インテグリティの失われた被曝評価論文 宮崎早野第2論文批判ー · 2019. 6....

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インテグリティの失われた被曝評価論文 宮崎早野第2論文批判ー(その1) 黒川眞一、谷本溶 『科学』岩波書店 2019 vol.89 No.4 0318--0340 (1)区域Aの対象者の半数ほどは、特定避難勧奨地点に設定された世帯 の市民であり、子供を中心として多くの人が避難していることが、論文に 明記されていない。 (2)区域Aの周辺線量率として示されたH*2.μSv/h と係数c=0.10は正 しくない。本来の値H*=2.7μSv/hc=0.15をそれぞれ7割程度に小さくし 、両者の積を半分にしていると考えられる。生涯線量はこれらの積に比 例するため、生涯線量は半分に過小評価されている。 (3)図6と図7が整合しない。図6に対し、図7の累積線量がほぼ半分(46 %)、曲線が58%に縮小されていると考えられる。

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インテグリティの失われた被曝評価論文―宮崎早野第2論文批判ー(その1) 黒川眞一、谷本溶『科学』岩波書店 2019 vol.89 No.4 0318--0340(1)区域Aの対象者の半数ほどは、特定避難勧奨地点に設定された世帯の市民であり、子供を中心として多くの人が避難していることが、論文に明記されていない。

(2)区域Aの周辺線量率として示されたH*=2.1μSv/h と係数c=0.10は正しくない。本来の値H*=2.7μSv/hとc=0.15をそれぞれ7割程度に小さくし、両者の積を半分にしていると考えられる。生涯線量はこれらの積に比例するため、生涯線量は半分に過小評価されている。

(3)図6と図7が整合しない。図6に対し、図7の累積線量がほぼ半分(46%)、曲線が58%に縮小されていると考えられる。

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図6と図7

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インテグリティの失われた被曝評価論文―宮崎早野第2論文批判ー(その2)

(4)区域Aにおける生涯線量の平均値は18mSvではなく33mSvである。区域Aにおいて避難を行わなかった市民の生涯線量の平均は46mSvぐらいであろう。

(5)第2論文中で99%タイル値とされていたものは、実は90%タイルであると考えられる。これに基づき区域Aで99%タイルでの生涯線量を評価し直すと論文の35mSvではなく103mSvとなる。(6)除染は個人被曝線量率を22%ほど低減する効果があることは明らかである。論文は除染に効果がないとしているが、論文で用いられた方法では除染の効果を示すことができない。

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伊達市の空間-個人線量率について 濱岡豊『科学』岩波書店 2019.vol.89,No.4,0341-0359

(4)Miyazaki・Hayanoの空間・個人線量率の分析安易なずれ値削除、説明や記述統計の不足、バックグラウンドとして0.54mSv/y(0.062μSv/h)を差し引いているが<c>はこの値に依存してしまう。回帰分析であれば、説明変数、被説明変数それぞれに定数項を加減算しても傾きの推定値は変わらない。

<c>を計算するだけで回帰分析のR2乗のようにモデルのあてはまりを評価する仕組みもない。統計手法に関する知識不足。宮崎・早野論文は全般的にデータの説明や処理に問題があるだけでなく、特に2変数間の関係の分析に回帰分析を使っていない。あまりにもずさんなデータ処理であり、政策に使えない。

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宮崎・早野論文の社会的役割

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『知ろうとすること』早野龍吾・糸井重里著、新潮文庫、2014年

P81早野「年間5万ベクレルまでというのは、ある意味安全なレベルなんですよ。」

内部被曝の無視・軽視で重大な誤りである。ユーリ・バンダジェフスキー博士の研究では体重1kg当たり200から500Bqで多臓器不全で死亡。セシウム137の経口摂取の実効線量係数を用いると1mSvは7万5千㏃の摂取に対応する。子どもで11から26Bq/kgで心電図に異常。P111 小児甲状腺がんについて「最近になって発表されている新しい研究結果から見ると、これは今回の事故とは関係がない、という説が国際的な専門家の間では有力になってきています。チェルノブイリのケースと比べると、今回福島で見つかったガンは、発生時期も発生している年齢層も違う。それから福島の場合は、原発からの距離と発生数の関係性も見られない。」 すべて誤り

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1日100Bq摂取すると1年で1万2000Bq蓄積する。体重60kgとすると200Bq/kg

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セシウム137の多くの組織への取り込みによる症候群(体内臓器に蓄積の実証) 「長寿命放射性核種体内取り込み症候群」

セシウム137の臓器別分布ー心臓や脳にも

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P101 大事なのは「量の問題」なんです。放射線の害について話すときは、とにかく量を把握した上で検証することが必要です。ちゃんと産めますと、ぼくが確信を持って言える要素は何かというと、福島でたくさんの人の被ばくデータをずっと見てきて、内部被曝と外部被曝を合わせた被ばく量が、十分低いと確信したからです。放射性微粒子の危険性も無視。

P114 2回目の検査の結果,1回目に比べて新しく見つかる人が多かったら、原発の事故である可能性が高い。新しく見つかる人が少なかったら、原発の事故と甲状腺ガンは関連性が低いということになる。全部の検査が終わるはの2年後なので、その時には明らかになると思います。

2巡目で増加した。

『知ろうとすること』早野龍吾・糸井重里著、新潮文庫、2014年

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『知ろうとすること』早野龍吾・糸井重里著、新潮文庫、2014年

P39 「地域差があるので一概には言えませんが、少なくとも首都圏に関しては、1973年のフォールアウトと比較してもそれほど心配するレベルではない」

核実験より被曝量が低いような記述であるが間違いである。

筑波大学アイソトープ環境動態研究所の青山道夫氏によると

「つくば市においては核実験による降下物からの外部被曝よりも、福島原発事故により降下したセシウム137による被曝の方が半桁程度大きいということである」。

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放射線審議会資料 143-1-1号

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伊達市の除染は原発推進グループの除染のモデルであった。

田中俊一前原子力規制委員会委員長も伊達市の除染問題にアドバイザーとして関与

田中氏は依然としてデータの利用価値を強調。

2019年4月4日読売新聞「伊達市はこのデータを広く役立ててもらうため、福島県立医科大と東京の研究者に科学的な解析を委嘱した。成果は英国の専門誌に学術論文として発表された。」(次に続く)

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田中俊一前原子力規制委員会委員長2019年4月4日読売新聞

「ところが、市から研究者にデータが提供される段階で、個人情報の取り扱いに不備があった。自分の測定データが研究に使われることについて、同意していた市民は3万1151人だったが、不同意の97人と意思表示がなかった2万7233人のデータまで使われていた。それが最近発覚し、学術論文の取り下げもありうると聞いている。

この不備は関係者が厳しく反省すべきものだ。しかし、市民の被曝線量を実測したデータの価値が揺らぐわけではない。仮に論文が一度取り下げられるとしても、適切な手続きを経てデータの解析はやり直されるべきだ。その成果は、他の市町村でも被曝線量の推計や低減策に役立つだろう。」

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中西準子(産業技術総合研究所フェロー)「原発事故と放射線のリスク学」2014年日本評論社

2章の最後の節は福島県伊達市の政策監半澤隆宏さんの話です。伊達市は除染のトップランナーです。難題を持ちだす市民と膝付き合わせて除染を進めてきた知恵と汗のはなしです。(piii)福島県伊達市では、全市民を対象にガラスバッジを着用して外部被曝線量を測定してきたが、2013年11月、2012年㋆から翌年の6月まで1年間の結果を発表した。対象者は5万2千783人で、市民の8割という大規模な調査である。その結果をグラフに示す。・・・予測値は国が示す計算式で推定した値、実測値は推定値の2分の1から3分の1である。国が指示している計算式がこれだけ違って、外部被曝量を2から3倍高く伝えていることが明らかになっているにもかかわらず、国は未だこの計算式を訂正していない。(p20)

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除染と国家 21世紀最悪の公共事業日野行介著 集英社新書 2018年11月第2章 「除染先進地」伊達市の欺瞞 p55

P71半澤氏「Cエリアは、8億円で済ませました。8億円も、という思いもありましたがまあしょうがないという感じです。(略)9割方は雨どいの下あたりで、1軒で2~3ヶ所程度。そこをとると満足してもらえる。まあ、心の除染みたいなものです。(略)Cエリアは1万5000世帯、毎時0.23μSv以上だし、国からお金が来るからやりましょう、といったら800億円かかってしまう」。 結局、伊達市はC地区の除染費用64億円申請しながらそれを返上したといわれる。

P25 2014年4月には福島、郡山、相馬、伊達―4市の市長が井上環境相に対して個人線量計を踏まえた除染目標を策定するよう求める要望書を提出した。

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仁志田市長のIAEAでの講演 2014年

そして、折角の機会なのでIAEAの皆さんに要望したいことがあります。放射能に対する健康管理上の基準が明確でないため、市民の気持ちの中で、「安全イコール安心」になっていないということであり、我が国も1mSvを長期的な目標とするということだけで、現実的な基準を出しておらず、これが混乱の原因となって避難している人の帰還などに悪影響を及ぼしていると考えられます。

そこで、例えば安全基準は当面年間5mSvなら許容して良いというようなことをIAEAとして具体的に教示いただければ有難いと思っています。

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「しあわせになるための『福島差別』論」

かもがわ出版 2018年 池田香代子、清水修二、開沼博、野口邦和、

児玉一八、松本春野、安斎育郎、小波秀雄、一ノ瀬正樹、早野龍吾、

大森真、番場さち子、越智小枝、前田正治著

P134 児玉一八

「このように(宮崎・早野及び内藤論文の紹介をさす)、除染の長期目標である年間1mSvの追加線量を空間線量率0.23μSv/hに対応させるのは明らかに過大評価であり、個人線量の測定で得られた実証データに基づいて評価する必要があります。伊達市の市民1人ひとりがガラスバッジを装着して得られた、膨大なデータから得られた換算係数0.15であらためて計算すると, 約0.8μSv/hが年間1mSvに相当します」。

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放射線審議会資料 143-1-1号

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私たちへの教訓

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結論

原発をはじめ核の利用を推進してきた国内外の勢力が、一貫して被曝被害者の人権を侵害してきた歴史的事実を宮崎・早野論文は具体的事実で明確に再確認させることになった。これらの人権侵害は被曝者に寄り添っているように見せながら、科学的真実をゆがめることによってなされるのである。

被曝における低線量被曝と内部被曝の無視・軽視、耐震性における平均操作による2桁に及ぶ変動幅の無視などである。

この宮崎・早野論文の誤りの様な簡単で明白な事実も公的に確認されるためには大変な努力が必要である。黒川眞一氏はじめ、宮崎・早野論文の誤りを指摘し、被曝地の人権を擁護し、科学性を貫徹された皆様に心から感謝します。

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福島県の小児甲状腺の6年間の発症率の地域差は被曝量と相関する 加藤聡子氏の研究 2019年

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上記加藤論文は福島県立医大の大平氏達の論文に対するLetter to the Editor として出版されたものである。 地域区分は同じにして調査期間を4年から6年にしたものである。 それ故,大平論文より、加藤論文の方が信頼度が高い。

Kato,ToshikoEpidemiology.30(2):e9-e11,March 2019.doi: 10.1097/EDE.0000000000000942https://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2019/03000/Re__Associatio

ns_Between_Childhood_Thyroid_Cancer.26.aspx