グローバル社会で求められる人材とは ·...
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いるようです。 さて、今の世界を取り巻く状況を表す「VUCA(ヴカ)」という言葉があります。これは、最初のVは「Volatile」、
「振れ幅が激しい」という意味で、Uは「不確実性」の「Uncertain」。Cは「複雑」の「Complex」、そして、「曖昧」を意味する「Ambiguous」の頭文字を続けたものです。これは、アメリカ国防省が使う言葉ですが、この
「ヴカ」こそが、今の世界の状況を一言で表しているのだと思います。そして、これを乗り越えるためには、
「Resilience(しなやかなしたたかさ)」が必要である、というようなメッセージがダボス会議などへ行くとよく聞かれたりします。また、現在日本では少子化が大変深刻な問題になっていますが、数が減ってくる若い世代に、どのようにやる気を出させて、外に向かって羽ばたかせるか、これが今の日本の課題と言えます。日本という温かい寝床のような環境から勇気を持って外へ飛び出す若者を増やすためにも、海外へ出ることの面白さや醍醐味を経験者が次の世代に伝えていく必要があります。
企業におけるグローバル人材の育成
企業にて、日本でグローバルな人材を育てるために、ポテンシャルのある若者を採用して育てるケースが増えてきました。そこで、我が社における取り組みをご紹介します。
1950年から2000年まで、三菱商事は、10年毎に歴史を経てきました。1950年当時、総合商社は「Trading company」と呼ばれていました。商社斜陽論が唱えられた高度成長期を経て、オイルショックが到来。商社が批判されたりもしました。1980年のバブル経済期には、商社は冬の時代となり、1990年代には「Middleman will die」、中間業者はいらないと言われ、2000年以降はグローバリゼーションとフロンティアの拡大ということで、総合商社はビジネスモデルを常に変えてやってきました。今ではトレーディング・プロフィットが2、 3割、
まず、日本の若者の海外志向の傾向ということからお話したいと思います。現在、アメリカへの日本人留学生の数が減ってきておりますが、1997年当時は、アメリカへの留学生を国別に見ると日本がトップで5万人の留学生がいました。2013年度には日本人は2万人を切りました。ちなみに中国からの留学生は、日本の10倍以上である23万人を超えています。日本から海外の大学など、高等教育機関へ留学する学生の数も減ってきています。やはり、これには国際社会における日本の存在感の低下が挙げられるでしょう。ただ現在、2011年の5万7千人が2012年から少し増加して6万人になっているので、ここへ来て日本の若い世代にも意識改革が起きて
グローバル社会で求められる人材とは
小島 順彦 氏
三菱商事株式会社 取締役会長一般社団法人日本経済団体連合会 副会長
日本の存在感低下の危機感
基調講演
第一部
1965年三菱商事に入社。サウジアラビアのオラヤン・サウジ・ホールディングス出向や、米国三菱商事会社(ニューヨーク)勤務などの海外駐在歴を持つ。2011 年日本経済団体連合会副会長に就任。同年開催のダボス会議年次総会では共同議長を務めた。
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インベストメント・プロフィットが7、 8割を占めています。しかし、Investment bankerになった訳ではなく、
「 Invest not only money, but also human resourc es」としての事業投資であり、連結事業会社を作り、その会社に人材を送り込み、企業価値をいかに上げていくかということに注力しているのです。今、我が社には連結事業会社が600社あり、この600社に200人以上のCEO、80人以上のCFOを送り込んで、企業価値を上げています。つまり、今、商社の仕事はトレーディングというよりも、いかに経営者を育てるかがビジネスになっているのです。そのために色々と人材育成を行っています。外部環境の変化にスピード感を持って対応し、グローバルな競争に勝つ、「強い事業」を牽引できる人材を、職場における計画的なOJTを主体として育成する。これに加えてOFF-JTをさらに強化することで、「想定力」
「創出力」の向上を図る。こうした理念のもと、想定力、創出力、そして強い事業を牽引できる人材を育てる教育を行っています。
次に我が社の3つのグローバルトレーニー制度についてお話をします。ひとつ目は2008年に作られた、このグローバルトレーニー制度ですが、事業のグローバル展開に対応し、人材面でのグローバル競争力を強化するために打ち出されたもので、入社8年目までに全員一度は海外経験を積み、全社施策として、海外での実務研修・語学研修等、若手の海外派遣施策を拡充するというものです。このグローバルトレーニー制度では、まず30歳前までにハードシップの高い海外に社員を送り込みます。例えば、カンボジアに行ってその国の言葉を覚え、友人・知人を作ってネットワークを作ってこいと言って送り出している。すると、行った者は苦労して帰ってきた後、こんな経験をしたと逞しくなって報告してくる。20代のうちにこのような経験を通して人材育成をすることで、このグローバルトレーニー制度は続いています。2013年度は、109名が世界全地域に派遣されました。
2つ目は1958年から始まった語学研修で、既に650人が色々な地域で語学研修をしています。今一番多い語学研修生は、中国語です。これは、1~2年間の語学研修と共に実務も研修してくるものです。
3つ目は、1970年から始まったビジネス・スクールへ
の派遣です。これは、1~2年間派遣するもので、230名程度が出ています。現在、トレーニーの110名、語学研修の15名、そしてビジネス・スクールの10名のトータル135名が海外派遣されていますが、いかに彼らにその体験をビジネスに活かしてもらうかということです。
もう1つ、海外拠点や事業投資先の優秀人材を受け入れることも企業にとっては重要です。我々は海外に大体90カ国、200のオフィスを持ち、600社の連結事業会社のうち海外にある事業会社も多くあります。現地で採用した社員にも優秀な人材が多いことから、グローバル人材の育成を考えた時に、彼らとのコミュニケーションも、我々には重要であることがわかりました。またグローバル化に向けて経験豊富な学生を積極的に採用することも必要です。例えば、留学生プログラムであるUWCの経験者も社員になっており、青年海外協力隊の経験者も採用対象になっています。また、アフリカのODAでプロジェクトをやっているときに、JICAの青年海外協力隊と話すチャンスがありました。貴重な経験を積んだ彼らと話をすると、アフリカに進出する時にこういった人々とコミュニケーションを取る必要があることがわかり、我が社でも5人の海外協力隊の経験者を採用しました。そのうち2名は本店の正社員です。やはり海外で経験を積んだ人は、貴重な人材になりえるのです。
企業及び産業界が果たすべき役割
グローバル人材というと、まずは英語教育ということになりますが、私の場合は、最初の任地のサウジアラビアで英語を学びました。多国籍の人が集まるサウジアラビアでは、仕事をするなら共通語は英語になるのです。実は私は、海外で仕事がしたくて商社に入ったのに、30代後半までは国内ばかりでした。そして、37歳の時に派遣されたのがサウジアラビアの会社だったのです。アラビア語も、イスラム教のこともわからなくて、何ができるのだろうと思ったのですが、24カ国から従業員が500人も集まると、世界にはこんなにも色々な英語があるということに気付いたのです。例えば、RとLの区別を付ける人はあまりいないし、三人称の現在形に“s”をつけることや現在完了や過去完了を知らずにしゃべる人も多い。とにかく大切なことは、そんな英語でもどん
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どん話すということ。当時、週に1度の経営会議に出席していたのですが、そこで臆せず議論をする。そうすると、次第に私の意見が聞きたいと言われるようになり、自分の意見はこうだ、あの意見は間違っているなどと発言できるようになってきたのです。
それで、私の英語三原則を 1)日本人として流暢な英語を話す必要はない。 2)英語が話せるからといって良いビジネスマンとは限らない。 3)下手な英語でもいいから意見を言うこと、としました。もちろん、英語は上手ければそれに越したことはないのですが、日本人は、流暢な英語を耳にすると落ち込んで言いたいことが言えないものです。また、日本人は違った意見や考え方の人とコミュニケーションが出来ない傾向もあります。例えば、議論が合わないと、お前とは二度と酒を飲まないという風になり議論と感情が一緒になる。これが国際社会ではだめなわけで、自分の意見を言い、かつ、多様性を受容する必要があるのです。例えば、日本に住んでいるのは、大半が日本人ですが、アメリカではアメリカ人が3分の1で残りは色々な国籍の人がいるわけです。そんな環境で育つと、色々な事を色々な人と話すということに慣れてくる。これがすごく大事です。
サウジの次はニューヨークに駐在しました。このときは40代で、1985年の頃。日本は「Japan as No. 1」と言われるほど調子が良く、アメリカは調子がよくなかったのです。だから、優秀なアメリカ人学生がニューヨークオフィスに入ってきました。私が部長の時の部下は、1人がハーバード、2人がスタンフォード大でした。この時、もし、サウジでの経験がなかったら、彼らのレポー
トに全部サインをしていたと思うのですが、サウジの経験があるから呼びつけて自分の意見をぶつけたりしました。すると、この人は意見を持っている日本人だと認識されて仲良くなり、今でもアメリカに行くと彼らと食事をすることもあります。やはりここでも、多様性を認め合うことが大切だということがわかると思います。この時、もうひとつ学んだこと、それは、娘2人を日本人のいない学校に入れたのですが、上の中学2年の娘はとても苦労し、小学校5年の下の娘は1年半で英語を話せるようになりました。長女の方は、実に3年かかりました。なぜかというと、最初に日本で英語教育を受けたからです。やはり、英語は、辞書を引きながら教科書を読むことで教わるからです。だから、それをやめさせました。英語は耳で聞き口で話すものですが、下の子はこの方法ですぐに英語が話せるようになった。その後、長女も英語は話せるようになり、3年後には2人から、私の英語はおかしいと言われるようになりました。2人の娘はTVを見て笑うのだけど、私は何がおかしいのかわからない。やっぱり、言葉は現場で学ぶことが大切なのです。
グローバル人材の定義
年に1回、スイスのダボスで開催される「World Economic Forum」という国際会議のことを「ダボス会議」と呼んでいます。私も何年か通っていますが、ここでも世界から2千人が集まって議論をします。この会議はクラウス・シュワブという人が議長をやっていて、私もCo-chair、共同議長を何回かやっていますが、やはり大変勉強になります。このフォーラムはダボスだけではなく、中国の大連と天津で毎年サマー・ダボスとして開催され、最近ではこの東アジア版、中東版、去年からはインド版も始まりました。インドでも私は共同議長を務めたのですが、人々と議論をするのはいい経験になっています。これらのことからグローバル人材の定義について述べますと、要するに自分の意見を持ち、国際的な舞台でも物怖じせずに議論と主張が出来る人材、そしてコミュニケーションを通じて世界の人々との信頼関係を築ける人のことといえます。一方で、自国の文化や歴史に明るく、それらを説明出来ることも必要です。また人、社会、国や世界など公共のために尽くす意識を中学生くらいの教育現場で教える必要もあります。将来のグロー
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バルな人材を育てるためには、英語を徹底的に訓練するよりも、日本の歴史や文化、また、人に尽くす志の教育をする。そして、討論の授業を中学からやった方がいい。これは、英語ではなく日本語でいいと思います。中学生の娘から、「湾岸戦争というテーマでディベートの授業があり、クラスが反対派と賛成派に分かれることになる。自分は各々の立場でどういう議論をしたらいい?」と聞かれたときに、私も何と返事をしたらいいのかわからなかったのですが、この類の論理構築の授業が中学からあることで、後々は英語にも役立つはずです。ただ、このディベートを日本語でも教えられる教師を育てることが先になりますが、このようなことも今後は必要になるでしょう。
産業界として貢献できる具体策
まずは企業として若者が海外に出て行くチャンスを増やすことが重要です。現在、「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」という文科省のプログラムを企業と政府がファンドを作って支援し、去年から一期生の約300名が60カ国に留学して、既に約90人が帰国しています。先日、第2期の256人が46カ国へ留学するということで、壮行会でスピーチをしてきました。やはり、政府と企業が一緒になり若者の海外留学を支えることは大事です。ちなみに、我が社は韓国のソウルに約80人の韓国の社員がいますが、この半分以上が、子供をアメリカで勉強させているのです。韓国は留学資金を政府がサポートしているのですが、この「トビタテ!留学JAPAN」のプログラムもこれに似たものです。この制度は、政府と企業が共に次世代の日本を考えて行動を起こすという1つの見本です。
また社会人が講師として教育現場へ出ていく、という取り組みもあります。例えば、土曜日は社会人教育の日にしたらどうでしょうか。文科省が推進している「土曜日教育ボランティア」という活動は、現役の企業関係者や公務員がボランティアとして参加し、社会総がかりで教育を実現することを目指したものです。この趣旨に賛同し、我が社でも社員を講師とする「出前授業」の実施に向けた取り組みを開始しました。今、60歳を過ぎた社会人には時間があります。そんな彼らの中で、将来の
日本に懸念を持つ人が中学や高校へ行って、苦労話なども含めて話すと、若者は興味を持って聞いてくれるのではないでしょうか。私も1、 2回、そういう講演をしたことがありますが、サウジアラビアの体験などを話すと、大変興味を持って聞いてくれました。今、中高生の子供を持つ親は、将来はいい大学、そしていい企業へ就職させて子供たちには楽な人生を送らせたいと思っているはずです。けれども、中学、高校で、現実の社会とはこういうものなのだということを社会人が教える場があってもいいと思うのです。これも文科省と話しているうちに、このようなプログラムを採用する学校が増えてきたと聞き、いい方向へ進んでいると思いました。こうした社会人教育の日には、生徒だけでなく、教師と両親も招くといいでしょう。そして、今後の教育や世界について社会人が教師や両親に向けて語り、皆で議論する。そんな機会も設けたらいいのではないかと思います。また「ABIC
(国際社会貢献センター)」という商社のOBが集まる会がありますが、現在約2500名が会員登録しています。海外経験の豊富な人々が教育現場へ講師として出向くために登録しているわけですが、その数も増えてきているということです。これはすごくいいことだと思います。この他にも愛知県に海陽学園という中高一貫の学校がありますが、そこでは学生は家族から離れて6年間、全寮制で議論をする教育スタイルを学びます。各企業も、海陽学園へ人材を派遣し、一緒に寮に住んで、人材育成に協力しているというケースですが、これもいい試みだと
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思います。
産業界と教育界でもいい試みがあります。文科省では「教員の民間企業研修」ということを行っており、弊社も2000年より毎年、先生方を受け入れております。1週間くらい参加してもらって、企業活動への認識を深めてもらうものです。我が社も夏休みの時期などに先生方に会社に来てもらい、仕事現場を見てもらい、最終日には先生方と我々も一緒に議論をする場があります。
産官学:三位一体となり、取り組む
とにかく、産官学が一体のグローバル人材育成が大事です。2020年のオリンピック・パラリンピックの開催は、またとないチャンスです。これからの5年間が勝負。政府も民間企業も一緒になって若い世代を教育するということです。人材派遣の面から言えば、会社のOBなどに参加を仰ぐことも必要でしょう。また、海外からの優秀な人材を惹きつけるための努力も必要です。やはり、海外からの留学生も日本に来て欲しいのです。そのためにも、入学時期やカリキュラムの工夫をする。地方大学も官民との結びつきを強めて、海外大学の日本校設立等を検討することは地方創生にも繋がります。海外の若い世代が日本の若い世代とコミュニケーションを取ることが大事であり、そのためには、外国人留学生の卒業後の日本での就業の支援をしたり、就労VISAなども出す。今、日本の人口減は深刻な問題ですが、海外からの人々の存在も将来的に日本の役に立ってくれると思います。我が社も留学生の奨学金制度を導入して、既に海外からの留学生約1,000名の支援をしています。
日本の良さの再確認とその発信をすることも大切です。東日本大震災の時には、海外のTVが人々が行列で食料を待つ様子や、お年寄りに譲り合いをする様子を放映したことで、日本はいい国だなと思ってくれた海外の人も多く、全部で約160カ国から日本に義援金と支援物資が届きました。2011年には、日本は大変いい国だということで1位だったのですが、現在は順位が若干落ちて50%は好意的で、4位という結果です。一方、日本文化は海外でも受け入れられていますから、若い世代にも日本の文化と歴史を学んでもらう必要があるでしょう。
グローバル人材に重要な5つの“C”
グローバル人材に必要なこととして、私が掲げる「3つのC」を述べます。まず、世界が変化の時代を迎えていることに対する「Curiosity」、好奇心と関心を持つこと。特に商社ですから、世界経済や政治の変化に関心を持つことが大事です。次のCは「Challenge」、その変化にどう挑戦するかということ。この挑戦は、新しいビジネスを作ることや、どのような貢献をするかというチャレンジで、リスクから逃げるのではなくて、変化にどう対応すべきかを考えるチャレンジです。最後に、情報の意思疎通をするための「Communication」、この3つが大事です。特にコミュニケーションで大事なのは、タテヨコのコミュニケーションです。タテは世代を超えたコミュニケーションのことです。今、若い世代の方がIT、例えばiPadやiPhoneなどの使い方はよくわかっています。私の6歳の孫も、ものすごく使い方が上手いわけです。だから、ITに明るい世代とのコミュニケーションはやはり大事と言えます。ただし、この若い世代がFace to Faceのコミュニケーションではなく、ネットだけのコミュニケーションだけを重視するのも心配です。また、ヨコのコミュニケーションは、会社、組織、国境を越えたコミュニケーションのことです。最近では、先の3Cにあと2つのCを加えています。礼儀正しさとしての「Courtesy」。相手の立場を考えながら話すことは、グローバル・コミュニケーションに取って大切です。それから、独自性の「Characteristics」。やはり、個性は大事です。このようにして、若い世代には「5つのC」を伝えるようにしています。このような言葉が皆様のお役に立つことを願っています。