アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à...

11
38 (1999) 1 最近の研究 アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と時効析出-3次元アトムプローブによる研究 *1) *2) 1.はじめに 10 nm 1980 (1)-(4) 1970 1980 FIM 20 K (5) 1988 A. Cerezo (6) 10 Oxford Rouen (7)-(10) 20 x 20 x 200 nm deconvolution 1) 305-0047 1-2-1 2)

Upload: others

Post on 09-Sep-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

1

最近の研究

アルミニウム合金における溶質クラスターの形成

と時効析出-3次元アトムプローブによる研究

宝野和博*1) 村山光宏*2)

1. はじめに

構造材料として用いられる大部分の高強度アルミ

ニウム合金が時効析出による強化機構を利用している。

従って実用アルミニウム合金における時効析出現象を

理解することは学問的な興味にとどまらず、実用的に

も極めて重要である。多くのアルミニウム合金では平

衡相の析出に先立っていくつかの準安定相が析出する

ことが知られているが、溶体化処理をほどこした合金

を室温に放置しただけでも溶質原子のクラスタリング

が進行し、これが人工時効による析出のキネティクス

に大きな影響をおよぼし、ピーク硬さでの強度が大き

く変化することはよく知られている。実用合金におい

て見られるこのような準安定相やクラスターはその種

類が多彩であると共にサイズが数 10 nm 程度と非常に

微細であるため、回折的手法を用いてその構造を決定

することは困難であり、さらに組成に関する情報を得

ることは不可能であった。そこでアルミニウム合金の

時効析出物の組成をアトムプローブで決定しようとい

う試みが 1980 年代に始まった (1)-(4)。鉄鋼材料のアト

ムプローブによる解析が 1970 年代にすでに多く行わ

れていたのに対し、アルミニウム合金のアトムプロー

ブ分析が 1980 年代前半までほとんど手つかずの状態

であったのは、アルミニウム合金などの低融点金属で

は原子の蒸発電界が結像ガスのイオン化電界よりも低

いために、FIM 像観察が困難であったためである。と

ころが近年 20 K 程度まで試料冷却の可能なアトムプ

ローブが開発されることにより、日常的にアルミニウ

ム合金の定量的なアトムプローブ分析が可能となって

きた(5)。

1988 年に A. Cerezo らは従来のアトムプローブに

位置敏感型検出器を取り付けた3次元アトムプローブ

を開発し (6)、これにより合金中の原子の分布を3次元

的に可視化することができるようになった。当初の3

次元アトムプローブでは検出効率や質量分解能で多く

の課題が残されていたが、ここ 10 年間の Oxford 大学

と Rouen 大学のグループの精力的な装置開発により、

現在の3次元アトムプローブは検出効率、検出速度、

質量分解能が飛躍的に改善された極めて実用性の高い

装置となっている (7)-(10)。従来のアトムプローブが直径

数ナノメートルの選択された微小領域から原子を収集

して深さ方向に対する1次元的な濃度プロファイルを

測定していたのに対して、3次元アトムプローブでは

20 x 20 x 200 nm 程度の領域における合金元素の分布

をほぼ原子レベルの空間分解能で3次元的に可視化す

ることが可能である。また検出された元素の全ての座

標がデーターとして取り込まれているので、データー

を収集した後に、任意の方向に定量的な濃度解析を行

うことが可能である。しかも3次元的に原子を収集し

ているので、マトリクスに埋め込まれたクラスターや

微細粒子の濃度を deconvolution などの人為的なデー

ター操作をおこなわないで直接決定することができる。

このような3次元アトムプローブの特徴を活用するこ

とにより、これまでの汎用的な手法では不可能であっ

たようなクラスターや微細析出物の濃度決定が可能と

なってきている。またアトムプローブは飛行時間型質

量分析器であるので、検出効率が質量に依存せず、軽

元素から重い元素まで定量的に分析できるという大き

なメリットがある。

このような3次元アトムプローブの特徴を生かし

て、著者らは溶質原子のクラスターとナノスケールの

析出物の形成が機械特性を大きく支配するアルミニウ

ム合金における微細組織変化を原子レベルの尺度で解

析し、それにより組織形成メカニズムと力学特性発現

のメカニズムを解明しようとしている。本稿では最近

著者らが取り組んでいる3次元アトムプローブによる

1) 科学技術庁金属材料技術研究所物性解析研究部第3研究室長(305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1)2) 科学技術庁金属材料技術研究所物性解析研究部研究員

Page 2: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

2

実用アルミニウム合金における溶質クラスターの形成

と時効析出に関する最新の研究結果を紹介する。3次

元アトムプローブ法の原理と装置の詳細は著者らがす

でに本誌で解説している(11)(12)のでそれらを参考にされ

たい。

2. Al-Cu-Mg-Ag 合金におけるクラスター形成と時効

析出

Al-Cu 合金は時効析出の代表的な合金系として、

その析出過程は多くの教科書などで取り扱われている。

Al-Cu2元系合金の時効析出過程は

過飽和固溶体 à GP ゾーン à θ″ à θ′ à θというように、種々の準安定相を経て平衡相θが熱

平衡状態で析出するすることは良く知られている。こ

こでθ相以外の析出物は全て001面を晶癖面とする板

状の析出物である。Al-Cu 合金の GP ゾーンは FIM や

アトムプローブにより最も早くから研究され、GP ゾ

ーンの構造と Cu 濃度が教科書で示されているような

Cu を 100%含む 002面の単層構造とは異なることを

示唆するデーターが発表された (2) (3) (13)。また最近の

Bigot ら(14)による3次元アトムプローブを用いた研究

では、かなり分解能の高い濃度プロファイルが GP ゾ

ーンに垂直方向に得られているが、それでも GP ゾー

ンの Cu 濃度は 100%であるとするモデルには一致し

ない結果となっている。

この Al-Cu2元系合金にわずか 0.1 at.%程度の Ag

と Mg を複合添加するとΩ相と呼ばれる新しい板状析

出物が111面を晶癖面として母相に均一に析出し、

これが大きな析出強化をもたらすとともに、高温強度

を著しく向上させる(15)。このような Mg と Ag のマイ

クロアロイング効果を応用して Al-Cu-Mg-Ag-Mn-Zr

系合金が次世代の航空機用機体材料として開発されて

おり(16)、また Al-Li-Cu 合金に Ag と Mg を複合添加し

た Weldalite 合金は展伸用アルミニウム合金としては

最高強度を有し(17)、スペースシャトルの燃料タンク用

材料合金として実用化されている。このようなマイク

ロアロイングによる力学特性の向上は実用的に応用価

値が高く、そのメカニズムの解明は合金開発を効率的

に進める上で極めて重要である。

Al-Cu2元系合金に Mg と Ag を複合添加すること

によりΩ相が析出するメカニズムについては電子顕微

鏡、アトムプローブなどによる多くの研究がある。電

子顕微鏡観察による研究では、Ω相はその前駆的な準

安定相から不均一核生成するとするもの (18)-(20)、さら

には111面に GP ゾーンが形成されるとするとする

報告もあった(21)。最近の著者らの1次元アトムプロー

ブによる研究では、時効初期に Ag-Mg の複合クラス

ターが形成されることが明らかとなっており (22)(23)、こ

れらがおそらくΩ相の核生成サイトとして作用すると

考えていた。ところが1次元アトムプローブでは複合

クラスターの存在を検出することができても、それら

[111]

Mg Ag Cu Al~ 20 nm ~

8 nm

~ 8

nm

(111

)

~ 9

nm~

9 n

m

~ 20 nm

Mg Ag Cu Al

[111]

(111

)

(a)

(b)

図 1 (a) 溶体化処理された直後と(b) 180 °C で 5 s 時効された Al-1.9Cu-0.3Mg-0.2Ag 合金の Al, Cu, Ag, Mg 原子

の分布をしめした3次元アトムプローブによる元素マップ(25)層状に見える原子配列はアルミニウム母相の

(111)面である(25)。

Page 3: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

3

の形状に関する情報が得られないために、電子顕微鏡

で観察されないレベルの原子クラスターがどのように

Ω相の核生成に係わっているのかを明らかにすること

ができなかった。また従来のアトムプローブの研究に

より時効による効果が最大になる条件で観察される Ω相では Ag と Mg 原子がΩ/α界面に偏析していること

が明らかとなったが(24)、このような微量元素の偏析が

Ω相の核生成初期から起こっているのかどうかも不明

であった。そこで Al-1.9at.%Cu-0.3at.%Mg-0.2at.%Ag

合金の時効とともに形成されるクラスター、析出物を

3次元アトムプローブにより解析し、複合クラスター

からΩ相がどのように核生成するのかを詳細に研究し

た(25)。

図 1 (a)は溶体化処理された直後の Al-1.9Cu-0.3Mg-

0.2Ag 合金、図 1 (b)はそれを 180 °C で 5 s 時効したと

きの Al, Cu, Ag, Mg 原子の分布を3次元アトムプロー

ブで観察した例である(25)。溶体化処理直後では全ての

原子が均一に固溶した強制固溶体である。これをわず

か 180°C で 5 s 時効しただけで原子の分布状態に著し

い変化が生じていることが観察される。Ag 原子と Mg

原子が同じ場所に集まって 50 原子程度からなる複合

クラスターを形成しているが、この段階では Cu 原子

はクラスターと相関を持っていない。さらに詳細な3

次元アトムプローブの観察結果によると (25)、この合金

を 120 s 時効すると Ag-Mg の複合クラスターに Cu 原

子が集まり、それに伴いクラスターが111面上板状

に配列しはじめることが分かった。このとき、高分解

能電子顕微鏡観察では崔ら(21)によって報告されたよう

な111面で完全に整合な111GP ゾーンと呼ぶべき

析出物が観察され、この析出物には Cu, Ag, Mg 原子

がすべて含まれていることも分かった。形状の定義で

きない(または球状)クラスターに Cu 原子が濃化す

ることにより111の板状ゾーンに変化するのは、原

子サイズの異なる Cu 原子が Ag-Mg の複合クラスタ

ーに集合することにより生ずる歪みエネルギーを緩和

するためと考えられる(26)。このようにアトムプローブ

を用いることで電子顕微鏡の分解能以下のクラスター

形成過程を捕らえることができ、種々のアルミニウム

合金における時効析出の前駆段階における溶質原子の

クラスター挙動などを理解することができるようにな

ってきた。

さらに時効をおこなうと111板状析出物は電子線

回折上ではΩ相特有の構造をもつ段階に達する。それ

に伴い、析出物の Cu 濃度は Al2Cu に近い 33 at.%に達

するが、Ω相の形成の初期には図2に示されるように

Ag と Mg 原子は板状析出物内部に含まれている。と

ころがさらに長時間時効すると、Ω相内に固溶してい

た Agと Mgがα/Ω界面に移動してくる。図3に10 h 時

効後に観察される Ω相の3次元アトムプローブによる

元素マップを示す。このように Ag 原子と Mg 原子は

ともに α/Ωの111界面に単原子層で偏析しており、

析出物内部にはこれらの原子は全く固溶していない。

このことは板状析出物に垂直に測定された濃度プロフ

ァイルからも明らかである。Ω相の Cu 濃度は 33at.%

であり、Ω相の内部には Ag も Mg も含まれないこと

から、この析出物は組成的には平衡相の Al2Cu と等価

であることが分かる。またこの3次元アトムプローブ

による原子マップでは板状析出物が厚さ方向に成長す

るときに形成されるレッジが観察される。これは3次

元アトムプローブにより析出物のレッジを観察した初

めての例である。レッジのライザーの部分では Ag と

Mg 原子の偏析は見られず、Ag と Mg は111面内界

面でだけ偏析していることが分かる。これは α/Ω界面

が析出物の厚さ方向に非整合であるのに対して、面内

方向の界面では完全整合がたもたれており、その整合

歪みを緩和するために Ag と Mg 原子が偏析している

と考えられている。Garg と Howe による収束電子線

回折による結果によると(27)、高温での長時間時効によ

り粗大化されたΩ相は a=b=0.6066 nm, c=0.4960 nm の

正方晶であり、θ相の a=b=0.6066 nm, c=0.4874 nm の

正方晶構造を c 軸方向に 1.76%増加させた構造と同じ

で あ る と し て い る 。 こ の と き Ω 相 と θ 相 に は

[1 10] Ω //[111]α , (001)Ω //(12 1) α の方位関係があり、

(111)界面で Al を Mg に、Cu を Ag 原子に置換するこ

とによりθ相の格子を 1.76%増加させると(111) α面でθ相が完全整合を保ちつつ成長することができる。元来

θ相は Al 母相とは完全不整合であり、そのためにαと

AgMg Cu Al

30

20

10

0

濃度

/ at

. %

分析深さ / ~nm

128.46.04.82.40

(111)Al

~ 9 nm

~ 12

nm

図 2 180°C で 30 min 時効された Al-1.9at.%Cu-

0.3at.%Mg-0.2at.%Ag 合金に析出したΩ相の3次元アト

ムプローブによる元素マップ(25)。

Page 4: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

4

θの間には多くの方位関係が報告されている (28)。つま

りθ相は Al 母相と特定の方位関係をもたずに析出する

のであるが、Ag と Mg を微量添加することにより、θ相がα母相と特定の方位関係をもって111面に整合に、

均一に析出したのがΩ相といえる。したがって、熱力

学的な相としては Ω相はθ相と等価であり、熱平衡相

であるがゆえにΩ相は高温での安定性にすぐれ、高温

特性を改善すると考えられる。

3次元アトムプローブによる原子マップで、レッ

ジのライザーから母相の方向に濃度プロファイルを測

定すると(図3(c))、Cu 濃度が典型的な拡散型成長

の析出物近傍でみられる拡散プロファイルを示さずに、

Cu 濃度がΩから連続的に減少するようなプロファイ

ルが得られている。これはこの析出物がレッジ移動に

より成長していると解釈するよりも、析出物の粗大化

段階で溶解している析出物であると解釈すると矛盾な

く説明できる。このように3次元アトムプローブを用

いれば、拡散型相変態のメカニズムを理解する上で極

めて重要なレッジ近傍での元素分布まで定量的に測定

することまでが可能となってきている。

Al-Li-Cu に微量の Mg と Ag を添加すると T1 相と

いう板状の析出物が結晶粒内に比較的均一に析出する

ことが知られており、このような合金は Weldalite 合

金として実用化されている(17)。Weldalite 049 と呼ばれ

る Al-5.0Li-2.25Cu-0.4Mg-0.1Ag-0.04Zr (at.%)合金中の

T1 相と母相との界面でも Ag 原子と Mg 原子が偏析し

ていることが最近の著者らの3次元アトムプローブ分

析により明らかにされたが(29)、Al-Cu-Mg-Ag 合金とは

異なり時効初期では Mg-Ag の複合クラスターが形成

されておらず、Mg 原子だけの単体クラスターだけが

観察された。したがって、Al-Cu 合金と Al-Li-Cu 合金

では Ag と Mg の複合添加の効果は、現象としては似

ていてもメカニズム自体は異なっている可能性が高い。

現在、Weldalite 合金についても3次元アトムプロー

ブ分析により、クラスター形成と析出による組織形成

のメカニズムを解明しようとしている。

3. Al-Mg-Si 合金におけるクラスター形成と時効析出

Al-Mg-Si 合金は車体軽量化の目的から近年自動車

用ボディパネルとしての応用が検討されている。車体

製造工程においては板材をプレス成型後 175 °C 程度

で 30 分間の焼き付け塗装を行うが、この塗装の乾燥

過程でボディ用材料が時効硬化により十分な強度上昇

を起こすことが望まれている。Al-Mg-Si 系合金の時

効析出は 1960 年代に盛んに研究され、合金組成によ

る硬化量の変化や2段時効による時効析出のキネティ

クスを中心として膨大な量の研究がおこなわれてきた(30)-(32)。時効硬化性は合金組成に非常に敏感であり、

Al-Mg2Si の組成を持つ擬2元系合金よりも Si 量と Mg

量が 1:1 程度の組成をもつ Si 過剰合金でより大きな

時効硬化性が得られることが知られている(33)。Al-Mg-

Si 合金における実用上の最大の問題は、溶体化処理後

の試料が室温に放置されると、その後の 175°C での人

工時効による硬化のキネティクスが著しく遅くなるり、

このために、室温で放置された試料では塗装焼き付け

工程の 30 分という限られた時間内での時効硬化が起

こらなくなることである。アルミニウム板材がメーカ

ーで溶体化処理されてから自動車製造工程での塗装焼

き付けに至るまでの間に、板材が室温で時効されるこ

とは避けられない。したがってこのような室温時効に

よる時効硬化のキネティクスの遅れはどうしても克服

されなければならない問題となっている。室温時効後

には G.P.ゾーンのような析出物は確認されておらず、

~8n

m

~15nm

~6nm

(111)Al

(a)

b c

AgMg Cu Al

10

Cu30

20

10

0

40

8 6 4 2 0 -2

(c)

4.54.03.53.02.52.0

Cu

Mg

Ag

30

20

10

0

40(b)

分析深さ / ~nm

濃度

/ at

.%

分析深さ / ~nm

図 3 (a) 180°C で 10 h 時効された Al-1.9Cu-0.3Mg-0.2Ag 合金に析出したΩ相の3次元アトムプロ

ーブによる元素マップ。(b) 板状析出物に垂直な方向への濃度プロファイル。(c) レッジラ

イザーに垂直な方向への濃度プロファイル(25)。

Page 5: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

5

電子顕微鏡では観察されない程度の溶質原子のクラス

ターの形成や焼き入れ空孔の挙動が人工時効による硬

化のキネティクスを変化させる原因となっていると考

えられている(31)(34)。実際に、このような溶質原子クラ

スターの存在は1次元アトムプローブにより証明され

たが(35)(36)、これらのクラスターの形状や組成、またク

ラスターとその後にあらわれる準安定析出物との関係

までは十分に理解されていないのが現状である。そこ

で、我々は3次元アトムプローブにより Al-Mg-Si 合

金の時効初期過程における溶質原子のクラスターや

GP ゾーンを定量的に解析し、2段時効のメカニズム

や合金濃度が時効硬化に及ぼす影響について考察した

(37)(38)。

室温で 1680 h および 70°C で 16 h 時効した Al-

0.65at.%Mg-0.70at.%Si 合金の高分解能電子顕微鏡像を

図 4 (a), (b)に示す(38)。室温時効された試料では高分解

能電子顕微鏡像でも析出物の存在を示唆するようなコ

ントラストは観察されない。一方で、70°C で 16 h 時

効した試料では GP ゾーンの存在を示すコントラスト

が得られている。この段階で観察される GP ゾーンは

球状であり、母相と整合である。図 5 は室温時効され

た試料から得られたアトムプローブ分析結果である。

この図で横軸は検出された全原子数、縦軸は検出され

た Mg と Si の原子数であり、このプロットの傾きは

分析領域の溶質の平均濃度を表している。図中プロッ

トの傾きが急激に高くなっているところに原子が集ま

っているが、矢印で示された部分は Si または Mg 濃

度の高くなった単体の溶質クラスターである。破線で

囲まれた箇所ではSi, Mgの両方の原子の密度が高く、

Si-Mg の複合クラスターが形成していることが示され

160

140

120

100

80

60

40

2012108642

全検出原子数 / x103

検出

Mg

/ S

i 原子

14

Mg

Si

co-cluster

図 5 室 温 で 1680 h 時 効 さ れ た Al-0.65at.%Mg-

0.70at.%Si 合金の1次元アトムプローブによる

積算濃度プロファイル。検出された溶質原子数

を全検出原子数に対してプロットしており、傾

きが局所的な濃度に相当する(38)。

2nm

(a)

(b)

図 4 (a)室温で 1680 h と(b) 70°C で 16 h 時効された

Al-0.65at.%Mg-0.70at.%Si 合金の[001]ゾーンの

高分解能電子顕微鏡像(38)

GP zone

Mg

Si ~120nm

~14

nm

図 6 70°C で 16 h 時効された Al-0.65at.%Mg-0.70at.%Si 合金の3次元アト

ムプローブによる元素マップ(38)

Page 6: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

6

ている。このように室温時効された試料では析出物の

コントラストは得られないのに、アトムプローブでは

Mg 原子、Si 原子からなる個別のクラスターと Mg-Si

原子の複合クラスターが検出される。一方、70°C で 16

h 時効された試料では高分解能電子顕微鏡像でも球状

の GP ゾーンが形成されていることが観察されるが、

このような GP ゾーンは3次元アトムプローブでも観

察することができる。図 6 は 70°C で 16 h 時効された

試料の3次元アトムプローブによる Mg と Si の元素

マップであり、14 x 14 x 120 nm の分析領域内の溶質

原子の分布が示されている。矢印で示した部分で Mg

と Si の密度が高くなっており、これは図 4 の高分解

能電子顕微鏡で観察された GP ゾーンに相当する。

図 7 は室温時効後、溶体化処理直後、70°C 予備時

効後に、各々塗装焼き付けに相当する 175°C 30 min

の時効処理を施した Al-0.65at.%Mg-0.7at.%Si 合金(Si

過剰合金)と Al-0.70at.%Mg-0.33at.%Si 合金(バラン

ス材)の電子顕微鏡による明視野像である。いずれの

条件でも球状 GP ゾーンが形成されているが、GP ゾ

ーンの密度は 70°C 予備時効された合金で最も高く、

室温時効されたもので最も低くなっている。またバラ

ンス材よりも Si 過剰材における GP ゾーンの密度が、

同一条件の熱処理条件下では常に高くなっている。こ

の観察結果は硬度測定の結果とよく一致しており、GP

ゾーンの密度が高くなるほど硬度も高くなる。興味あ

る点は同じ2段時効でも、室温で予備時効された試料

では GP ゾーンの密度が1段時効された試料よりも低

くなるのに、70°C で時効された試料では逆に1段時

効されたものよりも GP ゾーンの密度が増えることで

ある。3次元アトムプローブの結果では室温時効され

た試料では Mg-Si の複合クラスターが、また 70°C で

予備時効された試料では GP ゾーンが形成されている

ことが確認されたが、いずれも Mg:Si 原子比が 1:1 程

度の原子の集合体である。複合クラスターと GP ゾー

ンの違いは、前者が電子顕微鏡でコントラストを形成

しないのに対し、後者が TEM 像で明瞭なコントラス

トを示すことである。両者はいずれも Mg と Si 原子

の集合体であるが、クラスターよりも GP ゾーンの報

が溶質原子密度が高くサイズも大きいので TEM でコ

ントラストを生じる。つまり本質的にはクラスターも

GP ゾーンも差違はなく、溶質濃度とサイズのみが異

なるために熱的安定性に違いがあるだけであると考え

10nm

70°C

予備

時効

+17

5°C

30

min

室温

予備

時効

+17

5°C

30

min

175°

C 3

0 m

in

Al-0.65at.%Mg-0.70at.%Si Al-0.70at.%Mg-0.33at.%Si

図 7 室温時効後、溶体化処理直後、70°C 予備時効後に塗装焼き付けに相当する 175°C 30 min

時効した Al-0.65at.%Mg-0.7at.%Si 合金(Si 過剰合金)と Al-0.70at.%Mg-0.33at.%Si 合

金(バランス材)の電子顕微鏡による明視野像(38)

Page 7: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

7

られる。このような見地にたてば、70 °C の予備時効

で形成される GP ゾーンは 70°C 時効での GP ゾーン

の臨界核よりも大きいために2段目の時効でも安定に

存在でき、このため2段時効により GP ゾーンのサイ

ズが増加すると考えられる。一方で室温時効で形成さ

れるクラスターはサイズが小さいために 175°C におけ

る臨界核サイズよりも小さく、175°C の人工時効温度

に加熱された瞬間にクラスターは再固溶(復元)して

しまうと考えられる。クラスターが再固溶するときに

は焼き入れ空孔も消滅すると考えられ、その後の

175°C での時効析出は1段時効で同一の温度での時効

を行う場合の析出のキネティクスよりも遅くなると考

えられる。これが室温時効により人工時効による時効

硬化性が悪くなる負の時効硬化現象の原因と考えられ

る。

塗装焼き付けは 30 min という比較的短時間の時効

であるが、Al-Mg-Si 合金をさらに長時間時効するとβ″という<001>方向に伸びた針状の析出物が形成される(30)。GP ゾーンとβ″が共存しているときに、両者を判

別するのは1次元アトムプローブでは困難である。こ

れに対し、3次元アトムプローブでは析出物の形状を

濃度マップで識別でき、それぞれの析出物が GP ゾー

ンであるのか、β″であるのかを容易に識別することが

できる。その一例を図 8 に示す。このようにして各析

出物を Si 過剰材とバランス材について詳細に解析し

た結果、GP ゾーンもβ″も析出物中の Mg:Si 比が合金

組成比にほぼ一致することが分かった。つまりバラン

ス材中のGPゾーンと β″のMg:Si比は2:1であり、Mg2Si

に近い。一方で、Si 過剰材では GP ゾーンとβ″の Mg:Si

比は 1:1 であり、合金中の Mg:Si 比に近い。このこと

から、クラスターや GP ゾーンのような準安定相の原

子比は過飽和固溶体中の溶質濃度の数で決まり、必ず

しも安定相の化学量論組成を取らないと結論できる。

このため、Si 過剰組成の合金では Mg:Si 組成比が 1:1

のクラスターや GP ゾーンが形成されるので、それら

の密度は Si 濃度に大きく依存する。このように時効

初期の GP ゾーンや準安定相が母合金の組成により大

きく変化することは最近の3次元アトムプローブによ

る Al-Zn-Mg 合金中の GP ゾーンやη′の分析結果でも

見いだされている(39)。

4. Al-Cu-Mg 合金における特異な時効硬化現象

 α + S (Al2CuMg) 2相領域組成の Al-Cu-Mg 合金

は航空機用材料として多用されている 2000 系アルミ

ニウム合金の基本系である。この合金を 150 - 200°C

の温度領域で時効すると、図 9 に示されるように 1 min

以下の短時間で急速に硬化し、その後ほとんど時効硬

化が進行しないプラトー領域があらわれる (40)(41)。さら

に長時間(150°C で約 100 h)経過してから再度時効

硬化が始まり、約 500 h でピーク硬さに到達する。急

130

120

110

100

90

80

70

60

50

150°C

200°C

Hv

時効時間 / min

101 10 10 10 102 53 4

図 9 Al-1.7at.%Mg-1.1at.%Cu 合金の時効硬化曲線。

破線は急速時効硬化後に 5%の歪みを加えて時

効した試料の硬度曲線(50)

Mg

Si

β”

GP zone

~100nm

~14

nm

[001]

[010]

図 8 70°C で 16 h 予備時効後、175°C で 10 h 時効された Al-0.65at.%Mg-0.70at.%Si 合金の

3次元アトムプローブによる元素マップ(38)

Page 8: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

8

速時効硬化による硬化の割合はピーク硬さの約 65%で

あり、このような急激な硬化が短時間に起こるメカニ

ズムはあきらかではない。1960 年の Silcok による X

線回折の研究によると(42)、この合金系の析出過程は

過飽和固溶体 à GPB ゾーン à S′ à S

とされていたが、最近の Gupta ら(43)や Radmilovic

ら(44)、Ringer ら(45)の電子顕微鏡による研究によると S′と S の間には明確な構造上の違いはなく、S ′相は単

に S 相として扱われている。これまで析出初期時効の

急速硬化現象は電気抵抗測定や熱分析結果によりGPB

ゾーンの形成による析出硬化が原因であるとされてき

たが(41)(46)、この段階では電子顕微鏡では析出物の存在

を示唆するコントラストは全く観察されない。Ringer

らは1次元アトムプローブ分析の結果から Cu-Mg 複

合クラスターが短時間時効後に形成され、このような

クラスターの形成が時効初期での急速硬化の原因であ

るとしたが(47)、1次元アトムプローブのデーターでは

必ずしもクラスターの存在は明らかではなかった。こ

れに対して Zahara らは熱分析結果を根拠として、時

効初期の急速硬化は従来通り GPB ゾーンの形成によ

ると結論づけているが(48)、そのような GP ゾーンは電

子顕微鏡的には全く観察されていない。また Ratchev

らは(49)電子顕微鏡観察の結果から S″相(本稿では S

相と記述)が時効初期に転位ループに不均一析出し、

これとマトリクス内で進行する GPB ゾーンまたは溶

質クラスターの形成が時効初期の急速硬化の原因であ

るとしている。このように微細組織に大きな変化があ

らわれないのにピーク硬さの 60%以上の硬化がわずか

1 min 以内で進行する特異な時効硬化現象は学問的に

非常に興味ある研究対象である。また、このような急

速硬化現象を利用すれば短時間で時効プロセスを行う

ことができ、焼き付け塗装などの比較的短時間に硬化

させなければならないような用途への応用が考えられ、

実用的にも興味ある現象である。

 従来の1次元アトムプローブでクラスター形成

や GPB ゾーンが明瞭にとらえらなかったことから(45)(47)、最近我々は3次元アトムプローブを用いて、再

度 Al-Cu-Mg 合金における微細組織変化を特に時効硬

化特性と関連づけながら観察した(50)。150°C 時効では

最長 500 h 時効を行った後でも Al-1.7Mg-1.1Cu(at.%)

~ 2 0 n m

[00

1] A

l

~6

× 6

nm

( a ) 1 m i n

~8

× 8

nm

~ 2 7 n m

[00

1] A

l( c ) 4 8 0 m i n~ 2 0 n m

[00

1] A

l

~6

× 6

nm

( b ) 6 0 m i n

Al Mg Cu

図 10 200°C で (a) 1 min, (b) 60 min, (c) 480 min 時効された Al-1.7at.%Mg-1.1at.%Cu 合金の3

次元アトムプローブによる元素マップ(50)

Page 9: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

9

合金のマトリクス中には溶質原子の分布に変化が検出

されなかった。多くのアルミニウム合金で凍結空孔の

存在により急速に形成される GP ゾーンが、Al-Cu-Mg

合金に限って 150°C で 500 h 時効後でも析出しないの

は特異であるといえる。200°C では急速硬化の完了す

る 1 min 時効後でも図 10(a)に示されるように母相内

では溶質原子の分布は均一であり、溶質クラスターや

析出物は全く観察されなかった。Cu-Mg の複合クラ

スターが検出されたのは図 10(b)に示されるように

200°C で 60 min 時効後であり、これは2段硬化が始

まる時間に相当する。GPB ゾーンはピーク硬さの達

成される 480 min 時効後にようやく観察された(図

10(c))。GPB ゾーン中の Cu および Mg 濃度はそれぞ

れ約 6 at.%と 10 at.%であり、その比は合金組成の比

に近い。Al-Mg-Si 合金や Al-Zn-Mg 合金でも GP ゾー

ン中の溶質の濃度比が合金組成のそれに近いことが示

されており (36)(37)、GP ゾーンのような明確な構造を持

たない原子の集合体ではその組成は合金中の溶質のバ

ランスを保つように決定されることを示唆している。

また GPB ゾーンは従来から知られていたように<001>

方向に沿った棒状の形状を有しており、それが図 10 (c)

に示されるように3次元アトムプローブでも再現され

ている。このように GPB ゾーンが母相中に存在して

いれば3次元アトムプローブで明瞭に観察される。以

上の結果から Al-Cu-Mg 合金で観察される急速時効硬

化は溶質クラスターや GPB ゾーンの形成によるもの

ではないと結論される。

3次元アトムプローブでは 200°C 1 min の時効で

は母相中の溶質原子の分布に差違は見いだされなかっ

たが、電子顕微鏡で唯一検出された微細組織変化は図

11 に示されるように転位にそって S 相が不均一析出

していることである。このことから、200°C での急速

時効硬化は S 相の転位への不均一析出となんらかの関

係があると考えられる。ところが同様に急速硬化の観

察される 150°C では、1 min 時効後に S 相の不均一

析出は観察されず、転位での不均一析出が起こらなく

ても急速時効硬化は起こっていることになる。150 °C

でも 5 min 時効すると転位線に沿って S 相の不均一析

出が観察されるが、急速時効硬化の完了する 1 min と

いう時効時間後の試料では高分解能電子顕微鏡によっ

ても析出物の存在は確認されなかった。このことから、

急速硬化現象を説明するためには、S 相による転位の

ピニング以外のメカニズムを考えなければならない。

上述のようにアトムプローブでも高分解能電子顕

微鏡観察でも 150°C 1min 時効後には母相中には組織

変化は全く観察されない。したがって、析出物やクラ

スターの形成が急速硬化の原因である可能性はない。

とすればこれらの手法で検出できない何らかの変化が

1 min という短時間時効で進行している筈である。図

9 には 150°C で急速硬化が終了した試料に 6%の圧延

加工を加えて再度 150°C で時効したときの硬度変化を

破線で示した。塑性加工を加えない場合には、硬度変

化は急速硬化後にプラトー領域に達して上昇は全く見

られないのに対して、塑性加工を加えた場合には硬度

上昇分は少ないものの、再度急速硬化が観察される。

このことから、Al-Cu-Mg 合金にみられる急速硬化は

鉄鋼材料の歪み時効のように転位と溶質の相互作用に

起因して起こる現象であると考えられる。

Al-Cu-Mg 合金では溶体化処理後焼き入れにより空

孔の消滅による多数の転位ループが形成される。塑性

変形はこれらの転位の運動によっておこると考えられ

るが、溶質原子が転位に偏析して雰囲気をつくると、

転位と溶質原子との相互作用により転位は固着される。

150°C 1 min の時効で溶質原子が転位へ偏析したとし

ても、これらはアトムプローブでも電子顕微鏡でも検

出されない筈である。ピーク硬さ状態まで時効された

試料では S 相が不均一析出している転位の周辺で GP

ゾーンが析出していない析出物枯渇帯(precipitate free

zone)がみられるが、このことから転位の周辺では溶

質原子または空孔の枯渇が生じていることが分かる。

時効初期に溶質原子が空孔と結びついて高速に拡散し

転位にトラップさえると考えると、S 相が転位に短時

間で不均一析出することを説明することができる。特

に焼き入れ直後は凍結空孔が多量に存在しておりそれ

と結びついた溶質原子は短時間で転位に拡散すること

ができるが、転位は同時に空孔の消滅サイト(sink)と

して作用するために、母相中の過剰空孔は短時間で消

滅してしまう。通常アルミニウム合金の GP ゾーンの

析出は非常に早く起こり、Al-Ag や Al-Zn 合金では焼

き入れ直後にすでに GP ゾーンが形成していることは

良く知られている。ところが Al-Cu-Mg 合金ではマト

リクス中での GPB ゾーンの形成には非常に長時間を

要する(150°C で 100 h 以上)。このような GPB ゾー

ンの生成の異常な遅れは、溶体化処理直後に存在して

いた凍結空孔が時効初期に転位で消滅してしまったた

3 nm

図 11 200°C で 1 min 時 効 さ れ た Al-1.7at.%Mg-

1.1at.%Cu 合金の高分解能電子顕微鏡像(50)

Page 10: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

10

めと考えれば合理的に説明できる。空孔が Mg または

Cu をともなって転位に拡散すると、短時間で転位に

溶質原子が偏析することになり、これが転位との化学

的相互作用により転位の運動を阻害し急速時効硬化が

あらわれると解釈される。転位周辺で溶質原子濃度が

高くなっていることはアトムプローブをもってしても

その実験的証明は容易ではない。しかしアトムプロー

ブならびに高分解能電子顕微鏡により、急速硬化現象

が終了した時点では組織的な変化が全く観察されない

こと、さらにその後 S 相が転位に比較的短時間で不均

一析出することと、急速硬化後の試料に塑性加工をく

わえることで急速時効が再度あらわれることから総合

的に判断すると Al-Cu-Mg 合金の急速硬化は転位と溶

質の化学的相互作用が原因であると考えるのが合理的

である。

5.おわりに

異相析出の核生成は金属組織学における古典的な

研究課題であるが、時効初期の核生成に関する議論は

はこれまで構造的な観点からのアプローチが重視され

てきたように思える。微量添加元素が核生成に及ぼす

影響を理解しようとするとき、構造的なアプローチだ

けでは解答を出すことができないのは明らかである。

しかし従来の解析手法では核生成段階にある微細析出

物の化学組成を定量的に評価することが困難であった

ので、核の組成を真剣に考慮して議論されたことがあ

まりなかったように思われる。

3次元アトムプローブは金属材料中の原子の分布

をサブナノメータースケールで実空間中にマッピング

可能な唯一の手法である。これまでアルミニウム合金

中の時効初期における溶質原子クラスターや GP ゾー

ンは1次元アトムプローブでかなり研究されてきてお

り、時効析出初期における溶質原子の挙動に関して、

電子顕微鏡法などの汎用的手法では得られなかったよ

うなユニークな情報を提供してきた。しかし、従来型

のアトムプローブではクラスターや析出物の形態をと

らえることができなかったために、溶質クラスターの

存在自体を検出することができても、それがどのよう

な形態で形成されているのか、また準安定相の核生成

とどのように係わっているのかに明確な解答をあたえ

ることができなかった。本稿で示したように、3次元

アトムプローブではクラスターや析出物の組成に関す

る定量的な情報を析出物の形態に関する情報とともに

得ることができるので、微量元素が核生成に及ぼす影

響、時効析出の前駆段階にあらわれるクラスター形成

過程などを研究するためには最適の手法といえる。た

だし、アトムプローブでは構造に関する情報を得るこ

とができないために、構造、組成の両面をとらえて組

織形成過程を正確にとらえるためには電子顕微鏡との

併用が不可欠である。またアルミニウム合金の時効析

出のキネティクスに大きな影響をあたえるのは、単に

溶質のクラスター挙動だけでなく、空孔の挙動、さら

には空孔と溶質の相互作用が重要な役割を果たすと考

えられている。3次元アトムプローブによる溶質原子

のクラスター挙動はかなりのレベルで分かるようにな

ってきたが、空孔の挙動に関してはまったく情報が得

られないので、陽電子消滅実験などで得られる空孔に

関する情報とアトムプローブによる溶質原子に関する

情報を総合することにより、アルミニウム合金の時効

析出という古典的な冶金学的問題に新鮮な知見を与え

ることができるであろう。

謝辞本稿で紹介した研究の一部は L. Reich, S. P. Ringer 各

氏との共同研究であることを記して謝意を表する。ま

た草稿に適格なコメントを頂いた京大沼倉宏助教授に

感謝する。

文   献

(1) K. Osamura, T. Nakamura, A. Kobayashi, T.Hashizume and T. Sakurai, Acta metall. 34 (1986),1563.

(2) K. Hono, T. Hashizume, Y. Hasegawa, K. Hirano andT. Sakurai, Scripta metall. 20 (1986), 487.

(3) K. Hono, T. Sakurai, and H. W. Pickering, Metal.Trans. A, 20A, 1585-1591 (1989).

(4) S. S. Brenner, J. Kowalik and H. Ming-Jian, Surf. Sci.246 (1991), 210.

(5) S. S. Babu, K. Hono, R. Okano and T. Sakurai, Appl.Surf. Sci. 67 (1993), 361.

(6) A. Cerezo, T. J. Godfrey and G. D. W. Smith, Rev.Sci. Instrum. 59 (1988), 862.

(7) D. Blavette, B. Deconihout, A. Bostel, J. M. Sarrau, M.Bouet and A. menand, Rev. Sci. Instrum, 64 (1993),2911.

(8) S. J. Sijbrandij, A. Cerezo, T. J. Godfrey, G. D. W.Smith, Appl. Surf. Sci. 94/95 (1996), 428.

(9) B. Deconihout, P. Gerard, M. Bouet and A. Bostel,Appl. Surf. Sci. 94/95 (1996), 422.

(10) A. Cerezo, D. Gibuoin, S. Kim, S. J. Sijbrandij, F. M.Venker, P. J. Warren, J. Wilde and G. D. W. Smith, J.de Phys. IV, C5, Vol. 6 (1996), C5-205.

(11) 宝野和博、岡野竜、桜井利夫:まてりあ 34 (1995),

578.

(12) 宝野和博:まてりあ 35 (1996), 267.

(13) K. Hono, T. Satoh and K-I. Hirano, Phil. Mag. A, 53(1986), 495.

(14) A. Bigot, F. Danoix, P. Auger, D. Blavette and A.Menand, Appl. Surf. Sci. 94/95 (1996), 261.

(15) I. J. Polmear and J. T. Vietz, Inst. Metals, 94 (1966),410.

(16) I. J. Polmear and M. J. Couper, Metall. Trans., 19A(1988), 1027.

(17) J. R. Pickens, F. H. Heubaum, L. S. Kramer, ScriptaMetall. Mater. 24 (1990), 457.

(18) J. A. Taylor, B. A. Parker and I. J. Polmer, J. MetalsSci., 12, 478 (1978).

(19) S. Abis, P. Mengucci and G. Riontino, Phil. Mag. B,67 (1993), 465.

Page 11: アルミニウム合金における溶質クラスターの形成 と …過飽和固溶体 à GPゾーン à θ″ à θ′ à θ というように、種々の準安定相を経て平衡相θ

まてりあ 第 38 巻 (1999) 印刷中

11

(20) A. K. Mukhopadhyay, Mater. Trans. JIM, 38 (1997),478.

(21) 崔 、伊藤吾郎、菅野幹広:日本金属学会誌 5

(1995), 492.

(22) K. Hono, T. Sakurai and I. J. Polmear, Scripta metall.

mater., 30 (1994), 695.

(23) S. P. Ringer, K. Hono, I. J. Polmear and T. Sakurai,

Acta mater., 44 (1996), 1883.

(24) K. Hono, N. Sano, S. S. Babu, R. Okano and T.

Sakurai, Acta mater., 41 (1993), 829.

(25) L. Reich, M. Murayama and K. Hono, Acta mater. 46

(1998), 6053.

(26) I. S. Suh and J. K. Park, Scripta Metall. Mater., 33

(1995), 205.

(27) A. Garg and J. M. Howe, Acta metall. mater., 39

(1991), 1925.

(28) C. Laird and H. I. Aaronson, Acta Metall., 14 (1966),

171.

(29) L. Reich, M. Murayama and K. Hono, Proc. 6th Inter.

Conf. Aluminum Alloys (ICAA-6), Toyohashi, Japan,

July 5-10, 1998, eds. T. Sato, S. Kumai, T. Kobayashi

and Y. Murakami, Japan Inst. Light Metals, pp. 645.

(30) D. W. Pashley, J. W. Rhodes and A. Sendorek, J. Inst.

Metals, 94 (1966), 41.

(31) D. W. Pashley, M. H. Jacobs and J. T. Vietz, Phil.

Mag. 16 (1967), 2590.

(32) G. Thomas, J. Inst. Metals, 90 (1961), 57.

(33) S. Ceresara, E. Dirusso, P. Fiorini, A. Giarda, Mater.

Sci. Eng., 5 (1969/70), 220.

(34) I. Dutta and S. M. Allen, J. Mater. Sci. Lett., 10

(1991), 323.

(35) G. A. Edwards, K. Stiller, G. L. Dunlop and M. J.

Couper, Acta mater. 46 (1998), 3893.

(36) M. Murayama, K. Hono, M. Saga and M. Kikuchi,

Mater. Sci. Eng. A250 (1998), 127.

(37) M. Murayama and K. Hono, Proc. 6th Inter. Conf.

Aluminum Alloys (ICAA-6), Toyohashi, Japan, July

5-10, 1998, eds. T. Sato, S. Kumai, T. Kobayashi and

Y. Murakami, Japan Inst. Light Metals, pp. 837.

(38) M. Murayama and K. Hono, Acta mater. 47 (1999),

1537.

(39) S. K. Maloney, K. Hono, I. J. Polmear and S. P.

Ringer, Scripta mater. (1999), in press.

(40) H. K. Hardy, J. Inst. Metals, 83 (1954-55), 17.

(41) J. T. Vietz and I. J. Polmear, J. Inst. Met., 94 (1966),

410.

(42) J. M. Silcock, J. Inst. Metals, 89 (1960-61), 203.

(43) A. K. Gupta, P. Gaunt and M. C. Chaturvedi, Phil.

Mag. A, 55 (1987), 375.

(44) V. Radmilovic, G. Thomas, G. J. Shiflet, and E. A.

Starke, Scripta mater., 23 (1989), 1141.

(45) S. P. Ringer, T. Sakurai and I. J. Polmear, Acta mater.,

45 (1997), 3731.

(46) 高橋恒夫、里達夫:軽金属学会誌、35 (1985), 41.

(47) S. P. Ringer, K. Hono, T. Sakurai and I. J. Polmear,

Scripta Mater., 36 (1997), 517.

(48) A. M. Zahra, C. Y. Zahra, C. Alfonso and A. Charai,

Scripta mater., 39 (1998), 1553.

(49) P. Ratchev, B. Verlinden, P. de Smet and P. van

Houtte, Acta mater. 46 (1998), 3523.

(50) L. Reich, S. P. Ringer and K. Hono, Phil. Mag. Lett.

(1999) in press.