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FIU Letters, No. 8 ( Jun. 2007) 1 近年、超原子価ヨウ素反応剤は温和な酸化剤として、 また、合成反応に利用される水銀、タリウム、鉛のよう な毒性の高い重金属反応剤の安全な代替反応剤として注 目されてきた 1) 。(ジアセトキシヨード)アレーン[ArI (OAc) 2]、特に、その基本化合物である(ジアセトキシ ヨード)ベンゼン[PhI (OAc) 2]は古くから知られ、長 期間保存可能な安定で取り扱い易い結晶性化合物であ る。スキーム1に示すように、代表的な合成法は、ヨー ドシルベンゼンと酢酸の反応、酢酸中過酢酸によるヨー ドベンゼンの直接酸化、アセタートイオンによる(ジク ロロヨード)ベンゼンの配位子交換である。 Forum on Iodine Utilization ヨウ素利用研究会� Letters 超原子価ヨウ素化合物の簡便合成法 ・・・・・・・・・・・・・ 1 作物へのヨウ素富化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 ヨウ化物イオンとSO2の反応より生成する(ISO2 - 分子ワイヤ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 DIH:1,3-Diiodo-5,5-dimethylhydantoin 高選択的ヨウ素化剤 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 防腐剤としてのブチルカルバミン酸ヨウ化プロピニル (IPBC) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 ナノスペースにおけるAgIクラスター・・・・・・・・・・・・12 ヨウ素とニトリルの相互作用に基づく配列制御とポリ (ジヨードジアセチレン)合成への利用・・・・・・・・・・・・13 可視光照射で機能するヨウ素ドープ酸化チタン ・・・15 ヘテロ芳香族化合物とヨウ化アリール類によるロジ ウム触媒直接C‐Hアリール化反応・・・・・・・・・・・・・・・17 Short Paper 超原子価ヨウ素化合物の簡便合成法 Convenient Synthesis of Hypervalent Iodine Compounds 佐賀大学理工学部 教授  北村二雄 目  次

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  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 1

    近年、超原子価ヨウ素反応剤は温和な酸化剤として、また、合成反応に利用される水銀、タリウム、鉛のような毒性の高い重金属反応剤の安全な代替反応剤として注目されてきた1)。(ジアセトキシヨード)アレーン[ArI(OAc)2]、特に、その基本化合物である(ジアセトキシヨード)ベンゼン[PhI(OAc)2]は古くから知られ、長期間保存可能な安定で取り扱い易い結晶性化合物である。スキーム1に示すように、代表的な合成法は、ヨードシルベンゼンと酢酸の反応、酢酸中過酢酸によるヨードベンゼンの直接酸化、アセタートイオンによる(ジクロロヨード)ベンゼンの配位子交換である。

    Forum on Iodine Utilization

    ヨウ素利用研究会�

    F IU L etters

    FIULetters

    蘆超原子価ヨウ素化合物の簡便合成法 ・・・・・・・・・・・・・ 1

    蘆作物へのヨウ素富化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

    蘆ヨウ化物イオンとSO2の反応より生成する(ISO2-)∞

    分子ワイヤ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8

    蘆DIH:1,3-Diiodo-5,5-dimethylhydantoin

    高選択的ヨウ素化剤 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10

    蘆防腐剤としてのブチルカルバミン酸ヨウ化プロピニル

    (IPBC)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11

    蘆ナノスペースにおけるAgIクラスター・・・・・・・・・・・・12

    蘆ヨウ素とニトリルの相互作用に基づく配列制御とポリ

    (ジヨードジアセチレン)合成への利用・・・・・・・・・・・・13

    蘆可視光照射で機能するヨウ素ドープ酸化チタン・・・15

    蘆ヘテロ芳香族化合物とヨウ化アリール類によるロジ

    ウム触媒直接C‐Hアリール化反応・・・・・・・・・・・・・・・17

    Short Paper

    超原子価ヨウ素化合物の簡便合成法Convenient Synthesis of Hypervalent Iodine Compounds

    佐賀大学理工学部 教授  北村二雄

    目  次

  • 2 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    我々は、上記方法に加えて、容易に入手可能なペルオキソ二硫酸カリウム(K2S2O8)を酸化剤として用いてヨードベンゼンの直接酸化により、(ジアセトキシヨード)ベンゼンを短時間で簡便に合成する方法を見いだした2)。さらに、ジアリールヨードニウム塩への直接合成にも適用できることがわかった3)。しかしながら、最も理想的な方法は、ベンゼンとヨウ素から酢酸中直接合成する方法である。この方法は、ヨードベンゼン合成の反応プロセスを必要としないため、直接的で効率の良い方法である。最近、Shreeveらは、Selectfluor獏を用いる(ジアセトキシヨード)アレーンの直接合成を報告している4)。この方法は電子豊富なアレーンについて検討され、ベンゼンや電子不足のアレーンには適用されていない。そこで、我々は、K2S2O8を酸化剤として用い、ヨウ素とベンゼンから直接(ジアセトキシヨード)ベンゼンを合成する方法を見いだした5)。以下に、我々が見いだした簡便な超原子価ヨウ素化合物の合成法について紹介する。

    盧ヨードアレーンから(ジアセトキシヨード)アレーン

    の簡便合成K2S2O8を酸化剤として用い、酢酸中でヨードアレーン

    を反応させると、短時間で高収率で(ジアセトキシヨード)

    アレーンが得られた(スキーム2)2)。結果を表1に示す。

    (ジアセトキシヨード)アレーンを得るためには、硫酸又はトリフルオロメタンスルホン酸の添加が必要である。K2S2O8は強い酸化剤として広く利用されており、特に、吸湿性がなく、安定で、容易に取り扱えるという利点がある。

    K2S2O8を用いる酸化反応で、硫酸やトリフルオロメタンスルホン酸の添加が効果的であることがわかったので、次に、過ホウ素酸ナトリウムを酸化剤を酸化剤に用いて反応を行った。過ホウ素酸ナトリウムを用いる反応は、すでにMcKillopとKempにより報告されているが6)、トリフルオロメタンスルホン酸を加えると、著しく収率が向上することがわかった(スキーム3)7)。結果を表2に示す。

    以上のように、ヨードアレーンを酢酸中で直接酸化して(ジアセトキシヨード)アレーンを合成する方法は、簡便でかつ高収率であるため、広く利用できる有用な反応であることがわかった。特に、酸化剤としてK2S2O8を用いる場合、硫酸やトリフルオロメタンスルホン酸を添加すると高収率で(ジアセトキシヨード)アレーンが得られた。また、酸化剤として過ホウ素酸ナトリウムを用いる場合、トリフルオロメタンスルホン酸を加えると、著しく(ジアセトキシヨード)アレーンの収率が向上することが明らかとなった。

    盪ポリ[4-(ジアセトキシヨード)スチレン]の簡便合成

    ポリ[4-(ジアセトキシヨード)スチレン](PSDIB)の一般的な合成法はポリ(4-ヨードスチレン)の過酢酸による酸化である。我々は、上記の方法に従い、ポリ

    (4-ヨードスチレン)を過ホウ素酸ナトリウム4水和物とトリフルオロメタンスルホン酸存在下酢酸と1,2-ジクロロエタン中44-45℃で4時間反応させるという簡便な代替

    Table 1. Preparation of (Diacetoxyiodo)arenes from Iodoarenes Using K2S2O8a

    Entry Iodoarenes Additives (mmol) Time(h) Yield(%)

    1 C6H5I H2SO4盻 2 96

    2 4-MeC6H4I H2SO4盻 2 75

    3 4-ClC6H4I H2SO4盻 2 74

    4 3-CF3C6H4I CF3SO3H眇 4 78

    5 3-NO2C6H4I CF3SO3H眇 4 73

    6 1-IC10H7 H2SO4盻 4 85

    7 1,4-I2C6H4 CF3SO3H眇b 6 65

    8 4-FC6H4I H2SO4盻 4 71aThe reaction of an iodoarene (1 mmol) was carried out in AcOH (5 ml) in the

    presence of K2S2O8 (4 mmol) at 25 oC. bCH2Cl2 (3 ml) was added.

    Table 2. Preparation of(Diacetoxyiodo)arenes from Iodoarenes Using NaBO3a

    Entry Iodoarenes Time(h) Yield(%)

    1 C6H5I 3 99

    2 4-MeC6H4I 4 96

    3 4-MeC6H4I 12 91b

    4 4-ClC6H4I 6 95

    5 3-CF3C6H4I 4 95

    6 3-NO2C6H4I 6 94

    7 1-IC10H7 7 90

    8 1,4-I2C6H4c 8 97

    9 3-MeOC6H4I 4 98

    10 4-FC6H4I 8 86aThe reaction of an iodoarene (1 mmol) was carried out in AcOH (9 mL) with

    CF3SO3H (6 mmol) in the presence of NaBO3. 4H2O (10 mmol) at 40-45 oC. b4-

    Iodotoluene(10 mmol), NaBO3.4H2O (100 mmol), CF3SO3H (60 mmol), and

    AcOH (90 mL). cCH2Cl2 (3 mL) was added. The product was 1,4-bis

    (diacetoxyiodo) benzene.

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 3

    法を見いだした(スキーム4)8)。得られた生成物をヨードメトリーにより分析すると、この方法によるジアセトキシヨード基の導入率は1.86 mmol/gであった7)。

    蘯ヨードアレーンから[ビス(トリフルオロアセトキシ)

    ヨード]アレーンの簡便合成K2S2O8存在下トリフルオロ酢酸中でヨードアレーンの

    反応を行うと、[ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨード]アレーンが効率よく簡単に合成できることがわかった(スキーム5)9)。たとえば、ヨードベンゼンをトリフルオロ酢酸とジクロロメタン中K2S2O8を酸化剤として用い36-38℃で20時間反応させると、[ビス(トリフルオロ

    アセトキシ)ヨード]ベンゼンが76%収率で得られた。結果を表3に示す。

    K2S2O8の添加は必須で、これが存在しないと反応は進行しなかった。強い電子吸引基がメタやパラ位に存在しても良好な収率で[ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨード]ア

    レーンが得られたが、3,5-ビス(トリフルオロメチル)-1-ヨードベンゼンの場合は収率が低下した。本反応は電子供与基をもつ基質には適用できず、4-ヨードトルエンやヨードアニソールの反応は、分解した樹脂状物質となった。

    盻ヨードアレーンとアレーンからジアリールヨードニウ

    ムトリフラートの簡便合成

    [ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨード]アレーンは高い反応性を有することから、ヨードアレーンとアレーンからジアリールヨードニウムトリフラートを合成する方法について検討した。まず、K2S2O8存在下トリフルオロ酢酸とジクロロメタン中でヨードアレーンを反応させジアリールヨードニウムトリフルオロアセタートを合成し、反応混合物をナトリウムトリフラート水溶液で処理すると、ジアリールヨードニウムトリフラートが良好な収率で得られた(スキーム6)3)。結果を表4に示す。

    不活性基をもつヨードアレーンは良好な収率でジアリールヨードニウムトリフラートを与えた。芳香族化合物に関しては、ベンゼン、tert-ブチルベンゼンは良好な収率でヨードニウムトリフラートを与えたが、ハロベンゼンやトルエンとの反応では低収率(20-25%)であった。強い電子供与基をもつヨードアレーンや芳香族化合物ではうまく反応が進行しなかった。

    Table 3. Preparation of [Bis(trifluoroacetoxy)iodo]arenes from Iodoarenesa

    Entry Iodoarenes Yield(%)

    1 C6H5I 76

    2 4-ClC6H4I 87

    3 3-CF3C6H4I 82

    4 3-NO2C6H4Ib 72

    5 4-NO2C6H4Ib 71

    6 4-FC6H4I 71

    7 4-BrC6H4I 75

    8 3,5-(CF3)2C6H3I 36

    9 4-ClC6H4Ic 81

    10 4-ClC6H4Ic,d 79aThe reaction of an iodoarene (1 mmol) was carried out at 20 h at 36-38 oC in

    the presence of K2S2O8 (4 mmol) in CF3CO2H (9 ml) and CH2Cl2 (2 ml).bCH2Cl2 (5 ml) was added. c1-Chloro-4-iodobenzene (5 mmol), K2S2O8 (20

    mmol), CF3CO2H (45 ml), and CH2Cl2 (10 ml) were added. dCF3CO2H (30 ml)

    was used.

    Table 4. Preparation of Diaryliodonium Triflates from Iodoarenesa

    Entry Iodoarene Arene Yield/%

    1 PhI PhH 78

    2 4-BrC6H4I PhH 72

    3 4-ClC6H4I PhH 71

    4 4-FC6H4I PhH 73

    5 4-NO2C6H4Ib PhH 67

    6 3-CF3C6H4I PhH 70

    7 PhI tBuPh 69

    8 4-BrC6H4I tBuPh 72

    9 4-ClC6H4I tBuPh 68

    10 4-FC6H4I tBuPh 72

    11 4-NO2C6H4I tBuPh 70

    12 3-NO2C6H4I tBuPh 58

    13 3-CF3C6H4I tBuPh 67aThe reaction of an iodoarene (1 mmol) was carried out in ArH (3 mmol),

    CF3COOH (9 mL) and CH2Cl2 (2 mL) in the presence of K2S2O8 (4 mmol) at 36-

    38 oC for 20 h. After workup, a NaOTf solution was treated at room

    temperature for 8 h. bBenzene (3 mmol) was added after 20 h-reaction and the

    reaction was continued another 8 h.

  • 4 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    眈アレーンとヨウ素から(ジアセトキシヨード)アレーン

    の直接合成

    さらに簡便な合成法として、アレーンを出発原料として用いる合成法を検討した。硫酸存在下、酢酸と1,2-ジクロロエタンの混合溶媒中アレーンをヨウ素及びK2S2O8と反応させると、(ジアセトキシヨード)アレーンが良好な収率で得られた(スキーム7)5)。結果を表5に示す。硫酸の添加は不可欠で、硫酸が存在しないと反応はほとんど進行しない。K2S2O8は必須で、K2S2O8が存在しない場合は、反応は起こらない。Na2S2O8も効果的であるが、収率はあまり良くなかった。酸化剤として、過ホウ素酸ナトリウムを用いた場合は、反応はうまくいかなかった。

    ヨードベンゼンの場合、73%収率で(ジアセトキシヨード)ベンゼンが得られ、50 mmolスケールで反応を行っ

    ても収率は64%で、あまり収率の低下は見られなかった。

    トルエンとの反応では、4-(ジアセトキシヨード)トルエンが良好な収率で得られた。興味深いことに、塩素、臭素及びフッ素のような電子吸引性基をもつハロアレーンでも収率よく(ジアセトキシヨード)アレーンが得られた。さらにこの反応の適用範囲を検討するため、キシレン、

    メシチレン及びtert-ブチルベンゼンについて同様のジアセトキシヨウ素化反応を行った。これらの基質の酸化的ヨウ素化反応は進行したが、さらに、加水分解が起きて、ヨードシルベンゼン誘導体となることがわかった。電子供与基が存在するため、生成した(ジアセトキシヨード)アレーンが反応中あるいは後処理の段階で加水分解されるものと考えられる。ナフタレンやアニソールのような電子豊富な化合物やトリフルオロメチル基やニトロ基の

    ような強い電子吸引基をもつアレーンでは、反応はうまくいかず、対応する(ジアセトキシヨード)アレーンは得られなかった。(ジアセトキシヨード)アレーン生成の機構としては、スキーム8に示すように、アレーンのヨウ素化が起り、ヨードアレーンが生成し、その後、酸化反応により(ジアセトキシヨード)アレーンとなるものと考えられる。

    反応がスキーム8で進行するとすれば、ヨードアレー

    ンが中間に生成する。そこで、少量のペルオキソ二硫酸カリウムを用いれば、ヨードアレーンが得られると考え、

    同様の反応条件下2当量のペルオキソ二硫酸カリウムを用いてベンゼンの反応を行った。その結果、21%の(ジアセトキシヨード)ベンゼンとともに、ヨードベンゼンが66%収率で得られた。ヨードベンゼンがペルオキソ二硫酸カリウムで酸化されて(ジアセトキシヨード)ベンゼンになることは既に見いだしており1、この結果は、Scheme

    8で反応が進行していることを示唆するものである。以上のように、アレーンとヨウ素から直接(ジアセトキ

    シヨード)アレーンを合成する簡便な方法を見いだした。

    謝辞:本研究の一部は、「平成18年度ヨウ素利用研究助成」により行われたものであり、ここに、深く感謝いたします。

    文献:

    1)a) A.Varvoglis,Hypervalent Iodine in Organic Synthesis;

    Academic Press:San Diego,1997.b) V.V.Zhdankin and

    P.J.Stang,Chem.Rev.,102,2523 (2002). c) 横山正孝監修, ヨ

    ウ素化合物の機能と応用, シーエムシー出版, 2005.

    2)M.D.Hossain and T.Kitamura, Synthesis,2005,1932.

    3)M.D.Hossain and T.Kitamura,Tetrahedron,62,6955 (2006).

    4)C.Ye,B.Twamley and J.M.Shreeve,Org.Lett.,7,3961 (2005).

    5)M.D.Hossain and T.Kitamura,Tetrahedron Lett.,47, 7889 (2006).

    6)A.McKillop and D.Kemp,Tetrahedron,45,3299 (1989).

    7)M.D.Hossain and T.Kitamura,J.Org.Chem.,70,6984 (2005).

    8)M.D.Hossain and T.Kitamura,Synthesis,2006,1253.

    9)M.D.Hossain and T.Kitamura,Bull.Chem.Soc.Jpn.,79, 142 (2006).

    Table 5. Direct Synthesis of (Diacetoxyiodo)arenes from Arenesa

    Entry Arene Time(h) Product Yield(%)

    1 PhH 20 PhI(OAc)2 73

    2b PhH 24 PhI(OAc)2 70

    3c PhH 28 PhI(OAc)2 66

    4d PhH 30 PhI(OAc)2 64

    5 PhMe 12 4-MeC6H4I(OAc)2 70

    6 PhCl 20 4-ClC6H4I(OAc)2 71

    7 PhBr 20 4-BrC6H4I(OAc)2 70

    8 PhF 20 4-FC6H4I(OAc)2 69aThe reaction of an arene (1.18 mmol) was carried out in AcOH (5 mL), I2 (0.5

    mmol), C2H4Cl2 (2 mL) and H2SO4 (4 mmol) in the presence of K2S2O8 (5

    mmol) at 40 oC. bBenzene (1.18 mmol), AcOH (2 mL), I2 (0.5 mmol), C2H4Cl2 (2

    mL), H2SO4 (4 mmol) and K2S2O8 (5 mmol). cBenzene (11.8 mmol), AcOH (20

    mL), I2 (5 mmol), C2H4Cl2 (20 mL), H2SO4 (40 mmol) and K2S2O8 (50 mmol).dBenzene (59.0 mmol), AcOH (100 mL), I2 (25 mmol), C2H4Cl2 (100 mL), H2SO4

    (200 mmol) and K2S2O8 (250 mmol).

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 5

    1. 人間のヨウ素栄養ヨウ素は、甲状腺ホルモンの構成元素であり、動物・

    人間の必須元素である。日本は海洋国であり、海藻を食する食習慣があることから、我が国ではヨウ素欠乏症はほとんど認められない。しかし、ヨウ素欠乏は、ビタミ

    ンA欠乏、鉄欠乏とならんで、世界の3大栄養疾患にあげられており、特に、胎児や子供はヨウ素欠乏に敏感で、脳や身体の発達障害を引き起こす。WHOの資料など1,2)

    によれば、世界人口の15.8%がヨウ素欠乏による甲状腺腫を患っており、35.2%に相当する19億8870万人がヨウ素欠乏のリスクを負っていると言われ、なかでも、ヨウ素欠乏はアジアがもっとも多い。普段、私たちは気がつかないが、ヨウ素欠乏は日本の身近なところにある栄養学的課題の一つである。公衆衛生学的なヨウ素欠乏対策は、食塩へのヨウ素の

    添加3,4)がもっとも多く、アメリカでは奏効した。その他、ヨウ素添加油脂やヨウ素錠剤として供給する方法がある。なお、原子力災害が発生し、大気中に放出された大量の放射性ヨウ素が甲状腺に蓄積され内部被ばくを引き起こすことが考えられる場合、甲状腺への放射性ヨウ素の蓄積を拮抗的に抑制するために、防護薬剤として安定ヨウ素剤(ヨウ化カリウム)の予防服用も推奨されている。また、食事からのヨウ素の摂取も同様に有効であることが報告されている5)。一方、主食の穀類にヨウ素を添加している国があるよ

    うに、ヨウ素を富化させた食料の生産・供給もヨウ素欠乏改善の大きな方策になると考えられる。具体的には、「ミネラル野菜」に代表されるような、ヨウ素を可食部に転流・集積させてヨウ素含量をあげた作物、つまりヨウ素強化作物の作出である。ヨウ素を強化する手段は、肥料・施肥による方法と分子生物学的育種によってヨウ素の吸収・移行やそれに関する植物機能の向上を図ることが考えられる。

    2. 作物へのヨウ素富化の試み富化させる元素を投入する方法(施肥)は、直接的で

    簡便な方法ではあるが、富化と過剰は紙一重であるため、富化に当たっては、土壌や水系の汚染、作物の過剰害、過剰摂取による人間の健康被害が起こる場合を想定する必要がある。作物へのヨウ素富化を目的として、水耕液や灌漑水への無機態ヨウ素の化学肥料的な投入が試みら

    れた6-9)が、ヨウ素の富化は達成できるものの、前述したような大きな問題点があるため、これらは適切で実際的な方法ではないと思われる。そこで、私たちは表1に示したような「ヨウ素を含む

    有機質肥料(海藻堆肥やヨウ素を含む鶏糞(ヨウ素鶏糞))」による、資源循環系利用型でマイルドな作物へのヨウ素富化について検討してきた。その結果、コマツナのヨウ素濃度は、海藻堆肥で1.1~4.9 mg kg-1に、ヨウ素鶏糞で0.8~1.4 mg kg-1に(表2に抜粋)なり、自然レベルや対照の有機質肥料と比較して明らかに高くなった。

    同様に、ヨウ素鶏糞によって、ニンジン:2.9~12.6 mgkg-1、ダイズ:0.15 mg kg-1、玄米:0.035 mg kg-1、稲ワラ:57.6 mg kg-1(ヨウ素過剰害が出るような多量施用で

    は、玄米:0.3 mg kg-1、稲ワラ:170 mg kg-1)、多量施用のコムギ子実:0.09 mg kg-1、ムギワラ:53.9 mg kg-1、サトイモ:0.5 mg kg-1、サトイモ葉柄:1.4 mg kg-1、サトイモ葉

    身:2.6 mg kg-1になり、ヨウ素富化が図れた10)。

    Short Paper

    作物へのヨウ素富化Enrichment of Iodine in Crops for Human Health

    宇都宮大学農学部 教授 関本 均

  • 6 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    一方、牛糞堆肥を連年施用して有機栽培しているイネ

    では、玄米:0.02 mg kg-1、稲ワラ:4.2 mg kg-1であり(表3)、一般的な堆肥を用いる有機栽培米であれば必ずヨウ素含量が高くなるわけではなく、ヨウ素を富化させるにはヨウ素を含む堆肥や有機質肥料の利用が必要である10,11)。

    表1に示したように、ヨウ素を含む有機質肥料中には、I-やIO3-よりも水不溶性のヨウ素が占める割合が高かった。水不溶性のヨウ素の多くは有機態ヨウ素と考えられるので、例えば、有機物(堆肥や有機質肥料)の分解に伴う有機態ヨウ素の無機化(植物の可給態化)など、有機態ヨウ素の土壌-植物系における挙動12)に関する知見がヨウ素を含む有機質肥料による作物への効果的なヨウ素富化を達成するために必要となる。

    肥料取締法の第1条に、「国民の健康の保護に資するこ

    とを目的とする」という一文が平成15年6月に追記されたように、肥料は作物へのヨウ素などの微量ミネラルの富化を通じて人間の健康に寄与するものであり、施肥はそれを達成するための直接的で効果的で簡便な方法である。しかし、前述したように、富化と過剰は紙一重であるため、富化に当たっては、土壌や水系の汚染、作物の過剰害、過剰摂取による人間の健康被害を招くことがないように、管理基準・品質基準を遵守しなければならない。肥料・施肥によって、作物への微量ミネラルの富化が気軽に達成できるわけではない。

    3. 作物へのヨウ素富化の可能性ヨウ素は玄米やダイズ、コムギの子実にほとんど移行

    しないので、そのヨウ素富化レベルは著しく低い。そのた

    め、ヨウ素の摂取推奨量:150μg/日以上13)を満たすためには、1日当たり乾物で1kg以上を摂取する必要があった。玄米などの穀物へのヨウ素富化は難しく、主食を通じてヨウ素摂取の向上を図ることは現実的ではなかった。また、供試したヨウ素を含む有機質肥料からのヨウ素吸収効率は0.014~0.091%に過ぎず、ほとんどが土壌に残留することが明らかになった。より一層の植物へのヨウ素吸収の向上を図り、作物への効果的なヨウ素富化を達成するためには、植物における無機態・有機態ヨウ素の吸収・移行や代謝に関する基礎的知見の集積が不可欠である。

    例えば、盧日本の土壌中ヨウ素濃度は世界平均よりも

    高いこと14)、盪水田土壌のヨウ素濃度は畑土壌や森林土

    壌よりも顕著に低いこと14,15)、蘯I-やIO3-は黒ボク土に吸

    着されやすいこと16-18)、盻還元的環境(水田)ではI-が、

    酸化的環境(畑地)ではIO3-が主体であること19)、眈水

    稲の開田赤枯れ病はヨウ素過剰害であること20,21)、眇I-

    の方がIO3-よりも植物根に吸収されやすいこと7, 22,23)、眄吸収されたヨウ素は移行しにくく、特に穀粒への移行は

    ほとんどないこと24, 25)、眩茎葉磨砕液中ではIO3-がI-に還元されること22)などの知見が得られている。食物連鎖を考えれば、植物は土壌と人間や動物とをつなぐ「ヨウ素のキャリアー」であるので、高等植物におけるヨウ素の植物生理学的・植物栄養学的な知見は、作物や飼料へのヨウ素の富化を通じて人間の健康に貢献する。しかし、高等植物においてヨウ素の必須性が認められていないために、高等植物とヨウ素に関する研究は少ない。そこで、私たちは植物および植物根圏における無機態ヨウ素の化学形態変化について基礎的研究を行った。その結果、水耕液にIO3-を添加して栽培したイネ植物体中や溢液中でIO3-は検出されずほとんどがI-であり、水耕液中でもI-が検出された。このことから、高等植物ではIO3-はほとんど吸収されないこと、また、高等植物の根におけるIO3-還元酵素の存在や植物はそれによって還元されたI-を吸収することが示唆された(投稿中)。また、畑地環境では植物根圏における分子状ヨウ素I2の生成の可能性が示された(投稿中)。これらの知見から、植物に吸収されやすいI-が優占する環境、すなわち水田環境が植物のヨウ素吸収には有利であることがわかった。収穫前の湛水によってコマツナのヨウ素濃度が増加したこと、湛水条件で栽培したサトイモのヨウ素濃度は畑栽培

    よりも10~20倍高かったこと、子実よりも茎葉部のヨウ素含量が高いことから、水田で栽培できて茎葉部を利用する作物(例えば、サトイモ、飼料イネ)が、また、ニンジンのヨウ素濃度が高かったことから根菜類が、ヨウ素を含む有機質肥料を利用したヨウ素富化の対象作物と考えられる。作物へのヨウ素富化を達成するためのもう一つの有効

    な方策として、分子生物学的育種がある。例えば、IO3-

    還元酵素などの機能を強化してヨウ素吸収や転流を促進させることが有効であろう。分子生物学的育種は、近年、急速に発展している分野であり、ヨウ素などの微量ミネラル富化技術の基盤になることが期待される。しかし、いわゆる遺伝子組み換え食品の問題がついて回るため、実用化されるには、まだ時間がかかると思われる。

    4. ヨウ素富化の問題点例えば、カドミウムやなどの人間にとって摂取が好ましくない「低減対象ミネラル」については、作物やその栽培基盤である土壌中の含量について基準値や許容上限値が設定されている場合が多く、それが一つの低減の目安になる。一方、「富化対象ミネラル」であるヨウ素は、食事からの摂取必要

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 7

    水質などの環境における基準値はない。食品衛生法では、ヨウ素は「人間の健康を損なうことがないが明らかであるもの」

    として厚生労働大臣が定める物質(65物質)に分類されている。また、ヨウ素は飼料添加物として飼料安全法で指定されているが、添加量の規定はない。このように「低減対象ミネラル」とは異なり、「富化対象ミネラル」であるヨウ素の適正な植物(作物可食部)富化レベルはまったく不明である。富化が行き過ぎれば過剰になるため、どのレベルが単なる「付加」で、どのレベルが「富化」であり、どのレベル以上が「負荷(過剰)」なのか、現在のところ判断のしようがない。当面、作物については、慣行栽培レベルよりも高いこと、それに加えて、厚生労働省が公表した日本人の食事摂取基準(2005年

    版)13)のヨウ素の平均推定必要量:95μg/日、推奨量:150μg/日、摂取上限量:3000μg/日という範囲で考えざるを得ない。また、飼料作物に関しては、日本飼養標準26-29)に策定されているヨウ素要求量(乳牛:0.25~0.60 mg kg(乾物)-1、肉用牛:0.50 mg kg(乾物)-1、豚:0.14 mg kg(乾物)-1、鶏:0.20~0.35 mg kg(乾物)-1)

    やヨウ素の中毒発生限界(乳牛:50 mg kg(乾物)-1、肉用牛:50 mg kg(乾物)-1、豚:800 mg kg(乾物)-1)を基準として考えていく必要がある。もちろん、植物生育阻害が出ない範囲であることは当然である。なお、鶏の飼料中のヨウ素レベル(飼料設計値)は1~2mg kg(乾物)-1といわれている。

    5. おわりに日本土壌肥料学会2006年度秋田大会で、シンポジウム

    「人間の健康に資する植物栄養学―鉄、亜鉛、ヨウ素の富化、硝酸イオン、カドミウムの低減―」が開催されたように、「人間や動物栄養のための植物ミネラル栄養研究」30, 31)は新奇分野として注目されている。その中でヨウ素の植物栄養学的・植物生理学的研究が果たす役割は大きいと思われる。

    謝辞本研究は、(独)放射線医学総合研究所との共同研究で実施されたものであり、ヨウ素の分析にあたっては、吉田 聡博士((独)放射線医学総合研究所環境放射線影響研究グループリーダー)および加藤翔太氏(宇都宮大学大学院農学研究科大学院生)に多大なるご協力をいただきました。ここに記して深謝いたします。なお、本研究の一部は文部科学省科学研究費補助金(課題番号:16658027)により行いました。

    文献:

    01)WHO: Iodine status worldwide, WHO Global

    Database on Iodine Deficiency(2004)

    02)Ramakrishnan U 2002 Nutrition Reviews. 60. S46-S52.

    03)糸川嘉則:ミネラル・微量元素の栄養学,p.413-422,第一

    出版(1994)

    04)木村修一:ミネラルの事典,p.279-296,朝倉書店(2003)

    05)白石久二雄・幸 進・阿山香子・新江秀樹・村松康行・

    ザモスティアンPV・ツイガンコーフNY・ロスIP・コ

    ルズンVN,ヨウ素利用研究会FIUレポート,p.119-120,

    ヨウ素利用研究会(2006)

    06)Whitehead DC,J.Sci Fd Agric.24.43-50(1973)

    07)Mackowiak CL and Grossl PR,Plant Soil 212.153-

    143(1999)

    08)Zhu YG,Huang YZ,Hu Y and Liu YX,Enviorn Int.

    29.33-37.(2003)

    09)Cao XY,Jiang XM,Kareem A,Dou ZH,Rakeman

    MA,Zhang ML,Ma T,O,Donnell K,Delong N and

    Delong GR,Lancet.344,107-109(1994)

    10)Sekimoto H,Katou S and Yoshida S,Plant Nutrition for

    food security,human health and environmental

    protection,p.364-365.Tsinghua university press(2005)

    11)Weng HX,Weng JK,Yong WB,Sun XW and Zhong H,

    J Environ.Sci.15.107-111(2003)

    12)Tensho,K and Yeh KL,Soil Sci.Plant Nutr.,16.30-37

    (1970)

    13)第一出版編集部編:日本人の食事摂取基準(2005年

    版),p.189-193,第一出版(2005)

    14)結田康一:微量元素・化学物質と農業生態系,p.112-

    135,養賢堂(1990)

    15)村松康行:長半減期核種の環境動態と線量評価,p.57-

    68,放医研セミナーシリーズ(1996)

    16)Muramatsu Y,Uchida S,Sriyotha P and Sriyotha K,

    Water,Air and Soil Pollution,49.125-138(1990)

    17)Yoshida S,Muramatsu Y and Uchida S,Water,Air

    and Soil Pollution,63.321-329(1992)

    18)Yoshida S,Muramatsu Y and Uchida S,Radioisotopes,

    44.837-845(1995)

    19)Yuita K,Soil Sci.Plant Nutr.,38.281-287(1992)

    20)Tensho,K and Yeh KL,Radioisotopes,19.574-579

    (1970)

    21)丹野 貢・山森鉄郎・井上又諭・結田康一,富山県農

    業試験場報告,8.55-66(1977)

    22)Muramatsu Y,Christoffers D and Ohmomo Y,J.

    Radiation Research.24.326-338(1983)

    23)Macowiak CL Grossl PR and Cook KL,Plant Soil,

    269.141-150(2005)

    24)Muramatsu Y,Uchida S,Sumiya M,Ohmomo Y and

    Obata H,Water,Air and Soil Pollution,45.151-171(1989)

    25)Muramatsu Y,Yoshida S and Ban-nai T,J.Radioanal.

    Nucl.Chem.Art.,194.303-310(1995)

    26)農林水産省農林水産技術会議事務局編:飼養標準 乳

    牛(1999年版),中央畜産会(1999)

    27)農林水産省農林水産技術会議事務局編:飼養標準 肉

    用牛(2000年版),中央畜産会(2000)

    28)独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構

    編:飼養標準 豚(2005年版),中央畜産会(2005)

    29)独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構

    編:飼養標準 家禽(2004年版),中央畜産会(2004)

    30)Welch RM and Graham RD,Field Crop Res.,60.1-10(1999)

    31)Grusak MA,J Am Coll Nutr.,21.178S-183S(2002)

  • 8 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    はじめにSO2は種々の遷移金属イオンと配位化合物を形成する

    ことが知られているが,ハロゲン化物イオンと電荷移動錯体を形成するという事実はあまり知られていない。今

    から35年ほど前,溶液中での分光化学的研究で,SO2が各ハロゲン化物イオンと電荷移動錯体を形成するという報告がなされた1。しかしながらX線構造解析により,固体中でのハロゲン化物イオン-SO2複合体形成が確認されたものは,すべてヨウ化物イオンにのみ限られ,その報告例も少数である2。筆者はこれまで,種々の三級ホスフィン配位子を有するPt(II), Pd(II)及びNi(II)錯体とSO2の反応を研究してきた。そのなかで,対イオンとしてヨウ化物イオンを含む,ある種のPt(II)及びPd(II)三級ホスフィン錯体が気体SO2を可逆的に吸脱着し,(ISO2-)∞の組成を有する分子ワイヤを形成することを見いだしたので以下に紹介する。

    1.(ISO2-)∞ワイヤの合成と構造

    合成方法をScheme 1に示す。よく知られる三級ホスフィン錯体,[Pt(dmpe)2]I2の水溶液に亜硫酸水を加えると,溶液の色は無色から黄色へと変化した。この溶液を冷庫にて静置すると,赤橙色の結晶が析出した。この赤橙色結晶は[Pt(dmpe)2](ISO2)2の組成を有する化合物である。化合物の分子構造を図1に示す。白金(II)錯体部位の配位構造は,SO2が吸着する前の配

    位構造と変化が見られなかった。また,対イオンであるヨウ化物イオンの白金(II)錯体に対する相対的位置(配位平面に対してアピカル位),及び白金との原子間距離

    に関しても,SO2吸着前と変化が見られなかった。注目すべき点は,ヨウ化物イオンとSO2との距離である。I…S間距離は3.316(3)Åと,ファンデルワールス半径の合計値(3.78Å)より充分小さく,ヨウ化物イオン-SO2の複合体が形成されていることを示す距離にあった。さらにこのSO2は隣接するヨウ化物イオンを架橋し,その距離は

    3.571(2)Åの距離にある。すなわち,本結晶内でSO2はヨウ化物イオン間を架橋し,結晶構造全体では,(ISO2-)∞なるワイヤ構造が形成されていることが明らかとなった

    (図2)。気体分子であるSO2が結晶内粒子のヨウ化物イオンと新たな高次構造を形成するという現象は,興味深い発見である。

    Short Paper

    ヨウ化物イオンとSO2の反応より生成する(ISO2-)∞分子ワイヤAn(ISO2-)∞ Molecular Wire Obtained by A Reaction of Iodideswith SO2 Molecules

    福岡教育大学教育学部 准教授 長澤 五十六

    図1:[Pt(dmpe)2](ISO2)2の分子構造

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 9

    2. (ISO2-)∞ワイヤの消滅と再構築赤橙色結晶である,[Pt(dmpe)2](ISO2)2は,大気下に放置すると,徐々にその色を失っていく。この原因は結晶内のSO2が放出されていくことに帰因する。すなわち,(ISO2-)∞ワイヤ構造は,大気下で徐々に消滅していくことを示している。これを可能にしているのは[Pt(dmpe)2](ISO2)2結晶が有するチャネル構造である(図3)。図3の

    下図から理解されるように,結晶のα軸に沿って,SO2が容易に結晶外へ放出されるような「通り道」が存在しているのである。さらに興味深いことは,一旦SO2が放出され,呈色を失った結晶を SO2雰囲気下に置くと,再び結晶が赤橙色へと変化することである。粉末X線回折測定による考察から,これは結晶が再びSO2を吸着し,(ISO2-)∞ワイヤ構造を再構築することに帰因することが明らかとなった。すなわち,(ISO2-)∞ワイヤ構造は結晶の外部環境の変化により生成と消滅を繰り返すという性質を持つ。言い換えると,(ISO2-)∞ワイヤは結晶の外部環境の変化を感じ,ワイヤ構造を消滅・生成させるという,自己生成・消滅機能を有する分子ワイヤと解釈できる。このように外部環境の変化に応じて,分子がその特性を変化させうる物質は,分子素材への応用が期待されている3。この現象はヨウ化物イオンとSO2が弱い結合を形成していることに要因があり,堅い共有結合で形成された,オリゴチオフェンなどの分子ワイヤ4とは異なる特性が期待される。

    おわりに上記のように,ヨウ化物イオンとSO2の新たな複合体形成により,興味深い分子ワイヤの生成が実現した。またこのワイヤ構造は,同様のPd(II)三級ホスフィン錯体,[Pd(dmpe)2](ISO2)2でも実現している。さらに筆者はこれまでの研究において,ワイヤ構造のみならず,孤立したISO2-イオンや(I2SO2)2-イオン,さらには[I2(SO2)2]2-イオンなどの多種多様なI-SO2複合体の形成が可能であることを明らかにしてきた。この領域は,無機化学における基礎的な研究のみならず,分子素材への応用などを視野に入れた研究でも,さらなる発展が期待できる領域であると考えている。

    文献:

    1.(a)E.J.Woodhouse,T.H.Norris,Inorg.Chem.,10,614-619

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    (b)P.G.Eller,G.J.Kubas,R.R.Ryan,Inorg.Chem., 16, 2454-

    2462(1977).(c)P.G.Eller,G.J.Kubas,Inorg. Chem.,

    17,894-897(1978).

    3. M.Albrecht,M.Lutz,A.L.Speck,G.van Koten,Nature,406,

    970-974(2000). 4. T. Izumi, S. Kobayashi, K. Takimiya, Y. Aso, T. Otsubo, J.

    Am. Chem. Soc., 125, 5286-5287(2003).

    図2:[Pt(dmpe)2](ISO2)2の結晶構造

    図3:[Pt(dmpe)2](ISO2)2のチャネル構造,(上)I,S,Oのみvan der Waals表示,(下)SO2は非表示

  • 10 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    ヨウ素を分子中に含む農薬は少なく、アイオキシニル(除草剤)、ヨードスルフロン(除草剤)、ベノダニル(殺菌剤)などが知られている程度である。弊社はヨウ素を含む新規骨格の殺虫剤(フルベンジアミド)を見出し開発中であるが(参考文献1)、製造場面ではヨウ素の導入法の開発が大きな課題であった。研究の初期段階では伝統的なジアゾ化法で合成していたが、工程が長くなり廃液量も多くなるために価格のハードルを越えるのは容易ではなかった。そこで、工程短縮を目指して広範なプロセス検討を行

    った。トルイル酸類の選択的オルトヨウ素化の研究を行った結果、1工程で直接カルボキシル基のオルト位にヨウ素を導入するオルトパラデーション法が有望であることを見出した(参考文献2)。ヨウ素化剤としてヨウ素(I2)、ICl、NIS、N-ヨウ素化アセトアミド、DIHなどを

    比較したところ、DIHが好結果を与えた(図1)。DIHは、従来は一般の試薬カタログに未記載の入手困

    難なヨウ素化剤だったが、弊社で製造方法を改良し、現在は商業ベースで数キログラム~数トンのDIHが供給可能である。筆者は、単体ヨウ素と比べて昇華・気散性がなく取り扱いやすいDIHが、広範に使用されるようになることを期待している。

    【DIHの構造と特性】DIHはヨウ素やNISと同様のヨウ素化剤の一つで、そ

    の化学構造は図2に示す通りである。DIHは1位と3位のN上に2個のヨウ素原子を有しているが、その2個のヨウ素原子をヨウ素カチオンとして供与する形でヨウ素化を行う高選択的なヨウ素化剤である。

    DIHの反応では、ヨウ素でのヨウ素化反応と異なりHIを副生せず、塩基や酸化剤を必要としないために反応系が比較的単純であり、高収率で高品質の目的物が得られる場合が多い。(図3.参考文献3)DIHはヨウ素とジメチルヒダントインから製造される

    が、その製造において2個のヨウ素原子が浪費さることなく利用される(他のN-ヨウ素化アミドおよびイミドの場合は1個のヨウ素原子が利用される)。また、NIS

    (参考文献4)と異なり高価な酸化銀を使用する必要もないので、比較的安価なヨウ素化剤と言える。使い易さの点でもメリットがある。DIHの場合は反応

    終了後の溶媒による抽出操作で目的物とヨウ素担体(ヒダントインは水層に移る)を容易に分離できる。ヨウ素担体の回収も容易である。DIHは、その製造からヨウ素化反応と使用後までの全

    過程を通して見ると、貴重なヨウ素原子2個を全部活用し無駄にしない点、また、目的物とヨウ素担体の分離およびヨウ素担体の回収も容易であることなどから環境調和型のヨウ素化剤と言えるだろう。DIHは乾燥状態では室温で比較的安定である。通常

    5℃以下で保管する。文献:

    1)M.Tohnishi et al.,J.Pesticide Sci.,30,354-360(2005)

    2)児玉浩宜ほか、特開2002-338516

    3)O.O.Orazi et al.,J.Org.Chem.30,1101(1965)

    4)Fieser & Fieser, Reagents for Organic

    Synthesis, vol.1,p510

    DIH:1,3-Diiodo-5,5-dimethylhydantoin高選択的ヨウ素化剤

    日本農薬㈱化学品部 平賀国和

    ‘ ⁄i— ‘

    図1.DIHの反応例(参考文献2)

    図2.DIH

    図3.DIHの反応例(参考文献3)

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 11

    ●はじめに微生物の汚染から化粧品類を守ることは、製品の品質

    を維持するために必要である。薬事法上、化粧品が無菌であることは求められていないが、一般的に化粧品メーカーは製品中に生菌数を認めないことを目標にしている。工場における一次汚染は製造・充填工程の管理により

    防止できるが、消費者の手によって発生する二次汚染を防止するためには製品の防腐力が有効な手段となる。一方で製品中の生菌数が認められないことを理想とすると同時に、安全で少量でも有効な防腐剤が望まれている。

    ●IPBCの構造と特性1972年、米国で開発されて以来、ブチルカルバミン酸

    ヨウ化プロピニル(図1;以下IPBC)は、その優れた防黴力により化粧品用防腐剤、塗料及び表面処理剤、木材防腐剤、建設資材、シーラントおよび接着剤、金属細工用流体、プラスチック及び繊維のための抗菌剤等、様々な分野で利用されるに至っている。カルバマート系化合物は、一般に血中コリンエステラ

    ーゼ活性を阻害する性質を有するが、IPBCにはその作用がない。

    ●IPBCの化粧品基準(ポジティブリスト)収載ロンザは、化粧品用防腐剤としての適用拡大を目指し

    2003年8月にポジティブリスト収載要請をし、 2006年5

    月24日に正式に収載された。ポジティブリストへの収載要件を表1に示す。

    ●IPBCの抗菌性細菌や真菌に対する効果をパラベン類と比較する実験により、IPBCの効果を確認した(表2)。なかでも真菌の最小阻止濃度はパラベンを大幅に下回っており、少量の添加で優れた防黴効果を発揮している。一方で細菌に対してより高い効力を発揮する防腐剤とIPBCを組み合わせることにより、防腐剤の総量を低減していく手法も考えられる。

    ●GlycacilシリーズロンザではIPBCを化粧品用防腐剤としてGlycacilシリ

    ーズとして上市している(表3)。IPBC単体であるGlycacilをはじめとして処方への溶解性を向上させたGlycacil 2000、 Lがあり、今後化粧品市場での利用が見込まれる。

    防腐剤としてのブチルカルバミン酸ヨウ化プロピニル(IPBC)

    ロンザジャパン株式会社パフォーマンスケミカルズ事業部 栗本祐子

    ‘ ⁄i— ‘

    図1.IPBCの化学構造

    (表1)ブチルカルバミン酸ヨウ化プロピニル(IPBC)のポジティブリスト要件

    成分名(表示名称)ブチルカルバミン酸ヨウ化プロピニル化粧品の種類・目的 配合量粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流すもの 0.02% Max.粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流さないもの 0.02% Max.粘膜に使用されることがある化粧品 0.02% Max.エアゾール剤 配合禁止

    (表2)IPBCの抗菌性(MIC;最小阻止濃度単位:ppm)

    A.niger 1000 400 200 200 1B.subtilis 2000 1000 250 125 50C.albicans 1000 1000 125 125 6C.globosum 500 250 63 32 5E.coli 2000 1000 1000 4000 100P.species 500 250 63 32 1P.aeruginosa 2000 1000 800 200 250S.aureus 4000 1000 500 125 100

    菌の種類パラベン類

    メチル エチル プロピル ブチルIPBC

    (表3)Glycacilシリーズ製品概要

    名称 Glycacil Glycacil2000 Glycacil L

    含有量 100% 6% 10%

    外観 粉末 液状 液状

    PEG-4

    その他成分 なし (包摂化合物) ラウリン酸PEG-4

    水 ジラウリン酸PEG-4

  • 用など、新たな機能の付与が期待される。

    文献:

    1)FIU Letters, No. 1, p. 5(2001).

    2)FIU Letters, No. 4, p. 10(2003).

    3)T. Kodaira and T. Ikeda, Eur. Phys. J., D24, 299-302(2003).

    4)T. Kodaira1, T. Kubota, Y. Okamoto, N. Koshizaki, Eur.

    Phys. J., D 34, 63-66(2005).

    5)小平哲也, NANOCOSM, No. 15, p. 3[2005.07].

    (千葉大・理加納博文)

    2次元や1次元の低次元物質の研究が盛んである。これは量子効果を利用した新世代デバイスの開発に関係することと、低次元物質の相転移挙動について長い間物性科学分野で理論的興味の対象となってきたからである。以前本誌においても単層カーボンナノチューブ(SWNT)内に形成されたヨウ素分子のらせん状配列や有機ナノ細

    孔体の1次元チャンネルに形成されたヨウ素分子ナノワイヤーが紹介された1,2)。ここでは、ナノ細孔体の元祖ともいうべきゼオライト

    のナノ細孔に導入されたヨウ化銀(AgI)ナノ粒子の特異性が示されつつあるので紹介する。AgIは超イオン導電性、光感光性を有する応用上重要

    な半導体結晶である。また、ゼオライトはナノ空洞内に交換性のカチオンを多数有し、その種類に依存して抗菌能・触媒能・分子篩能等々を付与することができる、我々の生活の至る所で利用されている物質である。この交換性カチオン種が、AgIナノ粒子とゼオライト骨格の界面を制御するのに有効であることが分かってきた3,4)。具体的には、最も界面の影響を受ける分子状態で、

    AgIをゼオライト(ファージャサイト)内に吸着させた場合、その光学特性は交換性カチオン種(M+ = Na+, K+,Cs+)により大きく変化するが報告された。イオン化エネルギーの高いカチオン(Na+)を有するゼオライトにAgIを吸着させると、その光遷移エネルギーは高くなり、イオン化エネルギーの低いカチオン(Cs+)では、気相のAgI分子の光遷移エネルギーに近づく(Fig. 1)。このような界面におけるナノ粒子や分子の電子状態変

    化の機構解明を行うために、吸着AgI分子のX線吸収広域微細構造(EXAFS)を測定したところ、1)Ag-I結合距離はカチオン種に依存せず、2)Ag原子の近くにゼオライト骨格の酸素原子が存在するということが明らかと

    なった(Fig. 2)。これらのことをもとにFig. 3の様なモデルが提案されている。まず界面状態はAgIの光励起状態においてのみカチオ

    ン種に大きく依存し、カチオン種のイオン化エネルギーが高い程、カチオンに電子が引きつけられるため、銀原子からヨウ素原子に電子が移動し、分子内の両原子間の電荷分極δが大きくなる。このような特性を利用すれば、光励起状態における電子易動度が関与する電子機能において「共有結合-イオン結合状態の制御」と言う観点から、例えばAgIナノ粒子を応用する場合の界面状態変化による光化学変化の効率制御等による光記録材料への応

    12 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    Topics

    ナノスペースにおけるAgIクラスターAgI Cluster in Nanospace

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 13

    Topics

    ヨウ素とニトリルの相互作用に基づく配列制御とポリ(ジヨードジアセチレン)合成への利用Crystal Engineering Based on the Interactionbetween Iodine and Nitrile, and theApplication to Preparation of

    Poly(diiododiacetylene)

    ドジアセチレンの配列制御を行っている(Scheme 1)。オキザラミド部位の水素結合によってオキザラミド同士が配列し、それを基にニトリルとヨウ素との相互作用を利用してジヨードジアセチレンを配列させるものである。オキザラミドとジヨードジアセチレンを1 : 1でメタノールから結晶化させることで、目的の結晶を得ている。

    その結果、1を用いた際にはジヨードジアセチレン間の1位と4位の距離が4.0Åとなる結晶を得ている(Figure 2)。ヨウ素はニトリル部位へ向いており、配列制御にヨウ素-ニトリル間の相互作用の利用が示唆される。さらに、

    興味深いことにオキザラミド誘導体の炭素鎖が1つ長い2を用いた場合、共結晶化の条件でポリマー化が進行し、配列制御されたポリ(ジヨードジアセチレン)との共結

    晶体として得られている(Figure 3)。この共結晶では、ニトリルとヨウ素との相互作用に加えて、オキザラミド部位とヨウ素にも相互作用が存在している。さらにこの

    分子間の相互作用を制御する方法を確立することは、ナノレベル構造の構築など超分子化合物への応用から重要な課題である。そうした配列制御の方法という観点においても、ヨウ素原子は興味深い相互作用を示す原子である。結晶状態において種々のドナー性およびアクセプター性置換基とハロゲン原子との相互作用や、ハロゲン原子同士での相互作用が知られている。また、ハロゲン原子間に働く相互作用の原因については、異方性相互作用やHOMO-LUMOの相互作用など、様々な議論がされている1)。ヨウ素原子と種々の官能基(NO22), CN, OH3)など)

    との結晶中における相互作用についてもいくつかの報告がされている。Merzはニトリルとヨウ素の相互作用に注目し、ヨードベンゾニトリルの位置異性体の結晶構造についてまとめている3)。それによると、m-およびo-体に関してはヨードベンゼンと同様のヨウ素-ヨウ素間での相互作用が見られるのに対し、p-体ではヨウ素とニトリル間に相互作用が確認できる。ヨードベンゼンおよびo-4)およびm-体では、Figure 1(a),(b),(c)に示されているように、ヨウ素-ヨウ素間の相互作用によって、zigzag様の構造となっている。その距離は3.8~4.2Åで

    あり、ヨウ素のvan der Waals半径(2.115Å)を考慮すると、優位な相互作用が見て取れる。一方p-体では、ニトリルとヨウ素が向き合うように直線上に分子が並んでい

    る(Figure 1(d))5)。この窒素-ヨウ素の距離はそれぞれのvan der Waals半径の和を大きく下回っており、ヨウ素とニトリル間の相互作用の存在を示している。このようなヨウ素-ニトリル間の相互作用を利用して、配列制御されたポリ(ジヨードジアセチレン)の合成がGoroffらによって報告された4)。ジアセチレン化合物はポリマー化することで共役系が広がり、様々な機能性材料としての利用が期待される化合物である。しかし、一般にポリマー化の際に1,4-付加と1,2-付加が併発し、その制御は難しいとされている。水素結合を利用したジアセチレンモノマーの配列制御については、LauherとFowlerらによる報告がある7)。彼らは、ジアセチレンモノマーが4.6Å程度まで近接した構造を持つ結晶生成に成功している。しかしながら、そこからのポリマー化については成功していないようである。Goroffらはジヨードジアセチレンとニトリルをもつオキザラミド誘導体

    (1および2)との共結晶化によって、結晶中でのジヨー

  • 14 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    共結晶体は銅色光沢をもったワイヤー様の物質として得られている。このポリマーは、まだ炭素-ヨウ素結合を持っているため、カップリング反応などによるさらなる展開も可能である。以上、ヨウ素とニトリルの相互作用に関する研究とその

    利用例について述べた。このようなヨウ素の弱い相互作用を用いた配列制御の方法はこれからの精密に制御されたナノ構造の構築などにも大いに利用できると期待される。

    文献:

    1)T.N.Guru Row,R.Parthasarathy,P.J.Murray-Rust, J.Am.

    C h e m . S o c . ,108 , 4 308(1986).G .R .Des i r a j u ,R .

    Parthasarathy,J.Am.Chem.Soc.,111,8725(1989).

    2)V.R.Thalladi,B.S.Goud,V.J.Hoy,F.H.Allen,J.A.K.Howard,

    G.R.Desiraju,J.Chem.Soc.,Chem.Commun.,1996, 401.

    3)K.Merz,Cryst.Growth&Design,6,1615(2006).(ヨードフェノールの位置異性体についてもまとめられている)

    4)S.Lam,D.Britton,Acta Crystallogr.,B30,1119(1974).

    5)G.R.Desiraju,R.L.Harlow,J.Am.Chem.Soc.,111,6757(1989).

    6)A.Sun,J.W.Lauher,N.S.Goroff,Science,312,1030(2006).

    7)J.J.Kane,R.F.Liao,J.W.Lauher,F.W.Fowler,J.Am.Chem.

    Soc.,117,12003(1995).F.W.Fowler,J.W.Lauher,J.Phys.

    Org.Chem.,13,850(2000). (千葉大・工 松本祥治)

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 15

    Table 1にまとめたとおりであり、MTIはポリマーを添加することによってより空孔サイズの小さく、表面積の大きなTiO2として得られている。また、サイズの分布も狭いものとなっている(Figure 2)。得られたサンプルの吸収スペクトルを市販のTiO2(P25)と比較すると、吸

    収が550 nm以上におよんでおり、可視光領域での吸収が達成されている(Figure 3)。ドープされたヨウ素の状態についてXPS(X線光電子分光:X-ray PhotoelectronSpectroscopy)によってその結合エネルギーを調べたところ、MTIとTIではいずれも624.5 eVに観測され、類似した状態でヨウ素がドープされていることがうかがえる。HIO3中のI5+の結合エネルギーは622 eV程度であることから、この状態に近い結合形態でTi4+に置換した状態をとっていると考えられている5)。このような置換は各々の原子半径やTiO2とHIO3の構造の類似性により可能であると考えられる。

    酸化チタン(TiO2)は高い酸化作用を示す。このことを利用した機能として、光照射によって殺菌作用を示すことがよく知られている。また、太陽電池への利用でも注目を集めている物質であり、可視光領域に吸収を持つ色素を塗布することによる、色素増感型の太陽電池としての利用が検討されており、その電解質にヨウ素化合物が使われている1)。TiO2の殺菌作用などの光触媒としての機能に注目すると、本来のTiO2のバンドギャップは3.2 eVであり可視光領域での吸収がないため、光触媒としての機能を使うためには紫外光が必要となる。この点を改善する方法として、可視光でも吸収を可能とさせる検討がなされており、フッ素2)や塩素、臭素3)といったハロゲン原子を用いた研究がなされている4)。また、ここで取り上げるようにヨウ素をドープすることによって可視光での吸収を達成している例も報告されだしている。これまでに、Caiらによってヨウ素ドープされたTiO2の調整が行われている5)。CaiらはHIO3とTi(OC3H7)4からサンプルを調整し、光触媒としての活性試験をフェノール

    を用いて検討している。その結果、400℃で焼成したサンプルを用いた際に、400 nm以上の可視光照射におい

    ても59%までフェノールを減少できることを見いだしている。さらに、TiO2自体を改質することでメソポーラス構造の変化と可視光領域での光触媒としての機能化がLuとChengらにより検討されている。調整方法を変えることでTiO2のメソポーラス構造を変化させ、光触媒としての能力の向上に成功している6)。Ti[OCH(CH3)2]4約7mLに対してHIO3約3gを加えて

    80℃で4時間作用させ、その後テンプレートとしてポリマー(Pluronic P123;組成…EO20PO70EO20)を2.5 g加え、オートクレーブ中100℃で20時間、その後400℃にて2時間焼成することでサンプル(MTI)を調整している4)。粉末X線解析の結果、アナターゼ構造とルチル構造を併せもったbicrystallineな結晶として得られていることが確認された(Figure 1)。Caiらによる調整方法(ポリマー

    を加えず、HIO3の量が約1.3 gと少なく、100℃で3時間、その後400℃で2時間焼成5))では100%アナターゼ型の結晶のサンプル(TI)が得られている。アナターゼ構造は低温おいても生成する構造であるが、調整時の酸を過剰に加えることで、アナターゼ構造の形成が抑えられたため、高温での焼成時にルチル構造が形成できたと考えられる。BET表面積、空孔サイズおよび空孔体積は

    Topics

    可視光照射で機能するヨウ素ドープ酸化チタンVisible Light Photocatalyst: Iodine-DopedMesoporous Tiatania

  • 16 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

    さらに、得られたMTIの光触媒としての能力を調べるために、メチレンブルー(MB)を用いた退色実験を行っている(Figure 4)。その結果、可視光のみによる検討においてヨウ素をドープしていないP25よりも飛躍的に光触媒としての能力が高く、TIよりも向上していることがうかがえる。さらに興味深いことに、紫外-可視光を用いた実験においてもMTIがより高い光触媒能を持つことが示された。このことは、空孔体積がP25よりも大きなことも一因となっていると考えられている。

    以上、ヨウ素添加による可視光領域での酸化チタンの機能化、および酸化チタンの改質による機能向上について述べた。より汎用性が高いと考えられる可視光吸収する物質の調整法としてヨウ素が一役買えることを示した例であり、興味深いものがあるといえよう。

    文献:1)U.Bach,D.Lupo,P.Comte,J.E.Moser,F.Weissortel,J.

    Salbeck,H.Sprei tzer ,M.Gratzel ,Nature,395 ,583

    (1998).S.Hayase,FIU Lett.,5,1(2003).

    2)J.C.Yu,J.G.Yu,W.K.Ho,Z.T.Jiang,L.Z.Zhang,Chem.

    Mater., 14, 3808(2002).

    3)H.Luo,T.Takata,Y.Lee,J.Zhao,K.Domen,Y.Yan,Chem.

    Mater., 16, 846(2004).

    4)その他の窒素や炭素、硫黄などの元素を用いた利用も検討されている。詳しくは文献5)および6)の参考文献を参照のこと。

    5)X.Hong,Z.Wang,W.Cai,F.Lu,J.Zhang,Y.Yang,N.Ma,Y.

    Liu,Chem.Mater.,17,1548(2005).

    6)G.Liu,Z.Chen,C.Dong,Y.Zhao,F.Li,G.W.Lu,H.-H.Cheng,

    J.Phys.Chem.B.,110,20823(2006).

    (千葉大・工 松本祥治)

    :

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 17

    (ヘテロ)芳香環-(ヘテロ)芳香環結合をもつビアリール化合物は、薬理活性物質のみならず機能性有機材料にも頻繁に用いられる構造単位である。材料科学および生命科学分野における重要な有機骨格のビアリール体作製の有効な方法の開発は非常に重要な話題である1)。 有機金属化合物と有機ハロゲン化物とのクロスカップリング反応は、最も信頼性の高い合成手法であり、複素環と芳香環の炭素-水素結合の切断を経る直接的な置換反応は、目的化合物を短段階で合成する有効な合成法である2)。 近年パラジウム触媒を主に用いた炭素-水素結合の直接アリール化の研究は大きく進歩しているが3)、相当な開発の余地がある。柳澤等はヘテロ芳香環の炭素-水素結合を直接アリー

    ル化できる新しいロジウム錯体触媒を開発することに成功した4)。これは合成化学的に触媒的直接変換によるビアリール体の構築で意義がある。このロジウム錯体触媒

    (図1)は、[PhCl(CO)2]2とP[OCH(CF3)2]3をトルエン中で混合すると定量的に生成する。これは固体状態で湿分による安定性が顕著(空気中で8ヶ月以上)で、X線結晶構造解析からロジウム原子が、2つの嵩の大きな亜リン酸配位子に効果的に保護されている。そしてヨウ化アリールによる(ヘテロ)芳香環のC-H結合に有効に働く触媒前駆体として、強いπ受容性配位子(P[OCH(CF3)2]3)

    を持っている。代表的な反応の2例を式((1)、(2))に示す。メタキ

    シレン中の3メトキシチオフェンとヨードベンゼンをロジウム錯体、AgCO3、DME(ジメトキシエタン)の存在下で150℃、12h反応させると、炭素-水素の直接アリール化によりチオフェンの2の位置に完全な位置選択性

    を持つ化合物が75%収率で得られる。その超音波照射による効果も示され5)、他にヨードベンゼンを過剰にするとπ系化合物の収率が良くなり(式(2))、DMEを添加

    するとジアリールの生成が抑制された。表1.にこの触媒を使って、チオフェン、フラン、ピロ

    ールおよびインドール類のヘテロ環の直接アリール化の試験結果を示す。チオフェン、ビチオフェン、2,3-ジメチルフランではヘテロ環の酸素や硫黄原子に隣接した炭

    素に位置選択的にアリール化されるが、1-フェニルピロールでは3の位置に、また1-メチルインドールでは位置選択性で72:29の混合物が得られる。臭化アリールやアリールトリフラート類は反応性が低いが、ヨウ化(ヘテ

    ロ)芳香環とは効果的にアリール化が進行する。この触媒の鍵は強いπ受容性配位子(P[OCH(CF3)2]3)の使用にある6)。例えば配位子を表2.に示す各種ホスフィン類に置き換えると収率が大幅に変化する。このπ受容性とアリール化の効率にははっきりした関係がある。これは錯体trans-RhClCOL2 のカルボニルの伸縮振動数(νCO)の電子的パラメーターから判断できる7)。

    反応機構はまだ未解明だが、(衢)アリールヨウ化物

    がRh蠢に酸化的に付加、(衫)ヘテロアレンの求電子的

    メタレーション8)、(袁)Rh蠢の再生と生成物の還元脱離

    Topics

    ヘテロ芳香族化合物とヨウ化アリール類によるロジウム触媒直接C-Hアリール化反応Direct C-H Arylation of(Hetero)areneswith Aryl Iodides via Rhodium Catalysis

  • そして強いπ受容性の配位子P[OCH(CF3)2]3がロジウム中心の電子欠乏をもたらし、求電子的メタレーションを助けていると考える。

    この反応の形態をアレーンに応用すると、C-H結合の直接アリール化はベンゼン誘導体でも起こる(式(3)、

    (4))。例えばアニソールがp-ニトロフェニルヨウ化物と反応させると位置選択性混合物としてアリール化アニソ

    ールが得られる。1,3-メトキシベンゼンを使うとアリール化は完全に4の位置で起こる。アルコキシベンゼンのアリール化のオルト・パラ選択性をはっきりさせることは、求電子的メタレーションの多様性に一致するが、直接のオルトメタレーション及び或いはC-H酸化的付加を通してのアリール化とは一致しない。アルキルベンゼンのC-Hアリール化は低効率にしか起こらないことを予備的に明らかにしたにもかかわらず、触媒誘導基無しのアレーンのアリール化がうまくいくのは注目される。

    以上の簡単な芳香環の旨いC-H結合のアリール化は、このロジウム触媒の更なる開発と応用の可能性を示している。材料科学や医薬のために反応機構やより活性な触媒の開発さらに直接アリール化技術の応用がますます期待される。

    文献:

    1)J.Hassan,M.Sevignon,C.Gozzi,E.Schulz,M.Lemaire,Chem.Rev.,102,1359(2002)

    2)G.Dyker,Ed.Handbook of C-H Transformations;

    Wiley-VCH,Germany.,(2005);K.Godula, D.Sames,Science.,312,67(2006);F.Kakiuchi,N.Chatani, Adv.

    Synth.Catal.,345,1077(2003);M.Miura,M.Nomura,Top.

    Curr.Chem.,219,211(2002)

    3)最近のアレーンの触媒的アリール化に関する文献J.C.Lewis,S.H.Wiedermann,R.G.Bergman,J.A.Ellman,AOrg.Lett..6,35(2004);X.Wang,B.S.Lane, D.J.SameK.

    Fujita,M.Nonogawa,R.Yamaguchi,Chem.Commun.,1926

    (2004);F.Kakiuchi,Y.Matuura,S.Kan,N.Chatani, J.Am.

    Chem.Soc.,127,5936(2005);O.Daugulis,V.G.Zaitsev,

    Angew.Chem.,Int.Ed.,44,4046(2005);D.Kalyani,N.R.Deprey,L.V.Dessai,M.S.Sanford, J.Am.Chem.Soc.,

    127,7330(2005);L.C.Campeau,M. Parisien,A.Jean,K.Fagnou,J.Am.Chem.Soc.,128,581(2006);M.Lafrance,

    C.N.Rowley,T.K.Woo,K.Fagnou,J.Am.Chem.Soc.,128,8754

    (2006)4)S.Yanagisawa,T.Sudo,R.Noyori,K.Itami,J.Am.Chem.Soc.,

    128,11748(2006)

    5)J.C.Lewis,J.Y.Wu,R.G.Bergman,J.A.Ellman,Angew.

    Chem.,Int.Ed.,45,1589(2006)

    6)P.A.Wender,T.E.Jenkins,S.Suzuki,J.Am.Chem.Soc.,117,

    1843(1995);M.Murakami,M.Ubukata,K.Itami,Y.Ito,

    Angew.Chem.,Ind.Ed.,37,2248(1998)

    7) C.A.Tolaman,Chem.Rev.,77,313(1977)8) A.D.Ryabov,Chem.Rev.,90,403(1990)

    (佐久間 昭)

    18 FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007)

  • FIU Letters, No. 8 (Jun. 2007) 19

    ヨウ素利用研究会は今年で創立10周年を迎える。世界に誇るヨウ素資源を保有す

    る日本のヨウ素業界が発意し、産官学連携により世界に例の無い研究会が誕生し

    ここまで維持発展出来たことは関係者として嬉しい。今回のFIU lettersは第8号

    になり、会員への情報提供と研究者の交流に役立ってきたと思う。本号の北村先

    生による超原子価ヨウ素化合物の報告は常に実用化に努力されている姿勢に敬意

    を覚え、工業的な利用の実証を期待したい。その他にも商品紹介や興味ある応用

    研究が多い。

    (佐久間 昭)

    編 集 後 記

    〒298-0104千葉県いすみ市松丸1240日宝化学株式会社内

    ヨウ素利用研究会事務局TEL&FAX : 0120-134331

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    MEMO

  • FIULetters

    ヨウ素利用研究会〒298-0104 千葉県いすみ市松丸1240

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    c/o Nippoh Chemicals, Co., Ltd.TEL +81-470-86-2211FAX +81-470-86-4015

    E-mail fiu-iodine@nippoh-chem.jp

    第10回ヨウ素学会シンポジウムは、下記の通り開催されます。問合せ、講演申込書請求は事務局まで。

    開催日時 平成19年11月16日(金)・17日(土)午前中開催場所 千葉大学けやき会館(16日)開催場所 千葉大学自然科学系研究棟大会議室(17日)参加予約締切 10月5日(金)講演申込書提出締切 7月20日(金)

    なお、講演申込書は当研究会ホームページからもダウンロードできます。