lesson 7咳はどうして出るの…?(2) ·...

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Lesson 7 咳はどうして出るの…?(2) Lesson7 著 者:とうご小児科(松阪市) 院長  藤後 幸博 監 修:千葉大学医学部代謝生理学研究室 名誉教授 福田 康一郎 元三重大学医学部解剖学講座 助教授 大橋   剛 地方独立行政法人桑名市総合医療センター 理事長 竹田   寛 地方独立行政法人桑名市総合医療センター 副理事長 白石  泰三 京都大学医学部放射線遺伝学講座 教授 武田  俊一

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Page 1: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7著 者:とうご小児科(松阪市) 院長  藤後 幸博監 修:千葉大学医学部代謝生理学研究室 名誉教授 福田 康一郎    元三重大学医学部解剖学講座 助教授 大橋   剛    地方独立行政法人桑名市総合医療センター 理事長 竹田   寛    地方独立行政法人桑名市総合医療センター 副理事長 白石  泰三    京都大学医学部放射線遺伝学講座 教授 武田  俊一

施設名

FMX-C-0016(V01)審:4219092018年7月作成PI

禁無断転載  2012  2018 SHIONOGI◯C ◯C

Page 2: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

Lesson6 では,咳が出る,その寸前のところまでのお話をしました。今回は,

咳が実際に出る,そのしくみについてまずお話しし,その後,タンについてもお

話しします。ところで,実際には病気でなくても,ウソででも咳をすることはで

きますが,本当に出る咳は,空気の通り道(気道)になにか異変が起きなければ

出ることはありません。そして,咳を引き起こす異変の,その原因として最も多

いのが気道に生じる「タン」なのです。その昔,「どうして山に登るの?」と問

われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

ますが,「咳はどうして出るの…?」と問われたら,「そこ(気道)にタンがある

から」と答えてもよいくらいです。

そこで今回は咳が出るしくみの続きをお話ししてから,“咳が出る”そのそもそ

ものきっかけとなる「タン」ができるしくみについて、ドラマ風にして少し詳し

くお話しいたします。

お手元に Lesson1 ~ 6を置いて,それらを参考にしてお読みくださると,よ

り理解が深まると思います。

お母さんたちへ

今から 230 年も昔の江戸時代,オランダ語で書かれた一冊の解剖

学の本「ターヘル・アナトミア」が,杉田玄白という人によって翻

訳され「解体新書」という名で出版されました。

それは,当時の医師たちが,人間の「からだのしくみ」がよくわ

からないことには,人間のからだに起こる様々なできごと(病気も

もちろんそのひとつです)についても正しく理解することができな

いことに気付いたからなのです。以来今日まで,医学部の学生が医

学を学ぶにあたって,まず最初に勉強するのは解剖学なのです。

病気の子どもを看病するお母さんたちにとってもそれは同じこと

で, 病気を正しく理解するためには, なによりもまず「からだのしく

み」について,そのおおよそのことだけでも知っておくことが大切で

あり必要なことなのです。この小冊子は,そのような目的をかなえて

いただくために書かれた,ちょっぴり本格的な解剖・生理学の本です。

江戸時代の人たちが「ターヘル・アナトミア」という本を,未知

を知る感動と驚きの中で読み解いていったように,お母さんたちに

もこの小冊子を読み解いていただくことができたならば,それは,

この本の完成にたずさわった人たちみんなの喜びでもあります。

2 0 0 8 . 5 著者

かい たい しん しょ

タ ー ヘ ル   ア ナ ト ミ ア

お 母 さ ん の た め のか ら だ の し く み

・・

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 3: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

Lesson6 では,咳が出る,その寸前のところまでのお話をしました。今回は,

咳が実際に出る,そのしくみについてまずお話しし,その後,タンについてもお

話しします。ところで,実際には病気でなくても,ウソででも咳をすることはで

きますが,本当に出る咳は,空気の通り道(気道)になにか異変が起きなければ

出ることはありません。そして,咳を引き起こす異変の,その原因として最も多

いのが気道に生じる「タン」なのです。その昔,「どうして山に登るの?」と問

われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

ますが,「咳はどうして出るの…?」と問われたら,「そこ(気道)にタンがある

から」と答えてもよいくらいです。

そこで今回は咳が出るしくみの続きをお話ししてから,“咳が出る”そのそもそ

ものきっかけとなる「タン」ができるしくみについて、ドラマ風にして少し詳し

くお話しいたします。

お手元に Lesson1 ~ 6を置いて,それらを参考にしてお読みくださると,よ

り理解が深まると思います。

お母さんたちへ

今から 230 年も昔の江戸時代,オランダ語で書かれた一冊の解剖

学の本「ターヘル・アナトミア」が,杉田玄白という人によって翻

訳され「解体新書」という名で出版されました。

それは,当時の医師たちが,人間の「からだのしくみ」がよくわ

からないことには,人間のからだに起こる様々なできごと(病気も

もちろんそのひとつです)についても正しく理解することができな

いことに気付いたからなのです。以来今日まで,医学部の学生が医

学を学ぶにあたって,まず最初に勉強するのは解剖学なのです。

病気の子どもを看病するお母さんたちにとってもそれは同じこと

で, 病気を正しく理解するためには, なによりもまず「からだのしく

み」について,そのおおよそのことだけでも知っておくことが大切で

あり必要なことなのです。この小冊子は,そのような目的をかなえて

いただくために書かれた,ちょっぴり本格的な解剖・生理学の本です。

江戸時代の人たちが「ターヘル・アナトミア」という本を,未知

を知る感動と驚きの中で読み解いていったように,お母さんたちに

もこの小冊子を読み解いていただくことができたならば,それは,

この本の完成にたずさわった人たちみんなの喜びでもあります。

2 0 0 8 . 5 著者

かい たい しん しょ

タ ー ヘ ル   ア ナ ト ミ ア

お 母 さ ん の た め のか ら だ の し く み

・・

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 4: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

鼻 腔

咽 頭

食 道喉 頭

胸 膜

横隔膜

気管支

外耳道・鼓膜

センサー

気 管

咳を出すために,異常を感じるセンサーが

あるところ

咳の出るしくみ

1 息を吸う(声帯は開く)肺が膨らむ

2 声帯が閉じるので 空気は出られず, 肺はパンパンに。

3 肺がしめつけられ 空気は激しく逆流 声帯を無理に押し拡げて ゴホンゴホン!

咳が出る,その最初の引き金は,空気の通り道─のどや気管や気管支など─にあ

る咳のセンサーに,なにか異物がキャッチされたときでしたね。そして,

Lesson6では,『それらのセンサーが異物(異変)に感づくと,その情報は直に

センサーから脳(延髄)に伝えられ…。』というところまでをお話ししました。

ここからが今回のお話ですが,情報が脳に伝えられると,脳から肺の周りの筋肉

に「すばやく肺を膨らませなさい」という指令がまず出るのです。

ここでちょっと復習ですが,Leeson5で勉強したように,肺という空気の袋

は,それ自体では膨らんだりしぼんだりすることはできません。脳からの指令に

よって,肺を取り囲む筋肉(肋間筋や横隔膜)が伸びたり縮んだりすることで,

肺の周りの骨(肋骨や胸骨)も連動し,肺は膨らんだりしぼんだりするのです。

そして,肺が膨らむということは息を吸うということで肺に空気が入り,肺がし

ぼむということは息を吐くということで肺から空気が出て行きます。

ですから,「肺を膨らませなさい」という指令が出たということは,私たちは咳

をする寸前,無意識にスッと短く息を吸って肺を空気で膨らませているのです。

そして,ほぼ同時に空気の通り道である声帯(Lesson4,9ページ)にも脳から

指令が出て,肺の空気が声帯から漏れないように声帯を閉じさせてしまうので

す。そのため肺にはパンパンに空気がたまります。そうしておいてその直後に,

今度は胸の周りの筋肉に,「肺を素早く,そして強くしぼませなさい」という指令

が出るのです。その結果,肺がしぼむことで圧迫を受けた肺(肺胞)にたまった

空気は,肺胞→気管支→のどへと逃げ場を求めて激しく逆流し,最後に閉じられ

ていた声帯を無理に押し拡げて“ゴホン”と体の外へ吐き出されてしまうのです。

すなわち,“咳が出る”というのは,声を出すこと(Lesson4,9ページ)と基

本的には同じで,“息を吐く”ということなのです。その証拠に,咳が出ている

間は息を吐いているわけですから当然のことながら息を吸うことができません。

従って,たとえそれがウソでする咳であっても,本当の咳ならばなおのこと,連

続して咳をすればその間は息を吸えないのですから苦しくなってしまいます(試

してみてください)。百日咳の咳のように,連続して咳が出ると,赤ちゃんが窒

息してしまうキケン性があるのは,まさにここに原因があるのです。

そして,このようにして咳が出るとき,この空気のすさまじい流れに押し出され

て,空気の通り道に生じる異変の一つである異物(たとえばタン)も,体の外へ

ゴホンと出る咳と一緒に吐き出されてしまうのです。

咳の出るしくみ,前回と今回のお話でおわかりいただけましたでしょうか。それ

では次に,今回のもう一つのテーマ,そもそも咳がでる原因として最も多い「タ

ン」についてお話をいたしましょう。

・・

・・

ふく

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 5: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

鼻 腔

咽 頭

食 道喉 頭

胸 膜

横隔膜

気管支

外耳道・鼓膜

センサー

気 管

咳を出すために,異常を感じるセンサーが

あるところ

咳の出るしくみ

1 息を吸う(声帯は開く)肺が膨らむ

2 声帯が閉じるので 空気は出られず, 肺はパンパンに。

3 肺がしめつけられ 空気は激しく逆流 声帯を無理に押し拡げて ゴホンゴホン!

咳が出る,その最初の引き金は,空気の通り道─のどや気管や気管支など─にあ

る咳のセンサーに,なにか異物がキャッチされたときでしたね。そして,

Lesson6では,『それらのセンサーが異物(異変)に感づくと,その情報は直に

センサーから脳(延髄)に伝えられ…。』というところまでをお話ししました。

ここからが今回のお話ですが,情報が脳に伝えられると,脳から肺の周りの筋肉

に「すばやく肺を膨らませなさい」という指令がまず出るのです。

ここでちょっと復習ですが,Leeson5で勉強したように,肺という空気の袋

は,それ自体では膨らんだりしぼんだりすることはできません。脳からの指令に

よって,肺を取り囲む筋肉(肋間筋や横隔膜)が伸びたり縮んだりすることで,

肺の周りの骨(肋骨や胸骨)も連動し,肺は膨らんだりしぼんだりするのです。

そして,肺が膨らむということは息を吸うということで肺に空気が入り,肺がし

ぼむということは息を吐くということで肺から空気が出て行きます。

ですから,「肺を膨らませなさい」という指令が出たということは,私たちは咳

をする寸前,無意識にスッと短く息を吸って肺を空気で膨らませているのです。

そして,ほぼ同時に空気の通り道である声帯(Lesson4,9ページ)にも脳から

指令が出て,肺の空気が声帯から漏れないように声帯を閉じさせてしまうので

す。そのため肺にはパンパンに空気がたまります。そうしておいてその直後に,

今度は胸の周りの筋肉に,「肺を素早く,そして強くしぼませなさい」という指令

が出るのです。その結果,肺がしぼむことで圧迫を受けた肺(肺胞)にたまった

空気は,肺胞→気管支→のどへと逃げ場を求めて激しく逆流し,最後に閉じられ

ていた声帯を無理に押し拡げて“ゴホン”と体の外へ吐き出されてしまうのです。

すなわち,“咳が出る”というのは,声を出すこと(Lesson4,9ページ)と基

本的には同じで,“息を吐く”ということなのです。その証拠に,咳が出ている

間は息を吐いているわけですから当然のことながら息を吸うことができません。

従って,たとえそれがウソでする咳であっても,本当の咳ならばなおのこと,連

続して咳をすればその間は息を吸えないのですから苦しくなってしまいます(試

してみてください)。百日咳の咳のように,連続して咳が出ると,赤ちゃんが窒

息してしまうキケン性があるのは,まさにここに原因があるのです。

そして,このようにして咳が出るとき,この空気のすさまじい流れに押し出され

て,空気の通り道に生じる異変の一つである異物(たとえばタン)も,体の外へ

ゴホンと出る咳と一緒に吐き出されてしまうのです。

咳の出るしくみ,前回と今回のお話でおわかりいただけましたでしょうか。それ

では次に,今回のもう一つのテーマ,そもそも咳がでる原因として最も多い「タ

ン」についてお話をいたしましょう。

・・

・・

ふく

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 6: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

て咳が出ることもあります。この場合の異物は鼻水や胃の内容物で,これらが

のどにある咳のセンサーにキャッチされ,それらを取り除こうとして咳が出るの

です。咳がなかなか止まらないときは,この副鼻腔炎や胃食道逆流症がその原因

になっていることもあるので注意が必要です。喘息と間違われるほどの咳が出る

こともあります。

そのほか,タバコの煙,刺激性の化学物質などによっても,のどや気管支が刺激

されて咳が出ることもあります。

しかし,なんといっても咳が出るその一番の原因は,気管支炎や肺炎や喘息のと

きに気管支の中に生じる「タン」で,このタンが異物として気管支や気管にある

咳のセンサーにキャッチされ,そのタンを出すために,ゴホン,ゴホンと,まさ

にタンがらみの咳が出るのです。

では,どのようにしてタンはできるのでしょうか。ペッと吐き出してしまうタン

ですが,タンができるしくみはそう簡単ではないのです。次に,少し順序立てて

お話ししてみましょう。

■ネバネバパワーとゴミ出し装置

Lesson2の 11ページのところで,気管や気管支の内側の部分にある粘膜から

は,ネバネバした粘液という液が出るしくみについてお話ししました。

私たちが呼吸する空気には,チリ,ホコリ,バイ菌など,異物がいっぱい含まれて

います。空気を吸い込めば,当然それらの異物も空気と一緒に気管や気管支の中に

入ってきます。Lesson3で勉強したように,空気は最終的には肺胞に入り,そこ

で空気に含まれる酸素が体内に取り込まれるわけですが,肺胞にきれいな空気だけ

を送り届けるためには,空気中のチリ,ホコリ,バイ菌などの異物を,空気が肺胞

にたどりつくまでの間に取り除いてしまわねばなりません。そのために,気管・気

管支という空気の通り道(トンネル)の内側は粘膜という膜で被われていて,

■いろいろな異物

咳を引き起こす原因としての異物の中で,最も多いのは確かに「タン」なのです

が,異物はタンだけではありません。タンについてお話しする前に,そのことに

ついても少し触れておきましょう。

急いでごはんを食べたときに,ごは

ん粒が危うく気管の方に入りかけて

出る咳は,ごはん粒が異物で,ごは

ん粒が気管という空気の通り道に

入って空気の通りをじゃましないよ

うに,気管の入り口のところにある

センサーがキャッチして咳を出させ,

ごはん粒をゴホンという咳と一緒に

吐き出してしまうのです。

のどの入り口(咽頭)にバイ菌が

くっついてそこが赤く腫れたりする

とき(咽頭炎といいます)にも咳が出

ますが,そのときの咳は,のどが赤く

腫れたときのそのイガイガした感じを

のどの入り口のセンサーがキャッチし

たからです。よくいうところの咳ばら

い(エヘンムシ)の咳で,カゼ(咽頭

炎)の咳はたいていこれです。

副鼻腔炎(蓄膿症)で鼻水がのどに垂

れ落ちたり,胃食道逆流症という病気

のときに胃の中のものがのどに逆流し

・・

・・

・・

・・

・・

・・

・・

ふく び くうえん ちく のうしょう

いんとう えん

ぜん そく

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 7: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

て咳が出ることもあります。この場合の異物は鼻水や胃の内容物で,これらが

のどにある咳のセンサーにキャッチされ,それらを取り除こうとして咳が出るの

です。咳がなかなか止まらないときは,この副鼻腔炎や胃食道逆流症がその原因

になっていることもあるので注意が必要です。喘息と間違われるほどの咳が出る

こともあります。

そのほか,タバコの煙,刺激性の化学物質などによっても,のどや気管支が刺激

されて咳が出ることもあります。

しかし,なんといっても咳が出るその一番の原因は,気管支炎や肺炎や喘息のと

きに気管支の中に生じる「タン」で,このタンが異物として気管支や気管にある

咳のセンサーにキャッチされ,そのタンを出すために,ゴホン,ゴホンと,まさ

にタンがらみの咳が出るのです。

では,どのようにしてタンはできるのでしょうか。ペッと吐き出してしまうタン

ですが,タンができるしくみはそう簡単ではないのです。次に,少し順序立てて

お話ししてみましょう。

■ネバネバパワーとゴミ出し装置

Lesson2の 11ページのところで,気管や気管支の内側の部分にある粘膜から

は,ネバネバした粘液という液が出るしくみについてお話ししました。

私たちが呼吸する空気には,チリ,ホコリ,バイ菌など,異物がいっぱい含まれて

います。空気を吸い込めば,当然それらの異物も空気と一緒に気管や気管支の中に

入ってきます。Lesson3で勉強したように,空気は最終的には肺胞に入り,そこ

で空気に含まれる酸素が体内に取り込まれるわけですが,肺胞にきれいな空気だけ

を送り届けるためには,空気中のチリ,ホコリ,バイ菌などの異物を,空気が肺胞

にたどりつくまでの間に取り除いてしまわねばなりません。そのために,気管・気

管支という空気の通り道(トンネル)の内側は粘膜という膜で被われていて,

■いろいろな異物

咳を引き起こす原因としての異物の中で,最も多いのは確かに「タン」なのです

が,異物はタンだけではありません。タンについてお話しする前に,そのことに

ついても少し触れておきましょう。

急いでごはんを食べたときに,ごは

ん粒が危うく気管の方に入りかけて

出る咳は,ごはん粒が異物で,ごは

ん粒が気管という空気の通り道に

入って空気の通りをじゃましないよ

うに,気管の入り口のところにある

センサーがキャッチして咳を出させ,

ごはん粒をゴホンという咳と一緒に

吐き出してしまうのです。

のどの入り口(咽頭)にバイ菌が

くっついてそこが赤く腫れたりする

とき(咽頭炎といいます)にも咳が出

ますが,そのときの咳は,のどが赤く

腫れたときのそのイガイガした感じを

のどの入り口のセンサーがキャッチし

たからです。よくいうところの咳ばら

い(エヘンムシ)の咳で,カゼ(咽頭

炎)の咳はたいていこれです。

副鼻腔炎(蓄膿症)で鼻水がのどに垂

れ落ちたり,胃食道逆流症という病気

のときに胃の中のものがのどに逆流し

・・

・・

・・

・・

・・

・・

・・

ふく び くうえん ちく のうしょう

いんとう えん

ぜん そく

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 8: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

タン

粘液の層

線毛(繊毛)

粘 液

異 物

杯細胞(粘液を分泌)

(      )チリ,ホコリ,バイ菌など

線毛(繊毛)上皮細胞

そこから出るネバネバした液(粘液)が,それらの異物をからめ取ってくれる

のです(Lesson6,12ページ)。このネバネバ液(粘液)は粘膜の杯細胞や気

管支腺から出ているのですが,粘膜には今一つ,線毛(繊毛)上皮細胞というヒ

ゲを生やした細胞(Lesson2,11~ 12ページ)があり,一方向にだけ,その

ヒゲを1秒間に約12回の割りでリズミカルになびかせています。ネバネバ液

(粘液)は,この線毛に覆い被さるようにして層(粘膜,その厚さは1000分の

5㎜)を作っているのですが,前のところで少しお話ししたように,空気ととも

に気管・気管支に侵入してきたチリ,ホコリ,バイ菌などの異物は,ちょうどハ

エがハエ取り紙にくっつくように,このネバネバ液にからめ取られてしまうので

す。そして,線毛(繊毛)の一方向への動きによって,1分間に20~30㎜ の

速度で,空気が入ってくるのとは反対に,気管支→気管を経てだんだんにのどの

方に向かって運び出されていきます。まるでエスカレーターに乗るようにして運

び出されていくため,このしくみを「粘液線毛エスカレーター」と呼んでいます。

のどに運び出されるこのネバネバ液は,とても少しずつ少しずつのどに出ていく

だけですので,その都度ゴックンと無意識のうちに食道の方に飲み込まれてしま

い(Lesson1,3~ 4ページ),後でお話しする「タン」にはなりません。そ

れでも,どうしても空気中の一部のチリやホコリやバイ菌は粘液線毛エスカレー

ターに逆らって肺胞まで行ってしまいます。肺胞にはヒゲはありません。すなわ

ち,エスカレーターはないのですが,この場合は肺胞の中にマクロファージ(大

食細胞)という名前からして「なんでも食べちゃうぞ」という細胞がいて,肺胞

に入り込んだ異物を食べてきれいにしてくれます。このマクロファージは後の

「免疫」のお話のところでも出てきますので,その名前を覚えておいてください。

今までお話ししてきたように,空気と一緒に気管・気管支に侵入してきたチリ,

ホコリ,バイ菌などの異物は,通常は粘液線毛エスカレーターによってのどに運

ばれ,無意識のうちに飲み込まれて食道を経て胃に至り,胃液などによって消化

(処理)されてしまうのですが,ときに,からめ取られた異物であるチリ,ホコリ,

バイ菌と,私たちの体との間でトラブルが

起こることがあります。このトラブルに

よって引き起こされるドラマ(この後,詳

しくお話しします)のことを,医学の世界

では“炎症”と呼んでいるのです。そして,

結論的にいえば,このトラブル(炎症)の

結果,気管支に“まとまってできるネバネ

バ液”が,ほかならぬ「タン」なのです。

めんえき

つ ど

・・

・・

・・ ・・

ところで,私たちの体に侵入して悪さをする微生物のことを「病原体」といいます。俗にいう「バイ菌」のことです。その代表がウイルスと細菌で,細菌の大きさは約 1000分の1㎜,ウイルスはその 100~ 1000分の 1の大きさです。この Lesson7では,「病原体」のことを,お母さんたちの耳に馴染みやすいように「バイ菌」と表現しました。

● ● ● ● ●バ イ 菌 と は

さかずき

さか

タンを運び出す気管支の図のど 気管支,肺

線毛の波うち運動が,粘液と一緒に異物をのどの方へ運ぶ。

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 9: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

タン

粘液の層

線毛(繊毛)

粘 液

異 物

杯細胞(粘液を分泌)

(      )チリ,ホコリ,バイ菌など

線毛(繊毛)上皮細胞

そこから出るネバネバした液(粘液)が,それらの異物をからめ取ってくれる

のです(Lesson6,12ページ)。このネバネバ液(粘液)は粘膜の杯細胞や気

管支腺から出ているのですが,粘膜には今一つ,線毛(繊毛)上皮細胞というヒ

ゲを生やした細胞(Lesson2,11~ 12ページ)があり,一方向にだけ,その

ヒゲを1秒間に約12回の割りでリズミカルになびかせています。ネバネバ液

(粘液)は,この線毛に覆い被さるようにして層(粘膜,その厚さは1000分の

5㎜)を作っているのですが,前のところで少しお話ししたように,空気ととも

に気管・気管支に侵入してきたチリ,ホコリ,バイ菌などの異物は,ちょうどハ

エがハエ取り紙にくっつくように,このネバネバ液にからめ取られてしまうので

す。そして,線毛(繊毛)の一方向への動きによって,1分間に20~30㎜ の

速度で,空気が入ってくるのとは反対に,気管支→気管を経てだんだんにのどの

方に向かって運び出されていきます。まるでエスカレーターに乗るようにして運

び出されていくため,このしくみを「粘液線毛エスカレーター」と呼んでいます。

のどに運び出されるこのネバネバ液は,とても少しずつ少しずつのどに出ていく

だけですので,その都度ゴックンと無意識のうちに食道の方に飲み込まれてしま

い(Lesson1,3~ 4ページ),後でお話しする「タン」にはなりません。そ

れでも,どうしても空気中の一部のチリやホコリやバイ菌は粘液線毛エスカレー

ターに逆らって肺胞まで行ってしまいます。肺胞にはヒゲはありません。すなわ

ち,エスカレーターはないのですが,この場合は肺胞の中にマクロファージ(大

食細胞)という名前からして「なんでも食べちゃうぞ」という細胞がいて,肺胞

に入り込んだ異物を食べてきれいにしてくれます。このマクロファージは後の

「免疫」のお話のところでも出てきますので,その名前を覚えておいてください。

今までお話ししてきたように,空気と一緒に気管・気管支に侵入してきたチリ,

ホコリ,バイ菌などの異物は,通常は粘液線毛エスカレーターによってのどに運

ばれ,無意識のうちに飲み込まれて食道を経て胃に至り,胃液などによって消化

(処理)されてしまうのですが,ときに,からめ取られた異物であるチリ,ホコリ,

バイ菌と,私たちの体との間でトラブルが

起こることがあります。このトラブルに

よって引き起こされるドラマ(この後,詳

しくお話しします)のことを,医学の世界

では“炎症”と呼んでいるのです。そして,

結論的にいえば,このトラブル(炎症)の

結果,気管支に“まとまってできるネバネ

バ液”が,ほかならぬ「タン」なのです。

めんえき

つ ど

・・

・・

・・ ・・

ところで,私たちの体に侵入して悪さをする微生物のことを「病原体」といいます。俗にいう「バイ菌」のことです。その代表がウイルスと細菌で,細菌の大きさは約 1000分の1㎜,ウイルスはその 100~ 1000分の 1の大きさです。この Lesson7では,「病原体」のことを,お母さんたちの耳に馴染みやすいように「バイ菌」と表現しました。

● ● ● ● ●バ イ 菌 と は

さかずき

さか

タンを運び出す気管支の図のど 気管支,肺

線毛の波うち運動が,粘液と一緒に異物をのどの方へ運ぶ。

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 10: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

※マスト細胞のマストは“Mast”と綴りますが,英語の「帆柱」ではなく,「まるまる太った」という意味の ドイツ語で,日本語では「肥満細胞」と名付けられました。

★ 寄生虫を排除するなど,  良い面もあります。

それでは炎症とはなにか,ここでもう少し詳しくお話ししましょう。でも,この

炎症のお話をする前に,どうしても知っておいていただかねばならないのが“免

疫”なのです。なぜなら,免疫というドラマがあるところに炎症があるからです。

■免疫を受け持つ細胞─免疫というドラマを演じる役者です─

免疫という言葉も比較的よく一般的な会話の中に登場してきます。いつもなにか

につけてガミガミと小言をいうお姑さんがいたとすると,それに対してお嫁さん

が周りの人に,「ガミガミいわれても,いつものことでもう免疫ができているから

平気よ」…なんていったりしますね。でも私たちの体の中に起こる“免疫”とは

いったいどんなしくみになっているのでしょうか。炎症のお話をする前に,まず

この免疫について勉強してみましょう。

私たちの体は60兆個というとてもたくさんの細胞によってできています。そして

その細胞の一つひとつが,私たちが生きていくために必要な役割分担をしています。

“免疫”においても例外ではなく,免疫を担当する細胞たちがいるのです。そし

て,これらの細胞は免疫細胞と呼ばれ,白血球の仲間たちです。その代表的なも

のとしては,好中球,マクロファージ(大食細胞),樹状細胞,B細胞(抗体産生

B細胞やメモリー B細胞です),T細胞(ヘルパー T細胞やキラー T細胞,メモ

リー T細胞などです),それにマスト細胞※(肥満細胞)などです。免疫を担当する

細胞の名前,なんだか難しそうですが,次にお話しする免疫劇場の役者たちの名

前だと思って覚えておいてください。

これらの免疫細胞は,血管や,血管と同じように全身にはりめぐらされていて最

終的には血管とも繋がっているリンパ管(そのところどころにあるのがリンパ節

で,俗にいうグリグリです)の中を,血液やリンパ液の流れを利用して体のどこ

にでも出かけていきます。ですから,空気の通り道である鼻・気管支・肺,食べ

ものの通り道である口・食道・胃・腸,それに皮膚など,私たちの体のあちこち

の組織の中にいるのです。

免疫劇場の免疫劇を見る前に,まずキャストを発表しましょう。好中球,マクロ

ファージ,樹状細胞などの細胞は食いしんぼう屋さんの役です。ヘルパーT細胞

はおしゃべり屋さん,キラーT細胞は殺し屋さんで,抗体産生B細胞も殺し屋さ

んなのですがこちらは手裏剣の名手です。メモリーB細胞やメモリーT細胞は記

憶力が抜群のメモ魔の役です。太っちょのマスト細胞※はおなかの中にいっぱいな

にかをため込んだ,なにやらひとクセありそうな悪漢です。

それでは,キャストも決まったところで,いよいよ免疫劇の「はじまり,はじま

り」です。

ド ラ マ

あっかん

ひ ふ

つな

ド ラ マ

好中球 マクロファージ(大食細胞)

樹状細胞 マスト細胞(肥満細胞)

ヘルパーT細胞 キラーT細胞 抗体産生B細胞手裏剣(“抗体”という名の飛び道具)の名手

メモリー細胞B細胞とT細胞から変身します。

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 11: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

※マスト細胞のマストは“Mast”と綴りますが,英語の「帆柱」ではなく,「まるまる太った」という意味の ドイツ語で,日本語では「肥満細胞」と名付けられました。

★ 寄生虫を排除するなど,  良い面もあります。

それでは炎症とはなにか,ここでもう少し詳しくお話ししましょう。でも,この

炎症のお話をする前に,どうしても知っておいていただかねばならないのが“免

疫”なのです。なぜなら,免疫というドラマがあるところに炎症があるからです。

■免疫を受け持つ細胞─免疫というドラマを演じる役者です─

免疫という言葉も比較的よく一般的な会話の中に登場してきます。いつもなにか

につけてガミガミと小言をいうお姑さんがいたとすると,それに対してお嫁さん

が周りの人に,「ガミガミいわれても,いつものことでもう免疫ができているから

平気よ」…なんていったりしますね。でも私たちの体の中に起こる“免疫”とは

いったいどんなしくみになっているのでしょうか。炎症のお話をする前に,まず

この免疫について勉強してみましょう。

私たちの体は60兆個というとてもたくさんの細胞によってできています。そして

その細胞の一つひとつが,私たちが生きていくために必要な役割分担をしています。

“免疫”においても例外ではなく,免疫を担当する細胞たちがいるのです。そし

て,これらの細胞は免疫細胞と呼ばれ,白血球の仲間たちです。その代表的なも

のとしては,好中球,マクロファージ(大食細胞),樹状細胞,B細胞(抗体産生

B細胞やメモリー B細胞です),T細胞(ヘルパー T細胞やキラー T細胞,メモ

リー T細胞などです),それにマスト細胞※(肥満細胞)などです。免疫を担当する

細胞の名前,なんだか難しそうですが,次にお話しする免疫劇場の役者たちの名

前だと思って覚えておいてください。

これらの免疫細胞は,血管や,血管と同じように全身にはりめぐらされていて最

終的には血管とも繋がっているリンパ管(そのところどころにあるのがリンパ節

で,俗にいうグリグリです)の中を,血液やリンパ液の流れを利用して体のどこ

にでも出かけていきます。ですから,空気の通り道である鼻・気管支・肺,食べ

ものの通り道である口・食道・胃・腸,それに皮膚など,私たちの体のあちこち

の組織の中にいるのです。

免疫劇場の免疫劇を見る前に,まずキャストを発表しましょう。好中球,マクロ

ファージ,樹状細胞などの細胞は食いしんぼう屋さんの役です。ヘルパーT細胞

はおしゃべり屋さん,キラーT細胞は殺し屋さんで,抗体産生B細胞も殺し屋さ

んなのですがこちらは手裏剣の名手です。メモリーB細胞やメモリーT細胞は記

憶力が抜群のメモ魔の役です。太っちょのマスト細胞※はおなかの中にいっぱいな

にかをため込んだ,なにやらひとクセありそうな悪漢です。

それでは,キャストも決まったところで,いよいよ免疫劇の「はじまり,はじま

り」です。

ド ラ マ

あっかん

ひ ふ

つな

ド ラ マ

好中球 マクロファージ(大食細胞)

樹状細胞 マスト細胞(肥満細胞)

ヘルパーT細胞 キラーT細胞 抗体産生B細胞手裏剣(“抗体”という名の飛び道具)の名手

メモリー細胞B細胞とT細胞から変身します。

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 12: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

❶免疫を受け持つ細胞がバイ菌(病原体)を

 やっつけるしくみ(ドラマ)

ウイルスや細菌などのバイ菌が私たちの体に侵入すると,好中球,マクロファー

ジ,樹状細胞という免疫細胞の中でも“食細胞”,あるいはなんでも貪欲に食べる

ので“貪食細胞”と呼ばれる食いしんぼうの細胞がそれらのバイ菌を食べてしま

い,その後,それらの細胞の中で食べたバイ菌を粉々に分解してやっつけてしま

います。細菌というバイ菌はたいていこれでアウトですが,その際,バイ菌を食

べたマクロファージや樹状細胞は,その分解されて粉々になったバイ菌のカケラ

を「こんなの食べたよ」と、おしゃべり細胞のヘルパーT細胞に渡します。する

と,そのカケラを渡されたヘルパーT細胞はそれを見て「こんなバイ菌が侵入し

てきたぞー」とその周辺のほかの免疫細胞に宛て,17ページでお話しする「サ

イトカイン」という名前の情報伝達物質を放出して知らせます。すると,その知

らせを受けた食いしんぼう屋さんのマクロファージは,「OK,了解」とバリバ

リ働きはじめ,より一層バイ菌を食べるようになります。それだけではありませ

ん。その知らせが伝わると,やはりT細胞の仲間で,その名前からしてすごい殺

し屋さんのキラーT細胞が,「俺の出番だ」と出てきます。どん よく

どんしょく

ここでちょっと寄り道をして,ウイルスについて少しお話をしておきます。インフルエンザ,水ぼうそう,おたふくかぜ,はしか,ポリオ,エイズなどはウイルスによって起こる病気ですが,これらウイルスは,私たちの体を構成する細胞の中にもぐり込んで,ずうずうしくも私たちの体の細胞の中で仲間を増やし,仲間がいっぱいできると私たちの体の細胞を壊してとび出し,次々とその周辺の細胞に入り込んではまた同じことを繰り返して増え続けるという,とてもたちの悪いバイ菌なのです。でも,逆にいえばウイルスは,私たちの体の細胞の中に入り込めないと増えることはもちろん,そのままでは短い時間しか生きていくことができないバイ菌なのです。

● ● ● ● ● ●ウ イ ル ス と は

あて

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 13: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

❶免疫を受け持つ細胞がバイ菌(病原体)を

 やっつけるしくみ(ドラマ)

ウイルスや細菌などのバイ菌が私たちの体に侵入すると,好中球,マクロファー

ジ,樹状細胞という免疫細胞の中でも“食細胞”,あるいはなんでも貪欲に食べる

ので“貪食細胞”と呼ばれる食いしんぼうの細胞がそれらのバイ菌を食べてしま

い,その後,それらの細胞の中で食べたバイ菌を粉々に分解してやっつけてしま

います。細菌というバイ菌はたいていこれでアウトですが,その際,バイ菌を食

べたマクロファージや樹状細胞は,その分解されて粉々になったバイ菌のカケラ

を「こんなの食べたよ」と、おしゃべり細胞のヘルパーT細胞に渡します。する

と,そのカケラを渡されたヘルパーT細胞はそれを見て「こんなバイ菌が侵入し

てきたぞー」とその周辺のほかの免疫細胞に宛て,17ページでお話しする「サ

イトカイン」という名前の情報伝達物質を放出して知らせます。すると,その知

らせを受けた食いしんぼう屋さんのマクロファージは,「OK,了解」とバリバ

リ働きはじめ,より一層バイ菌を食べるようになります。それだけではありませ

ん。その知らせが伝わると,やはりT細胞の仲間で,その名前からしてすごい殺

し屋さんのキラーT細胞が,「俺の出番だ」と出てきます。どん よく

どんしょく

ここでちょっと寄り道をして,ウイルスについて少しお話をしておきます。インフルエンザ,水ぼうそう,おたふくかぜ,はしか,ポリオ,エイズなどはウイルスによって起こる病気ですが,これらウイルスは,私たちの体を構成する細胞の中にもぐり込んで,ずうずうしくも私たちの体の細胞の中で仲間を増やし,仲間がいっぱいできると私たちの体の細胞を壊してとび出し,次々とその周辺の細胞に入り込んではまた同じことを繰り返して増え続けるという,とてもたちの悪いバイ菌なのです。でも,逆にいえばウイルスは,私たちの体の細胞の中に入り込めないと増えることはもちろん,そのままでは短い時間しか生きていくことができないバイ菌なのです。

● ● ● ● ● ●ウ イ ル ス と は

あて

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 14: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

:抗体:抗体細胞に入り込んだウイルス

メモリー細胞(T・B)

細胞↑

バイ菌はバイ菌でも,このウイルスというバイ菌は,私たちの体に侵入すると,

なによりも自らが生きるために,そして仲間を増やすために,私たちの体の細胞

にもぐり込んで隠れてしまいます。そのため,食いしんぼう細胞は,ウイルスを

食べようにもウイルスがどこに行ってしまったのかわからなくなってしまうので

食べることができません。しかし,このキラーT細胞は,ウイルスが入り込んだ

細胞を見逃さず,ちょっと乱暴なやり方ですが,その細胞ごとウイルスをやっつ

けてしまうのです。ただ,キラーT細胞も,ウイルスを細胞ごとやっつけること

はできても,細胞に入り込む前のフリーでいるウイルスそのものを攻撃すること

はできません。その役割をするのが次に登場するB細胞なのです。

ヘルパーT細胞が放出したこのサイトカインのお知らせは,B細胞という免疫細胞

にも伝わります。するとB細胞の中の抗体産生B細胞は,侵入してきた細菌やウ

イルスなどのバイ菌に抵抗する物体(英語では antibody といいます),“抗体”と

いう名の手裏剣を作り出し,それらのバイ菌に投げつけます。すると,手裏剣す

なわち“抗体”は,細菌が出す毒素にくっついてその働きを止めたり,細菌その

ものにもくっついて抗体自らが目印となり「細菌がここにいるから早く食べ

ちゃって」とマクロファージや樹状細胞に教えたり,ウイルスにくっついてウイ

ルスが私たちの体の細胞に侵入できない(侵入できなければ増えることができず

死滅してしまいます)ようにしたりするのです。

いま一つB細胞やT細胞がすごいのは,侵入してきたバイ菌をメモして覚えている

メモ魔のようなメモリー細胞(メモリーB細胞やメモリーT細胞)に変身するもの

がいることです。このメモリー細胞はなかなかの長生きで,何年経ってからでも,

同じバイ菌に出会うとメモ帳を取り出して前に侵入したバイ菌のことをすぐに思い

出し,すばやく抗体やキラーT細胞を作り出して,そのバイ菌を先ほどお話しし

た方法でサッサとやっつけてしまうのです。

しかし,いつも免疫細胞の方が勝利するとは限りません。互いの戦いの中で傷つ

き倒れるものもたくさんいるのです。勝利したとしても,戦いの後は,双方の死

骸がいっぱいなのです。

・ ・ところで,水ぼうそうやおたふくかぜ,はしかにかかると,次はかからないか,かかっても軽く済むのも,このメモリーB細胞やメモリーT細胞の働きによるものなのです。ワクチンはこのしくみを利用したもので,予防しようと思うバイ菌を,発病しない程度に弱めたり(生ワクチン),殺菌したりしたもの(不活化ワクチン)を私たちの体の中に注射などで入れ(予防接種),そのバイ菌を記憶してくれるメモリー細胞をあらかじめ作っておくわけです。そうすれば,いつの日か予防したかったそのバイ菌が私たちの体に侵入してきても,すばやく抗体やキラーT細胞を造り出すことができるため,そのバイ菌を容易にやっつけることができるのです。

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●メ モ リ ー 細 胞 の お 仕 事

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 15: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

:抗体:抗体細胞に入り込んだウイルス

メモリー細胞(T・B)

細胞↑

バイ菌はバイ菌でも,このウイルスというバイ菌は,私たちの体に侵入すると,

なによりも自らが生きるために,そして仲間を増やすために,私たちの体の細胞

にもぐり込んで隠れてしまいます。そのため,食いしんぼう細胞は,ウイルスを

食べようにもウイルスがどこに行ってしまったのかわからなくなってしまうので

食べることができません。しかし,このキラーT細胞は,ウイルスが入り込んだ

細胞を見逃さず,ちょっと乱暴なやり方ですが,その細胞ごとウイルスをやっつ

けてしまうのです。ただ,キラーT細胞も,ウイルスを細胞ごとやっつけること

はできても,細胞に入り込む前のフリーでいるウイルスそのものを攻撃すること

はできません。その役割をするのが次に登場するB細胞なのです。

ヘルパーT細胞が放出したこのサイトカインのお知らせは,B細胞という免疫細胞

にも伝わります。するとB細胞の中の抗体産生B細胞は,侵入してきた細菌やウ

イルスなどのバイ菌に抵抗する物体(英語では antibody といいます),“抗体”と

いう名の手裏剣を作り出し,それらのバイ菌に投げつけます。すると,手裏剣す

なわち“抗体”は,細菌が出す毒素にくっついてその働きを止めたり,細菌その

ものにもくっついて抗体自らが目印となり「細菌がここにいるから早く食べ

ちゃって」とマクロファージや樹状細胞に教えたり,ウイルスにくっついてウイ

ルスが私たちの体の細胞に侵入できない(侵入できなければ増えることができず

死滅してしまいます)ようにしたりするのです。

いま一つB細胞やT細胞がすごいのは,侵入してきたバイ菌をメモして覚えている

メモ魔のようなメモリー細胞(メモリーB細胞やメモリーT細胞)に変身するもの

がいることです。このメモリー細胞はなかなかの長生きで,何年経ってからでも,

同じバイ菌に出会うとメモ帳を取り出して前に侵入したバイ菌のことをすぐに思い

出し,すばやく抗体やキラーT細胞を作り出して,そのバイ菌を先ほどお話しし

た方法でサッサとやっつけてしまうのです。

しかし,いつも免疫細胞の方が勝利するとは限りません。互いの戦いの中で傷つ

き倒れるものもたくさんいるのです。勝利したとしても,戦いの後は,双方の死

骸がいっぱいなのです。

・ ・ところで,水ぼうそうやおたふくかぜ,はしかにかかると,次はかからないか,かかっても軽く済むのも,このメモリーB細胞やメモリーT細胞の働きによるものなのです。ワクチンはこのしくみを利用したもので,予防しようと思うバイ菌を,発病しない程度に弱めたり(生ワクチン),殺菌したりしたもの(不活化ワクチン)を私たちの体の中に注射などで入れ(予防接種),そのバイ菌を記憶してくれるメモリー細胞をあらかじめ作っておくわけです。そうすれば,いつの日か予防したかったそのバイ菌が私たちの体に侵入してきても,すばやく抗体やキラーT細胞を造り出すことができるため,そのバイ菌を容易にやっつけることができるのです。

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●メ モ リ ー 細 胞 の お 仕 事

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 16: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

❷免疫を受け持つ細胞がアレルギーを起こすしくみ(ドラマ)よいことづくめの免疫にも少し困ったことがあります。それは,ある体質の人で

は,ほかの人ならもともと無害なもの(例えばチリやホコリの中に含まれている

スギ花粉やダニの破片,卵や牛乳などの食品など)に対しても免疫細胞が働い

て,それらを攻撃してしまうことがあるのです。この困った免疫劇によって起こ

るのが「アレルギー」なのです。

体質的(遺伝的)にアレルギーを起こしやすい人のことをアトピー体質と呼びま

す。アトピーというとアトピー性皮フ炎のことのように思っている人がいますが,

本来はそうではないのです。アトピー体質の人は,そうでない体質の人にとっては

なんの害もない花粉や卵やダニ(その破片)が,体の中に入ってくることによりア

レルギーが起こり,花粉症やアトピー性皮フ炎や喘息を起こしてしまうのです。

それでは次に,このアレルギーのしくみについて,ここでは気管支に起こるアレル

ギーの代表“喘息”を例にとってお話ししましょう。

アレルギーを起こす原因物質のことを“アレルゲン”といいますが,例えばダニの

破片が私たちの気管支の中に入ってくると,免疫細胞の中のマクロファージや樹状

細胞などの食細胞がバイ菌のときと同じようにそれを食べて,自らの細胞の中でそ

れをバラバラに分解してしまいます。そして分解されて粉々になった細片を,「こ

んなの食べちゃったよ」とヘルパーT細胞に渡します。すると,ヘルパーT細胞が

サイトカインを放出し,周辺にそのことを知らせます。ここまではバイ菌のときと

よく似ていますね。ここからが少し違うのですが,このときできたサイトカインの

お知らせがB細胞に伝わると,B細胞は抗体は抗体でも“IgE抗体”という抗体を

作り出します。この IgE抗体が,人間の体にとって良くない化学物質をいっぱい

ため込んだ太っちょのマスト細胞(肥満細胞)という細胞の表面にとりつきます。

そこへ再び,アレルゲンであるダニの破片がやってきてこの IgE抗体にくっつく

と,マスト細胞は,細胞中にため込んでいた化学物質をダダダダッと出すのです。

この化学物質,その代表がヒスタミンやロイコトリエンと呼ばれる物質で,これ

らの化学物質が気管支に良くない反応を起こさせるのです。気管支の構造

(Lesson2)は,バウムクーヘンのような構造で,その真ん中の穴の中を空気が

通ります。そして,その空気の通り道を粘膜が取り巻き,一番外側を筋肉がぐる

りと取り囲んでいるのです。ところが,このヒスタミンやロイコトリエンは,①気

管支の筋肉を収縮させて気管支を締めつけ,②粘膜を腫れさせて空気の通り道を狭

くし,③杯細胞や気管支腺から空気の通り道に粘液を出させて空気の流れを妨害し

ます。さらに,Lesson6 の 11 ページでお話しした C線維から放出された化学

物質(サブスタンスP)も杯細胞や気管支腺から粘液を出させます。あれやこれ

やで空気の通り道はとても狭くなってしまい空気が通れなくなってしまいます。

空気が通れなくなったらこれは大変!肺(肺胞)に空気が届けられなくなって酸

素不足になってしまいます。そこでなんとか少しでもたくさん空気を吸おうとし

てハアハアと喘ぐような息をする,ということで「喘息」という病名ができ上

がったわけです。なお,このとき出る粘液は今回のテーマ「タン」の組成の中の

主要な成分の1つであることを覚えておいてください。

健康な状態の気管支の断面(イメージ)

ヒスタミンやロイコトリエンの影響で狭くなった気管支(イメージ)

ド ラ マ

さかずき

マスト細胞(肥満細胞)

─悪いやつです─

:IgE 抗体

ヒスタミンロイコトリエン

ダニ

気管支の内腔(空気の通り道)

●筋肉

●粘膜 タン

・ ・

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 17: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

❷免疫を受け持つ細胞がアレルギーを起こすしくみ(ドラマ)よいことづくめの免疫にも少し困ったことがあります。それは,ある体質の人で

は,ほかの人ならもともと無害なもの(例えばチリやホコリの中に含まれている

スギ花粉やダニの破片,卵や牛乳などの食品など)に対しても免疫細胞が働い

て,それらを攻撃してしまうことがあるのです。この困った免疫劇によって起こ

るのが「アレルギー」なのです。

体質的(遺伝的)にアレルギーを起こしやすい人のことをアトピー体質と呼びま

す。アトピーというとアトピー性皮フ炎のことのように思っている人がいますが,

本来はそうではないのです。アトピー体質の人は,そうでない体質の人にとっては

なんの害もない花粉や卵やダニ(その破片)が,体の中に入ってくることによりア

レルギーが起こり,花粉症やアトピー性皮フ炎や喘息を起こしてしまうのです。

それでは次に,このアレルギーのしくみについて,ここでは気管支に起こるアレル

ギーの代表“喘息”を例にとってお話ししましょう。

アレルギーを起こす原因物質のことを“アレルゲン”といいますが,例えばダニの

破片が私たちの気管支の中に入ってくると,免疫細胞の中のマクロファージや樹状

細胞などの食細胞がバイ菌のときと同じようにそれを食べて,自らの細胞の中でそ

れをバラバラに分解してしまいます。そして分解されて粉々になった細片を,「こ

んなの食べちゃったよ」とヘルパーT細胞に渡します。すると,ヘルパーT細胞が

サイトカインを放出し,周辺にそのことを知らせます。ここまではバイ菌のときと

よく似ていますね。ここからが少し違うのですが,このときできたサイトカインの

お知らせがB細胞に伝わると,B細胞は抗体は抗体でも“IgE抗体”という抗体を

作り出します。この IgE抗体が,人間の体にとって良くない化学物質をいっぱい

ため込んだ太っちょのマスト細胞(肥満細胞)という細胞の表面にとりつきます。

そこへ再び,アレルゲンであるダニの破片がやってきてこの IgE抗体にくっつく

と,マスト細胞は,細胞中にため込んでいた化学物質をダダダダッと出すのです。

この化学物質,その代表がヒスタミンやロイコトリエンと呼ばれる物質で,これ

らの化学物質が気管支に良くない反応を起こさせるのです。気管支の構造

(Lesson2)は,バウムクーヘンのような構造で,その真ん中の穴の中を空気が

通ります。そして,その空気の通り道を粘膜が取り巻き,一番外側を筋肉がぐる

りと取り囲んでいるのです。ところが,このヒスタミンやロイコトリエンは,①気

管支の筋肉を収縮させて気管支を締めつけ,②粘膜を腫れさせて空気の通り道を狭

くし,③杯細胞や気管支腺から空気の通り道に粘液を出させて空気の流れを妨害し

ます。さらに,Lesson6 の 11 ページでお話しした C線維から放出された化学

物質(サブスタンスP)も杯細胞や気管支腺から粘液を出させます。あれやこれ

やで空気の通り道はとても狭くなってしまい空気が通れなくなってしまいます。

空気が通れなくなったらこれは大変!肺(肺胞)に空気が届けられなくなって酸

素不足になってしまいます。そこでなんとか少しでもたくさん空気を吸おうとし

てハアハアと喘ぐような息をする,ということで「喘息」という病名ができ上

がったわけです。なお,このとき出る粘液は今回のテーマ「タン」の組成の中の

主要な成分の1つであることを覚えておいてください。

健康な状態の気管支の断面(イメージ)

ヒスタミンやロイコトリエンの影響で狭くなった気管支(イメージ)

ド ラ マ

さかずき

マスト細胞(肥満細胞)

─悪いやつです─

:IgE 抗体

ヒスタミンロイコトリエン

ダニ

気管支の内腔(空気の通り道)

●筋肉

●粘膜 タン

・ ・

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 18: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

間からはほかに,血液の中に含まれている水分(血漿)も滲み出て行くのですが,

この血漿の中にはバイ菌と戦う抗体がたくさん含まれています。

バイ菌やアレルゲンに対する,サイトカインを駆使しての免疫細胞の攻撃を“炎

症”と呼びます。気管支に起こる炎症(気管支炎)にも,バイ菌によって起こる気

管支炎とアレルゲンによって起こる気管支炎(これが喘息です)の2つがあります。

いずれの場合も,そのとき気管支の内腔(空気の流れるところ)には,気管支周辺

の血管から滲み出た免疫細胞や水分(血漿),気管支腺や杯細胞から分泌された粘

液,免疫細胞とバイ菌との戦いでできた死骸,破壊された組織の残骸などがネバネ

バごちゃごちゃと一塊になって混在しているわけです。そして,このネバネバご

ちゃごちゃしたものこそが「タン」で,免疫劇のフィナーレを飾る(にしてはいさ

さかバッチイ)産物なのです。ですから,逆にタンを調べれば炎症の原因はもちろ

ん,そこに癌細胞があるかないかで肺癌さえわかります。また,タンに血が混じる

のは,炎症や癌などで気管支周辺の血管が破れたためです。

「タン」をお話しするのにずい分いろんなことをお話ししてきましたが,生命の営

みというものは,このように,タン1つとってもとても複雑なものなのです。そう

してできた「タン」は,気管支粘膜の線毛に

よってのどの方に送り出され,気管支などにあ

る咳センサー(Lesson6,6ページ)に引っ

かかり,咳によってゴホンゴホンと体の外に吐

き出されてしまうのです。ですから,咳はタン

を出すためにとても必要なものであり,むやみ

にとめるものではないのです。

次回は Lesson1~ 7までお話ししてきたこと

をもとに,実際の病気についてお話しすること

にいたします。お楽しみにしていてください。

免疫というドラマの進行に欠かせないのが,サイトカインという情報伝達物質です。

11ページのところでも少しお話ししましたこのサイトカインは,ドラマが演じら

れているその限られた場所で,ヘルパー T細胞だけでなく免疫に携わるすべての細

胞がそれを出したり受け取ったりして互いに情報を交換し合い,ドラマを進行させ

ていくのです。例えば免疫劇の場合でも,劇をする前に「役者諸君,集まれ~」と

役者を舞台に集めなければなりません。そこで,いろいろな免疫細胞がサイトカイ

ンを出して役者を集めるのです。その方法は,まず,あるサイトカインが劇場近く

の血管に「血管を拡げなさい」という情報を伝えます。血管が拡がれば川幅が広く

なった川の流れと同じで,血液の流れもゆっくりになります。次に今度は別のサイ

トカインの情報により,ゆっくり流れることで捕まえやすくなった血液中の免疫細

胞を血管の壁(細胞)にキャッチさせてしまいます。そこにまた別のサイトカイン

が働いて「ドラマに出演してね」と,キャッチされている免疫細胞を血管からすり

抜けさせて免疫劇場の舞台に引っ張り出してしまうのです。このほか,前にお話し

したB細胞がバイ菌をやっつける抗体や IgE 抗体を作るのも,マスト細胞がヒス

タミンやロイコトリエンをドバッと吐き出すのも,すべてサイトカインがもたらす

情報によってなされているのです。ところで,少し話が横道にそれますが,血液中

の免疫細胞はどのようにして血管から抜け出るのでしょうか。それは,左の図をみ

ていただければおわかりにな

るように,そもそも血管は,ビ

ニールホースのような管ではな

く血管を造る細胞がリング状に

連なって血管の壁を造っている

のです。したがって,血管の壁

にキャッチされた免疫細胞は,

サイトカインの働きを受けると

リング状に連なるその細胞と細

胞との間をスルリとすり抜けて

血管の外に出るのです。この隙

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●血 管 か ら 出 る 免 疫 細 胞 ─イメージ─

たずさ

にじけっしょう

ひとかたまり

がん

・・・・

・・・・

血管の内腔(血液が流れるところ)

(血管の壁を造っています)血管を造る細胞

免疫細胞

血漿

サイトカイン

血液中の免疫細胞

免疫劇場へ免疫劇場へ

サイトカインが“血管を作る細胞”と血管内の“免疫細胞”に作用

キャッチされすり抜けるところ (抗体が含ま

れています)

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 19: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

間からはほかに,血液の中に含まれている水分(血漿)も滲み出て行くのですが,

この血漿の中にはバイ菌と戦う抗体がたくさん含まれています。

バイ菌やアレルゲンに対する,サイトカインを駆使しての免疫細胞の攻撃を“炎

症”と呼びます。気管支に起こる炎症(気管支炎)にも,バイ菌によって起こる気

管支炎とアレルゲンによって起こる気管支炎(これが喘息です)の2つがあります。

いずれの場合も,そのとき気管支の内腔(空気の流れるところ)には,気管支周辺

の血管から滲み出た免疫細胞や水分(血漿),気管支腺や杯細胞から分泌された粘

液,免疫細胞とバイ菌との戦いでできた死骸,破壊された組織の残骸などがネバネ

バごちゃごちゃと一塊になって混在しているわけです。そして,このネバネバご

ちゃごちゃしたものこそが「タン」で,免疫劇のフィナーレを飾る(にしてはいさ

さかバッチイ)産物なのです。ですから,逆にタンを調べれば炎症の原因はもちろ

ん,そこに癌細胞があるかないかで肺癌さえわかります。また,タンに血が混じる

のは,炎症や癌などで気管支周辺の血管が破れたためです。

「タン」をお話しするのにずい分いろんなことをお話ししてきましたが,生命の営

みというものは,このように,タン1つとってもとても複雑なものなのです。そう

してできた「タン」は,気管支粘膜の線毛に

よってのどの方に送り出され,気管支などにあ

る咳センサー(Lesson6,6ページ)に引っ

かかり,咳によってゴホンゴホンと体の外に吐

き出されてしまうのです。ですから,咳はタン

を出すためにとても必要なものであり,むやみ

にとめるものではないのです。

次回は Lesson1~ 7までお話ししてきたこと

をもとに,実際の病気についてお話しすること

にいたします。お楽しみにしていてください。

免疫というドラマの進行に欠かせないのが,サイトカインという情報伝達物質です。

11ページのところでも少しお話ししましたこのサイトカインは,ドラマが演じら

れているその限られた場所で,ヘルパー T細胞だけでなく免疫に携わるすべての細

胞がそれを出したり受け取ったりして互いに情報を交換し合い,ドラマを進行させ

ていくのです。例えば免疫劇の場合でも,劇をする前に「役者諸君,集まれ~」と

役者を舞台に集めなければなりません。そこで,いろいろな免疫細胞がサイトカイ

ンを出して役者を集めるのです。その方法は,まず,あるサイトカインが劇場近く

の血管に「血管を拡げなさい」という情報を伝えます。血管が拡がれば川幅が広く

なった川の流れと同じで,血液の流れもゆっくりになります。次に今度は別のサイ

トカインの情報により,ゆっくり流れることで捕まえやすくなった血液中の免疫細

胞を血管の壁(細胞)にキャッチさせてしまいます。そこにまた別のサイトカイン

が働いて「ドラマに出演してね」と,キャッチされている免疫細胞を血管からすり

抜けさせて免疫劇場の舞台に引っ張り出してしまうのです。このほか,前にお話し

したB細胞がバイ菌をやっつける抗体や IgE 抗体を作るのも,マスト細胞がヒス

タミンやロイコトリエンをドバッと吐き出すのも,すべてサイトカインがもたらす

情報によってなされているのです。ところで,少し話が横道にそれますが,血液中

の免疫細胞はどのようにして血管から抜け出るのでしょうか。それは,左の図をみ

ていただければおわかりにな

るように,そもそも血管は,ビ

ニールホースのような管ではな

く血管を造る細胞がリング状に

連なって血管の壁を造っている

のです。したがって,血管の壁

にキャッチされた免疫細胞は,

サイトカインの働きを受けると

リング状に連なるその細胞と細

胞との間をスルリとすり抜けて

血管の外に出るのです。この隙

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●血 管 か ら 出 る 免 疫 細 胞 ─イメージ─

たずさ

にじけっしょう

ひとかたまり

がん

・・・・

・・・・

血管の内腔(血液が流れるところ)

(血管の壁を造っています)血管を造る細胞

免疫細胞

血漿

サイトカイン

血液中の免疫細胞

免疫劇場へ免疫劇場へ

サイトカインが“血管を作る細胞”と血管内の“免疫細胞”に作用

キャッチされすり抜けるところ (抗体が含ま

れています)

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7

Page 20: Lesson 7咳はどうして出るの…?(2) · その昔,「どうして山に登るの?」と問 われた著名な登山家が,「そこに山があるから」と答えたという有名な話があり

Lesson7咳はどうして出るの…?(2)Lesson7著 者:とうご小児科(松阪市) 院長  藤後 幸博監 修:千葉大学医学部代謝生理学研究室 名誉教授 福田 康一郎    元三重大学医学部解剖学講座 助教授 大橋   剛    地方独立行政法人桑名市総合医療センター 理事長 竹田   寛    地方独立行政法人桑名市総合医療センター 副理事長 白石  泰三    京都大学医学部放射線遺伝学講座 教授 武田  俊一

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