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Thermal Science & Engineering Vol.18 No.2 (2010)
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カーボンナノチューブの非線形発光特性:
一次元における高密度励起子の挙動
村上 陽一† 河野 淳一郎‡
Nonlinear Photoemission Properties of Carbon Nanotubes:
Behavior of High-Density Excitons in One Dimension
Yoichi MURAKAMI†
and Junichiro KONO‡
Abstract
This paper describes nonlinear photoemission properties of carbon nanotubes both in terms of experiment and
theory. In experiments, we performed photoluminescence excitation spectroscopy where carbon nanotubes were excited
with high-intensity optical pulses. We found that, as the intensity of excitation pulses increases, all the photoemission
peaks from different structure carbon nanotubes showed clear saturation in intensity. Each peak exhibited a saturation
value that was independent of excitation wavelength, indicating that there is an upper limit on the density of excitons.
We propose that this behavior is a result of efficient exciton-exciton annihilation through which excitons decay
nonradiatively. In order to explain the experimental results, we have developed a model taking into account
diffusion-limited limited exciton-exciton annihilation and spontaneous decays of excitons in one dimension. The
solution of the model reproduced the experimental results well, from which the exciton densities in carbon nanotubes
were estimated. The validity of the model was confirmed by its comparison with Monte Carlo simulations. We also
show that the conventional rate equation for exciton-exciton annihilation fails to fit the experimentally observed
saturation behaviors, especially at high excitonic densities. Finally, we discuss possible influences of the existence of
the upper density limit on some photoelectric applications of carbon nanotubes.
Key Words: Photoemission, Carbon Nanotubes, Excitons, Diffusion, One Dimension, Monte Carlo
Simulation, Energy Conversion Applications
記 号
c1, c2 : 定数 [-]
D : 拡散係数 [m2/s]
IPL : 発光強度(発光光子数) [-]
Ipump : 励起強度(励起光子数) [-]
lx : 励起子の占有長 [m]
L : ナノチューブ長さ [m]
N : 自発緩和した励起子数 [-]
N0 : 初期生成励起子数 [-]
kBT : 熱エネルギー [eV]
γr : 発光自発緩和レート [1/s]
γnr : 非発光自発緩和レート [1/s]
γtot : 自発緩和レート(= γr + γnr) [1/s]
τtot : 自発緩和時定数 (= γtot-1) [s]
η : 発光の分岐比 (= γr /γtot) [-]
ζ : 発光に対応する無次元数 [-]
ψ : 励起に対応する無次元数 [-]
1 緒 言
工学的問題の解決のためにナノスケールの材料
(ナノ材料)の利用がしばしば提案される.これは,
サイズが小さくなると物性が材料のサイズおよび次
元に依存するようになり,物性選択の自由度が広が
受付日: 2009 年 9 月 4 日, 担当エディター: 小原 拓 † 東京工業大学 グローバルエッジ研究院 (〒152-8550 東京都目黒区大岡山 2-12-1) ‡ Rice University Dept. of Electrical and Computer Engineering (6100 Main Street, Houston, Texas 77005, USA)
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るためである.サイズと次元は密接に関連しており,
材料のある方向のサイズがその中を運動する粒子の
熱ド・ブロイ波長(∝ (kBT)-1/2)程度を下回ると粒子
はその方向に量子閉じ込めを受ける[1].これにより
次元が一つ低下し,物性は閉じ込め方向のサイズに
依存するようになる.一般に,次元低下により粒子
の運動自由度が変化するため,関連する物性(状態
密度や比熱など)は次元数に依存して定性的変化を
示す.例えば,一次元空間ではその状態密度分布に
起因してボーズ・アインシュタイン凝縮(基底状態
への量子縮退)は不可能となる[2].
応用の観点からは,半導体ナノ材料がその多彩な
応用可能性により盛んに研究されている.半導体が
電子励起されると電子と正孔の対が生成される.半
導体ナノ材料では閉じ込めによって電子と正孔が空
間的に互いに近接するため,電子-正孔間のクーロン
相互作用がバルクの場合より強いという特徴がある.
このため,半導体ナノ材料では束縛の強い励起子(ク
ーロン束縛された電子-正孔対[3])が形成されやすく,
電子-正孔の波動関数の重なりが大きいために発光
再結合確率が高くなる.これは応用上重要な性質で
あり,例えば現在 CD プレーヤーやレーザープリン
タ等の光源に用いられている半導体レーザーは二次
元量子井戸構造による閉じ込めを利用して発光効率
が高められている[1].このように半導体材料の光学
特性は次元(サイズ)の低下とともに励起子による
支配が顕著となり,特に一次元においては光学遷移
の振動子強度がバンド端ではなく励起子準位に集中
する特異性が理論的に予想されている[4, 5].
本研究では半導体ナノ材料として単層カーボンナ
ノチューブ(SWNT)を研究対象とする.SWNT は
構造によって半導体あるいは金属性となる[6]が,本
論文では特に断らない限り半導体 SWNT を指すも
のとする.SWNT の光学特性は,半径方向への強い
量子閉じ込め(~ 1 nm)によって励起子に支配され
る事が知られている [7-10].また,SWNT 直径は励
起子サイズ(電子-正孔間距離)よりも小さいことか
ら[8-10],励起子は一次元的となる.その束縛エネル
ギー(~ 200 - 500 meV)は室温の熱エネルギー(kBT
~ 25 meV)より十分大きいため,励起子は室温にお
いて安定である.最低励起子準位のエネルギーは
SWNT の構造に依存し応用上極めて重要な波長 900
nm から 2 µm 程度の範囲で変化するため,これまで
様々な光エネルギー変換に関する応用が提案されて
いる[11-13].しかしこれまでの研究では,応用上重
要である SWNT に励起子が高密度に生成された場
合の光学特性については殆ど調べられていなかった.
特にその発光特性(励起強度と発光の相関)に焦点
を当て,SWNT に生成された励起子密度を定量的に
見積もった報告はこれまで存在していなかった.
本研究の目的は励起子が高密度に生成された
SWNT の光学特性を調べ,そのような状況下の励起
子の性質と挙動を明らかにし,応用に向けた基礎的
知見を得る事である.なお本論文に示される実験結
果と議論の一部は公表済み[14, 15]であるが,本論文
は解説論文として伝熱研究(微視的なエネルギー変
換)の興味・目的に沿うよう改訂・加筆を行ったも
のである.
前述のように,半導体ナノ材料の励起状態は,そ
の顕著な量子閉じ込めによってしばしば励起子によ
って特徴づけられる.効率的なエネルギー変換を目
指す熱科学・技術分野おいてもナノ材料を対象とす
る際には励起子形成の影響は考慮すべき点であり,
例えば,前述の半導体レーザーの場合にはそれが省
エネルギーにつながっている一方,有機薄膜太陽電
池においては吸収された光子のエネルギーの一部は
束縛した電子-正孔対を分離することに消費される
[16].本解説論文では,近年伝熱分野でも研究対象
となっている SWNT について,本研究を通じ明らか
になった励起子による光学特性の一端を示してゆく.
2 実 験
2.1 実験方法
CoMoCAT SWNT ( SouthWest NanoTechnologies
Inc.)を重水中にコール酸ナトリウム 1 wt%を分散剤
として 1 時間超音波分散し,その後 111,000 g にて 4
時間超遠心処理した上澄み液を光路長 1 mm の石英
セルに入れ,測定試料とした.その励起波長域(可
視域)における光学密度は 0.2 以下と低いため,試
料の空間的に不均一な励起および試料の発する蛍光
の試料自身による再吸収は十分軽微である.図 1 (a)
に測定系を模式図で示す.まず,繰り返し周波数 1
kHz,波長 800 nm,パルス幅約 200 fs の CPA(チャ
ープパルス増幅器 : CPA-2010, Clarx-MXR Inc.)によ
り OPA(光パラメトリック増幅器 : TOPAS,
Quantronix Inc.)が励起される.この OPA からは同
じ繰り返し周波数で可視から近赤外に波長可変なパ
ルス幅約 250 fs の光が出射されるが,これには目的
外の様々な波長の光が含まれているため,
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それらは適当な光学フィルタによりすべて取り除
かれる.空間的に均一な試料励起を行うため,試料
への集光レンズの直前でφ 2 mm のアパーチャーに
よって OPA のビームプロファイル(約φ 6 mm)の中
央部分のみが取り出される.試料におけるスポット
径は 300 - 400 µm である.試料から発せられた蛍光
は試料背後に設置されたレンズにより集められる.
励起波長を排除するフィルタを通した後,蛍光は分
光器に集光され,液体窒素冷却の InGaAs アレイ型
検出器(1024 × 1ピクセル)によりスペクトルが記
録される.
また,得られた測定結果がアーティファクト(実
験上の問題から生じる副作用)でない事を確認する
ため,異なる測定系と試料を用いて同等な実験を行
った.その模式図を図 1(b) に示す.まず CPA 光を
サファイア結晶に集光し,非線形光学効果により広
帯域の白色光を発生をさせ,それを中心波長 653
nm, バンド幅 10 nm のバンドパスフィルタを通し
パルス励起光を得る.測定試料には,前述の方法に
より作製した SWNT の分散上澄み液を紅藻由来の
ゲル(iota-carrageenan, Sigma Aldrich Inc.)と混合し,
サファイア基板表面で固化・乾燥させた薄膜を作製
した.サファイア基板は測定において膜の機械的支
持体およびヒートシンクとして機能する.
2.2 実験結果
図 2(a)に 654 nm の OPA 光で試料励起した際の蛍
光(発光)スペクトルの励起強度による変化を示す.
本論文では励起光の強度をパルスあたりの光子フル
ーエンス [photons/cm2] で表す.この図はスペクト
ルを# 1 から# 7 の順に測定したもので, フルーエン
スは 4.3 × 1012(# 1 と# 7),1.7 × 1013(# 2 と# 6),
4.3 × 1013(# 3 と# 5),および 1.3 × 1014 [photons/cm2]
(# 4)である.SWNT の幾何学的構造は二つの整数
の組(n, m)によって表され[6],本試料に含まれる半
導体 SWNT の量は(6, 5) > (7, 5) > (8, 3)の順である.
光吸収および発光の波長を決める励起子準位のエネ
ルギーは SWNT の構造に依存し,(7, 5)と(8, 3)チュ
ーブは650 nm付近で共鳴的に励起される一方,(6, 5)
チューブは 570 nm付近で共鳴的に励起される[17].
図 2(a)の# 1 と# 7 では,共鳴励起でありかつ量が中
程度の(7, 5)チューブからの発光が最大となってい
る.ところが,励起強度を大きくするとピーク間の
強度の相対関係が変化し, (6, 5)チューブからの発
光が最大となった.この図から,観測された変化が
可逆的である事,発光強度は励起強度の増大に伴い
飽和してゆく事,および発光ピークの波長位置は励
起強度によらず不変である事,が読み取れる.観測
された発光スペクトルの変化と可逆性が OPA 光に
含まれる寄生光や試料の流動性等によるアーティフ
ァクトでない事を確認するため,図 1(b)の測定系を
用いて検証実験を行った.得られたスペクトル変化
を図 2(b)に示す.ここでは励起光(653 nm)のフル
ーエンスを約 4 × 1012 から約 9 × 1013 [photons/cm2]
の範囲で# 1 から# 7 の順番で変化させ,スペクトル
を測定した.これは図 2(a)と同様な変化を示してお
り,図 2(a)の結果がアーティファクトによるもので
はない事が確認された.
さらに詳しく発光の励起強度依存性を調べるた
め,蛍光励起分光を行った.励起分光とは励起の波
長を変化させて発光の変化を観測する分光法である
[17].図 3(a)および 3(b)に,励起波長(縦軸)を 2.30
eV (= 540 nm)から 1.63 eV (= 760 nm)まで 20 meV
ステップで変化させ測定した蛍光スペクトルを平面
マッピングの様式で示した.ここでは便宜上縦軸の
単位にエネルギー (eV) を用いることにする.図
3(a)は弱励起(1.2 × 1012 photons/cm2)の場合であり,
これはよく知られている連続光で励起した場合[17]
とほぼ同じ結果である.図 3(a)の円模様は各(n, m)
チューブの第二励起子準位(E22)による光吸収と最
低励起子準位(E11)からの発光の対応関係を示して
いる.
Fig. 1 Schematic of the experimental setups used. Here, CPA:
Chirped-Pulse Amplifier, OPA : Optical Parametric
Amplifier, BPF : Band-Pass Filter, LPF : Long-Pass Filter.
The setup (b) was used solely for the experiment shown in
Fig. 2 (b), and the setup (a) was used for the rest of the
experiments.
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図 3(b)は強励起(1.2 × 1014 photons/cm2)の場合の
蛍光励起マップであり,これは弱励起の場合と大き
く異なり,模様が縦方向に引き伸ばされているよう
に見える.これを違う視点から示すため,図 3(c)お
よび 3(d)に発光波長が 983,1034, 1125 nmにおけ
る図 3(a)および 3(b)の縦軸方向へのスライス(発光
強度の励起スペクトル)を示す.弱励起の場合には,
第二励起子準位にあたるエネルギーで励起した場合
の発光強度が高くなっている.一方,強励起の場合
にはそのような特徴は失われており,励起スペクト
ルが平坦化する(発光強度が励起波長に依存しなく
なる)という特異な結果となっている.なお図 3に
示された変化も励起強度に関して可逆的であり,試
料の永久的変化によるものでない事が確認されてい
る.
続いて,励起強度と発光強度の相関を調べるため
幾つかの励起波長でフルーエンスを変化させ発光ス
ペクトルを測定した.得られたスペクトルを試料に
含まれる SWNT の構造の数のピークを用いて分解
し,それぞれのピークの積分強度のフルーエンス依
存性を調べた.なお,本試料は同一構造の SWNTを
多数含むアンサンブル試料である事を考慮し,分解
に用いるピークにはローレンツ関数 50 % + ガウス
関数 50 %の形状を用いた.図 4(a) – 4(c)に試料を 570
(●),615(■),654 nm(▲)の OPA光で励起し
たときの(6, 5),(7, 5),および(8, 3)チューブからの積
分発光強度のフルーエンス依存性を示す.これから,
共鳴励起条件にある SWNT(570 nm励起における(6,
5),および 654 nm励起における(7, 5)と(8, 3))では
低いフルーエンスから高い発光強度を示すものの,
強度増加の飽和も低いフルーエンスから始まり,い
ずれの場合も高フルーエンス( ~ 1 × 1014
photons/cm2)においては共鳴・非共鳴に依らず同様
な発光強度となっている事がわかる.例外は(7, 5)チ
ューブを 570 nmで励起した場合であるが,(7, 5)チ
ューブではこの波長に第二励起子準位に随伴するフ
ォノンサイドバンドが存在する事が知られており
Fig. 2 Pump-intensity-dependent photoluminescence
spectra measured from (a) the centrifuged
supernatant sample excited with 654 nm OPA pulses,
and (b) the dried iota-carrageenan film sample
excited with 653 nm (FWHM = 10 nm) pulse light
created by the method shown in Fig. 1 (b). The pump
fluence was varied in the order of # 1 to # 7 (see text).
In these panels, relative relationships among the
intensities of different spectra have been retained.
The integers in the parenthesis (n, m) denote chiral
indices of SWNTs.
Fig. 3 (a and b) Photoluminescence excitation maps
obtained by varying excitation pulse energy from 2.30
eV (540 nm) to 1.63 eV (760 nm) at a step of 20 meV,
measured at two different fluences 1.2 × 1012 and 1.2
× 1014 cm-2. In these maps, the order of intensities
represented by the colors is red > yellow > green >
blue. (c and d) The excitation spectra at the emission
wavelengths of 983, 1034, and 1125 nm
corresponding to cases (a) and (b), respectively.
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[18],この場合にはサイドバンドによる共鳴励起が
影響していると考えられる.なお本図中には幾つか
の線が示されているが,これらは次節以降に議論さ
れる.
2.3 実験結果の解釈
図 3(d)の励起スペクトル平坦化および図 4 の発光
強度飽和を引き起こしうる原因として幾つかの可能
性が候補として考えられる[15]が,可能性としては
主に
(1) パルス光による極短時間での励起により励起波
長域において電子・正孔の状態占有が起こり
SWNT の光誘起透過が起きた
(2) パルス励起により SWNTの格子温度が瞬時に高
温に達し,励起子の熱分離(電子-正孔間のクー
ロン束縛の破れ)が起きた
(3) パルス光により多数の励起子が生成された結果,
励起子-励起子消滅によって SWNT 内の励起子
数がこれ以上増加できない状態に達した
が考えられる.(1)が起きているかどうかは励起パル
ス光を用いて試料の吸収スペクトルを調べればよく,
強励起条件(~ 1 × 1014 photons/cm2)でも光吸収スペ
クトルには変化は見られない[14]事からこれは否定
される.(2)については,実験条件と試料が本研究と
類似している時間分解ラマン散乱の研究結果[19]を
基にして,本研究の実験条件ではパルス励起直後の
SWNT格子温度が 400 K 程度である事が見積もられ
る[15].この温度に対応する熱エネルギー(kBT ~ 35
meV)は SWNT における励起子束縛エネルギー(~
300 meV [10])より依然十分小さく,この可能性も
否定される.(3)における「励起子-励起子消滅」(EEA,
Exciton-Exciton Annihilation の略)とは,2個の励起
子が空間的に十分近接した場合に,それらの消滅と
同時に合わせたエネルギーを持つ高エネルギー励起
子が1個生成される過程であり,非発光緩和過程の
一種である.EEA は様々な材料において観測されて
いる現象で [20-24],SWNT においても過去の実験
的研究により報告されている[23].また,SWNT に
おける励起子は格子振動を駆動力として SWNT 上
を拡散運動する事が報告されている[25, 26].
実験で観測された現象は,以下のように(3)の解釈
に基づいて説明される.励起子密度が低く EEA が殆
ど起こらない領域では,発光強度は SWNT の光吸収
量(生成される励起子数)と線形に相関する.しか
し励起子密度が高い領域においては,励起強度を増
加させても励起子の拡散運動とそれに伴う EEA に
よって励起子密度のさらなる増加が妨げられるため,
発光強度は光吸収量とそれを決める励起波長には依
存しなくなる.これは SWNT においては EEA がボ
トルネックとなって到達しうる励起子密度に上限が
存在する事を示している.すなわち励起強度が十分
高い領域では,発光強度は SWNT がどれだけの光を
吸収しうるかではなく,SWNT にどれだけの励起子
数が存在しうるかによって決まることになる.この
ような解釈は図 2 - 図 4 の実験結果をよく説明して
いる.
3 理 論
3.1 拡散律速二体反応の次元依存性
以上に述べた実験結果の解釈は一次元の拡散律
速二体反応問題に相当する.拡散律速二体反応とそ
の次元依存性を記述する理論としては,これまで数
多くの研究が報告されている[27-33].これらの研究
は,典型的には d 次元空間内に t = 0 でランダムに配
Fig. 4 Integrated photoluminescence intensity versus
excitation fluence for (6, 5), (7, 5) and (8, 3) tubes.
Excitation wavelengths were 570 (circles), 615 nm
(squares), and 654 nm (triangles). The error bars
account for ± 5 % uncertainty. The solid and dashed
curves are fitting by Eqs. (7) and (10), respectively.
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置された N0個の粒子 A が t > 0 で拡散運動を行い,
A + A → A(凝集)や A + A → 0 (消滅・不活性化)
の反応を行う場合に,粒子 A の数の時間的変化 N(t)
を解析的に記述しようとするものである.N(t)の挙
動は次元 d に依存し,t が十分大きい場合には
large) : ,2( )( 1tdttN ≥∝
−
(1)
large) : ,1( )( 2/1tdttN =∝
−
(2)
となる事が知られている[28-30].式(2)の - 1/2乗依
存性は,直感的には一次元空間を拡散する粒子の掃
引距離は√t で増大する事から理解できる.このよう
な次元依存性は,根本的には酔歩的な拡散運動を行
う粒子の再帰性の次元による違いに起因するもので
ある[28].
上述の従来研究[27-33]は N(t)の解析的表現を導く
ことを目的としたものであり,本研究の実験結果と
の対比において興味とする励起強度と発光強度との
間の関係を記述するものではなかった.さらに,ご
く少数の例[33]を除き,過去の拡散律速二体反応の
報告では粒子の自発消滅(次節図 5(a)のγtot)に相当
する項が組み込まれたものはなかった.この点が次
節で導入するモデルの必要性・動機となっている.
3.2 本研究の系と導入するモデル
本節では,実験で観測された励起強度と発光強度
との間の非線形な関係を記述・説明し,SWNT に生
成された励起子密度を定量的に見積もるためのモデ
ルを構築する.図 5(a)に励起子のエネルギー準位を
模式的に表す.ここで注目するのは点線で囲まれた
領域,すなわち最低励起子準位(E11)に存在する励
起子数 N である.実験ではまず第二励起子準位(E22,
可視域)付近で時間幅約 250 fs のパルス光により励
起子が生成される.励起の強度を Ipumpで表す.これ
らの励起子は生成後極めて短時間(~ 40 fs)のうち
にエネルギーを格子に放出し E11 準位まで非発光的
に緩和する[34].最近の研究では E22付近から E11ま
での到達確率はほぼ 1であると報告されている[35].
すなわち E22付近で生成された励起子は励起パルス
光の持続時間より短い時間のうちに E11 準位に溜ま
り始める.図 5(a)では系への励起子の流入レートを
Gin [s-1]で表している.E11準位に溜まった励起子はτtot
(≡ γtot-1)の時定数で基底状態(G. S.)へ自発緩和する.
τtot は典型的に 10 - 100 ps 程度であり,これは励起
パルスの持続時間(~ 250 fs)や内部緩和時間(~ 40 fs)
と比べて十分長い.自発緩和には発光緩和(レート:
γr [s-1])と非発光緩和(レート:γnr [s
-1])の二種類が
あり,γr + γnr = γtot = τtot-1の関係がある.E11からの発
光光子数のレートはγr N = η γtot N であり,η (≡ γr /γtot)
は発光緩和の分岐比を表す.観測される発光強度(発
光の光子数)IPLはこれを t = 0 から ∞ に積分したも
のとなる.
系における N が増大すると EEA が起こり始める.
これにより近接した 2個の励起子が消滅し,合わせ
たエネルギーを有する 1個の高エネルギー励起子が
生成される.それが元の E11 準位まで戻ってくる確
率をλ (0 ≤ λ ≤ 1) とすれば,2個の励起子は EEA に
よって期待値としてλ 個になる.以下では一次元空
間上で2個の励起子が交差した場合には必ず EEA
が起こること,および,初期に生成される励起子の
配置はランダムであることを仮定する.
図 5(b)に,長さ L の SWNT に N個の励起子が存
在する時の模式図を示す.本モデルでは励起子によ
る占有率を無次元数ζ ≡ N lx /L (0 ≤ ζ < 1)よって表す.
lx は SWNT において励起子が占有する領域の長さ
(占有長)である.励起子が静的な場合には lxは励
起子のサイズとなるが,実際には励起子は SWNT 上
を拡散運動する[25, 26]ため,lx には自発緩和時間
(τtot)の間に励起子が拡散する平均距離(∝ (Dτtot)1/2,
D : 拡散係数 [cm2/s])を考える.以下では Ipumpと IPL
の関係を導くため lx同士の空間的重なりを考えてゆ
く.図 4 (b)のように N個の励起子がその占有長が互
いに重ならず存在している状況で系にもう一個励起
子を追加するとき,新たに加えられる励起子の占有
長が既に存在する励起子のそれらと重ならない確率
p(N)は
N
x
xx
NlL
l
L
NlNp
−−
−= 11)( (3)
である.一個の励起子が N個の励起子を含む系に追
加された際に増加する励起子数の期待値を<∆N>N
とすると,t = 0 でパルス的に生成された励起子数
N0と自発緩和により発光に寄与する励起子数Nとの
間には dN0 /dN = 1/<∆N>Nの微分方程式が成り立つ.
以下では,励起子の内部緩和は極めて高速(~ 40 fs)
[34]かつ内部緩和での E11への到達確率がほぼ1[35]
であることを考慮し,EEA の結果生成された高エネ
ルギー励起子は 100 %の確率で速やかに元の E11 準
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位まで戻ってくる(λ = 1)と仮定する.この仮定で
は<∆N>N = p(N)となり,上述の微分方程式は
N
xxx
L
Nl
L
l
L
NldN
dN
−−
−
=−1
0
111
1 (4)
となる.
式(4)をζ (= N lx /L)およびψ ≡ N0 lx /L の無次元数を
用いて表す.なお,IPL ∝ N, Ipump ∝ N0であること
から c1および c2を定数として IPL = c1 ζ, Ipump = c2 ψ
の関係が成り立つことになる.ζ とψ を用いると式
(4)は
( ) ( )( )ζ
ζζζ
ψxlL
x
L
ld
d
/
1
111
1
−−−
=−
(5)
と書き換えられる.さらに lx << L を仮定して式(5)
の分母を展開し,lx /L の高次項を落とすと
( )( )
κ
κ
κ
ζ
ζ
κζ
ζ
ψ
−
−−
=
∑∞
=1!
11
1
0
d
d (6)
となり,ζ とψ のみによって表される.分母の級数
は指数関数のテイラー展開であるのでこの部分を指
数関数に書き換え,最後に両辺を 0 からζ で積分し
て
( ) 1Ei1
1Ei
1
−
−=
ζψ
e
(7)
が得られる.ここで Ei は指数積分関数である.式(7)
は IPLと Ipumpをそれぞれに対応する無次元数ζ (= IPL
/c1)およびψ (= Ipump /c2)によって関係付ける無次元方
程式であり,弱励起の極限(ζ → 0)では等式(ζ = ψ)
となる.
3.3 モデルの実験結果との比較
式(7)にはその関数形状を操作するパラメーター
が含まれていない.これは,実験から得られるいか
なる発光強度飽和カーブも式(7)の形状を縦(IPL 方
向)に c1倍,横(Ipump方向)に c2倍引き伸ばしたも
ので表される事を予想している.図 4 に式(7)の実験
結果に対するフィッティングを実線で示す.これら
は実験結果とよい一致を示している.フィッティン
グで用いた線形スケーリング因子 c1 および c2 の物
理的意味であるが,IPL ∝ c1 N,N0 ∝ c2-1 Ipumpである
ことから,c1と c2-1はそれぞれ E11準位における発光
の振動子強度および E22 付近における光吸収の振動
子強度に対応すると考えられる.実際,図 4 のフィ
ッティング解析から得られた c1,c2-1の値は各チュー
ブのE11およびE22準位の振動子強度をよく反映した
ものになっている[15].
このフィッティング解析により Ipump vs. IPLのカー
ブに沿ってζ とψ の値の組が得られるので,lx の値
を具体的に与える事によって n = ζ / lxの関係から自
Fig. 5 (a) Schematic energy diagram of the system
considered. The dotted box enclosing the lowest
excitonic energy level (E11) is the domain of interest
where N excitons are populated. All the symbols are
defined in the text. (b) Schematic description of N = 4
excitons randomly populated over a SWNT with a
length of L. The horizontal arrows (length lx) denote
the average length traversed by an exciton before its
spontaneous decay to G. S. (ground state) in τtot. The
lower is the equivalent of the upper but emphasizes
that the total length of the unoccupied region is L – N
lx, where N vertical thick bars denote the border of the
areas occupied by those excitons. Ends of the SWNT
are assumed to form a cyclic boundary.
Thermal Science & Engineering Vol.18 No.2 (2010)
- 52 - ○C 2010 The Heat Transfer Society of Japan
発緩和に寄与した(EEA を生き延びて発光に寄与し
た)励起子密度 n [cm-1]を見積もることが出来る.さ
らに,n0 = n ζ/ ψ の関係からパルス励起により生成
された初期励起子密度 n0 [cm-1]が見積もられる.最
近の研究[26]により lx の値は,少なくとも本研究の
試料に含まれる SWNT の構造の範囲ではほぼ一定
で,lx ~ 45 nm と報告されている.この値を用いる
と図 4 の最もフルーエンスが高い条件(1.02 × 1014
photons/cm2)について n = 1 - 2 × 105 [cm-1]が見積も
られる.この n の値は,励起子同士が空間的に重な
り始め相互のクーロン遮蔽によって電子-正孔間の
束縛が破られるモット濃度(励起子半径の逆数程度
と仮定すると 5 × 106 cm-1程度)より一桁以上小さい.
この事は,図 2 において強励起条件(~ 1 × 1014
photons/cm2)で発光強度が飽和している場合でも発
光ピーク位置が全くシフトしていないという結果に
説明を与えている.すなわち,飽和領域においても
EEA によって発光に関与した励起子密度が低く保
たれていたためと解釈される.なお,図 4 の最もフ
ルーエンスが高い条件における初期励起子密度 n0
は 1 - 2 × 106 [cm-1]程度と見積もられ,n0の約 90 %
が EEA によって緩和した事が推測される.
3.4 モンテ・カルロシミュレーションとの比較
本モデルの妥当性を検証するため,以下のような
モンテ・カルロシミュレーションを行った.まず初
期状態として一次元の線上に密度 n0 [cm-1]の励起子
をランダムに配置する.励起子は大きさを持たない
点とする.t > 0 で各励起子は時間ステップ dt毎に確
率分布 ū (0, l02)に従う距離をランダム移動する.こ
こで ū(x0, σ2)は中心 x0,偏差σの正規分布を表し,l0 ≡
(D dt)1/2とする.2個の励起子が線上で交差した場合
には直ちに EEA(A + A → A)が起きる.これと並
行して各励起子は時間ステップ dt毎に γtot dt の確率
で基底状態へ自発緩和してゆく.t → ∞の間に自発
緩和した励起子の総数を記録し,密度に直して n
[cm-1]とする.この計算を様々な n0 について行い,
対応する n の値を調べてゆく.
図 6 にモデルの解(式(7))とモンテ・カルロシミ
ュレーションの結果を比較する.横軸が n0,縦軸が
n を表す.モデルにおける lx の値の選択は,過去の
実験的報告[26]に基づき lx = 45 nm としている.シミ
ュレーションにおける D とτtot の値には,同じ文献
に基づいて D = 0.42 cm2/s,τtot = 100 ps を用いた.(こ
の D の値は実験から得られた lx = 45 nm に対してτtot
= 100 ps を仮定し得られたものである[26].)すなわ
ち図 6 の比較は定量的な比較である.両者は良い一
致を示し,式(7)の定量的妥当性が確認された.
3.5 従来のレート方程式から導かれる解との比較
従来,EEA の挙動を解析あるいは表現する際に
2
EEAtotin)()()( tNtNtG
dt
dNγγ −−= (8)
の形の EEA レート方程式が物質の種類や次元に依
らず広く用いられている[20-24].右辺の項は,左か
ら順番に励起子が系に入ってくるレート,励起子が
自発緩和によって系外(基底状態)へ出てゆくレー
ト,および EEA によって系外へ出てゆくレートを表
す.γEEA は EEA のレート [s-1]を表す.式(8)の N(t)
は時間 t における系全体の励起数を表す.すなわち
この式では各時間において励起子の密度は空間的に
均一と仮定しており,密度の空間的揺らぎを引き起
こしうる励起子のダイナミクスについては考慮して
いない.式(8)の要点はこのような平均的な N を用い
て EEA のレートが N2に比例すると仮定している点
であり,これは平均場近似(mean-field assumption)
と呼ばれる[29, 30].この近似が成立するためには平
均密度 N/L がその空間的揺らぎより十分大きい事
が必要があるが,一次元における拡散律速二体反応
では時間進展と共に密度の揺らぎが増大する性質が
あるため,この近似は一次元では正しい解を与えな
Fig. 6 Comparison between the saturation behavior
predicted by Eq. (7) (solid curve) and the result
obtained by a Monte Carlo simulation of the EEA
process (circles). The abscissa denotes the density of
initially created excitons, while the ordinate
corresponds to the resultant density. The range of n0 in
Fig. 4 is n0 ≤ 2 × 106 cm-1.
Thermal Science & Engineering Vol.18 No.2 (2010)
- 53 - ○C 2010 The Heat Transfer Society of Japan
い事が知られている[28-30].(式(8)を自発緩和項を
落として解くと N ∝ t-1 の時間依存性が得られる.こ
れは式(1)の挙動であり,式(8)が二次元以下では妥当
でない事を示している.)しかしながら,実際には式
(8)は SWNT やπ共役ポリマーなどの一次元物質に
対しても利用されてきている[22-24].本節では,頻
用される式(8)が本研究の観測結果を説明しうるの
かどうか検証する.
実験条件に合わせるため,式(8)を t = 0 で N0個の
励起子が生成される初期条件(Gin (t) = δ (N0),δ : デ
ルタ関数)で解くと
( ) tot
EEA
tot
0
,
exp1
1)(
γ
γ
γ
≡Γ
Γ−
Γ+
=
tN
tN (9)
となる.測定される発光強度は SWNT から放出され
る全光子数であるから,式(9)に発光の分岐比η = γr
/γtotをかけて t = 0 → ∞で積分すると
Γ+−
Γ−==
−
∞
∫1
00
totPL
111ln)(
NdttNI
ηγη (10)
が得られる.式(10)はΓをパラメーターとして N0(励
起強度に比例)と IPLの関係を与えている.
図 4 の破線は式(10)を実験結果に対してフィッテ
ィングした結果である.非共鳴励起の条件で発光強
度があまり飽和していない領域ではよくフィット出
来ている一方,共鳴励起で EEA が顕著となる領域で
は逸脱が見られる.式(10)は,その対数関数の形か
らも明らかなように N0 に対して単調増加する挙動
を示し,実験およびモンテ・カルロシミュレーショ
ンで観察された励起子密度(或いは IPL)の上限の存
在を正しく記述できていない.これは一次元材料で
ある SWNT における EEA に近似式(8)を用いる事の
不適切を示している.
4 展 望
本研究で得られた知見の一つは,SWNT では EEA
がボトルネックとなり到達しうる励起子密度に上限
が存在するという事である.本節ではこの事が
SWNTの応用にどのような影響を及ぼすのかについ
て考察し,応用への展望を試みる.
4.1 レーザー応用に関して
高い励起子密度が要される応用としてレーザー
が挙げられる.レーザー発振のためには反転分布を
形成しうるだけの高密度な励起子を生成する必要が
ある.このような試みは最近 IBM Watson Research
Center のグループによって行われた[12].彼らは 1
本の孤立した SWNT を,微細加工技術を用いてその
最低励起子エネルギーの半波長分に相当する大きさ
のキャビティで囲み,電流によるキャリア注入によ
りレーザー発振を試みた.彼らは励起子発光のピー
ク半値幅の減少を観測し,これは誘導放出の証拠と
解釈されるものの,レーザー発振には至らなかった.
その原因に関して,彼らは SWNT における励起子-
励起子消滅(および本研究で見出された励起子密度
上限の存在)を今後さらに検討すべき問題可能性と
結論している[12].
発光緩和に寄与する励起子密度を上げるためは lx
(∝ (D τtot)1/2)を小さくする事が考えられる.これ
には D を減らす,およびγtot(正確にはγr)を増やす,
という二通りの方法が存在する.D を減らすために
は励起子と相互作用するフォノンの数を減らす必要
があり,そのためには試料の冷却が必要である.し
かしこれは SWNT における励起子の「室温でも安定
に存在できる」という優位性を放棄する事になり,
何より低温環境が必要となれば応用における利便性
が著しく損なわれるであろう.一方,γr を利便性を
損なうことなく向上させるためには発光の分岐比η
を高める事が考えられる.η は SWNT の周囲環境お
よび欠陥の多寡に左右され,以前にはこれは 0.01 程
度かそれ以下と考えられていたが,最近では SWNT
を包み込む分子の選択によりη ~ 0.2 といった値も
報告され始めている[36].レーザー応用を目指す研
究は端緒についたばかりであり,試料開発も含めた
さらなる研究進展が期待されている.
4.2 太陽電池応用に関して
続いて近い将来に開発が期待される SWNT を用
いた太陽電池について考察する.(太陽電池そのも
のを述べる事は本論文の目的外なので,ここでは存
在を前提する.)タンデム型などのいわゆる高性能太
陽電池では,その製造コストからしばしば太陽光を
集光して用いることが想定される.SWNT を用いた
太陽電池についても集光型として用いられる可能性
があることから,以下では励起子密度上限の存在が
集光型太陽電池への応用可能性に及ぼす影響につい
Thermal Science & Engineering Vol.18 No.2 (2010)
- 54 -
て考える.
地表面における太陽光エネルギー密度の値とし
て 0.1 W/cm2(1 sun)がしばしば用いられる.SWNT
は紫外から近赤外の光を吸収するが,光子数の概算
値を得るため,ここでは波長 800 nm を仮定する.
(これは SWNT が吸収しうる波長領域において光
子数を多めに見積もる事に対応する.)これから 1
sun の光子数密度として 4 × 1017 [photons/cm2 s]が得
られる.本研究では 1 × 1014 [photons/cm2]のフルーエ
ンスに対して初期励起子密度 n0 ~ 1 × 106 [cm-1]が見
積もられた(3.3節).このフルーエンスは発光強度
の飽和領域に対応するものであるが,この領域でも
試料の光吸収スペクトル(光吸収係数)は弱励起の
場合と変わらない[14]事から,フルーエンスと n0 と
の間には励起の強弱に依らず一定の比例関係が成り
立つ.これによると 4 × 1017 [photons/cm2 s]の入射光
子密度は,本研究で用いた試料においては 4 × 109
[cm-1 s-1]の励起子生成レートに対応する.励起子の
自発緩和の時定数τtotを 100 ps とすると,この時間内
に生成される単位長さあたりの励起子数は 4 × 10-1
[cm-1]となり,仮に太陽光を 1000倍に集光したとし
ても 4 × 102 [cm-1]である.これは,τtotの間に生成さ
れる励起子はせいぜい長さ 25 µm に1個程度であり,
励起子の拡散長(lx ~ 50 nm)には遠く及ばない事を
意味する.すなわち 1000 sun の集光型太陽電池の場
合でも EEA による励起子の非発光緩和は問題にな
らないと推定される.むしろ,SWNT を集光型太陽
電池に用いる場合には,温度上昇の方が問題を引き
起こす可能性に繋がり得る要因として検討されるべ
きであろう.
5 結 言
本解説論文では単層カーボンナノチューブ
(SWNT)の光励起に対する非線形な発光特性とそ
の原因を与えると考えられる高密度励起子の挙動に
ついて報告した.パルス光を用いて試料励起を行っ
た実験から,励起強度(Ipump)の増大とともに発光
強度(IPL)が SWNT の構造毎にそれぞれの上限値へ
と収束してゆき,強励起においては発光スペクトル
の形状および強度が励起波長に非依存となる特異性
を見出した.このような観察は,SWNT内における
励起子の拡散運動とそれに伴う励起子-励起子消滅
(EEA)によって説明された.
実験において観測された Ipump と IPL との間の非線
形な関係を記述・説明し, SWNT に生成された励
起子密度を定量的に見積もるためのモデルを構築し
た.導かれた解は実験で観測された Ipump vs. IPLの挙
動とよく一致した.また,モンテ・カルロシミュレ
ーションとの一致によりその妥当性が裏付けられた.
さらに,平均場近似に基づく従来の EEA レート方程
式から導かれた解との比較を行い,その SWNT への
適用が不適切であることを示した.
最後に,見出された励起子密度上限の存在が応用
に及ぼす影響について考察した.レーザー応用に関
しては,この事が反転分布を形成するための障害と
なっている可能性があり,その解決には試料開発も
含めたさらなる研究が必要と考えられる.SWNT を
太陽電池に応用しそれを集光型として用いる場合に
は,この事は特に問題にはならないと推定された.
いずれの場合にも SWNT の光学特性は電子と正孔
が対になった励起子により支配されることに変わり
はなく,応用実現に向けて今後さらにその理解を深
めてゆく必要があると考えられる.
謝辞
ライス大学における研究遂行に関し,大久保達也,
丸山茂夫両教授から多大なご支援を頂いた.ここに
謝意を表す.
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