木目のふしぎ~目にやさしい木目模様の秘密~ 京都大学農学部講...
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木目のふしぎ~目にやさしい木目模様の秘密~
京都大学農学部講師 仲村匡司氏
短い時間ですが、皆さんに木目の不思議を実感してもらうような話をしたいと思います。
まず皆さんに考えていただきたいのですが、何か紙を渡され、この中に自由に木目模様を描いてくださいと
いわれたとき、どう答えますか。ちょっと頭の中で木目模様を描いてみてください。よろしいですか。では、
このような板目模様を描かれた方、手を挙げていただけますか。ざっと6割でしょうか。ありがとうございま
す。では、銘木、玉杢型を描かれた方、2割くらいですか。
それではタネ明かしですが、ほとんどの方がタケノコ型の板目模様、あるいはちょっと複雑な銘木型、玉杢
型を頭に浮かべられたわけです。不思議なのは直線的なまさ目模様を思い浮かべる方は、大体15、6人に1
人くらいです。日々の生活ではまさ目の方が見慣れているのかもしれないのですが、唐突に木目を書いてくれ
といわれますと、板目とか複雑な銘木系をかいてしまうんです。
私が言いたいのは、まさ目模様を描く人がなぜ少ないんだろう、どうして板目模様が木目といわれたときに
すぐ浮かぶんだろうという不思議です。この辺にわれわれが木目に惹かれる理由があるんじゃないかと考えて
います。
なぜ木目模様が現れるのか、簡単に振り返りたいと思います。
丸太を横に切って出来た円盤をみますと、中心に髄があります。そして外側に太っていき、一番外側に樹皮
があるわけです。この方向を「放射方向」と専門的には呼んでいます。そして、円形の年輪に接する方向を「接
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線方向」と呼んでいます。さらに樹木として成長していく方向を、繊維方向あるいは「軸方向」と呼んでしま
す。円盤は色の濃い部分と白っぽい部分にわかれるのですが、スギ材などですとすごく赤くなる。ここを心材
とか赤身とか呼びます。その周りを辺材とか白太といいます。丸太から角材を切り出した時に、放射方向、接
線方向、そして木が伸びていく繊維方向が出てくるわけですが、接線方向の平面を板目面、こちら放射方向に
出てくる面をまさ目面といいます。まさ目面に直線的な縞模様であるまさ目模様、板目面にはタケノコ型の板
目模様が出てきます。
ではなぜ柾目模様、板目模様が現れるのか。
カラマツのまさ目板をコンピューター等を使って明るさがどういう風に変化しているのか調べます。木材は
春から夏にかけて非常に旺盛に成長します。材が比較的明るい部分、ここを早材(そうざい)といいます。そ
して夏の終わりから秋口にかけてジワジワ成長する部分、そこは材の色が暗いんですが,晩材(ばんざい)と
呼ばれます。樹木は秋から冬にかけてはお休みしまして、また春になるとわっと成長して早材ができ、じわじ
わと晩材ができ、お休みする。このくり返しで明暗の模様のリズムが出てくる。これが木目模様が現れる秘密
になります。
話のまとめになりますが、明、暗のくり返し、内から外に成長していきます。この時に、半径の方向、つま
り放射方向に出てくる模様がまさ目模様、そして年輪に接する板目面に出るのが板目模様になります。まさ目
模様が出る理由は分かるが、何で板目模様が出るのですかと時々聞かれます。それは丸太が微妙に先細りにな
っているからなのですが、なかなか分かってくれない。そこで、バームクーヘンを買って切ってみてください
と言っています。その時少し斜めに切り落とすとタケノコ模様が見えます。
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ついでに石との比較をしてみたいと思います。どちらも縞模様の大理石と木材ですが、その明暗の変化を調
べてみますとだいぶ違う。何が違うのか。大理石は、だんだん積み重なって出来てきた堆積によるもの。木材
は成長によって出来た模様です。木材の縞模様には成長に伴うリズムが現れていますが、これと比べると大理
石の縞模様はランダムに近いことがわかります。
木材どうしでもかなり違います。針葉樹と広葉樹を比べてみましょう。針葉樹は割とシンプルですっきりと
した木目模様が現れやすいですが、広葉樹はバリエーションに富んでいて、千差万別です。
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さて、今度は皆さん、節のある木目模様を描いてみてください。
まさ目模様に丸節を思い描かれた方、手を挙げてもらえますか。はい、8割くらいですかね。まさ目に丸節、
それは本当でしょうか。もしまさ目に節が現れるとしたら、枝の断面が見えた流れ節が見えるはずです。木材
の授業を受けている学生に描かせますと、やはりたいていの学生がまさ目模様に丸節を描きます。高名な大先
生でも間違います。
私が言いたいのは、間違えた学生を勉強していないと叱るのではなくて、何で丸節を描いてしまうのかという
疑問です。これはきっと丸節に、われわれの印象に影響を及ぼす何かの要因が隠されているからではないかと
考えます。
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原図出典:加納 孟:「林木の材質」,日本林業技術協会(1973),pp.26, 33
もう一つ問題を出しますが、まさ目模様を並べました。よく似ていますが微妙にスケールが違います。まず、
一番「本物らしい」のはどれでしょうか。五種類のなかで一番本物らしく見えるものを頭の中で指名してくだ
さい。次に、一番「感じのよい」ものを指名しておいてください。
ではタネあかしです。並べてあったのは、いわゆるオーク,つまりナラ材のまさ目模様ですが、一番左端は
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オリジナルを58%に圧縮したものです。真ん中がちょうど等倍、右端はほぼ2倍、180%に拡大したもの
です。こういうものを使ってどれが本物、どれがいいかと聞きますと、ちょうど100%のものを本物らしい
と選んだ人が一番多かったのですね。ところが、一番感じがよいのはぐっと圧縮した左端のまさ目だったんで
す。
何が言いたいのかと言いますと、木は良いといわれますが、木目の中にもいろいろなものがあって、われわ
れが抱く心理的イメージや印象、こういうものに影響を及ぼしているということを言いたいのです。木目であ
れば何でもいいのではなく、やはりその質なども考えなくてはいけないという一つの例なのです。
いい機会ですので、生活の中で割とみられる変わった木目模様、すなわち「杢(もく)」を幾つか紹介します。
一番左端はミズナラですが、そこここに組織構造に由来した斑点が見られます。これはトラの斑紋のように見
られるので「虎斑(とらふ)」と呼ばれます。オーク材のフローリングや家具を注意深く観察すれば、結構見つ
けることが出来ます。こちらはカエデの鳥眼杢(ちょうがんもく)です.バーズアイメープルと言った方が皆
さんご存じかも知れません。建築業者さんは「バーザイ」と呼んだりもします。これも最近よく見かけます。
エレベーターの内装やデパートの陳列棚に張ってあったりします。真ん中はこれはケヤキの玉杢、その右隣は
カエデの波状杢(はじょうもく)です。波状杢は、樹木の成長方向に眺めると光沢がうねうねと変化して波の
ように見えることからこの名があります。右端は屋久スギとか秋田スギなどの老齢樹に現れやすい笹杢です。
ササの葉を積み重ねたように見えますね。杢にはまだまだたくさんあって、私も見たことのない方が多いくら
いなのですが、美しいだけでなく珍しさにも重きを置かれる杢の現れた木材は、珠玉の工芸品として私たちの
生活に登場したりします。
木目模様の話をあれこれしていますが、意外に忘れられやすいのは木の色です。よく木目の効果を教えてく
ださいと聞かれますが、よくよく考えてみると、実際の生活の場で木目模様を見ていることってそれほどない
ですよね。むしろ木材の色に引っ張られることの方が多いようです。木の色について簡単にまとめますと、木
材の色というのは色合いの円周方向でイエローからレッドまでのYR系の色に分類されています。そしてどち
らかといえば黄色い材ほど白っぽくて、赤い材ほど黒っぽい。暗いということですね。
皆さん、ちょっと覚えておくといいのは、色の明るい白っぽい材ほど持ったときも軽い。逆に赤黒い材ほど
持ったときに重い。例外も多いですが、市場に出まわっている木材には概ねそういう傾向があります。
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出典:「色を読む話」ミノルタ株式会社編
木目模様ほどに気づいてもらえない、でも、なくてはならない木材の見た目の特徴に、光沢というか照りや
艶があります。木材はもともと樹木つまり植物として生きていたわけで、生命活動を維持するための様々な組
織が3次元的に存在していました。私たちは、まあ、そのなれの果てを利用しているわけです。ですから、木
材の表面にはそういう組織構造に由来する微小な凹凸が現れていて、そこに光が当たると、人工的にはなかな
か再現できない複雑な反射をします。同じ表面であっても、光を当てる方向や見る方向によって照り方が劇的
に変わったりするのです。この照りや艶が、塗装などによってグンと際立てられると、製品や工芸品の価値も
また高くなったりします。
今までの話をちょっとまとめます。われわれが考えている木目模様の魅力の要因を箇条書きにしてみました。
年輪間隔の変動:年輪の幅は揺らいでいます。これは樹木の成長過程での気候変動などを反映していると考え
られます。 非交差性:木目は決して交わりません。水の上に墨を流したときの様子に似ています。 非直線
性:よく材木屋さんなどが「まっすぐなまさ目」と言ったりします、定規で引いたような直線は木目の中には
決して現れない。強いて言えばフリーハンドで引いたような直線模様、そういう縞模様が出てきます。 明暗
変化:明るい早材から暗い晩材へ緩やかに変化して、冬の間お休みして、春にわっと成長するときに晩材から
翌年の早材ヘと急に明るくなる。この緩急のリズムは木目模様ならではです。 濃淡むら:これは壁面に張ら
れている木目を見ていただくとわかりやすいですが、一本一本の木目よりももっと周期の大きなむらが現れて
います。これも木目らしさに非常に効いています。 木材色:暖色に分類されるYR系(イエロー・レッド系)
の色みの中でいろいろなバリエーションがあるので、カラーコーディネイトが楽しめますね。 光沢:もとも
と生物であったことの証である組織構造に起因する照りの変化が現れます。
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こういう風に木目模様を解析的にみていくと、コンピューターグラフィックで木目模様を表現することもで
きます。本物にはあり得ない直線縞模様に、ゆったりとした明暗変化である濃淡のむらというものを付け加え
ますと、驚くくらいリアルに見えてきます。遠目にはもう見分けがつかないと思います。
今まで木目のいいところ、どういうところにわれわれは心惹かれるんだろうということを言ってきました。
最後にもう一つ問題です。いろいろな建材を真上から撮影したものを並べた写真ですが、この中に一つ無垢の
板があります。どれでしょう?
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種明かししますと、横から見ればすぐにわかります。一番上に乗っかっていたものは合板の上の2ミリぐら
いの薄さの突き板と呼ばれる本物の木材を張ったフローリング材です。その下は合板の上に0.2ミリから0.
3ミリの厚さの薄い板を張ったもので、同じくフローリング材です。0.2ミリというともう向こう側が透け
て見えるくらいです。その下は、パーティクルボードと呼ばれる木質材料の上に木目模様を印刷した樹脂シー
トを張ったものや、メラミン板というプラスティックを張ったものになります。唯一の無垢板は厚塗りの塗装
のせいでやたらテカテカしている板です。
“なんちゃって木材”とまで言うと言い過ぎですが、ここでいくつか紹介した木材に見せかけた建材や木製品
は、今や皆さんの身の回りでごく当たり前に、沢山使われています。きれいな木目模様の現れる優良材の枯渇、
環境保全やリサイクル、コストなどを考えると、こういう張り物だらけの状況に対して賛否はなかなか出せま
せん。
ただ私がすごく気になるのは、どうして人はこうまでして木目を欲するのだろうかという点です。ここまで
して木に見せかける必要がどうしてあるのか。これは逆に言うと、われわれユーザー側に木目が欲しいという
思いやニーズがあるからだと思います。
木目模様が見た目にいいのか、木目の不思議の根源はどこにあるのか、これを科学的にきちんと押さえるこ
とによって、より有効な木材の使い方を提案出来ればいいなぁと考えています。
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