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大阪市大r季刊経済研究J Vo l.25No.4March2003 , pp.9ト104 収穫逓増 と自動車生産の理論的特徴 - サプライチェーンの対IT 産業比較- はじめに ISSN0387-1789 「20 世紀において,西側経済は着実かつ連続的に,大量の原料生産からテクノロジーの設 計お・よび利用へ,資源の加工か ら情報の加工へ,自然エネルギーの応用か らアイディアの応 用 へ シ フ トを経験 して きた. この シ フ トに伴 って,経 済行 動 を決 め る これ まで の メ カニズ ム は,逓 減 的 な もの か ら逓 増 的 な ものへ とシ フ トして きた1). これはB. アーサー (W.Brian hur)の言であるが, もう少 し逓増の事態 を詳 しく見てみる_とさまざまな形があ り,彼が念 頭に措いている 「あるテクノロジーが市場にロック ・インを続けてい く ような事態は,あ る種の性格を持った技術,製品であ り,収穫逓増概念はもう少 し広いように思われる.本稿 の目的は,最近の自動車産業では技術革新によりモジュール生産が登場 し,部品生産が一定 程 度 「ネ ッ トワー ク」 化 され て きてい るが , この よ うな事 態 と先 の アーサ ーが念頭 にお い て いるような事態がいかに異なるのかを考察することである. Ⅰ.収穫逓増の法則 古典派経済学は概ね,経済成長の後にくる経済的停滞状況すなわち定常状態からいかに脱 出するかについて取 り組んでいたといえる.たとえばリカー ド (DevidR icardo)は,経済成 長 に伴 う人口の増加は地代 を発生あるいは増大 させ,必需品価格の増大 を導 きひいては貸金 を上昇せ しめ利潤が減少すると考えた.いわば差額地代説をベースに資源の希少性が収穫逓 減 を導 くとい うの であ る. またマ ル クス (K 打lMa rx) も,資本 蓄積 に よる資本 の有機 的構 成 〔キーワー ド〕収穫逓増,範囲の経済,ネッ トワーク外部性,モジュール生産,産業集積 1 )ブライアン ・アーサー 「収穫逓増の経済学週刊 ダイヤモ ン ド編集部 &ダイヤモ ン ド・ハーバ ー ド・ビジネス編集部共編 r複雑系の経済学J ダイヤモ ン ド社,1997 年,49 - 50 ページ

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大阪市大 r季刊経済研究J

Vol.25No.4March2003, pp.9ト104

収穫逓増と自動車生産の理論的特徴- サプライチェーンの対IT産業比較-

はじめに

ISSN0387-1789

田 中 祐 二

「20世紀において,西側経済は着実かつ連続的に,大量の原料生産からテクノロジーの設

計お・よび利用へ,資源の加工から情報の加工へ,自然エネルギーの応用からアイディアの応

用へシフトを経験 してきた.このシフ トに伴って,経済行動を決めるこれまでのメカニズム

は,逓減的なものから逓増的なものへ とシフ トしてきた」1). これはB.アーサー (W.Brian

加 hur)の言であるが,もう少 し逓増の事態を詳 しく見てみる_とさまざまな形があり,彼が念

頭に措いている 「あるテクノロジーが市場にロック ・インを続けてい く」ような事態は,あ

る種の性格を持った技術,製品であ り,収穫逓増概念はもう少 し広いように思われる.本稿

の目的は,最近の自動車産業では技術革新によりモジュール生産が登場 し,部品生産が一定

程度 「ネットワーク」化されてきているが,このような事態 と先のアーサーが念頭において

いるような事態がいかに異なるのかを考察することである.

Ⅰ.収穫逓増の法則

古典派経済学は概ね,経済成長の後にくる経済的停滞状況すなわち定常状態からいかに脱

出するかについて取 り組んでいたといえる.たとえばリカー ド (DevidRicardo)は,経済成

長に伴 う人口の増加は地代を発生あるいは増大 させ,必需品価格の増大を導 きひいては貸金

を上昇せ しめ利潤が減少すると考えた.いわば差額地代説をベースに資源の希少性が収穫逓

減を導 くというのである.またマルクス (K打lMarx)も,資本蓄積による資本の有機的構成

〔キーワード〕収穫逓増,範囲の経済,ネットワーク外部性,モジュール生産,産業集積

1)ブライアン・アーサー 「収穫逓増の経済学」週刊ダイヤモンド編集部&ダイヤモンド・ハーバ

ード・ビジネス編集部共編 r複雑系の経済学Jダイヤモンド社,1997年,49-50ページ

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92 季刊経済研究 第25巻 第4号

の高度化によって引 き起こされる一般的利潤率の傾向的低下を理論化 した.

これに対 して,マーシャル (AlfredMarshall)は 「自然が生産にはたす役割は収穫逓減の傾

向を示すが,人間のはたす役割は収穫逓増の傾向を示す,とおおざっぱにいえよう」2)とし,

「原料生産物の生産以外の世事に従事 している産業でC.i」収穫逓増の法則が働 くと述べている.ナ tI

さらに彼は,生産の全般的発展に申革する外部経済 と個々の事業体の利用で きる資源 とその∫

経営管理能力に基づ く内部経済を区別 した上で,生産の集計量の増大すなわち外部経済の拡

大に伴い,代表的企業の内部経済 も向上 し,以前よりは低い労働 と犠牲の平均費用で生産が

できるようになると考えた.

さらに,産業の全般的発展に由来 している外部経済は,産業立地によって確保 されること

が多 く, したがってたがいに補完 しあう産業部門の相関的発達,とくに特定地域への特定産

業の集積によってもたらされることになる.そして,この産業の集積 (地)にこそ,「技能に

対する持続的な市場」3)が現れるのであ り,発明や改良がおこりゃす く近隣に補助産業がお

こり道具や原材料が供給 され流通が組織されることになる.このようにマーシャルは収穫逓

増を主として外部経済に見ることによって,集積経済に注目するに至る.

このマーシャルの収穫逓増法則の理論化を試みたのがクルーグマン (PaulR.Ⅰむugman)で

ある.彼は,マーシャルの収穫.逓増は外部経済をベースに考えられたものだと捉え,産業の

地域的集中化の原因は,イ第 1に,同⊥産業の企業数社が-カ所に集中すると,それによって

できる産業の中心地に特殊技能労働者が集まって労働市場 を形作るようになる.この特殊技

能労働者の市場は,労働者にも企業にも利益 をもたらす」4).守勢2に,産業の中心が形成さ

れると,その産業に特化 したさまざまな非貿易財が安価で提供 されるようになる」51.「最後

に,産業が集中していれば情報の伝達 も効率よくなるため,いわゆる技術の波及が促進 され

る」6).

この第 1の要因は労働力の蓄積の問題であって,好景気には労働需要の点で産業の集中が

企業に利益 を与え,不況時にはそれは雇用の面で労働者に利益 を与える.また,規模の経済

が働 くがゆえに集中を施行するであろう.「このように,集中化された労働者が産業の地域集

中化において重要な役割を果たす というマーシャルの論理が,収穫逓増 と不確実性の r相互

作用Jによって裏付けられる」7).第2の要因は,中間投入財の規模の経済と輸送費に関係す

る.とくに,後者にあっては中間財の輸送費が最終財の輸送費 よりも極めて低い場合 を除 く

2

3

4

)

)

)

)

)

マーシャル (馬琴啓之助訳)r経済学原理ⅡJ東洋経済新報社,1966年,315ページ

向上書,255-2156ページ

P.クルーグマン (北村行伸他訳)r脱 「国境」の経済学J東洋経済新報社,1994年,50ペ-

同上書,50ページ

同上書,51ページ

同上書,55ページ

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収種逓増と自動車生産の理論的特徴 93

なら,産業の集中化はおこりゃすいという.第3の要因は技術の波及に関係・しており,隣接

する企業間で知識が波及 した結果生まれる純粋な外部経済が問題 となる.いずれにしても,

産業がある程度の連関を持って集積 したなら外部経済が働き収穫逓増する (規模の経済の作

用)というものである.

これに対 して,村上泰亮はマーシャルの議論を言い換えて,rr外部経済』とは産業全体で

限界費用が逓減する現象である」8)という.すなわち,各企業の限界費用曲線は他の企業の

状態が不変の場合は右上がりになるかもしれないが,数多 くの産業が拡大することによって,

労働力の質の一般的向上や産業の物的環境の整備などがおこり,プラスの経済的外部効果が

企業間で働き,産業全体では右下がりの限界費用曲線が現れることをさす,という.その際,

外部経済の効果を企業行動の平面に投影するために,産業全体の生産関数を企業のレベルに

縮写した概念である 「代表的企業」(representadvefirm )を用い,その費用概念は,技術革新,

組織革新,実行による学習 (ソロー),物的投資を含んだ長期的概念であるとする.村上のよ

うに 「代表的企業」概念を基軸において捉えると,マーシャルの議論は,外部経済のみなら

ず内部経済も同時に含むことになる.

以上のように,古典派の収穫逓減の理論に対 して,マーシャルが収穫逓増の理論を産業集

積の効果を念頭に提示 し,それをめぐって外部経済の問題として (クルーグマン)あるいは

外部経済のみならず内部経済の問題として (村上泰亮)議論 されている.いずれにしても,

収穫逓増は,規模の経済,範囲の経済,および連結の経済の形を取ると考えられ,前二者は

少なくとも技術革新あるいは 「資本に体化された技術進歩」からくる収穫逓増である.

Ⅰ.収穫逓増の形態

1.規模の経済と範囲の経済

産業革命により機械生産が確立するにつれ製品 1単位の費用が最低になる生産規模が問題

になるようになった.経済活動の拡大につれて製品単位あた りの長期費用が低下する傾向,

すなわち生産要素の全てを同率で増加させたとき産出量がそれ以上の率で増大する場合,規

模に関する収穫逓増が存在することになる.この方式によって,とくに20世紀に入ってフォ

ー ド・システムが確立すると,フォー ド主義の生産体制として,資本主義の 「黄金の30年」

が登場するに至る (具体的には,世界戦争後から).これはケインズの需要管理政策による大

量消費の裏打ちを伴い,先進資本主義国における 「内包的蓄積体制」(レギュラシオン学派)

を登場させることになる.

ところが,1960年代末より利潤率の低下に直面 した欧米企業が対発展途上国投資 (おもに

8)村上泰亮 『反古典の政治経済学 下』中央公論社,1992年,52ペワジ

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94 季刊経済研究 第25巻 第4号

NICS:NewlyIndustrializingCotlntriesと呼ばれた地域への投資)を展開すると同時に,日本

を中心として多品種小ロット生産が本格化するに至る.後者は範囲の経済として収穫 を逓増

せ しめる.すなわち,一企業で多品種を生産するコス トが,一品種を各企業ごとに生産する

コス トの総和より低ければ,一企業が多品種を生産することが効率的であることになる.そ

して,この範囲の経済が発生する要因として,「ある生産物の生産プロセスの中に,他の製品

の生産にとってコス トなしで転用可能な 『共通生産要素』が含まれていることである.Aと

いうアクティビティに必要な生産要素が,他のBというアクティビティにそのまま殆 ど追加

コス トなしで転用できること」9)が挙げられる.

この原理にしたがって具体化 した生産方式にはさまざまな名称が与えられているが,原理

はこの範囲の経済による収穫逓増を示 している.たとえば,M.ケニー (MartinKenney)とR

フロリダ (RichardFlorida)の ・rポス ト フォー ド主義」論10),K.ホフマン (KurtHo任man)

とR.カプリンスキー (RaphaelKaplinsky)の 「システモフォクチュア」(systemofacture)蘇 ll),

松石勝彦の 「コンピュータ制御オー トメーション」論12),高木彰の 「FMS」概念13),石沢篤郎

の 「ネットワーク型生産システム」論14)などが,この領域の議論であるといえる.以上のよ

うに規模の経済も範囲の経済 もある意味では 「資本に体化 された技術進歩」の結果であ り,

またそのような技術進歩 ・発展に伴 う生産上の管理システムの発展および組織上の変更の結

果で,いわば内部経済に基づいたものであるといえる.念のためにいえば,機械産業などの

部品供給体制のサポー トのあ り方を考慮すれば,外部経済が働いていないわけではないが,

これについては後に述べることとして,ここではミクロ的に見れば規模 と範囲の経済は特別

剰余価値生産それ自体である点を確認しておく.

2.連結の経済とネットワーク外部性

さて,範囲の経済のみでは落ちこぼれが出てくるというのが宮津健一の主張である」すな

わち,「連結の経済性」・という見方が必要で,「『範囲の経済性』の概念が主として単一主体 ・

単一組織の立場から考えられた経済性であると考えられるのに対 して,『連結の経済性』は,

複数主体 ・複数組織の結び付きが生む経済性を含む」15)ものとして考えられる (図 1).

宮津によれば,連結の経済性について論点を挙げるなら以下のようになる16). 第 1に,情

9)宮滞健一 『制度と情報の経塀学』有斐閣,1988年,67ペ「ジ

10)マーチン・ケニー&リチャード・フロリダ 「大草生産を超えて」『窓』3,1990年春季号

ll)Ho血Ian,K.&Kaplinsky,R.,Dn'吻gFbrce,WestviewPress,1988

12)松石勝彦 『コンピュータ制御生産と巨大独占企業』青木書店,1998年

13)高木彰 「現代資本主義と 『オ「トメ-ション』」『岡山大学経済学会雑誌』21(2)1989年

14)石沢篤郎 『コンピュータ科学と社会科学』大月書店,1987年

15)宮津健一 『業際化と情報化』有斐閣,1988年,45ページ

16)宮津健一 『制度と情報の経済学』有斐閣,・1988年,6&69ページ

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収穫逓増と.自動車生産の理論的特徴

図 1 「連結の経済性」というものの見方

95

出所)宮滞健一 『業際化と情報化」有斐閣,1988年,55ページ,図11より

報 ・ノウハウが核になって,組織間 ,主体間の結合によってシナジー効果が創出され●るなど,

アウ トプット面での条件を併せて含める.第 2に,インプッ ト面に関 して,各々の企業内 ・

組織内にある資源だけでなく,それを組織の外にある他企業の外部資源 と結びつける活動面

にも,経済性成立の一つの根拠があるため,「共有」要素こそネットワークでの核をなす.第

3に,連結の経済性は複琴主体間の結びつきによる 「知識 ・技術の多重利用によって生む経

済性」であ り,範囲の.経済が主体の 「多角化対応」であるとすれば,連結の経済は主体間の

経済学」の考え方,すなわち 「組織」 と 「市場」の選択問題 としての 「中間組織」 という概

念ではなく,連結の経済は市場 にまたが りそれと組織を結びつける.第 3の ものとして 「連鎖

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型組織」として捉え,それの生む効果を概念化 している.

以上見たように,連結の経済はネットワーク化が全体 として効果を生むいわばマーシャル

流の外部経済に似ている. さて,この連結の経済は具体的には 「ネッ トワーク外部性」が存

在する部門あるいは製品に現れる.「ネットワーク外部性」とは,ネットワークに参加するメ

ンバーが増えれば増えるほど参加メンバーにとって効用が増えることをいう17).たとえば,わ

た しがファックスの機械を買うと相手のファックスの機械の 「価値」が上がるというように.

連結の経済は 「コア ・コンピタンスの外販」が可能な部門で現れる.たとえば,1981年に,

IBMがこれまでの戦略と異なりオープン ・アーキテクチュア戟略をとりコンパ ックなどの他の

競争企業がIBM/PCの技術仕様のIBM互換機を製造 し,IBM互換機は世界市場の80%を占める

にいたり,世界のパソコン産業のデ ・フアク ト・スタンダー ドが成立 した18).

このように,「ネットワーク外部性」が存在 し 「コア ・コンピタンスの外販」が可能であれ

ば,IBM/PCのようにポジティブ ・フィー ドバックに点火されクリティカル ・マス (CM)を

超え,その製品は事実上の世界標準 となり収穫逓増の原理が働 く19).さらに,このような状況

が生まれるには条件が必要である.その条件 とは,スイッチング ・コス トが充分大 きいこと

である.それを決めるのは,「他者とのや りとりの必要性」,「ソフ トのス トック価値」である.

前者の 「他者とのや りとりの必要性」は,自分のパソコンで入力 したフロッピーを他のパソ

コンで使ったりしてフロッピーがパ ソコン間を行ったりきた りする,このような点の必要性

をいう.また後者の 「ソフ トのス トック価値」は,その機械操作の習熟に時間がかかる点 と

フロッピーなどに蓄積 された情報が繰 り返 し利用される価値 を持つ点をあわせて使用者に蓄

積 されるものである20). 以上のように,連結の経済性は 「ネットワーク外部性」の存在を条件

に,その製品が市場にロック ・インされ,均衡から離れてい くポジティブ ・フィー ドバ ック

のメカニズムとして現れる.

Ⅱ.自動車産業における収穫逓増とモジュール生産

自動車産業に収穫逓増が働いているとすれば,それはどのような形態をとっているのか,

という課題に接近する.とくに,部品供給体制は一種の 「ネットワーク化」してお り,この

状況はいかなる意味を持つのかを考察するのが目的である.

1-ーHu∩"-1nu

7

8

9

1

1

1

町デファクト スタンダードの経営戦略』中公新書,1999年,46ページ

『アメリカ汀多国籍企業の経営戦略』ミネルヴァ書房,1999年,131ページ

カール ・シャピロ卑ハル ・R・バリアン (千本倖生監訳)rネットワーク経済の法則』IDG,

1999年,327-339ページ.林紘一郎 rネットワーキング情報社会の経済学jN′IT出版,1998年,

4047ページ

20)山田英夫,前掲書,23-28ページ

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収種逓増と自動車生産の理論的特徴 97

1.組立企業のモジュール化- 範囲の経済の実現-

コンピュータ生産に典型的に利用されている 「モジュール生産」の先駆けは,1964年のIBM

制コンピュータ,システム/360であった.これが自動車産業に適用されるのは80年代半ば以

降である.今日W によって導入されたもっとも進んだアプローチはブラジルのレゼンデの ト

ラック工場であるといわれている.90年代半ばに先の 「資本に体化された技術進歩」のひと

つ,範囲の経済の実現形態である 「モジュール生産」に着手 して成功を収めつつあるブラジ

ル自動車産業では,1980年代から92年まで長い停滞の時期を経験 したが,93年に一気に成長

を回復させ,100万台水準を振動 していた生産台数は同年に140万台,97年には200万台を超え

た.これには市場開放政策やカル ド-ゾ大統領によるレアル計画の成功によりインフレの沈

静化が実現 し,相変わらず財政赤字 と巨額の対外債務を残 したままであるが,一応のマクロ

経済の安定を実現 したことに負っている. `

成長続 く90年代半ばよりブラジル自動車産業に生産上の変化が現れた.すなわち,モジュ

ール生産の導入である.モジュール生産はプラットフォームにフロア ・グループ, ドライ

ブ ・システム,駆動ギア,およびコックピットの各モジュールを組み付けるのであるが,プ

ラットフォームおよび各モジュール間のインターフェースが統一標準化 されているので 「そ

れぞれ独立 して設計でき, しか も全体 として統一的に機能する小規模なサブシステムを用い

て,複雑な製品やプロセスを構築すること」21)が可能となるのである.

ある ドイツ組立企業のミッテルオル ト工場における ドアの組立について (図2),モジュー

ル生産の特徴を把握するためにやや詳 しく見ると以下のようである22). 塗装工程が終わった自

動車は,再び ドアが車体から取 り外されて 1組ずつ無人搬送車 (automatedgidedvehicle)に

より4つの異なる作業エリアに運ばれる.そこで,窓,ミラー,パデイング (paddhg),ハン

ドルなどが取 り付けられる.それぞれの作業エ リアは15までのワークステーション (個別の

作莱場)で構成されてお り (図では12のワークステーション),無人搬送車は自動的に1つの

ステーションを探す.検査の後,完成された ドアは再び本来の組立ラインに戻 され,その間

に組立が進んでいたボディに再び取 り付けられる.

ミッテルオル ト工場での ドアの組立システムで,140の無人搬送車が存在 し,ワンセットの

並行 して稼働 している複数のワークステーションを持つ4つのワークアイランド (作業エ リ

ア-・筆者)を行 き来する.仮に塗装の異なるオプションを入れるならば, ドアは3000の異な

る種類を持つことになる.また,それぞれのワークステーションには制御灯 (controllump)

が備え付けられてお り,一定の時間が経過すれば点灯する.それはあらか じめプログラムさ

21)キム・B・クラーク&カーリース ・Y・ボールドウイン 「次世代のイノベーションを生む製品

のモジュール化」rダイヤモンド・ハーバード・ビジネスJ1998年 1月号,130ページ

22)J臼rgens,U.,Malsch,T.,andDohse,K.,Breakingh10mTaylon'sm:ChanBT'ngFom70fWork)'ndle

AutomobJ'IeIndusby,CambridgeUniversityPress,1993,pp.363-365

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98 季刊経済研究 第25巻 第4号

図2 ドア・モジュールの組立の図解.

ドアの取り外し ●ドアの再装着

出所)J臼rgens,U.,Malsch,T.,andDohse,K,Breakingh10mTaylon'sm:Chang7'ngFom70fWoLkL'nd7e

AutomobL'Je血dusby,CambridgeUniversityPress,1993,p.364,Figure10.1より.

れた時間が経過すればキャリアーを動かさなければならないことを示 している.当該ボディ

に取 り付けられるべ きドアやコックピットが正確な時間に取 り付けられる予定のラインのス

テーションに届いていない場合,生産の全体の流れが乱れて大混乱に陥るので,メインライ

ンを流れるそれぞれのボディの進行状況に一致 してワークピースの順序 と速度を保つことが

最 も重要 となる.その際,この制御灯は決定的な役割を担 うのである.また,モジュール生

産においてはコンピュータにより統合的に制御 された無人搬送車の機能がフレキシビリティ

を保障することになる.この無人搬送車は3つの高 さにプログラムされてお り,ワークピー

スがワークステーションに入ってくるや否や自動的に調節される23).

この生産状況は多品種製品を柔軟に生産 している_ことを示 してお り, したがって規模の経

済および範囲の経済を実現 ・享受 しているといえる.必要なものを,必要な量だけ,必要な

時に生産 し顧客に届けるために,生産 ・流通活動が円滑に進むように調整することが必要で

ある.この調整活動を 「コ-デイ̀ネーション」というならば24),コーディネーションの電子化

が意味を持つ.すなわち,職人芸的におこなわれていた事後的なコーディネーションを,モ

23)田中祐二 「生産方式の発展と取引関係の変化」小池洋一 ・堀坂浩太郎 『ラテンアメリカ新生産

システム論』アジア経済研究所,1999年,71・73ページ

24)奥野正寛 ・中泉拓也 「情報化とデジタル化 ・電子化社会」奥野正寛 ・池田信夫編著 .F情報化と

経済システムの転換』東洋経済新報社,2001年,26ペ十ジ

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収穫逓増と自動車生産の理論的特徴 99

ジュール化によって簡略化 され再定義 された 「インターフェースという客観性のある情報に

置 き換え」25),スタンダー ド化されオープン化が進んだこと,これによってコス トなしで転用

可能な共通生産要素の利用範囲が拡大 し,範囲の経済がより広範囲に働 くことになる.

以上のようにモジュールそれ自体は組立企業内部でオフ ・ライン生産 されているが,ブラ

ジルでは一次部品企業がモジュールを組み立てて,組立企業に供給するスタイルが一般化 し

つつある.部品企業が組立企業の近隣に設立 され,一定の部品企業の集積 を形成 しているの

が 「インダス トリアル ・コンドミニアム」で26),部品企業が組立企業のプラン トの中で作業 し,

組立企業のメインラインへ各モジュールを組み付けまでおこなうのが 「モジュール ・コンソ

ーシアム」である27) (図3).いずれにしても,80年代 までの大量生産段階では,膨大な数の

部品が部品企業か ら直接組立企業に供給 され,それを組立企業が組み付けをしていたのであ

るが,モジュール生産になり組立企業は数点のモジュールと残余の部品を組み付けるだけと

なり,したがってこれまでの作業の一部は外部化 したことになる.

IBMが劣位部門を互換機企業に外部化 し,ネットワーク化することによって 「ネットワーク

外部性」が機能するようになった状況 とは異な り,自動車産業の場合はそのような機能は働

かない.仮に,ANX (automotivenetworkexchange:世界最大のエクス トラネットで世界各

国の自動車業界サプライチェーンに属する5000社以上の企業が参加)の構築があったとして

も28),自動車部品の性格 とそのサプライチェーンの性格からして,「ネットワークの外部性」

が働 くとは考えられない. もっとも,情報の濃度,密度,豊富 さ,速度,新 しさ,カリスマ

25)柳川範之 「情報技術の発展と経済活動」奥野正寛 ・池田信夫 『情報化と経済システムの転換』東洋経済新報社,2001年,61ページ

26)「インダス トリアル ・コンドミニアム」については,次のものを参考にした. Salerno,M.S.,

Zilbovicius,M.,Dias,A.Ⅴ.C.,ChangesandPersistencesonRelationshipbetweenAssemblerand

SuppliersinBrazil:Proximity,GlobalandFollowSourcing,PartnershipandCo-designRevisited,in

SixthlnternationalCologuium,777eSpaces血theWotldAutoLndusby,GerpisaParis,4-6Juin,1998.

SalernO,M.S.,Dias,A.V.C.,&Zilbovicius,M.,GlobalSourcingSuppliersProximityintheNewAuto

Plants:LogisticsandServiceinIndustrialCondominiumand ModularConsortiuminBrazil,in

eds.Bartezzaghi,E.,Filippini,R.,Spina,G.,&Vinelli,A.,ManagJngOpeTatlonsNetwotk,Venice,●

ServiziGraficiEditoriali,1999

27)「モジュ⊥ル ・コンソーシアム」については以下のものを参考にした.BNDES,ReestruturaGaO

daIndustriadeAutopeGaS,LnfotmeSeton'a1,05/07/96.Peluso,L.&Moraes,et.al.,RevfstaIstoi,

No.1413de3q/10/96.Salerno,MrioSergio& Dias,ValeriaCarneiro,ProductDesign

Modularity,ModularProduction,ModularOrganization:TYleEvolutionofModularConcepts,inGER-

mSA・777eWotlddZatChangedtheMachL'ne,・77leFutureofd7eAutoIndusbyfot・the21CentuLy?

Marx,R.,Zilvovicius,M.,Salerno,M.S.,neModularConssortiuminaNewW TruckPlantin

Brazil:NewFormsifAssemblerandSupplierRelationship,LntegTatedManu血ctuLit7gSystems,8/51997

28)フィリップ ・エバンス/トーマス ・S・ウ-スター (ボス トン ヤコンサルティング ・グループ

訳)『ネット資本主義の企業戟略』ダイヤモンド社,1999年,249-254ページ

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100 季刊経済研究 第25巻 第4号

図 3 Ⅵ〃の トラック生産におけるモジュール ・コンソーシアム

モジュール1 モジュール2 モジュール3 モジュール4 モジユ-ル5 モジュール6 モジュール7 最終検査とQC

(シャーシ) (サスペンション) (阜輪とタイヤ) (エンジン) (室内装備) (塗装) (溶棲)

lochpe-Maxon Rockwell Remon MWH VDO Eisenmann Delca

-I 立 ラ 口 ンI Wスタッフi

Ir

出所)GERPISA,TheGlobalAutomotL'veIndustry.・BetweenHomogent'zatl'onandHierarchy,June1996,p.261,

FigurelおよびRevistalstoi,No.1413,de30/10/96,pp.1421143.

性あるいは双方向性を示す 「リッチネス」 と情報の到達範囲を示す 「リーチ」の トレー ドオ

フ関係は解消されるであろう (図4).したがって,自動車産業の収穫逓増は連結の経済では

なくて規模の経済および範囲の経済ではないかと考えられる.

2.モジュール生産部品企業のネッ トワーク ・コーディネーター化

ブラジルにおいて,主 としてモジュールを供給する一次部品企業は部品の流れの結節点で

あるばか りでなく,次の 2つの意味で情報の中心点 ・結節点である.もちろん,これはプラ

ットフォームの共通化 と簡略化 されたインターフェースのスタンダー ド化 という生産技術上

の要請による.J.ハンフリー (JohnHumphrey)によれば次のようである29).

第 1に,組立企業および一次部品企業の本国からデザインや部品調達に関する基本情報が

ブラジルその他の発展途上国に流れる際の中心点 ・結節点である.図 5のように,本国での

組立親企業 とその一次部品企業間の関係がますます重要な調整を担い,双方で情報交換が行

われる (図5の中の 1).さらに,一次部品企業はネットワーク ・コーディネーターとして活

動するので,発展途上国の部品企業にとってはネットワーク ・コーディネーターとの関係が

契約を勝ち取 りデザイン情報を得るために組み立て企業子会社 との関係 より重要になる (図

5の中の4).したがって,ネットワーク ・コーディネーターと途上国の部品企業との間の関

29)Humphrey,J.,Mukherjee,A,Zibovicius,M.,Arbix,G.,Globalization,FDIandtheRestructuring

ofSupplierNetworks:theMotorIndustryinBrazilandIndia,inKagami,M.,Humphrey,J.,Piore,M.,

(eds.),Leam kzg,LEbetlalizatfonandEconoL7u'cAdjustme叫 InstituteofDevelopingEconomies,1998,

pp.141-144

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収穫逓増と自動車生産の理論的特徴

図4 リッチネス/リーチの トレードオフにおけるポジショニング

ウォルマー ト, トヨタ自動車,シティバ ンクの例

リッチネス

リーチ

出所)フィリップ ・エバ ンス/トーマス ・S・ウ-スター rネッ ト資本主義の

企業戦略Jダイヤモン ド社 ,1999年 ,35ページ,図 3-2より

図5 グE]-Jtルソーシングモデルにおける企業間リンケージ

組立企業

本国

‥‥・‥-

‥・▼組立企業

発展途上国

団⊂=

匡】⊂= 発展途上国に

101

} ト デザインや部品調達に関する

基本情報と意思決定の流れ

+------ト サポート関係

出所)Humphrey,J.,Mukherjee,A,Zibovicius,M.,Arbix,G.,Globalizadon,FDI

andtheRestructuringofSupplierNetworks:theMotorIndustryinBrazil

andIndia,inKagami,M.,Humphrey,J.,Piore,M.,(eds.),Learnt'ng,

L.iberalizationandEconomicAdjustment,InstituteofDevelopingEconomies,

1998,p.143,Figure5-4より

係は変化 し,組立企業はその関係が緊密になることを望むことになる.なぜ なら,コーディ

ネーターが当該国での部品供給に責任 を持つことを望んでいるからである.そこで,一次部

品企業は部品企業集積体である 「インダス トリアル ・コン ドミニアム」内へ需要を搬入 し情

報を供給すると同時に,二次以下の企業の生産する個々の部品の生産,品質,価格,納期な

どの管理の一切を行 うことになる.

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102 季刊経済研究 第25巻 第4号

第 2に,組立企業の選好は,図6のように,4つの国一に利用可能な部品あるいはモジュー

ルを供給する単一の企業であるので,仮に企業の主要基盤がA国にあ り,新モデルの生産が

その国から開始されるとすれば,この国で契約を勝ち取った部品企業は他の国でも契約を取

得するのに非常に強いポジションにあることになる.このように組立企業は世界的部品企業

を探 しているので,在発展途上国組立企業子会社と発展途上国部品企業とは強い結びつきは

なく,したがって当該部品企業は世界的部品ネットワークのコーディネーターである一次部

品企業と,二次以下の部品企業として関係するか,補修市場に追いやられる.ここに,プラ

ットフォームの共通化とインターフェースのスタンダー ド化によるある程度のオープン化が

部品企業の一次のポジションとして現地途上国企業を据えることを困難にしてお り,組立企

業と同一国のモジュール供給企業の進出を必然化する (所有特有の優位).

図6 部品企業連関の新しいパターン

′∫′′′l■′′′′

> 部品企業ネットワークからの供給ライン 、

-- -・-ト 選択的な供給オプション

ー_ > 部品企業ネットワークリンク

出所)図5に同じ,p.141,Figure5.3より

組立企業A

国4

′′

3.モジュール化による階層構造の顕在化と産業集積 `

さて,ここで確認 しておかなければならない点はこのモジュール化により部品企業の配置

に影響を与え息という点である.藤本隆宏によれば,モジュー')-V化には3つの側面,すなわ

ち①製品アーキテクチュアのモジュールイヒ,②生産のモジi-ル化,そして③企業間システ

ムのモジュール化がある.すなわち,自動車それ自体がサブシステム,機能部品,単体部品

に分解できることからこれらの生産資源は階層構造をなしてお り,それに照応 して製品構造

設計 と工程設計,あるいは実際の製品構造 と工程 も階層構造になる.さらに,生産資源は自

動車メーカーのみならず一次部品メーカー,二次部品メーカー,素材メーカー,設備メーカ

ーなどによる分業と協業によって生み出されるので,企業間システムの構造においてもこの

階層構造に噛み合う形で企業間の境界を描 くことができるという.すなわち,「製品や生産の

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収穫逓増と自動車生産の理論的特徴 103

階層構造は,企業間システムの階層構造とつながっている」30). しかも,先に ドア ・モジュー

ルの例で見たように,多品種生産のために柔軟性 とジャス トインタイム供給が要求される場

令,部品企業の配置はどうしても組立工場の近隣に位置することになる.・ここに,自動車部

品クラスターなる産業集積が現れることになり,これは日.米欧の先進世界に存在するばか り

でなく,ブラジルでもまた 「インダス トリアル ・コンドミニアム」として生成 ・発展 してい

るのである.

ちなみに,産業集積それ自体の存続条件について,伊丹敬之は 「集積継続の2つの直接的

理由」 として次の点を挙げる.第 1の理由は,外部市場 と直接接触を持っている企業群を通

して,外部から需要が流れ続けるからである.第2の理由は,分業集積群が群 として柔軟性

を保ち続けられるからである.つまり外部の変化 してい く需要に応え続けられる能力を持っ

ているからで,「集積 しているから柔軟性が生まれる.そして,柔軟性が生まノれるから,集積

が継続する.集積が集積を呼ぶ」31)のである.組立企業の近隣に群生 した産業集積は,いわ

ば,組立企業あるいはモジュール供給企業にとって輸送費の節約などのコス ト上の優位によ

る外部経済として機能するのみならず,柔軟性 を提供することによってモジュール化による

多品種生産を可能にしているといえる.

そ して,この新 しい範囲の経済を実現する方法は対外直接投資を実施する際の所有上の優

位性 となって現れるのであって,・1990年代半ば以降の基幹部品企業の対ブラジル投資はその

優位性による進出の典型である32). 同時に,外部経済を提供するクラスター (産業集積)は立

地優位 として機能する.∫.ダニング (JohnH.Dunning)は,フォーディズムとして知られる

「ヒエラルキー資本主義」に対 して,今 日の資本主義を主要企業間の提携 と提携企業間の競争

を内包する 「アライアンス資本主義」とよび,その特徴点を三点にわたってあげているが,

そのうちのひとつが重要である33).

以下のようである.中小企業を巻 き込んだ系列のネットワークが形成され,日本の自動車

産業の二次,三次の下請け,イタリアのモデナ地区におけるニットウエア企業のネットワー

ク,巨大ソフトウェア企業およびアパ レル企業の何百というアジアの下請け企業など,中小

30)藤本隆宏 「日本型サプライヤー ・システムとモジュール化」青木昌彦 ・安藤晴彦編 『モジュー

ル化- 新しい産業アーキテクチュアの本質- 』東洋経済新報社,2002年,180-182ページ

31)伊丹敏之 「産業集積の意義と論理」伊丹敬之 ・松島茂 ・橘川武郎編 『産業集積の本質- 柔軟

な分業 ・集積の条件- 』有斐閣,1988年,7-10ページ.田中祐二 「生産技術の発展と多国籍企

業における所有優位」『立命館経済学』第49巻第5号,2000年12月,85ページ

32)田中祐二 「生産方式の発展と取引関係の変化」小池洋一 ・堀坂浩太郎 『ラテンアメリカ新生産

システム論』アジア経済研究所,1999年,64-65ページ

33)Dunning;∫.H.,Reappraisingthe・EclecticParよdigminanAgeofAllianceCapitalisrh,Colombo,

IM-assihoG.(ed.),777eChanBl'ngBoundbtl'esbftheFL'm7:ExpJaL'nL'ngEvoJw'ngLnter・FJ'm Relation,

Routlege,1998,pp.35-40.田中祐二 「生産技術の発展と多国籍企業における所有優位」前掲書,86

ページ

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104 季刊経済研究 第25巻 第 4号

企業が新 しいポジションを獲得 している.これらは作 られたクラスター内で外部経済あるい

は集積経済 (agglomerativeeconomies)を提供する.その際,ダニングはアライアンス資本

主義における技術革新が企業間提携を含む集積グループの相互依存関係による点を強調する

と同時に,・このような拠点に立地特有の優位の存在を認識 している34).

おわりに

自動車産業の場合,外部経済よりもむしろ内部経済から利益が得 られる構造になっている.

もっとも,モジュール生産などによって部品供給サイ ドに,ジャス トインタイム配送や多品

種小ロット生産,さらにはフレキシビリティを要求することになるが,これらは部品企業が

組立企業の近隣に集積することで可能になっている.この点では外部経済の効果が存在する

と考えられるが,主 としてそれは多品種生産を行 う生産システムとその基本的ベースとして

の技術革新が内部経済を拡大 し範囲の経済を有効にする環境を与えている限 りで極めて重要

な意味を持っている.アライアンスによる優位の創出であるといえる.

とはいえ,n'部門のようにロック ・インされた市場が驚 くべ きスピー ドで拡大 し収穫逓増 し

てい くメカニズムを有 しているとは考えられない.上述のネットワークコーディネーターと

してのモジュール供給部品企業のネットワーク化にしろ同様で,スイッチング ・コス トの面

からもコアコンピタンスのオープン化の面からもネットワーク外部性 を働かせる要因は何 ら

なく,基本的には規模 と範囲の経済による収穫逓増の実現である.

(2003.2.4 受理)

34)Dunning,J.H.,GlobalizationandTheoryofMNEActivity,ineds.Hood,N.,&Young,S.,777e

GJobalL'zab'oL70fMuJtEnab'onaJEntetpn'seActEv均,andEconomL'cDevelopment,MacmillanPress

LTD,2000,pp.31-37.田中祐二 「直接投資の変化とラテンアメリカ経済 上」r経済』No.77,2002

年2月,117ページ