本邦における熱中症の実態prince8er.web.fc2.com/2105mitakeronbun.pdf230 j am. 2 01; : 3 -...

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230 JJAAM. 2010; 21: 230-44 原著論文 目  的 平成 18 年に発足した日本救急医学会熱中症検討 特別委員会(委員長:有賀徹,以下委員会)では, 同年夏に第 1 回目の実態調査を実施した。そして, 66医療機関から収集した528症例のデータを分析し, 翌年,本誌に最終報告を行った 1) 。今回,この調査 結果を基にして新たに調査票を作成し,平成 20 6 9 月に第 2 回目の全国調査を行った。この結果を 分析することで,本邦におけるより詳細な熱中症の 実態を明らかにすることを目的とした。 1. 調査方法 全国の救命救急センター,日本救急医学会指導医 指定施設,大学病院および市中病院の救急部または 救急科に対し,委員会で作成した症例ごとの調査票 本邦における熱中症の実態 − Heatstroke STUDY2008 最終報告− 三宅 康史  有賀  徹  井上健一郎  奥寺  敬 北原 孝雄  島崎 修次  鶴田 良介  横田 裕行 要旨 目的2006 年調査に続き,さらに大規模な熱中症に関する全国調査を行い,本邦におけ る熱中症の実態につきより詳細に検討した。方法:日本救急医学会熱中症検討特別委員会(現 熱中症に関する委員会)から,全国の救命救急センター,指導医指定施設,大学病院および市中 病院の救急部または救急科(ER)宛てに,2008 年用として新規に作成した調査用紙を配布し, 2008 6 9 月に各施設に来院し熱中症と診断された患者の,年齢,性別,発症状況,発症日時, 主訴,バイタルサイン,日常生活動作,現場と来院時の重症度,来院時の採血結果,採血結果の 最悪化日とその数値,既往歴,外来 / 入院の別,入院日数,合併症,予後などについての記載を 要請し,返送された症例データを分析した。結果82 施設より 913 例の症例が収集された。平均 年齢 44.6 歳,男性:女性は 670236I 度:II 度:III 度は 437203198,スポーツ:労働:日常 生活は 236347244,外来帰宅:入院は 544332 で,高齢者でとくに日常生活中の発症例に重 症が多かった。スポーツ群では,陸上競技,ジョギング,サイクリングに,労働群では農林作業 や土木作業に重症例が多くみられた。日常生活群では,エアコン / 扇風機の不使用例,活動制限 のある場合に重症例がみられた。ただ,重症度にかかわらず入院日数は 2 日間が多く,採血結果 についても初日~ 2 日目までに最も悪化する症例が大多数であった。後遺症は 21 例(2.3%)に みられ,中枢神経障害が主であった。熱中症を原因とする死亡は 15 例(1.6%)で,2 例を除き 4 日以内に死亡した。考察2006 年調査とほぼ同様の傾向であったが,重症例の割合が増加し, 活動制限のある日常生活中の老人がその標的となっていた。最重症例は集中治療によっても死亡 は免れず,熱中症では早期発見と早期治療がとくに重要であるということができる。 (日救急医会誌 . 2010; 21: 230-44キーワード:日本救急医学会熱中症に関する委員会 Characteristics of heatstroke patients in Japan; Heatstroke STUDY2008 日本救急医学会熱中症に関する委員会 著者連絡先:〒 142-8666 東京都品川区旗の台 1-5-8 昭和大学医学部救急医学 原稿受理日:2010 2 26 日(10-021

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Page 1: 本邦における熱中症の実態prince8er.web.fc2.com/2105mitakeronbun.pdf230 J AM. 2 01; : 3 - 4 原著論文 目 的 平成18年に発足した日本救急医学会熱中症検討

230 JJAAM. 2010; 21: 230-44

原著論文

目  的

平成18年に発足した日本救急医学会熱中症検討

特別委員会(委員長:有賀徹,以下委員会)では,

同年夏に第1回目の実態調査を実施した。そして,

66医療機関から収集した528症例のデータを分析し,

翌年,本誌に最終報告を行った 1)。今回,この調査

結果を基にして新たに調査票を作成し,平成20年6

~ 9月に第2回目の全国調査を行った。この結果を

分析することで,本邦におけるより詳細な熱中症の

実態を明らかにすることを目的とした。

1. 調査方法

全国の救命救急センター,日本救急医学会指導医

指定施設,大学病院および市中病院の救急部または

救急科に対し,委員会で作成した症例ごとの調査票

本邦における熱中症の実態−Heatstroke STUDY2008最終報告−

三宅 康史  有賀  徹  井上健一郎  奥寺  敬北原 孝雄  島崎 修次  鶴田 良介  横田 裕行

要旨 目的:2006年調査に続き,さらに大規模な熱中症に関する全国調査を行い,本邦における熱中症の実態につきより詳細に検討した。方法:日本救急医学会熱中症検討特別委員会(現

熱中症に関する委員会)から,全国の救命救急センター,指導医指定施設,大学病院および市中病院の救急部または救急科(ER)宛てに,2008年用として新規に作成した調査用紙を配布し,2008年6~ 9月に各施設に来院し熱中症と診断された患者の,年齢,性別,発症状況,発症日時,主訴,バイタルサイン,日常生活動作,現場と来院時の重症度,来院時の採血結果,採血結果の最悪化日とその数値,既往歴,外来 /入院の別,入院日数,合併症,予後などについての記載を要請し,返送された症例データを分析した。結果:82施設より913例の症例が収集された。平均年齢44.6歳,男性:女性は670:236,I度:II度:III度は437:203:198,スポーツ:労働:日常生活は236:347:244,外来帰宅:入院は544:332で,高齢者でとくに日常生活中の発症例に重症が多かった。スポーツ群では,陸上競技,ジョギング,サイクリングに,労働群では農林作業や土木作業に重症例が多くみられた。日常生活群では,エアコン /扇風機の不使用例,活動制限のある場合に重症例がみられた。ただ,重症度にかかわらず入院日数は2日間が多く,採血結果についても初日~ 2日目までに最も悪化する症例が大多数であった。後遺症は21例(2.3%)にみられ,中枢神経障害が主であった。熱中症を原因とする死亡は15例(1.6%)で,2例を除き4

日以内に死亡した。考察:2006年調査とほぼ同様の傾向であったが,重症例の割合が増加し,活動制限のある日常生活中の老人がその標的となっていた。最重症例は集中治療によっても死亡は免れず,熱中症では早期発見と早期治療がとくに重要であるということができる。(日救急医会誌 . 2010; 21: 230-44)キーワード:日本救急医学会熱中症に関する委員会

Characteristics of heatstroke patients in Japan; Heatstroke

STUDY2008

日本救急医学会熱中症に関する委員会著者連絡先:〒142-8666 東京都品川区旗の台1-5-8

      昭和大学医学部救急医学原稿受理日:2010年2月26日(10-021)

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231日救急医会誌 . 2010; 21: 230-44

Heatstroke STUDY2008最終報告

(Table 1)を送付し,平成20年6~ 9月の4ヶ月間

に来院した熱中症患者についてのデータ記載を主治

医に求めた。

今回の調査票は,病院前と来院後の患者データを

1枚にまとめて記載することで,同じ症例について

病院前~救急外来~入院後~転帰までを一貫して分

析することが可能となった。日本神経救急学会の提

唱する重症度分類(以下新分類)2) を添付し,それ

を直接参照しつつ正確に I~ III度に分類ができるよ

う配慮した。また,スポーツ,仕事,日常生活をわ

かりやすく定義したうえで,作業強度については

「軽」から「重」までの3段階に相当する一覧表を

添付し分類を容易にした。加えて,採血データは来

院後と最悪時のデータをその病日とともに記載する

ことにより,実際の臓器障害の変化をとらえること

を行った。検査項目にはプロカルシトニンを新たに

追加した。この他,既往歴,日常生活レベル,家族

環境,治療内容,死因,後遺障害などについても詳

細に分析できるような記載方式を採用した。

2. 情報処理と統計

空欄と明らかな記載ミスと考えられる数値は欠損

値として扱った。統計分析にはχ 2検定,student-t

検定,F検定,残差分析を使用した。統計ソフトは,

Microsoft社ExcelとSPSS社SPSSを使用した。

結  果

1) 症例の概要

2008年6月~ 9月の4ヶ月間に82施設より913例

の症例登録があった。男性:女性は670:236,平

均年齢44.6歳,I:II:IIIは437:203:198,スポーツ:

労働:日常生活は236:347:244(すべて未記載例

および明らかな記載ミス例を除く,以下同様)で

あった。男女の症例数を世代別にFig. 1に,新分類

による重症度の割合をFig. 2に,重症度別の症例数

を世代別にFig. 3に,作業内容別の症例数を男女別

にFig. 4に,それを世代別にFig. 5に各々示す。男性

は,若年,中壮年,高齢すべてにピークがある一方

で,女性は若年と高齢の二峰性であった。重症度の

割合では,前回調査に比べ I度の割合が減り,II度,

III度の割合が増加した。若年者ほど I度が多く,高

齢になるに従って III度の割合が増加した。スポー

ツ,労働では男性が多かったが,日常生活では男女

差はなかった。スポーツは若年者,労働は中壮年,

日常生活での発症は高齢者に集中した。2) 発生時期と発生時刻

重症度別の症例数を発症日別(10日単位すなわ

ち上旬・中旬・下旬に分けて)にFig. 6に,来院時

刻別(1時間単位)の症例数とその作業内容別の来

院数をそれぞれFig. 7-8に示す。旬別では7月中旬か

ら8月上旬にかけてピークがあり,日内では正午頃

と午後3時台にピークを認めた。労働の場合にはさ

らに夕方以降に3つ目のピークが存在した。3) 作業強度の違いによる重症度

重症度と作業強度を作業内容別に症例数をFig.

9-10に示す。スポーツ,労働では作業強度が強くて

も軽症例が多い一方で,日常生活では作業強度の軽

いものが多いにもかかわらず重症例が多かった。4) 発生時の環境

作業環境を作業別にみた場合(Fig. 11),スポーツ,

労働では屋外での発症が圧倒的に多いが,日常生活

では屋内でも屋外とほぼ同じ程度に発生していた。5) 来院までの重症度の推移

現場での重症度が来院までにどのように変化した

かを重症度別に図示する(Table 2)。来院までに悪

化する症例が 39/816例(4.8%),改善するものが

106/816例(13.0%)であった。現場で I度から悪化

するものが 7.2%,II度から悪化 5.2%,改善 4.9%,

III度からの改善23.9%であった。6) 外来帰宅と入院例

外来治療のみで帰宅した症例は544例(63.1%)で,

入院例は332例(37.9%)であった。世代別に外来

帰宅例と入院例についてFig. 12に示す。高齢となる

ほど入院例が増加した。作業内容別では,日常生活

での入院例が多かった。来院時の主訴を,外来帰宅・

入院例に分けてFig. 13に示す。複数回答のためその

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232 JJAAM. 2010; 21: 230-44

三宅 康史,他

Tabl

e 1.

Pr

earr

ange

d fo

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for

pat

ient

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ata

accu

mur

atio

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e).

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233日救急医会誌 . 2010; 21: 230-44

Heatstroke STUDY2008最終報告

Tabl

e 1.

Pr

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ange

d fo

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’ s d

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.

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234 JJAAM. 2010; 21: 230-44

三宅 康史,他

100-10990-9980-8970-7960-6950-59

Age (years)

40-4930-3920-2910-190-90

20

40

60

80

100

120

140

160

Number of patients

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

52% 24% 24%

0-9 10-19 20-29 30-39 40-49 50-59

Age (years)

60-69 70-79 80-89 90-99 100-1090

20

40

60

80

100

120

Number of patients

Fig. 1. Patients by age and sex. male, female

Fig. 2. Parcentage of heatstroke patients classified by the new classification.

I, II, III

Fig. 3. Number of patients by age and severity. I, II, III

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235日救急医会誌 . 2010; 21: 230-44

Heatstroke STUDY2008最終報告

主訴がそのまま入院適応となったとはいえないが,

意識障害の存在は入院適応となっていた。来院手段

として,軽症~重症にかかわらず多くは救急車を利

用していた。入院日数は重症度にかかわらず2日が

多かった。重症度の高い症例では長期入院を余儀な

くされている症例が多くみられた(Fig. 14)。7) バイタルサインと採血結果

来院時のバイタルサインおよび初回の採血検査の

結果について,来院時の所見および検査のうち,χ 2

検定により入院と外来帰宅を症例数で比較したとこ

ろ,JCSによる意識障害(「0~ 1/JCS」対「2~ 300/

JCS」),収縮期血圧(「90mmHg以下」対「それより

高値」),心拍数(「120/分以上」対「それ未満」),体

温(「39.0℃以上」対「それ未満」),血小板数(「12

万 /µl未満」対「それ以上」),ALT(「50IU/l以上」対

「それ未満」)では,異常値を示す症例数に有意差が

認められた(p<0.01)。またD-Dimer,CRPはその平

均値に外来帰宅例と入院例で有意差が認められた

(p<0.05)。検査所見の結果で,最も悪化した時期を

記載のある例から検討すると,pH,BE,乳酸,白血

in exercise in physical labor in ordinary life

Number of patients

0

50

100

150

200

250

300

350

0

50

100

150

200

1-10 11-20 21-30 3-40 41-50 51-60

Age (years)

61-70 71-80 81-90 91-100

Number of patients

Fig. 4. Number of patients by sex and situation. male, female

Fig. 5. Number of patients by age and situation. in exercise, in physical labor, in ordinary life

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236 JJAAM. 2010; 21: 230-44

三宅 康史,他

球,ALT,CK,CRPについては第1病日が最悪であっ

た。ALT,CK,CRPについては第2病日まで悪化傾

向が続く症例も少なくなかった。血小板数は第2病

日に最悪となる症例が多かったが,DICスコアは第1

病日に最も点数が高い症例が多かった。

8) スポーツ中の発症

236例中,陸上競技,ジョギング,サイクリングと,

剣道など屋内でのコンタクトスポーツで III度症例の

割合が多かった。これに対しゴルフ,ソフトボール,

卓球では III度熱中症患者はいなかった(Fig. 15)。

Fig. 6. Number of patients by 10 days. I, II, III

Fig. 7. Number of patients by the arrival time (o’clock) at the hospital.

0

50

100

150

200

250

Number of patients

early

of Ju

ne

middle

of Ju

ne

end o

f Jun

e

early

of Ju

ly

middle

of Ju

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of A

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f Aug

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early

of S

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f Sep

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r

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

Arrival time (o’clock) at the hospital

13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23

Number of patients

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237日救急医会誌 . 2010; 21: 230-44

Heatstroke STUDY2008最終報告

in exercise in physical labor in ordinary life

Number of patients

0

50

100

150

200

250

in exercise in physical labor in ordinary life

Number of patients

0

50

100

150

200

250

Fig. 8. Number of patients by the arrival time and the situation. in exercise, in physical labor, in ordinary life

Fig. 9. Number of patients by situation and metabolic rate category. heavy, moderate, light

Fig. 10. Number of patients by situation and severity. I, II, III

0

5

10

15

20

25

30

35

40

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

Arrival time (o’clock) at the hospital

13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23

Number of patients

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238 JJAAM. 2010; 21: 230-44

三宅 康史,他

0

40

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120

160

20

60

100

140

1-10 11-20 21-30 3-40 41-50 51-60

Age (years)

61-70 71-80 81-90 91-100

Number of patients

in exercise in physical labor in ordinary life

Number of patients

0

50

100

150

200

250

Fig. 11. Number of patients by working circumstance and situation. outdoor, in the shade, indoor

Fig. 12. Number of patients by age and hospitalization. outpatients, inpatients

Table 2. Shift of severity.

At the ER

At the scene I II III (blank) total

I 355 16 12 5 388

II 53 148 11 1 213

III 16 37 168 1 222

(blank) 15 4 7 64 90

total 439 205 198 71 913

improve (106 cases), deteriorate (39 cases)

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239日救急医会誌 . 2010; 21: 230-44

Heatstroke STUDY2008最終報告

9) 労働中の発症

347例中,農林作業や土木作業,高温多湿環境で

III度の発症頻度が高かった。また III度発症例では他

に比べ飲水機会が有意に少なかった。10)日常生活中の発症

244例のなかで,活動レベル別に重症度をみると,

完全自立では III度割合は 52/175例(29.7%),時に

外出+室内のみでは19/39例(49%),要介助+ほぼ

全介助では13/20例(65%)と活動レベルが下がる

0 50 100

Number of patients

150 200 250

others

consciousness disturbance

exhaustion

muscle pain

muscle cramp

dizziness

thirst

0

60

50

40

30

20

10

1 2 3 4 5 6

days

7 8 9 10 11-

Number of patients

ほどに III度熱中症の割合が上昇していた。11)屋内環境

屋内発症123例について,年齢別にエアコンの設

置・使用状況をみると,若年者では使用頻度が高く,

高齢者では使用頻度が低かった(Fig. 16)。さらに

エアコンを使用していない症例で重症度が高かった

(Fig. 17)。扇風機を使用している場合,窓を開放し

ている場合でも重症度割合が少なかった。発症場所

は日常生活中の自室居室内が多いが,他に浴室5例,

Fig. 13. Chief complaints and indication for hospitalization. inpatient, outpatient

Fig. 14. Length of hospital stay by severity. I, II, III

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240 JJAAM. 2010; 21: 230-44

三宅 康史,他

サウナ,岩盤浴各1例,車中2例などがあった。12)高齢者

60歳以上の高齢者228例の特徴として,スポーツ:

労働:日常生活は16:68:144で,平均年齢に有意

差があった。重症度に関しても,III度の割合はス

ポーツ0例(0%),労働17例(26.6%)に対し,日

常生活64例(47.1%)と前2群に比べ有意に多かった。13)集中治療

II度においても人工呼吸管理が3例,抗DIC治療

が1例に施行されていた。III度では,カテコラミン

31例,人工呼吸70例,抗DIC療法11例,CHDF7例,

クールガード3000TM 5例,PCPS2例(重複を含む)

などであった。クールガード3000TM(米国Alsius社)

使用例の死亡率は40%,PCPSは50%であった。14)後遺症

入院の21例(CPAOAを除く,全症例の2.3%,生

存例の2.4%,入院例の3.9%)にみられ,高次脳機

能障害6例(家庭復帰は1例のみ),高次脳機能障害

に小脳症状を伴う症例1例(転帰はベッド上生活),

高次脳機能障害に嚥下障害を伴うもの1例(同 ベッ

ド上生活),小脳症状1例(同 家庭復帰),嚥下障

害4例,その他8例であった。その他には,手足の

筋力低下3例,認知症2例,脳波異常1例,不明2例

であった。15)死亡例

21例(全症例の2.3%)あり,そのうち熱中症に

よる症例が 15例(同 1.6%)で,多臓器不全 7例,

循環不全3例,呼吸不全1例,循環不全に呼吸不全

を伴うもの 2例,敗血症 1例,不明 1例であった。

熱中症を直接原因としない症例は6例(同0.66%)

あり,循環不全3例(急性心筋梗塞,来院時心肺停止,

結節性多発動脈炎),呼吸不全1例(中枢神経障害

に伴うもの),その他2例(急性白血病,拡張型心

筋症)であった。死亡日の記載のある症例では,熱

中症によるものは2例を除き4日以内に集中してお

り,なかでも24時間以内が最も多かった(Fig. 18)。

考  察

2006年 1) に続く2回目の調査となった今回は,登

録症例が528例から913例に,参加施設が66施設か

Number of patients

30

25

20

15

10

5

0

base

ball

footb

all

tennis

truck

America

n foo

tball

softb

all

other

spor

t in t

he tr

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o

bask

etball

table

tennis go

lf

joggin

g

hiking

cycli

ngoth

ers

unkn

own

Fig. 15. Sports category and severity. I, II, III

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Heatstroke STUDY2008最終報告

ら82施設に増加した。調査期間が6~ 9月の4ヶ月

に延長されたことも相まって,さらに標準的な全国

調査となった。症例数の増加は,本邦における熱中

症そのものに対する関心が高まりつつあることも一

因と考えられる。

登録された症例の内訳をみると,重症患者の割合

が増えたこと以外に,男女比,平均年齢,年齢別の

発症率などについて2006年の調査結果と比べて大

きな差異はなかった。若年者では軽症が多く,高齢

者では重症例が多いこと,作業別では若年男女が屋

外スポーツで,中壮年の男性は屋外での肉体労働

で,高齢男女は日常生活中にその半数が屋内で発生

していることは前回調査と同様であった。重症割合

の増加は,症例数そのもの増加,正確な診断,重症

患者受け入れ病院の参加など,原因の特定は不可能

であった。ただ,今回は調査票に重症度分類の表を

Number of total victims

1 2 3 4

Days

8 150

1

2

3

4

5

6

7

8

Fig. 16. Setting of air-conditioning by age. in working, suspended, no air-conditioner

Fig. 17. Setting of air-conditioning by severity. I, II, III

Fig. 18. Days of hospitalization of non-survivors including death by heatstroke.

death by other causes, death by heatstroke

0-39 40-64

Age (years)

65-0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

in working suspended no air-conditioner

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

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三宅 康史,他

掲載することで正確な重症度記載がなされたこと,

また作業内容を明確に分類し,作業強度を添付した

表から選択できるように配慮したことにより,正確

な発生状況を把握することが可能となり意義があっ

たと思われる。

前回調査では,病院前と来院後の調査票を別々に

記入したため,同じ患者での病院前と来院後の変化

をとらえることができなかったが,今回は同一患者

を1枚の調査票に記入することで,一貫性のある検

討が可能となった。重症度を表す症状としては意識

障害の程度が最も把握しやすい指標である。現場に

おいては勿論のこと,意識障害が唯一の III度診断

基準であり,これ以外は採血によってしか判断し得

ないため,重症度は意識障害の推移を追ったものと

いえる。重症度が悪化する症例に比し,改善するも

のが2倍以上存在することは,熱を発する筋肉運動

を中止したことと,応急処置の効果によると考えら

れる。逆に重症化した39例については,状態(意

識障害)の悪化そのものによるものと,採血によっ

て臓器障害が新たに発見されて重症度が上がったも

のとの,両者が含まれると考えられる。

重症度とは別に,救急外来での判断として必要な

帰宅可能か,入院経過観察かという点に関して,外

来帰宅例が60%以上であり,I度熱中症患者の症例

数とほぼ一致していた。入院例では,バイタルサイ

ンの異常があり,採血結果にも明らかに異常を示す

ものが多かった。また高齢者の日常生活中の発症に

入院例が多いのは,重症度が高いことに加え,回復

力や既往歴,日常生活動作,家庭環境など,症例ご

との固有の要因を考慮した結果と思われる。

重症度の高いものは入院日数も長い傾向にあった

が,I度~ III度のどの群においても入院期間は2日

の症例が多いことから,熱中症では重症度によらず

治療に対する反応が良好であるといえる。これは,

採血結果からも明らかで,循環障害の指標となる

pH,BE,乳酸は初日が最も悪い値を示し,ALT,

CKなどの臓器障害を示す値はその悪化傾向が2日

目まで遷延していた。またCRPも同様な経過を取っ

た。炎症と感染を区別する意味で,今回はプロカル

シトニン採血も求めたが,検体数が少なく十分な検

討に至らなかった。すでに,重症例ではプロカルシ

トニンの上昇がみられるとの報告がある 3)。

労作性熱中症(exertional heatstroke)のうち,ス

ポーツの種類により重症患者の発生頻度に差がみら

れた。屋内での格闘技や防具をつける剣道でその発

生数が多いことは理解できる。トラック競技やロー

ドでの長時間の競技に III度発生が多いのは,炎天

下での競技であることだけでなく,インターバルの

方法や水分・塩分補給にも改善の余地があると考え

られる。肉体労働における発症例の検討からは,作

業強度よりも作業形態や涼しい環境での休憩や冷水

の取りにくい仕事場である,一人での作業が多いな

どが関与している可能性がある。これに対し,日常

生活中の熱中症(classical heatstroke)は,活動レベ

ルの低い高齢者に重症例が多く,前回調査で示され

た高血圧,精神疾患,糖尿病,認知症などとともに,

高年齢がリスクファクターとなっている。高齢者

は,熱に対する感受性が悪く,不快な高温多湿環境

に早期に気づかない場合が多い。屋内では,室温が

徐々に上昇するため気づきにくいうえに,熱中症の

初期症状は頭痛,嘔気,倦怠感など非特異的なもの

が多い。また高齢者では発汗機能が低下し体温調節

能も鈍化している。独居であれば周囲の室温の上昇

を気づく家族がおらず,高体温で倒れた後も室内で

発見が遅れる。体内水分量が若年者に比べ減少して

いるため体温が上昇しやすい。これらいくつもの悪

条件が重なって,日常生活中の熱中症は重症化しや

すいと考えられる。今回の調査で示されたエアコ

ン,扇風機,窓の開放は重症化を防ぐ因子となりう

るので,とくにその使用を控えがちな高齢者では,

例えば,室温を視覚的にとらえることができるよう

湿度計付きの温度計を居室に設置し,室温 28℃,

湿度60%以下などと,明確に設定温度を管理する

などを勧めるべきであろう。

治療法については,PCPSや血管内冷却システム 4)

の使用例がみられたが,今後は使用症例を集積し,

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Heatstroke STUDY2008最終報告

その適応についても検討していく必要があろう。

全国で年間400例以上の死亡例が報告されるが 5),

我々の検討による死亡割合に比べ非常に多い印象が

あり,確定した死因ではなく死亡検案時に高体温で

あったものが含まれている可能性がある。今回の分

析では,熱中症による死亡とそうでないものとを厳

密に振り分けた。その結果,熱中症そのものによる

死亡は2%以下で,来院24時間以内が大半を占めた。

熱中症による死亡例は,来院時に心肺停止となって

いたもの以外では,来院時すでに循環不全を含む不

可逆的状況に陥っていることが示唆される症例で

あった。これは重症化する前に治療を開始すること

がポイントであり,その点で来院後の治療よりも発

症予防と早期診断,病院前の応急処置が重要である。

結  語

2006年に続く2008年調査でも本邦における熱中

症の実態が明らかとなった。労作性,非労作性を問

わず重症化する前の非特異的な初期症状の時期に周

囲が気づき応急処置を施すことが重要であり,とく

に高齢者の屋内発症に的を絞った具体的な予防策を

講じることが必要であると考えられる。

今回の結果の一部は,第37回日本救急医学会総会・学術集会(2009年10月盛岡)において発表した。

Heatstroke STUDY2008にご協力いただいた82医療機関と担当の方々に深謝いたします。【調査協力医療機関一覧】(順不同)北見赤十字病院 /東北大学病院 /秋田赤十字病院 /いわ

き市立総合磐城共立病院 /財団法人太田綜合病院附属太田西ノ内病院 /足利赤十字病院 /獨協医科大学病院 /前橋赤十字病院 /深谷赤十字病院 /防衛医科大学校病院 /国保直営総合病院 君津中央病院 /順天堂大学医学部附属浦安病院 /国保松戸市立病院 /東京医科大学八王子医療センター /日本医科大学付属病院 /帝京大学医学部附属病院 /

杏林大学医学部付属病院 /日本医科大学多摩永山病院 /

慶應義塾大学病院 /東京女子医科大学病院 /独立行政法人国立病院機構災害医療センター /昭和大学病院 /聖路加国際病院 /藤沢市民病院 /北里大学病院 /聖マリアンナ

医科大学病院 /東海大学医学部付属病院 /日本医科大学武蔵小杉病院 /佐久総合病院 /飯田市立病院 /富山県厚生農業協同組合連合会高岡病院 /公立能登総合病院 /金沢大学附属病院 /岐阜大学医学部附属病院 /大垣市民病院 /

岐阜県立多治見病院 /沼津市立病院 /聖隷三方原病院 /静岡済生会総合病院 /県西部浜松医療センター /順天堂大学医学部附属静岡病院 /半田市立半田病院 /独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター /岡崎市民病院 /近江八幡市立総合医療センター /長浜赤十字病院 /大阪大学医学部附属病院 /地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪府立急性期・総合医療センター /近畿大学医学部附属病院 /大阪市立総合医療センター /大阪府立泉州救命救急センター /大阪府三島救命救急センター /大阪府立中河内救命救急センター /独立行政法人国立病院機構大阪医療センター /神戸大学医学部附属病院 /奈良県立医科大学附属病院 /和歌山県立医科大学附属病院 /島根県立中央病院 /川崎医科大学附属病院 /県立広島病院 /山口大学医学部附属病院 /徳島県立中央病院 /香川県立中央病院 /愛媛県立新居浜病院 /愛媛県立中央病院 /高知県・高知市病院企業団立高知医療センター /済生会福岡総合病院 /北九州市立八幡病院 /久留米大学病院 /鹿児島市立病院 /沖縄県立南部医療センター・こども医療センター/群馬大学医学部附属病院 /獨協医科大学日光医療センター /埼玉医科大学国際医療センター /自治医科大学附属さいたま医療センター /東京慈恵会医科大学附属病院/東京慈恵会医科大学附属第三病院 /金沢医科大学病院 /

名古屋大学医学部附属病院 /京都大学医学部付属病院 /

大阪医科大学附属病院 /東京医科大学病院

文  献

1) 三宅康史 , 有賀徹 , 井上健一郎 , 他 : 熱中症の実態調査=Heatstroke-2006最終報告 . 日救急医会誌 . 2008; 19: 309-21.

2) 安岡正蔵 , 赤居正美 , 有賀徹 , 他 : 熱中症(暑熱障害)I-III度分類の提案 ; 熱中症新分類の臨床的意義 . 救急医 .

1999; 23: 1119-23.

3) Hausfater P, Hurtado M, Pease S, et al: Is procalcitonin a

marker of critical illness in heatstroke? Intensive Care Med.

2008; 34: 1377-83.

4) Kliegel A, Losert H, Sterz F, et al: Cold simple intravenous in-

fusions preceding special endovascular cooling for faster in-

duction of mild hypothermia after cardiac arrest-a feasibility

study. Resuscitation. 2004; 64: 347-51.

5) 年次別男女別熱中症死亡数(1968~ 2007年). 熱中症環境保健マニュアル2009(環境省).

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三宅 康史,他

ABSTRACT

Characteristics of heatstroke patients in Japan; Heatstroke STUDY2008

Yasufumi Miyake, Tohru Aruga, Kenichiro Inoue, Hiroshi OkuderaTakao Kitahara, Shuji Shimazaki, Ryosuke Tsuruta, Hiroyuki Yokota

Heatstroke Surveillance Committee of Japanese Association for Acute Medicine

Objective: This study was conducted following the first surveillance in 2006, in order to investigate the characteris-tics of patients suffering from heatstroke who were treated at either emergency medical centers or emergency depart-ments in Japan.Methods: The patient’ background information was collected and thereafter their medical data were recorded by the responsible medical staff according to the newly prearranged format and then were analyzed by the heatstroke sur-veillance committee members of the Japanese Association for Acute Medicine (JAAM).Results: Nine hundred and thirteen patients suffering from heatstroke were treated at 82 hospitals from June to Sep-tember in 2008. The patients’ mean age was 44.6 years, and their severity of heatstroke was categorized as Class I (mild, no need for specific treatment), Class II (moderate, requiring hospitalization for observation) and Class III (severe, requiring intensive care), consisting of 52%, 24% and 24% of patients, respectively. The classical heatstroke group comprised patients older than the exertional heatstroke group. All patients demonstrated their worst condition on the first or the second day of hospitalization, except for those who died. For 13 deaths of 15 Class III fatal cases, the cause of death was multiple organ failure occurred within 4 days of hospitalization. Disturbance of conscious-ness (2 to300 according to the Japan Coma Scale), shock status (with a systolic arterial pressure of 90mmHg or less), higher body temperature (39˚C or higher) and tachycardia (120/BPM or more) have been found to demonstrate significant risk factors requiring hospitalization for advanced treatment. In particular, preexisting status of being confined to bed and/or being unable to care for oneself were found to be associated with classical heatstroke in the elderly people.Conclusion: In order to reduce morbidity and mortality of multiple organ failure secondary to heatstroke, it is im-portant to identify the early signs and symptoms suggesting the possible onset of heatstroke and to provide first aid treatment as soon as possible.(JJAAM. 2010; 21: 230-44)Keywords: Heatstroke Surveillance Committee of Japanese Association for Acute MedicineReceived on February 26, 2010 (10-021)