日本語版 1003053 inside telecom issue17 v10 0613...1 european tlecommunications network...

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IoT の環境整備 Issue 17 Inside Telecommunications はじめに 本レポートは世界各地の通信業界に影響する重要な話題について取り上げ、その市場分析とEYの見解に ついて四半期ごとに報告しています。 ある調査によると、世界の通信事業者は2014 年、 OTT プレーヤーの影響によりモバイル通信の音声と メッセージングの売上げのうち140億米ドルを失いました。こうしたことから多くの通信キャリアは、より 豊かな通話体験を提供するため、 VoLTEWi-Fi の提供などによる音声サービスの全面的な見直しを行って います。 IoTの市場は2020年までに現在の3倍の1.7兆米ドルに届くことが見込まれています。本号では、コネクテッド デバイスの長期的な成長に必要となる新たな技術と規制環境についても取り上げています。 通信各社は隣接市場に新しい成長源を探しながら、顧客との距離をさらに縮めようとしており、デジタルの 実力が、これまで以上に問われてきます。 2015年はM&Aが重要な年となりました。中でも注目されたM&Aは、 規模拡大とサービス内容の拡充による通信業界の再定義が続いていることを裏付けました。 通信業界のこうした状況を理解するために本レポートが役立つことを願います。質問やお問合わせは巻末に ある連絡先までお寄せください。 プラシャント・シンガル グローバル・テレコム・リーダー 塚原 正彦 EY Japan テレコム・セクター・リーダー

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Page 1: 日本語版 1003053 Inside telecom Issue17 V10 0613...1 European Tlecommunications Network Operators(ENTNO) 2 “ Worldwide Telecom 2015 Top 10 Predictions ” , IDC, 2015 3 Navigating

IoTの環境整備

Issue 17

Inside Telecommunications

はじめに

本レポートは世界各地の通信業界に影響する重要な話題について取り上げ、その市場分析とEYの見解について四半期ごとに報告しています。

ある調査によると、世界の通信事業者は2014年、OTTプレーヤーの影響によりモバイル通信の音声とメッセージングの売上げのうち140億米ドルを失いました。こうしたことから多くの通信キャリアは、より豊かな通話体験を提供するため、VoLTEとWi-Fiの提供などによる音声サービスの全面的な見直しを行っています。

IoTの市場は2020年までに現在の3倍の1.7兆米ドルに届くことが見込まれています。本号では、コネクテッドデバイスの長期的な成長に必要となる新たな技術と規制環境についても取り上げています。

通信各社は隣接市場に新しい成長源を探しながら、顧客との距離をさらに縮めようとしており、デジタルの実力が、これまで以上に問われてきます。2015年はM&Aが重要な年となりました。中でも注目されたM&Aは、規模拡大とサービス内容の拡充による通信業界の再定義が続いていることを裏付けました。

通信業界のこうした状況を理解するために本レポートが役立つことを願います。質問やお問合わせは巻末にある連絡先までお寄せください。

プラシャント・シンガルグローバル・テレコム・リーダー

塚原 正彦EY Japanテレコム・セクター・リーダー

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Contents

サービスイノベーション 4

通信各社が進めるVoLTEとWi-Fi通話 4

OTTのテレビ・動画配信に進出する通信各社 6

規制 14

インドのネット中立性問題 14

積み上がる規制当局のIoT関連“ToDo”リスト 17

M&A 20

概要 20英国とベルギーで進む コア市場の統合 21

デジタル広告、Eコマースを狙う通信事業者 22

引き続き活発なモバイル通信鉄塔の取引 23

テクノロジー 10

IoT向け低電力広域通信技術に対する通信事業者とベンダーの評価 10

業界に摩擦を起こす 無免許LTE 12

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3Issue 17 |

2015年の世界の通信業界の業績は好調でした。欧州では景気の回復が見られるとともに、M&Aにより市場も改善されています。通信業界は5年続いた売上減少の期間を経て、再び成長に向け準備を進めています1。

世界的には、通信サービスに対する消費は今年3%の上昇が期待されており、中でもアジア太平洋地域は中南米に替わり最も成長著しい地域となっています2。

EYによる世界の通信業界動向レポート”Navigating the road to 2020”によれば、通信業界のリーダーのうち3分の1以上が、新たなデジタルサービスは通信事業者の売上構成に変化をもたらし、デジタル関連の売上げは2020年までに20%以上増加すると見ています。

破壊的な競合他社が消費者の需要をリードする中、成長の源泉は急速に変化しており、顧客中心主義はこれまで以上に重要になっています。通信事業者の68%が、今後3年間で最も重要な戦略として顧客体験の管理を挙げています。

戦略的顧客体験の管理とコスト管理、ネットワークの更新と組織の機動性はいずれも重要度の高い必須事項として位置付けられている一方、他は戦略の中核から外れています。

人材確保と提携は収益の向上に大きく寄与する分野です。本レポートでもテレビ・動画関連の通信各社の戦略に関する記事の中で触れていますが、OTT事業者との提携は市場戦略として重要なツールになっており、通信各社は高額なプレミアムコンテンツに頼らない新たな顧客の需要に見合うものを探っています。

急速に変化するエコシステムとの新たな相互関係は今後さらに注目を集めることになりそうです。同業種間の提携関係は、デジタルの成長分野で規模拡大を図るための重要な道筋を通信事業者にもたらします。また、世界的な M2Mソリューションの必要性に応えるため、すでに地域横断的な団体に参加しています。GSMAは2015年8月、本レポートでも新技術として取り上げているLPWA(低電力広域)ネットワークの普及を加速するためモバイル IoTイニシアチブを立ち上げました4。

業界横断的な提携もモバイル金融サービスやスマート・シティ・プロジェクトなど、価値創出のための新たな道筋を示しています。こうしたことから、通信事業者は、デジタルエコシステムの拡大が続く中で、自らの目的適合性について分析し、現状の提携関係の枠組みについてその妥当性を評価し、見直していくことになるでしょう。

エイドリアン・バシュノンガリードアナリストグローバル テレコムセンター[email protected]

序章

出典:EY

図1 世界の通信事業者の戦略3 (質問)貴社にとって今後3年間で最も重要な戦略は何ですか。

回答率(%)

1 European Tlecommunications Network Operators(ENTNO)2 “Worldwide Telecom 2015 Top 10 Predictions”, IDC, 20153 Navigating the road to 2020, EY, 2015/9(通信業界の上位幹部40名以上に対するインタビューに基づく分析)4“GSMA launches low power wide area network initiative to accelerrate growth of the Internet of Things”, GSMA, 2015/8/20

82

50

35 32 29 2918 15

6

その他顧客体験管理

コスト管理と事業の効率性

ネットワークの更新とモダナイゼーション

組織の機動性の向上

ITシステムとプロセスの改善

新サービスの展開

人材確保 M&A、合弁、提携

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4 | Inside Telecommunications

通信各社が進めるVoLTEとWi-Fi通話

モバイル事業者はさまざまな面でその売上げのコア部分が脅かされています。近年、OTT事業者によるモバイル・インスタント・メッセージは、SMSの売上げに影響を与えてきました。同時に、モバイル事業者はVoIP(Voice over Internet Protocol)が自社の通話収入に与える影響についても懸念しています。ある業界調査によると、通話とメッセージのトラフィック減少により、通信各社は 2014年、世界で140億米ドルの売上げを失うと見られ、前年より26%減となります5。

1.

図2 世界のモバイル・インスタント・メッセージと通話アプリ

月次アクティブユーザー数(単位:百万人)

0 100 200 300 400 500 600 700 800 900

BBM

Snapchat

Line

Viber

Tango

WeChat

Facebook messenger

WhatsApp

音声通話あり音声通話なし

出典:各社資料、EYによる分析

中核的な収益源に対する OTTの影響は否定しがたいものの、通信各社はこの数年、戦略を見直しており、明るい見通しについて確信を持てるようになってきました。動画や音楽といった特定の OTTドメインにおいては、通信事業者はスポッティファイやネットフリックスなどとの提携を通じて付加価値のあるサービスが生まれています。

音声やメッセージングの分野で競合するスタートアップ企業から通信会社が学んだことは、OTT事業者の経験に勝るとも劣りません。その一例であるオレンジのアプリ「リボン」は、2012年に提供を開始したVoIPとインスタント・メッセージ・サービスであり、100カ国以上で利用されています。

サービス イノベーション

5“Operators to suffer $14bn in lost revenues this year, as OTTs take market share, Juniper Research Finds”, Juniper Researchプレスリリース、2014/10/21

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5Issue 17 |

通信事業者が通話サービスの立て直しのためさまざまな新しい規格と技術を利用している点は特に重要です。GSMAによる RCS(Rich Communications Service)の仕様は 2012年から利用可能となり、業界ウォッチャーは当初その効果について疑問を呈したものの、通信各社はRCSを活用しています。チャイナテレコムは2015年3月、国家的プラットフォームの立上げのためZTEと提携しました。2015年末までに1,500万ユーザーを目指すとしています6。一方ロシアのMTSはRCSの実証試験を行っています7。

従来のモバイル通話は、アプリとリッチテキストのプラットフォーム以上に重要な技術的見直しの段階に来ています。VoLTE(Voice-over-LTE)は音声サービス向上を目的とした業界の合意であり、帯域を有効活用し、高品質な音声と呼設定時間の短縮が可能となっています。加えて、IMS(IP Multimedia Subsystem)技術の利用により、通信事業者は音声とデータを一つのネットワークで扱うことが可能となり、コストの削減につながります。

通信業界では最近、VoLTEの進展が見られます。今や世界で25の通信事業者が高音質モバイル通話の商用サービスを開始しています。また、49カ国103の通信事業者がVoLTEの展開や研究、実証実験を進めています8。最初にVoLTEを立ち上げたのは韓国や米国でしたが、今ではすべての地域に広がっています。ボーダフォンはスペインでVoLTEの商用サービスを開始しました9。現在、世界の通信事業者の多くが、既存のHSDPAのネットワークを利用して高音質通話を提供しています。

VoLTEがモバイル通話技術とって待望のパラダイムシフトであるとすると、さらに新しい技術としてVoWiFi(Voice-over-Wi-Fi)があります。Wi-Fiはすでにスマートフォンのデータトラフィックの50%以上を占めるようになっており10、その多くは家庭での利用が中心です。モバイルデータ通信の受信可能範囲は、屋内では部分的なこともあり、通信事業者は通話プラットフォームとしてのWi-Fiの重要性を認識しています。

EEは4月、英国で初めてWi-Fi通話サービスを開始しました。ある調査によると、モバイル通信を利用できない部屋が自宅内に一つ以上あるという人は英国内で400万人以上である一方、週1回以上自宅勤務する人は5人に1人の割合となっています11。Wi-Fi通話サービスは、端末のダイヤル機能を利用し、OTTのサービスのように発信者と受信者双方がスマートフォンアプリをダウンロードするという必要がありません。Tモバイル USは2014年にWi-Fi通話を開始、3月には700万の顧客が利用しており、音声通話のうち10%がVoLTEを利用したものであることを明らかにしました12。

こうしたデータから、新しい通話技術が展開されている国々におけるモバイル通話市場の急速な変化を見て取ることができます。シスコは、VoWiFiは今後のモバイル IP通話市場に大きな影響を及ぼすだろうとしています。

6“China Mobile to take on WeChat with RCS”, Total Telecom, 2015/3/177“MTS to launch rich communications services”, MTS発表、2015/1/278“Evolution to LTE report: VoLTE global status”, Global mobile Suppliers Association, 2015/7/219“Vodafone Spain launches VoLTE” TelecomPaper, 2015/7/7

10“Juniper: 60% of smartphone, tablet data traffic will run over Wi-Fi by 2019”, FirceWireless, 2015/6/1611“EE launches Wi-Fi calling to make calls and texts available in every home”, EE発表、2015/4/712“Q&A: The castel in T-Mobile’s LTE Network”Light Reading, 2015/3/2

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6 | Inside Telecommunications

図3 世界のテクノロジー別モバイルIP通話時間通話時間(%)

53%71%

41%29%

6%

2014年 年2019

VoWiFi VoLTE VoIP

出典:Cisco

注:VoLTEとVoIPはモバイル専用。VoWiFiはWiFi接続含む。サーキットスイッチ方式のモバイル通話はこのマーケットシェア予測に基づいている。

VoWiFiの強みは、それがネイティブアプリであり、キーパッドと「連絡先」との連携が可能であるということです。また、ある調査によると、VoWiFiでは通話時間と通話頻度が増加しており、多くのモバイルユーザーがOTTの通話アプリをWi-Fi通話に切り替えています13。セルラー方式を補完するこの技術を通じて幅広い市場にさまざまな顧客体験を提供することのメリットは明らかです。

しかし、音声サービス全体の見直しのために考慮すべき点は多くあります。世界で上位5社のOTTによる通話機能付メッセージアプリの月間アクティブユーザー数は23億人強となっており、世界のモバイル回線数の30%に相当します14。

モバイル事業者にとって、OTTプレーヤーとの共存は避けがたいものとなっており、アプリのエコシステムとの関係は破壊的な新しいシナリオとして重要性になってくるかもしれません。WebRTCは、端末に特定のソフトウェアやプラグインを追加しなくても音声・ビデオ通話を利用することができるというリアルタイム通信の標準技術で、その成長が注目されています。多くは破壊の影響を見極めている段階ですが、すでにWebRTC利用の意思を示している通信事業者もいます。

OTTとの提携やOTTを模したアプリの提供、あるいはRCS対応のVoLTEやWi-Fi通話などは、通話のオプションを増やしたい通信事業者にとって有効な選択肢ですが、新たな課題も生じます。直観的なインタフェースとバンドルサービスの分かりやすさだけでなく、サービスのメリットを明確に伝えるコミュニケーションが重要となるでしょう。

ネイティブなVoWiFi通話に対応した端末を増やすことも重要となります。アップルが今年初めに行ったVoWiFi対応の発表は大きな潮目となりました。一方でVoLTEとVoWiFiのシームレスなハンドオーバーは、新たな顧客体験への扉を開くものであり、OTTサービスとの差別化が容易になるかもしれません。しかし、従来の国内外のモバイルパッケージ、あるいは家庭向けクアッドプレイ・バンドルによるこうした新しい機能との融合は、通信事業者が自社のサービス料金を高く設定する上で、音声機能をどの程度付加すべきか、方向性を定めることになるでしょう。

テレビ放送・動画配信に進出する 通信各社固定回線通信事業者にとって、テレビサービスは個人顧客との関係性を強化し家計支出シェアを高めると見られてきました。有料テレビは家庭向けバンドルパッケージの重要な要素であり、通信事業者によるテレビ事業の獲得は、活発化するM&Aの一端を担っています。

業界リーダーへのインタビューに基づく EYの最近のレポート、“Global telecommunications study: navigating the road to 2020”では、テレビと動画サービスが通信事業者の重要な成長アジェンダとなっていることが示されています。通信事業者の増収要因として、テレビと動画サービスはエンタープライズクラウドよりも上位に位置付けられています。同時に、オンライン動画サービスは IPトラフィック増大の主要因となっており、インターネットのトラフィック消費に占める動画の割合は、2019年までに現在の66%か80%に増加すると見られています15。

13“Wi-Fi calling findes its voice”, Ericsson, 2015/7 EYによる分析14 EYによる分析

15“Cisco Visual Networking index: Forecast and Methodology, 2014-2019”, 2015/5/27, Cisco

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7Issue 17 |

通信事業者はまた、IPテレビサービスの提供に踏み出しています。業界ウォッチャーらによると、有料テレビの世界売上げに占める割合において IPテレビは2014年の10%から2020年には13%に上昇すると見られています16。テレコムイタリアは2015年4月、クアッドプレイ・サービスの一つとして、スカイと共同で IPテレビサービスを立ち上げました17。また、米国を拠点とするセンチュリーリンクは同年6月、ケーブルテレビと衛星テレビに替わるものとして、「Prism テレビ」サービスを開始しました18。

テレビ放送・動画サービスをデジタル関連の最大の収益源と見ている世界の通信事業者の割合

2020年の世界の有料テレビ売上げに占めるIPテレビの割合

31% 13%

出典:Navigating the road to 2020, EY (based on interviews with 40 telecoms industry leaders)

出典:Digital TV Research

有料テレビ市場の競争激化に伴い、大手のプレーヤーは新たな差別化を模索しています。テレビ放送関連における長期戦略の成功の鍵は、OTTとマルチスクリーンによる付加価値提供力にあり、この分野におけるイノベーションの進展は速まってきています。消費者調査によれば、OTTのオプションサービスの利便性と新しいコンテンツによって、従来の有料テレビに付加価値が加わることが示されています。

このように、通信事業者とOTT事業者とのパートナーシップは、ここ最近、コミュニケーションやソーシャルプラットフォームからメディア事業へと移ってきています。ネットフリックスのような加入型オンデマンド動画配信事業者との連携は、競合が増え続けている市場で差別化を図る手段とされています。こうした協調関係では従来のテレビ事業者との関係よりも、売上げのカニバリゼーションの懸念は低いと通信各社は見ています。実際、多くのブロードバンド事業者にとってテレビサービスは、ブロードバンド市場のシェアを維持できる最も重要な手段となっています。

ネットフリックスは通信事業者とのパートナーシップで先陣を切る OTT事業者です。同社は2013年、有料テレビ事業者の英バージンメディアと初めて提携しました19。次いで、米国の複数の小規模ケーブル事業者と、さらに 2014年にはフランスとベルギーで多くの通信事業者との提携が成立しています。さらに 6月のテレコムイタリア、8月のソフトバンクなどとの提携が続きました。ネットフリックスは9月、スペインのボーダフォンとの提携を発表し、英国ボーダフォンとの関係も強化するとしています。英ボーダフォンはモバイル利用者向けに「ツースクリーン」動画配信サービスを提供しています20。

こうした成果は、技術に依存するのではなく、地理的拡大と配信基盤によって市場を拡大しようとするネットフリックスの継続的な取組みによるものです。しかし他の動画配信事業者との提携は困難になってきています。米AT&Tは5月、フールーと提携し、ウェブサイトとモバイルアプリを通じた動画配信サービスを開始すると発表しました21。

16“Digital TV World Revenue Forecasts”, Digital TV Research, 2015/517“TIM and Sky launch fibre-optic TV”, Telecom Italia プレスリリース、2015/4/1618“CenturyLink launches Prism TV in the City of Minneapolis”, CenturyLinkプレス リリース、2015/6/22

19“Netflix comes to Virgin Media”, 会社発表、2013/9/1720“Vodafone to Offer Netflix to Red Value 4G Customers”, Vodafone, 2015/9/1221“AT&T to Offer Hulu Subscription Streaming Service to AT&T Customers”, AT&T プレスリリース、2015/5/13

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8 | Inside Telecommunications

図4 OTT事業者によるテレビサービスの利用促進要因

(質問)あなたが Amazon Prime Instant Videoや iTunes、ネットフリックス、Vudu、CinemaNow、Blockbuster、Redbox、ユーチューブなどのサードパーティのレンタルサービスや定額サービスを利用する理由は何ですか?(複数回答)

7.8

14.1

18.1

27.1

31.9

38

47

51.1

60.1便利だから

料金が安いから

観たいテレビ番組がある

セレクションが良い

欲しいものを見つけやすい

iPadやタブレットで視聴できる

スマートフォンで視聴できる

ケーブル放送や衛星放送がないから

その他

出典:Digitalsmiths (Q1 2015 survey of 3,144 consumers in the United States and Canada, aged 18 years and over)

通信各社はOTTプラットフォームとの提携だけでなく、テレビと動画サービスにおける新たな顧客体験の在り方をも模索しています。オランダの独占的通信事業者 KPNは 2015年4月、OTTテレビサービス「プレイ・バイ・KPN」の試験を行いました。ライブテレビやオンデマンド動画の双方を対象にパーソナライズしたコンテンツ体験の提供を目指したもので、KPNユーザーだけでなくすべての消費者向けにも提供する予定です22。

アプリの内製だけでなく、買収と合弁も、動画市場の新たな可能性をもたらします。AT&Tは昨年、チャーニン・グループとオンラインメディアの合弁会社を設立しました。合弁会社設立とOTT動画サービスの立上げに投じられた資金は5億米ドルでした。この合弁会社は2014年9月、ユーチューブのパートナーネットワークでありコンテンツクリエイターのプラットフォームであるフルスクリーン社の株式の大半を取得すると発表しました23。また、ベライゾンは2015年5月、AOLを44億米ドルで買収した際、同社のモバイル動画配信サービスを強化するためであると強調しています24。

アジアの通信事業者も動画市場への進出を始めています。香港のPCCWは 2015年3月、モバイル・オン・デマンド動画配信プラットフォームのVuclipの株式の大半を取得しました。Vuclipは6カ国で有料サービスを提供しており、13の地域通信キャリアと提携しています。この買収は、MOOVを通じ家庭向けサービス市場で有料テレビサービスと提携した動画ストリーミングサービスと共に音楽ストリーミングサービスを提供するというPCCWのOTTの拡大戦略を示すものです25。

アジアではシングテルが、ソニーピクチャーズ、ワーナーブラザーズと共同で、Hooqという合弁会社を設立しました。このスタートアップは米国の映画、テレビコンテンツやローカルのコンテンツを提供する予定であり、アジア進出を図るネットフリックスと競合すると見られています。また、通信キャリアが持つ請求処理の仕組みを活用することで、クレジットカードが普及していない一部の新興国市場で有利になると見られています26。

通信各社は、OTTサービスを提供するための技術を持つ企業の取得も進めています。オーストラリアのテルストラは2015年6月、クラウドベースのメディア・ロジスティクスとワークフロー管理ソフトを提供するNativを買収しました。また、Ooyalaの子会社を通じたサービスも提供しています。OoyalaにはハイブリッドOTTと放送用動画の企画・制作と放送技術があります27。

このように、通信事業者のテレビと動画に関する戦略はさらなる進化に向けた転換点にあり、急速に拡大する消費者のSVODニーズと、固定とモバイルの融合、さらに「家庭向けサービス競争」が過熱する中で進むM&Aが、これに拍車をかけています。OTTサービスは通信各社のサービス拡充に重要な役割を持っており、特に競争が激化しつつある有料テレビの低価格市場では重要です。

単独のOTTの動画サービスとプレミアム有料テレビサービスの最適な組合わせとパッケージングには時間かかります。また、ローカルの有料テレビ市場における競争環境にも依存します。OTTとの提携の重要性は明らかであり、顧客ロイヤルティを高めるための保守的な戦略にとって重要です。同時にM&Aを通じて動画ストリーミングサービスを自前で提供できる機能を構築しておくことは、デジタル広告市場に関心の高い一部の通信キャリアにとって特に重要です。

多くの通信事業者は将来を見越して、家庭向けとモバイルの動画配信でいかに多くのことを実現できるか検討を進めています。この点から、クアッドプレイ戦略とLTE放送における技術的進展は、今後通信各社がOTT動画サービスでどのようなポジションを取るかという点にも影響を及ぼすでしょう。

22“KPN unveils OTT TV app plans”, European Communications, 2015/4/1723“The Chernin Group and AT&T’s Otther Media to Acquire Majority Stake in Fullscreen”, AT&T プレスリリース、2014/9/2224“Verizon to Acquire AOL”, Verizon Communications プレスリリース、2015/5/1225“PCCW embarks on a strategic expansion of OTT video business, Joining forces with Vuclip, a leading mobile video service provider for emerging markets”, PCCW, プレスリリース、2015/3/11

26“Singtel, Sony and Waner’s New Video Streaming Service Beats Netflix to Asia”, TechCrunch, 2015/6/2927“Telstra Acquires Cloud Asset Management Specialist Nativ”, stremingmediaglobal.com, 2015/6/29

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9Issue 17 |

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10 | Inside Telecommunications

IoT向け低電力広域通信技術に対する通信事業者とベンダーの評価

2.

この数年、通信事業者の技術選択が単純化している兆候が見られます。3Gや 4Gの優位性はすでに明らかです。光ファイバー網のアップグレードによって十分なパフォーマンスまであと一歩のレベルまで来ている新しい技術からメリットが得られるのです。

しかし、データ通信の高速化と固定・モバイルの融合の進展は、通信各社が直面している選択肢の縮小化が間違っていることを示しているかもしれません。モバイル通信業界は5Gの活用方法と必要な周波数について検討を重ねているものの、こうした疑問はIoTの技術要件めぐってさらに議論を呼び起こしています。

IoTはその性質上、無数の活用方法と顧客インタフェース、技術標準を参照します。スマートメーターとコネクテッドカー向けネットワークと端末の性能要件は、ホームオートメーションの要件とは大きく異なります。このため、IoTのサービスに特化した新しい技術が登場しています。

低電力広域通信技術(Low-Power, Wide-Area、以下「LPWA」)は、IoTの中で注目すべき役割を担うと見られています。ネットワークのスループットを犠牲にしてコストを削減し、必要な電力量を抑え、カバーエリアを広げることのできるLPWAは、モジュールのバッテリー寿命の長さが重要で送信速度が求められないスマートメーターや街路照明といった用途に適しています。

今後LPWAは、スマートモバイル端末市場に大きな影響を与えると見られています。シスコは世界のモバイル端末接続に占めるLPWAの割合が2017年の2%から2019年までに8%になるだろうと予測しています28。

図5 世界のモバイル端末市場シェア

0%

20%

40%

60%

80%

100%

2014年 年2019

LPWA 2G 3G 4G

出典:シスコ

テクノロジー

28“Cisco Visual Networking Index: Global Mobile Data Traffic Forecast Update 2014-2019 White Paper”, Cisco, 2015/2/3

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11Issue 17 |

LPWAのコスト削減効果は、さまざまな M2Mソリューションを可能にします。通信各社はベンダー協力の下、M2Mポートフォリオを形成しています。テレフォニカとSKテレコム、NTTドコモは2015年2月、フランスで IoT向けネットワークを開発・提供しているSIGFOXに対し、1億1,500万米ドルの出資を行いました。SIGFOXは2009年創業、フランス、スペイン、英国で30万台の端末が接続するネットワークを展開しています。また、米国への展開も進めており、今後3年のうちに人口の90%をカバーする計画です。ネットワークは免許を必要としない同社の868MHzから902MHzの周波数帯を利用する予定です29。

フランスの通信事業者ブイグテレコムは2015年3月、LPWAの一種であるLoRa技術を用いた IoTネットワークのサービス開始を発表しました。KPN、オレンジ、スイスコムなどが参加する投資コンソーシアムは同年6月、フランスのスタートアップ企業 Actilityに出資しました。同社は LoRaをベースとし、企業向けや都市計画などのスマート化開発に応える IoTプラットフォームを提供しています30。同じくActilityに出資している鴻海は、Actilityのプラットフォームを台湾、中国、その他アジア地域に展開する計画です。

大手ベンダーは LPWAのビジネスチャンスに注目しています。サムスンは 6月、SIGFOXに出資しました。出資額は非公表です。中国のネットワーク機器ベンダーの華為はWeightlessと呼ぶ独自技術を持つ英国のLPWAプロバイダーを取得しました。英国の大手通信事業者BTはNeul Networksと共同で、さまざまな公共サービスの提供を可能にするオープンIoTネットワーク構築の契約をミルトンキーンズ市議会と締結しました31。

LPWA規格は低電力でコスト効率の良い技術として登場してきましたが、他の技術も広域接続に対応しています。無線LAN規格であるZigBeeは、類似する市場分野に対応した無線バックホールのような技術と組み合わせることができます。

重要なのは、通信事業者とベンダーは IoT向けに利用できるコスト効率の高い新しい LTEについても検討しているという点です。ボーダフォンは2015年2月、通信事業者として初めてコストの低い華為のセルラー IoTテクノロジーを採用すると発表しました。水道メーターや消火器への利用を想定しています。両社は、多くのモバイルエコシステムがこの技術を適用できるよう、3GPPによって業界のオープン規格として採用されることを目指しています32。また、フィンランドのノキアと韓国のKTは、M2M向けLTE(LTE-M)で協力しており、2015年第4四半期までに、世界で初となる実証実験を行う計画です33。

図6 IoT技術の消費電力と性能の違い

10

1

0.1

年日

バッテリー寿命

4G

データスループット(

   

3G

2GLTE-M

LPWA

Mbps

出典:EY29“IoT startup Sigfox launching 902MHz network nationwide in U.S.”FierceWireless, 2015/3/330“Internet of Things specialist Actility announces $25 million funding round led by Ginko Venturess, KPN, Orange, Swisscomm and Foxconn”, Business Wire,2015/6/1631“BT pioneers‘Internet of Things’open network in Milton Keynes”, BT,2014/6/10

32“Vodafone extends its network capability to further support the Internet of Things”Vodafone Group, 2015/233“KT, Nokia Netwroks launch first IoT lab in Korea”, Nokia, 2015/7/20

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12 | Inside Telecommunications

セルラー技術やWi-Fiから新登場のLPWAやメッシュネットワークといった IoT向けの技術は通信事業者にとって新たな課題となっています。LPWAは慎重な設計が求められる IoTの世界で重要な役割を担うことができます。通信事業者にとっては保有している周波数帯を有効活用しIoTで優位に立つことができる、LPWA以外の利用という選択もあり得ます。一方で、サービス保証がこれまで以上に求められる状況は、技術力で収益を上げるチャンスとなります。同時に、多くの LPWAの用途は都市を基本とした開発になるかもしれません。この場合、通信事業者は地域単位でビジネスケースのメリットを検討しなくてはなりません。

とはいえ、スマートパーキングやスマートメーターなど、LPWAに特化したサービスは、スマートホーム・スマートシティ計画にとって重要になるでしょう。このため、既存のサプライヤーとの関係性を見直す必要が生じるでしょう。一方で専門的な人材の獲得が問題化するかもしれません。その際は、最新の技術規格に後れを取らないことが重要です。特にM2M向け LTEの標準化は、LPWAの新バージョンと合わせて注目を集めることになります。

業界内に摩擦を起こす免許不要 LTEモバイル通信業界にLTEが与えた影響は衝撃的なものでした。現在、世界143カ国で422の通信事業者が4Gの商用サービスを提供しており、2015年7月までの1年間で106の通信事業者が新サービスを投入しました34。同時に、通信事業者はキャリアアグリゲーション技術によって4Gの性能向上を図っており、新たなテレフォニーサービスをサポートする目的でLTEを活用しています。

この数カ月、多くのプレーヤーが免許不要の周波数帯でのLTEの利用を検討しています。LTEと免許不要周波数帯の組合わせは、4G向けの限られた周波数を最大限活用することになります。このシナリオでは、負荷が掛かる4Gネットワークは5GHz帯など未使用の周波数をキャリアアグリゲーションによって有効活用でき、高速なダウンロードレートを可能とします。当初米国のクアルコムがLTE-U(LTE in Unlicensed Spectrum)と名付け提案していたものでしたが、現在ではエリクソンのLAA(License Assisted Access)をはじめ、多くのベンダーがこの技術を推進しています。すでに3GPPのリリース12に含まれており、詳細な技術仕様は3GPPリリース13で盛り込まれるものと期待されています。

通信事業者はUnlicensed LTE(LTE-U)に多くの利点を見いだしています。ベライゾンは昨年、LTE-Uの技術的側面について多くのベンダーと検討するため、LTE-Uフォーラムを設立しました。同社は2015年初め、2016年から5GHzと3.5GHzを使ったLTE-Uを展開すると発表しました。TモバイルもLTE-Uの準備を進めています35。

韓国の通信事業者も免許不要周波数帯でのLTE試験を行っています。LG Uplusは5月、5.8GHzでの LTE-U実証実験を行い、600Mbpsのデータレートを達成しました36。数カ月前に行われたボーダフォンスペインによる試験でも同様の性能レベルを達成しました。

35“Confirmed: T-Mobile to launch unlicensed LTE at 5GHz, possibly next year”, Fierce Wireless, 2014/12/1736“LG Uplus demonstrates LTE-U network”, RCR Wireless, 2015/12/12

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13Issue 12 |13Issue 17 |

図7 LTE-U/LAA展開の推移

免許不要周波数を利用したLTEの最初の提案

LTE-Uに関する3GPPワークショップの第1回目

LTE-Uフォーラムの発表

通信事業者とベンダー各社によるMWC2015発表

LTE-Uの展開開始予定

LAA-LTEに関するIEEEと3GPPのリエゾンシリーズ

FCCによるLTE-U/LAAに関するパブリックコメントの募集開始

3GPPによるLAA、LWAを含むリリース13の最終化

2013 2014 2015 2016

一方で免許不要周波数帯におけるLTEの利用は議論も呼んでいます。同周波数帯を利用するWi-Fiサービスの混乱が懸念されるためだけではありません。これまでに行われた複数の調査では干渉の問題が指摘されていますが、他の研究では両技術の回避メカニズムによって干渉の問題は緩和される可能性があるともされています。

LTE-Uフォーラムはすでに、LTE-U・Wi-Fi事業者間やLTE-U事業者間で公平な周波数利用を推進するための共同仕様を公表しています37。業界内に広がる不安を軽減するためのこうした取組みにもかかわらず、LTE-Uの標準化前の提携は、世界で数十億人が利用するWi-Fiのサービス品質低下を招く可能性があるとしています。

発展途上の LTE-Uに技術的な課題があることは意外ではありませんが、LTE-Uが通信事業者のモバイルデータ戦略に与える影響は予測困難かもしれません。一部の業界ウォッチャーは、LTE-Uはリアルタイムの音声やデータサービスと共に既存の周波数に付加されるベストエフォート型サービスとして利用されることになると見ています。

同時に、国内でWi-Fiサービスを展開している通信事業者、ケーブル事業者、Wi-Fi専門業者の不信感は、技術的課題が完全に解決されるまではぬぐえないでしょう。通信当局はサービス品質の面で消費者を保護すると同時に免許不要周波数の全利用者の公平性を確保するという困難に直面することになります。

37“LTE-U Forum: Ensuring LTE and Wi-Fi fairly coexist in unlicensed spectrum”, Qualcomm, 2015/3/3

出典:Ruckus Wireless, EY

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14 | Inside Telecommunications

インドのネット中立性問題

3.

ネット中立性に関する議論は依然として活発です。米国の通信連邦委員会(Federal Communications Commission、以下「FCC」)は2015年2月、ネット中立性に関する規則を可決しました。この規則は、オープンで自由なインターネットを保護し、ISP事業者によるデータの差別的な取扱いを禁止する狙いがあります。これより前に、米連邦控訴裁判所は2010年のネット中立性法案を無効と判断したことがあります。

欧州の規制当局もまた、オープンインターネットの原則を保護しようとしています。欧州は歴史的に、ウェブの中立性というコンセプトから逸脱した階層型インターネットの扉を開くなど、通信事業者によるトラフィック管理アプローチを志向しています。デジタル単一市場に関する議論の一環として、2015年6月、欧州委員会と欧州議会、EU理事会の三つの欧州機関は、通信事業者によるインターネットの「特別サービス」の提供は可能とし、一方で、有料トラフィックの優先接続禁止を認めない規則案

で合意しました38。欧州議会は2015年10月、同年6月に可決されたこれらの規則に対する改正案については否決しました。EUは公平性を強調したものの、欧州の規則の中で検討されている指針をミックスすることは、ネット中立性に対する明確なコミットメントの考え方に反すると、多くの識者は指摘しています。

先進国市場のニュースフローは多くの点でネット中立性に関するこれまでの議論をなぞっているにすぎません。北米におけるフリーインターネットの大胆な主張は、西欧のより微妙な解釈と対立しています。ネット中立性の議論はこれらの地域ではまだ注目されていませんが、EYの調査からは、新興国市場の多くの通信事業者がオープンインターネット規則について懸念していることを示しています。

図8 ネット中立性に対する通信事業者の対応の地域差(質問)今後2、3年の間で、どの規制問題が通信業界に与える影響が強いと思いますか?

0 20 40 60 80

規制課題の上位三つにネット中立性を挙げている割合(%)

規制課題のトップにネット中立性を挙げている割合(%)

先進国市場の通信事業者

新興国市場の通信事業者

出典:EY Global telecommunications study: navigating the road to 2020(40名の業界リーダーに対するインタビューに基づく)

規制

38“Commission welcomes agreement to end roamng charges and to guarantee an open internet”, European Commisssion プレスリリース、2015/6/30

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インドでもこのところネット中立性に対する注目が集まっています。インドではOTTサービスが広く普及しており、業界ウォッチャーらは、音声通話収入はカニバリセーションの影響により半減する可能性があると予測しています39。一方でサービスの適正価格の問題は依然として議論の的であり、通信各社はモバイル・データ・パッケージの普及を促進するため、OTT事業者との連携を通じた新しい料金体系の模索に懸命です。

Eコマースアプリを提供するフリップカートは、2015年初め、モバイル事業者バルティエアテルのプラットフォーム、エアテルゼロへの参加を交渉中でした。これはデータ利用量に応じてモバイルアプリ提供会社が料金を支払い、顧客はアプリを無料で使用することができます。しかし、提携のニュースは顧客の反発を買いました。インターネットのオープン性を損ねると懸念されたためです。フリップカートはその後、プラットフォーム参加の交渉を中止したと発表しました40。

同じころ、インドの規制当局もOTTサービスに関する法制度について検討していました。インド電気通信規制庁(Telecom RegulatoryAuthority of India、以下「TRAI」)はOTT規制に関する諮問の一部として、オープンインターネットを求める市民から100万を超える

陳情を受けたことを明らかにしました。3月に公表されたオリジナル文書によると、モバイル事業者による調整を回避するため、TRAIはインターネット企業に対し、サービスライセンス料の支払いを提案しています。

NDTVやタイムズ・インターネットといったインドの大手メディア企業は、ソーシャルメディア大手のフェイスブックが推進するイニシアチブ、Internet.orgから脱退することを発表しました。Internet.orgはインターネットにアクセスできない地域にウェブサービスを提供しようというもので、貧しい人々に無償で提供するには、通信事業者との提携が頼りです。モバイル事業者のリライアンス・コミュニケーションズは 2015年2月、フェイスブックに協力し、インド国内で Internet.orgを開始すると発表していました。

この騒動以降、インドの公共部門のネット中立性に関する見方が変化しています。インド電気通信局は2015年7月、報告書を公表し、ネット中立性は支持するとしながらも、一部のVoIPサービスについては課税対象とすることを勧告しました。インド通信 IT省のラヴィ・シャンカール・プラサード大臣は同月下旬、電気通信局の報告書は確定版ではないとしました41。

39“OTT players like Whatsapp and Skype could cut telcos voice revenues by half, says Credit Suisse report”, Economic Times, 2015/5/2740“Flipkart ends talks to join Bharti Airtel marketing platform”, Reuters, 2015/4/14

41“Telecom Minitster Reiterates Net Neutrality Recoomendations Not Final”, NDTV, 2015/7/23

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16 | Inside Telecommunications

オープンインターネットの議論に関する市民の関与はこの問題が感情的なものであることを示しています。議論の要素は変化しています。歴史的に見て成熟した市場ではネット中立性の問題は、市場拡大を急ぎたいテクノロジー企業とネットワーク投資を回収したい通信事業者との激しい確執の中で浮上してきました。

図9 ネット中立性の法制化

ネット中立性に関する法律または規則が施行されている。

ガイドライン案を審議中。 拘束力がない、または民間レベルのネット中立性に関する合意がある。

EU 27

しかし、インドにおけるゼロレートアプローチに対するエンドユーザーの不安から、通信事業者とOTT事業者が共にサービス料金の適正化を促進するという、スポンサー付きインターネット課金モデルの考え方に対する疑問が生じています。

にもかかわらず、規制当局のこの問題に対する姿勢は市場によってまちまちです。欧州単一市場に関する最近の発表の中で、EUはゼロレートが「コンテンツ競争を妨げることはなく、価格に敏感なユーザーに向けたさまざまなサービスが提供されうる」としました。一方で、消費者の選択の幅がこのシナリオによって狭まることがないことを確認する必要があるだろうとも強調しました42。

今後ゼロレートをめぐる問題は成熟市場と新興市場の両方で議論が高まると見られます。チリからオランダまでさまざまな市場の規制当局は、すでにゼロレートパッケージに対する規制を行っています。しかし米国ではゼロレートについてケース・バイ・ケースの対応が、オープンインターネット規則の一部として推進されており、その他の規制当局もこれに従う可能性があります。ネット中立性の問題はエンドユーザーの利益についてさまざまな議論を招く複雑な問題であるためです。

ゼロレートの議論はネット中立性の枠組みがさらに複雑で微妙なものになりつつあることを示すサインであり、規制当局の姿勢は市場によってさまざまです。通信事業者は新たな提携に基づく課金モデルを検討する中で、エンドユーザーと規制当局の姿勢の変化に対応していくことになるかもしれません。

42“Roaming charges and open internet: questions and answes”, European Commission, 2015/6/30

出典:EY

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積み上がる規制当局のIoT関連“ToDo”リスト世界的なコネクテッドデバイスの増加とIoTの広がりは全産業にわたってホットトピックとなっており、そのビジネスチャンスは驚くべきものがあります。市場予測はさまざまですが、今後10年間でデジタルエコノミーは年間1兆米ドルの価値を生むとも期待されています。接続関連の成長速度はやはり驚くべきものがあり、世界のコネクテッドデバイスの数は2015年の49億台から2020年の250億台にまで成長すると見られています43。

この成長予測は十分現実味を帯びており、デバイスのすさまじい進化と各業界、社会でさまざまな規制上の課題が発生しています。標準化と相互接続性の懸念が、IoT成長の初期段階における副産物であることは明らかですが、今では IoTが生み出す膨大なデータがセキュリティとプライバシー、インテグリティの問題を突き付けています。

IoTの社会経済的利益にも民間・公共部門の注目が高まっています。輸送業や製造業など早期に適用を始めている業界はありますが、スマートメーターが電力業界変革のシグナルとなる一方、スマートシティの具体化に伴い、2020年までに政府が IoTソリューションの展開を主導することが期待されています。こうした点から、国の政策と各業界のルールと義務は、IoTがさまざまな期待に応えるための重要な役割を担っています。

図10 IoT分野の主要な規制と政策

常時ローミング税制等その他規則

周波数要件

データ保護とプライバシー

ネットワークの堅牢性

規制の透明性

国際協調の重要性

番号割当て

出典 : オフコム、EY

ローミングはM2M市場で重要な問題です。例えば164番号の国際的な利用は、しばしば「常時ローミング」と呼ばれ、すべての地域でローカル SIMを提供する必要がなく、国際的なコネクティビティのためのサプライチェーンを最適化します(自動車や家電業界での IoT利用に重要です)。モバイル事業者が海外のSIMをどの市場でも利用できるようにし、国際ローミングでのアドバンテージを図ることもできます。これまで、多くの規制当局は常時ローミングのガイドラインを提示していないため暗黙的に容認していることが多く、規制レベルはいまだに不透明です。

Machina Researchが行った調査によると、68カ国中55カ国で規則が存在せず、常時ローミングを特別に許可しているのが11カ国、禁止が2カ国でした。常時ローミングのため規制の透明性を高めておくことはM2M用SIMへの切替えに掛かる高いコストを考えれば、M2Mのビジネスモデルの強化になるかもしれません。また、リモートローカルSIMへの道を切り開くことになるかもしれません。GSMAはローミングを必要としないグローバルSIMも検討しており、欧州電気通信標準化機構(ETSI)にレコメンデーションを提出しています。

43“Gartner Says 4.9 Billion Connected “Things Will Be In Use in 2015”, Gartner プレスリリース、2014/11/11

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18 | Inside Telecommunications

図11 常時ローミングに関する規制当局の姿勢

国の数

2

52

3

11明確に禁止している

不明確(おそらく禁止している)

不明確(おそらく許可している)

明確に許可している

出典:Machina Resarch

番号割当ては多くの市場で規制上の問題となっています。規制当局の多くは地域を限定しない番号をM2M向けに割り当てていますが、ブロックサイズや条件はさまざまです。本来、M2Mと IoTサービスは番号を必要としておらず、IPv6の進展はこの問題の別のソリューションを示しています。

周波数をめぐる法制度も M2Mサービスが成長する上で重要な役割を持つことになります。多くの既存のM2Mサービスは 2Gのネットワークと周波数に依存しているものの、一部の通信事業者はこれらのネットワークを数年以内に切り替える計画で、2015年初めにはシンガポールの大手モバイル事業者による発表がありました。

このような状況では、M2M向けの新しい周波数が重要となっています。テレビのホワイトスペースの周波数を IoT向けに再割当てしようとしている規制当局もあります。英国とシンガポールの規制当局はこの帯域のM2Mの試験を注視しています44。Ofcomは 2015年9月、100MHz以下のVHF帯10MHzの再利用計画に関する協議を開きました。この帯域は長距離通信が可能なため、スマート農業や環境センサーでの IoT利用に拍車がかかると考えられます45。

しかし、このような動きは現時点では少数派です。M2Mデバイス向けに周波数割当てを行ったのは英国だけです。IoTは多くの国で周波数割当ての長期計画にさえ盛り込まれていません。今後数年間、規制当局は高周波数帯を解放する中で、積極的に IoT用の周波数を特定する役割が求められることになるでしょう。

ネットワークの堅牢性の問題も規制当局が従来の要件を見直す 可能性があります。IoTサービスは低価格端末に依存し、大量のデータを伝送します。このことがサービスの継続性の面で新たな課題となるでしょう。

データ保護は議論を呼ぶ分野であることが、最終的に明らかになってくると考えられます。一つには、コネクテッドカーやホームオートメーションといった IoTの利用形態によって、パーソナルデータの収集が進み、エンドユーザーが知らないうちに集約されたり共有されたりするといったことが起こり得ます。加えて、IoTのセキュリティの不備は情報システムに対する攻撃を可能とし、事業継続性や個人の安全にとっても脅威となるかもしれません。しかも、データへのアクセスと保管に関する政府の姿勢が国によってまちまちであり、クロスボーダーな IoTのビジネスケースに影響を与えかねないデータ主権(data sovereignty)の考え方とは対照的です。

このように、通信関連規制当局にとって、国あるいは国際間で協調すべき IoT環境について、他の業界に波及する政策の枠組みを明確にするために、他の政策立案当局や規制関係者と協働するという課題があります。IoTの協議内容をまとめた報告書の中でOfcomは、規制の透明性を一層高めるために、英国の情報コミッショナー(ICO)などと協働する必要性を強調しています46。

EUデータ保護規則は2015年6月、3年にわたる論争を経て閣僚らによって合意されましたが、法案の最終化に向けた交渉が残っています。これまでの規則は国レベルでの解釈が可能な指令(Directives)でしたが、この規則はデータプライバシーに関するより強力な規則の先陣を切るものです。この交渉では、パーソナルデータとそうでないデータの構成の違いと、IoTのビジネスモデルに影響を与えかねない要因についての検証が残されています。

ビジネスと消費者の IoTのデータセキュリティに関する意識は高まっており、ここにも政策立案当局が果たすべき重要な役割があります。規制当局もまた、規制レベルを高める必要性を認識しており、企業はデータ管理者としての行動を求められています。IoTのプライバシーとセキュリティについて検討した報告書の中で、FCCは構築中のIoTソリューションやIoTデバイスの展開に当たりセキュリティについて意識するよう、多くのレコメンデーションを示しています。

簡単に言うと、IoTの世界は現行の規制体系に多くの課題をもたらすということです。これらの問題に関する規制に対する総体的視点が多くの国で欠けており、シンガポールと英国のみが、IoTが求める政策の視点と、投資とイノベーションにどう関係するかを明らかにしています。

今後、変化し続ける IoTの世界に対して、国のデジタル政策を明確に示すことになるでしょう。周波数割当てやデータ保護といった政策領域には高度な国際協調が必要となります。様子見というのも現行の規制にの負担を抑制するのに役立つかもしれません。しかしIoTのビジネスモデルは今後数年間、規制の透明性をさらに求めることになるでしょう。

44“テレビのホワイトスペース用周波数のM2M向け転用については、Inside Telecommunications 第16号を参照のこと。http://www.shinnihon.or.jp/services/industries/telecommunications/ knowledge/2015-06-08.html 45“More Radio Spectrum for the Internet of Things”, Ofcom, 2015/9/10

46“Promoting investment and innocation in the Internet of Things: Summary of responses and next steps”, Ofcom, 2015/1/27

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20 | Inside Telecommunications

概要

4.M&A

世界の通信業界の M&Aは、2015年も2014年と同様の高いレベルを維持しました。2015年第1四半期のM&A件数は90件、第2四半期では143件に達しました。取引額では430億米ドル、第2四半期は490億米ドルでした。2015年上半期に公表されたM&Aの80%は10億米ドルを超えており、数十億米ドル規模の取引が多く見られました。

西ヨーロッパは2015年もM&Aの最前線でした。2015年第2四半期、同地域の取引額は全体の46%を占めました。フランスやベルギー、英国で大手プレーヤーが市場内統合によって規模拡大を目指したことによります。北米でも多くのM&Aがありました。市場の成長と隣接市場への進出はダイナミックなM&Aの動きを表しています。

アジア太平洋地域のM&Aは欧米に比べ低水準にとどまったものの、同地域の通信各社はコア事業におけるM&Aと共にICT分野への進出にも引き続き力を入れています。2015年6月までの3カ月間にオセアニア地域でM&Aもありました。オーストラリアの

G2グループは4月、ニュージーランドで第3位のISP事業者コールプラスグループを買収すると同時に、同じくオーストラリアのISP事業者 iiNetの買収にも名乗りを挙げ、5月にTPGテレコムから12億4,000米ドルで取得することに合意しました47。

東アジアの通信事業者にとっては成長著しいテクノロジー分野への進出が今も重要です。2015年第2四半期、日本と韓国の通信事業者はEコマース事業を取得しています。Eコマース分野に対する通信事業者の関心が高まっていることを示しています。通信業界のリーダーに対してEYが行った調査によると、世界の通信事業者の39%が、Eコマースやマーケティング、広告サービスを、今後のデジタル分野の収益源として上位三つに挙げています48。

図12 地域別通信業界のM&A取引額(2015年第1~第2四半期、単位:百万米ドル)

$16

$2,044

$16,225

$24,749

$425

$5,168

$16,492

$26,962

Japan

Asia-Pacific

Americas

EMEIA

2015年第2四半期 2015年第1四半期

出典:ThomsonOne, CapitalIQ, Mergermarket

47“iiNet Board Backs TPG Telecom Bid Over Rival Offer from M2”, Bloomgerg, 2014/5/548 Global telecommunications study: the road to 2020, EY, 2015/9

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英国とベルギーで進むコア市場の統合2015年上期、欧州市場では市場構造を大きく変えるようなM&Aが複数見られました。英国のモバイル事業者スリーの親会社である香港のハチソンワンポアは3月、スペインのテレフォニカから英国でモバイル事業を展開している同業のO2UKを102億5,000ポンド(153億米ドル)で買収すると発表しました49。

英国で第4位と第2位のモバイル事業者の統合という今回のM&Aにより、3,300万の加入者を持つ業界トップの新たなモバイル事業者が誕生しました。この発表は、英国の大手通信事業者BTグループが同業の大手通信事業者EEを125億ポンド(191億米ドル)で取得することで合意したとの発表から1カ月後のことでした。

テレフォニカにとってこのM&Aは、ノンコア資産を削減するという同社の戦略に沿った最新の動きです。同社はこれまでチェコとアイルランドから撤退し、ブラジル、ドイツ、スペインに集中しています。売上げから得られるキャッシュは業界内で最高の配当を支えるとともに、約360億ユーロの負債削減にも役立つでしょう50。欧州事業の規模拡大を進めているハチソンワンポアにとってもこの取引は最大のものです。同社はオーストラリアのモバイル市場でもM&Aを進めており、昨年はテレフォニカのアイルランドの事業も取得しています。

ただし、この取引は規制当局の調査の対象となりました。Ofcomの幹部は10月、英国内に4つのモバイル事業者というのが競争上適正な数字であるとの考えを示し、この買収に疑問を投げ掛かけました。これ以前にも、英国の公正取引委員会が、この買収は競争レベルに重大な影響を与えるかもしれないとして警告していました51。

ベルギーも統合が進んでいる市場です。多国籍ケーブル事業者リバティグループは4月、ベルギーにある子会社のテレネットグループ・ホールディングが、オランダの独占的通信事業者KPNからベルギーの通信事業者BASEを13億3,000ユーロ(14.3億米ドル)で取得することで合意したと発表しました。支払はすべて現金です52。

リバティグローバルはBASE買収の合理性を強調し、成長するモバイル市場における資産的プレゼンスと幅広い買収提案の重要性を訴えました。ベルギーは先進的マルチプレイ市場であり、市場内の4分の1の世帯にトリプルプレイやクアッドプレイといったバンドルパッケージが提供されています53。

モビリティはベルギー市場のバンドルの4分の3を占めています。BASEと330万の顧客の獲得によって、2006年からベルギーでMVNO事業を手掛けてきたテレネットのモバイル分野での事業基盤が強化されます。

図13 ベルギーの家庭向けバンドル市場(2014年)

提供するバンドルタイプの割合(2014年末)

ダブルプレイ

トリプルプレイ

クアッドプレイ

クイントプルプレイ

72

19

6 3

出典:ベルギー郵便電気通信庁(BIPT, Belgian Institute for Postal Services andTelecommunications)

49“HWL reaches agreement with Telefonica to acquire O2 UK”, Hutchison Whampoa Limited, 2015/3/2550“Hutchison to buy Telefonica UK unit for 10.25 billion pounds”, Reuters, 2015/1/2351“Ofcom casts doubt on O2/Three merger”, BBC, 2015/10/7

52“Liberty Global’s Subsidiary Telenet to Acquire BASE”, Liberty Global プレスリリース、2015/4/1953“Annual report 2014”, Belgian Institute for Postal Services and Telecommunications

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KPNにとっては、ベルギーからの撤退はドイツのモバイル市場からの撤退に続くもので、同社の国内市場への集中化を示しています。欧州の独禁当局は10月、この買収の調査を開始しました。発表によると、当局はベルギーの消費者にとって価格と選択肢の両面からモバイル分野の競争に与える影響を調べるとしています。判断は2016年2月になる見込みです54。

M&Aはフランスの市場でも続いています。ルクセンブルクを拠点とするケーブル事業者アルティスは6月、フランスの第3位の固定・モバイル事業者ブイグテレコムを 113億米ドルで買収すると発表しました。買収のニュースはブイグテレコムがフランスのビベンディからSFRの取得をめぐってアルティスと競った1年余り後のことでした。しかしフランスの経済相がこの買収を批判するなどして、政治的な抵抗に直面しました55。

ブイグテレコムは同月、提案を拒否しました。活発な買収を続けているアルティスのCEOはその後、コスト削減とケーブルシステムとの連携に目を向ける考えを示し、9月、米国のケーブルビジョンシステムズを177億米ドルで取得しました56。

欧州の他の地域でも、通信各社は有料テレビ事業をクロスボーダー事業の一つにしようとしています。スウェーデンのデジタルエンターテインメント企業MTGは2月、関連会社であるケーブルテレビ会社Sappaの株式50%をフィンランドの通信事業者 Anviaに売却しました。Anviaは家庭向け市場でクアッドサービスを提供しています57。他にもクロスボーダーな動きとして、ボスニアのモバイル事業者Telekom Srpskeがモンテネグロのケーブルテレビ事業者Cabling dooを買収しました。

デジタル広告とEコマースの 事業化を目指す通信事業者 通信各社はコア市場の分野を超えて、急速に成長している隣接市場でM&Aの機会を模索しています。これまで ITサービスとデータセンターが通信事業者の新たな成長分野と見られてきましたが、テクノロジーの他の分野もターゲットの一つと考えられるようになっています。

2015年第2四半期で最大規模のM&Aの一つは、ベライゾンコミュニケーションズによるAOLの買収で、取引額は440億米ドルでした。すべてをキャッシュで支払うこの買収は、将来の成長のため、デジタルと動画のプラットフォームを構築するというベライゾンが発表している戦略において重要な意味を持つ新たな局面です。ベライゾンはAOLの買収について、LTEの動画とOTTの動画戦略を促進するものであると同時に、IoT分野における同社の課題解決に貢献するとしています58。

AOL自体、オンラインポータルのハフィントンポストやテッククランチなど、しっかりとしたコンテンツポートフォリオを所有しており、2015年初頭には広告プラットフォームを立ち上げています。これは一層の収益拡大を支えるものになるとベライゾンは見ています59。ベライゾンは近年、メディアサービス事業を強化する動きを見せており、動画エンコード事業者のアップリンクや、CDN事業者のエッジキャストを買収しています。

図14 世界のモバイルインターネット広告費

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モバイルインターネット広告費(

 億米ドル)

全メディアに占める割合(%)

モバイルインターネット広告費 全メディアに占める割合(%)

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出典:eMarketer

他の通信キャリアもデジタル広告市場への進出を進めています。O2 UKは5月、Weveを買収しました。Weveはモバイル広告プラットフォームであり、2014年には8億5,000万ポンドまで拡大した英国のモバイル広告市場で収益を挙げる計画でした60。オーストラリアの通信事業者テルストラもデジタル広告とメディア市場への進出を進めています。英国の双方向動画広告プラットフォーム

54“EU Opens Investigation Into Liberty Global’s Acquisition of BASE”, The Wall Street Journal, 2015/10/555“Altice Offers to Buy Bouygus Telecom for $11.3 Billion”, The New York Times, 2015/6/2156“Altice CEO Says Buying Spree Paused after cablevision Deal”, Bloomberg, 2015/9/2357“MTG sells stake in Sappa cablenet”, Broadband TV News, 2015/2/16

58“Verizon to Acquire AOL”, Verizon Communications, 2015/5/1259 同上60“O2 UK buys mobile payments venture Weve from Vodafone UK and EE”, Fierce Wireless Europe, 2015/5/5

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のNativは6月、テルストラの子会社のOoyalaに買収されたことを発表しました。Nativは、Ooyalaに加わることで事業規模拡大を速めることができるとしています。現在世界で500を超える放送事業者とメディア企業、マーケッターがOoyalaの動画・広告配信プラットフォームを利用しています61。

Eコマースも高い成長率を誇るテクノロジー分野であり、eMarketerは、世界のEコマース市場は2015年に25%拡大すると予想しています。この大部分は、アジア太平洋地域で進むスマートフォン革命によるもので、同地域の通信事業者は今後数年間高い成長を維持すると見られる同分野で優位に立とうとしています。

ソフトバンクは2015年5月、韓国の新興企業であるEコマース事業者クーパンの株式20%を取得しました。買収額は50億米ドルで、韓国のインターネット分野への投資としては過去最高額となりました。KDDIは4月、LUXAの株式の大半を取得しました。取得額は非公表です。LUXAは衣類から週末旅行まで扱うEコマースサイトを運営しており、高額商品のタイムセールを提供しています。同社の会員数は2014年11月までに100万を超えたと言われています62。

39%広告、マーケティング、Eコマースをデジタル関連収入の成長機会として上位3つに挙げているグローバル通信事業者の割合

モバイルタワーの活発な取引モバイル通信用タワーの取引は通信業界におけるM&Aの主要テーマとなっています。通信事業者にとってはノンコア資産の収益化であり、タワー会社にとっては自社のタワーポートフォリオを拡充し、成長中のリース需要に応える狙いがあります。

ベライゾンが2月に行った50億米ドルのタワー売却は、2015年第1四半期最大のものでした。ベライゾンは同社が持つ1万1,300以上の無線用タワーの権利をアメリカンタワーにリースしており、他方アメリカンタワーも、さらに165のタワーを固定価格で買取りできるオプションを持つことになっています。この条件は、リース期間終了時に想定される公正な市場価格に基づいています63。

イタリアの通信事業者ウィンドは2015年第1四半期、同社のタワー子会社ガラタの株式の90%をアベルティスの子会社セルネックス・テレコムに売却しました。売却額は7億7,500万米ドルで、7,377本のタワーが含まれており、セルネックスは欧州最大のモバイル・放送インフラ事業者となります64。

新興国市場でもタワー関連の取引が多く見られました。エジプトのモバイル事業者Mobinilは、2,000本のタワーを地方のタワー会社イートンタワーズに1億3,100万米ドルで売却しました。イートンタワーズは同時に、アフリカ地域での拡大とM&Aのため、新規・既存の株主から3億5,000万米ドルの資金調達を行っていたことを発表しました65。

ブラックストーンが保有するフェニックスタワーインターナショナルは6月、T4Uホールディング・ブラジルの買収を発表しました。同社はブラジルで500本以上のタワーを運営しています。T4Uは社名フェニックスタワーと変え、529の無線用インフラ資産を運営することになります。同国の主要モバイル事業者向けに建築中の250以上の無線用タワーも資産に追加されようとしています66。

図15 世界の通信業界M&A取引額上位20 (2015年上期、単位:百万米ドル)

.

$238

$646

$775

$835

$1,135

$1,240

$1,423

$1,587

$1,619

$1,900

$2,249

$2,800

$4,400

$4,432

$4,787

$5,053

$7,858

$10,540

$11,202

$15,400

Orange/Egyptian Co forMobile Services

SK Telecom/SK Broadband

Abertis Telecom Terrestre/Galata

NTT Communications/e-shelter

Vivendi/Telecom Italia (4.76%)

TPG Telecom/iiNet

Telenet /Base Company

M2 Group/iiNet

Investor Group/Crown Castle Australia

Lightower Fiber Networks/Fibertech Networks

PPF A4/Ceska TelekomunikacniInfrastruktura

Alfa Telecom Turkey/Turkcell(13.76% indirect holdings)

Verizon Communications/AOL Inc.

Altice/Vivendi's remaining20% stake in Numericable-SFR

Investor Group/Hutchison3G UK (32.98%)

American Tower Corporation/Verizon wireless towers (11,489)

Altice/Suddenlink Communications

Frontier Communications/Verizon'slocal assets in three US states

Numericable SFR/Bouygues Telecom

Hutchison Whampoa/Telefonica UK (dba O2 UK)

出典:Navigating the road to 2020, EY(通信業界のリーダー40名に対するインタビューに基づく)

61“Ooyala acquires interactive platform Nativ”, Telecompaper, 2015/6/3062“KDDI’s‘Syn Alliance’grows stronger as telco acquires ecommerce site Luxa”, TechInAsia, 2015/4/1463“American Tower Corporation Announces Verizon Tower Portfolio Transaction”, American Tower Corporationプレスリリース、2015/2/564“Cellnex Telecom closes the acquisition of 7377 mobile phone towers from operator WIND in Italy”, Abertis プレスリリース、2015/5/26

65“Eaton Towers exceeds target by raising $350m and signs pivotal agreement in Egypt”, Eaton Towers, プレスリリース、2015/4/3066“Blackstone Portfolio company Phoenix Tower International Announces Acquisition of T4U Holding Brasil S.A., Comprising More Than 500 Wireless Towers in Brazil”, Blackstone, 2015/6/15

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