iotで産業界はどう変わるのか -...

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1 IoTで産業界はどう変わるのか 業種を超えた企業連携で 生み出される新たなビジネスデザイン インターネットが普及し始めてから、およそ20年。このわずか 20年のうちに、コミュニケーションの形は激変した。「人と人が 繋がる」のはあたりまえ。いまや「すべのモノがネットで繋がる」 IoTの時代。あらゆる産業界で「新たなビジネスに繋がる」と期 待され、もちろん印刷業界でも世界的なトレンドになっている。 では現在、 IoTはどんな分野でどう活用され、どんな革新をもた らしているのか。日本OMG代表理事・吉野晃生氏のコメントを 交えながら、 IoTの最新動向を紹介する。 ■欧米2大イニシアチブの連携によりIoTの普及が一気に加速 そもそも、インターネットですべてのモノを繋ぐと いう大胆な構想は、いつ頃、どこで生まれたのだろう か。意外なことに、「先進国の危機感」が一つのきっ かけになったのだと、その登場の経緯を吉野氏が説 明する。 「いわゆるBRICsと呼ばれる、中国やインドなど の新興経済諸国の、とくに中国の急速な経済発 展を目の当たりにし『我々も、さらに製造分野で の生産性を高めていかなければ、やがて産業が空洞化してしまう』という危機意識が生ま れ、まずドイツ政 府が2 0 1 3 年に、産 学 官 一 体となって『インダストリー 4 . 0 構 想 』を打ち 出したんですね。これに米国が刺激を受けて、翌2014年、大手IT企業5社と、 IT標準化 団体の『OMG(Object Management Groups)』が中心になり、 IoTの国際推進団体 『IIC(Industrial Internet Consortium)』をスタートさせたわけです」 ドイツ政 府がインダストリー 4 . 0で目指したのは、製 造 業の抜 本 的な技 術 改 革を図り、先 進国としての確固たる基盤をつくり上げること。生産機器や倉庫システム、製造施設などをス 一般社団法人日本OMG代表理事 吉野 晃生氏 大学卒業後、日本IBMに入社。研究者として大型コンピュータの開発に携 わり、営業企画、ソリューション・コンサルタントを経験後、 IBM全体の電機 産業の戦略立案などを手がける。退社後、 IBMの関連企業であるギャブコ ンサルタント社の社長、UML教育研究所の社長を務め、米国のIT標準化 団体であるOMGの依頼により一般社団法人日本OMGを設立、代表理事 に就任し現在に至る。また、OMGが中心となって設立されたIICの日本にお ける代表窓口も兼務し、日本国内のIoTの推進に努めている。

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IoTで産業界はどう変わるのか業種を超えた企業連携で生み出される新たなビジネスデザインインターネットが普及し始めてから、およそ20年。このわずか20年のうちに、コミュニケーションの形は激変した。「人と人が繋がる」のはあたりまえ。いまや「すべのモノがネットで繋がる」IoTの時代。あらゆる産業界で「新たなビジネスに繋がる」と期待され、もちろん印刷業界でも世界的なトレンドになっている。では現在、IoTはどんな分野でどう活用され、どんな革新をもたらしているのか。日本OMG代表理事・吉野晃生氏のコメントを交えながら、IoTの最新動向を紹介する。

■欧米2大イニシアチブの連携によりIoTの普及が一気に加速

 そもそも、インターネットですべてのモノを繋ぐと

いう大胆な構想は、いつ頃、どこで生まれたのだろう

か。意外なことに、「先進国の危機感」が一つのきっ

かけになったのだと、その登場の経緯を吉野氏が説

明する。

「いわゆるBRICsと呼ばれる、中国やインドなどの新興経済諸国の、とくに中国の急速な経済発展を目の当たりにし『我々も、さらに製造分野での生産性を高めていかなければ、やがて産業が空洞化してしまう』という危機意識が生まれ、まずドイツ政府が2013年に、産学官一体となって『インダストリー4.0構想』を打ち出したんですね。これに米国が刺激を受けて、翌2014年、大手IT企業5社と、IT標準化団体の『OMG(Object Management Groups)』が中心になり、IoTの国際推進団体

『IIC(Industrial Internet Consortium)』をスタートさせたわけです」 ドイツ政府がインダストリー4.0で目指したのは、製造業の抜本的な技術改革を図り、先

進国としての確固たる基盤をつくり上げること。生産機器や倉庫システム、製造施設などをス

一般社団法人日本OMG代表理事 吉野 晃生氏大学卒業後、日本IBMに入社。研究者として大型コンピュータの開発に携

わり、営業企画、ソリューション・コンサルタントを経験後、IBM全体の電機

産業の戦略立案などを手がける。退社後、IBMの関連企業であるギャブコ

ンサルタント社の社長、UML教育研究所の社長を務め、米国のIT標準化

団体であるOMGの依頼により一般社団法人日本OMGを設立、代表理事

に就任し現在に至る。また、OMGが中心となって設立されたIICの日本にお

ける代表窓口も兼務し、日本国内のIoTの推進に努めている。

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マート製造システムで統合するグローバルネットワーク

を構築し、それによって「製造、設計、材料利用、サプライ

チェーン管理、製品の企画・開発・製造・販売・保守・廃

棄・リサイクル」までのライフサイクルの管理を効率化しよ

うという構想だ。

 一方、米国のIICは製造業だけでなく「エネルギー、医

療、製造、行政(スマートシティ)、輸送」といった幅広い

業界でのIoT利用を推進し、「相互運用性、セキュリティ

要件、標準仕様」など、IoT活用時の課題を、さまざまな

産業界の多様な企業と協力しながら解決していくことをミッションとしていた。

 これら2つの構想が並び立つ中、日本では経済産業省と総務省が中心になり、2015年から

は、吉野氏が代表を務める日本OMGとも連携しIoTの認知度アップに努めていた。この最新

の技術トレンドが全国に知られるようになったのは、その年の5月、NHKの『クローズアップ現

代』で取り上げられた頃からだったという。

「ただし当初はインダストリー4.0ばかりが注目され、IICへの関心はあまり高くありませんでした。そこで私たちは、日本としてはIICとインダストリー4.0をどうとらえたらいいのかを徹底的にディスカッションし、やはりどちらか一つの構想にとらわれずグローバルな視点でIoTを拡げていくべきだろうと結論づけました。そうした方向性に合わせ、2016年に経済産業省と総務省が、協業のためのタスクをつくってくださり、両省が前年に立ち上げていた

『ITAC(IoT推進コンソーシアム)』という組織とIICとの間で、その年の10月に協業の契約が結ばれました。日本におけるIoT推進のために、政府からは補助金によるご支援もいただいており、本当に心強く思っています」 ITACとIICとの協業体制が確立された半年前の3月には、インダストリー4.0とIICが、互い

に覇権を競うのではなく「IoTの国際標準化に向けて相互協力を行なうこと」で合意している。

それぞれが個別に策定していたリファレンス・アーキテクチャ(IoTを具体的なシステムに落と

し込むためのガイドライン)について「ワールドワイドな視点からシステムの相互運用性を追求

していこう」という、共同宣言だ。こうして欧米2大イニシアチブの国際連携が進展し、日本国内

での支援体制も強化されたことで、わずか1~2年の内に、さまざまな産業におけるIoTの戦略

的活用が一気に現実味を帯びてきたのである。

■自動車業界で急進しているIoT化のための異業種連携

 IoT推進組織の国際連携が進むにつれ、市場も明らかに勢いを増してきた。世界のIoT市

場価値は、2015年の5,982億ドルから、2023年には7,242億ドルに達するとも言われている。

吉野氏も、過去の常識では計り知れないIoTの可能性に期待する。

「こうした取り組みは、普通は超大手企業から始まっていくものなんですが、Googleなどがそうであったように、ベンチャーや中堅企業、あるいはまったくの異業種が参入することで大変革が起こるかもしれません。まずは、新しい仕組みをどうつくるか。経済産業省ではよく

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『ビジネスデザイン』という言い方をしますが、いかに独創的なビジネスデザインを描けるかが、今後IoTを活用するうえでとくに重要になってくるでしょう」 吉野氏が挙げる「異業種の参入による

大変革」、すなわち「異業種連携による新

たな仕組みの構築」が最も進んでいるの

は、自動車の分野だ。現在、自動車にイン

ターネット接続機能を付加することで多

様なデータを収集しそれを安全性の向上や自動運転の実現などに活かす「コネクテッドカー」

が世界の市場を賑わせているが、このコネクテッドカーの「車載情報システム分野」にApple

社やGoogle社が参入して以降、開発競争がヒートアップし、近年、自動車メーカーとIT企業

が手を組む異業種連携が、加速的に進んできた。音声認識アシストを始めとする情報システム

の開発・提供に関して「IBM社とGeneral Motors(GM)社」、あるいは「Amazon社とFord

Motor社」「Google社とFiat Chrysler Automobiles (FCA)社」「Microsoft社とBMW社

/ルノー・日産アライアンス」など、世界に名だたる企業同士が協業している。

 一方、まったくの異業種でなく、関連する複数のプレーヤーが自分たちの得意とする領域

の技術やノウハウ、知見を持ち寄って事業を発展させていく、いわゆる「エコシステム」と呼

ばれるビジネス形態を目指す企業も増えてきた。それは世界的なトレンドなのだと吉野氏は

言う。

「自社内で対応できないなら優秀なパートナーを探せばいい。パートナーの技術を最適に組み合わせれば、価値あるサービスを早期に提供できますし、プロダクトライフサイクル全体にわたって、つまりその商品をお客さまが使わなくなるまでサービスを提供し続けることもできます。逆に言えば、商品を使っていただけている間は何らかの収入が得られるわけです。特定の国や産業に限らず、最近はそういうビジネスモデルに、多くの企業がチャレンジしています」 エコシステムの考え方は印刷業界にとっても有益であり、もともと印刷産業自体が一つの

大きなエコシステムだと捉えることもできる。こうした新たな協業の仕組みの中でIoTを実用

化していくには、どんなプロセスが必要なのだろうか。

「IoTを利用する企業にとってもベンダーにとっても、まず重要なのは、テストベッドの効果的な運用でしょう。IICもインダストリー4.0も、テストベッドでまず技術的な基盤をつくり、それをコアに実ビジネスへ展開するという形をとっています」 テストベッドとは、大規模なシステム開発で用いられる“実際の運用環境に近づけた試験

用プラットフォーム”のこと。業種によってテストベッドの内容は異なるが、例えばネットワー

クの分野においては試験用の通信網やサーバーなどがそれに相当する。また、あらゆるモノ

をインターネットでつなぐIoTの世界では、機械や工場が自在に「会話」をするための共通言

語やルールの整備も不可欠であり、標準化の問題を避けて通ることはできない。しかし、そ

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れら技術的な課題とは別に

もう一つ、「人の意識」の持

ち方が、実はIoT推進の大き

な鍵を握っていると、吉野氏

は考えている。

「過去の成功体験にとらわれずに取り組むことが、難しいけれどとても重要です。必ずしも若い人ばかりでなく、あらゆる分野、あらゆる年齢の人が自由にディスカッションを重ね、さまざまな産業界で、世界が驚くような斬新なビジネスデザインを起こしていってほしいですね」

■農業、電力、建設…幅広い分野に広がるIoT活用

 業種や企業規模に関わらず幅広い分野で活用が始まっているIoTだが、やはりダイレクト

に効力を発揮するのは、製造分野だろう。異業種連携の事例と同様、自動車関連の生産ライ

ンにおけるIoT化は、取り組む企業も多く効果もわかりやすい。たとえば、印刷業界同様「少

量多品種」への対応に苦慮していたドイツの大手自動車部品メーカーは、IoT活用によって、

少量多品種ニーズに最適な生産ラインの構築に成功している。顧客からの注文データが入力

されると、ネットワークで接続された各生産ラインが、それぞれの製品について「必要な組み

立て方法」や「作業工程」を瞬時に識別し、200種類もの製品の「作り分け」を自動的に最

適化してくれるのだ。その結果、少量受注時の生産性が最大30%アップし、しかも、従業員

の習熟レベルや言語に合わせた指示が自動的に出されるので、人材の効率的な配置が可能

になり、より少ない労働力でより大きな競争力を発揮できるようになったという。

 IoTの革新領域は、もちろん製造工程にとどまらない。吉野氏によれば「地方創生への

オープンイノベーションにも役立っている」とのことだが、具体的にどんなビジネスモデルが

あるのか。 

「わかりやすい事例の一つは農業のIoT化でしょう。これまでの仕組みでは、超大手企業が大規模な農業工場で、たとえばレタスなどの農作物をつくる。しかし地場に密着していないため、モノは生産できても流通までは連携できません。それがいまは、

『最終的な流通まで、地域の企業同士で完結する』という形に移りつつあります。この取り組みで有名なのが、滋賀県の米原です。米原は彦根と長浜に挟まれ

I ICのWebサイトでは、承認を受けたテストベッドが一覧できる。富士フイルムの 『Smart Printing Factory』は、印刷分野では初のIIC承認テストベッドとなった。

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て、人が通過してしまいがちな場所。そんな狭間で、総務省と米原市、市内に中央研究所を持つヤンマーが、AI・IoTを駆使した次世代の園芸システムのためのテストベッドの運用を開始し、一丸となって地域活性化にチャレンジしているんです」 地方創生に関するもう一つの事例は、マイクログリッ

ドという複数の電源装置を利用した、新たな電力供給

への取り組みだ。

「具体的には、太陽光発電、水力発電、風力発電などと地場の電力会社との連携で、それぞれの地域に最適な電力供給体系をつくり、生産性向上とコスト削減を図るプロジェクトです。これは、利益を計算しやすいということもあり海外では非常に多く展開されていて、日本でも一部の地域で実施されています。東京近郊では、電力の地産地消を目指す湘南電力が小田原ですでにサービスを開始し、地元の老舗企業の積極的な協力を得て、いい共生関係を実現できているそうです。マイクログリッドは一つの例ですが、このように各地域で、コアになる企業の経営者の方が連携することで新しいバリューが生まれるというケースは、今後どんどん増えていくのではないでしょうか。場の活性化というのも、IoTが持つ重要な側面の一つだと思います」 製造業でも流通業でも農業でも電力事業でも、ビジネスデザイン次第で無限の変革力を

発揮するIoTだが、吉野氏が最近注目しているのは「建設業での活用」だという。

「たとえば日本では、東芝がデルテクノロジーズと協業し、ビル管理をIoTで効率化する仕組みを構築し、実証実験を始めています。これはIICにテストベッドとして承認を受けているものです。ここまで大規模でなくても、建設分野でも徐々に、IoTを活かした新たなソリューション開発の取り組みが始まっています」 さまざまな産業での最新事例について概要を紹介してきたが、「製造業とIoTとの親和

性の高さ」を考えれば、印刷業界におけるIoTの活用も、クリアすべき課題はあるにせよ、決

して難しいものではないだろう。富士フイルムでは現在、印刷の新たなプラットフォームとし

て『Smart Printing Factory』を推進し、IoTによる生産工程の変革を総合的にサポート

している。そのサポート精度をさらに高めるべく、Smart Printing FactoryをIICのテスト

ベッドに申請した結果、4月に承認が得

られ、5月下旬には、ヘルシンキにおける

IIC総会でプレゼンを行なった。今後は

IICのメンバーの協力のもと、国内で具

体的な実証実験を進め、印刷業界全体

で活用できるIoTソリューションの基盤

をつくることで、業界のさらなる活性化

に貢献していきたい。

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IoT社会の概念図。産業ごとに分かれていた情報や業務が融合し、新たな価値の創造に繋がっていく。

出典:JEITA