オバマ米新政権がもたらす...

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15 石油・天然ガスレビュー アナリシス オバマ米新政権がもたらす 「Change」を展望する (1)大統領の物理的限界 オバマ新大統領がいかに有能なリーダーであるとして も、処理できる仕事の量には自ずと限界がある。どんな 人間にも、1週間は7日、1日は24時間しかない。大統 領のスケジュールに何を組み入れるか自体が重い意味を 持つ政策判断であり、これを担当する大統領補佐官に とって重責でもある。その大統領補佐官の経験者に先日 話を伺う機会を得たのだが、素人目にも多忙を極めるの だろうなと想像していた大統領のスケジュールは、殺人 的とさえ言える印象であった。世界のいかなる地域の問 1. オバマ政権が迎える課題(全般・内政) JOGMEC ワシントン事務所 平井 裕秀 じめに 2 0 0 9 年1月 2 0 日、バラック・フセイン・オバマ第 4 4 代米国大統領が誕生した。オバマ新大統領に寄 せる期待は限りなく大きく、大統領就任時期の支持率 6 8 %は直近 8 人のうち最も高い数字である *1 。この 高支持率は、イラク戦争後の処理の混乱に始まり、1 0 0 年に 1 度とも言われる景気低迷に見舞われ、史上 最低レベルをさまよい続けた前ブッシュ大統領の低支持率 *2 の裏返しという側面もあろう。ただ、大統 領選挙戦中から国外からも絶大な応援を得、就任式その日には歴史的瞬間を分かち合いたいというだけで 数百万人の人々がワシントン DC に押しかけるなど、すべてが米国憲政史上初の出来事を見せ続けてきて いることからしても、オバマ人気は単なるブッシュ・アンチテーゼによるにわか人気ではないのだろう。 誰もが米国政治の根本的変化を求める中で、オバマ 新大統領が持つカリスマ性によって人々が歴史的転換 点の瞬間に立ち会っていると感じ *3 させられているか らではないのだろうか。 ただ、オバマ政権が対処しなければならない課題は、 適当な形容詞が見当たらないほどに重く、かつ山積し ている *4 。新政権は、まさに内憂外患の極みの状態か らのスタートとなる。この状況で、どのように難題を 片づけていこうとしているのか、オバマ政権の施政方 針を先読みするためのヒントは非常に限られている。 本稿執筆中(1月末)の時点では、選挙戦中のオバマ 氏のコメント、新政権の閣僚人事、その他は真偽の確 かめようのない周辺情報が手がかりということになる。 こうした制約条件の下であることを踏まえた上で、本 稿では、オバマ新政権が米国内外のユーフォリア的(熱 狂的)期待にどう応えていくのか、そしてこれが世界の エネルギー情勢にいかなる影響をもたらすことになる のか、当地におけるインタビューの結果をベースに展 望してみることにする。 オバマ 第 44 代米国大統領 写1 ワシントンで 1 月 20 日、就任演説するオバマ新大統領。 出所:ロイター / アフロ

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Page 1: オバマ米新政権がもたらす 「Change」を展望する...15石油・天然ガスレビュー JOGMEC アナリシス オバマ米新政権がもたらす 「Change」を展望する

15 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

アナリシス

オバマ米新政権がもたらす「Change」を展望する

(1)大統領の物理的限界

 オバマ新大統領がいかに有能なリーダーであるとしても、処理できる仕事の量には自ずと限界がある。どんな人間にも、1週間は7日、1日は24時間しかない。大統領のスケジュールに何を組み入れるか自体が重い意味を

持つ政策判断であり、これを担当する大統領補佐官にとって重責でもある。その大統領補佐官の経験者に先日話を伺う機会を得たのだが、素人目にも多忙を極めるのだろうなと想像していた大統領のスケジュールは、殺人的とさえ言える印象であった。世界のいかなる地域の問

1. オバマ政権が迎える課題(全般・内政)

JOGMECワシントン事務所 平井 裕秀

はじめに

 2009年1月20日、バラック・フセイン・オバマ第44代米国大統領が誕生した。オバマ新大統領に寄せる期待は限りなく大きく、大統領就任時期の支持率68%は直近8人のうち最も高い数字である*1。この高支持率は、イラク戦争後の処理の混乱に始まり、100年に1度とも言われる景気低迷に見舞われ、史上最低レベルをさまよい続けた前ブッシュ大統領の低支持率*2の裏返しという側面もあろう。ただ、大統領選挙戦中から国外からも絶大な応援を得、就任式その日には歴史的瞬間を分かち合いたいというだけで数百万人の人々がワシントンDCに押しかけるなど、すべてが米国憲政史上初の出来事を見せ続けてきていることからしても、オバマ人気は単なるブッシュ・アンチテーゼによるにわか人気ではないのだろう。 誰もが米国政治の根本的変化を求める中で、オバマ新大統領が持つカリスマ性によって人々が歴史的転換点の瞬間に立ち会っていると感じ*3させられているからではないのだろうか。 ただ、オバマ政権が対処しなければならない課題は、適当な形容詞が見当たらないほどに重く、かつ山積している*4。新政権は、まさに内憂外患の極みの状態からのスタートとなる。この状況で、どのように難題を片づけていこうとしているのか、オバマ政権の施政方針を先読みするためのヒントは非常に限られている。 本稿執筆中(1月末)の時点では、選挙戦中のオバマ氏のコメント、新政権の閣僚人事、その他は真偽の確かめようのない周辺情報が手がかりということになる。こうした制約条件の下であることを踏まえた上で、本稿では、オバマ新政権が米国内外のユーフォリア的(熱狂的)期待にどう応えていくのか、そしてこれが世界のエネルギー情勢にいかなる影響をもたらすことになるのか、当地におけるインタビューの結果をベースに展望してみることにする。 オバマ 第 44 代米国大統領写1

ワシントンで 1月 20 日、就任演説するオバマ新大統領。出所:ロイター /アフロ

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アナリシス

題にも対応を求められる「世界の警察官」たるお国柄ゆえ、多忙なのは言うまでもないが、米国大統領が国家元首であるために国賓接遇等にも多くの時間を割かなければならない点などは見落とされがちである。さらに、サミットを始めとする出席せざるを得ない国際会議の数は、以前とは比較にならないほど増えている。こうした選択の余地のない国内外の予定を実際にカレンダーに書き込み始めると、政策立案に使える時間は極めて少ないことに気づかされる。その上で、面談を求める国家元首は後を絶たない。問題のある国との関係を優先することとなるが、比較的問題が少ない国でも、これを放置しておくと、アジアの某国に典型的に見られるように「軽視ではないか」「バッシングではないか」と騒ぎ立てられるのであるから、合理的にすべてを割り切るわけにもいかない。 かくして、周囲は大統領に多くを求めるわけだが、大統領に判断を下すことのできる時間が十分に与えられるわけではない。勢い、人々の耳目を集める案件、議論が紛糾しそうな案件が優先されることになる。では、世界のエネルギー情勢に影響をもたらすような政策イシューは、オバマ大統領の政策アジェンダの中で、いかなる位置を占めているのだろうか。まずは、そこから見ていこう。

(2)優先課題

 閣僚名簿の発表順(表1)を見ても、現下の優先課題が景気対策であることは明らかである。バーナンキFRB議長が「100年に1度」と表現したように、現在の経済状況は極めて深刻である。年が明けてからは、大手企業の雇用削減のニュースが毎日流れ、経済指標の発表には何十年間で最悪という修飾詞が必ずついてくる。金融政策を筆頭に、採られる政策は異例の措置だらけ、ついには米国企業の代名詞として世界に君臨していた自動車メーカー BIG3の全社が倒産の瀬戸際に追い込まれ、政府から資金援助を受ける状態なのである。こうした政府関与を世界中で最も忌み嫌い、他国の政策を厳しく批判し続けてきた米国にとってみれば、コペルニクス的政策転換を迫られている状況である。当然、こうした政策転換は大きな摩擦を生み出し、大統領は暫くこれにかかりきりにならざるを得ない。現時点では、まだ経済の落下スピードさえ緩んでいない。優先問題は何かという話ではなく、いつになったら大統領は経済再建以外の話に時間を十分に割くことが可能になるのかという状況にあるとさえ言える。

(3)エネルギー ・環境政策の優先度

 経済対策が群を抜いて優先度の高い課題であるとして、本稿の関心であるエネルギー問題はいかなる優先度合いにあるのだろうか。ガソリン価格が1ガロン4ドルを超えていた昨夏までは、エネルギー政策が最も優先度合いの高いテーマであったが、原油価格が急落し、ガソ

揺れる GM 本社ビル写2

閣僚名簿の発表日表1

出所:JOGMECワシントン事務所 横山副所長撮影

閣僚名

2008 年 11 月4日 大統領選挙

11 月5日 エマニュエル 主席大統領補佐官

11 月 10 日 ジョーンズ 国家安全保障補佐官

11 月 18 日 ダッシェル 保健衛生長官

11 月 22 日 サマーズ 国家経済会議議長

11 月 24 日 ガイトナー 財務長官

12 月 1 日

ナポリターノ 国土安全保障長官ゲーツ 国防長官クリントン 国務長官ライス 国連大使

12 月 7 日 シンセキ 退役軍人長官

12 月 10 日 チュー エネルギー長官

12 月 12 日 ブラウナー エネルギー環境政策調整官ジャクソン EPA 長官

12 月 13 日 ドノバン 住宅開発長官

12 月 17 日 ヴィルサック 農務長官サラザール 内務長官

12 月 19 日カーク USTR 代表ソリス 労働長官ラフッド 運輸長官

2009 年 1 月 13 日 ダンカン 教育長官

出所:各種資料を基に筆者作成

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JOGMEC

オバマ米新政権がもたらす「Change」を展望する

リン価格も落ち着くにつれて、この問題に対する世の中の関心が急速に薄れていることは確かである。不況、失業、という経済問題を前に、完全に姿を消してもよさそうな社会環境にあるものの、オバマ新大統領のこれまでの言動を見る限りでは、環境問題を含めた広い意味でのエネルギー問題の優先度は、さほど下がっていない。上述の閣僚名簿の発表でも、大統領側近、経済閣僚、外交・安全保障問題関連の閣僚の次には、エネルギー・環境関連の閣僚が発表されている。また、既に経済対策の概要が発表されているが、その目玉施策の中にあるのは、グリーンニューディールと呼ばれる省エネ・環境対応型社会インフラ関連投資である。1月8日の議会指導者達との会合後の記者会見では、経済回復に当たってはエネルギー投資が鍵となると表明し、新エネ・代エネ投資の促進や、送電インフラへの投資などの具体策を語っている。 さらに、地球環境問題への積極的な取り組み姿勢にも変化はなさそうである。エネルギー関連コストの上昇を伴う対策を講じるのかという点については、足元の不景気が未曽有の規模にあるという見方が定着してくるにつれて、否定的な意見が少しずつ増えている感がある。ただ、閣僚の顔ぶれを見ても、発言ぶりを見ても、この問題に真剣に取り組んでいくという姿勢に揺らぎはない。具体的な施策をいかなるものにし、いつから講ずるのかという話は別として、総論としてのエネルギー・環境対策は、「依然として」オバマ政権が掲げる目玉商品であり続けている。

(4)外交政策

 米国政権が講ずる施策のうちで、世界のエネルギー情勢に何が最も影響力を持つかと言えば、国内エネルギー政策よりも、外交政策の方に軍配が上がろう。米国の安全保障問題に直結する中東情勢は、石油ガス市場にとっての地政学的問題要因そのものであり、この分野でオバマ政権が変革をもたらすとなれば、エネルギー情勢に少なからぬ影響が出るのは間違いない。 ただ、ここで注意しておきたいのは、米国石油ガス企業と米国政府の外交政策との関係である。石油ガスの上流部門への米国政府のアプローチは、伝統的にレッセ-フェール(laissez-faire=自由放任主義)である。海外権益獲得の面まで含めて、企業が政府のサポートを求めることは稀

まれ

だし、政府の関与さえも嫌うケースが多く存在する。陰謀論好きの我が国では、米政府、特に共和党政府と石油会社がぐるになって、世界各地の石油権益を奪取すべく日夜戦略会議が行われているかのようなイメージが拭ふっ

拭しょく

できないが、こうした話は映画やテレビドラマの中だけと断じてよいだろう。当地で見聞を広めれば広めるほど、噴飯物の話との念を強くする。各国政府が自国企業のビジネス支援をするという、どの国にでもあるレベルの話は存在するし、「ないことの証明」などできないために話は複雑になるが、あったとしても、取るに足らないレベルだろう。 実際、過去半世紀、米国石油企業が保有する海外上流権益シェアが低下の一途を辿り続けている歴史を振り返れば、陰謀があったとしても失敗の連続ということが分かろう。昨年7月のイラクのケースを例にとれば、米国議会で「米国政府が、米国企業に不公正な形で権益付与をしているのではないか」などという議論が沸き起こったことが契機となって、随意契約での上流開放ができなくなっている。ブッシュ前大統領と近しい関係にあると言われるハントオイルがクルド自治政府との間で契約締結したという事例も、米国政府が米国石油企業の動きをグリップできない好例として挙げられる。同業他社、議会、そしてマスコミが、鵜の目鷹の目で政府の動きを追っているだけに、この国で怪しげな「陰謀を図る」ことはおよそ現実的ではない。 閑話休題。話をオバマ政権の動きに戻そう。外交問題は引き続き中東が中心軸である。イラク撤兵問題、イラン核問題、アフガン和平・パキスタン問題が、昨秋の大統領選での討論の一貫したテーマであったこともあり、世間の注目はオバマ政権の中東政策に集まる。昨年末か

昨夏には 1 ガロン 5 ドルを超えた SS も写3

出所:�アラスカ州の SSにて JOGMECワシントン事務所 横山副所長撮影

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アナリシス

ら戦火が拡大したイスラエル・パレスチナ問題も含め、政権発足直後から「待ったなし」で対応が求められていくこととなる。安全保障問題では、中東に続いて米露関係をいかに再構築するのかも注目の点である。米国の対露観は、昨夏のロシア・グルジア紛争後、冷戦終了後最低の状況になったままである。関係国との「対話」「協調」を唱えて選ばれたオバマ政権だけに、山積する外交問題の解決には必須の安全保障理事国、特にロシアとの関係修復に真剣に取り組まざるを得ない。その他、クリントン国務長官が指名承認の際の公聴会(1月13日CQ.com)で発言した中では、中東、ロシアの他に、北朝鮮、中国などの名前が課題として挙げられていた。現時点で、米国政権の目からすると、ここらまでがトッププライオリティーの問題と見られているのだろう。 いずれにせよ、オバマ大統領は、大統領選挙開票日直後から関係各国との関係づくりに乗り出すなど、積極的に活動を始めている。我が国の麻生首相に電話があった

ことがメディアでも紹介されているが、こうした関係国への電話外交は日本が特別に重視されているが故に行われたわけでもない。各国の報道を細かく追ってみれば、かなり広範囲に、そして迅速に各国の首脳への電話による挨拶が行われていることが分かる。中央アジア某国の在ワシントン大使から聞いたところでは、「こんなに素早く我が国に電話がかかってきた例はこれまでにない」とのことであった。政権発足翌日には中東各国首脳に電話をし、1月26日には初の海外テレビインタビューにアルアラビアを選んで、「米国はあなたたちの敵ではない」とイスラム世界に呼びかけ、同日、仏・独・露の首脳と電話会談を行い、中東和平、アフガン問題、核兵器削減などを議論するなど、既にトップスピードで始動している。以下、まずはこの外交政策から個別問題の展望を試みていくことにする。

2. 個別課題の展望(外交編)

(1)イラク

①ブッシュ政権の負の遺産としてのイラク 後世の歴史家がブッシュ政権を語るとすれば、9.11事件とイラク問題に焦点を当てることだろう。イラク侵攻の是非に始まり、戦後の治安悪化への対応に至るまで、ブッシュ政権の大半は、世界を巻き込みつつ、国論が二分された時代であった。ネオコン一派が率いた米国ユニラテラリズム(単独行動主義)思想は、まず国外から強い批判を招き、イラク復興のもたつき、米軍死傷者数の増加とともに米国内でも非難を浴び、政治の表舞台から姿を消さざるを得ない状況*5に至った。民主党大統領予備選挙の段階では、「イラク開戦に賛成票を投じた」ことでクリントン候補が守勢に回らされ、連合国・友好国との協調の下の外交の推進、敵対国との話合いを訴えたオバマ候補が大統領選本選も勝ち抜いた。オバマ候補の有権者への訴えは、煎じ詰めればブッシュ路線に対するアンチ・テーゼの提起であり、その最たる例がイラク問題の扱いであった。 ここ数年当地で暮らし、米国民との日常会話の中で、そしてマスコミ紙上で、米国が世界から嫌われていると

いったコメントを耳にするようになったのは、筆者の米国人観からすれば新鮮な驚きであった*6。いわば米国のソフトパワーの低下について、80年代後半から90年代初頭にかけての議論では、アカデミズムレベルの話でしかなかったものが、今日では一般市民の日常会話やテレビ番組にまで及んでいる。この大きな変化をもたらしたのも、ブッシュ政権のイラク問題の扱いからであろう。イラクの治安改善が進み、世間の関心の中心はイラクから足元の経済にシフトしたことは確かである。しかし、ベトナム戦争と同じとまでは言わないが、イラク問題は米国にとってのトラウマであり、これを治癒してくれるリーダーとしての期待が、オバマ新大統領への絶大な期待となって顕現化していると考えてよいのではなかろうか。

②撤退方針 こうした背景を持ち合わせる問題であるだけに、イラク問題の処理への世間の潜在的な注目度は高い。オバマ大統領が周囲からの過剰期待を急激に萎

しぼ

ませることなく、任期最初の年をスタートするには、イラクからの撤兵を混乱なく進めることが必要となる。伝えられるとこ

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オバマ米新政権がもたらす「Change」を展望する

ろでは、就任式直後には安全保障関係者が集められ、早速本件が議論されたという。オバマ大統領から16カ月以内の撤兵という従前の主張通りの指示があり、軍幹部からは混乱が生じた場合の撤退の停止と方針の再考の提案がなされ、かく、方針決定が行われたという。この話の真偽は定かではない。しかし、就任演説においても「responsibly�withdraw」という表現を使っているところからも、オバマ大統領もここらが現実的対応ラインと考えていると推察される。この話が本当ならば、順調にいって年内に駐留軍の数は現状の半分程度の7万から8万の規模になることも想定される。 一方で、既に米国政権が独自判断で撤兵の是非・時期を決めることのできる問題ではなくなっている側面もある。既に前政権時代の昨年11月17日には、米国とイラクの間で米軍地位協定が合意され、同27日には、これがイラク国会で承認されている。この協定の中では、米軍は本年6月末までにイラク都市部から撤兵し、2011年までに撤兵を終えることになっている。また、イラクでは無事に1月30日に地方選挙が終わり、本年末には議会選挙が予定されている。こうした制約要因、政治社会環境を前提として、軍幹部は撤兵の具体的計画を練ることとなる。

③治安悪化可能性 イスラム教内部における宗派間及び宗派内での対立について進展の兆しが見えない中、選挙という要素も加わり、ただでさえ今年はイラク国内治安が不安定化する要素を孕む年である。これに、米軍の市街地からの撤退が加わることになれば、「微妙な均衡点の上にある現状からの変化=治安悪化」と考えるのが自然であろう*7。 ただ、これとは異なる見方もある。まずシーア派内では、昨春の闘争でサドル師一派の勢力は激減し、サドル師自身はいまだイランにいるのか、イラクからは身を隠したまま*8で反攻の動きは見当たらない。その点で、ハキーム師率いるイラク・イスラム革命最高評議会(ISCI)の優位を揺るがせる勢力はいないということになる。マリキ首相のダーワ党が勢力を伸張した*9といっても、ISCIに挑戦する力まではないだろう。よしんばシーア派内で紛争が生じた場合には、昨年同様イラン政府の仲介で早期に事態の収拾がなされるとも予想される。可能性があるとすれば、スンニー派とシーア派との抗争、それも民主主義選挙が徹底されるほど弱い立場が固定化されることにつながるスンニー派からの現状否定行動と

いうことになるだろう。ただ、これも政治プロセスから完全排除されるなどの事態でも発生しない限り、ようやく難民も国内に戻ってきた今日*10、政治プロセスでの権力回復闘争は続けるだろうが、暴力による力の回復を図ることは考えにくいという説である。 どの宗派、グループにとっても国内治安が安定して、経済活動が活発化し、生活水準が向上することが望ましく、おのおのが合理的判断をする限りにおいては内戦状態を醸成するという選択肢を選ぶはずはない。昨年の高油価も加わり、イラク国民の生活も、まだ低レベルにあるとはいえ、次第に「平和の配当」を享受し、これが実感され始めてきた時期でもある*11。各派が民心を無視して宗派の勢力伸張のために戦闘を仕掛けるというのも考えにくい。米国War�Collegeの教授が言う、「内乱が起こるのは、自らのアイデンティティが否定されている一派が存在する時」という説が正しいとすれば、足元の状況はそこまでの事態とも思われない。この、治安が悪化するか否かというのは、どこまで各派のリーダーが冒険主義的行動に走るのか、という合理的な演

えん

繹えき

で導き出すことのできない議論である。米軍も様々な分析をし、仮説は持つものの、そもそもの治安情勢向上の本当の理由に自信を持っていないだけに、撤兵の影響にも自信が持てない状態のようである。ただ、ここでは内戦勃発の確率を述べる意味もないし、それが本題でもない。いずれにせよ、このイラク国内での各派の勢力均衡点の再調整というプロセスに、米国が影響を及ぼすことのできる術

すべ

が限られていることは確かである。

④政権の対応 より重要なのは、混乱が生じた場合にオバマ政権はいかなる対応をとるかという点である。先ほどの軍幹部がオバマ大統領から取り付けた条件の話が本当であれば、まずは撤退の中断、方針の見直しは最低限行われるということとなる。地位協定自体にも、このようなケースにはイラク政府の同意を条件に、米軍駐留が継続できるように書かれている。クリントン国務長官のコメントでも、治安悪化事態にも備えてか、市街地からの撤兵を“hopefully”本年6月までに終える*12と表現されている。オバマ政権は、自他ともに認める現実主義路線*13であるだけに、治安が本当に悪化した場合には、早期撤兵を唱える民主党主導議会の反対を抑え、選挙公約であった16カ月以内の撤兵方針を見直すことになるのだろう。

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アナリシス

ただ、それは軍部としては最高司令長官の命令を遂行できないばかりか、上司の顔に泥を塗るという政治的事態に他ならない。軍幹部としては、何としてでもこれを避けるべく、最善の努力をするはず*14で、民心安定に向けた経済復興のための関係各国への協力要請も、これまで以上に行われることだろう。我が国としても、こうした事態を想定しての頭の体操を始めておくべきではないだろうか。

⑤入札 イラクの経済復興の鍵を握るのは、やはり石油ガス開発である。ただ、混迷する国政状況の中、炭化水素法の成立が見込める状況にないことに変わりはない。その一方で、マリキ首相そしてシャハリスタニ石油相が石油資源開発に懸ける情熱にも衰えるところはない。既存油田の増産、油田延命のためのプロジェクトについての入札計画にも、現時点で「表面上は」変化はない。問題は常に国内政治情勢の不安定性に帰着してしまうのだが、この入札にしても、その法的有効性は議論となるだろう。既存油田の扱いについては行政府の権限という見方も、党派が異なれば認められず、「全件議会承認が必要で、それなくしては無効」という主張になる。その上で、年末にも議会選挙が控えており、議会構成の変化、政権交代の有無次第で、現政府との契約にクレームがつく可能性があることも確かである。こんな状況下でも、米国メジャー各社は、どこの国にでもある話と言わんばかり、長期的視点に立って入札手続きに臨むのみならず、石油以外の分野にもビジネスの幅を広げて対応するという構えのようである。その一方で、オバマ政権がこの入札に介入することもないというのも、当地でのコンセンサスである。事業者としては、とにかく無事に入札が終わり、円満に事業開始に漕

ぎ着けられることを祈るだけである。

(2)イラン

 オバマ政権をより悩ませる外交問題と言えば、イラン核濃縮問題であろう。カーター政権以来浮き沈みはあれ、30年間にわたり正常化できない二国間関係であり、もつれた糸を紐

ひも

解と

くのは容易ではない。同様に、本問題の論点を網羅することも困難であり、ここでは、オバマ大統領の唱える「イランとの対話」の行方、見通し、我が国に深く関係する問題の制裁措置、そして軍事オプションの諸点に絞って考察する。

①対話の開始 選挙戦中にオバマ大統領が主張していた「イランとの対話」という点から考察を始めてみよう。イランでは、本年6月に大統領選挙を迎える。インフレの昂

こうしん

進、失業率の増加という経済環境に、原油価格の低迷が加わるなど、アフマディネジャド大統領の再選も楽ではない*15。強硬派の現大統領の再選を避けるため、イラン外交については拙速に走らず、まずはじっくりと出方を窺

うかが

うだろうという見方が一般的である。一方で、オバマ大統領のイスラム諸国向けの発言*16「相互の敬意に基づいたパートナーシップ」は、かねてからイラン側が米側に求めてきた言葉そのものを使っており、明示はしなかったがイランに向けた話合いを始めようという明確なメッセージ(大統領が意識していたかどうかはともかく、イラン側にはそう受け取る素地がある)という見方*17がある。まだNSC等のスタッフ職の席も埋まりきっていない時点での発言だけに、大統領自身の強い意気込みが反映されているものという。話合いを始めようと思っているなら、ニクソンによる米中会談の時もそうだったように、誰が相手であろうと話合いは始めるはず、という見方である。 イラン側と無条件に話合いを始めることを唱えて選挙を勝ち抜いた米国大統領の出現は、イラン側からしても米・イラン関係正常化のチャンスと見えていておかしくない。ハメネイ師(写4)のような最高指導層がイラン大統領選挙に関係なく動き始めても驚くことでもない*18。本年早々のイスラエルのガザ侵攻に対する抑制されたイラン指導部の動きも、その兆しと見る者もいる*19。

アヤトラ・アリ・ハメネイ師写4

2008 年 6 月 3 日、故ホメイニ師の追悼式典にて。出所:ロイター /アフロ

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JOGMEC

オバマ米新政権がもたらす「Change」を展望する

 実際に両国の人間が直接対峙して話を始めるかどうかにかかわりなく、様々な形でコミュニケーションは否応なく始まる。このイラン指導部のイスラエル問題の国内対応もその一つである。米国側も、2月4日のP5+1(常任理事国+ドイツ)の会議の出席での対応一つとっても、イラン側に新政権の考えが伝わる。またUAEとの原子力協定も試金石となろう。かねてから議会はUAEとイランとの、ドバイを通じたかかわりを問題にしてきたし、この協定についてもイラン関連でさまざまな注文が入る*20ことだろう。その際にオバマ政権がどう対応するのかも、イラン側が注目するところである。その他にも、アフガン問題での協力や国連各種活動での協力等、米国の姿勢の変化を示す機会には事欠かない。いつ「交渉」が始まるのかという上述の議論はともかく、「コミュニケーション」は既に開始されているとも言える。

②対話の継続 話合いは開始されるとしても、継続できるかの方が問題である。オバマ大統領が無条件で対話をと言っている以上、「当面は」新規の経済制裁措置は控えるということなのだろう。ただ、議会は長々と待ってはくれない。交渉が進展していないとなれば、すぐに制裁措置法案が提出されることが予想される。昨年までの議会とは顔ぶれも変わり、どこまで行政府の立場を慮

おもんぱか

ってくれるのかは不透明である。ちょうど、日米通商摩擦華やかなりし頃、何度となく米側交渉担当者から「このままでは議会の動きは止められない、何とかここで妥結できないか」と言われ、日本側は「制裁とは何事だ、制裁の脅しの下での

交渉などできない」と突っぱね、袋小路に入っていったことが想起される。 米国側もある程度譲歩し、イラン側も何がしかの譲歩をすることがなければ、交渉、話合いは続かない。では、話合いをするとして、お互いが譲れないという線はどこになるのだろうか。イラン側にとっての最低限のラインは、政体の保障である。これに、民生用原子力開発が他国で認められている以上、イランにも当然認められるべきであるという主張が加わるであろう。近隣国のインドと米国が原子力協力をすることを横目にして、IAEA加盟国のイランがそれ以下の扱いを受けるということは国内的に説明がつかない話である。 では米国側はどうか。軍事転用への一線を残しつつも、核能力を備えたイランの存在を認めることができるだろうか。原子力発電所の設置まではあり得ても、そこから先に一歩でも踏み込まれた場合には、それをのみ込むことが難しくなってくる*21。さらに、イスラエル問題までも持ち出された場合にはどうか、と考えていくと、両国が妥協できるエリアは限りなく小さいと言わざるを得ない。その上で、米国としては、自国とイスラエルとの関係、別角度でのイランのライバルであるサウジアラビアとの関係も考慮に入れれば、交渉妥結へのバラ色のシナリオは描きにくい。どうしても、対話は途切れがちになりそうな気配である。

③制裁 次に、オバマ大統領が主張していた「大きな飴

あめ

と鞭むち

(bigger�carrots�and�bigger�sticks)」とは、具体的にどのような行動かも検討してみよう。既に累次の国連制裁決議に至る議論の中で、米国主導の制裁措置強化案は、ロシア、そして中国の同意を得られることなく終わっている。米国側がロシア・中国と別途の取引でもしない限りは、この大きな構図に変化はない。本年の年明け早々には、CNPCが北アザデガン油田開発の契約締結をしたとの報道も流れ、事態は米国の思惑とは異なる方向へ更に進んでいる状況でもある。米国には、本来イラン制裁法も存在する。これを厳格に執行するのであれば、この中国企業の案件だけでなく、欧州企業等も含めて少なからぬ事例が対象となり、イランへの投資を妨害することができるはずである。ただ、ブッシュ政権でさえ関係国との外交関係・協調を考慮に入れて本法に基づく制裁を発動しなかったのに、関係国との「協力・協調」を前面に掲げるオバマ政権がこれを発動するとは考えにくい。

インド・UAE・ 日本・イラン比較表2

Generation Recycle Military

インド包括保障× NPT × 〇 〇 〇

UAE包括保障〇 NPT 〇 〇 × ×

日本包括保障〇 NPT 〇 〇 〇 ×

イラン包括保障〇 NPT 〇 〇 〇 ?

出所:各種資料を基に筆者作成

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アナリシス

 これらの制約条件下、米国としてはこれまで財務省主導の金融制裁措置を強めてきた。そして、関係各国に同調を求め、制裁の効果は上がってきているという認識に立っていると言われている。本件を含めた金融制裁措置担当のレヴィ財務次官は、大方の予想に反して留任となった。これらから察するに、「大きな鞭」としては、金融制裁措置の強化、同志国による経済制裁措置の強化が消去法的に選択されることになるのだろう。一説にはイラン経済にとってのアキレス腱とも言える、石油製品輸入の道を絶つといった策も出てくると噂されるところである。

④軍事オプション どこまでも不安定要因ばかりが先に立つ米・イラン関係だけに、オバマ新政権が粘り強く交渉を続け、関係国の協力を得て、それでもなおイランとの関係打開の道筋が見えてこない場合には、図らずも米国主導による軍事攻撃の環境がかえって整ってしまうという説を述べる悲観論者もいる。2011年末までにイラクに展開していた米軍が撤退して、軍事的弱点が米国側からなくなり、攻撃のタイミングも合うという見方である。ただ、このような見方は、少数説である。米側関係者は「すべてのオプションは机の上にある」という言葉を公式の場では使うものの、そうした破滅的シナリオは避けたいとの思いは関係国も含めて共有されており、イランから核ミサイル搭載の動かぬ証拠が出てくるといったことでもない限り、その言葉に現実味は出てこない。 ワイルド・カードとなるのはイスラエルの出方である。本稿執筆段階においてはガザ地区内でのイスラエル・パレスチナの戦火は鎮まりきっていないし、停戦を迎えても、非常に脆

ぜい

弱じゃく

な和平状況にあるにすぎない。ヒズボラ、ハマスからのロケット攻撃に晒

さら

され、これに反撃を加えては国際社会から非難されるという繰り返しでは、イスラエルの国内世論としても、「本丸のイランを叩かない限りは」という気持ちになるのも容易に想像される。 その点で、昨年来何度も浮かんでは消え、消えては浮かびというイスラエルによる空爆という話は、今後もずっと消え去ることはないだろう。本件についてのこれまでの経緯は、N.Y.Times紙サンガー氏の新著「The�Inheritance:�The�World�Obama�Confronts�and�the�Challenges�to�American�Power」*22に詳しく書かれており、これが真相に近いのではというのがもっぱらの見方である。これまで断片的に噂されてきた話が最も整合的

なストーリーとなっている。正解もなく、真偽の怪しい情報に溢

あふ

れ、居酒屋談義にはもってこいの話であるが、現実の仕事としては、「米又はイスラエルの軍事攻撃の開始可能性は極めてわずか。以上」 で十分だろう。どこまで詮索しても確証は得られないし、本当に始めるとなれば、事前に兆候があることは間違いない。

⑤総括 以上の展望議論を総括すれば、「話合いは始まっても、イランとの国交正常化への道のりは遠く険しい。歩き出しても、すぐ先には濃霧が漂う」ということになる。交渉が膠

こう

着ちゃく

すれば、まずはイラン側の譲歩を引き出すべく他国との連携を更に強めるしかない。ロシアを例にとるならば、ミサイル配備問題、NATO東方拡大問題、2009年末に失効する戦略兵器削減条約後の兵器削減交渉問題等、安全保障面だけでも多くの交渉フロントを有しており、これに経済分野までも含め、対イラン制裁措置協力を盛り込んだグランドディールをする素地は十分にあると見られる。ただ、そこまでしても、イラン側の大幅譲歩という天

てんゆう

佑を待つ以外、最後は米側もそれなりの譲歩をしない限り決着はない。これには、政権内部にも路線対立があると指摘される*23中、強力なイスラエルロビーの存在を持ち出すまでもなく、国内調整は困難を極めることだろう。大統領が「聞き上手」を自負しているようでは、本件の解決は程遠い。まさに大統領のリーダーシップ、英断が問われる局面であり、これを可能にする大統領への高い支持率が不可欠となる。無関係にも思われるが、この点からも、景気回復策での失策などは許されない。

(3)その他中東、カスピ海沿岸地域等

①イスラエル・パレスチナ 就任式翌日に大統領が真っ先に手がけた仕事は、経済刺激策とパレスチナ・イスラエル問題であった。いま述べたイラン問題にせよ、すべての中東の和平問題はイスラエル・パレスチナ問題に帰着する。大統領選挙中からエルサレムを訪れ、イスラエル側の期待度を上げる一方、「宣誓式では、バラック・“フセイン”・オバマと名乗る」と明言していたとおりの宣誓を行い、アルアラビアとのインタビューでもイスラム諸国との関係改善に注力するという考えに揺らぎがないことを示し、パレスチナ側の期待度も上がっている。 まずは、イスラエルのガザ侵攻後の脆弱な和平状況を

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強固にすることを図った上で、シリアとの関係正常化の仲介に入ると噂される。既に関係者によれば、1月に米国を訪れたシリア高官ともその方向性の議論が始められたとの情報もある。これを成し遂げて、イスラエル・レバノン関係の正常化も視野に入れ、イランだけを浮き彫りにしていくというアプローチである。ブッシュ政権に任せておいては自国の安全もままならない、と自立的外交を始めたサウジ等中東各国との路線のアラインメント(調整)も始めることだろう。どれも首脳クラスとの協議が不可欠なだけに、大統領の時間とエネルギーを多大に消費することになる。それにもかかわらず、この、紀元前の時代から続く問題が一朝一夕に片づくとは思われない。無力感を感じても、放置することが許されない問題だけに仕方がない。その一方で、冷めた見方をすれば、何人もの先代の大統領が失敗している件でもあり、問題の調整に失敗しても政治的失点は少ないとも言える。

②アフガニスタン・パキスタン 一方で、アフガン・パキスタン問題はそうはいかない。大統領選挙で「イラクではない、アフガンこそが問題なのだ」と自らが訴えた点であり、アフガンは今も米国の兵士が多数死傷している戦場である。オバマ大統領が最も早く特命の大使職を置いたのも、中東和平交渉担当(ミッチェル元民主党上院院内総務)とアフガン・パキスタン担当(ホルブルック元国連大使)だった他、新たにアフガン関連ポストを多数新設するなど、本問題への取り組みには熱意が感じられる。ただ、アフガン鎮定は、古くはアレキサンダー大王も諦

あきら

め、近世ではイギリスが失敗し、現代ではソ連軍10万人を派兵しても失敗した極めて困難な課題である。その困難度においてはイスラエル・パレスチナ和平問題と同じと言ってよい。一部には既に「オバマのベトナム戦争」と言う者もいる。ただでさえ、アフガニスタンの問題は複雑で、長期のコミットメントが必要な仕事である*24にもかかわらず、本問題の取り組みへの協力が不可欠な隣国パキスタンは、昨年来、混迷の真っ只中にある。ここでパキスタン社会が崩壊することになれば、アフガニスタンの問題解決が不可能となることもさることながら、核保有国の社会混乱という、米国のみならず世界にとっての悪夢を迎えることとなる。我が国としても、国際社会の一員として主体的な取り組みが求められる問題ではあるが、本稿の議論のフォーカスから外れるので、これ以上の深入りは控えておくことにしたい。ここで申し上げたいポイントは、も

う既にここまでで、一つの政権で対処できる許容量をはるかに超える案件を抱えているという点である。

③グルジア 視点をやや北西にずらすと、昨年大きな紛争地点となったグルジアがある。ロシア・グルジア紛争を経て、米国内一般の対ロシア観は極度に悪化したことは確かであり、これを反映して、大統領選挙の最中には共和・民主両党が対ロシアの強硬姿勢を競い合う状況さえ見られた。しかし、早くから国務省の所在するフォギーボトムからは、表向きの表現とは別に、グルジア側の対応を非難する声が聞こえてきていた。昨年8月の問題の勃発以前、ロシア・グルジア対立が悪化の一途を辿

たど

る中、米国はグルジア政府にロシアとの軍事衝突は避けるべしという警告を、再三にわたり送り続けていたという。戦端が開かれた当初のブッシュ大統領の煮え切らない声明・態度は、この背景があったからこそのものであり、その後もやや冷めた対応を取り続けてきた所

ゆえ ん

以であったという。カザフスタンの原油ガス資源、昨年の発見で更に注目を集めるトルクメニスタンのガス資源、どのカスピ海沿岸の資源にとっても、グルジアというエネルギー回廊の持つ意味は大きい。その観点からも、米国がグルジアを見放すということは考えにくいが、サーカシビリ大統領に対する信頼度は非常に低下しているという点には注意しておく必要がある。

④ナブッコパイプライン 2006年に続きこの年末年始にもロシア・ウクライナのガス紛争が生じたこともあり、各種ガスパイプラインに再び注目が集まっている。米国に関しては、クリントン政権がBTCパイプラインの敷

設せつ

に尽力したように、ナブッコパイプラインに関してオバマ政権がリーダーシップを振るうのかという点であろう。客観的に見て、本プロジェクトの置かれた環境は厳しい。敷設ルートの問題もさることながら、肝心のガスをどこから調達するのかというそもそも論まで抱えている。既にこのゲームはロシアが王手をかけている状態と指摘する識者もいる。関係者としては米国のイニシアチブを期待し、トルコに至っては米国が動かないなら、イランからのガス購入の取引を前に進めていくぞ、と米側に通告しているとも伝えられる。ただ、本件に関してはBTC同様の米国政府のイニシアテチブが期待しにくい状況にあると言える。第1に、本件は石油のケースと異なり、究極的には

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欧州の問題である。加えて、肝心の欧州が一枚岩になっていない。空回りに終わる可能性もある状況で、多大な人的・政治的エネルギーを費やして自ら動くという地合いにはない。自国の安全保障問題に直結するようなイラクやアフガンの問題に追われる中、本件への対応が後回しになることは間違いない。所詮は本件のロシアにとっての意味と、米国にとっての意味が大きく異なるのである。欧州各国が協調し、トルコ他の同盟国も含め、声をそろえてハイレベルでの米国への働きかけをしない限りは、状況は変わらないだろう。政治的任用者クラスからの指示がない限り、国務省の担当部局では動けない案件である。

⑤中南米 最後に、米国の裏庭としての中南米との関係だけは触れておきたい。ブッシュ時代には、左派政権が増長し、裏庭たる中南米との関係が全般的に悪化したと指摘される。この状況を象徴するに最も相

ふさわ

応しい人物は、ベネズエラのチャベス大統領(写5)であろう。なにせ、ブッシュ前大統領を「悪魔」呼ばわりし、米国と国交断絶中のキューバやイランとの親密度を世界にアピールし、現時点でも駐米大使を召還したままの状態である。これほど公然と米国に歯向かう姿を見せる国もない。ただ、両国の経済関係のつながりは強く、米国はベネズエラから原油を大量に輸入し、ベネズエラは米国市場に依存する関係に大きな変化はない。ベネズエラの首都カラカスを訪れれば、米国のテレビ番組の宣伝の看板が街中に大きく掲げられ、米国系のファストフードチェーンは街に溢れ、

かつての日中関係以上の「政冷経熱」状況である。「政冷」と言っても、イランなどとは違い、制裁を受けている国でもない。米国企業は大手を振ってビジネスを行っている。テロリストへの資金拠出とか、核実験を始めるとかでもしない限り、米国側から関係を悪くしようとする理由も見当たらない。その反面、オバマ政権の誕生で米国との関係が改善するのではという期待を述べるベネズエラ人も多いが、足元での劇的な改善の可能性も低いのではないだろうか。 米国外交政策上、ベネズエラの重要度はいい意味でも悪い意味でも低く、重要案件が山積する中、ベネズエラ問題を処理する余裕はしばらくはないと見てよいだろう。チャベス大統領の任期制限をなくすレファレンダム(国民投票)が通過しても、これも米国にとっての大問題にはなり得ない。お隣の親米国家コロンビアでもウリベ大統領が三選を目指すとしている横で、三選が決まったわけでもないベネズエラにだけ文句を言うケースも想定しにくい。 この経済不況が長引く中で、中南米経済がメルトダウンするような事態に発展するケースの方が、よほど中南米関係で米国が真剣になる現実味のある案件だろう。メキシコとの関係では、ナポリターノ国土安全保障省長官が国境管理・不法移民対策を厳格化し、緊張感が増すという指摘もあるが、これも怪しい。メキシコ大統領だけが唯一、大統領就任前のオバマ氏と直接話をした国家元首であり、麻薬問題での協力を挙げるまでもなく、両国のつながりを考えれば、問題が大きくなることはないと見るのが自然だろう。 最後に、競馬の大穴予想めいた話になってしまうが、カストロ後のキューバとの関係の正常化は可能性として留意しておく必要があるかもしれない。既述のどの外交案件も、公約の「変化(Change)」を示すことができない時、キューバとの関係正常化が米国外交政策史に残る「変化(Change)」としてうってつけの現実問題と認識されてもおかしくない*25。政治的に重要なフロリダ州に多く住む、キューバ難民という無視できない反対勢力はあるものの、第三国との関係はそれほど気にせずに処理できる案件ではある。石油ガス上流の観点から言えば、かねてからフロリダ沖からキューバにかけてのオフショア開発の可能性には関心が注がれていたところである。大消費地米国との近接性が活かせるような環境が整えば、一気に探鉱・開発が進むことも想定される。石油ガス上流開発関係者の立場からは注意しておきたい点である。

ウゴ・チャベス大統領写5

2009 年 1 月 13 日、年頭所信表明式にて。出所:ロイター /アフロ

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(1)米国エネルギー政策の方向性

 米国エネルギー政策の中心主体はどこか。ワシントン内でこうした質問をすれば、エネルギー省(DOE)と答える人は少ないだろう。省自体の設立の沿革から見ても、原子力研究開発のマネジメントをミッションの中心とする機関であり、エネルギー政策全体の方向性を決めてきたのは、議会の委員会であった。今般エネルギー長官となったチュー博士も、原子物理学を専門とするノーベル賞を受賞した生粋の学者である。チュー長官自身は、議会承認のための公聴会で、地球環境問題への取り組みと、再生可能エネルギー技術の開発に力を注ぐと証言している(CQ.com1月13日)。地球環境問題の国内対策についても、政策措置の具体的内容については、ブラウナー・エネルギー環境政策調整官が主導権を握ると言われており、エネルギー省がこれを主導していくとは見られていない。 エネルギー政策の今後を占う上で、より重要な議会については、2006年の中間選挙以降民主党が多数を占めた状況のままであり、大枠において変化はない。ただ、詳細に見ていくと、上院では長年エネルギー天然資源委員会の顔であり続けた共和党のドメニチ上院議員(ニューメキシコ州)が政界から引退*26し共和党の力の更なる低下が指摘されるほか、民主党でありながらミシガン州という選挙区事情から自動車業界擁護者であり続けたデインゲル議員が、下院エネルギー商業委員長職から引きずり下ろされ*27、環境派主導色が更に濃くなっている。行政府の志向も変化したことで、米国の「ねじれ現象」は解消され、米国全体として資源開発よりも環境保護、再生エネルギー重視という旗

き し

幟が鮮明になったと言える。 具体的には以下に見ていくが、既にブッシュ大統領時代も米国の「ガソリン中毒」を改めようとしていたこと、現下の経済状況では大胆な地球環境対策は採りにくいことなど、1(3)で述べたように、当面の政策のベクトルの向きの変化はさほど大きくはないのかもしれない。ただし、再生エネルギー・省エネ推進がエネルギー政策分野での最優先強化分野とされ、資源開発関連施策は廃止・縮小の方向に向かうというベクトルの長さでの「変化(Change)」は、各所で顔を出してくることだろう。

(2)各論

①「Energy Independence」 エナジーインディペンデンス。昨年の大統領選挙の最中の流行語である。1ガロン4ドルを超える中でガソリン価格高騰対策が論じられる際には、石油輸入依存度が年々上昇している事実が問題という話と、カルテルによって巨額の利益を上げる中東等産油国とこれに類する大石油会社が、庶民に困窮をもたらす張本人という話が必ずセットになっていた。そして、この問題を解決するには、エネルギーの完全自給が不可欠という結論である。歴史的経緯から「独立」という言葉が好きな国民ということは理解できるが、「もったいない」思想の国から来たわれわれの耳には、非効率なエネルギー消費社会の自国の問題を棚に置いて、また他国に責任転嫁かという、どこか釈然としない議論であった。そもそも、輸入原油に頼らないようにするならば、自国内で高コストの資源開発促進策を採るにせよ、代替エネルギーを促進するにせよ、消費者の支払い総額は高くなるのは必至のはずだが、そうした議論は聞こえてこない。更に、短期的にはむろん、中長期的に見ても実現不可能と専門家の間では認識が一致していても、そんな声は政治的には一顧だにされず、民主・共和両党ともに、このキャンペーンの論陣を張るありさまであった。一方で、この話があったからこそ、昨秋には長年の課題であったOCS(大陸棚沖合鉱区)解禁が実現し、ANWR(アラスカ州自然保護地域)解禁までもあと一息というところまで社会が動いたと言える。また、現在のオバマ政権が掲げる再生エネルギー振興の動きも、ここに淵

えんげん

源があると考えていいだろう。 石油業界関係者に共和党支持者が多いことは、周知の事実であるが、今回のオバマ大統領誕生劇の裏側では、選挙戦最中から少なからず本来共和党支持の石油業界関係者がオバマ政権移行チームにブリーフィングし、来るオバマ政権のエネルギー政策の中和を図っていたようである。特に、このエナジーインディペンデンスというのは、ドン・キホーテ的滑稽さまでも含む話であり、ぜひともトーンダウンしてくれとの働きかけをしたと聞いた。ガソリン価格の低下とともにマスコミからもコメントを求められなくなったという背景もあろうが、そうした努力のかいもあってか、オバマ大統領も、最近はこのエナジーインディペンデンスという言葉を使わなくなっている。

3. エネルギー政策プロパー詳論

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 ただ、「エネルギーの完全自給」など夢物語、ばかげた政治スローガンと片づけるわけにもいかない側面もある。本スローガンが政治的パワーを蓄えた背景には、原油価格の高騰で、米国民の支払いは増える一方、その支払った金が回りまわって米国を敵視するテロリストに流れているという安全保障的議論も重なっていたという点がある。米国外に流れ出す富を極小化することで、自国のセキュリティーを高めようという運動の側面があったからこそ、およそ荒唐無稽と専門家には揶

や ゆ

揄されながらも力を持ち、米国民の潜在意識を刺激したのである。現

時点でガソリン価格は沈静化しているが、それでもなお、代エネ・省エネ推進姿勢に支持が集まるのは、この背景があるからこそと理解すべきであろう。

②OCS・ANWR 個別の論点では、OCS解禁の動き等に変化はあるのかという点から考察を始めよう。昨年秋のOCS解禁は、米国石油ガス上流政策史の上では、歴史的転換点であった。四半世紀も続いた潜在的鉱区縮小の流れに終止符を打ち、まだ一部に限定されているとはいえ、オフショア開発の可能性を広げたからである*28。ただ、当時から心配されていたことではあるが、共和党大統領、歴史的原油価格、という解禁実現を推進した2大要素がなくなった時に、後戻りするようなことにならないだろうかという点が論点となる。選挙の結果、3(1)で述べた通り、再見直しの環境は整った。鉱区リースの手続きを所管する内務長官サラザールは、元々は環境弁護士。コロラド州選出の議員時代には、特にオイルシェールを中心に、石油開発の議論には批判的であった人でもある。これだけ揃えば、いつ再見直しが始まってもおかしくはない。ただ、景気低迷が各州政府の財政を直撃しており、各州とも金

かねずる

蔓となる可能性の高い、オフショア鉱区の解禁に関心を示していることも事実である*29。また、そもそもオフショア開発禁止の要因であった油濁問題についても、科学的知見の蓄積も進み、石油採掘による海底油田自体の油圧低下が油濁減少をもたらすということに近隣住民の理解も少しずつ広まりつつある。一番の環境派、反対派と目されていたカリフォルニア州の一部地区での採掘解禁容認の動きには、そうした背景があったとも言われる。結論としては、見直しの可能性は高いものの、全面的な見直しまでには至らないのではないだろうか。反対に、昨年の原油価格140ドルを超える状況下でさえ見直されることのなかったANWRに関しては、現下のような原油価格状況が続く限り、見直される可能性は皆無と言ってよいだろう。

③価格抑制策 昨年の議会においては、価格規制、市場介入の議論は未解決のまま会期終了を迎えた。景気回復の暁に原油価格が急激に再高騰する場合には、こうした議論の再燃が見込まれる。昨年の議論の経緯を振り返りながら、展望を検討してみよう。

カリフォルニア沖合で掘削中のリグ写6

昨年までのリース禁止エリア図1

出所:JOGMECワシントン事務所 横山副所長撮影

出所:MMSホームページ http://www.mms.gov より

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i)備蓄 昨年5月、備蓄積み増し中止の法案が共和党も賛成に回り可決。ホワイトハウスもしぶしぶ承諾して積み増し中止。7月にはペロシ議長が備蓄放出までも持ち出したが、これは成案を得ることなく終了というのが昨年の経緯である。SPR(戦略備蓄)は価格低下を受けて、既に本年初頭から積み増し再開となっているが、価格高騰の折には、去年より迅速に積み増し中止となるだろう。問題は、価格低下効果を狙った備蓄放出の可能性だが、ブッシュ政権時代よりもその可能性が高まっていることは間違いない。民主党の勢力が増した議会が攻勢をかければ、行政府が政治的にこれに応じる事態は十分に想定される。

ii)税制見直し 昨春の大統領予備選中には、クリントン候補、マケイン候補からガソリン税停止(Tax�Holiday)提案がなされ、論争となっている。当時のオバマ候補が、候補者のなかで1人だけ「価格抑制策として効果がない」と、この提案に反対の立場をとった経緯からしても、選挙の圧力がなくなった状態で立場を変えるとは思われない。一方で、石油会社への課税強化は、共和党の勢力が縮小している中、石油会社をいじめることが政治的に評価されるという社会構造下では、その財源の使途と関係なく成立する可能性もある。財政逼

ひっ

迫ばく

という事情も踏まえれば、可能性は高いと言った方がいいのかもしれない。なお、本来需要抑制に必要なガソリン税増税は、議会で検討されるこ

とさえもないだろう。

iii)投機資金規制 昨夏ごろからは、投機資金の流入が議会で槍

やりだま

玉に挙げられ、繰り返し公聴会が開催され、その規制のための法案も準備されるに至ったが、夏休み休会明けにはガソリン価格が沈静化し、議論は沙

さ た や

汰止みとなった。専門家の間では、投機資金悪玉説に与

くみ

する者はごく一部の人間に限られ、各方面から議論を沈静化させるべくデータ等も示された*30ものの、両党とも選挙を控えて投機資金をスケープゴート化しようという勢いは強かった。次回、この議論が再燃されるまでの間に、昨年を振り返って、投機資金ではなく、需給状況が問題だったのだという議論が勢力を盛り返すことはあろう。しかし、「投機資金=悪」というイメージは、今回の大不況で更に強まっている。不況の原因はウォールストリートの強欲という認識が記憶から消え去る前にこの議論が持ち出されれば、スワップディーラーへの一層の情報開示要求というCFTC(商品先物取引委員会)が持ち出していた案のライン程度までは、すんなりと実現してしまう可能性が大である。ただし、それ以上の市場介入的対策となると、サマーズや、ガイトナーなどが強く反対するのではないだろうか。それでもなお議会がホワイトハウスの拒否権を覆すまでの2/3の賛成票を得られるかどうかは、まさに石油価格上昇のスピードと幅次第ということになるのではないか。

Recent Growth in Natural Gas Production in the Lower 48 States Breaks with Historical Trends

図2 現在でも稼働中のスリーマイル原発写7

出所:�EIA ホ ー ム ペ ー ジ(http://tonto.eia.doe.gov/energy_in_brief/natural_gas_production.cfm)より 出所:JOGMECワシントン事務所 横山副所長撮影

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④天然ガス ここ数年はガス価格の高騰と、シェールガスの増産も後押しする形で、米国産天然ガス全体の生産量も増加傾向にある。エネルギー自給率向上を目指し、気候変動問題に熱心ということなら、さぞやクリーンなガスへの政策的支援もあると思われるかもしれないが、天然ガスにはそのような後押しは期待できそうにない。カリフォルニアのような地域では、天然ガスといえども炭化水素の仲間であり、「ダーティー」というレッテルが張られるそうで、クリーンなのはあくまで再生可能な風力、太陽光ということだそうだ。 ガスの大手ユーザーたる電力業界も、政治に翻

ほんろう

弄され、身動きがとりにくい状況のようである。石炭火力を作ろうにも地元の反対で建設が滞っているのが現場の姿だが、ワシントンDCの議会内では石炭州議員が幅を利かせて、石炭からの転換という議論は進まない。 熱が入るのは石炭の利用を前提とした上での、クリーンコール技術開発の推進である。電力業界からすれば、地元では反対を受けるし、将来はキャップ&トレードの導入で不利になるかもしれない石炭火力の建設には前向きになれない。かといって、キャップ&トレードの制度の全貌が見えてくるまでは、ガス火力の優位性もどこまであるのかも見えてこない。原子力建設は、政府の債務保証がないと前に進まない状況のままである。オバマ政権は、原子力に後ろ向きではないと指摘はされるものの、ユッカマウンテンは更地からの見直しを行うとし、少なくとも現行の債務保証プログラムを拡大していこうという熱意は見られない。このままいけば、せいぜい3基程度の規模であり、原子力発電の大幅推進も見込めない。今は鉦

かね

や太鼓で推し進められる再生可能エネルギーへの投資を進めるだけで、大規模発電投資についてはモラトリアム(様子見)という状況のようである。幸い、足元では景気の冷え込みで電力消費増加も一息ついているところ、問題は生じない。 しかし、発電施設建設のリードタイムを考えると、人口が増加している南部を中心に近い将来に、大停電が発生する可能性を指摘する者は少なくない。そのような事態に至ることが明らかになった場合には、比較的建設リードタイムの少ない天然ガス発電に頼らざるを得ない状況となり、天然ガス消費が米国内で一気に増大するというケースも想定しておく必要があろう。LNG市場に影響を及ぼすことでもあり、要注意である。 ガスに関連して、我が国と研究開発協力を進めようとしているメタンハイドレートについては、元々、議会主

導で予算がつけられてきたプロジェクトでもあり、議会構成での大きな変化はなかったことから見ても、大きな変化はないだろう。財政逼迫の中で予算削減の可能性は否定しきれないものの、当面の研究開発の先行きを案ずるような声は、関係者の間にはない。

⑤バイオエタノール 最後にバイオエタノール。昨年は、食料価格の高騰もあり、バイオエタノール導入に批判が高まった年でもあった。ガソリン価格高騰への対処、エネルギー自給率向上、そして、なんと言っても中西部の農家への支援という、いかなる角度からしても政治的に無敵という状況に変化が見られた。導入推進の立場の人も、昨年からは、セルロース系バイオエタノール開発を促進してという修飾詞を付加するようになってきた。足元では、ガソリン価格が低下し、補助金換算後でもトウモロコシ起源のエタノール燃料が市場で競争力を保ち得ない状況にまで追い込まれ始めている。これまでMTBE代替の用途としてのバイオエタノールの使用という局面では順調に成長してはきたが、現状以上に拡大するとなると、ガソリンスタンド改修に必要となる経費を誰が負担するのか、中西部に偏った生産地から全米各地に配送するロジスティクスをどう整備するのか等々、さまざまな問題を抱える。バイオエタノール混入義務づけや、輸送パイプラインへの補助等の政策的後押しなくしては、これ以上の拡充は

エタノール価格とガソリン価格動向図3

出所:本年 1月 27日 JOGMEC主催講演会におけるPugliaresi 氏資料より

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JOGMEC

オバマ米新政権がもたらす「Change」を展望する

<注・解説>*1:�Gallup調べ(本年1月24日時点。不支持率は12%、「意見なし」が21%)。なお、Rasmussen�Reportでは(同日

時点)、「強く支持」44%を含め、支持率は61%。「強く不支持」18%を含め不支持率は33%。*2:正確を期すならば、ブッシュ政権の不支持率の拡大は、ハリケーン“カトリーナ”襲来直後から。*3:John�Hamre CSIS�Memorandum1/9*4:�Richard�Holbrookeは、“A�Daunting�Agenda”(気が遠くなるようなアジェンダ)と表現し、その例として、経

済立て直し、財政再建、エネルギー自給率向上、地球環境問題、核不拡散問題、対テロリスト防衛、アルカイダ掃討、そしてイラクとアフガニスタンでの二つの戦争遂行を挙げる(Foreign�Affairs,�September/October�2008“Next�President”)。なお、本年1月22日、同氏はアフガニスタン、パキスタン担当特使に任命された。

まとめ

 ブッシュ政権の参謀役を務めたカール・ローブがCNNのインタビューで「マスコミとのハネムーンは大統領就任式まで」と答えていた。冒頭に述べたように、オバマ大統領に寄せられる期待は、共和党系と言われる新聞も含めて、おしなべて高く、オバマ大統領に好意的であった。多くの人々が、「彼は頭が本当にいい」、「彼は人の話をよく聞いて、物事を処理する仕事師である」等々の賛辞を贈っている。大統領の就任演説も、人々の期待度を下げようとしているのか、直面する課題の重さに正直なのか、華やかな言い回しなどは見られず、説教じみたもの*31であった。それにもかかわらず、各紙のコメンテーターが登場するテレビ番組では「この時期の演説としては妥当」など、極めて好意的に迎えられている。しかし、ここからは結果がすべてというモードに突入する。景気回復策が最初の試金石となるが、未曽有の対策の連続となるだけに、各方面からの批判、議論を呼ぶことだろう。茨の道の始まりである。既に大恐慌以来の不景気

に見舞われ、米国民の思考は内向き化しつつある。景気刺激策ではバイアメリカン法案が議会で議論されている。まるで、大恐慌時代にスムートホーリー法が成立して、世界がブロック経済化する契機を米国がつくったデジャブかという気になる。ロシアが復活した、中国が台頭したと言ったところで、まだ世界の中心国、リーダー国の力を振るう能力と意思があるのは、米国のみである。ヘゲモニー(覇権)国が不用意な行動をとれば、世界全体が混乱に陥ることになるというのが、まさに20世紀の大恐慌期の歴史に学んだ教訓の筈である*32。米国が良識を持って政策判断することが難しくなっていると嘆かれる*33今日、厳しい判断を迫られることは間違いないだろう。しかし、こうした時期だからこそ、根本的改革を行える人間として選ばれたオバマ大統領には、内政・外政ともにその難しい仕事の完遂を期待したいところである。

不可能とさえ指摘する者もいる。“グリーンニューディール”と称される今回の景気刺激策には、ガソリンスタンドでのポンプ設置に対する減税措置の拡充、バイオ燃料普及に資するパイロットプロジェクトへの政府保証措置等が盛り込まれているが、間接補助の限界もあり、現下の経済情勢下でこのような投資が一気に進められるとは思われない。その一方で、バイオエタノール推進の旗を降ろそうにも、オバマ大統領の地元イリノイ州を始めと

する中西部の農家、関係議員に阻まれることは必至であり、当面は政治的には考えられない選択肢である。元アイオワ州知事のヴィルサックを農務長官に据えたところからも、セルロース系の技術開発と一緒になったバイオ燃料使用促進という既定路線から動くことはないだろう。笛吹けど踊らず、笛の音は更に高くなるというのが最もあり得るシナリオと考える。

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302009.3 Vol.43 No.2

JOGMEC

アナリシス

*5:�ネオコンとは異なり、民主主義の世界への普及を継続・強化すべきであるという主張は消えているわけではない。James�Traub著「The�Freedom�Agenda�~Why�America�Must�Spread�Democracy ~」第9章参照。

*6:�昨年2月、Joseph�Nyeが新著“The�Powers�to�Lead”を刊行し、Soft�Power�論に再び注目が集まり始めた。Foreign�Affairs,�May/June�2008号では、“Is�America� in�Decline”がテーマ特集され、Fareed�ZakariaとRichard�Haasが寄稿している。さらに、80年代後半のAmerican�Declinismの議論の火つけ役でもあるPaul�Kennedyが、同様の議論を提示している(本年1月13日付Wall�Street�Journal“American�Power�Is�on�the�Wane”)など、景気低迷も重なって、アカデミズムでも再流行の兆しが見られる。

*7:�ユーラシアグループ2009年1月12日“Top�10�Risks�of�2009�#5”*8:�この状態が、かえって派内にサドル師を「お隠れイマーム(第12代イマームが衆

しゅ

生じょう

の目には見えないところにお隠れになり、神が判断した時に救世主マフディーとして再臨するという教え)」に疑似化してとらえる者さえ現れ始めているとも言う。

*9:�1月の地方選挙ではダーワ党が大きく勢力を伸長(2月5日中間発表による)。なお、心配された治安状況は、一部に暗殺事件はあったものの、今のところ極めて良好との評価。

*10:�国連難民高等弁務官事務所によれば、スンニー派が多数を占めると言われるイラク難民は、国外に200万人、そのうち22万人は2008年に帰国し、本年は50万人が帰国の見通し。

*11:�ブルッキングス研究所によれば、イラクGDP成長率は、2006年5.9%、07年4.1%、08年7.0%。09年に関しては、石油価格の下落により、成長率の大幅な低下が懸念される。

*12:�本件はほぼ国防総省の専権事項であり、国務長官が関与できる領域は限られている。*13:�本年1月13日、クリントン国務長官指名承認公聴会発言“based�on�a�marriage�of�principles�and�pragmatism,�

not�rigid�ideology”*14:�イラク関係ポストはほぼ全員が再任され、国務省内のイラク室は縮小される一方、アフガン担当のポストは

320も新設されている。まるで、イラクはこれまでの人間がしっかりと片付けろよと言わんばかりの対照的な対応となっている(本年1月29日付PFCレポート)。

*15:�対抗馬としては、カリバフ(Mahmoud�Qalibaf)・テヘラン市長、ラリジャニ(Ali�Larijani)・国会議長、ハタミ(Mohammed�Khatami)元大統領らの名前が挙げられている。本年1月29日、アフマディネジャド大統領の立候補は正式に発表され、実質的に大統領選挙が開始された。

*16:�大統領は、イスラム世界全体に向けての発言の中で、「a�new�partnership�based�on�mutual�respect�and�mutual�interest(お互いに敬意を払い、お互いの関心に基づいた新たなパートナーシップ)を開始する準備ができている」と語っている。同じインタビューの中で、「イラン国民は偉大な国民であり、ペルシャ文化は偉大な文化」とも語っており、ブッシュ前大統領の「悪の枢軸」とは際立った対応を示している(本年1月27日、アルアラビア向けインタビュー)。

*17:�一方で、イスラエル寄りと見られるデニス・ロス大使のイラン担当特使への任命の動きは、到底容認できない話とイラン側は受け止めており、米国のイランへのシグナルは不明確(Mixed�Signal)な状況と指摘する者もいる。

*18:�反対に、「これまで採ってきた強硬路線が功を奏して米側が手を差し伸べてきた」とイラン強硬派の目には映っているはずで、イラン側に方針変更はない、本年2月3日のイラン国産衛星打ち上げもその表れという意見もある。

*19:�AP電本年1月8日�“Iran�bans�volunteers�fighting�Israel”(http://www.google.com/hostednews/ap/article/�ALeqM5g17vMkxq9PE5fEhjqDPVpjI70xxgD95J3TA00)

*20:�議会が協定を否認する場合には、90日以内に上下両院の議決が必要となる。*21:�イランとの交渉に関しては、こうした個別論点解決路線と包括パッケージディール解決路線の2派が存在する。

後者の代表例として、レバレ夫妻(Flynt�&Hilary�Mann)の主張を参照。ここでも、核開発問題での合意の困難性は指摘されている(http://www.newamerica.net/publications/special/time_u_s_iranian_grand_bargain_7767)。

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執筆者紹介

平井 裕秀 (ひらい ひろひで)1987年東京大学法学部卒。1993年London�School�of�Economics�大学院修士課程修了。1987年通商産業省(当時)入省。通商政策局米州課長補佐、機械情報産業局電子機器課長補佐、産業政策局総務課長補佐、産業政策局産業資金課長補佐、製造産業局参事官補佐、大臣官房総務課長補佐、中小企業庁財務課長等を経て06年7月から現職。

*22:�本書のPartI,�Chapter4,(P86-108)“The�Israel�Option”を参照。イラン攻撃を躊ためら

躇う米軍自身の考えなども取材されている。N.Y.Times本年1月11日付同記者の記事は、その要約版のようなもの。

*23:�クリントン国務長官もエマニュエル主席補佐官も、イラン宥ゆう

和わ

策には懐疑的と言われている。なお、エマニュエル補佐官の父親がイスラエル独立戦争の戦士であることから、その影響力を指摘する報道もあるが、かえってそのことで本問題では動きにくいだろうとの指摘も有力。

*24:�Robert�Gates,�Secretary�of�Defense�(“A�Balanced�Strategy”Foreign�Affairs,�January/February�2009)*25:�あまり報道されないが、大統領選挙中、オバマ候補はフロリダにおいてキューバ政策を問われ、直接対話の

開始、キューバ移民の帰国・送金の解禁等、大胆な提案を行い、共和党のマケイン候補と際立った差を見せていた。さらに、遡

さかのぼ

れば上院議員候補時代の2004年に、「キューバの経済封鎖はもうやめる時」とも論じている。詳しくは“The�Cuba�Wars”(Daniel�P.�Erikson著)P304-309参照。

*26:�共和党のエネルギー天然資源委のランキングメンバー(少数党筆頭委員)の後任としては、マコースキー上院議員(アラスカ州)が指名されている。

*27:�民主党内のクーデター的なこの動きの結果、民主党のワクスマン議員(カリフォルニア州)が委員長となっている。同議員は、かねてから国内石油ガス産業に対してハイドローリックフラクチャリング(水圧破砕)への規制を唱えている。

*28:�OCS解禁の詳細については、JOGMEC石油天然ガス資源情報参照(http://oilgas-info.jogmec.go.jp/pdf/2/2118/0810_out_k_us_oilgas_ocs_moratorium.pdf)。

*29:�関心があるから各州が再見直しに反対とは限らない。沿岸州の権限を増やす、州へのロイヤルティー支払いを増やす等の再見直し推進勢力になる可能性は高い。

*30:�代表例として、商品先物取引委員会が昨年9月に発表したスタッフレポートを参照(http://www.cftc.gov/stellent/groups/public/@newsroom/documents/file/cftcstaffreportonswapdealers09.pdf)。

*31:�The�Globe�and�Mail本年1月21日�A7面�“address�was�more�sermon�than�speech”*32:�“The�World�in�Depression�1929-1939”(Charles�Kindleberger著)は、米国の経済政策担当者は皆が読んでい

る教科書のはずではある。*33:�“The�Assault�of�Reason”�(Al�Gore著)