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「特異点と多様体の幾何学」 2015年9月23日~26日 草津セミナーハウス (A) 」( ( 大学), 15H02057(A) 「ファイバー 多角 」( (大学), 24244002(B) 「対 ホッジ 」( :臼井 (大学), 23340008(C) 「オー フォールド びに 異ファイバー ( 学院大学), 24540048

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「特異点と多様体の幾何学」2015年9月23日~26日於 草津セミナーハウス

科学研究費補助金

基盤研究 (A) 「複素解析幾何の総合的研究」(代表者:平地健吾 (東京大学), 課題

番号:15H02057)

基盤研究 (A) 「ファイバー構造をもつ複素曲面の多角的研究」(代表者:今野一宏

(大阪大学), 課題番号:24244002)

基盤研究 (B) 「対数的混合ホッジ理論の研究とその応用」(代表者:臼井三平 (大

阪大学), 課題番号:23340008)

基盤研究 (C) 「オービフォールド符号数の特異点並びに特異ファイバーへの応用」

(代表者:足利正 (東北学院大学), 課題番号:24540048)

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「特異点と多様体の幾何学」:この集会は2008年に草津でやったのが最初で、以後、2

回目(2010年9月)と 3 回目(2012年8月)に山形大学でやり、今回が 4 回目で

次の日程で開くことが出来ました。

日時:2015年9月23日-26日

場所:群馬県吾妻郡草津町、草津セミナー・ハウス

特異点論、代数幾何学を始め幅広い分野の方々にご参集頂き、お天気は今ひとつでしたが、

充実した研究会となりました。内容はこの報告集をご覧頂ければと存じます。

「草津良いとこ一度はおいで。アー・ドコイショ」と草津節にもありますように、日本

有数の温泉場で歴史と伝統を感じつつ、湯につかりながら、数学の研究交流はもちろん、

同じ分野の数学者同士が人間的交流を深めたことは、今後の新たな数学の発展に通じ、意

義深いものがあったと思います。

最近のニュースで群馬県は「一度は行ってみたい県アンケートで、常にワーストスリー

に入っている」らしいのですが、群馬・上州(上野国)は田舎で、春先の空っ風は凄いの

ですが、古代から非常に栄え、岩宿遺跡を始め2~3万年前の遺跡も多く、非常に多くの

縄文遺跡、膨大な数の古墳などを抱えていることからも分かるとおり、とても住みやすい

良いところなので、群馬県人の一人としてワーストスリーの常連のイメージは何とか返上

したいと思います。

群馬は昔から養蚕が盛んで経済的にも豊かで、算額の数なども多く、和算がとても盛ん

だったことも和算研究者の研究で知られています。少し不確かですが、関孝和(藤岡)は

群馬出身らしいのです(父親が藤岡藩士だが、孝和は江戸生まれの説もあり藤岡生まれか

不明)。明治以降の数学者では、岩沢健吉(桐生)、井草準一(前橋)、正田建次郎(館

林)などを生んでいます。

本研究会の開催は、「特異点と多様体の幾何」分野の数学の発展に役立つと同時に、群

馬県のイメージ向上にもいささか役立ったのではと、私は勝手な想像をしております。今

回、快く講演を引き受けて下さった講演者の皆様、それ以外の参加者の皆様に、まず感謝

いたしますとともに、資金援助下さいました皆様に深く感謝申し上げます。

さらに、この研究会のプログラムを中心になって作成下さった奥間智弘氏、報告集を作

成下さった片長敦子氏と今野一宏氏、また、こうした研究集会を「やろう、やろう」と背

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中を押して下さった、足利正氏と臼井三平氏など、世話人の皆様にも深く感謝致します。

この研究会のタイトルについては、大風呂敷の感がしなくもないのですが、「何でも話

せる、話して頂けるように」なっており、「大は小を兼ねる」で便利と思いますので、多

くの方のご参加を頂き、今後も続けられるといいと思います。地元の世話人として巻頭言

をとの今野さんのご指示に従い書きましたが、なんだかピントの外れた関東言になってし

まいました。

2016.1.7 都丸正

世話人

奥間智弘、片長敦子、今野一宏

足利正、 都丸正、 臼井三平

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目  次

石井志保子 (東京大学)

A complete intersection model and its applications . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1

池田京司 (東京電機大学)

Periods of certain elliptic surfaces . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

藤澤太郎 (東京電機大学)

Limits of Hodge structures in several variables . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33

都丸 正 (群馬大学)

C∗-作用をもつ複素 2次元特異点の極大イデアルサイクルについて . . . . . . . 47

榎園 誠 (大阪大学)

有限位数の巡回同型を持つファイバー曲面のスロープについて . . . . . . . . . . . 65

直江央寛 (東北大学)

Shadow から構成される cork と shadow complexity . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 79

奥田喬之 (九州大学)

Monodromies of splitting families for singular fibers . . . . . . . . . . . . . . . . . . 91

片長敦子 (信州大学)

Visualization of the links of certain singularities . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 105

土橋宏康

カスプ特異点を与える開凸錐に作用する群の基本領域 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 111

石田弘隆 (宇部工業高専)

Hyperelliptic fibrations with high slope . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .120

高橋卓大 (東北大学)

平面曲線特異点の実モース化のトロピカル幾何におけるアナロジー . . . . . 133

白根竹人 (宇部工業高専)

Nodal quartic surfaces and nodal sextic curves with a contact conic . 143

稲葉和正 (東北大学)

Notes on deformations of isolated singularities of polar weighted homoge-

neous mixed polynomials . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 153

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粕谷直彦 (青山学院大学)

R4 上のケーラーでない複素構造の構成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 163

田島慎一 (筑波大学)

D. Siersma の vertical monodromy とホロノミー D-加群 . . . . . . . . . . . . . 168

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A COMPLETE INTERSECTION MODELAND ITS APPLICATIONS

石井志保子 (東京大学大学院数理科学研究科)

Abstract. 任意の 代数多様体に対し minimal log MJ-discrepancy を変えないような完全交叉多様体が存在することを紹介し,その応用をいくつか紹介する.これは今のところ標数0での結果であるが,正標数でも成立すると予想しているので,本稿で紹介する定義や結果において 基礎体は出来るだけ一般的な仮定の下で定式化した.

1. 最小対数的食い違い数ー特異点解消を使って

本稿では代数多様体,あるいは省略して多様体という時はいつも代数閉体

k 上の 純次元で被約な有限型スキームを意味します.

筆者の主要テーマは,弧空間 (arc space), ジェット 空間 (jet scheme) を

使って特異点を理解しようということです.弧空間やジェット空間は特異点解

消のあるなしにかかわらず,多様体があればそれに付随して必ず存在するも

のです.この節では基礎体 k の標数は0とします. これは特異点解消を使い

たいからです.

代数多様体を考える時,その上にある特異点は厄介者でできれば避けて通

りたいものでした.ところが様々な問題を考える上で,非特異な代数多様体だ

けを考えていたのでは理論がうまく完結せず,ある種の特異点も許したカテゴ

リーで問題を考える方がより合理的だということがわかってきました.極小モ

デル問題 (minimal model problem, 略してMMP) もそのひとつです.MMP

は双有理同値な代数多様体の類には極小なものが存在するということを示す

問題です.2次元までは極小非特異多様体が存在しましたが,3次元以上で

は非特異多様体の範疇では極小多様体は存在しないのです.そこで緩やかな

特異点を許した極小多様体を求めようというのがMMPです.MMP におい

て許す特異点は,以下の様に 特異点解消 (resolution of singularities) を使っ

て定義されます.X を代数多様体とし,x ∈ X をその上の点,特異点の集合1

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を SingX とします.

f : Y → X

を X の特異点解消で f−1(SingX) が 単純交叉因子 (divisor of simple normal

crossings) になっているものを考えます.(このような特異点解消があると仮

定して考えます.)このとき因子 KY/X ≥ 0 となっている時 X は 標準特異点

を持つ,と言い,KY/X の各既約例外因子の係数が −1 以上の時 対数的標準

特異点を持つ,といいます.このようなものをMMP において許そうという

わけです.そしてそのアイデアは功を奏し,3次元ではMMPが解決し,4

次元以上でも着々と解決に向かっています.ここで因子 KY/X は Y の標準因

子 KY と X の標準因子 KX の食い違いを表すものとして

KY/X = KY − f∗KX

と定義します.ただし,通常 KX の引き戻し f∗KX はうまく定義できませ

ん.しかし,X が 正規で Q-Gorenstein という性質を持っていれば,rKX が

局所的に1つの方程式で定義されているような正整数 r が存在するので

f∗KX =1rf∗(rKX)

と定義してやれば,有理係数の因子として定義できます.MMP においては,

この正規で Q-Gorenstein 的という性質は対象となる代数多様体が持つべき

重要な性質ですので,この条件を仮定して食い違い因子を考えるのは理にか

なっています.ただ,純粋に特異点理論的に見ると,正規で Q-Gorenstein 的

でなくても,よい特異点は色々あり,このようなものに光を当てる必要性を

感じます.これについてはまた第3節で述べます.

もう少し詳しく見てみましょう.注目している点 x(正確には xの閉包)

を像に持つような既約因子が存在するような f を考えます.E を f−1(SingX)

のひとつの既約因子とするとき

a(E; X) := ordE(KY/X) + 1

を X の E における対数的食い違い数 (log discrepancy) と呼びます.ただし

ここで ordE(KY/X) は Y 上の因子 KY/X における E の係数を表します.

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さてひとつの既約因子上の食い違い数を定義しましたが,これらの下限の

値を考えてみましょう.

mld(x; X) := infa(E; X) | E : Y 上の既約因子で f(E) = x

これを x を中心とする 最小対数的食い違い数 (minimal log discrepancy, 省

略して mld) と呼びます.なお,ただし,a(E,X) < 0 なる E が存在する場

合は mld(x; X) = −∞ と定義します.

mld(x; X) は X と x に固有の値で,特異点解消 f の取り方に依存しま

せん.

例 1.1. 特にdim X = d とし,x ∈ X が非特異点である時には,mld(x; X) =

d となります.また X が Ad+1 の超曲面であって xa1 + xa

2 + · · · + xad+1 = 0

で定義されているときは,

mld(x; X) = d + 1 − a

となります.

一般に特異点が良いほど mld が大きくなる傾向にあります.ですから

「d が mld(x; X) の最大値であって,mld(x; X) = d となるのは (X,x)

が非特異である場合のみであろう」

と予想されています (Shokurov の予想)が,まだ解決されていません.こ

れについてはまた第5節で述べます.

なお,MMP で許す特異点と mld の関係は以下の通りです:

命題 1.2. (1) X が対数的標準特異点を持つ ⇔ 任意の閉点 x ∈ X につ

いてmld(x,X) ≥ 0.

(2) X が標準特異点を持つ ⇔ 任意の点 x ∈ X (閉点とは限らない)につ

いてmld(x,X) ≥ 1.

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2. 最小対数的食い違い数–特異点解消からの解放(?)

この節では前節と同様に代数多様体 X は正規な Q-Gorenstein 多様体であ

ることを仮定します.mld は正規な Q-Gorenstein 特異点の悪さ/良さ を計

る指標で,MMP においても重要な役割を果たすのですが,第1節では特異

点解消を使って定義しました.しかし特異点解消の存在は基礎体が標数 0 の

場合に証明されていますが,正標数の場合には一般には証明されていません.

そこで,特異点解消を使わないで対数的食い違い数,最小対数的食い違い数

を定義します.

正規多様体 Y からの双有理射像

f : Y → X

に対し,Y 上の既約因子 E を考えます.別の同様の双有理射像

f ′ : Y ′ → X

に対し,

f ′−1 f : Y − → Y ′

は双有理マップですが一般には写像ではありません.しかし Y の正規性から

E の生成点では写像になっていますので生成点の像の閉包を f ′−1 f(E) と

書き,Y ′ における E の中心 (center) と呼びます.中心がまた因子になって

いる場合は対応する生成点同士は同型になります.そこでこの両者の因子を

同一視して同じ記号 E で表します.この同一視による同値類を X 上空の既

約因子 (prime divisor over X)とよびまた同じ記号 E で表します.またこの

とき,X 上空の既約因子 E は f ′ : Y ′ → X に現れる,と言います.

そこで X 上空の既約因子 E に対しE における 対数的食い違い数を

a(E; X) := ordE(KY − f∗KX) + 1

で定義します.ここで E は f : Y → X に現れるとします.また,最小対数

的食い違い数を

mld(x; X) := infa(E; X) | E は X 上空の 既約因子で f(E) = x

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と定義します.このようにすると特異点解消を使わずに mld が定義でき,と

くに特異点解消が存在するときは第1節での mld と一致します.

これは特異点解消を使わないで mld が定義できるということを表している

だけで,本当の意味で特異点解消から解放されたわけではありません.実際,

このような定義では,mld を計算するためには全ての上空の既約因子を調べ

なければならなくなります.一方,特異点解消が存在するときは,適当な1

つの特異点解消で計算すれば良かったので,この定義ではかえって計算が面

倒になります.でも,これは特異点解消を使わないということの,とりあえ

ずの第一歩です.

3. MJ-最小対数的食い違い数ーQ-Gorenstein からの解放

これまでは,MMP に焦点を当ててそこに現れる特異点を考えてきました

が,MMPは代数多様体全体が(双有理同値という視点で見ると)どのよう

な構造を持っているかという問題から発生したものです.一方で,特異点全

体を見たときその世界がどのような構造を持っているのかということも興味

深い問題であることがわかってきました.MMP に使うため,ということを

忘れて特異点そのものを対象に研究をするのも大いに意味があると思われま

す.これまでは X を正規でQ-Gorenstein 的な多様体としていました.これ

は MMP に使うための必然的な条件でした.そこで,そうでない多様体に目

を向けましょう.たとえば (x1, x2, . . . , xd) を座標に持つ空間で x1x2 = 0 で

定義される超曲面を考えると,その特異点は正規ではありませんが,とても

単純なものです.数学では「単純なもの=良いもの」と思って良いので,こ

れは良い特異点と考えられます.また,

P1 × P2 ⊂ P5

上の錐の頂点は,Q-Gorenstein 的ではありませんが,とても良い(単純な)

Q-Gorenstein 的特異点として知られている

P1 × P1 ⊂ P3

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上の錐とそれほど変わらないほど,良い(単純な)特異点です.このような

ものを研究対象から排除してしまうのは,もったいないでしょう.

そこで正規で Q-Gorenstein 的 でなければ定義できなかった a(E; X) の代

わりに,次のようなものを考えます:

E を X 上空の既約因子とします.E が現れる 双有理射像 f : Y → X で

X の ヤコビイデアル (Jacobian ideal) JX を Y に引き戻すと可逆イデアル

になっている様なものが取れます.ここで 必要ならば正規化を取ることによ

り Y は正規としてかまいません.そうすると,E ⊂ Y の生成点の近傍で KY

も自然な写像

df : f∗(∧dΩX) → OX(KY )

の像 Im(df)も可逆になります.ですからその近傍で,

Im(df) = I · OX(KY )

と表されます.ここで I も可逆なイデアルなので,正のカルティエ因子 KY/X

を用いて

I = OX(KY/X)

と表されます.一方 f は JX のブローアップを経由しているので

JXOY = OY (−JY/X)

となるような有効なカルティエ因子 JY/X ⊂ Y が存在します.ここで,

aMJ(E; X) := ordE(KY/X − JY/X) + 1

をMather-Jacobian 対数的食い違い数 (Mather-Jacobian log discrepancy,

略してMJ-log discrepancy) と呼びます.これは,通常の対数的食い違い数を

定義するときの KY/X を KY/X − JY/X に取り替えたものです.定義からも

分かるように,X が正規でなくても,また Q-Gorenstein でなくても定義で

きます.X 上空の任意の既約因子 E に対して aMJ(E;X) ≥ 1 となる時 X は

MJ-標準特異点 (MJ-canonical singularities) を持つと言い,aMJ(E; X) ≥ 0

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となる時 X は MJ-対数的標準特異点 (MJ-log canonical singularities) を持

つと言います.

そして最小 MJ-対数的食い違い数も同様に以下で定義します.

mldMJ(x; X) := infaMJ(E; X) | E は X 上空の 既約因子で f(E) = x .

これらは,前節と同様に特異点解消が存在しなくても定義できることに注

意してください.一方で,最小 MJ-対数的食い違い数も,第1節の 最小対数

的食い違い数のように,特異点解消が存在する場合は1つの特異点解消の上で

計算することが出来ます.この食い違い数の定義は唐突に見えますが,実は次

の節で登場する弧空間の言葉でうまく記述できるので,弧空間と双有理幾何

学を勉強していると自然にたどり着く概念なのです.実際,筆者は [11] にお

いてこれを導入したのですが,同じ時期に De Fernex と Docampo も [2] に

おいて同じ概念を導入しています.誰でも自然に考えつくことなのでしょう.

例 3.1. 特に X が正規で完全交叉の場合は KY/X = KY/X − JY/X が成立す

るので,

mldMJ(x; X) = mld(x; X)

が成立します.

例 3.2. X が (x1, x2, . . . , xd+1)を座標に持つ d+1 次元空間の中で x1 ·x2 = 0

で定義される d 次元超曲面の場合, 原点 0 における 最小MJ-対数的食い違

い数は

mldMJ(0; X) = d − 1

になります.

4. jet 空間と 弧空間

定義 4.1. K ⊃ kを体の拡大とする.m ∈ Z≥0 に対し k上の射 SpecK[t]/(tm+1) →

X を X の m 次のジェット (m-jet) と呼び,k上の射 SpecK[[t]] → X を X

の弧 (arc) と呼ぶ.SpecK[t]/(tm+1) の唯一の点を 0 と表し, SpecK[[t]] の

閉点を 0,生成点を η と表すことにする.

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定理 4.2.   X を k 上有限型のスキーム, Sch/k を k 上のスキームの圏,

Set を集合の圏とする.反変関手 FXm : Sch/k → Set を次のように定義する:

FXm (Z) = Homk(Z ×Speck Speck[t]/(tm+1), X).

すると FXm は k 上有限型のスキーム Xm によって表現される,すなわち次

の全単射が存在する:

Homk(Z,Xm) ≅ Homk(Z ×Speck Speck[t]/(tm+1), X).

この Xm を X の m 次ジェットの空間 (space of m-jets) と呼ぶ.

X0 は X と同一視できることに注意してください.また 0 ≤ m < m′ に対し

て自然な射影 k[t]/(tm′+1) → k[t]/(tm+1) から切り詰め射 ψm′m : Xm′ → Xm

が誘導されます.この切り詰め射の族 ψm′m : Xm′ → Xmm′,m は射影系を

なしますのでその射影極限を考えます.

定義 4.3. lim←−mXm を X∞ と表し,X の弧空間 (space of arcs) と呼ぶ.

実際 X∞ の K-valued point は X の弧 SpecK[[t]] → X に対応します.

5. 弧空間の 最小MJ-対数的食い違い数への応用

多様体 X の弧空間により,X の特異点を知ろうという試みは,ナッシュ

の 1968年のプレプリントに始まったと言って良いでしょう.ここでナッシュ

は,特異点を通る弧を集めた弧空間の既約因子と特異点解消の本質的因子が

1対1に対応するであろうという問題を提起しています(いわゆるナッシュ

問題).これはある条件のもとでは正しく,一般には正しくないということで

決着がついたのですが,この問題は弧空間の特異点理論や双有理幾何学への

応用の発端になりました.Nash 問題については  [1], [3], [7], [8] 参照.その

後,X の弧空間のある種の既約閉部分集合が,X 上空の既約因子 (E とする)

に対応すること,そしてその既約閉部分集合の余次元が,ordE(KY/X) + 1 

になることも確かめられ,弧空間で,X 上の情報が得られることがわかって

きました.

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この節では,mldMJ がジェット空間の情報で表されることに絞って紹介し

ましょう.次の定理はジェット空間を用いて mldMJ が計算できることを示し

ています.これは標数 0 の場合は [2], [11] で,正標数の場合は [12] で示され

ています.

定理 5.1 ([2], [11] ,[12] ). d-次元の代数多様体 X の点 x ∈ X に対して 最

小MJ-対数的食い違い数 mldMJ(x;X) は次の公式で計算できる:

mldMJ(x; X) = infm

d(m + 1) − dim ψ−1

m0(x)

これは基礎体の標数が何であっても成立することに注意してください.m-

ジェット空間 Xm から基底空間 X への断ち切り射による点 x の逆像の次元

でmldMJ が表されるのです.この公式は inf を考慮しなければならない(つ

まり無限個の対象を扱わなければならない)という難点はありますが,計算

をするために特異点解消を使わなくてもよいというメリットがあります.そ

もそもジェット空間というものは X に付随して存在するものなので,工夫し

て特異点解消を作る必要はないのです.

第1節で mld に関する Shokurov の予想がまだ解決していないことを述べ

ましたが,上記の定理を使うとこの予想の mldMJ 版は肯定的に解決されます.

系 5.2 ([12]). (X,x) を d 次元の特異点とすると,

mldMJ(x;X) ≤ d

 が成立し,等号が成立するのは (X,x) が非特異である場合のみである.

6. Complete intersection models

この節では基礎体は全て標数 0と仮定します.

定義 6.1. 0 ∈ X ⊂ AN を d 次元のアファイン多様体とし,定義イデアルの

生成元を f1, . . . , fr とする.i = 1, . . . , c = N − d に対して,

gi = ai1f1 + · · · + airfr

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と定義する.係数 aij(i = 1, . . . , c, j = 1, . . . , r)を generalにとれば g1, g2, . . . , gc

は 0 の近傍で正則列になる.これらの gi で定義される完全交叉多様体 M を

X の generic complete intersection model と呼ぶ. 明らかに M は X

と同じ次元で X を含む.

前節の定理 5.1 を用いると標数 0の場合に色々のことが分かります.標数

が 0であるということは特異点解消の存在が保証されているだけではなく強

い Bertini の定理が成立したり,コホモロジー消滅定理が証明されているの

でこれらを縦横に使って例えば次のようなことが得られます.

定理 6.2. X ⊂ AN を d 次元のアファイン多様体とし x ∈ X を閉点

とする.連接イデアル層 ai ⊂ OX (i = 1, . . . , r) と整数ベクトル m =

(m1,m2, . . . ,mr) ∈ Rr≥0 に対し,am1

1 am22 · · · amr

r を am と表す.さらに 連

接イデアル層 ai ⊂ OAN を aiOX = ai (i = 1, . . . , r) を満たすものとし,am

を a1m1 a2

m2 · · · armr とする.

M を X の generic complete intersection model,H ⊂ AN を M の生成元

の積で定義される超曲面とする.このとき次が成立する.mldMJ(x; X, am) =

mldMJ(x; M, am|M ) = mldMJ(x;H, am|H). さらにこれらを compute する

上空の因子は,AN の上空の既約因子 E を共通に取ることが出来て,そ

れぞれ E|X , E|M , E|H がそれぞれ mldMJ(x; X, am), mldMJ(x; M, am|M ),

mldMJ(x; H, am|H) を compute する.

7. 応用

(A) Linkage への応用

定義 7.1. 被約な完全交叉多様体 M に対しスキームとして M = X ∪ X ′ と

分解されるとき被約な多様体 X, X ′ は互いに link している,と言い X は

X ′ の,また X ′ は X の linkage と呼ぶ.特に 与えられた被約な多様体 X

の generic complete intersection model M についてM = X ∪ X ′ となって

いる X ′ を generic linkage と呼ぶ.

10

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X の持つ性質が,X ′ に受け継がれるかというのは link の問題の中でもっ

とも標準的な問題です.前節の定理は mldMJ に関するこの問題に対して次の

ような解答を与えます.

系 7.2. x ∈ X をアファイン多様体の特異点とする.X ′ を X の generic

linkage とすると

mldMJ(x; X) ≤ mldMJ(x, X ′).

これは generic linkage をとると特異点は良くなるということを主張してい

ます.

(B) mldMJ を compute する因子の boundedness への応用

予想 7.3. 自然数 d のみに依存する自然数 Nd が存在し,任意の d 次元多様

体とその上の特異点 x について次のような,X 上空の既約因子が存在する.

不等式 kE ≤ Nd を満たす E MJ-minimal log discrepancy mldMJ(x; X) を

満たす.

この予想は,完全交叉の場合に帰着されます.

系 7.4. 任意の完全交叉多様体について予想 7.3 が成立する ⇔ 任意の多様体

について予想 7.3 が成立する.

(C) F -pure type への応用

定義 7.5. 正標数の体 k 上の 多様体 X と OX のイデアル a と t ∈ R≥0 の組

(X, at)が点 x ∈ X において F -pureであるとは,自然数 eと元 δ ∈ apt(pe−1)q

が存在して OX,x → F e∗OX,x, a 7→ δape

が OX,x-加群として split することで

ある.特に x の近傍で a = OX のとき X は 点 x ∈ X において F -pure で

あるという.ここで F : OX,x → OX,x は Frobenius 射 a 7→ ap である.

定義 7.6. 正標数の体 k 上の d-次元アファイン多様体 X ⊂ AN に対し,IX

をX の AN 内での定義イデアル,c = N − d とする.(AN , IcX) が x におい

て F -pure である時 ,X が x において 随伴的 F -pure であるという.この

定義は 埋め込み X ⊂ AN によらないことに注意.

11

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予想 7.7. C 上の多様体 X について次は同値である:

(1) X が 点 x ∈ X の近傍で MJ-log canonical である.

(2) 無限個の素数 p について,標数 p 還元 Xp が xp で 随伴的 F -pure

である. 

予想 7.8. C 上の正規で Q-Gorenstein 多様体 X と OX のイデアル a と

t ∈ R≥0 の組 (X, at) に対して,次は同値である:

(1) 組 (X, at) が 点 x ∈ X の近傍で log canonical である.

(2) 無限個の素数 p について,標数 p 還元 (Xp, atp) が xp で F -pure で

ある. 

注意 7.9. 予想 7.7, 7.8 において,ともに (2) ⇒ (1) は 原-渡辺 [5] により

証明されている.

予想 7.7 は 予想 7.8 の特殊な場合である.F -特異点についての解説書は

例えば [13] 参照.

定理 6.2 の応用として 予想 7.7 は,次のように超曲面の場合に帰着される

ことが分かります.

系 7.10. 予想 7.7 は X が被約な超曲面の場合に成立するならば全ての多様

体 X について成立する.

Proof. 定理 6.2により,任意の多様体 X とその上の点 x ∈ X について X が

x において MJ-log canonical であれば,その generic complete intersection

model M も その超曲面モデル H も x で MJ-log canonical である.よって

予想 7.7 が被約な超曲面について成立しているとすると,無限個の素数 p に

対して標数 p 還元Hp は xp において 随伴的 F -pure になる.Fedder の定理

[4] により,これは Mp が xp において 随伴的 F -pure になることと同値に

なり,さらに IM ⊂ IX に注意すれば一般論から Xp が xp において 随伴的

F -pure になることが分かる.

¤

将来 7.11. 現在のところ 定理 6.2 は特異点解消や,強い Bertini の定理を

用いて証明されるので標数 0 を仮定しなければなりません.しかし 正標数の

12

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場合も,定理 5.1 があるので,Bertini の定理や特異点解消を使わなくても証

明できると予想しています.なお,今のところは正標数の場合は d = 2 の場

合には示されています.

References

[1] Javier F. de Bobadilla & Maria Pe Pereira, The Nash problem for surfaces, Ann.

Math. 176 (2012) 2003-2029.

[2] Tommaso De Fernex and Roi Docampo, Jacobian discrepancies and rational singu-

larities, Journal of European Math. Soc. 16 (2014) 165–199

[3] Tommaso de Fernex, Three-dimensional counter-examples to the Nash problem,

arXiv:1205.0603.

[4] Richard Fedder, F -purity and rational singularity, Trans. AMS, 278, (1983) 461–480.

[5] Nobuo Hara & Kei-ichi Watanabe, F -regular and F -pure rings vs. log terminal and

log canonical singularities, J. Alg. Geom., 11 (2002), 363-392.

[6] 石井志保子,『特異点入門』丸善(1997年)

[7] Shihoko Ishii & Janos Kollar, The Nash problem on arc families of singularities, Duke

Math. J. 120, No 3, (2003) 601-620.

[8] 石井志保子,  『(論説)弧空間とナッシュ問題』 「数学」第62巻, 第3号 (2010)

346-365, 岩波書店.

[9] Shihoko Ishii, Introduction to Singularities, Springer Verlag(2014)

[10] シルビア・ナサー,(塩川優訳) 『ビューティフル・マインド』新潮社(2002年)

[11] S. Ishii, Mather discrepancy and the arc spaces, Annales de l’Institut Fourier, 63

(2013) 89–111

[12] S. Ishii & A. Reguera, Singularities in arbitrary characteristic via jet schemes

preprint, ArXiv:1510.05210.

[13] 高木俊輔,渡辺敬一,『(論説)F 特異点 –正標数の手法の特異点論への応用 –』「数学」第

66巻,第1号 (2014) 1–30.

13

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Periods of certain elliptic surfaces

池田京司(東京電機大学)

1 概要

Cを射影的非特異代数曲線とし,σ : C → Cを非自明な対合(σ2 = idC)とする.SをCの 2次対称積とし,σが誘導する Sの対合を

σS : S −→ S; p+ q 7−→ σ(p) + σ(q)

により定める.σS の作用による商 S/σS の極小特異点解消を Y とする.この報告では,射影的非特異代数曲面 Y のコホモロジー群がねじれ部分を持たないことなどを示し,その上に定まるHodge構造を,CのHodge構造とその σ∗-作用により記述する.5節においては,Y の小平次元が 1となる場合について,その楕円曲面の構造とともにより具体的な計算を与える.Cが σ以外の自己同型を持つ場合に,それらの自己同型のグラフから定まる Y 上の曲線が,楕円曲面 Y のコホモロジー群のどのようなクラスを定めているか,また Y のHodge構造の周期行列はどのように書けるかを説明する.最も具体的な例として,Cが y2 = ξ8 + 1で定まる代数曲線で,その対合が σ(ξ, y) = (−ξ, y)で与えられる場合に,楕円曲面 Y のMordell-Weil群の生成元を具体的に与える.

2 Notation

Xを複素数体C上の n次元射影的非特異代数多様体とする.

• X のコホモロジー群 Hp(X,Z)のねじれ部分を Hp(X,Z)tor と表し,自由部分をHp(X,Z)free = Hp(X,Z)/(Hp(X,Z)tor)とする.

• X 上の 1点のコホモロジー類を qX ∈ H2n(X,Z)と表し,Hn(X,Z)上の Z-双線型形式

⟨ , ⟩X : Hn(X,Z)×Hn(X,Z) −→ Z; (γ, γ′) 7−→ ⟨γ, γ′⟩Xを γ ∪ γ′ = ⟨γ, γ′⟩XqX により定める.

• Xの自己同型射 ϕに対し,ϕのコホモロジー群への作用の不変部分を

Hp(X,Z)ϕ = γ ∈ Hp(X,Z) | ϕ∗γ = γ

と表す.

1

14

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3 対称積のコホモロジー

Cを種数 gの射影的非特異代数曲線とし,SをCの 2次対称積とする.π : C × C → Sを直積から対称積への自然な射とし,p, q ∈ Cに対し,Sの点 π(p, q)を p+ qと表すこととする.πi : C × C → Cを第 i射影とする.また,C × Cの対合 ιを ι(p, q) = (q, p)により定める.Sのコホモロジー群について,次の基本的事実が知られている.

補題 3.1 ([2]). p = 4について,コホモロジーの引き戻しは同型

π∗ : Hp(S,Z)∼→ Hp(C × C,Z)ι

を定める.とくに,Hp(S,Z)は自由Z-加群である.

以下,H1(C,Z)の Z-基底 γ1, . . . , γ2gを固定し,補題 3.1よりH1(S,Z)の Z-基底 γSi(1 ≤ i ≤ 2g)を π∗(γSi ) = π∗

1γi + π∗2γi により定め,H

2(S,Z)の Z-基底 γS00, γSij (1 ≤ i <

j ≤ 2g)を π∗(γS00) = π∗1qC + π∗

2qC,π∗(γSij) = π∗

1γi ∪ π∗2γj + π∗

2γi ∪ π∗1γj により定める.

補題 3.2.⟨γS00, γS00⟩S = 1,

⟨γS00, γSij⟩S = 0 (1 ≤ i < j ≤ 2g),

⟨γSij, γSkl⟩S = det

(⟨γi, γl⟩C ⟨γi, γk⟩C⟨γj, γl⟩C ⟨γj, γk⟩C

)(1 ≤ i < j ≤ 2g, 1 ≤ k < l ≤ 2g).

Proof. γ, γ′ ∈ H2(S,Z)に対し,⟨γ, γ′⟩S = 12⟨π∗γ, π∗γ′⟩C×C であることと,qC×C = π∗

1qC∪π∗2qC から,直ちに従う.

γ∨1 , . . . , γ∨2g ∈ H1(C,Z) を

⟨γ∨i , γj⟩C =

1 (i = j),

0 (i = j)

により定める.Cの自己同型射 ϕ : C → Cに対し,

Dϕ = p+ q ∈ S | q = ϕ(p)

とおく.ただし,Dϕは Sの被約閉部分スキームと考える.

補題 3.3. Dϕのコホモロジー類 [Dϕ] ∈ H2(S,Z)は

[Dϕ] =

2(γS00 −

∑1≤i<j≤2g⟨γ∨i , γ∨j ⟩CγSij) (ϕ = idC のとき),

γS00 −∑

1≤i<j≤2g⟨γ∨i , ϕ∗γ∨j ⟩CγSij (ϕが非自明な対合のとき),

2γS00 −∑

1≤i<j≤2g(⟨γ∨i , ϕ∗γ∨j ⟩C + ⟨ϕ∗γ∨i , γ∨j ⟩C)γSij (ϕが対合でないとき).

2

15

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Proof. 自己同型 ϕのグラフを

Γϕ = (p, q) ∈ C × C | q = ϕ(p)

とすると,

[Γϕ] = π∗1qC + π∗

2qC −2g∑i=1

2g∑j=1

⟨γ∨i , ϕ∗γ∨j ⟩Cπ∗1γi ∪ π∗

2γj

であり,

π∗Dϕ =

2Γϕ (ϕ = idC のとき),

Γϕ (ϕが非自明な対合のとき),

Γϕ + Γϕ−1 (ϕが対合でないとき).

であることから従う.

系 3.4. Sの標準因子のコホモロジー類 [KS] ∈ H2(S,Z)は

[KS] = (2g − 3)γS00 +∑

1≤i<j≤2g

⟨γ∨i , γ∨j ⟩CγSij.

Proof. π∗KS = KC×C − ΓidC であるから,[KC×C ] = (2g − 2)(π∗1qC + π∗

2qC) と補題 3.3より従う.

系 3.5. Sの数値的不変量は h1,0(S) = g,

h2,0(S) = g(g−1)2

,

h1,1(S) = g2 + 1,

K2S = 4g2 − 13g + 9

である.

補題 3.6. 1 ≤ i ≤ 2g,1 ≤ j ≤ 2gについて,

γSi ∪ γSj = γSij + ⟨γi, γj⟩CγS00.

Proof.

(π∗1γi + π∗

2γi) ∪ (π∗1γj + π∗

2γj) = π∗1γi ∪ π∗

2γj + π∗2γi ∪ π∗

1γj + ⟨γi, γj⟩C(π∗1qC + π∗

2qC)

より従う.

γ ∈ H1(C,Z)に対し,π∗γS = π∗1γ + π∗

2γ により,γS ∈ H1(S,Z) を定める.準同型

2∧H1(S,Z) −→ Z; γS ∧ γ′S 7−→ ⟨γ, γ′⟩C

の核を(∧2H1(S,Z)

)0とする.

3

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命題 3.7. カップ積により定まる準同型∧2H1(S,Z)→ H2(S,Z) は単射で,その像は(

[KS]− (2g − 4)γS00)⊥

= γ ∈ H2(S,Z) | γ ∪([KS]− (2g − 4)γS00

)= 0

である.また,(∧2H1(S,Z)

)0の像は(

γS00)⊥ ∩ ([KS]

)⊥= γ ∈ H2(S,Z) | γ ∪ γS00 = 0, γ ∪ [KS] = 0

である.

Proof. 補題 3.6よりこの準同型は単射であり,∧2H1(S,Z)の像が

([KS]− (2g− 4)γS00

)⊥の指数有限の部分群になることは,補題 3.2と系 3.4を用いて確かめられる.ここで,∧2H1(S,Z)の像のH2(S,Z)の部分格子としての行列式を計算すると (−1)g(1− g)となる.また,

[KS]− (2g − 4)γS00 = γS00 +∑

1≤i<j≤2g

⟨γ∨i , γ∨j ⟩CγSij

はH2(S,Z)の原始元であり,

⟨[KS]− (2g − 4)γS00, [KS]− (2g − 4)γS00⟩S = 1− g

であるから,∧2H1(S,Z)の像は

((2g−4)γS00−[KS]

)⊥と一致する.同様に,(

∧2H1(S,Z))0

の像は(γS00)⊥ ∩ ([KS]

)⊥の指数有限の部分群となり,(

∧2H1(S,Z))0の像の行列式を計算すると (−1)g−1gとなる.H2(S,Z)の原始的部分格子 ZγS00 ⊕ Z[KS] の行列式は−gであるから,(

∧2H1(S,Z))0の像は(γS00)⊥ ∩ ([KS]

)⊥と一致する.

4 Y のコホモロジー

Cを種数 gの射影的非特異代数曲線とする.σ : C → Cを非自明な対合とし,φ : C → C ′

を σによる商とする.σの固定点全体の集合を p1, . . . , pm ⊂ Cとする.C ′の種数を g′

とすれば,Riemann-Hurwitzの公式よりm = 2(g − 2g′ + 1)である.

補題 4.1. m > 0のとき,H1(C,Z)のZ-基底

α+1 , . . . , α

+g′ , α

−1 , . . . , α

−g′ , α1, . . . , αg−2g′ , β

+1 , . . . , β

+g′ , β

−1 , . . . , β

−g′ , β1, . . . , βg−2g′ ,

で,⟨α±i , β

±i ⟩C = 1,⟨αi, βi⟩C = 1 以外の交点数は 0であり(シンプレクティック基底),

σ∗α±i = α∓

i (1 ≤ i ≤ g′),

σ∗β±i = β∓

i (1 ≤ i ≤ g′),

σ∗αi = −αi (1 ≤ i ≤ g − 2g′),

σ∗αi = −βi (1 ≤ i ≤ g − 2g′)

を満たすものが存在する.

4

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Proof. 省略.

以下m > 0と仮定し,補題 4.1におけるH1(C,Z)のシンプレクティック基底を固定し,H1(C ′,Z)のシンプレクティック基底 α′

1, . . . , α′g′ , β

′1, . . . , β

′g′を

φ∗α′i = α+

i + α−i ,

φ∗β′i = β+

i + β−i

により定める.φ∗ : H1(C ′,Z)→ H1(C,Z)は単射で,像がH1(C,Z)σとなることに注意する.

補題 4.2. ⟨[KS], [Dσ]⟩S = g + 2g′ − 3,

⟨[DidC ], [Dσ]⟩S = m.

Proof. 補題 3.2,補題 3.3,系 3.4より,⟨[KS], [Dσ]⟩S = 2g − 3 + 1

2Tr (σ∗ : H1(C,Z)→ H1(C,Z)),

⟨[DidC ], [Dσ]⟩S = 2(1− 12Tr (σ∗ : H1(C,Z)→ H1(C,Z)))

であり,Lefschetzの固定点定理より

Tr (σ∗ : H1(C,Z)→ H1(C,Z)) = 2−m

であることから従う.

SをCの 2次対称積とし,σSを Sの対合

σS : S −→ S; p+ q 7−→ σ(p) + σ(p)

とする.ν : S → S を σS の孤立固定点全体の集合 pi + pj ∈ S | 1 ≤ i < j ≤ m でのブローアップとし,Eij ⊂ Sを点 pi + pj ∈ Sの上の例外曲線とする.σS の Sへのリフトを σS : S → Sとし,ρ : S → Y を σS による商とする.S

′を C ′の 2次対称積とし,ν ′ : S ′ → S ′を σS の孤立固定点全体の集合の S ′における像でのブローアップとすると,下の図式を可換にする射 ρ′ : Y → S ′が存在する;

Sρ−→ Y = S/σS

ρ′−→ S ′

ν ↓ ↓ ↓ ν ′S −→ S/σS −→ S ′.

S ′上の代数曲線D′i = p′ + q′ ∈ S ′ | p′ = φ(pi)

の S ′における固有変換を D′iとすると,ρ

′ : Y → S ′は S ′の非特異因子∑m

i=1 D′iで分岐

する有限 2重被覆である.また S上の代数曲線Dσの Sにおける固有変換を Dσとし,S

5

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の非特異因子をR = Dσ +∑

1≤i<j≤mEij と定めるとき,ρ : S → Y は Y の非特異因子B = ρ(R) で分岐する有限 2重被覆となる.よって,ρは不分岐射 S \R→ Y \Bを誘導する.以下では,H2(Y,Z)が自由アーベル群であることを示し,ρ∗ : H2(Y,Z)→ H2(S,Z)σS

の余核を計算する.

補題 4.3. 開埋め込み S \R → Sによる引き戻しにより,同型

H0(S,Z) ≃ H0(S \R,Z), H1(S,Z) ≃ H1(S \R,Z)

が得られる.

Proof. p = 0, 1について,Hp(S \ R, S,Z) ≃ H4−p(R,Z) = 0 であり,[Dσ],[Eij] (1 ≤i < j ≤ m) がH2(S,Z)において 1次独立であるから,

H2(R,Z) ≃ H2(S \R, S,Z) −→ H2(S,Z)

が単射となる.

補題 4.4. 閉埋め込み Dσ → Sによる引き戻しH1(S,Z)→ H1(Dσ,Z) は全射になる.

Proof. 閉埋め込みDσ → Sによる引き戻し

H1(S,Z)→ H1(Dσ,Z) ≃ H1(C ′,Z);

(α±

i )S 7−→ α′

i,

(β±i )

S 7−→ β′i

が全射になることから従う.

補題 4.5.

0 −→ H2(S \R, S,Z) −→ H2(S,Z) −→ H2(S \R,Z) −→ 0

は短完全列になる.

Proof. H1(Eij,Z) = 0に注意すると,双対性より可換図式

H3(S \R, S,Z) −→ H3(S,Z)≃↓ ↓≃

H1(Dσ,Z) −→ H1(S,Z)

がある.H1(Dσ,Z)は自由アーベル群であるから,補題 4.4より,H1(Dσ,Z)→ H1(S,Z)は単射である.

Hq(S \ R,Z)への σ∗Sの作用により,Z/2ZのコホモロジーHp(Z/2Z, Hq(S \ R,Z))

を定める.

6

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補題 4.6.

Hp(Z/2Z, H0(S \R,Z)) =

Z (p = 0),

0 (pが奇数のとき),

Z/2Z (p = 0が偶数のとき).

Proof. H0(S \R,Z)への σ∗Sの作用が自明であることから従う.

補題 4.7.

Hp(Z/2Z, H1(S \R,Z)) =

Z⊕2g′ (p = 0),

(Z/2Z)⊕2(g−2g′) (pが奇数のとき),

0 (p = 0が偶数のとき).

Proof. 補題 4.3よりH1(S,Z) ≃ H1(S,Z) ≃ H1(S \R,Z) への σ∗Sの作用を,補題 4.1の

基底を用いて計算すればよい.

補題 4.8.

0 −→ H2(Y \B,Z)tor −→ H2(Y \B,Z) −→ H2(S \R,Z)σS −→ 0

は短完全列である.

Proof. スペクトル系列

Ep,q2 = Hp(Z/2Z, Hq(S \R,Z)) =⇒ Hp+q(Y \B,Z) (4.1)

より,補題 4.6と補題 4.7から従う.

補題 4.9.

0 −→ H2(S \R, S,Z) −→ H2(S,Z)σS −→ H2(S \R,Z)σS −→ 0

は短完全列である.

Proof. 補題 4.5とH2(S \R, S,Z) への σ∗Sの作用が自明であることから従う.

補題 4.10. 開埋め込み Y \B → Y による引き戻しにより,同型

H0(Y,Z) ≃ H0(Y \B,Z), H1(Y,Z) ≃ H1(Y \B,Z)

が得られる.

Proof. 補題 4.3と同様に示される.

補題 4.11. ρ∗ : H1(Y,Z)→ H1(S,Z)σS は単射で余核は有限群である.

7

20

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Proof. 補題 4.3と補題 4.10より,ρ∗ : H1(Y \B,Z)→ H1(S \R,Z)σS が単射で余核が有限群になることを示せばよいが,これは補題 4.6とスペクトル系列 (4.1)から従う.

補題 4.12. 閉埋め込み Dσ → Sによる引き戻し,H1(S,Z)σS → H1(Dσ,Z) は単射で余核は有限群である.

Proof. 閉埋め込みDσ → Sによる引き戻し

H1(S,Z)σS → H1(Dσ,Z) ≃ H1(C ′,Z);

(α+

i )S + (α−

i )S 7−→ 2α′

i,

(β+i )

S + (β−i )

S 7−→ 2β′i

が単射で余核が有限群になることから従う.

補題 4.13.

0 −→ H2(Y \B, Y,Z) −→ H2(Y,Z) −→ H2(Y \B,Z) −→ 0

は短完全列になる.

Proof. 補題 4.11と補題 4.12より,H1(ρ(Dσ),Z)→ H1(Y,Z)は単射であるから,補題 4.5と同様に示される.

補題 4.14. rankH2(S,Z)σ = 2(2g2 + 6g′2 − 6gg′ + g − 3g′ + 1) であり,

det (H2(S,Z)σ, ⟨ , ⟩S) = −22g′(2g−2g′−1)

である.

Proof. 補題 4.1の基底を用いて,3節のようにH2(S,Z)の基底を定め,直接計算すればよい.

命題 4.15. ρ∗ : H1(Y,Z)→ H1(S,Z)σS は同型であり,ρ∗ : H2(Y,Z)→ H2(S,Z)σS は単射で,その余核は (Z/2Z)⊕

(m−1)(m−2)2

+1 である.

Proof. rankH2(Y.Z) = 2(2g2+6g′2−6gg′+ g−3g′+1) であり,⟨γ, γ′⟩Y = 12⟨ρ∗γ, ρ∗γ′⟩S

より,det(ρ∗(H2(Y,Z)), ⟨ , ⟩S

)= 22(2g

2+6g′2−6gg′+g−3g′+1)

となる.よって補題 4.14より,ρ∗ : H2(Y,Z)→ H2(S,Z)σS の余核は位数

22(2g2+6g′2−6gg′+g−3g′+1)

22g′(2g−2g′−1)= 2

(m−1)(m−2)2

+1

8

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の有限群である.また,ρ∗[ρ(Eij)] = 2[Eij],ρ∗[ρ(Dσ)] = 2[Dσ] であり,補題 4.8,補題 4.9,補題 4.13より,完全列の可換図式

0↓

0 H2(Y \B,Z)tor↓ ↓

0 −→ H2(Y \B, Y,Z) −→ H2(Y,Z) −→ H2(Y \B,Z) −→ 0↓ ↓ ↓

0 −→ H2(S \R, S,Z) −→ H2(S,Z)σS −→ H2(S \R,Z)σS −→ 0↓ ↓

(Z/2Z)⊕m(m−1)

2+1 0

↓0

が得られ,H2(Y \ B,Z)torの位数が 2m(m−1)

2 +1

2(m−1)(m−2)

2 +1= 2m−1 以上であることがわかる.し

たがって,スペクトル系列 (4.1) より,H2(Y \ B,Z)torの位数はちょうど 2m−1であり,ρ∗ : H2(Y,Z) → H2(S,Z)σS は単射でその余核が (Z/2Z)⊕

(m−1)(m−2)2

+1 となることと,ρ∗ : H1(Y,Z)→ H1(S,Z)σS が全射になることがわかる.

系 4.16. Y のコホモロジー群Hp(Y,Z)は自由Z-加群である.

補題 4.17.⟨[KY ], [KY ]⟩Y = 2((g − 2)2 − g′).

Proof. ρ∗[KY ] = [KS]− [Dσ]−∑

1≤i<j≤m[Eij],ν∗[KS] = [KS]−

∑1≤i<j≤m[Eij],[Dσ] =

ν∗[Dσ] より,ρ∗[KY ] = ν∗([KS]− [Dσ]) である.系 3.5,補題 4.2より,

2⟨[KY ], [KY ]⟩Y = ⟨ρ∗[KY ], ρ∗[KY ]⟩S = ⟨[KS]− [Dσ], [KS]− [Dσ]⟩S

= K2S − 3⟨[KS], Dσ⟩S + ⟨Dσ + [KS], Dσ⟩S

= 4g2 − 13g + 9− 3(g + 2g′ − 3) + 2g′ − 2

= 4((g − 2)2 − g′).

系 4.18. Y の数値的不変量はh1,0(Y ) = g′,

h2,0(Y ) = g(g−1)2− g′(g − g′),

h1,1(Y ) = 3g2 − 10gg′ + 10g′2 + 3g − 6g′ + 2,

K2Y = 2((g − 2)2 − g′)

である.

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Proof. Sの位相的オイラー数は χ(S,Z) = (1− g)(3− 2g)なので,Y の位相的オイラー数は

χ(Y,Z) = χ(Y \B,Z) + χ(ρ(Dσ),Z) +∑

1≤i<j≤m

χ(ρ(Eij),Z)

= χ(Y \B,Z) + (2− 2g′) +∑

1≤i<j≤m

2

=1

2χ(S \R,Z) + (2− 2g′) +m(m− 1)

=1

2(χ(S,Z)− χ(Dσ,Z)−

1

2m(m− 1)) + (2− 2g′) +m(m− 1)

=1

2(1− g)(3− 2g) + (1− g′) + 3

4m(m− 1)

である.また,補題 4.17とNoetherの公式より

1− g′ + h2,0(Y ) =1

12(2((g − 2)2 − g′) + 1

2(1− g)(3− 2g) + (1− g′) + 3

4m(m− 1)

=g(g − 1)

2− (g − g′)g′ − g′ + 1

である.

代数曲面の分類理論と系 4.18より,Y が一般型代数曲面となるための必要十分条件は g ≥ 4である.g ≤ 3の場合は以下のクラスの代数曲面となる.(g, g′) Y(0, 0) 2次Hirtzebruch曲面(1, 0) 2次 del Pezzo曲面(1, 1) 種数 1の極小線織曲面(2, 1) 種数 1の極小線織曲面の 2点ブローアップ(2, 0) K3曲面(3, 2) アーベル曲面の 2点ブローアップ(3, 1) 小平次元 1の楕円曲面

5 Y の小平次元が 1の場合

この節では,Y の小平次元が 1の場合を考察する.つまり,g = 3,g′ = 1,m = 4と仮定する.このとき Y は h1,0(Y ) = 1,h2,0(Y ) = 1,h1,1(Y ) = 12の極小代数曲面である.g′ = 1であるから,p0 ∈ C ′を固定し,p+ q ∈ S ′に対し f ′(p+ q) ∈ C ′を

OC′(p+ q) ≃ OC′(f ′(p+ q) + p0)

により定めることが出来て,f ′ : S ′ → C ′はP1-束になる.さらに,m = 4であるから,f = f ′ ν ′ ρ′ : Y → C ′ の一般ファイバーは楕円曲線となる.

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補題 5.1. p ∈ C ′に対し,f のファイバー f−1(p)は Y の標準因子KY の数値的同値類を定める.

Proof. S ′の因子D′iとD′

1は数値的に同値であるから,

4ν ′∗D′1 ≡

4∑i=1

ν ′∗D′i =

4∑i=1

D′i + 2

∑1≤i<j≤4

E ′ij

となる.ただし,E ′ij = ν ′−1(φ(pi) + φ(pj)) とする.したがって,

4ρ′∗ν ′∗D′1 ≡ 2

4∑i=1

ρ′−1(D′i) + 2

∑1≤i<j≤4

ρ′∗(E ′ij)

である.また f ′−1(p)− 2D′1は S ′の標準因子KS′の数値的同値類を定めるので,

KY = ρ′∗KS′ +4∑i=1

ρ′−1(D′i) = ρ′∗(ν ′∗KS′ +

∑1≤i<j≤4

E ′ij) +

4∑i=1

ρ′−1(D′i)

ρ′∗(ν ′∗(f ′−1(p)− 2D′1) +

∑1≤i<j≤4

E ′ij) +

4∑i=1

ρ′−1(D′i) ≡ f−1(p)

と数値的に同値である.

系 5.2. p ∈ C ′で f−1(p)がKY の線型同値類を与えるものがただ 1つ存在する.

系 5.3. m ≥ 2のときOY (mKY )は大域切断で生成され,多重標準写像 Φ|mKY | : Y →Pm−1 は f : Y → C ′を経由する.

命題 5.4. φ : C → C ′の分岐点 p1, . . . , p4の 2点の組への分割 pi, pj ⨿ pk, plのうち φ(pi) + φ(pj)と φ(pk) + φ(pl)がC ′ の因子とて線型同値になる分割の個数を rとするとき,楕円曲面 f : Y → C ′の特異ファイバーは

6I2 (r = 0),

4I2 + I4 (r = 1),

2I2 + 2I4 (r = 2),

3I4 (r = 3).

ここで,kInは In型の被約な特異ファイバーが k本あることを表わす.

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Proof. S ′の因子,∑4

i=1D′iの特異点集合は

φ(pi) + φ(pj) ∈ S ′ | 1 ≤ i < j ≤ 4

であり,この 6点の f ′による像において,f のファイバーは特異点をもつ.i, j, k, l =1, 2, 3, 4とするとき,f ′(φ(pi) + φ(pj)) = f ′(φ(pk) + φ(pl)) ならば,この点における fのファイバーは I4型になり,f ′(φ(pi) + φ(pj)) = f ′(φ(pk) + φ(pl)) ならば,この 2点におけるファイバーはそれぞれ I2型になる.

H1(C,Z)のZ-基底 γ1, . . . , γ6を補題 4.1の基底により

γ1 = α+1 , γ2 = α−

1 , γ3 = α1, γ4 = β+1 , γ5 = β−

1 , γ6 = β1

により定める.S上の代数曲線

Di = p+ q ∈ S | p = pi

の Sにおける固有変換を Diとする.

補題 5.5. f : Y → C ′の一般ファイバーのコホモロジー類は

ρ∗[KY ] = ν∗(2γS00 + γS14 + γS25 + γS15 + γS24)

である.また,ρ(Eij)は fの特異ファイバーの既約成分の 1つを定めており,そのコホモロジー類は ρ∗[ρ(Eij)] = 2[Eij]となる.ρ(Di)は fの切断を定め,そのコホモロジー類は,

ρ∗[ρ(D1)] = ν∗γS00 − [E12]− [E13]− [E14],

ρ∗[ρ(D2)] = ν∗γS00 − [E12]− [E23]− [E24],

ρ∗[ρ(D3)] = ν∗γS00 − [E13]− [E23]− [E34],

ρ∗[ρ(D4)] = ν∗γS00 − [E14]− [E24]− [E34],

となる.

Proof. 補題 3.3と補題 4.1より [Dσ] = γS00 + γS36 − γS15 − γS24 であり,系 3.4より [KS] =3γS00 + γS36 + γS14 + γS25 であるから,ρ

∗[KY ] = ν∗([KS] − [Dσ]) が計算できる.また,f(ρ(Eij)) = f ′(φ(pi) + φ(pj)),[Di] = γS00 であることなどから残りの主張が示される.

命題 4.15より,完全列

0 −→ H2(Y,Z)ρ∗−→ H2(S,Z)σS −→ (Z/2Z)⊕4 −→ 0

があるので,H2(Y,Z)をH2(S,Z)σS の部分群をみなすことができる.

系 5.6. 楕円曲面 f : Y → C ′の零切断を ρ(D1)をとするとき,ρ(Di)はMordell-Weil群MW(Y/C ′)の 2等分点を定め,(Z/2Z)⊕2 ⊂ MW(Y/C ′)となる.

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命題 5.7. H2(Y,Z)のZ-基底 δ1, . . . , δ14 で,ρ∗δ1 = ν∗(γS14 + γS25), ρ

∗δ2 = ν∗(γS15 + γS24), ρ∗δ3 = ν∗(γS13 − γS23),

ρ∗δ4 = ν∗(γS16 − γS26), ρ∗δ5 = ν∗(γS35 − γS34), ρ∗δ6 = ν∗(γS46 − γS56),δ7 =

12[B], δ8 = [ρ(D1)], δ9 = [ρ(D2)], δ10 = [ρ(D3)], δ11 = [ρ(D4)],

δ12 = [ρ(E14)], δ13 = [ρ(E24)], δ14 = [ρ(E34)]

を満たすものが存在する.

Proof. B は 2重被覆 ρ : S → Y の分岐因子なので,δ7 = 12[B] ∈ H2(Y,Z)であり,

ρ∗δ7 = [R] = ν∗(γS00 + γS36− γS15− γS24) +∑

1≤i<j≤4 [ρ(Eij)] である.ρ∗δ7, . . . , ρ

∗δ11 との交点数が偶数になるようなH2(S,Z)σS の元全体をM とすると,ρ∗(H2(Y,Z)) ⊂ M である.補題 3.2などを用いて交点数を計算することにより,ρ∗δ1, . . . , ρ∗δ14はM のZ- 基底になっており,H2(S,Z)σS におけるM の指数が 24であることが確かめらる.したがって,ρ∗(H2(Y,Z)) =M が示される.

系 5.8. H2(Y,Z)のZ-基底 δ1, . . . , δ14による交点行列 (⟨δi, δj⟩)1≤i≤14, 1≤j≤14 は

−1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 00 −1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 00 0 0 0 0 −1 0 0 0 0 0 0 0 00 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 00 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 00 0 −1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 00 1 0 0 0 0 −4 2 2 2 2 −1 −1 −10 0 0 0 0 0 2 −1 0 0 0 1 0 00 0 0 0 0 0 2 0 −1 0 0 0 1 00 0 0 0 0 0 2 0 0 −1 0 0 0 10 0 0 0 0 0 2 0 0 0 −1 1 1 10 0 0 0 0 0 −1 1 0 0 1 −2 0 00 0 0 0 0 0 −1 0 1 0 1 0 −2 00 0 0 0 0 0 −1 0 0 1 1 0 0 −2

となり,基底を適当に取り換えると (−1)⊕8 ⊕

(0 11 0

)⊕3

と直交分解する.

補題 5.5より,標準因子のコホモロジー類は

[KY ] = δ1 + δ2 + 2δ11 + δ12 + δ13 + δ14

である.このZ-基底 δ1, . . . , δ14を用いて Y の周期行列を表示することが出来る.

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5.1 Cが超楕円曲線の場合

以下,Cが超楕円曲線であると仮定する.このとき,r ≥ 1が従う.また [3]よりCの定義方程式を

y2 = ξ8 + c1ξ6 + c2ξ

4 + c3ξ2 + 1

ととり,超楕円対合 ϕ1を ϕ1(ξ, y) = (ξ,−y)とし,σ(ξ, y) = (−ξ, y) とすることが出来る.C ′の定義方程式は

y2 = x4 + c1x3 + c2x

2 + c3x+ 1

であり,φ : C → C ′; (ξ, y) 7→ (x, y) = (ξ2, y) となる.また σの固定点は

p1 : (ξ, y) = (0, 1), p2 : (ξ, y) = (0,−1), p3 : (1

ξ,y

ξ) = (0, 1), p4 : (

1

ξ,y

ξ) = (0,−1)

の 4点である.また,Cには位数 4の群

G1 = ⟨σ, ϕ1 | σ2 = ϕ21 = idC , σ ϕ1 = ϕ1 σ⟩

が作用する.ϕ ∈ AutCが定めるSの曲線Dϕの Sにおける固有変換を Dϕとする.ϕ ∈ G1

に対し,Y の曲線 ρ(Dϕ)のコホモロジー類は[ρ(DidC )] = −2δ1 − 2δ2 − 2δ7 − δ8 − δ9 − δ10 + 7δ11 + 4δ12 + 4δ13 + 4δ14,

[ρ(Dσ)] = 2δ7 + δ8 + δ9 + δ10 − 3δ11 − 2δ12 − 2δ13 − 2δ14,

[ρ(Dϕ1)] = δ1 + δ2 + δ7 + δ8 + δ9 − 2δ11 − δ12 − δ13 − 2δ14,

[ρ(Dϕ1σ)] = −δ7 − δ10 + 3δ11 + 2δ12 + 2δ13 + δ14

である.f ′(φ(p1) +φ(p2)) = f ′(φ(p3) +φ(p4)) における f の I4型ファイバーの既約成分は ρ(E12),ρ(E34),ρ(Dϕ1),ρ(Dϕ1σ) となる.また,ρ(DidC ),ρ(Dσ)は C ′と同型な楕円曲線で f の 4-切断を定める.

Y の周期行列は以下のようにして計算される.

g(x) = x4 + c1x3 + c2x

2 + c3x+ 1 = (x− a1)(x− a2)(x− a3)(x− a4)

とし,ξ-平面上で 0と√a1,√a2を結ぶ道 l1, l2をとり,∞と

√a3,√a4を結ぶ道 l3, l4をと

る.(2乗根や道のとり方の詳細は省略する.)このとき,これらの道±liのCへのリフトを適当に組み合わせることにより,補題 4.1におけるH1(C,Z) ≃ H1(C,Z) の基底を具体的に与えることが出来る.H0(C,Ω1

C)の基底はdξy, ξdξy, ξ

2dξyであるから,

√g(ξ2)の分枝

を適当に定め,積分値

ηi,0 =

∫li

dξ√g(ξ2)

, ηi,1 =

∫li

ξdξ√g(ξ2)

, ηi,2 =

∫li

ξ2dξ√g(ξ2)

14

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を用いて,Hodge構造H1(C)の周期行列を記述することが出来る.命題 3.7の準同型はHodge構造の準同型となるため,これらによりHodge構造H2(S)の周期行列も記述することが出来る.ここで,

σ∗(dξy

)= −dξ

y, σ∗

(ξdξy

)=ξdξ

y, σ∗

(ξ2dξy

)= −ξ

2dξ

y

であるから,σ∗Sによる不変部分H2(S)σS の周期行列は ηi,0, ηi,2のみを用いて記述できる.

命題 4.15の準同型もHodge構造の準同型であるから,Hodge構造H2(Y )の周期行列もηi,0, ηi,2のみを用いて記述できることがわかる.

命題 5.9. (c1, c2, c3)が genericのとき,NS (Y )の階数 9で,行列式は 4である.

5.1.1 r ≥ 2のとき

このとき,c1 = c3とすることができる.つまり,Cの定義方程式を

y2 = ξ8 + c1ξ6 + c2ξ

4 + c1ξ2 + 1

とすることが出来る.C には,σ,ϕ1とは別の対合 ϕ2(ξ, y) = (1ξ, yξ4) が存在し,位数 8

の群

G2 = ⟨σ, ϕ1, ϕ2 | σ2 = ϕ21 = ϕ2

2 = idC , σ ϕ1 = ϕ1 σ, σ ϕ2 = ϕ2 σ, ϕ1 ϕ2 = ϕ2 ϕ1⟩

が作用する.ϕ ∈ G2 \G1に対する ρ(Dϕ)のコホモロジー類は[ρ(Dϕ2)] = 2δ2 − δ4 + δ6 + δ7 + δ8 + δ10 − 2δ11 − δ12 − 2δ13 − δ14,[ρ(Dσϕ2)] = δ1 − δ2 + δ4 − δ6 − δ7 − δ9 + 3δ11 + 2δ12 + δ13 + 2δ14,

[ρ(Dϕ1ϕ2)] = −2δ2 + δ4 − δ6 − δ7 − δ8 + 3δ11 + δ12 + 2δ13 + 2δ14,

[ρ(Dϕ1σϕ2)] = −δ1 + δ2 − δ4 + δ6 + δ7 + δ9 + δ10 − 2δ11 − 2δ12 − δ13 − δ14

である.f ′(φ(p1) +φ(p3)) = f ′(φ(p2) +φ(p4)) における f の I4型ファイバーの既約成分は ρ(E13),ρ(E24),ρ(Dϕ2),ρ(Dσϕ2) となる.また,ρ(Dϕ1ϕ2),ρ(Dϕ1σϕ2)は楕円曲線で f の 2-切断を定める.

g(x) = x8 + c1x3 + c2x

2 + c1x + 1は,a3 = 1a1,a4 = 1

a2として g(x) = (x − a1)(x −

a2)(x− 1a1)(x− 1

a2) と表せる.x4g( 1

x) = g(x)であることから,i = 1, 2についてηi,2 =

∫li

ξ2dξ√g(ξ2)

=∫li+2

dξ√g(ξ2)

= −ηi+2,0,

ηi+2,2 =∫li+2

ξ2dξ√g(ξ2)

=∫li

dξ√g(ξ2)

= −ηi,0

となるので,Hodge構造H2(Y )の周期行列は ηi,0のみを用いて記述することが出来る.

15

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補題 5.10. τ1 =η4,0−η2,0η3,0−η1,0,τ2 =

η1,0+η3,0η1,0+η2,0+η3,0+η4,0

とおくとき,

− δ1 + 3δ2 − (τ1 + 1)δ3 − (τ1τ2 + τ2 + 1)δ4 + (τ1 − 1)δ5 + (τ1τ2 − τ2 + 1)δ6

+ 2δ7 + δ8 + δ9 + δ10 − 5δ11 − 3δ12 − 3δ13 − 3δ14

はH2,0(Y ) ⊂ H2(Y,C)の基底となる.

命題 5.11. c1 = c3かつ (c1, c2)が genericのとき,NS (Y )の階数 10で,行列式は−4である.

5.1.2 r = 3のとき

このとき,c1 = c3 = 0とすることができる.つまり,Cの定義方程式を

y2 = ξ8 + c2ξ4 + 1

とすることが出来る.Cには,位数 4の自己同型ϕ3(ξ, y) = (iξ, y)が存在し,位数 16の群

G3 = ⟨ϕ1, ϕ2, ϕ3 | ϕ21 = ϕ2

2 = ϕ43 = idC , ϕ1ϕ2 = ϕ2ϕ1, ϕ1ϕ3 = ϕ3ϕ1, ϕ2ϕ3ϕ2 = ϕ3

3⟩

が作用する.σ = ϕ23であることに注意する.ϕ ∈ G3 \G2に対する ρ(Dϕ)のコホモロジー

類は

[ρ(Dϕ3)] = [ρ(Dϕ33)] = δ1 + δ2 + 2δ11 + δ12 + δ13 + δ14,

[ρ(Dϕ1ϕ3)] = [ρ(Dϕ1ϕ33)] = −δ1 − δ2 + δ8 + δ9 − δ10 + δ11 + δ12 + δ13 − δ14,[ρ(Dϕ2ϕ3)] = −2δ2 + δ3 + δ4 − δ7 − δ9 + 3δ11 + 2δ12 + δ13 + 2δ14,

[ρ(Dϕ2ϕ33)] = −δ1 + δ2 − δ3 − δ4 + δ7 + δ8 + δ10 − 2δ11 − δ12 − 2δ13 − δ14,[ρ(Dϕ1ϕ2ϕ3)] = 2δ2 − δ3 − δ4 + δ7 + δ9 + δ10 − 2δ11 − 2δ12 − δ13 − δ14,[ρ(Dϕ1ϕ2ϕ33)] = δ1 − δ2 + δ3 + δ4 − δ7 − δ8 + 3δ11 + δ12 + 2δ13 + 2δ14

である.f ′(φ(p1) +φ(p4)) = f ′(φ(p2) +φ(p3)) における f の I4型ファイバーの既約成分は ρ(E14),ρ(E23),ρ(Dϕ1ϕ2ϕ3),ρ(Dϕ1ϕ2ϕ33) となる.また,ρ(Dϕ3) = ρ(Dϕ33

)はC ′と同型な f の非特異ファイバーとなる.ρ(Dϕ1ϕ3) = ρ(Dϕ1ϕ33) はC ′と同型な楕円曲線で f

の 4-切断を定める.ρ(Dϕ2ϕ3),ρ(Dϕ2ϕ33) 楕円曲線で f の 2-切断を定める.g(x) = x8 + c2x

2 + 1は,a2 = −a1,a3 = 1a1,a4 = − 1

a1として g(x) = (x − a1)(x +

a1)(x− 1a1)(x+ 1

a1) と表せる.このとき,

η2,0 = −iη1,0, η4,0 = iη3,0

より,τ2 = τ1τ1−1である.したがって,補題 5.10をこの場合制限すると次が得られる.

16

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補題 5.12. τ1 = iη3,0+η1,0η3,0−η1,0,とおくとき,

− δ1 + 3δ2 − (τ1 + 1)δ3 −τ 21 + 2τ1 − 1

τ1 − 1δ4 + (τ1 − 1)δ5 + (τ1 + 1)δ6

+ 2δ7 + δ8 + δ9 + δ10 − 5δ11 − 3δ12 − 3δ13 − 3δ14

はH2,0(Y ) ⊂ H2(Y,C)の基底となる.

命題 5.13. c1 = c3 = 0かつ c2が genericのとき,NS (Y )の階数 11で,行列式は 4である.

命題 5.14. c1 = c3 = 0のとき,NS (Y )の階数が 12となるための必要十分条件はQ(τ1)が虚 2次体となることである.

Proof. 補題 5.12より,H2(Y,R) ∩H1,1(Y )は命題 5.13の階数 11の部分に加えて

2(|τ1|2 + 1)δ1 − (|τ1|2 − 2Re (τ1)− 1)δ3 + (|τ1|2 − 2Re (τ1) + 1)δ5 ∈ H2(Y,R) ∩H1,1(Y )

で生成されることがわかる.この適当な実数倍がH2(Y,Q)の非自明なクラスを定めるための必要十分条件はRe (τ1),|τ1|2がともに有理数になることであり,代数曲線CにおけるHodge-Riemannの関係式より τ1 /∈ Qが分かっているので,これはQ(τ1)が虚 2次体となることを意味する.Lefschetzの (1, 1)定理よりこの命題は従う.

5.1.3 c1 = c2 = c3 = 0のとき

Cの定義方程式を y2 = ξ8 + 1とする.Cには,位数 8の自己同型 ϕ4(ξ, y) = (1+i√2ξ, y) が

存在し,位数 32の群

G = ⟨ϕ1, ϕ2, ϕ4 | ϕ21 = ϕ2

2 = ϕ84 = idC , ϕ1ϕ2 = ϕ2ϕ1, ϕ1ϕ4 = ϕ4ϕ1, ϕ2ϕ4ϕ2 = ϕ1ϕ7

4⟩

が作用する.ϕ3 = ϕ24であることに注意する.ϕ ∈ G \G3に対する ρ(Dϕ)のコホモロジー

類は

[ρ(Dϕ4)] = [ρ(Dϕ74)] = δ3 + 2δ4 − δ5 − δ6 + 2δ11 + δ12 + δ13,

[ρ(Dϕ34)] = [ρ(Dϕ54

)] = −δ3 − 2δ4 + δ5 + δ6 + 2δ11 + δ12 + δ13,

[ρ(Dϕ1ϕ4)] = [ρ(Dϕ1ϕ74)] = −δ3 − 2δ4 + δ5 + δ6 + δ8 + δ9 − δ10 + δ11 + δ12 + δ13,

[ρ(Dϕ1ϕ34)] = [ρ(Dϕ1ϕ54)] = δ3 + 2δ4 − δ5 − δ6 + δ8 + δ9 − δ10 + δ11 + δ12 + δ13,

[ρ(Dϕ2ϕ4)] = [ρ(Dϕ1ϕ2ϕ4)] = δ10 + δ11 + δ14,

[ρ(Dϕ2ϕ34)] = [ρ(Dϕ1ϕ2ϕ34)] = δ10 + δ11 + δ14,

[ρ(Dϕ2ϕ54)] = [ρ(Dϕ1ϕ2ϕ54)] = δ10 + δ11 + δ14,

[ρ(Dϕ2ϕ74)] = [ρ(Dϕ1ϕ2ϕ74)] = δ10 + δ11 + δ14

17

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である.ρ(Dϕ4) = ρ(Dϕ74),ρ(Dϕ34

) = ρ(Dϕ54),ρ(Dϕ1ϕ4) = ρ(Dϕ1ϕ74),ρ(Dϕ1ϕ34) =

ρ(Dϕ1ϕ54) は楕円曲線で f の 2-切断を定める.ρ(Dϕ2ϕ4) = ρ(Dϕ1ϕ2ϕ4),ρ(Dϕ2ϕ34) =

ρ(Dϕ1ϕ2ϕ34),ρ(Dϕ2ϕ54) = ρ(Dϕ1ϕ2ϕ54),ρ(Dϕ2ϕ74) = ρ(Dϕ1ϕ2ϕ74)は結節点を 1個もつ楕円曲線で,f の 2-切断を定める.周期は関係式 η3,0 = (1− 1√

2)(1+i)η1,0を満たすので,τ1,0 = 1−

√2iとなり,命題 5.14

よりNS (Y )の階数 12であることがわかる.

命題 5.15. c1 = c2 = c3 = 0のとき,NS (Y )の階数 12で,行列式は−8である.

系 5.16. f : Y → C ′のMordell-Weil群はMW(Y/C ′) = Z⊕ (Z/2Z)⊕2 である.

補題 5.17. K = C(x, y)を y2 = x4 + 1という関係式をもつ楕円曲線C ′の関数体とするとき,f : Y → C ′の genericファイバー E → SpecKは方程式

t2 = 2(s+ 1)(2s2 + (y + 1)(2s+ 1))

で定義されるK上の楕円曲線となる.したがって,Eは有理関数体C(y)上定義される.

Proof. C×Cの関数体を

C(C × C) = C(ξ1, y1, ξ2, y2), y21 = ξ81 + 1, y22 = ξ82 + 1

とする.u = y1+y2,w1 = ξ1+ξ2,w2 = ξ1ξ2とおけば,Sの関数体はC(S) = C(w1, w2, u)となり,Y の関数体はC(Y ) = C(w2

1, w2, u) となる.v1 = ξ21 + ξ22,v2 = ξ21ξ22 とおけば,

S ′の関数体はC(S ′) = C(v1, v2, u) となる.ここで,v1, v2, uの関係式は

v81 − 8v61v2 + 20v41v22 − 2v41u

2 − 16v21v32 + 8v21v2u

2 − 4v22u2 + u4 − 4u2 = 0

となり,C(S ′) = C(v1, v2, u)と関数体

C(s, x, y), y2 = x4 + 1

の同型が v1 =

x(2s2+4s+(y+1))2s2+(y+1)(2s+1)

,

v2 =2x2(s+1)

2s2+(y+1)(2s+1),

u = (4s4+16s3+24s2+16s−y2+2y+3)(y+1)4s4+8s3(y+1)+4s2(y+1)(y+2)+(4s+1)(y+1)2

,s = − (v41u−2v41−4v21v2u+4v21v2−u3+4u)(v41−6v21v2+8v22−u2)

8v2(v21−2v2)(v22−1)u,

x =v51−6v31v2+8v1v22−v1u2

2v22u−2u,

y =−v41v22+4v21v

32−3v41−4v42+v

22u

2+16v21v2−24v22+u2−4

v41v22−4v21v

32+v

41+4v42−v22u2−8v22−u2+4

により与えられる.v1 = w21 − 2w2より,C(Y ) = C(v1, w2, u) = C(S ′)(w2) であり,

w22 = v2 =

2x2(s+ 1)

2s2 + (y + 1)(2s+ 1)

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より,t = (2s2+(y+1)(2s+1))w2

xとおけば,C(Y ) = C(S ′)(t)で,

t2 =(2s2 + (y + 1)(2s+ 1)

x

)2w2

2 = 2(s+ 1)(2s2 + (y + 1)(2s+ 1))

となる.

系 5.18. Mordell-Weil群MW(Y/C ′) = E(K)の自由部分の生成元は E の有理点 (s, t) =(−y,

√2(y − 1))に対応する.また,Mordell-Weil群のねじれ部分は E のK-有理点,

(s, t) = (−1, 0), ( −x2

x2 + y − 1, 0), (

−x2

x2 − y + 1, 0)

に対応する.

Proof. Mordell-Weil群MW(Y/C ′)の自由部分の生成元は f の 2-切断 ρ(Dϕ4) = ρ(Dϕ74)

から定まる切断により与えることが出来る.

References

[1] F. Bardelli and A. Del Centina, Bielliptic curves of genus three: Canonical modelsand moduli space, Indag. Math. N. S. 10 (1999), 183–190.

[2] I. G. Macdonald, Symmetric products of an algebraic curve, Topology 1 (1962),319–343.

[3] T. Shaska and F. Thompson, Bielliptic curves of genus 3 in the hyperelliptic moduli,Appl. Algebra Engrg. Comm. Compt. 24 (2013), 387–412.

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Limits of Hodge stuructures in several variables

藤澤太郎

東京電機大学e-mail: [email protected]

今回の講演および本稿は,私のプレプリント [10] の紹介ですが,煩雑さを避けるため,かなり簡略化した形で述べました.詳細は [10] を参照して頂ければ幸いです.

1 目標および背景まず初めに,本稿の内容について,その目標および背景を述べたい.

基本的な設定

定義 1.1. X, Y を複素多様体,E を Y 上の被約な単純正規交叉因子とする.射 f : X −→Y が次の二条件をみたすとき f は E に沿って semistable であるという:

(1.1.1) D = f ∗E は X 上の被約な単純正規交叉因子

(1.1.2) f は log smooth

ただし,条件 (1.1.2) は,X,Y それぞれに有効因子 D,E から定まる対数構造を付与して考えている.単純正規交叉因子 E が文脈から明らかであるとき,単に f は semistable

であるという.

ここでは log smooth 射の定義は述べないが,下記の注意 1.3 を参照して頂ければ本稿で考察の対象とする semistable 射がどの様なものであるかは,自ずと明らかであると思う.簡単のため,本稿では Y が多重円板,E がすべての座標超平面の和である場合を考えることとし,次の記号・記法を固定する.

記号 1.2. Y = ∆k で k次元多重円板を表し,その上の座標 (t1, t2, . . . , tk) を固定する.また Y 上の有効因子 Ei (i = 1, 2, . . . , k) および E を

Ei = ti = 0, E =k∑i=1

Ei

と定める.さらに Y ∗ = Y \ E (= (∆∗)k) とおく.

1

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注意 1.3. 複素多様体 X から Y = ∆k への全射 f : X −→ Y = ∆k について,D =

f ∗E が X 上の被約な正規交叉因子であるとき,射 f は,X 上局所的には,局所座標(x1, x2, . . . , xn) を用いて

t1 = x1x2 · · · xi1t2 = xi1+1xi1+2 · · · xi2· · · · · ·

tk = xik−1+1xik−1+2 . . . xik

(1 ≤ i1 < i2 < · · · < ik ≤ n) (1)

と表される.従って,条件 (1.1.2) は条件 (1.1.1) から導かれる.

注意 1.4. 局所表示 (1) から

f : semistable =⇒ f : equi-dimensional and flat

f : semistable =⇒ f : smooth over Y ∗ = Y \ E

であることが直ちに分る.

上の注意により,Kahler 多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable な全射f : X −→ Y = ∆k は,Y ∗ = Y \ E = (∆∗)k 上に重み q の Hodge 構造の変動

(Rqf∗QX∗ , (Rqf∗ΩX∗/Y ∗ , F ))

を定める.論文 [8], [9] およびプレプリント [10] で目標としてきたのは,この Hodge 構造の変動が境界 E において「退化」する様子を,射 f : X −→ Y から得られる代数幾何学的な情報を用いて記述することである.

超越的方法

射 f : X −→ Y を離れ,Y \ E = (∆∗)k 上の Hodge 構造の変動そのものの退化を調べるという方向では,Schmid, Cattani, Kaplan, 柏原,河合等によって完成された理論が存在している.以下 monodromy が unipotent である場合に限って結果を述べる.詳細は [4], [16], [1], [3],[14] 等の原論文,あるいは [15], [13], [2] 等の概説を参照して頂きたい.複素上半平面を H で表わし,Y ∗ = (∆∗)k の普遍被覆を π : Hk −→ Y ∗ = (∆∗)k で表す.すなわち,Hk の座標を (s1, s2, . . . , sk) で表すとき,π は

ti = exp(2π√−1si) i = 1, 2, . . . , k

で与えられる射である.Y ∗ = (∆∗)k 上に,重み q の R-Hodge 構造の変動 (V, (V , F )) が与えられたとき,有限次元 Rベクトル空間 V を V = Γ(Hk, π−1V) によって定める.すると,普遍被覆 π :

Hk −→ Y ∗ = (∆∗)k の被覆変換 si 7→ si+1に対応するV 上の monodromy automorphism

が定まる.これを Ti で表す.

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定義 1.5. すべての i ついて monodromy automorphism Ti が unipotent であるとき,局所系 V(あるいは Hodge 構造の変動 (V, (V , F )))は unipotent であるという.

以下,しばらくの間,考える Y ∗ = (∆∗)k 上のR-Hodge構造の変動はすべて unipotent

であると仮定する.このとき,monodromy automorphism Ti の log が定義される故,それを Ni で表す.すなわち Ni = log Ti(i = 1, 2, . . . , k)である.ここで,任意の I ⊂ 1, 2, . . . , k に対して Rk の部分集合 C(I) を

C(I) = c = (ci)ki=1 ∈ Rk | ci > 0 (i ∈ I), ci = 0 (i /∈ I)

と定め,任意の c ∈ C(I) に対して

N(c) =k∑i=1

ciNi (=∑i∈I

ciNi)

と定める.定義より N(c) は V の nilpotent な自己準同型であるから,次の二条件をみたす V 上の increasing filtration W が唯一つ存在する:

• N(c)Wl ⊂ Wl−2

• 任意の正整数 l に対してN(c)l が同型GrWl V≃−→ GrW−l V を引き起す.

定義 1.6. 上の二条件をみたす increasing filtrationをN(c)が定める monodromy weight

filtration といい,W (c) で表す.

さらに,V = OY ∗ ⊗V の標準延長(canonical extension)を V で表す.このとき,標準的な同型

C⊗R V ≃ V(0) = C(0)⊗ V (2)

が存在する.(この同型は座標 (t1, t2, . . . , tk) に depend している.)以上の状況において,次の事実が知られている.

定理 1.7. Y ∗ = (∆∗)k 上の,重み q の偏極 R-Hodge 構造の変動 (V, (V , F )) に対して,次が成り立つ.

(1.7.1) F は V 上の filtration に延長される.すなわち V 上の filtration F で

• 各 p に対して GrpF V は有限階数の局所自由 OY -加群である.

• 同型 V|Y ∗ ≃ V の下で F pV|Y ∗ ≃ F pV が任意の p に対して成り立つ.

(1.7.2) 二つの c, d ∈ C(I) に対してW (c) = W (d) が成り立つ.

従って,任意の I ⊂ 1, 2, . . . , k に対して filtration W (I) をW (I) = W (c)(c ∈ C(I))として定義することができる.特に W =W (1, 2, . . . , k) と記す.

(1.7.3) 1, 2, . . . , k の部分集合 I, J が J ⊂ I をみたすとき,任意の c ∈ C(I \J),任意の正整数 l および任意の整数 m に対して,N(c)l は同型

GrW (I)l+m GrW (J)

m V≃−→ Gr

W (I)−l+mGrW (J)

m V

を引き起す.

3

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(1.7.4) 標準的な同型 (2) によってC⊗ V と V(0) を同一視することにより,V(0) 上に filtration W を定義する.このとき

((V,W [q]), (V(0),W [q], F )) (3)

は混合 Hodge 構造である.ただし increasing filtration W の shift W [q] はW [q]m = Wm−q によって定める.

注意 1.8. 一般に,被約な複素解析空間 Y 上の階数有限な局所自由 OY 加群層 V が与えられ,Y の稠密な開部分集合 U への制限 V|U が 条件

• 各 p に対して GrpF (V|U) は局所自由 OU 加群層

をみたす decreasing filtration F を持つとする.このとき F の V への延長,すなわち二条件

• 各 p に対して GrpF V は局所自由 OY 加群層

• 各 p に対して F pV|U = F p(V|U)

をみたす decreasing filtration F は,存在すれば一意的である.

定義 1.9. 定理 1.7 の (1.7.1) で存在が保証された,V 上の filtration F の V への延長を(Schmid による)標準延長と呼ぶことにする.また,混合 Hodge 構造 (3) を極限混合 Hodge 構造と呼ぶ.

注意 1.10. 一般に,ベクトル空間 V とその上の incereasing filtration W およびW を保つ V の nilpotent な自己準同型 N が与えられたとき,V 上の increasing filtration M

で次の二条件をみたすものは,存在すれば一意的であることが知られている:

• 任意の整数 l に対してNMl ⊂Ml−2 が成り立つ.

• 任意の正整数 l および任意の整数 m に対してN l が同型

GrMl+mGrWm V≃−→ GrM−l+mGrWm V

を引き起す.

そこで,この二条件をみたす filtrationM が存在すれば,それを N が定めるW に関するrelative monodromy filtrationという.この用語に従えば,(1.7.3)はJ ⊂ I ⊂ 1, 2, . . . , kのとき,W (I) は N(c) が定めるW (J) に関する relative monodromy wieght filtration

であることを意味する.

注意 1.11. (3) における increasing filtration の shift はDeligne [5] あるいは El Zein [6]

に従う.一方で,Cattani-Kaplan-Schmid [3] の様にW [q]m = Wm+q と定義している文献も存在する.些細なことであるが,混乱を生じ易いので,念のため注意しておく.

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代数幾何学的方法

こののち,f : X −→ Y = ∆k は複素多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable

な全射とし,D = f ∗E とする.また X∗ = X \D = f−1(Y ∗) と記す.さらに ΩX(logD) で対数的 de Rham 複体,ΩX/Y (logD) で f の相対対数的 de Rham

複体,ΩX∗/Y ∗ で f |X∗ の相対 de Rham 複体を表し,これらの複体上の stupid filtration

をすべて F で表す.すなわち

F pΩnX(logD) =

0 n < p のとき

ΩnX(logD) n ≥ p のとき

である.(ΩX/Y (logD),ΩX∗/Y ∗ についても同様.)さらに,対数的 de Rham複体 ΩX(logD)

上の,D に沿った極の位数による increasing filtration を W (D) で表す.また、射 f の制限 f |X∗ を簡単のため f で表すこともある.我々の研究対象は,Kahler 多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable な全射

f : X −→ Y = ∆k から得られる,Y = (∆∗)k 上の重み q の Hodge 構造の変動

(Rqf∗QX∗ , (Rqf∗ΩX∗/Y ∗ , F ))

である.ここで,同型OY ∗ ⊗Rqf∗QX∗ ≃ Rqf∗ΩX∗/Y ∗ は Poincar’e の補題から導かれるもの.さらに F は,ΩX∗/Y ∗ 上の stupid filtration F から引き起されるRqf∗ΩX∗/Y ∗ 上の filtration を表す.我々の目標は,この Hodge 構造の変動について,前節で述べた諸結果を代数幾何学的な情報によって記述することである.底空間が 1次元の場合,すなわち k = 1 の場合については,Steenbrink [17] によって解答が与えられている.

定理 1.12. 複素多様体 X から単位円板 ∆ への全射 f : X −→ ∆ が固有かつ semistable

であるとき,次が成り立つ:

(1.12.1) Rqf∗QX∗ は unipotent である.

(1.12.2) Rqf∗ΩX/∆(logD) はO∆∗ ⊗ Rqf∗Q|∆∗ ≃ Rqf∗ΩX∗/∆∗ の標準延長である.特に,Rqf∗ΩX/∆(logD) は局所自由 O∆加群層であり,基底変換の標準的な射

Rqf∗ΩX/∆(logD)⊗ C(0) −→ Hq(D,OD ⊗ ΩX/∆(logD))

は同型である.

さらに,X が Kahler ならば,次が成り立つ:

(1.12.3) 自然な射Rqf∗FpΩX/∆(logD) −→ Rqf∗ΩX/∆(logD) は任意の p に対して単射

である.さらに,その像をF pRqf∗ΩX/Y (logD) と記すとき,Rqf∗ΩX/∆(logD)

上の filtration F は,Rqf∗ΩX∗/∆∗ 上の filtration F の標準延長と一致する.

(1.12.4) D 上の Q-cohomological mixed Hodge complex (CMHC)

((AQ, L), (AC, L, F )) (4)

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と,filtered quasi-isomorphism

(OD ⊗ ΩX/∆(logD), F )≃−→ (AC, F )

が存在する.従って,filtration 付きベクトル空間としての同型

(Hq(D,OD ⊗ ΩX/∆(logD)), F ) ≃ (Hq(D,AC), F ) (5)

が存在する.

(1.12.5) 同型 Hq(D,OD⊗ΩX/∆(logD)) ≃ Hq(D,AC)の下で,filtration Lは monodromy

weight filtration W と一致する.従って,(5) は極限混合 Hodge 構造 (3) のC構造と一致する.

この定理の後半 (1.12.4) および (1.12.5) はCMHC (4) の構成方法を述べなければ,実質的な意味は無いが,これについては,k ≥ 2 の場合と併せて後述することにする.

注意 1.13. (4) におけるQ構造 (AQ, L) の構成は,意外に面倒である.さらに,Q構造Hq(D,AQ) と極限混合 Hodge 構造 (3) のQ構造 V が一致することも,それ程明らかではない.それ故,本来 Q構造にも言及すべきであるが,煩雑になり過ぎるため本稿では省略させて頂く.

この Steenbrink の結果により,k = 1 の場合は完成していると言ってよい.そこでk ≥ 2 の場合を考える.

k ≥ 2 の場合

k ≥ 2 の場合について,プレプリント [10] 以前に知られていた結果を述べる.

定理 1.14. 複素多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable な全射 f : X −→ Y =

∆k について次が成り立つ:

(1.14.1) Rqf∗QX∗ は unipotent である.

(1.14.2) さらに,Rqf∗ΩX/Y (logD) はOY ∗ ⊗ Rqf∗QX∗ ≃ Rqf∗ΩX∗/Y ∗ の標準延長である.特に,Rqf∗ΩX/Y (logD) は局所自由 OY 加群層であり,基底変換の標準的な射

Rqf∗ΩX/Y (logD)⊗ C(0) −→ Hq(X0,OX0 ⊗ ΩX/Y (logD))

は同型である.ただし,ここで X0 = f−1(0) である.

さらに X が Kahler であることを仮定すると,次が成り立つ:

(1.14.3) 自然な射Rqf∗FpΩX/Y (logD) −→ Rqf∗ΩX/Y (logD) は任意の p に対して単射

である.さらにその像をF pRqf∗ΩX/Y (logD) と記すとき,Rqf∗ΩX/Y (logD) 上の decreasing filtration F はRqf∗ΩX∗/Y ∗ 上の filtration F の標準延長である.

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(1.14.4) X0 上の Q-CMHC

((sA(f), L), (sB(f), L, F )) (6)

と,filtered quasi-isomorphism

(OX0 ⊗ ΩX/Y (logD), F )≃−→ (sB(f), F )

が存在する.従って,filtration 付きベクトル空間としての同型

(Hq(X0,OX0 ⊗ ΩX/Y (logD)), F ) ≃ (Hq(X0, sB(f)), F ) (7)

が存在する.

注意 1.15. 先述の Steenbrinkの結果同様,上記の定理の (1.14.4)においても,Q-CMHC

(6) の構成方法を述べなければ実質的な意味は無い.これについては,定義 2.3 参照.

注意 1.16. 上記定理の (1.14.1) および (1.14.2) はより一般的な設定の下で [18] に述べられている.プレプリント [10] では,異なる方法による別証明を与えた.一方,(1.14.3) および (1.14.4) は [8] において証明された.

注意 1.17. Q-CMHC (6) が定めるQ構造 Hq(X0, sA(f)) と,Schmid による極限混合Hodge 構造 (3) のQ構造の関係はあまり明らかではない.∗ 両者が一致することが当然期待されるが,現時点では証明できていない.

この結果を Steenbrink による定理 1.12 と比較すれば,次の問題が残されている:

問題 1.18. 同型 Hq(X0,OX0 ⊗ ΩX/Y (logD)) ≃ Hq(X0, sB(f)) の下で,filtration L はmonodromy weight filtration W と一致するか?

注意 1.19. この問いが肯定的であれば,(7) が極限混合 Hodge 構造 (3) のC構造と一致することが分かる.すなわち,超越的な方法によって得られる極限混合 Hodge 構造と,代数幾何学的な方法によって構成される混合 Hodge 構造が,少なくとも C構造において一致するという事実が得られる.

2 主結果前節の内容を踏まえれば,本稿の主結果を述べることは容易である.

定理 2.1. f : X −→ Y = ∆k をKahler 多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable

な全射とする.このとき同型 Hq(X0,OX0 ⊗ ΩX/Y (logD)) ≃ Hq(X0, sB(f)) の下で,二つの filtration L と W は一致する.

以下,証明の方針を述べる.

∗ 講演中,臼井先生から御質問頂いた際には,勘違いにより不正確な内容を述べてしまいました.申し訳ありませんでした.

7

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複体 sB(f) の構成

まず,複体 sB(f) の定義を述べる.

定義 2.2. 複素多様体 X から Y = ∆k への semistable な射 f : X −→ Y に対して,Di = f ∗Ei (i = 1, 2, . . . , k) とおく.さらに,ΩX(logD) 上の increasing filtration

W (Di) (i = 1, 2, . . . , k) をW (D) と同様に,Di に沿った極の位数によって定める.さらに,1, 2, . . . , k の任意の部分集合 I に対してDI =

∑i∈I Di とし,filtration W (DI) は

DI に沿った極の位数によって同様に定める.

定義 2.3. 任意の n ∈ Z≥0 に対して

sB(f)n =⊕q∈Zk

≥0

Ωn+kX (logD)

/k∑i=1

W (Di)qi

とし,differential を(−1)k(d+

⊕dlog ti∧)

と定めることにより,複体 sB(f) を得る.ここで dlog ti∧ は dlog ti を左から wedge する射を表す.また sB(f) 上の decreasing filtration F を

F psB(f)n =⊕q∈Zk

≥0

|q|≤n−p

Ωn+kX (logD)

/k∑i=1

W (Di)qi

と定める.ここで q = (q1, q2, . . . , qk) ∈ Zk に対して |q| = q1 + q2 + · · ·+ qk とする.さらに,1, 2, . . . , k の任意の部分集合 I に対して sB(f) 上の increasing filtration L(I) を

L(I)msB(f)n =⊕q∈Zk

≥0

W (DI)m+2|qI |+|I|Ωn+kX (logD)

/k∑i=1

W (Di)qi

と定める.ここで,q = (q1, q2, . . . , qk) ∈ Z に対し,qI = (qi)i∈I , |qI | =∑

i∈I qi とし,|I|は集合 I の元の個数を表す.簡単のため L = L(1, 2, . . . , k) と記す.

注意 2.4. 上の定義において k = 1 としたものが,Steenbrink によって定義された fil-

tration 付き複体 (AC, L, F ) に他ならない.

この定義の下で,次の事実が示される.

補題 2.5. 対数的微分形式 dlog t1 ∧ dlog t2 ∧ · · · ∧ dlog tk を左から wedge する射

dlog t1 ∧ dlog t2 ∧ · · · ∧ dlog tk∧ : ΩnX(logD) −→ Ωn+k

X (logD)

は,filtered quasi-isomorphism

(OX0 ⊗ ΩX/Y (logD), F ) −→ (sB(f), F ) (8)

を引き起す.

8

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複体 sB(f) 上の monodromy logarithms

次に,複体 sB(f) 上に monodromy logarithms Ni (i = 1, 2, . . . , k) に対応する射を構成する.以下では,複素多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable な全射f : X −→ Y = ∆k から得られる Y ∗ = (∆∗)k 上の局所系Rqf∗QX∗ に対し

V q = Γ(Hk, π−1Rqf∗QX∗)

とおく.一般に,monodromy logarithm Ni はOY ∗ ⊗Rqf∗QX∗ の標準延長Rqf∗ΩX/Y (logD) が持つ対数的可積分接続の Ei に沿う residue と(定数倍を除いて)一致するから,filtered

quasi-isomorphism (8)の下で,対数的可積分接続の residueに一致するような複体 sB(f)

の自己準同型を構成すれば良い.k = 1 の場合の Steenbrink による構成を思い出し,次の様に定義する.

定義 2.6. 標準的な射

Ωn+kX (logD)

/k∑i=1

W (Di)qi −→ Ωn+kX (logD)

/∑i=j

W (Di)qi +W (Dj)qj+1

が定める複体の射を νj : sB(f) −→ sB(f) (j = 1, 2, . . . , k) とする.

このとき,次の補題が証明される.

補題 2.7. 複素多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable な全射 f : X −→ Y について,同型

C⊗ V q ≃ Rqf∗ΩX/Y (logD)⊗ C(0) ≃ Hq(X0,OX0 ⊗ ΩX/Y (logD)) ≃ Hq(X0, sB(f))

の下で,Nj = 2π

√−1Hq(X0, νj) (j = 1, 2, . . . , k)

が成り立つ.

この補題により,定数倍が j によらず一定であることに注意して,(記号の乱用ではあるが)次の様に定義する.

定義 2.8. 各 j = 1, 2, . . . , k に対して,

Nj = Hq(X0, νj) : Hq(X0, sB(f)) −→ Hq(X0, sB(f))

と記す.

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証明のアイディア

Monodromy weight filtration の定義(定義 1.6)によれば,定理 2.1 を証明するためには,次を示せば良い.

定理 2.9. Kahler 多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable な全射 f : X −→ Y

が与えられたとする.このとき,任意の c ∈ C(1, 2, . . . , k) および任意の正整数 l に対して,N(c)l は同型

GrLl Hq(X0, sB(f))

≃−→ GrL−lHq(X0, sB(f))

を引き起す.

実は,この定理は,より一般化された次の形で証明される.

定理 2.10. Kahler 多様体 X から Y = ∆k への固有かつ semistable な全射 f : X −→ Y

が与えられたとする.このとき,任意の部分集合 J ⊊ I ⊂ 1, 2, . . . , k,任意の c ∈C(I \ J),任意の整数 m および任意の正整数 l に対してN(c)l は同型

GrL(I)l+mGrL(J)m Hq(X0, sB(f))

≃−→ GrL(I)−l+mGrL(J)m Hq(X0, sB(f))

を引き起す.

注意 2.11. 定理 2.10 において J = ∅, I = 1, 2, . . . , k とすることにより,定理 2.9 が得られる.

以下,定理 2.10 の証明について,そのアイディアを述べる.証明は k に関する帰納法による.k = 1 の場合は,Steenbrink の結果によって既に示されている.そこで k ≥ 2 と仮定する.まず J = ∅ とする.複体 RΓ(X0, sB(f)) 上の filtration L(J) から定まるスペクトル系列 Ep,q

r (RΓ(X0, sB(f)), L(J)) を考え,そのE1項を記述したい.そのため,次の記号を導入する:

記号 2.12. X 上の有効因子 Di を Di = f ∗Ei によって定める.(i = 1, 2, . . . , k)このとき D = D1 +D2 + · · ·+Dk が成り立ち,D が単純正規交叉因子であることから,各 Di

も単純正規交叉因子である.一方 D の既約成分全体を Dλλ∈Λ とする.このとき Λ は有限集合であり,さらにその disjoint union への分解 Λ =

⨿ki=1 Λi が,条件

Di =∑λ∈Λi

をみたすものとして定まる.さらに,任意の I ⊂ 1, 2, . . . , k に対してΛI =⨿

i∈I Λi とおく.一方,I ⊂ 1, 2, . . . , k に対して,

Y [I] =∩i∈I

Ei = ∆k−|I|

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と定める.また Γ ⊂ Λ に対して

X[Γ] =∩λ∈Γ

とおく.もし,任意の i ∈ I に対して Γ ∩ Λi = ∅ ならば f(X[Γ]) ⊂ Y [I] が成り立つから,図式

X[Γ] −−−→ X

y yfY [I] −−−→ Y

(9)

を可換にする射 fΓ : X[Γ] −→ Y [I] が定まる.

これらの記号を用いると,任意の m に対して複体の同型

GrL(J)m sB(f) ≃⊕(q,Γ)

sB(fΓ)[−m− 2|q|]

が,簡単な計算により示される.ただし,右辺は index set

(q,Γ) | q = (qi)i∈J ∈ ZJ , qi ≥ 0, Γ ⊂ ΛJ , |Γ ∩ Λi| ≥ qi + 1, |Γ| = m+ 2|q|+ |J |

上の直和であり,fΓ は可換図式 (9) によって定まる射 fΓ : X[Γ] −→ Y [J ] である.このとき Γ ⊂ ΛJ であることにより,fΓ : X[Γ] −→ Y [J ] は固有かつ semistable な全射になる.さらに filtration L(I \ J) に関して

L(I \ J)GrL(J)m sB(f) ≃⊕(q,Γ)

L(I \ J)sB(fΓ)[−m− 2|q|]

が容易に分かる.ここで Y [J ] = ∆k−|J | で,J = ∅ であることから,fΓ : X[Γ] −→ Y [J ] に帰納法の仮定を適用することができ,これによって任意の c ∈ C(I \ J) と任意の正整数 l に対して,N(c)l が同型

GrL(I\J)l Ep,q

1 (RΓ(X0, sB(f)), L(J))≃−→ Gr

L(I\J)−l Ep,q

1 (RΓ(X0, sB(f)), L(J)) (10)

を引き起すことが分かる.一方,Hodge 理論を用いて,E1項の射

d1 : Ep,q1 (RΓ(X0, sB(f)), L(J)) −→ Ep+1,q

1 (RΓ(X0, sB(f)), L(J))

が filtration L(I \ J) と強い意味で可換(strictly compatible)であることが示され,同型 (10) が E2項に遺伝することが分かる.すなわち N(c)l は同型

GrL(I\J)recl Ep,q

2 (RΓ(X0, sB(f)), L(J))≃−→ Gr

L(I\J)rec−l Ep,q

2 (RΓ(X0, sB(f)), L(J))

を引き起す.ただし,ここで L(I \ J)rec は,Deligne による filtration recurrente,すなわちE1項の L(I \ J) が E2項に引き起す filtration を表す.

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一方,[9] において,スペクトル系列 Ep,qr (RΓ(X0, sB(f)), L(J)) がE2項で退化するこ

とが証明されており,従って自然な同型

Ep,q2 (RΓ(X0, sB(f)), L(J)) ≃ Gr

L(J)−p Hp+q(X0, sB(f))

が存在する.さらに,Hodge 理論を用いて,この同型の左辺の上に存在する L(I \ J)recと右辺の上に存在する L(I)[p] が一致することが証明できる.これらを総合して,N(c)l が同型

GrL(I)l−p Gr

L(J)−p Hp+q(X0, sB(f))

≃−→ GrL(I)−l−pGr

L(J)−p Hp+q(X0, sB(f))

を引き起すことが分る.すなわち J = ∅ の場合について証明すべき結果を得た.そこで,残された課題は J = ∅ の場合,すなわち,任意の I ⊂ 1, 2, . . . , k に対して

L(I) = W (I) を証明することである.|I| = 1 の場合,すなわち I = i の場合は,(帰納法とは独立に)Steenbrink の結果を用いてL(i) = W (i) を証明することができる.そこで,|I| ≥ 2 の場合,I の元 i を一つ取り J = i とすれば,Cattani-Kaplan の結果 [1] (定理 1.7 (1.7.3) を参照)と,これまでの議論により

• L(I) は N(c) の L(J) に関する relative monodromy weight filtration であること

• W (I) は N(c) の W (J) に関する relative monodromy weight filtration であること

• L(J) = W (J)

が示されている.故に relative monodromy weight filtration の一意性からL(I) = W (I)

であることが得られる.以上によって帰納法が完結し,証明が終わる.

3 今後の課題以下,簡単に今後の課題を二つ挙げておく.

Q構造について

定理 2.9 により,代数幾何学的な方法で構成された混合 Hodge 構造と極限混合 Hodge

構造 (3) のC構造は一致する.しかし,注意 1.17 で述べた様にQ構造のレベルで一致するかどうかは,明らかではない.そこで,当然解決されるべき問題として次が考えられる:

問題 3.1. 自然な同型V q ≃ Hq(X0, sA(f))

は存在するか?

k = 1 の場合は,[11] による対数幾何を用いた定式化が有効であった.k ≥ 2 の場合について,対数幾何との関係を考察することも課題の一つであろう.

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多重正規交叉多様体の変形理論

プレプリント [12] において Green と Griffiths は,正規交叉多様体の直積と局所的に同型であるような解析空間(ここでは仮に,多重正規交叉多様体と呼ぶ)を考察し,Friedman による正規交叉多様体の変形理論 [7] の一般化を試みている.複素多様体 X から Y = ∆k への semistable な射 f : X −→ Y = ∆k について,その原点のファイバー f−1(0) が多重正規交叉多様体であることに注意すれば,本稿の結果の一般化として,次の問題を考察することは自然であろう.

問題 3.2. 適切な Kahler 条件の下で,コンパクトな多重正規交叉多様体から自然に定まる極限混合 Hodge 構造について,二つの filtration L および W は一致するか?

一言付け加えると,本稿で述べた方法は,Cattani-Kaplan [1] の結果に依存しており,多重正規交叉多様体の場合には同様の方法を直ちに用いることはできない.別のアイディアが必要であると思われる.

参考文献[1] E. Cattani and A. Kaplan, Polarized mixed Hodge structures and the local mon-

odromy of a variation of Hodge structure, Invent. Math. 67 (1982), 101–115.

[2] E. Cattani and A. Kaplan, Degenerating variations of Hodge structure, Theorie

de Hodge (Luminy, Juin 1987), Asterisque, vol. 179-180, Soc. Math. France, 1989,

pp. 67–96.

[3] E. Cattani, A. Kaplan, and W. Schmid, Degeneration of Hodge structures, Ann. of

Math. 123 (1986), 457–535.

[4] P. Deligne, Equations differentielles a points singuliers reguliers, Lecture Notes in

Math., vol. 163, Springer-Verlag, 1970.

[5] , Theorie de Hodge II, Inst. Hautes Etudes Sci. Publ. Math. 40 (1971), 5–58.

[6] F. El Zein, Introduction a la theorie de Hodge mixte, Hermann, 1991.

[7] R. Friedman, Global smoothings of varieties with normal crossings, Ann. of Math.

(2) 118 (1983), 75–114.

[8] T. Fujisawa, Limits of Hodge structures in several variables, Compositio Math. 115

(1999), 129–183.

[9] , Degeneration of weight spectral sequences, Manuscripta Math. 108 (2002),

91–121.

[10] , Limits of Hodge structures in several variables, II, arXiv:1506.02271, June

2015.

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[11] T. Fujisawa and C. Nakayama, Mixed Hodge Structures on Log Deformations, Rend.

Sem. Mat. Univ. Padova 110 (2003), 221–268.

[12] M. Green and P. Griffiths, Deformation theory and limiting mixed Hodge structures,

arXiv:1405.7234, May 2014.

[13] P. Griffiths and W. Schmid, Recent developments in Hodge theory: A discussion

of techniques and results, Discrete subgroups of Lie Groups and Applications to

Moduli, Oxford Univ. Press, 1975, pp. 31–127.

[14] M. Kashiwara and T. Kawai, The Poincare lemma for variations of polarized Hodge

structures, Publ. RIMS 23 (1987), 345–407.

[15] N. Katz, An overview of Deligne’s work on Hilbert’s twenty-first problem, Proceed-

ings of Symposia in Pure Mathematics, vol. 28, AMS, 1976, pp. 537–557.

[16] W. Schmid, Variation of Hodge structure: the singularities of the period mapping,

Invent. Math. 22 (1973), 211–319.

[17] J. Steenbrink, Limits of Hodge Structures, Invent. Math. 31 (1976), 229–257.

[18] S. Usui, Recovery of vanishing cycles by log geometry: Case of several variables, Com-

mutative algebra, algebraic geometry, and computational methods (David Eisenbud,

ed.), Springer, 1993, pp. 135–143.

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複素2次元正規特異点の極大イデアルサイクルについて.

都丸正(群馬大学保健学研究科)

§ 1. はじめに (以下の解説では基本的に敬称は省略する)

(X, o) を複素正規 2次元特異点とし、π : (X, E) → (X, o) を良特異点解消とする。即

ち、E =r⋃

i=1

Ei を既約分解とするとき、r∑

i=1

Eiは完全交叉因子である。極大イデアルサ

イクルMEはE上のサイクルとして次で定義される。

ME := min(h π)E | h ∈ m、

ただし、m は特異点 (X, o)の局所環OX,o の極大イデアルとして、mの元 f について、

(f π)E =r∑

i=1

vEi(f π)Ei とする。ここで、vEi

(f π) は解析関数 f πのEi上での零点

の位数である。なお、極大イデアルサイクルMEは (X, o)の解析構造によって決まる。

次に、M. Artin [A] により定義された基本サイクル ZE を次で定義する。

ZE := minD =r∑

i=1

aiEi | ai > 0 and DEi 0 for any i.

基本サイクルは例外集合の各成分の自己交点数のみから算術的に決定される対象である。

なおかつ、Z2Eの値は特異点解消の取り方に独立であり、よって以下では、Z2

EはEを省

略して単にZ2(または、Z2X)と書く。なお、複素 2次元特異点の位相は特異点解消の例

外集合の双対グラフから決まり、Z2は双対グラフから決まることから、Z2は特異点の

位相不変量である。

極大イデアルサイクルと名付けたのは S.S.T.Yauであるが、このサイクルは自然なも

のであり、M. Artin [A] やP. Wagreich [Wag]にも実体としては出現している。これ以前

にも、du Valを始め複素 2次元特異点の先行研究はあり、誰が最初に考察の対象とした

かは、歴史的に検証しないとよく分からない(私は知らない)。

f ∈ mについて、(f π)X = (f π)E + R ∼ 0 となる。ここで、(f π)E は例

外集合上の部分からなるサイクルで、Rは例外集合に含まれない部分を表す。よって、

((f π)E + R)Ei = 0より、(f π)E ·Ei 0が任意のEiについて成り立つ。よって基本

サイクルの定義から、ME ZE が常に成り立つ。

M. Artin [A]は彼が定義した有理特異点について、ME = ZE が任意の特異点解消につ

いて成立することを証明している。しかし、H. Laufer [L2] は z2 = y(x4 + y6)で定義さ

れる超曲面特異点についてその最小特異点解消上でME > ZEとなることを示した。こ

の例については後でまた議論する。1

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本稿の目的は、ME = ZEの成立を問題にするとともに、極大イデアルサイクルMEの

性質について、知られていることを紹介し、泊昌孝氏との共同研究で得られた結果を紹

介させて頂くことである。

§ 2. 基本的な結果

(X, o) を複素正規 2次元特異点とし、π : (X, E) → (X, o) を良特異点解消とする。こ

のとき、E上のサイクルDについて、pa(X, o) := 1 +1

2(D2 + KXD)をサイクルDの算

術種数という。このとき、

幾何種数 pg(X, o) :=dim R1π∗OXo,

算術種数 pa(X, o) := maxpa(D) | D > 0 : cycle on E,基本種数 pf(X, o) := pa(ZE)

について、これらは特異点解消に独立に決まる。次のような関係が成り立つ。

pg(X, o) pa(X, o) pf (X, o)

Artinにより、

pg(X, o) = 0 ⇔ pa(X, o) = 0 ⇔ pf(X, o) = 0

が示され、彼はこれを満たす特異点を有理特異点と呼んだ。さらに、Wagreich は

pa(X, o) = 1 ⇔ pf(X, o) = 1

を示し、これをみたす特異点を楕円型特異点と呼んだ。

(注、これを弱楕円型特異点という人もいる。その場合は、pg(X, o) = 1 を満たす特異

点を楕円型特異点と呼んでいる。まだ、この辺は用語の整理が済んでいない。本稿では

pa(X, o) = pf(X, o) = 1なる (X, o)を楕円型特異点という。なお、x2 + y3 + x6n = 0は

pa(X, o) = pf(X, o) = 1なる特異点で、pg(X, o) = n である)。

定理 2.1(M. Artin [A])  (X, o)を有理特異点とする。

(i) ME = ZEが任意の特異点解消について成立。

(ii) (X, o)の重複度が−Z2と一致する。

一般に、MEと ZEの定義より、mOX ⊆ OX(−ME) ⊆ OX(−ZE)が言えるが、次の基

本的事実がWagreich によって証明された。

定理 2.2 ([Wag])  (X, o) を複素正規 2次元特異点とし、π : (X, E) → (X, o) を良特

異点解消とする。

(i) mult(X, o)(=重複度) −M2E −Z2.

2

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(ii) mOX が埋め込み点(後で説明)を持たないとき、mOX = OX(−ME)が成り

立つ。

(注)supp(OX(−ME)/mOX) の点を埋め込み点という。

(言葉)以下、本稿では最小特異点解消における極大イデアルサイクルと基本サイクル

を、それぞれM0と Z0とする。

楕円型特異点全体のなすクラスは広大で、楕円型特異点というだけでは、なかなか議

論が深まらない。そのような中、H. Lauferは次を定義した。

Zm.e := minD |E上のサイクルで pa(D) = 1 .

これを最小楕円型サイクルという。これについて彼は、美しく、かつ重要な次の有名な

結果を示した。

定理 2.3 ([L1]).  (X, o) を複素正規 2次元特異点とし、π : (X, E) → (X, o) を最小特

異点解消とするとき次は同値である。

(i) Zm.e = Z0.

(ii) 任意の既約成分Eiについて、Z0Ei = −KXEi.

(iii) pf(X, o) = 1であり、例外集合Eの真に小さい 1次元解析的部分集合を潰したも

のは有理特異点である.

(iv) pg(X, o) = 1であり,(X, o)はGorenstein特異点(つまり、その局所環はGorenstein

環).

上の定理の条件を満たす特異点を、Lauferは最小楕円型特異点と呼んだ。即ち、最小

楕円型特異点は楕円型特異点全体の中で、有理特異点に最も近い特異点と言える。さら

に彼はこれについて、次のような重要な結果を証明した。

定理 2.4 ([L1]).  (X, o) を最小楕円型特異点とし、π : (X, E) → (X, o) を最小良特異

点解消とするとき次が言える.

(i) M0 = Z0.

(ii) Z2 −2のとき、mOX = OX(−ZE).

(iii) mult(X, o) = max(2,−Z2E).

このとき (ii)より、 Z2 −2のときは、任意の特異点解消についてME = ZEがいえ

る。一方、Lauferは次の例を示した。

例 2.5 ([L2]). (X, o) = z2 = y(x4 + y6)とする。これは擬斉次超曲面特異点であり、その重み付き次数は (3, 2, 7; 14)である。即ち、xの次数は 3, yの次数は 2, zの次数は 7

と重み付けをしたときに、定義方程式は次数 14の擬斉次方程式となる。この擬斉次超曲

3

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面特異点の特異点解消の例外集合と、x, yが各々定義する因子は次のようになる。ここ

で、∗は例外集合に含まれない既約成分を表す。

-1

[1]

*

*

*

*

E0 E1 E2 C1C2

C3

C4

(x π)X = 3E0 + 2E1 + E2 + C2, (y π)X = 2E0 + 2E1 + 2E2 + 2C1,

(z π)X = 7E0 + 5E1 + 3E2 + C1 + C3 + C4,

これから極大イデアルサイクルMEは x + yが定義するサイクル 2E0 + 2E1 + E2として

得られることがわかる。一方、基本サイクルはE0 + E1 + E2であることが自明なので、

ME > ZEが分かる。ここで、注意すべきこととして、MEの中心曲線 E0 の係数 2を与

える yは被約ではないことである。また、この yを用いて、この特異点解消を埋め込む

退化族を [T5]の方法で構成すると種数 1の退化族となるが、特異ファイバーが(2×非

特異楕円曲線)のmultiple型のものであり、かなり特殊な特異点である。こうした特殊

なケースでME > ZEは起こるというふうに私は長年(後で述べる今野-長島の仕事まで)

思っていた。なお、念のために述べると、x + yは擬斉次ではなく、(x + y)の因子は次

のようになる。

-1

[1]

*2 2

1

1

極大イデアルサイクルMEと基本サイクルZEの一致に関して、初期の結果としてDixon

による 2重点(重複度 2の正規特異点)に関する次がある。なお、2重点は z2 = f(x, y)

なる形の超曲面特異点として書けることが知られている。

定理 2.6 ([D]).  (X, o)を 2重点 z2 = f(x, y)とするとき次が言える。

(i) C2の原点での f の位数が偶数のとき、ME = ZEが任意の特異点解消 (X, E)に

ついて言える。

(ii) f の原点での位数が奇数のとき、ME = ZEが最小良特異点解消で言える。

S.S.T.Yau [Y]は楕円型特異点に対して楕円系列(与えられた特異点の部分である楕円

型特異点の系列)なる概念を導入し、幾何種数は楕円系列の長さ以下であることを示し、

「幾何種数=楕円系列の長さ」が言えるときに最大楕円型特異点と呼び、これはGorenstein

特異点であることを証明した。Lauferの最小楕円型特異点は最大楕円型特異点の特別な

場合となる。これについて、泊昌孝 [TM]は次を示した。

定理 2.7 ([TM]). 最大楕円型特異点について、ME = ZE が最小良特異点解消で言

える。

4

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以下で、準備としてKodaira特異点の定義を与える。複素 2次元特異点と閉リーマン

面の退化族の関係に関する最初の結果は、V.Kulikov [Ku] の「V.I.Arnoldによる 14例外

型特異点は、K.Kodaira [Kod]の楕円曲線の退化族から得られる」という観察と、M.Reid

による”Lauferの最小楕円型特異点はK.Kodaira [Kod]の楕円曲線の退化族と関係する”

という結果に始まる。U.Karras [Ka]はこうしたことを受けて、Kodaira特異点の概念を

導入した。

定義 2.8 ([Ko]). Φ : S → Δを種数 gの閉リーマン面の退化族とする。即ち、Φは正

則写像で原点 0 以外のファイバーは種数 gの非特異代数曲線とする。S0は特異ファイ

バーであるが、この係数が 1の既約成分達の非特異点達をQ1, . . . , Qmとする。この点を

中心にブロー・アップを何回か繰り返す。これを σ : S → Sとするとき、S0の固有変換

を S の中で(H. Grauertの定理で)潰して得られる特異点、またはこれと解析同型な特

異点を(種数 gの)Kodaira特異点という。

例 2.9. 楕円曲線Eをとり、S := E × Δとして自明な退化族を考える。E × 0の中の1点Qをとり、Qで 1回ブロー・アップをして、上のように得られる特異点は単純

楕円型特異点で E8である。また、Qで2回ブロー・アップをすると E7が得られ、Qで

3回ブロー・アップをすると E6が得られる。

例 2.10. 特異ファイバーが下図左のようになる楕円曲線の退化族から下図右のよう

な操作で z2 + y3 + x7 = 0が得られる。

-1 -6

-3

-1 -7

-3

63

2

1

-1

(X, o) := z2 + y3 + x7 = 0

blowing-up

注 2.11. Kodaira特異点については、ME = ZE が定義から最小良特異点解消で言

えることがすぐ分かる。

[T3]において、Kodaira特異点について次の結果が示された。

定理 2.12. 超曲面正規特異点 (X, o) = zn = f(x, y)を考える。(i) fの位数ord(f)がnで割り切れるとき、(X, o)は種数

(n − 1)(ord(f )− 2)

2のKodaira

特異点となり、Z2 = −nとなる。

(ii)曲線特異点 (C, o) := f(x, y) = 0の埋め込み特異点解消を考え、この例外集合の上でのfの零点の最大位数をN0(f)とする。n N0(f)なら、(X, o)は種数

μ(f) − r(f) + 1)

2のKodaira特異点となり、Z2 = −r(f)となる。ただし、μ(f)と r(f)は、(C, o)のそれ

ぞれMilnor数と既約成分の個数である。5

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エピソード 2.13. 上の結果は私にとって思い出深い結果なので、これが得られたい

きさつを備忘録として自分用に書きます。

1995年の夏、カリフォルニア大学サンタクルス校で開かれた、「代数幾何学夏の学校」

のときの日曜日に石井志保子さんが「サンフランシスコの中華街に日帰りでお茶を買い

に行くけど、一緒に行きませんか。」と周囲の人に提案し、足利正さん、梅津裕美子さ

ん、私の3人がついて行きました。その行き帰りのバスで、足利さんと沢山話しました。

その中で、次の会話がありました。

足利 「退化族と特異点は似たようなことをしているのに、その関係を扱った話があ

りませんね。」

都丸 「Karrasとか StevensがやっているKodaira特異点という話がありますが。」

そして、Kodaira特異点につき説明をしました。しかし、その頃の私は、やっていた

数学 [2次元特異点のMacky対応] がうまく行かず、精神的に追い込まれていました。自

宅でそうした状態を見た家内から「これ以上研究で頑張っても、お給料が上がる訳じゃ

ないんだからノンビリしたら。」などいう、家庭経済の視点からの有り難い発言もあり、

根がそう勤勉でもない私は、バスの中で次のようなことを足利さんこぼしました。

都丸 「最近は年(44歳)なのか限界じゃないかと思うので、そろそろ数学研究か

らは足を洗おうかと思っています。」

足利 「そうですか。でも僕は今までやってきた数学は、これからやる数学の準備だ

と思っています。」

そんなことがあり、日本に帰ってきてしばらくした 10月の末に足利さんからプレプリ

ントが送られてきました。それは zn = f(x, y)の形の超曲面特異点についてのDurfee予

想の証明という重要な結果でした(因みに、今年、J.Kollar-A.Nemethiにより、Durfee

予想は一般の超曲面特異点の場合に証明されました)。私はその頃は、数学はサボって

いたので、そのプレプリントを一生懸命読みました。そして、それが読み終わった頃の、

12月始めに足利さんから「来年 2月に、多賀城でシンポジウムを開きます。そこで自分

の結果でなくてもいいので、Kodaira特異点の話の紹介をして下さい。」というメールを

頂き、Kodaira特異点に関するKarras達の論文を読み直して講演をさせて頂きました。

多賀城シンポジウムが終わって暫くして、

「上の足利さんの論文をみると、zn = f(x, y)は特異点解消のプロセスがとてもよく

分かる。これがいつKodaira特異点になるか考えると面白いかもしれない。」と思い、研

究を開始して得られたのが結果が定理 2.12です。

注 2.14.  f の位数が nで割り切れるとき、−Z2 = n=mult(X, o)(=重複度) なので、

Wagreich の結果(定理 2.2)よりmult(X, o) = −M20 = −Z2であり、任意の特異点解消

についてME = ZEとなる。よって、これはDixonの結果(定理 2.6 (i))を含む。

6

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なお、(X, o) = zn = f(x, y)のような超曲面特異点は (C2, o) 上 f(x, y) = 0を分岐因子とする n次の巡回被覆と考えることができ、そうした観点から、上の (ii) は任意

の特異点の n次の巡回被覆への結果として [T5]において拡張されている。

§ 3. 極大イデアルサイクル.

Wagreichの結果 (定理 2.2)より、次の不等式がいえる。

mult(X, o) −M2E −Z2

E .

このとき、−Z2E(= −Z2) は特異点の位相不変量である。また、重複度mult(X, o)は解

析不変量であり、Zariski以来特異点論の最も重要な不変量である。しかるに、−M2E は

この間にあって、特異点解消の取り方にも依存する存在である。よって、私はMEには”

フラフラ”した放蕩息子といったようなイメージを以前は抱いていた。しかし、このイ

メージは私の中でだいぶ変りつつあり、MEは”フラフラ”してるゆえに, 結構、孝行息

子なのではと思い始めている。このきっかけを与えてくれたのが次に述べる定理 3.1で

ある。MEとZEの一致に関する十分条件は種々あるが、特異点のあるクラスを限定して

おいて、この両者の一致の必要十分条件を与えた最初の結果として、Brieskorn型超曲面

特異点に対する次の今野-長嶋の結果がある

定理 3.1 ([KN]).  Brieskorn型超曲面特異点 (X, o) = za00 + za1

1 + za22 = 0を考え,

π : (X, E) → (X, o)を最小良特異点解消とする。ここで、a0 a1 a2を仮定しておく

とき次が言える。

(i). ME = (z2 π)E。

(ii). M0 = Z0 ⇔ gcd(a0, a1)

gcd(a0, a1, a2) a2

gcd(a2, lcm(a0, a1)).

(iii). ME = ZE が任意の特異点解消で成立することの必要十分条件は (ii)の右辺に加

えて、1 <a1

a2

+gcd(a0, a1)

a0

.

(iv). (X, o) がKodaira特異点である必要十分条件は lcm(a0, a1) a0.

この結果を知るまで、私はBrieskorn型超曲面特異点のように整った定義式を持つ特異

点でM0 > Z0が起こるとは思わなかった(というより、そうした問題自体をマジメに考

えたことがなかった)。また、これまでBrieskorn型超曲面特異点はいろいろと扱ってき

たが、どれも a0, a1, a2がそう大きくないものばかりであっために、いつもでM0 = Z0で

あったので、漠然といつもM0 = Z0と思い込んでいたのではないかと思う。いずれにし

ても、これは2次元複素特異点を長年やってきた者として不明と言うべきであろう。た

だ、言い訳めくが、定理 3.1の証明のキーが、巡回商特異点の藤木解消法を用いて私が

示した巡回商特異点の巡回被覆の計算法であったのを、せめてもの慰めとしている。

M0 > Z0が起こるのは a0, a1, a2がある程度大きい場合である。一つ例を述べる。7

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例 3.2.  (X, o) = x6 + y10 + z15 = 0とする。これは計算で、次のようになることが容易に分かる。

-1

[11]

*

*

21

1

-1

[11]

1

M0 = (z π)E : Z0 :> .

この場合を考察する。この場合の理由は単純で、Lを中心曲線E0の conormal bundle と

するとき次数は 1であり、H0(E0,OE0(L)) = 0であり、かつ H0(E0,OE0(2L)) = 0であ

ることが理由である。

例3.3. 実は、私は昔、[T2]で次の計算をしていた。まず、(Xn, o) := x6+y10+zn = 0とする。ここで、f := x6 + y10とすると、N0(f) = lcm(6, 10) = 30であるが、N0(f) =

30 nの場合に特異点系列 Xnを考え、この各々の基本種数 pf(Xn, o)(基本サイクル

の算術種数)を求めたところ、次の表が得られた。

n

pf(Xn, o) 18

15 16 17

20 20

11 n 14 · · ·· · ·11

幾何種数 pg(Xn, o)や特異点の算術種数 pa(Xn, o)は、nの増大に関して単調増加をする。

しかし、pf(Xn, o)ではそうならないのである。奇妙な気がしたが、そのままにしてしまっ

た。このときの計算はOrlik-Wagreichの特異点解消の例外集合の計算法と泊の公式だけ

から計算し、極大イデアルサイクルをきちんと把握しなかったのが見落とした理由であっ

た。なお、このとき極大イデアルサイクルの算術種数 pa(M0) = 20であり、pf(Xn, o)よ

り pa(M0)で考えておくのが自然なことが分かる。

特異点につき上のような系列を考える意味について一言触れておく。一般に、特異点

を分類する際に、解析的分類以前に位相的分類でも細かすぎる。例えば、x2 +y2 +zn = 0

を考えると、nが異なるとこの特異点は全て位相的に異なる。そうした意味で、上のよ

うな特異点の系列を考えることは分類上意味がある。こうしたことを最初に行ったのは、

S.S.T.Yau による楕円系列の考えであり、私「T1]もこれを一般化してYau系列を定義し

た。また、こうした方向のすぐれた結果として今野一宏 [Kon]による優れた仕事がある。

次の例で、極大イデアルの特異点解消空間への引き上げに生じる「埋め込み点」の説

明をしておく。

例 3.4. (X, o) := x3 + y4 + z12 = 0とする。この特異点の最小特異点解消の例外集合は種数 3で自己交点数-1の既約曲線E0一本である。また、この特異点はE0 上にある

Weierstrass点Qでその半群が 3,4で生成されるものがあり、直線束 [−Q]の零切断を潰

して得られることが、尾野-渡邊 [OnW]により知られている。

8

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上の定義式は (4, 3, 1; 12)の擬斉次多項式である。この極大イデアルサイクルを与える

のは zである。特異点解消空間(とそのブロー・アップ)上で、zの作る因子を書いて

みる。

-1

[3]

*

E0 C

P1

-2

[3]

*

C

P2

-1

σ1

-2

[3]

*

C

P3

-1

σ2E0 E1 E0 E2 E3

X0 X1 X2

.

上で、X0は最小特異点解消空間で、σiは Piを中心とするブロー・アップである。この

とき、(z π)X0= E0 + C0となる。いま、M0, M1, M2を、それぞれ, X0, X1, X2 の極大

イデアルサイクルとすると、M20 = −1, M2

1 = −2, M22 = −3 となることが分かる。しか

し、P3でブロー・アップしても、その特異点解消空間 X3で極大イデアルサイクルの 2

乗は-4とはならない。何故なら、

-1

[3]

*C2 E0

*C3

*C4

.

上の図で、(y π)X0= 3E0 + C2 + C3 + C4となるから、P1, P2, P3でブロー・アップし

ていっても、その例外集合上での yの位数は 3で変化ないのが理由である。

最小特異点解消空間X0で、極大イデアルの引き戻し I := π∗(m)を P1の近傍で考え

たとき、OX0,P1= Cu0, v0 において、I は (u0v0, v

30)となり単項生成でない。同様に、

OX1,P1= Cu1, v1 で、I1 := (π σ1)

∗(m) = mOX1= (u1v

21, v

31)となり単項生成でなく、

I1 = (v21)m1 となる。ただし、m1 = (u1, v1). だから、V (I1)は次のようになる。

V (I1) = V (m)

V (v21)

*

上のような状況になるとき、P1, P2は埋め込み点 (embedded point) と呼ばれる。

一般に、特異点 (X, o)について、特異点解消空間X0上での点P について、mOXの埋

め込み点であることは、P が線形系 |OX(−ME)|の base pointであることと同じである

ことはすぐ分かる。

§ 4. 複素 2次元C∗-特異点論の準備.

次にC∗-作用をもつ 2次元特異点について必要な準備をしておく。一般次元で、擬斉次

多項式で生成されるイデアルで定義される特異点はC∗-作用をもつ。逆に、こうした特異

点は擬斉次多項式で生成されることが、Orlik-Wagreich[OW]で示されている。Brieskorn

型多項式 za00 + · · ·+ za0

0 も擬斉次多項式である。C∗-特異点は特異点の中では極めて特殊9

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なものとも言えるが、その構造は他に比べ深く研究されている。そうした中でも、2次

元の場合はその解析構造の決定要因が何であるかも分かるなど徹底的に研究されている。

以下、本稿で必要な準備をしておく。

定理 4.1. C∗-作用を持つ特異点のC∗-同変特異点解消の例外集合は以下のような星形

になる。

-b1,1 -b1,1· · ·

-b

-bs,1 -bs,s· · ·

· · ·· · · · · ·

· · ·· · ·

E0

E1,1 E1,1

Es,1 Es,s· · ·

,

· · ·

[g]

(3.1)

ここで、E0は中心曲線と呼ばれる。また、i⋃

j=1

Ei,j は P1-枝ということにする。

定義 4.2 ([OW], [P] and [T4]).  C∗-特異点に対して,次の性質をもつ特異点解消 π :

(X, E) → (X, o) をC∗-同変最小良特異点解消と呼ぶ。

(i) Eは (3.1)のような星形グラフとなる。

(ii) X 上の C∗-作用は中心曲線E0上で自明である。

(iii) 各 P1-枝i⋃

j=1

Ei,j は (−1)-曲線を含まない。

注 4.3. 非特異点(非特異点は特異点の一種であると思うことにする)や巡回商特異

点以外では、C∗-同変特異点解消は最小良特異点解消を与える。しかし、非特異点や巡回

商特異点では、C∗-同変特異点解消は最小良特異点解消を与えるとは限らない。例えば、

(C2, o)に t · (a, b) := (t2a, t3b)と定義して、C∗-作用付きの特異点と見る。最小良特異点

解消は (C2, o)自身である。しかし、このときのC∗-同変特異点解消は (C2, o)自身ではな

い。これを計算してみる。(a, b) ∈ C2を固定しておく。このとき、軌道 C∗(a, b)を Ca,b

は、a = 0, b = 0 のとき次のようになる。

Ca,b = C∗ · (a, b) = (t2a, t3b) ∈ C2 | t ∈ C∗

= (x, y) ∈ C2 | (x

a)3 = (

y

b)2 = (x, y) ∈ C2 | x3 = (

a3

b2)y2 ⊂ (C2, o).

10

56

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-1

-2

-1

-3

-1

-2

上図をみて、3回のブロー・アップを経て、例外集合に含まれる軌道以外は全て、中心

曲線に直交することが見て取れる。よって、上のC∗-作用付き (C2, o)の、C∗-同変特異点

解消の例外集合は次のようになる。

Γ-3 -1 .

複素 2次元C∗-特異点の解析構造は、中心曲線E0の解析構造とその正規束の解析構造、

それから Ei,1  (i = 1, · · · , s) と E0の交点 P1, · · · , Ps のモジュライで決定されること

が、藤木明 [F]により示され、H. Pinkhamは (X, o)のアフィン次数付き環を次のように

書いた。これはDemazureにより高次元に一般化され、有限生成の正規次数付き環は全

て同様な表示をもつことが示された。これを用いて、渡辺敬一 [Wat]は有限生成の正規

次数付き環を深く研究した。

定理 4.4 ([P]). つぎのような因子D(k)を考える。

D(k) = kH −s∑

j=1

ejk

djPj

これを用いて、特異点 (X, o)の次数付き環は次のように書ける。

RX∼=

∞⊕

k=0

H0(Eo,OEo(D(k)))tk,

これを (X, o)の Pinkham-Demazure構成という。

定理 4.5.(泊 [T1]) EをC∗-同変特異点解消の例外集合とするとき次が言える。

CoeffE0 ZE = mink | deg(D(k)) 0.

エピソード 4.6. 上の定理 4.5は泊さんの結果だが都丸の論文に出ている。その理由

は、昔、都丸がある命題の証明に必要となったときに、定理 4.5 の公式はまだ論文になっ

ておらず、「当分、それが入った論文を書く予定もないので都丸さんの論文の中に書いて

いいですよ。」という、泊さんのご好意と了解のもと、都丸が自分の論文に載せ上のよう

なことになりました。この話をしたのが、私が 40歳の誕生日のときで、京都で渡辺敬一

先生と泊さんと一緒に食事をしたときだったのでよく憶えています。11

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定義 4.7. 最小良特異点解消の例外集合が (3.1)のような星形となる特異点を星形特

異点という。よって、2次元C∗-特異点は星形特異点である。このときに、次のような数

α0(X, o) を定義する。

α0(X, o) := lcm(α1, · · · , αs).

§ 5. 複素 2次元C∗-特異点の極大イデアルサイクル.

これから、C∗-特異点の極大イデアルサイクルに関する泊昌孝との共同研究の成果につ

いて述べる。Brieskorn超曲面特異点もC∗-特異点なので、この節の結果の出発点であっ

たことに注意しておく。

Brieskorn完全交叉特異点とは次の定義イデアルをもつ特異点をいう。

za33 = p3z

a11 + q3z

a22 , · · · , zam

m = pmza11 + qmza2

2 in (Cm, o),

ただし piqj = pjqi for i = j.

W. Neumann, J. Wahl, A. Nemethi, 奥間智弘などによる貢献で、2次元特異点論で近年

大きく発展している重要なテーマに、スプライス商特異点論がある。この出発点として、

Neumannによる「Q-rational sphere link をもつC∗-特異点の普遍アーベル被覆特異点は

Brieskorn完全交叉である」という結果があり、Brieskorn完全交叉特異点は特殊なもの

ではあるが 2次元特異点論で重要な位置を占めるクラスといえる。

Meng-奥間は今野-長島の結果をBrieskorn完全交叉特異点の場合に鮮やかに一般化した。

定理 5.1 (F.N.Meng-奥間 [MO]). (X, o)を上のような Brieskorn完全交叉特異点と

し、a0 a1 · · · am とするとき次がいえる。

(i) ME = (zm π)E .

(ii) M0 = Z0 ⇔ mini.deg.(RX) α0(X, o).

[MO]では今野-長島・定理 3.1に相当する結果が、全て拡張されているがここでは省略

した。以下では、今野-長島、Meng-奥間の結果を一般のC∗-特異点で考えるという、泊

昌孝と著者の共同研究について述べる。

定義 5.2. (X, o)をC∗-特異点とし、π : (X, E) → (X, o) をC∗-同変最小良特異点解消

とする。このとき次の 3条件を考える。

(1) ME = ZE, (2) CoeffE0 ME = CoeffE0 ZE, (3) min.deg. of RX α0(X, o).

「Brieskorn完全交叉特異点について上の 3条件は全て同値である」ことがMeng-奥間

の主結果である。これは、一般の 2次元C∗-特異点で考えてみる。[(1) ⇒ (2)] は明らかに

成立するが、[(2) ⇒ (3)]も泊の公式(定理 4.5)より明らかに成立する。これは、min.deg.

of RX = CoeffE0 ME = CoeffE0 ZE = α0(X, o) から明らかである。しかし一般に、こ12

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れらの逆は成立しない。[(3) ⇒ (2)] が成立しない例として、z2 = y(x4 + y6) を考えれ

ば、min.deg. of RX = 2 < α0(X, o) = 3 であるからこれは反例である。

次に、[(2) ⇒ (1)] の反例を与える。(X, o)を巡回商特異点 C10,3 := C2/〈(e10, e310)〉 と

する。(en :=exp(2π√−1/n))。このとき、t · (x, y) := (tx, ty)なるC∗-作用を考えると、

そのC∗-同変特異点解消 σ : (X, E) → (X, o) := (C2, 0) の例外集合は次のようになる。

-1-3 -5

* *C1 C16

E0E1E2 E3

.

· · ·

ここで、RX の同次元で次のような因子をもつ hを考える。

(h σ)E = 40E0 + 16E1 + 8E2 + 8E3 +16∑

i=1

Ci.

ここで、(Y, o)を (X, o)の z3 = hで定義される巡回被覆とする。このとき、(Y, o)の最

小特異点解消の例外集合は次のようになる。

-3

F0F1,1

-12

F1,2F1,3F1,4 F2,1 F2,2

· · ·

F3,1

F3,2

F18,1

F18,2

.

このとき、極大イデアルサイクルと基本サイクルはMF = 6F0 + 5F1,1 + 4F1,2 + 3F1,3 +

2F1,4 + 3F2,1 + 3F2,2 +18∑

i=3

(4Fi,1 + 2Fi,2) で、ZF = MF − F2,2 となり、M0 > Z0となる。

以下において、泊昌孝との共同研究の結果 ([TT])の、主要なところを述べる。(X, o)

を正規 2次元C∗-特異点とし、π : (X, E) → (X, o)を最小良特異点解消とする。このとき

次がいえる。

定理 5.3. f をRX の同次な被約元で (f π) = ME なるものとすると次がいえる。

ME = ZE ⇔ CoeffE0 ME = CoeffE0 ZE .

証明の細部については論文 [T1]を見て頂きたいが、fが同次かつ被約という条件から、

そのME (:= (f π)E) の形が制限され、ME と ZE について、中心曲線 E0での係数の

一致から、サイクル全体の一致(ME = ZE)がいえるという訳である。定理 5.1(1)から

Brieskorn完全交叉特異点はこの条件を満たすことが分かる。

以下では、(X, o)を正規 2次元C∗-特異点で、πX : (X, E) → (X, o) をC∗-同変特異点

解消とする。さらに、h1, · · · , hmをRX の同次な被約元とする。さらに、di := deg(hi)

(次数)とする。これは、CoeffE0(hi πX)E と一致する。

13

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(Y, o)を (X, o)のKummer被覆(特異点)とする。これを説明する。IX を (X, o) ⊂ CN

の定義イデアルとする(IX ⊂ C[z1, · · · , zN ])。IY ⊂ C[z1, · · · , zN+m] を IX と zN+1 −h1, · · · , zN+m − hm で生成されるイデアルとするとき、IY でCN+m内に定義される特異

点を、(X, o)上 zN+1 = h1, · · · , zN+m = hmで定義されるKummer被覆(特異点)とい

う。ここで、π : (X, E) → (X, o)を最小C∗-同変特異点解消とし、各 iについて、(hi π)X

の非例外集合部分をCiとするとき、Ci ∩Cj = (i = j)を仮定すると、泊-渡辺 [TW]より

(Y, o)は正規となる。

注 5.4. ここで、Brieskorn完全交叉特異点は、(X, o)を (C2, 0) とするとき、Kummer

被覆の特殊なものとしてとらえることができることに注意しておく。さらに、

h3 := p3za11 + q3z

a22 , · · · , hm := pmza1

1 + qmza22

とする。条件「Ci ∩ Cj = (i = j)」は「piqj = pjqi for i = j」より満たす。ここで、

αi :=ai

gcd(a1, a2)(i = 1, 2) とすると、C∗のC2への作用を、t · (x, y) := (tα1x, tα2y) と

したとき、各 hiは次数 d3 = · · · = dm = lcm(a1, a2) の擬斉次多項式である。このとき、

このC∗-作用をもつC2の、最小C∗-同変特異点解消は次の例外集合部分をもつ。

...

...

· · ·gcd(a1, a2)本

E0

このとき、a1 a2の仮定と Noethorの公式 ([BK])とから、CoeffE0 ME = a1となる。

a1am lcm(a1, a2) = dm より、

am · CoeffE0 ME dm

が得られることに注意しておく。

以下で、Meng-奥間の定理 5.1を以下の定理 5.5のように、部分的に一般化しておく。

定理 5.1(ii)のような結果がKummer被覆の場合に言えるかは、(Y, o)の特異点解消をしっ

かりと計算することが必要であり、現在、途中まで進行し中断中であるが、とりあえず

1次の結果までが証明された。

定理 5.5. CoeffE0 ME dm

am

とすると次がいえる。

(i) MF = (zm πY )F .

(ii) MF = ZF ⇔ CoeffE0 MF = CoeffE0 ZF .

14

60

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注5.6. 定理 5.5と泊の公式(定理 4.5)を使うと、Brieskorn完全交叉の場合の、Meng-

奥間の主結果である「M0 = Z0 ⇔ mini.deg.(X, o) α0(X, o)」がいえる。これは論文

[TT]を参照頂きたい。

§ 6. 最近やっていること、これからやりたいこと.

”極大イデアルサイクルと極大イデアルの最小特異点解消空間への引き上げを考える

ことで、Pencil種数の数学を前進させたい”

複素 2次元特異点と曲線(閉リーマン面)の退化族の関係を考えるとき、次の結果は

基本的なものである。

定理 6.1 ([T5], 2.4). (X, o)を複素2次元正規特異点としh ∈ mX,oとする。π : (X, E) →(X, o) を良特異点解消で red((h π)X)が Xでの単純正規交叉因子とする。このとき、曲

線(閉リーマン面)の擬退化族の Φ: S → Δ で Φ|X = h π を満たし、supp(So)\E の任意の成分が、Eから発している極小なP1-鎖 (i. e. , Hirzebrurch-Jung strings) であるも

のが存在する。さらに、hが完全巾元でないとする(つまり、mX,oの他の元 gについて、

h = gk とはならない)とき、上のΦ: S → Δは、h πを拡張した曲線の退化族となる。

なお、擬退化族とは通常の退化族の定義とほぼ同じであるが、ファイバーが連結という

仮定を落としたもののことである。

”即ち、全ての複素 2次元正規特異点は曲線の退化族の特異ファイバーの一部を潰して

得られ、逆に、全ての曲線の退化族は複素 2次元正規特異点の特異点解消から作られる。”

定義 6.2. 定理 6.1を踏まえ、次の定義を与える。

pe(X, o) := ming | (X, E) ⊂ (S, supp(S0))なる退化族Φ: S → Δの種数 を (X, o)のペンシル種数という。これは (X, o)の解析不変量であり、pf (X, o) pe(X, o)

がいえる。

現在の問題意識として、zn = f(x, y) (n ∈ N) なる特異点の系列を考えるとき、

N0(f) nならばこの特異点はKodaira特異点となる。しかし、n < N0(f)の場合は、非

Kodaira特異点らしいがあまり、よく調べられていない。

例えば、lcm(6, 10) = 30 nならば、Kodaira特異点でZ20 = −2だが、10 n 29の

ときはよく調べられていない。ちなみに、n = 15のときは今野-長嶋の結果より、M0 > Z0

なのであった。

こうした、極大イデアル(サイクル)に関係した議論をするための、特異点の性質と

して次のような定義を与える。

15

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定義 6.3. Wagreich (定理 2.2)よりmult(X, o) −M20 −Z2 であった。この

とき、次の4通りの組み合わせを考える。

i. e. , mult(X, o) = −M20

−M20 = −Z2 −M2

0 > −Z2

I型 II型

III型 IV型

π∗m is locally principal

π∗m is not locally principal

i. e. , mult(X, o) > −M20

i. e. , M0 = Z0 i. e. , M0 > Z0

任意の正規複素 2次元特異点は I ~IV 型のいずれかになる。例えば、

* 有理特異点は全て I 型である。

* Z2 −2なる最小楕円型特異点は全て I 型である。

* Z2 = −1なる最小楕円型特異点は全て III である。

* zn = f(x, y)なる正規超曲面特異点は、n | ord(f) なら I型である。

* z2 = y(x4 + y6)なる正規超曲面特異点は II 型である。

* z15 = x6 + y10(例 3.2) なる正規超曲面特異点は IV 型である。

最近、泊昌孝により次の結果が証明された。Kodaira特異点を環論的にとらえる素晴

らしい結果と思う。

定理 6.4.(日本数学会 2015秋期学会・代数学アブストラクト)正規複素 2次元特異

点 (X, o)について次は同値。

(1)∞⊕

k=0

mk/mk+1は被約。

(2) (X, o) は I 型のKodaira特異点。

上記、泊の結果に関連し次の問題が考えられる。

問題 6.5. Kodaira特異点については常にM0 = Z0であるので、I型か III 型のいず

れかになる。では、III 型のKodaira特異点の環論的特徴付けはあるか?

問題 6.6.  zn = f(x, y)  (n ∈ N) なる特異点の系列を考えたとき、I ~IV 型はどう

変化するか?

例 6.7. 上の、問題 6.6は結構面白い問題と考えている。例えば、f(x, y) = x6 + y10

の場合を考えると、次のような結果となる。16

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(1) 10 n 14 のとき:

mult(Xn, o) = −Z2 = 6 の I 型で、pe(Xn, o) = 22 > pa(Mo) = pf (Xn, 0) = 18.

(2) n = 15 のとき:

mult(Xn, o) = 6 > −M20 = 4 > −Z2 = 1 の I 型で、

pe(Xn, o) = 22 > pa(Mo) = 20, pf (Xn, 0) = 12.

(3) 16 n 29 のとき:

mult(Xn, o) = −M20 = 6 の III型で、pe(Xn, o) = 22 > pa(Mo) = pf (Xn, 0) = 20.

(4) 30 n のとき:

mult(Xn, o) = 6 > −M20 = 2 の III 型で、

pe(Xn, o) = pa(Mo) = pf(Xn, 0) = 22 のKodaira特異点。

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([email protected], 2015.11.08)

18

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有限位数の巡回同型を持つファイバー曲面のスロープについて

大阪大学大学院理学研究科 榎園 誠

はじめにf : S → Bが種数 gのファイバー曲面であるとは,非特異な複素射影曲面 Sから非特異な複素射影曲線Bへの全射正則写像であって,一般ファイバーは種数 gの非特異射影曲線であるものである.ファイバー曲面の数値的な不変量として,次のようなものがある:

χf := χ(OS)− (g − 1)(b− 1),

K2f = K2

S − 8(g − 1)(b− 1),

ef := e(S)− 4(g − 1)(b− 1).

ここで,Kf := KS − f ∗KB は相対標準因子である.これらの不変量に関して,次のことが知られている.但し,f は相対極小で g ≥ 2とする.

• (Noether) 12χf = K2f + ef .

• (Arakelov) Kf はネフである.

• (上野) χf ≥ 0であり,χf = 0であることと f は局所自明,つまり正則ファイバー束であることは同値.

• (Segre) ef ≥ 0であり,ef = 0であることと f のファイバーは全て非特異であることは同値.

本稿では断らない限り f : S → Bは局所自明でない相対極小な種数 g ≥ 2のファイバー曲面であるとする.このとき上野の定理よりχf > 0なので,二つの不変量の比λf := K2

f/χfが定義できる.これをファイバー曲面 fのスロープという.スロープの上限はNoetherの公式により 12である.λf = 12のファイバー曲面 fは発見者の名前を冠し小平ファイバー曲面と呼ばれ,Segreの定理より f のファイバーは全て非特異である.よく知られている具体例は,2つの種数 2以上の曲線の直積の巡回分岐被覆を取って得られるファイバー曲面である.スロープの下限については,次の不等式が知られている.

• (スロープ不等式 [7]) λf ≥ 4− 4

g.

1

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等号が成立するときは超楕円曲線を一般ファイバーに持つ場合に限り,非超楕円的な場合にはこの不等式は sharpではない.2008年に Cornalbaと Stoppinoは,種数 hのファイバー曲面の 2重被覆により得られる種数 gのファイバー曲面に関するスロープの sharpな下限を gと hを用いて求めた [2].草津の講演では,このファイバー曲面のある種の一般化で小平ファイバー曲面の具体例を含む primitive cyclic covering fibrationというクラスを考え,そのスロープの下限やスロープ等式,スロープの上限の問題について話させていただいた.本稿では,それらの証明の概略について書かせていただく.

1 primitive cyclic covering fibrations

primitive cyclic covering fibrationの定義の前に,非特異な射影曲面上の有限位数の自己同型に関する準備をする.次の補題の証明は簡単なので省略する.

補題 1.1 n = 3を 2以上の整数とし,a, bを gcd(a, b, n) = 1なる整数とする.このとき,a+ 2b ∈ nZまたは 2a+ b ∈ nZが成立する.

n = 3のときは例えば a = b = 1とすれば成り立たないことに注意する.X を非特異な射影曲面とし,σ ∈ Aut(X)を位数 nの正則自己同型とする.Fix(σ)で

σ の固定点全体を表す.x ∈ Fix(σ)を任意にとる.xのまわりの局所座標 (U ; z1, z2)をx = (0, 0)であり,σの xでのヤコビ行列は

(Jσ)x =

(ζk1 0

0 ζk2

).

となるようにとれる.ここで,ζ = exp(2π√−1/n)であり k1, k2は 0 ≤ k1 ≤ k2 ≤ n− 1,

gcd(k1, k2, n)をみたす整数である.この k1, k2は局所座標の取り方に依らない.このときxを (k1, k2)型の固定点と呼ぶ.k1 = 0のとき xは σの 1次元固定部分の点であり,k1 > 0

のとき xは σの孤立固定点である.ρ1 : X1 → Xを (k1, k2)型の固定点 xでの blow-upとし,E = ρ−1

1 (x)をその例外曲線とする.σの固定点での blow-upなので,σはX1上の位数 nの自己同型 σ1を誘導する.このとき,k1 = k2ならばE ⊂ Fix(σ1)となり,k1 = k2ならばE上に丁度 2つの σ1の固定点が現れ,それぞれ (k1, k2 − k1), (k1 − k2, k2)型である.一つの (k1, k2)型の孤立固定点から出発して,blow-upを繰り返して孤立固定点を無くすことを考える.k1 = k2のときは 1回の blow-upで孤立固定点を無くすことができたが,k1 = k2のときは例外曲線上に新たに 2つの孤立固定点が生じる.a = k1, b = −k2として,補題 1.1を繰り返し用いることにより,後で用いる次の補題を得る.

補題 1.2 Xを位数 nの自己同型 σを持つ非特異な射影曲面とする.もしある双有理正則写像 ρ : X → Xがあり,σにより誘導される X上の位数nの自己同型 σは孤立固定点を持たないならば,n = 3であるか,またはσの任意の孤立固定点は (k, k)型(1 ≤ ∃k ≤ n−1)である.

2

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n = 3のとき,(1, 2)型の孤立固定点を blow-upすると例外曲線上に (1, 1)型,(2, 2)型の孤立固定点が現れ,それらの点で blow-upすると,孤立固定点を無くすことができることに注意しておく.

定義 1.3 種数 gのファイバー曲面 f : S → Bが (g, h, n)型のprimitive cyclic covering

fibrationであるとは,相対極小とは限らない種数 h ≥ 0のファイバー曲面 φ : W → B

と n次の巡回分岐被覆 θ : S → W があって,f が f := φ θの相対極小モデルであることとする.ここで,θの分岐因子 Rは非特異で,∃L ∈ Pic(W ) s.t. R ∈ |nL|, S =

SpecW(⊕n−1

i=0 OW (−iL))と仮定する.

注意 1.4 (1) θ : S → W を一般ファイバーに制限した曲線の間の n次巡回被覆の分岐点の個数を rとすると,これは nの倍数であり,Hurwitzの公式より次を満たす:

r =2(g − 1− n(h− 1))

n− 1.

(2) 種数 gの超楕円ファイバー曲面は (g, 0, 2)型の primitive cyclic covering fibrationであり,逆も自明に正しい.

(3) 小平ファイバー曲面の具体例(小平 [5],Kas [4])は,種数が 2以上である 2曲線の直積の巡回分岐被覆であり,primitive cyclic covering fibrationである.

φ : W → Bを φの相対極小モデル(の一つ)とする.点 p ∈ Bに対し,Fp, Fp, Γp, Γpをそれぞれ f , f , φ, φの p上のファイバーとする.自然な双有理射 ψ : W → W を blow-up

の列で表す:W =WN

ψN−−→ WN−1 −→ · · ·ψ2−→W1

ψ1−→ W0 = W.

ここで,各ψi : Wi → Wi−1は点 xi ∈ Wi−1を中心とする blow-upである.RN = Rとおき,i = 0, . . . , N − 1に対しRi = (ψi+1 · · · ψ1)∗Rと定める.R = R0とおく.i = 1, . . . , N

に対し,Ei = ψ−1i (xi), mi = multxi(Ri−1)とおく.

補題 1.5 i = 1, . . . , N に対し,次が成立する.

(1) mi ∈ nZまたはmi ∈ nZ+ 1が成立.さらに,mi ∈ nZであることとEi ⊂ Riであることは同値.

(2) Ri = ψ∗iRi−1 − n

[mi

n

]Eiが成立.ここで,[t]は tを超えない最大の整数.

(3) ある δi ∈ Pic(Wi)が存在し,Ri ∼ nδi, δN = δを満たす.

証明 R = RN は被約なので,各 Riもそうである.Pic(WN) = ψ∗NPic(WN−1)

⊕Z[EN ]

であるので,ある δN−1 ∈ Pic(WN−1)と dN ∈ Zがあり,δN = ψ∗NδN−1 − dNEN が成立す

る.帰納的に,δi−1 ∈ Pic(Wi−1)と di ∈ Zで δi = ψ∗i δi−1 − diEiを満たすものがとれる.

R = RN ∼ nδ = ψ∗N(nδN−1)− ndNEN とRN−1 = (ψN)∗RN から,RN−1 ∼ nδN−1が従う.

ここで∼は線形同値という意味である.帰納的に,Ri ∼ nδiを得る.Ei ⊂ RiならばRi

はRi−1の固有変換であり,mi = RiEi = ndiを得る.Ei ⊂ RiならばRi − EiはRi−1の固有変換であり,mi = (Ri −Ei)Ei = ndi + 1を得る.どちらの場合でも,di = [mi/n]である. 2

3

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θ : S → W の被覆変換群Aut(S/W ) ≃ Znの生成元を σ : S∼−→ Sとする.Fix(σ)を σの固

定点全体とすると,θ(Fix(σ)) = Rである.ρ : S → Sを自然な双有理射とする.もし ρによって縮約される (−1)曲線Eで,Fix(σ)に含まれないものがあれば,L := θ(E)はRと交わらない (−1)曲線で,θ∗LはEを含む n本の非交和な (−1)曲線であることが分かる.これらを縮約することにより,最初から fに関し垂直な S上の (−1)曲線は全てFix(σ)に含まれるとしてよい.このとき,σは Sの位数 nの自己同型 σを誘導することが分かる.さらに,次のことが示せる.

補題 1.6 ρ : S → Sは σの全ての孤立固定点を中心とする blow-upである.

証明 σの孤立固定点は全て (k, k)型であり,ρは1次元固定部分の点を中心とするblow-up

を含まないことをいえばよい.補題 1.2より,n = 3のとき σは (1, 2)型の孤立固定点を持たないことをいえばよい.σの (1, 2)型の孤立固定点xが存在すると仮定する.ρ1 : S1 → S

を xを中心とする blow-upとし,σ1を σから誘導される S1上の自己同型とする.ρ−11 (x)

上にある (1, 1)型の孤立固定点を x1,(2, 2)型の孤立固定点を x2とおく.x1, x2を中心とする blow-upで Sとなるとしてよい.E, E1, E2をそれぞれ ρ−1

1 (x)の固有変換,x1, x2に対応する例外曲線とする.Eは (−3)曲線で Fix(σ)に含まれず,E1, E2は Fix(σ)に含まれる (−1)曲線である.L, L1, L2をそれぞれE, E1, E2の θでの像とする.すると,LはRに含まれない (−1)曲線であり,L1, L2は Rに含まれる (−3)曲線である.3次の巡回被覆である θE : E → Lは 2点で分岐しているので,R ∩ Lは 2つの点 L1 ∩ L, L2 ∩ Lからなる.Lは φに関し垂直なので,ψN : W = WN → WN−1は Lの blow-downとしてよい.するとL1とL2のWN−1での像は 1点で交わり,RN−1の重複度 2の特異点となる.n = 3

なのでこれは補題 1.5に矛盾する. 2

この補題から,θを通して一対一対応

ρにより縮約される曲線E 1:1↔ Rに含まれる φに関し垂直な (−n)曲線 L (1.1)

E 7→ L = θ(E)

があることに注意しておく.また各xiはRi−1の特異点となり,blow-upの列 ψ = ψ1 · · ·ψN は分岐跡Rの補題 1.5を満たす特異点解消という見方ができる.補題 1.5より,

Kφ = ψ∗Kφ +N∑i=1

Ei, (1.2)

δ = ψ∗δ −N∑i=1

[mi

n

]Ei, (1.3)

を得る.ここで,δ := δ0であり,EiはEiの全変換である.θ : S → W は R ∈ |nδ|に沿って分岐する n次の巡回被覆であるので,

KS = θ∗(KW + (n− 1)δ

)χ(OS) = nχ(OW ) +

1

2

n−1∑j=1

jδ(jδ +KW )

4

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となり,従って

K2f

= n(K2φ + 2(n− 1)Kφδ + (n− 1)2δ2), (1.4)

χf = nχφ +1

2

n−1∑j=1

jδ(jδ +Kφ). (1.5)

が成立する.

定義 1.7 (特異点指数 α) kを正の整数とする.以下,Rの p ∈ B上の特異点とはファイバー Γp上にある曲線Rの(無限に近いものも含む)特異点を指すこととする.

αk(Fp) = #Rの p上の特異点で重複度は knまたは kn+ 1

とおき,これを Fpの k次の特異点指数と呼ぶ.一般ファイバー Fpに対し αk(Fp) = 0である.αk =

∑p∈B αk(Fp)とおく.

0次の特異点指数 α0(Fp)を次のように定義する:

D1 :=∑(

Rに含まれる φに関し垂直な (−n)曲線)⊂ R

とし,R0 = R −D1とおく.制限写像 φ|R0: R0 → Bの p上の分岐指数,つまり R0の水

平成分への制限写像 φ|(R0)h: (R0)h → Bの pの逆像の各点における分岐指数の和から垂

直成分 (R0)vの pへうつる各既約成分の位相的オイラー数の和を引いたものを α0(Fp)とする.一般ファイバー Fpに対し α0(Fp) = 0であり,

α0 :=∑p∈B

α0(Fp) = (Kφ + R0)R0

が成立する.

ε(Fp) := #Fpに含まれる (−1)曲線

とおき,ε =∑

p∈B ε(Fp)とする.補題 1.6より,この数は ρ : S → Sの blow-up回数に他ならない.(1.2)と (1.3)より,

(Kφ + R)R =

(ψ∗(Kφ +R) +

N∑i=1

(1− n

[mi

n

])Ei

)(ψ∗R− n

[mi

n

]Ei

)= (Kφ +R)R−

N∑i=1

n[mi

n

] (n[mi

n

]− 1)

= (Kφ +R)R− n∑k≥1

k(nk − 1)αk. (1.6)

5

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が成り立つ.一方,

(Kφ + R)R = (Kφ + R0)R0 +D1(Kφ +D1) = α0 − 2ε (1.7)

なので,(Kφ +R)R = n

∑k≥1

k(nk − 1)αk + α0 − 2ε (1.8)

が成立する.K2f = K2

f+ ε, χf = χf , (1.2), (1.3), (1.4), (1.5)より,

K2f = nK2

φ + 2(n− 1)KφR +(n− 1)2

nR2 −

∑k≥1

((n− 1)k − 1)2αk + ε (1.9)

χf = nχφ +(n− 1)(2n− 1)

12nR2 +

n− 1

4KφR−

n(n− 1)

12

∑k≥1

((2n− 1)k2 − 3k)αk

(1.10)

が成立する.(1.8), (1.9), (1.10)とNoetherの公式より,

ef = neφ + n∑k≥1

αk + (n− 1)α0 − (2n− 1)ε (1.11)

を得る.これは ef の一つの局在化表示であるが,一方で ef は別の局在化表示

ef =∑p∈B

(etop(Fp)− 2 + 2g)

を持つ.実際にこの 2つの局在化表示は一致する.つまり,任意の p ∈ Bに対し,

etop(Fp)− 2 + 2g = neφ(Γp) + n∑k≥1

αk(Fp) + (n− 1)α0(Fp)− (2n− 1)ε(Fp)

が成立する.ここで,eφ(Γp) = etop(Γp)− 2 + 2hである.

2 スロープの下限primitive cyclic covering fibrationのスロープの下限について,次のことが成り立つ.

定理 2.1 f : S → Bを (g, h, n)型の primitive cyclic covering fibrationとする.h ≥ 1かつ g ≥ (2n− 1)(2hn+ n− 1)/(n+ 1)とすると,

λf ≥ λg,h,n :=24(n− 1)(g − 1)

2(2n− 1)(g − 1)− n(n+ 1)(h− 1)

が成立する.

6

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証明の概略 (1.9)と (1.10)の表示を用いて,実際にK2f −λg,h,nχf を計算する.このとき,

特異点指数の項が非負となることがわかる.あとはK2φ, χφ, KφR, R

2の項を評価する.χφの項は,φに関するスロープ不等式

K2φ ≥

4(h− 1)

hχφ

を用いる.Kφ, R, Γに関する交点行列 K2φ KφR KφΓ

KφR R2 RΓ

KφΓ RΓ Γ2

(2.1)

を考えると,これは負定値ではなく,Hodgeの指数定理から行列式は非負,つまり

4r(h− 1)(KφR)− 4(h− 1)2R2 − r2K2φ ≥ 0

となる.ここで,Γ2 = 0, RΓ = r, KφΓ = 2(h − 1)を用いた.この不等式を用いると,KφRとR2の項を同時に評価することができ,仮定 g ≥ (2n− 1)(2hn+ n− 1)/(n+ 1)とK2φ ≥ 0なことから,K2

f − λg,h,nχf ≥ 0が従う. 2

例 2.2 r := 2(g − 1 − n(h − 1))/(n − 1) ∈ nZ>0 を満たす任意の整数 g ≥ 2, h ≥ 0,

n ≥ 2に対し,(g, h, n)型の primitive cyclic covering fibration f : S → Bで定理 2.1のスロープ不等式の等号が成立する例を構成する.B, Γをそれぞれ種数 b, hの非特異な射影曲線とし,δ1, δ2をそれぞれ B, Γ上の次数N , M := r/nの因子とする.N を十分大きくとることにより,因子 δ := p∗1δ1 + p∗2δ2は base pointを持たないと仮定してよい.ここで,p1 : B × Γ → B, p2 : B × Γ → Γはそれぞれ第 1, 第 2成分への射影である.このとき Bertiniの定理より,非特異な有効因子 R ∈ |nδ|がとれ,これを分岐跡とする n次の巡回分岐被覆 θ : S → B × Γがとれる.こうして,primitive cyclic covering fibration

f := p1 θ : S → Bを得る.これが求めるものである.実際,Hurwitzの公式を一般ファイバーへの制限 θ|F : F → Γ = t × Γに用いて f の一般ファイバーの種数が gであることが分かり,Kp1 = p∗2KΓと χp1 = 0からK2

f , χf が

K2f = (θ∗(Kp1 + (n− 1)δ))2

= n(p∗1(n− 1)δ1 + p∗2((n− 1)δ2 +KΓ))2

= 2n(n− 1)N((n− 1)M + 2(h− 1)),

χf = nχp1 +1

2

n−1∑j=1

jδ(jδ +Kp1)

=1

4n(n− 1)δKp1 +

1

12n(n− 1)(2n− 1)δ2

=1

4n(n− 1)N(2h− 2) +

1

12n(n− 1)(2n− 1)2NM

=1

6n(n− 1)N(3(h− 1) + (2n− 1)M)

7

71

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と計算できる.従ってスロープの値は

K2f

χf=

12(2(h− 1) + (n− 1)M)

3(h− 1) + (2n− 1)M

=24(n− 1)(g − 1)

2(2n− 1)(g − 1)− n(n+ 1)(h− 1)

= λg,h,n

となる.

3 h=0の場合f : S → Bを (g, 0, n)型の primitive cyclic covering fibrationとし,1節と同じ記号や記法を用いる.φ : W → Bは線織面なので,その相対極小モデル φ : W → Bの取り方は無数にある.しかし,適当な相対極小モデルから出発して,重複度が r/2より大きくなるR

の特異点に関して基本変換を繰り返せば,次を満たすような標準的な相対極小モデルを得る.

補題 3.1 次の条件を満たす φの相対極小モデル φ : W → Bが存在する.

(1) n = 2かつ gは偶数のとき,任意の点 x ∈ Rに対し

multx(R) ≤r

2= g + 1

が成立する.

(2) n ≥ 3または gは奇数のとき,任意の点 x ∈ Rhに対し

multx(Rh) ≤r

2=

g

n− 1+ 1

が成立する.ここで,RhはRの φに関する水平成分である.

このような相対極小モデルは唯一ではないが,有限個であることは分かる.以下,φの相対極小モデル φ : W → Bは補題 3.1をみたすように取っておく.前節で定義した特異点指数 αk(Fp)の値は補題 3.1を満たす相対極小モデルの取り方に依らないことは容易に確かめられる.今,φ : W → Bは相対極小な線織面なので,K2

φ = 0かつR2 = −rKφRが成立する.これらと (1.8), (1.9), (1.10), (1.11)より,次の補題を得る.

補題 3.2 次の等式が成立する.

K2f =

n− 1

r − 1

((n− 1)r − 2n

n(α0 − 2ε) + (n+ 1)

∑k≥1

k(−nk + r)αk

)− n

∑k≥1

αk + ε.

χf =n− 1

12(r − 1)

((2n− 1)r − 3n

n(α0 − 2ε) + (n+ 1)

∑k≥1

k(−nk + r)αk

).

ef = (n− 1)α0 + n∑k≥1

αk − (2n− 1)ε.

8

72

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こうして,h = 0の場合はK2f や χf も特異点指数を用いて局在化表示ができた.各 p ∈ B

に対して

K2f (Fp) :=

n− 1

r − 1

((n− 1)r − 2n

n(α0(Fp)− 2ε(Fp)) + (n+ 1)

∑k≥1

k(−nk + r)αk(Fp)

)− n

∑k≥1

αk(Fp) + ε(Fp),

χf (Fp) :=n− 1

12(r − 1)

((2n− 1)r − 3n

n(α0(Fp)− 2ε(Fp)) + (n+ 1)

∑k≥1

k(−nk + r)αk(Fp)

),

ef (Fp) := (n− 1)α0(Fp) + n∑k≥1

αk(Fp)− (2n− 1)ε(Fp),

と定義する.補題 3.2よりK2f =

∑p∈BK

2f (Fp), χf =

∑p∈B χf (Fp), ef =

∑p∈B ef (Fp)が

成り立つ.

Indg,0,n(Fp) := Kf (Fp)− λg,0,nχf (Fp)

= n∑k≥1

((n+ 1)(n− 1)(r − nk)k

(2n− 1)r − 3n− 1

)αk(Fp) + ε(Fp) (3.1)

とおくと,表示からこれは非負の有理数であり,一般ファイバーFpに対し Indg,0,n(Fp) = 0

である.従って次が成立する.

定理 3.3 f : S → Bを (g, 0, n)型の primitive cyclic covering fibrationとする.このとき,

K2f = λg,0,nχf +

∑p∈B

Indg,0,n(Fp)

が成立する.

このような等式のことをスロープ等式といい,関数 Indg,0,n(•)を堀川指数という(cf. [1]).定理 3.3のスロープ等式は,超楕円ファイバー曲面のスロープ等式 [8]の拡張となっている.コンパクト向き付け可能な実 4次元多様体Xの符号数 Sign(X)は,2次のコホモロジー

H2(X)の定める交点形式の (正の固有値の数)− (負の固有値の数)で定義される.非特異射影曲面がファイバー曲面 f : S → Bの構造を持つとき,Hirzebruchの符号数定理 [3]により Sの符号数は

Sign(S) = K2f − 8χf

と表すことができる.一般にスロープ等式K2f = λχf +Indがあれば,符号数 Sign(S)は堀

川指数 Indと ef で表すことができ,符号数が退化ファイバー芽に局在化される(cf. [1]).従って次が成立する.

9

73

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系 3.4 f : S → B を (g, 0, n)型の primitive cyclic covering fibrationとする.各 p ∈ Bに対し

σ(Fp) :=−(n− 1)(n+ 1)r

3n(r − 1)α0(Fp) +

∑k≥1

((n− 1)(n+ 1)(r − nk)k

3(r − 1)− n

)αk(Fp)

+(n+ 2)(2n− 1)r − 3n

3n(r − 1)ε(Fp)

とおくと,Sign(S) =

∑p∈B

σ(Fp)

が成立する.

今の場合は先にK2f とχfの局在化表示が与えられているので,σ(Fp) = K2

f (Fp)−8χf (Fp)

である.この σ(Fp)はファイバー Fpの局所符号数と呼ばれる.次に,(g, 0, n)型の primitive cyclic covering fibrationのスロープの上限について考える.補題 3.2の局在化表示から,非負の実数 µで全てのファイバー Fpに対し

(12− µ)χf (Fp)−K2f (Fp) = ef (Fp)− µχf (Fp) ≥ 0 (3.2)

となるものがあれば,スロープは上から 12 − µでおさえることができる.このような µ

の内出来るだけ大きいものを取りたい.さらに,χf (Fp) > 0かつ (3.2)の等号が成立する退化ファイバーFpがあれば尚良い.実際にそのような µと等号が成立するファイバーFpが存在し,退化ファイバーとしてそのようなファイバーのみを持つ (g, 0, n)型の primitive

cyclic covering fibrationを構成できたならば,そのスロープは上限 12− µをとる.主結果は次のようになる.

定理 3.5 f : S → Bを (g, 0, n)型の primitive cyclic covering fibrationとする.このとき,

次が成立する.但し,δ =

0, r ∈ 2nZ,1, r ∈ 2nZ.

(1) n ≥ 4かつ n ≤ r < n(n− 1)のとき,

λf ≤ 12− 48n2(r − 1)

(n− 1)(n+ 1)(r2 − δn2).

(2) n ≥ 4かつ r ≥ n(n− 1)のとき,

λf ≤ 12− 48n(n− 1)(r − 1)

n(n+ 1)r2 − 8(2n− 1)r + 24n− δn3(n+ 1).

(3) n = 3かつ r = 6 (g = 4)のとき,

λf ≤129

17.

10

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等号成立することは,f の特異ファイバーは 3重ファイバーのみであることと同値.

(4) n = 3, r > 6または r = 6で f が 3重ファイバーを持たないとき,

λf ≤ 12− 72(r − 1)

4r2 − 15r + 27− 36δ.

(5) n = 2, つまり f は種数 gの相対極小な超楕円ファイバー曲面のとき,

λf ≤ 12− 4(2g + 1)

g2 − 1 + δ.

注意 3.6 定理 3.5 (5)はXiaoによる結果 [9]であるが,n ≥ 3の場合と同様の手法で証明できる.定理 3.5 (1), (3), (5)の不等式はファイバーに関して sharpである,つまり等号が成立するようなファイバー芽が存在する.さらに (5)に関しては実際に等号成立する超楕円ファイバー曲面が任意の種数 gに関し構成されている [6].しかし残念ながら (2), (4)

に関してはファイバーに関して sharpではない.

証明方法は先述のように ef (Fp) − µχf (Fp)を計算するのであるが,特異点指数での表示だけではうまく µの値を設定できない.実際α0(Fp)は非負とは限らない上,ε(Fp)の項は負になる.そのため,もっと深く分岐跡Rの特異点について考察せねばならない.いくつかの記号を導入する.垂直な有効因子 T と点 p ∈ Bに対し,有効因子 T (p)を

T の部分因子で p上のファイバーの既約成分からなるものの内最大のものと定義する.T =

∑p∈B T (p)が成り立つ.Rv(p)の既約成分からなる族 Liで,次の条件を満たすも

のを考える.

(i) L1はファイバー Γpまたは ψに現れる blow-upから生じる (−1)曲線E1の固有変換である.

(ii) i ≥ 2に対しある 1 ≤ j < iがあり,Liは ψに現れるCj(またはその固有変換)上にある点の blow-upから生じる (−1)曲線Eiの固有変換である.但し,Cj はEj または Γpでその固有変換が Ljになるもの.

(iii) Liは (i), (ii)を満たす集合の中で極大である.

全ての Rv(p)の既約成分からなる族は,上の (i), (ii), (iii)を満たす非交和な族達に一意的に分解される.その分解を

Rv(p) = D1(p) + · · ·+Dηp(p), Dt(p) = Lt,1 + · · ·+ Lt,jt(Fp)

と表す.ここで Lt,iiが条件 (i), (ii), (iii)を満たす族であり,その要素の個数を jt(Fp),Rv(p)の条件 (i), (ii), (iii)を満たす族への分解の個数を ηpとおいた.Ct,kをファイバーΓpまたは ψに現れる blow-upから生じる (−1)曲線Eでその W での固有変換が Lt,kとなるものとし,Ct,kの Lt,kになる途中段階での固有変換は同じCt,kで表す.

jta(Fp) := #Lt,k|(Lt,k)2 = −an, ja(Fp) :=

ηp∑t=1

jta(Fp), j(Fp) :=

ηp∑t=1

jt(Fp)

11

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とおく.jt(Fp) =∑

a≥1 jta(Fp), j(Fp) =

∑a≥1 ja(Fp)であり,(1.1)より ε(Fp) = j1(Fp)で

ある.

ιt(Fp) := x : Rの p上の特異点 |multx(R) ∈ nZかつ x ∈ Ct,k ∩ Ct,k′ ∃k = k′,κt(Fp) := x : Rの p上の特異点 |multx(R) ∈ nZ+ 1かつ x ∈ Ct,k ∩ Ct,k′ ∃k = k′

とおき,ι(Fp) :=∑ηp

t=1 ιt(Fp), κ(Fp) :=

∑ηpt=1 κ

t(Fp)とおく.

α+0 (Fp) := (φ|Rh

: Rh → Bの p上の分岐指数)

とおくと,これは非負であり,α0(Fp) = α+0 (Fp)− 2

∑a≥2 ja(Fp)と分解される.

補題 3.7 上の記号の下,次が成立する.

(1) ι(Fp) = j(Fp)− ηp.(2) α+

0 (Fp) ≥ (n− 2)(j(Fp)− ηp + 2κ(Fp)).

(3)∑

k≥1 αk(Fp) ≥∑

a≥1(an− 2)ja(Fp) + 2ηp − κ(Fp).

証明の概略 Rv(p)の既約成分全体を頂点集合とし,2つの既約成分Lt,kとLt,k′は,Ct,kと

Ct,k′がRの p上の特異点でその重複度がnの倍数になるもので交わるとき,辺で結ばれると定義すると,これはループを待たない平面グラフとなり,Rv(p) = D1(p)+ · · ·+Dηp(p)

はグラフの連結成分への分解であることが分かる.Dt(p)に対応する連結グラフの頂点の数は jt(Fp)であり,辺の数は ιt(Fp)であるから,ループを持たないことから jt(Fp)− 1 =

ιt(Fp)となり,tで和を取れば (1)が得られる.(2)に関しては,φの p上のファイバーをΓp =

∑imiGiとすると,

α+0 (Fp) = r −#(Supp(Rh) ∩ Supp(Γp) ≥

∑i

(mi − 1)RhGi

となり,この右辺を下から評価する.xを ιt(Fp)に寄与する特異点とし,この点の重複度をmt

x,この点を blow-upして生じる (−1)曲線を Etxとする.特に Giが Et

xの固有変換Etxのときの評価を考える.E

tx上にはRの特異点はないとしてよく,このとき

∑xm

tx ≥

2ιt(Fp) + 2κt(Fp), RhEtx ≥ n− 2が成立し,

∑i

(mi − 1)RhGi ≥ηp∑t=1

∑x

(mtx − 1)RhE

tx ≥ (n− 2)(ι(Fp) + 2κ(Fp))

となり,(1)と合わせて (2)が従う.(3)は,Dt(p)に関与している特異点の数を各 Lt,kの自己交点数に基づいて数えると

∑a≥1(an− 1)jta(Fp) + 1− ιt(Fp)− κt(Fp)となり,Rv(p)

の分解の定義から 2つ以上のDt(p)に関与している特異点はないことから,tで和を取ることができ,(1)と合わせて (3)を得る.ここで,Rの特異点 xがDt(p)に関与しているとは,ある kがあり xはCt,kに含まれるか,xを blow-upして生じる (−1)曲線がCt,kであるということ. 2

12

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補題 3.7を用いて,定理 3.5 (1), (2)を証明する(n = 2, 3の場合はさらにいくつかの不等式が必要なため,ここでは証明を省略する).

µ′ :=n− 1

12(r − 1)µ, An := n− 1− r(2n− 1)− 3n

nµ′, Bn := n− (n+ 1)(r2 − δn2)

4nµ′

とおくと,

ef (Fp)− µχf (Fp) = Anα0(Fp) +∑k≥1

(Q(k) +Bn)αk(Fp)− (2An + 1)ε(Fp)

とかける.ここで

Q(k) := µ′n(n+ 1)(k − r

2n

)2− δn(n+ 1)

4

であり,αk(Fp) = 0なる任意の kに対し非負である.従って,

ef (Fp)− µχf (Fp) ≥Anα0(Fp) +Bn

∑k≥1

αk(Fp)− (2An + 1)ε(Fp)

= Anα+0 (Fp) +Bn

∑k≥1

αk(Fp)− 2Anj(Fp)− j1(Fp)

となる.まず,n ≤ r < n(n− 1)と仮定する.このとき簡単な議論で j(Fp) = 0が分かり,µを

Bn = 0,つまり

µ =48n2(r − 1)

(n− 1)(n+ 1)(r2 − δn2)

と定めれば,An > 0であり,ef (Fp)− µχf (Fp) ≥ Anα+0 (Fp) ≥ 0となる.従って定理 3.5

(1)は示せた.r ≥ n(n− 1)と仮定する.An ≥ 0, Bn ≥ 0と仮定して話を進める.補題 3.7より,

Anα+0 (Fp) +Bn

∑k≥1

αk(Fp)− 2Anj(Fp)− j1(Fp)

≥∑a≥2

((n− 4)An + (an− 2)Bn)ja(Fp) + ((n− 4)An + (n− 2)Bn − 1)j1(Fp)

− ((n− 2)An − 2Bn)ηp + (2(n− 2)An −Bn)κ(Fp)

となる.さらに (n− 2)An − 2Bn ≥ 0と仮定する.このとき j(Fp) ≥ ηpより,上の式は∑a≥2

(−An + anBn)ja(Fp) + (−An + nBn − 1)j1(Fp)

以上である.µを−An + nBn − 1 = 0,つまり

µ =48n(n− 1)(r − 1)

n(n+ 1)r2 − 8(2n− 1)r + 24n− δn3(n+ 1)

13

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と定めると,n ≥ 4なので,ここまで仮定したAn ≥ 0, Bn ≥ 0, (n − 2)An − 2Bn ≥ 0は全て満たされる.よって,

ef (Fp)− µχf (Fp) ≥∑a≥2

((a− 1)Bn + 1)ja(Fp) ≥ 0

となり,定理 3.5 (2)が示せた.

参考文献[1] T. Ashikaga and K. Konno, Global and local properties of pencils of algebraic curves,

Algebraic Geometry 2000 Azumino, S. Usui et al. eds, 1-49, Adv. Stud. Pure Math.

36, Math. Soc. Japan, Tokyo, 2002.

[2] M. Cornalba and L. Stoppino, A sharp bound for the slope of double cover fibrations,

Michigan Math. J. 56 (2008), 551-561.

[3] F. Hirzebruch, Topological Methods in Algebraic Geometry, Grundl. Math. Wiss. 131,

Springer, Heidelberg, 1966.

[4] A. Kas, On deformations of a certain type of irregular algebraic surface, Amer. J.

Math. 90 (1968), 789-804.

[5] K. Kodaira, A certain type of irregular algebraic surfaces, J. Anal. Math. 19 (1967),

207-215.

[6] X.-L. Liu and S.-L. Tan, Families of hyperelliptic curves with maximal slopes, Sci.

China Math. 56 (2013), 1743-1750.

[7] G. Xiao, Fibred algebraic surfaces with low slope, Math. Ann. 276 (1987), 449-466.

[8] G. Xiao, π1 of elliptic and hyperelliptic surfaces, Internat. J. Math. 2 (1991), 599-615.

[9] G. Xiao, Fibrations of Algebraic Surfaces (in Chinese), Shanghai Publishing House of

Science and Technology, 1992.

14

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Shadow から構成される cork と shadow

complexity

直江 央寛 (東北大学大学院理学研究科)

1 導入

2つの多様体が同相であるが微分同相でないときこの多様体の対は exotic であるという.4次

元多様体の exotic 対に関する結果では次のものが知られている.

定理 (Matveyev[17], Curtis-Freedman-Hsiang-Stong[8], Akbulut-Matveyev[1]). X と Y を単連

結閉 4次元多様体の exotic 対とする.このとき,X の内部に可縮な 4次元部分多様体 C とその

境界の involution f : ∂C → ∂C が存在し,f を用いて X の内部で C を切除・再接着した多様体

は Y に微分同相になる.さらに,この C とその補空間には Stein 構造が入るように取れる.

この可縮な部分多様体 C は cork と呼ばれる.この定理は Matveyev [17],そして Curtis,

Freedman,Hsiang,Stong [8]らによって独立に示され,のちに Akbulut と Matveyev によって

Stein 構造に関する考察がなされた [1].

4 次元多様体はハンドル分解の情報を絡み目で表す Kirby 図式と呼ばれる図式でしばしば表記

され,cork に関しても Kirby 図式を用いた研究が主流である.一方で,Turaev が導入した 4次

元多様体の別の表記の方法として shadow と呼ばれる多面体も知られている [20].Shadow は 4

次元多様体に “適切に”埋め込まれた多面体で,その 4次元多様体の強変位レトラクトとして得ら

れる.Shadow の埋め込みの情報は gleam と呼ばれる各面に定まる半整数で特徴付けられ,多面

体と gleam を用いて組み合わせ的に 4次元多様体を議論できる.この対応によって,例えば 4次

元多様体に許容される Stein 構造や Spinc 構造,複素構造などの研究や,境界の 3次元多様体の双

曲構造や安定写像に関する研究なども行われている [5, 6, 7, 14].また,shadow complexity と

呼ばれる 4次元多様体の複雑性を shadow によって定義することができ,shadow complexity に

着目した 4次元多様体の分類も研究されている [16].

本稿では多面体に specialという条件を考える.この条件下では特に special shadow complexity

と呼ばれる量が 4次元多様体に定義される.主定理では special shadow complexity が 1の cork

が無限個存在することを示す.また,この証明は構成的に行われるが,その構成から,special

shadow complexity が 1の任意の cork は高々 2種類の多面体のみから構成されるということも分

かる.

1

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2 Stein 構造,cork と 4次元多様体の exotic 対

本稿では特に断らない限り多様体はコンパクト,滑らか,境界付きであるとする.

2.1 Stein 構造

まず最初に,cork を定義するにあたって 4次元多様体の Stein 構造に関して述べていく.

定義 2.1. (1) 実 2n次元多様体W を proper かつ正則に CN へ埋め込めるとき,W を Stein

多様体と呼ぶ.

(2) 複素 2次元 Stein 多様体W と狭義多重劣調和関数 f : W → [0,∞),およびその正則値 a

によって X = f−1([0, a])と表される実 4次元多様体をコンパクト Sten 曲面と呼ぶ.

コンパクト Stein 曲面は Gompf のハンドル分解による特徴づけが知られている.この定理の主

張には 3次元多様体の接触構造に由来する Legendrian 絡み目と Thurston-Bennequin 数が

用いられるが,詳しい定義などは省略する ([11, 10]などを参考にするとよい).

定理 2.2 (Gompf[10]). X をコンパクトで向き付けられた境界つき 4次元多様体とする.X がコ

ンパクト Stein 曲面である必要十分条件は,X が図 1 のような Kirby 図式で,その各 2-ハンドル

K のフレーミング係数が tb(K)未満であるものを持つことである.

Legendrian

link

projection.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

図 1. 2-ハンドルの接着球面は図中のタングル内で Legendrian 絡み目になっており,1-ハンドルの ball へ

は水平に入っている.

2.2 cork と 4次元多様体の exotic 対

導入で紹介した定理に現れた cork の定義は,厳密には次のように与えられる.

定義 2.3. 可縮なコンパクト Stein 曲面 C と,その境界の involution f : ∂C → ∂C について,f

2

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n+1n

· · ·

2n+1

00

Wn: W

n:

図 2. Wn とWn の Kirby 図式.

n+1n

0

W1

n:

n+1n

0

W2

n:

-1 -1

図 3. W 1n とW 2

n の Kirby 図式.

が C のある自己同相写像に拡張できるが,どんな自己微分同相写像にも拡張できないとき,(C, f)

または単に C を cork と呼ぶ.

注意 2.4. Boyer [3]の結果によって,可縮な 4次元多様体の境界上の自己同相写像は常に内部の 4

次元多様体の自己同相写像を誘導することが従う.したがって,上の定義における involution の

本質的な仮定は自己微分同相写像に拡張できないという点である.

例 2.5 (Akbulut-Yasui, 2008[2]). 図 2 で表される 4 次元多様体 Wn と Wn を考える (n ≥ 1).

これらの多様体は 1 ハンドルと 2-ハンドルそれぞれ 1つずつで構成されている.1-ハンドルのコ

アに沿って埋め込まれている S1 × D3 を手術により D2 × S2 に取り替え,2-ハンドルのコアに

沿って埋め込まれている D2 × S2 を手術により S1 ×D3 に取り替える操作を考える.この操作で

得られる 4次元多様体は元の 4次元多様体と微分同相だが,境界に非自明な involution を誘導す

る.これらをそれぞれ fn : ∂Wn → ∂Wn,fn : ∂Wn → ∂Wn とおく.このとき,(Wn, fn)およ

び,(Wn, fn) は cork になる.これらの involution は Kirby 図式上では 1-ハンドルに対応する

dotted circle の点と 2-ハンドルのフレーミング係数である 0を入れ替える操作に対応している.

次に,例 2.5で紹介した cork Wn によって構成される exotic 対を紹介する.図 3に表されてい

る 2つの 4次元多様体W 1n およびW 2

n を考える.これらはいずれもWn に 2-ハンドルを 1つ接着

させて得られる境界付き 4次元多様体である.したがって,いずれもWn を部分多様体に持つ.ま

た,W 1n の内部のWn を切除し involution fn でWn を貼り直すことでW 2

n が得られる.注意 2.4

にあるように,fn はWn 上のある自己同相写像に拡張される.したがって,W 1n とW 2

n は同相で

3

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ある.しかし,W 1n とW 2

n は微分同相ではない.これは Stein 構造を用いて示される.定理 2.2を

用いてW 1n には Stein 構造が入ることがわかる.W 2

n について,Kirby 図式からW 2n には自己交

点数が −1の S2 が埋め込まれていることが分かるが,そのような 4次元多様体は Stein 構造を許

容しないことが知られている [15].したがって,W 1n とW 2

n は微分同相でなく,これらはWn を

cork にもつ exotic 対である.

このような Stein 構造を用いた方法で分かる 4 次元多様体の exotic 対の例は,具体的に cork

を見つけることで比較的簡単に構成できることが知られている.特に,4次元多様体がそのような

cork になるための十分条件が次のように知られている.

定理 2.6 (Matveyev[17]). 4次元多様体 C の Kirby 図式が dotted circle K1 とフレーミング係数

が 0の自明な結び目K2 の 2成分の絡み目で与えられ,以下の 3つの条件を満たすとする.

(1) 絡み目K1 ⊔K2 は対称的である.すなわち,S3 内のイソトピーによってK1 とK2 の位置

を入れ替えられる.

(2) lk(K1,K2) = ±1(3) 1-ハンドルの表示を dotted circle から ball notation に変えたとき,定理 2.2にあるような

2-ハンドルのフレーミング係数の条件を満たす.

このとき,C は cork になる.

注意 2.7. 定理 2.6によって見つかる cork の involution は例 2.5で説明されたような,S1 ×D3

とD2×S2 の手術から誘導されるもので与えられる.すなわち,この involution も Kirby 図式上

で dotted circle とフレーミング係数が 0の自明な結び目を入れ替える操作で表すことができる.

3 多面体と 4次元多様体の構成

3.1 多面体

P をコンパクトな位相空間とする.P の各点の近傍が図 4 に示された (i) から (iii) のいずれ

かと同相であるとき,P を almost-special polyhedron と呼ぶ.Almost-special polyhedron

P に対し,図 4 の (ii) または (iii) に同相な近傍を持つ点全体の集合を Sing(P ) と表わし P の

singular set と呼ぶ.Sing(P )の点でとくに (iii)の近傍を持つ点は true vertex と呼ばれる.

P から Sing(P )を除いて得られる各連結成分を region と呼ぶ.また,全ての region が 2次元

円板で,かつ Sing(P )が円周でないとき,P を special polyhedron という.

注意 3.1. 一般には境界を持つ almost-special polyhedron も存在するが,ここでの定義は境界を

持たない “閉” であるもののみを与えている.本稿では,このような almost-special polyhedron

のみを扱う.

つぎに almost-special polyhedron の組み合わせ構造から各 region 上に一意に決めることが

4

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(i) (ii) (iii)

図 4. これは R3 内の図である.図中の黒点が近傍をとるために選んだ点を表す.それぞれ (i)は 2次元開円

板 D2,(ii)は T字型と開区間の直積空間,(iii)は四面体の辺と頂点からその重心に対する錐の内部になって

いる.

できる値 Z2-gleam gl2 について説明する.R を almost-special polyhedron P の region とし,

F をコンパクトな曲面で,その内部 Int(F ) が R と同相であるものとする.このとき包含写像

i : R → P は,i : F → P へと拡張される.ただし,i(∂F ) ⊂ Sing(P ) である.この拡張 i は

∂F で単射でなくなる場合があるため同相写像である必要はない (局所同相ではある).ここで

almost-special polyhedron X で次を満たすものを考える.

• X は F に強変位レトラクトされる.

• B = X \ Int(F )はアニュラスまたは Mobiusの帯の有限個の非交和である.

• B ∩ F = ∂F = ⊔S1 はそれぞれアニュラスまたは Mobiusの帯のコア.

• iは局所同相 i : X → P へと拡張される.

このとき,B の Mobius の帯が偶数個ならば gl2(R) = 0,B の Mobius の帯が奇数個ならば

gl2(R) = 1として,各 region に Z2-gleam gl2 を定義する.

さらに,この Z2-gleam をもとに次が定義できる.

定義 3.2. P を almost-special polyhedron とする.

(1) P の各 region R に対し整数または半整数を与える対応 gl,またはその値 gl(R)を gleam

と呼ぶ.ただし,gl は次を満たすとする.

gl(R)− 1

2gl2(R) ∈ Z.

(2) Gleam glが備わった almost-special polyhedron P を integer shadowed polyhedron

と呼び,(P, gl)または単に P と表わす.

注意 3.3. Almost-special polyhedron P に対し gleam は Z2-gleam のように一意的に決まるも

のではなく,いくらでも選び方がある.

5

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3.2 Shadow と 4次元多様体

定義 3.4. M をコンパクトで向き付け可能な境界付き 4 次元多様体とし,P をM 内の almost-

spescial polyhedron とする.P が以下の (1)から (3)の条件を満たすとき,P はM の shadow

と呼ばれる.

(1) P はM で局所平坦である.

(2) M は P に強変位レトラクトされる.

(3) P ∩ ∂M = ∅

注意 3.5. P の任意の点 pに対しM の局所座標 (U,φ)が存在し,φ(P ∩ U)が R3(⊂ R4)内で図

4のいずれかとして実現されるとき,P はM で局所平坦であるという.

定理 3.6 (Turaev’s reconstruction[20]). (1)コンパクトで向き付けられた境界付き 4次元多様

体M が shadow P をもつとき,P に gleam を定める標準的な方法が存在する.

(2)Almost-special polyhedron P とその gleam が与えられたとき,P を shadow に持つよう

なコンパクトで向き付けられた境界付き 4次元多様体M で,これらから (1)の方法で定ま

る gleam がもともと与えられた gleam と一致するようなものが唯一つ定まる.

注意 3.7. 定理 3.6(2)の証明は,ハンドルの接着の類似となっている.P をいくつかのパーツに分

けそれぞれを 4次元多様体のブロックに膨らませ,P の組み合わせ的な情報と gleam をもとにそ

れらのブロックを張り合わせることで 4次元多様体を構成する,というのが大まかな流れである.

とくに,P が special であるとき,すなわち各 region はD2 であるが,このような region は 4次

元の 2-ハンドルに対応するため,Kirby 図式を考える上でも special という条件は非常に扱いやす

いものとなっている.

つぎに,shadow を介して定義される 4次元多様体の (special) shadow complexity と呼ば

れる複雑性を紹介する.

定義 3.8. W をコンパクトで向き付けられた境界付き 4次元多様体とする.

(1) W の shadow の true vertex の最小値を shadow complexity と呼ぶ.

(2) W の special shadow の true vertex の最小値を special shadow complexity と呼ぶ.

ただし,W の shadow で special polyhedron であるものを W の special shadow と

呼ぶ.

3.3 可縮な special polyhedron

導入で述べたように,special shadow complexityが 1の corkを構成するが,これには Turaev’s

reconstruction の考えを用いる.とくに,special shadow complexity による cork の特徴づけを

6

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α α

βe2

β

αβ

e1

-1

-1

図 5. 2つの D2 の境界に図示されている αと β

をそれぞれ貼り合わせていくことで Aができる.

α α

βe2

β

αβ

e1

-1-1

-1

図 6. 2つの D2 の境界に図示されている αと β

をそれぞれ貼り合わせていくことで Aができる.

図 7. Abalone Aの R3 内に埋め込まれた図.

行うため,special polyhedron の true vertex の個数に着目する.また,Turaev’s reconstruction

によって 4次元多様体は almost-special polyhedron のホモトピー型を受け継ぐため,cork の構

成に用いる special polyhedron は可縮である必要がある.

Ikeda は [12] において,非輪状な almost-special polyhedron の分類を考えている.Almost-

special polyhedron は非輪状かつ単連結ならば,Hurewicz の定理と Whitehead の定理により可

縮だと言えるため,Ikeda による分類を参考にする.

定理 3.9 (Ikeda [12]). (1) True vertexを持たない非輪状な special polyhedronは存在しない.

(2) True vertex をただ 1つ持つ非輪状な special polyhedron は図 5,6にある Aと Aの 2つ

のみ.

注意 3.10. (1) 図 5の Aは Abalone と呼ばれ,図 7は Aは R3 内に埋め込んだ図である.こ

れらは [13]で述べられている.

(2) 一方,Aは R3 内には埋め込めない.

(3) Aと Aはいずれも単連結である.したがって可縮である.

(4) 本稿では true vertex が 2つある場合について扱わないが,有名なものでは Bing の家など

が知られている.

本稿では Aと Aのみ扱う.図 5,6にあるように,Aと Aはいずれも 2つの region を持つ.そ

7

85

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れぞれの region e1, e2, e1, e2 の Z2-gleam は

gl2(e1) = gl2(e2) = gl2(e1) = 0, gl2(e2) = 1

となっている.そこで,これらの region に対する gleam を整数m,nを用いて

gl2(e1) = m, gl2(e2) = n, gl2(e1) = m, gl2(e2) = n− 1

2

と決め,(A, gl)と (A, gl)という shadowed polyhedron を定義する.(A, gl)と (A, gl)に対して,

Turaev’s reconstruction によって対応する 4次元多様体をそれぞれ A(m,n)と A(m,n− 12 )と表

記することにする.

4 主結果

この章の最初に主定理を述べる.

定理 4.1. Special shadow complexity が 1の cork は無限個存在する.

これは,以降に紹介する補題 4.2,4.5 および 4.8により従う.

補題 4.2. (1) scsp(A(m,n)) = 1

(2) scsp(A(m,n− 12 )) = 1

証明. True vertex を持たない special polyhedron は存在せず,A(m,n) と A(m,n − 12 ) はそれ

ぞれ Aと Aを special shadow にもつため scsp(A(m,n)) = 1 および scsp(A(m,n − 12 )) = 1で

ある.

補題 4.5および 4.8のために,A(m,n)と A(m,n− 12 )の Kirby 図式を用意しておく.

補題 4.3. (1) A(m,n)の Kirby 図式は図 8で与えられる.

(2) A(m,n− 12 )の Kirby 図式は図 9で与えられる.

n + 4m + 1

m

図 8. A(m,n)の Kirby 図式.

n− 1

m

図 9. A(m,n− 12)の Kirby 図式.

8

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証明の概略. (1)Special polyhedron Aは singular set Sing(A)の正則近傍 Nbd(Sing(A);A)と

region に対応した 2 つの D2 に分かれる.Nbd(Sing(A);A) の部分は Turaev’s reconstruction

によって 0-ハンドルが 1つ,1-ハンドルが 2つからなる 4次元多様体に膨らまされる.この多様体

は 2つの D3 × S1 の境界和と微分同相である.一方,残りの D2 はそれぞれ 4次元の 2-ハンドル

に対応し,2つの D3 × S1 の境界和に 2-ハンドルを 2つ接着させれば A(m,n)が得られる.この

ときの接着の仕方と各 2-ハンドルのフレーミング係数は Aの組み合わせ的構造と gleam から詳し

く計算し導く.こうして得られた図式にいくつかの Kirby 計算を施すことで図 8が得られる.(2)

も同様の方針でなされる.

注意 4.4. 図 8と図 9のイソトピー変形によって A(±1, n) ∼= A(∓1, n± 72 ))であることが分かる.

また,m = 0とすると Kirby 計算によって A(0, n) ∼= A(0, n− 12 ))∼= D4 であることが分かる.

補題 4.5. λは Casson 不変量とする.

(1) λ(∂A(m,n)) = −2m(2) λ(∂A(m,n− 1

2 )) = 2m

証明の概略. 注意 4.4にあるように,m = 0のとき A(m,n)と A(m,n − 12 )はそれぞれ D4 に微

分同相なので,∂A(0, n) ∼= ∂A(0, n − 12 ))∼= S3 である.3次元球面 S3 の Casson 不変量の値は

0であるため,主張は正しい.次に整数mは正の数とする.ここではmが負の数である場合を扱

わないが,証明は以下と同じ方法で行われる.補題 4.3 で得られた Kiby 図式において,dotted

circle を 0-フレーミングの絡み目の成分とみなすことで,それぞれ各境界の 3次元多様体の手術図

式が得られる.得られた手術図式に Kirby 計算を施していくと,∂A(m,n)と ∂A(m,n− 12 )はそ

れぞれ図 10と図 11のような手術図式を持つことが分かる.これらはいずれもリボン結び目と呼

ばれる結び目で与えられている.リボン結び目の Alexander 多項式は “良い性質”を持っているこ

とが Fox と Milnor の研究などにより知られており [9],Terasaka は [19]において,より具体的

な計算方法を研究している.図 10の結び目を K(m,n),図 11の結び目を K(m,n − 12 )とおき,

[19]の計算方法を用いてそれぞれの Alexander 多項式を計算すると,次のように得られる.

∆K(m,n)(t) = tm+1 − tm − t+ 3− t−1 − t−m + t−m−1.

∆K(m,n− 12 )(t) = −tm + tm−1 − t+ 3− t−1 + t−m+1 − t−m.

最後に Casson 不変量の手術公式 (後述の注意 4.7参照)を用いて,次のように得られる.

λ(∂A(m,n)) = λ(S3 +1

−1·K(m,n))

= λ(S3) +−12

∆′′K(m,n)(1)

= 0 +−12· 4m

= −2m.

9

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2m-1

N−1

図 10. ∂A(m,n)の手術図式.

2m-1

N−1

図 11. ∂A(m,n− 12)の手術図式.

λ(∂A(m,n− 1

2)) = λ(S3 +

1

−1· K(m,n− 1

2))

= λ(S3) +−12

∆′′K(m,n− 1

2 )(1)

= 0− −12· 4m

= 2m.

注意 4.6. Casson 不変量は位相不変量であるため,4次元多様体 A(m,n)はmの値によって位相

構造が異なる.同様に,A(m,n− 12 )もmの値によって位相構造が異なる.

注意 4.7. Casson 不変量の手術公式とは次の等式である (Casson [4]).

λ(Σ +1

m·K) = λ(Σ) +

m

2∆′′

K⊂Σ(1)

ただし,Σは整係数ホモロジー 3球面,K は Σ内の結び目である.また,Alexander 多項式∆K(t)

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は ∆K(1) = 1 かつ ∆K(t) = ∆K(t−1)となるよう正規化されているものとする.詳しくは [18]を

参照するとよい.

補題 4.8. 任意の負の整数mに対し,A(m,− 32 )は cork である.

証明の概略. 図 9において n = −1とし,定理 2.6にある条件を確かめればよい.

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Monodromies of splitting familiesfor singular fibers

奥田喬之(東京大学大学院数理科学研究科)∗

1 リーマン面の退化とその位相モノドロミー

種数 g ≥ 1のリーマン面の退化(退化族)π : M → ∆を考えよう。つまり、M を滑ら

かな複素曲面、∆を Cの単位開円板とし、固有全射正則写像 π : M → ∆であって、原点上の中心ファイバーを除く s ∈ ∆ \ 0 上の一般ファイバー Xs := π−1(s) が全て滑らかな

閉リーマン面であるようなものを考える。X0 := π−1(0) が特異ファイバーならば一般ファ

イバーが中心に近づくにつれてまさに潰れて退化していく(図 1左)。リーマン面の退化

は、コンパクトな複素曲面が持つファイバー構造における特異ファイバーの正則近傍とし

て現れ、小平邦彦による楕円曲面の結果 [K]に端を発した研究対象である。

リーマン面の二つの退化 π : M → ∆と π′ : M ′ → ∆が位相同値であるとは、向きを保つ自己同相写像 H : M → M ′, ϕ : ∆→ ∆であって図式

M

π

H // M ′

π′

ϕ // ∆

を満たすものの存在ときをいう。リーマン面の退化の位相同値類は、退化の持つ特異ファ

イバーの周りの位相モノドロミーによってほぼ決定される。ここでの位相モノドロミー

とは、退化 π : M → ∆ の一般ファイバー Xs = π−1(s) (s ∈ ∆ \ 0) を、∆ \ 0 上で

0 の周りを反時計回りに一周するループに沿って走らせることで得られる自己同相写像

f : Xs → Xs のアイソトピー類(つまり実閉曲面 Xs の写像類)[ f ]として定義される。

退化の位相モノドロミーは必ず、写像類群のクラスでいう負型擬周期的な写像類にな

∗ E-mail: [email protected] ※ 2015年 9月までは九州大学に所属。

1

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3

M

π

0∆

120

図 1 リーマン面の退化 π : M → ∆の例と、それに対応する周期的な位相モノドロミー。

る。写像類 [ f ]が負型擬周期的であるとは、ある正整数 N が存在して、[ f ]N が自明かあ

るいは有限個の交わらない単純閉曲線に沿った右手デーンツイスト達の冪の合成かのいず

れかであるときをいう。例えば、周期的写像類(図 1右)や右手デーンツイストは明らか

に負型擬周期的である。[MM]において、負型擬周期的写像類を表すデータの整備が行わ

れ、さらにそれらを位相モノドロミーに持つ退化の存在性を示すことで、リーマン面の退

化の位相型と曲面写像類群との間の対応関係による分類が成し遂げられた。

定理 1.1 ([MM]). 種数 g ≥ 2のリーマン面の極小な退化の位相同値類と、種数 gの実有向

閉曲面の写像類群 MCGg における負型擬周期的写像類の共役類とは、位相モノドロミー

を通して一対一に対応する。

2 特異ファイバーの分裂

本稿での興味の対象は、退化して現れる特異ファイバーに対する「分裂現象」のトポロ

ジーである。∆† を Cの十分に小さい原点中心の開円板とし、特異ファイバー X0 を持つ

与えられたリーマン面の退化 π : M → ∆ をパラメータ t ∈ ∆† によって複素解析的に摂動することで複素曲線族の族 πt : Mt → ∆t t ∈∆† が得られたとしよう。ここで、摂動後t , 0における πt : Mt → ∆t が複数の特異ファイバーを持つとき、特異ファイバー X0 は

それらの特異ファイバーに分裂するという。

この分裂を法とした分類、即ち原子ファイバー(それ以上分裂することができない特異

ファイバー)の決定は非常に興味深い。例えばレフシェッツファイバーや多重リーマン面

2

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M

π0

MMt M0

πt π0

∆t ∆0

t 0Ơ

図 2 リーマン面の退化 π : M → ∆と、それに対する分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆† の例。

(複素曲線としては滑らかだが重複度を持つもの)は原子ファイバーであることが知られ

ているが、一方、それら以外の特異ファイバーはレフシェッツファイバーや多重リーマン

面に分裂すると予想されている。実際に、超楕円的な退化に対する二重被覆を経由した分

裂の構成法([Mo], [H], [AA])や、後述する剥離変形による分裂の構成法([T])によって

一部の特異ファイバーの分裂可能性が示されているが、既存の構成法では分裂させること

のできない特異ファイバーも確認されており、その突破に足る構成理論が待たれるのが現

状である。

上で述べた「摂動による分裂」をより正確に定義しておく。ある複素 3次元多様体Mから ∆×∆† への固有平坦全射正則写像 Ψ :M → ∆×∆† を考えよう。このとき、各 t ∈ ∆†

に対して、∆t := ∆ × tとおき Mt :=(proj2 Ψ

)−1 (t) とすると πt := Ψ|Mt : Mt → ∆t は複素曲線族となる。ここで与えられたリーマン面の退化 π : M → ∆が π0 : M0 → ∆0 と

一致すると仮定すると、πt : Mt → ∆t (t , 0) は π : M → ∆を摂動したものとみなすことができる。こうした “複素曲線族の族” Ψ : M → ∆ × ∆† を退化 π : M → ∆ の変形族と呼び、特に、各 πt : Mt → ∆t (t , 0) が複数の特異ファイバーを持つとき、分裂族と呼ぶ

(図 2右)。つまり、分裂族の存在性を以て特異ファイバーの分裂可能性は定義される。

二つの分裂族は、分裂後同じ組の位相型の特異ファイバー達が現れるとき、同じ分裂型

を持つということにしよう。例えば、楕円曲線の退化を分類した [K]の記号に基づく分裂

の描写 I I∗ −→ IV ∗ + I1 + I1 などは分裂型を表している。

特異ファイバーの「分裂のトポロジー」とはどうとらえればよいだろうか?先の分裂型

では、変形後の曲線族の情報を大きく損ねてしまっていることに注意したい。一つには、

変形前と変形後の曲線族が位相同値であることによる定義があろう。つまり二つの分裂族

Ψ :M → ∆ × ∆† と Ψ′ :M ′ → ∆ × ∆† が弱位相同値であるとは、各 t ∈ ∆† に対し向きを

3

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保つ自己同相写像 Ht : Mt → M ′t , ϕt : ∆t → ∆t が存在して図式

Mt

πt

Ht // M ′t

π′t

∆tϕt // ∆t

を満たすときをいう。1 さらに、二つの分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆† と Ψ′ :M ′ → ∆ × ∆† が位相同値であるとは、向きを保つ同相写像H :M →M ′, φ : ∆×∆† → ∆×∆†, φ : ∆† → ∆†

であって図式

M

Ψ

H //M ′

Ψ′

∆ × ∆†

proj2

φ // ∆ × ∆†

proj2

∆†φ // ∆†

を可換にするものの存在により定められよう。

3 分裂族の位相モノドロミー

リーマン面の退化の位相型は、定理 1.1 により、曲面写像類群との間の位相モノドロ

ミーを通した対応関係を以て分類された。では一方、分裂族の位相型だとどうであろう

か? [O2]では、分裂族の位相的分類の上で重要な役割を果たすと期待されるものとして、

退化の位相モノドロミーの類似である分裂族の位相モノドロミーなるものを新たに導入

した。

まず、分裂族 Ψ : M → ∆ × ∆† は複素曲線族の族であることに改めて注意したい。また、退化では一般ファイバーであるリーマン面が中心ファイバーである特異曲線に近

づいていったが、一方分裂族では、特異ファイバーを一本しか持たない中心にある退化

がスタート地点であり、それを外に動かした先にあるのが複数の特異ファイバーを持つ

複素曲線族である。したがって、t0 ∈ ∆† \ 0 をとったときの分裂族の “基点複素曲線

族” たる πt0 : Mt0 → ∆t0 は複数の特異ファイバーを持つ。術語を簡単にする為、以下で

は、有限個の特異ファイバーを持つ開円板上の複素曲線族を退化族と呼ぶことにする。さ

1 t1, t2 ∈ ∆† \ 0 に対する πt1 と πt2 (π′t1と π′t2

)は位相同値である為、実際には t = 0 とあるt0 ∈ ∆† \ 0に対して満たせばよい。

4

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らに、分裂前の退化 π0 : M0 → ∆0 ではなく、基点退化族 πt0 : Mt0 → ∆t0 を π : M → ∆で表す。

準備として、退化族の写像類群を定義しておこう。π : M → ∆に対し、向きを保つ二つの自己同相写像 F : M → M , ϕ : ∆→ ∆であって図式

M

π

F // M

π

ϕ // ∆

を満たすものを考える。(∆ より一回り小さい閉円板上に制限し、境界を保つものを考

えても良い。)この組 (F, ϕ) を退化族 π : M → ∆ の自己同相写像とみなす。この自己同相写像は、一般ファイバーは一般ファイバーに、特異ファイバーは特異ファイバー

に移し、同じ位相型の特異ファイバーがあればそれらを置換し得る。π の自己同相写像

全体 Homeo+(π) := (F, ϕ) : π F = ϕ π は位相群を成し、実閉曲面の場合と同様にMCG(π) := π0(Homeo+(π)) によって退化族 π : M → ∆の写像類群を定義する。分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆† の位相モノドロミーは、以下にようにして自然に定義される。

t0 ∈ ∆† \ 0 をとり、t0 上の基点退化族を π : M → ∆ (= ∆t0 ) とする。γ を t0 を通り

∆† \ 0上で 0の周りを反時計回りに一周する単純閉曲線とする。

Ψ−1(∆ × γ)

Ψ |∆×γ−−−−−→ ∆ × γproj2−−−−→ γ

を考えよう。ここで Ψ−1(∆ × γ) は実 5 次元多様体、∆ × γ はトーラス体。このときΨ|∆×γ : Ψ−1(∆ × γ) → ∆ × γ が γ 上で(トポロジカルに)局所自明であることが Thom’s

second isotopy lemma から従う。こうして Ψ|∆×γ の自明化を γ に沿って貼り合わせていくことができ、基点退化族 π : M → ∆の自己同相写像 (F, ϕ) を得ることができる。この

(F, ϕ) をモノドロミー同相写像と呼ぶ。これは γ の取り方や自明化の貼り合わせに依存す

る為、“アイソトピー類”をとる必要がある。(F, ϕ) に対応する π の写像類群MCG(π) に

対応する [F, ϕ]を分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆† の分裂位相モノドロミーまたは単に位相モノドロミーと呼ぶ。

ポリドロミー写像

ここで、分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆† の特異値集合 D := Ψ(Sing(Ψ)) に注目しよう。D は∆ × ∆† 内の (複素)平面曲線であり、(0,0) にのみ特異点を持ちうる。∆ × γ とは横断的に交わり、L := D ∩ (∆× γ) は ∆× γ の中で閉ブレイドを成す。(図 3参照。)特異値集合 D

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MMt0M0

∆t0

t00Ơ

図 3 分裂族の例と、その位相モノドロミー、特異値集合の成す閉ブレイド。

の既約分解を D = D1⨿D2

⨿ · · ·⨿Dℓ とすると、Ki := L ∩ Di (i = 1,2, . . . , ℓ)はそれ

ぞれ L の結び目成分となっている。

これに対応させて、基点退化族である π : M → ∆ = ∆t0 の特異値達を Di := Di ∩ ∆t0 =

Ki ∩ ∆t0 (i = 1,2, . . . , ℓ) と選り分けておく。さらに Xi :=⨿

s∈DiXs とおく。このとき、

(F, ϕ) を分裂族 Ψ のモノドロミー同相写像とすると、ϕ は Di の特異値達を、F は Xi の

特異ファイバー達を巡回置換させる。ci := #Di とおくと Xi の各特異ファイバーは Fci

を作用させて初めて自分自身に戻る。同じ位相型の特異ファイバーから成る Xi を房と呼

び、F の房 Xi への制限 f i := F |Xi : Xi → Xi を Xi の(位数 ci の)ポリドロミー写像と

呼ぶ。

特にここでは位数 c1 = 1なるポリドロミー写像を考えよう。つまり一つの特異ファイ

バー Xs1 が房を成し(X1 = Xs1 )、対応するブレイド K1 はピュアブレイドとなっている。

このとき、特異ファイバーの各成分へのポリドロミーの作用は負型擬周期的であるとい

う、退化に対する定理 1.1に類似する結果を分裂族にも期待させるものが得られる。

定理 3.1 ([O2]). f1 : Xs1 → Xs1 を、分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆† の位数 1のポリドロミー写

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像とする。Θを Xs1 の既約成分の一つとし、bを f b1 (Θ) = Θをみたす最小の正整数とす

る。このとき、ポリドロミー写像 f b1 |Θ : Θ→ Θは負型擬周期的である。

注意 3.2. ここではモノドロミー同相写像の特異ファイバーの非交和への制限を考えた。一方、一般ファイバーの非交和への制限は、基点退化族における特異ファイバーの位相モ

ノドロミーと先述のブレイドによる作用とで記述され、それによってポリドロミー写像は

およそ決定されると考えられる。しかし、実際に二つの分裂族の位相相違を判定する上で

の計算を考慮すると一般ファイバー側から解析するのは困難であり、その点でポリドロ

ミー写像は以降の節で示す通り判定しやすく大変有効である。

4 剥離変形族

次に、剥離変形によるリーマン面の退化に対する分裂族の構成法2 を紹介しよう。剥離

変形族には位数 1のポリドロミー写像を持つ特異ファイバーが存在し、特にそのポリドロ

ミー写像は、次の節で示すように変形族の構成で用いた部分因子によって明示される。

まず、退化の線型性を定義する。与えられたリーマン面の退化 π0 : M0 → ∆0 の特異

ファイバー X0,0 は(必要ならば適当にブローアップすることで)高々正規交差しか持た

ず、且つ各既約成分が滑らかであると仮定する。X0,0 の一つの既約成分 Θに着目し、そ

の重複度を m とおく。Θは h個の点 p1,p2, . . . ,ph で他の既約成分達と交わり、相手の既

約成分の重複度がそれぞれ m1,m2, . . . ,mh であるとしよう。さらに NΘ を M における Θ

の法束とする。このとき、Θ上の因子 P :=∑h

j=1 m j pj について、

N ⊗(−m)Θ

OΘ (P)

が成り立つ。ここで、右辺は P で定義される Θ 上の線束である。すなわち、Θ 上の線

束 N ⊗(−m)Θ

には点 pj ( j = 1,2, . . . ,h) で位数 m j の零点を持つ正則切断 σ が存在する。線

束 NΘ の変換関数gαβ

に対して線束 N ⊗(−m)

Θの変換関数は

g−mαβ

となることに注意す

ると、πΘ(z, ζ ) := σ(z)ζm (z は底方向、ζ はファイバー方向の NΘ の局所座標)は NΘ上の正則関数を与えることがわかる。π−1

Θ(0) は、NΘ の零切断と pj 上のファイバー達と

から成り、その重複度はそれぞれ m,m j である。以上の考察の上で、リーマン面の退化

π0 : M0 → ∆0 が線型であるとは次を満たすものとして定義される。

2 このセクションで用いる術語は、剥離変形が導入された [T]におけるものとは少し異なることに注意。注意 4.2参照。

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• X0,0 の各既約成分 Θの M0 における管状近傍と、その法束 NΘ の零切断の管状近傍

とが双正則である。

• 上の双正則写像による同一視の下、π0 は各既約成分 Θの周りで πΘ と一致する。

• X0 の既約成分の管状近傍達はそれぞれ plumbingで貼り合わされている。

X0,0 を π0 で定まる M 上の因子 div(π) =∑

mΘ とみなし、そのある効果的部分因子

Y =∑

nΘを考える。さらに、ℓ を ℓY ≤ X0(つまり任意の既約成分に対して ℓn ≤ m)を

満たすある正の整数とする。このとき、(Y, ℓ) がクラストであるとは、各既約成分におい

て (Y, ℓ) が「クラスト条件」と呼ばれる条件達のうちの一つを満たすときをいう。クラス

ト条件を満たす既約成分の周りでは、(Y, ℓ) に関連付けられた π0 の局所的な変形族を構成

することができる。紙面の都合上、全てのクラスト条件を挙げることはできないが、その

うちの一つを次に紹介する。

既約成分 Θの周りに制限した線型な退化 πΘ : NΘ → ∆0 は πΘ(z, ζ ) = σ(z)ζm で表され

div(σ) =∑h

j=1 m j pj を満たすのであった。Θが点 p1,p2, . . . ,ph で交わる他の既約成分そ

れぞれの Y における “形式的重複度”、つまり∑

nΘにおける係数を n1,n2, . . . ,nh とする

と、PY :=∑h

j=1 n j pj は P =∑h

j=1 m j pj の部分因子である。既約成分 Θにおいて (Y, ℓ) が

クラスト条件 (A) を満たすとは、Θ上にある効果的因子 QY :=∑k

i=1 aiqi が存在して、

N ⊗(−n)Θ

OΘ (PY −QY )

なるときをいう。ただし、Supp PY ∩ Supp QY , ∅ (つまり pj = qi ならば n j = 0 ま

たは ai = 0 )とする。すなわち、Θ 上の線束 N ⊗(−n)Θ

の有理型切断 τ であって、点 pj

( j = 1,2, . . . ,h)で位数 n j の零点を、点 qi (i = 1,2, . . . , k)で位数 ai の極を持つものが存在

する。この τを用いて、既約成分 Θの周りでの πの局所的な変形族 Ψ : NΘ×∆† → ∆×∆†

Ψ(z, ζ , t) = *,σ(z)ζm(1 +

tτζn

)ℓ, t+-

(=

(σ(z)τ(z)−ℓζm−ℓn

(τζn + t

)ℓ , t) )

で定義しよう。これを ∆0 = ∆×0上に制限すると明らかに π0(z, ζ ) = πΘ(z, ζ ) = σ(z)ζm

と一致する。それに対し ∆t = ∆ × t (t , 0) 上に制限した πt : NΘ × t → ∆t については、その中心ファイバー π−1

t (0) をなす既約成分を調べると、NΘ の零切断と pj 上のファ

イバー達(それぞれ重複度は m − ℓn,m j − ℓn j に下がっている)のみでなく、新たに重複

度 ℓ の既約成分が現れていることがわかる。この既約成分は t を 0に近づけていくと他の

既約成分に貼り付いていくことから、逆に摂動によって中心ファイバーから剥がれたもの

であると思える。この既約成分を剥離成分と呼ぶ。

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X0,0

Y

X0

図 4 特異ファイバーに対するシンプルクラストによる剥離変形の例。

各既約成分の周りで構成されたこうした局所的な変形族は、クラスト (Y, ℓ) がある条件

を満たすとき(シンプルクラストと呼ぶ)、整合性を保ちつつ大域的に貼り合わせること

ができる。この貼り合わせで得られる π0 : M0 → ∆0 に対する変形族 Ψ : M → ∆ × ∆†

を剥離変形族と呼ぶ。このとき、π0 の変形 πt : Mt → ∆t (t , 0) の中心ファイバー

X0 := π−1t (0) は、もとの特異ファイバー X0,0 に由来する重複度の下がった既約成分達と

新たに現れた重複度 ℓ の剥離成分達とから成り、これを特に主ファイバーと呼ぶ。図 4参

照。もとの特異ファイバー X0,0 と主ファイバー X0 の位相型が異なるならば、πt は必ず

X0 以外にも特異ファイバーを持つ。したがって非自明な剥離変形族は一般に分裂族であ

ることがわかる。こうして、以下の剥離変形による分裂可能性定理が得られる。

定理 4.1 ([T], [O3]). リーマン面の線型な退化に対して、その特異ファイバーが非自明なシンプルクラストを持つならば、分裂族が存在する。

注意 4.2. このセクションでは [O3]でより一般化された剥離変形としての術語を用いてい

るため、[T]で導入されたものとは少し異なることに注意。この一般化によって、与えら

れた特異ファイバーに対する分裂型はより多様なものが得られるようになった。

5 剥離変形族のポリドロミー写像

Ψ : M → ∆ × ∆† をリーマン面の退化 π0 : M0 → ∆0 に対するシンプルクラスト (Y, ℓ)

による剥離変形族とする。また、t0 ∈ ∆† \ 0 上の基点退化族 π : M → ∆ = ∆t0 に対する

Ψのモノドロミー同相写像 (F, ϕ) をとる。基点退化族 π は主ファイバー X0 とそれ以外に

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特異ファイバーを持つが、F は主ファイバーを主ファイバーに移す。つまり主ファイバー

X0 は位数 1のポリドロミー写像を持つ。この各既約成分への作用が負型擬周期的である

ことは定理 3.1から従うが、剥離変形族の場合は以下により作用が具体的に記述される。

定理 5.1 ([O2]). Ψ :M → ∆ × ∆† をシンプルクラスト (Y, ℓ) による剥離変形族、π : M →∆ = ∆t0 をその t0 ∈ ∆† \ 0 上の基点退化族とし、X0 を π の主ファイバーとする。この

とき、 f : X0 → X0 を X0 の(位数 1の)ポリドロミー写像とすると、X0 の各既約成分 Θ

に対し次が成り立つ。

(i) Θが剥離成分でなければ、 f (Θ) = Θでありかつ f |Θ は自明に作用する。(ii) Θが剥離成分ならば、f b (Θ) = Θなる最小の正整数 bに対して、f b |Θ は、 1

b Y(の

極小拡張)を特異ファイバーとして実現するリーマン面の退化が持つモノドロミー

同相写像とアイソトピックである。

特に、いずれの作用も負型擬周期的である。

証明のアイディアとしては、まず ∆†0 := 0 × ∆† ⊂ ∆ × ∆†, M†0 := Ψ−1(∆†0

)⊂ M とお

き、Ψ の ∆†0 上への制限 π†0 := Ψ|

M†0: M†0 → ∆

†0 を考える(つまり、分裂変形パラメータ

ではなく退化パラメータを固定する)。M†0 が滑らかでないため π†0 そのものは複素曲線族

になっていない。ただし集合としては、中心ファイバーは特異ファイバー X0,0 と、一般

ファイバーは変形後の複素曲線族の主ファイバー X0 と一致しており、この π†0 : M†0 → ∆

†0

( ∆†) の “位相モノドロミー” が、我々のポリドロミー写像と対応していることがわか

る。この複素曲線族もどき π†0 : M†0 → ∆†0 を予め十分に一斉ブローアップしておき、さら

に適当に制限してやることによって、主ファイバー X0 の既約成分 Θ を一般ファイバー

に持つ ∆†0 上の複素曲線族が得られる。剥離成分以外の既約成分 Θ については自明な族

Θ × ∆†0 → ∆†0 となり、剥離成分については Y の極小拡張3を特異ファイバーに持つリーマ

ン面 b個の退化となる。ここで定理 1.1を適用することで定理 5.1が示される。

異なるポリドロミー写像を持つ分裂族

定理 5.1を用いることで得られる、同じ分裂型でありながら異なるポリドロミー写像を

持つ(よって位相同値でない)二つの分裂族という興味深い例を最後に紹介しよう。

3 一般には Y そのものは特異ファイバーとして実現され得ない為、幾つかの既約成分を補った極小拡張をとり、それを特異ファイバーとして実現するリーマン面の退化を再構成する。

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種数 2のリーマン面の線型な退化 π0 : M0 → ∆0 であって、星形特異ファイバー

X0,0 = 10Θ0 +

3∑j=1

Ch( j )

Ch(1) = 5Θ(1)

1Ch(2) = 4Θ(2)

1 + 2Θ(2)2

Ch(3) = 1Θ(3)1

を持つものを考える。ここで、Θ0 は種数 0の既約成分、Ch(1) ,Ch(2) ,Ch(3) は種数 0の既

約成分 Θ( j )i (の直鎖)からなりそれぞれ Θ( j )

1 の一点で Θ0 と交わっているものとする。

図 5参照。これに対する二つの剥離変形を考えよう。

Barking 1. まず、X0,0 の部分因子 Y を

Y = 3Θ0 +

3∑j=1

ch( j )1 ,

ch(1)

1 = 1Θ(1)1

ch(2)1 = 1Θ(2)

1ch(3)

1 = 1Θ(3)1

で定義する。証明は省略するが、(Y,1) は各既約成分がクラスト条件のいずれかをみたし、

さらに X0,0 のシンプルクラストであることがわかる。したがって (Y,1)による剥離変形族

Ψ :M → ∆ × ∆†,が存在し、その中で特異ファイバー X0,0 は図 5左のように Y が剥がれ

落ちるように変形し、変形後の退化族 πt0 : Mt0 → ∆t0 の主ファイバー X0 となる。さらに

[O1]で得られた判定法を用いることで、πt0 : Mt0 → ∆t0 は X0 の他に 3本のレフシェッ

ツファイバーを持つことがわかる。

πt0 : Mt0 → ∆t0 を基点退化族とする Ψ のモノドロミー同相写像を (F, ϕ) としよう。こ

のとき F は主ファイバーを主ファイバーに移し、他の 3本のレフシェッツファイバーを巡

回的に置換する。特に、主ファイバーに制限したポリドロミー写像は、剥離成分には位数

3の周期写像として作用し、他の成分には自明に作用する。実際、定理 5.1より、剥離成

分への作用は Y を特異ファイバーとして実現する退化の位相モノドロミーに対応するが、

この場合 Y は、[K]でいう楕円曲線の退化の IV 型と呼ばれる特異ファイバー(正確には

そのブローアップ)として実現され、そのモノドロミーは周期 3である。(星形特異ファ

イバーのモノドロミーは周期的であり、その周期は中心既約成分の重複度と一致する。)

Barking 2. 次に、X0,0 の部分因子 Y ′ を

Y ′ = 6Θ0 +

3∑j=1

ch( j )2 ,

ch(1)

2 = 3Θ(1)1

ch(2)2 = 2Θ(2)

1ch(3)

2 = 1Θ(3)1

で定義しよう。この場合も (Y ′,1) は X0,0 のシンプルクラストとなり、(Y ′,1) による剥離

変形族 Ψ′ :M ′ → ∆ × ∆†,であって、特異ファイバー X0,0 が図 5右のように変形し、変

形後 π′t0: M ′t0

→ ∆t0 における主ファイバー X ′0 となるものが得られる。

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X0,0

Y

X0

X0,0

Y ′

X ′0

図 5 特異ファイバー X0,0 に対するシンプルクラスト (Y,1) と (Y ′,1) による剥離変形。

基点退化族 π′t0: M ′t0

→ ∆t0 における Ψ′ のモノドロミー同相写像を (F ′, ϕ′) としよう。

この例でも先の Ψと同様に、π′t0: M ′t0

→ ∆t0 は X ′0 の他に 3本のレフシェッツファイバー

を持ち、F ′ はそれらを巡回的に置換する。一方、主ファイバーに制限したポリドロミー

写像は、剥離成分には位数 6の周期写像として作用し、他の成分には自明に作用する。実

際、Y ′は楕円曲線の退化の I I 型特異ファイバー(の三回ブローアップ)として実現され、

そのモノドロミーは周期 6である。

Comparison. 得られた2つの剥離変形族 Ψ : M → ∆ × ∆† と Ψ′ : M ′ → ∆ × ∆† とは、それぞれの主ファイバー X0 と X ′0 の位相型が異なり他の付随する特異ファイバーは

全てレフシェッツファイバーである為、分裂族として明らかに分裂型が異なる。しかしな

がら、主ファイバーは両者とも (−1) 曲線を含んでおり、四回ブローダウンによってレフ

シェッツファイバーとなる。正確には、双方の分裂族は (−1) 曲線の族を含んでおり(実

際、元の特異ファイバー X0,0 も (−1) 曲線を含んでいる)、その (−1) 曲線の族を一斉ブ

ローダウンし、それを四回繰り返すことでそれぞれ極小な退化の分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆†

と Ψ′ : M ′ → ∆ × ∆† が得られる。もともと主ファイバーであった X0 と X ′0 はブローダ

ウンされてレフシェッツファイバー X0 と X ′0 となり、Ψと Ψ′は同じ分裂型となる。図 6

参照。

Ψ と Ψ′ は既に剥離変形族でないことに注意。しかしながら、これらの分裂族のモノ

ドロミー同相写像と元の剥離変形族のモノドロミー同相写像とは、ブローダウンされた

(−1) 成分たちを除いてそれぞれ一致することが構成から明らかにわかる。特に、Ψ のレ

フシェッッツファイバー X0 は Ψの剥離成分と対応し、一方 Ψ′ のレフシェッッツファイ

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図 6 ブローダウンされた後の分裂族 Ψ :M → ∆ × ∆† と Ψ′ :M ′ → ∆ × ∆† の模式図。

バー X ′0 は Ψ′の剥離成分と対応する為、X0 と X ′0 のポリドロミー写像はそれぞれ周期 3、

周期 6で作用する。Ψ′ の X ′0 以外の 3本のレフシェッツファイバーにはモノドロミー同

相写像は巡回的に作用するため、周期 3のポリドロミー写像を持つ特異ファイバーは Ψ′

には存在しない。故に、分裂族 Ψと Ψ′は異なるポリドロミー写像の組を持つ。故に位相

同値でない。

命題 5.2. 二つの分裂族であって、同じ分裂型を持ちながら位相モノドロミーが異なる(故に位相同値でない)ものが存在する。

謝辞 この度このような素晴らしい講演の機会を頂けたことを光栄に思います。本研究

集会「特異点と多様体の幾何学」には初めて出席させて頂きましたが、これまで開催され

ていた回には予定が合わず涙を飲んでいた為、今回参加できることを大変楽しみにしてお

りました。世話人の皆様には心より御礼申し上げます。

参考文献

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Visualization of the links of certain singularities

Atsuko Katanaga

1 Abstract

In this report, we give geometric descriptions of the links of some complexthree-dimensional hypersurface isolated singularities, which is based on theresults in [K-N-S14]. This is motivated by attempt to understand the higherdimensional links geometrically.

2 Introduction

We start with Milnor’s classical study in [Mil68] and some known results(see for example [BG08] and [Dim92]).

Let f be a non-constant polynomial in C [z1, . . . , zn+1]. Denote by Xf

the algebraic variety defined by the polynomial f . A point z ∈ Xf is asingular point of Xf if its differential df vanishes at z. Let Xf has anisolated singularity at the origin z = 0. The intersection Lf of Xf and asufficiently small (2n+1)-sphere S2n+1 at the origin is called the link of thesingularity

Lf = Xf ∩ S2n+1.

Then the link Lf is a smooth (n−2)-connected (2n−1)-manifold. Sincethe non-vanishing homology groups Hi(Lf ,Z ) are only for i = 0, n −1, n, 2n − 1, such manifolds are called highly connected. On the otherhand, the classification of the highly connected manifolds are obtained, upto almost diffeomorphism, i.e., up to the connected sum with a homotopysphere, in [Wal67], [Bar65], [Cro01] and [Wil72].

The important fact is that the topology of the singularity is determinedby the homeomorphism type of the embedding of the link Lf into the sphereS2n+1.

If a point z ∈ Xf is non-singular, then the link is diffeomorphic to thestandard ”unknotted sphere” in S2n+1 from the Morse Lemma. Especially,

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a normal surface singularity is non-singular if and only if the link is dif-feomorphic to S3 due to Mumford’s result [Mum61]. Note that the similarstatement does not fold in higher dimensional cases; for the famous example[Bri66] fk = z6k−1

1 + z32 + z23 + z24 + z25 for 1 ≤ k ≤ 28, all links Lfk arehomeomorphic to S7, however all Lfk are exotic 7-spheres.

In the case of Brieskorn-Pham polynomials f = za11 + za22 + · · ·+ zan+1

n+1 ,where ai ≥ 2, there are many results and the link is called the Brieskornmanifolds Σ(a1, . . . , an+1). Note that the topology of these singularities areall different if the weights (a1, . . . , an+1) are different, which is due to theresult of [Y-S78].

Consider the polynomial f = g(z1, z2, . . . , zn)+zkn+1, where f is a weightedhomogeneous polynomial with an isolated singularity at the origin. ThenLf is regarded as the k-fold branched cyclic cover of S2n−1 with a branchset Lg (see [Kf74] and [Bre73], for more general cases see [Neu74]).

Here we will give geometric descriptions of the links of some complexhigher dimensional hypersurface isolated singularities more directly.

The author expresses her gratitude to the organizers and all membersof the conference in Kusatsu for their support and useful comments. Theauthor also expresses her thanks to Professors A. Nemethi and A. Szucs fortheir warm hospitality in Hungary, and to Professor O. Saeki for his supportfor her visit Hungary.

3 z21 + z22 + · · ·+ z2n+1

In order to study the higher dimensional links geometrically, first we considerthe following links of the singularities defined by the polynomial

fn+1 = z21 + z22 + · · ·+ z2n+1

in (C n+1, 0), which seems to be the simplest example.

The geometrical description of the link Lf can be obtained directly byreplacing the complex coordinates into the real one; let zj = xj +

√−1yj ,

where xj , yj ∈ R , x = (x1, . . . , xn+1) and y = (y1, . . . , yn+1).

Lfn+1 = Xfn+1 ∩ S2n+1

= (x,y) ∈ R n+1×R n+1 | |x|2+|y|2 = 1, |x|2−|y|2 = 0, ⟨x, y⟩ = 0= (x,y) ∈ R n+1 × R n+1 | |x|2 = |y|2 = 1

2 , ⟨x, y⟩ = 0.

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The link Lfn+1 is considered as the boundary ∂(TSn) of the unit tangentbundle TSn of the n-sphere Sn. For n = 1, 3 and 7, the tangent bundleTSn of Sn is trivial since Sn is parallelizable. Therefore we have Lf2

∼=S1 × S0, Lf4

∼= S3 × S2, Lf8∼= S7 × S6. Note that the links of some

surface singularities including the A, D, E singularities are already studied,especially Lf3

∼= RP 3 since the link is homeomorphic to S3/Z 2.

Remark. It follows from the Brieskorn Graph Theorem (see [Bri66], [Dim92]and [BG08]) that Lfn+1 is a rational homology sphere if and only if n+ 1 isodd.

4 x2 + y2 + z2 + w2k

Consider the following links of the three-dimensional singularities definedby the polynomial

f2k = x2 + y2 + z2 + w2k

in (C 4, 0) for a positive integer k. It follows from the classical methods usedin [K-N08] that all links Lf2k are diffeomorphic to S3×S2; from Smale’s clas-sification of the simply-connected spin 5-dimensional manifolds in [Sma62],it is enough to calculate the second homology group H2(Lf2k) of the link.Especially, for the Brieskorn-Pham polynomials, there are several methodsof the calculation (see for example [Oka73], [Pha65]).

On the other hand, in [K-N-S14] the concrete diffeomorphism betweenLf2k and S3×S2 is constructed as follows: let TCP 1 be the tangent bundleand ε1C be the trivial complex line bundle over CP 1. Consider the complexC2-bundle TCP 1 ⊕ ε1C over CP 1 = S2 denoted by ζ. Note that its totalspace E(ζ) is diffeomorphic to S2 × R 4 since the bundle ζ is considered asa trivial R 4-bundle. Let E0(ζ) be the complement of the zero section inE(ζ). Then the space E0(ζ) is diffeomorphic to S3×S2×R 1. On the otherhand, Xf2k \ 0 is diffeomorphic to Lf2k ×R 1. If we can construct a concretediffeomorphism between E0(ζ) and Xf2k \ 0, then it follows from [Bar65]that the link Lf2k is diffeomorphic to S3 × S2.

We construct a diffeomorphism φk : E0(ζ) −→ Xf2k \0. By a coordinatetransformation of C4, Xf2k can be changed into

Xk =(x, y, z, w) ∈ C 4

∣∣ xy − z(z + wk) = 0.

The inclusion Ψ : E0(ζ) −→ C4 with imΨ = Xf2k \ 0 is described on twocharts:

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1)((a : b), x, w

), where a, b, x, w ∈ C, (a : b) ∈ CP 1, b = 0, and

∥x∥ + ∥w∥ = 0. Put t = ab ∈ C. The map Ψ on this chart is given by the

formulaΨ : (t, x, w) −→ (x, t2x+ twk, tx, w).

2) For a = 0, put t′ = ba . The map Ψ on this chart is given by the

formula

Ψ : (t′, y, w) −→ (t′2y − t′wk, y, t′y − wk, w).

The change of coordinates between the two coordinate charts of E0(ζ) is

t′ = t−1, w = w, x = t′2y − t′wk or y = t2x+ twk.

For more details see [K-N-S14].

Remark. Consider more general cases of this type, i.e.,

f2k = z21 + z22 + · · ·+ z2n + z2kn+1.

When n + 1 is odd, the link Lf2k is a rational homology sphere from theBrieskorn Graph theorem.

Remark. For the defining polynomials

f2k = z21 + z22 + · · ·+ z22n+1 + z2k2n+2,

the link Lf2k is (2n− 1)-connected (4n+ 1)-manifolds. According from theresult in [BG08], the diffeomorphism type of the link is one of the followingsfrom the diffeomorphism periodicity (see [D-K75]);

S2n × S2n+1, T, (S2n × S2n+1)#Σ4n+1,

where T is the unit tangent bundle of S2n+1, and Σ4n+1 is the Kervairesphere.

5 x2 + y2 + z2c + w2d

In the case of the following defining polynomials

f2c,2d = x2 + y2 + z2c + v2d, for (c, d) = 1

in (C 4, 0), where (c, d) is the greatest common divisor for positive integersc and d. All links are diffeomorphic to S3 × S2 in [K-N08] . We conjecturethat this case also could be possible to understand the links directly fromthe viewpoint of geometry.

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109

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Atsuko KatanagaSchool of General Education, Shinshu University3-1-1 Asahi, Matsumoto-shiNagano 390-8621, [email protected]

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カスプ特異点を与える開凸錐に作用する群の基本領域

土橋 宏康

nを 2以上の整数とし, N = Zn, NR = N⊗R(≃ Rn)とする。C が NR の開凸錐でC∩−C = 0をみたすとき, C を開強凸錐という。NR の開強凸錐 C に対してDC = C/R>0 とし, ΓC = γ ∈ GL(N) | γC = Cとする。[5] の定理 1 より ΓC は DC に固有不連続に作用する。したがって, [4] により ΓC の部分群 Γ が

条件「Γ は DC に固定点なしに作用し, DC/Γ はコンパクト」をみたせば

V \ p = (Rn +√−1C)/Γ · Zn

となるカスプ特異点と呼ばれる孤立特異点 (V, p) が存在する。一方, DC/ΓC がコンパクトならば, ΓC

の指数有限な部分群 Γ で DC に固定点なしに作用するものがある。例えば, 適切な自然数 l に対して

ker[SL(N) → SL(N/lN)] との交わりをとればよい。また, |Σ|(:=∪

σ∈Σ σ) = C ∪ 0 となる Γ-不変な扇

Σ が与えられれば, 特異点解消 (U,X)→ (V, p) が構成でき, 例外集合 X も具体的にわかる。ここで U は

トーリック多様体 TNemb(Σ) の X := TNemb(Σ) \ TN を含む Γ−不変な開集合の Γ による商空間であり,

X = X/Γ である。DC/ΓC がコンパクトとなる開強凸錐 C の存在については単体錐で Hilbert modular

cusp を与えるものが 2次元以上のすべての次元に存在することが知られている。他にも,数論的に与えられ

るものはあるが, 上記の扇が具体的にわかっているものは 3次元では [3] の Hilbert modular cusp に対す

るものと [4] にいくつかあるが, 4次元以上では [1] のものだけと思われる。C ∪ 0 に含まれる有理凸錐 σ

で σ \ 0 が Γ の C への作用の基本領域となるものが求まれば, 上記の条件をみたす扇を具体的に構成す

ることができる。本稿では, 多項式で定義された開強凸錐 C に対して ΓC の指数有限な部分群の作用の基

本領域を具体的に求めることを考える。

1 多項式で定義される開強凸錐の例

n を 2 以上の整数とし, P (x1, . . . , xn) を n 変数実数係数の斉次多項式とし C を t(x1, . . . , xn) ∈Rn | P (x1, . . . , xn) > 0 の連結成分の一つとする。明らかに C は開錐であるが凸とは限らない。

定理 ([5]定理 2) degP = 2 で C が強凸かつDC/ΓC がコンパクトならば, cP のすべての係数が整数と

なる正の実数 c が存在し, x ∈ Zn | P (x) = 0 = 0 である。

n ≥ 5 のときは, n 変数整数係数の斉次 2次多項式 P に対して P = 0 が非自明な実数解をもてば非自明

な整数解を持つことが知られている。したがって, 上の定理の仮定がみたされれば, n ≤ 4 であるから, 2次

の多項式により DC/ΓC がコンパクトとなる 5 次元以上の例を得ることはできない。また, n = 2 では上の

定理の逆も成り立つが, n ≥ 3 ではわかっていない。

例 1([5]). P = −x21 − x2

2 − x23 + 7x2

4 のとき, DC/ΓC はコンパクトである。

1

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k を次数 m の総実代数体とし, k ∋ a −→ ai ∈ R (i = 1, 2, . . . ,m) を埋め込みとする。Ik を k の代数的

整数の環とし, E+k を k の総正な単数の群とする。a1 = 1, a2, . . ., am を Q 上一次独立な Ik の元とし,

P = (a11x1 + a12x2 + · · ·+ a1mxm)(a21x1 + a22x2 + · · ·+ a2mxm) · · · (am1 x1 + am2 x2 + · · ·+ ammxm)

とすれば, P は整数係数のm次多項式である。C を t(1, 0, . . . , 0)を含む t(x1, . . . , xm) ∈ Rm | P (x1, . . . , xm) >

0 の連結成分とする, すなわち

C = t(x1, x2, . . . , xn) ∈ Rn | aj1x1 + aj2x2 + · · ·+ ajmxm > 0 for 1 ≤ ∀j ≤ m

である。L = Za1 + Za2 + · · · + Zam とし, E+k (L) = ϵ ∈ E+

k | ϵL = L とする。L は Ik の指数有限

な部分加群であるから, [E+k : E+

k (L)] < ∞ である。また, G(L) = ϵ ∈ Gal(k/Q) | ϵL = L とする。ϵ ∈ E+

k (L), G(L) に対して ϵai = ci1a1 + · · · + cimam ならば, (cij) ∈ GL(m,Z) を対応させることにより,

E+k (L), G(L) は ΓC の部分群とみなせる。このとき, E+

k (L) は C に固定点なしに作用し, DC/E+k (L) は

コンパクトである。得られる特異点は m次元 Hilbert modular cusp 特異点にほかならない。

例 2. k = Q(√2,√3), a1 = 1, a2 =

√2, a3 =

√3, a4 =

√6 とすれば, G(L) ≃ Z2 ⊕ Z2 であり,

P (x1, x2, x3, x4) = (x1 +√2x2 +

√3x3 +

√6x4)(x1 −

√2x2 +

√3x3 −

√6x4)

(x1 +√2x2 −

√3x3 −

√6x4)(x1 −

√2x2 −

√3x3 +

√6x4)

= x41 + 4x4

2 + 9x43 + 36x4

4 − 4x21x

22 − 6x2

1x23 − 12x2

1x24

−12x22x

23 − 24x2

2x24 − 36x2

3x24 + 48x1x2x3x4

である。

次に Q(x1, . . . , xn) を t(x1, . . . , xn) ∈ Rn | Q(x1, . . . , xn) > 0 の連結成分の一つが強凸錐となる整数係数斉次二次多項式とする。

P = Q(y11 , . . . , y1n) · · ·Q(ym1 , . . . , ymn ) yij = ai1xj1 + · · ·+ aimxjm

とすれば, P は整数係数 mn変数 2m次多項式であり, t(x1, . . . , xn) ∈ Rn | P (x1, . . . , xn) > 0 の連結成分の一つは強凸となる。例えば Q(x, y, z) = −x2 − y2 + 7z2, k = Q(

√2), a1 = 1, a2 =

√2 のとき

P =(−(x1 +

√2x2)

2 − (y1 +√2y2)

2 + 7(z1 +√2z2)

2)(−(x1 −

√2x2)

2 − (y1 −√2y2)

2 + 7(z1 −√2z2)

2)

である。

予想 多項式で定義される開強凸錐 C に対してDC/ΓC がコンパクトとなるとき, その多項式は上記のよ

うにして得られるものだけであろう。

2 基本領域

C を NR の開強凸錐とする。本節では ΓC の部分群 Γ に対して Γ の C への作用の基本領域を求めるこ

とを考える。M = Hom(N,Z), C∗ = x ∈MR | ⟨x, y⟩ > 0 for ∀y ∈ C \ 0 とする。C∗ ∩M の元 x0 と

ΓC の部分集合 ∆ に対して

σ(x0,∆) = y ∈ NR | 0 < ⟨x0, y⟩ ≤ ⟨tγx0, y⟩ for ∀γ ∈ ∆ ∪ 0,

Θ(x0,∆) = y ∈ NR | ⟨x0, y⟩ = 1, ⟨tγx0, y⟩ ≥ 1 for ∀γ ∈ ∆

2

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とする。明らかに, σ(x0,∆) = R≥0Θ(x0,∆) である。

C

Θ(x0,∆)

σ(x0,∆)

⟨x0, ∗⟩ = 1

⟨tγx0, ∗⟩ = 1 ⟨tδx0, ∗⟩ = 1

C∗

x0

tγx0tδx0

0

∆ の任意の元 γ に対して tγx0 ∈M であるから, Θ(x0,∆) の頂点は NQ の元である。したがって, ∆ が有

限集合で, Θ(x0,∆) ⊂ C ならば σ(x0,∆) は有理凸多面錐である。

補題 1. C∗ ∩M の任意の点 x0 と ΓC の任意の部分群 Γ に対して∪

γ∈Γ σ(tγx0,Γ) ⊃ C である。

証明 C の任意の点 y に対して w ∈ C∗ ∩ M | ⟨w, y⟩ ≤ ⟨x0, y⟩ は空でない有限集合であるから,

⟨tδx0, y⟩ = min⟨tγx0, y⟩ | γ ∈ Γ となる Γ の元 δ が存在する。このとき y ∈ σ(tδx0,Γ) である。

ΓC の任意の空でない部分集合∆に対して σ(x0,∆) ⊃ σ(x0, ⟨∆⟩)であるから,上の補題より, σ(x0,∆) = ∅,dimσ(x0,∆) = n となることがわかる。

命題 2. C∗∩M の点 x0 とΓC の部分群 ΓがΓx0 (:= γ ∈ Γ | tγx0 = x0) = 1をみたせば, σ(x0,Γ)∩Cは Γ の C への作用の基本領域である。

証明 Θ(x0,∆) の定義より, Γ の任意の元 γ に対して Θ(tγx0,Γ) = γ−1Θ(x0,Γ) であり, γ = 1 ならば

dim (σ(x0,Γ) ∩ σ(tγx0,Γ)) ≤ n− 1 である。したがって, 補題 1 より命題は成り立つ。

∆1, ∆2 が ΓC の部分集合で∆1 ⊂ ∆2 ならば, 明らかに Θ(x0,∆1) ⊃ Θ(x0,∆2) である。

命題 3. C∗ ∩M の点 x0 と ΓC の部分集合 ∆ に対して Θ(x,∆) ⊂ C ならば, Θ(x,∆) ∩N ⊂ Θ(x,ΓC)

である。

証明 ΓC の任意の元 γ とC \ 0∩N の任意の点 y に対して ⟨tγx0, y⟩ ≥ 1 となるから明らかである。

系 4. C∗ ∩M の点 x0 と ΓC の有限部分集合 ∆ に対して Θ(x0,∆) ⊂ C かつ Θ(x0,∆) のすべての頂点

が N に含まれるならば, ∆ を含む ΓC の任意の部分群 Γ に対して Θ(x0,∆) = Θ(x0,Γ) である。

σ(x0,Γ) が具体的にわかれば, (ΓC)x0= 1 であっても, (ΓC)x0

は有限群であるから, (ΓC)x0の σ(x0,Γ)

への作用の基本領域は容易にわかり, それは ΓC の C への作用の基本領域に等しい。

例 3. C を t(x1, x2, x3) ∈ R3 | − x21 − x2

2 + 3x23 > 0 の t(0, 0, 1) を含む連結成分とし, x0 = (0, 0, 1),

∆ = γ±1i | i = 1, 2 とする。ここで

γ1 =

2 0 3

0 1 0

1 0 2

, γ2 =

1 0 0

0 2 3

0 1 2

3

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である。Θ(x0,∆) は t(1, 1, 1), t(−1, 1, 1), t(−1,−1, 1), t(1,−1, 1) を頂点とする四角形である。したがって,

系 4 より Θ(x0,∆) = Θ(x0, ⟨∆⟩) である。また, γ ∈ GL(N) | γσ(x0,∆) = σ(x0,∆) は次の二つの元で生成される位数 8 の群であることは容易にわかる。 0 1 0

1 0 0

0 0 1

,

−1 0 0

0 1 0

0 0 1

この二つは ΓC の元でもある。したがって, ΓC の C への作用の基本領域は t(0, 0, 1), t(1, 0, 1), t(1, 1, 1) で

張られる三角錐である。

左図は C を平面 ⟨x0, ∗⟩ = 1 で切断したもの

薄い灰色が Θ(x0,∆)

∆ が ΓC の有限部分集合で σ(x0,∆) ⊂ C のとき, 上の例のように, ΓC の基本領域は容易にわかるが,

γ ∈ ⟨∆⟩ | γσ(x0,∆) = σ(x0,∆) は簡単にはわからない場合もある。σ(x0,∆) ∩C が ⟨∆⟩ の C への作用

の基本領域となるか否かは次の定理により判定できる。

定理 5. C∗ ∩M の元 x0 と ΓC の有限部分集合 ∆ が次の条件 (i)-(iv) をみたせば, σ(x0,∆) ∩ C は

Γ = ⟨∆⟩ の C への作用の基本領域であり, Σ = γτ | γ ∈ Γ, τ ≺ σ(x0,∆) は扇である。(i) σ := σ(x0,∆) ⊂ C。

(ii) γ ∈ ∆ ならば γ−1 ∈ ∆。

(iii) ∆ の任意の元 γ に対して F (γ) := σ ∩ γσ は σ の n− 1 次元面である。

(γF (γ−1) = F (γ) であり, σ の任意の n− 1次元面 τ に対して F (γ) = τ となる γ ∈ ∆ が存在する。)

(iv) ∂C に含まれない σ の任意の n − 2 次元面 λ に対して, γ1 · · · γl = 1, γ1 · · · γkσ ∩ σ = λ for

2 ≤ ∀k ≤ l − 2 となる自然数 l が存在する。ここで γ1, γ2, . . . は以下のようにして決まる ∆ の元である。

λ ≺ τ ≺ σ, dim τ = n − 1 となる τ を一つ選ぶ (この条件をみたす τ は二つあるが, l は選び方によら

ない)と τ = F (γ1) となる ∆ の元 γ1 が決まる。以下, λ = γ1F (γ2) ∩ F (γ1) = γ1 (γ2F (γ3) ∩ F (γ2)) =

γ1γ2 (γ3F (γ4) ∩ F (γ3)) = · · · をみたす ∆ の元 γ2, γ3, . . . が一通りに決まる。

σγ1σ

F (γ1) F (γ−1l )

γ1γ2σ

γ1γ2 · · · γl−1σ

λγ1F (γ2)

γ1γ2F (γ3)

γ−11 λ

σ

F (γ2)F (γ−11 )

γ2σ

γ1F (γ−11 ) = F (γ1)

γ2F (γ3)

4

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条件 (i) より Θ(x0,∆) は多面体であり, σ は有理凸多面錐である。

補題 6. ∂C に含まれない σ の任意の面 λ に対して Γλ := γ ∈ ΓC | γλ = λ は有限集合である。

証明 v1, v2, . . ., vs を λ のすべての一次元面上の N の原始元とし, ct(λ) = v1 + v2 + · · ·+ vs とすれば

ct(λ) は λ の内部の点であるから C に含まれる。また Γλ の任意の元 γ に対して γct(λ) = ct(λ) となる。

ΓC は DC に固有不連続に作用するので |Γλ| <∞ である。

Θ = Γ × (Θ(x0,∆) \ ∂C) / ∼ とする。ここで (δ1, y1) ∼ (δ2, y2) は δ1 = δ2, y1 = y2 であるか δ2 =

δ1γ1 · · · γk, y1 = γ1 · · · γky2, y1 ∈ γ1 · · · γiσ for 1 ≤ ∀i ≤ k となる ∆ の元 γ1, . . ., γk が存在することを意

味する。∼ が同値関係であることは容易にわかる。(δ1, y1) ∼ (δ2, y2) ならば (γδ1, y1) ∼ (γδ2, y2) となるの

で Γ は γ(δ, y) = (γδ, y) により Θ に作用する。

(δ1, y1) ∼ (δ2, y2) ならば δ1y1 = δ2y2 であるから, Γ-同変写像 p : Θ→ DC を p(δ, y) = pC(δy) により定

義できる。ここで pC : C → DC は自然な射影である。Θ(x0,∆) ⊃ Θ(x0,Γ) かつ∪

γ∈Γ γσ(x0,Γ) ⊃ C で

あるから, p は上への写像である。

補題 7. ∂C に含まれない σ の任意の面 λ に対して Γ0(λ) := γ1 · · · γl | γi ∈ ∆, λ ≺ γ1 · · · γiσ for 1 ≤∀i ≤ l は有限集合であり, Σλ := γτ | γ ∈ Γ0(λ), τ ≺ σ は扇である。さらに pλ : NR → Vλ := NR/Rλ

を自然な射影とするとき∪

γ∈Γ0(λ) pλ(γσ) = Vλ である。

証明 dimλ = n− 1, n− 2 のときはそれぞれ条件 (iii), (iv) より, 補題の主張は成り立つ。

以下 dimλ < n−2とし, dimλ < dimµとなる σ の面 µに対しては補題は成り立つと仮定する。Γ0(λ)が

無限集合と仮定すると σ の面は有限個であるから, Γµ := γ ∈ Γ0(λ) | γµ = λ が無限集合となる σ の面 µ

が存在する。Γµ の元 γ0 をとるとΓµγ−10 ⊂ Γλ となり,補題 6に矛盾する。Λλ = pλ(τ) | τ ∈ Σλ, λ ≺ τと

すると Λλ は有限集合である。また, Σλ の任意の n次元錐 σ1 とその任意の n−1次元面 τ で λ ≺ τ となるも

のに対して σ1∩σ2 = τ となる n次元錐 σ2 が Σλ 内に存在する。したがって |Λλ| = Vλ である。一方, λの余

次元に関する帰納法の仮定により, Λλ の任意の一次元錐 ω に対して Λ0ω := µ ∈ Λλ | µ ≺ ∃ν ∈ Λλ, ω ≺ ν

は扇である。したがって, Λλ も扇であるから Σλ もそうである。

上の補題により, ∂C に含まれない σ の任意の面 λ に対して p の (γ, y) ∈ Θ | γ ∈ Γ0(λ) への制限は一対一である。p は Γ-同変写像であるから, Θ は位相多様体であり, p は局所同相写像である。p は上への

写像であり, DC は単連結であるから, p は同相写像である。したがって, 定理 5 は成り立つ。

命題 8. Γ を ΓC の部分群, Σ を C ⊂ |Σ| ⊂ C をみたす Γ-不変な扇とするとき, Γ が DC に固定点なしに

作用するための必要十分条件は ∂C に含まれない Σ の任意の錐 λ に対して Γ(λ)(:= γ ∈ Γ | γλ = λ) = 1

となることである。

証明 z ∈ DC , γ ∈ Γ が γz = z をみたすとする。p−1C (z) ⊂ Int(λ) をみたす Σ の錐 λ が唯一つ存在す

る。このとき, λ ⊂ ∂C であり, γλ = λ である。逆に, λ ∈ Σ, γ ∈ Γ が λ ⊂ ∂C, γλ = λ をみたすとする。

u1, u2, . . ., ul を λ のすべての一次元面上の原始元とすれば, u0 := u1+u2+ · · ·+ul ∈ C であり, γu0 = u0

である。したがって, PC(u0) ∈ DC は γ の固定点である。

5

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上の命題において Σ = γτ | γ ∈ Γ, τ ≺ σ となる Σ の元 σ が存在するとき, ∂C に含まれない σ の任

意の面 λ に対して Γ(λ) = 1 が成り立てば, 命題は成り立つ。また, Γ(λ) = γ ∈ Γ0(λ) | γλ = λ であるから, 定理 5 の条件をみたす σ の面 λ に対して Γ(λ) = 1 が成り立つかは Γ0(λ) がわかれば, 容易に確かめ

ることができる。補題 7 により, Γ0(λ) は有限集合である。

Γ1(λ) := γ ∈ ∆ | λ ≺ F (γ) ∪ 1, Γj(λ) := γδ | γ ∈ Γj−1(λ), δ ∈ ∆, γ−1λ ≺ F (δ) ∪ Γj−1(λ)

とすれば, Γj(λ) ⊂ Γ0(λ) であり, Γj+1(λ) = Γj(λ) ならば, Γj(λ) = Γ0(λ) である。

3 3次元の例

C, x0, ∆, γi は例 3 のそれと同じとし, γ0 = γ1γ2γ−11 γ−1

2 γ1γ2 (下中図参照)とすれば,

γ0 =

−1 0 0

0 −1 0

0 0 1

である。γ0σ(x0,∆) = σ(x0,∆) であるが, γ0 = 1 であるから, σ(x0,∆) は ⟨∆⟩ の C への作用の基本領域

ではない。

σ γ1σ

γ2σ 1

11

−111

−1−11

σ

γ1σ

γ1γ2σ

γ1γ2γ−11 σ

γ1γ2γ−11 γ−1

2 σ

γ1γ2γ−11 γ−1

2 γ1σ

γ1γ2γ−11 γ−1

2 γ1γ2σ

σ δ1σ

δ1δ−12 σ

δ1δ−12 δ1σ

(δ1δ−12 )2σ

(δ1δ−12 )2δ1σ

次に, ∆2 = δ±1i | i = 1, 2 とする。ここで

δ1 =

2 0 3

0 −1 0

1 0 2

, δ2 =

−1 0 0

0 2 3

0 1 2

である。Θ(x,∆2) は例 3 のそれと同じになる。(δ1δ

−12 )3 = 1 となることから x, ∆2 は定理 5 の条件をみ

たすことがわかる (右上図参照)。

∆3 = δ±2 , ϵ±1 , ϵ±2 (ϵ1 = (γ1γ2γ1)

−1, ϵ2 = γ1γ

−12 γ1)とすれば, σ(x0,∆3) = R≥0u1+R≥0u2+· · ·+R≥0u6

である。ここで

u1 =

4

3

3

, u2 =

5

0

3

, u3 =

4

−33

, u4 =

−4−33

, u5 =

−503

, u6 =

−433

6

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である。x, ∆3 は定理 5 の条件をみたす (∵ ϵ2ϵ1δ2ϵ1ϵ2δ2 = 1, 右下図参照)。命題 8 より, Γ := ⟨∆3⟩ は DC

に固定点なしに作用し, DC/Γ は向き付け不能曲面であり, χ(DC/Γ) = −1 である。

δ2

ϵ1

F (ϵ1)

ϵ2

F (ϵ2)

F (δ2)

F (δ−12 )

F (ϵ−12 ) F (ϵ−1

1 )

u1

u2

u3u4

u5

u6

A

AAAAAAAAAAA

σ

u3

ϵ2σ

u′5

u′1

ϵ2ϵ1σ

u′4

ϵ2ϵ1δ2σ

u′2

ϵ2ϵ1δ2ϵ1σu′6

ϵ2ϵ1δ2ϵ1ϵ2σ

u2

u4

u′5 = ϵ2u5

u′1 = ϵ2ϵ1u1

u′4 = ϵ2ϵ1δ2u4

u′2 = ϵ2ϵ1δ2ϵ1u2

u′6 = ϵ2ϵ1δ2ϵ1ϵ2u6

4 4次元 Hilbert modular cusp 特異点の例

P , C を例 2のそれとする。x0 = t(1, 0, 0, 0), ∆ = γ±11 , γ±1

2 , γ±13 , (γ1γ2)

±1, (γ2γ3)±1, (γ1γ

−12 )±1, (γ2γ

−13 )±1

とする。ここで

γ1 =

3 4 0 0

2 3 0 0

0 0 3 4

0 0 2 3

, γ2 =

2 0 3 0

0 2 0 3

1 0 2 0

0 1 0 2

, γ3 =

5 0 0 12

0 5 6 0

0 4 5 0

2 0 0 5

はそれぞれ単数 3 + 2

√2, 2 +

√3, 5 + 2

√6 から導かれる ΓC の元である。Θ(x0,∆) は下図のようになる。

同じ色の辺どうしが ⟨∆⟩ の元で移り合う。灰色の辺の周りには四つ, それ以外の色の辺の周りには三つの

⟨∆⟩ による Θ(x0,∆) の像が集まる。

F2

f1

F3

F6

f5

F4

F7f2

F1

f4

F5

f6

f7f3

F1 : F (γ1)

F2 : F (γ2)

F3 : F (γ3)

F4 : F (γ1γ2)

F5 : F (γ1γ−12 )

F6 : F (γ2γ3)

F7 : F (γ2γ−13 )

f1 : F (γ−11 )

f2 : F (γ−12 )

f3 : F (γ−13 )

f4 : F ((γ1γ2)−1

))

f5 : F ((γ1γ

−12

)−1)

f6 : F ((γ2γ3)−1

)

f7 : F ((γ2γ

−13

)−1)

次に, ∆2 = δ1, δ2, δ3, γ1δ3, γ2δ3, γ1γ2δ3, γ2γ3δ1, γ3δ2 とする。ここで

δ1 =

1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 −1 0

0 0 0 −1

, δ2 =

1 0 0 0

0 −1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 −1

, δ3 = δ1δ2

7

117

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はそれぞれガロア群の元(√2 7→ −

√2,√3 7→

√3),(√

2 7→√2,√3 7→ −

√3),(√

2 7→ −√2,√3 7→ −

√3)

から導かれる ΓC の元である。∆2 の元はすべて位数が 2 であるが鏡映ではない。下図の灰色の線を中心

にした回転である。Θ(x0,∆2) は下図のようになる。黒以外の色のついた辺は同じ色のものどうしが ⟨∆2⟩の元で移り合う。

F3

F1

F2

F4

F7

F8 F5

F6

F1 : F (δ1)

F2 : F (δ2)

F3 : F (δ3)

F4 : F (γ1δ3)

F5 : F (γ2δ3)

F6 : F (γ1γ2δ3)

F7 : F (γ2γ3δ1)

F8 : F (γ3δ2)

σ2 = σ(x0,∆2) とするとき, σ2 ∪ δ1σ2 ∪ δ2σ2 ∪ δ3σ2 は σ(x0,∆) に等しい (下図参照)。

k = Q(√5,√11), とし, 単数 10 + 3

√11, 9 + 4

√5, 89 + 12

√55 から導かれる ΓC の元をそれぞれ γ1, γ2,

γ3 とし, ∆ をこの節の始めのものと同じとした場合も同じような形の基本領域が得られる。

F1

F2

F3

F12

F13F23

Fi : F (γi)

Fij : F (γiγj)

k = Q(√5,√7),

a1 = 1, a2 =√5, a3 =

√7, a4 =

√35,

9 + 4√5 7→ γ1, 8 + 3

√7 7→ γ2, 6 +

√35 7→ γ3,

∆ = γ±11 , γ±1

2 , γ±13 , (γ1γ2)

±1, (γ1γ3)

±1, (γ2γ3)

±1,(

γ1γ−12

)±1,(γ1γ

−13

)±1,(γ2γ

−13

)±1

とすると右図のような基本領域が得られる。

8

118

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5 高次元の例

4 ≤ n ≤ 9 とする。C を t(x1, x2, . . . , xn) ∈ Rn | − x21 − · · · − x2

n−1 + x2n > 0 の t(0, . . . , 0, 1) を含む

連結成分とし, x0 = (−n,−n + 1, . . . ,−1, n3), ∆ = δ1, δ2, . . . , δn とする。ここで 1 ≤ i ≤ n− 2 のとき

は δi を In の i 行と i+ 1 行を交換したもの (xi − xi+1 = 0 で表される超曲面での鏡映)とする。δn−1 は

In の (n− 1, n− 1) 成分を −1 に置き換えたものとし (xn−1 = 0 で表される超曲面での鏡映),

δn =

0 −1 −1−1 0 −1−1 −1 0

O

1

1

1

O In−4 O

−1 − 1 − 1 O 2

(−x1 − x2 − x3 + xn = 0で表される超曲面での鏡映)

とする。このとき, δ2i = In, (δiδi+1)3= In (1 ≤ i ≤ n − 3), (δn−2δn−1)

4= In, (δ3δn)

3= In,

(δn−1δn)2= (δiδj)

2= In (i < j − 1 かつ i, j = 3, n) となる。このことから, x0, ∆ は定理 5 の条件を

みたすことがわかる。また, σ(x0,∆) = R≥0v1 + · · ·+R≥0vn である。ここで

v1 =

1

0...

0

1

∈ ∂C, v2 =

1

1

0...

0

2

, v3 =

1

1

1

0...

0

3

, . . . , vn−1 =

1...

1

3

, vn =

0...

0

1

∈ C

である。

参考文献

[1] M. Ishida, Cusp singularities given by refelctions of stellable cones, International J. Math. 2, (1991)

635-657.

[2] T. Oda, Convex Bodies and Algebraic Geometry, Ergebnisse der Mathematik und ihrer Grenzgebiete

3. Folge-Band 15, Springer-Verlag, Berlin, Heidelberg, New York, London, Paris, Tokyo, 1987.

[3] E. Thomas and A. T.Vasquez, On the resolution od cusp singularities and the Shintani decomposition

in totally realcubic number fields, Math. Ann. 247 (1980), 1-20.

[4] H. Tsuchihashi, Higher dimensional analogues of periodic continued fractions and cusp singularities,

Tohoku Math. J. 35 (1983), 607-639.

[5] H. Tsuchihashi, Examples of four dimensional cusp singularities, in preparation.

9

119

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Hyperelliptic fibrations with high slope

石田 弘隆

f : S → Cを複素非特異射影一般型曲面から複素非特異射影曲線への相対的極小な種数

gの代数曲線束とする. 任意の多様体 •に対して, •の幾何種数とオイラー数をそれぞれpg(•), e(•)と表す.

Kf を f の相対的標準因子とする. このとき, χ(f) = deg f∗Kf を f の相対的オイラー ·ポアンカレ標数という. χ(f), K2

f と χ(OS), KSとの関係は以下の式により与えられる.

χ(f) = χ(OS)− (g − 1)(g(C)− 1),

K2f = K2

S − 8(g − 1)(g(C)− 1).

ただし, 多様体 •に対して, K•, χ(O•)はそれぞれ •の標準因子とオイラー ·ポアンカレ標数を表すものとする. また, 相対的オイラー数 e(f)を e(f) = e(S)− 4(g(C)− 1)と定める

と, ネーターの公式から, e(f) = 12χ(f)−K2f が成り立つ. ここで, f が局所自明ではない

ことと χ(f) > 0であることは同値であることから, λ(f) = K2f/χ(f)と定義し, これを f

のスロープという.

任意の相対的極小な種数 gの超楕円曲線束 f (すなわち, f の一般ファイバーが種数 gの

超楕円曲線)に対して,

K2f/χ(f) ≤

12− 8g + 4

g2(g is even),

12− 8g + 4

g2 + 1(g is odd).

(1)

が成り立つ (cf. [14, p. 114]). 特に, g = 2である場合には, λ(f) ≤ 7となる. 不等式 (1)が

最良であることは, g = 2のときには Szpiro (cf. [13, Proposition 2.5]) により示されてい

る. この証明には, 種数 2のモジュライ空間の佐武コンパクト化上の曲線から導かれる代

数曲線束の特異点解消と半安定還元から代数曲線束 f : S −→ Cを構成する方法を用いる.

そのため, 相対的オイラー ·ポアンカレ標数 χ(f)の値や底空間Cの種数 g(C)の値は分か

らない. また, 一般の場合には, X L. Liu and S L. Tan [10]により, ある代数曲線束の半安

1

120

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定還元からスロープが最大となる代数曲線束を構成して証明されている. 半安定還元を得

るための代数曲線の間の有限射の数値的特徴が分かれば, 相対的オイラー ·ポアンカレ標数χ(f)の値や底空間Cの種数 g(C)の値など代数曲線束の不変量を計算できるが, 残念な

がら, これらに関しては言及されていない. 論文を元に考察をすると, 構成されたスロー

プ 7, 種数 2の代数曲線束の相対的オイラー ·ポアンカレ標数は偶数で, 任意の偶数をとる

ことができる. また, 筆者の計算によると, χ(f) = 2mのとき, g(C) ≥ 8m + [m/2] + 1を

満たさなくてはならないことが分かる. ここで, 整数 aに対して, [a]を aを超えない最大

の整数である.

一方, 筆者は b ≥ 10m− 1を満たす自然数 n, bに対して, χ(f) = 4nかつ g(C) = bを満

たすスロープ 7の種数 2の代数曲線束が存在することを示した. 現在までに存在が判明し

ているスロープ 7, 種数 2の代数曲線束fの底空間 Cの種数 g(C)は 9が最小である. 本

講演では, 底空間の種数が 1であるスロープ 7, 種数 2の代数曲線束が存在しないことを,

これらの数値的な性質をもつ代数曲面に入る 2つの被覆構造に注目して証明する.

定理 0.1 λ(f) = 7かつ g(C) = 1を満たす種数 2の相対的極小な代数曲線束 f : S → C

は存在しない.

注意 0.2 講演後にこの事実はすでにXiao[13]により示されていたことを確認しました.

また,別証明もあります (注意 3.2を参照).

1 特異ファイバーと2重被覆の構造

f : S → C を複素射影一般型曲面 S から複素非特異射影曲線 C への種数 2の相対的

極小な代数曲線束とする. このとき, f の相対標準束 f∗Kf は C上の階数 2のベクトル束

である. πC : PC(f∗Kf ) → C を f∗Kf に付随する射影直線束とする. f の相対標準写像

ω : S 99K PC(f∗Kf )は πC ω = f を満たす (有限とは限らない) 2:1の有理写像となる. こ

の節では, λ(f) = 7, g(C) = 1を仮定して, f の特異ファイバー, Sの数値的条件, f の特異

ファイバー, 相対標準写像から導かれる 2重被覆の構造について述べる.

はじめに, f の特異ファイバーについて考察する. [5, Lemmas 6-8]によると, 種数 2の

代数曲線束の特異ファイバーは 5つの型 Ik, IIk, IIIk, IVk, V に分けることができる. C上の

点 tに対して, IndH(t)を以下のように定め, これをファイバー f−1(t)の堀川指数という.

IndH(t) :=

2k − 1 if f−1(t) is of type Ik or IIIk,

2k if f−1(t) is of type IIk or IVk,

1 if f−1(t) is of type V.

また, ファイバー f−1(t) (t ∈ C)に対して, ef (t) = e(f−1(t))− 2+ 2g(f−1(t))と定義し, こ

れを f−1(t)のオイラー寄与という. スロープ 7, 種数 2の代数曲線束の特異ファイバーは

次の補題のようになる.

2

121

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補題 1.1 f : S → C を複素射影一般型曲面 Sから複素非特異射影曲線Cへの種数 2の

相対的極小な代数曲線束とする. f のスロープが 7であるとき, f の特異ファイバーは Ik

または IIk型のみで, 特異ファイバーの端の成分は楕円曲線である. さらに, nkを堀川指

数 kの特異ファイバーの数とすると, 次が成り立つ.

5χ(f)∑k=1

k · nk = 5χ(f). (2)

(証明) [5, Theorem 3]により, K2f = 2χ(f) +

∑t∈C IndH(t).が成り立つ. 仮定から,∑

t∈C IndH(t) = 5χ(f)を得る. 一方, f の t ∈ Cのおけるファイバーのオイラー寄与 ef (t)

と書くと, fの相対的オイラー数 e(f)は e(f) =∑

t∈C ef (t)である. すなわち,∑

t∈C ef (t) =

12χ(f)−K2f = 5χ(f)である. [5, Lemma 8]より, ef (t)の値を型ごとに求めると以下のよ

うになる.

ef (t) =

2k − 1 if f−1(t) is of type Ik,

2k if f−1(t) is of type IIk,

2k + 2 if f−1(t) is of type IIIk,

2k + 3 if f−1(t) is of type IVk,

5 if f−1(t) is of type V.

特に, IndH(t) ≤ ef (t)を得る. しかし,∑

t∈C(ef (t)− IndH(t)) = 0であることから, 任意の

t ∈ Cに対して, IndH(t) = ef (t)でなければならない. 従って, f−1(t)は Ik, IIkであり, 等

式 (2)が成り立つ. しかも, f−1(t)の端の成分が楕円曲線から退化したものとなると, ef (t)

の値は堀川指数の値よりも大きくなる. すなわち, f−1(t)の端の成分が楕円曲線でなけれ

ばならない. ⊓⊔

q(S)を Sの不正則数とする. 次に Sの数値的条件に関して考察する.

補題 1.2 f : S → C を複素射影一般型曲面 Sから複素非特異射影曲線Cへの種数 2の

相対的極小な代数曲線束とする. λ(f) = 7かつ g(C) = 1であるならば, pg(S) = q(S) = 2

である.

(証明) 一般に g(C) ≤ q(S) ≤ g(C) + 2が成り立ち, 等号が成立するのは, f がファイ

バー束となるときである (cf. [2, p. 345]). 仮定から, q(S) ≤ g(C) + 1 = 2である.

S のピカール数は dimC H1(S,Ω1

S) = 12χ(f) − K2f − 2pg(S) + 4q(S) − 2 = 5χ(f) −

2pg(S) + 4q(S)− 2以下である. 一方, 補題 1.1より, 特異ファイバー f−1(t)の既約成分の

個数は IndH(t)に一致することから, Sのピカール数は 2 +∑

t IndH(t) = 5χ(f) + 2以上

である. 従って, 5χ(f) + 2 ≤ 5χ(f)− 2pg(S) + 4q(S)− 2, すなわち, pg(S) ≤ 2q(S)− 2を

得る. さらに, Sが一般型曲面であるので, q(S) ≤ pg(S), つまり, q(S) ≥ 2を得る. 以上よ

り, pg(S) = q(S) = 2であることが示された. ⊓⊔

3

122

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代数曲線の 3重点 sが, sを中心とするブローアップにより通常 3重点に解消されると

き, sを 2-fold 3重点という. また, 任意の 3以上の自然数 kに対して, sを中心とするブ

ローアップにより (k − 1)-fold 3重点に解消されるとき, sを k-fold 3重点という.

補題 1.1より,以下の条件を満たすPC(f∗Kf )のいくつかの基本変換の合成τ : PC(f∗Kf ) 99KW とC上の射影直線束 π : W → Cが存在する:

• τ ωの分岐跡Bは πのファイバーを含まない,

• もし, f−1(t)が堀川指数 kの特異ファイバーであれば, Bは π−1(t)上に (2k)-fold 3

重点を 1つだけもつ,

• 任意の πのファイバーは, 上記の 3重点以外ではBと横断的に交わる.

補題 1.2により, χ(f) = 1であることが分かる, 従って, λ(f) = 7かつ g(C) = 1を満た

す種数 2の相対的極小な代数曲線束 f : S → Cの特異ファイバーに関する式 (2)から,

5∑k=1

k · nk = 5,

が成り立つ. 特に, f の特異ファイバーの型は I1, II1, I2, II2, I3のみで, B上には同一ファ

イバー上にない (2k)-fold 3重点を nk個もつ (k = 1, 2, 3, 4, 5).

ω′ : S ′ → W をBを分岐跡とする正規 2重被覆とする. S ′の特異点解消としては, 以下

の図式を可換とする S ′の標準解消 µ : S → S ′をとる (詳しくは [4, p. 84]や [6, p. 1274]を

参照) :

Sµ−−−→ S ′

ω

y yω′

Wν−−−→ W

ここで, ν は代数曲面と代数曲線の組 (W,B)の偶解消とする (cf. [12, Definition 1.5]).

最後に, 標準解消 ω : S ′ → W について考察する. (2k)-fold 3重点の偶解消は 2k回のブ

ローアップの合成であるから, νは∑

k 2knk = 10回のブローアップの合成となる. Bの

(2k)-fold 3重点を sk,j (j = 1, 2, . . . , nk)と書くこととする. E(k)i+2k(j−1)を sk,jの i番目の無

限に近い点を中心とするブローアップの例外因子とする. また, E(k)i+2k(j−1)の W 上の固有

変換も同じ記号で表すことにする.

図 1は (W,B)の偶解消を描いたものである. 太い線は分岐跡Bに含まれる成分を, 破

線は分岐跡Bに含まれない曲線を表している. E(k)i+2k(j−1)を表す成分に対応する線の傍に

記号とその自己交点数を記す. 自己交点数は−2である成分に関しては, 自己交点数は省

略する. このように S ′の標準解消の様子が定まることから, Bの線形同値類が確定する.

4

123

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E(5)2

I1 I2

II2II1

2 times

2-fold triple point 6-fold triple point

6 times

−1

4-fold triple point

4 times

8-fold triple point

8 times

I310-fold triple point

10 timesE

(5)1

E(5)3 E

(5)7

E(5)5 E

(5)9

E(5)4 E

(5)6 E

(5)8 E

(5)10

E(4)1

E(4)3 E

(4)7

E(4)5

E(3)1

E(3)3

E(3)4

E(2)2j−1

E(2)2j+1

E(4)2 E

(4)4 E

(4)6 E

(4)8

E(3)2 E

2 E(3)5

E(2)2j E

(2)2j+2

E(1)2j

E(1)2j−1

−1 −1 −1

−1

−1 −1 −1

−1

−1

図 1: (W,B)の偶解消

補題 1.3 ∆を π : W → C の同義可逆層とし, F を π のあるファイバーとする. こ

のとき, W が次数 ∆2, 階数 2のベクトル束に付随する射影直線束であるならば, B は

6∆ + (6− 3∆2)F に代数的同値である.

(証明) f が種数 2の代数曲線束であることから, Bは 6∆+ 2mF (m ∈ Z)に代数的同値であるとしてよい. E

(k)i+2k(j−1)を W 上の E

(k)i+2k(j−1)の逆像とする. KW は−2∆ + ∆2F に

代数的同値で, KW = ν∗KW +∑5

k=1

∑nk

j=1

∑2ki=1 E

(k)i+2k(j−1)である. Bを 2重被覆 ωの分岐

跡とすると, [11, Proposition 2.3]により,

B = ν∗B −5∑

k=1

nk∑j=1

(∑i:odd

2E(k)i+2k(j−1) +

∑i:even

4E(k)i+2k(j−1)

)

である. これらのことから,

B2 = B2 −5∑

k=1

20k · nk = B2 − 100 = 36∆2 + 24m− 100,

KW · B = KW ·B +5∑

k=1

6k · nk = KW ·B + 30 = −6∆2 − 4m+ 30,

5

124

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と計算することができ, [11, Corollary 2.2]より,

χ(OS) = 2χ(OW ) +B2 + 2KW · B

8= 2 +

24∆2 + 16m− 40

8

= 3∆2 + 2m− 5

を得る. 一方で, χ(OS) = χ(f) = 1であるので, 2m = 6− 3∆2でなくてはならない. 従っ

て, 補題を得ることができる. ⊓⊔

上記の証明から, 直ちに B2 = −28, KW · B = 18であることが分かる. これらは後で用

いる. さらに, 以下の補題が成り立つ.

補題 1.4 上記の状況で, 以下のことが成り立つ.

(i) |KS|のすべての元は |ν∗(∆ + (3 −∆2/2)F ) −∑5

k=1

∑nk

j=1

∑i:even E

(k)i+2k(j−1)|の元 ωに

よる逆像に一致する. ここで, F は πのあるファイバーとする.

(ii) 以下の因子は |KS|の固定部分に属する.

• ω∗E(1)2j−1,

• ω∗(E(2)4j−3 + E

(2)4j−2 + E

(2)4j−1),

• ω∗(E(3)1 + E

(3)2 + 2E

(3)3 + E

(3)4 + E

(3)5 ),

• ω∗(E(4)1 + E

(4)2 + 2E

(4)3 + 2E

(4)4 + 2E

(4)5 + E

(4)6 + E

(4)7 ),

• ω∗(E(5)1 + E

(5)2 + 2E

(5)3 + 2E

(5)4 + 3E

(4)5 + 2E

(5)6 + 2E

(5)7 + E

(5)8 + E

(5)9 ),

(証明) 一般に, Bで分岐する非特異 2重被覆 ω : S → W に対して, KS = ω∗(KW + B/2)

かつ ω∗OS = OW ⊕OW (−B/2)であることから (cf. [11, Proposition 2.1]),

H0(S,OS(KS))∼= H0(W , ω∗OS(KS)) = H0(W , ω∗OS ⊗OW (KW + B/2))

= H0(W ,OW (KW + B/2)⊕OW (KW )) = H0(W ,OW (KW + B/2))

を得る. 補題 1.3より, KW + B/2は次の因子に代数的同値である.

ν∗(−2∆ +∆2F ) +5∑

k=1

nk∑j=1

2k∑i=1

E(k)i+2k(j−1)

+ ν∗(3∆ + (3− 3∆2/2)F )−5∑

k=1

nk∑j=1

(∑i:odd

E(k)i+2k(j−1) +

∑i:even

2E(k)i+2k(j−1)

)

=ν∗(∆ + (3−∆2/2)F )−5∑

k=1

nk∑j=1

∑i:even

E(k)i+2k(j−1).

6

125

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であるから, 適当にファイバー F を取り換えれば, (i)が分かる.

(i)から, |KS|の元はW 上の∆ + (3 − ∆2/2)F に線形同値かつ sk,j の偶数番目の無限

に近い点をすべて通る切断の引き上げである. sk,j の偶数番目の無限に近い点をすべて

通るにはこの切断が k番目までの無限に近い点をすべて通らなくてはならない. つまり,

|ν∗(∆ + (3−∆2/2)F )−∑5

k=1

∑nk

j=1

∑i:even E

(k)i+2k(j−1)|の固定部分には,

5∑k=1

nk∑j=1

(k∑i=1

E(k)i+2k(j−1) −

∑i:even

E(k)i+2k(j−1)

)

が含まれる. これを固有変換E(k)i+2k(j−1)で表せば, (ii)が得られる. ⊓⊔

2 アルバネーゼ写像

1節と同じ記号を用いることとし, f = π ν ω : S → C とすると, f は相対的極小で

はない種数 2の代数曲線束である. この節では, Sのアルバネーゼ写像 αS : S → Alb(S)

の構造を考察する. Cが楕円曲線であることを仮定しているので, アルバネーゼの普遍性

から, β αS = f を満たす射 β : Alb(S)→ Cが存在する. 補題 1.2から, Sの不正則数は

2であるので, アルバネーゼ ·トーラスAlb(S)の次元は 2 (すなわち, アーベル曲面)であ

る. もし, αSの像が曲線C ′であるとすると, αSのファイバーは連結でかつC ′の種数は 2

に一致する (cf. [7]補題 1.25). このとき, β|C′ : C ′ → C は代数曲線の間の有限射である.

β αSの点の逆像はいくつかの連結成分をもつことになるが, これは f のファイバーが連

結であることに反する. 以上により, αS は全射かつ必ずしも有限ではない d : 1の射とな

る. 特に, Hurwitzの公式から, f の t ∈ Cのおけるファイバーへの制限 αS|f−1(t)は楕円曲

線 β−1(t)への 2点分岐の次数 dの有限射である. はじめに, S上の曲線を分類する.

定義 2.1 (Manneti [8, Definition 1.1]) X を複素射影一般型曲面とする. X のアルバ

ネーゼ写像 αX の像が代数曲面であるとする. X上の既約曲線Dに対して,

• Dがアルバネーゼ写像により縮約されるとき, Dは 0型であるといい,

• Dがアルバネーゼ写像の分岐因子に含まれるが, 縮約はされないとき, Dは 1型で

あるという.

注意 2.2 一般に, X上の有理曲線は 0型である.

ここで, Λ = Im(∧2 H0(X,Ω1

X)→ H0(X,OX(KX)))とし, Γを |KX |の部分線形系 P(Λ)の固定部分とする. このとき, 次のことが成り立つ.

7

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補題 2.3 (Manneti [8, Lemma 1.2]) 上記の状況で以下のことが成り立つ.

(i) Γの既約成分は 0型または 1型の曲線である.

(ii) Γが |KX |に属することと q(X) = 2であることは同値である.

補題 2.3を Sに適用すると, Γは |KS|に属し, 0型と 1型の曲線から成る. Γi (i = 0, 1)

を i型の曲線の和集合を台にもち, Γ = Γ0 + Γ1を満たす因子とする. αS による f のファ

イバーの像は βのファイバーである楕円曲線への全射であることから, f の非特異ファイ

バーは 0型ではない. また, β αS = f であるので, f に関して水平方向の既約曲線も 0型

ではない. 他にも, S上の既約曲線に関して以下のことも分かる.

補題 2.4 2つの因子D1, D2について, D1 −D2が有効因子であるとき, D2 ≺ D1と表

す. C 上の点 tと S上の既約曲線Dについて, D ≺ f ∗(t)かつ 2D ≺ f ∗(t)を満たすなら

ば, Dは 1型の曲線ではない.

(証明) Dの非特異点における αS の局所次数が eであるならば, eD ≺ f ∗(t)である. 従っ

て, e = 1となり, これはDが 1型ではないことを意味する. ⊓⊔

補題 2.5 S上の 0型の既約曲線は特異ファイバーに含まれる有理曲線のみである.

(証明) f の非特異ファイバーと f に関して水平方向の既約曲線は 0型ではないので, 有

理曲線以外で 0型となる可能性のある既約曲線は特異ファイバー f ∗(t)内にある端の楕円

曲線 ω∗(f ∗(t)− E(k)1+2k(j−1)), ω

∗E(k)2jkのみである. その一方が, 0型の曲線であったとする. f

のファイバーを構成する既約曲線がすべて 0型とはならないことから, 他方は 0型ではな

い. この楕円曲線をDとおく. Dの f ∗(t)における重複度は 1であるから, Dは 1型では

ないことも補題 2.4から従う. 以上より, αSにDに制限すると, Dから楕円曲線 β−1(t)へ

の不分岐被覆である.

一方, αSの Stein分解をとる. すなわち, 射影曲面Aと次数 dの有限射 γ : A → Alb(S)

とファイバーが連結な射 α′ : S → Aが存在して, αS = γ α′が成り立つ. このとき, αSに

より縮約される楕円曲線はα′により縮約されなくてはならない. このことから, γ−1β−1(t)

上にAの孤立特異点が存在する. すなわち, γ−1β−1(t)には特異点が存在し, その幾何種数

は 1でなくてはならない. 上で示したことから, γは幾何種数 1の特異曲線から楕円曲線

への不分岐被覆となることとなるが, このようなことは起こらない. ⊓⊔

Γは |KS|に含まれていることから, |KS|の固定部分は Γの成分として含まれる. 特に,

補題 1.4(ii)により特異ファイバーに含まれる有理曲線はすべて |KS|の固定部分に含まれ,

これら以外に 0型の曲線は存在しない. 従って, 補題 2.5により, Γ0は以下のように表すこ

8

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とができる.

Γ0 =5∑

k=1

nk∑j=1

(∑i:odd

m(k)ij ω

∗Eki+2k(j−1)/2 +

∑i:even, i=2jk

m(k)ij ω

∗Eki+2k(j−1)

)

また, 補題 1.4(ii)から,

m(k)ij =

2 if i = 1, 2k − 1,

1 if i = 2, 2k − 2, k ≥ 2,

4 if i = 3, 2k − 3, k ≥ 3,

2 if i = 4, 2k − 4, k ≥ 4,

6 if i = 5, k = 5,

(3)

でなくてはならない.

補題 2.6 上記の状況で, 次の式が成り立つ.

m(k)ij =

2 if i = 1, 2k − 1,

1 if i = 2, 2k − 2, k ≥ 2,

4 if i = 3, 2k − 3, k ≥ 3,

2 if i = 4, 2k − 4, k ≥ 4,

6 if i = 5, k = 5,

(証明) Γ1と有理曲線との交点数を計算する. k = 1のとき, ω∗E(1)2+2k(j−1) ≺ Γ1である

ので,

Γ1 · ω∗E(1)2+2k(j−1) = (KS − Γ0) · ω∗E

(1)2+2k(j−1) = 2− Γ0 · ω∗E

(1)2+2k(j−1)

= 2−m(1)1j ω

∗E(1)1+2k(j−1)/2 · ω

∗E(1)2+2k(j−1) = 2−m(1)

1j ≥ 0

が成り立つ. よって, m(1)1j = 2である. k ≥ 2のときも ω∗E

(k)i+2k(j−1)/2 ≺ Γ1 (i : odd),

ω∗E(k)i+2k(j−1) ≺ Γ1 (i : even)や f ∗(t)− ω∗E

(k)1+2k(j−1) ≺ Γ1であることから, 同様に次のこと

が成り立つ.

9

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Γ1 · ω∗E(k)2k+2k(j−1)/2 = 2−m(k)

2k−1 j ≥ 0

Γ1 · ω∗E(k)2k−1+2k(j−1) = −1−m

(k)2k−2 j +m

(k)2k−1 j ≥ 0

...

Γ1 · ω∗E(k)2l+1+2k(j−1)/2 = −1−m(k)

2l j +m(k)2l+1 j −m

(k)2l+2 j ≥ 0

Γ1 · ω∗E(k)2l+2k(j−1) = 2−m(k)

2l−1 j + 4m(k)2l j −m

(k)2l+1 j ≥ 0

...

Γ1 · ω∗E(k)1+2k(j−1)/2 = −1−m(k)

1 j +m(k)2 j ≥ 0

Γ1 · (f ∗(t)− ω∗E(k)1+2k(j−1)) = 2−m(k)

1 j ≥ 0

不等式 (3)に注意すると, 補題を示すことができる. ⊓⊔

3 非存在性

この節では定理 0.1を示す. これまでの節における記号と同じ記号を用いる.

補題 3.1 2重被覆 ω : S → W の分岐因子 ω∗B/2と αSの分岐因子 Γ1について,∑Q∈S\singular fibers

mQ(Γ1, ω∗B/2) = 9

が成り立つ. ここで, 2つの因子D,D′の点 P における局所交点数をmP (D,D′)と表す.

特に, Γ1と ω∗B/2は非特異ファイバー上において交わる.

(証明) 補題 2.6により,

Γ1 · ω∗E(k)i+2k(j−1) =

1 if k = 1, 3, 5 and i = k,

2 if k = 2, 4 and i = k,

0 otherwise,

であることから, Γ1と ω∗B/2との特異ファイバー上での交点は ω∗E(k)k+2k(j−1) (k = 1, 3, 5)

上にある.

ω∗E(k)i+2k(j−1) · ω

∗B/2 = E(k)i+2k(j−1) · B =

−2 if i is odd,

2 if i is an even integer less than 2k

10

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であることから,

Γ0 · ω∗B/2 =

(5∑

k=1

nk∑j=1

(∑i:odd

m(k)ij ω

∗E(k)i+2k(j−1)/2 +

∑i:even, i=2jk

m(k)ij ω

∗E(k)i+2k(j−1)

))· ω∗B/2

=5∑

k=1

nk∑j=1

(∑i:odd

(−m(k)ij ) +

∑i:even, i=2jk

2m(k)ij

)= −2n1 − 2n2 − 4n3 − 4n4 − 6n5

を得る. さらに, B2 = −28, KW · B = 18から,

KS · ω∗B/2 = 2(KW + B/2) · B/2 = 18− 28/2 = 4

である. これらの計算から,

Γ1 · ω∗B/2 = (KS − Γ0) · ω∗B/2 = 4 + 2n1 + 2n2 + 4n3 + 4n4 + 6n5

を得る. 以上により,

Γ1 ·

(ω∗B/2−

5∑k=1

nk∑j=1

∑i:odd

ω∗E(k)i+2k(j−1)/2

)

=4 + 2n1 + 2n2 + 4n3 + 4n4 + 6n5 −5∑

k=1

nk∑j=1

∑i:odd

Γ1 · ω∗E(k)i+2k(j−1)/2

=4 + 2n1 + 2n2 + 4n3 + 4n4 + 6n5 −5∑

k:odd

nk∑j=1

1 = 4 +5∑

k=1

knk = 9,

すなわち, Γ1と ω∗B/2との特異ファイバー上にない交点での局所交点数の和は 9である.

⊓⊔

(定理 0.1の証明) 上の補題における ω∗B/2と Γ1との非特異ファイバー上の交点を Q

とする. また, f : S → C は超楕円曲線束であるので, 曲線束構造と可換な超楕円的対合

ι : S → Sが存在する. アルバネーゼ写像の普遍性から, αS ι = ι′ αSとなる自己同型射ι′ : Alb(S)→ Alb(S)が存在する. αS ι = ι′ αSであることから, Γ1は ι不変の因子でな

くてはならない. Γ1 · f−1(f(Q)) = 2であるので, mQ(Γ1, f−1(f(Q))) = 2でなくてはなら

ない. また, Hurwitzの公式から, αSを f−1(f(Q))に制限したときのQにおける分岐指数

は 2であることが分かる. 言い換えると, Qの解析的近傍では αSは 3重被覆である. さら

に, その分岐跡と βのファイバーとの αS(Q)における局所交点数は 2であり, Qは非特異

点であるこのようなQは good cuspでなくてはならない (cf. [9, Section 6]). 特に, 分岐跡

の αS(Q)における局所定義方程式は x2 + y6m = 0である. ここで, x, yは αS(Q)の局所座

標系とする. このとき, 解消後の分岐因子 Γ1のQにおける局所定義方程式は z2 + y2mと

なる. このことから, mQ(Γ1, ω∗B/2)は偶数でなくてはならない. これは補題 3.1の主張

に反する. 従って, 定理 0.1を示すことができた.

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注意 3.2 注意 0.2にある別証明は次のように行う. q(S)− g(C)を相対不正則数という.

補題 1.2から, このような代数曲線束の相対不正則数が 1である. このとき, [3, (3.1)]より,

f∗KS/C∼= OC ⊕ E (ただし, E はH1(C, E) = 0を満たすC上の可逆層)と直和分解される.

ω′ : S ′ → Wについて, LをL⊗2 ∼= OW (−B)を満たす可逆層を用いて, S ′ = SpecW (OW⊕L)と表すことができる. ここで, L′

⊗2 = OCを満たすC上の次数 0の可逆層L′をとる. こ

のとき, Bで分岐する正規 2重被覆 ω0 : S′0 = SpecW (OW ⊕ L ⊗ π∗L0) → W を元にして

できる種数 2の代数曲線束 f0 : S0 → Cは χ(f0) = χ(f), λ(f0) = λ(f)を満たすが, 上の相

対標準束の直和分解から相対不正則数が 0でなくてはならない. これは補題 1.2に反する.

参考文献

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France.

[2] A. Beauville : L’ inegalite pg ≥ 2q − 4 pour les surfaces de type general, Appendice

a O. Debarre : Inegalites numeriques pour les surfaces de type general, Bulletin de la

S. M. F., tome 110 (1982), 319–346.

[3] T. Fujita : On Kahler fiber spaces over curves, J. Math. Soc. Japan 30 (1978), 779–794.

[4] E. Horikawa : On deformations of quintic surfaces, Inv. Math. 31 (1975), 43–85.

[5] E. Horikawa : On algebraic surfaces with pencils of curves of genus 2, Complex analysis

and algebraic geometry, 79–90, Iwanami Shoten, Tokyo, 1977.

[6] H. Ishida : The existence of hyperelliptic fibrations with slope four and high relative

Euler-Poincare characteristic, Proc. Amer. Math. Soc. 139 (2011), no. 4, 1221–1235.

[7] K. Konno : 代数曲線束の地誌学, 内田老鶴圃, 2013.

[8] M. Manetti : Surfaces of Alanese general type and the Severi conjecture, Math. Nachr.

261/262 (2003), 105–122.

[9] Z. Chen and S L. Tan : Upper bounds on the slope of a genus 3 fibration, Recent

progress on some problems in several complex variables and partial differential equa-

tions, Contemp. Math., vol. 400, Amer. Math. Soc., Providence, RI, 2006, pp. 65–87.

[10] X L. Liu and S L. Tan : Families of hyperelliptic curves with maximal slopes, Sci.

China Math. 56 (2013), no. 9, 1743–1750.

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[11] U. Persson : Double coverings and surfaces of general type, Springer Lect. Notes in

Math. 687 (1978), 168–195.

[12] U. Persson : Chern invariants of surfaces of general type, Comp. Math. 43 (1981),

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[13] G. Xiao : Surfaces fibrees en courbes de genre deux, Lecture Notes in Math. 1137,

Springer-Verlag, Berlin-New York, 1985.

[14] G. Xiao : Fibrations of Algebraic Surfaces, Shanghai Scientific and Technical Pub-

lishers 1991 (in Chinese).

GENERAL EDUCATION

NATIONAL INSTITUTE OF TECHNOLOGY, UBE COLLEGE

TOKIWADAI, UBE 755-8555

JAPAN

E-mail address : [email protected]

13

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平面曲線特異点の実モース化のトロピカル幾何におけるアナロジー

東北大学大学院理学研究科数学専攻 高橋卓大

Contents

1. イントロダクション 12. 平面トロピカル曲線 23. トーリック退化とトロピカル化 34. 特異点論からの準備 65. 主結果 8参考文献 10

1. イントロダクション

トロピカル幾何学は, マックス・プラス代数と呼ばれる実数全体の集合Rに加法としてmax, 乗法として+を与えた代数上の代数幾何学であり, 古典的な代数幾何学との関係や類似について様々な研究がなされている.本稿では, 講演者の修士論文 [12]において得られた実モース化と呼ばれる平面曲

線特異点の変形のトロピカル幾何学におけるアナロジーについて解説する. 実モース化は平面曲線特異点のモース化であって変形した曲線の実部から消滅サイクルの幾何的情報を得ることが出来る曲線の変形である. 論文では, 特異点のNewton図形とKouchnirenkoの公式を用いて, 与えられた特異点に対し, あるトロピカル曲線で消滅サイクルと対応するものを構成した.トロピカル幾何学と特異点の関連について歴史を述べておくと, Mikhalkinによっ

てトーリック曲面上の滑らかな複素曲線の場合 [9]と, 与えられた個数のA1特異点を持つ複素曲線の場合 [8]は, トロピカル曲線のあるクラスとの対応が構成されており, 論文 [8]では, シンプレクティック幾何学の手法を用いてトーリック曲面上のA1

特異点を持つ代数曲線の数え上げ (enumeration) に応用している.特異点論の観点から, A1よりも更に複雑な特異点を持つ曲線との関係を考察した

いと考えるのは自然であるが, Shustin[11] は変形理論と特異点のトポロジーの理論を用いて, A2特異点を 1つ持つ代数曲線の数え上げを実行している. 更に, Ganor[4]によって Shustinと同様の方法で, 与えられた個数のA1特異点とA2特異点を 1つもつ複素有理曲線の数え上げが行われている.トロピカル幾何学において, 特異曲線を扱う手法を紹介するため, 本稿では, A2

曲線とカスピダル・トロピカル曲線との対応を扱った Shustin[11]のトロピカル化(tropicalization)と呼ばれる手法についても触れることとした.

1

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2 東北大学大学院理学研究科数学専攻 高橋卓大

記号. 以下, 格子多面体とは, 格子点上に頂点を持つコンパクトな凸多面体とする.コンパクトという条件を満たさないものを非コンパクト格子多面体という. 格子多面体∆ ⊂ R2 から代数閉体 F 上のトーリック多様体と線形系が構成できることが知られている. TorF(∆) を∆ から得られるトーリック代数曲面とし, 付随する線形系をΛF(∆) で表す. F = Cのときは特にTor(∆) := TorC(∆),Λ(∆) := ΛC(∆) と表す.

2. 平面トロピカル曲線

(K, val) をC 上収束 Puiseux 級数体とその上の非アルキメデス付値 val : K∗ → Rとする. 以下では, Kの不定元として tを用いる.

∆ ⊂ R2 を 2次元の格子多面体とする. K上多項式 F ∈ K[z, w]を

F (z, w) :=∑

(i,j)∈Supp(F )

cijziwj, cij ∈ K

と表示しておき, Conv(Supp(F )) = ∆ と仮定する. このときR2上の函数 tropF を

tropF (x, y) := maxval(cij) + i · x+ j · y ; (i, j) ∈ Supp(F )

と定める. これを F から得られるトロピカル多項式と呼ぶ.F から得られるトロピカル多項式は区分線形関数 tropF : R2 → R であるが, それ

が滑らかでない点の集合を VtropF で表す. これをF の定めるトロピカル曲線という.Fから得られる (K∗)2内の曲線をV

F := p ∈ (K∗)2;F (p) = 0とし, Val : (K∗)2 →R2を, (z, w) 7→ (val(z), val(w))なる準同型とする.

定理 2.1 (Kapranov[3]). Closure(Val(V F )) = VtropF =: TF . 但しClosure(·)はR2 の

通常の位相による閉包をとるものとする.

(0; 0)Figure 1. F = x+ y + 1の定めるトロピカル曲線

平面トロピカル曲線はR2に埋め込まれた距離グラフの構造を持つ. 一般の場合でも上と同様にトロピカル超曲面を定義することが出来て, それらは多面体複体の構造を持つことが知られている (トロピカル幾何学の構造定理 [9]).F から多面体∆ν(F )を

∆ν(F ) := Conv(i, j,−val(cij)) ∈ R2 × R; (i, j) ∈ Supp(F )

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平面曲線特異点の実モース化のトロピカル幾何におけるアナロジー 3

で定義する. さらに νF : ∆→ Rを∆ ∋ (i, j) 7→ minx ∈ R; (i, j, x) ∈ ∆ν(F )

と定める. これは連続な区分線形凸函数となる. 函数 νF から(1) νF の線形領域の集合∆ = ∆1 ∪ · · · ∪∆N ,(2) ∆1, . . . ,∆N の交叉である 1次元多面体∆i ∩∆j, (i = j),(3) ∆iたちが頂点に持つ格子点

が得られる. これらの集合を Sd(F ) で表し, F から得られる∆の細分という. さらに (2), (3)をそれぞれ細分 Sdの辺, 頂点と呼ぶ. 以下, 細分を [11]に倣い

Sd(F ) : ∆ = ∆1 ∪ · · · ∪∆N

と表記する.上で構成した Newton多面体∆の細分 Sd(F )とトロピカル曲線 TF について, 次

の関係が成り立つ. 平面トロピカル曲線の場合を [6]から引用する. 一般のトロピカル超曲面における証明は [8]にある.

定理 2.2 (Mikhalkin[8]). 細分 Sdは平面トロピカル曲線 T に組み合わせ的双対. すなわち, 次を満たす対応が存在する.

• R2 \ T の成分は, 細分の頂点と 1対 1対応する.• T の辺と直交する Sdの辺が一意に存在する.• T の n叉の頂点と Sdに属する n個の側面を持つ部分多面体が 1対 1に対応する.

SdF TF2

30

Figure 2. トロピカル曲線と双対細分

3. トーリック退化とトロピカル化

前節でトロピカル曲線をK上の代数的トーラス上の曲線の付値写像による像の閉包として定義した. この方法だけではトロピカル曲線から特異点の情報を取り出すことはできない.

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4 東北大学大学院理学研究科数学専攻 高橋卓大

この節では, 特異点の情報をトロピカル曲線上に残すため, Shustinによって導入されたトロピカル化と呼ばれる代数曲線の退化を紹介する.

3.1. トーリック退化. トーリック曲面Tor(∆) の変形を次のように与える. νF を用いて, 非コンパクト多面体 ∆(F ) を

∆(F ) := (i, j, t) ∈ R2 × R; (i, j) ∈ ∆ ∩ Z2, t ≥ νF (i, j)と定める.

43f(F )

Figure 3. ∆(F )を見やすく上下反対にしたもの.

∆(F )のコンパクトな面を ∆1, . . . , ∆N とする. これらは射影R2×R→ R2 によって Sd(F ) の対応する面に写ることに注意.

多面体 ∆(F )から得られる 3次元トーリック多様体を

YF := Tor(∆(F ))

と書く.YF は, トーリック射 π : YF → C であって, この射の一般ファイバーが

π−1(c) ≃ Tor(∆), c = 0

で, 中心ファイバーが

π−1(0) =N∪i=1

Tor(∆i) ≃N∪i=1

Tor(∆i)

となる射を持つ. この射の中心ファイバー π−1(0) をTor(∆) のトーリック退化という [10]. 因みに, トーリック退化という用語は [11]の中で用いられていないが, 同一の手法を用いている.

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平面曲線特異点の実モース化のトロピカル幾何におけるアナロジー 5

3.2. 曲面 Tor(∆)上の曲線の変形. 以下, C ∈ ΛK(∆)を F で定義される孤立特異点のみを持つ曲線とする. t 7→ tM とパラメータを変換することで, 各 cij(t)の指数は整数値と仮定できる.いま, 十分小さい δに対し,

D = z ∈ C ; |z| ≤ δ, D∗ = D \ 0と定める. t ∈ D∗と考えることで曲線の族

C(t) ∈ Λ(∆)

を得る.

補題 3.1 ([11]). 被約な曲線C ∈ ΛK(∆) の特異点の位相型の集合と, generic な曲線C(t) ∈ Λ(∆) の特異点の位相型の集合は一致する. C ∈ ΛK(∆) が可約であることとC(t) ∈ Λ(∆) が可約であることは同値.

補題 3.1から, 複素曲線の equisingular な 1径数変形C −→ D∗ であって各ファイバーが π−1(t) = C(t) となるものが得られる.これを t = 0に拡張するため t → 0としたときのC(t)のある極限を次のように定

義する:凸函数 νF : ∆→ R と νF から得られる∆の細分 Sd(F )を

Sd(F ) : ∆ = ∆1 ∪ · · · ∪∆N

とする.

F (z, w) =∑

(i,j)∈∆

(c(0)ij +O(t)

)tν(i,j)ziwj

と表示すると, c(0)ij ∈ C は∆1, . . . ,∆N のうち少なくとも一つの多面体の上では零で

ない. ここで k = 1, . . . , N に対し複素多項式 Fkを

Fk(z, w) =∑

(i,j)∈∆k

c(0)ij z

iwj

で定める. この複素多項式 Fkは複素曲線Ck ∈ Λ(∆k)を定める.

定義 3.2 (Shustin). (SF , νF ;C1, . . . , CN) を C のトロピカル化 (tropicalization),または脱量子化 (dequantization)という.

曲線 C ∈ ΛK(∆)は Y0の近傍内の解析曲面であって, ファイバーが C(t) ⊂ Yt ≃Tor(∆)で, Cの閉包と Y0は

N∪k=1

Ck ⊂N∪k=1

Tor(∆k) = Y0

に沿って交わる. 従って曲線 C のトロピカル化とは, 与えられた曲線をトーリック退化に沿って退化させたものである.C(t)の特異点は切断 s : D∗ → YF を定め, その極限 z := limt→0 s(t) はC(0)の特異

点となる. このとき点 z ∈ C(0)は「C(t)の特異点を生じる」という.

定義 3.3. 点 z ∈ C(t)が

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6 東北大学大学院理学研究科数学専攻 高橋卓大

• z ∈ ∪i=jTor(∆i ∩∆j),• C(t)の唯一つの特異点で, zと位相型が同じものを生じる,

これらを満たすとき, z を正則な特異点といい, そうでないとき非正則な特異点という.

註 3.4. 非正則な特異点については, Shustinの導入した refinement と呼ばれる手法によって, 更なる特異点の情報を得ることが出来る [11].

4. 特異点論からの準備

主定理の主張に必要な特異点論からの事実を二つ紹介する.

4.1. 特異点のNewton図形. 正則関数 f : (Cn, 0)→ (C, 0) を考える.

定義 4.1. f の原点でのTaylor 展開を f(z) =∑

j∈Nn cjzj とする. 凸包

Conv(∪

j

j + Rn+; cj = 0

)を原点における f の Newton 多面体 (Newton polyhedron)といい, Γ+(f)で表す. Γ+(f)のコンパクトな面,または頂点の和集合のことを Newton 境界 (Newtonboundary)といい, Γ(f)で表す. Γ−(f)を原点による Γ(f)の錐とする.

ここでΓ+(f)∩Γ−(f) = Γ(f) が成り立つことに注意. Γ(f)の面∆を一つとる. その縮小関数 f∆は

f∆(z) =∑j∈∆

cjzj

で定義された.

定義 4.2. 任意の面∆ ⊂ Γ(f)に対し, 方程式∂f∆∂z1

= · · · = ∂f∆∂zn

= 0

が (C∗)nに解を持たないとき, f はNewton非退化 (Newton non-degenerate)であるという. Γ(f)が各座標軸と交わるとき, f はコンビニエント (convenient)であるという.

註 4.3. f の孤立特異点を考えている場合, 十分大きいN ∈ Nに対して f と f + xN

の特異点の位相型は等しいからコンビニエントは常に仮定してよい.

fの原点におけるMilnor数をµ(f)であらわす. 一般のn変数関数に対して, Milnor数 µ(f)が Γ−(f)の各面の体積から得られることが知られている:

定理 4.4 (Kouchnirenko [7]). f がNewton非退化かつコンビニエントであれば,

µ(f) =n∑k=0

(−1)kk!Vk

が成り立つ. ここで Vkは Γ−(F )の k次元面で原点と交わるものの体積の和である.ただし V0 = 1とする.

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平面曲線特異点の実モース化のトロピカル幾何におけるアナロジー 7

4.2. 実モース化. ここでは実モース化と呼ばれる平面曲線特異点の“良い”変形について概説する. [1]を参考とした.f : (C2, 0)→ (C, 0)を多項式写像とし, Vf ⊂ C2を f から定まる平面代数曲線とす

る. ここで,

(IS) f は 0に孤立特異点を持つ.(RB) f は 0の近くで, f = f1 · · · fr(f)と実係数の既約因子に分解できる.

を仮定する.

定義 4.5 (実モース化). Bεを f の孤立特異点 0に関するMilnor球とし, Dεをその実部とする. 多項式の族 fs(x, y)s∈[0,1]で, 以下の条件を満たすものが存在すると仮定する.

(1) f0(x, y) = f(x, y).(2) s > 0について fs(x, y)はモース関数.(3) 各 s ≥ 0に対し, 曲線Cs = (x, y) ∈ C2 ; fs(x, y) = 0 はBε の境界と横断的に交わる.

(4) s > 0に対し, Cs|R2 ∩Dε の 2重点の数 δs について

2δs = µ(f) + r(f)− 1

が成り立つ.

s ∈ (0, 1]に対し, 多項式 fs(x, y)を f の孤立特異点 0 ∈ Vf における実モース化 (realmorsification)といい, Csを孤立特異点 0における実変形 (real deformation)という.

例 4.6. f(x, y) = x2 + y3 とする. f の実モース化 fsは

fs(x, y) = x2 + sy + y3, 0 < s << 1

で与えられる. これらの零点は図 4のようになる.real deformationFigure 4. A2特異点の実モース化の定める曲線

定理 4.7 (A’Campo, Gusein-Zade). f : (C2, 0) → (C, 0) を複素多項式で条件 (IS),(RB)を満たすとする. このとき 0における f の実モース化 fsが存在する.

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8 東北大学大学院理学研究科数学専攻 高橋卓大

命題 4.8. Cs|R2 ∩Dε に対して

µ(f) = ♯(double points) + ♯(bounded regions)

が成り立つ. 但し, ♯(double points) は 2重点数 δs で, ♯(bounded regions) はCs|R2 ∩IntDε の補集合の有界領域の個数.

註 4.9. 命題 4.8は, 主定理との比較のためにわざと弱い主張を書いている. 正しくは,消滅サイクルの向きを適当に定めることで,実変形した曲線から特異点のDynkinグラフを得ることが出来る, という主張である [2], [5]. 例として f(x, y) = x4 + y3

の場合の実モース化の実零点は図 5のようになる. そのDynkin図形を図 6に示しておく. fs = 0

Figure 5. f(x, y) = x4 + y3の実変形

Figure 6. f(x, y) = x4 + y3の特異点のDynkin図形

5. 主結果

この節では, 最初に平面トロピカル曲線の部分距離グラフを部分多面体細分の部分集合から構成し, 孤立特異点の実モース化のトロピカル類似を紹介する.

5.1. 部分多面体に対するトロピカル曲線. 多項式F ∈ K[x, y] に対し∆F ⊂ R2 をFのNewton多面体とし,対応する∆F の格子多面体細分をSd(F ) : ∆F = ∆1∪· · ·∪∆N

とする. このとき, F から定まる平面トロピカル曲線 TF は細分 Sd(F ) に組み合わせ的双対の関係にあった. 主定理のためにトロピカル曲線の組み合わせ的な制限を考える.

註 5.1 (記法についての注意). トロピカル超曲面の構造定理から平面トロピカル曲線はR2 内の距離グラフの構造を持つ. 以下では,トロピカル曲線の頂点u, vに対しuとvを結ぶトロピカル曲線の辺, すなわち端点を u, vとするR2内の線分を [u, v] ⊂ R2

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平面曲線特異点の実モース化のトロピカル幾何におけるアナロジー 9

で表すこととする. さらに, [u, v]の端点 vを除いた部分集合を [u, v)で表すこととする.

定義 5.2. 細分 Sd(F ) : ∆ = ∆1 ∪ · · · ∪∆N に対応して, トロピカル曲線 TF の頂点の集合を V = v1, . . . , vN , 辺集合をE = [u, v] ; u, v ∈ V とする.

Sd′(F ) : ∆ = ∆k1 ∪ · · · ∪∆km を Sd(F ) の部分集合であって, その和集合∪ml=1 ∆kl

が連結とする. 但し凸であることは仮定しない. トロピカル曲線 TF の部分距離グラフ (V ′, E ′)を次で定める.

• 頂点集合 V ′ ⊂ V は細分 Sd′(F )に対応して与える,• 辺 [u, v] ∈ Eに対し, 辺集合E ′を次で定める.

(1) u, v ∈ V ′ であれば, [u, v] ∈ E ′ . 辺が半直線ならば端点が V ′に含まれるときE ′に含まれる.

(2) u ∈ V ′, v ∈ V \ V ′ であれば線分 [u, v] ⊂ R2 の中点を v′ ∈ [u, v] として,[u, v′) ∈ E ′.

このとき距離グラフ (V ′, E ′) を「TF を Sd′(F )に制限した曲線」といい, TF |Sd′(F ) で表す. これはトロピカル曲線 TF の部分集合であって, 距離グラフである.

例 5.3. Newton多面体∆ = Conv(0, 0), (2, 0), (0, 2) に対し, 細分 Sd を

∆0 = Conv(0, 0), (1, 0), (0, 1), (1, 1),∆1 = Conv(0, 1), (1, 1), (0, 2),∆2 = Conv(1, 0), (2, 0), (1, 1)

で定め, Sd に双対なトロピカル曲線を T とする. このとき, Sd の部分集合 Sd′ を∆0 で定めると, Sd′ に制限された曲線 T |Sd′ は頂点として 4叉の頂点 1つのみ持つ曲線となる.

5.2. 主定理. 以下に述べる主定理は, A’Campo, Gusein-Zadeによる実モース化における命題 4.8のトロピカル類似となっている.

定理 5.4. Newton非退化な孤立特異点を原点に持つコンビニエントな複素代数多項式 f に対し, 多項式 F ∈ K[z, w] で, 次の条件を満たすものが存在する:

• Γ−(f) ⊂ ∆F かつ F から得られる∆F の細分 Sd(F ) が Γ−(f) の細分 Sd′(F )を誘導する,• F から得られるトロピカル曲線 TF を Sd′(F ) に制限した曲線 TF |Sd′(F ) が

µ(f) = ♯(4-valent vertices) + ♯(bounded regions)

を満たす.

証明の概略. 詳細は [12]を参照. Γ−(f)の細分で, 原点から面積 1の正方形を最大個含むようなものを構成する. そのような細分を与える凸函数を νとする. F として,Newton多面体が Γ−(f) の凸包で ν から得られるパッチワーク多項式をとる. すると, 定理 4.4と定理 2.2から, 定理が得られる. 例 5.5. A2特異点の実モース化と対応するトロピカル類似は図 7のようになる. 図の中の×は消滅サイクルの対応を表している.

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10 東北大学大学院理学研究科数学専攻 高橋卓大

Figure 7. A2特異点の実モース化とそのトロピカル類似

参考文献

[1] N.A’Campo, Singularities and Related Knots, Note by W.Gibson and M.Ishikawa. un-published.

[2] N.A’Campo, Le Groupe de Monodromie du Deploiement des Singularites Isolees deCourbes Planes. II, Actes de Congres Internationale des Mathematiciens, (1974), 395-404.

[3] M.Einsiedler, M.Kapranov, D.Lind, Non-Archimedean amoebas and tropical varieties, J.Reine Angew. Math. 601 (2006), 139-157.

[4] Y.Ganor, Enumerating cuspidal curves on toric surfaces, arXiv:1306.3514v1, 2013.[5] S.M.Gusein-Zade, Intersection matrices for certein singularities of functions of two vari-

ables, Funct. Anal. Appl. 8 (1974), 10-13.[6] I.Itenberg, G.Mikhalkin, E.Shustin, Tropical Algebraic Geometry. Second Edition, Ober-

wolfach Seminars Volume 35, 2009.[7] A.G.Kouchnirenko, Polyedres de Newton et nombres de milnor, Invent. Math. 32 (1976),

1-31.[8] G.Mikhalkin, Enumerative Tropical Algebraic Geometry in R2, J. Amer. Math. Soc. 18

(2005), 313-377.[9] G.Mikhalkin, Decomposition into pair-of-pants for complex algebraic hypersurfaces,

Topology 43 (2004), 1035-1065.[10] T.Nishinou, B.Siebert, Toric degenerations of toric varieties and tropical curves, Duke.

Math. J. 135 (2006), 1-51.[11] E.Shustin, A tropical approach to enumerative geometry, Algebra i Analiz, 17 Issue 2

(2005) , 170-214.[12] T.Takahashi, An analogy of real morsifications of plane curve singularities in tropical

geometry, in preparation.

980-8578 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6番 3号E-mail address: [email protected]

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Nodal quartic surfaces

and nodal sextic curves with a contact conic

白根 竹人

はじめに

本稿は「特異点と多様体の幾何学」で発表した内容に,証明の流れ,ザリスキ対の説明と 6次の結節曲線

によるザリスキ対の例を加えたものです.また,本研究は茨城高専の坂内真三氏との共同研究で,詳細な証

明などは準備中の論文 [3]に載せます.発表の機会を与えてくださった世話人の先生方には感謝いたします。

なお,発表で紹介した射影平面上のベクトル束の基本変換は,今野先生のご指摘通り,隅広先生の論文

[9]で一般化された形で証明されていたことをご報告いたします.

1 導入

本稿で考える代数多様体はすべて複素数体上定義されているとする.4次曲面X ⊂ P3が n個の結節点を

もち,その他の点で非特異なとき,X を n-結節 4次曲面(n-nodal quartic surface)と呼ぶ.ここで,曲面

の結節点とは C3内の x2 + y2 + z2 = 0で定義される特異点と局所的に解析同型な特異点のことである.本

研究では,8-結節 4次曲面を用い,射影平面上の 6点で接する非特異 2次曲線(接 2次曲線)をもつ既約

結節 6次曲線(irreducible nodal sextic curve)の構成を行う.その結果,結節 6次曲線とその接 2次曲線

によるザリスキ対を構成する.以下で,詳しい問題と主結果を述べる.

n-結節 4 次曲面 X ⊂ P3 に対して,X のある結節点 P0 ∈ X を固定する.点 P0 ∈ X からの点射影

を p′ : X \ P0 → P2 と表し,σ0 : X0 → X を X の P0 におけるブローアップとする.このとき,

p′ : X \ P0 → P2 が誘導する X0 から P2 への写像を p : X0 → P2 と表す.

X X0

P2

p p p p p p p pRp′

σ

?p

本稿では,以下の条件を仮定する;

X は P0 を通る直線を含まない.

このとき,p : X0 → P2 は平面 6次曲線で分岐する 2次被覆になる.ブローアップ σ0 : X0 → X の例外因

子を E0 ⊂ X0 とおく.そして,2次被覆 p : X0 → P2 の分岐因子を ΓX ⊂ P2,2次被覆 pによる E の像

を ∆X ⊂ P2 とおく.4次曲面 X の特異点は n点の結節点のみであったので,平面曲線 ΓX は結節点を丁

度 n− 1点もつ結節 6次曲線((n− 1)-結節 6次曲線)となり,∆X は ΓX に接する 2次曲線となっている.

定義 1.1. 4次曲面 X がある 3つの 2次式 f1, f2, f3 ∈ H0(P3,OP3(2))により方程式 f21 + f2

2 + f23 = 0で

定義されているとき,X はコニカル(conical)であるという.

1

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補足 1.2. (1) n-結節 4次曲面X がコニカルならば,n ≥ 8である.特に,X が 2次式 f1, f2, f3によっ

て f21 + f2

2 + f23 = 0で定義されているならば,f1 = f2 = f3 = 0は孤立した 8点を定め,それらは

X の結節点である.

(2) n-結節 4次曲面 X(1 ≤ n ≤ 5)の結節点を通る 2次曲面による線形系 Λの基点は X の結節点のみ

とする.このとき,ある 10− n個の 2次式 f1, . . . , f10−n によって,X は f21 + · · ·+ f2

10−n = 0で定

義される.実際に,線形系 Λが定める有理写像 Φ : P3 99K P9−nによる非特異 2次超曲面の引き戻し

によってX が定まる.([7]も参照)

(3) 結節 4次曲面の結節点の個数は高々16個である.このとき,ΓX は∆X に接する 6本の直線からなる

(ΓX の結節点の個数が最大の 15になる).また,任意の 1 ≤ n ≤ 16に対して,n-結節 4次曲面が存

在する.

(4) 結節 4次曲面X に対し,ΓX は点射影の中心となる結節点 P0 ∈ X に依存する.例えば,ΓX が既約

か可約かも P0 の取り方によって異なる場合がある.本当は ΓX,P0 と表記すべきであるが,ここでは

P0 は固定されているものとして ΓX と略記する.

本研究では,以下の 2つの問題を考える.

問題 1.3. X1, X2 ⊂ P3 は 8-結節 4次曲面とする.

(1) X1 がコニカルであるための必要十分条件を ΓX1 +∆X1 の特異点の位置によって表せ.

(2) X1 がコニカルで,X2 がコニカルでないとき,(ΓX1 +∆X1 , ΓX2 +∆X2)はザリスキ対であるか?

i.e., P2 の自己同相写像 h : P2 → P2 で h(ΓX1 +∆X1) = ΓX2 +∆X2 となるものがあるか?

補足 1.4. 問題 1.3(1)については先行研究がある.結節 4次曲面X に対し,ΓX +∆X を用いたX の研究

は 100年以上前に Cayley氏や Rohn氏等によって行われ,[7]で紹介されている.しかし,[7]で紹介され

ている証明は筆者には理解できない部分もあった.本研究は,その理解できていない部分を補うための研究

とも言えるかもしれない.

本研究の主結果は以下の二つである.

定理 1.5. X ⊂ P3を 8-結節 4次曲面とし,P0, . . . , P7 ∈ X をX の結節点とする.P0を中心とする点射影

p′ : X \ P0 → P2による P1, . . . , P7の像をそれぞれ P ′1, . . . , P

′7 と表す.また,任意の接点 T ∈ ΓX ∩∆X

に対して,T は ΓX の非特異点で,局所交点数が IT (ΓX ,∆X) = 2となると仮定する.このとき,X がコ

ニカルであるための必要十分条件は ΓX が既約で以下の 3条件を満たすことである;

(1) dim d′ ≥ 2,ここで,d′は 7点 P ′1, . . . , P

′7と 6つの接点 ΓX ∩∆X を通る P2上の 4次曲線のなす線形

系である,

(2) もし 3点 P ′i1, P ′

i2, P ′

i3が一直線上にあり,C3 が 3点 P ′

i1, P ′

i2, P ′

i3と 6個の接点 ΓX ∩∆をすべて通

るならば,C3 は∆X と 3点 P ′i1, P ′

i2, P ′

i3を通る直線 Lからなる,C3 = L+∆X , そして,

(3) 任意の 5点 P ′i1, . . . , P ′

i5に対して,5点 P ′

i1, . . . , P ′

i5と 6個の接点 ΓX ∩∆X を通る 3次曲線は存在し

ない.

定理 1.6. X1, X2 ⊂ P3 を定理 1.5の仮定を満たす 8-結節 4次曲面とする.もしX1 がコニカル,X2 がコ

ニカルではなく,ΓX1と ΓX2

が既約であれば,平面曲線の組 (ΓX1+∆X1

, ΓX2+∆X2

)はザリスキ対であ

る,i.e., P2 の自己同相写像 h : P2 → P2 で h(ΓX1 +∆X1) = ΓX2 +∆X2 を満たすものは存在しない.

2

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補足 1.7. 定理 1.6では,ΓXi は 7-結節 6次曲線となる.7-結節 6次曲線 Γが既約である必要十分条件は任

意の 5つの結節点が同一直線上にないことである.実際に,Γが既約であるとき,直線 Lとの交点数は 6な

ので,Γの結節点は 4点以上は同一直線上には並ばない.逆に,Γが可約であれば,結節点の個数が 7点な

ので,Γは直線と 2-結節 5次曲線によって構成され,5点の結節点が同一直線上に並ぶ.

補足 1.8. ザリスキ対の例はO. Zariski氏の論文 [10]で初めて発見された(ザリスキ対の定義については定

義 3.2を参照).その後,補空間の基本群が異なる平面曲線の組により,ザリスキ対が構成されている(cf.

[1]).また,[1]では補空間が位相同型である平面曲線の組によるザリスキ対がブレイドモノドロミーを用

いて構成さている.論文 [2, 6, 4, 5, 8]などでは,平面曲線の補空間の基本群の差を証明する方法ではなく,

新たな方法によって平面曲線の組がザリスキ対になることの証明を行っている.特に,[5]では補空間の基

本群が同型である平面曲線の組によるザリスキ対が発見されている.定理 1.6の証明では,坂内氏の論文

[2]のアイデアを用いて,ザリスキ対となることを証明する.

2 定理 1.5の証明

この節では,X ⊂ P3は 8-結節 4次曲面とし,P0, . . . , P7 ∈ X はX の結節点とする.はじめに,X がコ

ニカルであるための必要十分条件を結節点の位置によって記述する.

命題 2.1. 8-結節 4次曲面X がコニカルである必要条件は以下の 3条件を満たすことである;

(1) dim d ≥ 2,ここで,dは 8点 P0, . . . , P7 を通る 2次曲面のなす P3 上の線形系を表す,

(2) 結節点 P0, . . . , P7 の任意の 3点は同一直線上にない,そして,

(3) 結節点 P0, . . . , P7 の任意の 5点は同一平面上にない.

Proof. 3つの 2次式 f1, f2, f3により,Xが f21 +f2

2 +f23 = 0で定義されているとする.Di(i = 1, 2, 3)を

fi = 0で定義される2次曲面とする.このとき,D1∩D2∩D3はXの特異点の集合P0, . . . , P7に含まれる.よって,f1, f2, f3はC上線形独立である.さらに,D1, D2, D3の交点数は8であるので,もし ♯D1∩D2∩D3 < 8

ならば,X は結節点ではない特異点をもつことになり,矛盾する.従って,D1 ∩D2 ∩D3 = P0, . . . , P7,D1, D2, D3 ∈ d,そして,dim d ≥ 2が成り立つ.また,P0, . . . , P7 のある 3点が直線 L上にあるとする

と,Diと Lの交点数は 2なので,L ⊂ Di(i = 1, 2, 3)となり,矛盾する.P0, . . . , P7のある 5点が超平面

H 上にあるとすると,DiはH 上にある結節点を通るH 上の唯一の 2次曲線を含むので,矛盾する.よっ

て,条件 (1), (2), (3)はX がコニカルであるための必要条件である.

逆に,Xが条件 (1), (2), (3)を満たすとする.このとき,線形系 dの基点集合は結節点の集合 P0, . . . , P7と一致し,dim d = 2となることが証明できる.線形系 dが定める有理写像をΦd : P3 99K P2とし,σ : P3 → P3

を 8点P0, . . . , P7におけるブローアップとする.すると,Φdは射 Φd : P3 → P2を誘導する.さらに,X ⊂ P3

をX ⊂ P3の σによる固有変換像とすると X はX の最小特異点解消になっている.X の P3への埋め込み

を ι,そして π := Φd ι : X → P2 とおく.

X P3 P3

P2

@@@R

π?

Φd

-σ pppppppp Φd

8点P0, . . . , P7上のブローアップσの例外因子をそれぞれE0, . . . , E7とおく.すると,Φ∗dOP2(1) ∼= OP3(σ

∗D−E0 − · · · − E7)(D ⊂ P3 は 2次曲面)なので,各 i = 0, . . . , 7に対して,

ΦdOP2(1)⊗OEi∼= OP3 ⊗OEi

∼= OEi(1)

3

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が成り立つ.ここで,OEi(1)は Eiを P2と同一視したときにOP2(1)に対応する層である.従って,Φdの

Ei への制限は同型射 Φd|Ei : Ei∼→ P2 となる.各 Pi は X の結節点なので,Ci := Φd(Ei ∩ X)は非特異

な 2次曲線となる.直線 L ⊂ P2に対し,π∗Lと ι∗(σ∗D −E1 − · · · −E8)は線形同値なので,(π∗L)2 = 0

となる.したがって,dimπ(X) ≤ 1が得られる.ここで,Ci ⊂ π(X)なので,π(X)は非特異な 2次曲線

となり,斉次座標 u1, u2, u3 をうまくとることにより,π(X)は u21 + u2

2 + u23 = 0で定義される.そこで,

fi := Φ∗dui とおくことで,X は f2

1 + f22 + f2

3 = 0で定義されることがわかる.

P3内におけるXの結節点の配置と P2上の ΓX +∆X の特異点の配置の関係を調べることにより,定理 1.5

が得られる.その方法として,ベクトル束の基本変換を用いる.

点 P0 ∈ P3 における P3 のブローアップを σ0 : P3 → P3 とおき,P0 を中心とした点射影から誘導される

射を p1 : P3 → P2で表す.また,E ⊂ P3を σ0の例外因子とする.このとき,p1は P3に P1-束の構造を与

え,P3 は P(OP2 ⊕OP2(−1))に同型である.

命題 2.2 ([9]の定理の系). ∆ ⊂ P2を非特異 2次曲線,E := p−11 (∆)∩ Eとおく.また,σ1 : V → P3を E

に沿った P3 のブローアップとし,E1 を σ1 の例外因子とする.このとき,E′1 := σ∗

1p∗1∆− E1 は可縮であ

る.さらに,σ′1 : V → V ′を E′

1のブローダウンとすると V ′ ∼= P(OP2 ⊕OP2(−3))であり,下記の可換図式を満たす;

V

P3 P3 P(OP2 ⊕OP2(−1)) V ′ P(OP2 ⊕OP2(−3))

P2

?

σ1

QQQ

QQQQs

σ′1

p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p p pqp′

σ0 -∼

QQQ

QQQs

p1

?

p1

p p p p p p p- -∼

+

p3

)p3

系 2.3. P3 の斉次座標 [x : y : z : w]を P0 = [0 : 0 : 0 : 1],P2 の斉次座標 [u0 : u1 : u2]を (p′)∗u0 = x,

(p′)∗u1 = y, (p′)∗u2 = zとなるようにとる.u0 = 1 × P1 ⊂ V ′での P1の斉次座標を [s : t]とおくと,命

題 2.2の可換図式から誘導される有理写像 θ : P3 99K V ′ は x = 1 ⊂ P3 上で

[1 : y : z : w] 7→ [1 : y : z]× [1 : wδ(1, y, z)]

で与えられる,ここで,δ = δ(x, y, z) = 0は∆の定義方程式である.

命題 2.4. P3 の斉次座標 [x : y : z : w],P2 の斉次座標 [u0 : u1 : u2]と P1 の斉次座標は系 2.3の仮定を満

たしているとする.また,P ′i ∈ P2(i = 1, . . . , 7)を Pi ∈ X の p′ : P3 99K P2 による像とする.このとき,

8-結節 4次曲面X はある i次斉次式 gi ∈ C[x, y, z](i = 2, 3, 4)を用いた方程式 g2w2 + 2g3w + g4 = 0で

定義される.そして,次の二つの写像は全単射である;

α :P0 を含まない P3 の超平面

全ての接点 ΓX ∩∆X を通り

∆X を含まない P2 上の 3次曲線

ax+ by + cz + w = 0 7→ g3 − (au0 + bu1 + cu2)g2 = 0

β : P0 が非特異点となる P3 の 2次曲面 →全ての接点 ΓX ∩∆X を通り

∆X を含まない P2 上の 4次曲線

a1w + a2 = 0 7→ a1g3 − a2g2 = 0

4

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ここで,a, b, c ∈ C, a1, a2 ∈ C[x, y, z]はそれぞれ斉次 1, 2次式で a1 = 0, そして,h ∈ C[x, y, z]に対して h = h(u0, u1, u2)としている.さらに,P0 を含まない P3 の超平面 H に対し,Pi ∈ H となる必要十分

条件は P ′i ∈ α(H)であり,P0 が非特異点となる P3 の 2次曲面Dに対し,Pi ∈ Dとなる必要十分条件は

P ′i ∈ β(D)となることである.

Proof. 8-結節 4次曲面X が g2w2 +2g3w+ g4 = 0で定義されることは明らか.このとき,ΓX と∆X はそ

れぞれ

g23 − g2g4 = 0, g2 = 0

で定義されている.X は P0 を通る直線を含まないので,g2 は g3 の約数ではない.よって,写像 α, β は

well-definedである.単射であることも明らかである.

接点 ΓX ∩∆X を通り∆X を含まない 3次,4次曲線を C3,C4とする.∆X 上の因子として,2C4|∆X=

(ΓX + 2L)|∆X となる直線 Lの定義方程式を a1 = 0とする.このとき,i = 3, 4に対する完全列

0→ H0(P2,OP2(i− 2))×g2→ H0(P2,OP2(i))→ H0(∆X ,O∆X (i))→ 0

より,ある a, b, c ∈ Cおよび a2 ∈ C[x, y, z]があり,C3 と C4 はそれぞれ g3 − (au0 + bu1 + cu2)g2 = 0と

a1g3 + a2g3 = 0で定義される.よって,α, β は全射である.

最後の主張を証明するために,命題 2.2の図式から得られる双有理写像 θ : P3 99K V ′を考える.x = 1上で (θ−1)∗y = u1, (θ

−1)∗z = u2, (θ−1)∗w = t/g2 なので,X の θによる固有変換像X3 は

(t+ g3)2 − g23 + g2g4 = 0

で局所的に定義される.特に,t+ g3 = 0は p3 : V ′ → P2 の切断 S3 を定義し,S は固有変換像X3 の全て

の特異点を通る.P0 を通らない超平面H = ax+ by + cz + w = 0に対し,その固有変換像H3 は

t+ (au0 + bu1 + cu2)g2 = 0

で与えられ,切断 S3 との共通部分H3 ∩ S3 の p3 : V ′ → P2 による像は

g3 − (au0 + bu1 + cu2)g2 = 0

で定義される 3次曲線 α(H)となる.S3はX3の全ての特異点を通るので,Pi ∈ H となる必要十分条件は

P ′i ∈ α(H)である.また,P0 が非特異点となる 2次曲面D = a1w + a2 = 0に対して,その固有変換像

D3 は

a1t+ a2g2 = 0

で定義され,切断 S3 との共通部分D3 ∩ S3 の p3 による像は

a1g3 − a2g2 = 0

で定義される 4次曲線 β(D)となる.したがって,Pi ∈ Dとなる必要十分条件は P ′i ∈ β(D)である.

定理 1.5の証明. X がコニカルならば,命題 2.1の条件 (3)より,ΓX の結節点は同一直線上に 4点以上は

ないので,ΓX は既約である.したがって,命題 2.1の条件 (1), (2), (3)がそれぞれ定理 1.5の条件 (1), (2),

(3)と同値であることを示せば十分である.はじめに命題 2.1 (1)と定理 1.5 (1)が同値であることを示す.

X の 8つの結節点 P0, . . . , P7を通る 2次曲面Dに対し,自己交点数はD3 = 8なので,dim d ≥ 2であれば

Dは P0 で非特異である.一方,ΓX は 7-結節 6次曲線なので,2次曲線∆X を含まず,7つの結節点は同

一 2次曲線上にはない.よって,P ′1, . . . , P

′7と接点 ΓX ∩∆X を通る 4次曲線は∆X を含まない.したがっ

て,命題 2.4の写像 β より,命題 2.1 (1)と定理 1.5 (1)は同値であることがわかる.

5

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次に,命題 2.1 (2)と定理 1.5 (2)が同値であることを示す.P0, P1, P2が直線 L ⊂ P3上にあるとすると,

LとX の交点数は 4なので,LはX に含まれるが,X は P0を通る直線を含まないので,矛盾する.よっ

て,X の結節点で P0とその他 2点の結節点は同一直線上にはない.命題 2.1 (2)が満たされているとする.

P ′1, P

′2, P

′3 ∈ ΓX が直線 L′ ⊂ P2 上にあり,P ′

1, P′2, P

′3 とすべての接点 ΓX ∩ ∆X を通り ∆X を含まない 3

次曲線 C3 があるとする.すると,命題 2.4の写像 αの全射性より,P0 を通らず P1, P2, P3 を通る超平面

H1 ⊂ P3が存在する.一方,P ′1, P

′2, P

′3は直線 L′上にあるので,P0, P1, P2, P3を含む超平面H2 ⊂ P3が存

在する.つまり,P1, P2, P3は直線H1 ∩H2上の点となり,矛盾する.逆も同様に証明される.したがって,

命題 2.1 (2)と定理 1.5 (2)は同値である.

最後に,命題 2.1 (3)と定理 1.5 (3)が同値であることを証明する.命題 2.1 (3)を仮定する.命題 2.4

の写像 αより,定理 1.5 (3)が成り立つことがわかる.次に,定理 1.5 (3)を仮定する.写像 αより,7点

P1, . . . , P7の中の任意の 5点は P0を同一の含まない平面上にないことがわかる.5点 P0, . . . , P4,が同一平

面上にあるとすると,4点 P ′1, . . . , P

′4 を通る直線 L′ が存在し,ΓX の既約性に矛盾する.したがって,命

題 2.1 (3)と定理 1.5 (3)は同値である.

3 ザリスキ対と2次被覆

この節では,講演で詳しく話していないザリスキ対について簡単に説明する.ザリスキ対の研究は O.

Zariski の論文 [10] の例 3.3 から始まり,他の数学者により研究され,多くの例が与えられてきた(cf.

[1, 2, 4, 5, 6, 8]).ザリスキ対の研究の目的は主に以下の二点である:

• 二つの平面曲線の組がザリスキ対となる条件を与えること,

• ザリスキ対を具体的に構成する方法を与えること.

ザリスキ対となる条件が与えられていても,実際に条件を満たす曲線の組が存在するか判定することは一

般に難しい.本研究では結節 4曲面を用いて P2 上のザリスキ対を構成する.

ザリスキ対の定義を与えるために,平面曲線の combinatorial typeを定義する.

定義 3.1 (cf. [1]). (被約な)平面曲線 Γ ⊂ P2に対して,Γの combinatorial type とは次の 7つ組のこと

を言う; (Irr(Γ), deg, Sing(Γ), Σtop(Γ), σtop, Γ(P )P∈Sing(Γ), βP P∈Sing(Γ)

),

ここで,各成分は以下を満たすものである:

• Irr(C) は Γの既約成分から成る集合で,deg : Irr(Γ)→ Zは各既約成分に対してその次数を対応させる写像である;

• Sing(Γ)は Γの特異点の集合で,Σtop(Γ)は Γの特異点の位相型(topological type)の集合であり,

σtop : Sing(Γ)→ Σtop(Γ) は各特異点に対してその位相型を対応させる写像である;

• Γ(P )は P ∈ Sing(Γ)における Γの局所的な分岐の集合で,βP : Γ(P )→ Irr(Γ)は各局所的な分岐に

対してそれを含む既約成分を対応させる写像である.

定義 3.2. k個の曲線 Γ1, . . . ,Γk ⊂ P2に対し,(Γ1, . . . ,Γk)が Zariski k-plet であるとは次の 2条件を満た

すことである;

• Γ1, . . . ,Γk の combinatorial type は同じである;

• 任意の 1 ≤ i < j ≤ kに対し,h(Γi) = Γj を満たす同相写像 h : P2 → P2 が存在しない.

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特に,k = 2のとき,(Γ1,Γ2)をザリスキ対(Zariski pair)という.

例 3.3 ([10]). Γ1,Γ2 ⊂ P2を 6個の尖点をもつ 6次曲線とする.もし次の 2条件を満たしていれば (Γ1,Γ2)

はザリスキ対となる;

• Γ1 の 6個の尖点を通る 2次曲線が存在する;

• Γ2 の 6個の尖点を通る 2次曲線は存在しない.

次に本研究の鍵となる 2次被覆による平面曲線の引き戻しとザリスキ対の関係を述べる.そのために,次

の記号を導入する.2k次曲線∆ ⊂ P2に対し,∆で分岐する 2次被覆を π∆ : X∆ → P2,π∆の被覆変換写

像を ι∆ : X∆ → X∆ と書く.下記の命題の証明のアイデアは坂内氏の論文 [2]による.

命題 3.4. ∆1,∆2 ⊂ P2を 2つの 2k次曲線とし,2の平面曲線 Γ1,Γ2 ⊂ P2が次の 2条件を満たすとする;

• Γ1 +∆1 と Γ2 +∆2 の combinatorial type が同じである;

• 各 i = 1, 2に対し,π∗∆i

Γi = D+i +D−

i (D−i := ι∗∆i

D+i ) を満たすD+

i ⊂ X∆i が存在する.

このとき,♯(D+1 ∩D

−1 ) = ♯(D+

2 ∩D−2 )が成り立てば,h(∆1) = ∆2と h(Γ1 +∆1) = Γ2 +∆2を満たす同相

写像 h : P2 → P2は存在しない.さらに,任意の C1 ∈ Irr(∆1)と C ′1 ∈ Irr(Γ1)に対し,deg(C1) = deg(C ′

1)

を満たすとき,(Γ1 +∆1,Γ2 +∆2)はザリスキ対となる.

Proof. h(∆1) = ∆2 と h(Γ1 + ∆1) = Γ2 + ∆2 を満たす同相写像 h : P2 → P2 が存在すると仮定する.こ

のとき,不分岐 2 次被覆の一意性より,ある同相写像 h : X∆1 \ π−1∆1

(∆1) → X∆2 \ π−1∆2

(∆2) が存在し,

hπ∆1 = hπ∆2 を満たす.

X∆1 \ π−1∆1

(∆1) X∆2 \ π−1∆1

(∆2)

P2 \∆1 P2 \∆2

-h

?

π∆1

?

π∆2

-h

このとき,♯(D+1 ∩D−

1 ) = ♯(h(D1) ∩ h(D−1 )) = ♯(D+

2 ∩D−2 )が成り立ち,仮定に矛盾する.よって,前半

の主張が成り立つ.

また,h(Γ1 +∆1) = Γ2 +∆2を満たす同相写像 h : P2 → P2が存在するとき,C1 ∈ Irr(Γ1 +∆1)の特異

点と種数より,deg(C1) = deg(h(C1))となるので,後半の主張も成り立つ.

4 定理 1.6の証明

この節では,定理 1.6の証明を紹介する.

定義 4.1. Γ ⊂ P2 を d次の平面曲線とする.非特異 2次曲線∆ ⊂ P2 が Γの非特異点で接するとき,∆を

Γの接 2次曲線(tangent-conic)と呼ぶ.

非特異 2次曲線∆で分岐する 2次被覆 π∆ : X∆ → P2に対して,X∆∼= P1×P1が成り立つ.そこで,「∆

に関する (m,n)型の分解曲線」を定義する.

定義 4.2. 非特異 2次曲線∆ ⊂ P2 を接 2次曲線としてもつ平面曲線 Γに対し,以下の条件を満たすとき,

Γを∆に関する (m,n)型の分解曲線(splitting curve of type (m,n))であるという;

• π∗∆Γ = D+ + ι∗∆D

+ を満たす P1 × P1 上の (m,n)-曲線D+ が存在する.

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補足 4.3. d次曲線 Γに対して,π∗∆Γ ⊂ P1 × P1は (d, d)-曲線である.したがって,d次曲線が∆に関する

(m,n)型の分解曲線ならば d = m+ nである.

命題 3.4より,d次曲線の∆に関する分解の型によって,ザリスキ対か否かを判定できる.

命題 4.4. 8-結節 4次曲面X ⊂ P2がコニカルである必要十分条件は ΓX が∆X に関する (2, 4)型の分解曲

線であることである.

この命題の証明は割愛するが,定理 1.5と次の定理から導かれる.

定理 4.5. Γ ⊂ P2 を非特異 2次曲線 ∆に 6点で接する 7-結節 6次曲線とする.このとき,Γが ∆に関す

る (2, 4)型の分解曲線である必要十分条件は,Γと横断的に交わる任意の∆の接線 Lに対して,次の 5条

件を満たす 4次,3次曲線 C3, C4 および 2点の Lと Γの交点 Q1, Q2 ∈ L ∩ Γが存在することである;

(1) C3 と C4 は共に 7点の結節点を通り,C4 は Γと∆の 6つの接点 Γ ∩∆も通る,

(2) C3 と C4 は共に Q1 と Q2 で非特異で,Q1, Q2 のそれぞれの点で Γと 2重に接する,

(3) C4 は Lと∆の接点 T0 で非特異であり,∆と接する,

(4) C3 は T0 で 2つの分岐をもち,一方は∆と接し,他方は∆と横断的に交わる,

(5) 5つの因子 Γ, ∆, L, C3, C4 の中の任意の 2つの因子は共通因子を持たない.

補足 4.6. 定理 4.5は [3]でより一般化した形で証明する.

定理 1.6の証明. 命題 3.4と命題 4.4より,定理 1.6が成り立つ.

5 7-結節 6次曲線と接 2次曲線によるザリスキ対

ここでは研究集会では紹介できなかったザリスキ対の具体例を与える.

例 5.1. 斉次多項式 g2, g3, g4 を次の式とする:

g2 = z2 − 4xy,

g3 = z3 + y2z + xz2 − 3xyz + x2z − 2x2y + 2x3,

g4 = (x2 + xy − xz + y2 − z2)2.

X ⊂ P3 を g2w2 + 2g3w + g4 = 0で与えられる 4次曲面とすると,ΓX は ∆X を接 2次曲線としてもつ 6

次曲線である.さらに,ΓX の特異点は全て結節点であり,

(0 : 0 : 1), (9αi : −15α5i − 22α4

i − 11α3i + 19α2

I + 3αi − 7 : 9)

(i = 1, . . . , 6)の 7点から成る,ただし,αiは 6次方程式 3t6 + 5t5 + 2t4 − 3t3 − t2 + 2t+ 1 = 0の解であ

る.同一直線上に 5個の結節点はないので,ΓX は既約である.なお,ΓX は方程式

g23 − g2g4 = 0

で定義されるので,ΓX は∆X に関する (3, 3)型の分解曲線である.

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例 5.2. 2次斉次多項式 f1, f2, f3 を次の式とする:

f1 = xw − y2 + z2

f2 = yw − x2 + z2,

f3 = zw − x2 + y2.

X ′ ⊂ P3を f23 − 4 f1f2 = 0で定義される 4次曲面とすると,X ′はコニカルな 8-結節 4次曲面となる.ΓX′

の結節点は

(−1 : −1 : 1), (−1 : 0 : 1), (−1 : 1 : 1), (0 : 1 : 1), (1 : −1 : 1), (1 : 1 : 0), (1 : 1 : 1)

の 7点から成る.命題 4.4より,ΓX′ は∆X′ に関する (2, 4)型の分解曲線であることがわかる.

例 5.3. 斉次多項式 g′′2 , g′′3 , g

′′4 を次の式とする:

g′′2 = 193502x2 + 166772xy + 7447xz + 3776 y2 + 22330 yz + 2178 z2,

g′′3 = −104320x2y − 378788x2z − 71330xy2 − 219337xyz − 2992xz2 + 1180 y2z − 16423 yz2,

g′′4 = 30320x2y2 + 83812x2yz + 188928x2z2 + 45916xy2z + 46616xyz2 + 413 y2z2.

X ′′ ⊂ P3 を g′′2w2 + 2 g′′3w + g′′4 = 0で定義される 4次曲面とすると,X ′′ はコニカルではない 8-結節 4次

曲面となる.そして,ΓX′′ の特異点はすべて結節点であり,

(0 : 0 : 1), (0 : 1 : 0), (1 : 0 : 0), (1 : 1 : 1), (1 : 2 : −3), (3 : 6 : 4), (−33 : 22 : 27)

の 7点から成る.また,結節点の配置より,Γ′′は既約であることがわかる.実は,Γ′′が∆′′に関する分解

曲線ではないことが証明できる (cf. [3]).

上記 3つの例より,以下の定理が得られる.

定理 5.4. 結節点の個数が 7個である 6次の結節曲線とその接 2次曲線の配置による Zariski 3-pletが存在

する.

Proof. 4次曲面X,X ′, X ′′ を例 5.1, 5.2, 5.3の通りすると,命題 3.4より,

(ΓX +∆X , ΓX′ +∆X′ , ΓX′′ +∆X′′)

は Zariski 3-pletである.

参考文献

[1] E. Artal Bartolo, J. Ignacio Cogolludo, H. Tokunaga, A survey on Zariski pairs, Algebraic ge-

ometry in East Asoa–Hanoi 2005, 1–100, Adv. Stud. Pure Math. 50, Math. Soc. Tokyo, 2008.

[2] S. Bannai, A note on splitting curves of plane quartics and multi-sections of rational elliptic

surfaces, 準備中.

[3] S. Bannai, T. Shirane, Nodal sextic curves with a contact-conic and Zariski pairs, 準備中.

[4] A. Degtyarev, On deformations of singular sextics, J. Algebraic Geom. 17 (2008), no. 1, 101–135.

9

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[5] A. Degtyarev, On the Artal–Crmona–Cogolludo construction, J. Knot Theory Ramification 23

(2014), no. 5, 1450028, 35 pp.

[6] B. Guerville-Balle, An arithmetic Zariski 4-tuple of twelve lines, Preprint available at arXiv:

1411.23002v2, 2015.

[7] C. M. Jessop, Quartic surfaces with singular points, Cambridge Univ. Press (1916).

[8] I. Shimada, Lattice Zariski k-ples of plane sextic curves and Z-splitting curves for double plane

sextics, Michigan Math. J. 59 (2010), no. 3, 621–665.

[9] H. Sumihiro, Elementary Transformations of Algebraic Vector Bundles, Algebraic and Topologi-

cal Theories (1985), 305–327, Kinokuniya.

[10] O. Zariski, On the problem of existence of algebraic functions of two variables possessing a given

branch curve, Amer. J. Math. 51 (1929), 305–328.

755-8555 山口県宇部市常盤台 2丁目 14番 1号 宇部工業高等専門学校

E-mail : [email protected]

10

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Notes on deformations of isolated singularities of polarweighted homogeneous mixed polynomials

東北大学大学院理学研究科 稲葉和正

1. Polar weighted homogeneous mixed polynomials

1.1. Definitions. P (z, z)を複素変数 z = (z1, . . . , zn) とその複素共役 z = (z1, . . . , zn)を用いて次のように表される多項式とする:

P (z, z) :=∑ν,µ

cν,µzν zµ,

ここでν = (ν1, . . . , νn)に対してzν = zν11 · · · zνn

n (µ = (µ1, . . . , µn)に対して zµ = zµ11 · · · zµn

n )と定める. このような多項式を混合多項式と呼ぶ [18, 19]. 各 j = 1, . . . , n に対してP

((0, . . . , 0, zj , 0, . . . , 0), (0, . . . , 0, zj , 0, . . . , 0)

)6≡ 0が成り立つとき, P (z, z)は convenient

であるという.ρ1(x,y)と ρ2(x,y)をR2nからRへの実多項式写像とし, 実変数を x = (x1, . . . , xn),y =

(y1, . . . , yn)とおく. このとき (ρ1, ρ2) : R2n → R2は次のように混合多項式写像で表すことができる:

P (z, z) := ρ1

(z + z2

,z − z

2i

)+ iρ2

(z + z2

,z − z

2i

),

ここで <zj = xj ,=zj = yj (j = 1, . . . , n)とする.<P と=P はそれぞれ混合多項式 P の実部と虚部とする. <P と=P のグラディエントが

一次従属になる点w ∈ Cnを P の特異点という. P の特異点wは次の性質をもつ.

Proposition 1 ([18] Proposition 1). 次の条件は同値である:

(1) wは P の特異点である.(2) ある複素数 αが存在して, |α| = 1,( ∂P

∂z1(w), . . . ,

∂P

∂zn(w)

)= α

( ∂P

∂z1(w), . . . ,

∂P

∂zn(w)

).

(p1, . . . , pn)は gcd(p1, . . . , pn) = 1をみたす整数の組, (q1, . . . , qn)は非負な整数の組とする. このとき Cn上の S1-作用と R∗-作用を次のように定義する:

s z = (sp1z1, . . . , spnzn), s ∈ S1.

r z = (rq1z1, . . . , rqnzn), r ∈ R∗.

もし正の整数 dpが存在して P (z, z)が次の等式をみたすとする:

P (sp1z1, . . . , spnzn, sp1 z1, . . . , s

p1 zn) = sdpP (z, z), s ∈ S1,

このとき混合多項式P は polar weighted homogeneousであるという. また正の整数 drが存在して P (z, z)が次の等式をみたすとき, P は radial weighted homogeneousであるという:

P (rq1z1, . . . , rqnzn, rq1 z1, . . . , r

qn zn) = rdrP (z, z), r ∈ R∗.1

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polar かつ radial weighted homogeneousな混合多項式P (z, z)が複素多項式のとき, P (z, z)は擬斉次多項式と呼ぶ.混合多項式 P (z, z)は polarかつ radial weighted homogeneousであると仮定する. この

とき次の等式が成り立つ:

dpP (z, z) =∑n

j=1 pj

(∂P∂zj

zj − ∂P∂zj

zj

),

drP (z, z) =∑n

j=1 qj

(∂P∂zj

zj + ∂P∂zj

zj

).

また j = 1, . . . , nに対して, pj = qj ならば,

∑nj=1 pj

∂P∂zj

zj =dr + dp

2P (z, z),∑n

j=1 pj∂P∂zj

zj =dr − dp

2P (z, z)

が成り立つ.

1.2. Milnor fibrations. P (z)はCnの原点 o = (0, . . . , 0)で消えるn変数 z = (z1, . . . , zn)の複素多項式とする. 原点oはP (z)の特異点,つまり (∂P/∂z1)(o) = · · · = (∂P/∂zn)(o) = 0をみたす点とする. 1968 年に J. Milnorは次のことを証明した.

Theorem 1 ([14]). 十分小さい正の数 ε0が存在して, 0 < ε ≤ ε0をみたす任意の正の数 ε

に対し,P

|P |: S2n−1

ε \ KP → S1

は局所自明なファイバー束になる. ここで S2n−1ε は (2n− 1)次元の原点を中心にもつ半径 ε

の球面とし, KP = S2n−1ε ∩ P−1(0)とおく.

このファイバー束をMilnor束と呼ぶ. 原点が P (z)の孤立特異点になるとき, ファイバー F

の閉包は内部が F で, 境界がKP になる滑らかな多様体である. KP を特異点の絡み目と呼ぶ. 例えば n = 2のとき, P (z) = zp

1 + zq2 としたときのKP は (p, q)-トーラス・リンクにな

る. 一般には複素多項式の孤立特異点から定まる絡み目はトーラス・リンクのケーブルリンクで, ケーブルの係数たちはある不等式をみたしているものになる [6].一般には全ての混合多項式に対してMilnor束は存在しないが混合多項式 P が polar かつ

radial weighted homogeneous ならば,

P : Cn \ P−1(0) → C∗

は局所自明なファイバー束である. ファイバー束のファイバーを F = P−1(1)とおく. このときモノドロミー写像 h : F → F は

h(z) = exp(2πi

dp

)z =

(z1 exp

(2p1πi

dp

), . . . , zn exp

(2pnπi

dp

))で与えられる [20, 4, 18, 19].

2

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2. Enhanced Milnor number

(S2n−1,K)を絡み目, つまりKは (2n−1)次元球面S2n−1内の余次元 2の向き付けられた閉多様体とする. N(K)でKのS2n−1内のチューブ近傍を表し, E(K) = S2n−1\ Int(N(K))とおく. N(K)が 2次元円板上のファイバー束

φ0 : N(K) → D2

とE(K)が S1上のファイバー束

φ1 : E(K) → S1

をもち, さらに φ0|∂N(K) = φ1|∂N(K)をみたすとき, K をファイバー絡み目という. このファイバー束は S2n−1のオープンブック分解とも呼ばれている. ファイバー絡み目K が(n − 3)-連結かつファイバー曲面が (n − 2)-連結のときK は単純であるという. 原点が複素多項式 P (z)の孤立特異点になるとき, Milnor束の各ファイバーは (n− 1)次元球面 Sn−1のブーケ Sn−1 ∨ · · ·∨Sn−1と同じホモトピー型をもつ [14]. よってファイバーF のホモロジー群は

Hk(F ; Z) =

Z ⊕ · · · ⊕ Z k = n − 1

Z k = 0

0 otherwise

となる. このときKP はホモトピー群 πj(KP ) (0 ≤ j ≤ n − 3)が全て自明になる滑らかな多様体である. よって複素超曲面の特異点の絡み目は, 単純なファイバー絡み目の重要な例になっている. ただし, 混合多項式の特異点が定めるファイバー絡み目が常に単純になるのかは分かっていない. 単純なファイバー絡み目 (S2n−1,K)のファイバーの (n− 1)次ホモロジー群のランクをMilnor数と呼び µ(K)で表す.

W. Neumannと L. Rudolphはファイバー絡み目の研究のために接束 TS2n−1 ⊕R内の向き付けられた (2n − 2)次元平面場でE(K)上ではKのファイバー束の各ファイバーに横断的に交わっていて, K 上では K ⊕ Rに接している平面場を研究した [15, 16, 17, 21].この平面場は写像 Λ : S2n−1 → G(2n − 2, 2n)を定義する. ここで G(2n − 2, 2n)は R2n

内の向き付けられた (2n − 2)次元の平面場によるグラスマン多様体である. NeumannとRudolphはホモトピー群 π2n−1(G(2n − 2, 2n))が

π2n−1(S2n−1) ⊕ π2n−1(S2n−2) ∼= Z ⊕ Z/rZ

と同型であることを示した. ここで n = 2のとき r = 0で n > 2のとき r = 2とする. さらに, Λのホモトピー類は ((−1)nµ(K), λ(K)) ∈ Z ⊕ Z/rZ と表すことができることを示した. この整数の組 ((−1)nµ(K), λ(K))のことを enhanced Milnor数と呼び, λ(K)のことをMilnor数の enhancementと呼ぶ. 次の定理が成り立つ.

Theorem 2 ([11], Theorem 1). 任意の k ∈ Z/rZに対して, λ(KP ) = kを満たすファイバー束 P/|P | : S2n−1

ε \ KP → S1 をもつ混合多項式 P (z, z)が存在する. ここで n = 2ならば r = 0,n > 2ならば r = 2.

3

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3. Deformations

混合多項式 P (z, z)の変形とは多項式写像

F : Cn × R → C, (z, t) 7→ Ft(z)

で, F0(z) = P (z, z)をみたすものとする. 以下では原点 oは P (z)の孤立特異点と仮定する.このときKP := S2n−1

ε ∩P−1(0)は S2n−1ε に余次元 2で埋め込まれた滑らかな多様体になる.

ここで S2n−1ε は原点中心の半径 εの 2n − 1次元球面である (0 < ε << 1).

複素特異点のとき, 原点の近傍UとP (z)の変形Ftで各 0 < t << 1に対してFt(z)は複素多項式で, U 内の Ft(z)の特異点はMorse特異点になるものが存在する (Morsification) [5].ここでMorse特異点とは次の多項式の特異点として表される特異点のことである: P (z) =z21 + · · · + z2

n. 特に n = 2のときは, Milnor束のモノドロミー写像の計算に応用することができる [1, 8, 9, 10].

P (z, z)が複素多項式のときは常に λ(KP ) = 0になることが知られている. もし混合多項式 P (z, z)の孤立特異点が変形によりMorse特異点のみに分裂するならば, λ(KP ) = 0となる [15]. 定理 2から λ(KP ) 6= 0となる混合多項式 P が存在することが分かる. よって混合多項式の孤立特異点でMorse特異点に分裂しないものが存在する.以下では混合多項式写像 P : Cn → Cを Cと R2を同一視し, R2nから R2への滑らかな

写像と見なす.

4. Generic maps

X と Y はそれぞれ n次元とm次元の滑らかな多様体とする. また C∞(X,Y )はX からY への滑らかな写像全体の集合とする. 滑らかな写像 f の点 pにおける r-ジェットを記号jrf(p)で表す. また f : X → Y で f(p) = qを満たす pにおける r-ジェット全体の集合をJr(X,Y, p, q) = jrf(p) | f(p) = qと書き,

Jr(X,Y ) :=∪

(p,q)∈X×Y

Jr(X,Y, p, q)

とおく. このとき Jr(X,Y )は r-ジェット空間という. Jr(X,Y )は滑らかな多様体であり,f の r-拡大 jrf : X → Jr(X,Y )は p 7→ jrf(p)と定義すると jrf は滑らかな写像である.以下ではm = 2と仮定する. J1(X,Y )は (3n + 2)次元多様体である. J1(X,Y )の余次元

(n − 2 + k)k-部分多様体を次のように定義する:

Sk(X,Y ) = j1f(p) ∈ J1(X,Y ) | rank dfp = 2 − k (k = 1, 2).

また Sk(f)を次のように定義する:

Sk(f) = z ∈ U | rank df(z) = 2 − k (k = 0, 1, 2).

ここで S0(f)は f の正則点の集合であり, S1(f) ∪ S2(f)は f の特異点集合である.滑らかな写像 f : X → Y がジェネリックであるとは, f が次の条件をみたすときであ

る [13]:

(1) j1f は S1(X,Y )及び S2(X,Y )と横断的に交わる,(2) j2f は S2

1(X,Y )と横断的に交わる,4

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ここで S21(f) = S1(f |S1(f))と表し, S2

1(X,Y ) は次のように定義する:

S21(X,Y ) =

j2f(p) ∈ J2(X,Y )

∣∣∣∣∣∣∣∣j1f(p) ∈ S1(X,Y ),

j1f(p)は S1(X,Y )に横断的に交わる,

rank d(f | S1(f))(p) = 0

.

もし f : X → Y がジェネリックならば, ある p ∈ S1(f)中心の局所座標 (x1, . . . , xn)が存在して, pの近傍で f は次のいずれかの形で書ける:

(1) (x1, . . . , xn) 7→ (x1,

n∑j=2

±x2j ),

(2) (x1, . . . , xn) 7→ (x1,n∑

j=3

±x2j + x1x2 + x3

2).

(1)のときは pは折り目特異点であるといい, (2)のときは pはカスプであるという. また各xj (j = 2, . . . , n)の係数が全て正または負のときは定値折り目特異点と呼び, そうではないとき不定値折り目特異点と呼ぶ.ジェネリック写像はC∞(X,Y )内で稠密に存在することが知られている. また 4次元多様

体から 2次元多様体への滑らかな写像が特異点として, Morse特異点と不定値折り目特異点しかもたないとき, broken Lefschetz fibrationという [2, 3, 7, 22].

5. Main results

5.1. Deformation of fg. 本稿では次のような混合多項式 f(z)g(z)の変形を考える. f(z)と g(z)は convenientな 2変数複素擬斉次多項式で共通の分枝を持たず, 原点が孤立特異点になると仮定する.また C2上の C∗-作用を次のように定義する:

c z = (cqz1, cpz2), c ∈ C∗, gcd(p, q) = 1.

このとき f(z)g(z)は f(cz)g(cz) = cpq(m−n)f(z)g(z) (m > n)をみたす. よって f(z)g(z)は polarかつ radial weighted homogeneous混合多項式である.

Remark 1. λ(Kfg) = (−pqn + p + q)nとなる [11].

U は原点 oの十分小さい近傍とする. 最初に次のような f(z)g(z)の変形を考える:

Ft(z) = f(z)g(z) + th(z),

h(z) =

γ1zp(m−n)1 + γ2z

q(m−n)2 (g(z)は線形多項式ではない)

zm1 z1 + zm−1

1 + γzm−12 (g(z)は線形多項式, i.e., g(z) = z1 + βz2).

このとき Ft(z)の特異点は次の性質を持つ:

• Sj(Ft)の各連結成分は S1-作用の軌道になる,• Ft(S1(Ft))は原点中心の円になる.• S2(Ft) = o または ∅.

さらに次の性質をみたす h(z)の存在を示すことができる.5

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Theorem 3 ([12]). U 内では S1(Ft)の各点が不定値折り目特異点になり, 原点 oのリンクF−1

t (0) ∩ S3ε が (p(m − n), q(m − n))-トーラス・リンクになる h(z)が存在する.

f をRnからR2への滑らかな写像とする. p ∈ S1(f)が折り目特異点であることと pが次の条件をみたすことは同値である [13]:

(1)

j1f : Rn → J1(Rn, R2)

p 7→ j1f(p)

は S1(Rn, R2) = j1f(p) ∈ J1(Rn, R2) | rank dfp = 1に横断的に交わる,

(2) rank d(f | S1(f))(p) = 1.

上の条件 (1)を確認するため, 混合多項式 P (z, z)に対して次の行列H(P )を定義する:

H(P ) :=

(∂2P

∂zj∂zk

) (∂2P

∂zj∂zk

)(∂2P

∂zj∂zk

) (∂2P

∂zj∂zk

) .

Lemma 1. w ∈ S1(P )とする. det H(P )(w) 6= 0が成り立つならば, wは条件 (1)をみたす.

h(z)の係数 γ1, γ2を S1(Ft)上で det H(Ft) 6= 0をみたすように選ぶことができ, Ftの原点を除く特異点は全て条件 (1)をみたすことを示すことができる.次に Ft |S1(Ft)の微分を計算する. S1(Ft)の各連結成分は S1-作用の軌道なので, 次のよう

に表すことができる:

(eiqθz1, eipθz2) | 0 ≤ θ ≤ 2π.

Ftは polar weighted homogeneousなので,

Ft |S1(Ft) = Ft(eiqθz1, eipθz2)

= eipq(m−n)θFt(z1, z2)

が成り立つ. S1(Ft)上では Ft 6= 0になることを示すことができるので, Ft |S1(Ft)の微分は

d

dθFt |S1(Ft)= ipq(m − n)eipq(m−n)θFt(z1, z2) 6= 0

となり条件 (2)が成り立つことが分かる. よって S1(Ft)の各点は折り目特異点であることが分かる.

S1(Ft)上の点での |Ft|2 : R3 → R, (r1, r2, τ) 7→ |Ft|2(r1, r2, τ) のHesse行列を考える. ここで r1 = |z1|, r2e

iτ = z2である. (r2, τ)の座標を変換することで, HR(|Ft|2)は次の行列と共役である: a1 a2 a3

a2 a4 0a3 0 0

,

6

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ここで a3 6= 0, a4 > 0である. よってHR(|Ft|2)は

H ′ =

a4 0 00 a3 00 0 −a3

と共役である. S1(Ft)はFtの折り目特異点集合なので, a3と a4は零にはならない. したがってH ′は 2個の正の固有値をもち, 1個の負の固有値をもつ. このとき S1(Ft)の近傍で座標変換をすることで, Ft = (Ft/|Ft|, |Ft|)は( Ft

|Ft|, |Ft|

)=

(x1,−x2

2 + x23 + x2

4 + c)

と表すことができる.`kn(K)で絡み目K の連結成分の個数を表す. このとき次が成り立つ.

`kn(F−1t (0) ∩ S3

εt) = `kn(h−1(0) ∩ S3

εt)

= m − n.

ここで S3εtは原点中心の半径が十分小さい 3 次元球面とする [19]. Ft は polar weighted

homogeneousなので, F−1t (0)は S1-作用の不変集合である. よって F−1

t (0)∩S3εtの各連結成

分は (p, q)-トーラス・ノットにアイソトピックである.

5.2. Examples. mを 3以上の整数とし, f(z) = zm1 + zm

2 , g(z) = z1 + 2z2とおく. このとき f(z)と g(z)は convenient 擬斉次多項式であり, f(z)g(z)は原点 oに孤立特異点をもつ.f(z)g(z)の変形 Ft = f(z)g(z) + t(zm

1 z1 + zm−11 + γzm−1

2 )を考える. (γ 6= 0). このとき

Φ′(z, α) =(m − 1)γ(mzm−11 g(z) − αf(z))zm−2

2

+ (2αf(z) − mzm−12 g(z))(mz1z

m−11 + (m − 1)zm−2

1 − αzm1 )

det H(Ft) =4t2m4z2m−21 z2m−2

2

が成り立つ. 行列式 det H(Ft) = 0と, z1 = 0又は z2 = 0が同値である. mは 3以上なので,Φ′(z, α)|z1=0 = −(m − 1)αγzm

2 zm−22 と Φ′(z, α)|z2=0 = αβzm

1 (mz1zm−11 + (m − 1)zm−2

1 −αzm

1 )が成り立つ. よって (z1, z2, α)が U 内でΦ′(z, α) = 0とH(Ft) = 0を満たすとすると,z1 = z2 = 0となる. S1(Ft)は原点 oを含まないので, det H(Ft) 6= 0となる.もし (z1, z2, α)が−fg + αfg = 0を満たすならば, (z1, z2, α)は次のように表される:

z1 = zreiθ, z2 = reiθ, α = α′e(−2m+2)iθ,

ここで (zm + 1)(z + 2) = α′(zm + 1)(z + 2). h(z)の係数 γを

γ 6= −(2α′f(z, 1) − mg(z, 1))(mzzm−1r2 + (m − 1)zm−2 − α′zmr2)(m − 1)(mzm−1g(z, 1) − α′f(z, 1))

を満たすようにとる. このとき S1(Ft)上で Ft(z) 6= 0. よって S1(Ft)は折り目特異点の集合であり, 絡み目 S3

ε ∩ F−1t (0)は (m − 1,m − 1)-トーラス・リンクである. ここで S3

ε =(z1, z2) ∈ C2 | |z1|2 + |z2|2 = ε, ε << 1.

7

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5.3. Deformation of Ft. 次に定理 3で得られた Ft(z)の変形を考える:

Ft,s(z) := f(z)g(z) + th(z) + s`(z),

ここで `(z) = c1z1 + c2z2, c1, c2 ∈ C \ 0, 0 < s << t << 1とする. このとき Ft,0 = Ftとなる.

Theorem 4 ([12]). Ft(z)は定理 3の f(z)g(z)の変形とする. このとき S1(Ft,s)の各点が不定値折り目特異点になり, S2(Ft,s)の各点が混合Morse特異点になる `(z)が存在する.

ここでwを混合多項式 P (z, z)の孤立特異点, c = P (w, w)で S2n−1w はw中心の球面と

する. もし絡み目 P−1(c) ∩ S2n−1w が有向絡み目として複素Morse特異点の絡み目とアイソ

トピックならば, wを混合Morse特異点と呼ぶ. 以下では定理 4の証明の概略を述べる.S1(Ft,0)が全て折り目特異点なので, sを十分小さくとることでS1(Ft,s)は上の条件 (1), (2)

をみたすことを確認することができる.S2(Ft,s)上でH(Ft,s)は

1 0 0 00 0 1 00 1 0 00 0 0 0

は共役である. C2とR4を同一視する. このときHR(<Ft,s) + iHR(=Ft,s)は次のように表される:

HR(<Ft,s) + iHR(=Ft,s) =

1 0 1 00 1 0 1i 0 −i 00 i 0 −i

1 0 0 00 0 1 00 1 0 00 0 0 0

1 0 i 00 1 0 i

1 0 −i 00 1 0 −i

=

1 1 i i

1 0 −i 0i −i −1 1i 0 1 0

=

1 1 0 01 0 0 00 0 −1 10 0 1 0

+ i

0 0 1 10 0 −1 01 −1 0 01 0 0 0

.

8

160

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Hesse行列HR(<Ft,s)とHR(=Ft,s)は正則なので, <Ft,sと=Ft,sはMorse関数である. 行

列RをR =

1 −1 0 00 1 0 00 0 1 10 0 0 1

とおく, このとき

tRHR(<Ft,s)R =

1 0 0 0−1 1 0 00 0 1 00 0 1 1

1 1 0 01 0 0 00 0 −1 10 0 1 0

1 −1 0 00 1 0 00 0 1 10 0 0 1

=

1 0 0 00 −1 0 00 0 −1 00 0 0 1

が成り立つ. R4の座標を変換することで, Ft,sの実部 <Ft,sは

<Ft,s = x21 − x2

2 − y21 + y2

2

と表すことができる. 一方で, =Ft,sのHesse行列は次の行列と共役である:

tRHR(=Ft,s)R =

1 0 0 0−1 1 0 00 0 1 00 0 1 1

0 0 1 10 0 −1 01 −1 0 01 0 0 0

1 −1 0 00 1 0 00 0 1 10 0 0 1

=

0 0 1 20 0 −2 −31 −2 0 02 −3 0 0

.

=Ft,sの特異点wでの 2-jet j2=Ft,s(w)は=Ft,s = 2(x1y1 + 2x1y2 − 2x2y1 − 3x2y2)と等しい. 絡み目 S3

w ∩F−1t,s (Ft,s(w))は次の混合多項式の特異点の絡み目とアイソトピックになる:

z21 − 2z2

2 − 2z1z2 + 2z2z1 + z22.

と表すことができる. このとき絡み目 F−1t,s (Ft,s(w)) ∩ S3

wは正のホップ・リンクにアイソトピックになることが示せる.

5.4. Examples. Ftは 5.2.の fgの変形とする. Ftの変形 Ft,s = Ft + s(c1z1 + c2z2)を考える. c1と c2は c2

c16= 2 and (− c2

c1)m 6= −1を満たすと仮定する. このとき S1(Ft,s)は折り目特

異点の集合であり, S2(Ft,s)は混合Morse 特異点の集合である.9

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E-mail address: [email protected]

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R4上のケーラーでない複素構造の構成

粕谷 直彦(青山学院大学社会情報学部)

1 はじめに

本稿では,筆者がAntonio Jose Di Scala (Politecnico di Torino), Daniele Zuddas (KIAS)とともに [2], [3] において明らかにした,R4に微分同相かつケーラーでない複素多様体の構成法および構成された複素多様体の性質について解説する. まずは,ケーラー性の定義を思い出しておく.

定義. M を複素多様体とし, Jをその上の複素構造とする. M 上に Jと両立するシンプレクティック形式 ωが存在するとき, M はケーラーであるという. ただし, ωと J が両立するとは以下の2つの条件を満たすときをいう.

(1) 任意の 0でないベクトル u ∈ TM に対し, ω(u, Ju) > 0が成立.

(2) 任意のベクトル u, v ∈ TM に対し, ω(Ju, Jv) = ω(u, v)が成立.

複素多様体がケーラーでないとはこのようなシンプレクティック形式が存在しないということである. 全ての複素多様体は局所的にはケーラーである. 従って, 問題となるのは複素構造と両立するシンプレクティック形式が大域的に取れるかという点である. その意味でケーラー性および非ケーラー性は複素多様体に関する大域的な条件であることを注意しておく.

ケーラー多様体については, Calabi-Yau多様体, Fano多様体 (コンパクト) や Stein多様体 (開) などの重要なクラスが含まれており盛んに研究が行われている. また, コンパクトな複素曲面については小平の分類 (I型~VII型) に始まり, 多くの研究がなされてきた.コンパクト曲面は 1次ベッチ数の偶奇によって, ケーラーか非ケーラーかが完全に決定される. 即ち, 1次ベッチ数が偶数である I~V型がケーラー曲面であり, 奇数であるVI型,VII型が非ケーラー曲面である.しかし, ケーラーでない開複素多様体ということになると, ほとんど研究が進んでいな

いと言ってよいであろう. その原因は非ケーラー性の証明が一般には難しいということにあると思われる. 多様体がコンパクトな場合には, ケーラーならば奇数次ベッチ数が偶数である, というホッジ理論からの帰結があった. しかし, これは開多様体に対しては通用しない. 実際, 1次ベッチ数が奇数である Stein曲面が存在する. このように開多様体の場合には, 多様体のトポロジーだけではケーラー性・非ケーラー性を判定することができない. 逆にそのことが以下で論ずる内容に意味を持たらしている, とも言える. さて, 我々の問題は以下の通りである.

問題. R2n上にケーラーでない複素構造は存在するか? 

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この問題についてはいくつかのことがすでに知られていた. まず自明なことであるが,n = 1の時, 答えはNOである. というのも, 複素一次元多様体は全てケーラーだからである. n ≥ 3の時は, Calabi-Eckmann多様体 ([1])の存在により答えはYESである. これについて少し説明する. Calabi-Eckmann多様体は奇数次元球面の直積 S2p+1×S2q+1と微分同相であり, Hopf fibrationの直積 S2p+1 × S2q+1 → CP p × CP qを正則トーラス束とするような複素多様体である. この多様体の自然な胞体分割において最大次元のセルEp,qを考える. つまり, S2p+1, S2q+1, 各々から一点を取り除き, それらの直積を取る. するとこれはR2p+2q+2に微分同相な複素多様体であり, p > 0, q > 0の場合には正則トーラスを複素部分多様体として含む. よって, 後で述べる補題よりケーラーでない複素多様体である. ただし, この構成法は p = 0 (または q = 0)の場合には通用しない. なぜなら, S2p+1 = S1から一点を取り除いた段階でファイバーの正則トーラスはすべて壊れてしまうからである.また, それ以前の問題として, p = 0の場合は Calabi-Eckmann多様体はHopf多様体と一致するため, E0,qはCq+1の開部分集合でありケーラーである.このように, 上記の問題は n = 2の場合のみ答えが知られていなかった. そこで我々は

[2]において, 正則トーラスを含むR4に微分同相な複素多様体を構成した. 即ち, n = 2に対する答えはYESである.

定理 1. R4に微分同相な複素多様体E(ρ1, ρ2)と全射正則写像 f : E(ρ1, ρ2)→ CP 1であって, 唯一の特異ファイバー f−1(0)はノード付きのはめ込まれた正則球面, それ以外のファイバーは埋め込まれた正則トーラスおよび正則円環であるものが存在する. ただし (ρ1, ρ2)は領域 P =

(ρ1, ρ2) ∈ R2 | 0 < ρ1 < 1, 1 < ρ2 < ρ−1

1

上を動き, E(ρ1, ρ2)たちは互いに

双正則でない.

ここで, なぜ正則トーラスの存在が非ケーラー性を導くのかを説明する. それは以下の補題による. 証明は極めて簡単である.

補題 1. R2nに微分同相な複素多様体がコンパクト正則曲線を複素部分多様体として含むならば, ケーラーでない.証明. JをR2n上の複素構造, Cを (R2n, J)内のコンパクト正則曲線とする. 背理法を用いる. (R2n, J)がケーラーだと仮定すると, Jと両立するシンプレクティック形式 ωが存在する. すると正則曲線Cはωについて正であるから,

∫Cω > 0となる. 一方で, ωはR2n上の

閉形式だから完全形式であり, ω = dαと表せるから Stokesの定理より,∫Cω =

∫Cdα = 0

となる. これは矛盾である. 以上より, (R2n, J)はケーラーでないことが示された (証明終).

複素多様体E(ρ1, ρ2)の構成方法は大まかには以下の通りである. まず簡単な2つの複素多様体を用意する. 1つは円環と円板の直積. もう1つは正則トーラスとノード付きの正則球面によって foliateされている. この2つのピースをあるやり方で複素解析的に貼り合せる. あとは得られた複素多様体がR4に微分同相であることをKirby diagramの計算によって示せば終りである. ただし, 実際に考えた順番は逆であった. まず4次元トポロジーにおける有名な例 (松本-深谷ファイブレーション) の応用として, R4 (あるいはB4)の非自明な分解が得られる. そこで得られた貼り合せを複素多様体で再現するべく, 分解で得られた2つのピースに複素構造を入れ, 貼り合せ領域とその間の双正則写像を適切に指定したということである. 次の2つの章では, E(ρ1, ρ2)の構成法を詳しく解説する.

2

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2 松本-深谷ファイブレーション

松本幸夫氏と深谷賢治氏は, S4上に種数 1のアキラル・レフシェッツ束の構造が入ることを発見した [6]. その構成は次の通りである. まず h : S3 → S2を Hopf fibrationとし,Σh : S4 → S3をその suspensionとする. これらの合成を取るとアキラル・レフシェッツ束 fMF := h Σh : S4 → S2が得られる. これを松本-深谷ファイブレーションと呼ぶことにする. この構成から fMF の regular fiberはトーラスであり, S4 = ΣS3の 2つの pinchedpointsが正と負のレフシェッツ特異点となることが分かる.正の特異点を持つ特異ファイバーをF1 = f−1

MF (a1), 負の特異点を持つ特異ファイバーをF2 = f−1

MF (a2),とおくと, N1 = f−1MF (D1), N2 = f−1

MF (D2) (a1 ∈ D1, a2 ∈ D2, D1∪D2 = S2)は F1, F2の管状近傍となり, S4はN1とN2の貼り合わせとして表せることが分かる. 次に問題となるのは, ∂N1と ∂N2がどのように貼り合わさっているかである.fMF のNjへの制限を fjとおく. f1 : N1 → D1は特異点が 1つだけの円板上の種数 1レ

フシェッツ束であるから, モノドロミーはファイバートーラスのmeridianに関する right

handed Dehn twistである. よって, ∂N1は S1上の T 2束でモノドロミーが(1 10 1

)とな

る. 一方, f2 : N2 → D2は特異点が 1つだけの円板上の種数 1アキラル・レフシェッツ束であるから, モノドロミーはファイバートーラスのmeridianに関する left handed Dehn

twistである. よって, ∂N2は S1上の T 2束でモノドロミーが(1 −10 1

)となる. 従ってた

しかに ∂N1と ∂N2は向きを逆にする微分同相写像によって貼りあう. しかし, 最も安直な貼り合せ方をすると, π1が消えず S4を得ることはできない. 結論だけ述べると, まず2つの vanishing cycles (meridians) は一致しており, ∂N2の各ファイバートーラスは ∂N1の各ファイバートーラスに自明に移る. ただし, ∂D1 = S1上を 1周する間にファイバートーラスは longitude方向に 2π回転 (1周) する. このような貼り合せを行うと松本-深谷ファイブレーションが得られ, 全空間が S4となる. 実際, 松本-深谷ファイブレーションを表すKirby diagram ([4], Figure 8.38) から, このことを確認することもできる.

さて,我々が欲しかったものはR4であるから, S4から 4-ball B4を取り除く必要がある.取り除くのは負のレフシェッツ特異点の近傍である. N2の部分集合X を負のレフシェッツ特異点の近傍の標準的モデルとする. 即ち, f2 |X : X → D2は負のレフシェッツ特異点を 1つだけ持つ annulus fibrationである. よって, X はB4に微分同相である. 一方でXを取り除いた部分にはもはや特異点が存在しないから, N2 −XはD2上の trivial annulusbundleの全空間, つまりA×D2 (Aは annulus) に微分同相であることが分かる. つまり,A ×D2を上で述べたやり方でN1に貼り合せると, R4と微分同相なものが得られるということになる. 以上をまとめると以下の補題が得られる.

補題 2. A × D2 を N1に以下のように貼り合せる. 各 t ∈ ∂D2 = −∂D1∼= S1に対し,

A× tは各ファイバー f−11 (t) ∼= T 2の thickened meridianとして埋め込まれ, t ∈ S1が 1

周する間に T 2の longitude方向に 1周する. 得られる多様体はR4に微分同相である.

このようにしてR4をA×D2とN1の貼り合せとして表せた. 次の章では, この貼り合わせを複素多様体によって実現する.

3

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3 E(ρ1, ρ2)の構成

まず, A ×D2とN1それぞれに複素構造を入れる必要がある. A ×D2については簡単で, 正則円環と正則円板の直積を取ればよい. ここで, 以下の記号を導入する.

∆(r0, r1) := z ∈ C | r0 < |z| < r1 , ∆(r1) := z ∈ C | |z| < r1 .

正の実数 ρ0, ρ1, ρ2を 0 < ρ0 < ρ1 < 1, 1 < ρ2 < ρ−11 と取る. A × D2の複素モデルは

∆(1, ρ2) × ∆(ρ−10 ) である. 一方, N1の複素モデルW は以下のようにとることが出来る.

まず,円環∆(0, ρ1)上の楕円ファイブレーション

π : C∗ ×∆(0, ρ1)/Z→ ∆(0, ρ1)

を円板∆(ρ1)上まで延長して,I1型特異ファイバーの近傍の複素解析的モデルW を得る([5]).ただし, n ∈ Zの作用は

n · (z, w) = (zwn, w)

で与えられている.このW と正則円環と正則円板の直積 ∆(1, ρ2) × ∆(ρ−10 ) を複素解

析的に貼り合せることによって, E(ρ1, ρ2)を構成する.貼り合せ領域は直積の方からは∆(1, ρ2)×∆(ρ−1

1 , ρ−10 ) をとり,W の方では多価正則関数 φ : ∆(ρ0, ρ1)→ C∗,

φ(w) = exp

(1

4πi(logw)2 − 1

2logw

)の定める πの正則切断に沿って ∆(1, ρ2)×∆(ρ0, ρ1) と双正則な領域 V を取る.即ち,

Y :=(z, w) ∈ C∗ ×∆(ρ0, ρ1) | zφ(w)−1 ∈ ∆(1, ρ2)

に対して, V := Y/Zと定義する. 貼り合せ領域同士の双正則写像 jは

j : V ∼= ∆(1, ρ2)×∆(ρ0, ρ1)→ ∆(1, ρ2)×∆(ρ−11 , ρ−1

0 ); (z, w) 7→ (z, w−1)

によって与える. あとは

E(ρ1, ρ2) :=(∆(1, ρ2)×∆(ρ−1

0 ))∪j W

と定義すればよい.この貼り合せ方はもともと松本-深谷ファイブレーション fMF : S4 → S2を参考にして

おり, 貼り合せ写像がトポロジカルには一致するようになっている. というのも, 多価正則関数 φ は次を満たすように取ってあるからである.

φ(rei(θ+2π)) = reiθφ(reiθ) = wφ(w).

即ち, wの偏角を 2π増やすと φ(w)の値が wの掛け算で変化するということである. そのため 1 ∈ Zの C∗への作用と compatibleになり, φは πの正則切断を定めるのである.従って, これに沿ってとった V のファイバー∆(1, ρ2)はwを 0のまわりを 1周させたとき,ファイバーの楕円曲線C∗/Z内で次の基本領域に移動する, つまり longitude方向に 1周することになる. よって, 補題 2より, E(ρ1, ρ2)は R4と微分同相である. さらに構成から,E(ρ1, ρ2)はトーラスを複素部分多様体として含むので,補題 1よりケーラーでないことが分かる. また,全射正則写像 f : E(ρ1, ρ2) → CP 1は∆(ρ1), ∆(ρ−1

0 )への射影として定義される. これはトポロジカルには fMF : S4 → S2の制限である.

4

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4 E(ρ1, ρ2)の性質

前の章において, 複素多様体E(ρ1, ρ2)と全射正則写像 f : E(ρ1, ρ2)→ CP 1を構成したが, この章では複素多様体E(ρ1, ρ2)の様々な性質について述べる. まず, 全射正則写像 fの存在のおかげで次の重要な性質が簡単に導かれる.

補題 3. E(ρ1, ρ2)内のコンパクト正則曲線は f のコンパクトファイバーのみである.

証明. Cをコンパクトリーマン面, i : C → E(ρ1, ρ2)を正則はめ込みとする. このとき, 合成 f iが定値写像であることを示せばよい. まず f i : C → CP 1はコンパクトリーマン面の間の正則写像である. 一方で, C → E(ρ1, ρ2)→ CP 1とE(ρ1, ρ2) ∼= R4を経由しているので, f iは定値写像にホモトピックである. よって, f iは定値写像である (証明終).

実は, 定理 1の後半について何も触れていなかったが, E(ρ1, ρ2)とE(ρ′1, ρ′2)が双正則

ならば (ρ1, ρ2) = (ρ′1, ρ′2)ということは補題 3の応用として証明される. これ以外にも, 以

下のように様々な性質が導かれる. いずれの場合にも, W というコンパクト正則曲線でfoliateされる部分やファイブレーション f : E(ρ1, ρ2)→ CP 1の存在が非常に効いて簡単に証明することが出来る. 詳しくは [2], [3] を参照されたい. 複素多様体Xに対し, Mer(X),Pic(X)はそれぞれ有理型関数体とピカール群を表すものとする.

定理 2. 複素多様体E(ρ1, ρ2)は以下の性質を満たす.

(1) 正則関数は定数関数のみである.

(2) 引き戻し f ∗ : Mer(CP 1)→ Mer(E(ρ1, ρ2))は同型である.

(3) 引き戻し f ∗ : Pic(CP 1)→ Pic(E(ρ1, ρ2))は単射である.

(4) E(ρ1, ρ2)はいかなるコンパクト複素曲面にも埋め込むことができない.

(5) 直積E(ρ1, ρ2)× Cn−2はR2n上のケーラーでない複素構造を与える.これらは互いに双正則でなく,R2n上のCalabi-Eckmann複素構造とも異なる.

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D. Siersma の vertical monodromy と

ホロノミーD-加群

田島慎一∗

Tajima, Shinichi

筑波大学数理物質系数学域

Graduate School of Pure and Applied Sciences, University of Tsukuba

Abstract

計算代数解析の観点から, 特異点を持つ複素解析的超曲面に付随して定義されるD-加群について考察する. Poincae-Birkhoff-Witt代数および線形偏微分作用素環におけるグレブナ基底を用いることで, これらの D-加群を構成できることを紹介する.D. Siersma, T. de Jong らが与えたいくつかの典型的な非孤立特異点を持つ超曲面に対し, ホロノミー D-加群を実際に構成し, その基本的構造を調べる. さらに, 局所コホモロジー等を用いることで, monodromy 構造を明らかにする. 特異点論への応用として, 非孤立特異点に対する Milnor fiber の Betti 数, vanishing cycles の verticalmonodromy との関係について触れる.

1 序

1983年に D. Siersma は特異点集合が複素 1次元の complex line であるようなある種

の複素超曲面を対象に, 非孤立特異点に関する先駆的な研究成果を発表した ([53]). この

論文で D. Sierrsma が考察の対象としたのは, transverse A1 型非孤立特異点, 即ち, 1次

元特異点集合 Σの原点 O ∈ Σ 以外の各点において超曲面を定義する正則函数を Σ と

横断的な超平面に制限して得られる正則函数が, A1 型の孤立特異点を持つような非孤立

特異点である. D. Siersma は, その後発表された一連の論文 [54], [55], [56] 等において,

vanishing cycles が特異点集合 Σ−O 上に定める local system の monodromy 構造の重

要性を説き, トポロジーの観点からこれら monodromy 構造の研究を進めた. D. Siersma

が着目した vanishing cycles の monodromy 構造は, Milnor や Deligne の意味の通常の

monodromy ではなく, 特異点集合 Σの stratum Σ − O 上に vanishing cycles が定め

る, local system の原点 O ∈ Σ のまわりでの monodromy 構造であり, D. Siersma によ

り, vertical monodromy と名づけられている. また, D. Barlet は, 孤立していない特異点

[email protected]

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を持つような正則函数に対しある種の fiber 積分に関する論文等 ([1], [2], [3], [4], [5], [6])

において, D. Siersma と独立に, vanishing cycles の特異点集合上でのmonodromy構造に

注目した研究を行っている. Vertical monodromy を扱った比較的最近の論文として, Le

Dung Trang and D. Massey [28], D. Massey [34], [35], A. Nemethi and A. Szilard [42] G.

Kennedy and L. McEwan [26] が挙げられる.

さて, vanishing cycles は, perverse sheaf や b-関数, ホロノミーD-加群の理論と深い関

係があることが知られている. Vanishing cycles が超曲面の特異点集合上に定める local

system の monodromy は, 偏微分方程式系の言葉に翻訳すれば, 特異点集合上に台 (sup-

port)を持つようなホロノミーD-加群の通常の monodromy に相当する. 従って, 与えら

れた超曲面に対し付随して定義されるホロノミーD-加群を考察し, その support, singular

support, characteristic variety とその multiplicity を調べ, monodromy 構造を解析するこ

とは, Milnor fiber を研究する上で重要な問題であると考えられる.

数年前より,このような考えに基き,大阿久俊則 (東京女子大),山崎晋 (日大)らと連絡を

取りながら, 梅田陽子 (山口大), 鍋島克輔 (徳島大)と一緒に超曲面に付随するホロノミー

D-加群に関し研究を行っている. 本稿では, これらの共同研究により得た結果等について

報告する.

2 準備

この節の前半では, P. Deligne が SGA 7 において導入した vanishing cycles の概念の

復習をする. 後半では, 柏原正樹らが b-関数の研究を行った際に導入した, 超曲面に付随

して定義されるD-加群の定義を復習する. 以下, X は Cn の領域, f は X 上の正則函数,

S は超曲面 S = x ∈ X | f(x) = 0 を表すとする.

2.1 vanishing cycles

まず, X上の constructible sheaf complex からなる derived category Dbc(X) から, S 上

の derived category DbC(S) への nearby cycle functor

ψf : Dbc(X) −→ Db

C(S)

の概念を思い出すことからはじめる. 十分小さな正の数 ε に対し, Dε = t ∈ C | |t| < εとおき, S の tube T (S) = f−1(Dε) をとる. 写像 f : X −→ C の定義域を T (S)− S に制限することで, 局所自明な fibration

f : T (S)− S −→ D∗ε

を得る. ここで, D∗ε は, punctured disc D∗

ε = Dε − O を表す. D∗ε の universal covering

を π : D∗ε −→ D∗

ε で表し, 更にその lift π : ˜T (S)− S −→ T (S) − S を考えることで次の図式を得る.

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˜T (S)− S π−−−→ T (S)− Sy yD∗ε

π−−−→ D∗ε

超曲面 SのX への埋め込み写像を i : S → X で表し, 開集合 T (X) − S の X への写像

を j : T (X)− S → X で表す.

T (S)− Sj→ X

i← S

この時, F• ∈ Dbc(X) に対し, nearby cycle ψf (F•) ∈ Db

c(S) は

ψf (F•) = i−1R(j π)∗(j π−1(F•)

で与えられる. いま, x ∈ S に対し, Milnor fiber Fx を, Fx = Bδ (x)∩ f−1(t) で定める. た

だし t は, 十分小さな ϵ に対し 0 < |t| < ϵ を満たすとする. この時

Hk(ψf (F•))x ∼= Hk(Fx,F•)

が成り立つことに注意する.

さて次に, adjunction morphism F∗ −→ R(j π)∗(j π−1(F•) に, functor i−1 を施す

ことで, c : i−1F• −→ ψf (F•) を得るが, vanishing cycles φf (F•) をこの morphism の

mapping cone として定義する. 次の distinguished triangle

i−1F• c−→ ψf (F•)can−→ φf (F•)

+1−→

を得る. また, φf (F•) 上には π(D∗ε) の作用がmonodromy 構造を定める.

以上が, P. Deligne [12] による vanishing cycles の定義である. Vanishing cycles は S 上

の object として定義されているが, 実際には, S の特異点集合上に台を持つような object

であることを注意しておく. 導来圏の枠組みを使うことで, 古典的な Picard-Lefschetz 理

論や孤立特異点の場合のMilnor の意味の vanishing cycles 等を一般化した概念である.

P. Deligne は, SGA 7 の論文 [13], [14], [15] において, 彼の定義した vanishing cycles と

Picard-Lefschetz 理論, Milnor による孤立特異点の場合の vanishing cycles, E. Brieskorn

([9]) による Gauss-Manin connection との関係について説明を与えている. P. Deligne

の vanishing cycles に関しては, A. Dimca [16], M. Kashiwara and P. Schapira [24], J.

Schurmann [52] に詳しい説明がある.

2.2 D-加群

ここでは, b-関数の理論を展開していく上で柏原正樹らにより導入された, 3つのD-加

群について, 論文 [19], [21], [65] に従って簡単に復習する.

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X は Cn の領域, f は X 上の正則函数, S は次の超曲面 S = x ∈ X | f(x) = 0 とする. S の特異点集合を Σで表す.

Σ = x ∈ S | ∂f∂x1

=∂f

∂x2= · · · = ∂f

∂xn= 0.

X 上の正則函数を係数に持つ線形偏微分作用素全体のなす層を DX とおく. またDX [s]

により, DX の元を係数に持つ s の多項式がなす層を表す. 不定元 s に対し, f s を,

symbolic に考え, f s の偏微分作用素環 DX [s]における annihilator 全体のなす左イデアル

を AnnDX [s](fs) で表す.

AnnDX [s](fs) = P ∈ DX [s] | Pf s = 0.

柏原正樹らは, このイデアルと, このイデアルに生成元としてさらに f を加えたイデアル,

f と f の Jacobi イデアル Jf を加えた次の 3種類の左イデアル

AnnDX [s]fs, AnnDX [s]f

s +DX [s]f, AnnDX [s]fs +DX [s]Jf +DX [s]f,

を考え, DX [s] 加群

DX [s]/AnnDX [s]fs, DX [s]/AnnDX [s]f

s +DX [s]f,

および

DX [s]/AnnDX [s]fs +DX [s]Jf +DX [s]f

を導入した. 定義より, DX [s]/AnnDX [s]fs +DX [s]f は, 超曲面 Sに台を持つD-加群であ

る. また, f の b-関数 bf (s) は, D-加群 Dx[s]/AnnDX [s]fs +DX [s]f への s倍という線形

作用の最小多項式として定義される. それに対し, DX [s]/AnnDX [s]fs +DX [s]Jf +DX [s]f

は, 特異点集合 Σに台を持つD-加群であり, bf (s) = (s+ 1)bf (s) なる reduced b-function

bf (s) を s の最小多項式として持つ.

これらの D-加群は論文 [21], [65] において定義されたものであるが, 実際には, 1975年

に出版された数理解析研究所講究録 [19]において既に導入されている. この講究録原稿は,

柏原氏が, 1973年に名古屋大学で行った講義の内容を三輪哲二がまとめたものであるので,

柏原氏は 1973年の時点ですでに, ホロノミー D-加群の基本構造に関する結果, perverse

sheaf の概念等を得ており, vanishing cycles との関係にも着目していたことが窺える. b-

関数と超局所解析に関しては, [50] に本質的な説明がある. この佐藤幹夫の講義の記録は,

40年を経た現在でも, 読んでいて心が躍る. ホロノミーD-加群と b-関数に関しては [25]

に説明がある.

3 Briancon-Maisonobe の計算法

1997年に, 大阿久俊則は , 偏微分作用素環におけるグレブナー基底の理論等に基づく

ことで b-関数を求める計算法を導出したが, その論文 [44], [45] において, annihilator

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AnnDX [s](fs) の生成元を求めるアルゴリズムを与えている ([44], [45]). この大阿久俊則の

アルゴリズムは, 数式処理システム Risa/Asir に実装されている. 和書 [47] に解説がある.

2002年に, J. Brianconと P. Maisonobeは [8]において,大阿久氏の計算法と異なる新た

な計算法を提案した. Briancon-Maisonobe の計算法は, ある種の Poincare-Birkhoff-Witt

代数におけるグレブナー基底計算により環 DX [s]における annihilator AnnDX [s](fs) のグ

レブナー基底を構成するという方法である. その後, J. M. Ucha and F. J. Castro-Jimenez

[64], J. Gago-Vargas, M. I. Hartill-Hermoso and J. M. Ucha-Enrıquez [17]らにより, これ

ら二つのアルゴリズムの計算効率の比較がなされ, Briancon-Maisonobe の提案した方法

の方が (多くの場合)理論的にも実際の計算においても計算効率が良いことが示された.

V. Levandovskyy and H. Schonemann [29] らによりPoincare-Birkhoff-Witt代数におけ

るグレブナー基底を求めるアルゴリズムは数式処理システム Singular に実装されていた

が, 最近, 小原功任により数式処理システムRisa/Asirに実装された. これらの数式処理シ

ステムを用いることで, annihilator AnnDX [s](fs)のグレブナー基底を求めることができる.

この節ではまず, D. Siersma [53] の J 型非孤立特異点を例にとり, AnnDX [s](fs) のグレ

ブナー基底を求めるBriancon-Maisonobe の計算法を紹介する.

例 (J型特異点) f(x, y) = x2y2 + y3.

Poincare-Birkhoff-Witt代数 C[ ∂∂t, s, x, y, ∂

∂x, ∂∂y] を考える. ただし, ∂

∂t, s は,

∂ts = s

∂t− ∂

∂t

を満たすとする.

A0 = f(x, y)∂

∂t+ s, A1 =

∂f

∂x

∂t+

∂x, A2 =

∂f

∂y

∂t+

∂y

とおき, リスト G を G = [A0, A1, A2] で定める. ∂∂tが他の項に比べ大きいような項順序

を定める. ここでは∂

∂t≻ s ≻ ∂

∂x≻ ∂

∂y≻ x ≻ y

とする. 作用素 ∂∂t, s の満たす関係に注意しながら S-多項式の計算を繰り返すことで、G

が生成する左イデアルのグレブナー基底の計算を行う.

A0 = (x2y2 + y3)∂

∂t+ s, A1 = 2xy2

∂t+

∂x, A2 = (2x2y + 3y2)

∂t+

∂y

の S-多項式

S(A0, A1) = 2A0 − xA1, S(A0, A2) = 2A0 − yA2, S(A1, A2) = xA1 − yA1

2y3∂

∂t+ 2s− x ∂

∂x, −y3 ∂

∂t+ 2s− y ∂

∂y, −3y3 ∂

∂t+ x

∂x− y ∂

∂y

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で与えられる.

S(A0, A1) + 2S(A0, A2) = 6s− x ∂∂x− 2y

∂y

であることと, 簡単な線形計算から, リスト G をG = [A1, A2, B,E] と更新すれば良いこ

とが分かる. ここで,

B = −3y3 ∂∂t

+ x∂

∂x− y ∂

∂y,E = 6s− x ∂

∂x− 2y

∂y

である. 次に, 更新したリスト G に含まれる作用素の組の S-多項式を計算し, Gによる剰

余を求める.

S(A1, B) = 3yA1 + 2xB = (2x2 + 3y)∂

∂x− 2xy

∂y

を得るが, Gで割れないので, この作用素を C とおく. S(A2, B) = 3y2A2 + 2x2B を計算

すると

S(A2, B) = 9y4∂

∂t+ 2x3

∂x+ (−2x2y + 3y2)

∂y

を得るが, この S-多項式を G で割った剰余は, xC と等しい. この様にリストGに属す

すべての組に対し, S-多項式を求め, Gの要素による剰余を計算する. 例えば S(A1, E) =

3sA1 − xy2 ∂∂tE は,

s∂

∂t− ∂

∂ts =

∂t

に注意して計算すると,

S(A1, E) = x2y2∂

∂x

∂t+ 2xy3

∂y

∂t+ 6xy2

∂t+ 3

∂xs

となるが, この S多項式は, Gにより割り切れることが分かる.

これらの計算から, リスト G は, G = [A1, A2, B, C,E] と更新すれば良いことが分かる.

ただし,

C = (2x2 + 3y)∂

∂x− 2xy

∂y

とおいた. ここで再び, S-多項式計算を行うことで, Gがグレブナー基底であることを確か

められる. 従って, ∂∂tを消去した elimination ideal のグレブナー基底は G ∩DX [s], 即ち

[6s− x ∂∂x− 2y

∂y, (2x2 + 3y)

∂x− 2xy

∂y]

で与えられる. これが, annihilator AnnDX [s](fs) のグレブナー基底そのものである.

梅田陽子との共著論文 [62] では, 局所コホモロジーの概念を用いることで, D. Siersma

[53] にある非孤立特異点に付随したホロノミーD-加群の構造を解析しているが, 必要とな

る AnnDX [s](fs) のグレブナー基底は, ここで述べた方法, 即ち Briancon-Maisonobe の計

算法を手計算で行ない, 求めている.

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Briancon-Maisonobe の計算法は, [8] で発表されたが, Ph. Maisonobe と C. Sabbah

による解説 [31] がある. 文献 [63] に, D. Siersma の非孤立特異点に付随した D-加群

AnnDX [s](fs) の計算が紹介されている.

つぎに, 数式処理を用いたAnnDX [s](fs) の計算法を紹介する. ここで計算に用いるのは,

小原功任が数式処理システム Risa/Asirに実装したプログラム yw.grである. このプログラ

ムは, Poincare-Birkhoff-Witt代数における 一般的なグレブナー基底計算を, AnnDX [s](fs)

のグレブナー基底計算のために特化し効率化を図り実装したものである.

例 (E6-1 特異点) f = xw2 + y2w + z3

グレブナ基底の計算をはじめる前に, まず, 変数のリストを定め, 項順序を指定する.

[2769] VVV=yw.ring_vars();

[x,y,z,w,t,dx,dy,dz,dw,dt]

[2770] dp_ord(|v=VVV,order=Mb);

[ 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 ]

[ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 ]

[ 0 0 0 0 0 1 1 1 1 0 ]

[ 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 ]

[ 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 ]

[ 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 ]

[ 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 ]

[ 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ]

[ 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ]

[ 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 ]

[ 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 ]

ここでは, ∂∂t, s をそれぞれ t, dt で表している. また, 項順序は, 行列 Mb を用いて, 偏

微分作用素に関しては全次数辞書式項順序, 偏微分作用素の係数部分の多項式に関しては

x ≻ y ≻ z ≻ w なる lex order からなる block order (もともとの記号で書くと)

∂t≻ s ≻ ∂

∂x,∂

∂y,∂

∂z,∂

∂w ≻ x, y, z, w

を指定した.

次に, E6-1 特異点の定義多項式を与え, その変数名を F と定め, リスト L を定める.

[2774] F=w^2*x+w*y^2+z^3;

w^2*x+w*y^2+z^3

[2775]

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L=[F*t+dt,diff(F,x)*t+dx,diff(F,y)*t+dy,diff(F,z)*t+dz,diff(F,w)*t+dw];

[t*w^2*x+t*w*y^2+t*z^3+dt,t*w^2+dx,2*t*w*y+dy,3*t*z^2+dz,2*t*w*x+t*y^2+dw]

次に, プログラム yw.gr にこのリスト L を引数として与える.

[2776] Gr=yw.gr(L);

[2*dz*w*x+dz*y^2-3*dw*z^2, -2*dz*w*y+3*dy*z^2,

-24*dy*w*x-12*dy*y^2+24*dw*w*y,3*dx*z^2-dz*w^2,2*dx*y-dy*w,

192*dx*x+48*dy*y-96*dw*w, -1/2*dy*y-2/3*dz*z-dw*w+2*dt,

t*w^2+dx,3*t*z^2+dz,2*t*w*y+dy, 2*dy*x-2*t*y^3-2*dw*y,

2*t*w*x+t*y^2+dw]

出力 Grは, Poincare-Birkhoff-Witt代数におけるグレブナー基底である. この出力 Grから

変数 tを含む作用素を取り除き,変数 dtを sに置き換えることで, annihilator AnnDX [s](fs)

のグレブナー基底を得る.

[2777] dele_tt_yw22(map(ptozp,map(subst,Gr,dt,s)),t);

[-3*dy*y-4*dz*z-6*dw*w+12*s, 4*dx*x+dy*y-2*dw*w, 2*dx*y-dy*w,

3*dx*z^2-dz*w^2, -2*dy*w*x-dy*y^2+2*dw*w*y, -2*dz*w*y+3*dy*z^2,

2*dz*w*x+dz*y^2-3*dw*z^2]

Poincare-Birkhoff-Witt代数におけるグレブナー基底に関しては, [10] が詳しい. 数式処

理システム Risa/Asir への実装に関しては, [49] に説明がある.

4 ホロノミーD-加群の計算

この節では, D-加群

DX [s]/AnnDX [s]fs +DX [s]f, DX [s]/AnnDX [s]f

s +DX [s]Jf +DX [s]f

を求める方法を紹介する. ここで計算に用いるアルゴリズムは, 基本的には鍋島克輔が博

士論文 [39]で実装した parameter付きの偏微分作用素環でのグレブナー基底をもとめる

方法を [40] の理論に基づいて改良し効率化を図った計算法であり, 2015年に, 数式処理シ

ステム Risa/Asir に新たに実装したものである. ここで用いる関数 cgsw dx は, [41] にお

いて紹介した関数 newcgsw1 と基本的には同じであるが, 偏微分作用素環における項順序

を flexible に設定できるように改良してある. 関数 cgsw dx の引数は, 環 AnnDX [s] のイ

デアルの生成元 , パラメータのリスト, 変数のリスト, 変数の項順序 である. イデアルの

生成元として, AnnDX [s]fs の生成元と, f を与えた場合, 関数 cgsw dx は, f の b-関数を

求め, b-関数の各根毎に, 対応するホロノミーD-加群のグレブナー基底を出力する. イデ

アルの生成元として, AnnDX [s]fs の生成元と, f および f のヤコビイデアル Jf の生成元

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を与えた場合, 関数 cgsw dx は, f の reduced b-関数と, その根に対応するホロノミーD-

加群のグレブナー基底を出力する.

多項式 f の b-関数が重複因子を持つ場合は, 一般にそのmultiplicityに応じたホロノ

ミーD-加群を求める必要が生じる. このことは, 固有値問題に例えれば, semi simple でな

い場合に, 重複度を持つ固有値に対して一般固有ベクトル空間関数を求めることに相当す

る. 関数 cgsw dx 自体には, その機能がないが, b-関数が重複した因子を持つ場合に対応

した計算アルゴリズムも既に作成, 実装してある.

T. de Jongは論文 [11]において,特異点集合が 1次元の complex lineであり, transverse

な超平面による切断をとると, 特異点集合の generic な点で simple singularity を定める

ような非孤立特異点の研究を行っている. 典型的な非孤立特異点として 14の simple line

singularity を与えている. 関数 cgsw dx を用いてそのうちの一つである A2-2 型特異点に

付随するホロノミーD-加群を計算した結果を以下に与える. この計算では, 大阿久俊則の

アルゴリズム ann を用いて, AnnDX [s]fs の生成元を求め, 関数 cgsw dx に AnnDX [s]f

s の

生成元と f を cons したものを環 AnnDX [s] のイデアルの生成元として渡している. ホロ

ノミーD-加群の計算をはじめる前に, 行列 Ma を用いて項順序をさだめた.

[534] Ma=newmat(7,8,[[0,0,0,0,1,0,0,0],[0,0,0,0,0,1,0,0],[0,0,0,0,0,0,1,0],

[1,0,0,0,0,0,0,0],[0,1,0,0,0,0,0,0],[0,0,1,0,0,0,0,0],[0,0,0,0,0,0,0,1]]);

[ 0 0 0 0 1 0 0 0 ]

[ 0 0 0 0 0 1 0 0 ]

[ 0 0 0 0 0 0 1 0 ]

[ 1 0 0 0 0 0 0 0 ]

[ 0 1 0 0 0 0 0 0 ]

[ 0 0 1 0 0 0 0 0 ]

[ 0 0 0 0 0 0 0 1 ]

[539] A22=x*z^2+y^3;

z^2*x+y^3

[540] cgsw_dx(cons(A22,ann(A22)),[s],[[x,y,z],[dx,dy,dz]],1,Ma);

[[s+1],[1]]

[2*dy*y+3*dz*z+6, -2*dx*x+dz*z, 3*dx*y^2-dy*z^2, -2*dy*z*x+3*dz*y^2,

z^2*x+y^3, (-9*dz*dx*z-6*dx)*y-2*dy^2*z^2,

(-27*dz^2*dx+4*dy^3)*z^2-81*dz*dx*z-24*dx]

[[3*s+4],[1]]

[y, x, dz*z+2, z^2]

[[3*s+5],[1]]

[x, dz*z+2, z^2, dy*y+2, y^2]

176

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[[6*s+5],[1]]

[z, y, -2*dx*x-1]

[[6*s+7],[1]]

[z, dy*y+2, y^2, -2*dx*x-1]

[[0],[324*s^5+1944*s^4+4599*s^3+5364*s^2+3085*s+700]]

[1]

No. of segment is

6

0.0156sec(0.078sec)

b-関数

[541] fctr(bfct(A22));

[[1,1],[s+1,1],[3*s+4,1],[3*s+5,1],[6*s+5,1],[6*s+7,1]]

出力の意味であるが, まず, f の b-関数は, (s+ 1)(3s+ 4)(3s+ 5)(6s+ 5)(6s+ 7) であ

る. [541] において, b-関数を求める関数 bfct を用いて, cgsw dx とは独立に, f の b-関数

を求め, cgsw dx の計算が正しいことを確認している.

[[s+1], [0]] の次にあるリストは, 超曲面の非特異部分上でのホロノミーD-加群のグレブ

ナー基底である. 非特異部分のホロノミーD-加群が意外に複雑な微分作用素により生成

されていることが分かる.

[[3s+4],[0]] の次にあるリストは, 3s + 4 = 0 なる根に対するホロノミーD-加群のグレ

ブナ基底である. この偏微分方程式系は

x, y, z2, z∂

∂z+ 2

で生成されるイデアルであるので, その support(台) は, x = y = z = 0, 即ち, 原点である

ことがわかる. 局所コホモロジー解は,

[1

xyz2

]が張る 1次元ベクトル空間である.

[[6s+5],[0]] の次にあるリストは, 6s + 5 = 0 なる根に対するホロノミーD-加群のグレ

ブナ基底である. この偏微分方程式系は

y, z, 2x∂

∂x+ 1

で生成されるイデアルであるので, その support(台) は, y = z = 0, 即ち, complex line で

ある. Support 上, 1階の偏微分作用素の係数 2x が消える点, 即ち, 原点は, この偏微分方

程式系の特異台である. 原点 O = (0, 0, 0) は確定特異点型の特異点であることに留意され

たい.

177

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このホロノミーD-加群の局所コホモロジー解は x−12

[1

yz

]が張る 1次元ベクトル空間

であり, 自明でない monodromy 構造を持っている.

出力に

[[0],[324*s^5+1944*s^4+4599*s^3+5364*s^2+3085*s+700]]

[1]

とあるが, これは 324s5+1944s4+4599s3+5364s2+3085s+700 = 0 即ち, s が b-関数の

根でない場合, ホロノミーD-加群を定めるイデアルが 1 で生成されていること, つまり,

ホロノミーD-加群が自明であることを意味している.

次の例では, E6-1 型特異点に付随するホロノミーD-加群を求めている.

[554] E61=x*w^2+y^2*w+z^3;

w^2*x+w*y^2+z^3

[555] cgsw_dx(cons(E61,ann(E61)),[s],[[x,y,z,w],[dx,dy,dz,dw]],1,Mb);

[[s+1],[1]]

[3*dy*y+4*dz*z+6*dw*w+12, 2*dx*y-dy*w, -3*dx*x+dz*z+3*dw*w+3,

-8*dz*dx*z+(-12*dw*dx-3*dy^2)*w-18*dx, 3*dx*z^2-dz*w^2,

-2*dz*w*y+3*dy*z^2, -2*dz*w*x-dz*y^2+3*dw*z^2,

3*dy*w*x+(-2*dz*z-6*dw*w-6)*y, w^2*x+w*y^2+z^3,

((36*dw*dx+9*dy^2)*w+6*dx)*z+8*dz^2*w^2,

36*dz*dy^2*w*z+(-216*dw^2*dx-54*dw*dy^2+32*dz^3)*w^2

+(-432*dw*dx-27*dy^2)*w-30*dx,

(4*dz*z^3+(6*dw*w+12)*z^2)*x-dz*y^4+3*dw*z^2*y^2]

[[3*s+4],[1]]

[dx, w, z, dy*y+2, y^2]

[[3*s+5],[1]]

[dx ,w, dz*z+2, z^2, dy*y+2, y^2]

[[12*s+13],[1]]

[w, z, y, -4*dx*x-1]

[[12*s+17],[1]]

[w, y, dz*z+2, z^2,- 4*dx*x-1]

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[[12*s+19],[1]]

[z, w^2, dy*y+2*dw*w+5, 2*dx*y-dy*w, w*y, -4*dx*x+4*dw*w+5,

2*w*x+y^2, (-4*dw*dx-dy^2)*w-8*dx, y^3]

[[12*s+23],[1]]

[w^2, dz*z+2, z^2, dy*y+2*dw*w+5, 2*dx*y-dy*w, w*y, -4*dx*x+4*dw*w+5,

2*w*x+y^2, (-4*dw*dx-dy^2)*w-8*dx, y^3]

[[0],[186624*s^7+1866240*s^6+7939296*s^5+18623520*s^4

+26011881*s^3+21629700*s^2+9913199*s+1931540]]

[1]

No. of segment is

8

0.0156sec + gc : 0.0156sec(0.125sec)

b-関数

[617] fctr(bfct(E61));

[[1,1],[s+1,1],[3*s+4,1],[3*s+5,1],

[12*s+13,1],[12*s+17,1],[12*s+19,1],[12*s+23,1]]

この例では, 因子 s+ 1 に対するホロノミーD-加群は, 超曲面の非特異部分からの寄与

のみを表しているが, このホロノミー D-加群のグレブナー基底は個数も多く作用素も複

雑である. 他の因子に対するホロノミーD-加群の構造を調べると, それらの台はすべて,

complex line y = z = w = 0 であることが分かる.

ここで注目して欲しいことは, 因子 3s + 4 と 因子 3s + 5 に対するホロノミーD-加群

は原点に特異性を持たないことである. 他の因子 12s+ 13, 12s+ 17, 12s+ 19, 12s+ 23 に

対するホロノミーD-加群はすべて, 原点を特異台として持っている.

文献 [41] に, parameter 付のWeyl 代数におけるグレブナー基底計算, 関数 newcgsw1

の説明がある. 本稿で用いた関数 cgsw dx も, 使い方は基本的に同じである.

5 局所コホモロジーを用いた monodromy 計算

T. de Jong は, 1988年の論文 [11] において, simple line singularity をもつ超曲面の研

究を行い, Milnor fiber のホモトピー type を決定している. 梅田陽子らとの共同研究 [48],

[62] において, T. de Jong がこの論文に与えた 14 の非孤立特異点に付随するホロノミー

D-加群を局所コホモロジーを用いて解析し, その support, 特異台, monodromy 構造を決

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定した. その結果, Milnor fiber の Betti 数とホロノミーD-加群の特異台の間に興味深い

関係があることを確かめることができた.

この節では, vanishing cycles の Betti 数と, ホロノミーD-加群の関係について具体例

を用いて説明する.

まず, T. de Jong が与えた 14 の非孤立特異点のリストを与える.

A1 xy2 + z2

A2 xy3 + z2, xz2 + y3

A3 xz2 + y2z, xy4 + z2

D4 xz3 + y2z, y3 + z3 + xw2 + yzw

E6 xw2 + y2w + z3, xy4 + z3 + y3z, y4 + xz3 + y2z2

E7 xz3 + y3z, xy3z + z3 + y5

E8 xy5 + z3 + y4z, y5 + xz3 + y2z2

このリストには, 例えば A3 には, 2つの異なる定義多項式があるので, ここでは, 前者を

A3-1, 後者を A3-2 と名づけることにする.

さて, vanishing cycles は perverse sheaf complex であるので, 一般論から, そのコホモ

ロジー群は中間次元, および中間次元より一つだけ低い次元以外のコホモロジーはすべて

消える. (勿論, このことはは古典的な加藤, 松本 ([26])の結果からも従う)

T. de Jong は, これら 14 の非孤立特異点の場合に, Milnor fiber のホモトピー type を

実際に決定している. T. de Jongによると, 注目している原点で, 中間次元よりひとつ低い

次元の shereが現れるのは, A3-1, D4-1, E6-1, E7-1の4つの場合である. さらに, bouquet

の形であるが, A3-1, D4-1, E7-1 では, 中間次元よりひとつ低い次元の shere が一つであ

るのに対し, E6-1 の場合は, 中間次元よりひとつ低い次元の shere が2つ現れることを示

した.

さて, perverse sheaf の理論あるいはホロノミー D-加群の関する基本的結果 ([20]) に

よれば, 原点において vanishing cycles の 中間次元よりひとつ低い次元のコホモロジー

が消えないとするとそのコホモロジーは, 原点をその閉包に含む, 1次元の stratum 上の

vanishing cycle が, 原点まで延びているという事になる. 偏微分方程式系の言葉に翻訳す

ると, このような場合, 注目している vanishing cycle を支配するホロノミーD-加群は原

点を特異台として持っていないことになる. 梅田陽子らとの共同研究は, このような考え

を具体的な例で計算し確かめることを目的としたものである.

ここで, 前の節で計算した結果をもう一度ここで思い出すことにする. 最初に扱った

例は A2-2 型の特異点である. 超曲面の特異点集合を Σ とおき, Σ をふたつの strata

Σ1 = Σ− O , Σ0 = O に分ける. b-関数の因子 6s+ 5, 6s+ 7 に対するホロノミーD-

加群は, Σ に台を持っている. また, 原点, 即ち Σ0 を特異台として持っている. 実際, 局所

コホモロジー解のmonodromy 構造は自明でない. このことは, vanishing cycles の原点で

の 1次元コホモロジーが消えていることに対応している.

2番目に扱った例は E6-1 型の特異点である. b-関数は, (s + 1)(3s + 4)(3s + 5)(12s +

13)(12s+ 17)(12s+ 19)(12s+ 23) であった. これらの因子に対するホロノミーD-加群は

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すべて, Σ を台に持っている. 因子 3s + 4 と 因子 3s + 5 に対するホロノミーD-加群は

原点 Σ0 を特異台として持っていない. 他の因子 12s+ 13, 12s+ 17, 12s+ 19, 12s+ 23 に

対するホロノミーD-加群はすべて, 原点を特異台として持っている.

論文 [48] での計算により, 1次元の strata Σ1 上での局所コホモロジー解は, 其々, 次の

局所コホモロジーで張られる 1次元ベクトル空間であることが分かる.

12s+ 13 = 0 の時, x−14

[1

yzw

]

3s+ 4 = 0 の時,

[1

y2zw

]

12s+ 17 = 0 の時, x−14

[1

yz2w

]

12s+ 19 = 0 の時, x−34

(2x

[1

y3zw

]−

[1

yzw2

])

3s+ 5 = 0 の時,

[1

y2z2w

]

12s+ 23 = 0 の時, x−34

(2x

[1

y3z2w

]−

[1

yz2w2

])

b-関数の根が, 12s + 13 = 0, 12s + 17 = 0, 12s + 19 = 0, 12s + 23 = 0 の時は, ホロ

ノミー D-加群は原点 Σ0 を特異台として持っており, 局所コホモロジー解は自明でない

monodromy 構造を持つ. 其れに対し, 3s + 4 = 0, 3s + 5 = 0 の時は, ホロノミーD-加群

は原点に特異性がなく, それに呼応して, 局所コホモロジー解は, 原点を定義域に含んでい

る. このことは, E6-1 特異点の原点における vanishing cycles の2次元のコホモロジー群

のランクが2に等しいことに対応している.

D. Siersmaが vertical monodromyに着目した背景には, vanishing cyclesの Betti数の決

定という問題があると思われる. Vertical monodromyと P. Deligneの意味の monodromy

は可換であるので, strata Σ1 上の vanishing cycles の Deligne の意味の monodromy に

対する (広義)固有ベクトルとなる vanishing cycle の vertical monodromy が自明でない

場合, その vanishing cycle は, 原点 Σ0 において, 中間次元よりひとつ低い次元のコホ

モロジーにはなりえないことになる. では, 「vertical monodromy が自明であるような

vanishing cycle は, 必ず, 原点 Σ0 における中間次元よりひとつ低い次元の零でないコホ

モロジーを定めるのか?」という問題を考えると, これは一般には正しくないことが知ら

れている. この辺の事情が, vanishing cycles の研究を困難にしている一つの理由であると

思える.

ホロノミーD-加群の構造を調べることで, 自明な monodromy 構造を持つが, 原点 Σ0

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の中間次元よりひとつ低い次元のコホモロジーを与えない場合を解析できる. 次の例も,

[48] で解析したものである. 対象とした特異点は, E7-2 である.

[565] E72=x*y^3*z+z^3+y^5;

z*y^3*x+y^5+z^3

b-関数

[621] fctr(bfct(E72));

[[1,1],[s+1,3],[3*s+2,1],[3*s+4,1],[5*s+3,1],[5*s+4,1],[5*s+6,1],[5*s+7,1],

[9*s+5,1],[9*s+7,1],[9*s+8,1],[9*s+10,1],[9*s+11,1],[9*s+13,1]]

ここで, b-関数の因子 s + 1 に注目する. 因子 s + 1 の重複度は, 3である. そのうちの

一つは, 超曲面の非特異部分からの寄与であるが残りの2つの因子には, それぞれ, 超曲面

の特異集合 Σ = (x, y, z) | y = z = 0 に台を持つホロノミーD-加群と原点 Σ0 に台を持

つホロノミーD-加群が対応していることが分かる. そこで, 前者の stratum Σ1 = Σ−Σ0

上での局所コホモロジー解を求めると,

x−1

[1

y3z

]− x−2

[1

yz2

]− 3x−4

[1

y2z

]+ 15x−7

[1

yz

]を得る.この局所コホモロジーは, stratum Σ1 上一価であり, monodromy 構造は自明であ

る. しかし, 原点Σ0 に特異性を持つため, 原点に解析接続できない. Monodromy 構造は

自明であるが, ホロノミーD-加群は原点を特異台として持っていることに注意されたい.

このことは, E7-2 特異点の vanishing cycles は, 原点 Σ0 において中間次元よりひとつ低

い次元のコホモロジーは消えていることに対応している.

ホロノミーD-加群の構造を調べることで, vanishing cycles の構造を理解することが

可能になる と思われる.

1961年の A. Grothendieckの講義を R. Hartshorneが纏めた [18]に, 局所コホモロジー

の説明がある. 柏原正樹の論文 [20] はホロノミーD-加群を論じたものであるが, ここに

はホロノミー D-加群の構造は, 局所コホモロジーと深く関係していることが書かれてい

る. 論文 [22] は, 代数解析の観点から局所コホモロジーを扱っている. 大阿久俊則は, 論

文 [46] の中で, 計算代数解析の観点から局所コホモロジーを扱っている. この節で紹介し

た局所コホモロジーの計算に関しては, [61] に説明を与えた.

謝辞

本研究は科学研究費補助金 (15KT04891)の助成を受けている。

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参 考 文 献

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[3] D. Barlet, Sur certaines singularites d’hypersurfaces I, Bull. Soc. Math. France, 134

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