年度「開発経済学...

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1 2017 年度「開発経済学 A」講義ノート 開発経済学とは何か? ●「開発」をどうとらえるか? 本講義では「開発」を「貧困からの脱却」とする。 →経済的な貧しさから抜け出すこと →貧困と生活の質は相関している。 以下のデータはすべて World Bank HP から引用したものである 平均寿命 2000 2005 2010 World 67.2 68.3 69.6 High income 77.6 78.7 79.8 Middle income 66.6 67.7 69.1 Low income 54.7 56.7 58.8 1 人当たり GDP(ドル表示) 2000 2005 2010 2011 World 5285.0 7029.1 9166.2 10035.1 High income 25195.2 33073.9 38254.9 41062.5 Middle income 1293.3 2029.9 3964.2 4580.9 Low income 257.6 333.6 525.8 578.8 1 人当たり GNIPPP ドル表示) 2000 2005 2010 2011 World 6881.18 8772.03 11015.07 11548.89 High income 26682.17 32698.09 37321.91 38523.64 Middle income 3116.44 4495.15 6700.50 7214.31 Low income 714.42 943.91 1295.89 1370.18 これらのデータから分かること。 (1)高所得国と最貧国の所得格差が大きい 1 人当り GDP では約 60 1 人当り GNI では約 30

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2017 年度「開発経済学 A」講義ノート Ⅰ 開発経済学とは何か? ●「開発」をどうとらえるか? 本講義では「開発」を「貧困からの脱却」とする。 →経済的な貧しさから抜け出すこと →貧困と生活の質は相関している。 以下のデータはすべて World Bank の HP から引用したものである 平均寿命 2000 2005 2010

World 67.2 68.3 69.6

High income 77.6 78.7 79.8

Middle income 66.6 67.7 69.1

Low income 54.7 56.7 58.8

1 人当たり GDP(ドル表示) 2000 2005 2010 2011

World 5285.0 7029.1 9166.2 10035.1

High income 25195.2 33073.9 38254.9 41062.5

Middle income 1293.3 2029.9 3964.2 4580.9

Low income 257.6 333.6 525.8 578.8

1 人当たり GNI(PPP ドル表示) 2000 2005 2010 2011

World 6881.18 8772.03 11015.07 11548.89

High income 26682.17 32698.09 37321.91 38523.64

Middle income 3116.44 4495.15 6700.50 7214.31

Low income 714.42 943.91 1295.89 1370.18

これらのデータから分かること。 (1)高所得国と最貧国の所得格差が大きい →1 人当り GDP では約 60 倍

1 人当り GNI では約 30 倍

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(2)1 人当りの所得の大きさと平均寿命が比例している。 →高所得国で平均寿命が最も高く、最貧国で最も低い。 地域別にみる(データは上と同じ世銀の HP から引用) 平均寿命 2000 2005 2010

East Asia & Pacific 70.0 71.0 72.2

Latin America 71.6 72.9 74.1

Middle East & North Africa 69.4 70.8 72.0

Sub-Saharan Africa 49.7 51.6 54.2

1 人当たり GDP(ドル表示) 2000 2005 2010 2011

East Asia & Pacific 952.2 1626.5 3898.6 4717.3

Latin America 4004.0 4869.6 8646.7 9585.7

Middle East & North Africa 1562.7 2089.4 3630.4

Sub-Saharan Africa 504.0 855.3 1320.1 1444.0

1 人当たり GNI(PPP ドル表示) 2000 2005 2010 2011

East Asia & Pacific 2367.1 3857.3 6588.2 7265.9

Latin America 6737.7 8423.0 10911.4 11581.9

Middle East & North Africa 4927.5 6392.9

Sub-Saharan Africa 1298.1 1658.4 2131.5 2218.8

これらのデータからわかること (1)地域別にみて経済発展は一様ではないことが分かる。 →東アジアでは経済発展が顕著である。 サブサハラアフリカでは経済は停滞したままである。 (2)(1)より、貧困も平均寿命も東アジアでは改善が著しいが、サブサハラ

アフリカではこれらの指標もあまり改善されていない。 <本講義の目的> このような現状を踏まえて、この「貧困からの脱却」、つまり途上国の経済発

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展を経済学の枠組み(理論)で考える。さらにはその枠組み(理論)を使って、

どのような開発のための手だて(政策)を打ち立てなければならないかを考察

する。 つまり、途上国の低開発の原因を経済学の観点から考察した上で、その結果

を踏まえて、途上国の経済開発を考察する。前期では前半の低開発の原因を経

済学の観点から分析する。後期ではその結果を踏まえて、途上国の経済開発戦

略について分析する。 注):先進国(例えば日本)の「貧困」との違い →絶対的貧困と相対的貧困 ●開発経済学は応用科目である。 →ミクロ経済学、マクロ経済学の基礎知識を前提とする。できるだけフォロー

はするが、事前に学習していることが望ましい。 Ⅱ 経済成長の要因と新古典派経済成長論 ●概略 生産活動は、労働力、資本ストックを使ってなされる。生産された付加価値

は、生産に携わった人々、労働者と資本の所有者に分配される。 生産手段を提供する見返りとして所得を得た労働者や資本の所有者は、その

うちのいくらを消費するが、残りは貯蓄する。この貯蓄は金融仲介を通じて、

生産者の投資となる。 経済の中では、資本ストック→生産→所得→貯蓄→投資→資本ストックとい

う循環によって持続的な生産活動が可能となる。 ●ソローモデル 新古典派成長理論の特徴は、市場メカニズムが働いて、生産要素(資本と労

働)が 100%雇用されるようにつねに調整されていることを想定している。 ソローモデルは生産関数と資本蓄積方程式の2つの式を中心に構成されている。 復習:生産関数

生産関数とは、投入(input)がどのように結合して産出(output)を生産す

るかを示している。モデルの単純化のため、投入を資本 K と労働 Lの 2 つとし、

産出量をY と表すことにする。「生産関数(production function)」はコブ=ダグ

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ラス型であると仮定され、

( ) 1,Y F K L K Lα α−= = (1)

ここでα は 0 と 1 の間の数である。この生産関数は「規模に関して収穫一定」

であるとする。 問題 0 「規模に関して収穫一定」を説明しなさい。

(1)式の生産関数を 1 人当りに直す。つまり、労働者 1 人当りの産出量YyL

≡ 、

労働者 1 人当りの資本KkL

≡ とすると、(1)は

y kα= (2)

となる。 問題 1:縦軸に y 、横軸に k を取り、(2)式のグラフを書きなさい。 ソローモデルの資本蓄積方程式は次の通りである。 K sY Kδ= − (3) (3)より、資本ストック K の変化は総投資額 sY から生産の過程で起こる資本

の減耗 Kδ を引いた額になる。 (3)の詳細

① 左辺:「期間」当りの資本ストックの変化 1t tK K −− を連続時間についての量

として表したものである。本講義では、時間について微分した変数を「ドット

(・)」を付けて表す。

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dKKdt

=

②右辺第 1 項:総投資額を示す。ソローモデルでは、労働者でもあり消費者で

もある個人は、その所得、すなわち賃金と資本収入(レンタル収入)の合計

Y wL rK= + の一定割合 s を貯蓄するものと仮定されている。この経済は、国際

取引がない閉鎖体系であるので、そこでは貯蓄と投資は等しい。この経済での

投資はすべて資本の蓄積に充てられる。 復習「国際取引がない閉鎖体系であるので、そこでは貯蓄と投資は等しい」 簡単化のため、海外部門と政府部門がないとすると、マクロ経済学の三面等

価の原則より、総供給Y は Y C S= + であり、総需要 DY は

DY C I= + となる。したがって、総需要と総供給が等しくなる財市場の均衡では S I= が成立する。この財市場の均衡は常に価格メカニズムが働いて保持されるもの

とする。 以上から I S sY= = となる。 ③右辺第 2 項:生産に際して生じる資本ストックの減耗を表している。ここで

は、毎期資本ストックのある一定割合δ (デルタ)が減耗するとしている。 資本蓄積方程式を 1 人当りの資本の関数として書き換える。 ここでは、労働力率は一定であり、人口増加率はパラメータ nによって所与とさ

れているとする。この場合、労働力の成長率LL

もまた nとなる。

以上の準備の下で、(3)と数学の補習ノートより、(3)を労働者 1 人当りの

関数としての資本蓄積方程式は

( )k sy n kδ= − +

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となる。 つまり、投資による新たな 1 人当りの資本ストックの増加分は 1 人当り貯蓄

に等しく、それは一定割合(貯蓄率)に 1 人当り生産量を掛けたものに等しい。

そして、1 人当り資本ストックは資本減耗率と人口増加率を足した一定の割合で

毎年減っていく。 問題 2:数学の補習ノート等を参照して、(3)式から上記の 1 人当りの資本蓄

積方程式を導出して、(5)式になることを確認せよ。 ソローの経済成長モデルの2つの基本方程式を再掲すると

y kα= (4)

( )k sy n kδ= − + (5)

問題 3:(4)を(5)式に導入して、横軸に k を取ることで、(5)の右辺の第

1 項(1 人当り投資)と第 2 項(労働者 1 人当り資本を保持するために必要とさ

れる労働者 1 人当りの新規投資額)のグラフを同じ図(同じ平面)で描きなさ

い。 問題 3 の 2 つの曲線の差が 1 人当りの資本量の変化となる。 この変化がプラスであって、その経済の労働者 1 人当り資本量が増加している

ときは、「資本の深化(capital deepening)」が起こっている。 →内包的成長(intensive growth) この変化がゼロであって、しかもその経済全体の資本ストック K が人口増加に

応じて増加しているときは、「資本の拡大(capital widening)」が起きていると

いう。 →外延的成長(extensive growth) 投資による増加分と減耗と人口増による減少分が一致している状態を定常状態

という。 問題 4:問題 3 のグラフから定常状態における 1 人当り資本量を求めなさい。

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ソローモデルを用いた比較静学 復習:比較静学 モデルがいろいろなパラメータの変化にどう反応するかを調べるものである。

つまり、ここでは、パラメータの変化前と変化後で定常状態における 1 人当り

資本量がどのように変化するかを調べる。 問題 5:投資率 s の増加の影響を問題 3 のグラフを使用して、論述せよ。 問題 6:人口増加率 nの増加の影響を問題 3 のグラフを使用して、論述せよ。 (4)と(5)から定常状態での 1 人当り資本量と産出量を求めると、

11* sk

δ− = +

1* syn

αα

δ− = +

となる。 この 2 つの式から、以下のことが分かる。 (1)貯蓄・投資率が高い国は労働者 1 人当りより多くの資本を蓄積する。し

たがって、労働者 1 人当り産出量も大きい (2)人口成長率の高い国では、増大する人口に対して資本・労働比率を一定

に保つだけのために、貯蓄率が高くなければならない。このように資本拡大が

必要とされるため、資本深化はそれだけ難しくなり、労働者 1 人当り資本の蓄

積が小さくなる。したがって、労働者 1 人当り産出量も小さい。 政策の効果 (1)投資率の向上 投資率を上げることは、長期的な所得レベルの向上につながる。

貯蓄率や投資率を高めるような政策は有効である。そのための有効な政策の

一つは農村部での金融機関の拡充である。途上国においては、金融制度が十分

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に整っていないことも多く、貯蓄が金融機関に預金されず、「タンス預金」とし

て自宅に保管されていることが少なくない。農村部を含む途上国の津々浦々に

金融機関を設置して、タンス預金を金融機関に集めることができれば、投資率

を上げることができる。 IT 技術の進んだ現在では、携帯電話を利用した金融制度が多くの途上国で発

展している。例えば、ケニアでは M-Pesa と呼ばれるモバイル・バンキングが

急速に普及している。投資を刺激して経済成長を促進するものとして期待され

ている。 (2)人口成長率の減少 人口成長率を下げることも、投資率を引き上げることと同様、短期の成長や

長期の所得レベルを上げるのに有効である。避妊に関する教育を行うことが、

考えられる。 応用問題:1 人当たり資本が定常状態へと収束するまでの移行状態と経済成長率

との関係について、ソローモデルを用いて論述しなさい。 ソローモデルの問題点 労働、資本ともに完全雇用が保証されているという前提が必要である。この

前提は、さらにある程度の調整能力を持った労働市場が存在し、また貯蓄と投

資を仲介する金融市場・資本市場があって機能することを前提としている。こ

のモデルを途上国に適用する際、このような生産要素市場と市場機構が存在す

るという前提は大きな問題である。 というのも、途上国では多くの市場の失敗が存在し、そもそも市場そのもの

が存在しない場合が多いからである。 ●再考:貧困と貯蓄率の関係 なぜ新興・途上国の貧困層は貯蓄できないのか。 →銀行口座を所有している人が圧倒的に少ない。 ☆インドネシアでは、農村の貧困層の 7%、都市の貧困層の 8%しか貯蓄口座を

持っていない。 ○貯蓄していないかというとそうではない →informal な貯蓄クラブなどを複数掛け持ちして貯蓄している。 例)回転型貯蓄信用講(Rotating Savings and Credit Association、ROSCA)、

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人々が数人から数十人集まり作る一種の消費者金融グループである。月に 1 回

程度定期的に会合を開いて、毎回全員がなにがしかのお金を拠出する。そして、

その総額を 1 人が総取りするものである。総取りする人は順番で決まっている

場合もあれば、そのときそのときでお金に困っている人が選ばれる場合もある。 ROSCA では、先にお金を総取りする人にとってはお金を借りてその後返済す

ることになる。後でお金を総取りする人にとっては貯蓄をした後に引き出すこ

とになる。貯蓄と貸出(信用)の両方の側面がある。 →目的は自分たちが価格の高い耐久消費財(例えばテレビなど)を買うためで

ある。 →informal な制度には限界がある。非効率的であり、貯蓄が投資に効果的に回

らない。 ●多くの人々は良い貯蓄機会にアクセスできるときでさえ、貯蓄をしない。 →時間的非整合性(time inconsistency) ☆人々の自己統制(self-control)の欠如の問題 →半ば強制的に貯蓄させるメカニズム? →なぜ貧困層は自己統制が困難なのか →将来の不確実性とリスク回避の手段(保険)がないこと →極度のストレス下にあるため、反射的な判断しかできない ☆希望と楽観的見方(optimism)が重要である ●貧困層の貯蓄手段としての家畜 “Udder People’s money―The economics of cow ownership”, The Economist, October 5th, 2013, 73pp “Beyond cows―Saving in poor countries”, The Economist, September 20th, 2014, 69pp Ⅲ 人口と経済発展 ●ソローモデルの結論から、人口成長率の高い国は貧しい傾向にあることが分

かる。 以下のデータは世銀の HP による 人口成長率 2000 2005 2010 2011

East Asia & Pacific 1.0 0.8 0.7 0.7

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Latin America 1.5 1.3 1.1 1.1

Middle East & North Africa 1.9 1.8 1.7 1.7

Sub-Saharan Africa 2.6 2.5 2.5 2.5

1 人当たり GDP(ドル表示) 2000 2005 2010 2011

East Asia & Pacific 952.2 1626.5 3898.6 4717.3

Latin America 4004.0 4869.6 8646.7 9585.7

Middle East & North Africa 1562.7 2089.4 3630.4

Sub-Saharan Africa 504.0 855.3 1320.1 1444.0

これらのデータから大まかな傾向として、ソローモデルから得られる結論と一

致する。 つまり、人口成長率が高い地域、つまりサブサハラアフリカは東アジアなど他

の地域に比べて、絶対的な貧困も多く、1 人当り GDP の増加幅も低い。 ●貧困のメカニズム-マルサスのわな 世界人口(単位 100 万)

年 0 1000 1820 1998 2009

人口 230.8 268.3 1041.1 5908 6775

出典:Maddison, A.,(2006) “The World Economy” OECD 但し 2009 年は世銀の HP による。 これをグラフにしたものが以下の図である。

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これらから明らかなように、産業革命期の 1820 年より世界人口は急激に増加し

た。それ以前の人口はほぼ一定である。世界の総人口は 2011 年には 70 億人を

突破した。そして、2050 年には 90 億人になると予想されている。 人間の生存が許される最低限の 1 人当りの食糧供給量を生存維持的水準

(subsistence level)とよぶ。1人当り食糧供給量が生存維持的水準を上回れば、

人類は急速な増殖を開始する。人口数が食糧供給量よりも高い率で増加するな

らば、この社会の 1 人当り食糧供給量は減少していって、再び生存維持的水準

にまで引き戻されて、人口の増殖力も減退していく。 食糧の生産関数を考える →農耕地(土地)の面積を一定として、そこに投入される労働量(L)とその一

定の土地面積から収穫される食糧(Q)とする。Q は単位面積当り収量、つまり

単収を表す。 問題 7:縦軸に Q、横軸に L を取り、上記の食糧の生産関数が収穫逓減の法則

に従うとき、この生産関数を図示しなさい。いわゆる生産曲線を描きなさい。 復習:収穫逓減の法則と限界生産力逓減の法則 ミクロ経済学の基本である。 2 種類の生産要素からある 1 種類の財を生産しているとする。このとき、1つ

の生産要素の投入量を固定して、もう 1 つの生産要素の投入量を増加させたと

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き、生産される財は増加するが、その増加分は投入量が増えるにしたがって、

減少する。このことを収穫逓減の法則という。 限界生産力とはある 1 種類の生産要素を追加的に増加したときの生産量の増

加分のことである。したがって、収穫逓減の法則と限界生産力逓減の法則は同

じことである。 問題 7 での食糧の生産曲線の性質から以下のことがいえる。 →もし社会の出発点、つまり初期条件で 1 人当りの食糧が生存維持的水準より

も高い場合、人口は増加していく。人口が増加するにつれて、食糧の生産量も

増加するが、その生産量の増加分は徐々に減少していき、1 人当りの食糧が生存

維持的水準になるところで人口の増加は終わる。 →もし初期条件で 1 人当りの食糧が生存維持的水準よりも低い場合、人口は減

少していく。この人口減少に伴い、食糧の生産量も減少していき、1 人当りの食

糧が生存維持的水準になるところで人口の減少は止まる。

1 人当りの食糧が生存維持的水準で一定となってしまうのが、マルサスのわな

である。 1 人当りの食糧が増加も減少もしないこの時点に経っては、人間社会の進歩は

完全に停止する。この社会は永遠の貧困に縛り付けられてしまう。 →産業革命前の状態の説明 →サブサハラアフリカの最貧国の状態 ●所得水準と出生率の関係の一考察 経済発展とともに、一国の人口は出生率(birth rate)が高いけれども同時に

死亡率(mortality rate)も高く、したがって、人口増加率(出生率-死亡率)

の低い段階から出発する。次いで、出生率は高いが、死亡率は急減して人口増

加率の高い段階を迎える。最後に、出生率、死亡率ともに低下して、人口増加

率の低い段階にいたる。 死亡率が最も高いのは、いずれの社会でも乳幼児である。貧困国であれば、乳

幼児死亡率(infant mortality rate)は一段と高い。乳幼児の死亡率が高ければ、

親は自分の期待する子供の数を得るためには、より多くの子供を生まなければ

ならない。それゆえに、おそらく、高出生率を支持する価値観、低年齢結婚な

どの慣習、一夫多妻などの制度がかつてのアジアや今のアフリカなどで広くみ

られる。

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第 2 次世界大戦を契機に、アジアは列強からの政治的な独立を達成した。独立

後のアジア各国の政府は、大衆ベースでの医療・保健計画や公衆衛生計画を積

極的に展開し、病院、診療所などが広範に普及した。 さらに、第 2 次大戦後、先進国で開発され普及していた殺虫剤、ワクチンなど

が安価に、あるいは援助を通じて無償で導入された。マラリア、黄熱病、天然

痘、コレラといったアジアの人々を死に至らしめた病の多くが、これらの防疫・

医療手段の導入によって制圧された。 死亡率の顕著な低下に寄与したのが、乳幼児死亡率であった。乳幼児は病原菌

に対する抵抗力が弱く、栄養不足によって容易に死に至る脆弱な存在である。

その脆弱な存在である乳幼児死亡率の減少は、一社会の医療・防疫体制や厚生

水準の改善によって、達成されたのである。 問題 8:アジアなどの経済開発の状況を踏まえて、発展に伴い死亡率が低下した

原因を述べよ。 こうして、アジアの死亡率は急減した。他方、出生率の方は死亡率に比べて、

緩やかにしか下がらなかった。社会に根強く定着してきた、高出生率を支持す

る価値観、慣習、制度はそう簡単には変化しない。 以上から、アジアの人口は急増した。 小まとめ 人口転換命題 一国の人口は以下の 4 つの局面を経過して変化する。 第 1 局面 高位安定期 出生率・死亡率とも高い 第 2 局面 前期増加期 出生率は高位のままで、死亡率が急減し、人口は急増 第 3 局面 後期増加期 死亡率が下限に近づく一方、出生率は顕著に低下し、

人口増加率は低下 第 4 局面 低位安定期 出生率、死亡率ともに低水準 なぜ 1 人当り所得の上昇が出生率の低下につながるのか。 子供を生み育てるのは両親である。したがって、新たに生まれる子供が両親

にもたらす「効用と不効用」のバランスが出生を決定する最も重要な要因であ

る。 発展とともに家庭を取り巻く社会的・経済的環境が変化する。この変化にと

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もない、新たに生まれる子供が両親にもたらす効用ならびに不効用もまた変化

する。 つまり、 不効用>効用→出生は抑制 効用>不効用→出生は促進 子供を生むことの効用と不効用 効用 ①消費効用(consumption utility) 子供を生み育てることによって両親が得られる本能的な充足感のことである。 ②所得効用(income utility) 貧しい社会において子供は労働の担い手であり、所得の稼ぎ手である。新た

に生まれる子供が両親にもたらす所得が所得効用である。 ③老後の安寧保障効用(security utility) 所得水準が低く、また年金などの社会保障制度が整備されていない貧しい社

会の両親にとって、子供は自分たちが老いてから後の安寧を保障してくれる存

在である。 不効用 ①子供を養育することの直接的費用 子供に衣食を提供し、学校に通わせるための費用 ②子供を養育することの機会費用(opportunity cost) 子供の養育によって、両親特に母親が就業機会を犠牲にすることによって生

じる費用。つまり、子供を生まずに就業していれば得られたであろう所得分の

ことである。 効用・不効用と経済発展の関連 ①効用:経済発展とともに減少する。 →子供の労働は発展とともに機械さらには、正規の成人の雇用労働者に代替さ

れる。 →社会・経済が一層発展して豊かになれば、親は生産年齢時代に貯めた貯蓄を

取り崩すことによって、子供に頼ることなく老後を生活できる。さらに、年金

などの社会保障制度も整備される。 ②不効用:経済発展とともに増加する。 →生活水準の上昇とともに、子供を育てることの直接費用は増加する。また、

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教育水準の上昇により、養育費用も増加する。 →両親、特に母親の雇用機会が拡大し、入手可能な賃金が上昇するに伴い、子

供を養育することの機会費用も増加する。 ●再考:貧困と人口成長の関係 人口成長率(出生率)が高いから貧しいのか、貧しいから出生率が高いのか? →因果関係はどちらなのか? ☆貧困層の生活と選択 →家族が大人数だから貧しいのか?自分の子供の教育や健康に投資できないの

か? しかし、実証研究によるとそうではない。小さい家族がより多く教育を受けて

いるという証拠はない。 実証研究では、家族の大きさが子供にマイナスの影響を与えるという証拠はな

い。しかし、 →Family planning にアクセスした女性はより長く学校に行き、Formal sectorで働く可能性が 7%高くなる →人生の早期の妊娠出産は母親の健康にとって悪い。 家庭内でどのくらい子供を産むか(避妊するか否か)という決定をしているの

は誰か →父親と母親の関係(交渉力) →社会的規範や宗教的な規範の重要性 ☆人口政策に重要なのは、有効な社会的セイフティーネット(健康保険や年金)

や退職後に備えて貯蓄できるように金融手段の発達である。 Ⅳ 途上国の農業発展-緑の革命を中心として ●農業発展の重要性 農業開発も経済開発の一環である。 →「マルサスのわな」からの脱却 →技術進歩の重要性 →2007~08 年、2010 年~11 年にいたる食料価格の高騰

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出典:FAO(Food and Agricultural Organization)の HP 2002-2004 の加重平均=100 経済のみならず、政治的・社会的安定のためにも、新興・途上国では農業発

展も重要な目標である。 例1)2007 年~2008 年の食糧価格高騰による食糧危機のとき、途上国など約

30 ヶ国で暴動が発生して、社会不安を招いた。 例2)食糧危機は世界の主要な討論課題にもなっている。 “The G20 hopes that the launch of an information system will help to avoid price fluctuations”, Financial Times, 2011.6.22 「食料やインフラ 途上国支援連携 G20 財務・開発相会議 20ヶ国・地

域(G20)は、(中途略)ワシントンで財務・開発相会議を初めて開いた。主要

国が連携して途上国の貧困撲滅と経済発展の問題に取り組むことで一致。(中途

略)世界的な人口増加などを背景に、食料安全保障への取り組みなどを強化す

る。」2011 年 9 月 24 日付け 日本経済新聞夕刊 ●緑の革命-アジアにおける農業の技術進歩 アジアの農業は、かつて焼畑農法によるタロイモ、ヤムイモ、マメなどの生産

が中心であった。これがオカボと呼ばれる陸稲生産の段階を経て、沖積土デル

タでの水稲生産の段階にいたった。水稲がアジアに広まったのは、過去 200 年

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のことである。とくに、20 世紀に入る頃から、タイのメナムチャオプラヤ・デ

ルタ、ミャンマーのイラワジ・デルタなどの開発が本格化してコメの生産力は

急上昇した。 水稲の導入により、アジアの人口は爆発的に増加した。この激しい人口増加に

より、可耕地のフロンティアは次第に消滅していったのである。実際のところ、

アジアの可耕地はこの 20 数年間まったく増加していない。人口増加が都市への

人口流出を招き、これにより耕地の荒廃が進み、可耕地が減少した一部の国も ある。「砂漠化」による耕地減少も珍しくない。 アジアの可耕地は厳しく制約されている一方、アジアの農業人口は増勢を続け

た。つまり、1 人当りの可耕地面積は減少したのである。単位面積当りの収量の

改善を図らなければ、人口 1 人当りの食糧、つまり所得水準の低下は避けられ

ない。この2つの「競合」にいかに打ち勝つか、以下の問題で考察していく。 問題 9 (1)問題 7 の図を参照して、可耕地面積が減少した場合の生産曲線を

図示した上で、減少前と後で農民 1 人当りの収穫量がどのように変化するか、

図で示しなさい。 (2)(1)から技術進歩が生じた場合、農民 1 人当りの収穫量はどのように変

化するか、図示した上で説明しなさい。 アジアのコメの生産性(productivity)は、1970 年代以降、顕著な速度で上昇

した。その原因は、稲作農業を中心に試みられた高収量品種(high yielding varieties)の開発、ならびにその導入・普及である。このことを緑の革命とい

う。 アジアにおける在来のコメ品種はインディカ種(Indica rice)である。このイン

ディカ種は生産性が低かった。それは、インディカ種の稲は草丈が高く、その

ために収穫前に倒伏しやすいからである。 アジアの稲作農業は長い間、氾濫水や天水田に頼り、灌漑栽培は少なかった。

灌漑(irrigation)とは河川や湖から水を秩序正しく引いて田畑を潤すことであ

る。灌漑施設の貧弱な地域で、乾期の水不足を回避しながら、稲作を続けるた

めには、深水の圃場での栽培が不可欠であった。その上、雑草との競争に打ち

勝つためには、どうしても草丈の高い水稲種が必要であった。

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しかし、先に述べたように、在来種インディカ米の土地生産性は低い。この状

況に鑑みて、国際稲作研究所(International Rice Research Institute、IRRI)という国際農業試験研究機関が高収量品種を開発した。1960 年代の後半には、

草丈が短くて太いために容易に倒れず、さらに葉が直立して効率的な光合成を

可能とする品種の開発に成功した。在来種に比べて、生産性が格段に高い品種

の登場であった。 「緑の革命」を生み出した高収量品種とは、正確に言えば、「多肥多収性改良品

種」のことである。つまり、アジアにおける「緑の革命」は、肥料感応度(fertilizer response)の高い改良品種を開発して、これを実際に導入・普及させる試みで

ある。 導入・普及の要件

①肥料の集約的利用が不可欠である アジアの単位面積当り化学肥料投入量は顕著な拡大をみせた。無肥料に近 い状態から出発した南アジアはもちろんのこと、東南アジアの投入増加も 加速的であった

②氾濫水を用いた従来農法ではなく、水を適宜コントロールする灌漑農法へ の転換が必要である

→投入された肥料を稲によりよく感応させるためである。 アジアが緑の革命を成功させたのは、この 2 つの条件を整備したことの成果で

ある。 緑の革命は「一回限り」の革命ではない。 肥料感応度の高い高収量品種(近代品種Ⅰ)をつくりだして、これを普及・拡

大させても、しばらくすると病虫害によって収量は激減してしまうこともある。

そうると、病虫害抵抗性の高い品種をつくりだし研究がなされ、次の高収量品

種(近代品種Ⅱ)が開発され、普及・拡大がなされる さらに土壌の条件や日照時間などは各国によってさまざまであり、既存の高収

量品種をベースに各地の条件によりよく適合する品種(近代品種Ⅲ)を開発し、

これを普及・拡大させた。 「革命」というよりは、「持続的」努力の繰り返しにより、アジアのコメの生産

性はコンスタントに増加を見せてきたのである。

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緑の革命は瞬時に発生した革命的な変化ではなく、長期にわたって改良を続け

るという展開構造を有している。 →途上国の当該国政府の能力も重要である。 例)灌漑設備の建築・維持、農民への技術指導や農法の指導など 再考)途上国農村のネットワークの重要性 事例として、エチオピアの農民のネットワークが新しい農業技術の伝播にどの

ような影響を及ぼすかを見ていく。 多くの知り合いがいて、かつその知り合い同士も知り合いである農家ほど、

有機肥料のつくり方を正確に知っている傾向にある。有機肥料の場合、技術が

複雑なために技術を知っている普及員を知っているだけでは実際にその技術を

実践できない。自分の知り合い同士も知り合いという密度の濃いネットワーク

の中で新技術の情報を共有し、いろんな知り合いから新技術の情報を聞くこと

で、初めて良く理解し、実践することができる。 Ⅴ 工業化と二重経済モデル ●工業化とは何か 一国の経済がその発展とともに、総生産額に占める農業生産額の比率が減少し

て、対照的に製造業(manufacturing industry)生産額の比率が上昇すること

である。

図 1 GDP に占める農業の比率(単位%) 出典:World Bank

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図 2 GDP に占める製造業の比率(単位%) 出典:World Bank

図 3 GDP に占めるサービス業の比率 出典:World Bank

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図 4 総人口に占める農村人口の比率 出典:World Bank ●ペティ=クラークの法則(Petty-Clark’s law) 経済発展とともに一国の総生産額に占める第 1 次産業生産額が減少して、第 2次産業生産額の比率が上昇し、続いて第 3 次産業生産額の比率が上昇する。ま

た、一国の総就業者に占める 3 つの産業それぞれの就業者の比率も、同じよう

に変化する。 第 1 次産業:農林漁業 第 2 次産業:製造業、鉱業など 第 3 次産業:運輸・通信業、金融・保険業、サービス業など ★ペティ=クラークの法則の例外? インドでの IT 産業発展の事例 詳細は ”Economic Focus| The service elevator” Can poor countries leapfrog manufacturing and grow rich on services? , The Economist May 21st 2011, を参照のこと フィリピンでのサービス業の発展 →コールセンター業務など エンゲル法則(Engel’s law)との関連

→低所得国であれば総所得に占める食糧費支出の比率は高いが、高所得国にな

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れば、その比率は低下する。 →低所得国は国民が最も多く需要する食料の生産に自国の労働力の多くを割か

なければならない。しかし、一国の所得水準が上昇していくとともに、労働力

を充てるべき産業は製造業、さらにはサービス業へとシフトする。 注):開発途上国のサービス部門 ①インフォーマル部門(informal sector)と②フォーマル部門(formal sector)という異なる性質も持つ 2 部門から構成される。 ①インフォーマル部門 →過剰労働力を「プール」するという機能において強く、「生業的」サービス分

野がその中心を占める →露天商、行商人、商店の手伝い、修理業など →途上国(アジアなど)の都市では、広範にみられる →特徴は何よりも「参入の容易さ」である。創業資本はわずかであり、低い技

能によっても就業が可能である。そのため、農村を離れて、都市に流入する人々

はこの部門に集中する。 ②フォーマル部門 →第 2 次産業の活動を支援するという機能において強く、工業化の進展に伴っ

てそれへの需要が活発になる部門 →運輸、通信、金融などのサービス部門が該当する。 ●アーサー・ルイスによる二重経済モデル 概要 一国経済が農業と工業という 2 つの部門から構成されているとする。 →農業部門は農村にあり、工業部門は都市にあるとする。

経済発展の最初の段階では工業部門がなく、農業部門のみである。 →農村部門には余剰労働(過剰な人口)が存在しており、以前に述べた「生存

維持的」な所得水準で生活している。 →工業部門は農業部門から労働力の供給を受けながら、みずからを拡大して

いく。その際、工業部門は生存維持的な所得水準を少しでも上回る賃金を提示

すれば、労働力はある意味で無限に供給される。 工業部門が拡大し続けて、その結果として低賃金農業人口の「余剰(過剰)」が

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次第に枯渇してくる。したがって、工業部門は生存維持的な賃金では労働力を

雇用できなくなる。低賃金労働を雇用しながら工業生産を拡大して利潤を手に

入れるという時代はここで終わる。より高い賃金を支払ってでも工業部門の拡

大が可能なように、生産構造を高度化したり、技術の革新を図る必要がある。 この低賃金の農業労働の枯渇の時期は、農業部門自体の近代化の時期とも一致

する。農業で労働力が不足し、農業機械などを導入して、その生産性の上昇を

図らざるを得ないからである。 この農業と工業という 2 つの部門の近代化をもたらす時期を転換点という。 以下ではこのことをシンプルなモデルで考える。 →ルイスの二重経済モデル 復習:工業部門の労働雇用の決定と利潤最大化行動 ある一定量の資本(機械) K と労働力 Lを投入して工業製品Qを生産している

とする。このとき、生産関数は

( ),Q g K L=

となる。 問題 10:問題 7 を参考にして、資本量は K で固定されているときに、横軸に労

働 Lをとり、縦軸に生産量Qを取った場合の生産曲線を描きなさい。 復習:労働の限界生産力(marginal productivity of labor)とは、資本が一定の

とき、労働を 1 単位追加的に増加したときの生産量の増加分である。 問題 11:生産曲線は問題 10 のように描かれるとき、縦軸に労働の限界生産力、

横軸の労働 Lを取ったときの労働の限界生産力曲線を描きなさい。 復習:工業製品を生産する企業の行動原理は利潤最大化である。企業は自らの

利潤が最大化するところで雇用労働者数を決定する。

問題 12:今、企業は労働者に支払う賃金が2

W であるとする。このとき、問題

11 のグラフから、利潤を最大にする労働雇用量を求めよ。(ヒント:企業の利潤

最大化条件を思い出しなさい)

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以上の議論から、労働の限界生産力曲線は企業の労働需要曲線であることが分

かる。(このことが理解できないときは、ミクロ経済学の教科書を復習すること) 先の概要で述べたように、農村には過剰な労働者が存在する。農村の 1 人当り

の所得水準は低く、その水準は前の「マルサスのわな」で述べた「生存維持的

水準」にある。工業が発展して企業が支払う賃金が農村の低い生存維持的水準

を上回るようになると、農民はより高い所得を求めて、その多くが都市に立地

する工業企業に向けて農村を出て行くであろう。 →生存維持的水準である低所得の農民が過剰に存在し、彼らが都市で働きた

いと考える以上、工業企業は低い賃金で多くの労働者を雇用することができる。

その意味で、企業に対する労働供給は無限に存在する。そのため、企業は賃金

を上昇させることなく労働者の雇用を拡大することができる。 企業の利潤最大化行動により得られた利潤は、資本(機械)に再投入されて、

工業製品の生産を拡大させる。それにより、さらに労働者が都市に移動する。 問題 13:上記の生産拡大プロセスを問題 10 の生産曲線、問題 11 の労働の限界

生産力曲線(労働需要曲線)を用いて、表しなさい。但し、賃金は2

W で一定と

する。 しかし、農村に滞留する過剰労働(Surplus Labor)は有限であり、いつかは無

くなる。工業化が進み、工業部門の労働需要が拡大していけば、いつかは余剰

労働が枯渇する。その点が転換点(turning point)である。 問題 14:問題 13 の労働の限界生産力曲線(労働需要曲線)のグラフから、転

換点がどのようにして表されるか、考えなさい。 ルイスの二重経済モデルの問題点 農村には余剰労働が存在する一方で、都市では完全雇用が達成されていると

する点である。 →完全雇用とは非自発的失業者が存在しないことである。 →最近の研究では、農村では余剰労働力は少ないと示唆するものが多い。一般

的に、開発経済学者の間では、ルイスの仮定する農村の余剰労働力は当てはま

らないということで意見は一致している。 →都市では失業が存在していないとしているが、実際は多くの都市失業者が存

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在して、インフォーマル部門を形成している。 ●ハリス=トダローの農村・都市労働移動モデル ルイスモデルの有効性は低くなってきている →途上国では都市の失業が上昇しているにもかかわらず、農村人口が都市へ大

量移住するのが観察されている。 ハリス=トダローモデル →都市失業者が増大している状況のなかで農村から都市への労働移動を説明す

るモデルである。 概要 前提:人口移動は基本的に経済現象であり、個々の移住者にとっては都市に失

業が存在しても移動することは、まったく合理的な意思決定であり得る。 →現実の稼ぎよりも都市と農村の期待(予想)所得の格差に反応して人口移動

が生じるとする。 本質的に、労働者各自がある時間の範囲内で、都市部門から得る期待(予想)

所得と農村の現状の所得を比較して、農村所得<都市の期待所得であれば、移

住が生じるという仮定である。 →なぜ「期待(予想)所得」なのか 大部分の開発途上国では、慢性的かつ深刻な失業問題に悩んでいるので、そ

の結果、移住者が高収入の仕事にすぐ就けるとは期待できない。実際、都市の

労働市場に参入するにあたり、多くの教育を受けていない移住者は、まったく

の失業状態になるか、参入が容易で事業が小規模なインフォーマル部門で働く

ことになろう。 結局、移住するかどうかを決めるにあたって、個々の労働者はかなりの時間、

失業となる確率や危険性と都市・農村間の実質所得格差を比較する。 単純な競争モデルのように、都市と農村の賃金率が等しくなるのではなく、農

村から都市への移動が農村と都市の期待所得を等しくすると考える。 簡単なモデルによる説明 問題 15:横軸の両端から縦軸が出ているグラフ(コを右に 90 度回転した形)

を考える。縦軸は賃金と労働の限界生産力を取り、左側の原点は農業部門、右

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側の原点は工業部門を表すとする。横軸の長さは総労働量に等しいとする。こ

の図に、農業部門と工業部門の労働の限界生産力曲線を書きなさい。さらに、

競争的な市場経済を想定したときの均衡賃金と各部門の労働雇用量を求めなさ

い。 しかし、都市賃金が制度的に固定されて、問題16の均衡賃金よりも高いとする。

これを MW とする。

このときの、ハリス=トダローの均衡条件は

MA M

US

LW WL

=

となる。 左辺:農業所得(賃金) 右辺:都市の期待所得

→都市での就職確率: M

US

LL

ここで、都市総労働力: USL

工業部門の雇用量: ML

問題 16:都市製造業部門の賃金支払い総額 M MW L は一定であることに注意して、

上のハリス=トダロー均衡条件式を問題 15 のグラフに書きなさい。そして、都

市と農村の賃金ギャップと都市失業者はこの図でどう表されるか、考えなさい。 ハリス=トダローモデルの特徴 (1)移住は主として所得格差が要因である。 (2)移住の意思決定は農村と都市の実際の賃金格差ではなく、期待賃金格差

によって決まる。その際の期待所得格差は、都市・農村間の実際の賃金格差と

都市部門で雇用を得る確率の2つの変数の相互作用によって決定される。 (3)都市で職に就ける確率は都市の雇用率と直接関連づけることができ、都

市失業率とは反比例である。

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ハリス=トダローモデルの政策面での示唆 (1)開発戦略の都市偏向、とりわけ、第1位都市への偏向が原因となってい

る都市と農村の雇用機会の格差は是正されなければならない。人口移動は期待

所得格差に対応して生じるとみなされるため、農村と都市部門の経済機会の格

差を最小化することはきわめて重要である。農村の平均所得をはるかに上回る

ペースで都市賃金率が上昇するに任せれば、都市の失業水準が上昇するにもか

かわらず、農村から都市への人口移動をいっそう促進する。これは都市だけで

なく、農村でも農繁期の人手不足を招くであろう。 (2)都市の失業問題は、雇用創出だけでは十分な解決にならない。伝統的な

ケインズ学派の都市の失業問題に対する経済的な解決策(農村の所得と雇用機

会の改善を同時に行わずに、都市近代工業部門における雇用創出を行うこと)

は、都市の雇用を増やせば、都市失業率も上昇するという逆説的な状況につな

がりかねない。繰り返すが、期待される所得獲得の機会の格差は非常に重要で

ある。移住率は、都市賃金が高くなるほど、また、都市の雇用機会(または雇

用の確率)が高いほど、それにつれて上昇すると仮定されており、都市と農村

の賃金格差がどのようなものであっても、都市の雇用率が高まれば予想される

格差は一段と広がり、農村から都市への移住率をなおいっそう高める。このよ

うにして、都市失業者を減らそうと策定した政策は、都市失業を高めるばかり

でなく農業生産水準を低下させることにつながる。 (3) 最後に総合的な農村開発計画を奨励すべきである。多くの識者たちは、

都市の失業問題を解決しようとするなら農村と農業の開発が最も重要であると

意見が一致している。提案の大半は、農村と都市の所得の格差の是正と目下の

ところ都市工業部門に大きく偏っている政府の開発計画に対する政策の転換を

求めている。 再考:貧困対策としての農業発展と工業化 総労働人口に対する農業従事者数の割合を見ると、農民の割合は 40~70%に

も上り、途上国では約半数、もしくはそれ以上の人々が農業に従事している。 労働に占める農業の割合(40~70%)は付加価値生産に占める割合(10~40%)

に比べると大きいが、これは農業における 1 人当りの付加価値生産額が、非農

業に比べると非常に小さいことを意味している。 →農業の成長は農村の最貧困層の貧困削減に役立つ。 農業の生産性成長と経済全体の成長が相関するのは、農業の生産性が向上す

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ることで、むしろ農業から工業などの非農業へと労働力が移動していくことで

ある。 途上国はどうしても自国で食糧を生産する必要がある。よって、食糧生産量

を確保しつつ、豊富にある農村の労働力を工業に移していくには、農業の生産

性を上げる必要がある。 ハリス=トダローモデルで明らかにしたように、教育を十分に受けることがで

きなかった農民にとって、都市での製造業の工場や大きな商店や飲食店などの

フォーマル(正式)な職に就くのはそれほど簡単なことではない。インフォーマ

ル・セクターで働く人たちは、非農業雇用全体の 6 割を超えている。さらに、

インフォーマル・セクターの人々は、フォーマル・セクターに比べて、所得は

低くなりがちである。 →都市における貧困という問題を引き起こす可能性がある。

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「開発経済学 A」数学の補習ノート 1 微分

x についてのある関数 ( )f x の導関数は、 x がわずかに変化したとき、関数

( )f x がどのように変化するかを表している。xが増加したときに、関数 ( )f x が

増加するならば、その場合は( ) 0

df xdx

> である。逆に x が増加したときに、関数

( )f x が減少するならば、( ) 0

df xdx

< である。ちなみに、導関数を求めることを微

分するという。 1-1 Kは何を意味するのか 経済成長について議論する際、使用される最も一般的な導関数は時間に関す

る微分によって得られる。資本ストックK は時間 t の関数である。これにより、

資本ストックは時間が経つにつれてどのように変化するかを問うことができる。

これは本質的には導関数dKdt

についての問題である。もし資本ストックは時間が

経つにつれて増大するのであれば、 0dKdt

> となる。

時間についての微分には「ドット表記」を使うのが、慣例である。dKdt

は Kと

書かれ、この 2 つの表記は同じ意味である。

この導関数 Kは 1t tK K −− と非常に密接に関連している。後者の表記は、時間 1

単位当りの変化と考えることができ、そこでの時間の単位は 1 期間である。次

に、 K は 1 年全体を通じての変化というよりも、むしろ「瞬間的

(instantaneous)」な変化である。1 年、あるいは 1 週間、1 日、あるいは 1 時

間にわたる資本ストックの変化を計算すると想像してみることができる。変化

を計る間隔が小さくなればなるほど、1 時間単位について示される 1t tK K −− とい

う表記は、瞬間的な変化 Kに近づく。 t∆ を時間の間隔とすると、 1

0lim t t

t

K K dKt dt

∆ →

−=

である。

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30

1-2 成長率とは何か 成長率は、経済学でよく使用される。経済学では、成長率の用例には、イン

フレ率、人口増加率が含まれる。成長率について考える最も簡単な方法は、パ

ーセント変化である。つまり、 1

1

t t

t

K KK

である。以下に述べる理由により、経済学の大部分にあっては瞬間的な成長率

について考えることがより簡単である。すなわち、 KK

が成長率である。この式をみたときはいつでもパーセント変化である。 1-3 成長率と自然対数 自然対数にはいくつかの便利な性質がある。 1 z xy= のとき、 log log logz x y= +

2 xzy

= のとき、 log log logz x y= −

3 z xβ= のとき、 log logz xβ=

4 ( ) logy f x x= = のとき、1dy

dx x=

5 ( ) ( )logy t x t= のとき、1dy dy dx xx

dt dx dt x x= = =

この 5 番目の性質によると、

logd K Kdt K

=

となり、これは K の成長率である。 1-4 対数をとり微分する 前節で挙げられた自然対数のそれぞれの性質は、「対数をとり微分する」とい

う以下の例で使われている。単純なコブ=ダグラス型生産関数を考える。 1Y K Lα α−=

両辺に対数をとると 1log log logY K Lα α−= +

さらに1-3節の第 3 の性質によって

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31

( )log log 1 logY K Lα α= + −

最後に両辺を時間について微分すると、産出成長率が投入量の成長率にいかに

関係しているかがわかる

( )log log log1d Y d K d Ldt dt dt

α α= + −

ということは、

( )1Y K LY K L

α α= + −

となる。 この最後の式は生産量の成長率は資本と労働の成長率の加重平均であること

を示している。 1-5 比率と成長率 もし変数が一定であるなら、その成長率はゼロである。変化しないのであれ

ば、時間について微分するとゼロになる。今度はxzy

= で z がずっと一定、つま

り 0z = であると分かっているとする。この式の対数をとり微分すると、

0z x yz x y= − =

つまり x yx y=

である。 したがって、2 変数の比率が一定なら、2 変数の成長率は同じでなければなら

ない。直観的には、重要である。もし比率の分子が分母よりも早く成長するな

ら、比率全体は時間の経過とともに増大する。 2 関数の極大化 経済学における多くの問題は「最適化(optimization)問題」の形をとる。企

業は利潤を極大化する、消費者は効用を最大化する等々。数学的には、これら

の最適化問題は問題の「一次条件(first order condition)」を見つけることで解

決される。 選択変数が一つだけで、制約条件がついていない最適化問題については、解

は特に簡単である。次の問題を考えてみよう。

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( )maxx

f x

その答えは ( ) 0f x′ = という一次条件から見いだすことができる。つまり、一次

条件は導関数 ( )f x′ がその解ではまさにゼロに等しいということである。

撚り多くの変数と制約条件がある、もっと一般的な最適化問題も上記の推論

にしたがう。たとえば、ある企業が賃金w、資本のレンタル率 r 、産出物の価格

p を所与として受け取り、ある産出物を生産するのに、どれだけの資本 K と労

働 Lを雇用するかを決めなければならないとする。

( ),

max ,K L

pF K L wl rK− −

この問題の一次条件は、賃金とレンタル率が労働と資本の限界生産物価値に等

しいという条件である。 Fp wL

∂=

Fp rK∂

=∂