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リチウムイオン電池の劣化診断技術の開発
横河技報 Vol.56 No.2 (2013)
リチウムイオン電池の劣化診断技術の開発Development of Lithium-ion Battery Deterioration Diagnosis Technology
岡田 修平 *1 吉武 哲 *1
Shuhei Okada Satoshi Yoshitake冨永 由騎 *2 姉川 彰博 *2
Yuki Tominaga Akihiro Anekawa
リチウムイオン電池は,充放電サイクルや長期保存により,容量低下や内部抵抗増加といった劣化現象が起き
ることが知られている。また,劣化の解析手法として,周波数応答アナライザで測定した交流インピーダンス特
性を用いた取組が数多く報告されている。今回,電池運用中における電池劣化診断を目的として,任意波形から
交流インピーダンスを推定する技術を開発した。また,実車走行における電流・電圧波形を用いて技術検証を行い,
車載化の実現可能性を確認したので報告する。
Deterioration of lithium-ion batteries is observed after repeated charge/discharge cycles or long term storage. The deterioration often appears as a decrease in capacity or increase in internal impedance of the batteries. Measuring alternating-current resistance (ACR) using a frequency response analyzer (FRA) is a well-known method for battery deterioration analysis. This paper introduces a newly developed Yokogawa technology for estimating ACR through any waveforms. This technology implies the possibility of in-situ battery deterioration diagnosis. To verify the feasibility for vehicles, actual voltage and current waveforms of running vehicles were used.
1. はじめに
横河電機株式会社(以下,横河)は 電池の研究・開発用途のみならず,生産,運用,二次利用,リサイクル等も視野に入れ,トータルな電池ソリューションの提供を目指してきた。さらに,その成果を 2011 年より電池メーカー様,及び,電池ユーザー様向けに電池計測ソリューションとして提供している。
近年,安全性の問題を背景に,運用時の電池監視技術が注目を浴びている。 現在,電池セル電圧,及び,温度監視は,安全運用上,必須機能となっている。横河は,電池の劣化監視も,今後重要な技術になると考え,これに関連する技術開発を継続的に行っている。
本稿は,横河の研究開発で培ってきたコア技術,ならびに,株式会社本田技術研究所(以下,本田技研)との共同研究を通じて見えてきた車載電池劣化診断の実現可能性について紹介する。
2. 背景
リチウムイオン電池は,充放電サイクルや長期保存(放置)により,容量低下や内部抵抗増加といった劣化現象が起きることが知られている。また,劣化の解析手法として,周波数応答アナライザで測定した交流インピーダンス(ACR: Alternating Current Resistance )特性を用いた取組が数多く報告されている (1)。
しかし,電池の運用現場で,実験室のような理想的な測定環境を期待することは難しい。例えば,運用を一時中断し,診断用に交流応答測定を行うことはコスト・運用面を考えると現実的ではない。
この問題を解決するため,横河は,電池の運用停止を伴う診断用測定を行わずとも,運用波形から交流インピーダンスを推定できる技術を開発した。また,車載化を想定し,車両アクセルワークから得た市街地走行パターンを用いて本技術の検証を行った (2)。
3. 電池の運用波形を用いたインピーダンス推定技術
一般的に,交流インピーダンス測定は,所望周波数の交流信号応答を測定し,離散フーリエ変換(DFT)や高速フーリエ変換(FFT)を用いて算出する。
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*1 イノベーション本部 市場開拓部*2 株式会社本田技術研究所 四輪 R&D センター
リチウムイオン電池の劣化診断技術の開発
横河技報 Vol.56 No.2 (2013) 2874
今回は,電池運用中における任意波形からインピーダンス推定を実現するため,逆ラプラス変換法を採用した。これにより,DFT や FFT でみられるような,波形切り出し窓前後のデータ不連続性に起因する演算精度の低下を回避できる。
得られた測定波形データは,適当な時間間隔でステップ応答に分割される。この処理により,逆ラプラス変換を使った計算が容易となり,推定精度を保ちながら高速演算が可能となる。分割処理された波形データは,予め定義された電池の等価回路モデルを用いて定数フィッティングされる。そして,得られた回路定数から任意周波数の推定インピーダンスが計算される。
すなわち,本手法より,理論上あらゆる形状の応答波形からインピーダンスを算出することが可能である。本処理の流れを図 1 に示す。
4. 実験方法
本実験では,運用波形として車載の市街地走行パターンを使用した。供試電池セルは,全て車載向けである。新品相当を1個と,劣化度合いの異なる電池セル6個(容量維持率 57.2 ~ 85.4%)の計7個を使用した。なお,全電池セルは恒温槽内で温調されている。測定系を図 2 に示す。測定された電圧電流データは,計測用 PC に転送される。 交流インピーダンス推定演算も同 PC で実行される。
図 1 インピーダンス推定演算処理の流れ
今回使用した電池の等価回路モデルを図 3 に示す。例えば,電流を t<0 で 0 A, t>=0 で 1 A のステップ入力 u (t) とすると,その電圧応答波形は,次式であらわせる。
・・・(1)
ここで,フィッティングの対象とする定数は,R1, R2, C2, R3, C3, CPE4 (P4 と T4 ) とした。CPE4 は一定位相要素
(Constant Phase Element)であり,P4 は CPE 指数,T4 はCPE 定数をあらわす。CPE4 は,電池の拡散抵抗部分を表現するために使用した。R5, L5 は,電池内部構造等の影響が支配的で,電池の劣化に起因する部分ではないものとして,交流インピーダンスのフィッティング定数値を流用,固定値とした。
さらに,リファレンスとして交流インピーダンスも,各温度 /SOC (State Of Charge) 条件で測定した。
図 2 実験用測定系
図 3 フィッティングに使用した等価回路モデル
フィッティング区間選択
逆ラプラス変換
回路定数フィッティング
推定インピーダンス計算
電流波形
電圧波形
波形分割処理
( ) ( )tueRP
tTeRRtvt
LRP
n
CRt
nnn
+
+Γ+
−+=
−
=
−
∑ 5
54
54
43
21 1
1)(
横河 720120-S1 インピーダンスアナライザ・スロット1:ファンクションジェネレータモジュール・スロット2:1MS/sインピーダンス測定モジュール
横河 726021 ソースメジャーユニットEX
横河 725902シャント抵抗直流電源装置
走行パターンファイル
電池セル
電流センス
電圧センス
接続切り替え
走行パターン測定時
交流インピーダンス測定時
演算エンジン
計測用PC
CPE4
R2R1 R3
C2 C3
L5
R5
(P4 & T4)
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横河技報 Vol.56 No.2 (2013)
5. 実験結果
各測定条件において,供試セル7個分の交流インピーダンス測定結果と,走行パターンによる推定インピーダンスの差異を確認した。
温度 25 ℃,電池 SOC 50% 条件下で,最も劣化の大きい容量維持率 57.2% の供試セル(no. 7)を除き,0.1 Hz-1 kHz 間でのインピーダンス絶対値差異は± 5% 以内であった。この結果を図 4 に示す。インピーダンスの差異を,ナイキスト線図上で比較したものを図 5 に示す。
この条件下において,走行パターンの推定インピーダンスは,交流インピーダンスに極めて近い特性を示した。
これは,すなわち,ラボで取得した電池の交流インピーダンス劣化特性をリファレンスとして保持すれば,車載運用中の電池劣化状態を監視できることを意味する。
図 4 交流 / 推定インピーダンスの絶対値差異
図 5 交流 / 推定インピーダンスのナイキスト線図比較
一方,低温(温度-10 ℃)や低SOC (電池SOC 10%) では,大きな乖離を示した。
これは,交流インピーダンスが,周期性をもった微小な摂動信号で「静的」特性を測定しているのに対し,走行パターンは,ハイレートで周期性もなく,自己発熱やSOC 変動が相対的に大きい条件で「動的」特性を測定しているためと考えられる。
特に,低温 / 低 SOC では,これらの影響を受けやすいため,大きな乖離が生じたと考えられる。
これを端的に確認するため,パルス応答測定を実施した。 また,交流インピーダンスの測定結果からパルス応答をシミュレーションし,双方を比較した。比較は,パルス印加後,5秒後の電圧降下分で行った。
供試セル no. 1 の温度 25 ℃ /SOC 50% の結果を図 6に示す。 実測パルスとシミュレーション結果の差異は4% 程度であった。一方,同供試セルの温度 -10 ℃ /SOC 10% の結果を図 7 に示す。この場合,17% 程度の差異を示した。
すなわち,静的・動的特性測定時で,電池の内部インピーダンスに顕著な差が発生し得ることが確認できた。
図 6 供試セル no. 1 温度 25 ℃,SOC 50% パルス応答の実測とシミュレーション
図 7 供試セル no. 1 温度 -10 ℃,SOC 10% パルス応答の実測とシミュレーション
cell no.6
cell no.3
cell no.5
cell no.2
cell no.4
cell no.1
cell no.7
+ 交流インピーダンス測定結果- 走行パターンによる推定インピーダンス
-Z虚部 / a.u.
Z 実部 / a.u.
-Z虚部 / a.u.
-Z虚部 / a.u.
Z 実部 / a.u. Z 実部 / a.u.
Z 実部 / a.u. Z 実部 / a.u. Z 実部 / a.u.
Z 実部 / a.u.
-Z虚部 / a.u.
-Z虚部 / a.u.
-Z虚部 / a.u.
-Z虚部 / a.u.
a.u. は arbitrary unit ( 任意単位 )
電圧
/a.u
.
時間 / s
差異 : 4%
パルス応答 : - 実測パルス - シミュレーション
電圧
/a.u
.
時間 / s
差異 : 17%
パルス応答 : - 実測パルス - シミュレーション
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リチウムイオン電池の劣化診断技術の開発
横河技報 Vol.56 No.2 (2013)
6. 課題
本技術の車載化の実現可能性を確認することができた。 しかし,低温や低 SOC では,電池特性が大きく動的に変化するため,技術的な改善も必要であることがわかった。また,本実験で使用した運用波形は,車両走行時に発生する電気的ノイズが含まれていないため,今後,ノイズの影響を含めた検証も必要である。
7. 電池の残寿命予測
これまで,電池の劣化モデルは数多く報告されてきた。その多くは,電池の残寿命がその容量維持率で一義的に決まるモデルとなっている。
しかし,本田技研は,同じ容量維持率を示す電池セルでも劣化状態は異なり,その差が交流インピーダンス特性にあらわれ,それ以降の容量維持率特性にも差異が生じることに着目した (3)。
これは,使用履歴次第で電池寿命に差異が生じるが,残寿命を交流インピーダンス特性から予測できる可能性があることを意味する。図 8,図 9 にこの現象を示す実験結果を示す。
横河は,このような研究結果を背景に,運用中の電池劣化モニタリング,劣化予測の実現を目指している。
図 8 異なる使用履歴をもつセルの容量維持率特性
図 9 初期・運用条件切り替え時のインピーダンス特性
8. 電池計測ボード
横河では,運用サイトでの実地検証を想定し,インピーダンス推定機能を搭載した電池計測ボードも開発している。図 10 は,電池計測ボードのプロトタイプ,及び,それを含む電池計測システムの構成例である。
電池計測ボード自体に,測定と演算の機能を全て実装しており,図 2 のような実験構成と比べ,大幅な小型化とコストダウンが実現できた。
図 10 電池計測ボード及び電池計測システム構成例
9. おわりに
運用波形からインピーダンス推定を行う技術を開発した。車載電池劣化診断を想定した技術検証を行い,実現可能性を示せたが,同時に技術改善が必要な部分も確認できた。今後は,本実証で明確になった技術課題に取り組みつつ,定置用電池を使ったエネルギーマネジメントシステムへの展開を進める。
参考文献(1) 山口秀一郎,望月康正,古館 林,小山 昇,“ 三元系正極 18650
型リチウム二次電池の多重 FFT 測定およびその 3D 解析 ”,第53 回電池討論会,2012,2A18
(2) 岡田修平,吉武哲,冨永由騎,姉川彰博,“ 車両負荷による電圧電流応答波形を使った交流インピーダンス推定 ”,第 54 回電池討論会,2013,2B07
(3) 冨永由騎,川村雅之,武政幸一郎,“ 内部劣化状態を加味した容量劣化推定モデルの構築 ”,第 54 回電池討論会,2013,2B06
時間 / h
容量維持率
-Z虚部 / a.u.
-Z虚部 / a.u.
Z 実部 / a.u. Z 実部 / a.u.
18650 Li-ion電池セル
電池計測ボード
電池計測システム構成例
放電リレー付 シャント抵抗BOX
電池計測ボード内蔵電池計測装置
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