ストックマネジメント 利根調・保全対策センターの機能と役...
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ストックマネジメント
1.保全対策センターの概要について
保全対策センター(通称)は,国営造成施設を中心に農業水利施設のライフサイクルコスト低減を目的に,全国の各調査管理事務所等が行う機能診断等ストックマネジメント関連業務に対する技術的な支援を行う組織として,平成 16 年 4 月に利根川水系土地改良調査管理事務所内に設置されたものである。 保全対策センターの組織は業務の総括を担当する技術調整官(次長級)のもとに技術調整係,技術情報係,技術指導係の 3係長(平成 20 年 4 月から情報分析係が新設され 4係)と課長からなる技術調整課で構成され,全国業務に対応している。 その業務は,具体的には施設の機能診断・評価手法,劣化予測手法及び機能保全対策工法の選定手法等といったストックマネジメントに係る全国統一的な手法の確立に向けた検討を行いつつ,これを実効性のある技術体系として確立しようとするものである。
2.平成 18年度までの業務(活動)実績
(1)ストックマネジメントに係る基本的な条件整備
農業水利施設に対する保全対策関係の取り組みは,これまで地区毎,施設毎に個別に検討が行われ,それに基づく施設の機能診断,保全対策の実施,という試行錯誤を繰り返してきたが,全国で更新が必要な施設が増加してきている状況の中,今後,既存ストックの有効活用を図りながら施設の機能保全を行うための,全国で統一的な仕組みや考え方の確立が必要となった。 これを現場において実践していく手法として,広く全国の農業水利施設を対象としたストックマ
ネジメントに係る基本的な条件を整備した。① 「基本フレーム」の構築 農業水利施設を適切に保全及び更新していくためのストックマネジメントの基本的な考え方について平成 16 年度から検討を進め,本省との協議を経て平成 18 年度までに,既存施設の状態把握(調査・評価),将来の劣化予測,機能保全対策の検討,ライフサイクルコストの算定を行った。その結果,最適とされる施設の機能保全計画を策定するまでを一連の枠組みを基本フレーム(図- 1)とすることを整理・構築し,最終的には,食料・農業・農村政策審議会技術小委員会により承認された。
図- 1 基本フレームの構築
基本フレーム
①施設の状態評価 機能診断調査・機能診断評価
②施設状態の将来予測 劣化予測・余寿命算定
③機能保全対策の検討 補修・補強工法の選定・シナリオの検討
④ライフサイクルコストの算定 機能保全コスト算定・比較
⑤機能保全計画の策定 個別施設計画・地区全体計画作成
ストックマネジメント
利根調・保全対策センターの機能と役割について
関東農政局利根川水系土地改良調査管理事務所長 上潟口 芳隆
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② 「農業水利施設ストックマネジメントマニュアル」の作成
農業水利施設の機能保全の基本的な考え方は本省作成の「農業水利施設の機能保全の手引き」に示しているが,保全対策センターではこの手引きの考え方を踏まえ,ストックマネジメントを調査計画や管理段階を中心とした実務において効率的に運用するための具体的かつ実務的な手順や手法を提示し,解説する参考資料として,平成 16 年度から 3年間で実施した業務成果を基に「農業水利施設ストックマネジメントマニュアル」を取りまとめた。 マニュアル作成に当たっては,現場での調査方法,機材,様式等について検討したが,その妥当性・実効性等について農工研,大学等の学識経験者と相談する等,信頼性の検証を行い,また,マニュアルに記載する事項については,「コンクリート標準示方書」等の基準書,関連分野の技術図書から採用し極力根拠あるものを設定するなど,全国で利用可能な水準としている。 なお,本マニュアルは,全国的にストックマネジメントを導入していくに当たって,地域特性,立地条件等が考慮された当該地区独自の基準や機能診断の実績等がない場合に,参考として活用してもらうためのマニュアルとして位置づけている。③ 「農業水利ストック情報データベース」の構築 将来の劣化予測,機能保全対策工法の選定,機能保全計画の策定などのストックマネジメントの実施に必要な情報を一元的に管理,集計・分析するためのストック情報に関するデータベースを平成 16 年度から 18 年度にかけて構築した。 今年度からは,全国で実施される施設毎の機能診断の情報が入力されることでデータベースの一層の利活用が図られることとなる。 利用者は,国をはじめ,都道府県,土地改良区等広範囲な土地改良関係者であるため,利用はインターネットを経由し,保全対策センターに設置されたサーバにアクセスすることで各種情報の登録,活用等を行う。 データベースの初期データについては,これま
での蓄積データの有効利用の観点から,長期計画データ,GAID データから必要なデータを移行するなどの連携を行っている。 さらに,施設図面等は局センター所管の「現場業務電子化支援システム(EXP)」と,地図情報等は全土連が構築中の「水土里情報システム(GIS)」と連携を行うよう調整しているところである。
(2)ストックマネジメントの普及・技術指導,
検証等
ストックマネジメントの考え方及び農業水利ストック情報データベースを全国的に普及させ,技術的指導を実施してきた。① ストックマネジメント説明会(平成 17年度~) ストックマネジメントの考え方やマニュアルの盛り込む内容について,順次全国説明会等を実施してきた。② 農業水利ストック情報データベース説明会(平成 17 年度~) 施設基本情報,維持管理・補修等履歴情報,機能診断情報など各入力システムが開発できた段階で全国説明会等を実施してきた。③ ストックマネジメント合同調査・意見交換会(平成 19 年度~) ストックマネジメントの機能診断調査・評価技術向上や実施にあたっての課題抽出のため,各調査管理事務所と保全対策センターがモデル地区を設定し,管内で実施中の機能診断調査に参加するとともに,意見交換会を開催している。
3.今後の取組方向
保全対策センターでは,全国で実施される施設の機能診断や機能保全対策等のフィールドデータを分析・評価し,その成果を現場にフィードバックさせることにより,ストックマネジメントに係る技術の確立・継続的向上を図ることとしている。今後の取組例としては次のとおり。① 機能診断調査の簡易調査・評価手法の検討 パイプライン等は,地下埋設構造物であるため,直接目視や断水及び用水を抜いての調査等が困難
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な地区が多く,現段階では,漏水量や事故率での評価が中心となっている。 しかし,現場において機能診断調査・評価手法の確立が必要なのは,このような不可視施設であることも多いため,これら施設での簡易調査・評価手法の検討を行なっていく。② 劣化予測の精度向上 現在は広域基盤計画調査のデータ等をもとに様々な劣化要因を包含した単一劣化曲線を使用しているが,実態は劣化要因等によって劣化傾向は全く異なると考えられる。 現地における実践とデータの蓄積等により,要因ごとなどの新たな劣化モデルの例が提示できれば,劣化予測の精度向上につながると考えている。③ 保全対策工法(対策効果)の検討 現在は,補修・補強対策実施後の耐用年数,効果及び劣化過程は,まだ十分検証されていない。 全国の実施事例を収集し,対策効果を検証することにより,現場において劣化要因及び地域特性
に応じた適切な補修・補強工法を選定できるよう支援していきたい。④ データベースを活用した中長期的展望に必要な資産会計の確立
現在の財政状況等を踏まえ,農業水利施設を資産(アセット)としてとらえ,限られた財源の中で財政負担の平準化を図る等,高度なマネジメントも展望できるようにすることが重要な課題となっている。 このため,データベース登録情報等により,全国の基幹的農業水利施設の資産状況を把握し,マクロ的・中長期的な機能保全施策を評価・展望する資産会計システム(アセットマネジメント)としても活用できるよう関係機関とも調整しつつ検討していく。
図- 2 保全対策センターが取り組む業務(1/5)
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図- 2 保全対策センターが取り組む業務(2/5)
図- 2 保全対策センターが取り組む業務(3/5)
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図- 2 保全対策センターが取り組む業務(4/5)
図- 2 保全対策センターが取り組む業務(5/5)
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4.おわりに
ストックマネジメントの取組は緒についたばかりで未だ発展途上の技術である。 例えば施設の機能診断や保全対策工法の選定等については,マニュアルを整えただけでは判定できない複雑さを有している。実際にはそれぞれの現場で劣化要因,施設の劣化状況や立地条件等も違い,これらを総合的に加味した技術的な判断が必要となるからである。このため,この分野の知見と技術を持った技術者の育成強化が重要となっている。 農村工学研究所では施設更新の専門技術研修を,さらに農業土木事業協会では農業水利施設機
能総合診断士の資格制度を,また各局単位でもストックマネジメントの研修会等を開催し,技術者育成の取組を始めたところである。 保全対策センターにおいても,先に述べた今後の取組方向等に沿って,関係機関とも連携し着実に課題解決に向け取り組んでいくとともに,全国の農業土木技術者に向けて,ストックマネジメントの考え方,技術等を普及させていく必要があると考えている。 そのためには,常に他の公共事業分野の最新情報の把握や,機能診断調査・評価について今後蓄積されるデータにて検証していくなど,ストックマネジメントに係る新たな技術を習得していくことが重要である。