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1 女性向けマーケティングの意義 指導教員名 :水越 康介 准教授 学修番号 08159597 氏名 :島川 結依 枚数 21

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女性向けマーケティングの意義

指導教員名 :水越 康介 准教授 学修番号 :08159597 氏名 :島川 結依 枚数 :21枚

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卒業論文「女性向けマーケティングの意義」

目次

【要旨】 1・序論 2・先行研究:消費者行動論からみる女性の消費行動 2-1.商業的刺激 2-1-1.知覚とマーケティング戦略 2-1-2.関与度と購買行動 2-2.個人的要因 2-2-1.属性とライフスタイル 2-2-2.セルフイメージ

2-3.社会的要因 2-3-1.レファレンスグループ(準拠集団) 2-3-2.社会的役割とライフコース

3・マーケティングにおける女性消費者の在り方

4・事例研究 4-1.パナソニック 電動歯ブラシ「ポケットドルツ」の事例 4-2.任天堂 家庭用据え置き型ゲーム機「Wii」の事例

5・分析と考察 6・まとめ 【参考文献】

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【要旨】

本論文は、女性の消費力、消費行動に対する興味を出発点として、消費者行動論の理論

をもとに女性の消費傾向や特徴的な消費行動を分析した。結果、女性向けマーケティング

や女性を意識したマーケティングを行うことによって、顧客満足、市場の拡大が生まれる

のではないかという問題意識を持ち、二つの事例を取り上げて考察している。 女性消費者が持っている消費に対する感覚を考慮することは、マーケティングにおいて

非常に重要であり、それを理解して女性の性質とニーズの変化に対応したマーケティング

戦略を行うことによって、広い支持を得て多くの人に好まれる製品となり、市場を拡大す

ることができると結論付けている。 1・序論 社会進出を果たしたことによって購買力を増した現代の女性たちは目の肥えた購買者・

消費者であり、消費トレンドを動かす重要な存在と言える。平成 22年における女性の雇用者数は 2,329万人で、雇用者総数の 42.6パーセントを占めており、過去 多を記録してい

る(厚生労働省、『平成 22年版 働く女性の実情』)。また、総務省統計局の『平成 21年全国消費実態調査』によると、平均消費性向(可処分所得に占める消費支出の割合)は、男

性が 72パーセント、女性が 88.4パーセントであり、社会に出て働き、たくさん消費するという女性の“消費好き”な姿、消費における女性のパワーがうかがえる。Silverstein,Sayre(2009)によると、「世界中のさまざまな商品分野における消費のうち、少なくとも 64パーセント以上が女性によるものか、女性の影響を受けたものであり、その割合がはるかに

高い分野も多い。(p.12)」という調査データがあり、ここからもその影響力の強さを知ることができる。 女性たちの消費心理・消費行動を理解して、心をつかむようなアプローチを行うことは、

今や多くの企業にとって不可欠だろう。本論文では、女性消費者の特徴的な消費行動を考

察することにより、マーケティングにおける女性消費者の在り方と市場拡大の関係につい

て探っていきたい。 2・先行研究:消費者行動論からみる女性の消費行動 本章では、いくつかの消費者行動論の理論を取り上げて、女性の消費傾向や特徴的な消

費行動を分析していくこととする。

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消費者行動とは、「消費者がニーズ・ウォンツを満たすために行う選択・購買・使用・処

分のプロセス(平久保、2005、p.16)」である。平久保(2005)は、消費者は常に商業的刺激からの影響を受け、そこに個人的要因や社会的要因が個別的に個人に作用するため人そ

れぞれ異なる消費行動を取ると述べており、消費者行動に影響を与える影響要因を、①商

業的刺激、②個人的要因、③社会的要因の三つに分類している。 以下、この分類に沿って、これらの要因が消費者行動に与える影響と女性消費者との関

係について考察していく。 ① 商業的刺激 …知覚とマーケティング戦略、関与度と購買行動

② 個人的要因 …属性とライフスタイル、セルフイメージ

③ 社会的要因 …レファレンスグループ(準拠集団)、社会的役割とライフコース

2-1.商業的刺激 本節では、消費行動に影響を与えるさまざまな商業的刺激について述べていきたい。

2-1-1.知覚とマーケティング戦略 我々は、日々多くの商業的刺激にさらされている。広告をはじめとして、価格やパッケ

ージ、ディスプレー、店舗、店員、店にいる他の客もそのひとつである。インターネット

の普及、メディアコンテンツの多様化などにより、消費者が目にする商業的刺激、マーケ

ティングメッセージはますます増加し、その数は一日に数千個とも言われている。消費者

はさまざまな媒体から商業的刺激をメッセージとして受け取り、選択・購買行動につなげ

ているが、自分のニーズと無関係なものは排除し、取り入れる情報を意識的・無意識的に

選択することで、この膨大な量の情報を対処しているのである。 このような外部からの情報を、五感を通じて選択的に入手し、商品購入に必要な情報の

意味付けをすることを知覚と呼ぶ(杉本、1997、p.90)。消費者はどのような商業的刺激に反応して消費行動を行っているのか。杉本(1997)は、マーケティング・ミックスとの関連性から検討している(pp.97~103)。 ⅰ)製品 機能での差別化が難しい場合、製品のデザインやパッケージが与える第一印象が消費者

にとって大きな情報となり選択基準となるだろう。消費者の注意を引き、正しくメッセー

ジを伝達することが、購買につなげる上で重要になってくる。平久保(2005)によると、人が受け取るビジュアル情報の 80パーセントは色に関連しているという(p.144)。赤はエ

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ネルギッシュ、白は清潔なイメージ、などといったように色が情報を伝えるのである。こ

のように色によって視覚に訴えたり、タレントの起用やユーモアのある表現を用いたパッ

ケージによってターゲットが関心を持っているトピックとメッセージを結びつけたりする

ことで、消費者に訴えることができる。 ⅱ)価格 主に食品や日用品の価格で、端数を 9や 8にしている価格設定が多く見られる。これは、大限に値引きがされていることを消費者に知覚させ、安くなっているという感覚を増大

させるためである。杉本(1997)は、この端数価格について小嶋による言及を紹介して、「『10,000円』という値段よりも『9,980円』『9,800円』としたほうが、単に 20円、200円安いということ以上に 10,000円という大台を意識させない点で、消費者の心理的抵抗感が少なく買いやすい値段である(p.101)」と述べている。実際にいくら安いのかということよりも、“10,000円をきっている”という感覚に訴えることができるのである。 ⅲ)流通 商品と消費者を効果的に接触させるという意味から、店舗における陳列場所や陳列方法

も購買行動に影響を与える大きな要因となる。消費者ができるだけ長い距離を店舗内で移

動するように陳列棚を配置することで、情報との接触を高めている。コンビニエンススト

アでは、 も売れる飲料の棚を店内の一番奥のスペースに配置することで、消費者はそこ

に向かうまでの間に数多くの商品を目にすることになり、思わず他の商品も購入してしま

う。これは消費者の回遊性を高める戦略のわかりやすい例である。 ⅳ)広告・販促 上記の三つは主に店舗内における商業的刺激の知覚であったが、広告・販促によって事

前に好意的な知覚を形成しておくことで、これらがより効果的な消費者へのメッセージと

なる。テレビ CMや看板などの広告、店頭の POP、パッケージといった要素の連動が重要なのである。これらの刺激や実際の使用経験などが蓄積して徐々にブランドイメージが形

成されていき、消費者はそのブランドイメージによって特定のブランドを他のブランドか

ら区別し、購買行動の基準として利用するようになる。

<女性の買い物の仕方> Underhill(2011)では、女性の買い物について、店に立ち寄った目的が 初はひとつで

あったのに、店舗の環境や状況に影響されてそれが変化する、と述べる女性の発言が取り

上げられている。「目に入るものや音、色なんかで五感が活発になる。歩く速度もゆっくり

になって、周る範囲も広がっていく。脳が刺激されて、歩いているうちに、他の目的もそ

こで片付けられるということを思い出す。時間はかかるし、のんびりしているように思え

るけど、実際には時間を賢く使っているし、一日を振り返ったら、効率よかったな、甲斐

があったな、って思うはず。(p.175)」つまり、その時買う予定ではなかったものを購入してしまう“衝動買い”が、外部からの商業的刺激によって引き起こされているのである。

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衝動買いに関する調査(ハー・ストーリィ、アンケート結果報告「買い物について(2005)」)において、男性は 60.9パーセント、女性は 80.2パーセントの人が衝動買いの経験がある、と回答しており、衝動買いは女性に特徴的な購買行動であると言える。また、同調査で、

ウィンドウショッピングが好きな女性は 80.9パーセントにのぼり、男性の 50.3パーセントを大きく上回っている一方で、購入前に商品を比較・研究する女性は 50.8パーセント、男性は 63.7パーセントという結果が出ており、買い物において男性は研究を楽しみ、女性はモノとの出会いを楽しむ傾向が強いことが分かる。ウィンドウショッピングを好む女性た

ちは、売り場の雰囲気や魅力的な商品、心惹かれる価格設定などの刺激・情報を受け取る

機会が多く、衝動買いの経験の多さにつながっているのではないかと考えることができる。

さらに、衝動買いをしてしまった女性は、その理由として「かわいい、素敵、一目惚れ」

を も多くあげており(ハー・ストーリィ、アンケート結果報告「女性の衝動買いについ

て(2008)」)、必要性・機能性よりも直感的・感覚的な感情が衝動買いの背景にあると言える。

2-1-2.関与度と購買行動 消費者が、特定の商品群やブランドに対してどれほど入れ込んでいるか、その購買の重

要度のことを関与度という。この関与度が低いか高いかによって、情報処理の仕方や刺激

に対する反応が違い、消費行動が異なる。平久保(2005)は、関与度を測るキーワードとして、関心(商品カテゴリーに対する関心)、商品リスク(商品が期待通りに機能しなかっ

た場合の損失とその重要性)、購買リスク(誤った選択をする確率)、愉快感(商品に関わ

る喜び)、自己像(セルフイメージを移す重要度)の五つを挙げている(p.63)。このような側面から考えて、高額の商品や服飾品などは商品リスクや自己像などの点から高関与とな

る場合が多いと考えられる。一方で、洗剤などの日用品は低関与となる場合が多いだろう。 平久保(2005)は、関与度が低い場合と高い場合の購買行動について、脳の働きの違い

と合わせて以下のように述べている(pp.134~135)。 ⅰ)関与度が低い場合の購買行動 関与度が低い商品を選択する際、消費者は刺激に反応しやすくなる。例えば、洗剤を買

いに行き、購入経験のあるブランドやテレビ CMで見たことのあるブランドが並ぶ中で、棚の目立つ位置に置かれた商品のパッケージに書かれている“20パーセント増量”という真っ赤な文字に惹かれて、あるブランドの購入を決定する。このような購買行動をしたこ

とがある人はたくさんいるだろう。この時、各商品を調査、比較して選択するようなこと

はせず、ディスプレーの位置やパッケージなど商品の品質には直接関係のない要因が購買

の引き金となっている。何も考えることなく、目の前に映った商品、パッケージのデザイ

ンという刺激に反応してしまった、ということである。 このような購買行動は「右脳型購買行動」と呼ぶことができ、直感、ひらめき、芸術性、

創造性に優れている右脳の働きによって購買につながったと説明できる。

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ⅱ)関与度が高い場合の購買行動 では、関与度が高い場合の購買行動はどうだろうか。この場合、商品について購買前に

客観的に分析する傾向が強くなる。例えば、テレビを買う時に、事前にインターネットな

どで関連する情報を集め、さまざまな選択肢を比較・検討していくつかの候補に絞ってか

ら店頭に足を運び、さらに店員のアドバイスを受けて、あるブランドの購入を決定する。

これは、綿密な下調べに加えて第三者の意見を聞くなどの情報収集をすることによって、

商品の機能、性能、品質、価格をじっくりと検討した結果の購買である。 このような購買行動は「左脳型購買行動」と呼ぶことができ、論理的思考、言語認識、

計算に優れている左脳の働きによって購買につながったと説明できる。

<男女の脳の違い> 脳のつくりは男女によって異なっている部分があり、それによってものの見方や行動に

違いがある。女性は右脳と左脳のつながりが強いため、感性が鋭く、大量の情報を同時に

処理するマルチタスクが得意である(Brennan、2010、pp.48~50)。前述した衝動買いについても、このような脳の特徴から、さまざまな刺激・情報を受け取りながら当初の目的

以外にもさまざまな事柄を関連付けて買い物ができる女性に多く見られる行動であると説

明できるのではないだろうか。男女の脳の違いは、買い物に対する姿勢や求めるものに違

いを生んでいると考えられる。 Brennan(2010)は、このような脳の性差がビジネスにもたらす影響として、女性は男

性ほど製品の内部構造には興味を持たず、実用的な用途と使う時の環境、そして周囲にど

のような影響をもたらすかに興味を持つと述べている(p.73)。女性は製品の機能やスペックといった左脳的な要素よりも、実際の使用シーンを想像して、どのように役立つのか、

購入することで自分の生活がどのように豊かに彩られるかといった右脳的な要素を重視す

るのである。家電製品や車など、高額で商品リスクが高いため左脳的購買行動をする傾向

が強まる商品でも、デザイン性や美しさに考慮したり、使用環境をイメージしやすいスト

ーリー性のある広告表現を打ち出したりすることによって、女性消費者を取り込むことが

できるのではないだろうか。

2-2.個人的要因 本節では、消費行動を内部から規定・条件付ける個人的な要因について述べていく。

2-2-1.属性とライフスタイル マーケティングにおいて、消費者の属性によってセグメンテーションを行うことは基本

であり、可処分所得、年齢、性別、学歴、職業、居住地などの属性によって消費行動は大

きく異なるとされていた。しかし、社会・経済的変化による消費者ニーズの多様化により

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複雑化している現在の市場においては、そのような個人の属性よりも、“ライフスタイル”

という切り口を使うほうがより市場特性を把握できると考えられている。 平久保(2005)によると、ライフスタイルとは「個人の価値観とパーソナリティを明示する具体的な行動(p.34)」であり、単に習慣的な生活行動・生活様式だけではなく、衣食住に関する嗜好性や人生観、価値意識などの個人の生き方・アイデンティティも含まれた

言葉として用いられている。何に関心を持ち、何に喜びを感じるのか、といった嗜好に基

づいて購買し消費する製品やサービスが、その人のライフスタイルを示し、価値観やパー

ソナリティを代弁するという。その意味からして、ライフスタイルが消費者行動に与える

影響は計り知れない。年齢や職業などの属性よりもライフスタイルの選択が消費者行動を

大きく左右していると言えるのではないだろうか。

<女性のライフスタイルが生む消費> 女性のさまざまなライフスタイルから生み出される新たな消費がある。近年、「山ガール」

(登山が好きな女性)、「歴女」(歴史が好きな女性)、「カメラ女子」(カメラ、写真が好き

な女性)などと呼ばれる、これまでは主に男性のイメージが強く若い女性は興味を持ちに

くいとされていた分野の趣味を持つ女性が増えており、彼女たちの消費行動に注目が集ま

っている。登山や写真撮影といった活動そのものだけでなく、関連するファッションや小

物、イベントなど、派生して多くの消費をもたらしている。その背景には、同じ趣味を持

つ人々同士が交流したり自らのライフスタイルを発信したりすることができる mixi、twitterなどの SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)が身近になったことが大きい。そこで発信されている内容を他のメディアが取り上げることでムーブメントとなり、有力

市場へと成長したのである(『住商総研ワールド・フォーカス』、2011年 2月 No.57、p.14)。このような傾向は、サービスの消費の過程で得られる経験に価値を置き、趣味を楽しむ女

性のアクティブなライフスタイルを象徴していると考えられる。 他にも、消費者のシングル行動を示す「おひとりさま」という言葉が浸透してメディア

などで広く使われるようになっており、「ひとりごはん」「ひとり旅」「ひとり映画」など、

主に外食・旅行業界を中心に、おひとりさま消費スタイルが定着し、“女性ひとりでの消費”

のマーケットが拡大している。女性はこのおひとりさま消費スタイルについて、「自分のペ

ースで過ごせることや時間を自由に使えるといったポジティブな面も積極的に評価(『日経

MJ(流通新聞)』、2010年 10月 11日、7頁)」しており、既婚・独身に関わらず、ひとりの時間を楽しみ、自立して充実したライフスタイルを生きようとする女性が増えていると

捉えることができる。日経MJ(流通新聞)の同記事では、「モノに投資する男性と違い、女性は飲食や旅行、映画、美術など、メンタルケアや空間にお金を使う傾向がある。」とし、

「ひとり仕様の商材やサービスはもっと拡大するのではないか。」と述べられている。また、

おひとりさま消費をする女性たちは、ひとりだからこそ他者のアドバイスを能動的に求め

る傾向が強く、自らさまざまなコミュニティに参加しておひとりさまをいかに楽しむかと

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いった情報を得たり、自ら情報を発信したりする人もいるだろう。つまり、「おひとりさま」

の背後には無数の顧客がネットワークによってつながっていると言えるのである。

2-2-2.セルフイメージ セルフイメージとは、人が自分自身に対して持っているさまざまな形の自分のイメージ

のことで、これも消費者の行動に大きな影響を及ぼす。私たちは、購入する商品や購入す

る店舗にセルフイメージを反映させて、自分を演出している。つまり、セルフイメージと

製品イメージ(ブランドイメージ)が一致する場合に、その製品やサービスを購入・消費

するのである(平久保、2005、p.56)。そしてほとんどの場合、このセルフイメージとは“理想の自分”だと言える。理想の自分に近づくために服飾品や化粧品を購入し、自らを補完

して、時には好ましい部分を強調しているのではないだろうか。 また、人の目に映るセルフイメージというものも重要になってくる。これは“他人から

こう見てほしいというイメージ”のことであり、このような意識も消費行動を左右する要

因となっている。松井(2003)によると、消費が自己表現の手段であり、他者の判断材料にもなっていると考えると、人とのコミュニケーションにモノが媒介する状態が生じてい

ることになり、他人からどう見えるか、ということを常に意識せざるを得なくなるのであ

る。 <女性とセルフイメージ> 自分で描くセルフイメージと一致するブランドを選択する確率が、男性は 64パーセント、女性は 77パーセントであるという調査データがあり(平久保、2005、p.56)、女性の消費行動におけるセルフイメージの関与は大きいと考えられる。商品を選択し購入する際に、

“これを使っている自分はかわいいだろうか”と考え、判断の基準にする。衣服やインテ

リアなどは分かりやすい例である。他にも、その製品を購入することで自然環境の保護に

つながるであるとか、何か社会・地域貢献につながるというようなことがわかれば、“そこ

に少しでも役立っている自分”を感じることができるうえに、そのような理想的な自分の

イメージが人にも伝わるため、女性は満足して購入するだろう。 2-1節でも述べたように、女性は製品の機能やスペックよりも、実際の使用シーンを

想像して自分の生活がどのように豊かに彩られるかを重視する。そのため、どのようなイ

メージの製品なのか、使用することで他の人にどのようなイメージを持たれるのか、とい

った想像を喚起させることができるマーケティングが重要であると言える。

2-3.社会的要因 本節では、消費行動に外部から影響を与える社会的な要因について述べていく。

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2-3-1.レファレンスグループ(準拠集団) 人はいかなる時も周囲の人との関わり合いの中で生きる社会的動物である。集団を成し

相互に関係を維持する中で、さまざまな情報を得たり自己の欲求を満たしたり、また自ら

を評価したりしている。このことから、個人が参加している集団は個々人の行動に強い影

響をもたらしていると言える。人は、家族や職場、地域などの所属集団からの容認を得る

ために集団の制約に従って自己の行動基準を形成したり、憧れの対象や所属したいと望ん

でいる集団が有する基準に到達しようと行動したりするのである。松江(2007)は、このように個人が自分自身の判断、好み、信念、行動を決定する際に依拠する集団のことをレ

ファレンスグループ=準拠集団だとしている。また、塩田(2002)は、「個人の態度は、その個人が共有している集団規範によって支えられているということから、その個人が態度

の碇泊点(anchoring point)とみなす集団をレファレンスグループと呼ぶことができる。」として、「レファレンスグループは人間行動に対して直接的に影響を与える集団である」

(p.97)、と述べている。 具体的に、レファレンスグループは消費行動にどのような影響をもたらすのか。塩田

(2002)は Parkと Lessingの研究を紹介して、消費行動においてレファレンスグループが果たす役割について次のように分類している(p.100)。 ⅰ)情報源としての役割 人は不確実性に直面した時、 も信頼のおける身近な情報源からの情報を重視する。

ⅱ)功利的な判断をするための基準としての役割 人は何かを購入する際に、集団から評価を受けるか、あるいは制裁を受けるかを考える。

ⅲ)価値表現としての役割 自分が持つイメージと集団が持つイメージが一致する場合、人は自分の選択を肯定する。

もしくは、自分のイメージと一致しなくても、その集団イメージに一致するので購入する

というような行動を取る。

<女性とレファレンスグループ> ここで、女性消費者とレファレンスグループについて考えたい。女性は男性よりも人と

のつながりを重要視すると言われている。Silverstein,Sayre(2009)によると、ボストンコンサルティンググループの『女性に関する総合調査(BCG女性と消費に関するグローバル・サーベイ)』で、「自分自身、夫、子ども、両親の中で誰が自分の人生で一番大事かと

尋ねると、独身者、既婚者、夫と離婚や死別した人を含め、ほとんどすべての女性が自分

を二番目か三番目に挙げる。」「女性にとって、一番大切なのは家族」(p.33)、という結果が出たとしている。また、Brennan(2010)は、男性がステイタスを重視するのに対して女性は自分が築きあげた人との関係の質を重視し、それによって自らの価値を評価するのだ

と述べている(p.56)。つまり、女性にとって、家族や友人といった共同体・組織との関係

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性は大きな意味を持つものであり、所属集団への帰属意識が強く、レファレンスグループ

の役割である情報源、価値基準、価値表現の影響を強く受けると考えられる。

2-3-2.社会的役割とライフコース それぞれの社会的地位には、それぞれ対応関係にある役割が付与されていて、地位に応

じた役割を果たすことが他者から期待されている。人は就職、結婚、出産などを通して、

就業者、妻・夫、母親・父親といったように、担う社会的役割が変化もしくは増えていく。

このような社会的役割の軌跡のことをライフコースといい、どのようなライフコースを選

択するかによって個人のニーズはさまざまに異なったものとなり、それに合わせて消費行

動も変化する。

<女性のライフコースの広がり> 現代の女性はその大多数が仕事に就き、妻・母親・介護者などの複数の社会的役割を担

っている。一方で、働くことによってライフコース上における多くの選択肢を持つように

なったとも言える。青木(2008)によると、このような、いわば“アイデンティティの揺らぎ”の状況から、自己投資や自分磨きなどをキーワードに、女性の“自分づくり”ニー

ズが高まっている(p.183)。前節で述べたように女性は人とのつながりを重視するため、いつでもどこでも社会とのつながりを確保でき、つながっていることを実感できるという

観点で、発信・参加型の SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)やブログを利用する人が増加しているのではないかと考えられる。 さらに、青木(2008)は、「女性はライフコースの選択から派生する直接的な自分消費と、

親・夫・子どもなどの家族消費、さらに個々の家族の消費に対する影響力を持つ(p.210)」と述べている。このことから、複数の社会的役割をこなす女性には“役割の切り替え”ニ

ーズがあるとし、気分転換や明日への活力につながるような商品・サービスの消費といっ

た特徴的な消費行動が生まれるという。家族の世話や家事、仕事に追われて自分の時間を

なかなか作りだせない多忙な女性は、たまの贅沢や自分へのご褒美といったものを非常に

大切にするのである。 3・マーケティングにおける女性消費者の在り方 2章では、消費者行動論の理論から、女性の消費傾向や特徴的な消費行動を分析した。

本章では、そこから見えてきたマーケティングにおける女性消費者の在り方や、女性向け

マーケティングの意義を考察していきたい。

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まず、2-1節では製品のデザインやパッケージ、広告などといった商業的刺激に対す

る反応という観点から、女性消費者に特徴的な衝動買いと、製品の仕組みよりも使用シー

ンをイメージできるなどの感覚的なことを重視する購買行動について述べた。2-2節で

は、個人的要因として、趣味を楽しんだりひとりの時間を満喫したりする女性たちのライ

フスタイルから生まれる消費と、人の目に映るセルフイメージについて述べた。2-3節

では、社会的要因として、周囲の人間との関係性を大切に考えそれによって自らの価値を

はかる女性の特徴と、ライフコースの広がりによって発生するニーズについて述べた。 これら全3節を通して見えてきたことは、女性は、自分とその周囲の人達のよりよい生

活のため、自分の人生を自由に楽しく生きるため、そしてその両方のバランスを上手に取

るためにお金を使っている、ということである。女性消費者が求めるもの・大事にするも

のは「人とのつながり」と「人生の充足感」ではないだろうか。以下、これらのキーワー

ドから二つの視点で考察していく。 人とのつながりを重視する女性の性質 考察の第一の視点は「人とのつながり」に関する女性の性質についてである。女性に特

徴的な消費行動の背景には必ず“他者”が登場する。製品の機能よりも、自分や家族がそ

れを使用するシーンを想像して何がもたらされるかを気づかい、それを購入・使用するこ

とで周囲の人にどのようなイメージを持たれるかを意識する。一見、他者とのつながりを

持たない傾向が強まっているような印象を受ける「おひとりさま」の消費スタイルも、自

分ひとりの時間を楽しむことができるお店やサービスについて情報を交換し合うというコ

ミュニケーションの上に成り立っている。人との関わりが何より大切で、どのように関わ

っているかが幸せな気分を高める要因となっているのである。女性は、有用な情報を友人

やインターネットのコミュニティなどの所属集団の中で人に知らせることで、よい情報源

となっている自分に喜びを感じ、ネットワークの一員であることを楽しんでいる。 このように、人とのつながりを求め、他者を気づかい、他者を意識して、人間関係の質

によって自らの価値を高める女性の性質は、女性向けのマーケティングを行うことの意義

のひとつであると考える。女性に好まれる製品づくりや戦略を行うことで、彼女たちは自

分以外の誰か―夫、子ども、両親、友人、その他多くの関係する人々―のことをさまざま

に思慮して消費をするため、結果として大きなマーケットを得ることになるのではないだ

ろうか。たとえば、女性にとって清潔であることや安全であること、もしくは美しいこと

は、どのような場面でも重要な条件となる。女性が清潔だ、安全だ、美しい、と認めるも

のは、女性が関心を持つ周囲の人にとっても清潔であり、安全であり、美しいものでなけ

ればならないのである。女性がいいと感じるものは、「他者がいいと感じる」と女性が判断

したものなのである。あらゆる人のことを考えて消費をする女性が求めるレベルは高い。

その女性に好まれるというラインに到達した製品は、男性やお年寄りや子どもにも受け入

れられることができるのではないだろうか。そして、素晴らしいと感じた製品・サービス

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について、たくさんの人と共有し共感したがる女性の声は大きく、即座にその評価は伝播

していくだろう。もちろん素晴らしくないと感じた場合も同様であるか、もしくはより重

要な情報として広まっていくだろう。そのうえ、所属集団における第三者からの評価は信

頼できる情報源として認識されるため、ますます影響力を持つことになるのである。この

ような意味からして、女性に好まれる女性向けのマーケティングによって、顧客満足、市

場の拡大が生まれるのではないかと考える。

人生の充足感を求める女性のニーズ 次に第二の視点として、「人生の充足感」に関する女性のニーズについて考察する。社会

に出て働く女性が増え、人生の選択肢が増えた女性たちは、自分の人生を満ち足りたもの

にしたいという想いが強く、そのようにする自由を経済的な意味でも手にしていると考え

る。しかし、母親や妻としての役割とビジネスパーソンとしての役割は相容れない場合も

あるなど、複数の立場でのニーズを同時に満たせるように時間を節約できる製品・サービ

スや、役割の切り替えのためにリフレッシュ、癒しを得られる製品・サービスへのニーズ

がますます高まっている。合理的な部分も、感情的な部分も譲れないのである。このよう

に、社会的役割と自己実現とのバランスを保ち、人生の充足感を求めることが女性の消費

傾向に現れている。2-2節で述べた、これまであまり女性に親しみがなかった分野の趣

味を楽しむライフスタイルの女性が増えていることも、このような観点から説明できるの

ではないだろうか。働きながら、自分の人生をいかに豊かで楽しいものにするかは、女性

にとって重要な課題なのである。女性であることと、ビジネスの世界で働くことについて、

「ひとりの女性の中に『もののふ(武士)×乙女』が同居する新たなハイブリッドな女性

消費者像がみえてくる。」「覚悟を持ってビジネス社会で生きてはいくが、女性らしさも捨

てない。高機能を求めつつも、右脳を揺さぶるような商品を好む。昨年ブームになった『山

ガール』も、登山したいというニーズだけではここまで盛り上がらなかった。山スカート

という機能的なウエアながら、『思わずこれはきたい』と前のめりにさせるかわいいスタイ

ルと、キャッチ―な『山ガール』というワーディングがブームを牽引した。」(『日経MJ(流通新聞)』、2011年 8月 14日、7頁)、という分析がされている。 このように、これまで男性的だったものに女性的な要素、女性的な感性を加えたりする

ことで、機能性が高く、かつ感覚的・感情的な部分に訴えることもできる製品・サービス

が求められるようになっていることが、女性向けマーケティングを行うことのもうひとつ

の意義であると考える。機能などの合理的要因と、デザインやイメージなどの心理的要因

の両者をバランスよくクリアする製品・サービスは、理想的なブランドとして広く顧客満

足を得ることができるのではないだろうか。男性が市場を占めていた業界に女性が入り込

むことで、市場全体が活性化してよりよい製品・サービスが生み出されたり、機能性を追

求していた製品にデザイン性やブランドイメージへの考慮をすることで、これまでにない

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新しい価値が生み出されたりする。このような意味からして、女性を意識したマーケティ

ングによって、顧客満足、市場の拡大が得られると考える。 以上、女性消費者の消費行動のキーワードとして「人とのつながり」と「人生の充足感」

の二点をあげ、これらの視点から、女性の性質とニーズの変化に対応して女性向けマーケ

ティング、女性を意識したマーケティングを行うことによって、顧客満足と市場の拡大が

生まれるのではないか、と考察する。 4・事例研究 3章で述べた、女性向けマーケティングや女性を意識したマーケティングによって市場

の拡大やより多くの顧客満足が生まれるのではないか、という仮説の検討として、二つの

事例を取り上げたい。 まず4-1節では、これまでユーザーのほとんどが男性であった電動歯ブラシ市場にお

いて、働く若い女性にターゲットを絞り込んだマーケティング活動を行い、結果として市

場を拡大させた事例として、パナソニックの「ポケットドルツ」について述べる。 4-2節では、ゲーム人口の拡大という戦略のもと、年齢・性別・ゲーム経験を問わず

みんなで遊べるというコンセプトで開発され、女性の支持を受けたことがヒットの大きな

要因となった事例として、任天堂の「Wii」について述べる。

4-1・パナソニック 電動歯ブラシ「ポケットドルツ」(2010 年 4 月発売)の事例 日経ビジネススクール特別セミナーの動画配信<電動歯ブラシ「ポケットドルツ」のヒ

ットストーリー>における、パナソニック AWM本部コミュニケーショングループ 岡氏の講演内容をもとに、マーケティング事例をみていく。 ターゲットを絞り込んだ商品開発 電動歯ブラシ市場は過去数年間、約 200万台という市場規模でほぼ横ばいの推移を辿っ

ており、安定はしているものの目新しさはなく、既存ユーザーの買い替え需要に支えられ

ているというのが実情であった。また、電動歯ブラシのユーザー層は 7割が男性で、男性に売るもの、といったイメージが強い商品であった。使用目的も、歯周病予防などが大半

を占めていた。 パナソニックは、「男性よりも女性の方が一日に歯を磨く回数が多い」「昼食後に歯を磨

く人の約 7割は女性」「20代女性の 7割が外出先でも歯を磨く」という調査結果から、20

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~30代の女性、中でも働いている女性にターゲットを絞り、“ランチ磨き”というコンセプトで商品開発を行った。その結果生まれたものが、「ポケットドルツ」である。男女問わず

多くの人に売れる商品にしたいが、「誰が・どんな時に・どう使うのか」を考えてターゲッ

トを絞ったほうが商品は“強く”なるという考えから、あえて 20~30代の働く女性にターゲットを絞り込んだという。 それまで外出先での歯磨きは 98パーセントの人が普通の使い捨て歯ブラシを使用した手

磨きであり、電動歯ブラシが使われない理由として「重くてかさばる」「モーター音がうる

さいので恥ずかしい」が主に挙げられた。このことから、公共の場でも周囲の目を気にせ

ず使えることを重視して、従来の電動歯ブラシからの軽量化と静音化、デザインにこだわ

って開発が行われた。まるで化粧品のようなサイズ感と洗練された外観、そして豊富なカ

ラー展開がポケットドルツの 大の特徴と言える。

ターゲットを絞り込んだことで生まれる戦略 ポケットドルツの宣伝は、不特定多数の人に訴求することができるテレビ CMよりも、

明確になっているターゲットに対して効果的なアピールが可能となる媒体を利用するほう

が良いという考えから、 も効果的なものとして雑誌(女性ファッション誌)に重点が置

かれている。単に広告を載せるだけではなく、雑誌社とのコラボレーションという形で、

マガジンハウス社「anan」のカラーはオレンジ、宝島社「InRed」のカラーは赤、といったように、各雑誌のイメージカラーを限定カラーとして展開することで特集を組んでもら

う戦略が行われた。OLの通勤を意識して交通広告やトレインチャンネルにも力を入れ、さらにはターゲット層の視聴率の良さから、朝のニュース番組内で紹介してもらうという PRも行われた。 また、ターゲットを絞ることで商品のタッチポイントにも変化が生まれる。従来の電動

歯ブラシの購入場所はほとんどが家電量販店であるが、ターゲットとしている若い女性は

家電量販店に行く頻度がそれほど高くない。そこで、日常で歯ブラシを購入する機会が多

いドラッグストアやホームセンターにもポケットドルツを置いてもらえるように営業し、

それまでの電動歯ブラシとは異なるタッチポイントを作り出した。歯ブラシ売り場に加え

て、お弁当箱コーナーなどにもディスプレーをしたり、家電量販店では、オーラルケア用

品売り場だけでなく、美容家電売り場にも置いたりするなど、販路拡大に力が注がれた

(『PRESIDENT』、2011年 5月 2日、p.33)。

ターゲットの拡大 ポケットドルツは発売以来半年で 100万本を売上げ、2011年 7月には累計販売数 250万

本に達している。ターゲットを働く女性に絞り込むことで、ターゲットに合わせた効果的

な訴求方法を取ることができ、“強い”商品となったわけだが、その購入者の約 4割は男性であるという。2010年 7月の男性顧客を意識したブルーやグリーン系の新たなカラー展開

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に加えて、広告に男性アイドルを起用するなど、男性への普及が加速している。その携帯

性の良さから、すでに電動歯ブラシを使用している男性の“出張や旅行にも電動歯ブラシ

を持っていきたい”というニーズにうまく応えているのではないだろうか。また、女性へ

のプレゼントとしてポケットドルツを購入する男性も増えている。このような状況からパ

ナソニックは、プレゼントの包装をしやすいパッケージに改良するという工夫も行ってい

る(『Sankei Biz』、2011年 2月 11日)。 さらに、2011年 8月にはポケットドルツキッズという子ども用モデルを発売し、母親層

にもターゲットを拡大している。働く女性をターゲットにした際は“ランチ磨き”という

生活提案を行うことで潜在需要に掘り起こしたが、この子ども用モデルは、親が子どもに

する「仕上げ磨き」用と、子どもが自分で歯磨きをするようになった時の「ひとり磨き」

用の 2種類があり、“歯磨き”の習慣の定着と子どもの健康に一役買うものになっている(パナソニック株式会社プレスリリース、2011年 8月 30日)。 当初、20~30代の働く女性にターゲットが絞り込まれていたポケットドルツだが、男性

や、子どもを持つ女性の支持も広げる結果となった。日本電気工業会(JEMA)の調査では、2011年 1~10月の電動歯ブラシ国内販売台数が約 358万台で、前年比 15.6パーセント増と好調に推移しており、ポケットドルツが新規需要を掘り起こして業界全体の市場拡大を

牽引した(『Sankei Biz』、2011年 12月 16日)。 4-2・任天堂 家庭用据え置き型ゲーム機「Wii」(2006 年 12 月発売)の事例 非ユーザー層を取り込む商品開発 家庭用ゲームの市場規模(ハード・ソフトの合計)が 1997年をピークに漸減を続けていたことから(『ファミ通.com』、2005年 7月 15日)、業界ではゲーム離れが懸念されていた。任天堂はこの状況を打破しようと、ゲーム人口の拡大という基本戦略をもとに、これまで

ゲームをしていなかった人々―主に女性や高齢者層を市場に取り込み、一世帯当たりのユ

ーザー数を増やすことで市場を拡大させようとした。そこで、「家族の誰にも(母親に)敵

視されない」「年齢・性別・ゲーム経験の有無を問わない」「家族全員にとって自分に関係

のある存在になる」「毎日電源を入れてもらう」というコンセプトを掲げ、家庭用据え置き

型のゲーム機「Wii」を開発した。これまでのゲーム機は、部屋にこもって一人で遊ぶもの、健康に悪いもの、家族団らんを奪うもの、といったマイナスのイメージを持たれてしまい

がちであったが、Wiiは、家庭の『リビングルームにおけるコミュニケーションを促進することで「取り巻く人々を笑顔にするマシン」となる(任天堂株式会社第 70期有価証券報告書、p.11)』ことを目指した製品であり、ひとりではなく“みんなで”、世代を超えて遊べるゲーム機という点で、従来のゲーム機のイメージとは全く異なり、その定義を変化させた

と言える。

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コミュニケーションツールとしての価値 ゲーム画面の美しさなど、高性能を追求する傾向が強くなっていたゲーム業界のなかで、

Wiiは、みんなが集まって一緒に盛り上がれるもの、つまりコミュニケーションのツールとしての価値を追求した。Wiiリモコンと呼ばれるコントローラーを実際の剣やラケットを振るように動かすだけで操作ができる直感的なユーザーインターフェースで、説明書を読む

必要もなく、誰でも簡単にすぐに遊べ、普段ゲームをする人もしない人もみんな一緒に楽

しむことができる。このようなWiiのプレイスタイルは、「隣にいる人を“プレイの輪”の中へ誘い込む(任天堂株式会社ホームページ)」のである。 コミュニケーションのツールとして捉えたとき、「Wii伝言板」という機能が特徴的だと

言える。家庭内の伝言板としてメモやメッセージをWii内のカレンダーに貼り付けられたり、プレイ履歴やプレイ結果のデータが「今日の記録」として保存されたりして、簡単に

検索・閲覧できる機能で、家族の誰が新しくどのゲームを始めただとか、あのゲームをた

くさん練習しているだとかが共有できる。蓄積されたメモや履歴は日記のように残ってい

く。開発者は、この機能が「家族のコミュニケーションの仲介役のような役割を果たして

くれたらいいなあと思っている(任天堂株式会社ホームページ)」と述べている。たとえ家

族で一緒に過ごす時間がなくても、Wiiを通して互いの存在を感じることができるのである。 プロモーション展開においても、「コミュニケーション」という要素が大きな軸となって

いる。発売前イベントとして、訪れた人同士やコンパニオンと一緒にゲームを楽しめる体

験会が行われた。テレビ CMは、製品の細かい内容についてではなく「誰と・どのように楽しむか」を再現したものであった(『All About』、2007年 1月 11日)。普段ゲームをしない人にアピールするには、そのゲーム機で楽しそうに遊んでいる人々の姿・表情を見せる

ほうが興味を抱いてもらいやすいという狙いからだという(『All About』、2007年 8月 31日)。プロモーションサイトでも同様に、家族、親戚、友人、女子会など、老若男女問わず

さまざまな人が集まり、さまざまなシチュエーションで実際にWiiを楽しむ動画が多数配信されている。 母親層の支持

Wiiのヒットの 大の特徴は、「家族ぐるみで楽しめる世界を打ち出し、従来ノンゲーマ

ーとされてきたシニア層や女性客を広く取り込んだこと(『PRESIDENT Online』、2008年 12月 8日)」である。特に、女性に受け入れられたという点に注目したい。情報誌「日経トレンディ」(日経ホーム出版社)が選ぶ 2007年度のヒット商品第一位に選ばれた際、Wiiのリビングへの設置率は 83%、ユーザーの女性比率は 51%というデータから、「リビングに置いても母親が嫌がらないデザイン」がヒットの要因だと分析されている(『日経トレ

ンディ』、2007年 11月 2日)。リビングにおけるコミュニケーションの促進を目指していることから、邪魔にならないコンパクトなサイズとなっているうえ、毎日使ってもらえる

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ように消費電力を可能な限り抑えて作られているため静音でもある。このように、省スペ

ース・省電力・静音に配慮されていることが、母親に嫌がられることなく受け入れられた

重要な要因となっているのではないだろうか。 Wii Fitと女性 Wiiが女性に受け入れられ、多くの女性ユーザーを獲得したもうひとつの要因として、「Wii Fit」というゲームソフトの存在があげられる。Wii Fitは、「家族で健康。」をキャッチフレーズとした健康増進用ソフトで、同梱されている体重計のような形の「Wiiバランスボード」に乗って BMI値を測定しつつ、バランスゲームやさまざまなフィットネストレーニングを行うことができる。日本ゲーム大賞 2008でベストセールス賞・優秀賞・大賞を受賞しており、授賞式のプレゼンターを担当する“ユーザー代表”が主婦であったことから

もWii Fitが女性の支持を得ていることが分かる(『THE SECOND TIMES』、2008年 10月 12日)。特別に女性向けとして作られたソフトではなかったが、楽しみながら効果的にカロリー消費をしたり健康管理をしたりすることができるという点が多くの女性を惹きつ

けた。「近所のママさん達が凄く良いと言っていたので始めてみた(前掲紙)」というユー

ザーのコメントもあり、Wiiを体験した人々のクチコミが、健康や美容への関心が高い女性の間で話題となっていったこともうかがえる。 5・分析と考察 女性向けマーケティング、女性を意識したマーケティング活動・戦略によってより多く

の顧客満足を得て、市場の拡大が生まれるのではないか、という仮説を踏まえて、以上で

述べた二つの事例を考察していきたい。 パナソニックのポケットドルツは、ターゲットを働く女性に絞って、彼女たちに効果的・

効率的に商業的刺激を与えることができるマーケティング戦略を取った、完全に女性向け

の製品である。徹底的に女性目線に立つことで、化粧ポーチに入るサイズと美しいデザイ

ンの製品となった。セルフイメージと製品イメージの一致が購買につながりやすい女性に

は、ポケットドルツの洗練されたイメージは非常に魅力的であり、購買意欲を刺激したと

考えられる。使用することで自分をどう演出できるか、他の人にどのようなイメージを持

たれるのか、という女性の心をしっかりと掴んでいる。そして、女性が求めるサイズ感や

デザイン性を実現した結果、その優れた携帯性は既存の男性ユーザーにとって新たな価値

として好まれるものであり、持っているとおしゃれなイメージを与えるスタイリッシュな

外観はそれまで電動歯ブラシを使用していなかった人々の興味も惹いたのではないだろう

か。まさに、女性に好まれることを目指した製品が結果としてターゲット以外の男性にも

受け入れられ、市場を拡大させたのである。

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また、ポケットドルツは、音波振動で綺麗に歯を磨けるうえにモーター音が小さいとい

う機能性と、コンパクトで美しいというデザイン性の両方を兼ね備えており、これまでの

電動歯ブラシ市場にはなかった、周囲の目を気にせず使える―むしろ人に見せたくなるよ

うな製品となっている。左脳的な要素である機能性と、右脳的な要素のデザイン性を持つ

理想的なブランドである。これは、男性ユーザーが市場を占めていた業界において女性向

けのマーケティングを行うことによって、よりよい製品が生み出されたのだと考察する。 任天堂のWiiは、家庭でのコミュニケーションを促進するゲーム機として開発され、“みんなで遊べること”が何よりも重要視されている。このようなWiiのコンセプトは、家族・友人などのレファレンスグループとの関係性、人とのつながりやコミュニケーションを大

事に考える女性にとって、非常に素晴らしいものである。そして、実際にWiiで遊んでいる人々の様子や楽しそうな表情を広告・宣伝に用いることで非ゲーマー層に訴えるという

マーケティング戦略は、脳の性差から生まれる、商品の機能よりも実際の使用シーンを想

像して自分や家族の生活がどのように彩られるのかを重視するという女性の感覚に、上手

くマッチしたと考えられる。 また、リビングに置かれたゲーム機を邪魔だと感じていた母親層への配慮と、健康・美

容といった女性が関心を持ちやすい内容のゲームソフト(Wii Fit)の存在も女性を惹きつける要素となっている。ライフコースの広がりによって複数の社会的役割をこなす女性に

とって、さまざまな問題を同時に解決できる製品は価値がある。Wiiを購入すれば、家族とのコミュニケーションが増えるうえに、Wii Fitなら楽しく自分も運動不足を解消でき、置き場所に困ることなく省電力で遊べるのである。このような点も、女性に好まれ、受け入

れられることができた背景なのではないだろうか。こうして女性からの支持を受けること

で、Wiiは敵視されることなく家庭に置かれ、子ども・両親・祖父母が世代を超えて遊ぶゲーム機となり得た。つまり、女性を突破口として一世帯当たりのユーザー数を増やすこと

に成功し、ゲーム人口の拡大へと繋がっていったのである。 このように二つの事例は、女性向けのマーケティング、もしくは女性を意識し女性の支

持を得る戦略によって、顧客満足を生み市場を拡大させることに成功していると考察でき

る。さらに、ポケットドルツとWiiのヒットには、女性の感覚を理解し、好まれるように工夫した結果、消費者の日々の暮らしにうまく製品を根付かせることに成功しているとい

う共通点があると分析する。ポケットドルツは、外出先でも昼食後に歯を磨くという女性

の行動から、“昼磨き”という新しい習慣を提案することで、どこにでも持ち運べるおしゃ

れな電動歯ブラシを生活に欠かせないものとし、需要を創り出した。Wiiは、省スペース・省電力で母親の不満を解消して家庭の中心であるリビングに置かれるようにし、伝言板や

プレイ履歴が日記のように蓄積される機能に加えて、フィットネスという続けることが大

切になるジャンルのゲームソフトによって、毎日使いたくなるようなゲーム機となり、暮

らしに密着している。どちらも、女性の消費に対する感覚や求めることに応えることによ

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って、製品の魅力や強みが引き出されたと言えるのではないだろうか。そして、消費者の

生活に溶け込み、ヒット商品となったのである。 6・まとめ 以上、本論文で述べてきた、消費者行動論の理論をもとに分析した女性の特徴的な消費

行動と二つの事例に関する分析・考察から、マーケティングにおいて女性の存在は大きく、

女性向けマーケティングや女性を意識したマーケティングを行うことは非常に価値のある

ことだということがわかった。女性が持つ消費に対する感覚や行動の傾向、求めているこ

とを理解し、女性の性質とニーズの変化に対応したマーケティング戦略・活動を行うこと

によって、女性だけではなく男性や子ども、年配層からも広く支持され、多くの人に好ま

れる製品となり、顧客満足と市場の拡大を生むのである。 “消費好き”で、人とのつながりを大切にし、社会で働きながら女性として自分の人生

をより充実させたいと考える女性たちの要求は、レベルが高くさまざまである。しかし、

それに応えるマーケティング活動を行うことで、その先には多くのビジネスチャンスと大

きな可能性が広がっている。

【参考文献】 青木幸弘、女性のライフコース研究会(2008)『ライフコース・マーケティング 結婚、出産、仕事の選択をたどって女性消費の深層を読み解く』日本経済新聞出版社。 塩田静雄(2002)『消費者行動の理論と分析』中央経済社。 杉本徹雄(1997)『消費者理解のための心理学』福村出版。 パコ・アンダーヒル(2011)『彼女はなぜ「それ」を選ぶのか? 世界で売れる秘密』早川書房。 平久保仲人(2005)『消費者行動論』ダイヤモンド社。 ブリジット・ブレナン(2010)『女性のこころをつかむマーケティング』海と月社。 マイケル・J・シルバースタイン、ケント・セイヤー(2009)『ウーマン・エコノミー 世界の消費は女性が支配する』ダイヤモンド社。 松江宏(2007)『現代消費者行動論』創成社。 厚生労働省(2011)『平成 22年版 働く女性の実情』p.10。 住友商事総合研究所(2011)『住商総研ワールド・フォーカス 2011年 2月号(No.57)』p.14。

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総務省統計局(2010)『平成 21年全国消費実態調査 単身世帯の家計収支及び貯蓄・負債に関する結果の概要』p.3。 任天堂株式会社第 70期有価証券報告書、p.11。 パナソニック株式会社プレスリリース、2011年 8月 30日。 『All About』、2007年 1月 11日(http://allabout.co.jp/gm/gc/215368/)、2007年 8月 31日(http://allabout.co.jp/gm/gc/215646/)。 『PRESIDENT』、2011年 5月 2日、p.33。 『PRESIDENT Online』、2008年 12月 8日(http://president.jp/articles/-/3824)。 『Sankei Biz』、2011年 2月 11日(http://www.sankeibiz.jp/business/news/110201/bsc1102010501000-n1.htm)、2011年12月 16日(http://www.sankeibiz.jp/business/news/111216/bsb1112161613001-n1.htm)。 『THE SECOND TIMES』、2008年 10月 12日(http://www.secondtimes.net/news/japan/20081012_award.html)。 『日経MJ(流通新聞)』、2010年 10月 11日、7頁、2011年 8月 14日、7頁。 『日経トレンディ』、2007年 11月 2日(http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20071102/1004191/?ST=life&P=1)。 『日経 Bizアカデミー』日経ビジネススクール特別セミナー動画配信<電動歯ブラシ「ポケットドルツ」のヒットストーリー(岡康之)>

(http://bizacademy.nikkei.co.jp/seminar/marketing/lecture/article.aspx?id=MMACl2000004102011)。 『任天堂株式会社ホームページ』(http://www.nintendo.co.jp/index.html)。 『ハー・ストーリィ(女性のあした研究所)』アンケート結果報告「買い物について(2005)」(http://www.herstory.co.jp/press/research/200507/20050707shopping.html)、アンケート結果報告「女性の衝動買いについて(2008)」(http://www.herstory.co.jp/press/research/200806/20080620impulse_buy.html)。 『パナソニック株式会社ホームページ』(http://panasonic.co.jp/index3.html)。 『ファミ通.com』、2005年 7月 15日(http://www.famitsu.com/game/news/2005/07/14/103,1121342453,41325,0,0.html)。