oc・lep製剤と血栓症―安全処方のために― - …...oc・lep...
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はじめに海外では経口避妊薬(OC ; oral contracep-
tives,低用量ピル)として使用されている女性ホルモン剤が,2008年以降,日本では月経困難症の治療薬(LEP; low dose estrogen progestin)として保険適用され,その服用者は増加の一途をたどっている.これらは OCとともに広く処方され,避妊のみならず月経調整,月経痛や月経過多の改善,月経前症候群の症状改善などの目的で多数の女性に使用されている.こうしたなか,日本ではあまり知られていなかった血栓症による死亡例が報告されたことから,厚生労働省は医療関係者などに注意喚起するように製薬会社に指示し,現在は OC・LEPともに患者携帯カードが義務付けられるまでになった〔1,2〕.本稿では,女性ホルモン剤と血栓症の現況を紹介し,安全な OC・LEP処方および血栓症の早期診断を中心に解説する.
1.OCの効果と副作用OCの最も重要な効用は避妊効果であるが,
いくつもの副効用が報告されている.すなわち,子宮内膜症,月経困難症,過多月経,貧血,卵巣癌,子宮体癌,大腸癌,骨粗鬆症,ニキビ,良性卵巣疾患等に対するメリットである.OC
自体は自由診療であるが,2008年以降,日本では LEP(OCと本質的には同じ)が月経困難症(子宮内膜症)の治療薬として保険適用されていることはすでに述べたとおりである.しかし,その一方で最も頻度の多い嘔気・嘔吐をはじめ,多くの副作用も報告されているが,そのなかでも生命にかかわる副作用は循環器系障害,
とくに肺塞栓症(pulmonary embolism ; PE)/
深部静脈血栓症(deep vein thrombosis ; DVT)等の静脈血栓塞栓症(VTE ; venous thromboem-
bolism),心筋梗塞,虚血性脳梗塞あるいは出血性脳梗塞等の血栓症に関するものである〔3〕.2.OCが原因とされる世界初の肺塞栓症報告例
とその後の歴史的論争OCと PEに関しては,1961年に Jordanが
Lancet誌に PEに関する記載をしたのが世界最初の報告である〔4〕.子宮内膜症の治療で投与された Enavid10mg(ノルエチノドレル9.85mg
/メストラノール0.15mg)および嘔吐と脱水が原因とされる PEである.これ以降,1960年代から英米を中心に第1世代 OCが VTEを誘発することが注目され,エストロゲン量の低用量化が進められた.しかし,1980~90年代になって第3世代 OC(デソゲストレルおよびゲストデン)が第1世代 OC(ノルエチンドロン系)および第2世代 OC(レボノルゲストレル,ノルゲストレル)と比べ VTEの発症率が高いことが報告され〔5,6〕,使用を控えるべきであるという声明が出された.これに対しては反論も多く大論争に発展した.この論争では,第3世代 OCの VTEリスクは高くても,心臓血管障害および脳血管障害に関するリスクは低く,一方,第2世代 OCは VTEのリスクは低くても,心臓血管障害および脳血管障害のリスクが相対的に高く,全体的には両者のリスクは同程度であり,そしてこれらの疾患は生殖年代ではきわめてまれであるため,いずれも安全性は高いという結論に落ち着いた.そして2000年代になる
〔ランチョンセミナー〕
OC・LEP製剤と血栓症―安全処方のために―
1)浜松医療センター2)浜松医科大学健康社会医学講座
小林 隆夫1),杉浦 和子2)
日エンドメトリオーシス会誌2015;36:90-9790
9
8
7
6
5
4
3
2
1
015-19 20-24 25-29 30-34 35-39 40-44 45-49
調
整
発
生
率
比
*
年 齢
平均値(95%CI)
-Danish cohort study, 2001-9-
デザイン:デンマーク国内の医療登録情報を用いたコホート研究解析対象:経口避妊薬服用者と非服用者について,血栓症の既往歴がない15-49歳の非妊娠女性129万6120人*調整因子:年,教育レベル,経口避妊薬の使用
(歳)
文献〔 8〕を参照して作成
1.32
5.29
(比較対照= 1)
1.99
4.01
2.91
6.58
と第4世代 OC(ドロスピレノン)の VTEリスクについて米国で問題が提起されたが,FDA
は2012年にその時点での結論を公表した.すなわち,疫学的調査によれば,ドロスピレノンは第2世代 OCや他のプロゲスチンより3倍ほどリスクを上げると報告されているものの,リスクに差はないとする論文もあり,はっきりとした見解は明らかになっていない.したがって,医師は服用者に対してリスクとベネフィットをきちんと説明し,使用するかどうか選択させるべきである〔5―9〕.例えば,海外の疫学調査では,非妊婦や OC非服用者の VTE発症リスクは,年間1万人あたり1~5人,OC服用者で同3~9人,妊婦は同5~20人,分娩後12週間では同40~65人であるため〔9〕,OC服用者は妊産婦に比べてまだまだ低く,ベネフィットがリスクを上回るであろうという見解である.
Lidegaardは従来の報告をまとめた総説のなかで,第3世代および第4世代 OCを高リスクOCと位置付け,VTEの発症リスクは,OC非服用者に対し6倍,低リスク OCと位置付けた第1世代 OCおよび第2世代 OC服用者に対し約2倍としている.一方,虚血性脳卒中や心筋梗塞などの動脈血栓症リスクは,プロゲスチンの種類に関係なく差はわずかで約50~100%の
増加にとどまり,さらにプロゲスチン単剤では,発症リスクが約2倍のデポー製剤を除き,VTE
も動脈血栓症もリスクは増加しないと結論している〔10〕.これに対して,ドロスピレノン含有OCは VTEも動脈血栓症も他の OCとは有意差が認められなかったという観察研究の結果が2014年に報告されている〔11〕.今後のさらなる疫学調査の結果が待たれる.なお,加齢とともに VTEリスクが上昇する
ことが明らかになっている.血栓症の既往歴がない15~49歳の非妊娠女性を対象としたデンマークのコホート研究〔8〕において,15~19歳における VTEリスクを1とした場合,加齢に伴いリスクが上昇し,40~45歳で5.29倍,45~49歳では6.38倍になることが示されている(図1).3.OC・LEPと活性化プロテインC抵抗性1)主な血液凝固制御系健常人の生体内での凝固制御系は,主として
3制御系がある.それは,① TFPI(組織因子経路抑制因子)凝固制御系,② AT(アンチトロンビン)凝固制御系,③ APC(活性化プロテイン C)凝固制御系,である(図2)〔2,12,13〕.TFPI凝固制御系と AT凝固制御系は,それぞれに強力な凝固制御活性があり,TFPI凝固制
図1 年齢別の静脈血栓塞栓症リスク
OC・LEP製剤と血栓症―安全処方のために― 91
内因性経路
XII XIIa
IX IXa VIIa VII組織因子(III)
プロトロンビン トロンビン
フィブリノゲン フィブリン
血栓
トロンボモジュリン
プロテインS
活性化プロテインC
プロテインC
③ プロテインC(PC)/ プロテインS(PS) (APC)凝固制御系
② アンチトロンビン(AT) 凝固制御系
① 組織因子経路抑制因 子(TFPI)凝固制御系
プロテインS
外因性経路
Va
VIIIa
XaX X
Ca2+,リン脂質
Ca2+,リン脂質
(APC)
御系は“組織因子の阻害”で,AT凝固制御系は“トロンビンおよび活性化血液凝固第 X因子(FXa)をはじめとする活性化凝固因子の阻害”を通して凝固を制御する.とくに ATはトロンビンに対するもっとも強い凝固制御系である.一方 APC凝固制御系は,凝固系が活性化されトロンビンが形成されて初めて動き始める凝固制御系で,その活性は凝固系の活性に比例して調節される.すなわち,トロンビンは凝固系の活性が亢進しすぎると自らネガティブフィードバックをかけて凝固系を制御し,凝固活性と凝固制御活性のバランスの調整を行っていると考えられる.したがって,凝固系と APC凝固制御系との間で適切なバランスが崩れると異常な血栓形成が起こることが推測される.2)APC凝固制御系の機序〔13,14〕プロテイン C(PC)はセリンプロテアーゼ
の前駆体であり,凝固系の最終産物であるトロンビン・トロンボモジュリン複合体で PC分子の一部分が切断され,その結果できた APCがセリンプロテアーゼ活性を発揮できるようになる.しかし,健常人の場合でも APC分子はそれだけでは十分なプロテアーゼ活性を示すことはできず,プロテイン S(PS)と結合した APC
/PS複合体を形成してはじめて十分なセリンプロテアーゼ活性(=APC凝固制御系)を発揮し,活性化血液凝固第 V因子(FVa)の506番目をまず切断し,次に306番目のアルギニンを切断し,FVaを不活性化して凝固活性を抑制する.すなわち,PSは APC凝固制御活性を左右する重要な因子である.一方,欧米白人の血栓性素因である Factor V Leiden(FVL)変異では,第 V因子の506番目のアルギニンがグルタミンに変異しているために,APC凝固制御系では切断されなくなり,FVaの不活性化が健常人の場合よりも遅れることになる.APC凝固制御系は FVL変異の306番目のアルギニン部分は切断可能であるので,FVaはそのうちに切断・不活性化されるが,健常人に比較して凝固制御が遅れる.その結果, FVL変異保因者では,凝固活性が APC凝固制御活性より相対的に強くなって過剰な血栓形成が起こり,血栓症が発症しやすくなると考えられる.そして PS活性低下に代表されるアジア人,とくに日本人の血栓性素因では,PS活性が低下しているためにAPC凝固制御系活性全体が低下し,凝固制御がかかり難くなる.この場合も凝固活性が APC
凝固制御活性よりも相対的に強くなって血栓形
TFPI : tissue factor pathway inhibitor ; AT : antithrombin ; APC : activated protein C ; PC : proteinC ; PS : protein S ; Va, VIIIa等の aは,活性化血液凝固因子を意味する.文献〔2,12,13〕を参照して作成
図2 主な血液凝固制御経路
92 小林ほか
成傾向が起こり,血栓症を発症しやすくなると考えられる.このような状態を APC抵抗性という.すなわち,APC凝固制御系と凝固系活性とのバランスが,生体内での血栓形成調節に重要な役割を果たしていることを示している.
PS徳島変異は日本人に比較的多く,健常日本人の55名に1名の頻度でヘテロ接合体として見いだされている〔15〕.PS徳島変異と VTE
の因果関係に関しては,①日本人では,PS徳島分子をヘテロ接合体で保因する健常人が2%弱の頻度で存在すること,②その割合が DVT
患者で上昇し,オッズ比が5.9―9.3になることなどから,PS徳島変異は日本人における有力な血栓性素因の1つであると考えてよい〔13―17〕.3)APC抵抗性と APC感受性比(APC sensitivity ratio ; APC―sr)
APC抵抗性はこれら先天性血栓性素因以外に OC・LEP服用や妊娠,抗リン脂質抗体症候群,悪性疾患などによっても後天的に起こることが報告されている〔17―19〕.OC・LEPに含まれるエストロゲンには血液凝固因子産生亢進や抗凝固系に働く PS産生を抑制する働きがあり,その服用により易血栓性になる.とくに,服用中に水分摂取が少なかったり,体を動かさずにいると凝固しやすくなる.ちょうど飛行機等の長時間旅行に際して起こる VTE,いわゆるエコノミークラス症候群と同様な現象である.
APC抵抗性は,内因性トロンビン産生能(en-
dogenous thrombin potential ; ETP)に基づくAPC―srを測定することによって把握できる.ETPとは,合成基質(S―2238)を用いて血漿中のトロンビン産生を経時的に測定する方法で,現在では合成基質に代り蛍光基質(ZGGR―AMC)を用いた測定法となっている.本測定系に APC
を添加・反応させることで ETPを抑制することができるため,患者血漿と正常男性コントロール血漿にそれぞれ8.7nMの APCを添加した際の ETPの抑制率を比で表したものを APC―sr
として算出する.
4)APC感受性比とOC・LEPAPC―srは OC非服用者に比し第2世代 OC
が約2倍,第3世代 OCと FVL変異保因者でOC非服用者が約3倍,FVL変異保因者で OC
服用者が約6倍高くなるデータが示されている〔20〕.これは APC―srが高くなるにつれて血栓症発症リスクが増加することを意味する.わが国でのデータがないので明確なことは言えないものの,おそらく PS変異保因者も FVL変異保因者と同様なことが言えると考えられる(データ未発表).APC―srは APC抵抗性の指標であり,その高値は易血栓傾向を示すが,APC―sr
は遊離型 PSおよび TFPI抗原量と逆相関し〔21〕,SHBG(sex hormone binding globulin)レベルと正の相関を示す〔22〕ことが報告されている.ただし,APC―sr,TFPI,SHBGは通常のラボでは測定できないが,遊離型を含めたPS抗原・活性は通常検査可能で,保険適用されている.したがって,APC抵抗性の指標は,PS抗原・活性で代用でき,一般臨床で活用可能と考えられる.しかし,OC・LEPを服用すると PS活性は低下するので,PS測定は OC・LEP投与前に測定しなければ PS変異保因者を含めた APC抵抗性のスクリーニングには役立たないことに留意されたい.なお,図3〔23〕に OC・LEP服用前後の PS活性の変化を,図4〔23〕に Dダイマー値の変化を示す.4.わが国における血栓症発症の実態調査女性ホルモン剤と血栓症に関する近年の日本
での調査報告は,2002年に全国1083の産婦人科施設で実施された Adachiらの1992~2001年の10年間の調査しかなく,10年間で53症例の報告があったのみである〔24〕.しかし,日本人には血栓性素因としての PS異常症が多く,約50人に1人程度は OC使用中に血栓症を発症する可能性が高くなる.現在,われわれは,女性ホルモン剤使用中に発症した静脈血栓症および動脈血栓症の発症頻度とその記述疫学像を明らかにし,もって安全な女性ホルモン剤使用に資することができることを目的として,最近10年間における女性ホルモン剤使用による静脈血栓症
OC・LEP製剤と血栓症―安全処方のために― 93
* p<0.05
正常下限
プロテインS活性
***** *****
***** ***** ******* ******
n=52
NGM
EE35
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NGM
EE35
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NGM
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CPA
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n=9
CPA
EE35
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CPA
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GSD
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NET
EE35
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NET
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NET
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LNG
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n=17
LNG
EE30
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LNG
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DRSP
EE30
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DRSP
EE30
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DRSP
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n=28
DRSP
EE20
n=28
DRSP
EE20
n=28
DRSP
EE20
%
文献〔23〕を参照して作成文献〔23〕を参照して作成文献〔23〕を参照して作成
投与前3周期6周期
NGM:ノルゲスチメート CPA:酢酸シプロテロン GSD:ゲストデン NET:ノルエチステロン LNG:レボノルゲストレル DRSP:ドロスピレノン EE:エチニルエストラジオール
NGM:ノルゲスチメート CPA:酢酸シプロテロン GSD:ゲストデン NET:ノルエチステロン LNG:レボノルゲストレル DRSP:ドロスピレノン EE:エチニルエストラジオール
NGM:ノルゲスチメート CPA:酢酸シプロテロン GSD:ゲストデン NET:ノルエチステロン LNG:レボノルゲストレル DRSP:ドロスピレノン EE:エチニルエストラジオール
160
120
80
60
40
0
*p<0.05
Dダイマー値
µg/ml
1000
800
600500
400
200
0
正常上限
NGM:ノルゲスチメートCPA:酢酸シプロテロン GSD:ゲストデン NET:ノルエチステロン LNG:レボノルゲストレル DRSP:ドロスピレノン EE:エチニルエストラジオール
NGM:ノルゲスチメートCPA:酢酸シプロテロン GSD:ゲストデン NET:ノルエチステロン LNG:レボノルゲストレル DRSP:ドロスピレノン EE:エチニルエストラジオール
NGM:ノルゲスチメートCPA:酢酸シプロテロン GSD:ゲストデン NET:ノルエチステロン LNG:レボノルゲストレル DRSP:ドロスピレノン EE:エチニルエストラジオール
文献〔23〕を参照して作成文献〔23〕を参照して作成文献〔23〕を参照して作成
**********
***** ***** ***** *****
投与前3周期6周期
n=52
NGM
EE35
n=52
NGM
EE35
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NGM
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n=9
CPA
EE35
n=9
CPA
EE35
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GSD
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n=35
GSD
EE20
n=35
GSD
EE20
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NET
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n=30
NET
EE35
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NET
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LNG
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n=17
LNG
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n=17
LNG
EE30
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DRSP
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n=24
DRSP
EE30
n=24
DRSP
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DRSP
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n=28
DRSP
EE20
n=28
DRSP
EE20
および動脈血栓症の後方視的研究を行っている〔25〕.45%を超える回答率で Adachiらの10年間で53症例という報告数をはるかに凌駕する症例が集積されている.今後,これらの調査結果を解析することにより,女性ホルモン剤使用中に発症した血栓症の発症頻度やリスク因子等を明らかにし,安全な女性ホルモン剤使用に関する提言を行う予定である.なお,本調査で登録された PE症例の中には,
長時間の不動や脱水が発症リスクを高めている
事例が散見される.OC・LEPを服用するとAPC抵抗性になり凝固亢進状態になるので,長距離旅行,長時間座位によるデスクワークやゲーム,長時間の観劇やスポーツ観戦などに加え水分補給が不足すると,血栓症を発症しやすくなると思われる.
5.OC・LEPの安全処方のために薬剤の種類を問わず OC・LEPを使用すれ
ば,頻度は低いものの血栓症を発症することがあり,いったん発症すると重篤化するケースも
図3 OC・LEP服用前後のプロテイン S活性の変化
図4 OC・LEP服用前後の Dダイマー値の変化
94 小林ほか
ACHES(ー)の場合
継続処方
Dダイマー低い
服用可とし,経過観察
VTE可能性高い(Dダイマー測定)
循環器科,脳神経外科等紹介
患者携帯カードを提示し,女性ホルモン剤服用を伝える
ACHES(+)の場合は,いつでも
循環器科,脳神経外科,救急科等受診
服用を中止
緊急性あり
患者携帯カードを提示し,女性ホルモン剤服用を伝えるVTE可能性低い
Dダイマー高い
循環器科,脳神経外科等紹介
初回処方 1ヵ月後, 3ヵ月後*(以後 6ヵ月毎)には受診してもらい,服用状況や症状の有無を確認
(*最初の 3ヵ月は毎月受診も可)
投与に際しては,問診をしっかり行い,リスクと症候を説明して,本人の同意のもとに処方.禁忌症例や高リスク症例には特に注意
Wells score等(臨床的可能性)
緊急性なし
産婦人科受診(処方医が望ましい)
ある.したがって,OC・LEP処方と血栓症診断・治療に関するフローチャート(図5〔2〕)を参考にして安全な処方を心がけることが大切である.投与に際しては,問診をしっかり行い,リスクと症候を説明して,適応と禁忌等を遵守し,本人の同意のもとに処方することは言うまでもない.35歳以上,血栓性素因,肥満,糖尿病,喫煙,高血圧,前兆を伴う片頭痛等の血栓症リスク因子をもっている女性には注意が必要である.最初の1ヵ月から3ヵ月目にかけての発症が多いとされているので,最初の処方後1ヵ月目,3ヵ月目には受診し,問診と診察(血圧・体重測定等)を行う.服用中は長時間不動姿勢を取らないなど,生活習慣における注意を喚起する.とくに問題がなければ,以後間隔を空けての診察でよいが,もし,服用中に血栓症に起因すると思われる症候(ACHES〔26〕),すなわち,A(abdominal pain;激しい腹痛),C(chest pain;激しい胸痛,息苦しい,押しつぶされるような痛み),H(headache;激しい頭痛),E(eye/speech problems;見えにくい所がある,視野が狭い,舌のもつれ,失神,けいれん,意識障害),S(severe leg pain:ふ
くらはぎの痛み・むくみ,握ると痛い,赤くなっている)等がみられた場合は,直ちに服用を中止し,処方元の医療機関に連絡するように指導する.患者から連絡があった場合は,自施設で対応する場合もあるが,その症候に応じて循環器内科,血管外科,脳神経外科等の専門医に診断・治療を依頼する.
VTEを臨床的に疑うにはWells scoreが有用とされる.既往歴,現症,診察所見等で非侵襲的に DVT〔27〕および PE〔28〕が一定の確率をもって診断可能なスコアである.また凝固線溶系検査では,Dダイマーが有用とされている.Dダイマーの陰性適中率はきわめて高いため,Dダイマーが正常上限未満であれば血栓症はほぼ否定できるが,正常上限を超えた場合の解釈が難しい.前述したように OC・LEP服用後には,正常範囲内であっても Dダイマー値が増加することが知られている(図4).したがって,Dダイマー値の変動があり,血栓症を否定できない場合は,超音波検査等で精査することが望ましい.一般に海外の試薬は500ng/mlが正常上限であり,国内の試薬は1000ng/mlが正常上限であることが多いので,使用する試薬に
ACHES : A(abdominal pain), C(chest pain), H(headache), E(eye/speech problems),S(severe leg pain) ; Wells score:臨床的に深部静脈血栓症や肺塞栓症の可能性を判断するスコア ;VTE : venous thromboembolism 文献〔2〕より引用
図5 OC・LEP処方と血栓症診断・治療に関するフローチャート
OC・LEP製剤と血栓症―安全処方のために― 95
よって異なる結果となることに注意されたい.なお,連絡時に緊急性が高いと判断した場合
は救急車を要請する.救急車の要請は,その緊急性に応じて自己判断でも構わない.何事も早期診断・早期治療が大切である.
終わりにOCと血栓症に関する概要を解説した.日本
人でも OC・LEPを服用すれば一定頻度で VTE
をはじめ動脈血栓症のリスクを高めることは紛れもない事実である.OC・LEPの処方に際しては,OCのリスクとベネフィットを十分に説明し,リスクである血栓症も常に念頭に置いて,安全な処方と血栓症の早期発見・早期診断に心がけることが肝要である.
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