ソフトバイオマスを原料にした セルロースエタノー...

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ソフトバイオマスを原料にした セルロースエタノール製造技術の紹介 1. はじめに 近年,エネルギーと気候変動問題へ の対応としてバイオ燃料に対する期待 が高まっている.バイオ燃料の中でも エタノールは,酒造りで知られている ように,微生物の代謝機能を利用して 糖を変換して得られる. しかし食料である糖を原料にするこ とには批判も高まっている.そこで本 稿では食料ではない農業残渣 すなわち 稲わら,コーンストーバと呼ばれるト ウモロコシの茎や葉,サトウキビの糖 を搾ったかすであるバガスなど,ソフ トバイオマスに含まれるセルロース系 成分を原料にしたエタノール=セル ロ ー ス エ タ ノ ー ル の 製 造 技 術, RITE (注) -Honda プロセスについて紹 介する. 2. セルロースエタノール製造に おける課題 食用の糖やでんぷんを利用する従来 の手法に対して,ソフトバイオマスを 原料とする場合は,糖化を容易にする ためにセルロースをとりまく強固な組 織を破壊する前処理が必要である.こ のため,セルロース由来のエタノール 製造は前処理,糖化,アルコール変換 である発酵工程からなる(図 1) 前処理は一般的に高温高圧条件での 物理的,酸などの化学的,あるいは菌 などの生物的な手法が用いられる.こ の前処理工程で,酢酸,バニリン,フ ルフラール,5-HMF,4-HB などの発 酵阻害物質が副次的に生成されるが, これらに対する菌の耐性が必要である. また,ソフトバイオマスからは,炭 素が 6 個の糖であるグルコース(C6 糖)と 5 個のキシロース(C5 糖)な ど多種の糖類が生成される.これら多 種の糖のエタノールへの同時変換が求 められている. 経済性の観点からは,プロセス全体 のエネルギー消費量が少ないこと,収 率が高いこと,発酵速度の向上などが 求められる.  3. RITE-Honda プロセスの特徴 RITE 菌を用いることが本プロセス 最大の特徴である.RITE菌は,予想さ れる阻害物質に対して耐性があること が確認できた.代表的な発酵阻害物質 であるフルフラールについて確認した 結果を図 2 に示す (1) (2) .従来の酵母や 菌が,10mmol/L 程度のフルフラール の存在で影響が出ることに比べ RITE 菌では,フルフラールが高濃度になっ てもその影響が極めて小さい.本プロ セスではエネルギー消費量を抑制する ために RITE 菌の特徴を生かして比較 的低温での前処理を採用している. もうひとつの課題であった C6,C5 糖 の変換については,一般の遺伝子 組換菌では C5,C6 糖を別々に変換す る必要があるが,RITE 菌では同時変 換が可能なことを確認している. RITE 菌は嫌気性雰囲気では菌の増 殖が抑制されるため,一般の酒造り用 の酵母などに比べエタノール変換槽の 菌の充てん率が高い.それにより 10 倍以上のエタノール変換速度が得られ ている.また繰り返し使用が可能であ り工業的な触媒のような使い方が可能 であることも特徴である. 以上のように RITE-Honda プロセ スによりセルロースからのエタノール 製造の基本的な課題に対して解決の見 通しを得たことを背景に,実用化の可 能性を見極めるために小規模な実験プ ラントを作成した.図 3 は,実験プラ ントの一部である発酵槽を示す.現在, 本プラントを使用して物質,エネル ギー収支の把握およびシステム化に向 けた技術確立を推進している. 4. 今後の取り組み バイオ燃料は,自動車で燃料として 使用される量に応じた CO 2 排出量の 削減が期待できる優れた素性を持って いる. 今後は実験プラントから,スケール アップしたパイロットプラントによる 実証試験へ移行し,実用化に向けて製 造システム技術の確立を目指していく. (原稿受付 2008 年 1 月 16 日) 〔上山雅樹 (株)本田技術研究所〕 (注)RITE:(財)地球環境産業技術研究機構 ●文 献 ( 1 )Klinke, H. B., ほ か , Inhibition of ethanol- producing yeast and bacteria by degrada- tion products produced during pre-treat- ment of biomass.,Appl. Microbiol. Biotechnol. , 66(2004), 10-26. ( 2 )Sakai, S., ほ か , Effect of lignocellulose- derived inhibitors on growth of and etha- nol production by growth-arrested Coryne- bacterium glutamicum R.,Appl. Environ. Microbiol. 73 (2007), 2349-2353 図 1 RITE-Honda プロセスの概念図と従来製法との比較 従来 バイオマス 食料 稲わら 非可食部 前処理 糖化 アルコール 変換 RITE菌 糖化 発酵 酵母 エタノール 抽出 グルコース (6単糖) 糖液 デンプン セルロース ヘミセルロース グルコース キシロース (5単糖) サトウキビ トウモロコシ RITE- Honda プロセス 図 2 発酵における阻害物質(フルフラール)の影響 RITE 菌 従来菌:ザイモモナス モビリス 従来酵母 0 20 100 80 60 40 20 0 60 40 濃度 (m molL) エタノール比生産速度 (%) 図 3 研究用発酵槽(容積 100L) 日本機械学会誌 2008. 5 Vol. 111 No. 1074 447 ─ 79 ─

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Page 1: ソフトバイオマスを原料にした セルロースエタノー …ソフトバイオマスを原料にした セルロースエタノール製造技術の紹介 1.はじめに

ソフトバイオマスを原料にした セルロースエタノール製造技術の紹介

1. はじめに 近年,エネルギーと気候変動問題への対応としてバイオ燃料に対する期待が高まっている.バイオ燃料の中でもエタノールは,酒造りで知られているように,微生物の代謝機能を利用して糖を変換して得られる. しかし食料である糖を原料にすることには批判も高まっている.そこで本稿では食料ではない農業残渣

すなわち稲わら,コーンストーバと呼ばれるトウモロコシの茎や葉,サトウキビの糖を搾ったかすであるバガスなど,ソフトバイオマスに含まれるセルロース系成分を原料にしたエタノール=セルロ ー ス エ タ ノ ー ル の 製 造 技 術,RITE(注)-Honda プロセスについて紹介する. 2. セルロースエタノール製造に

おける課題 食用の糖やでんぷんを利用する従来の手法に対して,ソフトバイオマスを原料とする場合は,糖化を容易にするためにセルロースをとりまく強固な組織を破壊する前処理が必要である.このため,セルロース由来のエタノール製造は前処理,糖化,アルコール変換である発酵工程からなる(図 1) . 前処理は一般的に高温高圧条件での物理的,酸などの化学的,あるいは菌などの生物的な手法が用いられる.この前処理工程で,酢酸,バニリン,フルフラール, 5-HMF,4-HB などの発酵阻害物質が副次的に生成されるが,これらに対する菌の耐性が必要である. また,ソフトバイオマスからは,炭素が 6 個の糖であるグルコース(C6糖)と 5 個のキシロース(C5 糖)など多種の糖類が生成される.これら多種の糖のエタノールへの同時変換が求められている.  経済性の観点からは,プロセス全体のエネルギー消費量が少ないこと,収率が高いこと,発酵速度の向上などが求められる. 3. RITE-Honda プロセスの特徴 RITE 菌を用いることが本プロセス

最大の特徴である.RITE 菌は,予想される阻害物質に対して耐性があることが確認できた.代表的な発酵阻害物質であるフルフラールについて確認した結果を図 2 に示す(1)(2).従来の酵母や菌が,10mmol/L 程度のフルフラールの存在で影響が出ることに比べ RITE菌では,フルフラールが高濃度になってもその影響が極めて小さい.本プロセスではエネルギー消費量を抑制するために RITE 菌の特徴を生かして比較的低温での前処理を採用している. もうひとつの課題であった C6,C5糖 の変換については,一般の遺伝子組換菌では C5,C6 糖を別々に変換する必要があるが,RITE 菌では同時変換が可能なことを確認している. RITE 菌は嫌気性雰囲気では菌の増殖が抑制されるため,一般の酒造り用の酵母などに比べエタノール変換槽の菌の充てん率が高い.それにより 10倍以上のエタノール変換速度が得られている.また繰り返し使用が可能であり工業的な触媒のような使い方が可能であることも特徴である. 以上のように RITE-Honda プロセスによりセルロースからのエタノール

製造の基本的な課題に対して解決の見通しを得たことを背景に,実用化の可能性を見極めるために小規模な実験プラントを作成した.図 3 は,実験プラントの一部である発酵槽を示す.現在,本プラントを使用して物質,エネルギー収支の把握およびシステム化に向けた技術確立を推進している. 4. 今後の取り組み バイオ燃料は,自動車で燃料として使用される量に応じた CO2 排出量の削減が期待できる優れた素性を持っている. 今後は実験プラントから,スケールアップしたパイロットプラントによる実証試験へ移行し,実用化に向けて製造システム技術の確立を目指していく.

(原稿受付 2008 年 1 月 16 日)〔上山雅樹 (株)本田技術研究所〕

(注)RITE:(財)地球環境産業技術研究機構

●文 献( 1 )Klinke, H. B., ほ か , Inhibition of ethanol-

producing yeast and bacteria by degrada-tion products produced during pre-treat-ment of biomass., Appl. Microbiol . Biotechnol., 66(2004), 10-26.

( 2 )Sakai, S., ほ か , Effect of lignocellulose-derived inhibitors on growth of and etha-nol production by growth-arrested Coryne-bacterium glutamicum R., Appl. Environ. Microbiol., 73 (2007), 2349-2353

図 1 RITE-Honda プロセスの概念図と従来製法との比較

従来

バイオマス食料

稲わら

非可食部

前処理

糖化 アルコール変換

RITE菌

糖化発酵

酵母

エタノール

抽出 グルコース(6単糖)

糖液

デンプン

セルロース&

ヘミセルロース

グルコース&

キシロース(5単糖)

サトウキビトウモロコシ米

RITE-Hondaプロセス

図 2 発酵における阻害物質(フルフラール)の影響

RITE 菌

従来菌:ザイモモナス    モビリス

従来酵母0 20

100

80

60

40

20

06040

濃度 (m mol/L)

エタノール比生産速度 (%)

図 3 研究用発酵槽(容積 100L)

日本機械学会誌 2008. 5 Vol. 111 No.1074 447

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