圧縮センシングにもとづくスパースモデリングへの...

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圧縮センシングにもとづくスパースモデリングへのアプローチ 田中利幸 1a ,池田思朗 b ,大関真之 c ,山本詩子 a a 京都大学大学院情報学研究科, b 統計数理研究所, c 東北大学大学院情報科学研究科 1 はじめに 新学術領域研究「スパースモデリングの深化と高次元データ駆動科学の創成」の活動を通じて,学術分野 としての高次元データ駆動科学を実体あるものにしていくためには,単にスパースモデリングの各論的応 用課題とデータ・情報解析の数理理論とを突き合わせるだけでは不十分であり,個々の具体的な応用課題と 数理理論との間を取り持つ「モデリング」の考え方が重要である.本領域で実験・計測班と情報科学班との 間に設置されているモデリング班は,実験・計測に関わるスパースモデリングの応用課題と数理理論との間 を媒介し,個々の応用課題に数理理論を適切に適用する実践を行うことと,またそうした実践を多数積み上 げることで複数の応用課題にわたって共通的に現れる数理的な研究課題を横断的に抽出し考察することと の間を往復することで,それぞれの応用課題と横断的な数理理論とをともに充実させていくことを目的と している. 我々が担当する計画研究 B01-1「圧縮センシングにもとづくスパースモデリングへのアプローチ」は,モ デリング班を構成する計画研究のひとつとして,圧縮センシングにもとづいたスパースモデリングへのア プローチに関して個々の応用課題に携わる領域内外の研究者との連携研究を行うことを通じて,圧縮セン シングが適用できる多様な応用課題に関して上記の目的を達成しようというものである.具体的な研究課 題として,(1) 個々の具体的な応用課題に取り組む「圧縮センシングのオーダーメイド型研究」,(2) 個別の 応用課題に現れるノイズの統計性を適切に扱うための「圧縮センシングへのベイズ推定の導入」,(3) 個別 課題への取り組みから横断的に抽出される数理的な研究課題に取り組む「圧縮センシングの数理的諸性質 の横断的研究」,以上の 3 項目を設定し,研究を行ってきた.本稿では,圧縮センシングの定式化について 概説したのち,本計画研究で実施した研究のうち主なものについて概要を述べる. 2 圧縮センシング 未知ベクトル x 0 に対する線形観測の結果 y = Ax 0 ,および線形観測を定義する行列 A から,もとの未 知ベクトル x 0 を推定する問題を考える.これは x を変数とする連立一次方程式 y = Ax を解くことに相当 し,係数行列 A の階数 rank A x 0 の次元と等しいとき,かつそのときに限り解を一意に定めることがで きる.線形観測を x 0 の次元よりも少ない回数しか行わなかった場合には,連立一次方程式 y = Ax は劣決 定的となり解を一意に定めることができないが,x 0 がスパースである,すなわち 0 でない値をとる要素が 少数であることを仮定すれば,解を一意に定めることができる場合がある.圧縮センシングでは,x 0 のス パースさを仮定して,どのくらい少数の線形観測結果から x 0 を正しく推定できるか,また,x 0 を効率的 に推定するにはどのようにしたらよいか,といった問題が議論される. 劣決定的な連立一次方程式のスパースな解を求める素朴なアプローチとして,線形観測から定まる線形 の等式制約 y = Ax を満たす x のなかでもっともスパースなものを解とする,というやり方が考えられる 1 E-mail: [email protected] 1 科学研究費補助金 新学術領域研究「スパースモデリングの深化と高次元データ駆動科学の創成」 最終成果報告会 (2017/12/18-20)

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圧縮センシングにもとづくスパースモデリングへのアプローチ

田中利幸1a,池田思朗 b,大関真之 c,山本詩子 a

a 京都大学大学院情報学研究科,b 統計数理研究所,c 東北大学大学院情報科学研究科

1 はじめに

新学術領域研究「スパースモデリングの深化と高次元データ駆動科学の創成」の活動を通じて,学術分野

としての高次元データ駆動科学を実体あるものにしていくためには,単にスパースモデリングの各論的応

用課題とデータ・情報解析の数理理論とを突き合わせるだけでは不十分であり,個々の具体的な応用課題と

数理理論との間を取り持つ「モデリング」の考え方が重要である.本領域で実験・計測班と情報科学班との

間に設置されているモデリング班は,実験・計測に関わるスパースモデリングの応用課題と数理理論との間

を媒介し,個々の応用課題に数理理論を適切に適用する実践を行うことと,またそうした実践を多数積み上

げることで複数の応用課題にわたって共通的に現れる数理的な研究課題を横断的に抽出し考察することと

の間を往復することで,それぞれの応用課題と横断的な数理理論とをともに充実させていくことを目的と

している.

我々が担当する計画研究 B01-1「圧縮センシングにもとづくスパースモデリングへのアプローチ」は,モ

デリング班を構成する計画研究のひとつとして,圧縮センシングにもとづいたスパースモデリングへのア

プローチに関して個々の応用課題に携わる領域内外の研究者との連携研究を行うことを通じて,圧縮セン

シングが適用できる多様な応用課題に関して上記の目的を達成しようというものである.具体的な研究課

題として,(1)個々の具体的な応用課題に取り組む「圧縮センシングのオーダーメイド型研究」,(2)個別の

応用課題に現れるノイズの統計性を適切に扱うための「圧縮センシングへのベイズ推定の導入」,(3)個別

課題への取り組みから横断的に抽出される数理的な研究課題に取り組む「圧縮センシングの数理的諸性質

の横断的研究」,以上の 3項目を設定し,研究を行ってきた.本稿では,圧縮センシングの定式化について

概説したのち,本計画研究で実施した研究のうち主なものについて概要を述べる.

2 圧縮センシング

未知ベクトル x0 に対する線形観測の結果 y = Ax0,および線形観測を定義する行列 Aから,もとの未

知ベクトル x0を推定する問題を考える.これは xを変数とする連立一次方程式 y = Axを解くことに相当

し,係数行列 Aの階数 rankAが x0の次元と等しいとき,かつそのときに限り解を一意に定めることがで

きる.線形観測を x0の次元よりも少ない回数しか行わなかった場合には,連立一次方程式 y = Axは劣決

定的となり解を一意に定めることができないが,x0がスパースである,すなわち 0でない値をとる要素が

少数であることを仮定すれば,解を一意に定めることができる場合がある.圧縮センシングでは,x0のス

パースさを仮定して,どのくらい少数の線形観測結果から x0 を正しく推定できるか,また,x0 を効率的

に推定するにはどのようにしたらよいか,といった問題が議論される.

劣決定的な連立一次方程式のスパースな解を求める素朴なアプローチとして,線形観測から定まる線形

の等式制約 y = Axを満たす xのなかでもっともスパースなものを解とする,というやり方が考えられる

1E-mail: [email protected]

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科学研究費補助金 新学術領域研究「スパースモデリングの深化と高次元データ駆動科学の創成」最終成果報告会 (2017/12/18-20)

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が,この定式化は凸でない最適化となり NP困難であるため実用的でない.凸緩和によって得られる L1ノ

ルム最小化の定式化

x = argminx

∥x∥1 subj. to y = Ax (1)

が,スパースな解を与える実用的な方法としてよく議論される.L1 ノルム最小化 (1)によって,どのくら

い少数の線形観測結果から x0を正しく推定できるかに関しては,係数行列Aをランダム行列とした場合に

ついての解析が多数なされている [1].

圧縮センシングの枠組みを実際の問題に適用する際には,観測ノイズの考慮が必要となることが多い.線

形観測結果 y が観測ノイズを含む場合には,真の解 x = x0 は等式制約 y = Axを満たさないため,その

ことを考慮した定式化を行う必要がある.LASSO[2]の定式化は,t ≥ 0をパラメータとする制約つき最小

化問題

x = argminx

∥y −Ax∥22 subj. to ∥x∥1 ≤ t (2)

を解くことで,観測ノイズを考慮したうえでスパースな解を得ようとするものである.LASSOの定式化 (2)

をラグランジュ形式に書き直した,λ ≥ 0をパラメータとする正則化の形の定式化

x = argminx

(1

2∥y −Ax∥22 + λ∥x∥1

)(3)

もよく用いられる.この定式化はまた,残差 y−Axが要素ごとに独立な正規分布に従い,xの事前分布が

要素ごとに独立なラプラス (両側指数)分布であるとした場合に,yを観測した条件下での xの最大事後確

率 (MAP)推定と解釈することもできる.

3 MRI画像再構成への応用

圧縮センシングの応用としてもっとも実用に近いとされているのは,磁気共鳴画像法 (magnetic resonance

imaging; MRI)における画像再構成の問題である.MRIは,対象の断層像を非侵襲的に撮像することので

きる手法であり,医学における画像診断の分野を中心として幅広い応用がある.MRIの原理についてここ

では詳細は述べないが,適切に設計された磁界を撮像対象に印加して,核磁気共鳴現象によって撮像対象

から再放射される電磁界を計測することにより,目的とする断層像の空間フーリエ変換に相当する情報を

取得することができる.どの空間周波数の情報を取得するかは印加磁界の設計によって任意に指定できる.

空間周波数領域のすべての点において情報を取得すれば,逆フーリエ変換によって目的の断層像が再構成

できる.MRIは情報の取得に長い時間を要することが短所であり,これまでにも様々な高速撮像法が提案

されている.空間フーリエ変換に相当する情報を取得することは一種の線形観測に他ならないから,断層

像に何らかのスパースさを仮定できれば,空間周波数領域の少数の点における情報を収集 (間引き収集)し,

圧縮センシングを適用することで間引き収集された情報から目的の断層像を再構成できるため,撮像の高

速化が可能となる [3].圧縮センシングは,既存の様々な高速撮像法と組み合わせることで撮像のさらなる

高速化を達成できる.

本計画研究では,本領域 A01-1班 (研究代表者 富樫かおり)と共同で,圧縮センシングによりMRI画像

の再構成を行うプログラムを開発した.目的の断層像の全画素値を要素とするベクトルを x0,空間周波数

領域で間引き収集された情報を y = Ax0 + nとし (nは観測ノイズベクトル),再構成画像の候補を xと

したとき,本プログラムは残差 y − Axの L2 ノルムの 2乗 ∥y − Ax∥22 にスパースさを促す正則化項を加えた目的関数を,NESTA[4]と呼ばれるアルゴリズムを使用して最適化する.正則化項としては,再構成

画像の候補 xの L1 ノルム ∥x∥1,xのウェーブレット変換Wxの L1 ノルム ∥Wx∥1,および xの「全変

動2(total variation; TV)」TV(x)の 3種類を取り上げ,対応する 3つの正則化パラメータを使用者が自由

2画素値の 2次元配列に対する全変動は,[5]においては横方向,縦方向の隣接画素との画素値の差の 2乗和の平方根をすべての画素について総和したものとして定義されているが,その後の多くの論文では横方向,縦方向の隣接画素との画素値の差をすべての画素について総和したものとして簡便に定義されている.本計画研究でも後者の定義を採用した.

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0.00 0.22 0.66 1.11 1.55 1.99 2.43 2.87 3.32 5.53 7.30 [h]

図 1: 圧縮センシングMRSIによる体内物質時空間動態の可視化結果.

に設定できるようにして,これら 3種類の正則化項が画像再構成結果にどう影響するかを簡便に観察でき

るようにした.本プログラムは,A01-1班において圧縮センシングによる再構成画像の画質評価などの研究

で活用されている.

本計画研究ではまた,圧縮センシングによってもたらされるMRI撮像の高速化という利点を生かして,

磁気共鳴分光画像化法 (magnetic resonance spectroscopic imaging; MRSI)により体内の物質の時空間動態

を非侵襲的に可視化する手法について研究した.MRSIは,MRIと磁気共鳴分光法 (MRS)とを組み合わせ

た計測手法である.MRSの原理の説明は割愛するが,MRSによって試料に含まれる化合物の種類に応じ

たスペクトルが得られる.パルス励起による応答の時間波形を計測し,フーリエ変換を施すことによって所

望のスペクトルを得るというのがその基本原理であるが,多種類の化合物に起因するスペクトルをより良

好に分離するために,種類の異なる複数のパルス励起を時間間隔を様々に変えて行うことで,多次元のスペ

クトルを得る方法も多数開発されている.MRSとMRIとを組み合わせたMRSIによって,多種類の化合

物について,それぞれの空間分布を知ることができる.一方で,MRSIは一般に高次元の空間において計

測を行う必要があるため,計測に非常に時間がかかる.例えば,単に断層像を得るだけであれば対応する 2

次元の空間周波数領域の各点で計測を行うことになるが,2次元のスペクトルを 2次元断面の各点において

知るためには,計 4次元の空間の各点において計測を行う必要がある.このため,計測に必要な時間と比

較して短い時間スケールで物質の空間分布が変化している場合には,その動態を適切に捉えることができ

ない.我々は,圧縮センシングにもとづく間引き収集によって,MRSIによって体内の物質の時空間動態を

非侵襲的に可視化する方法を提案した [6].提案法では,可視化の対象とする物質のスペクトルは既知と仮

定して,各物質のスペクトルの強度の時空間動態を圧縮センシングにより推定する.

あらかじめ腫瘍組織を移植したマウスの体内にブドウ糖水溶液を注入し,ブドウ糖 (グルコース),乳酸,

脂肪の時空間動態を観察する実験を行った.正則化項としては,スペクトル強度の空間分布がスパースと

なるように促す L1ノルム項と,隣接する時間フレーム間でのスペクトル強度の差が小さいことを要請する

L2 ノルム項とを採用し,交互方向乗数法 (alternating direction method of multipliers; ADMM)[7]によっ

て最適化を行った.結果の例を図 1に示す.ブドウ糖水溶液の注入後,注入部位近傍でブドウ糖スペクトル

の強度が減衰していく一方で,腫瘍組織で乳酸スペクトルの強度が増大する3様子が可視化されている.

3腫瘍組織では嫌気性代謝が亢進することが知られており,ワールブルク効果と呼ばれる.図 1 の結果はこの知見と整合している.

3

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4 ポアソン観測からの再構成

放射線を用いた観測にもとづく圧縮センシングの応用を考えると,様々な応用事例でポアソン観測モデ

ルの考察が必要となる.具体的な事例としてポジトロン断層法 (positron emission tomograph; PET)や単

一光子放射断層法 (single photon emission computed tomography; SPECT)における画像再構成の問題を

取り上げると,観測結果 y = (y1, y2, . . .)はガンマ線光子の計数値からなり,個々の計数値は

yi ∼ Poisson(·;aTi x0) (4)

のようにポアソン分布に従うとするモデル化が適切である.ここでベクトル aiは,観測 yiを得る際の投影

条件を表しており,撮像断面のガンマ線源の空間分布をあらわすベクトル x0の要素のどのような重みつき

和が yi の平均値を定めるかを記述している.

ポアソン観測モデルに対しても,圧縮センシングの枠組みは自然に適用できる.具体的には,LASSOの

定式化における残差の L2 ノルムの 2乗 ∥y − Ax∥22 を正規分布の負の対数尤度に相当する項と捉え,これをポアソン分布の対数尤度に負号をつけたもの

−∑i

log Poisson(yi;aTi x) (5)

で置き換えればよい.例えば,ポアソン観測モデルに対する,LASSOのラグランジュ形式 (3)に対応する

定式化は

x = argminx≥0

(−∑i

log Poisson(yi;aTi x) + λ∥x∥1

)(6)

となる.これは xに関する凸最適化問題であり,効率的に解くことができる.

ポアソン観測モデルにおいて,例えば定式化 (6)によりどのくらい少数の観測結果からどの程度の精度で

x0 が推定できるかといった問題は応用上も重要であるが,著者らの知る限り,この問題に関する解析的な

結果は得られていないようである.本計画研究においてもこの問題に取り組んだが,具体的な成果を得る

に至っておらず,今後も引き続いて研究を行おうと考えている.

5 電波干渉計における画像再構成

本研究は本領域 A02-3 班 (研究代表者 本間希樹)との共同研究である.詳細は A02-3 班の報告を参考に

されたい.ここでは簡単な概略を示す.

超長基線電波干渉計 (very long baseline interferometry; VLBI)は,地理的に離れた複数の電波望遠鏡を

開口合成に使うことによって高い角度分解能で天体のイメージングを可能にする技術である.VLBIの原理

に関する詳細な説明は割愛するが,電波干渉計を構成する電波望遠鏡の対から得られる観測信号を相関処

理することにより,理想的にはターゲット天体の画像の空間フーリエ変換に相当する情報 (電波天文学では

ビジビリティと呼ばれる)を得ることができる.ただし,2つの電波望遠鏡とターゲット天体との相対的な

位置関係によってどの空間周波数の情報が得られるかが決まるため,任意の空間周波数に対して情報を得

ることはできず,電波望遠鏡とターゲット天体の配置によって決まる限られた空間周波数における情報しか

得られない.そのため,VLBIなどの電波干渉計における画像再構成の問題は,アンダーサンプリングされ

たフーリエ観測の結果から画像を再構成する問題となり,MRIの画像再構成と同一の定式化にもとづいて

議論できる.ただし,上述のように,どの空間周波数において情報を取得するかを観測者が自由に選択でき

ないという点が,MRI画像再構成の問題とは異なっている.

電波干渉計における画像再構成の標準的な手法は,CLEANと呼ばれる方法 [8]である.CLEANは,元

画像がスパース,すなわち少数の輝点の集合からなることを仮定し,残差を小さくするように輝点を逐次

4

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に追加することで画像再構成を行う反復アルゴリズムである4.最終的には得られた点の集合に二次元の正

規分布型の「ビーム」を畳み込んでイメージを作成する.そのため,最終的に得られる画像の空間分解能は

このビームによって決まる.

当然ながら,電波干渉計における画像再構成の問題は圧縮センシングの文脈で捉えることができる.すで

に先行研究があったものの [10, 11],我々も本領域の研究を通じて EHT (Event Horizon Telescope, 詳細は

A02-3 班を参照)のために圧縮センシングの方法が有効であることを示した [12].EHT は VLBI によって,

未だに誰も成功していないブラックホールシャドウの撮像を目指す天文観測プロジェクトである.

対象にスパース性を仮定して,LASSOと同様に L1 ノルムによる正則化項を導入して解く方法は CLEAN

と類似した方法となる.本研究では,L1ノルム正則化項だけでなく,全変動や 2乗変動5(A02-3班参照)と

いった画像に対する複数の正則化項を含む定式化を行った.こうした方法は天文学のイメージング法として

は成功している.また,これらの正則化の重みを決定する方法として,交差検証法によって決定する手法を

提案している [13].

現実の VLBI 観測ではフーリエ観測にあたるビジビリティに,位相のノイズも含まれてしまう.このノ

イズは無視できる大きさではないため,各ビジビリティの位相を正しく推定することが重要となる.残念な

がら,位相を求める問題は凸最適化とはならない.我々はこの問題に対して,クロージャー位相からの位相

復元法を独自に提案した (図 2, [14]).

60 30 0 -30 -60

Relative RA (µas)

60

30

0

-30

-60

Rela

tive D

ec (µ

as)

60 30 0 -30 -60

Relative RA (µas)

60

30

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-30

-60

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tive D

ec (µ

as)

60 30 0 -30 -60

Relative RA (µas)

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60 30 0 -30 -60

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60 30 0 -30 -60

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-60

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Relative RA (µas)

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-30

-60

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as)

60 30 0 -30 -60

Relative RA (µas)

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-30

-60

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as)

60 30 0 -30 -60

Relative RA (µas)

60

30

0

-30

-60

Rela

tive D

ec (µ

as)

図 2: 文献 [14]からの転用.上段:ブラックホールシャドウのモデル (それぞれのモデルの詳細については

文献 [14]を参照).中段:観測データに位相のノイズが含まれない場合に,スパースモデリングによって再

構成されたイメージ.下段:位相のノイズがある場合に,文献 [14]に提案した方法で位相を復元し,スパー

スモデリングによって再構成したイメージ.

6 量子モンテカルロ法への応用

量子多体系の解析において,系を記述するシュレーディンガー方程式の時間軸を虚軸方向に取り直した虚

時間シュレーディンガー方程式を考えると,古典系の拡散方程式となり数値シミュレーションが容易にな

4信号処理の分野で提案された適合追跡 (matching pursuit; MP)[9] は CLEAN と同等のアルゴリズムである.MP からさらに派生した手法が圧縮センシングなどのスパース推定の文脈で幅広く使われている.

5横方向,縦方向の隣接画素との画素値の差の 2 乗和をすべての画素について総和したもの.

5

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る.これが虚時間にもとづく量子モンテカルロ法の基本的な発想である.虚時間シュレーディンガー方程式

の数値シミュレーションにより,例えば虚時間グリーン関数G(τ)を数値的に評価できる.虚時間グリーン

関数 G(τ)は,元の量子系のスペクトル関数 ρ(ω)と

G(τ) =

∫ ∞

−∞K±(τ, ω) ρ(ω) dω, τ ∈ [0, β] (7)

のように関連づけられる.積分核K± は

K±(τ, ω) =e−τω

1± e−βω(8)

であり,複号 ±はフェルミオン/ボゾンの区別に対応している.虚時間グリーン関数G(τ)にもとづいてス

ペクトル関数 ρ(ω)を求める問題を考えると,この問題は積分方程式 (7)を解くことに対応する.適切に離

散化を行うと,積分方程式 (7)は

g = Kρ (9)

とあらわされる.したがって,スペクトル関数 ρ(ω)を求める問題は連立一次方程式 (9)の求解として定式

化できる.

上述の考え方を量子モンテカルロによる計算結果に適用する際には,虚時間グリーン関数に対応するベ

クトル gがモンテカルロ法により数値的に推定され,したがって推定誤差を含むことを考慮する必要があ

る.さらに,係数行列K は通常は悪条件 (ill-conditioned)であるため,例えば gにもとづいて ρを最小二

乗推定によって推定すると,gの推定誤差が拡大されるため ρの推定結果は大きな誤差を含むことになる.

係数行列が悪条件であることに起因する不安定性を回避するためには,正則化が有効である.主要な手法

のひとつである最大エントロピー法 [15]では,アプリオリに仮定したデフォルトモデルとの相対エントロ

ピーを正則化項として使うことで不安定性の問題を回避するが,デフォルトモデルをどう選択するかが問

題となる6.我々の計画研究では,この問題に対して ρの L1 ノルムを正則化項として使う LASSO型の推

定法 (式 (3))の適用を提案している [16].特に不安定性を効率的に排除するために,係数行列の特異値分解

を前処理的に利用した. 特異値分解により得られた基底は,これまで知られていたルジャンドル関数にもと

づく基底と比較して,非ゼロの展開係数をより少数とするという点で効率的なデータ圧縮表現を与えるこ

とが確認された [17].さらにこの方向性の研究を進めることで,これまで非常に広範囲のパラメータ値に対

して非常に多くの数値計算データを集める必要があったという問題に対して,過不足のないデータの取得

を可能にする実験計画法の開発に着手している.

7 領域内外との連携研究

以上に述べたそれぞれの成果は,領域内の他の計画研究などとの共同研究や,領域外との研究連携とし

て進めたものである.本計画研究では第一の研究課題としてスパースモデリングの方法の「オーダーメイ

ド型研究」を目指しており,これらはそうした目的に即した共同研究である.以上で示した研究以外にも,

池田は A01-2班の池谷と NMRを用いたたんぱく分子の三次元構造推定法の開発に協力し [18], A02-3班の

植村らと Ia 型超新星の最大光度推定のための変数選択 [19],C01-3班の小渕,樺島らと交差検証法の簡便

な近似計算法の開発 [20],C01-4班の渡辺と共同でレート歪み関数に関する研究 [21, 22]なども行った.

スパースモデリングの手法を醸成してきたことで,領域外の諸問題の解決にも貢献している.以上に示し

た研究以外にも,大関は京都大学ウィルス・再生医科学研究所の曽我部・瀬原らと筋幹細胞の二光子顕微鏡

を用いた撮像の問題に圧縮センシングを適用した.その際、画像平面上でのスパース性に加えて,深さ方向

への滑らかさを獲得するために,深さ方向の差分に基づくスパース性に注目した正則化を利用することで,

深さ方向の観測を間引くことを可能にした.

6第 5節で述べた電波干渉計における画像再構成に対しても CLEAN以外の代表的な手法として最大エントロピー法があるが,モデル画像を設定する必要がある点で同様の問題がある.

6

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8 まとめ

本計画研究では,圧縮センシングが適用できる多様な応用課題への取り組みと,それらを通じて横断的に

抽出された数理的課題への取り組みとを往復することで,圧縮センシングにもとづくスパースモデリング

へのアプローチを展開した.主に取り組んだ応用課題としては,本稿で具体的に述べたMRI, MRSIなどの

医用画像の再構成,VLBIにおける画像再構成,量子モンテカルロ法を挙げることができる.圧縮センシン

グの適用事例として,それぞれの応用課題に対して具体的な成果を得ることができた.また,これらはいず

れも L1ノルムあるいは全変動などのスパース解を促す項を正則化項として用いた LASSO型の凸最適化の

形で共通に定式化され,最適化のためのアルゴリズムや正則化パラメータの決定法などに関して,共通的

な議論を行うことができた.応用事例から抽出された数理的な枠組みの一例としてポアソン観測からの再

構成の問題があるが,数理的な性質の解明に関しては残念ながら十分な成果を得るに至っていない.しかし

ながら,他の事例に関しては,応用課題への各論的取り組みと横断的な数理面での取り組みの往復により

それぞれの研究を進展させることができ,残された課題はあるものの,全体として所期の目的を達成でき

たものと考えている.

参考文献

[1] D. Amelunxen, M. Lotz, M. B. McCoy, and J. A. Tropp, “Living on the edge: Phase transitions in

convex programs with random data,” Information and Inference: A Journal of the IMA, vol. 3, pp.

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