シンポジウムⅠ 褥瘡治療と多職種連携 創傷・褥瘡治療の進歩 を在 … ·...

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2008年度 在宅医療助成(指定公募) 完了報告書 シンポジウムⅠ 褥瘡治療と多職種連携 創傷・褥瘡治療の進歩 を在宅へ! 申請者:平原 佐斗司 (東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 在宅サポートセンター長) 114-0004 東京都北区堀船 3-31-15 平成 21 4 6 日提出

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Page 1: シンポジウムⅠ 褥瘡治療と多職種連携 創傷・褥瘡治療の進歩 を在 … · 52 基調講演2 褥そうのラップ療法/OpWT -過去・現在・未来―

2008年度 在宅医療助成(指定公募) 完了報告書

シンポジウムⅠ

褥瘡治療と多職種連携 創傷・褥瘡治療の進歩

を在宅へ!

申請者:平原 佐斗司 (東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所

在宅サポートセンター長) 〒114-0004 東京都北区堀船 3-31-15

平成 21年 4月 6日提出

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シンポジウムⅠ褥瘡治療と多職種連携 創傷・褥瘡治療の進歩を在宅へ!概要

1.開催時期 2009 年 3 月 1 日(日)9:00-11:50

2.開催場所 かごしま県民交流センター

〒892-0816 鹿児島県鹿児島市山下町 14-50

Tel: 099-221-6600(代表) Fax: 099-221-6640

3.主催 第 11 回日本在宅医学会大会

大会長 中野一司

(医療法人ナカノ会 ナカノ在宅医療クリニック 院長 鹿児島大学医学部 臨床教授)

4. 共催 財団法人 在宅医療助成勇 美記念財団

5.プログラム

座長: 平原佐斗司 (東京ふれあい医療生活協同組合梶原診療所在宅サポートセンター、

研修センターセンター長)

中野 一司 (医療法人ナカノ会理事長・ナカノ在宅医療クリニック院長・

鹿児島大学医学部臨床教授)

第 1 部:基調講演 (9:00~10:10)

1 創傷治療の基礎と臨床

夏井睦(石岡第一病院傷の治療センターセンター長)

2 褥そうのラップ療法/OpWT -過去・現在・未来―

鳥谷部俊一(相澤病院褥創治療センター統括医長)

3 褥瘡治療の実際と問題点

切手俊弘(日本褥瘡学会評議員)

第 2 部:シンポジウム (10:10~10:55)

1 褥瘡治療の実際-在宅主治医の立場から

鈴木央(鈴木内科医院副院長)

2 褥瘡管理のための地域連携システム

岡田晋吾(北美原クリニック理事長)

3 褥創治療の実際と多職種連携~訪問看護師の立場から~

泊奈津美(医療法人ナカノ会ナカノ訪問看護ステーション所長)

第3部:総合討論 (11:00~11:50)

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第1部:基調講演

座 長

平原 佐斗司 東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 在宅サポートセンター、研修センター センター長

1987年島根医大卒。在宅緩和ケアに興味をもち、92年より梶原診療所で在宅医療を開始。在宅医学会幹事(同認定専門医制度委員会副委員長)在宅医療専門医、総合内科専門医、プライマリケア学会指導医・評議員。東京医科歯科大学臨床教授、東京女子医大非常勤講師。気管支鏡、アレルギー学会各専門医。ミシガンネット理事。<編集・執筆>「在宅医療テキスト」(勇美財団)編集責任者、在宅医学会編「在宅医学」編集副委員長。「明日の在宅医療」全7巻編集幹事。他在宅医療、認知症、緩和、教育等の論文多数。研究領域は、認知症、非がん疾患の緩和ケア。

中野 一司 医療法人ナカノ会 理事長ナカノ在宅医療クリニック 院長鹿児島大学医学部 臨床教授

1956年 3 月生まれ、52歳1981年 3 月:東京理科大学薬学部卒業(薬剤師免許取得)1987年 3 月:鹿児島大学医学部卒業(医師免許取得)1987年 4 月:鹿児島大学病院第3内科入局1988年 1 月~1988年 3 月:鹿児島大学医学部付属病院救急部で研修1995年 3 月:鹿児島大学医学部大学院内科系卒業。医学博士。      研究テーマ:血液凝固学の分子生物学。1995年 4 月:鹿児島大学附属病院検査部      検査部内コンピュータネットワークの構築に従事1999年 9 月:ナカノ在宅医療クリニック開設(院長)2003年10月:医療法人ナカノ会理事長2004年11月:ナカノ訪問看護ステーション、ナカノ居宅介護支援事業所を設立2008年 3 月:鹿児島大学医学部臨床教授<著書>臨床診断のピットフォール(只野寿太郎監修、医歯薬出版)感染症(一山智、丸山征郎偏、メディカルビュー社)がんの在宅医療(坪井栄孝、田城孝雄編、中外医学社)褥創の常識・非常識(鳥谷部俊一、三輪書店)これでわかった!褥創のラップ療法(鳥谷部俊一、三輪書店)<役職>鹿児島大学医学部 臨床教授全国在宅療養支援診療所連絡会 世話人NPO 在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク 理事第11回日本在宅医学会大会長 (平成21年2月28日~3月1日開催)

シンポジウムI

褥瘡治療と多職種連携 -創傷・褥瘡治療の進歩を在宅へ!

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シンポジスト

夏井 睦 石岡第一病院 傷の治療センター センター長

1957年,秋田県生まれ。1984年,東北大学医学部卒業。その後,東北大学形成外科に入局。2007年より石岡第一病院傷の治療センターに赴任。

鳥谷部 俊一 相澤病院褥創治療センター 統括医長

1953年 青森県生まれ.1979年 東北大学医学部医学科卒業.1982年 東北大学医学部第二内科.1991年 鹿島台町国民健康保険病院内科科長.1996年 褥創のラップ療法を考案.2004年 相澤病院総合診療部統括医長.2005年 相澤病院褥創治療センター統括医長.

関心領域:高齢者医療,創傷ケア,エンドオブライフケア

切手 俊弘 日本褥瘡学会 評議員

平成9年大分医科大学医学部を卒業。大分大学第1外科で研修を行い、飯塚病院、津久見市医師会立津久見中央病院などで消化器外科医として研鑽を積む。高齢者を見る機会が多く、褥瘡ケア、胃瘻などに興味を抱き、平成14年「ストーマ創傷ケア勉強会」を発足し、大分県内の創傷ケアの普及に努めた。平成18年度大分大学に戻り、翌年第4回日本褥瘡学会九州地方会事務局を務めた。平成19年より地域医療をさらに勉強するため現在の診療所に勤務し、在宅医療に取り組んでいる。日本褥瘡学会 評議員 機関紙編集委員日本外科学会 専門医

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基調講演1 創傷治療の基礎と臨床

夏井 睦石岡第一病院 傷の治療センター

 病気の治療の原則は,病気を悪化させる要因を除き,病状を改善させる方策をとることであり,これは皮膚外傷の治療でも同様である。では皮膚損傷での悪化要因は何かといえば,創面の乾燥と創面の消毒の二つであり,一方,改善要因は創面を湿潤に保つことである。つまり,「傷は乾かさない,消毒しない」という二つを守れば,薬剤を使わなくてもどんな皮膚損傷も非常に早くきれいに治癒するのである。 創面の乾燥を防ぎ,湿潤を保つことがなぜ重要かというと,あらゆる人体細胞は乾燥させると死滅するからだ。創面では欠損した組織の修復が起こっているが,これは創面で細胞培養をしているのと同じである。培養液がなくなれば培養細胞が死滅するように,創面を乾かせば創修復のために遊走してきた細胞も死滅することになる。細胞が生きるためには湿潤環境が絶対に必要である。さらに,創面からは細胞の増殖に最適のサイトカインを豊富に含んだ浸出液が分泌されている。このため,創面を何かで覆えば創傷治癒物質に富んだ液で湿潤に保たれることになり,創は急速に上皮化する。この「創の閉鎖による湿潤環境の維持」のために開発された治療材料が創傷被覆材である。 一方,消毒薬は蛋白質変性作用によって細菌を殺すが,その作用は種特異的でなく,消毒薬にはその淡白が人体のものか細菌のものかの区別がつかず,細菌と人体細胞を比べると消毒薬は人体細胞をより強力に傷害する。このため,原液の消毒薬中でも増殖できる細菌がいるのに,希釈した消毒薬であっても人体細胞を殺すことができ,消毒薬は創面を傷害するものである。従って,人体にとっては毒物として作用し,消毒すればするほど創は治らなくなるのである。 さらに付け加えると,創面に細菌が存在するだけでは創が化膿したり創治癒が遅れることはなく,感染を起こしていない創面の細菌は除去する必要がない。

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基調講演2 褥そうのラップ療法/OpWT -過去・現在・未来―

鳥谷部 俊一相澤病院褥創治療センター

1996年のことである.一年以上治らなかった褥瘡(直径15‐20cm)に食品用ラップを貼って治療したところ,約3ヶ月で治癒した.この経験を発表したところ,多くの追試研究がなされ,ラップ療法として知られるようになった.2005年,ラップ療法は進化した.食品用ラップのかわりに穴あきポリエチレンフィルム/紙オムツを用いる処置法は,ウエットドレッシング療法の欠点の多くを解決した.演者は,「開放性ウエットドレッシング療法Open Wet-dressing Therapy:OpWT」を,治療理論を明示する用語として提唱している).褥瘡のドレッシング療法は,体圧やズリ応力,骨突出,多量の浸出液やポケット形成のためしばしば困難に直面する.褥瘡に適したドレッシングが入手困難な現状では,台所用穴あきポリエチレンフィルムと紙おむつを材料にした自家製のドレッシングが解決法の一つとなる.OpWTによる褥瘡ケアは簡単である.創と創の周囲を温水で洗い,患部全体(臀部の場合は20x30cm)を包む十分な大きさのドレッシングをあてるだけである.ラップ療法/OpWTは,廉価かつ簡便でありながら高い臨床効果を有するため,急性期と慢性期医療および在宅医療の現場で普及している.ラップ療法/OpWTが急速に普及する一方,日本褥瘡学会ガイドラインに掲載されていないことが臨床の現場で困惑をもって受け止められている.ラップ療法/OpWTが新しい治療法であること,医療用ではない家庭用品を用いた治療法であること,エビデンスの存在が褥瘡の専門家に周知されていないことなどがガイドラインに掲載されない理由と推察する.ラップ療法については既にエビデンスが集積されている.OpWTのエビデンスとしては,藤広のOpWT導入前後の治療成績の比較報告がある.設立10年の節目を迎えた日本褥瘡学会は,「ラップ療法検討委員会」を設置して正式に検討することになった.学会主導でOpWTの大規模比較試験が行われ,ラップ療法/OpWTが学会ガイドラインで正当に位置づけられることを期待する.2008年,開放性ウエットドッシングは医療機器として商品化された.モイスキンパッド® (白十字・東京)は,褥瘡,一般創傷,皮膚疾患への応用が期待されている.

文献:褥創治療の常識非常識―ラップ療法から開放性ウエットドレッシングまで―.三輪書店,東京,340p,2005.   これでわかった!褥創のラップ療法―部位別処置事例集.三輪書店,東京,240p,2007.

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基調講演3 褥瘡治療の実際と問題点

切手 俊弘日本褥瘡学会 評議員

 褥瘡は「できてしまえば治らない」といわれていた時代は遠い昔の話ではない。ここ十年で褥瘡の発生メカニズムが研究され、治療するための薬剤や創傷被覆材が活用され褥瘡は「治る」ようになってきた。そして現在では褥瘡の発生の原因を探り、「予防する」時代へ突入している。 このような褥瘡ケアの発展がある一方、まだまだその恩恵を十分に受けられていない分野が存在する。そこは在宅である。国は高齢者を在宅で療養できるように推進しているにもかかわらず、現場である在宅褥瘡ケアは体制が十分に整備されていない。 昨年度、日本褥瘡学会では在宅褥瘡の実態調査を全国規模で行い、調査と並行して各都道府県別に「在宅褥瘡セミナー」を開催した。また、「在宅褥瘡予防・治療ガイドブック」を作成し、在宅に従事する方々が褥瘡ケアを理解しやすくなるように対策を講じている。しかし国としても褥瘡学会としても在宅褥瘡への取り組みは「始まったばかり」といっても過言ではない。 一般病院でも療養型施設でも在宅でも、褥瘡をケアするための基本的な考え方は変わらない。それゆえ在宅だけに限られた方法などなく、褥瘡の方は「どこで見ても、誰が見ても同じようにケア」されるべきである。しかしながら在宅には以下のことが不足している。  • 褥瘡ケアを勉強する時間や機会  • 褥瘡処置に使用できる物品や費用  • 褥瘡を協働でケアする医師や連携の体制 これら在宅褥瘡ケアに足りないところを補うこと、また不足を別な方法で対処する工夫が必要とされる。 褥瘡を治そうとして、必死に働いている在宅現場の中から生まれてくるアイデアはすばらしい。まさに「必要は発明の母」である。しかしその「苦肉の策」をしなければならない背景が理解されていない。国や褥瘡学会が急いで行なわなければならないことは、「本当の在宅現場の声」を聞くこと、と演者は考える。何が病院と違って、在宅では同じように出来ないのかを理解し、上記不足を打開する体制作りを強化していかなければならない。 現在、演者は定期往診による在宅地域医療を行なっている。在宅で褥瘡をみるということの利点と限界などについて、実体験を含めて述べさせていただきたい。

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第2部:シンポジウム

座 長

平原 佐斗司 東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 在宅サポートセンター、研修センター センター長

中野 一司 医療法人ナカノ会 理事長ナカノ在宅医療クリニック 院長鹿児島大学医学部 臨床教授

シンポジスト

鈴木 央 鈴木内科医院 副院長

1987年 昭和大学医学部卒昭和大学第二内科学教室、高津中央病院内科医長、社会保険都南病院内科部長などを経て消化器内科、消化器内視鏡、二次救急医療を中心とした臨床に携わる。1999年より 鈴木内科医院 副院長鈴木内科医院院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス、ターミナル・ケアの概念を引き継ぎプライマリ・ケア、特に在宅緩和ケアを専門としている。東京医科歯科大学臨床教授東邦大学員外講師昭和大学医学部客員講師

岡田 晋吾 北美原クリニック 理事長

昭和61年3月   防衛医科大学校卒業昭和61年6月   防衛医科大学校付属病院勤務平成 4 年1月   公立昭和病院外科勤務平成 8 年1月   函館五稜郭病院外科医長平成15年1月   同外科科長平成16年6月から 同客員診療部長平成16年7月から 北美原クリニック開業<所属学会>日本クリニカルパス学会評議員、医療マネジメント学会評議員、日本静脈経腸栄養学会評議員、日本褥瘡学会理事、NPO法人PEGドクターズネットワーク理事、日本臨床医療福祉協議会評議員、HEQ研究会常任幹事、全国在宅療養支援診療所連絡会議世話人、函館医師会理事

シンポジウム I

褥瘡治療と多職種連携 -創傷・褥瘡治療の進歩を在宅へ!

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泊 奈津美 医療法人ナカノ会 ナカノ訪問看護ステーション 所長

1987年   防衛医科大学校高等看護学院卒      同年より防衛医科大学校病院勤務1988年より 鹿児島大学医学部付属病院勤務などを経て1999年より 訪問看護師(非常勤)として従事し2004年より 医療法人ナカノ会ナカノ在宅医療クリニック入職2006年より ナカノ訪問看護ステーション管理者となり現在に至る

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■S-I-1 褥瘡治療の実際 -在宅主治医の立場から

鈴木 央鈴木内科医院 副院長

 在宅での褥瘡対策はまず予防に始まる。それでも発生してしまった褥瘡に対する治療を考えるときに最も重要なのは、「なぜ褥瘡ができたのか」という点にあると思われる。褥瘡が発生したということは患者側の病態と介護・ケアの状況のバランスが崩れていることを意味する。このバランスの崩れがなぜ生じたのかということを考えることが必要であると考える。 ある症例では、がんが進行し、寝たきり状態となり、仙骨部に黒色の壊死部を伴う大きな褥瘡が出現した。このケースでは残された時間は短いと考えられる。このため、褥瘡の治癒に必要な数ヶ月の時間をとることができない。したがって、治癒を目的にするよりも、褥瘡によって生じる不快な症状を緩和する方針で治療を進めることになる。 ある寝たきりの症例では、認知症のために嫉妬妄想が出現した。介護者である妻の姿が少しでも見えなくなると、「今浮気をしてきたのだろう」となじる状態が続いた。その結果、体位交換が極端に少なくなった。その結果、褥瘡が出現した。治療は局所療法のみならず、嫉妬妄想の治療が必要であった。 また、認知症の末期、嚥下困難となり誤嚥性肺炎を繰り返していく過程で褥瘡が出現。胃瘻を設置し栄養状態を改善すべきかどうか、本人・家族の意向を取り入れながら意思決定していくことが、褥瘡治療の前に必要とされる。 このように、患者の全体を見ていくことが在宅褥瘡治療には必要とされる。いわば、褥瘡という局所変化に対して、患者の全身状態、今までの病状、患者の生活史、人生観を考えたうえでの治療が行なわれるのが在宅褥瘡治療の特徴であるといえる。 また当院における褥瘡局所療法の基本は以下の5項目である。  ① 褥瘡原因の除去  ② 湿潤環境の保持  ③ 消毒は極力行なわない。感染時には抗生剤全身投与。  ④ ガーゼは使用しない  ⑤ 創の洗浄をこまめに行い、積極的に壊死物質や浸出物を除去する この基本方針を満たす局所療法の基本は褥瘡をドレッシングすることであり、これは基本的に材料を問わない。医療用ドレッシング材として市販されているものに加え、ラップ療法も十分にその選択肢の中に入る。ラップ療法は急性期褥瘡では非常に有用であると考える。しかし、OpWT療法(開放性ウェットドレッシング療法)というラップ療法の一部では吸水力が強く、治癒期の褥瘡では創が乾燥傾向になる場合もある。 改めて強調するが、在宅での褥瘡治療は局所療法のみでは完結しない。全身的、さらには家族を含めた全人的な対応が必要とされるのである。

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■S-I-2 褥瘡管理のための地域連携システム

岡田 晋吾北美原クリニック

 褥瘡管理は長期にわたることも多く、在院日数が短縮化された現在の医療環境のなかではひとつの病院だけで治癒にまで持っていくことは難しい。治療にあたっては地域の医療機関、施設、在宅がうまく連携して患者や家族に負担をかけないように管理していくことが大切になる。病院の褥瘡管理では多くの病院で褥瘡対策チームが作られ、また皮膚排泄認定ナースも増えて活動するようになっているため、院内褥瘡発生率の低下や治癒日数の短縮などの効果が見られている。しかしいわゆる持ち込み褥瘡の減少までには至っていないところが多い。その原因のひとつとして施設や在宅での褥瘡予防、治療の体制が十分でないことが考えられている。施設や在宅の現場のスタッフは熱心にケアを行っているが、なかなか褥瘡についての教育を受けることが少なく、どこに相談すればいいのかわからないという悩みも多い。そこで函館を中心とする道南地区では6年前に道南創傷治癒研究会を立ち上げ、地域の褥瘡、創傷管理に関わるすべてのスタッフが参加して勉強をする機会を持つようにした。定期的に認定ナースを中心とした勉強会や、訪問看護師の症例研究会を行うことで病院スタッフと施設・在宅スタッフの垣根をなくし、いつでも相談できる雰囲気作りが可能になってきている。地域の連携においては継続的な教育が必要であり、医療だけでなく介護スタッフ、患者、家族を含めた教育システムが重要であると考える。またいつでも相談できる窓口を地域に提示して、早い段階で相談を受けることで早期治癒や褥瘡発生予防につなげることが可能になると考えている。

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■S-I-3 褥創治療の実際と多職種連携 ~訪問看護師の立場から~

泊 奈津美医療法人ナカノ会 ナカノ訪問看護ステーション

 平成20年診療報酬改定において、重度の褥瘡(真皮を越える褥瘡の状態)のある者に対しては、特別訪問看護指示書を1月につき2回まで交付可能となった。このことは、在宅における密な褥瘡ケアが必要とされている現状が公に認められたと解釈できる。ナカノ訪問看護ステーションでは平成16年開設当初より、同法人のナカノ在宅医療クリニック医師よりラップ療法による褥創処置の訪問看護指示をうけ、多数の事例を経験している。当ステーションにおいても前述した制度利用にて、訪問看護が集中的に関わり治癒、軽快した事例もある。 在宅では、多職種多数のサービス提供者が関わり療養者の生活を支えているという背景の中、情報の共有、処置(ケア)の統一においては今なお苦慮している。それが褥創となれば短時間で一気に悪化するリスクをもつ処置(ケア)だけに、早急な対応が必要であることは言うまでもない。私達はその現状を受け、多職種連携という観点からいくつかの課題を見出し、褥創の早期改善への働きかけを行っている。褥創とその処置においては当ステーション内でも基本的な知識、手技の実際を統一し、多職種間の連携においては中核たる役割を担うべく、訪問看護師として定期的に創部や処置内容の評価検討が行える評価基準を作成した。また家族・他のコメディカルとの連携方法の確立、介護力及び対象の個別性にあわせた指導方法の工夫といった内容について広く普及を図る為、直接連携先の事業所へ出向き勉強会を行い、アンケートを実施した。 それらの取り組みを進めていく中で、職種によって褥創ケア経験に大きな差があることや、訪問看護指示書を出す医師によっても褥創処置の指示内容に違いがある現状が見えてきた、と同時に、指示を受ける訪問看護師の苦悩も理解できた。経験不足が生み出す処置(ケア)への不安、実施したい処置(ケア)を行えない現場でのジレンマを解消する為にも、役割意識を持ち知識普及を進めていく必要性を実感している。 在宅では多職種多数のサービス提供者の関わりなくしては、療養生活同様、褥創も改善、治癒できない。訪問看護師として、家族及び各サービス提供者が正しく褥瘡処置(ケア)を理解し継続できるよう助言支援していく立場を自覚し、在宅療養者の安全と安楽を確保するべく今後も一層の努力を図って行きたい。

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第3部:総合討論

座 長

平原 佐斗司 東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 宅サポートセンター、研修センター センター長

中野 一司 医療法人ナカノ会 理事長ナカノ在宅医療クリニック 院長鹿児島大学医学部 臨床教授

シンポジスト

夏井 睦 石岡第一病院 傷の治療センター センター長

鳥谷部 俊一 相澤病院褥創治療センター 統括医長

切手 俊弘 日本褥瘡学会 評議員

鈴木 央 鈴木内科医院 副院長

岡田 晋吾 北美原クリニック 理事長

泊 奈津美 医療法人ナカノ会ナカノ訪問看護ステーション 所長

シンポジウム I

褥瘡治療と多職種連携 -創傷・褥瘡治療の進歩を在宅へ!

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【シンポジウムを終えての感想】 第一部の基調講演では、夏井睦氏から、創傷の治療には消毒やガーゼを使わないこと、

湿潤環境が必要であること等、豊富な実践例を交えて、創傷治療の理論を分かりやすく解

説していただきました。鳥谷部俊一氏からは、ラップ療法の発案から進化の過程を解説し

ていただき、日常のケアで使える多くの工夫感染の予防など注意点についても教えていた

だきました。切手俊弘氏からは創傷の治療についての基本は同じであることと、全身管理

の重要性を確認した上で、あくまで現場主義にたって議論していくことや在宅での連携の

重要性が話されました。 第二部の実践編では、鈴木央氏からは、創傷だけでなく患者の全身状態を見ることの大

切さに加え、在宅医療の現場では、患者の身体的状況だけでなく、介護状況などの社会的

な背景を考慮し最善の方法を選択していることが話されました。 岡田晋吾氏からは、在宅の褥瘡ケアを向上するための具体的な実践例を紹介いただき、地

域連携の重要さが話されました。泊奈津美氏からは、訪問看護の立場から、アンケート結

果で明らかになった在宅での褥瘡ケアの連携の問題点を提起され、中心的に褥瘡ケアにあ

たる訪問看護の重要性が確認されました。 総合討論では、褥瘡治療の基本は同じであることが確認された。特に、単純にどの方法

が良いということではなく、創をきちんと観察し、感染に対して予防的に対処することの

重要性が話されました。また、創傷治療だけでなく、全身管理の重要性や基本をおさえつ

つ在宅ならではの柔軟な対応も必要であることも確認されました。 連携の問題については、専門医でもただしい褥瘡治療の知識が普及していない現状にあ

ることが話され、正しい知識の普及をはかるとともに、専門家を変えていくには褥瘡学会

などが現場に即したガイドラインを作っていくことが非常に重要であることが確認されま

した。 本シンポジウムが、在宅ケアで広く普及しているラップ療法と日本の褥瘡研究をリードし

てきた褥瘡学会が、同じテーブルにつき、共通点を確認し、現場主義にたった具体的な課

題を確認する有意義な議論がなされたという点で、画期的なシンポジウムになったと思い

ます。

平原 佐斗司 (東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所

在宅サポートセンター長)

「財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の助成による」