jal会計監査人 の監査判断について - hiroshima...

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日次 JAL 会計監査人 1の監査判断について 安達 2010 1 19l! 、株式会社日本航空など 3 社は事業会社としては戦後最大規模 で経営破綻(倒産)した。だが、倒産直前の会計期間に当たる 2009 3月期の 〔連結〕財務諸表に対し、 JAL の会計監査人は無限定適正意見を表明していたばか りか「継続企業の前提に関する重要な疑義J に関して何らの記載もしていなかった。 本稿では、 JAL 会計監査人の監査判断について、 JAL の有価証券報告書等を子掛か りに検討する c キーワード-日本航空(J A L)の経営破綻、会計監査人、クレジット・メモ、継 続企業の前提に関する重要な疑義、監査人の判断 1 はじめに 2 ]AL 経営破綻の表面化と監査判断 3 ]AL の『有価証券報告書』から読み解く会計上の問題点と監査判断 (1) 1 航空機」の過大計上と巨額の含み損 (2) 耐用年数への疑問 (3) 機材関連報奨額 (t 、わゆる「クレジット・メモJ) による利益のかさ上げ (4) 会社更竺法適用に伴い表面化した巨額の含み損 (5) 深刻な本業不振 (6) 資金繰りの悪化と借入金返済の国難性 4 1 継続企業の前提に関する重要な疑義」の未記載と監査判断 5 結びに代えて 1 1 本稿での「会計監査人j は、会社法に基づく「会計監査人」に限定するのではなく、金融商品取引法に基 っく「公認会A 士または監査法人J (t 、わゆる外部監査人)を含む意味で用いている

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Page 1: JAL会計監査人 の監査判断について - Hiroshima Universityharp.lib.hiroshima-u.ac.jp/onomichi-u/file/7835/...JAL会計監査人の監査判断について 3 当第2四半期連結累計期間においても売上高の減少により95.793百万円の営業損失の計上

日次

JAL会計監査人1の監査判断について

安達 巧

2010年 1月19l! 、株式会社日本航空など 3社は事業会社としては戦後最大規模

で経営破綻(倒産)した。だが、倒産直前の会計期間に当たる 2009年 3月期の

〔連結〕財務諸表に対し、 JALの会計監査人は無限定適正意見を表明していたばか

りか「継続企業の前提に関する重要な疑義Jに関して何らの記載もしていなかった。

本稿では、 JAL会計監査人の監査判断について、 JALの有価証券報告書等を子掛か

りに検討する c

キーワード-日本航空(JAL)の経営破綻、会計監査人、クレジット・メモ、継

続企業の前提に関する重要な疑義、監査人の判断

1 はじめに

2 ]AL経営破綻の表面化と監査判断

3 ]ALの『有価証券報告書』から読み解く会計上の問題点と監査判断

(1) 1航空機」の過大計上と巨額の含み損

(2)耐用年数への疑問

(3)機材関連報奨額 (t、わゆる「クレジット・メモJ)による利益のかさ上げ

(4)会社更竺法適用に伴い表面化した巨額の含み損

(5)深刻な本業不振

(6)資金繰りの悪化と借入金返済の国難性

4 1継続企業の前提に関する重要な疑義」の未記載と監査判断

5 結びに代えて

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1 本稿での「会計監査人j は、会社法に基づく「会計監査人」に限定するのではなく、金融商品取引法に基っく「公認会A士または監査法人J(t、わゆる外部監査人)を含む意味で用いている

Page 2: JAL会計監査人 の監査判断について - Hiroshima Universityharp.lib.hiroshima-u.ac.jp/onomichi-u/file/7835/...JAL会計監査人の監査判断について 3 当第2四半期連結累計期間においても売上高の減少により95.793百万円の営業損失の計上

2 Vol. 10 NO.2

1. はじめに

2010年 1月19日、株式会社日本航空、株式会社日本航空インターナショナル及び株式会

社ジャルキャピタルの 3社(以下、便宜上 iJALJ と総称する)は、会社更生法の適用を東

京地方裁判所に申請し即日受理された。 JALの負債総額はおよそ 2兆 3,221億円、事業会社

としては戦後最大の経営破綻であった。また、債務超過額は、連結ベースで 8,676億円とも

いわれている o JALが会社更生法適用を申請した 2010年 1月19Efには株式会社企業再生支

援機構が JAL経営再建の支援を表明しており、 JALは現在、株式の上場が廃止され、再上

場を目指して経営再建途上にある。

既述の通り、 JALが法的に経営破綻(倒産)したのは 2010年 1月である。 JALが経営破

綻する前の 2009年 3月末日時点で JALは東京証券取引所 1部上場会社であった。したがっ

て、 JALは2009年3月期の決算について『有価証券報告書jで連結財務諸表を公表してお

り、当該連結財務諸表については会計監査人(監査法人)が会計監査を実施して無限定適正

意見を表明している ο そればかりか、 JAL会計監査人は、 2009年3月期の JALの『有価証

券報告書Jには「継続企業の前提に関する重要な疑義の存在」に関して何ら記載をしていな

い。すなわち、 2009年 3月末の時点で、 JALは「少なくとも 1年間は経営破綻などに至ら

ず企業として継続する」というのが JAL会計監査人の判断であった。

会計監査人による「無限定適正意見j及び「継続企業の前提に関する重要な疑義は存在し

ていない」との判断から 1年も待たず、に戦後最大級の経営破綻に至った JALは、周知の通

り、東京証券取引所 1部上場会社から非上場会社へと「転落Jし、既存の JAL株主が保有

する株式については 100%減資により価値ゼロとなった。大口債権者の金融機関も多額の債

権放棄を余儀なくされている。旧経営陣は退陣し、現役従業員やその OBは賃金カットや年

金カットといった形で経営破綻の責任(法的責任ないし道義的責任)を負っている。

ところが、現時点で、会計監査人の監査責任(法的責任)を問う訴訟は提起されていない。

本稿では、 2009年3月期の決算を中心に、 JAL会計監査人の判断が正しかったのかどうか、

その判断について若干の検討をしてみたL、

2. JAL経営破綻の表面化と監査判断

報道等での憶測を除き、 JALが経営破綻への危'慎(継続企業の前提に関する疑義)につい

て『有価証券報告書jで公式に触れたのは、 2010年 3月期の『第 2四半期報告書j(2009年

11月13日提出)が初めてである。

「当社グループは、前連結会計年度において 50,884百万円の営業損失を計上しており、

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JAL会計監査人の監査判断について 3

当第 2四半期連結累計期間においても売上高の減少により 95.793百万円の営業損失の計上

及び借入金の返済条項の履行の困難性が存在している O 当該状況により、継続企業の前提に

重要な疑義を生じさせるような状況が存在している。J2

この『第 2四半期報告書」提出は、 2009年 11月13日であり、 2009年 3月期の『有価証

券報告書j時期 (2010年 6月24日)からわずか 5ヶ月弱しか経っていない。投資家にとっ

ては、 JALの経営危機が「突如として」表面化したことになる O

経営破綻前の JALは、会社法及び金融商品取引法に基づき外部の会計監査人による監査

を受ける義務があった。とりわけ、投資家保護を目的とする金融商品取引法監査においては

会計監査人の存在意義は大きく、投資家に代表されるステークホルダーは、会計監査人の監

査意見を参考にして財務諸表の信頼性の程度を判断し、投資判断等の経済的意思決定を行っ

ている。

もちろん、財務諸表の作成責任は企業側にあり、会計監査人にあるわけではない。会計監

査人は、監査の過程において被監査企業の会計処理の誤り等を発見した場合、自らが会計

(ならびに監査)の専門家として公正妥当な会計処理方法への修正を指導する。被監査企業

が指導を無視する場合には、無限定適正意見ではなく、限定付適正意見、不適正意見、意見

不表明という他の選択をするのが一ー般的である。 JAL会計監査人は航空業界の〔企業経営の〕

専門家ではない。あくまで会計(ならびに監査)の専門家として、 JAL会計監査人は、自ら

の役割を認識して監査を実施すべきであったと思われる。

JALの財政状態および経営成績等は、長年に渡って「低空飛行」を続けていたことが経営

破綻後に明らかになっている。こうした状況に JAL会計監査人がいち早く気付いてきちん

と対処し発信していれば、 JAL経営破綻が現実となって市場が混乱し、 JAL経営再建のため

に公的資金(要は日本国民の税金)が投入されることもなかったであろう。

以下では、 JALの『有価証券報告書Jから読み解ける経営悪化の様子について、一部では

あるが具体的に検証し、会計監査人の監査判断の適切牲に関して考察する。

3. JALの『有価証券報告書Jから読み解く会計上の問題点と監査判断

(1) r航空機jの過大計上と巨額の含み損

2009年3月期の連結貸借対照表での「航空機」計上額は 7.235億円であった。しかし、この

数値(簿価)の信用性は極めて乏しいとされ、巨額の含み損を抱えていると指摘されている 3

2 JALの 2010年 3月期『第 2V月半期報告書j(2009年 11月 13日提出)30頁。

3 いわゆる JAL再牛タスクフォースは、 2009年 10月、退役予定機の評価損として 2,478億円、継続使用機の評価損として 861億円を見積っている。

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4 Vol. 10 No,2

財務諸表上は表面化して来なかった巨額の含み損が JALの経営に悪影響を与えていたこ

とは間違いないであろう。大型機の代表格であるボーイング 747型機や、中型としては旧型

機のマグダネル・ダグラス MD-90及びMD-81は燃費効率が悪く、国内線よりも運行距離が

長い国際線を主力とする JALにとって、燃費効率がよい新型機への早急な機材変更は経営

判断として合理的で、あったと思われる。しかし、燃費効率のよい機材へと変更することは、

退役機が抱える巨額の含み損が利益を押し下げてしまうことに直結し、経営責任を間われか

ねない。そのような不安心理が、長期的には健全で合理的な経営判断であるはずの迅速な機

材変更実施を JAL経営陣達に障賭わせた可能'性を否定できなL入

(2)耐周年数への疑問

JAL は、上述した含み損を抱えたくなければ、まずは取得時に耐用年数を取得時の実情に

合わせて設定し、仮に取得後に実情と合わなくなった場合には耐用年数を改訂して実態に合

わせればよかった。

JALは売却が確定した機種については、航空機の耐周年数に関して、従来採用していた耐用

年数から残存見積使用期間に合わせた耐用年数へと変更している 4 JALは『有価証券報告

書j5や「経営計画J6では機材のダウンサイジングについてしばしば触れており、大型や旧

型の機材が経営に悪影響を及ぼしていることは認識しているものの、売却確定機種以外の機

種については耐周年数の短縮を積極的に進めずに放置していたことが解る O

(3)機材関連報奨額(いわゆる「クレジット・メモJ)による利益のかさ上げ

「航空機」の含み損を特に大きくした要因としては、 2005年 3月期まで計上されてきた

「機材関連報奨額」が挙げられる。クレジット・メモとは航空機等の売主が買主に与える金

銭的な利益またはそれを通知する書面のことであるが、 JALはリース会社がクレジット・メ

モ相当額控除前のカタログ価格で機材を取得したため、航空機メーカーからの機材調達価額

とJALからリース会社への機材売却価額との差額を受領し「機材関連報奨額」として営業

外収益に計上していたのである。海外の航空会社は機体の購入時にクレジット・メモの金額

を取得価額から控除しているが、日本の航空会社はこれを受け取ると、受領時に営業外収益

ヘ一括計上していた。図表 1は、 JAL及びJAS(日本エアシステム)の経営統合前後の「機

材関連報奨額」の計上金額である。

4 JALの2009年 3丹期「有価言|券報告書j80頁。

5 JALの2009年 3月期「有価証券報告書J18,23頁。同 2008年3月期『有価証券報告書j17-18,24頁。

6 JALの2009年度「経営計画J42頁。

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JAL会計監査人の監査判断について

図表 1 機材関連報奨額の計上額(単位:百万円)

* JAL企業サイトの IR資料室

過年度データの「財務諸表(貸借対照表・損益計算書) ・財務データ」を基に作成c

図表 2 JALの当期純損益と機材関連報奨額(単位:百万円)

2003王手3詩鶏 .lzQ04王手3月期 r ...2005年3昆顛寸

当期純損益

機材関連報奨額

11,645

42,075

... 88,619

29,260

30,096

48,386

* JALの 2003年 3月期-2005年3月期の『有価証券報告書J、及びJAL企業サイトの IR資料室

過年度データの「財務諸表(貸借対照表・損益計算書) ・財務データ」を基に作成。

5

「機材関連報奨額」の計上目的は、利益のかさ上げにある。経営統合後の JALは2003年

3月期及び 2005年 3月期に税引後純利益を計上していたが、図表 2からも明らかなように

「機材関連報奨額」がなければ、 JAL-JAS統合後の JALは3期続けて赤字だった。

JALは2005年 3月期まで、機体購入の際に利益を容易に「作り出せるJ機材関連報奨額

を採択し、乱発してきた。ごうした会計処理は、利益を実態以上に水増しする「粉飾J的な

性格であると [1一般投資家Jに位置づけられる人物からも〕批判されているに貸借対照

表上の「航空機Jの取得価額を実勢価格よりも高く見せるからである。

なお、 JALの経営再建に関して 2010年 8月26日付で「コンブライアンス調査委員会」は、

JAL及び JALの管前人(企業再生支援機構及び片山英二弁護士)に対して提出した[調査

報告書(要旨Hの9頁において、上記「機材関連報奨額jに関し、 JAL側が“ANA(全日

本空輸株式会社)や合併前の JASでも計上していたし、我が国の会計慣行に照らしでも問題

のない処理である"旨の説明をしたと記載している。しかしながら、 2005年 3月期でも適

用されていた旧商法では、第 32条 2項において「商業帳簿の作成に関する規定の解釈に付

ては公正なる会計慣行を酎酌すべしJ(下線は筆者)と定められていたのであり、「単なる」

会計慣行の割酌が求められていたわけではない。すなわち、会計慣行であっても「公正なる

会計慣行」ではない会計処理により商業帳簿を作成した場合は商法違反となるのである O そ

もそも、「公正なる会計慣行Jを劃酌した(会計処理及び)商業帳簿作成が要求されるのは、

「営業上の財産及損益の状況を明らかにするためJ(旧商法第 32条 I項)である。会計の専

門家として商法監査に従事する会計監査人であれば、機材関連報奨額(l、わゆるクレジッ

7 大鹿靖明 (2010)200頁)

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6 Vol. 10 NO.2

ト・メモ)を収益計上する会計処理によって「利益のかさ上げJが為された商業帳簿は「営

業上の財産及損益の状況を明らかにj していないと判断できるはずである O 同様に、 2005

年3月期でも適用されていた旧証券取引法第 193条の 2に基づく監査に従事する会計監査人

(外部監査人)の立場からは、機材関連報奨額 (pわゆるクレジッ卜・メモ)を収益計上す

る会計処理は「一般に金正室主と認められる企業会計の基準J(下掠は筆者)には該当しな

いと判断できたはずである。 JALの会計監査人は、商法、証券車引法及び関係諸法令、なら

びにそれらの正しい解釈を示すことで JAL側に会計処理の修正を指導できたと思われるが、

そうした指導のための言動を取ることなく JAL側の説明に納得していたとすれば、法定監

査における会計監査人としての責務を果たしたとは言えないであろう。

ところで、 JALのコンブライアンス調査委員会は、「クレジット・メモの会計処理を担当

した会社役員や担当者らに、形事上及び民事上の法的責任があるということはできない」

(コンブライアンス調査委員会 (2010)11頁)と判断(明記)している。だが、この判断

(明記)については、既述の理由からも明らかなように疑問である。会計に詳しい弁護士も

法律に詳しい公認会計士も極めて少ない側面や、上記コンブライアンス調査委員会が弁護士

ならびに公認会計士のみで構成されていた側面を考慮、したとしても、また、刑事上及び民事

上の法的責任の有無の判断は法治国家・日本では裁判所の役割である点に鑑みても、コンブ

ライアンス調査委員会のこの判断(明記)は看過できない誤りであるといえよう。

JALが2009年 3月末時点で保有する「航空機jの耐周年数は 12年-27年で設定されて

おりへその簿価に対応した「機材関連報奨額jは数百億円規模で、残っていると思われる。

(4)会社更生法適用に伴い表面化した巨額の含み損

2010年 7月には、企業産業再生支援機構主導のもと、 JALが所有する「航空機jの 1/3

に相当する 95機を僅か 800億円で売却する予定であることが報道された 9 更生計画で示さ

れたダウンサイジングの推進のため、収益率や燃費効率の悪い大型機や旧型機が対象とされ

ている。図表 3では、報道された機種について、有価証券報告書から簿価の数値を抜粋する。

図表 3 売却対象機種の 2009年3月末における機体数、座席数・有償搭載量、簿価

機種 j 機体数) 護席数少有償捺載重量 2009塁手3怠薄額ぐ百一方舟}ボーイング 747-400型 36 303 席~546 席 190,615

ボーイング 747-400F型 5 110トン(最大) 52,893

ダグフス MD-90型 16 150席 63,544

エアパス A300-600R型 18 290席 48,600 合計 355,652

* JALの2009年3月期 f有価証券報告書j32頁 r2[主要な設備の状況1(1)航空機)Jを基に作成。

8 JALの2009年3月期「有価証券報告書j80頁。

9 Yahooニュース(経済)2010年7月17日。

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JAL会計監査人の監査判断について 7

上記の簿価は、減価償却に伴い、会社更生法適用時点ではさらに多少の価額下落が生じて

いるはずである。それでもなお、報道で明らかにされた機種 75機だけでもその簿価合計は

3,000 億円を下らないと思われる。加えて、具体的な機種が報道されていない残り 20機分も

勘案すると、会社更生法適用に伴う評価減及び売却損だけで、実に数千億円の含み損が一気

に表面化する(計上される)ことになる。

JALは、資産としての「航空機」に巨額の含み損分をも計上し続けてきたため、「航空機」

取得以来、連結貸借対照表・借方の「航空機」は過大計上がなされてきたことになる o JAL

の2008年 d月期及び 2009年3月期の『有価証券報告書jでは、売却確定資産については耐

周年数改訂を行っている旨が記載されているが、機材変更(更新)のタイミングが決まって

いるはずの老朽機体については耐用年数の改訂に取り組んでいない。本来であれば、より多

額の減価償却費や臨時償却費が計上されていてもおかしくはない。

また、 JALは、「機材関連報奨額jの計上を 2006年3月期から取りやめたのであれば、その

時点で「機材関連報奨額j部分を控除する処理を行ったり、臨時償却の計上を行なったりすれ

ば良かったのであるし、そうすべきであった。だが、 JALはそうした会計ム処理を行っていない。

これに対して、 ANA(全日本空輸株式会社)は、 2005年3月期までは同様に「機材関連報

奨額」を数百億円規模で計上し続けていたが、「機材関連報奨額」の影響のある機体につい

ては、それ以降の会計年度で、臨時償却や売却損の計上を行っている。

JAL会計監査人は、 JALの会計監査に際して、減価償却の先送りや「機材関連報奨額」計

上について、より適切で公正妥当な会計処理の実施を JALに対して強く指導し実行させる

べきであったと思われる。監査人としての指導機能と批判機能とが適切に発揮されていれば、

JALは会社更生法適用により航空機の過大な簿価(債務超過の元凶の 1つ)を表面化させる

に至らず、ましてや公的資金を投入しての再建支援という事態は避けられたかもしれなL、

(5)深刻な本業不振

JALの中核事業が航空運送事業であることには誰もが異論をはさまないと思われる O その

航空運送事業の経営成績の推移については凶表 4で示している。

JALは収益規模こそ大きいが、営業利益率では各期を通じて ANAにすら及ばない状況に

あったことが解る。また、特に 2009年 3月期の落ち込みが激しいことも解る。さらに、

2008年下期の円高進行やサブプライム・ローン問題により「内外景気の急速な悪化による

企業の出張臼粛等から航空需要が大幅に減少J10し、国際線比率が ANAより高く、いわゆ

る「イベントリスク」に弱い JALへのマイナスの影響は大きかったと考えられる c

10 JAL の 2009 年 3 月期『有価日[[券報告書~ 17頁 r

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8 Vol. 10 NO.2

図表4 JAL及びANAの航空運送事業セグメントにおける収益と営業利益率の推移

運送事業収益{百万円}

ヨ.000.000

2.500.000

2,000,000

1巳500.000

1.000β00

500、000

営業利益率(%)

一- 8.0

6.0

2.0

。o

'8.0

* JAL及びANAの2005年 3月期一 2009年 3月期の『有価証券報告書』・『連結損益計算書』を基に作成。

(6)資金繰りの悪化と借入金返済の困難性

2009年 3月期の本業不振は、 JALの資金繰りを悪化させている。 JALの「連結キャッシ

ュ・フロー計算書」から数値を抜粋した図表 5からは、航空機の機材変更(更新)に必要な

「固定資産の取得による支出j及び「長期借入金の返済による支出jの各項目に関し、 1,000

億円を大幅に超える支出が毎期計上されていることが解る。本業でキャッシュを創出できな

p状況が続けば経常的支出すら不可能となる事態に陥ることくらいは JAL会計監査人にも

容易に予測できたはずで、ある。

図表5 連結キャッシュ・フロー計算書の区分別の推移(単位:百万円)

欝輯 j.20m年3月期一! 200a年3丹期!加的年3J3鶏:営業活動によるキャッシュ・フロー 127,748 I 157,331 I 31,755

投資活動によるキャッシュ・フロー | 企 56,2161 企 26,2291 A. 105,653 ,--一一一一一一一一一..-一一一一一一一'一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一ーー今一色p一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一

(内、固定資産の取得による支出) 1 企 153,251 1 企 174,831 1 企 167,856

財務活動によるキャッシュ・フロー | 企 53,0071 36,896 1 企 116,767

(内、長期借入金の返済による支出)1 企 112,8151 企 122,5921 企 132,015

現金及び現金同等物の期末残高 191,381 I 354,037 I 161,751

*JALの2007年3月期一 2009年 3月期の「告価証券報告書J中の「連結キャッシュ・フロー計算書jを基に作成。

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JAL会計監査人の監査判断について 9

JALの 2009年 3月期『有価証券報告書jでの借入金の額からは、その返済実施が相当に

難しいことが読みとれる。また、図表 6からは、「営業活動によるキャッシュ・フローjの

落ち込みの影響により、債務償還年数及びインタレスト・カバレッジ・レシオがともに

2009年 3月期には悪化していることも解る。 JALの 2009年 3月期の長期借入金の返済期限

は、最も遅いもので 2023年 8月となっており、 2009年 3月末から 14年余り後 11である。

仮に、営業活動によるキャッシュ・フローで有利子負債を返済するとした場合、債務償還

年数は 25.2年となり、前述の 14年余と比較すると実に倍近い年数(期間)となる。また、

インタレスト・カバレッジ・レシオの理想値は 10.0倍であり、1.7倍しかないのであれば、

「営業活動によるキャッシュ・フローjの大半が利払い分だけで消えてしまうことになる O

つまり、元本はいつまで、経っても返済できないのである。

図表 6 借入金に関する指標の推移

主旦債務償還年数(女)

ご2邸 7一年3月期 I 2008一年3月期 ;言語亙李主建龍一8.0 (年)I 5.8 25.2

インタレスト・カノ¥vッジ・レシオ(※) 6.7 (倍)I 8.2 1.7

*JALの2007年3月期一 2009年3月期の『有価証券報告書』中の f(参考)キャッシュ・フロー関連指標の推移」を基に作成

(宮崎)債務償還年数=有利f負債÷営業活動によるキヤソシュ・フロー(※)インタレスト・カバレッジ・レシオ=営業活動によるキャッシュ・フロー÷利払い

2009年 3月期の『有価証券報告書』が提出される 2009年 6月24日までに、 JALの資金

繰りがやがては行き詰まり、 2010年 3月期中には資金ショー卜することが確実な状況にあっ

た点は、 JAL内部者のみならず JAL会計監査人も認識していたと思われる。なぜなら、彼ら

は、 2008年夏のリーマン・ショック以来の世界不況及び 2009年 4月以降の新型インフルエ

ンザ流行による航空需要減退が本業のさらなる収益悪化を招いていたことを把握していたは

ずだからである。加えて、燃油費のへッジ取引失敗の影響により燃油費負担が厳しさを増し

ていた点も鑑みると、今後の「航空機j機材更新(変更)や、リース債務ならびに借入金返済

等のために必要な最低限の資金繰りも不可能で、あることは合理的に予測できたはずである。

4. I継続企業の前提に関する重要な疑義」の未記載と監査判断

現代企業は、継続企業(ゴーイング・コンサーン)の前提のもと、人為的に会計期間を 1

年間と定めて、継続的に存在するものとして決算を行っている。それにより、発生主義に基

づく収益認識や固定資産の減価償却を行うのである。しかし、決算に際して、被監査企業の

11 2009年3月期の JALi有価証券報告書j111頁c

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10 Vol. 10 NO.2

ゴーイング・コンサーンの前提に「重要な疑義」、つまり、当該決算日から 1年以内に企業

としての継続が困難になる事態が疑われる場合、外部会計監査人は投資家保護の観点から

「継続企業の前提に関する重要な疑義Jについて記載する必要がある。

日本公認会計士協会は、継続企業の前提に重要な疑義を抱かせる例として、「監査委員会報告

第74号『継続企業の前提に関する開示についてjJの 14_で、以下の内容を例示列挙している。

4.継続企業の前提に重要な疑義を抱カ通せる事象又は状況

貸借対照表日において、単独で又は権合して継続企業の前提に重要な疑義を抱かせる事象又

は状況としては、例えば、以下のような項目が考えられる。

<財務指標関係>

・売上高の著しい減少

-継続的な営業損失の発生又は営業キャッシュ・フローのマイナス

・重要な営業損失、経常損失又は当期純損失の計上

-重要なマイナスの営業キャッシュ・フローの計上

・債務超過

<財務活動関係>

・営業債務の返済の困難性

-借入金の返済条項の不履行や履行の困難性

.社債等の償還の困難性

-新たな資金調達の困難性

.債務免除の要請

• (以下、省略)…

<営業活動関係>

• (省略)…

くその他>

・(省略)…

JALの2010年 3月期『第 2四半期報告書』では、既述した上記<財務指標関係>の「重

要な営業損失j、及び<財務活動関係>の「借入金の返済条項の不履行や履行の困難性」に

ついて、提義が生じた旨の注記がなされている 12 しかしながら、 2009年 3月期の『有価

証券報告書jには、「継続企業の前提に関する重要な疑義の存在」に関して JAL会計監査人

は何らの記載もしていなかった。この事実は、 JAL会計監査人は投資家に対し、 2009年 3

月期の『有価証券報告書Jにおいて、 JALは少なくとも 1年間は継続する旨の「お墨付き」

を与えていたことにほかならなp。ところが、周知の通り JALは、 2009年 3月末日から 1

年も待たずに事業会社としては史上最大の倒産(経営破綻)をし「更生会社Jとなってしま

ったのである。

12 JALの2010年 3月期「第 2四半期報告書l30貞U

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JAL会計監査人の監査判断について 11

もちろん、会計監査人が[継続企業の前提に関する重要な疑義jに関して何らかの記載を

した場合、 JALの経営破綻を警戒する取引先などが商取引を控えるなどの影響が出る可能性

は高い。金融機関も融資姿勢をさらに厳しくしたであろうし、株価下落もより顕著になって

いたと思われる。

しかし、 JAL会計監査人は、〔会社法のみならず〕金融商品取引法〔監査〕の趣旨を踏ま

え、外部監査人として「市場の番人」を果たすことの意義を認識すべきであった。換言して

具体的にいえば、少なくとも 2009年 3月期の JALr有価証券報告書J中の「継続企業の前

提に関する重要な疑義」において「疑義が存在する」旨の記載をなすべきであった。この点

については、既述のコンブライアンス調査委員会ですら、『調査報告書(要旨)j13頁で次

のように指摘している。

ir継続企業の前提jに係る提義についての例示項目に該当した可能性があるにもかかわ

らず、『継続企業の前提jに重要な疑義を生じさせるような事象または状況は存在しない

として、有価証券報告書において何ら開示されていなLミ。かかる開示の必要性の有無の

判断にはいささか疑問が残る。」

5. 結びに代えて

JAL会計監査人は、誰のために〔法定〕監査を実施していたのであろうか?

前国土交通大臣の前原誠司氏(現在は外務大臣)が記者会見で述べられたように、 JALは「本

来であれば清算」されて消え行く存在であった。敢えて資本主義社会のルールを逸脱してまで

JALを救済する必要があったかどうかの議論は本稿では割愛したが、 JALに公的資金(貴重な税

金)を投入されたことで、日本国民の多くは、 JAL会計監査人〔の仕事ぶり〕に対しては強Lミ不満

を抱いていると思われる。学術的視点に限定すれば、 JAL会計監査人の監査判断には重大な誤

りがあったといえるのであるが、現在までJAL会計監査人を被告とする監査責任訴訟が提起さ

れていない現実からは、そもそも投資家は JAL会計監査人に何も期待していなかったのではな

L功ミとの寂しさすら覚える。その意昧からも、私は、 JAL会計監査人の監査判断の誤り及び責任

は極めて重いと考えている。

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12 Vol. 10 No.2

〔主要参考文献および参考 URL)

(文献)

朝日新聞 (2002年 10月1日一 2010年9月1日)

大鹿靖明 (2010)r堕ちた翼 ドキュメント JAL倒産』朝日新聞出版

株式会社日本航空『有価証券報告書~ (2007年3月期一 2009年3月期)

株式会社日本航空『四半期報告書j(2009年6月期・同年9月期・同年 12月期)

株式会社日本航空コンブライアンス調査委員会 (2010)r調査報告書(要旨)~

全日本空輸株式会社『有価証券報告書~ (2007年3月期-2009年3月期)

日本経済新聞 (2002年 10月1日一 2010年9月1日)

日本公認会計士協会 (2002)監査委員会報告第 74号「継続企業の前提に関する開示について」

弥永真生 (2008) ["会計基準の設定と『公正なる会計慣行~J r判例時報~ 1911号 25-37頁

読売新聞 (2002年 10月1日一 2010年9月1日)

(URL)

株式会社日本航空のホームページ(日本語版)

http://www.jal.co.jp/

株式会社日本航空『決算説明会』

http://www.jal.comlja/ir/managementlsetsumeikai.html

DIAMOND ONLlNE IJAL中期再生プランの実現'性を危ぶむ“利益操作"のツケj

http://diamond.jp/articles/-/1811

Yahooニュース(経済)

http://headlines. yahoo.co.jp/hl ?c=bus