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連載 第13回 実践 ノンテクニカルスキルの 院内教育 研修に使える資料をWebに掲載中! 今回のお役立ちアイテムは,「マネジメントとリーダーシップ」 のビジュアルスライドブックです。特に院内教育など組織学習で も利用し,即実践していってください。 スライド 「マネジメントとリーダーシップ」の ビジュアルスライドブック (PDF) ※ダウンロードの手順はP.2参照 http://www.nissoken.com/ps/ ダウンロードしてご利用ください。 前回(本誌Vol.3,No.1)までは,思考技術や伝達技術,議論技術を 学んできました。しかし,これらの技術だけでは人も組織も動きません。 人や組織を動かし,実際に良質な医療を提供することにこそ価値がある中 で,どうやってそれを実現していくのでしょうか。今回は,マネジメント とリーダーシップの側面から考えていきます。まずは,医療において一般 的に認識されているマネジメントとリーダーシップの誤解を解くところか ら始めていきましょう。 マネジメントの誤解 マネジメントはビジネスの手法であって,医療には必要ない マネジメントと聞くと,どうしてもビジネスのイメージが強いですが, 実はとらえ方を変えるだけでその本質的な意味を理解することができま す。マネジメントの本質を一言で言うと,「人や組織を主体的に動かし, よりよい価値を提供すること」です。そうすると,よりよい商品やサービ スという価値を提供するためにビジネスでマネジメントが使われるよう に,よりよい医療行為という価値を提供するために医療でマネジメントを 使う必要性が見えてきます。 マネジメントは役職者だけに必要な技術である 役職者には当然,マネジメントを行う責任と権限があります。しかし, それは決して役職者だけの専売特許ではありません。「ボスマネジメント (上司のマネジメント)」という言葉がありますが,逆に職位の低い人が高 い人をうまくマネジメントしながら,自らの目的を達成していくという考 え方もあります。 リーダーシップの誤解 リーダーは特別な人だけがなれる リーダーというと,カリスマ性を持った特別な人のようなイメージがあ ります。しかし,リーダーとは本来,一人でもフォロワー(リーダーにつ いてくる人)がいる人のことを意味するため,誰もがリーダーになること ができます。 マネジメントの誤解 リーダーシップの誤解 メディカルアートディレクター 佐藤和弘 医療教育団体 MEDIPRO! 創業者/代表 一般社団法人 LINK 共同創設者/元理事 Kazuhiro_SATO 臨床工学技士として複数の医療機 関で約10年間,透析医療に従事。 患者さんとかかわる中でテクニカ ルスキル以外にも医療に必要なス キルがあることを実感し,グロービ ス経営大学院に進学,MBAを取 得。そこで出会った経営学やケース メソッドなどのノンテクニカルスキ ル教育に感銘を受け,当時従事し ていた医療機関で事故対策委員長 としてノンテクニカルスキル教育を 導入し,医療安全の質の向上に貢 献。その実感から,非営利医療教 育団体MEDIPRO!を創業,代表に 就任し,ノンテクニカルスキルの普 及に努める。これまで,院内研修や スクールなどを通じて約3,900人の 医療者にノンテクニカルスキル教 育を提供。 病院安全教育 Vol.3 No.2 95

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Page 1: New ノンテクニカルスキルの データ 院内教育 … · 2019. 2. 15. · キルがあることを実感し,グロービ ス経営大学院に進学,mbaを取 得。そこで出会った経営学やケース

連載 第13回

実践!ノンテクニカルスキルの

院内教育

研修に使える資料をWebに掲載中!

今回のお役立ちアイテムは,「マネジメントとリーダーシップ」のビジュアルスライドブックです。特に院内教育など組織学習で

も利用し,即実践していってください。

スライドデータ

「マネジメントとリーダーシップ」のビジュアルスライドブック(PDF)

※ダウンロードの手順はP.2参照

http://www.nissoken.com/ps/ダウンロードしてご利用ください。

 前回(本誌Vol.3,No.1)までは,思考技術や伝達技術,議論技術を

学んできました。しかし,これらの技術だけでは人も組織も動きません。

人や組織を動かし,実際に良質な医療を提供することにこそ価値がある中

で,どうやってそれを実現していくのでしょうか。今回は,マネジメント

とリーダーシップの側面から考えていきます。まずは,医療において一般

的に認識されているマネジメントとリーダーシップの誤解を解くところか

ら始めていきましょう。

マネジメントの誤解●マネジメントはビジネスの手法であって,医療には必要ない マネジメントと聞くと,どうしてもビジネスのイメージが強いですが,

実はとらえ方を変えるだけでその本質的な意味を理解することができま

す。マネジメントの本質を一言で言うと,「人や組織を主体的に動かし,

よりよい価値を提供すること」です。そうすると,よりよい商品やサービ

スという価値を提供するためにビジネスでマネジメントが使われるよう

に,よりよい医療行為という価値を提供するために医療でマネジメントを

使う必要性が見えてきます。

●マネジメントは役職者だけに必要な技術である 役職者には当然,マネジメントを行う責任と権限があります。しかし,

それは決して役職者だけの専売特許ではありません。「ボスマネジメント

(上司のマネジメント)」という言葉がありますが,逆に職位の低い人が高

い人をうまくマネジメントしながら,自らの目的を達成していくという考

え方もあります。

リーダーシップの誤解●リーダーは特別な人だけがなれる リーダーというと,カリスマ性を持った特別な人のようなイメージがあ

ります。しかし,リーダーとは本来,一人でもフォロワー(リーダーにつ

いてくる人)がいる人のことを意味するため,誰もがリーダーになること

ができます。

マネジメントの誤解

リーダーシップの誤解

メディカルアートディレクター

佐藤和弘医療教育団体MEDIPRO! 創業者/代表一般社団法人LINK 共同創設者/元理事Kazuhiro_SATO̶̶̶̶̶̶臨床工学技士として複数の医療機関で約10年間,透析医療に従事。患者さんとかかわる中でテクニカルスキル以外にも医療に必要なスキルがあることを実感し,グロービス経営大学院に進学,MBAを取得。そこで出会った経営学やケースメソッドなどのノンテクニカルスキル教育に感銘を受け,当時従事していた医療機関で事故対策委員長としてノンテクニカルスキル教育を導入し,医療安全の質の向上に貢献。その実感から,非営利医療教育団体MEDIPRO!を創業,代表に就任し,ノンテクニカルスキルの普及に努める。これまで,院内研修やスクールなどを通じて約3,900人の医療者にノンテクニカルスキル教育を提供。

医療現場に必要な

マネジメントと

リーダーシップ

病院安全教育 Vol.3 No.2 95

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●リーダーシップを精神論のみで語る リーダーシップに「想い」はもちろん大切

です。ビジョンやミッションを描きながら,強

い想いで人や組織を動かしていく力は,リー

ダーに必要不可欠であることは言うまでもあ

りません。しかし,リーダーには同時に,合

理的な判断や意思決定を正しく行うための技術

も必要です。したがって,リーダーシップを

「技術論」としてとらえていくことも重要です。

マネジメントとリーダーシップの違い 一般的に,マネジメントとリーダーシップ

は同じように語られることが多いですが,両

者は明確に異なります。最もシンプルなの

は,マネジメントは「ルールを守る(Keep

the rule)」,対してリーダーシップは「ルー

ルをつくる(Make a rule)」と理解すること

です(図1)。

 人や組織を主体的に動かすにはルールを守

らせなければなりませんが,環境や状況が変

わればそのルール自体を新しくつくり変えな

ければなりません。したがって,マネジメン

トとリーダーシップはどちらが優れていると

いうことではなく,いつどのように「使い分

けるか」が大切になります。それでは,それ

ぞれを詳しく見ていくことにしましょう。

マネジメントの目的は人を動機づけること まず,マネジメントの目的を押さえておき

ます。マネジメントには実にさまざまな手法

がありますが,すべてに共通する目的は「人

を動機づけること」です。先ほどの「ルール

を守る」というのも,人を動機づけるための

手段にすぎません。

 一方で,マネジメントが難しいのは,ス

タッフによってさまざまな「働く価値観」が

あり,実際の動機は十人十色であるためで

す。したがって現実には,スタッフ一人ひと

りにとっての動機を掴み取り,それに応じた

マネジメントを提供していくことが,あるべ

き姿になります。

内発的動機づけと3つの要素 そのようなマネジメントを考える上で押さ

えておく必要があるのが,動機づけには2種

類あるということです。それは,「外発的動

機づけ」と「内発的動機づけ」です(図2)。

 外発的動機づけをシンプルに表現すると,

「アメ(金銭的報酬)とムチ(罰則)」で人を

動かそうとする営みです。これは,比較的単

純な問題解決を行う際に有効だと言われてい

ます。他方の内発的動機づけは,「ワクワク

とかやりがい」を高めることによって人を動

かそうとする営みです。これは,比較的複雑

な問題解決を行う際に有効だと言われていま

す。皆さんお気づきのように,医療という複

雑な問題解決を要求される環境においては,

いかに内発的動機づけを行っていくかが重要

なポイントとなります。

 では,内発的動機づけを行う際には,具体

的に何をすればよいのでしょうか? それ

は,図3の3つの要素を押さえ,それに基づ

マネジメントとリーダーシップの違い

マネジメントの目的は人を動機づけること

内発的動機づけと3つの要素

リーダーシップ

図1 マネジメントとリーダーシップ

ルールをつくるMake a rule

ルールを守るKeep the rule

マネジメント

図2 2つの動機づけ

動機づけ

外発的動機づけ 内発的動機づけ

病院安全教育 Vol.3 No.296

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いて働きかけていくことです。これら

3つの要素は,普段から皆さん自身の

動機づけにも大きく影響しているので

はないでしょうか? 人は誰でも,何

のためにやっているのかが明確で(目

的),それを基に自分自身の意志で業

務をし(自律性),それを通じて自己

成長している(成長)時に,ワクワク

してやりがいを実感すると思います。

これを実現するのが,まさに内発的動機づけ

を前提としたマネジメントであり,人が主体

的に動く源泉となるのです。

目的・自律性・成長はスモールウィンと必ず結びつける 筆者は,院内研修で「スモールウィン」と

いう言葉をよく使います。スモールウィンと

は「小さな成功」という意味で,自分のやっ

たことが誰かの役に立った,うまくいったと

いう実感のことです。マネジメントする側と

しては,これを「意図的」に演出し,つくり

出し,見える化することが非常に重要になり

ます。したがって,目的に結びついているこ

と,自律的に行動できていること,そして成

長していることを,しっかり具体的な実践事

例を基に,当事者を含めたスタッフと共有す

ることによって,スモールウィンを実感できる

ようにマネジメントしてみてください(図4)。

 スモールウィンを実感させるのは,実はと

てもシンプルです。それは「褒める」ことで

す。こう言うととても当たり前に感じてしま

うと思いますが,多くのマネジャーや経営者

は,褒めるという行為をかなり真面目にとら

え,考えています。人は誰でも褒められれば

嬉しいし,自分のやったことに対して賞賛し

てくれれば,もっと頑張ろうと思います。そ

れほど効果があることにもかかわらず,業務

の忙しさや面と向かって言う恥ずかしさのあ

まり,普段からスタッフを褒めるということ

がなかなかできないと思います。だからこ

そ,褒めるマネジメントを,粛々と実践して

いってもらいたいと思います。

リーダーシップを全体像としてとらえる 次は,リーダーシップについて考えていき

ます。リーダーシップは,最も多く研究され

ているのに,最もよく分からない領域だと言

われます。ただ,これまで提唱されてきた

リーダーシップの理論を全体像としてとらえ

ることで,いくつか分かってくることがあり

ます(図5)。

 1つ目は「自分」の視点。例えば,リーダー

目的・自律性・成長はスモールウィンと必ず結びつける

リーダーシップを全体像としてとらえる

図3 内発的動機づけの3つの要素

Mastery

成長

Autonomy

自律性

内発的動機づけ

Purpose

目的

図4 スモールウィンをつくる

スモールウィン目的・自律性・成長

結びつける

図5 リーダーシップを全体像としてとらえる

条件適合理論

自分 他者

特性理論 行動理論

交換・交流理論

倫理観に基づく理論

病院安全教育 Vol.3 No.2 97

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本人の資質を明確にしようとする「特性理

論」や,行動に着目する「行動理論」がこれ

に当たります。2つ目は「他者」の視点。サー

バントリーダーシップ(他者に奉仕するリー

ダーシップ)に代表されるような「倫理観に

基づく理論」がこれに当たります。3つ目は

「自分と他者の両方」の視点。自分(リー

ダー)からの一方的な働きかけでなく,リー

ダーと他者(フォロワー)の関係性による影

響を考えていく「交換・交流理論」がこれに

当たります。そして4つ目は「自分と他者を

取り巻く環境」の視点。環境条件によって適

したリーダー像は変わるといった「条件適合

理論」がこれに当たります。

リーダーシップの全体像から見えてくるリーダーに必要な3つの技術 リーダーシップを「技術論」として考える

と,上記の視点からリーダーに必要な3つの

具体的な技術が浮かび上がってきます。

●問題解決技術 自分と他者を取り巻く環境がどのようなも

のなのか,それがこれまでどうで,これから

どう変わっていくのかといった状況分析力。

そして,そこから見えてくる問題を特定する

問題発見力。特定された問題を分析して打ち

手(対策)を導き出す問題解決力(連載第6

回参照)。

●コミュニケーション技術 他者が主体的に動くために必要な情報は何

か,それはどこにあるのかを判

断する情報収集力。その情報

は,他者にとってどんな価値や

意味があるのかを判断する情報

分析力。その情報を分かりやす

く他者に伝える情報伝達力。他

者の納得感を生み出し腹落ちさ

せる説得力(連載第9回,10回参照)。

●ファシリテーション技術 環境や状況に応じて,何を考え議論し意思

決定しなければならないのかといった,ある

べき論点を考える論点思考力。他者が何を考

えどのような意見を持っているのかを,質問

を通じて引き出しとらえていく問いかける

力。あるべき論点と他者の考えをすり合わ

せ,到達すべき場所へ連れていく意思決定力

(連載第11回,12回参照)。

 これらを見てみると,リーダーシップには

ノンテクニカルスキルのあらゆる技術が総合

的に必要になってくることが分かります。

リーダーシップとチーム リーダーシップとは何かを深く考える上で

は,チームについての理解が不可欠です。実

は,リーダーシップとチームは切っても切れ

ない関係にあります。チーム医療やチーム連

携といった言葉が医療現場でもあふれていま

すが,そもそもチームとは何なのでしょう

か。それをシンプルに表現したものが図6に

なります。

 チームを構成する要素は3つあります。そ

れはイシュー(今,考え解決すべき問題),

リーダー,そしてフォロワーです。まず,

チームはイシューから始まります。そして,

イシューを解決するためにスタッフが集まっ

てきますが,そのスタッフの中で最もイ

シューの解決に適した人物がリーダーとな

リーダーシップの全体像から見えてくるリーダーに必要な3つの技術

リーダーシップとチーム

図6 チームとは

フォロワーリーダー

フォロワーフォロワー

フォロワーフォロワー イシューA

フォロワーフォロワー

リーダーフォロワー

フォロワーフォロワー イシューB

病院安全教育 Vol.3 No.298

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り,その他がフォロワーになる。そうして

チームが生まれ,イシューが解決すれば解散

します。

リーダーとフォロワーの「対等性」というリアリズムに向き合う ここにはいくつかポイントがあります。一

つは,リーダーやフォロワーになるのに職種

や職位は関係ないこと。もう一つは,イ

シューが変わればリーダーやフォロワーも変

わるということです。さらに,チーム医療や

チーム連携を,べき論ではなく真に実現する

ために最も重要なことがあります。それが

「対等性」です。チームには上下関係はあり

ません。リーダーやフォロワーは上下関係で

はなく,イシューを解決するための役割の違

いにすぎません。したがって,どんな職種や

職位の人たちが集まってきても,チームをつ

くる際には対等の関係性を生み出さなければ

なりません。そしてここに,現実の問題とし

ての難しさがあります。

 職種や職位のヒエラルキーがある中で,本

当に対等性を実現できるのでしょうか? 職

種や職位のヒエラルキーが高い人がリーダー

になった時,フォロワーは本当に,対等にそ

のリーダーと接し,考え,意見を伝え,議論

していけるのでしょうか? このリアリズム

から逃げず,向き合うことでしか,真のチー

ムの実現はありません。

参考文献&ポイント学習ガイド・グロービス:チーム思考,東洋経済新報社,2012.・ダニエル・ピンク:モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか,講談社,2010.

・グロービス経営大学院:【新版】グロービスMBAリーダーシップ,ダイヤモンド社,2014.

・佐藤和弘:はじめてのノンテクニカルスキル 図解シンプルな思考・伝達・議論・交渉・管理・教育の技術60,日総研出版,2014.

〈参考Webサイト〉MEDIPRO!:http://www.medi-pro.org佐藤和弘 SlideShare:http://www.slideshare.net/satokazuhiro1980

〈院内研修などの問い合わせ〉k.sato@medi-pro.org

リーダーとフォロワーの「対等性」というリアリズムに向き合う

今回のポイント

123

56

マネジメントは「ルールを守る」,リーダーシップは「ルールをつくる」

マネジメントの目的は「人を動機づける」こと

内発的動機づけを行いながら,スモールウィンをつくる

リーダーシップには「問題解決技術」「コミュニケーション技術」「ファシリテーション技術」が必要

リーダーシップとチームは切っても切れない関係

「対等性」の実現から逃げず,向き合う

病院安全教育 Vol.3 No.2 99