【ダイジェスト版】 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイ...

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班 長 高 本 眞 一 東京大学心臓外科・呼吸器外科 班 員 石 丸   新 戸田中央総合病院 上 田 裕 一 名古屋大学胸部外科 大 北   裕 神戸大学呼吸循環器外科 荻 野   均 国立循環器病センター心臓血管外科 数 井 暉 久 浜松医科大学第一外科 加 藤 雅 明 森之宮病院心臓血管外科 栗 林 幸 夫 慶應義塾大学放射線診断科 田 林 晄 一 東北大学心臓血管外科 中 島   豊 福岡赤十字病院病理部 松 尾   汎 松尾循環器科クリニック 宮 田 哲 郎 東京大学血管外科 吉 田   清 川崎医科大学循環器内科 協力員 青 鹿 佳 和 東京女子医科大学心臓病センター循環器内科 圷   宏 一 国立循環器病センター心臓血管内科 阿 部 知 伸 名古屋第一赤十字病院心臓血管外科 協力員 石 塚 尚 子 東京女子医科大学心臓病センター循環器内科 大 平 篤 志 おおひら内科・循環器科クリニック 加 地 修一郎 神戸市立中央市民病院循環器内科 北 村 哲 也 三重大学第一内科 齋 木 佳 克 東北大学心臓血管外科 柴 田   講 聖マリアンナ医科大学心臓血管外科 下 野 高 嗣 三重大学胸部外科 中 野   赳 三重大学第一内科 縄 田   寛 東京大学心臓外科・呼吸器外科 新 沼 廣 幸 岩手医科大学附属循環器医療センターCCU 西 上 和 宏 熊本病院心臓血管センター 林   宏 光 日本医科大学附属病院放射線科学 師 田 哲 郎 東京大学心臓外科・呼吸器外科 吉 岡 邦 浩 岩手医科大学放射線医学 鷲 山 直 己 浜松医科大学第一外科 Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1647 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本胸部外科学会,日本血管外科学会, 日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会,日本脈管学会 Ⅰ 改訂にあたって Ⅱ 定義と名称 1 大動脈解離の定義 2 大動脈瘤の定義 3 用 語 Ⅲ 分類と病態 1 大動脈解離 1.分 類 2.病 態 1)拡 張 2)破 裂 3)分枝動脈の狭窄・閉塞による末梢循環障害 4)その他の病態 2 大動脈瘤 1.分 類 1)瘤壁の形態 2)瘤の存在部位 3)原 因 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(20042005年度合同研究班報告) 【ダイジェスト版】 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン (2006年改訂版) Guidelines for Diagnosis and Treatment of Aortic Aneurysm and Aortic Dissection (JCS 2006) 外部評価委員 安 藤 太 三 藤田保健衛生大学胸部外科 伊 藤   翼 佐賀大学胸部外科 北 村 惣一郎 国立循環器病センター 末 田 泰二郎 広島大学外科学第一 本 田   喬 済生会熊本病院循環器科 安 田 慶 秀 NTT 東日本札幌病院心臓血管外科 (構成員の所属は 2006 11 月現在)

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Page 1: 【ダイジェスト版】 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイ …...初版:大動脈解離診療ガイドラインが出版されて6 年 余が経過した.医学の日進月歩は大動脈診療領域におい

班 長 高 本 眞 一 東京大学心臓外科・呼吸器外科

班 員 石 丸   新 戸田中央総合病院

上 田 裕 一 名古屋大学胸部外科

大 北   裕 神戸大学呼吸循環器外科

荻 野   均 国立循環器病センター心臓血管外科

数 井 暉 久 浜松医科大学第一外科

加 藤 雅 明 森之宮病院心臓血管外科

栗 林 幸 夫 慶應義塾大学放射線診断科

田 林 晄 一 東北大学心臓血管外科

中 島   豊 福岡赤十字病院病理部

松 尾   汎 松尾循環器科クリニック

宮 田 哲 郎 東京大学血管外科

吉 田   清 川崎医科大学循環器内科

協力員 青 鹿 佳 和 東京女子医科大学心臓病センター循環器内科

圷   宏 一 国立循環器病センター心臓血管内科

阿 部 知 伸 名古屋第一赤十字病院心臓血管外科

協力員 石 塚 尚 子 東京女子医科大学心臓病センター循環器内科

大 平 篤 志 おおひら内科・循環器科クリニック

加 地 修一郎 神戸市立中央市民病院循環器内科

北 村 哲 也 三重大学第一内科

齋 木 佳 克 東北大学心臓血管外科

柴 田   講 聖マリアンナ医科大学心臓血管外科

下 野 高 嗣 三重大学胸部外科

中 野   赳 三重大学第一内科

縄 田   寛 東京大学心臓外科・呼吸器外科

新 沼 廣 幸 岩手医科大学附属循環器医療センターCCU

西 上 和 宏 熊本病院心臓血管センター

林   宏 光 日本医科大学附属病院放射線科学

師 田 哲 郎 東京大学心臓外科・呼吸器外科

吉 岡 邦 浩 岩手医科大学放射線医学

鷲 山 直 己 浜松医科大学第一外科

Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1647

合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本胸部外科学会,日本血管外科学会,

日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会,日本脈管学会

Ⅰ 改訂にあたってⅡ 定義と名称

1 大動脈解離の定義2 大動脈瘤の定義3 用 語

Ⅲ 分類と病態1 大動脈解離

1.分 類2.病 態

1)拡 張2)破 裂3)分枝動脈の狭窄・閉塞による末梢循環障害4)その他の病態

2 大動脈瘤1.分 類

1)瘤壁の形態2)瘤の存在部位3)原 因

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

【ダイジェスト版】

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2006年改訂版)Guidelines for Diagnosis and Treatment of Aortic Aneurysm and Aortic Dissection(JCS 2006)

目 次

外部評価委員

安 藤 太 三 藤田保健衛生大学胸部外科

伊 藤   翼 佐賀大学胸部外科

北 村 惣一郎 国立循環器病センター

末 田 泰二郎 広島大学外科学第一

本 田   喬 済生会熊本病院循環器科

安 田 慶 秀 NTT 東日本札幌病院心臓血管外科

(構成員の所属は 2006年 11月現在)

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4)瘤の形2.病 態

Ⅳ 統計,疫学1 年間発症頻度

1.厚生労働省の統計2.地域における統計3.日本病理学会の報告である日本病理剖検輯報による剖検数

4.手術件数からの推定2 年齢による発症頻度の変化3 季節,時間,曜日による発症頻度の変化4 突然死例にみる大動脈解離

Ⅴ 診 断1 総 論

1.急性大動脈症候群1)急性大動脈解離2)大動脈瘤破裂・切迫破裂

2.慢性大動脈解離,真性大動脈瘤1)慢性大動脈解離2)真性大動脈瘤①胸部大動脈瘤②腹部大動脈瘤

2 X 線診断:単純 X 線写真,CT,血管造影1.単純 X 線写真

1)大動脈瘤2)大動脈解離

2.CT

1)大動脈瘤2)大動脈瘤破裂3)大動脈解離の CT

①単純 CT

②造影 CT

③合併症の診断3.血管造影

3 超音波診断1.大動脈瘤2.大動脈解離

4 MRI(magnetic resonance imaging)1.撮像法

1)MRI

2)シネMRI

3)MRA(magnetic resonance angiography)2.臨床応用

1)大動脈瘤のMRI

2)大動脈解離のMRI

3.体内埋め込み装置や金属等の安全性について1)ペースメーカー,埋め込み型除細動器2)ペーシングワイヤ3)人工弁4)ステント,フィルター,コイルなど5)止血クリップ6)胸骨ワイヤ7)心電図,脈波同期等のケーブル

5 Adamkiewicz 動脈の同定1.CT

2.MRI

3.臨床的意義

Ⅵ 治療-胸部大動脈1 治療効果概括(内科治療と外科治療の比較)

1.大動脈解離1)急性期の治療①Stanford A 型急性大動脈解離②Stanford B 型急性大動脈解離③特殊な解離に対する治療

a.Stanford A 偽腔閉塞型急性大動脈解離b.Ⅲ型逆行解離(Stanford A 偽腔開存型)c.Stanford B 偽腔閉塞型急性大動脈解離

2)慢性期の治療①慢性期手術成績②慢性期ステント挿入の成績③慢性期内科成績

a.Stanford A 偽腔開存型b.Stanford A 偽腔閉塞型c.Stanford B 偽腔開存型d.Stanford B 偽腔閉塞型④年齢による手術リスクの上昇について⑤手術適応

2.胸部大動脈瘤1)はじめに2)胸部・胸腹部大動脈瘤の内科治療3)胸部・胸腹部大動脈瘤の外科治療

2 内科治療1.大動脈解離

1)急性期管理2)慢性期管理①血圧管理②安静度,運動③画像によるフォローアップ④内科治療の限界の見極め⑤手術例の慢性期管理における注意点

a.術後遠隔期合併症についてb.残存解離による瘤形成についてc.再手術の頻度(初回手術は慢性期,急性期の両方を含む)

2.胸部大動脈瘤1)はじめに2)内科治療における基本的な注意事項①動脈硬化性危険因子の管理②動脈硬化性合併疾患の管理

3)非手術例における内科治療①症状と徴候②経過観察中での血圧管理③経過観察中での運動制限④経過観察中での画像検査による評価

4)手術例における内科治療①臨床症状と徴候②血圧管理③運動制限④画像評価

3 外科治療1.はじめに…胸部大動脈の外科治療の概観2.胸部大動脈の基本的な術式と補助手段

①基部・上行大動脈a.標準的な手術法

Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061648

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

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b.大動脈弁温存基部置換術②弓部大動脈

a.標準的な手術法b.脳保護法

¡)SCP(選択的脳灌流法)™)RCP(逆行的脳灌流法)

③胸部下行~胸腹部大動脈a.標準的な手術法b.補助手段c.脊髄保護法d.腹部臓器保護法

3.大動脈解離1)急性大動脈解離①手術の原則②上行大動脈置換③弓部全置換④大動脈弁逆流への対処法

a.大動脈弁吊り上げb.大動脈基部置換⑤断端形成術⑥急性大動脈解離の分枝灌流異常

2)慢性大動脈解離① A 型解離

a.大動脈逆流の修復¡)大動脈弁置換術™)弁付き人工血管による大動脈基部置換術£)自己大動脈弁温存術式(aortic valve

sparing operation)b.人工血管による大動脈再建

¡)上行大動脈置換術™)上行・部分弓部置換術(h e m i a r c h

replacement)£)上行・弓部大動脈置換術(total arch

replacement)¢)大動脈基部を伴う上行・弓部大動脈置換術

② B 型解離¡)下行大動脈置換術™)open distal anastomosis による部分弓部・下行大動脈置換術

£)胸腹部大動脈置換術4.大動脈解離,真性大動脈瘤の外科治療の成績

1)大動脈解離の外科治療の現況と成績2)真性胸部・胸腹部大動脈瘤の手術治療の成績

Ⅶ 治療-腹部大動脈瘤1 治療効果概括

1.内科治療と外科治療2.腹部大動脈瘤のリスク評価

1)動脈瘤の破裂リスク①動脈瘤径・拡張速度②動脈瘤形状③疫学的因子

2)動脈瘤による末梢塞栓のリスク3)動脈瘤による凝固障害のリスク

3.内科治療2 外科治療

1.非破裂性腹部大動脈瘤

1)手術適応2)手 術① 術前評価

a.大動脈瘤・合併する動脈瘤の評価b.手術リスクの評価c.虚血性心疾患の評価

2.破裂性腹部大動脈瘤1)診 断2)治 療3)治療成績

3.腹部大動脈瘤外科治療後遠隔期生存率Ⅷ カテーテル・インターベンション療法

1 大動脈解離1.はじめに2.経カテーテル的開窓術,狭窄または閉塞真腔,分枝血管に対するステント留置術1)適 応2)方 法①経カテーテル的開窓術②ステント留置術

3.ステントグラフト内挿術によるエントリー閉鎖術1)適 応2)方 法3)成 績

2 (真性)大動脈瘤1.はじめに2.適 応

1)腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療の解剖学的適応①適 応②除 外

2)胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療の解剖学的適応①適 応②除 外

3)ステントグラフト治療が望ましいと考えられる病態①臓器障害を伴う症例②緊急症例③再手術症例

4)ステントグラフト治療と外科手術の選択について3.施行施設,術者の条件4.ステントグラフト治療の方法

1)代表的な方法①到達経路②ステントグラフトの内挿

2)ステントグラフト治療における工夫①開窓(fenestration)②枝付きステントグラフト③非解剖学的バイパス+ステントグラフト内挿④ open stent-graft 法

5.エンドリーク(endoleak)について6.成 績

1)初期治療成績2)遠隔期成績

Ⅸ リハビリテーション(急性大動脈解離)Ⅹ 特殊な病態

Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1649

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

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初版:大動脈解離診療ガイドラインが出版されて 6年

余が経過した.医学の日進月歩は大動脈診療領域におい

ては特に著しく,この歳月の間に診断・治療とも大きく

変化している.診断においては,CT の多列化および経

食道心エコー法の普及に伴い,病態生理の解釈にも変化

が認められる.詳細は「分類と病態」の項に譲るが,例

えば IMH:intramural hematoma や PAU:penetrating

atherosclerotic ulcer の定義と解釈は混乱しており,実際

欧米における IMH の頻度および死亡率は本邦に比し極

めて高い.これらは本来精密な画像診断と病理診断との

突き合わせによってのみ真相が解明されるもので,この

分野における本邦の研究は世界をリードしていると思わ

れ,情報の発信により早急に解決への道をつけなければ

ならない.一方,外科治療の進歩も著しく,胸部外科学

会調査による 2004 年の胸部大動脈瘤手術症例総数は

8,000 例を越え 10 年前の約 3 倍,在院死亡率は overall

で 11 % と激減している.また血管内治療(stent graft)

の普及とデバイス改良も進み,治療の選択肢が増加する

とともに適応にも変化が見られる.

以上の情勢を鑑み,真性瘤をも新たに含めた,今回の

ガイドライン全面改訂に至った.本ガイドライン作成班

は 2004 年 7 月に第 1 回班会議がもたれ,以後諸分野の

第一人者が集い 2年間に渡り検討を重ねてきた.将来に

もまた診断・治療の発達とエビデンスの蓄積により版を

改めてゆくことになろう.本ガイドラインが,得てして

専門家不在となりがちな大動脈診療の標準として,医師

ならびに患者の公益に供されることを願う.

なお,診断・治療法の推奨基準とエビデンスレベルは

ACC/AHA ガイドラインに準じて以下の分類を用いた

(http:// circ.ahajournals.org/manual/manual_IIstep6.shtml).

Classification of Recommendations

ClassⅠ:Conditions for which there is evidence and/or

general agreement that a given procedure or

treatment is useful and effective.

ClassⅡ:Conditions for which there is conflicting evidence

and/or a divergence of opinion about the

usefulness/efficacy of a procedure or treatment.

Ⅱa. Weight of evidence/opinion is in favor of

usefulness/efficacy

Ⅱb. Usefulness/efficacy is less well established by

evidence/opinion.

ClassⅢ:Conditions for which there is evidence and/or

general agreement that the procedure/treatment is

not useful/effective, and in some cases may be

harmful.

Level of Evidence

Level of Evidence A

Data derived from multiple randomized clinical trials

Level of Evidence B

Data derived from a single randomized trial, or non-

randomized studies

Level of Evidence C

Consensus opinion of experts

大動脈解離(aortic dissection)とは「大動脈壁が中膜

のレベルで二層に剥離し,動脈走行に沿ってある長さを

1 マルファン症候群1.概念・病理・病因2.病 態3.診断法4.治療法

2 炎症性腹部大動脈瘤1.概念・病理・病因2.頻 度3.臨床症状

4.診 断5.治 療6.転帰・予後

3 感染性大動脈瘤1.概 念2.疫 学3.診 断4.治 療

(無断転載を禁ずる)

Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061650

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

改訂にあたってⅠ

定義と名称Ⅱ

大動脈解離の定義11

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1651

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

持ち二腔になった状態」で,大動脈壁内に血流もしくは

血腫(血流が有るものがほとんどであるが,血流の無い

もの,血栓化したものも一部含まれる)が存在する動的

な病態である.

近年の画像診断の進歩により大動脈中膜が血腫により

剥離しているが,内膜亀裂が見られない病態が見出され

るようになり,この病態は壁内血腫( i n t r a m u r a l

hematoma:IMH)と称される.また,Stanson らは大動

脈の粥状硬化性病巣が潰瘍化して中膜以下にまで達する

ことがあることを指摘し,これを penetrating

atherosclerotic ulcer(PAU)とした.IMH や PAU をめぐ

っては未だ問題点が多く,その語句の使用にあたっては

細心の注意が必要である.

大動脈瘤は「大動脈壁一部の全周,又は局所が拡張し

た状態」とする.大動脈の直径が正常径の 1.5 倍(胸部

で 4.5 cm,腹部で 3 cm)を越えた(紡錘状に拡大した)

場合に「瘤(aneurysm)」と称している.

大動脈瘤は限局的な大動脈壁の拡張であり,その形状

が紡錘状であれば紡錘状大動脈瘤(fusiform type aortic

aneurysm,図 1),嚢状であれば嚢状大動脈瘤(saccular

type aortic aneurysm,図 2)と称される.

大脈解離 aortic dissection

解離性大動脈瘤 dissecting aneurysm of the aorta:瘤形成

をした大動脈解離

古典的大動脈解離 classic aortic dissection:内膜亀裂や

フラップを持つ解離。壁内血腫との対比で用いられる。

真腔 true lumen:本来の動脈腔

偽腔 false lumen:壁内に新たに生じた腔(解離腔は不

可)

フラップ flap:(内中膜)隔壁。剥離内膜とも言われ

るが,実際は「内膜と中膜の一部」によって構成され

る。

内膜亀裂(亀裂,裂孔,内膜裂口,裂口)tear:解離で

みられる,内膜・中膜の亀裂部位で,真腔と偽腔が交通

する部位。

入口(孔)部 entry:真腔から偽腔へ血流が入り込む

部位

再入口(孔)部 re-entry:偽腔から真腔へ血流が流れ

込む部位

(入口・再入口部を兼ねる用語として,「交通口(交通孔)」

も用いる)

偽腔開存型大動脈解離 ヨーロッパの分類の

communicating aortic dissection と同義。

偽腔閉塞型大動脈解離 ヨーロッパの分類の non-

communicating aortic dissection と同義。

血栓閉塞型大動脈解離  thrombosed type aortic

dissection:偽腔閉塞型大動脈解離と同義。

壁内血腫 intramural hematoma:病理学的には内膜亀裂

の無い解離。臨床的には偽腔閉塞型解離とほぼ同義的に

用いられる。

壁内出血 intramural hemorrhage:壁内血腫と同義。

潰瘍様突出像 ulcer-like projection(ULP):偽腔閉塞

型解離の動脈造影などの画像診断で見られる小突出所見

(protrusion)。

大動脈瘤の定義22

用 語33

図 1 紡錘状大動脈瘤 図 2 嚢状大動脈瘤

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061652

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

破裂 rupture

再解離 re-dissection:元来の解離の部分とは別の部分

に新たに解離が発生したもの。

再開通 re-canalization:偽腔閉塞型解離,または偽腔開

存型解離が偽腔閉塞した場合で,血流が無く閉塞してい

た偽腔に再び血流が生じた状態を言う。

解離の進展 extension:解離が動脈のおもに長軸方向に

拡がること。いったん終了した解離がある時間をおいて

再び進展すれば再解離の範疇に入れてよい

解離(偽腔)の拡大 enlargement:偽腔がおもに短軸方

向に拡がること

大動脈瘤 aortic aneurysm

紡錘状大動脈瘤 fusiform type aortic aneurysm

嚢状大動脈瘤 saccular type aortic aneurysm

胸部大動脈瘤 thoracic aortic aneurysm:TAA

胸腹部大動脈瘤 thoraco-abdominal aortic aneurysm:

TAAA

腹部大動脈瘤 abdominal aortic aneurysm:AAA

炎症性腹部大動脈瘤 inflammatory abdominal aortic

aneurysm:IAAA

真性大動脈瘤 true aneurysm of the aorta:一般に言う大

動脈瘤と同義。仮性動脈瘤と明確に区別する時に用いる

仮性(偽性)大動脈瘤 pseudo(false)aneurysm of the

aorta

1)解離の範囲からみた分類,2)偽腔の血流状態によ

る分類,3)病期による分類を表 1に示す.

1)拡 張

①大動脈弁閉鎖不全,②瘤形成

2)破 裂

①心タンポナーデ,②胸腔内や他の部位への出血

3)分枝動脈の狭窄・閉塞による末梢循環障害

①狭心症・心筋梗塞,②脳虚血,③上肢虚血,④対麻

痺,⑤腸管虚血,⑥腎不全,⑦下肢虚血

4)その他の病態

①DIC,pre-DIC,②胸水貯留,③全身の炎症反応

(SIRS)

Intramural hematoma

1.三日月型の大動脈壁肥厚.

2.内膜破綻とそこからの血流の流入を認めない.

図 3に intramural hematoma(偽腔閉塞型あるいは血栓

閉塞型)と classic aortic dissection(偽腔開存型)の違い

をまとめた.

分類と病態Ⅲ

大動脈解離11

分 類1

病 態2

表 1

1.解離範囲による分類Stanford 分類

A 型:上行大動脈に解離があるものB 型:上行大動脈に解離がないもの

DeBakey 分類Ⅰ型:上行大動脈に内膜亀裂があり弓部大動脈より

末梢に解離が及ぶものⅡ型:上行大動脈に解離が限局するものⅢ型:下行大動脈に内膜亀裂があるものⅢ a 型:腹部大動脈に解離がおよばないものⅢ b 型:腹部大動脈に解離が及ぶもの

DeBakey 分類に際しては以下の亜型分類を追加できる逆行性Ⅲ型解離:内膜亀裂が下行大動脈にあり逆行性

に解離が弓部から近位に及ぶもの弓部型:弓部に内膜亀裂があるもの弓部限局型:解離が弓部に限局するもの弓部広範型:解離が上行または下行大動脈に及ぶもの腹部型:腹部に内膜亀裂があるもの腹部限局型:腹部大動脈のみに解離があるもの腹部広範型:解離が胸部大動脈に及ぶもの

2.偽腔の血流状態による分類偽腔開存型:偽腔に血流があるもの. 部分的な血栓の

存在はこの中に入れる偽腔血栓閉塞型:偽腔が血栓で閉塞しているもの

3.病期による分類急性期:発症 2 週間以内. この中で発症 48 時間以内

を超急性期とする亜急性期:発症後 3 週目(15 日目)から 2 ヶ月まで慢性期:発症後 2 ヶ月を経過したもの

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1653

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

1)瘤壁の形態

①真性,②仮性,③解離性

2)瘤の存在部位

①胸部:上行,弓部,下行,②胸腹部,③腹部:腎動

脈上,下

3)原 因

①動脈硬化性,②外傷性,③炎症性,④感染性,⑤先

天性

4)瘤の形

①紡錘状,②嚢状

大動脈瘤による症候を表 2にまとめた.

図 3

Flap なし

Classic Aortic Dissection (偽腔開存型)

Intramural Hematoma (偽腔閉塞型)

Entry

Flap

偽腔

真腔

Entry なし

血腫(偽腔)

真腔

大動脈瘤22

分 類1

病 態2

表 2 大動脈瘤の臨床徴候

①疼痛      解離,破裂

②圧迫症状 胸部:嗄声,嚥下障害,顔面浮腫

腹部:腹部膨満,

③臓器虚血症状  弓部分枝(脳),脊髄動脈

腹部分枝(腸管など),腎動脈,

下肢動脈

灌流する臓器により症状は多様である

統計,疫学Ⅳ

年間発症頻度11

厚生労働省の統計(表 3a)1

表 3a

平成 8 年  総患者数   9千人 解離/15 千人 瘤平成 11 年  総患者数  10千人 解離/21 千人 瘤平成 14 年  総患者数   9千人 解離/16 千人 瘤

(傷病基本分類別)

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061654

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

10 万人あたりの年間発症人数はおよそ 3 人前後との

報告がある. 図 4 に示すように大動脈解離の発症のピークは男女

とも 70 代.図 5 は非解離性大動脈瘤の発症のピークを

示し,男性 70代,女性 80代である.

大動脈解離の発症は冬場に多く夏場に少ない傾向があ

る.また,時間的には活動時間帯である日中が多く,特

に 6~12時に多いと報告されている.逆に深夜から早朝

は少ない.曜日による有意差はないようである.

病院着前死亡は 61.4 % に及ぶ.発症から死亡まで 1

時間以内 7.3 %,1~6時間は 12.4 %,6~24時間は 11.7

% であり,病院着前死亡とあわせると,93 % が 24時間

以内に死亡したことになる.

地域における統計(表 3b)2

表 3c 日本病理剖検輯報による剖検数

大動脈解離:

1973~84 剖検数 152.2 例/年46)

1993~96.1 剖検数 315.5 例/年 総剖検数の1.07%男:女=59:41

1998~02 剖検数 388.8 例/年 総剖検数の1.47%男:女=61:39

非解離性大動脈瘤:

1998~02 剖検数 722.8 例/年 総剖検数の2.73%男:女=75:25

日本病理学会の報告である日本病理剖検輯報による剖検数(表 3c)3

手術件数からの推定(表 4)4

表 4 年間発症件数の推移

1998 2222 380 2383 695

1999 10000 2518 373 21000 2649 736

2000 2849 403 3069 718

2001 2966 405 3252 738

2002 9000 3319 383 16000 3717 727

急性大動脈解離 非解離性大動脈瘤

患者数 手術件数 剖検数/年 患者数 手術件数 剖検数/年

患者数は厚生労働省の傷病基本分類統計による報告による手術件数は日本胸部外科学会の年次報告による剖検数は日本病理学会発表の日本病理剖検輯報による

表 3b 地域における急性大動脈解離の発症率調査

1997 大阪府北中部 600 万人 3.12

1998 三重県 160 万人 3.7

1999 阪神地区 1000 万人 2.67

1991~2000 大阪府高槻市 37 万人 2.62

1997~2005 岩手県首都圏 100 万人 5.2

年 対象地域 対象人口 発生数/10万人/年

年齢による発症頻度の変化22

季節,時間,曜日による発症頻度の変化33

突然死例にみる大動脈解離44

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1655

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

図 4 大動脈解離剖検件数の年齢別頻度(1998 ~ 2002 年度)

60~69

450

400

350

300

250

200

150

100

50

0

剖 検 数

0~9 10~19 20~29 30~39 40~49 50~59 90~ 80~8970~79

年   齢

男性

女性

図 5 非解離性大動脈瘤剖検件数の年齢別頻度(1998 ~ 2002 年度)

60~69

1400

1200

1000

800

600

400

200

0

剖 検 数

0~9 10~19 20~29 30~39 40~49 50~59 90~ 80~8970~79

年   齢

男性

女性

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061656

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

1)急性大動脈解離

急性大動脈解離を診断するには,まず疑いを持つこと

が何よりも重要である.疑いを持った場合,図 6 にし

たがって診断を進める.緊急の外科的治療の適応と術式

の選択については、別項(Ⅳ 1)を参照されたい。

診 断Ⅴ

総 論11

急性大動脈症候群1

図 6

病歴

激しい胸背部痛その他の症状

四肢の血圧,大動脈弁 閉鎖不全の雑音,奇脈, 心不全徴候, WBC, CRP, Hb, D-dimer

ACS の所見は?心嚢液貯留?大動脈弁逆流の有無?剥離内膜の有無?

大動脈解離 s/o

身体所見・採血

心電図, X-P ,エコー

yes suspect

followStanford BStanford A

保存的治療 緊急手術

no

follow

CT スキャン,(経食道心エコー)

急性解離疑いあり

急性解離

救急外来

集中  治療室

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1657

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

2)大動脈瘤破裂・切迫破裂(図 7,図 8)

図 7

急激な発症の胸・背部痛(+ショック)

全身状態および 多臓器合併症の評価

緊急手術 ステントグラフト?

胸部大動脈瘤破裂または 急性大動脈解離 疑い

指摘されていない

急性冠症候群などの鑑別

指摘されている

急性症候性大動脈瘤

CT スキャン

破裂 非破裂

手術可能 手術困難

保存的治療

もともと胸部大動脈瘤を…

●心電図● X-P●エコー●採血 など

図 8

急激な発症の腹痛・腰痛

腹痛,腰痛の 原因精査

指摘されていない 指摘されている

急性症候性大動脈瘤

採血・腹部エコー

血行動態?

ショック バイタル安定

CT スキャン

破裂 非破裂

拡手術困難

保存的治療 緊急手術 緊急手術

治療

もともと腹部大動脈瘤を…

●圧痛のある動脈瘤の触知 ●腹部エコーにて動脈瘤(+)

他に原因あり

他に原因なし

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

の石灰化により瘤の存在を指摘できることがある.

2)大動脈解離

単純 X 線写真上で縦隔陰影の拡大が見られるが,こ

の所見は非特異的である.大動脈壁の内膜石灰化の内側

偏位は解離を示唆する.

1)大動脈瘤

瘤の存在診断のほか,大きさと進展範囲,瘤壁の石灰

化や瘤壁の状況(炎症性大動脈瘤など),壁在血栓の量

やその状態,瘤と周辺臓器との関係さらに瘤と主要大動

脈分枝との位置関係などを知ることができる.評価の際

には“最大短径”を用いることを原則とする.

2)大動脈瘤破裂

破裂が疑われる場合,多少の時間的余裕がある場合は

CT が有用である.造影 CT は緊急手術に際しては,必

ずしも必要な情報ではない.

3)大動脈解離の CT

CT は解離の診断に際して必要不可欠な検査法であ

る.解離の存在診断,形態および進展範囲,エントリ

ー/リエントリーの同定,さらに破裂や臓器虚血などの

合併症の有無を診断することが重要である.検査では,

単純 CT,造影 CT 早期相および後期相を撮ることを基

本とする.

①単純 CT

単純 CT では,内膜の石灰化の偏位が重要な診断のポ

イントとなる.また偽腔閉塞型解離の急性期には,凝血

塊あるいは血腫によって満たされた偽腔が,大動脈壁に

沿って長軸方向に広範囲に存在する三日月状の高濃度域

として認められる.

②造影 CT

造影 CT 早期相では,造影剤のファーストパスの状態

で全大動脈をスキャンする.偽腔開存型では二腔構造を,

偽腔閉塞型では造影されない偽腔を証明することにより

診断が確定する.偽腔開存型解離の中には偽腔の血流が

非常に遅い場合があり,造影早期相で偽腔が造影されず

後期相で造影剤の流入を認める症例があるので,造影後

期相まで撮像する必要がある.

1)慢性大動脈解離

慢性大動脈解離においては,CT スキャンにて解離の

範囲,瘤径,真腔と偽腔の関係,偽腔内の血流の有無,

ulcer-like projection(ULP)の有無,主要分枝の状態な

どを評価する.急性期から半年目を目安に CT スキャン

を行い手術適応の有無を定期的に診断していく.急性期

に比し大動脈径の拡大がない場合は1年後の検査とする.

2)真性大動脈瘤

①胸部大動脈瘤

大動脈径の大きさにより,5 cm 未満であれば半年後

に CT を再検する.半年間で拡大がなければ次からは 1

年に一回の頻度で径のチェックを行う.また初回の CT

にて 5 cm 以上であった場合は,手術リスクを考慮しな

がら手術適応を検討する.経過観察となった症例では半

年後の CT 再検を行い,大動脈径の増大スピードに応じ

てその後の検査間隔を考慮する.

②腹部大動脈瘤

診断時の瘤径により,年間破裂率は 4 cm 未満で 0.3

%,4.0~4.9 cm で 1.5 %,5.0~5.9 cm で 6.5 %,6.0 cm

以上では急激にリスクが増大する.観察期間は瘤のサイ

ズにより判断する.胸部大動脈瘤と同様に初回 CT にお

ける瘤径のサイズによって 5.0 cm を越えていれば,手

術治療について検討する.4.0 cm 未満の大きさであれば,

まず半年後に CT の再検を行い,増大スピードを評価す

る.4.0~5.0 cm の場合は年齢,体重,合併症などを考

慮し,早めの手術治療を選ぶか,または半年後の CT 再

検とする.

1)大動脈瘤

正面像で上行大動脈の輪郭に連続して右方に突出する

陰影として認められる.弓部に発生した瘤は,正面像で

左第 1弓の部分に腫瘤状の陰影を呈することが多く診断

は容易である.下行大動脈では,大動脈の輪郭に連続す

る紡錘形ないしは円形の陰影として認められる.腹部大

動脈瘤における単純写真の意義は高くないが,動脈瘤壁

慢性大動脈解離,真性大動脈瘤2

X 線診断:単純 X 線写真,CT,血管造影22

単純 X 線写真1

CT2

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1659

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

③合併症の診断

大動脈解離の合併症には,破裂,心タンポナーデ,臓

器や四肢の虚血など重篤なものが多い.CT では,心周囲

の液体貯留の有無や,分枝動脈と解離腔との関係や分枝

動脈への解離進展の有無を評価することも大切である.

大動脈疾患における、DSA を含めた血管造影の診断

的役割は少なくなってきている.

大動脈の描出には低侵襲で情報量の多い体表エコー図

および経食道心エコー図検査が有用である.体表エコー

図では,大動脈基部,上行大動脈,弓部大動脈および腕

頭動脈,左総頚動脈,左鎖骨下動脈,腹腔動脈,上腸間

膜動脈,腎動脈,総腸骨動脈の観察が可能である.経食

道心エコー図は大動脈基部から上行大動脈,弓部大動脈,

下行大動脈を鮮明に描出することができる.エコー図は

非侵襲的であるため繰り返し評価することが可能という

利点を有する.

大動脈瘤の描出にはまず体表心エコー図で大動脈の長

軸像および短軸像を描出し,大動脈径,瘤の形状,分枝

血管との位置関係,内腔や壁の正常を観察する必要があ

る.大動脈が屈曲,偏位している可能性があるため短軸

像からの計測では必ず最大短径を計測する.

大動脈解離の迅速な診断を行なううえでエコー図検査

は非常に有用であり,腎機能障害や造影剤アレルギーな

どで造影剤が使用困難な場合にも施行できる.特に体表

エコー図は非侵襲的に簡便に解離の診断を行なうだけで

はなく,分枝解離や解離に伴う合併症の評価を行なうこ

ともできる.Stanford A 型解離の合併症である心タンポ

ナーデ・大動脈弁逆流・大動脈分枝や冠状動脈への進

行・局所壁運動異常や胸水貯留の評価をしておくことは

非常に重要である.

1)MRI

特徴として,造影剤を用いることなく任意の断面で,

血管壁ならびに内腔を評価することが可能であるが,撮

像時間は長く,乱流や遅延血流,呼吸に伴うアーチファ

クトを認める場合がある.

2)シネMRI

撮像時間が長く,基本的に単一断面の情報しか得られ

ない.近年では短時間で高コントラストの血流情報が得

られる SSFP(steady-state free-procession)法(true FISP,

FIESTA,balanced TFE,true SSFP など)を利用するこ

とも多い.

3)MRA(magnetic resonance angiography)

MRA には造影剤を使用しない time-of -flight(TOF)

法,phase-contrast(PC)法,fresh blood imaging(FBI)

法,ならびに造影剤を使用する造影 MRA に大別するこ

とができる.最も一般的な大動脈の検査法は造影 MRA

である.TOF 法や PC 法に比較し,撮像時間が短い,空

間分解能が高い,任意の撮像面の設定が可能,などの利

点がある.

1)大動脈瘤のMRI

MRI 診断の要点として,①瘤の存在部位,②形態,

③大きさ,④主要大動脈分枝との関係,⑤合併症の評価,

があげられる.

2)大動脈解離のMRI

全身状態が不良な急性期大動脈解離の診断において,

検査時間が長く患者モニタリングに制約のある MRI は

推奨できない.しかし慢性期における画像評価に MRI

は有用である.

1)ペースメーカー,埋め込み型除細動器

ペースメーカー埋め込み後の MRI 検査は禁忌であり,

血管造影3

超音波診断33

大動脈瘤1

大動脈解離2

MRI(magnetic resonance imaging)44

撮像法1

臨床応用2

体内埋め込み装置や金属等の安全性について3

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

MDCT を用い,造影早期相の画像から Adamkiewicz

動脈の抽出を行う.

造影剤を用いたMRA の pulse sequence で撮像を行う.

術式の選択や肋間(腰)動脈再建レベルを含めた手術

計画に有用である.

1)急性期の治療(表 5,表 6)

① Stanford A 型急性大動脈解離

Stanford A 型は極めて予後不良な疾患で,症状の発症

から 1 時間あたり 1~2 % の致死率があると報告されて

いる.破裂,心タンポナーデ,循環不全,脳梗塞,腸管

虚血などが主な死因である.一般に内科療法の予後は極

めて不良で,外科療法すなわち緊急手術の適応であると

される.急性大動脈解離の国際多施設共同登録試験

(IRAD)のデータでは,内科治療における死亡率は症状

から 24時間で 20 %,48時間で 30 %,7日間で 40 %,1

ヶ月で 50 % と報告されている.一方,外科治療の成績

は症状から 24 時間で 10 %,48 時間で 30 %,7 日間で

13 %,1 ヶ月で 20 % であった.従って,Stanford A 型

の急性大動脈解離は緊急の外科治療の適応とするのが一

般的な考え方である.

② Stanford B 型急性大動脈解離

Stanford B 型急性大動脈解離は A 型解離よりも予後が

良い.合併症のないS tanford B 型解離の場合,30 日間

の死亡率は 10 % と報告されている.逆に外科治療のリ

スクは高く,合併症のない Stanford B 型解離の場合,内

科治療も外科治療も同等の結果であると報告されてい

る.ただし,破裂や切迫破裂,下肢虚血および臓器虚血,

現在までに 10例を越える死亡例が報告されている一方,

200 例以上のペースメーカー装着者で安全に MR 検査が

なされた報告もある.適応基準も将来見直される可能性

はある.埋め込み型除細動器を有する場合も,同様に禁

忌である.

2)ペーシングワイヤ

心臓手術後にペーシングワイヤや電極が単独で体内に

埋め込まれている場合には慎重を期す必要がある.

3)人工弁

最近の機械弁は非磁性体のカーボンを主体とするもの

が多く,MRI の実施に支障はないと考えられている.

また磁性体の人工弁についても弁の破壊や異常動作を生

ずるほどの影響はなく,安全と考えられている.

4)ステント,フィルター,コイルなど

磁性体の器具による血管内治療後では,生体内で安定

するまでの期間(留置後 6~8週)は MRI を行うべきで

はないと考えられる.一方,非磁性体のものでは安定期

間を待つ必要はないとされる.

5)止血クリップ

生体内で安定した状態であれば,安全性に問題はな

い.

6)胸骨ワイヤ

安全性に問題はない.

7)心電図,脈波同期等のケーブル

パルスオキシメータのケーブルがループを形成したた

めに局所的な火傷が起きた事例が報告されており,注意

が必要である.

詳細は www.mrisafty.com を参照のこと.

選択的肋間(腰)動脈造影では,60~86 % の確率で

Adamkiewicz 動脈の同定が可能と報告されているが,検

査手技自体による瘤の破裂や対麻痺等の重篤な合併症が

あり,本邦では一般的な術前検査とはならなかった.一

方,近年の MRI や MDCT のめざましい進歩によって低

侵襲的な同定が可能となった.

Adamkiewicz 動脈の同定55

CT1

MRI2

臨床的意義3

治療-胸部大動脈Ⅵ

治療効果概括(内科治療と外科治療の比較)11

大動脈解離1

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1661

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

治療抵抗性の疼痛をきたした症例では外科治療が必要と

され,30日間の死亡率は 25 % と報告されている.以上

のことから,Stanford B 型急性大動脈解離の治療におい

ては,合併症のない例では内科療法を選択し,合併症の

ある症例では手術を考慮する必要がある.

③特殊な解離に対する治療

a.Stanford A 偽腔閉塞型急性大動脈解離

Stanford A 型の偽腔閉塞型解離に対する治療指針は,

国により,また外科医と内科医で意見が異なることが多

い.表 7 に過去の報告による治療成績をまとめた.こ

の成績の差異が,人種間の違いも含めた患者背景の差に

よるのか,診断法や内科治療法の違いによるのかは明ら

かでなく,さらなる検討が必要と考えられる.

現時点での Stanford A 偽腔閉塞型急性大動脈解離の治

療方針については,以下のように考えられる.まず,大

動脈弁閉鎖不全症や心タンポナーデ合併例では緊急手術

を考慮する.また,大動脈径が 50 mm 以上あるいは血

腫の径が 11 mm を越える例では高危険群と考えられ,

場合によっては手術を考慮する.このような高危険群に

対して,すぐに手術をする方が良いかあるいは 2~3 日

経過観察して血栓化した偽腔の退縮が認められなかった

時点で手術にする方が良いかどうかは未だ結論が出てい

表 5 Stanford A型偽腔閉塞型急性大動脈解離における内科治療の成績

Mohr-Kahaly54) 1994 3 72 2/3 NA

Nienaber53) 1995 12 52 4/5 NA

Sueyoshi153) 1997 13 70 1/8 4/8

Kaji149) 1999 22 65 1/22 12/22

Shimizu156) 2000 13 NA 3/11 NA

Hagan78) 2000 17 NA 4/8 NA

Nishigami5) 2000 8 72 1/8 2/8

Song58) 2001 24 67 1/18 7/13

Sohn154) 2001 13 NA 0/13 NA

Kaji57) 2002 30 67 1/30 17/30

Song144) 2002 41 65 3/41 24/36

Evangelista155) 2003 12 NA 1/5 2/5

von Kodolitsch6) 2003 38 NA 6/11 NA

Moizumi156) 2004 41 67 3/30 NA

Evangelista4) 2005 23 NA 3/9 NA

筆頭著者 年 症例数 平均年齢 内科治療による死亡 内科治療で偽腔が消失

表 6 Stanford A 型大動脈解離における急性期治療の適応

Class Ⅰ

1.偽腔開存型A型解離に対する外科治療(緊急手術)(Level C)

2.解離に直接関係のある,重症合併症*を持ち,手術によりそれが軽快するか,または,その進行が抑えられると考えられる大動脈解離に対する外科治療

*偽腔の破裂,再解離,心タンポナーデ,脳循環障害,大動脈弁閉鎖不全,心筋梗塞,腸管虚血,四肢血栓塞栓症など (Level C)

Class Ⅱa

1.血圧コントロール,疼痛に対する薬物治療に抵抗性の大動脈解離に対する外科治療 (Level C)

Class Ⅱb

1.偽腔閉塞型A型解離に対する外科治療 (Level C)

2.偽腔閉塞型A型解離に対する内科治療 (Level C)

3.上行大動脈の偽腔が血栓閉塞したDeBakeyⅢ型の逆行性解離に対する内科治療 (Level C)

表 7 Stanford B 型大動脈解離における急性期治療の適応

Class Ⅰ

1.合併症のない偽腔開存型および偽腔閉塞型B型解離に対する内科治療 (Level C)

2.解離に直接関係のある重症合併症*を持ち,手術によりそれが軽快するか,または,その進行が抑えられると考えられる大動脈解離に対する外科治療

*偽腔の破裂,再解離,心タンポナーデ,脳循環障害,大動脈弁閉鎖不全,心筋梗塞,腸管虚血,四肢血栓塞栓症など (Level C)

Class Ⅱa

1.血圧コントロール,疼痛に対する薬物治療に抵抗性の大動脈解離に対する外科治療 (Level C)

2・血圧コントロールに対する薬物治療に抵抗性の大動脈解離に対する内科治療 (Level C)

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061662

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

ない.ただし,内科治療にあたっては,画像診断を頻回

に施行して,経過を追うことが重要である.

b.Ⅲ型逆行解離(Stanford A 偽腔開存型)

逆行性解離の中でも偽腔が完全に血栓化した逆行解離

症例は,画像診断を頻回に施行して血栓化した偽腔の増

大や偽腔開存型への移行がないか注意しながら経過を追

うことによって,内科的に治療することが可能である.

c.Stanford B 偽腔閉塞型急性大動脈解離

Stanford B 偽腔閉塞型急性大動脈解離の内科治療成績

は,院内死亡率が 0 % で,5 年の生存率も 97 % と良好

である.ただし,破裂を含めた合併症の危険性はゼロで

はなく注意が必要である.

2)慢性期の治療

①慢性期手術成績

日本胸部外科学会の 2003 年度における在院死亡率は

慢性 A 型で 6.6 %(36/544),慢性 B 型で 9.4 %(45/

478,下行置換 5.9 %,胸腹部置換 12 %)と報告されて

いる.

②慢性期ステント挿入の成績

日本胸部外科学会の 2003 年度における経皮的ステン

ト挿入の在院死亡率は慢性 A 型で 12.5 %(1/8),慢性B

型では 6.5 %(5/77)とされている.

③慢性期内科成績

内科治療による長期予後を表 8 に示す.慢性期管理

を始める時点で,急性期における慢性期予後不良因子を

列挙した.

a.Stanford A 偽腔開存型

b.Stanford A 偽腔閉塞型

血腫厚,最大動脈径,上行大動脈における ULP

c.Stanford B 偽腔開存型

最大動脈径,急性期動脈径最大部位が遠位弓部にある,

COPD の存在

d.Stanford B 偽腔閉塞型

年齢 70 才以上,血腫厚,最大動脈径,新たに出現し

た ULP,ULP が遠位弓部あるいは横隔膜周辺にある

④年齢による手術リスクの上昇について

一般には高齢であるほど手術のリスクが上昇し,70

才以上の胸部大動脈瘤は院内死亡が 1.25 倍と報告され

ている.

⑤手術適応

大動脈解離における亜急性期および慢性期の外科的治

療法の適応についてまとめた(表 9).

1)はじめに

胸部大動脈瘤は多くが無症状であるため,その正確な

実態は知られていない.また,胸部・胸腹部大動脈瘤を

対象とした内科治療と外科治療の二重盲検比較試験は未

だ無く,両治療を比較することはできない.

2)胸部・胸腹部大動脈瘤の内科治療

破裂に関与する因子として,年齢,痛み,慢性閉塞性

表 8 各タイプにおける Kaplan-Meir 法による全死亡回避率

Stanford A 開存型 34 % 23 % 23 % Kozai et al 2001

Stanford A 偽腔閉塞型 83 % 78 % 73 % 日循 2000

86 % 86 % 31 % Kozai et al 2001

Stanford B開存型 83 % 79 % 79 % Kaji et al 2003

87 % 74 % 48 % Akutsu et al 2004

84 % 64 % 48 % Kozai et al 2001

Stanford B偽腔閉塞型 100 % 97 % 97 % Kaji et al 2003

95 % 74 % 56 % Akutsu et al 2004

97 % 90 % 63 % Kozai et al 2001

1 年 2 年 3 年 5 年 10 年 報告者 報告年

胸部大動脈瘤2

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1663

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

肺疾患,大動脈径が挙げられる.大動脈径に関しては,

破裂・大動脈解離との強い正相関が報告されている.

3)胸部・胸腹部大動脈瘤の外科治療(表 10)

多くの施設報告より,胸部・胸腹部大動脈瘤手術全体

で 5 % 以上の早期死亡率は考慮すべきと思われる.仮

に死亡リスクを 5 % と仮定した場合,内科治療におけ

る破裂および大動脈解離のリスクとの比較では,大動脈

径 5.0~5.9 cm が手術適応として妥当な基準と判断され

る.

下行大動脈瘤および胸腹部大動脈瘤では,下肢対麻痺

の合併頻度が高く,手術適応としては大動脈径 6.0 cm

前後が比較的妥当な基準と思われる.

1)急性期管理

超急性期における治療は,降圧(目標は 100~120

m m H g)と鎮静および安静である.N i c a r d i p i n e,

Nitrogricerine,Diltiazem などの持続静注とβ遮断薬の静

注の組み合わせが頻用されている.

2)慢性期管理(表 11)

目標は,再解離と破裂の予防であり,手術のタイミン

グを決定することである.

①血圧管理

β遮断薬には,入院などの解離関連事故を減らし,ま

た瘤径の拡大を抑えるとの報告もある.

②安静度,運動

通常の日常生活に関しての制限はほとんどないと考え

てよいが,運動に関するエビデンスは少ない.

③画像によるフォローアップ

解離関連事故の多い 2 年までは,CT,MRI などを一

定間隔で撮影する必要がある.CT のフォローアップの

間隔に関して,発症後 3月目,6月目,その後発症 2年

まで 6 月ごと,あるいは 1,3,6,9,12 月目に撮影す

べきと報告されている.

表 9 大動脈解離における亜急性期および慢性期治療の適応

Class Ⅰ

1.大動脈の破裂,大動脈径の急速な拡大(> 5 mm/6 ヶ月)に対する外科治療 (Level C)

2.大動脈径の拡大(≧ 60 mm)を持つ大動脈解離例に対する外科治療 (Level C)

3.大動脈最大径 50 mm 未満で合併症や急速な拡大のない大動脈解離に対する内科治療 (Level C)

Class Ⅱa

1.薬物によりコントロールできない高血圧をもつ偽腔開存型大動脈解離に対する外科治療 (Level C)

2.大動脈最大径 55~60 mm の大動脈解離に対する外科治療 (Level C)

3.大動脈最大径 50 mm 以上のマルファン症候群に合併した大動脈解離に対する外科治療 (Level C)

Class Ⅱb

1.大動脈最大径 50~55 mm の大動脈解離に対する外科治療 (Level C)

表 10 胸部・胸腹部大動脈瘤における治療の適応(マルファン症候群,嚢状瘤を除く)

Class Ⅰ

1.最大短径 6 cm 以上に対する外科治療 (Level C)

Class Ⅱa

1.最大短径 5~6 cm で,痛みのある胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療 (Level C)

2.最大短径 5 cm 未満(症状なし,慢性閉塞性肺疾患なし,マルファン症候群を除く)の胸部・胸腹部大動脈瘤に対する内科治療 (Level C)

Class Ⅱb

1.最大短径 5~6 cm で,痛みのない胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療 (Level C)

.最大短径 5 cm 未満で,痛みのある胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療 (Level C)

Class Ⅲ

1.最大短径 5 cm 未満で,痛みのない胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療 (Level C)

内科治療22

大動脈解離1

表 11 大動脈解離における慢性期治療のエビデンス

Class Ⅱa

1.許容される運動は,自転車,ランニングなどで血圧が180 mmHg を越えない強度に設定するべきである

(Level C)

2.外来における CT 撮影は発症 1,3,6,(9),12月後に行うことが好ましいとされる (Level C)

Class Ⅱb

1.慢性期における血圧の管理は主としてβ遮断薬を用いて行う (Level C)

2.収縮期血圧の管理目標は 130~135 mmHg である(Level C)

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061664

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

④内科治療の限界の見極め

⑤手術例の慢性期管理における注意点

a.術後遠隔期合併症について

大動脈弁閉鎖不全(基部術後),吻合部仮性瘤形成お

よび残存解離腔拡大

b.残存解離による瘤形成について

A 型解離術後症例における遠位部残存偽腔拡大が少な

からず認められ,ステント留置を含めた再手術の適応を

検討する必要がある.

c.再手術の頻度(初回手術は慢性期,急性期の両方を

含む)

再手術率は 8~10 % 程度との報告や,初回手術 5,10,

15年後再手術回避率は 94 %,64 %,35 % との報告があ

る.

1)はじめに

主に欧米から報告されている成績を参考にした.(表

12)

2)内科治療における基本的な注意事項

①動脈硬化性危険因子の管理

高血圧症,高脂血症(特に高コレステロール血症),

糖尿病,高尿酸血症,肥満ならびに喫煙などの管理が重

要である.

胸部大動脈瘤非手術例での降圧目標は,収縮期血圧で

105~120 mmHg と通常の高血圧症患者に比較して低値

にすべきとされている.β遮断薬が第一選択薬と考えら

れており,これのみで降圧が不十分である場合他の降圧

薬を適宜に追加投与する.

②動脈硬化性合併疾患の管理

脳血管障害,頚部動脈疾患,冠状動脈疾患,腎(動脈)

硬化症,下肢動脈疾患および他部位の大動脈瘤などの動

脈硬化性疾患を有していることも多い.特に,冠状動脈

疾患の合併は高率であり,全身の主な動脈病変の合併に

ついての検索を行うことが重要である.

3)非手術例における内科治療

①症状と徴候

1)大動脈基部拡大による大動脈弁閉鎖不全症,2)気

管や主気管支の圧排による咳,息切れ,喘鳴,反復性の

肺炎,3)食道の圧排による嚥下障害,4)反回神経の圧

迫による嗄声,5)胸腔内の周囲臓器の圧迫や肋骨への

浸蝕による胸痛や背部痛など.

②経過観察中での血圧管理

β遮断薬を主体とした各種降圧薬により,厳重な血圧

管理を必要とする.

③経過観察中での運動制限

喫煙,暴飲暴食,過労,睡眠不足,精神的ストレスな

どを避けるよう指導する.また,急激な血圧上昇や動脈

内圧上昇をきたすような重量物の挙上や牽引,排便時で

のいきみ,持続する咳き込みなどにも注意を払うよう指

導する.

④経過観察中での画像検査による評価

診断された時点から 6ヶ月後に画像検査を行い,瘤径

などに変化がみられない場合には,年に 1回の定期的観

察が必要である.

4)手術例における内科治療

①臨床症状と徴候

手術例でも臨床症状発現時には非置換部位での大動脈

の拡大や人工血管吻合部の仮性瘤または破裂が疑われる

ため,非手術例と同様の対応が必要である.

②血圧管理

手術例でも,降圧目標は収縮期血圧で 130 mmHg 以

表 12 胸部大動脈瘤における内科治療のエビデンス

Class Ⅱa

1.非手術例における降圧目標:収縮期血圧で 105~120mmHg (Level C)

2.手術例における降圧目標:収縮期血圧で 130 mmHg以下 (Level C)

3.非手術例における降圧薬の第一選択薬:β遮断薬

(Level C)

4.等張性運動の制限 (Level C)

5.軽度の有酸素運動は可能である (Level C)

6.非手術例における画像検査(CT 検査または MRI)による経過観察

瘤径の拡大(-)の場合は年に 1 回 (Level C)

瘤径の拡大(+)の場合は 3~6 ヶ月に1回(Level C)

7.画像検査(CT 検査またはMRI)による経過観察

術後 3 ~ 6 ヶ月後の評価 (Level C)

術後 1 年毎の評価 (Level C)

胸部大動脈瘤2

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1665

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

下が望ましい.

③運動制限

非置換部位大動脈や吻合部の瘤化を回避するために

は,非手術例にほぼ準じた軽度の運動制限も必要と考え

られる.

④画像評価

術後 3~6 ヶ月に CT 検査や MRI で術後の状態を評価

し,以後1年毎に経過観察することが望ましい.

外科的な胸部大動脈の切除,置換術の歴史は DeBakey

がホモグラフトによる胸部下行大動脈置換を行った

1950年代まで遡り,今日の胸部大動脈瘤及び Stanford A

型大動脈解離の治療のゴールドスタンダードである.

①基部・上行大動脈

a.標準的な手術法

代表的な手術としては,弁付グラフトによる基部置換

術,大動脈弁置換と上行大動脈置換術,チューブグラフ

トによる上行大動脈置換術などが選択される.

b.大動脈弁温存基部置換術

大動脈弁温存手術の Bentall 型の手術に対する理論的

な利点は,人工弁関連合併症が減ると期待されることで

あり,理論的な危惧は,温存された大動脈弁の長期の耐

久性と,手術の複雑さによる operative mortality,

morbidity の増加である.

②弓部大動脈

a.標準的な手術法

弓部,遠位弓部大動脈瘤への到達法は胸骨正中切開法

が一般的である.一方,末梢側へ進展した遠位弓部大動

脈瘤には左開胸法を用いる.弓部全置換において,弓部

分枝再建は個別再建法あるいは島状再建法による.弓部

分枝分岐部に動脈硬化性病変が多く,かつ止血の容易さ

から前者が一般的である.

b.脳保護法

¡)SCP(選択的脳灌流法)

18~22 ℃ 程度の HCA(超低体温循環停止法) 下に

バルーン付きカニューラを右腕頭動脈+左総頚動脈±左

鎖骨下動脈に挿入し,10 ml/kg/分を目安に順行性に脳

を灌流する.

™)RCP(逆行性脳灌流法)

18 ℃の HCA 下に CPB のシャント回路を利用し,上

大静脈(SVC)経由で中心静脈圧(CVP)15~20 mmHg

を目安に逆行性に脳を灌流する.

SCP,RCP の長短は,SCP:順行性のため生理的,時

間的安全限界が長い,必ずしも超低体温の必要がない,

RCP:逆行性のため非生理的,時間的安全限界が短い,

超低体温が必要,カニュレーションの必要がなく,塞栓

症を回避できる,である.

③胸部下行~胸腹部大動脈

a.標準的な手術法

第 5~8 肋間開胸を用いる.胸腹部大動脈瘤の場合に

は,腹部に至る spiral incision 下に到達する.大動脈再

建は脊髄虚血時間を短縮するため分節遮断法を用い,肋

間動脈や腹部分枝は小口径人工血管で個別に再建する

か,島状に一括再建する.マルファン症候群においては

島状再建部の瘤形成を認めることが多く,個別再建を原

則とする.

b.補助手段

単純遮断も可能であるが,一般的には部分体外循環

(F-F バイパス)ないしは部分左心バイパスを用いる.

弓部近傍の中枢側遮断困難例や再手術による剥離困難例

に対しては,超低体温循環停止法を用いる場合もある.

c.脊髄保護法

可能であれば術前に Adamkiewicz 動脈を同定し,術

中の肋間動脈再建,温存の手掛かりとする.広範囲胸腹

部大動脈瘤の場合には,脳脊髄液ドレナージを行い,運

動性脊髄誘発電位(MEP)や体性知覚電位(SSEP)に

より脊髄虚血をモニタリングする.再建は分節遮断法を

用い,第 8胸椎~第 1腰椎の肋間(腰)動脈を積極的に

再建する.硬膜外冷却や,超低体温による脊髄保護法も

ある.その他,ナロキソン,バルビツレート,マニトー

ル,副腎皮質ホルモン,パパベリン,テトラカイン,カ

ルシウム拮抗剤,アデノシンなどの脊髄保護効果が報告

されている.

外科治療33

はじめに…胸部大動脈の外科治療の概観1

胸部大動脈の基本的な術式と補助手段2

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061666

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

d.腹部臓器保護法

部分体外循環回路の側枝から各腹部分枝の選択的持続

灌流を行う.腎保護に関しては,冷却リンゲル液灌流の

有用性が報告されている.

1)急性大動脈解離

①手術の原則

内膜亀裂部切除を含んだ大動脈人工血管置換術を行

う.

②上行大動脈置換

胸骨正中切開にて上・下大静脈脱血,大腿動脈あるい

は腋窩動脈送血による体外循環を補助手段として用い

る.送血部位は大腿動脈・腋窩動脈・左室心尖部が選択

枝である.標準的な補助手段は中枢温を 20 ℃以下に冷

却する超低体温循環停止法で,逆行性脳灌流法を併用す

ることもある.末梢側吻合には大動脈遮断を行わず,超

低体温循環停止下に open distal anastomosis 法を用いて断

端形成を行う.

③弓部全置換

内膜亀裂が弓部に存在する場合には,弓部全置換の適

応となる.マルファン症候群においては残存する弓部大

動脈の拡大が認められることがあり,弓部全置換を積極

的に考慮する.elephant trunk 法の併用も有効である.

④大動脈弁逆流への対処法

a.大動脈弁吊り上げ

大動脈弁輪拡張症や器質的大動脈弁病変を有する症例

以外では,大動脈交連部を吊り上げることにより対処可

能である.

b.大動脈基部置換

内膜亀裂が Valsalva 洞深く侵入している症例や大動脈

弁輪拡張症では,従来から Bentall 手術が適応とされ標

準術式であるが,最近は自己弁温存基部置換術も試みら

れる様になった.

⑤断端形成術

急性解離においては,周到な断端形成を行う必要があ

る.解離腔に GRF:Gelatine resorcine formalin を注入す

る方法があるが,その組織毒性が原因の仮性動脈瘤発生

の報告が相次ぎ,反省期に入っている.断端補強には通

常テフロンフェルトを外膜上,あるいは内膜,解離腔に

も置く方法がある.

⑥急性大動脈解離の分枝灌流異常

急性大動脈解離の 20~40 % の症例で発現する.冠状

動脈異常は 5~10 %,弓部分枝は 30~40 %,腹部分枝

は 30 % 前後,下肢領域は 30 % を占めると報告されて

いる.

治療の原則は大動脈解離が不安定な挙動を示せば,大

動脈修復が先決で,末梢血管病変への介入は 2次的に行

う.分枝灌流異常を合併した症例に対する大動脈解離修

復術の成績は不良で,早期死亡 30~50 % と報告されて

いる.治療として従来は腹部大動脈瘤開窓術,あるいは

バイパス術が行われてきたが,昨今ではバルーンカテー

テル開窓術,stenting などによる良好な成績が報告され

ている.

2)慢性大動脈解離

① A 型解離

循環停止下に,末梢側吻合を行う“ open distal

anastomosis”が一般的に用いられる.

a.大動脈逆流の修復

¡)大動脈弁置換術

慢性例で弁輪拡大を呈している症例には通常の大動脈

弁置換術が必要である.

™)弁付き人工血管による大動脈基部置換術

AAE に解離が合併した症例では,弁付き人工血管に

よる大動脈基部置換術を行う.

£)自己大動脈弁温存術式(aortic valve sparing operation)

大動脈弁尖が正常な症例では,自己大動脈弁の温存術

も行われる.

b.人工血管による大動脈再建

¡)上行大動脈置換術

テフロンフェルト補強による中枢側断端形成,末梢側

は open anastomosis を行う.グラフト側枝より順行性送

血,加温を行いつつ,中枢側吻合を行い,上行大動脈を

置換する.

™)上行・部分弓部置換術(hemiarch replacement)

open distal anastomosis に際し,内膜亀裂を含む弓部大

動脈を斜めに切除して偽腔を閉鎖する.

大動脈解離3

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1667

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

£)上行・弓部大動脈置換術(total arch replacement)

60 分以上の脳保護を必要とする弓部大動脈全置換術

の症例には選択的脳灌流法(selective cerebral perfusion:

SCP)を用いるのが安全である.下行大動脈に四分枝付

き人工血管を吻合,左鎖骨下動脈(LSA)を再建,側枝

より順行性送血および加温を開始する.

¢)大動脈基部を伴う上行・弓部大動脈置換術

マルファン症候群の AAE に伴う A 型解離が適応とな

る.弁付き人工血管による大動脈基部置換を行い,次い

で SCP 使用下に前述の如く elephant trunk を伴う弓部大

動脈全置換術を行う.

② B 型解離

¡)下行大動脈置換術

内膜亀裂部が下行大動脈に存在する症例が適応とな

る.内膜亀裂を含む下行大動脈を部分的に切除し,偽腔

を閉鎖した後,人工血管にて下行大動脈を置換する.

™)open distal anastomosis による部分弓部・下行大動脈

置換術

内膜亀裂が弓部大動脈に存在する症例,あるいは中枢

側遮断が不可能な症例が適応となる.超低体温循環停止

で弓部大動脈を開放・離断した後,人工血管と吻合す

る.

£)胸腹部大動脈置換術

F-F バイパスによる遠位側大動脈灌流,脳脊髄液ドレ

ナージ,腹部主要分枝動脈(腹腔動脈,上腸間膜動脈,

および左右腎動脈)の選択的灌流による臓器灌流下に分

枝付き人工血管を用い,分節的に大動脈を遮断し,Th 8

~Th 12 肋間動脈の可及的再建に加え,腹部分枝の再建

を行う.

1)大動脈解離の外科治療の現況と成績

画像診断法の進歩による早期診断,補助手段の改良,

GRF 生体糊やステントグラフトの導入により,治療成

績は向上している.急性 A 型大動脈解離における手術

死亡の危険因子として,ショック,malperfusion,脳障

害,大量出血,高齢が挙げられる.

2)真性胸部・胸腹部大動脈瘤の手術治療の成績部位別の手術成績を記す(表 13).

上行,基部大動脈瘤に対する成績は一般的に良好であ

る.弓部大動脈瘤については,死亡に加えて脳合併症が

臨床的に重要な転帰である.死亡率 2~19 %,平均 6 %

程,脳合併症は永続する脳梗塞の報告が 3 % ~18 % で

ある.胸部下行,胸腹部大動脈瘤の手術に関しては,対

麻痺が臨床的に重要な転帰となる.胸部下行で死亡率は

3~12 %,平均 6 %,胸腹部大動脈瘤では死亡率 7~11

%,平均 9 % ほどである.対麻痺の危険は 2~27 %,平

均 10 % ほどである.

早期死亡の術前因子として,緊急手術,年齢,腎不全,

脳血管障害などがある.

大動脈解離,真性大動脈瘤の外科治療の成績4

表 13

上行 811 27( 3.3)

上行 + 弓部 1055 89( 8.4)

弓部 + 下行 274 29(10.6)

下行 445 24( 5.4)

胸腹部 276 43(15.6)

バイパス 12 1( 8.3)

ステントグラフト 358 25( 7.0)

1)経カテーテル 262 15( 5.7)

2)open stent a)弓部置換を伴う 37 4(10.8)

b)弓部置換を伴わない 58 6(10.3)

不明 1 0( 0.0)

合計 3231 238( 7.4)

置換範囲 症例数 在院死亡

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

腹部大動脈瘤の治療目的は①動脈瘤の破裂,②動脈瘤

由来の末梢塞栓,③動脈瘤による凝固障害といった三つ

のリスクを予防することである.破裂がさし迫っていな

い場合は,破裂リスクを回避するための内科治療を行い,

破裂の可能性が増大した瘤では,外科治療を優先するこ

とが原則となる.

1)動脈瘤の破裂リスク

①動脈瘤径・拡張速度

最大横径が大きくなるほど壁張力が増加し破裂する可

能性が増大する(表 14,図 9).

拡張速度も動脈瘤径に影響され,表に示した拡張速度

より著しく速く拡張する瘤は破裂の危険が高い(表

15).

②動脈瘤形状

紡錘形よりも嚢状の方が破裂の危険が高い.

③疫学的因子

欧米調査では女性が男性より 3倍動脈瘤破裂頻度が高

く,高血圧,喫煙,慢性閉塞性肺疾患合併が破裂を助長

するとされている.

2)動脈瘤による末梢塞栓のリスク

腹部大動脈瘤の 3~29 % に末梢動脈塞栓症が合併す

ると報告されている.

3)動脈瘤による凝固障害のリスク

瘤により血液凝固因子が消費され消費性凝固障害が発

生することがある.

5 cm 以上のサイズになった動脈瘤は破裂の危険があ

り,手術リスクが高い患者以外は外科的治療が優先する.

内科的治療では明らかに有効な治療薬はまだ開発されて

いない(表 16).

治療-腹部大動脈瘤Ⅶ

治療効果概括11

内科治療と外科治療1

腹部大動脈瘤のリスク評価2

表 14 推定破裂率(年)

< 4 0

4 ~ 5 0.5 ~ 5

5 ~ 6 3 ~ 15

6 ~ 7 10 ~ 20

7 ~ 8 20 ~ 40

> 8 30 ~ 50

腹部大動脈瘤径(cm) 破裂率(%/年)

J Vasc Surg, 37; 1106-17, 2003. より引用

表 15 動脈瘤推定拡張率

3 ~ 3.9 2.0

4 ~ 4.9 3.4

5 ~ 5.9 6.4

大動脈瘤径(cm) 拡張率(mm/年)

Br J Surg, 85; 1674-80, 1998. より引用

図 9

60

非破裂生存率(%)

3.0 - 3.9 cm

4.0 - 5.5 cm

> 5.5 cm

初回瘤径計測よりの時間(月) N Engl J Med, 348; 1895-901, 2003. より引用

100

75

50

25

00 12 24 36 48

内科治療3

表 16 腹部大動脈瘤に対する内科的治療

Class Ⅱa

1.禁煙 (Level B)

Class Ⅱb

1.Deoxycyclin (Level C)

2.Roxithromycin (Level C)

3.降圧治療 (Level C)

Class Ⅲ

1.Propranorol (Level B)

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大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

1)手術適応(表 17)

2)手 術

①術前評価

a.大動脈瘤・合併する動脈瘤の評価

b.手術リスクの評価

c.虚血性心疾患の評価

1)診 断

V 診断1 1. 2)に前述した.

2)治 療

可能な限り早く手術室に搬送し,血腫の状況で腹腔動

脈上部の大動脈あるいは腎動脈下部の大動脈を遮断し,

出血をコントロールする.

3)治療成績

病院へ到着した患者でも死亡率は 40~70 % である.

循環不全に伴う多臓器不全,呼吸不全,腎不全,結腸虚

血を合併する.

腹部大動脈瘤の術後の遠隔生存率は 5 年で約 70 %,

10 年で約 40 % である.術後の遠隔死因の 2/3 は心・

脳・血管疾患である.生存率に影響を与える因子は,年

齢,心疾患,高血圧,COPD,腎機能,継続する喫煙で

ある.

大動脈解離に対するカテーテル・インターベンション

は,ステントグラフト留置によるエントリー閉鎖が主流

となっているが,その適応,使用デバイス,留置手技等

は施設により未だ一定していない.

1)適 応

主に急性解離に伴う malperfusion syndrome に対して行

われる.

2)方 法

①経カテーテル的開窓術

真腔から偽腔へガイドワイヤーを貫通させ,バルーン

の拡張により剥離内膜を裂いてリエントリーを作成す

る.

②ステント留置術

虚血に陥った分枝動脈の内腔へ通常の PTA の手法に

準じて挿入・留置する.

外科治療22

非破裂性腹部大動脈瘤1

破裂性腹部大動脈瘤2

腹部大動脈瘤外科治療後遠隔期生存率3

表 17 非破裂腹部大動脈瘤手術適応

男性最大横径> 5.5 cm(Level B)ClassⅠ

女性最大横径> 5 cm(Level B)

拡張速度> 5 mm/6ヶ月 腹痛・腰痛・背部痛などのClassⅡa 最大横径> 5 cm(Level C)(Level C)有症状(Level C) 感染性動脈瘤(Level C)

最大横径 4~5 cm(手術危 塞栓源となっている動脈瘤険度が少なく生命予後が見 (Level C)ClassⅡb込める患者,経過観察ので 出血傾向を示す動脈瘤きない患者)(Level C) (Level C)

ClassⅢ 最大横径< 4 cm(Level C)

最大横径 拡張速度 症状 その他

カテーテル・インターベンション療法Ⅷ

大動脈解離(表 18)11

はじめに1

経カテーテル的開窓術,狭窄または閉塞真腔,分枝血管に対するステント留置術

2

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 20061670

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

1)適 応

基本的には外科手術が必要であるが従来の開胸手術で

はハイリスクと考えられる慢性期例を最も良い適応とす

る.破裂例,臓器虚血合併例や,エントリーが下行大動

脈に存在し解離が逆行性に上行大動脈まで及んでいる逆

行性解離による Stanford A 型症例では手術成績が不良な

ことより症例によっては急性期でも本治療の適応と考え

られてきている.

2)方 法

ステントは恒久的に拡張力が得られる自己拡張型が主

流でZ-ステントが用いられることが多い.被覆材料は

thin wall の Dacron graft か e-PTFE graft が用いられてい

る.

3)成 績

初期成功率は 70.8~94.4 %,エンドリーク発生率は

2.8~19 %,早期死亡率は 2.7~13 % と報告されている.

遠隔成績の報告は未だ少ない.

腹部大動脈瘤に関しては,prospective randomized trial

にステントグラフト治療の優位性が示されている.胸部

大動脈瘤に関しては,いまだ prospective randomized

study の結果は報告されていない.

従来治療である外科手術の適応を基本とし,これにス

テントグラフト治療が可能な解剖学的条件が付加され

る.

1)腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療の解剖学的適応

①適 応

a.20~22 Fr のカテーテルシースの挿入が可能である

こと,

b.中枢側 landing zone の径が 19~26 mm であり,か

つ 15 mm 以上の長さが存在すること,

c.同部位の屈曲が 60度以下であること,

d.総腸骨動脈(末梢側 landing zone)の径が 8~16

mmで,長さが10 mm 以上であること(図 10).

②除 外

両側総腸骨動脈瘤の合併

2)胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療の解剖学的適応

①適 応

a.20~24 Fr カテーテルシースの挿入が可能であるこ

と,

表 18 大動脈解離に対するカテーテルインターベンション療法

Class Ⅰ

1.カテーテルインターベンション療法後慢性期の経過観察(画像診断を含む) (Level C)

2.外科手術チームのバックアップ (Level C)

Class Ⅱ a

1.大動脈解離により真腔が圧迫され虚血に陥った分枝血管に対するステント留置 (Level B)

*急性期例では発症早期での治療が重要

2.急性 B 大動脈解離真腔閉鎖例に対する発症早期でのカテーテル的開窓術 (Level B)

3.外科手術適応を有する Stanford B 型慢性大動脈解離に対するステントグラフトによるエントリー閉鎖

(Level B)

4.解離に伴う合併症を有する Stanford B 型急性大動脈解離に対するステントグラフトによるエントリー閉鎖

(Level B)

5.逆行性解離による Stanford A 型急性大動脈解離に対するステントグラフトによるエントリー閉鎖 (Level B)

Class Ⅱ b

1.Stanford B 型慢性大動脈解離の外科治療ハイリスク症例に対するステントグラフトによるエントリー閉鎖

(Level B)

2.急性大動脈解離真腔狭窄部に対するステント留置(Level C)

3.将来の瘤化防止を目的とした Stanford B 型急性大動脈解離に対するステントグラフトによるエントリー閉鎖

(Level C)

Class Ⅲ

1.解剖学的適応条件を満たさない例への使用 (Level B)

2.分枝血管が明らかに static compression により虚血に陥っている Stanford B 型急性大動脈解離に対するステントグラフトによるエントリー閉鎖 (Level C)

3.主要分枝が偽腔から灌流されている Stanford B 型慢性大動脈解離に対するステントグラフトによるエントリー閉鎖 (Level C)

*カテーテル的開窓術を同時または先行させて施行する場合はClass Ⅱ b Level C

*以上はカテーテルインターベンション療法に習熟している施設であることが前提となる.

ステントグラフト内挿術によるエントリー閉鎖術3

(真性)大動脈瘤22

はじめに1

適 応2

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大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

b.landing zone の長さが 20 mm 以上で,径は 38 mm

以下であること,

c.landing zone は,ほぼ直線的であること(図 11).

②除 外

動脈瘤による圧迫症状をともなう大動脈瘤(嗄声を除

く,気管・気管支,食道の圧迫等).

3)ステントグラフト治療が望ましいと考えられる病態

①臓器障害を伴う症例

②緊急症例

③再手術症例

4)ステントグラフト治療と外科手術の選択について

両者とも可能であるという条件下であれば,十分なイ

ンフォームドコンセントのうえで患者の希望に依存する

と考えられる.(図 10,11)

適切な施行資格を学会主導で定める必要がある.

1)代表的な方法

①到達経路

18~24 Fr のシースカテーテルが通過する経路が必要

である.大腿動脈もしくは腸骨動脈・腹部大動脈が用い

られる.

②ステントグラフトの内挿

血流による位置のずれを防ぐ目的で a. ニトロプルシ

ッド等の薬剤による降圧,b. ATP 等を用いた一時的心

停止,c. 大静脈の balloon occlusion 等による心拍出量の

低下が行なわれている.腹部および胸部大動脈瘤に対す

る代表的なステントグラフト内挿法を図 12,13 に示す.

2)ステントグラフト治療における工夫

①開窓(fenestration)

②枝付きステントグラフト

③非解剖学的バイパス+ステントグラフト内挿

④open stent-graft 法

open stent-graft 法による弓部置換方法を図 14に記す.

図 10 腹部大動脈瘤・ステントグラフト治療に関する decision tree

腹部大動脈瘤  ・φ≧ 50 mm        ・急速拡大≧ 10 mm/年

・腎動脈下腹部大動脈瘤・腎動脈下大動脈に Landing zone ≧ 15 mm (Landing zone 直下に)Angulation ≦ 60°・総腸骨動脈の拡大なし≦φ 15 mm     Landing zone ≧ 10 mm

合併症あり

ステントグラフト内挿術

合併症なし 手術困難 手術可能

保存療法 手術治療

あり なし

解剖学的適応

ステントグラフト治療に対する患者の希望

Extra-anatomicalbypass

弱い・なし あり なし 強い

図 11 胸部大動脈瘤・ステントグラフト治療に関する decision tree

・動脈瘤中枢・末梢にφ 20 mm 以上の Landing zone  (左鎖骨下動脈分枝部は Landing zone に加える) ・Landing zone の angulation ≦ 30° ・Landing zone のφ≦ 36 mm

合併症あり

ステントグラフト内挿術

合併症なし 手術困難 手術可能

保存療法 手術治療

あり なし

解剖学的適応

ステントグラフト治療 の患者希望

Extra-anatomicalbypass

弱い・なし あり なし 強い

下行大動脈瘤   ・φ≧ 60 mm 胸腹部大動脈瘤  ・急速拡大≧ 10 mm/年          ・≧ 50 mm +有症状

施行施設,術者の条件3

ステントグラフト治療の方法4

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

図 12 腹部大動脈瘤に対するステントグラフト移植術

a. 右上腕動脈-右大腿動脈間に pull through wire を完成させる.b. ステントグラフト(main graft)を腎動脈下腹部大動脈から右総腸骨動脈にかけて移植する.c. 短脚(左脚)に左大腿動脈から穿刺にてカテーテルを挿入する.d. この短脚側に追加のステントグラフト(leg)を追加挿入し,動脈瘤を exclusion する.

図 13 真性下行大動脈に対するステントグラフト移植術

A B C D

a. 右上腕動脈-右大腿動脈間に pull through wire を完成させる.b. この pull through wire をガイドに,カテーテルシースを目的部位(胸部下行大動脈)に挿入する.c. 上下大静脈をバルーンにて閉鎖し,心拍出量を低下させた状態でステントグラフトを deploy する.d. ステントグラフト移植にて動脈瘤が exclusion される.

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大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

発生原因により typeⅠ~Ⅴに分類されている(図 15).

TypeⅡ・Ⅳは予後に大きな影響をもたらさないが,

TypeⅠ・Ⅲ・Ⅴは予後不良である.腹部大動脈瘤治療

初期のエンドリークは 10 % 前後にみられ,TypⅡがそ

の半数以上を占める.胸部大動脈瘤の治療初期のエンド

リークも 10 % 前後あり,TypeⅠが中心である.

1)初期治療成績

真性大動脈瘤に対するステントグラフト治療の初期な

らびに遠隔期の治療成績を表 19に示す.

2)遠隔期成績

胸部および腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治

療後の瘤拡大回避率は術後 3~5 年の中期で 80~90 %

で,破裂予防率は 95~98 % とされている.Secondary

intervention 率は 3~10 %/年と報告されており,外科手

術の術後 5年再手術率 2~6 % とは大きな開きがある.

図 14  open stent-graft 法による弓部置換方法

A B C D

a. 弓部大動脈瘤b. 大腿動脈ならびに右腋窩動脈,左鎖骨下動脈,左総頚動脈より送血を施行し,弓部大動脈を腕頭動脈と左総頚動脈との間で open.c. 上行大動脈に 4 分枝付き人工血管を縫合し,続いて弓部大動脈を腕頭動脈,左総頚動脈間で切断.同部位よりステントグラフトを   下行大動脈に挿入し,挿入したステントグラフトの中枢側断端部分を,弓部大動脈壁を用いて wrapping ,吻合口を形成する.d. ステントグラフト中枢側の吻合口と 4 分枝付き人工血管を端々縫合吻合し,弓部分枝を再建する.

エンドリーク(endoleak)について5

成 績6

図 25 エンドリーク

TypeⅠ ステントグラフトと宿主大動脈との接合不全に基づいたリークで,perigraft leak とも呼ばれる.

TypeⅡ 大動脈瘤側枝からの逆流に伴うリークで, sidebranch endoleak とも呼ばれる.

TypeⅢ ステントグラフト-ステントグラフト間の接合部,あるいはステントグラフトのグラフト損傷等に伴うリークで connection leak あるいは fabric leak とも呼ばれる

TypeⅣ ステントグラフトの porosity からのリークで porosityleak とも呼ばれる.

TypeⅤ 画像診断上,明らかなエンドリークは指摘できないが,徐々に拡大傾向をきたすもので,endotension とも呼ばれる.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

循環器疾患のリハビリテーションプログラム(以下リ

ハビリ)は, 急性期から入院中の PhaseⅠ,退院早期で

発症 1~2 ヶ月の PhaseⅡ,発症 2 ヶ月以降の PhaseⅢに

わけて作成される(表 20~23).

表 19 真性大動脈瘤に対するカテーテル・インターベンション治療の急性期ならびに慢性期の治療成績

脳障害 3~5%

elective6 %

脊髄神経障害 0~5%(1.5~10.4%)

呼吸不全 3~8%TAA

腎不全 2~5%80~95% 67~90% 50~87% 5~17% 10% 14~23%

emergent12%

動脈損傷・出血・合併症 2~6%(3.8~40.9%)

エンドリーク 4~15%

1.5 % 脳脊髄障害 0~1%elective

(0~4%) 腎不全 0~3%AAA

15 % 動脈損傷・出血・合併症 5~10%90~97% 70~90% 60~80% 10% 14% 22%

emergent(10~45%) エンドリーク 2~12%

急性期 慢性期

survival Re-intervention rate死亡率 合併症

1 3 5 1 3 5

リハビリテーション(急性大動脈解離)Ⅸ

表 20 標準リハビリコースの対象

適応基準:Stanford A 偽腔閉塞型と Stanford B 型

・大動脈の最大径が 5 cm 未満

・臓器虚血がない

・DIC の合併(FDP40 以上)がない

除外基準(使うべきでない状態)

1)適応外の病型

2)適応内の病型であるが,重篤な合併症がある場合

3)不穏がある場合

4)再解離

5)縦隔血腫

6)心タンポナーデ,右側優位の胸水

ゴール設定(退院基準)

1)1 日の血圧が収縮期血圧で 130 mmHg 未満にコントロールできている

2)全身状態が安定し,合併症の出現がない

3)入浴リハビリが終了・または入院前の ADL まで回復している

4)日常生活の注意点について理解している(内服,食事,運動,受診方法など)

表 21 短期リハビリコースの対象

適応基準:Stanford B 型

・最大短径 4 cm 以下

・偽腔閉塞型では ULP を認めない

・偽腔開存型では真腔が 1/4 以上

・DIC の合併(FDP40 以上)がない

除外基準(使うべきでない状態)

1)適応外の病型

2)適応内の病型であるが,重篤な合併症がある場合

3)再解離

ゴール設定(退院基準)

1)1 日の血圧が収縮期血圧で 130 mmHg 未満にコントロールできている

2)全身状態が安定し,合併症の出現がない

3)入浴リハビリが終了・または入院前の ADL まで回復している

4)日常生活の注意点について理解している(内服,食事,運動,受診方法など)

表 23 大動脈解離における急性期リハビリ治療のエビデンス

Class Ⅱa

1.Stanford B 型急性大動脈解離に対する標準リハビリコース(最大短径 5 cm 未満で臓器虚血がなく FDP40 未満) (Level B)

Class Ⅱb

1.Stanford A 型偽腔閉塞型急性大動脈解離に対する標準リハビリコース(最大短径 5 cm 未で ulcer-l ikeprojection を上行大動脈に認めず,臓器虚血がなく,FDP40 未満) (Level C)

2.Stanford B 型急性大動脈解離に対する短期リハビリコース(最大短径 4 cm 未満で臓器虚血がなく偽腔開存型では最小真腔が全内腔の 1/4 を越える例あるいは偽腔閉塞型では ulcer-like projection を有しない例でFDP40 未満) (Level C)

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大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

常染色体優性遺伝性疾患で,頻度は 15,000~20,000人

に 1 人発生するとされるが,約 20~30 % は遺伝関係が

明らかではない.分子レベルでは microfibril の主要構成

成分であるフィブリリンⅠ(fibrillin-1)の異常がある.

病理学的には嚢胞状中膜壊死(cystic medial necrosis)や

弾性線維の構築の乱れなどの変化を示す.

マルファン症候群の特徴を表 24に示す.

診断基準(表 25)に基づいて判定する.

腹部大動脈の瘤状の拡張に加え,その壁の著明な肥厚,

大動脈瘤周囲ならびに後腹膜の広範な線維化,そして周

囲腹部臓器との癒着を特徴とした大動脈瘤である.

肉眼的には白色の硬い隆起性病変として認められる.

病理組織学的には外膜ならびに周囲組織に硝子化を伴う

線維化が広範囲に見られ,非特異的な慢性炎症細胞が層

表 22 入院リハビリテーションプログラム

1 標準・短期 発症~ 2 日 他動30度 ベッド上 部分清拭(介助)

2 標準・短期 3 ~ 4 日 他動90度 同上 全身清拭(介助)

3 標準・短期 5 ~ 6 日 自力座位 同上 歯磨き,洗面,ひげそり

4 標準・短期 7 ~ 8 日 ベッドサイド足踏み ベッドサイド便器 同上

5標準 9 ~ 14 日

50 m歩行 病棟トイレ 洗髪(介助)短期 9 ~ 10 日

6標準 15 ~ 16 日

100 m歩行 病棟歩行 下半身シャワー短期 11 ~ 12 日

7標準 17 ~ 18 日

300 m歩行 病院内歩行 全身シャワー短期 13 ~ 14 日

8標準 19 ~ 22 日

500 m歩行 外出・外泊 入浴短期 15 ~ 16 日

退院

ステージ コース 病日 安静度 活動・排泄 清潔

特殊な病態Ⅹ

マルファン症候群11

概念・病理・病因1

病 態2

診断法3

治療法(表 26)4

表 24 マルファン症候群の特徴

骨  格:高身長,長い手足,クモ状指趾,側彎,漏斗胸,鳩胸,関節の過伸展

循環器系:僧帽弁逸脱,大動脈弁閉鎖不全,大動脈瘤,大動脈解離

眼 症 状:近視,水晶体偏位,水晶体亜脱臼,網膜剥離

そ の 他:硬膜拡張症,自然気胸

炎症性腹部大動脈瘤22

表 26 マルファン症候群の心血管病変に対する治療

Class Ⅰ

1.定期的な画像診断による循環器の評価 (Level C)

2.大動脈径の拡大防止にβ遮断薬を使用 (Level C)

3.運動制限を検討すること (Level C)

Class Ⅱa

1.大動脈解離の予防にβ遮断薬を使用 (Level C)

2.弁疾患がある場合に抜歯などを行う際の抗生剤の使用(Level C)

3.家族歴があり,上行大動脈根部が 5 cm を超えるものへの予防手的置換術 (Level C)

4.上行大動脈が 5.5 cm 以上の予防的置換術 (Level C)

概念・病理・病因1

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

状に浸潤する.遺伝的な要因・喫煙・ウイルス感染など

の因子により,炎症がより強く発現されたものという見

方がなされている.

腹部大動脈瘤の 3~15 % とされている.

腹痛,腹部不快感,腰痛,微熱や血沈の亢進などの炎

症症状を認める.時に水腎症を生じる.

血沈の亢進や CRP 陽性などが高率にみられる.しか

し,細菌感染(白血球増多,培養陽性など)を示唆する

臓器 大基準症状(高い診断特異性を有する症状) 小基準症状

表 25 マルファン症候群診断基準(Ghent 基準)

骨格系2 つの大基準項目を満たす,もしくは,1 つの大基準項目を満たし 2 つの小基準症状を有する場合,骨格系の関連症状ありと判断

発端者家族歴・遺伝歴に該当項目のない場合,少なくとも 2 臓器で大基準を満たし,もう一つの臓器の関連症状がある場合マルファン症候群を来す変異が家系内で検出されており,一臓器での大基準を満たし,もう一つの臓器の関連症状がある場合発端者の家族家族歴・遺伝歴の項目で大基準項目が一つ存在し,一臓器での大基準を見たし,もう一つの臓器の関連症状がある場合

以下の項目のうち少なくとも 4 項目を満たすこと①鳩胸②手術を要する漏斗胸③上節/下節比の低下,または指極(arm span)/身長比が 1.05 を越す④Walker-Murdoch 手首徴候ならびに Steinberg 親指徴候陽性⑤20 度を越す脊柱側彎,また脊椎滑り症⑥170 度未満の肘関節の伸展制限⑦内踝の内旋と扁平足⑧放射線学的に確認される様々な程度の寛骨臼突出(進行性の侵食を伴う深い寛骨臼)

水晶体偏位

①上行大動脈の拡張(大動脈弁逆流の有無を問わないがバルサルバ洞の拡張がある)②上行大動脈解離

①本診断基準を個人で満たす親,子または兄弟を有する②マルファン症候群の責任遺伝子として知られる

FBN1 遺伝子の変異が存在する③家系内の明らかにマルファン症候群と診断された人から受け継いだ FBN1 周辺のハプロタイプを有している(連鎖解析により確認)

眼少なくとも 2 つの小基準症状を有する場合,眼関連症状ありと判断

心血管系右記の症状をどれか 1つでも有する場合,心血管系関連症状ありと判断

肺どちらか 1 つの症状を有する場合,肺関連症状ありと判断

皮膚どちらか 1 つの症状を有する場合,皮膚関連症状ありと判断

家族歴・遺伝歴

①中等度の漏斗胸②関節の可動性③叢生歯を伴う高口蓋④特徴的顔貌(長頭,頬骨低形成,眼球陥凹,下顎後退,眼瞼裂斜下)

①角膜の異常な扁平化(角膜曲率測定による)②眼軸長の増加(超音波により計測)③虹彩低形成,または毛様体筋低形成による縮瞳不全

①僧帽弁逸脱(僧帽弁逆流の有無を問わない)②40 歳未満で原因病変がないにも関わらず主肺動脈の拡張を認める③40 歳未満での僧帽弁輪石灰化④50 歳未満での胸部下行大動脈あるいは腹部大動脈の拡張もしくは解離

①自然気胸②肺尖部ブレブ(bleb)(胸部レントゲン撮影により確認する)

①大きな体重変化や妊娠,反復性ストレスによらない線状皮膚萎縮症②反復性ヘルニアまたは瘢痕ヘルニア

CT または MRI により確認された腰仙部硬膜拡張像(dural ectasia)硬膜

頻 度2

臨床症状3

診 断4

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Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006 1677

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

所見は認めない.超音波検査では,本症に特異的な

mantle sign(瘤の前方または前側方の低エコー域)が認

められる.また,単純 CT で低 CT 値の瘤周囲部が造影

CT でエンハンスされ周囲と明瞭に区別できるようにな

る.

瘤自体への治療方針は,IAAA を合併していない紡錘

状動脈硬化性真性腹部大動脈瘤の手術適応基準に準じ

る.しかし全身の合併症が重篤な例では,先ず合併症の

治療が優先される.

本症の自然予後は不明であるが,一般に外科手術例で

の経過は炎症の活動性も含め予後は良好である.

感染に起因した全ての動脈瘤及び既存の動脈瘤に感染

が加わったものを感染性動脈瘤と総称している.

全大動脈瘤に占める割合は 0.5~1.3 %,起因菌に関し

てはグラム陽性球菌(主にブドウ球菌)あるいはグラム

陰性桿菌(主にサルモネラ)が多いと報告されている.

死亡率は 23.5~37 % と非感染性大動脈瘤に比してきわ

めて高い.

感染兆候を呈する患者において大動脈瘤が発見された

場合は感染性大動脈瘤を考慮しなければならない.画像

診断上の特徴は,限局した嚢状瘤,急速拡大である.

治 療(表 27)5

表 27 炎症性大動脈瘤の治療

Class Ⅰ

1.感染が無く,画像診断の特徴的所見 (Level C)

2.瘤径 5 cm 以上には人工血管置換術 (Level C)

Class Ⅱa

1.副腎皮質ホルモン剤の使用 (Level C)

2.ステントグラフト法の適用 (Level C)

瘤径 4 cm 以上での手術適応検討 (Level C)

転帰・予後6

診 断3

治 療(表 28)4

感染性大動脈瘤33

概 念1

疫 学2

表 28 感染性大動脈瘤の治療

Class Ⅰ

1.感受性のある抗生剤投与 (Level B)

Class Ⅱa

1.人工血管感染に対する大網充填 (Level B)

2.同種大動脈の使用 (Level C)

Class Ⅱb

1.in-situ 人工血管置換術 (Level B)

2.抗生物質浸漬人工血管の使用 (Level C)

Class Ⅲ

1.ステントグラフト法の適用 (Level C)