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いま振り返る 研究の日々 いま振り返る 研究の日々 いま振り返る 研究の日々 エッセイ プロローグ 1981年夏のこと,72歳の男性が北大病院第一内 科に入院した.健診で右胸水と心陰影拡大を指摘 されたのだが,3年前から同院耳鼻科で椎骨脳底 動脈循環不全,慢性顎下腺炎と診断されジヒドロ エルゴタミンを,10年前から頭痛にアスピリン, フェナセチンを常用していた.胸水は漏出液で縦 隔・心周囲に軟部組織の集積があり,このほかに 多尿(約2.63.8 L/ 日),両側顎下腺腫脹,左鎖骨 上窩リンパ節腫大,両側睾丸(精巣)・副睾丸(精 巣上体)の硬化,陰嚢水腫,左下肢腫脹があった. 入院後の検索結果は “多彩”の一語に尽きた 血清学では炎症反応が陽性(CRP 2 mg/dLγグロブリン31.9%,IgG 2,522 mg/dL),生化学 では肝・腎機能異常(ZTT 16.7 KU,γGTP 70 IUBUN 25 mg/dL,クレアチニン 1.4 mg/dL,β 2 ミクロ グロブリン4.3 μg/mL)が明らかだった.腎 RI は左腎の機能がほとんどなく,IP では第4腰椎近 くで左尿管が狭窄し水腎症をきたしていた. 大血管 CT では大動脈弓前方から心臓を囲む異 常軟部組織があり,第2腰椎近くの腹部大動脈分 岐部から左総腸骨動脈周囲にも異常組織があり, 同部の静脈がこの異常組織によって閉塞され血栓 を形成していた. このような多彩な病態から診断を下すとして, 縦隔・後腹膜線維症のみでは説明不可能なことは 明らかだった.文献を調べても多尿,左鎖骨上窩 リンパ節腫脹,両側顎下腺腫脹,両側精巣・精巣 上体腫脹を併存した後腹膜線維症は報告がなかっ た.さらに原因は? という疑問にはまったく不 明と言わざるを得なかった.文献では続発性後腹 膜線維症の原因として腫瘍,外傷,手術などが挙 げられていたが,誘発薬として麦角製剤(メチセ ルジド,エルゴタミン,ジヒドロエルゴタミン) も報告されていた.この患者はジヒドロエルゴタ ミン3年にわたって服用していたので,これら の文献に従うと後腹膜線維症は薬剤誘発性のもの で,原因としてジヒドロエルゴタミンが最も疑わ しい薬剤であった生検材料の組織学的所見と ステロイド薬治療の開始 左腎の機能低下,水腎症,左下肢静脈腫脹を緊 急に取り除くため,第二外科と泌尿器科の協力の もと大動・静脈,左総腸骨動・静脈,左尿管周囲 の組織を剥離し固定術,尿管再建術を行って,そ の組織を一部採取した.この組織学的所見はリン パ球,形質細胞,組織球の浸潤があり,線維化も 著明で,(縦隔)後腹膜線維症と診断した.依然と して原因は不明といわざるを得なかったが,臨床 的,組織学的に急性期病変と判断しステロイド薬 による治療を開始したところ,治療開始後3ヵ月 までには血清学,生化学の異常値が正常化し,精 巣・精巣上体は軟化し,鎖骨上窩リンパ節,両側 顎下腺腫脹,陰嚢水腫も改善した.尿量は2L/ 程度に少なくなった.胸水は漏出液で,入院直後 から使った利尿薬により消失した. 88 416 ) THE LUNG perspectives Vol.26 No.4 第18回 (最終回) 35年の時空を超えて “ 蘇った ” 患者 KKR 札幌医療センター名誉院長 川上 義和 SAMPLE Copyright(c) Medical Review Co.,Ltd.

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いま振り返る研究の日々エッセイいま振り返る研究の日々いま振り返る研究の日々

いま振り返る研究の日々

エッセイ

プロローグ

 1981年夏のこと,72歳の男性が北大病院第一内科に入院した.健診で右胸水と心陰影拡大を指摘されたのだが,3年前から同院耳鼻科で椎骨脳底動脈循環不全,慢性顎下腺炎と診断されジヒドロエルゴタミンを,10年前から頭痛にアスピリン,フェナセチンを常用していた.胸水は漏出液で縦隔・心周囲に軟部組織の集積があり,このほかに多尿(約2.6~3.8 L/日),両側顎下腺腫脹,左鎖骨上窩リンパ節腫大,両側睾丸(精巣)・副睾丸(精巣上体)の硬化,陰嚢水腫,左下肢腫脹があった.

入院後の検索結果は“多彩”の一語に尽きた

 血清学では炎症反応が陽性(CRP 2 mg/dL, γグロブリン31.9%,IgG 2,522 mg/dL),生化学では肝・腎機能異常(ZTT 16.7 KU,γGTP 70 IU,BUN 25 mg/dL,クレアチニン 1.4 mg/dL,β2ミクログロブリン4.3 μg/mL)が明らかだった.腎RIでは左腎の機能がほとんどなく,IPでは第4腰椎近くで左尿管が狭窄し水腎症をきたしていた. 大血管CTでは大動脈弓前方から心臓を囲む異常軟部組織があり,第2腰椎近くの腹部大動脈分岐部から左総腸骨動脈周囲にも異常組織があり,同部の静脈がこの異常組織によって閉塞され血栓を形成していた. このような多彩な病態から診断を下すとして,縦隔・後腹膜線維症のみでは説明不可能なことは明らかだった.文献を調べても多尿,左鎖骨上窩

リンパ節腫脹,両側顎下腺腫脹,両側精巣・精巣上体腫脹を併存した後腹膜線維症は報告がなかった.さらに原因は? という疑問にはまったく不明と言わざるを得なかった.文献では続発性後腹膜線維症の原因として腫瘍,外傷,手術などが挙げられていたが,誘発薬として麦角製剤(メチセルジド,エルゴタミン,ジヒドロエルゴタミン)も報告されていた.この患者はジヒドロエルゴタミンを3年にわたって服用していたので,これらの文献に従うと後腹膜線維症は薬剤誘発性のもので,原因としてジヒドロエルゴタミンが最も疑わしい薬剤であった.

生検材料の組織学的所見とステロイド薬治療の開始

 左腎の機能低下,水腎症,左下肢静脈腫脹を緊急に取り除くため,第二外科と泌尿器科の協力のもと大動・静脈,左総腸骨動・静脈,左尿管周囲の組織を剥離し固定術,尿管再建術を行って,その組織を一部採取した.この組織学的所見はリンパ球,形質細胞,組織球の浸潤があり,線維化も著明で,(縦隔)後腹膜線維症と診断した.依然として原因は不明といわざるを得なかったが,臨床的,組織学的に急性期病変と判断しステロイド薬による治療を開始したところ,治療開始後3ヵ月までには血清学,生化学の異常値が正常化し,精巣・精巣上体は軟化し,鎖骨上窩リンパ節,両側顎下腺腫脹,陰嚢水腫も改善した.尿量は2L/日程度に少なくなった.胸水は漏出液で,入院直後から使った利尿薬により消失した.

88( 416) THE LUNG perspectives Vol.26 No.4

第18回(最終回) 35年の時空を超えて“蘇った”患者

KKR札幌医療センター名誉院長 川上 義和

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