日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (kazuhito yamashita)...

43
山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 刊行物No. 56 農業 2015年8月 日本における農政と 持続可能な発展

Upload: others

Post on 15-Feb-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

山下一仁 (Kazuhito Yamashita)

刊行物No. 56

農業2015年8月

日本における農政と 持続可能な発展

Page 2: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな
Page 3: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

l 農業

山下一仁 (Kazuhito Yamashita)

日本における農政と持続可能な発展

刊行物No. 56

2015年8月

Page 4: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

ii 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

発行所

International Centre for Trade and Sustainable Development (ICTSD)International Environment House 27 Chemin de Balexert, 1219 ジュネーブ/スイス

Tel: +41 22 917 8492 Fax: +41 22 917 8093Eメール: [email protected] ウェブサイト: www.ictsd.org

発行人・ディレクター: Ricardo Meléndez-Ortizプログラムチーム: Jonathan Hepburn and Paolo Ghisu

謝辞主要支援助成および、課題分野への支援助成をして頂きました以下の皆様に、ICTSDより謹んで感謝の意を表します。; 英国国際開発省(DFID)/スウェーデン国際開発協力庁(SIDA)/オランダ国際協力総局(DGIS)/デンマーク外務省Danida/フィンランド外務省/ノルウェイ外務省

本草稿の作成に当たり、ご協力およびご助言をいただきました、本間正義教授 、Ni Hongxing 教授へ、ICTSDおよび著者より深くお礼を申し上げます。

山下一仁氏はキャノングローバル戦略研究所研究主幹および経済産業研究所(RIETI)上席研究員(非常勤)です。

ICTSDに関する詳細、およびこの課題分野に関する研究についてはウェブサイト上からご覧になれます。www.ictsd.org

この刊行物に関するご意見ご感想は、Jonathan Hepburn ( [email protected]) もしくはコミュニケーション・戦略担当者([email protected])までお送りください。

引用:山下一仁『日本の農業貿易政策と持続可能な発展』(2015年) ;刊行物No. 56; International Centre for Trade and Sustainable Development(貿易と持続可能な開発のための国際センター)ジュネーブ/スイス www.ictsd.org.

著作権 ICTSD, 2015. 本著作の教育目的、非営利目的のための引用・転載は、出典を明らかにする限り認められています。本著作はthe Creative Commons Attribution-Non-commercial-No-Derivative Works 3.0 ライセンスにおいて認可されています。このライセンスのコピーを参照するにはこちらにアクセスしてください。http://creativecommons.org/licenses/byncRnd/3.0/ もしくは文書で以下にお問い合わせ願います。Creative Commons, 171 Second Street, Suite 300, and San Francisco, California, 94105, USA.

ISSN 1817 356X

Page 5: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

iii農業貿易と持続可能な発展

目次

まえがき iv

要約 v

はじめに 1

1. 政策目標 2 (1) 農家所得 2

(2) 食料安全保障 3

(3) “多面的機能” 6

(4) その他の政策目標 8

2. 日本の農業貿易政策 10 (1) ウルグアイ・ラウンド農業交渉における日本 10

(2) ドーハ・ラウンド農業交渉での日本 14

(3) TPP交渉においての日本 14

3.政策提言と選択肢 18 (1) 日本農政の特性 18

(2) 高価格と高関税を支持しているのは誰か 20

(3) 安倍政権における政策変更 22

(4) 政策提言; コメの大きな可能性 28

結論 32

参考文献 33

後注 35

Page 6: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

iv 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

まえがき

各国政府は世界貿易機関(WTO)での声明のなかで、持続可能な開発という課題にむけて、貿易政策が大きく寄与するだろうと重ねて述べてきました。なかでも、計画がより良くなされた農業貿易政策が経済を持続可能かつ公正なかたちで成長させ、また食料不足と農村地域の貧困解決へと貢献することができるとされています。

貿易の世界的ルールが、さらに広い公序目標の達成に寄与する必要があり、また、他国での貿易による功績を損うことなく自国目標を推進する政策を立案すべきだという認識が、政府やその他ステークホルダーにますます深まっています。

これをうけて、ICTSDでは主要経済大国におけるこのような関係性を追求すべく、一連の研究・政策対話に取り組んできました。アメリカ、EUと日本など経済先進国の農業貿易政策だけではなく、中国やインド、ブラジルやアルゼンチンといった大きな新興国にも焦点をあてています。

この一連の研究・政策対話では、食料安全保障分野など国際的に合意された目標にむけて、現行政策がどう影響しているか概評しています。それに加え、これら議論と研究は政策立案者や専門家の方々に、食糧市場と農業市場の先行きといった政策環境の新たな側面の分析を共有する機会を提供しています。

日本は、トップ10の農業貿易大国であり、農産物の最大の輸入国のひとつです。しかし高水準での関税保護と、貿易を歪めている国内支持を長年にわたって維持していることから、日本の農業貿易政策が世界各地の政策立案者やアナリストから注目を集めています。

新たな展開は、日本の農業貿易政策の未来にさらなる課題を生むだけでなく、全体としての世界の農業貿易システムにも課題を生みます。これには日本とオーストラリア、そしてEUとの二国間協定はもちろん、環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) 交渉や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉などの地域交渉も含まれます。

次に続く山下一仁氏の研究では、政策立案者やその他のステークホルダーへ向けて、経済的、社会的、環境的な目標を現在の日本の農業貿易政策がどのくらい達成できているか、食糧安全保障や貧困削減、環境保護および気候変動分野をふくめて、公平で具体的証例に基づいたアセスメントを提供されています。この論文は、現行の多国間ルールとWTOでの農業貿易の進行中の交渉、地域間および二国間協定、日本が当事者である交渉、という文脈のなかで分析されています。

かくして、この研究がこの領域における議論を力強く進展させることを願っております。

Ricardo Meléndez-Ortiz ICTSD最高責任者

Page 7: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

v農業貿易と持続可能な発展

要約

日本は多くの農産物を関税大幅削減もしくは関税撤廃の例外にすることを最優先としてきた。環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) 交渉に関して国会農業委員会は、TPP 協定で日本のコメ、小麦、牛肉と豚肉、乳製品および砂糖などを関税撤廃の例外とし、もしこれが確保できない場合は、 TPP 交渉から脱退も辞さないと決議した。この決定が交渉での日本政府を制約するものとなった。

ウルグアイ・ラウンド交渉で守りの姿勢をとったEUは、日本とは対照的に農業政策改革を遂げ、ドーハ・ラウンドでは積極的な役割を演じた。EUでは価格支持から直接支払いに政策転換し、農業を保護しつつも消費者に低価格で農産物を提供している。日本において関税が本当に保護しているのは、農産物の高い国内価格である。コメは日本の政治においてきわめて神聖な生産品である。日本のコメの減反政策は1970年に導入された。米価支持のこの政策により40%の水田で稲作が放棄されることとなった。農家が減反政策に参加する補助金費用を国民が負担しているだけでなく、その結果となった高価格をも負担している。日本のコメ産業が2兆円の価値の一方、納税者・消費者として国民への負担は1兆円にのぼる。農林水産省は食糧安全保障と「多面的機能」の名のもと、独自の政策を正当化している。しかし日本の農業政策はその両方を損なわせている。食料安全保障に貢献できたはずの340万ヘクタールの水田のうち、コメの減反政策のために100万ヘクタールを失っている。その結果、日本農業にともなう多くの環境的利点を失うこととなった。減反政策は日本のコメ産業も弱体化させている。高米価であることで非効率な小規模兼業農家を産業に滞留させ、専業農家が土地を獲得し耕作規模を拡大させるのを難しくしている。専業農家は生産コストを削減し、所得を増加させることができないでいる。だが、農協(JA)はこの政策をつよく要求してきた。高米価の意味するところは、コメ販売手数料の増収であり、高価格の化学肥料や殺虫剤といった資材の売上増である。くわえて農協(JA)は、農家と非農家を対象に、銀行、生命保険、傷害保険、すべての農産物の販売と材料はもちろん、日用品やサービスまで取り扱っている。農協(JA)にとって、これら兼業コメ農家の継続的な存在は好都合であった。農業所得外の給与所得は、農業所得の4倍であるほか、耕地を転用目的で売買(毎年数兆円にのぼる)した利益はすべて農協の銀行口座へと貯蓄され、JAバンクを日本で2番目のメガバンクへと築いた。高米価保持と、農地を保有している兼業農家が農協(JA)の成長と繁栄の基礎である。日本農業の未来は、戦後農業政策の中心柱のひとつである減反政策という固い「岩盤」を打ち破ることができるかにかかっていると言える。安倍政権は70年間で最初の農協改革に乗り出したが、抜本的な改革はまだこれからである。減反政策が廃止されると、米価は安くなり、兼業農家は農地を貸し出すことになる。くわえて直接支払いの受益者を専業農家のみに限定すれば、専業農家は地代をより楽に支払うことができるだろう。農地が専業農家の手に集まることで、農業規模が拡大する。減反政策の中止で、土地面積の単位あたり収量を増加するだろう。これらすべてが結びつき、世界市場で日本米の競争力を高めることになる。高い関税で国内市場を保護するという意図に反して、日本農業は衰退をみた。国内市場は高齢化と人口減少のために縮小していく。日本の農業は輸出市場を開拓することなしには未来はないだろう。輸出拡大のためには輸出先の関税が低いほうがよい。TPP交渉やその他の貿易自由化において、貿易相手国により課税される関税を取り除き、輸出を円滑にするためには、農業部門は積極的に行動すべきである。日本はベトナムやタイからコメを輸入する一方、日本農業は高品質品種であるコシヒカリといった高い付加価値の農産物を輸出することで生き残ることができる。日本が開発途上国に市場を開くことで、それら諸国の持続的な発展を高めることができるだろう。

Page 8: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

1 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

はじめに

日 本 は 先 の 関 税 及 び 貿 易 に 関 す る 一 般 協 定 (GATT) や世界貿易機関 (WTO) ラウンドで防御的な対応を見せてきた。GATT ウルグアイ・ラウンドにおける農業交渉では、日本は関税化 (輸入量制限などの非関税措置から、ゼロまたは低税率の関税割当による関税のみの制度への転換) に抵抗した。その結果、日本農政の聖域であるコメは、特例措置として関税化した場合よりも大きな関税割当拡大幅となった。また、WTO ドーハ・ラウンド農業交渉では、100% 上限関税に強く抵抗するとともに、関税割当拡大と引き換えに大きな関税削減率が免除される 「重要品目 (sensitive products)」 に、できるだけ多くの農産物を適用させようと必死になった。

環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) 交渉において、国会農業委員会は、TPP 協定で日本のコメ、小麦、牛肉と豚肉、乳製品および砂糖などを関税撤廃の例外とし、もしこれが確保できない場合は、 TPP 交渉から脱退も辞さないと決議している。高い関税によって保護されている農

産物の価値はおよそ 4 兆円であり、日本自動車産業の 12 分の 1 にすぎないが、日本の TPP 交渉を独占しているのは農業部門である。

ウルグアイ・ラウンド農業交渉で防御的な姿勢をとった EU は、日本とは対照的に農政改革を実現し、ドーハ・ラウンドではより積極的な役割を果たした。EU はアメリカとの 100% 上限関税および輸出補助金廃止に合意した。

日本はできるだけ多くの農産物を、大幅な関税削減、または関税撤廃の除外品目にすることを最優先としている。日本が農産物交渉で一貫して防御的な姿勢にこだわっていることで、他の分野で諸外国から引き出せるはずの譲歩を勝ち取ることが難しくなっている。

関税で守っているのは、国内の高い農産物の値段、つまり食料品価格である。日本と異なり、アメリカとEUでは財政からの直接支払いを農家に交付することで、消費者には低い価格で農産物を供給しながら、農業を保護する政策に切り替えている。

Page 9: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

2農業貿易と持続可能な発展

1. 政策目標

(1) 農家所得

農家所得を良い水準に維持することは、日本農政で主要目標におかれてきた。この主張には政治的な訴求力がある。現安倍政権首相、農林水産省大臣および政府の役人は、農協 (JA) 改革を含めた農政改革は、農家所得の向上という観点で判断されるべきと強調している。

農業団体とそれら支持基盤を持つ政治家たちは、農家所得を一定水準まで向上させるには高い農産物価格が必要だと、度々主張してきた。1995 年まで、農林水産省は食糧管理法に基づいてコメの行政価格を引き上げ、維持していた。その後も減反政策によって高米価はそのまま維持されており、消費者の利益は考慮されない。

2009 年に 50 年間続いた自民党政権が民主党政権にかわった後も、農家所得を高く維持するという方針はそのまま続行し強化された。民主党は減反政策での高米価維持にくわえ、 2010 年にコメ農家へ新しい直接支払いを導入した。

2012 年にふたたび政権に着いた自民党安倍政権でも、農家所得の増加は引きつづき政策目標になっている。安倍首相の経済成長戦略では、さまざまな政策措置で農家所得をむこう 10 年間で倍増するとしている。そのひとつに、「第

6 次産業 (sixtiary industry)」 がある。 第 1 次産業の農業に加工、流通、ケータリングや外食、そしてグリーン・ツーリズムといった、 2 次・ 3 次産業を組み合わせ、農産物の付加価値を高めるというものである。その他に、輸出の倍増、および農地を借り入れて集積し担い手に貸し出す 「農地集積バンク」 という新しい団体の設立がある。所得は、価格に売上高を乗じ、経費を差し引いて算出される。成長戦略の発想は、6 次産業化で付加価値をつけて商品の価格を上げ、輸出で販売量を増やし、農地集積、規模拡大によるコストの削減で、所得を上げようとする考えだ。所得の向上の観点からは、これはとても合理的に聞こえる。

だが現実には、図 1 が示すように、農家所得は 1965 年以来、勤労者世帯所得を上回っている。これは多くの農家が兼業農家であり、おもな収入を工場や役場など農業以外によって得ているからだ。農家所得のうち農業所得は 1955 年の 67% から 2003 年には 14% にまで減少している。もはや農家や農村部だからといって貧しいのではない。しかしながら、農村部から離れて久しい多くの国民は、農家をいまだに貧しいと思っている。そうした人々にとって農家所得を維持するという主張は、政治的な訴求力がある。戦前の貧しい農村といった設定のテレビドラマは、いまだに多くの日本人を魅了している。

Page 10: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

3 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

(2) 食料安全保障

日本の自給率は 39% と低く、食料安全保障を理由に自給率を上げるべきと広く信じられている。人々は低い食料自給率に不安を持っており、輸入食料に依存せず食料生産量を増やすべきと常に

論じられている。この主張は、多くの日本人にアピールする。2014 年の総理府調査1で、日本人の 69% が自給率が低いと考え、83% が将来の食料供給に不安を持っていると答えた。自給率低下の問題は小学校教科書でも強調されている。

図1 : 農業世帯所得と勤労世帯所得

出典:農林水産省、総務省、「家計調査」

Page 11: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

4農業貿易と持続可能な発展

しかしながら食料自給率の増加は、食料安全保障とは無関係だ。

自給率とは、国内生産量を国内消費量で割ったものである。しかし国内消費量とは、国内生産量から輸出分を差し引いたものと、輸入したものの合計である。 国民に経済的余裕があり、牛肉やチーズなどの輸入品を多く消費し、しかも牛肉などの畜産物を国内で生産するために輸入穀物を必要とするなら、食料自給率は低下する。現在の国内生産量でも、50 年前の国内消費の水準やパターンであったなら、自給率は実質的には増加する。なぜなら 50 年前の国内消費量の水準は現在よりもずっと低いからである。国内生産量の減少と国内消費パターンの変化が、自給率の低下へとつながった。

第二次世界大戦後の食料不足で飢餓が起こり、人々は大変な食料難を経験した。しかしながら、当時の自給率は 100% である。なぜなら日本は食料の輸入はしておらず、国内生産量は国内消費量と等しかったからである。食料自給率が 100% だからと言って、戦後の飢餓状態のほうが良かったとは誰も言わないだろう。

一言で言えば、自給率は国内消費水準によって、上がるか下がるかしてしまうのである。食料危機で輸入できなくなれば、牛肉やチーズ、様々な果物やワインなど現在のような食生活は維持できない。そうなればコメや芋など、最低限のレベルで暮ら

さなくてはならない。飽食の時代の消費量を前提とした自給率では、危機時の食料安全保障を測ることはできない。自給率を食料安全保障の物差しにするのであれば、現在のような飽食の消費量ではなく、最低生活水準の消費量を分母として用いるべきだろう。

農家へより多くの補助金を支払い、国内生産量を上げれば、たしかに一時的に自給率は上がる。ただし、食料危機の状況で日本政府が農家にそのような補助金を交付することができる保証はどこにもない。自給率の増加は、おそらく世界生産量をわずかばかり増やし開発国の食料代金をわずかに楽にするかもしれないが、日本の食料安全保障には貢献しない。

食料安全保障とは食料を物理的にも経済的にも入手可能であるときに達成される。価格は、需要と供給を等しくさせる大切な基本的役割を担っている。政府の介在がなくとも、この価格が果たす市場原理のおかげで市場での不足と余剰はない。食料総量を見る限り、世界人口を養うだけの基本的な栄養は十分にある。しかし、先進国に肥満と食料廃棄が存在する一方で、開発国には飢餓と損失が存在する。市場によって決定される価格は、開発途上国の貧困者にとっては高く、もし価格が高騰すれば食料を買うことはできない。2008 年、食料価格は急騰し、食料危機が起きた。食料が経済的に買えないだけでなく、いくつかの国では物理的に食料入手そのものが困難だ

図 2 : 食料自給率の変化 (カロリーベース)

80

70

60

50

40

30

20

10

0

1965

1967

1969

1971

1973

1975

1977

1979

1981

1983

1985

1987

1989

1991

1993

1995

1997

1999

2001

2003

2005

2007

2009

2011

2013

(%)

Page 12: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

5 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

った。開発国ではときに、食料が港に到着しても輸送や流通インフラストラクチャーの不足で食料が必要となるところまで到達できない。開発国では、まず経済成長およびインフラストラクチャー建設が食料危機の克服に不可欠である。

また、価格については長期・短期の状況に分けて認識する必要がある。食料価格高騰が食料不足を深刻化させるのに2つの場合がある。

長期的状況では、開発国の所得増加と世界人口の増加によって食料需要が増え、供給が追いつかなくなる場合である。食料価格が平均して高い水準にあると、低所得者層は食料を買えなくなる。さらなる技術革新や、インフラストラクチャーおよび生産力向上の手法への投資でこの状況を乗り越えなければならない。また耕地の土壌浸食、水資源の枯渇、塩害、農薬の使いすぎなど、世界農業の持続が危ぶまれる問題もそうである。

短期的状況では、価格の乱高下が問題だ。過去 100 年の大幅な生産力の増加によって、穀物価

格の値段は実質的には下がっている。世界人口爆発が起きているにも関わらず、食料の供給量の増加は、需要量の増加をしのいできている。しかし平均的にみれば食料は低価格の水準であっても 1973 年や 2008 年のように、不作やエタノール新需要などによって食料価格が急騰することがある。

日本の食料安全保障にはなにが重要だろうか。日本は食料価格の短期的、長期的な価格高騰が起きても購入するだけの経済力がある。日本は世界最大の農産物の純輸入国である。 2008 年のように穀物価格が 3 倍、 4 倍になっても、日本での食料品物価は、たった 2.6% 上昇しただけだった。これは日本の食料総支出のなかで、輸入された農産物・水産物のシェアがほんの 2% だけだったからだ。日本国内のフードチェーンで最終消費される飲食料の大部分は、加工、流通、ケータリングなどのサービスで構成されている。農林水産省によると、国産・外産に関わらず、購入される食料品のなかで農産物と水産物が占める割合はたったの 15% だけである。

Page 13: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

6農業貿易と持続可能な発展

日本は、食料安全保障の観点からは食料を買う経済力には問題ない。日本は高い輸入代金を払うことができる。 しかし食料の物理的な入手の面ではどうだろうか。輸入が途絶すると日本は食料危機に陥るだろう。これは軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊されたり、港湾ストライキで海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけないという事態である。東日本大震災の直後、地震と津波の被害にあった住民は、お金はあったものの、途絶した物流システムのせいで物理的に食料が入手できなかった。食料を輸入できないとすると、耕地などをフルに活用し、自国で食料生産をしなければならない。食料を確保するためには、農業資源を維持するか、増やす必要がある。平常時の自給率は、有事のための食料安全保障とはちがうのである。いま、日本政府は農業資源維持の大切さに気がつきはじめており、 「食料自給力や自給への将来性」 といった概念の発展に努めている。

(3) “多面的機能”

水と土、そして太陽の光は、農業に不可欠な資源である。世界で行われている農業には、持続可能ではない農業がある。農業活動によって資源が破壊され脅かされている。日本を含むモンスーンアジアで営まれてきた水田稲作はほかの

農業とはちがう。

水で言えば、1 トンのトウモロコシを育てるには 1,000 トンもの水が必要だ。かんがい農地は、世界の総耕地の 17% に値し、家庭用・工業用を含む世界給水量の70% が使用される。かんがい用に川や地下水から過度に水を汲み上げると、将来の給水量が減る。インド、中国そしてアメリカの農業は地下水に依存している。

乾燥地帯で適切な排水システムがない中で過度のかんがいを行えば、深刻な塩害が起きる。塩害は、アラル海を魚の住めない死の海に変えたような環境破壊だけではなく、農業生産に欠かせない土壌を喪失させる。

土壌について言えば、耕作に適している表土と言われる表面の土壌の生成速度は 1cm で 200 ~ 300 年かかるとされている。そのような表土はたった 30cm の深さだが、表土は風や雨で侵食されるうえ、大型農耕用機械が表土を深く耕す。 専用化された機械の増加により、作物の単作化が進み収穫後の農地が裸地として放置されることになる。このような農業では、風と雨によって土壌侵食が進行する。土壌浸食を防ぐ方法として、もっと不耕起栽培は除草剤が必要であり、作物の残余が農地を覆うので殺虫剤が必要になる。これらは、農薬を使うことで環境を破壊する。

図 3 : 国際穀物価格指数と国内消費者物価指数

出典:食料農業機関FAO 「Food Outlook;総務省」「2010標準消費者物価指数」2001年度価格は100に等しい。

Page 14: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

7 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

また、畑作農業は連作障害を抱えている。畑に同じ種類の作物を育て続けると、土壌の栄養を使い果たし、有害な細菌が増殖する。この問題を避けるため輪作が発展した。最近では、農家が専用機を使って、畑に連作をする傾向にある。連作障害を減らすために、農家は化学肥料や除草剤、殺虫剤をもっと使用する。

しかし日本の農業は、アメリカや豪州、中国のそれとは違う。日本における農耕地に占める割合は、水田 54% 、畑地 26% 、牧草地 13% であり、アメリカでは水田 6% 、畑地 28% 、牧草地 65% 、豪州においては水田 1% 、畑地 11% 、牧草地 88% 、中国においては水田 13% 、畑地 9% 、牧草地 75% である。日本以外の 3 カ国は土地の大部分が作物栽培に適さない不毛な牧草地であるのに対し、日本では農耕地の半分以上が水田である。日本の耕地は肥沃であり、たいがいの農家はコメを生産している。

森林と水の機能のおかげで、日本の水田には先述した持続可能性の問題はない。世界平均の 2 倍にもなる日本の降水量は、国土の 3 分の 2 を覆う森林に貯えられ、木々や葉、森の土壌から養分を含んだ水が時間をかけてゆっくりと川へと注がれる。水田はこの栄養分を含んだ水を利用している。日本の農耕地で使用される水は 90% が河川から引かれ、地下水は1% に過ぎない。湿気の多い気候のため表土に草木が茂り、水田もまた水に覆われているので土壌浸食の心配がない。このような条件が、水田を土壌浸食や病害菌の発生から遠ざけている。これが3千年以上ものあいだ、水資源枯渇、土壌浸食、塩害や連作障害もなく、毎年同じ作物であるコメを栽培している理由である。水田農業は、世界でも真に高い持続性を持った農業だろう。

棚田は人口の貯水池としての機能をもっている。水資源を蓄えるのに重要な役割を多く担っており、洪水や地すべりを防ぎ、美しい風景をつくりだしている。また水田は、多くの生物の生息場所だ。水田としてその土地が耕作されてしばらく経つと、そこには第2の自然界が形成される。カブトエビは 2 億年前から生息するエビであるが、水田なしには生きながらえることはなかっただろう。くわえて、日本の水田は 40 万kmの長さにも及ぶ水路に囲まれている。これは地球を 10 週できる長さである。水路には多くの魚や、カエル、水生昆虫などが生息し、野鳥たちはこれらの生物から命を得ている。何事とも

抗うことなく、水田でのコメの生産活動はこのような正の外部性を発揮している。

ではコメ生産による負の外部性はどうだろうか。水田はメタンガスを排出する。しかしながら、水田は日本で何千年と営まれている。水田から温室効果ガスが発生するなどというのは、なにもここ最近の話ではない。くわえて、コメの生産量は半分になっているほか、過去 50 年の間に水田の 30% は失われた。夏季に水田の中干しを長めにすると、温室ガスの排出も大幅に下げられるほか、コメの育ちも良くなることは、よく知られている。その一方で、硝酸性窒素を分解するので地下水の汚れを防ぐ。OECD によると、日本における農業全体での温室効果ガス総排出量 (CO2 換算) は、 1990 年の 3,100 万トンから 2010 年には 2,500 万トンへと削減されている。2

1998 年 3 月 5 日から 6 日に行われた OECD 農業大臣会合コミュニケでは、農業活動は単に「食料・繊維の生産」という機能だけにとどまらないとされた。農業活動を通して、景観作りや土地保全などの環境便益、天然資源の持続的な運用、生物多様性をもたらすなど、多くの農業地域で社会経済的妥当性に貢献するものだと会合で再確認されている。この農業活動に付随してくるこれらの機能は 「農業の多面的機能 (multifunctionality of agriculture)」 と呼ばれている。OECD はこの件に関して、報告書を出している。

日本では穀物の生産以外に農業の「多面的機能」、たとえば洪水防止機能、保水機能、生態系の維持、美しい景観は、保全されるべきと強調される。水田には水が貯えられ、洪水を防ぎ、多くの昆虫や魚、野鳥へ生息地になることは説明されたとおりである。

この 「多面的機能」 と食料安全保障の両方の観点から、我々は、土地と水資源を良好に保全すべきである。

農業の 「多面的機能」 は、農産物と結合されて生産されるという特徴がある。農業は農産物の生産以外に、水資源の涵養、洪水防止、生物多様性や景観など、多面的な生産活動を果たしている。もし、これらが別々に生み出すことが可能で、農産物と多面的機能の結合の度合いが十分でなく、また農産物と多面的機能とも十分な

Page 15: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

8農業貿易と持続可能な発展

生産物を供給できないなら、個々にそれぞれを分けて生産するような政策を導入すべきだ 。商品の生産行為に伴い、 「商品以外の産物」 も共に生み出される。たとえば、秋に黄金色の稲穂が波立つ美しい風景は 「コメの生産量」 に結びつく。洪水防止という機能は 「水田」 という生産要素に結びつく。これが正の外部性だ。もしもこの商品生産以外に生みだされる外部性が、価格がついてないゆえに十分生まれなければ、政策で増加させる必要がある。水田稲作の過程または水田維持の過程では、これら機能が生みだされる。稲作のために水路から田んぼへ水を引くと、同時にカブトエビが生息できるようになる。ということは、コメ生産の拡大もしくは水田を良好に保つということは、「商品以外の産物」が増やすことになる。

だが農林水産省は 「多面的機能」 を一般的な農業保護の正当化の口実にし、農業保護全体を弁護している。関税が撤廃されると 「多面的機能」 は喪失され、その保全には農産物に対する関税が必要だと主張している。

2014 年に、農林水産省は、耕地・農業道路・水路といった農業資源の保全・向上のために、農業団体や地域に 480 億円にのぼる直接支払いを導入した。この直接支払いは 「多面的機能」 推進が名目だ。ただどういった多面的機能を推進するのかは、はっきり特定されていない。農業・農村は、 「多面的機能」 を良い状態に保ってきたと述べ、その例として土地のメンテナンス、水資源の創出、自然保全、美しい景観作りとしている。3

農政は、特定の政策や状況の中で何が具体的な多面的機能なのかをはっきりさせないで、異なる種類の政策や政策目的をひっくるめて、全て「多面的機能」 という言葉で正当化しようとしているという批判がある。農薬の使いすぎは、カブトエビや生物を駆除してしまう。だが、農林水産省の 「多面的機能」 の主張は、日本人の一般的農業観を映し出している。つまり農業、とりわけコメの生産は快適な環境を作り出し、日本の社会と自然に良いという考えである。日本人は代々 3 千年もの間、水田稲作を行ってきた。コメの生産というものは実に持続可能である。 日本における社会、また農村は稲作を基盤として形成された。それは水路や道路など稲作に必要な仕事をこなすため、村人が共同体となって協力する必要があったからだ。麦や他の穀

物は、農家と村人が一体となって働く必要に迫られない。この意味でコメの生産は他の穀物生産とかなり違う。コメの生産は日本人の社会の基礎を形作っているため、それゆえ「良い」とされる。

コメは特別である。たとえば半導体は日本の産業の中枢を担うものとして “産業のコメ” などと呼ばれてきた。コメが農業政策とくに貿易政策で他の農産物とは別格である所以だ。

この新しい直接支払い制度でコメの生産量は増加しない。なぜなら、それは 「生産手段」 に結びついており、 「生産」 自体に結びついてないからだ。もし黄金に波立つ稲穂の風景のように多面的機能が生産と結びつくならば、そうした多面的機能を増やす政策は、コメの生産量を増加させることになる。だがこの制度は、そのような多面的機能を増進させようとはしていない。

(4) その他の政策目標

諸外国では取り組まれ日本農政では取り組まれない政策目標がある。

日本は世界第3位の経済国で、 2013 年の時点で総国民所得が 38,468 米ドルだ。政府は経済発展問題に取り組む必要はない。

しかし経済全体では所得格差、農村部の発展の遅れ等がある。だが農政の領域とならない。もはや農家は貧しくはないうえに、 農村でさえ農業の重要性が低下している。農村では、農家の戸数が少なくなっており、世帯中 70% が農家である農村は、全国で 1970 年の 63% から 2010 年には 11% まで激減した。4 経済全体では、農業分野の国内総生産シェアは、 1960 年の 9% から 2010 年には 1% にまで低下した。九州や北海道といった農業のもっともさかんな地方でもやっと 5% だ。農林水産省はそれでも農村部の発展のために、加工へ助成金を支払ったり、町役場や農協が運営する農業施設を広げるなどしてきた。

貧しくて食料が買えず、栄養失調になる人々がいる。だがこのような人々のための所得移転制度は農政領域外にある。アメリカ農務省では、フードスタンプに予算の半分以上が充てられるが日本にはない。5

Page 16: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

9 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

気候変動は日本農政の主要政策目標にはなっていない。環境に優しい農業に対して直接支払い制度があり、気候変動緩和に含まれている。しかし支払額はわずか30億円だ。くわえて、農

林水産省の資料によると、気候変動の緩和目的で、二酸化炭素ガス抑制に支払われているのは国内4,549,000ヘクタール中、たった22,000ヘクタールである。

Page 17: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

10農業貿易と持続可能な発展

2. 日本の農業貿易政策

(1) ウルグアイ・ラウンド農業交渉における日本

ウルグアイ・ラウンド交渉はいままでのGATTより包括的で野心的であった。物品貿易に加えて、サービスの貿易や知的所有権が世界貿易機関(WTO)に導入された。農業分野における交渉もまた重大なものとなった。一連の交渉のあと、米国が世界貿易を歪めていた EU の農業政策にとうとう規律することができた。そして WTO がマーケットアクセス、輸出補助金同様、国内農業補助金政策を規律することが決まった。

a. マーケットアクセス: 包括的関税化と特別措置

日本政府は価格支持で国内農業を保護し、コメ、麦や大麦、でんぷん、乳製品など重要農産物は輸入数量制限を多用していた。これはウルグアイ・ラウンドの 「包括的関税化」 と相容れなかった。そのなかでも、生産農家の数が非常に多く、政治的な影響力が大きいコメは、関税化がもっとも難しい。衆参両本会議ではコメは一粒たりとも輸入しないという決議が2回行われた。当時、コメを関税化するかどうかは日本政治において一番重要な議題だった。

1993 年ウルグアイ・ラウンド締結の一日前の朝 4 時、首相によるテレビ放送でコメの関税化特例措置として関税割当制にしたうえでコメの部分開放に踏み切ることが公表された。同年、日本では大不作が起き、例年よりも 26% 少ない収穫高になり日本は 260 万トンのコメを輸入せざるをえない状況であった。国会決議は実現しなかったし、日本のコメ市場開放は避けれないと思われた。大不作がなければ、交渉はまた違った結果になっていたかもしれない。

コメの関税化特例措置の代償として、関税化すれば通常消費量の 5% で済んだ低関税の輸入割当量 (ミニマムアクセス) を、8% にまで拡大することで同意した。もし国民と政治家が、入手可能な関連情報をもとにコメについて冷静に話し合っていれば、法外なミニマムアクセス枠という最後の手段を受け入れる必要はなかった。農業交渉のモダリティは、供給過剰だった 1986 年から 1988 年の歴史的に高い国内価格と低い国際価格という、当時の大きな内外価格差を関税に置き換えたため、いくら高い関税率でも可能になった。このモダリティの結果できた高関税率のため実際輸入が入ってくることは想定されない一方、非常に低関税率のミニ

マムアクセスは必然的に日本が関税割当量分きっちり輸入することを余儀なくさせた。包括的関税化に対する激しい反対意見が、冷静で論理的な議論を阻んだと言っても良い。当初アメリカはコメの特例措置を好まなかった。だが関税化よりも拡大されたミニマムアクセスが得られ、日本のコメ市場に莫大なアクセスが保証されることから最終的に特例措置を支援した。

日本がコメのミニマムアクセスを承諾した際、内閣はこれいよって国内のコメ需給に影響を与えない、つまり減反政策は強化しないという決定をした。国産米は主食用として消費され、ミニマムアクセス米はおもに加工用途、飼料用、もしくは食料援助に処分されることになる。輸入されたコメが主食用として販売されると、さらにそれを上回る量の国産米が政府の財政負担によって援助等に処分された。食料援助はアメリカでは国内の農産物余剰を意味するのに対して、日本ではミニマムアクセスの処分を意味している。

1995 年から 2013 年の間に、日本に1,280万トンものミニマムアクセス米が輸入された。そのうち 10% にあたる 130 万トンが国内での主食用とされ、 430 万トンが加工用へ、 320 万トンが飼料用途へ、 300 万トンが食料援助、 80 万トンが在庫へと回っている。130 万トンの主食用ミニマムアクセス米を上回る 220 万トンもの国産米が食料援助と飼料用途へと回されている。加工用途、飼料用途のコメ価格は、輸入されたコメ価格よりずっと低い。くわえて輸入米の保管にかかるコストがあり、 1995 年度から 2012 年度の処分費用は政府支出で 2,570 億円にものぼった。国民の税金をムダにしているようなものだ。このお金は、日本の農業発展や食料安全保障にまったく貢献していない。

日本は毎年平均して、 15 万 8 千トンを食料援助へと輸出している。2008 年の食料危機では、コメ輸出量の減少を心配したアメリカと協議し、 5 万トンの米がフィリピンへと出荷された。日本の食料援助は開発国の農家の生活を脅かすような規模ではない。しかしながら、政府支出によるミニマムアクセス米の処分費用は、日本の農業資源の維持のために使われるべきだ。もしくは、開発国の生産力向上に使われるべきである。

1999 年に日本は特例措置を止め、関税化に切り替えた。これには多くの理由はあるが、毎年のアク

Page 18: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

11 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

セス量の増加で輸入米処分の政府支出がいっそう増すこと、農業協定附属書5第2項により関税化への移行で以後のミニマムアクセス増加を抑えることができるからである。関税化が遅れたペナルティとして、ミニマムアクセスは 1986 年‐1988 年基準期間の国内消費量 5% ではなく 7.2% に増えた。原則に対し例外を要求すれば必ず代償を要求されるのが GATT と WTO の基本ルールである。

牛肉もまた、輸入数量制限の対象であった。ウルグアイ・ラウンド交渉外でのアメリカとの二国間会議で、 1991 年に日本は牛肉の輸入数量制限を廃止した。牛肉の関税を 1991 年初年度は 25% から 70% に引き上げる代わりに、 1992 年には 60% に、 1993 年には 50% と引き下げることとした。事実、これがウルグアイ・ラウンド交渉関税化のモデルはとなった。1993 年、ウルグアイ・ラウンド交渉の一環で、日本はアメリカとの間で、適用される関税率を 38.5% に引き下げ、また、輸入量が前年度同期より 117% 以上増加した場合、 WTO 加盟国の譲許税率である 50% まで関税を自動的に引き上げることができるセーフガード(救済措置)を取ることができるとした。

乳 製 品は関 税 化の恩 恵を受けた。1988 年に GATT ・パネルは、全脂粉乳、脱脂粉乳、その他酪農品の輸入制限措置は、 GATT 規定に違反していると裁定した。しかしながら日本は、提訴国であるアメリカとの協議で、アメリカの懸念だったアイスクリームやフローズンヨーグルトなど付加価値商品を除き、輸入制限措置廃止を先延ばしにしていた。日本はウルグアイ・ラウンド交渉で全ての乳製品について輸入制限措置から関税化に移行した。これら輸入制限措置廃止を先延ばしにしていたおかげで、GATT で約束していた低い乳製品の関税を、1986年-1988年の内外価格差まで大幅に引き上げることができた。6, 7

b. 国内助成措置

国内助成措置に関しては、1995年度の AMS (助成合計量) 総計は、3 兆 5,080 億円であり、コメの AMS はそのうち 76% となる 2 兆 6620 億円となっている。AMS 構成は 1998 年に根本から変わった。コメのAMSがまったくもって消えたのである。ウルグアイ・ラウンド合意後、食糧管理法に基づいたコメの行政価格が廃止されたからだ。コメの AMS 廃止で、1998 年度の AMS 総計は 7,670 億円に減少した。これは 1995 年度の 22% である。 (コメの行政価格と食糧管理法は1995 年に廃止。 農林水産省は 1998 年まで AMS の変更を

遅らせた。) 2012年度の AMS 総計は、WTO上の約束水準 3 兆 9,730 億円の15% だった。 日本の保護水準は十分にウルグアイ・ラウンド交渉で取り決められた限度内である。基準期間に高い AMS 水準を記録していたこと、それに主な理由としてコメの AMS 廃止があったからだ。

コメの減反政策は、政府と農協、それに農家も加わった価格維持カルテルである。農家のコメ生産量を減少させ、米価を高くする政策である。しかし、カルテル参加者が供給制限し高米価にしたにもかかわらず、カルテル不参加のアウトサイダーが自由に生産すれば、このアウトサイダーの方が必ずもうかる。カルテル破りが起きないように、カルテル参加へのインセティブがある必要がある。それが農家へ生産要素縮小に支払われる補助金であり、カルテルに農家を参加させるインセンティブだ。農協の会員は農家なので、独占禁止法が適用されず、合法的に農家のためにカルテルを形成できる。

しかしながら、減反政策はもともと高米価維持が目的ではなかった。1995 年まで、政府は高い政府買入価格で農協を通じ農家から直接コメを買っていた。食糧管理法にもとづく行政価格だ。高米価のもとでコメの生産量が増え、 1960 年代後半には余ってしまった。そこで 1970 年に政府は減反政策を導入し、農家からのコメの購入量を減らし財政負担を軽減しようとした。最初は、 「農家がコメを生産しない行為」 に対して補助金が支払われた。しかしすぐに転作を目的とするようになった。そしてコメ生産量減少、自給率向上を目的としてコメではなく麦、大豆、果物、野菜、そのほかの作物を植える農家に対して補助金を交付した。これは同じ減反政策 (set-aside program) と言っても、農業で痩せてしまった土地を回収するアメリカの保全回復プログラムとはまったく異なるものである。日本で減反される土地はアメリカとは違い、肥沃で、持続可能な水田だ。

1993 年のウルグアイ・ラウンド後半、アメリカは、日本でコメ転作による麦と大豆の生産量増加が、これらの農産物についてアメリカから日本への輸出量を減少させると懸念し、減反政策縮小を主張した。日本は、水田は多くの環境保全上の利点をもたらすとして、減反政策は環境直接支払いであると主張した。さらに補助金額は、コメ生産所得と他の作物生産所得との差額よりも少なく、 WTO 農業協定附属書 12 項 (b) “支払額は、付帯費用もしくは政府プログラム実施に起因する所得の損失分を限度とする。” に準拠すると主張した。長時間の論議の末、アメリカがついに日本の主張を受け入

Page 19: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

12農業貿易と持続可能な発展

れた。これらの補助金は、ウルグアイ・ラウンド交渉において「緑の政策」の環境保全プログラムに分類されている。

しかし、食糧管理法は 1995 年に廃止されている。コメの減反政策の役割は変わった。食糧管理法にもとづいて政府の財政負担を軽減する手段ではなくなった。いまでは高米価格を維持するためだけにある。これは AMS として把握されていない価格支持の別の形である。2012 年度の農家に支給される減反補助金額は、 2,500 億円になる。

WTO 農業協定附属書 12 項 (b) は、農薬の低減、温室効果ガス排出削減、自然生息地の増加などの、環境保全を目的として導入された。コメの減反・転作補助金は、コメではなく他の作物が植えられている場所に交付される。しかし、水田稲作で生み出される生物多様性、水資源の涵養、風景などの環境保全の利点は、転作によって失われる。さらに、 1970 年に始まった減反政策の導入で 340 万ヘクタールの水田のうち、 100 万ヘクタールが失われた。これは環境保全プログラムとは言えないものである。

c. 輸出制限

日本は 1993 年の GATT ウルグアイ・ラウンド交渉

の最終段階で、輸出制限措置禁止を提案した。食料輸入国である日本の立場としては、輸出制限措置は不都合だ。実際にジュネーブで行われた貿易交渉で私は日本代表団の一員として参加していた。我々の提案は開発国からかなりの反対にあい、なかでも一番断固と反対したのはインドだった。提案はある程度まで達成されたものの、交渉の結果、内容は相当薄まったものになった。

高価で豊富な食料を買うことができる先進国にとっては想像しがたいだろうが、開発国では十分な食料を買うために経済成長は重要課題である。2008年、国際穀物価格が 3 倍に高騰した。その際、インドは穀物輸出を禁止した。ほおっておくと、自国産穀物はインド国内市場よりも価格の高い海外市場に輸出されるからだ。そうするとインド国内の供給量が減り、国内価格は国際価格と同じ水準にまで上昇する。結果として、所得の大部分を食費に費やす貧しい人たちが十分な食料を買えず深刻な問題になる。インドには貧しい人たちも多く、インド政府はこれを防ごうとした。実際にインドの輸出制限措置は、国際穀物価格を一定水準まで押し上げ、フィリピンなど食料輸入国の貧しい人たちに影響がでた。だからといって国際社会は、飢餓が発生するかもしれないインドに、輸出禁止を解いて輸出をしなさいとまでは言えない。

図4 : 主なコメ輸出国の生産量と輸出量

(引用) アメリカ合衆国農務省 「世界市場と貿易」 FAO 統計データベース (100 万トン)

Page 20: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

13 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

国際コメ市場はいくつかの開発途上国の輸出国から構成されている。2008 年、ベトナム、カンボジアもまた、インドと同じように輸出制限措置をとったが、タイは発動しなかった。タイでは輸出用農産物が多く海外市場が重要であったこと、一人当たりの所得がベトナムとインドに比べはるかに多く、高い食料価格も耐えられたことがある。

では、もしアメリカや豪州が不作の際に穀物輸出制限措置を発動すればどうなるか。大規模穀物輸出国による輸出制限措置は、恐ろしい世界危機を招きかねない。しかし、アメリカや豪州などの大輸出国には穀物を輸出しなければならない事情があ

る。これらの国では生産量が膨大なため、輸出ができなかったら国内価格が国際価格よりも下回ってしまうからである。言い換えれば、国際価格が国内価格よりも高ければ――国内価格は収穫高に左右されるが――輸出産業はビジネス利益のため輸出し続ける。インドとは異なり、富める先進国では貧しい人々を守るため輸出制限措置を課する必要がない。ではもし、国内生産量の低下で国際価格よりも国内価格が高くなる場合はどうだろう。このような場合、先進国であれば海外市場から穀物を輸入し、自国の消費者の負担を減らすうえで自由貿易に委ねるだろう。8

図5 : 主な小麦輸出国の生産量

出典:アメリカ合衆国農務省 供給と流通データベース *印は2008年の輸出規制措置国。   

さらに言うと、輸出制限措置は墓穴を掘る行為である。1973 年、アメリカは大豆の輸出を禁じたことがあった。主要輸入国であった日本は、ブラジルの農地開発を援助しブラジルは世界第 2 の大豆輸出国にまでなった。1980 年代にアメリカはソ連への禁輸措置を行った。結局ほかの輸出国が売り上げを伸ばしアメリカはソ連市場を失った。これはアメリカの深刻な農業不況を招く原因となった。アメリカは同じ過ちを二度と繰り返さないだろう。2013 年度の小麦 5 大輸出国のうち 2008 年に輸出制限措置を適用したのはロシアだけだ。EU を除き、輸出シェアの大部分は主要輸出国が占めている。アメリカ、豪州、カナダの小麦業界などは、海外市場なしでやっていけない。

そのような理由で、輸出数量制限を規制するという日本側の提案にアメリカと豪州は反対しなかった。

小麦や大豆、トウモロコシについて輸出数量制限規制の必要性はないが、輸出国が開発国のコメの場合はちがう。さらに、世界全体でコメの貿易規模は、ほかの穀物に比べて小さい。世界のコメ市場は「薄い市場(thin market)」 と言い表される。ほとんどのコメ消費国は、輸入米に頼るよりコメを自給している。

つまり、インドのような開発国で輸出数量制限措置の規制が論外である一方、国際価格に影響を及ぼすアメリカなど大規模の穀物輸出国は、輸出数量制限をしない。国際社会は、インドのような開発国に輸出数量制限措置の規制化を強いることはできない。では輸出制限措置国に対し、それらの国からの輸入品に対して関税を高くするなどして報復措置をとることはできるだろうか。食料危機の際これらの国は農産物を輸出しない。また、開発国では

Page 21: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

14農業貿易と持続可能な発展

産業が十分に発達してないため、工業製品も輸出しない。さらに、開発国に輸出数量制限の代償を払えと要求できるだろうか。たとえ、工業製品への関税削減をこれらの国が補償として申し出たところで、輸入数量制限でひどい影響を受けた食料輸入開発国は工業製品の輸出がないので、補償されない。輸入数量制限措置への国際的規制化には、このような機能的限界がある。最近になり APEC エコノミー が輸出数量制限の問題に取組みはじめたのは有意味だが、世界の食料安全保障問題を解決するには、貧困緩和と食料生産率向上がより重要課題である。もしくは危機に備えて在庫しておくべきだろう。

(2)ドーハ・ラウンド農業交渉での日本

ドーハ・ラウンドの際、2003 年EU は WTO の 「緑の政策 (green box)」 直接支払い、もしくは「デカップリング」型直接支払いへと政策を変更した。デカップリングされた支払いとは、支払いが生産量、価格、生産要素と関連しない直接所得補償である。同時期、EU はバターの支持価格を 25% 引き下げた。バターの従量税率は 1 トンあたり 1,896 ユーロであり、 1986 年‐ 1988 年平均輸入価格で置き換えると 200% の従価税率になる。簡単に言うと、200% の従価税であれば、100 ユーロの輸入品の CIF 価格は国内に入るとき300 ユーロになる。この価格が国内価格と同等である場合、25% 引き下げられた国内価格は 225 ユーロだ。CIF 価格が 100 ユーロなので、125% 関税で十分この国内価格は維持できる。これはアメリカのバターにかかる関税と同水準である。この共通農業政策 (CAP) 改革が示すように、EU は関税をアメリカと同じレベルにする用意ができている。これは 2003 年の CAP 改革の重要方針だ。さらに関税化の算定に使われた1986 年から 1988 年に比べ、その後の輸入価格上昇で、現行の関税には 不必要な“水増し”がある。そのため EU は 100% の上限関税率の受け入れが可能だったのだろう。これが 2003 年 8 月のアメリカ・ EU 合意へとつながった。

この合意は日本政府を大変混乱させた。農林水産大臣は、アメリカ・ EU 合意の直後に声明を出している。諸外国の直接支払いを視野に入れ、今後 5 ヵ年の食料・農業・農村基本計画を見直すと発表した。農林水産省は騒然となり、アメリカ・EU合意

の上限関税導入に呆然とした。日本が交渉で連携していたと思っていた EU は、アメリカ・ EU 間交渉のことを一切日本には知らせていなかった。もっとわるいことに、コメと農産物への関税が 100% に低減したら、政策を変えない限り日本農業は生き残れない。EU が 1993 年のウルグアイ・ラウンドでしたように、農林水産省は、農業保護はもはや直接支払いに切り替えるほかないと考えた。

しかしながらも、農林水産省はこの姿勢を 2 回変えた。

1 度目は、2003 年 9 月に行われたカンクン閣僚会議の議長テキストに、非貿易的関心事項の観点から指定される限定的な品目については上限関税の例外にできる旨の記述が括弧つきながら加えられた時である。 農林水産省はウルグアイ・ラウンドと同様、コメを特例措置にし、上限関税の例外にできるかもしれないと考えた。それならばコメの価格水準を低くする必要はないので、コメを直接支払いの対象からはずした。

2 度目は 2004 年の枠組み合意で関税率 75% を超える品目に対する 70% 関税削減率の例外として 「重要品目(sensitive products)」 という考え方が導入された時だ。 この合意では重要品目数はまだ規定されておらず、農林水産省はコメだけでなく、小麦、大麦、砂糖、乳製品、牛肉、豚肉、でんぷんなど重要生産品全てを 「重要品目」 に指定すると農業界に説明した。これら農産物の国内価格水準が据え置きされたので、農林水産省は農家へ価格引下げ補償のための直接支払いを導入しなくてよくなった。

(3) TPP交渉においての日本

環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP)の目的は、アジア太平洋地域における貿易の自由化と促進およびへの投資の保護や促進である。アメリカは、TPPを21世紀型の自由貿易協定と位置づけている。TPPでは、物品の関税廃止・削減、金融障壁、その他サービス貿易ほか、貿易と労働、貿易と環境、投資と公正な競争についてルールが作られる。このうち貿易と環境、貿易と労働という新分野は、加盟国が労働基準や環境基準を緩めて企業の生産競争力を高めることを規制する目的がある。

Page 22: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

15 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

図6 : WTO と TPP の関係

これらの分野は、日本がいままで結んできた二国間自由貿易協定でも対象になっているものも多いが、 TPP ではさらなるルールの強化などが話し合われる。競争という分野には、外国企業と製品が不利益を受けないよう政府の国有企業優遇策に対する規律の導入が含まれる。

国有企業の制限には意見の隔たりがある。アメリカは、民間企業との競争がゆがめられるとして、国有企業の税制・補助金など優遇措置の廃止を求めている。それに対し、国有企業を多く持っているマレーシアやベトナムが反対している。ある程度の優遇措置を例外として認める方向で話し合われている

が、 例外を少なくしたいアメリカと日本側に比べ、国有企業を多く抱える新興国はできるだけ優遇措置を残そうとしている。

国有企業は、補助金や優遇措置だけでなく、独占によって市場を歪める問題がある。この問題は、日本農業にとっても重要だ。これまで高い関税で守ってきた日本の市場は、今後高齢化と人口減少で縮小する。農業を維持、振興しようとすると、輸出により海外市場を開拓せざるをえない。農業こそ、貿易相手国の関税を撤廃し輸出をより容易にする TPP などの貿易自由化交渉には積極的に対応すべきだ。

図7 : 東京と北京における日本産米の価格

注:国有企業(state-owned enterprise- SOE)

Page 23: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

16農業貿易と持続可能な発展

コメは関税 1% で中国へ輸出できるものの、国有企業が流通を独占し多額のマージンを取っているため、日本ではキログラムあたり 300 円の日本米が、上海や北京のスーパーマーケットでは 1,300 円になっている。 もし関税をゼロにしても、国有企業による事実上の関税があるかぎり輸出は増えない。TPP が拡大されると、いずれ中国も参加せざるを得なくなるだろう。アメリカも中国の将来的な TPP 参加を想定し、中国の国有企業を念頭に置きながら国有企業の規律を作ろうとしている。この意味で中国はTPP交渉の影の参加者だ。TPP 交渉で国有企業に対する規律を作ることは、日本農業にとっても中国市場開拓の道となる。しかし、この点が交渉されているかどうかは、定かではない。

大半の TPP 交渉国は、農産物関税撤廃の原則に従っている。しかし原則には例外がつきものだ。アメリカは豪州の砂糖、ニュージーランドの乳製品に対する関税を維持したいという強い意向を持っている。カナダは乳製品と鶏肉の関税維持を求め、その一方、アメリカがカナダに乳製品関税撤廃を要求している。

そして 2013 年に交渉に参加した日本は、ほかに例を見ないほど多くの除外品目を要求している。国会の農林水産委員会は、コメ、小麦、牛肉、豚肉、乳製品、砂糖、そのほか農林水産物の重要品目などを関税撤廃の例外とすることを決議した。これが日本のTPP交渉を硬直化させている。

先の 4 月、オバマ大統領訪日での二国間協議で、突っ込んだ話し合いが行われた。報道によると、農産物における 「重要 5 品目」 の関税撤廃はないとされた。コメ、小麦、砂糖に関しては関税率を維持するものの、コメについては関税割当て枠の拡大、小麦については関税割当て枠内の課徴金の引き下げを行うとともに、牛肉、豚肉、乳製品に関しては関税が下げられることとなった。

なぜアメリカがコメと小麦、砂糖に対する関税維持に合意したのだろうか。

まず、アメリカの砂糖は競争力がない。

次に、コメは政治的な重要性から、日本が関税削減できないのはアメリカも知っている。そして関税撤廃をムダに迫るより、関税割当枠を拡大したほうが、アメリカのコメ輸出産業には利益になる。ウルグアイ・ラウンドの 5 年後の 1999 年、日本はついに関税化を受け入れた。当時の政府 (もしくは農林水産省) は、 WTO ルールへの例外要求が代

償をともなうこと、関税化がミニマム・アクセスほどダメージが大きくないことをようやく理解した。しかし、日本はまた同じ過ちをしでかそうとしている。ドーハ・ラウンドでの 「重要品目」 要求、 TPP での関税撤廃例外措置、これらは関税割当の拡大という代償をともなう。それらは 1999 年当時に回避しようとしたアクセス量を上回るものになる。自給率向上目標をかかげていたところに、かえって自給率の低下を招くことになる。

最後に、 「国家貿易企業」 としての農林水産省は、数十年間にわたってアメリカから小麦を定率 60% で輸入し、 20% をカナダから、同じく 20% を豪州から輸入してきた。これは管理貿易である。もし小麦に対する関税が撤廃されると、アメリカ産小麦は、カナダや豪州だけでなく EU との競争にも直面する。これではアメリカの小麦輸出がダメージを受ける。この観点でみると、小麦に対する関税と関税割当をそのままにして、関税割当内で国家貿易企業が徴収している課徴金の額を引き下げることは、アメリカにとって有益だ。

二国間協議は続いているが、結論には至っていない。厄介なのは牛肉と豚肉のセーフガードメカニズムだ。アメリカは牛肉・豚肉の関税撤廃要求を取りやめた。しかしまだかなりの関税削減率を要求している。一方、日本はできるだけセーフガードを発動しやすくして輸入急増を防ぎたい。日米がウルグアイ・ラウンド交渉で締結した同じ類のセーフガードだ。しかしながら現行関税 38.5% は引き下げ、輸入急増時にセーフガードが発動されると 38.5% に引き上げられる。アメリカはもっと低い水準、例えば 30% を要求しているとする報道もある。発動の基準となる数量についても、現在のアメリカからの輸入量は 20 万トン程度だが、アメリカで BSE が発生して日本への輸入が減少する前の 40 万トン近い水準を要求するアメリカと、 20 ~ 30 万トン程度にしてできるだけ発動しやすくしたい日本との間で隔たりがある。

国産牛肉と豚肉業界は、大幅な関税削減による深刻なダメージがないにも関わらず、関税削減に強く反対している。

牛肉に対する関税は、 1991 年に輸入数量制限を廃止し自由化したときの70% からほぼ半分の現行の 38.5% へ削減した。 にもかかわらず、日本の牛肉生産の太宗占める和牛の生産は、拡大した。くわえて 2012年以来為替レートが50% 円安になった。2012 年に 100 円で輸入された牛肉は、

Page 24: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

17 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

38.5% の関税がかけられて、 138.5 円で国内に入っていた。その牛肉は今のレートでは関税抜きでも 150円 で輸入される。この値段は、2012 年時の通関後輸入価格より高い。

牛肉用として育てられる乳牛から生まれたオスの子牛と、乳が出なくなって牛肉用に処分される乳用種の牛肉が、輸入牛肉と競合している。しかしながら、これらは総牛肉生産 4,600 億円のうち、9 分の 1 である。肉牛生産者に影響が出るようであれば、政府財政から直接支払いを行うことも考えられる。補助金の額が総生産額の 3 分の 1 でも、 150 億円の補填で済む。

豚肉については、キログラム 410 円 (枝肉ベース)以下の輸入価格の豚肉について、 この 410 円と輸入価格の差を差額関税として徴収する特殊な制度を採用している。そうすることで、価格が低めに輸入されるときも、豚肉の輸入価格をつねに 410 円まで引き上げることができる。これはある種、最低輸入価格制度である。分岐点価格 ( 410 円 + 1.043 = 393 円 ) を超えるものについては、従価税 4.3% を課している。

実際には、輸入業者がヒレやロースなどの高級部位とハムやソーセージ用の低級部位を上手に組み合わせて梱包し、輸入価格はキログラム393円で調整される。そのため、ほとんど関税は支払われないで輸入されている。輸入額は 4,000 億円なのに、 2010 年度で 180 億円しか関税は支払われていない。率にすると 4.5% 程度である。これは従価税の 4.3% にほぼ一致する。

アメリカ農業界は通商代表部に日本のこれら品目

とくに牛肉・豚肉に対する関税廃止を強く打診しており、日米二国間交渉の結果に強く反発していると報道された。7 月 30 日、140 名のアメリカ議員はオバマ大統領へ、関税撤廃についての多くの例外を主張する日本の提案は前代未聞であり、ほかの国との交渉へ差し支えるとして日本を外して交渉を妥結すべきだという書簡を送っている。

アメリカ中間選挙では、共和党が連邦議会上院の多数を占めて勝利した。その結果、上下両院とも共和党が多数を占めたことで両院のねじれが解消された。民主党とは異なり、共和党は自由貿易に積極的である。上院共和党のリーダーであるミッチ・マコネル院内総務は、選挙キャンペーン中に、貿易自由化に協力すると発言した。選挙前は難しかったが、ようやくアメリカ政府は、通商交渉権限を持っている連邦議会から権限を授権してもらう TPA (大統領貿易促進権限法) を獲得できた。

オバマ政権が推進したいTPP交渉が、野党の勝利によって前進することになる。TPP交渉をはじめ、民主党は貿易自由化交渉に積極的ではない。労働組合を支持母体とする民主党は、海外から安い商品が入ってきて、雇用が損なわれるとして自由貿易に否定的だ。

TPP 交渉は、TPA を獲得した後の2015年に妥結されるとみられている。大統領選挙はその翌年の 2016 年だ。2015年はアメリカにとって選挙もなく、特定の産業界に不利益を与える自由貿易協定も選挙を心配しないで妥結することが可能だ。しかも共和党中心の議会なので、議会承認を得るのはたやすい。

Page 25: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

18農業貿易と持続可能な発展

3.政策提言と選択肢

(1) 日本農政の特性

OECD によって開発された PSE (生産者支持推定量) という農業保護指標は、WTO 農業合意によって AMS (国内助成合計量) という法的拘束力を持ったものに転換されたものである。PSE は農家への補助金や直接支払いなど 「納税者負担」 分と、関税など国境措置による国際価格より高い価格支持の 「消費者負担」 分 (内外価格差に国内生産数量をかけたもの) の合計額である。

日本は農業セクターの関税削減に強硬に反対していることから、海外からは大農業保護国と批判されている。日本国内では、農業問題は、どの貿易交渉でも常に問題となり、国益を損ねていると批判されている。

これは日本の農業保護の仕方が間違っているからだ。費用便益分析では正の外部性がある農業生産については、関税による価格支持政策と関税撤廃による自由貿易のどちらがいいのか言いにくい。たとえば価格支持は自由貿易より、より多くの正の外部性をともなう国内生産を増加させる。自由貿易は価格支持より価格が下がるので消費者余剰を増加させる。最良の政策は直接支払いを伴う自由貿易である。自由貿易は消費者余剰を最大化し、直接支払いはより正の外部性を増大させ、国内生産量を拡大させる。

価格支持から直接支払いに切り替えた EU とは対照的に、日本については、農政と農業交渉での立場は、ウルグアイ・ラウンド以降あまり変わっていない。高い国内価格を維持するため、日本は関税と非関税措置に頼り、国際市場から国内市場を切り離してきた。

2010 年、自民党から政権をとった民主党は、戸別所得補償という直接支払いを導入した。EU とは違い、この改革は国内価格引き下げを狙ったものではなかった。この政策は生産制限である減反政策に参加する農家だけを受給資格があるとし、農業協定 6 条 5 項 「青の政策 (blue-box

policy)」 として報告された。ドーハ・ラウンド交渉のモダリティーテキストで青の政策が削減対象とされているのだが、この政策を減反政策にリンクさせることで現行の農業協定の削減対象外の政策とした。 しかしながらこのリンケージは、農家にとっては減反参加でより多くの利益を受けるため減反参加率が向上した。この政策は米価引下げより、高価格維持に貢献している。

PSE は 2 つの部分 (消費者負担と納税者負担) からなる。関税による消費者負担の割合はアメリカでは 1986 ~ 1988 年時の 37% から 2010 年度には 6% に減少、 EU では 86% から 15% へ減少した。一方日本では同時期に 90% から 78% と、わずかに下降しただけだった。アメリカ・ EU とも、消費者負担から納税者負担へと農業保護を移行させた。EU がアメリカ式の農業政策に切り替え、日本のみが改革から取り残され、 EU ・日本対アメリカという構図から、アメリカ・ EU 対日本という構図に変わった。関税から直接支払いに切り替えたアメリカや EU とは違い、日本はコメや小麦、砂糖、乳製品へ突出した関税を課している。アメリカの直接支払いは 2014 年度の農業法で廃止されたが、アメリカは価格支持政策に戻ろうとはしない。

OECD によると、日本の農業保護のうち、消費者負担額として計測した額は4兆円に上るという。9  消費者は国際価格を上回る価格の農産物を買わせられている。国内農産物を守るために、消費者が負担を強いられているのである。外国産農産物に対しても関税が課せられ、国内産と値段は変わらなくなっている。このため実際に消費者が負担している分は、4兆円よりもはるかに高いものである。小麦を例にみると、消費量の 14% に過ぎない国産小麦の高い価格を守るために、86% の外国産麦についても関税を課し消費者に負担させている。国内農産物に対する消費者の負担額を財政負担による直接支払いに換えれば、財政負担による置換の必要なしに外国産農産物についての消費者負担を取りのぞける。 少ない財政支出で消費者への負担を軽くすることができる。

Page 26: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

19 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

図8 : 直接支払いへの転換による消費者負担の減少

コメ市場は政府によって小麦以上にゆがめられている。農家への減反補助金は、年間4,000億円にものぼる。その結果、コメは均衡市場価格よりも高くなり、 消費者負担は 6,000 億円になっている。コメの生産合計額 2 兆円に対して、コメの保護のために納税者・消費者に年間合計 1 兆円以上の負担させている。 納税者の税金が消費者負担を悪化させる。2重にムダのある政策である。

日本のある政治家は、日本とアメリカの交渉では両国の国益をかけて激しい攻防があったと語った。アメリカの国益が国内産業の利益をかけた輸出拡大だというのは分かる。では日本の国益とはなにか。いったい日本政府は国内農業を守るために交渉したのだろうか。もし農業保護が目的なら、高い関税を主張する必要はない。 EU がそうしたように、財政資金からの直接支払いで達成できる。

高い関税が守っているのは、農産物の高い国内価格、言い換えれば食料品価格だ。2012 年、低所得者層が高い食料品を買うことになるとして、多くの政治家が消費税増税に反対し、与党の分裂まで招いた。その一方、関税と減反で食料品価格を吊り上げることは、国益のために良いとされる。日本が国際価格よりも高い国内価

格を維持することで農家保護するかぎり、関税が必要になるのだ。

自民党、民主党の両党も、閣僚メンバーも関税維持は TPP 交渉において国益だと言っている。この関税で守ろうとしている 「国益」 とは農業ではなく、農産物の高価格だ。 そして食料品価格は高くなる。高価格維持のために関税が必要で、既存関税率を守り抜くためには、日本政府はアメリカ産業界の要求であるコメの関税なしの関税割当枠拡大に同意せねばならない。 この方策では輸入量が増え、政府が目標としていた自給率が下がる。

日本政府は 1997 年度に 3 兆 1,710 億円だった AMS が、 2012 年度には 6,090 億円にまで大幅減少し、大改革を達成したと言っている。この大幅減少は、食管法の行政価格であった政府買入価格を廃止したからである。それ以来ずっと減反政策によって価格が高く維持されてきた。実質的な農業保護の規模である PSEの数値はあまり変わっていない。

AMS の消費者負担、価格支持の算定方法は、〔各年の行政価格と国際価格( 1986 年‐ 1988 年時)の差〕×国内生産量である。実際の国内一般価格ではなく、行政価格をとっている。行政価格がなけれは、たとえ国内市場価格が国際価

Page 27: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

20農業貿易と持続可能な発展

格よりも高くても、 AMS には内外価格差分は含まれない。AMS 算定による消費者負担の部分は、政府が行政価格を廃止すると消えてしまうのである。PSEは、行政価格の存在いかんにかかわらず、関税など国境措置も含めて実現されるすべての価格支持を算定する。(各年の内

外価格差×国内生産量で算定される)したがって、現実の消費者の負担を表す PSE は、行政価格がなくなっても減少しない。この結果日本のAMSは大幅に削減されたのに、PSEはほとんど変わらないということになる。

図 9 : AMS と PSE の変化

(引用)OECD PSEデータベース WTO加盟国の透明性ツールキット 

(2) 高価格と高関税を支持しているのは誰か

日本農政は、特にコメに見られるような高い農産物価格維持に努めてきた。農協 (JA) は戦後政治的に最も大きな利害団体であり、この農政を強く後押ししてきた。

戦後の食料不足の際、闇市で米が高く売られるのを防ぐために対策をとる必要があった。戦時中にすべての農業・農村のビジネスを統制していた団体があり、販売から農業資材の購入、農家への融資を運営していた。政府はこの組織を農協 (JA) として改組した。

アメリカ・ EU の協同組合は生産資材購入や農産物販売、融資、作物ごとなど事業・機能ごとに専門化された農協になっている。農産物販売や資材の購入とともに、農家でなくとも利用できる銀行サービスから生命保険や傷害保険のサービス提供、日用品供給まで行っているのは農協 (JA) だけである。日本の農協は協同組合としてユニークなだけでなく、日本のどの法人も持っていない特権を有している。

食糧管理法があった 1995 年までは農家は農協へコメを持ち込み、これを政府が高い行政価格

で買うことで農家所得を保護していた。農協は農家が勤労者世帯との所得の差をなくすためには高米価格が必要だと主張してきた。農協は与党自民党に票をもたらし、その見返りとして様々な補助金と高い政府買入れ価格を実現した。制度廃止後も減反政策でコメの価格を高く吊り上げている。

米価が高いとコメの販売手数料収入が高くなるうえ、農家に肥料、農薬や農業機械を高く売れる。本来、協同組合による資材の共同購入は市場での交渉力を高めて組合員に資材を安く売るためのものだが、農協にしてみれば組合員に高く売るほうが利益になる。 高い米価から得られた収益は、農家から農協に貯金されたので資産が増えた。肥料価格を高く維持し、肥料産業に貸し付けた農協預金の利回りを確保することもできた。幅広い機能を持った農協は高米価によって生産資材・農産物販売、金融業者として、繁栄してきた。

その一方で、高米価はコメ産業を衰退させてきた。米価が引き上げられた結果、市場では生き残ることができないはずの零細兼業農家が多数滞留してしまった。そうすると農地が主業農家の手に渡らないことになる。そのため主業農家

Page 28: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

21 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

が農地を広げて経営規模を拡大し、コストダウンと利益拡大をはかることが難しくなった。現在、コメ農家は戸数では全農家の 70% を占めているにもかかわらず、農業総産出額の 20%

の産出しか生まない。また高いコストのコメは、コメの消費量も減少させる。高米価政策をとることで、コメの生産・消費の両方が影響を受けコメ産業は衰退した。

図 10 : 営農類型別にみた農業者のシェア

図 11 : 営農類型別にみた産出量の割合

(引用) 農林水産省

(引用) 農林水産省

Page 29: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

22農業貿易と持続可能な発展

コメ農業を衰退させている零細な兼業農家の存在は、農協にとっては好都合だった。農業収入のほぼ 4 倍以上ある兼業所得が JA 農協バンクに預金された。それだけでなく、農地の切り売りで得た年間数兆円にも及ぶ転用売却益も預金

されたので、 JA 農協バンクは日本で第 2 を争うメガバンクとなった。農協の発展を支えてきたのは、高米価とこれによって滞留した兼業農家だった。高米価を起点として、すべての歯車がうまく回ったシステムだった。

図 12 : 農家の所得の内訳

(引用) 農林水産省「平成24年度営農類型別経営統計(個別経営)」

(3) 安倍政権における政策変更

a.農業所得を今後10年間で倍に増やす安倍首相の経済成長戦略

前にも触れたように、安倍政権は 6 次産業化と輸出額の倍増、農地集積バンクによって農業所得を倍増するとした。しかし残念ながら、これらの政策で農家所得を倍増にはできない。なぜなら、これらはいずれも過去に実施して効果がなかった政策のリメイクだからである。たいがいの農家は加工技術やそのための時間は取れない。第 1 次安倍政権 (2006 - 2007年) は農産物の輸出振興に努めてきたが、実際は輸出額は減少した。セールスプロモーションがいくらよくても、高すぎる商品は売れない。必要なのは、価格競争である。農地を集積することによってコストを下げることはできる。しかしな

がら、 40 年間もの間、減反政策によってコメの供給量を減らし高米価を維持してきたのである。減反政策で高米価にし、零細兼業農家に高コスト生産を許すので、農地を借りて規模を拡大したい主業農家には農地がいきわたらない。安倍政権の農業集積バンク施行後でさえ、岡山県では、主業農家は800ヘクタールの農地の需要がある一方で、たった8ヘクタールの供給しかない。

人口減少と高齢化で国内市場が縮小することを考えると、輸出強化策は、正しい政策と言える。日本が輸出を倍増しても、農産物輸出をする途上国には影響はない。日本の農産物輸入額は690億ドル相当に対し、輸出額は30億ドルほどにすぎない。くわえて高価格・高品質を生かした日本の輸出農産物は、大量に貿易されるほかの作物と競合しない。

Page 30: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

23 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

日本米の品質は世界でも優れており、輸出量は確実に伸びている。 まず減反政策を廃止すれば米価が下がる。農地のリースが増え、生産コストが下がる。それがコメ輸出の競争力を高めることになるだろう。農業所得を倍増するにはこの方法しかないだろう。過去に効果がなかった政策をうわべだけ取り繕っても、減反政策を依然として維持するという根本的な状況を変えないのでは効果がない。

b. “多面的機能” への直接支払い

輸入品よりも高い国内農産物は、国民と消費者へ理不尽な負担を強いる。いくら多面的機能のためとはいえ、それでも農業保護をすべきということにはならない。言い換えれば、多面的機能の利便を理由に、国民や消費者が負担するコストを度外視しても、農業保護をするのはまちがっている。

さらに、国内の農業生産は安上がりでなければならない。安いコストで同等価値のものが他から運ばれてくれば、国内農業にこだわる必要はない。洪水防止や水資源の涵養も、農業に多大のコストがかかるのであれば、農産物は国際価格で輸入して、 “多面的機能” はダム建設や植林などの森林の整備で対応するほうが、国民負担は少なくてよい。 つまり、農業保護は多面的機能の達成のみならず、国民負担を軽減させるための生産コスト削減によって正当化されるべきだ。

2014 年に、農地や農業道路、水路を良好な状態に保つためとして、農業団体への直接支払いが導入された。この直接支払いは、多面的機能の強化という名目になっている。しかしながら、財政から多面的機能の直接支払いを行うということは、農業にかかる国民負担をさらに増加させる。それを避けるためには、農産物価格を下げて、消費者としての国民の負担を軽減する必要がある。これまで多面的機能があることを農業保護の口実として、消費者に国際価格よりも高い農産物価格を強いてきた。多面的機能を推進するために、国民が納税者として財政からの直接支払いを行うならば、農産物価格を下げていく必要がある。そうでなければ国民は、1 度目は農産物の消費者として、2 度目は補助金の納税者として多面的機能へ2重に支払うことなる。農業の多面的機能維持に政府が財政から支出し、国民が消費者としてもう1度同じ目的のために支払うのは理屈にあわない。

c. 強化された減反政策

2013 年、安倍首相は減反政策の廃止を発表し、戦後農政の根幹を変える大改革を達成したと主張した。自民党にはおよそ不可能と思われていた改革だとも主張した。しかし、この発言は誤りだった。

1970 年以来始まった減反政策では、水田を転作した米農家に補助金が支払われた。補助金の額は、転用された面積を元に支払われる。減反政策に加えて、2010年には当時与党であった日本民主党が 「戸別所得補償」 という補助金を導入した。農家ごとに「生産目標数量」を定め、目標達成した農家に支払うとされた。 この補助金は、コメの耕作面積を基準として支払われる金額が決まる。しかし 2013 年に自民党の政策変更により、民主党の戸別所得補償は、生産目標数量とともに廃止されることとなった。

戸別所得補償廃止で浮いた額は、 1970 年以来続けられた減反補助金の拡充に充てられる。つまり、農政の中核である高米価政策にいささかの変更もない。

2009 年自民党政権末期、コメ農家にとって作りにくい小麦や大豆への転用以外にも、非食用のエサ用米・米粉までもが転作とみなされ、減反の対象とされた。当たり前だが、コメ農家にとって、最も作りやすい作物はコメだ。自民党の見直し案では、1ヘクタールあたり 80万円であった補助金を、10 5 万円に引き上げることになった。

おおまかに説明すると、均衡価格 60 キロ 8,000 円の主食用米価を減反で 14,000 円に引き上げたうえで、その主食用価格 14,000 円と 3,000 円の米粉用のコメや2,000円のエサ用のコメとの大幅な価格差を減反補助金という税金で補てんするというものだった。こうして、安い米粉・エサ米などを作っても高い主食用のコメを作ったと同じ農家手取りが確保できるようにした。それでも米粉・エサ用の需要先が少ないので、この見直し案で補助金をさらに増額して、エサ用の米価をさらに引き下げて需要・生産を増やそうとした。

これではどのような問題が生じるだろうか。

まず財政負担、税金の投入の問題がある。先の減反政策ではコメ農家が米粉・エサ用の生産を

Page 31: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

24農業貿易と持続可能な発展

した場合でも、主食用に販売した場合の 1 ヘクタール当たりの収入 105 万円と同じ収入を確保できるよう 80 万円を交付された。2013 年、米粉・エサ用のコメ作付面積は 6.8 万ヘクタールで、減反面積 100 万ヘクタールの 1 割にもならないが、補助単価が大きいので、トータル 2,500 億円の減反補助金のうち 544 億円がこれだけに支払われている。新たな減反政策では、補助金単価が 1 ヘクタールあたり 105 万円に増額された。

農林水産省は、エサ用の米の需要は最大で 450 万トンとしている。もしこれだけのエサ用米が生産されるとそれだけで 7,000 億円かかる。残りの減反面積を合わせると、減反補助金は 8,000 億円にも達することになる。減反補助金については、5,500 億円もの税金投入の増加となる。もし米粉・エサ用の生産量が増えれば、戸別所得補償廃止によって浮いた額を上回る支出になるおそれがある。

新しい見直しで補助金が効きすぎて、エサ用のコメの収益の方がよくなれば、主食用のコメの作付けが減少し、主食用の米価がさらに上がってしまうかもしれない。これでは国民は消費者としても、納税者としても大きな経済負担を背負わされることになる。2015 年にはこれが現実になるかもしれない。

2014 年にコメが余り、価格が 20 から 30% 下落している。2012 年は 4 年ぶりの豊作になった。JA 全農 (全国農業協同組合連合会) はコメ 60 キログラムあたり 16,500 円の相対取引価格で卸売業者に販売した。この価格は東日本大震災の影響で高値だった前年度 2011 年を上回り、 2010 年度の 12,700 円と比べると 30% も上昇した。豊作で収穫量が上がったにもかかわらず、価格が上がるのは不思議なことであ

る。2013 年には前年を越える豊作となった。しかし依然として価格は 14,500 円と高いままだった。

豊作なのに米価格が上昇したのは、 JA 全農が市場へ供給を抑えたからだった。JA 全農は、コメ流通の 5 割以上を占めるにもかかわらず、協同組合なので独占禁止法が適用されない。豊作で供給制限をすれば、在庫を大量に抱えることになる。2012 年 6 月民間在庫は 180 万トンだった。2013 年 6 月には 224 万トンになり、2014 年 6 月には 257 万トンになると予想された。農協や卸の団体などで構成される支援機構が、220 億円を使って 35 万トンを買い取り、市場から切り離すことにしたために、 2014 年 6 月の在庫は222万トンに低下した。それでも依然として在庫は通常の年を大きく上回っていた。2012 年度と比べても 42 万トンの過剰在庫のうえ、コメの需要が減ったことで、新しく 25 万トンのコメが在庫に上乗せされると予想された。そうすると過剰在庫は合わせて 67 万トン、コメの流通量の 1 割に匹敵する量に増加する。

過剰在庫は保管費用の増加を招き、農協の経営を圧迫する。いずれ農協は在庫を処分しなければならない。このような背景のもとで、米価は下落した。

農家は 2013 年度に 1 ヘクタールあたり 105万円得たのに対し、2014 年度には70 万円しか得ることができなくなった。その結果、2015 年になって農家は米粉・エサ用に転作し、 1 ヘクタールあたり 105万円(主食用を育てるのと同等分) の補助金をもらう方が儲かると判断するだろう。JA 全農は、2015 年度にエサ用米の生産を 20 万トンから 60 万トンに引き上げる計画をしている。

Page 32: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

25 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

図 13 : 主食用米とエサ用米の利益比較

これは貿易摩擦を引き起こしかねない。現在、日本はアメリカから飼料用として 1,000 万トンのトウモロコシを輸入している。この見直し案で毎年のエサ用米の生産が増加すると、アメリカからのトウモロコシ輸入量は実質的に減少するだろう。米粉についても同じで、国内での生産が増加すれば、アメリカからの小麦輸入量は減少することになる。この件に対しアメリカが WTO へ訴えて、その結果、報復措置として日本車にもっと高い輸入税が課せられるような事態が、想定される。そうすれば日本経済へ大きな打撃になる。

前述にあるように、減反補助金は農業協定附属書 2 の12項 (環境直接支払い) に基づくとして、 WTO には農業協定上、削減対象とされず、したがって外国から訴えられない緑の政策扱いとして届けられている。しかしながら、これらの補助金は主食用米ではなく、自給率を高める目的で小麦、大豆、米粉・エサ用のコメの生産増加に支払われる。緑の政策だとして主張するには難がある。コメを植えることは他の作物よりも生物多様性や水源の涵養、風景など環境保全の恩恵をもたらす。米粉・エサ用の収入を主食用米より高くするのは、環境プログラム

の12項 (b) に違反している。

ガット/WTO紛争解決には確固とした判例がある。すでに各国スケジュールで取り決められ WTO で合意されているものでも、ガットやWTOの規定に反していれば訴えられる。

くわえて、平和条項 (農業協定第 13 条) という農業補助金についての規定が農業協定 1 条 (f)によってすでに失効しているので、農業協定は農業補助金にはもう適用できない。WTO の補助金・相殺関税協定 ( SCM 協定)が農業補助金にも直接適用されることになっている。このため、農業協定の緑、青、黄色というカテゴリーは、効力を失っている。 SCM 協定のもとでは、緑の政策も損害があれば訴えられる。影響をこうむる国は報復措置をとることができる。

1993 年に EU 共同農業政策が大きな変化をむかえた原因が、増え続ける財政負担と 10 年に及ぶアメリカとの貿易紛争であったことは事実だ。安倍政権が減反政策変更をフルに実行すれば、財政負担とアメリカとの貿易紛争に耐えられないだろう。長年に渡って続いてきた減反政策も

Page 33: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

26農業貿易と持続可能な発展

廃止せざるを得なくなり、 おそらく TPP への全面参加につながるだろう。

c. 農協改革

2014年政府の規制改革会議は農協改革を提案した。その1 ヶ月後に安倍内閣で閣議決定された農協改革案は、農協の反対と与党自民党によって大幅に骨抜きにされたものとなった。

まず規制改革会議は、地域の特性を生かした農業を後押しすることを目指すとし、全国や都道府県の農業協同組合中央会に関する農協法の規定をなくして、地域農協を指導・監査する権限規定を廃止するべきだと提案した。これは協同組合としてふさわしくない農協上部のトップダウン体制をなくすためである。また、農協法で全国や都道府県の中央会が政治活動のために地域農協から賦課金を徴収することが認められており、これを廃止して農協の持つ強い政治力を削ぐ意味もあった。しかしながら、修正後の改革案には 「農協系統組織での検討を踏まえること」 とされた。

規制改革会議のもともとの改革案では、農産物の集荷や販売を一手に担い、資材販売なども行っている JA 全農 (全国農業協同組合連合会) を株式会社化させるともあった。JA 全農は肥料で 8 割、農薬と農業機械で 6 割のシェアを持つ巨大な企業体であるのに、協同組合という理由で独占禁止法が適用されてこなかった。さらに、一般の法人が 25.5% であるのに 19% という安い法人税、固定資産税の免除など、さまざまな優遇措置が認められてきた。

また農協は、農業資材を共同で安く購入するために農家が作った組織であるはずなのに、独占禁止法の適用外であるために、農業資材を農家に高価格で販売している。ふつうの販売ルートでは肥料は JA 全農よりも 3 割も安く購入できるという。10 肥料、殺虫剤、農業機械や飼料などにいたっては、アメリカのほぼ 2 倍の価格に売られている。これら農業資材が高ければ、農家にとって経済負担になり、さらには消費者の買う食料価格に上乗せられる。もし JA 全農がこれら特権を失えば、企業として対等な立場で競争せざるを得なくなり、農業資材と農産物の販売価格は下がるだろう。

しかしながら改革案は変更され、「株式会社化の考慮を促す」としながらも、「独占禁止法が

適用される場合の問題点を精査して問題がなければ」 という条件もつけられた。つまり判断は JA 全農自身がすることになった。

規制改革会議がまとめた当初の報告に対して、民間組織である農協に政府は干渉するのはおかしいと農協側から反論が出された。自民党との調整後政府がまとめた農協改革案では、この反論を受けて農協改革に関しては農協側が独自に判断して行うとされた。しかし、銀行は証券や他の業務の兼業は禁止されているし、生命保険会社は損害保険業務を兼業できない。農産物の販売だけでなく、葬式サービスも、銀行、生命保険、損害保険の業務も、全ての業務が可能な法人は農協しかない。この幅広い分野での特権はすべて農協法で定められている。農協法は、戦後の食料難時代に米を政府に集荷するためにGHQ (連合軍最高司令官総司令部) と農林水産省で成立した法であり、1947 年の成立以降ほぼ改正されていない。 いまの時代の農協法のあり方について、政府や国会が議論するのは当然である。

60 年間も手が付けられなかった農協改革を達成するのは容易ではない。 このような改革は、ともすれば 10 年以上はかかる手ごわい課題である。しかし今回、規制改革会議の農協改革案提出は見事な仕事だったと言える。日本での農業改革がやっと着手されつつある。

どの国にも農業のために政治活動を行う団体はあるが、その団体が経済活動も行っているのは日本の農協をおいて他にない。しかも農協の政治的・経済的利益が高価格維持とリンクしている。農協が守ろうとしているのは、組合員である農家や日本農業にとっての利益というより農協組織の利益である。

閣議決定後、安倍総理は農協の政治活動の中心だった全国農業協同組合中央会 (JA全中) や都道府県の中央会に関する規定を農協法から削除すると主張した。これに対して JA 全中は監査権限は規定されるべきだと主張した。なぜなら、監査は地域農協をコントロールする上で重要だったからだ。JA 全中による強制監査を廃止し、JA 全農を株式会社化して独占禁止法を適用できるようにすることが、農業資材の価格を下げ、農家の所得を増やすことにつながる。それによって消費者は食料価格が下がるという恩恵を受ける。

Page 34: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

27 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

最終的に、安倍政権と JA 全中は以下のことに合意した :

‐ JA 全中に関する規定を農協法から削除し、 JA 全中を一般社団法人とする

‐地域農協は全中監査と監査法人の監査を選択できるようにする

‐都道府県の中央会は引き続き農協法で規定する

‐全農などの株式会社化は農協側の選択とする

‐准組合員への事業の規制は見送る

全中監査を強制でなくしたことで、 JA 全中の統制がある程度弱まるだろう。しかし、JA 全中の政治力は排除されない。2013 年度で言うと、全中は 80 億円、都道府県の中央会が徴収するものを含めると 300 億円超の賦課金を系統農協などから徴収してきた。

都道府県の中央会はそのまま維持され、まだ強制的に賦課金を徴収することができる。都道府県の中央会は JA 全中の会員なので、都道府県の中央会が集めた賦課金は従来通り、 JA 全中に流れて行く。

JA 全農に集約された農協は、肥料販売で 80% のシェアを持つ巨大な企業体を形成している。それなのに独占禁止法は適用外とされている。それは彼らが協同組合だからだ。さらに低い法人税、固定資産税も免除される。協同組合であり続けるメリットのほうが大きいので、全農等があえて株式会社化を選ぶとは思えない。

改革案で示された、准組合員の事業利用を正組合員の 2 分の 1 に規制するというのは見せ球だったのだろう。准組合員なしでは地域農協は融資の利用客を失う。農協側にとって准組合員が維持できるのであれば、全中監査を捨てることなどどうでもよいという判断になったのだろう。

しかし、非農家の准組合員の方が多い 「農業」 協同組合というのは尋常ではない。いまの地域農協の農業部門は解散させ、銀行・保険事業や生活資材供給を行う地域協同組合とすべきだ。農協は必要があれば主業農家が自主的に設立するだろう。それが本来の協同組合である。

今の地域農協では、主業農家も零細な兼業・高

齢農家も同じく 1 票の決定権を持つため、少数の主業農家ではなく、農業をやっているとは言えない多数の零細農家の意見が、農協の意思決定に反映されてしまう。この 1 人 1 票制の改革や農協の地域協同組合化など、本質的な部分はまだ提案もされていない。これで農協改革を終わらせてはならない。

農林水産省、農協、農林族議員の間にこれまでも争いはあったが、表面化したことはなかった。しかし農協改革をめぐり、農協側は農水省の変節を激しく指摘するなど、農水省と全面対決の様相を呈している。今回、農協改革がたとえ期待する成果を上げなかったとしても、これに亀裂を生じさせたことの意義は大きい。

d. 農地政策改革

また、規制改革会議は企業の農業セクターへの参入を促すとも提案している。農業生産法人に関する現行の規制では、加工、流通の企業のみに限って最大 25% の出資比率まで農業生産法人に出資できる。規制改革会議は企業の種類を限定しないで、 50% まで出資できるよう引き上げる提案をした。自民党はこの案を受け入れた。

農業生産法人については、農地法は企業の農地取得を認めてこなかった。これは地主の土地を分配し小作人に所有権を与えた戦後の農地改革の自作農主義という原則があるためだ。つまり、農地について所有権などの権利を持つ者が耕作者であるべきだという考え方である。株式会社の場合、従業員が耕し株主が農地の所有者となるので、それでは農地法の思想にあわない。ほとんどが農業者の出資で農業者以外の出資比率を 25% 未満に限定するなど、農家が農業生産法人となったような場合しか、農地についての権利の取得を認めてこなかった。言い換えれば、多かれ少なかれ農家によって作られた企業しか農地の取得を許されなかった。

しかしながら農地法は 2009 年に改正され、賃借で農業に参入する組織は、ほとんど制限なしで農地を借りることができるとされた。この改正で、「農地の権利者が耕作者であるべき」 という原則では、ほぼなくなった。株主が賃借をし、会社の従業員が耕作するからだ。企業にとって、借地権で農業を行う権利がありながら、農地所有権が許されないという法的根拠はなくなった。

Page 35: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

28農業貿易と持続可能な発展

そうは言っても、すぐにどの企業にも農地所有を許可するという改正は、極端かもしれない。規制改革会議は、農業者以外の出資比率を 25% から 50% に段階的に引き上げるアプローチを取るべきとしている。しかしこの提案だと、これから農業に参入したい若者や、やる気ある企業家も小さなベンチャー企業を立ち上げる際に少なくとも資金の半分を自ら出さなければならない。さまざまな新規参入者を呼び込むためには、農業者の必要出資比率は資本金が少ないベンチャー企業のために廃止されるべきだ。

(4) 政策提言; コメの大きな可能性

農林水産省は TPP 参加後の関税・輸入課徴金撤廃の影響について公表した。そのなかで、農業生産は現在の水準である 8 兆 5,000 億円から4 兆 1,000 億円減少するとされた。そのうちコメの生産の減少は2 兆円とした。11 食料自給率は、40% から 14% にまで落ちる。それだけでなく、3 兆 7,000 億円の価値と言われる農業の多面的機能が消滅するという。12 のちに、農林水産省は数字を下方修正したが、それでも TPP 合意に参加すれば日本の農業が壊滅的な損害をこうむると主張した。

農林水産省、農協など農業界は、日本の農業は規模が小さく、アメリカや豪州と競争はできないと言っている。農家 1 戸当たりの農地面積は、日本を 1 とすると EU は 6 、アメリカは 75 、豪州にいたっては 1309 となる。13 条件が同じなら、もちろん規模が大きい方がコストは低下する。しかし重要なのは規模だけではない。たとえばアメリカは世界最大の農産物輸出国だが、農地は豪州の 17 分の 1 だ。各国で土壌の肥沃度や作物の種類が違う。豪州では土地が痩せているので、主に草地で牛を放牧しているのに対し、アメリカではトウモロコシ、大豆、小麦作り、これをエサにして高級な牛肉を生産している。アメリカは豪州から低級牛肉をハンバーガー用に輸入し、その一方でトウモロコシなどで育てられた高級牛肉を日本へ輸出している。そして日本の農地では、主にコメを育てている。

前述の農業界の議論には、日本の農産物はコストの面で競争力がないという前提がある。しかし競争力という場合、単にコストだけではなく品質も重要である。車を例にとれば、高級車と低価格の軽自動車の違いがあるが、同じことが農業にも言える。 日本産コシヒカリは品質に優

れ、価格も非常に高く、香港ではカリフォルニア産コシヒカリの 1.6 倍高い価格、中国産コシヒカリの 2.5 倍高い価格で売られている。コメの品質は気候と自然条件で左右され、コメの成分を決定する。一般的には、たんぱく質が低いほうが味が良いとされる。実際に日本でもコシヒカリの質と価格は産地によって決まる。そのなかでも山間部にある新潟県魚沼地方は日本でもっとも評判が高く、日本の他の産地のコシヒカリよりも 1.5 倍の高値がつく。

日本はベンツやフォードを輸入しながら、トヨタ、日産、ホンダを輸出している。アメリカは 350 万トンのコメを輸出しながら、 80 万トンのジャスミン米という高級米を輸入している。それに加え、アメリカは世界第 3 番位の牛肉輸出国でありながら、同時に世界第 1 位の牛肉輸入国でもある。つまり、産業内貿易は工業に限らず農業にも当てはまるということだ。日本がもし弁当や外食産業向けにコメを輸入したとしても、高級米の輸出は可能だ。安い低級米の輸入を恐れることはない。日本が諸外国にコメとその他農産物に対する関税廃止を要求するなら、自国の輸入関税も廃止すべきだろう。日本市場の開放は、開発国の持続的な発展を助けるだろう。

日本の農業においてコメの生産は著しく下降しているものの、品質の面では世界に勝っている。しかしコメの生産を減らして高価格を維持する減反政策が、日本米の価格競争力を奪っている。この政策をとりのぞけば、日本は主要米輸出国に変わることができるだろう。

単位数量あたりのコストは、面積あたりのコストを面積あたりの収量 (単収) で割ったものである。したがって、単収が拡大し増加すればコストは下がる。

高米価は、零細な兼業農家をコメ産業に滞留させてしまう。主たる収入が農業である主業農家の販売シェアは野菜では 80% 以上であるのに対し、コメでは 40% にも満たない。14

1970 年にコメの生産抑制が決まり、単収向上のための品種改良は国内の研究者の間でタブー化された。1970 年に減反開始されるまで、カリフォルニア米と日本米の単収は同等だった。だが今では日本米の単収はカリフォルニア米より6割も低い。15

Page 36: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

29 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

もし減反政策が廃止されて、単収がカリフォルニア米並になれば、コストは 4割 まで下がるだろう。民間企業の三井化学 (株) が開発した 「みつひかり」 という品種は、カリフォルニア米より単収が優れ、一部農家の間で生産されて

いる。農協は種や苗を農家に供給するが、農協自体はコメの生産量減少による高米価で利益を得るため、みつひかりのような品種の種を採用することはない。

図 14 : 生産コストとコメ所得 2012 年

(引用)農林水産省 「農業経営統計調査」

コメ生産を抑制する減反さえ廃止されると、米価が下がって兼業農家は農地を貸し出すだろう。そのうえ、直接支払いの受給者を主業農家に限れば、主業農家の地代負担能力が上がる。そうすることで兼業農家がいままで保持していた農地が主業農家に集積し、主業農家の生産規模は拡大するだろう。規模拡大はコストが下がることを意味する。15 ヘクタールほどの農地を耕作すると、かかるコストは 60 キログラムあたり 6,500 円だ。しかしもし減反政策を廃止し米単収がカリフォルニア米並みになれば、このコストはおよそ 4,100 円まで下がるだろう。こ

れは国内生産コストの平均 9,800 円の半分以下だ。

図 12 は関税割当で日本が輸入した中国とカリフォルニア産の米価格である。中国産米は日本産米との価格差がなくなったので、もはや輸入されなくなった。かわりにカリフォルニア米が輸入されている。日本は 10 万トンの主食用米輸入枠を維持してきた。2010 年度と 2013 年度の例外を除き、消化率はつねに 100 % であった。これは日本米、中国米もしくはカリフォルニア米の価格差のためである。しかし 2014 年度には

Page 37: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

30農業貿易と持続可能な発展

消化率が 12% まで減少した。2015 年 3 月に行われた 2014 年度最終回の入札では、農林水産省から 88,610 トンの枠が提示されたにも関わらず、輸入されたのは 216 トンだけだった。 日本米と中国米もしくはカリフォルニア米のあいだには、もはや価格差がなくなったのである。輸入されるカリフォルニア米価格は、 60キロあたり 12,582 円であり、 2014 年度60キロ 12,481 円の日本の国産米よりも高い。国産米の価格は低下傾向にあり、2015年5月では11,891円となっている。内外価格差は逆転したのだ。さらに、国産米の高品質を考えると、実質的な内外価格差の逆転は大きなものである。

しかも、この 12,500 円という国産の米価は減反で維持されている価格である。コメの減反がなくなれば、価格水準はおよそ 7,500 円にまで下がり、中国米価格を下回るレベルになる。そうなれば関税は必要なくなる。中国は日本にコメを輸出する一方、都市部と農村部の1人当たり所得格差が 3.5 倍という大きな内政上の問題を抱えている。中国がこの問題に取り組んで農村部の労働コストが上がっていくにつれて、農産物価格も上昇するだろう。そうすると日本の農産物はより価格的に競争力をもつことになる。

中国米が 13,000 円まで値上がりするのに対して、日本米は 7,500 円まで価格が下がる。そうなれば商社は日本市場で 7,500 円でコメを買い、13,000 円で輸出することができるだろう。輸出が増えれば、国内市場の供給量が減少するので、国内価格は輸出価格まで上昇するだろ

う。それによってコメの国内生産量は拡大し、コメの農業所得を倍以上に拡大できる。

アメリカや豪州と競争できないという日本農業界の主張には、日本政府が関税撤廃になったときに何も策を講じないという前提がある。EU はアメリカの 10 分の 1 、豪州の 1,000 分の 5 の規模でありながら、高い生産性と直接支払い制度が小麦など穀物の輸出を可能にしている。16 イギリスの小麦単収は豪州の 4 倍であり、これはイギリスの小麦の生産性が 4 倍も高いことを示している。

コメの国際価格は上昇している。直接支払いの補助金をコメ農家に採用したとしても、支払い額は小さくなるだろう。現在の価格水準でも、台湾や香港など海外へ輸出している生産者はいる。品質で世界に冠たる日本米が、耕作規模拡大と単収の向上で価格競争力を達成できれば、鬼に金棒である。

減退廃止による米価下落の補償を主業農家に限定すれば、その支払い額はおよそ 1,500 億円だろう。コメ以外の農産物についての追加措置 2,500 億円程度、 即時関税撤廃もしくは 10 年間段階的廃止後でも、直接支払いは合計 4,000 億円の費用で済むことになる。17 この合計費用4,000億円というのは、減反補助金で浮く 2,500 億円と 1,500 億円のコメ農家への戸別所得補償の2つの制度を廃止すれば十分賄える。 10 年間でコスト削減が進めば、必要額はもっと少なくなる。

Page 38: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

31 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

図15 : 日本米、中国米、カリフォルニア米の価格差

(引用) 農林水産省「輸入米に係る SBS の結果概要」18

関税撤廃を恐れるどころか、日本は輸出を一層拡大できる。北海道の牛乳は、毎年 100 万トン近くが都府県へ輸送されているし、中国では労働コストが上昇している。それらをかんがみれば、牛乳を近隣諸国へ輸出することも可能だ。コメ同様、日本の乳製品は評判が高い。多くの中国人観光客が日本を訪れては、育児用粉ミルクを買い求めている。世界でもっとも効率性の高い牛乳生産国のニュージーランドは、中国へ生乳を出荷できない。そのかわりに中国へ牛を出荷している。日本と中国は生乳を出荷できるほどの距離だ。日本とニュージーランドの生乳

の価格差も縮まりつつある。適切な直接支払いと農協の独占的な体制をなくすことで、日本の牛乳はアジア市場で価格競争力を持つことができる。

科学的根拠なく輸入制限をする国には、 WTO の SPS (衛生と植物防疫のための措置)協定違反であるとして、 WTO の委員会や紛争処理手続きを活用すればよい。19 貿易自由化に向けた積極的な行動こそ、輸出市場の開拓に必須である。

Page 39: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

32農業貿易と持続可能な発展

結論

日本農政の主要目標は、農家所得を高く保つことだ。しかし、これはおよそ的を得た目標ではない。日本では多くの農家が兼業農家であり、耕作規模が非常に小さく農業収入の割合も小さい。しかし勤労者世帯よりも所得が多い。主業農家は生計を立てるのにやっとだ。しかし減反政策による高米価は、兼業農家をコメ産業に滞留させてきた。それゆえ主業農家にとっては、農地を確保して規模を拡大し、コストを下げて所得を増やすことも困難になった。

農林水産省は食料安全保障と 「多面的機能」 の名の下にこの政策を正当化してきた。 これらは農家所得向上よりも理にかなっている。しかし現実には、日本農政が食料安全保障と 「多面的機能」 を損なっている。日本農業の 「多面的機能」 のほとんどは、水田が発揮する。「多面的機能」 は、水田稲作がもたらす正の外部性であって、その保全には水田にコメが植えられなければならない。しかし現在では、米価支持のために減反政策によって4割もの水田を減反している。米粉・エサ用米の作付けの補助金を増額する新たな減反見直し政策は、コメ作付けは増えるかもしれないが、コストがかかりすぎる。それどころか、この政策は食料自給率向上の真逆をいく。1970 年からこの減反政策で 340 万ヘクタール中 100 万ヘクタールの水田が失われた。それらは約 3 千年間続いた水田であり、そのような広大な面積をなくすのは、ムダそのものである。これが日本の食料安全保障を危うくしている。

WTO 枠組みにおいて、日本はコメなど重要品目への高い関税を維持したいがために、関税率の維持の見返りとして低税率の関税割当数量の大幅拡大を主張した。この意味するところは、高い関税率によって国内価格が維持されるならば、食料自給率は低下してもよいということだ。

日本の農政の本当に意図することは、法や公式文書に書かれた政策方針にはないようだ。

減反は、戦後農政の中核のひとつである。この強固な岩盤を見事に打ち破ることができるかどうかで、日本農業の未来がかかっていると言っても過言ではない。

高関税で国内市場を守っても、農業は衰退した。高齢化と人口減少で国内市場も縮小していく中では、輸出市場を開拓しなければ、日本農業に未来はない。輸出を拡大するには相手国の関税は低い方がよい。農業界こそ、貿易相手国の関税を撤廃し輸出を容易にする TPP などの貿易自由化交渉に積極的に対応すべきなのだ。農業生産を縮小ではなく、拡大に転じることで、世界で高まる食料需要に対応でき、開発国の貧しい人々の食料品価格の負担をやわらげることができるだろう。農業生産を維持しつつ農業資源も保全できる。そして日本だけでなく、世界の食料安全保障に大きな貢献するだろう。

ベトナムやタイからコメを輸入しつつも、コシヒカリのような高い付加価値のある農産物を輸出すれば生き残ることは可能だ。日本は途上国に市場を開き、その持続的な発展を強化することができる。しかしながら日本は、開発国を含め TPP 参加国に向けた農業市場開放に消極的であり、日本への農産物輸出機会を奪っている。

くわえて、日本が関税撤廃に数多くの例外を要求するれば、 TPP 交渉のほかの領域で、国有企業のルールや規律など他国も例外を要求するようになる。それは世界の貿易システムに大きな貢献を果たすだろう TPP 合意の意義を薄め、おもに開発国の TPP 参加を通じた経済構造改革を妨げることになるだろう。

Page 40: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

33 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

参考文献

農林水産省 (2007年) 「農業経営動向統計 (Census of Agricultural Management Trends)」 (2007年12月30日) http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001061617.

農林水産省 (2010年) 「農林水産省試算 (Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries Trial Calculation)」 http://www.maff.go.jp/j/kokusai/renkei/fta_kanren/pdf/shisan.pdf.

農林水産省 (2012年 a) 『2010年世界農林業センサス (Report on Results of 2010 World Census of Agriculture and Forestry in Japan)』 (2012年2月29日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/about/2010.html.

農林水産省 (2012年 b) 『生産農業所得統計 (Production Agriculture Income Statistics)』 (2012年 5月31日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/nougyou_sansyutu/.

農林水産省 (2014年 a) 『農業構造動態調査 (Agricultural Structure Movement Survey)』 (2014年2月18日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukou/.

農林水産省 (2014年 b) 『食料需給率 (Food Balance Sheet)』 (2014年2月21日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/zyukyu/index.html.

農林水産省 (2014年 c) 『経営形態別経営統計 (Management Statistics by Type of Management Form)』 (2014年3月19日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/einou_syusi/.

農林水産省 (2014年 d) 『農業協同組合及び同連合会一斉調査 (Survey of Agricultural Cooperative Unions and Their Federations)』 (2014年6月16日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukyo_rengokai/index.html.

農林水産省 (2014年 e) 『面積調査 (Survey of Area Under Cultivation by Type of Crop)』 (2014年6月30日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/menseki/.

農林水産省 (2014年 f) 『作況調査 (Crop Survey)』 (2014年6月30日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_kome/index.html.

農林水産省 (2014年 g) 『米をめぐる関係資料 (Materials Relating to Rice)』 (2014年7月)http://www.maff.go.jp/j/seisan/kikaku/pdf/sankou_siryo1.pdf.

OECD (2001) “Multifunctionality:Towards an Analytical Framework”

OECD (2003) “Multifunctionality:the Policy Implications”

OECD (2002) Agricultural Policies in OECD Countries:A Positive Reform Agenda, 12 December,

OECD (2014) Producer and Consumer Support Estimates Database, September, http://www.oecd.org/chile/producerandconsumersupportestimatesdatabase.htm#country

United States Department of Agriculture (n.d.), National Agricultural Statistics Service http://www.nass.usda.gov/Quick_Stats/Lite/result.php?2BE46348-8C65-3859-B240-811B40A9DF40

山下和仁 (2010年) 「日本における農業貿易政策改革」Options for Achieving Change’, in Ricardo Melēndez-Ortiz, Christophe Bellmann and Jonathan Hepburn, (eds), Agricultural Subsidies in the WTO Green Box:Ensuring Coherence with Sustainable Development Goals, Cambridge, Cambridge University Press.

Page 41: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

34農業貿易と持続可能な発展

山下和仁(2013年) 『日本の農業を破壊したのは誰か(Who Destroyed Japanese Agriculture?)』 講談社 東京

山下和仁 (2014年) 『農協解体(The Road to the Dissolution of JA)』 宝島社 東京

Page 42: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

35 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展

ENDNOTES

1 http://survey.gov-online.go.jp/tokubetu/h25/h25-syokuryo.html

2 http://stats.oecd.org//Index.aspx?QueryId=4868

3 http://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/pdf/26tamen_pamph.pdf

4 http://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/about/2010.html.

5 http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/kakyou_chokubarai/pdf/h25_ jiltu.pdf

6 バターは 35% 、脱脂粉乳は 25% の関税となった。

7 農林水産省によると、もし従価税率に転換されるならば、バターと脱脂粉乳の従量税率は、バター300% 以上、脱脂粉乳200% 以上と同等になる。

8 日本は戦後から、小麦、大麦、トウモロコシをアメリカや豪州、カナダから大量に輸入してきた。

9 OECD “PSE データベース” 農業所得統計

10 JA 越前たけふの組合長はそう述べている。

11 http://www.maff.go.jp/j/kokusai/renkei/fta_kanren/pdf/shisan.pdf

12 http://www.maff.go.jp/j/kokusai/renkei/fta_kanren/pdf/shisan.pdf農林水産省は算定方法だけでなく、 どのような種類の多面的機能がどれだけ失われるかも提示していない。

13 http://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/pdf/area.pdf#search=’%E8%BE%B2%E5%9C%B0%E9%9D%A2%E7%A9%8D+%E5%90%84%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%AF%94%E8%BC%83’

14 農林業センサス、経営形態別経営統計、農業所得統計

15 URL http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/einou_syusi/

16 http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/nougyou_sansyutu/

17 USDA “National Agricultural Statistics”, Census of Agriculture and Forestry

18 USDA/NASS, EU Agricultural census2010, Australian Commodity Statistics

19 http://www.canon-igs.org/research_papers/macroeconomics/20110527_898.html

20 http://www.maff.go.jp/j/seisan/boueki/nyusatu/n_sbsrice/pdf/24sbs4.pdf

21 日本はほぼ全ての農産物を中国から輸入している。日本は多くの種類の農産物をアジア諸国へ輸出できるが日本から中国に輸出できる農産物は、燻製処理されたりんご、梨、米に限られている。

Page 43: 日本における農政と 持続可能な発展...l 農業 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 日本における農政と持続可能な発展 刊行物No. 56 2015年8月 ii の農貿日とな

ICTSD’s Programme on Agricultural Trade and Sustainable Development aims to promote food security, equity and environmental sustainability in agricultural trade. Publications include:

• Argentina’sAgriculturalTradePolicyandSustainableDevelopment.ByMarceloRegúnaga,AgustínTejedaRodriguez.IssuePaperNo.55,2015.

• La Política de Comercio Agrícola de Argentina y el Desarrollo Sustentable. PorMarceloRegúnagayAgustínTejedaRodriguez.DocumentodeFondoNo.55,2015.

• Low-CarbonAgriculture in Brazil: The Environmental and Trade Impact of Current FarmPolicies.ByMarceloMarquesdeMagalhãesandDivinaAparecidaLeonelLunasLima.IssuePaperNo.54,2014.

• Agricultura de Baixo-Carbono no Brasil: O Impacto Ambiental e Comercial das AtuaisPolíticas Agrícolas. Por Marcelo Marques de Magalhães, Divina Aparecida Leonel LunasLima.EdiçãoNo.54,2014.

• The2014AgriculturalAct:U.S.FarmPolicyinthecontextofthe1994MarrakeshAgreementandtheDohaRound.ByVincentH.Smith.IssuePaperNo.52,2014.

• Public Stockholding for Food Security Purposes: Scenarios andOptions for a PermanentSolution.ByRaulMontemayor.IssuePaperNo.51,2014.

• Agricultural Export Restrictions and theWTO:What Options do Policy-Makers Have forPromotingFoodSecurity?ByGiovanniAnania.IssuePaperNo.50,2013.

• India’sAgriculturalTradePolicyandSustainableDevelopment.ByAnwarulHodaandAshokGulati.IssuePaperNo.49,2013.

• Global Biofuel Trade: How Uncoordinated Biofuel Policy Fuels Resource Use and GHGEmissions.ByS.Meyer,J.Schmidhuber,J.Barreiro-Hurlé.IssuePaperNo.48,2013.

• Agricultural Domestic Support and Sustainable Development in China. By Ni Hongxing.IssuePaperNo.47,2013.

• The2012USFarmBillandCottonSubsidies:AnassessmentoftheStackedIncomeProtectionPlan.ByHarrydeGorter.IssuePaperNo.46,2012.

• PotentialImpactofProposed2012FarmBillCommodityProgramsonDevelopingCountries.ByBruceBabcockandNickPaulson.IssuePaperNo.45,2012.

• USFarmPolicyandRiskAssistance.TheCompetingSenateandHouseAgricultureCommitteeBillsofJuly2012.ByCarlZulaufandDavidOrden.IssuePaperNo.44,2012.

• Net Food-ImportingDevelopingCountries:WhoTheyAre, andPolicyOptions forGlobalPriceVolatility.ByAlbertoValdésandWilliamFoster.IssuePaperNo.43,2012.

• TradePolicyResponses toFoodPriceVolatility inPoorNetFood-ImportingCountries.ByPanosKonandreas.IssuePaperNo.42,2012.

• TradePolicyOptionsforEnhancingFoodAidEffectiveness.ByEdwardClay.IssuePaperNo.41,2012.

ICTSD (International Centre for Trade and Sustainable Development –貿易と持続可能な開発のための国際センター)www.ictsd.orgICTSD (International Centre for Trade and Sustainable Development –貿易と持続可能な開発のための国際センター)は、ジュネーブ・スイスを拠点とした独立したシンク・アンド・ドゥ・タンク(think-and-do-tank)です。1996年設立。スイスの拠点のほか、ブラジル、メキシコ、チリ、セネガル、カナダ、ロシア、中国など世界中でスタッフが業務に携わっています。 ICTSDは持続可能な開発の向上をめざし、国際貿易システムに働きかけることを目的としています。そのため貿易政策のステークホルダーに対し、情報、ネットワーク作り、意見交換、重点領域として絞り込んだ研究、キャパシティー・ビルディングを行っています。ICTSDでは、パートナーおよび学識者、研究者、NGO、政策立案者、シンクタンクなど何百もの世界規模のネットワークと共同でプログラムを実施しています。

www.ictsd.org