memsウエハレベル実装に最 適なltcc基板の開発...

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453 セラミックス 472012No. 6 1. はじめに MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)は, 近年ではゲーム機のコントローラーやスマートフォン の画面切り替えに使われるなど,従来の半導体技術だ けではできなかった安全・安心・快適・省エネなどの 付加価値を実現するキーデバイスとなってきている. さらにいろいろな応用が考えられ,今後大きな市場を 形成していくものと予想されているが,この時アプリ ケーションの拡大とともに,小型・薄型化そして低コ スト化が必要であり,それを実現する実装技術が重要 になっている. MEMS は微小な可動構造を有しているために,チッ プを気密封止して保護するとともに,MEMS チップ から電極を外部へとりだすためのパッケージが必要で ある.従来,MEMS はチップ ₁ 個ずつをセラミック パッケージに実装して製造されていたが,MEMS ウエ ハ単位で貫通配線基板に接合させた後にチップ化する ウエハレベル実装技術が活発に開発され,一部は実用 化されてきている.さまざまなウエハレベル気密封止 法がある中,貫通配線ガラスウエハと MEMS ウエハ とを陽極接合させ,気密封止された空間から MEMS の電極を外部に取り出す方法が,気密封止の歩留まり と信頼性の高さから用いられている.しかし,脆性材 料への穴加工と電極処理が容易でないこと,および基 本的にストレートな貫通配線しかできないことが,ウ エハレベル実装の実用化が進むにつれて課題となって きていた. 筆者らは,陽極接合できる LTCC 基板を開発する ことで,設計の自由度の向上と小型化を実現させ,ま た高強度で高靱性な低熱膨張材料を開発することで大 口径の薄いウエハでの製造とプリント基板への直接実 装の可能性を示した.また顧客から要望の高かった陽 極接合と同時に電気的な接続も可能な方法にも取り組 み,小型化を損なうことなく簡便で確実に実装可能な 方法を開発した. 2. ガラスセラミック系の陽極接合可能な LTCC 基板 ほとんどの LTCC は,セラミック粉末とガラス粉 末の混合体からなっている.従来,LTCC に用いられ ているガラスは,絶縁信頼性の観点から修飾酸化物と してアルカリ土類金属が用いられてきた.しかし陽極 接合には高温高電圧下で移動可能な Na や Li イオン を修飾酸化物に用いたガラスを用いる必要があった. また,通常の LTCC には導体材料として Ag や Cu が 用いられるが,陽極接合のために ₄₀₀℃程度に加熱し た状態で ₆₀₀V 程度の直流電界を印加すると,ガラス 中に溶け込んだ導体材料のイオンが負極側に移動して しまい,陽極接合できなかった.Na O を修飾酸化物 に用いたガラスからなる LTCC 材料とそれに適した Au 導体を開発することで,陽極接合可能な LTCC 基 板を作ることができた.図1 は陽極接合で接合した貫 通配線基板の気密封止性能をダイヤフラムの凹み量で 評価した結果であり,高い信頼性があることを示して いる.またアルカリ金属系ガラスを用いた LTCC で も十分に絶縁信頼性があることも確認した ₁) 陽極接合可能な LTCC 基板を開発できたことで多 層配線が可能となったことから,設計自由度と小型化 が向上した.また貫通配線基板の製造方法が,汎用的 なパンチやレーザーによる穴加工とスクリーン印刷で 図1 気密封止信頼性評価(-₄₀℃×₃₀ 分/+₁₂₅℃×₃₀ 分) © 日本セラミックス協会 第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して MEMS ウエハレベル実装に最 適な LTCC 基板の開発と実用化 Development and Practical Use of Suitable LTCC Substrate for MEMS Wafer Level Packaging 毛利 護・木谷 直樹・林 里紗・ 岡田 厚志 ニッコー(株)技術統括部・研究開発部 Mamoru MOHRI, Naoki KIDANI, Risa HAYASHI and Atsushi OKADA (Nikko Company)

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Page 1: MEMSウエハレベル実装に最 適なLTCC基板の開発 …...MEMSは微小な可動構造を有しているために,チッ プを気密封止して保護するとともに,MEMSチップ

453セラミックス 47(2012)No. 6

1. はじめに

 MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)は,近年ではゲーム機のコントローラーやスマートフォンの画面切り替えに使われるなど,従来の半導体技術だけではできなかった安全・安心・快適・省エネなどの付加価値を実現するキーデバイスとなってきている.さらにいろいろな応用が考えられ,今後大きな市場を形成していくものと予想されているが,この時アプリケーションの拡大とともに,小型・薄型化そして低コスト化が必要であり,それを実現する実装技術が重要になっている. MEMS は微小な可動構造を有しているために,チップを気密封止して保護するとともに,MEMS チップから電極を外部へとりだすためのパッケージが必要である.従来,MEMS はチップ ₁ 個ずつをセラミックパッケージに実装して製造されていたが,MEMS ウエハ単位で貫通配線基板に接合させた後にチップ化するウエハレベル実装技術が活発に開発され,一部は実用化されてきている.さまざまなウエハレベル気密封止法がある中,貫通配線ガラスウエハと MEMS ウエハとを陽極接合させ,気密封止された空間から MEMSの電極を外部に取り出す方法が,気密封止の歩留まりと信頼性の高さから用いられている.しかし,脆性材料への穴加工と電極処理が容易でないこと,および基本的にストレートな貫通配線しかできないことが,ウエハレベル実装の実用化が進むにつれて課題となってきていた. 筆者らは,陽極接合できる LTCC 基板を開発することで,設計の自由度の向上と小型化を実現させ,また高強度で高靱性な低熱膨張材料を開発することで大口径の薄いウエハでの製造とプリント基板への直接実装の可能性を示した.また顧客から要望の高かった陽

極接合と同時に電気的な接続も可能な方法にも取り組み,小型化を損なうことなく簡便で確実に実装可能な方法を開発した.

2.ガラスセラミック系の陽極接合可能なLTCC基板

 ほとんどの LTCC は,セラミック粉末とガラス粉末の混合体からなっている.従来,LTCC に用いられているガラスは,絶縁信頼性の観点から修飾酸化物としてアルカリ土類金属が用いられてきた.しかし陽極接合には高温高電圧下で移動可能な Na や Li イオンを修飾酸化物に用いたガラスを用いる必要があった.また,通常の LTCC には導体材料として Ag や Cu が用いられるが,陽極接合のために ₄₀₀℃程度に加熱した状態で ₆₀₀V 程度の直流電界を印加すると,ガラス中に溶け込んだ導体材料のイオンが負極側に移動してしまい,陽極接合できなかった.Na₂O を修飾酸化物に用いたガラスからなる LTCC 材料とそれに適したAu 導体を開発することで,陽極接合可能な LTCC 基板を作ることができた.図 1は陽極接合で接合した貫通配線基板の気密封止性能をダイヤフラムの凹み量で評価した結果であり,高い信頼性があることを示している.またアルカリ金属系ガラスを用いた LTCC でも十分に絶縁信頼性があることも確認した ₁). 陽極接合可能な LTCC 基板を開発できたことで多層配線が可能となったことから,設計自由度と小型化が向上した.また貫通配線基板の製造方法が,汎用的なパンチやレーザーによる穴加工とスクリーン印刷で

図 1 気密封止信頼性評価(-₄₀℃×₃₀ 分/+₁₂₅℃×₃₀ 分)

© 日本セラミックス協会

第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して

MEMSウエハレベル実装に最適なLTCC基板の開発と実用化Development and Practical Use of Suitable LTCC Substrate for MEMS Wafer Level Packaging

毛利 護・木谷 直樹・林 里紗・岡田 厚志

ニッコー(株)技術統括部・研究開発部Mamoru MOHRI, Naoki KIDANI, Risa HAYASHI and Atsushi OKADA

(Nikko Company)

Page 2: MEMSウエハレベル実装に最 適なLTCC基板の開発 …...MEMSは微小な可動構造を有しているために,チッ プを気密封止して保護するとともに,MEMSチップ

454 セラミックス 47(2012)No. 6

4.電気的接続をともなう気密封止パッケージング技術

 陽極接合できる LTCC 基板をさまざまな MEMS に適用するにあたって,MEMS と LTCC の両基板を陽極接合しつつ,いかに電気的に接続するかが課題として残っていた.この課題に対して,何種類かの実装技術を開発してきた.最近開発した図 2に示す実装方法は,ウェットエッチングで MEMS の微小機械構造部を収納するキャビティを形成し,そこに残留するビアを電気的な接続用バンプとして利用した技術である.この方法で MEMS を実装し,確実に気密封止と電気的な接続ができている ₃).

5. おわりに

 開発した技術は,大口径ウエハから小型な MEMS を多数製造することを可能にしている.さらに実用化を進めることで MEMS の更なる普及拡大に貢献していきたいと考えている.今回の受賞に際し,東北大学江刺教授,田中准教授,富山大学佐伯教授はじめ,ご指導,ご鞭撻頂いた方々に深く感謝しお礼申し上げます.

文  献

₁) 毛利 護,岡田厚志,福士秀幸,田中秀治,江刺正喜, 第₂₃ 回エレクトロニクス実装学会講演大会(₂₀₀₉)pp.₅₁-₅₂.

₂) 林 里紗・毛利 護・木谷直樹・岡田厚志・中村大輔・佐伯 淳・江刺正喜・田中秀治,第 ₂₈ 回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム(₂₀₁₁)pp.₉₃-₉₈.

₃) 毛利 護,岡田厚志,福士秀幸,江刺正喜,田中秀治,第₂₈ 回センサ・マイクロマシンと応用システムシンポジウム

(₂₀₁₁)pp.₂₆₆-₂₇₀.

[連絡先] 毛利 護(もうり まもる)〒 924-8686 石川県白山市相木町 383ニッコー(株)技術統括部・研究開発部E-mail:[email protected]

(受賞者の業績,推薦理由等は本誌 4 月号参照)

の配線処理で可能となったことから,量産性が向上した.ウエハレベル実装に適用するためには LTCC 基板のビア位置精度が重要であるが,高精度な基板製造技術を開発し,₆ インチウエハで±₁₅₀μm 程度あったビア位置ばらつきを±₃₅μm 程度に制御可能にした.

3.高強度で高靱性な新しい陽極接合材料の開発

 ガラス系材料は強度や破壊靱性値があまり高くないため,リチウム系の複合酸化物からなる固相反応系セラミック Li₂O-MgO-Al₂O₃-SiO₂ に Bi₂O₃ を添加した系(LMAS 材と呼ぶ)において,₉₀₀℃以下で Au 導体と同時焼結できる LTCC 材料について研究し,ガラス系以外の新しい陽極接合材料を見いだした ₂).表1に示すように,この LMAS 材は従来の陽極接合材料と比べて強度と靱性に優れている.LMAS 材の熱膨張係数をシリコンのそれに近づけるため組成比の最適化を行い,シリコンとの熱膨張係数差が±₀.₁₀ppm/℃以内とよく一致するように,組成をモル比で Li₂O : MgO : Al₂O₃ : SiO₂ を ₂ : ₁ : ₁ : ₉ に調整した. この材料は ₄ 種の結晶相:Spodumene(β-LiAlSi₂O₆),Lithium Silicate(Li₂Si₂O₅),Enstatite(MgSiO₃),Eulytite(Bi₄(SiO₄)₃) から成り, 陽極接合性能はSpodumene が担っていることがわかった.また,陽極接合時の可動イオンを Li としており,市販されている Li 系陽極接合ガラスと同様に ₂₄₀℃以上で陽極接合可能であった. プリント基板実装信頼性を,熱衝撃試験(-₄₀℃×₃₀ 分/+₁₂₅℃×₃₀ 分)を行って評価した.端子ピッチ ₁.₅mm の ₃ 列×₃ 列 BGA において硼珪酸ガラスはプリント基板実装時,ガラスセラミック系 LTCC 基板では ₁₀₀ サイクルの時点で電極にクラックが発生したのに対し,LMAS は ₁₀₀₀ サイクル後もクラックが発生しなかった.このことから,高強度・高靱性材料である LMAS が,従来材料よりも優れた性能をもつことが確認できた. LMAS 材料に適したビアおよび配線導体ペーストを開発して貫通配線基板を作製し,気密封止信頼性と絶縁信頼性を確認している.

図 2 キャビティをエッチング加工した LTCC 基板を用いた電気的接続をともなう陽極接合プロセス

表 1 各材料の抗折強度と破壊靭性値

材 料 抗折強度(MPa)

破壊靭性値(MPa・m₁/₂)

硼珪酸ガラス ₁₅₀ ₀.₇₆

ガラセラ系 LTCC ₁₅₀ ₀.₉ 

LMAS ₂₅₁ ₁.₆