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Title 東南アジアの言語政策 その五 タイ王国

Author(s) 藤田, 剛正

Citation 東南アジア研究年報, (30), pp.81-104; 1988

Issue Date 1988

URL http://hdl.handle.net/10069/26519

Right

NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE

http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp

東南アジアの言語政策         その五 タイ王国

                       藤  田 剛

 《目   次》

§1 タイ王国の民族・社会・言語

(1)タイ語一標準語と方言

(2)少数民族諸語

(3)中国語諸方言

(4)外国語

§2 タイ王国の言語政策

(1)国語・公用語

(2)外国語の扱い

(3)少数民族語の扱い

§3 タイ王国の教育における言語政策

(1)タイ王国の教育政策

(2)教育制度における諸言語の役割

 (a)国語教育

 (b)外国語教育

(3)タイ王国の初等教育における言語教育

  a.タイ語

  b.英 語

(4)タイ王国の前期中等教育に捌る言語教育

  a.タイ語

  b.英 語

  c.フランス語

(5)タイ王国の後期中等教育における言語教育

  a.タイ語

  b.英 語

  c.フランス語

  d.ドイツ語,日本語,現代アラぜア語

81

82

  e.パーリ語

(6)タイ王国の高等教育における言語教育

  a.タイ語

  b.外国語

  (イ)英 語

  (ロ)英語以外の外国語

  の 古典語

(7)タイ王国の言語科教員養成

 a.教員養成大学における言語カリキュラム

  (イ)タイ語

  (ロ)英 語

  b.現職教育

§4 タイ王国の言語政策執行機関

(1)文部省

(2)大学省

(3)郵政省

§5 結論一総括と展望

§1 タイ王国の民族・社会・言語

(1)タイ語一標準語と方言

 東南アジア諸国は一般に多人種国家である。タイ王国(Kingdom of Thailand,タイの公

式国名,但し,今後は通例の呼称にならい,簡略に,タイ,Thailand,とする)とて例外

ではない。ただ,タイの場合,国民の中心を成しているタイ族(Thai)が,全人口の大多数

を占めているために,隣国のビルマやマレーシアにみられるような深刻な民族問題は起って

いない。タイ内務省の発表によると,1981年末の総人口は4,787万5,002人で,その中に占め

るタイ族の割合は94%である。これはタイが国籍について出生地主義をとっていることの反

映である。人種的にみれば,おおよそタイ族が80%,華人系が10%,マレー族,クメール族,

                                       1モソ族,それに少数山岳諸民族を合わせて10%という比率が妥当なところと推定される。

 民族と不可分な関係にある言語の観点からみると,先ずタイ民族の言語であるタイ語は4

大方言地域に分けられる。中央部,北東部,南部,及び北部である。それぞれの方言話者数

について正確なところは解っていない。しかし,これを1981年の人口統計でみると,概数に

おいて,中央部2,070万人,北東部1,640万人,南部590万人,北部485万人である。タイの総

人口は4,787万人であるから,これらの数字からバンコク市を中心とする中央部に住む人々,

即ち2,070万人は人口の過半数に達しない。即ち,中央部タイ語話者が全タイ語話者の半数

にも達していないことがわかる。初等義務教育を受けているタイ人にとって方言間の意思疎

東南アジアの言語政策                     ・                 83

通は一般に可能と考えられている。

 以上に述べた主要方言地域にはいくつかのタイ語系方言が含まれている。これを表で示す

         2と次めようになる。

    表1

     タイ語の方言

(a)国 語

  タイ中央部方言

(b)タイ語族方言

  北東部方言

  南部方言

  北部方言

  ルー語(Lue)

  プアン語(Phuan)

  プー・タイ語(Phu Thai)

  サエク語(Saek)

  ヨー語(Yo)

  ヨーイ語(Yooi)

 話者数

2,070万人

     1,640万人

     590万人

     485万人

 69,000~75,000人

 29,000~35,000人

81,000~1,160,000人

  2,950~3,100人

 17,000~23,000人

  2,900~3,500人

 タイ中央部方言がタイ王国における唯一の公認言語であって,過去500年間にわたってタ

               ヨイにおける広域共通語であった。現代においてはタイ国民各層の主要な意思疎通媒体となっ

ている。新聞・単行本,ラジオ,テレビ,政府公報には全土にわたり中央部タイ語方言が使

用されている。

(2)少数民族語

                            4 次に,少数民族語とその話者数は次のようになっている。

    表2

    少数民族語

(a)モン・クメール族諸語(Mon-Khmer)

  ブラ牙語(Brao)

  チャオボソ語(Chaobon)

  チョソグ語(Chong)

  クメール語(Khmer)

  クム語(Khmu)

  クイ語(Kui)

  ラワ語(Lawa)

  モソ語(Mon)

    ?

 2,300人

 5,800人

289,500人

 4,831人

204,300人

11,400人

69,500人

84

  セマン語(Semang)

  ソー語(So)

  ティソ語(Thin)

  ムラブリ語(Mrabri)

(b)チベット・ビルマ族諸語(Tibeto-Bumlan)

  アクハ語(A㎞a)

  カレン語(Karens)

  ラフ語(Lahu)

  リス語(Risu)

  ムピ語(Mpi)

(c)マレー・ポリネシア族諸語(Malayo-Polynesian)

  マレー語(Malays)

  モケソ語(Moken)

(d)メオ・ヤオ族諸語(Miao-Yao)

  精読語(Meo)

  ヤオ語(Yao)

 2,000~2,300人

23,000~30,000人

   27,200人

   58~590人

11,820人

202,400人

19,700人

12,900人

 1,450人

930,150人

 2,660人

33,270人

24,330人

(3)中国諸方言

 次にタイにおける華人についてはタイ人との混血や現地化が進み,タイ国民の号までに何

らかの華人の血が混入しているといわれている。タイ政府は国籍について出生地主義(属地

主義)をとっているので,政府発表の華人数は極端に少なく,数十万人の域を越えたことは

ない。しかし,同じタイ国の華人数を属人主義をとる台湾政府はいつも,その十倍近いとこ

ろで発表している。そこで次の表の中国諸方言話者数については数百万人,人口の約一割と

               5みておくのも一つの見方であろう。

  表3

  中国語諸方言

雲 南 語

客 家 語

広 東.語   話者450万人

福 建 語

海 南 語

(4)外国語

 パーリ語(Pali)とサンスクリット語(Sanskrit)の古典語を除けば,タイの公教育で長期

間にわたって学習されてきた外国語は英語とフランス語である。なかでも英語が優勢である。

現在タイ国で教えられている外国語には次のようなものがある。

東南アジアの言語政策

  古典語

 パーリ語(Pali)

 アラビヤ語(Arabic)

 サンスクリット語(Sanskrit)

 クメール語(Khmer)

モソ語,(Mon)

85

  現代語

 英語(English)

 中国語(Chinese, Mandarin)

 フランス語(French)

 日本語(Japanese)

 ドイツ語(German)

 スペイン語(Spanish)

 イタリア語(Italian)

 ロシア語(Russian)

 現代アラビヤ語(Modem Arabic)

上記は学習者の多い順に並べてある。日本語は3位に位置するようになったことが注目され

る。

                           6 タイ国における重要な言語をまとめると次表となる。

表4

タイ国における重要言語

言     三五ロ        ロロ

機      能 地   位

タ イ 標 準 語 一外国人子弟のための学校を除く全公立,私立学校に 国      語(Standard Thai) おける教育用語 公   用   語

一ラジオ,テレビ,新聞等マス・メディアの言語

タ イ 中 国 語 一中国系タイ人(華僑)社会の共通語 都市部における重要

(Tae Chiu) 一産業界・財界の用語 な少数民族語ラ フ 語(Lahu) 一北方山岳民族間の共通語 山岳諸民族の第二言語

パーリ語(Pali)

ア ラ ビ ア 語 一宗教学校の授業科目 宗   教   語

(Arabic) 一宗教儀式用語

一宗教教典の言語

パタニ・マレー語 一タイ南端地域:パタニ,サトン,ヤラ,及びナラテ マレー系タイ人社会

(Pattani Malay) イワトにおける大きな少数民族集団内の家庭言語 の   母   語

英      語 一国外との意思伝達媒体,国内外資企業社会内の意思

伝達媒体 学校教育における中

一高等教育における科学・技術用語 心的外国語授業科目

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§2 タイ王国の言語政策

(1)国語・公用語

 憲法で国語や公用語を制定しているフィリピンやマレーシアと異なり,タイ国には法制上,

国語条項は見当らない。それは日本も同じである。たゴ,合意においては強固は言語政策を

有すると言ってよい。すなわち,タイ国憲法は1932年制定以来,何回も修正がなされている

が,そのいずれの憲法もその他の法律も公式文はすべてタイ語で書かれ,英語その他の言語

で書かれたものはすべて単なる翻訳と見なされるということである。タイ語だけがタイ国で

公式に使用する言語であるとの合意なのである。このことは日本をはじめ一言語を建前とす

る国における共通な言語政策と見なされるものである。

 タイ標準語がタイ国全土にわたって学校教育の用語と考えられている。タイ語は小学校か

ら大学院までの学校教育の全教科について教育用語となっている。タイ標準語は小学校の1

年生から義務教育科目である。少数民族をタイ社会の主流に統合するために,タイ政府はタ

イ語が公教育のすべてのレベルで国民統合の媒体となるように奨励している。

(2)外国語の扱い

 外国語としては英語が学問においても職業においても最も広く用いられる国際語であると

認識されている。しかし,フランス語,日本語など,すべて,友好国の言語も英語と同等の

地位を与えられている。

(3)少数民族語の扱い

 文字言語(表記法)をもたない少数民族語については,タイ語文字を使って表記すること

が勧められている。それがタイの国語についても識字能力を持つに至る近道と考えられるか

らである。ただなかにはリス語(Lisu),ラフ語(Lahu),メオ語(Meo)のように優れたロー

マ文字による表記法を有する少数民族語がある。こういつた人々はこの表記法をタイ語文字

に移行させることを望んでいない。既に有利な文字を持っているからである。言語政策上,

政府はタイ国に国民統合の唯一の言語,タイ標準語,のみを認めているのでこれらローマ文

字を有する少数民族語についてもタイ文字への移行を期待している。しかし,強権を発動し

てまでも移行しようとする働きかけは見られない。少数民族,その言語:,そしてタイ文字と

は異なる表記法の存在は,合意的にタイ語による統合を基本方針とするタイ国にとって容易

に解決しない問題として留まるであろう。

§3 タイ王国の教育における言語政策

(1)タイ王国の教育政策

 タイの教育政策は国家教育委員会(Office of the National Education Commission)の監督

の下に内閣によって決定される。しかし,特定の問題に関する短期的政策はそれぞれの関連

省庁,すなわち,文部省,内務省,あるいは大学省によって決められる。場合によっては同

東南アジアの言語政策                                      87

一の問題が異なる省庁によって同時に扱われることにもなるが,短期的政策は長期的政策に

矛盾しないように決められる。その長期的政策は憲法の,「教育の諸原則と網領」の項の定

めに則って,政府が国会に提示する基本方針であり,さらに特定の国家教育計画となってい

るものである。

 現行憲法(1978年制定),現行政府施策,第四次国家経済・社会開発計画,及び国家教育

                               7計画の示すところによれば,タイ国の教育政策は次のようになっている。

 (1)国家は教育を推進し,教育を国家の極めて重要な活動と見なさなければならない。教育

制度の制定は国家の専務であり,すべての教育体勢は国家の制御・監督の下におかれねばな

らない。

 (2)国家は万人に対し,義務教育を賦与しなければならない。国家及び地方公共団体によ

る義務教育は無償で賦与すべきものとする。

 (3)国家及び地方公共団体によるすべての教育機関はすべての人にその能力により等しく

教育を受けさせねばならない。国家は法の定めるところにより,すべての人に能力に応じる

教育を受ける機会を与えるよう手段を講じなければならない。国家は,また,地域に関わり

なく,すべての教育機関において教育の質を高めるよう支援しなければならない。

 (4)国家は児童生徒の身体的知的成育を助長するため,教育課程を統合しなければならな

い。国家は国民がすべて意思伝達目標に沿ってタイ語を流暢に使えるようになるように教育

体勢を整えなければならない。

 (5)国家は貧困者及び身障者が資金を受けあらゆる段階の教育を受けられるよう,援助し

なければならない。

 (6)国家は民間及び地域機関に働きかけて義務教育前の教育を推進するよう図らねばなら

ない。しかし,若干の学校は純粋に公開実験及び研究用に指定しなければならない。

 (7)国家はあらゆる種類の公教育を推進し,国民に,特に,これまでに公教育に与らなか

った人々に生涯教育を受ける機会を備えなければならない。

 (8)国家は中等教育を監督・推進しなければならない。国の経済的・社会的必要をみたす

職業教育を中等教育の課程に組み入れすべての人が中等教育に与かれるようにしなければな

らない。

 (9)高等教育に関しては,国家はその教育機関が法に定めた範囲で自らの事務を処理し,

国家の必要を満し,教育組織の効率を高めるように配慮しなければならない。

 ⑩ 国家はあらゆる教育機関が資格ある教員を備えもつようにあらゆる段階の教員養成を

監督・推進しなければならない。国家は有能・適格な教員志望学生を選抜できるように特別

な方策を用いなければならない。

 01)国家は公立・私立の機関を通し経済的・社会的状況に応じて多種な職業教育,特に農

業・工業の分野の職学教育,が行なわれるよう援助しなければならない。

 ⑫ 国家は地域社会の人々がその必要に応じて学び,学んだ後に再び地域社会で働らくた

88

めに戻って行くように手段を講じなければならない。

 ⑬ 国家は教育行政上の諸政策を統合し,教育の過程と体系を地域社会の政治・経済・社

会制度に対応するようにしなければならない。国家は地方公共団体に教育政策の権限を譲渡

しなければならない。

 ⑭ 国家は民間部門が政府の監督・規制の下に教育計画に参加するよう勧めなければなら

ない。国家はまた民間部門の目標を指定し,利益を最少限におさえなければならない。

 ⑮ 国家は教育実験を推進し,成果を教育開発に適用しなければならない。

 ㈹ 国家は教科書の著述・出版を奨励するが,それがタイの文化・慣習に反するものであ

ってはならない。

 ⑭ 国家は子弟がタイの文化と社会の公序良俗に沿って成育するように家族に対しその役

割を果すよう施策せねばならない。

 ⑯ 国家は高等教育機関がより有益且つ効率のよい教育・研究・学問的貢献を推進し,歴

史的・文化的・芸術的遺産を維持するように援助しなければならない。

 ㈲ 国家は文部省内に初等教育局を設置し,初等教育の諸政策を定め,所管させ,初等教

育の統合と地方公共団体所管の小学校教員の資質向上を図らせねばならない。

(2)教育制度における諸言語の役割

 タイにおける言語教育は国語教育と外国語教育に分類される。

 (a)国語教育

 タイ標準語が教育上最も重要な言語である。一つの授業科目として教えられ学ばれている

ばかりでなく,タイ標準語はタイのあらゆるレベルの教育において教育用語として使用され

ている。話し方・聴き方・読み方・書き方の基本を教える初等教育レベルでも,国語科教育

という前期中等教育レベルでも,現代国語,古典,文化遺産を教育する後期中等教育レベル

でも,タイ語がタイ語によって教えられている。カリキュラムは一般に三部門に分かれる。

言諦技能,文字,文法である。職業教育課程では文系,理系とも,この三部門が統合的に教

授・学習されている。

 (b)外国語教育

 公的には第二言語というものはタイには存在しない。実際は,よく使われる二つの言語,

マレー語と中国語がタイの一定地域で第二言語の地位を確i立していると言ってよい。

 マレーシアに接するタイ南部の4つの郡部にはマレー語を教えている148の学校がある。

それはタイ全体の初等・中等学校(4,269校)の3.47%に過ぎない。

 マレー語とは別に,都市部で広範に中国語の使用がみられる・タイ全土で中国語を教えて

いる学校は164校にのぼる。これはタイ全体の初等・中等学校の3.84%にあたる。

 マレー語,中国語による初等教育は減少しているとみられる。タイではタイ語を使う機会

とタイ語による教育機関の方が圧倒的に多く,しかも,それは個人の民族的文化的背景と関

東南アジアの言語政策                                    89

係なく,開かれているからである。中国系,マレー系の子弟もタイ語による教育によって教

育・職業の機会が開かれることを知っている。

 タイの教育において外国語といえば,英語,日本語,マレー語,フランス語,ドイツ語,

現代アラビア語,スペイン語,イタリア語,ロシア語,パーリ語,サンスクリット語及びク

メール語を指す。この中で最も重要なものは英語である。生徒は小学校5年生のときに英語

を学び始める。1978年に教育課程が改訂されるまで,英語は小学校5年次から大学まで必修

科目であった。1978年の改訂によって英語は選択科目とされ,中等教育の始め,即ち,第7

年次から始めることになった。しかし,その後の社会的必要を理由に文部省は英語学習のス

タートの時期を改訂前に戻し,再び小学校5年次より始めることに改めた。たゴし,選択科

目であることは変えていない。この指令は公立学校にだけあてはまる。私立学校はもっと早

期に英語学習をスタートさせることができる。ミッション・スクールでは小学1年次に,あ

るいはもっと早く,英語教育を始めているところが多い。大学附属の実験学校では小学3年

次に英語教育を始めている。

 外国語教育のカリキュラムはコミュニケーションのための言語技能,文学,言語の科学的

研究としての言語学の三部門に分かれる。外国語は文科,理科,職業訓練の3課程で教えら

れている。一般英語や英文字は前の2課程で,特定目的のための英語(English for Specific

Purposes)は職業訓練課程で教えられている。

 パーリ語,サンスクリット語,それにクメール語は主として高等教育で教えられる。これ

らの古典語は言語学的価値及び歴史的価値の故に学ばれ,タイ語との関連性が強調されてい

る。

(3)タイ王国の初等教育における言語教育

 a.タイ語

 児童生徒の必要と地域社会の必要が初等教育における言語カリキュラムの根底をなしてい

る。聴き方一読み方という受動的言語技能,及び,話し方・書き方という能動的技能が意思

伝達能力の両翼である。タイ語は意思伝達への道であり,知識獲得の用具であり,民主的社

会にあって平和裡に共存する手段と考えられている。

 1~2年生に対する授業要目は4技能の習練が中心にくる。音声識別,発声法,文字の識

別,朗読が教えられ訓練される。3~4年生になると,いろいろな言語活動,言語を用いた

交流における礼儀作法が教えられる。5~6年生には言語使用上の文体,使用域,ジャンル

が導入される。古くからの歌謡・民話・演芸といった伝承文化は6年生の授業要目に入って

いる。

 小学上級の段階では言語の中味と技能の統合が重視される。教師は言語材料を提示し,言

語の要点を教え,あとは生徒が自らの能力によって作文構成するのにまかせられる。教師は

地域社会のために適切な補助教材を開発するように勧められている。演劇,役割分担,伝統

的演芸を用いて生徒の言語基盤が堅められる。

90

 b.英 語

 1981年度のカリキュラムから英語は5~6年生の授業に復帰した。その目的は生律に英語

の知識と技能,使用経験を与え,英語学習に対する積極的な態度を養うことである。英語は

知識獲得の手段,国際意思伝達の用具と考えられている。

 小学5~6年生に対する英語教育は聴き方・話し方・読み方・書き方が中心である。英語

による挨拶,自己紹介,簡単な質問と回答,などを聴き方・話し方の要素とする。読み方に

ついては,一定レベルの文章の口頭読みと黙読,辞書の使い方,が教えられる・書き方の授

業では英語文字の活字体と筆記体,大文字・小文字の別,写し書き,綴り字,句読点,それ

に書き取りを教える。

 表5は小学校における国語教育と英語教育の比重・方法・教材・試験を一覧表にまとめた

     8ものである。

表5

小学校の言語教育

タ イ 語 英   語

学   年 1~6年 5~6年

比       重 1~2年 35%

(全授業時間に 3~4年 20% 16.7%

占める百分率) 5~6年 10%

教 育 方 法 一個人別学習 一個人別学習

一集団学習 一集団学習

一教師と共に 一教師と共に

形式的教育/非形式的教育 形式的教育/非形式的教育ゲーム,

歌など

教       材 一文部省指名の委員会編集による教 一文部省指名の委員会編集による教

科書 科書

一市販の教材

試      験 一4技能の習熟度 立≡土一

坥シ冗

一語彙,読み方 一聴き方,話し方

一聴き方,話し方 一暗唱

一書き方 一理解力,表現力

(4)タイ王国の前期中等教育における言語教育

 1978年の教育課程には言語科目としてタイ語,英語,それにフランス語が入っている。タ

イ語は12単位が必修,6単位が選択となっている。外国語は選択科目で20単位となっている。

 a.タイ語

東南アジアの言語政策                                      91

 必修科目は4技能のコースで,聴き方,話し方,読み方,書き方である。聴き方の授業で

は種々との談話,種々のチャンネル(ラジオ,テープ)による報道や講演などの聴き方を学

ぶ。聴いた内容を吟味・検討し,深く考えることも大切に教え込まれる。話し方の授業では

討議,報告,談話,説明,演説の方法を教える。読み方の授業では音読や,散文・詩歌・各

ジャンルの文字・新聞・公告の読み方・解釈の仕方が教え・られる。批判的に読むことが強調

される。書き方の授業では作文の技法,創作,報告書作成,個人書簡,ビジネス・レター,

散文や詩歌の要約,アイデアや論理的思考を表わすためにまとまった文章を書くことなどが

強調されている。必修タイ語科はまたタイ語の起源(語源),文法,語彙の学習を含む。

 選択科目としてのタイ語授業は4技能の活用,テキストの批判的読解,文学作品講読,ビ

ジネス・タイ語,創作活動,意思伝達のための言語理論等が含まれる。

 この段階で,勧められる教授法は4技能統合のアプローチである。教師の役割は学習の手

助けということになる。生徒は自らの能力に基づいて活動し,生徒同志の学び合い,教え合

いが奨励される。

 b.英 語

 中学1年では中核2コースと運用2コースが設定されている。中学2年では中核2コース,

運用2コース,それに基礎読解2コースが組まれている。中学3年になると,中核2コース,

基礎読解2コース,口頭英語2コース,特別読解2コース,それに特別作文2コースをとる

ことになる。

 中刻コースの目標は英語で意味を伝えるための音声,語彙・文法を使う知識と技術の習得

である。中核コースは運用コースの前提であり,運用コースは中核コースで習得した4技能

の練習ということになる。基礎読解4コースは読解技能を身につけるためのものである。こ

れには辞書の使い方も含まれる。読解力・作文力をめざす特別技能コースは機能的技能を向

上させ,英語国民の文化に関する理解を高めようとするものである。

 学習のこの段階では個別学習方法が勧められる。この学習方法には“The L,earning Kit”

という教材が役立っている。この教材は,読解力養成プログラム,作文力養成プログラム,

それに口頭英語力養成プログラムを備えている。

 生徒の進歩について継続的評価とコースの授業終了時の総合評価がなされている。言語能

力の向上と共に,生徒の規律,責任感,それに誠実さが評価される。継続的評価と終了時評

価の比率は,中核コースで6:4,運用コースで7:3及び8:2である。試験は聴解力,

読解力,作文力等の養成に払われた時間・労力の割合に応じて作成される。

 c.フランス語

 中学校のフランス語コースは二つの流れに分かれる。第一の流れは中学1年から中学6年

(日本の制度の高校3年に相当する)まで6年間学ぶコースで,中学1,2年次では週6時間,

中学3年では週4時間の必修授業と週2時間の選択授業がある。中学3年の終了時点ではフ

ランス語主専攻の生徒は3,000語から4,000語の語彙を習得していることが期待されている。

92

 第二の流れはフランス語副専攻で中学3年で始め,中学6年まで続ける。週4時間の授業

で,終了時には1,500語から2,000語の語彙習得が見込まれている。

                                      9 タイの前期中等教育における言語科目のカリキュラムをまとめると表6となる。

表6

前期中等教育における言語科目

必   修 選 択

タ イ 語 英   語 フランス語

比重(全授業時間1こ 第7~8学年 第7~8学年 第7~8学年

占める百分率) =12.12% =18.18% =18.18%

第9学年 第9学年 第9学年

=24.24% =24.24% =24.24%

教    授    法 一4技能統合 一個別指導 一視聴覚教具

一学習者中心 一学習者中心

教        材 一4技能統合教本 一“keaming Kit” 一文部省普通科教育局\

“Taksa Sampaバ 一タイ学生のための英 推せん教材

駈口口

試        験 一口頭技能 一聴解 一絵をみての説明

一読解 一話し方 〒口頭表現

一批判的読解 一要旨読解 一聴解

一文法 一パラグラフ作文 一読解

(5)タイ王国の後期中等教育における言語教育

 タイの後期中等教育は中学4年~6年(日本の高校1~3年に相当する)である。タイ語

は前期中等教育課程におけると同様に必修科目である。外国語はこれも同様に選択科目であ

るが,1981年以降は英語,フランス語に加えてドイツ語,日本語,現代アラビヤ語が入って

い。パーリ語は外国語科目の中で唯一の古典語である。

a.タイ語

 タイ語学習の目的は3つに分けられる。

 (1)意思伝達能力

 (2)文化的文学的価値

 (3)進学・就職

 必修タイ語は6コースあって4技能の効率的使用能力を高めることに向けられている。各

種の伝達,談話の型,使用域,ジャンル,文体が識別される。タイ語は母語であるので,言

語使用の高度の熟達が期待されている。

 選択タイ語16コースはその目的により次の3つに大別される。

東南アジアの言語政策                                   93

 (1)読解,作文,口頭表現に焦点を合わせた技能コース

 (2)文字,言語,文化

 (3)タイ語の特徴(文法)

 (1)では言語の実際の使用が要求され,生徒は個人でまたは集団で言語活動をする。教材は

文部省指名の委員会が開発したものである。教材開発には4技能統合のアプローチが採られ

ている。

b.英語

 1981年以降のカリキュラムで英語科目には24コースが設定されている。そのうち6つは中

核コースであって4技能の習得を目標とする。すなわち,聴き方,話し方,文法,読解(新

聞・雑誌・文学作品),作文(書き取り,パラグラフ作文,手紙文,ビジネス・レター)’を

学ぶ。4コースは運用力演習の授業で,受動的技能と能動的技能の両面で運用力を伸ばす。

6コースは読解力に重点をおく。2コースは文法・語彙を中心に作文力を伸ばす。職業用英

語というコースでは商業,観光,公務といった分野の題材が扱われる。最後に,批判的読解

コースと創作文コースがある。

 教材は主として市販のものであり,文部省によって指名された専門家,教員,言語学者よ

り成る委員会によって推薦されたもの,あるいは選定されたものである。

c.フランス語

 フランス語コースは二つの流れに分かれる。一つは中学4年になって初めてフランス語を

学ぶ生徒のためのものであり,もう一つは既に中学1年忌ら学んでいる生徒のものである。

前者は必修6コースと選択8コースが設定されている。観光用フランス語と秘書フランス語

が後者に入っている。後者は必修6コースと選択24コースがあり,フランス文化とタイ文化

の比較対照,日常生活のいろいろな場面でのフランス語の実際的使用,進学用の高度な文法

・表現力の学習などが内容となっている。

d.ドイツ語,日本語,現代アラビヤ語

 これらの外国語も選択科目である。その教育目標は英語・フランス語とほ虻等し弘次の

3つに要約される。

(1)基礎4技能を教授する。

(2)これらの言語を母語とする国民の生活様式と文化を知らせる。

(3)将来の職業のためにこれらの言語による意思伝達能力を賦与する。

e.パーリ語

 中等教育に入っている古典語はパーリ語だけである。パーリ語科目には必修6コースがあ

94

って,パーリ語の文法,語法,翻訳がその内容となっている。選択コースも6つあって,タ

イ語におけるパーリ語からの借用語・パーリ文字のタイ文字への影響,パーリ語・サンスク

リット語の文法,語法となっている。パーリ語は授業科目として学習されるが,意思伝達の

用具としては使用されない。翻訳と説明が主要な教授法である。

                                    10 タイの後期中等教育における言語科目カリキュラムをまとめると表7となる。

表7

後期中等教育における言語科目

必 修 選 択

タイ語 英 語・ フランス語 ドイツ語 日本語 現   代Aラビヤ語

パーリ語

比重(全授業時間 11.ll% 5.56% 16.67% 16.67% 16.67% 16.67% 16.67%

に占める百分率) 19.44% 22.22% 22.22%

教  授. 法 4技能統合 機能主義 機能主義 機能主義 構造主義 構造主義 構造主義

視聴覚 構造主義 4技能統合

教     材 市阪のもの 市販のもの 市販のもの 市販のもの 市販のもの 文部省作成 市販のもの

及び教員作 及び教員作 のもの

成の補助教 成の補助教

材 材

文部省作成 文部省作成 文部省作成

のもの のもの のもの

試     験 4技能と内 4技能と内 口 頭 4技能と内 4技能と内 文 法 文 法

容 容 容 容

筆 記 筆 記 筆記 筆 記 筆 記 翻 訳 翻 訳

(6)タイ王国の高等教育における言語教育

 大学省はタイのすべての大学が言語科目最低6単位の修得を義務づけるように定めてい

る。それ以上の修得はそれぞれの大学の独自の履習課程にまかせられている。タイ語科目と

外国語科目が,大学,高専,教員養成大学,および私立単科大学において設定されている。

総じて,英語が学部及び大学院において最も人気のある外国語科目となっている。

a.タイ語

 大学におけるタイ語科目は必修,主専攻,副専攻,選択の4種がある。必修科目の場合は

中等学校におけるものよりも更に高度な4技能の使用・訓練が課される。表8はタイの代表

                           11的な大学における必修タイ語の特徴を表示したものである。

東南アジアの言語政策

    表8

95

タイの大学における必修タイ語

タマサート大学 チュラロソコーン大学 ラムカムハング大学

人文学部 文芸部 教育学部

比   重 6単位 9単位 9単位

1.高度の4技能 1高度の4技能 1.タイ文学の理解と

観賞

内容と目的 2.学問的討議と意見 2.タイ文学観賞 2.タイ語の特性と用

交換 法

3.分析的批判的読解 3.タイ語の言語体系 3.タイ語による表現。

4.論文,報告書,記 の認識と理解

事を書くこと

 主専攻または副専攻としてのタイ語

 チュラロソコーソ大学文芸部にはタイ語主専攻,またはタイ語副専攻がある。タイ三主専

攻にはタイ文学プログラムとタイ語学プログラムがある。いずれのプログラムをとっても,

共通中核コース4単位,文学または語学のコースから8単位,さらに,専攻コースから18単

位を履心しなければならない。タイ語主専攻の目的は学問的に優れることにある。ラムカム

ハング大学教育学部はタイ語専攻のプログラムを設置している。旧習すべき全144単位の中

で,語学コースから15単位(英語学9単位,タイ語学6単位),教育学コースから34単位,

専攻コースから36単位(必修16単位,選択16単位)が定められている。ラムカムハング大学

のタイ語専攻履習課程は学問的に優秀となることよりも,資格あるタイ語の教員になること

を目標としている。

                              12 表9はタイの大学におけるタイ語専攻を要約したものである。

表9

主専攻または副専攻としてのタイ語

チュラロソコーン大学 タマサート大学 ラムカンハング大学

文芸学部 教育学部 人文学部 1教育学部

目    的 学問的優秀 有資格の教員 一優れた能力 有資格の教員

一文学観賞

必修タイ語の 主専攻: 4単位 主専攻:

単  位  数 最低42単位 最低60単位 45単位

副専攻: 副専攻:

24単位または12単位 最低24単位

96

 主専攻または副専攻ばかりでなく,タイ語は選択科目としても設置されている。例えばチ

ュラロソコーソ大学には意思伝達用具としてタイ語の有効な使用を目標とする選択タイ語

コースが設けられている。教材は主とし七大学の教授陣によって作成されたものである。市

販のものも補助資料として使用されている。

b.外国語

 英語が最も重要な外国語である。高等教育機関はすべて人文科学の一科目としてまたは将

来の職業の準備として英語を必修授業科目に入れている。

 大学における外国語教育の主要な目的は次の二つである:(1)人本主義の観点から人文科

学の一科目として。(2)実用主義の観点から将来の職業上有効な用具として。

(イ)英 語

 英語は人文科学の必修科目として,主専攻科目,副専攻科目として,および選択科目とし

て設置されている。ふつう学生は1年次に一般英語コースをとり,2年次3年次には学術英

語コースをとる。教材は母語話者である外人教授とタイ人の教授によって作成されたもので

ある。最も好まれている教授法は能力別編成による個別指導である。客観テスト,論文テス

ト,口頭試問が一般的な評価方法である。

(ロ)英語以外の外国語

 フランス語,日本語,ドイツ語,スペイン語,イタリや語,中国語,それにマレー語がい

くつかの大学で教えられている。例えばチュラロソコーソ大学,東洋言語学科及び西洋言語

学科では上記の言語がすべて教えられている。それぞれの言語技能に加えて文化面の研究,

言語学的研究が教授されている。東洋言語学科における中国語科目についてみれば,漢字の

習得,中国文学の研究,北京官話の運用能力養成が追求されている。日本語教育はより実用

主義的なアプローチがとられ,手紙の書き方や翻訳技術が教えられている。

㈲古典語

 パーリ語とサンスクリット語がいくつかの大学で教えられている。例えば芸術学部と考古

学部では両三の文法,語源,文学,翻訳を教授している。古典語の教授法は伝統的なもので,

文法翻訳主義が主である。教材は主として教授陣によって作成されたものであるd

(7)タイ王国の言語科教員養成

 教員養成は教員になる前の教育訓練と,既に教員となっている者の現職教育の二種がある。

教員となる前の教育は教員養成機関の責任であり,タイでは主として文部省の管轄下にある

36の教員養成大学によって行なわれている。いくつかの大学に設置されている教育学部もそ

の責務を担っている。例えば,先の例では,チュラロソコーソ大学教育学部はダイ語科教員

及び英語科教員を養成している。

a.教員養成大学における言語カリキュラム

教員養成大学で高等教員免許を取得するには専攻科目について最低限22単位を履習しなけ

東南アジアの言語政策                                    97

ればならない。また,大学の教育学部で教育学士号を取得するには専攻科目について最低27

単位を修めなければならない。

 (イ)タイ語

 タイ語科教員となるためのタイ語専攻コースは言語学,技能,及び文学の3領域に分けら

れる。

 高等教員免許を取得するには教員のための言語学,一般読解,それに文芸批評の3コース

が必修である。タイ軒瓦専攻で教育学士号を得するには児童文学の構成,現代文学,小・中

学校用タイ語教科書の調査研究,及び現代タイ語法ゼミの4コースが必修となっている。技

能コースは読解,作文,及び修辞学の各コースより成る。

 (ロ)英 語

 高等教員免許取得コースの学生は一般英語,講読,作文,文学,小・中学校用英語教科書

の調査研究の5コースを履習しなければならない。この課程は大別して技能,文学・演劇,

言語学,言語教育の各コースに分けられる。技能コースは読解,作文,口頭練習及び翻訳よ

り成る。言語学は英語統語論と音声学である。

b.現職教育

 言語技能の向上と新しい言語教育技術の研鐙のため,文部省,大学及び教員組合が主催す

る研究会,セミナー,ワークショップ等が定期的に開催される。特に大学は短期集中講義や

セミナーを開いて,社会的要請にこたえている。

§4 タイ王国の言語政策執行機関

 こんにちタイ王国の言語教育政策の執行は文部省と大学省の所管である。郵政省も通信機

関の監督役所として言語政策の執行に関与している。

 (1)文部省

 文部省は国境警察学校など特殊な学校を除いて全ての公立学校を直接に監督する。さらに

私立学校の教育課程を認可する。文部省は,タイ語ばかりでなく英語,中国語,マレー語な

どすべての言語の教材を検定する。このような権限により,また標準試験制度により,文部

省は実質的にすべての初等・中等学校の教育内容を掌握している。言語科課程はその一部に

過ぎないので,文部省が言語の領域で影響力を有するのは大学入学前までの準備の過程にお

いてである。たとえば文部省の指導要領によると,大学以前の学校教育においてはタイ以外

の国で作成された教材の使用は勧められない。それは大学において初めて起ることである。

 文部省と直接の関連はないが,一般的な会員制によって密接に結びついているものに教員

組合がある。教材は教員組合の印刷部によって出版され,著者は組合員である5出版前の認

可と出版後の販路を文部省は実質的に保証しているといってよい。この意味で,教員組合は

98

言語教育政策の非公式な執行機関とみなされてよい。

 (2)大学省

 大学省は大学の運営を間接的に統轄し,大学の行政を助成している。各大学は自らの教育

課程を決定するが,それは大学省に提出し,認可されなければならない。大学省の管轄下に

現在,14の国立大学と18の私立大学がある。表10と表11は1985年度におけるタイ国立大学及

                 13び私立大学の在籍学生数を示している。

大学省の管轄下にあるタイの国立・私立大学の言語教育政策をまとめると次のようになる。

 (1)言語教育課程が複数の言語について設琿されている。その中でタイ語と英語は必修科

  目であり,その他の言語は選択科目である。これらの言語は主専攻とすることも,副専

  攻とすることも可能である。

 (2)大学の教育学部は言語科教員を養成する。

表10

タイ国立大挙在籍学生数(1985>

年度 1985

大学名              課程 学・部 大学院

1.Chiang Mai University 10,059 600

2.Chulalongkom University 13,984 4,553

3.Kasetsart University 8,698 2,141

4.Khon Kaen University 5,556 246

5.King Mongkut’s Institute of

Techonology 8,469 479

6.Maejo Institute of Agricultura1

Technology 1,426 20

7.Mahidol University 5,768 1,818

8.National Institute of Development

Administration 一 1,503

9.Prince of Songkla University 5,643 75

10.Silpakom University 2,836 456

11.Sri Nakharinwirot University 20,759 1,760

12。Thammasat University 8,858 1,840

92,056 15,491

13.Ram㎞amhaeng University 397,819 一

14.Su㎞othai Tham血athirat Open

University 172,050 一

合    計 661,925 15,491

出所:General lnformation-Ministry of University Affairs

東南アジアの言語政策 99

表11

タイ私立大学在籍学生数(1985)

年度 1985

大学名              課程 短 大 学 士

1.Dhurak:ilpmdit University 一 5,686

2.Krungthep University 一 8,328

3.Payap University 一 2,839

4.The University of the Thai Chamber of

Commerce 一 6,600

5.Assumption Business Administration

College一 3,780

6.Christian College 一70

7.Hua Chiew College 一170

8.Kanasawat College 1,500 1,000

9.Krirk College、_

2,403

10.Saengtham College 一238

11.Siam Technical College 1,500 3,000

12.South East Asia College 1,814 645

13.Sripatum College 1,809 2,371

14.Srisophon Co11ege 一 78

15.Vongchavahtkul College 一 208

16.Roi Et Pundit College 一 33

17.Saint Louis Nursing College }32

18.Rangsit College 一 △

合    計 6,623 37,481

(注)△印:初年度準備

(出所)General Information-Ministry of University Affairs.

(3)言語科教員の現職教育が用意されており,教員は教授法,評価方法,言語科学の新展

 開等にわたり研即することができる。

(d)大学教授陣によって言語科学,教授法,教科書,数材の研究がすすめられている。

(3)郵政省

 郵政省はラジオ,テレビ,郵便,電信,電話の各通信機関を直接的に所管する。その権限

において郵政省は二つの仕方で言語政策の執行に関与している。第一にタイ国内でタイ語以

外の言語の使用を制限している。第二に,タイ国内においでタイ標準語以外の方言を認めて

いない。この意味で郵政省は広義においてタイ標準語の教育機関となっているといってよい。

 ラジオ放送番組は,特に外国語による放送と銘打ったものを除き,すべてタイ標準語によ

100

るものである。タイの何百万という聴取者が外国語やタイ語の別の方言による番組を望んで

           るいるという証拠があるにも拘らず,公共放送機関に関する限り,この方針は貫かれている。

                    ラジオが国民のすべての階層に行き渡り,また受信状態が国の辺境地においてさえ極めて

良好であることを考えると,言語政策上,このことのもつ意味は大きいものがある。ラジオ

はタイ標準語という国語の普及に公立学校に次いで貢献している。

                             じ  テレビはタイ国全体としてみれば比較的新しいメディアであるが,バンコクなど大都市

圏では住民の過半数に達している。フィルムやビデオは外国製のものの方が多いが,ニュー

スやコマーシャルや生放映の番組は一様にタイ標準語によるものである。ラジオと同様にテ

レビも国語の普及に一役買っているといえる。

 両メディアは一般聴取者のために英語教育番組も持っている。ラジオの英語番組の方が歴

史も古く,より洗練された番組となっている。テレビも最近はバンコクの2つの放送局がそ

れぞれ独自の英語教育番組を放映している。

 郵便も電信も小規模ではあるが,タイ国の言語政策執行を助勢しているといってよい。電

報を外国語で打つことは可能であるが,タイ語以外の言語を使って電報を打つ場合は特別な

書式に署名して届け出なければならない。郵便物の消印はもちろんタイ語である。実際のと

ころタイ語以外の言語を使う業務を扱うことのできる郵便局員や電報局員は大都市部におい

                                 17てさえ極く稀少であり,外国語を使う仕事は扱っていないのが実状である。

§6 結論一総括と展望

 タイ王国の言語政策は一言語主義(mOnOlingUaliSm)であり,シンガポール共和国やイソ

ドネシや共和国の多言語主義(multilingualism),または二言語主義(bilingualism)と対照

的である。人口の80%以上をタイ族が占め,華人はタイ人と区別がつかない程に同化してお

り,加えてクメール族,モソ族,マレー族と少数山岳諸民族を合わせても人口の10%以下で

ある,という民族構成が背景にある。さらに,近隣諸国のように外国に支配されたり,植民

地になったという経験がなく,王政により国家主権を堅持してきたという歴史的背景がある。

 東南アジアの中で公式文書に言語政策を謳っていないのはタイ王国だけである。先の報告

で記したようにフィリピン共和国をはじめインドネシア共和国にいたるまで,憲法は何語を

以って国語とするか,何語と何語を以って国の公用語とするかを明記している。タイ王国は

1932年制定の最初の憲法にも,その後の改訂憲法のいずれの中にも近隣諸国の憲法にみるよ

うな,国語(公用語)条項はない。しかし;タイ王国は1932年以来いずれの憲法もタイ語で

のみ記し,その英語版等は単なる翻訳に過ぎず,権威のないものであるという解釈が通用し

ている。このことは,タイ語のみが国家の言語であるという言語政策の意思表明に外ならな

い。日本をはじめ一言語主義の言語政策を採用している国家の法制上の表現はいずれもこの

ような合意的なもの,慣習法に基づくものとなっている。

 タイの国語は現代タイ標準語であるといってよいが,それはバンコク市を中心とするタイ

東南アジアの言語政策                                     101

中央部の方言であり,その書きことばである。タイ文字は13世紀後半,恐らくクメール文字

をモデルに,ラムカムハング王によって採用された書記法である。タイ語の方言は地域別に

四種に大別されるが,相互間の理解度は辺境地帯を除き一般的に良好とされている。しかし,

方言は公的に存在を認知されているわけではない。さらに,すべてのタイ語方言は教育制度

によっても,ラジオ,テレビ,新聞といったマス・メディアによっても,国語であるタイ標

準語から絶えず圧迫を被っている。

 慣習法に則って一言語主義の言語政策を進めるタイ王国の言語政策執行機関は主として小

中学校や大学などの教育機関,およびテレビ,ラジオ,新聞などのマス・メディアである。

これらすべてがタイ国民の使用するタイ語の標準化に向って絶え間ない活動をくりひろげて

いる。

 タイ語は小学校,中学校から大学に至るすべての公私にわたる教育機関において教育用語

であり必修科目となっている。大学においても専攻の如何に拘らず,教養課程では必修科目

に指定されている。タイ語を母語とする者が大多数であるから,タイ語教育の目的は国民が

標準化され洗練されたタイ語を使用するようになること,すなわち,タイ標準語の普及・向

上である。少なくとも減等・中等教育のレベルではそれを面前に謳っている。タイ中央部の

母語話者はタイ標準語話者とみなされるが,学校教育の場では誤ったことば遣いは矯正され

るのである。学校教育の現場でも方言が認知されていないために,それぞれの地域の児童生

                                   徒が直面するタイ標準語習得上の問題点が解明されていないきらいがある。いかに文部省が

全国レベルで教員を配置あるいは配置替えしても,この問題は解決しない。文部省がこの間

                    ig題に真正面からとり組むべき日は迫っている。

 言語教育政策からみて,タイ国における外国語の扱いは日本の場合と極めて似ている。歴

史的にみれば,日本と同様タイ国も近代から,欧米の文明・科学・技術の掻取・吸収の手段

として欧米語,特に英語・ドイツ語・フランス語,の学習り必要が高まり,その履習が制度

化されてきた。今日,タイの教育制度上,外国語としては特に英語が重視され,形式上は選

択科目であるが,実質的には必修科目であって,公立学校では小学校5年次から中学校6年

次(日本の高校3年に当る)まで週当り4~6時間の英語履習が義務づけられている。私立

学校にあっては小学校1年次から英語の授業があり,ヘッド・スタートによる公立学校との

隔差が開き,大都市の私立学校から郡部の公立学校ぺ転校した生徒はそこの教員よりも英語

                     20力が優れている,という例が少なくないという。

 大学においても外国語として一番重要視されているのは,英語であり教養課程の必修科目

になっている。高等教育における英語旧習の主な目的は専攻の学問領域の英文資料を駆使で

きるようになることである。同時に,英語による講義を聴いて理解できること,英文が書け

ること,ふつうの意思伝達を英語でできることなども英語習得の目的である。しかし,とり

わけ,英文資料を読んで理解できることが常に第一の目的とされている。

 文部省や大学省の官僚は学校及び大学の英語教育の成果の現状に決して満足していない。

102

この問題は一般に広く議論され,英語教育の大規模な実験も進行中である。その一つが早期

英語教育の主張で,小学校1年次や幼稚園児から英語教育を開始するというものである。公

立学校で英語教育を中学校1年次からではなく2年早めて小学校5年次より開始するという

のも一連のこうした風潮の反映である。

 英語以外の外国語としては中学校課程に戦前から選択必修科目として入っているフランス

語,国教といってもよい程(国民の95%)の仏教の教典が書かれているパーリ語及びサンス

クリット語,さらに欧米近代語としてのドイツ語,スペイン語,イタリや語,それに国内少

数民族の言語として中国語とマレー語が学校や大学で教えられている。さらに世界第二次大

戦後から,経済上最もインパクトの強い国の言語である日本語の学習熱も急速に高まってい

る。

 総じてタイ王国の言語政策・国語政策,外国語政策は日本の場合と類似しているといえよ

う。民族言語の状勢は日本よりも複雑なものがあるから,言語政策も日本ほど容易なもので

はないという留保つきではあるが。このことは多民族・多言語・多文化を常態とする東南ア

ジア諸国の中でタイ王国を独特な位置に据えるものである。周辺諸国は戦後の新興独立国で

あって,政治的経済的文化的に国内の葛藤,紛争が絶えず,統一国家のアイデンティティも

定かに確立しているかどうか危ぶまれるとき,ひとりタイ王国は既に戦前から政治的安定を

保ち,経済的・文化的にも着実な前進を示している。そこにタイ進出の日本企業が東南アジ

アの他の国々にない大きな魅力を感じていることは間違いない。タイ王国の一言語主義とい

う言語政策はタイの民族主義の一面であり,タイ王国の安定と発展に寄与していると言って

よい。

 しかし,その反面,タイ政府は「国家の統合と安定のため」た黛一つの言語,タイ標準語

しか認めていないために,タイ民族以外の少数民族の言語に対し,冷酷ともいえる扱いをし

ていることを書きとどめておかねばならない。文字をもっていない少数民族の言語を保護し,

これに書記法を与えようというような言語政策は全く見当らない。リス語,ラフ語及びクモ

ソ語という表記法にローマ文字を長きに亘って使用してきた少数民族語に対し,表記法をタ

イ文字に変更することを進言するような言語学者がタイには今もって存在するほどに,他者

               エに対し冷淡となりうるのである。国際的にもより有利・有効なローマ辛字表記法を捨てて,

特殊なタイ文字への移行を求めるなどは,よほど偏屈・狭量の民族主義者からしか由てこな

い発想である。言語,相対性(1inguistic relativity)の理念に基づいて国内少数民族の言語を

尊重し配慮する文化複合主義(cultural pluralism)の言語政策は全く望むべく.もないのがタ

イの現状である。先に述べたように,タイ国民の統合と安定に寄与している一方で,タイ王

国の言語政策がこのような弱者切り捨ての冷酷な一面を持っていることも事実なのである。

東南アジアの言語政策                                      103

1.上東(1983)p.91

2.Brudhiprabha(1979)p,296より作成。

3.Debyasuvam(1973)

4.Brudhiprabha(1979)砂. cit

5.綾部恒雄/永積昭(1982)p.90参照

6.Wangsotom(1982)p.180

7.1ゐ∫4.p.181

8.乃ゴ4.p.190

9.乃づ4.P.193

10.1配4。p.197

11.1ゐづ4.p、199

12.乃毎.p.200

13.新沢(1986)p.26,p.27

14.Noss(1967)p.199

15.タイにおける1980年度のラジオ保有率は都市部で89.8%,郡部で86.4%,全国では87.0%となって

  いる。(日本貿易振興会(1987)p.111)

16.タイにおける1980年度のTV保有率は都市部で67.4%,郡部で11.0%,全国では21.2%となってい

  る。(乃幼

17.Noss(1967)p.200

18.1∂‘4.p.204

19.乃毎.

20.乃づ4.p.205

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                  参 考 文 献

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