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ESRI Discussion Paper Series No.260 ポストモダンの総合計画づくり -「イマジンまつど」「小田原市新総合計画」の事例から- 大住 莊四郎 January 2011 内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute Cabinet Office Tokyo, Japan

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ESRI Discussion Paper Series No.260

ポストモダンの総合計画づくり

-「イマジンまつど」「小田原市新総合計画」の事例から-

大住 莊四郎

January 2011

内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute

Cabinet Office Tokyo, Japan

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ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研

究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究

機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し

て発表しております。 論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見

解を示すものではありません。 The views expressed in “ESRI Discussion Papers” are those of the authors and not those

of the Economic and Social Research Institute, the Cabinet Office, or the Government of Japan.

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ポストモダンの総合計画づくり1

-「イマジンまつど」「小田原市新総合計画」の事例から-

大住 莊四郎 関東学院大学経済学部教授(内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官)

要旨

ポストモダンの政治・行政システムには、価値の多様化を前提とした二つのアプローチ

がある。第一は、主体性・自律性・創造性に基づく参加・協働型の意思決定プロセスを創

造するためのポジティブ・アプローチであり、第二は、サイレントマジョリティのニーズ

を政治・行政の意思決定プロセスに反映させるための討議型民主主義である。本論では、

この二つのアプローチの具体化を自治体の総合計画策定のプロセスをもとに検討した。具

体的な事例として、「イマジンまつど」「小田原市新総合計画」からは、ポストモダンの政

治・行政の意思決定プロセスのデザインの一般的なパターンを確認することができた。 キーワード ポストモダン、ポジティブ・アプローチ、討議型民主主義

はじめに 1. ポストモダンへの移行 2. ポストモダンの地方自治 3. ポジティブ/ホールシステムアプローチとは 4. 地方自治体へポジティブ・アプローチを適用する意義 5. ポジティブ/ホールシステムアプローチを核としたデザイン 6. イマジンまつど 7. 小田原市の新総合計画 8. ポストモダン型アプローチの可能性

1 本論は、経済社会総合研究所NPSユニットの研究成果の一部である。また、2010年 3月、経済社会総合研究所主催の「第 5回自治体マネジメントフォーラム」では数多くの有益なコメントをいただいた。また、内閣府経済社会総合研究所におけるセミナー(2010年6月 25日)では、参加者の皆様より有益なコメントをいただいた。心より感謝申し上げたい。あわせて、本論をまとめるにあたり、事例調査でお世話になった松戸市、小田原市の

関係の皆様に厚くお礼申し上げたい。

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A study of post-modern typed planning model in master plan

From the two case studies ,“Imagine Matsudo”,“Odawara City”

Soshiro OHSUMI (Professor of Economics Kanto-gakuin University)

(Abstract)

There are two approaches to make a management style on the basis of post-modern political and administrative system. The first approach is positive approach to create a decision-making process based on volunteer, independency, and creativity of citizen. The second one is deliberative democracy, to reflect the will and needs of silent majority on making a decision of politics, and planning public works. This paper contains a study on the application of the two approaches to producing master plan in local authorities. From the two case studies, “Imagine Matsudo”,“Odawara City”, a general model of decision-making process on post-modern political and administrative system is recognized.

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はじめに2 近年、日本の政治・行政システムは、古典的なマニフェスト型のモダニズムの設計を志向

しているようである。古典的なマニフェストによる政策パッケージの選択を通じて、対立

する二つ(ないしは三つ)の明確な社会的価値(保守と革新、成長と公平性など)の実現

を大きなゴールとして経済社会の発展や変革を促す。このような設計は、英国などで醸成

された 20世紀型の政治・行政システムである。 しかしながら、現実の経済社会はポストモダンの時代へすでに移行し、明確な価値の対立

軸はすでに薄れている。 一方で、ポストモダンの時代にふさわしい政治・行政システムも生まれている。地方自治

の観点からは、ポジティブ/ホールシステムアプローチによる参加・協働型の意思決定システムの設計や討議型意識調査などの討議型民主主義の設計などである。 本論では、第一に、このようなポストモダンへの移行の意味を考える。第二に、ポストモ

ダンの政治・行政システムの核心となる二つのアプローチの意義を整理する。第三に、ポ

ジティブ/ホールシステムアプローチの特長と代表的な手法をレビューするとともに、地方自治体における計画策定プロセスにおける意味を、地域協働などを例にしながら検討する。

第四に、ポジティブ・サイクルを創る観点から、討議型民主主義のアプローチを融合させ

た総合計画策定プロセスそのものをデザインする。第五に、「イマジンまつど」「小田原市

新総合計画」の二つのケースをもとに、総合計画策定プロセスを検証する。 1. ポストモダンへの移行 日本の政治・行政システムは、今、過渡期にある。政治プロセスでは、数次にわたるマ

ニフェストによる国政選挙が実施され、政権交代によりようやくマニフェストに掲げら

れた政策の実行が財源との対比で焦点になっている。今後地方分権が進展すれば、地方

政治においてもローカルマニフェストによる政策の実行の意義がこれまで以上に大きく

感じられるようになることであろう。 行政においては、そのマネジメントの近代化が一つの大きな流れとなり、1980年代半ば以降の NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)の適用にあわせて、トップマネジメントの強化による政策目標や組織目標を、施策・事業、チーム(グループ)・個人レ

ベルの業績/成果目標へとブレイクダウンし、成果主義に基づくマネジメントシステムを推進する。 このような行政の近代化は、マニフェストによってビジョンや政策目標の設定があらか

じめなされていれば、それらと連動したかたちでよりうまく機能することが期待される。

行政における戦略的マネジメントは、マニフェストと相性がいいのである。 しなしながら、現在、地方自治で起きていることは、モダニズムの設計を創りあげる動

2 第 6章では、松戸市役所から、第 7章では、小田原市役所からの情報提供に依拠している。この場を借りて深くお礼申し上げたい。

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きだけではない。実体経済や社会の変化は、すでにポストモダンへ移行して久しい。企

業経営においても、「先導・管理型マネジメント」はもはや過去の遺物である。トップが

経営目標を決定し、それを達成するために組織全体が機能分化し、成果主義を徹底する

ことで組織全体を一つのあるべき方向に管理誘導する。現代では、パフォーマンスの高

い企業では、このようなモダニズム的組織はほとんど存在しない。むしろ、メンバーの

主体性を引き出し、全員参加(ホールシステム)でありたい姿や目標を共有し、メンバ

ー自ら実践し振り返りを行っていくような「エンパワーメント型マネジメント」が採ら

れる傾向にある。これこそ、ポストモダンの組織である。 ポストモダンの設計は、社会の中に大きく広がっている。リオタールの言うように、

「大きな物語」(進歩や成長といった社会全体を覆う価値観)は終焉し、「小さな物語」

(構成メンバーによる多様な価値)が広がっている。構成メンバーが共通の基盤(価値

観のようなもの)をもたない状況であれば、共通の基盤づくりから始めることが大事で、

そうすることではじめて主体的な取り組みが始まる。共通の基盤をプラットフォームと

して自らの価値を実現していくプロセスをマネジメントの中でも設計していくことであ

る。 政治の世界でもポストモダンの設計が期待されており、行政との連携を考えれば「新

しい公共」、新たなガバナンス、NPS(ニュー・パブリック・サービス)などのキー・

コンセプトが提案されるようになった。これらの核となるアプローチは、ポジティブ/ホールシステムアプローチによる組織開発、市民/地域価値を形成するソーシャル・マーケティングであろう。 公共組織のマネジメントの基本的な変革は、前近代的な仕組みをモダニズムの設計を

徹底することを目指すのか、それともモダニズムの設計は途上にあるが、現状からポス

トモダンへの移行を図るのか-二つの経路があるように思われる。

2. ポストモダンの地方自治 ポストモダンな地方自治は、二つのアプローチで多様な価値創造を目指している。第一

は、ポジティブ/ホールシステムアプローチによる価値共創の設計である。その核心は、NPO・市民・行政それぞれの「主体性」「自律性」を発揮させることによる協働型の政策・事業形成にある。政策テーマに関心をもち、主体的な参加をしたいと考える人たち

(ステイクホルダーを含む)がその主体となる。フューチャー・サーチ、AI、OSTなどのポジティブ/ホールシステムアプローチは、コアチームの編成から準備会合、実施後のアクションプランの具体化や実施などのワークショップや実行チーム(プロジェクトチ

ーム)の運営などにも及ぶ。複数のアプローチを組み合わせることで、それぞれの特徴

を活かした設計がなされる。第二は、討議型民主主義(Deliberative Democracy)である3。通常のアンケート調査や市民会議では、十分捕捉されない「サイレントマジョリテ

3 討議型民主主義については、政治システムでもあるので、本論では詳しくは扱わない。

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ィ」の真のニーズを形成・把握すること、政策形成プロセスに民意を反映することがそ

のねらいである。討議型意識調査(Deliberative Polling)やコンセンサス会議などいくつかのアプローチが提案されている。

図2-1 ポストモダンな政治行政システム

参加・協働型施策・事業ポジティブ/ホールシステム

アプローチ

主体性創造性

専門性の高い政策形成 討議型民主主義アプローチサイレントマジョ リティの意思・真の理

専門家・政策担当者とふつうの市民との双方向の対話

ステイクホルダーなど関心をもつ人たちの自律的なアクション

(備考)筆者作成。 第一のポジティブ/ホールシステムアプローチは、成熟化した社会を前提に主体的な参加・協働を通じた価値形成とその実現を目指す。エンパワーメントを基本とした自律的

で創造的な意思決定と行動を促すものである。第二の討議型民主主義は、専門性の高い

政策形成プロセスに従来はあまり反映されなかったサイレントマジョリティの意思を反

映することを意図している。政策の立案・実施は、基本的には専門家と政策担当者が担

うのであるが、サイレントマジョリティの想いの反映、真の理解を得ることを目的とし、

政策原案の是非や中身の修正を行うことになる。

3. ポジティブ/ホールシステムアプローチとは ポジティブ・アプローチは、ギャップ(問題解決)アプローチに対比されるものとして

説明されることが多い。この二つのアプローチを対比させると図3-1のようになる。 ギャップ・アプローチ(問題解決アプローチ)はつぎのような意思決定プロセスをとる。

問題が認知されれば、問題自体を特定化する。つぎに、問題に関係する情報収集を行い、

原因を分析する。原因が明らかになればその解決方法を検討し、アクションプランを作

成する。 ポジティブ・アプローチはつぎのような意思決定プロセスをとる。自分や自組織の強

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み・価値を発見し、その強み・価値を活かしてどのようなすばらしい未来を創り出すか

ありたいすがたの最大の可能性を描く。最大の可能性について現実的な達成状況を共有

することによって新たな取り組みが主体的にはじまる。 ギャップ・アプローチ自体は、伝統的な問題解決の方法であり、きわめて一般的なもの

である。この方法が妥当性をもつには、一つの条件がある。特定化された問題の原因が

明らかになることである。しかしながら、現代社会において原因が特定化できるような

問題はさほど多くはない。現代社会では変化の速度が加速度的に高まっており、問題を

とりまく完全な情報を入手することは日増しに難しくなっている。完全情報を基にした

最適解を求めることはもはや現代では困難であることが多い。

図3-1 ギャップ・アプローチとポジティブ・アプローチ

(備考)Whitney, Diana & Amanda Trosten-Bloom, (2003)から作成。 このような場合、最適解を最初から志向するのではなく、入手可能な情報をもとにし

た適応解を試行錯誤で実施し、その結果をみながらさらによい適応解を探りながら現

実的な対応を重ねていくことが有効とされる。その際、内発的な創発により、全員参

加(ホールシステム)でポジティブ・アプローチを志向する。 このようなアプローチの相違は、組織のあり方を大きく変える(図3-2)。20世紀型組織では、組織をとりまく環境が比較的安定していることから、問題解決のための

完全情報を収集し最適解を志向する。このような場合、トップに情報を集約すること

が効果的で、トップダウンにより問題解決の指示を下す。21世紀型組織では、組織をとりまく環境変化が著しいため、問題解決のための情報は未知であり、不完全な情報

しか入手できない。このような場合、原因究明による問題解決を志向するのではなく、

現状をよくするための活動を、創発を通じて創り出す。創発はメンバーの主体的な意

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思と行動から生まれるので、ホールシステムアプローチをとる。 ギャップ・アプローチとポジティブ・アプローチとの根本的な相違は、前者が「ある

べき基準」が外から与えられるのに対し、後者は「ありたいすがた」が内側からでて

くる(内発的である)ことである。このため、ギャップ・アプローチの場合、しばし

ば「やらされ感」となるのに対し、ポジティブ・アプローチの場合、内発的なゴール

を自ら創り出すことから創発が生まれやすい4。 図3-2 21世紀型組織は創発で 安定した環境:20世紀型 動態的な環境:21世紀型

(出所)高間邦男氏作成資料をもとに作成。 ポジティブ・アプローチは内発的であるため非常にパワフルである。ポジティブ・ア

プローチによる組織開発は、グローバル企業・国際機関・海外の政府・地方自治体な

どで広がりをみせている。その代表的な手法はつぎのとおりである。 3.1 AI(Appreciative Inquiry) ポジティブ・アプローチの代表格は、AI(Appreciative Inquiry)であろう。AIは、

1986年米国ケースウェスタンリザーブ大学のデービッド・クーパーライダー(David Cooperrider)教授によって提唱された革新的な組織開発手法である。AIの核心は、組織が最高の状態(ハイポイント)で機能している時、それに生命を吹き込んでいるも

のはなにかを探求することとされる。その導入事例としては、ブリティッシュエアウ

ェイズ、マクドナルド、ジョンディア、USセルラー、GTE(現ベライゾン)、ロードウェイ・エクスプレス、グリーンマウンテンコーヒー、米国海軍、宗教連合イニシア

4 システムシンキングで捉えると、ギャップ・アプローチは平衡プロセスであるのに対し、ポジティブ・アプローチは自己強化プロセスである。イノベーションは後者から生まれる

ことは言うまでもないことである。

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ティブ、ラブレースヒルズシステムズ、イマジンシカゴ5などが世界的にも有名である。 AIそのものは4Dプロセスからなり、ポジティブ・アプローチのプロセスを一つずつ確認していくことで進められる。 ■ Discovery □ 個人と組織の本当の強みや価値を発見する □ 人や組織が潜在的にもっている真価についてインタビューを行う □ 「これまで、そして今現在においてメンバーはどのような時に催行の瞬間を

味わっているのか」を発見するプロセス □ ポジティブコアの発見(潜在力の中心的要素)

■ Dream □ 変革に向けて、組織の最高の可能性を自由に想像する □ Discoveryのインタビューを通じて見つけたストーリーを聞き、組織が最も活かされている未来を描く(絵、ストーリー、寸劇、新聞記事など)

□ 最終的には文書化する ■ Design □ 達成したい状態を共有し、記述する □ より良い未来や目的などに向かって可能性を最大限活かした組織の姿をデ

ザインする ■ Destiny □ 達成に向けて、持続的に取り組む □ 実際のアクションプランへと導く

5 シカゴ市の将来を共有する「イマジンシカゴ・プロジェクト」では、数百万人が参加・実践したと言われる。

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図3-3 4Dサイクル

(出所)Whitney, Diana & Amanda Trosten-Bloom, (2003)から作成。

3.2 オープン・スペース・テクノロジー OST(Open Space Technology)は、ハリソン・オーエン(Harrison Owen)氏が

1985年に提唱した数人から数百人全員が一堂に会して話し合い、人々のコミットメントを引き出し、主体的な話し合いを通して垣根を超えた問題解決への取り組みを促す

ファシリテーションのプロセスとされる。 その概要はつぎのようである。1日~3日で、5人から 1000人の関係者が一堂に介

し、参加者が関心を持っている課題をすべて議題として取り上げ、すべての課題が納

得するまで話し合われ、会議が終了した時点ではすべての議題についての議事録が残

る。また必要ならば今後取り組むべき重要なテーマに全員参加で優先順位がつけられ、

そのアクションプランが生み出される。 導入事例としては、AT&T、P&G、イケア、IBM、世界銀行、NTT、日産自動車、

リクルート、ノバルティスファーマなどが著名である。 OSTの背景には、自己組織化がある。OSTは、組織を機械として捉え、誰かによ

って作られ、命令され、動かされるといった伝統的な組織論ではなく、組織を生命体

として捉え、構成員が相互作用を通し、主体的・自律的に変化を生み出す「自己組織

化」の組織論の発想に基づいている。OSTは、立場や価値観の異なる参加者が自分

の責任で、スペースや時間の流れをコントロールすることから、衝突や、混乱、カオ

ス(混沌)が生まれ、それを許容することで新しいものを創発するためのオープンな

場を提供している。

チェンジ・

アジェンダ

&トピック

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3.3 フューチャー・サーチ フューチャー・サーチは、サンドラ・ジャノフ(Sandra Janoff)氏が創始者である。フューチャー・サーチは、人々が行動のための能力をとても早く変革することを支援

する、計画のためのミーティングと言われる。そのプロセスはつぎのとおりである。 ・ミーティングは、タスクにフォーカスする。 ・一度に 60~80人がひとつの部屋に、もしくは数百人がいくつかの部屋に集合する。 ・「資源」「専門性」「権威」「ニーズ」などをもっているあらゆる分野のステイクホル

ダーをひとつの対話に集める(3日間、16時間) ・人々は、「過去」「現在」そして「望まれる未来」について語り、その対話を通じて

「Common Ground」を発見する ・その段階ではじめて具体的なプランを創り出す。 ジャノフ氏自ら手がけたケースとして、3M、AT&T、IIKEA、British Airways、

American Society on Aging、Johns Hopkins University、Jewish Reconstructionist Federationなどがある。フューチャー・サーチの適用事例は、国際紛争の場面、ビジネス、コミュニティと幅広い。 3.4 シナリオプラニング シナリオプラニングは6、起こりうる可能性のある複数の未来をシナリオとして描き、

不確実性の高い環境の中で適応しうる適切な意思決定を行うことを目的とする戦略策

定方法である。シナリオプラニングは、第二次大戦後米国空軍が開発した軍事戦略の

策定手法であり、1970年代に石油メジャーのロイヤル・ダッチ・シェル社が経営

戦略の策定に活用し、石油危機に柔軟に対処したことで有名になった。シナリオプラ

ニングでは、「確実な未来を予測することはできない」ということを前提に、複数の未

来像を想定したシナリオを作成する。

シナリオプラニングは、つぎの4つのプロセスから構成される。

イ) 情報収集とドライビングフォースの抽出

経済社会の変化を分析し、その中から経営戦略に影響を与える変化要因(ドライビ

ングフォース)を抽出する。

ロ) シナリオファクターの決定

ドライビングフォースの中から、特に重要性が高く、不確実性が高いものをシナリ

オの核となる変化要因(シナリオファクター)を決定する。

ハ) シナリオ作成

シナリオファクターの組み合わせから複数のシナリオを作成する。シナリオファク

ターが二つあれば、2×2で4通りのシナリオを描くことができる。

6 シナリオ・プラニングについては、参考文献を参照されたい。なお、本文中の要約は、http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Keyword/20070317/265497/による。

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ニ) 先行指標の設定と監視

シナリオ作成の最終段階では、各シナリオの発生を予測する先行指標を選択する。

先行指標を動きを監視することによりどのシナリオが実現するかを把握し、そのシ

ナリオに対応した戦略を迅速に実行に移すことができる。

これらの他、ワールドカフェ、アクションラーニング、さらにもっと基本的なストー

リーテリングなども活用されている。

4. 地方自治体へポジティブ・アプローチを適用する意義 なぜ、地方自治体へのポジティブ・アプローチの適用が求められるのか。ポジティ

ブ・アプローチは、「主体性」「情熱」「責任」「内発」「共創」を基本とする。一方、地

方自治体の業務はその性格上、「外発的」「役割・責任の明確化」「受け身」となりがち

である。このことは、筆者自身公共版 SWOT分析を用いたプランニングでもしばしば目にしている。SWOT分析は、外部環境の変化から成長機会を見いだすことを目的とするため、自組織の強み・弱みを分析しながら自組織としてありたいすがたを導出す

ることが不可欠である。しかし、自治体で SWOT分析を行うと、しばしば外部環境分析から得られる市民ニーズ/市の役割の増減による直接のゴール設定を行うことが多い。自組織や地域がどのようにありたいのかといった主体的な意志決定プロセスには発展

しづらい。また、現状との乖離をみるという意味でもギャップ・アプローチとなって

しまう。こうして設定されたゴールは、「外部から与えられた基準」となるので、「や

らされ感」に満ちたプランニングとなりがちなのである。 公共組織の場合、主体性・自律性が生まれにくい。このことの理由はつぎのように

整理できる。

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図4-1 なぜ公共組織で組織開発なのか?

(備考)筆者作成。 第一は、公共組織の宿命である。公共組織の事業領域は外生的に決まる。この点は、

民間企業と根本的に異なる。民間企業の場合、競合企業との関係があるので、既存事

業の改廃や新規事業の立ち上げなどもすべて自律的な判断ができる。しかし、地方自

治体の業務の多くは地域独占であるため、事業の改廃や新規事業の立ち上げも自律的

には進めにくい。また、公共組織は「公平性重視」「マイノリティ重視」という原則が

あるため、たとえば SWOT分析などを通じて当該事業の対象者が減少し市民ニーズの低下が見込まれても事業そのものを廃止することは難しい7。なぜなら、公平性確保や

マイノリティ重視といった大原則は公共組織の存在価値そのものであり、福祉関連事

業の中には、たとえ少数の市民の方が対象であっても対象者にとってはきわめて重要

な事業であることが多いからである。 第二に、「やらされ感」を前提とする場合でも、その基準となる市民ニーズがきわめ

て不安定であることである。公共サービスの場合、通常の財・サービスと比較すると

対価性の意識が欠如しやすい。受益と税負担が別ルートになっていることや受益に応

じた負担を求めているわけでもないので、要求や課題が噴出することも十分ありうる。

市民ニーズの正確な把握に努めている自治体が増えてはいるが、民間企業に比して総

花的になりがちな市民アンケート調査では、潜在的な顧客の立場で答えることが容易

ではなく、結果として顕在的な市民生活の課題に密着した分野が重視される傾向にあ

る。 外に基準を求めることにより、マネジメントの軸を形成しようとしても、その基準自

7 事業の進め方を再検討することは重要であろう。

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体は必ずしも、正確ではないし、外の基準のみで意思決定することも非常に難しいこ

とが理解されよう。 先にみた、ギャップ・アプローチとポジティブ・アプローチとの対比をプランニング

プロセスでみると図4-5のようになる。

図4-5 ギャップ・アプローチとポジティブ・アプローチ

(備考) 図3-1をプランニングにおける意志決定プロセスに修正。 左側のギャップ・アプローチは、プランニングではきわめてなじみ深いものであろう。

市民のニーズを把握することにより「あるべきゴール」を認識する。あるべきゴール

と現状とのギャップを把握し(現状のどこが問題であるの認識する)、アクションプラ

ンを作成するというものである。このような思考プロセスで策定された計画では、

「・・・が必要である」「・・・をすべきである」などの必要性や「べき論」が書き込

まれることが多く、通常は計画そのものの主体性・自律性があまり感じられないのが

特徴である。 このような意思決定プロセスを根本から転換し、ポジティブ・アプローチによる「主

体性」「自律性」を核としたものに変革するには、外部環境分析から得られる情報に縛

られるのではなく、真に自らの組織や地域の潜在的な価値や強みはなにかを問い、そ

れを最大限発揮した状態を思い描くことによる共有ビジョンを創ることである。 地域協働にもこうしたアプローチの適用が考えられる。協働を構成する要素を、イ)共通の目的、ロ)協働の意思、ハ)コミュニケーション-とすれば8、共創を実現する協

働には、ポジティブ・アプローチが有効であることが推測される。 協働は身近な話題から始まるとされる。そのわかりやすいケースは NHKの番組「ご

8 バーナードのいう協働型組織の3要素である。

あるべき基準が外側か

らくる(与えられる) ありたい状態が内側から

出てくる(引き出される)

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近所の底力」であろう。ご近所の防犯や防災、ご自身の子ども達の安全などはきわめ

て生活に密着した問題で、自然な形で、ご近所で問題が共有されたと思われる。問題

が共有されていれば、問題が解決された状態(ゴール)のイメージも共有されやすく、

自然な形で協働につながると判断できる。 しかし、これが自治体で策定するような都市・地域ビジョン9、環境・子育て・高齢

者福祉のような政策のトピックになると自然発生的な協働となりにくい。これらは、

生活に身近な問題と比較すると、抽象度が高く市民視点からはリアリティを感じにく

いからである。政策目標やまちづくり指標を市民参加のもとで策定されるケースは多

い。しかしその場合でも、一部の公募市民や市民代表からなるグループで策定された

だけでは、参加やコミットメントのない市民にビジョンの共有を求めるのは容易では

ない10。 生活実感からかけ離れた抽象的な政策目標やまちづくり指標であればこそ、より多く

の市民の思いや意見を聞き、コミットメントを誘うことが、正攻法といえる。 逆に、補助金や基金の配分基準にまちづくり指標への貢献を掲げ、NPOや市民団体の行動を上位の政策目標に誘導しているケースがある。これは、共有されないビジョ

ンの実現を強制するための制度設計で管理・統制的なマネジメント・スタイルを地域

に適用しようとするもので、エンパワーメント型の地域マネジメントとは異なるアプ

ローチであることに留意したい。

9 政策マーケティングで策定されるまちづくり指標もこれに該当するであろう。 10 このことは、組織の中でも一部メンバーによるプロジェクトチームが策定した行動計画について、トップの承認をえたあとで組織のメンバーに理解を求めるための説明をするこ

とが多いが、そのような場合、コミットメントのなかったメンバーは「理解」はしても、

自分の行動計画という意識はもてないことが多く、行動時代が受け身あるいはやらされ感

に陥ることと同様である。

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図4-6 地域協働の創り方

(備考)大住作成資料による では、共創的な協働を実現するための設計はどのように進めていくのがよいのか。

これは、ポジティブ・アプローチでありホールシステムアプローチの適用である。よ

り多くの市民の想いや意見を聞き、ありたいすがたを描き、これを実現するための手

段を取り組みたい人を「リーダー」に事業の設計をする。このようなことを都市や地

域で実践するのである。

5. ポジティブ/ホールシステムアプローチを核とした設計 5.1 組織開発のための設計とアプローチ 組織開発アプローチを議論する場合、組織をシステムとしてみれば、組織・チーム(グ

ループ)・個人の三つの階層からのアプローチを区別するとわかりやすい。まず、個人

レベルでは、「自己マスタリー」など職場における自己啓発・自己のビジョン(ゴール)

設定やキャリア開発などがあげられるであろう。第二のチームレベルでは、ホールシ

ステムのサブシステムとして、具体的な行動を進めるうえでのいくつかのアプローチ

がある。通常のワークショップはその好例であるが、アクションラーニングもこのレ

ベルへのアプローチである。第三の組織レベルでは、システム全体への働きかけを行

うアプローチであり、ポジティブ/ホールシステムアプローチ11はこれにあたる。 組織開発を具体的に進めるうえでは、組織・チーム・個人の三階層からのアプローチ

を整合的に組み合わせながら進めることが必要である12。

11 ポジティブ/ホールシステムアプローチの背景や考え方については、たとえば大住(2009)を参照のこと。 12 今回は、個人レベルはとりあげないが、組織開発の設計では決定的に重要である。

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このことは、マネジメント・サイクルを考えると明らかとなる。PDCAサイクルからみれば、Pと Cは、組織・チーム・個人の各レベルで組織の共有ビジョンをもとにしたチーム・個人のビジョン・目標を導くが、Dと Aは、チーム及び個人となる。具体的な方針・行動計画やその日常的な推進は、チーム・個人レベルでのアプローチが必

須となる。 確立したポジティブ/ホールシステムアプローチは、AI、OSTをはじめいくつかのアプローチがある。個々のアプローチはその目的が異なることから、組織開発プログラ

ムを設計するためには、個々のアプローチを適切に使い分けることが求められる。 AIは、組織が最高の状態(ハイポイント)で機能している時、それに生命を吹き込んでいるものはなにかを探求することが起点となる。4D(Discovery・Dream・Design・Destiny)サイクルからなるが、その特長は、前半の Discovery/Dreamにある。つまり、組織・チーム・個人のポジティブ・コア(強みや潜在的価値)を発見す

ることによって、それらを最大限発揮した状態を共有ビジョンとできることである。

これに対して、後半の Design/Destinyは前段のプロセスのパワーから生まれることを想定しているが、プロセス自体はあいまいである。

OSTは、ホールシステムで話し合いたいテーマをすべて取り上げ、個々のテーマについてのグループでの徹底した話し合いが行われ、その結果が議事録としてまとめら

れる。さらに、ホールシステムで話し合うべきテーマについては、全体会合を通じて

話し合いが行われ、対処方針や具体的な行動計画が導かれる。つまり、AIの4Dプロセスでは、Design/Destinyにフォーカスしているとみることができる。 フューチャー・サーチは、AIとそのプロセスは類似しているが、さまざまなステイクホルダー間でのコモングラウンド(共通の基盤)づくりに特長がある。 ワールドカフェは、4~5名程度の話し合いのラウンドを、メンバーを変えながら続

けることで、緩やかではあるが関係性が深まることで多様な成果が期待される。その

かぎは「問い」にあり、ワールドカフェは開催の目的に応じた「問い」の流れを創る

ことで、ブレイクスルー、ビジョンづくり、コモングラウンド形成、ポジティブコア

の発見、問題解決などについて緩やかではあるが一定の効果がある。 このように、個々のアプローチ自体は、それぞれ特長があるため、組織開発プログラ

ムの中でも、あるいは1~3日程度の全体会合のメニューの中でも、複数のアプローチをそれらの特長を活かしたかたちで組み合わせることが多い。ホールシステムアプロ

ーチ自体は、行動計画を導出することはできるが、行動計画の推進(日常的な実施)

には及ばない。これは、基本的には行動計画の主体となるチームレベルでの取り組み

となるので、日常的な推進体制が設計される必要がある。 5.2 ポジティブ・サイクルの設計 その基本は、ポストモダンの社会を前提としたポジティブ・アプローチのプロセス

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の設計にある。その際、個人レベルからは自己マスタリーを確保することが不可欠と

なろう。 自己マスタリーは、自己の真のビジョン・ゴールの形成がその目的である。一方、

社会構成主義によれば、自我はコミュニティの中に包摂されたかたちで形成される。

その際、家族・学校・地域社会・職場などのコミュニティで形成された価値を受け入

れることも多い。ポジティブコアの発見には、メンバー一人ひとりにとっての「潜在

的価値」に支えられた「チーム」や「組織」の価値を見出すことが重要である。この

プロセスこそが、ポジティブ・サイクルの設計の核心である。 (1) ポジティブコアの発見

ポジティブコアは、個人や組織の潜在的価値・強みを見出すことである。これ

は、AIの“ハイポイント・インタビュー”やフューチャー・サーチの過去・現在のタイムラインから未来を描くことを通じて得られるコモングラウンドによ

り創造する。 (2) 共有ビジョンの創造

共有ビジョンの創造は、ポジティブコアを最大限発揮した状態を想像する。こ

れは、AIのドリームやフューチャー・サーチによる未来を描くプロセスで創られる。経済社会の変化から未来を描き出す場合は、シナリオプラニングを活用

することも多い。 (3) 行動計画の策定

行動計画の策定は、共有ビジョンを実現するための具体的なテーマをだし、話

し合いの場をもつ。このためのアプローチは、OSTが適当であろう。参加者が話し合いたいテーマを自由にだし、それぞれのテーマについて話し合いたいと

思うメンバーが集まり話し合う。その結果を議事録のかたちで公表し、全体会

合へと移行する。 (4) 行動計画の実施

行動計画の実施では、アクションラーニングの活用が想定される。行動計画で

描いたゴールの実現に向けての日常的な対応では、ありたい姿との対比で行動

を修正することが必要である。ただし、行動計画レベルでの意思決定は PDCAサイクルというよりは、PDCAが同時進行で進むことが想定されるので、この段階でも、サブシステムでホールシステムアプローチを活用することも有効で

あろう。 なお、ホールシステムアプローチとしてしばしば活用されるワールドカフェは、手法

そのものにプロセスは設計されていない。むしろ、グループを基本としたダイアロー

グを核に、関係性を高めることにその強みがある。ただ、ワールドカフェは、問によ

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ってプロセスの設計をすることが容易である13。このため、緩やかなプロセス設計によ

り、具体的な行動の推進を目的とした活用も期待できる。

(備考)筆者作成。 5.3 討議型民主主義 ポストモダンの設計において、サイレントマジョリティのニーズ形成、意見の集約な

どを目的とし、それらを具体的な政策形成に反映させることを意図した討議型民主主

義のアプローチを採用するケースも少なくない14。 討議型民主主義は15、1990年代に入り NPMの世界の広がりとほぼ同時期に問題提起がなされるようになった。これは、民主主義は政治の世界の討議だけでは不十分であ

り、市民社会の討議に支えられてはじめて、その安定と成長が実現すると考えられる

ようになった。 討議型民主主義では、イ)十分な討議ができるように、まず正確な情報が与えられるだけではなく、異なる立場の意見と情報も公平に提供される、ロ)討議の効果を高めるために小規模なグループがよく、その構成も固定せず流動的であるほうが望ましい、

ハ)討議のプロセスで意見が変わることは望ましい-という3つの原理があるという(篠原 2004)。 討議型民主主義の制度化には、ナショナルレベルとローカルレベル、純粋討議型と参

13 このことは、ワールドカフェ自体の強みと言える。しかし、AIなどと比較すると個々のメンバーからみると、リフレクションなどが浅いレベルとなるのではないかと思われる。 14 後述するプラーヌンクスツェレを活用した小田原市のケースが典型的であるが、そのほか、DPを取り入れた藤沢市のケースがある。 15 討議型民主主義は、篠原一(2004)で紹介されている。

図5-1 ポジティブ・アプローチの組み合わせ例

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加型の色彩の強いものといくつかの類型化が可能である16。 ナショナルレベルで純粋討議型の色彩の強いものとして、「討議制意見調整

(Deliberative Poll:DP)」がある。これは、一定のテーマについて、ランダム・サンプリングによって選ばれた参加者が少数のグループによる討議を繰り返したあとで、

意見の調査をするもので、アメリカの政治学者ジェームズ・S・フィシュキンのもとで行われ、とくにアメリカ・イギリスで広がっている。

DPと同様に、主としてナショナルレベルで行われ、討議制自体にウェイトをおくものとしては、「コンセンサス会議(Consensus Conference)」がある。コンセンサス会議は科学技術に関する市民討議の機関であり、デンマーク、オランダ、イギリス、ニ

ュージーランド、スイスなど数多くの先進諸国で採用されている。参加する市民は、

多くの場合、無作為抽出によって選ばれた市民の中で参加する意志を表明した人々で

ある。市民パネルが中心で、専門家による政策提案について、参加した市民が同意す

るかどうかの討議を進めるものである。科学技術分野の政策策定は、きわめて専門性

が高いが、政策の実施の影響は当然のことながら一般国民に及ぶ。ならば、一般国民

の想いや感性を政策立案プロセスで考慮されないのは問題である。そうした観点での

コンセンサスを確保しようというものである。 1970年代から試行された制度として、ドイツにおける「計画細胞(Plannungszelle)」とアメリカにおける「市民陪審制(Citizen’ Jury)」が著名である。計画細胞は、市民の中から無作為に選ばれたメンバーが、少人数の基本単位(細胞)に分かれて討議し、

討議に基づいて提言を作成し、計画づくりの指針とする制度である。「市民陪審制」は、

裁判の陪審とは異なり、ランダム・サンプリングと層化サンプリングの混合形態によ

って選ばれた市民がグループ討議によって報告書を作成し、政策決定に参加する政治

のシステムである。 5.4 討議型民主主義との融合 地方自治体であっても、公共組織の組織開発であれば、組織の構成メンバーやステイ

クホルダーの主体的な参加・協働を促すことで十分であろう。しかしながら、地域開

発の場合は、参加・協働の担い手の主体性を高めながらその数を増やすだけでなく、

普通の民主主義の意思決定プロセスでは捕捉されにくいサイレントマジョリティのニ

ーズの形成・把握、意見の集約なども重要な課題となっている。とくに、自治体の総

合計画の策定プロセスでは、政策領域を包括的に扱うため、一人の市民としての関わ

りや個人的な重要度は人によって大きく異なる。例えば、子育て世帯で、働きつづけ

る女性の立場からは、子育て支援などの施策の重要度が高いであろうし、高齢者世帯

であれば介護などの高齢者福祉が重要であろう。また、障害をもつ方が身近にいれば

障害者福祉が非常に重要となるし、コミュニティでの空き巣などが問題となっていれ

16 討議型民主主義の制度化については、詳細は、篠原(2004)を参照されたい。

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ば地域の防犯対策の関心が高くなるであろう。このことは、逆に考えれば、広範な自

治体の施策の中には、関心の高い分野もあればほとんど関心ないものも数多く存在す

るのである。ただし、当人にとって関心の薄い施策であっても一人ひとりの市民生活

はなんらかの影響を受けているため、政策形成プロセスにおけるニーズの形成・把握

などから当該問題の関心の低い市民を排除することは適切ではないだろう。 このため、サイレントマジョリティに真のニーズを形成・把握することを主たる目的

とした討議型民主主義のプロセスが地方自治体においてもより重要となっているので

ある。 総合計画などのプロセス設計を考えれば、通常の市民ニーズの把握や計画案の市民へ

のフィードバックプロセスで、討議型民主主義のアプローチを活用することとなる。

日本の地方自治体での活用手法は、主にプラーヌンクスツェレと DPである。プラーヌンクスツェレは、計画づくりの提言をまとめることを通じて、具体的な事業レベルの

ニーズ形成・把握が有効であり、総合計画では実施計画レベルでの反映が現実的であ

ろう。DPは、討議を通じた意識調査が目的であるので、通常の市民アンケート調査にあわせて DPによる意識調査を行い、後者を中心に市民ニーズを活用していくこととなる。 総合計画策定プロセスの設計では、討議型民主主義のアプローチとポジティブ/ホールシステムアプローチは独立したプロセスを構成している。しかし、前者への参加を通

じて自治体の施策やまちづくりに関心をもち、後者のプロセスを通じて参加・協働の

主体となる市民が増えることも予想される。 次章以降では、日本の地域開発の先進的事例として進められている「イマジンまつど」

と「小田原市の新総合計画」の二つのケースで、ポストモダンの総合計画策定プロセ

スの設計について考えることとする。

6. イマジンまつど 6.1 策定プロセスのデザイン 松戸市総合計画(平成 10年 4月策定)は、平成 32年度までの基本構想と平成 22年度までの前期基本計画により推進されている。このうち、前期基本計画が平成 22年度までで完了することから、平成 23年度から 32年度までの後期基本計画の策定作業を平成 20年度より着手することとなった。 その際、総合計画策定プロセス自体をポジティブ・サイクルとしたことは重要である。

おおまかな設計は、図6-1のとおりである。市役所内部の共有ビジョンや関係性づ

くりを先行させ、その後市民協働の場づくり、共有ビジョンから検討テーマや課題抽

出などへとつなげている。個々のポジティブ/ホールシステムアプローチの強みを連携させ、具体的なテーマやアクションを検討する場では、分科会やワークショップを中