Williams & Wilkins Company, Baltimore, 1965 7)Raper KB, Thom C:A Manual of The Penicillia, The
Williams & Wilkins Company, Baltimore, 1949 8)Booth C:The Genus Fusarium, Commowealth Mycological
Institute, England, 1971 9)諸角 聖,藤川 浩,和宇慶朝昭,千葉隆司:東京健安研
セ年報,55,3–12,200410)千葉隆司,和宇慶朝昭,諸角 聖,矢野一好,甲斐明美,
山田澄夫:東京健安研セ年報,57,159–163,2006