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87 要 旨 本稿では、中級レベルの日本語学習者を対象に日常会話のディクテーションを 行い、学習者が日常会話の聞き取りをする際の問題点を明らかにし、学習者の文法、 語彙の習熟度とディクテーションの正誤率から、学習者が会話を正確に聞き取れ るようになるためにはどのような学習方法が有効であるかを探った。その結果、 中級レベルの日本語学習者の日常会話の聞き取りの困難な点は「語彙」、 「助詞」、 「会 話表現」、「その他」の習熟度により、1)文法、語彙の習熟度の高い学生ほどディ クテーションの正答率も高い傾向が見られた。2)文法、語彙の習熟度が比較的高 い学習者には、正確に聞き取れない音声を既知の表現に置き換える傾向がある。3) 文法、語彙の習熟度が低い学習者は無回答である場合が多く、表現の置き換えは ほとんど見られない。4)文法、語彙の知識がある学習者が、ディクテーションの 会話場面を想定せずに音を聞き取ろうとするあまり、助詞、基本的な語彙、動詞 部分の活用の聞き取りを間違える場合がある。5)文法の知識があまりなく、語彙 量もそれほど多くないにも関わらず「助詞」や「会話表現」の聞き取りができ、ディ クテーションの正答率もある程度高い学習者は、日常的に日本の TV ドラマや歌 を好んで見たり聞いたりしている傾向がある。などが分かった。 キーワード 日本語 ディクテーション 誤答 1 はじめに 近年、同志社大学日本語・日本文化教育センターでは、日本の大学への進学を目的 とした私費留学生に代わり、滞在期間が半年から 1 年の交換留学生が増えている。こ のため、これらの学生の日本語レベルは大学への進学を目的とする学生に比べると習 熟度が低く、留学目的も語学の習得よりマンガやファッションなど現代の日本文化の 学習に重きを置いている学生が多くなっている。筆者が担当している同志社大学日本 中級日本語学習者を対象とした日本語日常会話の ディクテーションの誤答分析 文法・語彙の習熟度の観点からError Analysis of Dictation Tests for Intermediate learners of Japanese From a viewpoint of the proficiency level in grammar and vocabularies 築山 さおり 『同志社大学 日本語・日本文化研究』第 12 号 pp. 87-108(2014. 3)

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中級日本語学習者を対象とした日本語日常会話のディクテーションの誤答分析(築山 さおり)

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要 旨本稿では、中級レベルの日本語学習者を対象に日常会話のディクテーションを行い、学習者が日常会話の聞き取りをする際の問題点を明らかにし、学習者の文法、語彙の習熟度とディクテーションの正誤率から、学習者が会話を正確に聞き取れるようになるためにはどのような学習方法が有効であるかを探った。その結果、中級レベルの日本語学習者の日常会話の聞き取りの困難な点は「語彙」、「助詞」、「会話表現」、「その他」の習熟度により、1)文法、語彙の習熟度の高い学生ほどディクテーションの正答率も高い傾向が見られた。2)文法、語彙の習熟度が比較的高い学習者には、正確に聞き取れない音声を既知の表現に置き換える傾向がある。3)文法、語彙の習熟度が低い学習者は無回答である場合が多く、表現の置き換えはほとんど見られない。4)文法、語彙の知識がある学習者が、ディクテーションの会話場面を想定せずに音を聞き取ろうとするあまり、助詞、基本的な語彙、動詞部分の活用の聞き取りを間違える場合がある。5)文法の知識があまりなく、語彙量もそれほど多くないにも関わらず「助詞」や「会話表現」の聞き取りができ、ディクテーションの正答率もある程度高い学習者は、日常的に日本の TVドラマや歌を好んで見たり聞いたりしている傾向がある。などが分かった。

キーワード日本語 ディクテーション 誤答

1 はじめに近年、同志社大学日本語・日本文化教育センターでは、日本の大学への進学を目的とした私費留学生に代わり、滞在期間が半年から 1年の交換留学生が増えている。このため、これらの学生の日本語レベルは大学への進学を目的とする学生に比べると習熟度が低く、留学目的も語学の習得よりマンガやファッションなど現代の日本文化の学習に重きを置いている学生が多くなっている。筆者が担当している同志社大学日本

中級日本語学習者を対象とした日本語日常会話のディクテーションの誤答分析

─文法・語彙の習熟度の観点から─

Error Analysis of Dictation Tests for Intermediate learners of Japanese– From a viewpoint of the proficiency level in grammar and vocabularies –

築山 さおり

『同志社大学 日本語・日本文化研究』第 12 号 pp. 87-108(2014. 3)

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語・日本文化教育センターⅢレベルは初級の学習を修了した学習者を対象としたレベルであるが、来日時に初級レベルの日常会話が聞き取れない学生が存在し、そのような学生は聴解力が低いために学習の進め方に関する説明を理解できなかったり、重要な指示を聞き漏らすなどの問題が発生している。そこで、そのような学生の聴解力の向上を目指すうえで、日常会話をどの程度正確に聞き取り、なぜ聞き取れないかを探り、今後の学習方法改善の一助とするためにディクテーションを行った。

2 先行研究これまでのディクテーションについての研究では、新屋(1993)、中込(1995)は中上級レベルの日本語学習者を対象に、文章あるいは講義・講演タイプの一方的な独話タイプのものを用いてディクテーションを行い、誤答を分析している。新屋(1993)は、中上級の学習者を対象にディクテーションを行い、「大意は理解できたにもかかわらず、習得済みの語句、認知度が非常に低く、ある部分の誤答率はその前後の誤答率に比例する」としている。また、中込(1995)は、中上級レベルの日本語学習者を対象に講義・講演タイプの一方通行の独話のディクテーションを文節的単位で分析し、「ポーズの後の文節は誤答が減る。難しいところは 1回目も 2回目も難しいことを明確にし、ある語が聞き取れるとその周囲の語も聞き取れると推測できる。」としている。これらの研究では「読み上げ」が 1回から 3回程度であるのに対し、小林他(1996)は学習者にテープを聴く回数や時間を制限せずにディクテーションさせ、その誤答を文法面と音声面に焦点を当てて分析している。そして、その結果、「文法力の弱い学習者ほど、音声を優先させてしまうこと。言葉の実質的意味は聞き取れても、文法的意味が不正確であること。文法項目が複合した場合、どれか一つしか認知できないことが多く、さらに、そこに音のくずれ(音変化等)が伴った場合、困難がいっそう増す。」としている。この小林他(1996)の研究では大量のデータに基づいた分析を行っているが、対象者がディクテーションを行う際の処理速度に関しては考慮されておらず、学習者の習熟度との関係も明らかではない。また、ディクテーションに用いられたテキストは、本稿の対象とする初級レベルの学習者に対する日常会話を扱ったものではないため、初級レベルの学習を終えた学習者が、何が聞き取れ、何が聞き取れないかとの視点は明らかではない。本稿では、中級レベルの日本語学習者を対象に日本語による日常会話のディクテーションを行い、学習者が日本語の日常会話の聞き取りをする際の問題点を明らかにし、学習者の文法、語彙の習熟度とディクテーションの正誤率から、学習者が会話を正確に聞き取れるようになるためにはどのような学習方法が有効であるかを探ることを目的とした。また、本稿では、学習者が与えられたディクテーションを行う上で、語彙、文法知識の量と、受容した音声との結びつけの速さが聞き取りの成否の鍵となることに着目

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した。そして、ディクテーションにおいて、ある文法、語彙知識を素早く処理し表記できる状態を、その文法、語彙の習熟度が高い状態と考えた。初級レベルの文法、語彙の習熟度が高ければ、ディクテーションの正答率も高いはずである。このような観点から、文法、語彙知識量とディクテーションの正答率、誤答を分析することで、学習者が初級レベルの日常会話で聞き取れない部分を明らかにし、学習者の習熟度に合わせてどのような指導が必要かを考察する。

3 方法初級文法の学習を終えた学生を対象に、約 2ヶ月間で計 36 回のディクテーションを行った。通常、「聞く」という行為は、読解や作文のように読み返したり、書き直したりできない。聞き取れなくても、分からない言葉に遭遇しても音が止まることはない。そのような状況で何が聞き取れ、何が聞き取れないのか、また、聞き取れた或いは聞き取れなかった要因は何なのかを探るため、以下の要領でディクテーションを行った。毎回、1つの完結する会話文を、最後まで書けなくても問題としないことを学習者に伝えたうえでディクテーションさせた。CDを流す回数は 3回で、それぞれの回の間には時間をとらない。一度目は、会話全体を聞いて場面を想像するために CDを止めずに聞き、書き取りはしない。二度目は、聞きながら書く。この場合も長い会話でない限りは CDを止めない。三度目で、聞き取れなかった箇所の聞き取りや修正を行う。三度目が終わった後、学習者が思い出して書き加えることのないよう、すぐに回収した。表記については非漢字圏の学習者に配慮し、漢字を使わなくてもよいとした。なお、誤りについては、以下に示すモデル文の下線部分が正しければ正答とした。また、「ちょっと」を「ちょっど」や「使って」を「使て」などとする間違いが散見されたが、聞き取れなかった部分や間違えた部分を見直す機会として 3度目の CDを聞くチャンスを与えたため、「ちょっと」、 「使って」以外のものは間違いとした。

3.1 対象対象者は同志社大学日本語・日本文化教育センターのプレースメントテストを受けてⅢレベルに配置された学習者である。全員、『みんなの日本語 初級Ⅰ本冊』、『みんなの日本語 初級Ⅱ本冊』に相当する文法項目、語彙を復習した後に中級の学習に進む。学習者は来日したばかり、もしくは来日半年の留学生 20 人で、国籍は中国 12 人、アメリカ 4人、デンマーク、フランス、スペイン、韓国各 1人である。

3.2 使用教材『初級から始めよう にほんご会話トレーニング』(小林ひとみ著,アスク出版)を用いた。この教材を用いた理由は、以下のようである。

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・ 学習者が日常生活で遭遇する可能性が高いと思われる場面での会話が数多く載せられている。・ 場面や機能を軸にしたシラバスが採用されており、学習者にとって会話場面が想像しやすい。・ 会話で用いられる語彙、表現も初級で学習済みのものがほとんどである。・ CDに収録されている会話のスピードがナチュラルスピードに近い。本稿では、初級の文法、語彙の学習を修了した学習者が通常の日本人の日常会話を、どれだけ正確に細部まで聞き取れるかを測るため、本教材が適当であると考えた。

4 分析まず、収集したディクテーションの数が膨大であるため、その中から、学習者全体の正答率が 30%以下の部分を含む会話と、学習者全体の誤答率が 30%以下の会話を抽出し、学習者全体の誤答の分析を行った。全体の正答率が 30%以下の部分を含む会話は 36 会話中 11 会話(20 箇所)であり、「語彙」、「助詞」、「会話表現」、「その他」に分類できた。学習者全体の誤答率が 30%以下の会話は 36 会話中、1会話であった。次に、学習者の誤答と学習者の語彙・文法の習熟度の関係を見るために、最終の文法、語彙テストの成績上位、中位、下位の学生、それぞれ 2人を選出し、全体の正答率が30%以下の部分と、学習者全体の誤答率が 30%以下の会話でのそれぞれの正答と、誤答について考察する。なお、上位 2人と中位のうち 1人は中国、中位 1人と下位 2人はアメリカからの学生であったが、出身地を意図的に選考したのではなく、成績別に選考した結果このような構成になった。さらに、文法テストで成績上位であるにも関わらずディクテーションの正答率が低い学生、逆に、文法テストで成績が下位であるにも関わらずディクテーションの正答率が高い学生のディクテーションについても分析し、その要因を探る。文法テストで成績が下位であってもディクテーションの正答率の高い学生を便宜上

A、Bと呼ぶこととする。国籍は、Aが中国、Bが韓国である。これも、出身地を意図的に選考したのではなく、成績別に選考した結果このような構成になった。

4.1 正答率 30%以下の部分を含む会話の誤答分析全体で正答率が 30%以下の部分、つまり、中級レベルの日本語学習者の聞き取りを困難とする部分は、以下の 36 会話中 11 会話(20 箇所)である。内訳は、「語彙」が 7箇所、「助詞」3箇所、「会話表現」5箇所、「その他」5箇所である。以下、正答率が低い部分(下線箇所)を示す。また、( )に学習者全体の正答率を示す。

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4.1.1 「語彙」① これの黒がほしいんですが、取り寄せはできますか。(10.5%)② 1 週間ほどお時間をいただきますが・・・・・・。(15.7%)③ 今、ちょうど電車に乗るところなんです。(20.0%)④ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。(25.0%)⑤ じゃあ、またあとでかけなおします。(25.0%)⑥ あちらのレジの左側にペンの棚がございます。(30.0%)⑦ いつごろ購入されましたか。(30.0%)

①「取り寄せ」が正しく聞き取れていたのは 19 人中 2人であった。無回答が 6人、「とりわせ」、「ぷりおせ」が各 2人、「プリヨセ」、「ぷりょうせ」、「ぶりょせ」、「プロセ」が各 1人、他には「つ」、「ふ」が各 1人で、未習語彙であるために正答率が低い結果となった。②「お時間」は「お」が欠落した「じかん」と記述している学習者が 19 人中 15 人いた。これは、「ほど」と「お」の連続で聞き取りにくかった、もしくは「お時間」自体を知らなかった可能性も正答率の低かった原因として考えられる。③「ちょうど」は、正答が 20 人中 3 人、「ちょっと」が 6人、「ちょうと」が 5人、無回答が 4人、「ちょっど」、「じょうど」が各 1人であった。「ちょうど」は未習の語彙であるが、既習語彙である「ちょっと」と置き換えている学生が多く見られた。④「濡らしたり」は、正答が 20 人中 5 人、無回答が 6人であった。他には、「ならしたり」2人、「めらしたり」、「ぬれしたり」、「濡られたり」、「のらしたり」、「されたり」各 1人など、文法項目「~たり」は聞き取れているが、「濡らす」が分からずに正答に至らなかったと考えられる誤答が目立った。「ぬれたんでしたか」、「ならしたら」など、「濡らす」「~たり」両方とも聞き取れなかった学習者は 3人であった。「濡らす」は既習語彙ではあるが親密性の低い語彙である上に「たり」に接続したより複雑な形式になったため、正答率が低くなったと思われる。⑤「かけなおします」の正答は 20 人中 5人であった。無回答が 4人、「かけたのです」、

「かけてします」、「かけるなおします」各 2人、「かっこうします」、「かくの」が各 1人というように音声をそのまま聞き取ろうとした上での誤答と、「連絡します」2人、「電話しましょう」、「電話かかのです」、「でんわします」、「でんわでかけます」各 1人のように、文脈から想像して答えた誤答が見られた。⑥「棚が」は 20 人中 5 人が正答であった。無回答 6人、「棚に」2人、「棚か」、「たなで」、「たなです」、「たな」、「たない」、「ありた」が各 1人であった。⑦「いつごろ」は、正答が 20 人中 6 人で、「いつ」が 7人、「いつも」が 2人、「い

つころ」、「いつもの」、「いつでも」、「いつのろ」、「いつもろ」が各 1人であった。このように、全ての学習者が「いつ」までは正しく聞き取れている。「いつごろ」は、既

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習語彙であるが、「いつごろ」が親密度の低い語であることから正答率が低くなったと考えられる。

4.1.2 「助詞」⑧ すみません、浅草には何線で行くのがいいですか。(30.0%)⑨ 普通郵便ですと、明日にはちょっと間に合わないですね。(25.0%)⑩ パソコンは持っていないので、携帯のアドレスでもいいですか。(30.0%)

⑧「のが」は「のは」とする回答が最も多く、20 人中 10 人が「のは」と答えた。⑨「には」は、20 人中、「まで」4人、無回答 4人、「は」が 3人となった。「まで」

の誤答は、この発話の前に「これ、名古屋までなんですが、明日までに着きますか。」があり、会話の速さについていけなかったため、「明日まで」という誤答に至ったのではないかと推測できる。また、「間に合う」は助詞「に」と共に「~に間に合う」の形で学習しているが定着していないため、もしくは「には」のように助詞が続くことが聞き取りを困難にしている要因と考えられる。⑩「は」は、20 人中 11 人が「を」と回答し、「に」、「が」、無回答が各 1人ずついた。

「を」の誤答が多かった理由として、学習者が動詞「持つ」を、助詞「を」と共に「~を持つ」の形式で学習していることが考えられる。この⑩のような助詞「は」を正しく聞き取れない場合、主語があいまいになり、話の内容を正確に理解できない事態が想定されるため、それを防ぐためにも聴解力を向上させる学習は必要不可欠であると言える。

4.1.3 「会話表現」ここでいう「会話表現」とは、以下のような会話特有の表現のことである。

⑪ 今、ちょうど電車に乗るとこだから。(10.5%)⑫ 明日の待ち合わせって、何時でしたっけ?(20.0%)⑬ まだそんなに使っていないのに、突然動かなくなっちゃったんです。(5.0%)⑭ この辺には落ちてないですね・・・・・・。(22.2%)⑮ でも、借りてる本だから、汚さないようにね。(30.0%)

⑪「とこ」は、「ところ」と回答した学習者が最も多く、19 人中 10 人であった。他は「どころ」、「とこる」、「もの」、「こと」、「ことろ」、無回答が各 1人であった。「ところ」の回答が多かった理由としては、このディクテーションを行う約 1ヶ月前にほぼ同じ場面、同じ内容の会話のディクテーションを行ったことが考えられる。1ヶ月前に行った会話には「ところ」が使われており、18 人中 14 人が「ところ」と答えられて

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いた。そのため、話し言葉でも「ところ」に置き換えた可能性がある。⑫「何時でしたっけ」は、20 人中 3人が正答であった。「なんじですか」が 5人、「な

んじでしたけ」、「何時でしだっけ」、「なんじ」が各 2人、「何時にしだっけ」、「何時てしたっけ」、「何時だなんですか」、「何時だっけ」、「何時に」が各 1人であった。このようにほとんどの学習者は「何時」を聞き取れているが、「でしたっけ」が聞き取れていない。⑬の「動かなくなっちゃったんです」の縮約形は、既習ではあるが正しく表記できない学生がほとんどであった。正答は 20 人中 1人で、「うごかなちゃったんです」、「うごくなかくなくちゃんです」、「うごかなくなっち」など、「なっちゃった」が聞き取れていない誤答や、「動かなかったです」、「動かなかったんです」、「こわれちゃったんです」など同じく縮約形は聞き取れていないが、文脈から想像して答えたものがあったが、無回答が 4人で、他 7人は「うごかちゃったんです」、「うごくなちゃた」、「うわれないです」など、ほとんどを聞き取れていない学習者が半数以上を占めた。⑭「落ちてないですね」は、「落ちてない」を正しく聞き取れていない学生が多く見られた。正答が 4人、「落ちたないですね」が 5人と最も多く、「おちさないですね」、「おちいですか」など、「てない」が聞き取れていなかった。他には、「おち」、無回答が各1人などの誤答も見られた。⑮「借りてる」は、20 人中、正答が 6人であったが、4人が「借りた」に置き換え

ているものや「かりての」、「かりたの」、「かいて」、「かいての」「かれたの」などの誤答が見られた。

4.1.4 「その他」⑯ 原因をお調べしますので、こちらで 1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。(15.0%)

⑰ 原因をお調べしますので、こちらで 1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。(5.0%)

⑱ 借りてる本だから、汚さないようにね。(25.0%)⑲ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。(25.0%)⑳ ちょうどこういうのがほしかったんだ。(30.0%)

⑯「お調べしますので」は、「調べますので」が 3人、「調べ」が 2人、他には「調べしますので」、「調べらせたり」、「お調べて」など、「調べる」が既習であるため「調べる」に結びつけることはできるが、謙譲の形式である「お調べする」には結びつけることができなかったようである。また、「たずねるのに」、「さがし」のような置き換えも見られた。⑰「お預かりしても」にも同じことが言える。無回答が 10 人、「お預かり」が 2人、「お

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預かりで」、「預かり」、「おわずれしまう」、「おつかりして」、「おかずわり」、「おわず」、「しても」が各 1人であったため、「預かる」と認識できる学生が少なかった上、「預かる」が認識できても謙譲の形には結びつかなかったと言える。⑱「汚さないようにね」は、「よごさないよね」、無回答が各 2人、「汚さないね」、「よごさいないようね」、「よごさらようにない」など「ように」が正しく聞き取れていない誤答が多かった。学習者が文法項目「ように」を学習する際には、「ようにします」、「ようにしてください。」の形式で学習しているため、「ように。」と結びつけるのが困難であったと考えられる。⑲「されませんでしたか」は、無回答が 4人、「でしたか」、「ましたか」、「されませんですか」、「されましたか」のような誤答の他に、「したことがありますか」、「しましたか」などの置き換えが見られた。前に続く「濡らしたり」の正答率が低いことが、「されませんでしたか」まで正確に聞き取ることができなかった原因として考えられる。⑳「ほしかった」は、「ほしい」が 4人、「ほしんかった」、「ほしいかった」、「ほし

いかた」、「ほしいだ」、「ほしたっだ」、「ほしいんが」、「ほしいだけと」が各 1人だった。「ほしい」は理解できても、タ形で「んだ」が続くと聞き取りが困難になるようである。このように、学習者にとっては既習の語彙ではあるが、親密度の低い形式や文末形式が複雑になると聞き取りが難しいようである。この点は、フォード丹羽(1996)の指摘にあるとおりである。以下では、上記の部分について、学習者の語彙、文法の成績、上位、中位、下位ごとに分析し、学習者の語彙、文法の習熟度とディクテーションの正答率との関係について考察する。

4.2 成績上位の学習者の正答と誤答についてここでは、最終の語彙、文法テストの成績が上位であった学習者が、学習者全体の正答率が 30%以下の部分(20 箇所)の中で、中位、下位の学習者と比べてどのような箇所を間違い、または正しく聞き取れているかを見る。上位学習者は、20 箇所中、2人とも正答が 8箇所、1人のみ正答が 9箇所、2人とも誤答が 3箇所であり、これは、成績中位、下位の学習者よりも、いずれも正答数が多い。このことから、文法、語彙の知識量が多い学習者はディクテーションの正答率が高く、音声を細部まで正しく聞き取り、聞き取った音声を素早く処理できる傾向にあると言える。

4.2.1 「語彙」① これの黒がほしいんですが、取り寄せはできますか。               (プリヨセ、他 1人正答)

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② 1 週間ほどお時間をいただきますが・・・・・・。      (時間、他 1人正答)③ 今、ちょうど電車に乗るところなんです。    (ちょっと 2人とも)④ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。              (ぬれしたり、めらしたり)⑤ じゃあ、またあとでかけなおします。(2人とも正答)⑥ あちらのレジの左側にペンの棚がございます。(2人とも正答)⑦ いつごろ購入されましたか。(2人とも正答)

「語彙」は、7箇所中、2人とも正答であったのは 3箇所、1人が正答であったのは 2箇所、2人とも誤答であったのが 2箇所であり、成績中位、下位の学習者と比べ正答数が多い。

4.2.2 「助詞」⑧ すみません、浅草には何線で行くのがいいですか。(2人とも正答)⑨ 普通郵便ですと、明日にはちょっと間に合わないですね。(2人とも正答)⑩ パソコンは持っていないので、携帯のアドレスでもいいですか。      (を、他 1人正答)

「助詞」は、3箇所中、2人とも正答であったのが 2箇所、1人のみの正答が 1箇所であり 2人とも誤答の部分が無かった。特に⑨は 2人とも正答であり、前の会話文の「明日までに」の影響で「まで」と聞き取っている中位、下位の学習者と比べ、会話の速さに遅れることなく正しく聞き取れている。また、⑨では「~に間に合う」の形で学習していても「には」と正しく聞き取れている点や、⑩で「~を持つ」の形で学習しても影響されずに正しく「は」が聞き取れていることから、このレベルの学習者は細部にまで注意をはらって聞くことができていると言えよう。

4.2.3 「会話表現」⑪ 今、ちょうど電車に乗るとこだから。             (ところ 2人とも)⑫ 明日の待ち合わせって、何時でしたっけ?               (何時でしだっけ、他 1人正答)⑬ まだそんなに使っていないのに、突然動かなくなっちゃったんです。                   (うごかなちゃったんです、他 1人正答)⑭ この辺には落ちてないですね・・・・・・。(2人とも正答)

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⑮ でも、借りてる本だから、汚さないようにね。(2人とも正答)

「会話表現」では、2人とも正答が 5箇所中 2箇所、1人のみ正答が 2箇所、2人とも誤答が 1箇所であった。⑪の「とこ」は、両者とも「ところ」としていた。「ところ」は 4.1.3 で述べたような 1ヶ月前に行ったディクテーションの影響や「動詞の辞書形+ところ」の形で学習したことが影響していると考えられる。また、成績中位、下位の学習者は⑫、⑬、⑭、が 2人とも誤答であったのに対し、上位の学習者の正答数が多いことから、上位学習者は「会話表現」の習熟度が高いと言える。

4.2.4 「その他」⑯ 原因をお調べしますので、こちらで1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。     (たずねるのに、他 1人正答)⑰ 原因をお調べしますので、こちらで1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。                      (預かり、他 1人正答)⑱ 借りてる本だから、汚さないようにね。           (汚さないね、他 1人正答)⑲ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。                   (されましたか、他 1人正答)⑳ ちょうどこういうのがほしかったんだ。(2人とも正答)

「その他」では、2人とも正答が 5箇所中 1箇所、1人のみ正答が 4箇所、2人とも誤答は無かった。⑯「お調べします」、⑰「お預かりしても」は、どちらも 1人のみの正答であった。このことから、「調べる」、「預かる」、謙譲表現も既習であるが、謙譲表現の形になると、成績上位の学習者でも聞き取りが難しいことが明らかとなった。

4.3 成績中位の学習者の正答と誤答についてここでは、最終の語彙、文法テストの成績が中位であった学習者が、学習者全体の正答率が 30%以下の部分(20 箇所)の中で、どのような箇所を間違い、または正しく聞き取れているかを見る。2人とも正答であった箇所は無く、1人正答が 8箇所、2人とも誤答が 2箇所、そのうち無回答が 2箇所あった。上位の学習者と比べ、全てにおける正答数は低い結果となっており、中位の学習者の回答で目立つのは、聞き取った音を既知の語に置き換えている点である。語彙③「ちょうど」を「ちょっと」、「会話表現」⑫「何時でしたっけ」を「何時ですか」、「その他」⑯の「お調べしますので」を「しらべますので」がそれに当たる。聞いた音声を、そのまま正しく聞き取ることはできていないが、意味を想像して既知の語彙や表現に置

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中級日本語学習者を対象とした日本語日常会話のディクテーションの誤答分析(築山 さおり)

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き換えている回答が見られた。以下では、それぞれの誤答について詳しく見る。

4.3.1 「語彙」① これの黒がほしいんですが、取り寄せはできますか。               (プロセ、無回答)② 1 週間ほどお時間をいただきますが・・・・・・。      (じかん、他 1人正答)③ 今、ちょうど電車に乗るところなんです。    (ちょっと、ちょうと)④ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。              (ならしたり、されたり)⑤ じゃあ、またあとでかけなおします。           (かっこうします、かけてします)⑥ あちらのレジの左側にペンの棚がございます。               (たな、棚か)⑦ いつごろ購入されましたか。  (いつのろ、いつでも)

「語彙」では、1人のみの正答が 1箇所であり、上位学習者に比べて正答数が少ないが、②「ちょうど」では、上位の学習者と同様に 1人が「ちょっと」に置き換えている。また、①の「じかん」、④の「たり」、⑥の「たな」など、下位の学習者と比べて聞き取れている部分が多い。

4.3.2 「助詞」⑧ すみません、浅草には何線で行くのがいいですか。                 (のは、他 1人正答)⑨ 普通郵便ですと、明日にはちょっと間に合わないですね。            (まで、他 1人正答)⑩ パソコンは持っていないので、携帯のアドレスでもいいですか。      (を、他 1人正答)

「助詞」は、全て 1人が正答であり、もう 1人が誤答である。「助詞」も上位の学習者に比べ正答数が少ない。特に、⑧「のが」は、上位の学習者が 2人とも正答であったのに対し、中級の学習者のうち 1人が誤答であった。また、⑨「には」を「まで」としている。これは、この発話の前に「これ、名古屋までなんですが、明日までに着きますか。」

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があり、その影響で「明日まで」という誤答に至ったのではないかと推測できる。⑩は、上位学習者と同じく 1人が正答で、1人が「を」という誤答をしている。これも上位者と同様、「~を持つ」の形で学習し、聞く際に「を」を予測したためと考えられる。

4.3.3 「会話表現」⑪ 今、ちょうど電車に乗るとこだから。             (とこる、他 1人正答)⑫ 明日の待ち合わせって、何時でしたっけ?             (なんじでしたけ、何時ですか)⑬ まだそんなに使っていないのに、突然動かなくなっちゃったんです。            (うごくなかくなくちゃんです、うごかなちゃったんです)⑭ この辺には落ちてないですね・・・・・・。       (おち、落ちたないですね)⑮ でも、借りてる本だから、汚さないようにね。     (借りてた本、他 1人正答)

「会話表現」も上位学習者と比べ、正答数が少ない。特に⑬は上位学習者の1人が正答、⑭と⑮は 2人とも正答であったのに対し、中位学習者は⑮で 1人のみの正答にとどまった。このように、上位の学習者が縮約形や会話で「い」が欠落する場合も正しく認識して聞き取れているのに比べ、中位の学習者はこれらの会話表現を正しく聞き取ることができていない。

4.3.4 「その他」⑯ 原因をお調べしますので、こちらで1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。     (しらべますので、お調してから)⑰ 原因をお調べしますので、こちらで1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。                      (お預かり、無回答)⑱ 借りてる本だから、汚さないようにね。           (よごさないよね、他 1人正答)⑲ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。                   (しましたか、他 1人正答)⑳ ちょうどこういうのがほしかったんだ。            (ほしかったんた、ほしかった)

⑯、⑰では、両者とも誤答であり、その誤答から謙譲表現の形式として処理できて

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いないことが分かる。⑱では、1人が正答、もう 1人は誤答であったが、両者とも「よごさない」は正しく聞き取ることができている。また、⑳も両者とも誤答であるが、下位の学習者と比べると「ほしい」のタ形として認識し、正しく聞き取れていると言える。

4.4 成績下位の学習者の正答と誤答についてここでは、最終の語彙、文法テストの成績が下位であった学習者が、学習者全体の正答率が 30%以下の部分(20 箇所)の中で、どのような箇所を間違い、または正しく聞き取れているかを見る。2人とも正答であった箇所、1人正答の箇所は無く、誤答が20 箇所であった。無回答は 10 箇所で、うち 1箇所は 2人とも無回答であった。このように、下位の学習者は無回答がほとんどであることから、会話スピードについていけていないこと、音声知覚の問題を多く含んでいることが考えられる。また、正答に近い記述が、「語彙」②の「じかん」、「その他」⑳の「ほしい」の部分と少ない上に、中位の学習者のような既知の語彙との聞き間違いも無いことから、小林他(1996)、川口(2001)でも指摘されているように、文法力が弱く、語彙の少ない学習者は、音声に頼る傾向が強いようである。

4.4.1 「語彙」① これの黒がほしいんですが、取り寄せはできますか。               (とりわせ、無回答)② 1 週間ほどお時間をいただきますが・・・・・・。      (じかん、無回答)③ 今、ちょうど電車に乗るところなんです。    (ちょっど、無回答)④ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。              (めすらしいましたか、無回答)⑤ じゃあ、またあとでかけなおします。           (かけるなおします、でんわでかけます)⑥ あちらのレジの左側にペンの棚がございます。               (ありた、無回答)⑦ いつごろ購入されましたか。  (いつもろ、いつも)

「語彙」では無回答が多く、正答とはかけ離れた解答が目立つ。これは、下位学習者が会話の速度についていくことができていない、もしくは、語彙が少ないために音声に頼っているためだと考えられる。

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4.4.2 「助詞」⑧ すみません、浅草には何線で行くのがいいですか。                 (のは、で)⑨ 普通郵便ですと、明日にはちょっと間に合わないですね。            (まで、無回答)⑩ パソコンは持っていないので、携帯のアドレスでもいいですか。      (が、に)

⑧、⑨は、成績が中位の学習者と同様に 1人が⑧「のが」を「のは」、⑨の「には」を「まで」と答えている。しかし、⑩は 2人とも正答の「は」とは全く違う答えを書いている。このことから、下位の学習者は、「持つ」から「を」を導くこともできていないことが分かる。

4.4.3 「会話表現」⑪ 今、ちょうど電車に乗るとこだから。             (ことろ、無回答)⑫ 明日の待ち合わせって、何時でしたっけ?             (なじでしたっけ、なんじですか)⑬ まだそんなに使っていないのに、突然動かなくなっちゃったんです。                   (ちゃたんです、うわれないです)⑭ この辺には落ちてないですね・・・・・・。       (おちますか、おちい)⑮ でも、借りてる本だから、汚さないようにね。     (この本、かれたの本)

⑫では「なんじですか」、⑭では「おちますか」、⑮では「この本」のように置き換えが見られるが、それら以外は音声を正しく聞き取れず誤答となっている。

4.4.4 「その他」⑯ 原因をお調べしますので、こちらで1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。     (しらへ、無回答)⑰ 原因をお調べしますので、こちらで1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょうか。                      (2人とも無回答)⑱ 借りてる本だから、汚さないようにね。           (よごさないよね、よごられてだね)

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⑲ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。                   (ましたか、無回答)⑳ ちょうどこういうのがほしかったんだ。            (ほしいかったなんた、ほしいかたんるんな)

⑯、⑰から、成績下位の学習者が「調べる」「預かる」だけではなく、謙譲表現の形式も聞き取れていないことがわかる。また、⑳は、既習語彙で親密度の高い「ほしい」のタ形も正しく聞き取れていない。このことから、成績下位の学習者は、語彙、文法の習熟度が低いため、ディククテーションでも聞き取った音声からその形式への結びつけることができていないと言える。

4.5 誤答率が 30%以下の会話について学習者全体の誤答率が 30%以下の会話は、「病院で待ち時間を尋ねる」場面での会話であった。ここでもやはり、成績上位の学習者や中位の学習者はほとんど間違いがない。下位の学習者は、「どの」を「どんの」とし、「30 分ぐらいは」の「は」が聞き取れていない。また、「30 分くらい」の「くらい」、「かかると思うんですが」が正しく聞き取れておらず、正答率が低い。このことからも、文法、語彙知識量が多い学習者は、日常会話をある程度の速さで細部まで正しく聞き取ることができるのに対し、文法、語彙知識量の少ない学習者はそれができず、正答率が低いと言える。

マリア:あのー、あとどのくらいかかりますか。        後 どのくらいかかりますか。 (上位 2人、下位 1人)        あとどのぐらいかかりますか。 (中位 2人)        あとどんなぐらいかかりますか。 (下位 1人)

受付:そうですねえ、あと 30 分ぐらいはかかると思うんですが・・・・・・。          あと 30 分ぐらいはかかると思うんですが (上位、中位各 2人)          あと 30 分くらい かかると思うんですが (下位 1人)          あと三十分をかかります (下位 1人)マリア:そうですか。わかりました。    そうですか。分かわました。 (上位 1人)    そうですか。わかりました。 (上位 1人、中位、下位各 2人)

4.6 文法、語彙知識量とディクテーション正答率の関係についてこれまで、ディクテーションの正答率と誤答について文法、語彙テストの成績上位、中位、下位の学習者別に分析した。その結果、文法、語彙量の多い学習者ほど正答率

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が高い結果となった。つまり、学習者の持つ文法、語彙の量が多いほど音声を聞いて結びつける処理が速く、文法、語彙の習熟度が高いと言える。反対に、成績が下の学習者ほどそれぞれの語彙、文法、もしくはその活用が定着しておらず、音声をすぐに結びつけることができていないと言える。しかし、中には文法、語彙テストで成績が下位でありながらディクテーションの正答率が高い学習者も見られる。以下では、成績が上位であるにも関わらずディクテーションの正答率が低い学習者の誤答、成績下位であるがディクテーションの正答率が高い学習者については正答について分析し、その要因を考察する。

4.7 文法テストとディクテーションの結果の関係について学習者のレベルチェックのために学期開始前にプレースメントテストとして文法テストを行っているが、文法、語彙の知識量が多い学習者はディクテーションの正答率も高いという結果が見られた。しかし、中には文法、語彙の成績が上位でありながらディクテーションの正答率が低い学習者や、反対に、文法テストの成績は下位であるのに、ディクテーションの正答率の高い学習者がいることが分かった。以下では、それぞれの学習者の誤答について分析を行った。

4.7.1 文法テストに比べディクテーションの結果が低い学習者について以下では、文法テストの成績が上位でありながら、ディクテーションの正答率が低い学習者の誤答を分析する。全ディクテーションの中から、正答率が学習者全体で 70%以上であるにも関わらず、この2人が正しく聞き取れていない箇所を抽出した。その結果、誤答は大きく分けて、(1)助詞、(2)名詞、(3)動詞部分、(4)決まり文句、(5)助動詞、終助詞が関わることが分かった。下線部分が正答、その下に示すのが、学習者の誤答である。(  )内の数字は学習者全体の正答率。φは無回答を示す。

(1)助詞 助詞では、間違いだけではなく、欠落、付加が見られた。

間違い・どこで乗り換えたら(73.6%) どこにのりかえたら

欠落・どこかで食べて帰りませんか(72.2%) どこかφ食べてかえりませんか

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・速達でお願いします(75.0%) 速達φおねがいします・約束の時間に遅れそうなんです(85%) やくそくφじかん・マグロの刺身(78.9%) マグロφ刺身

付加・駅前のコンビニで(80%) 駅の前のコンビニで・小泉さん、髪型変えたんですね(84.2%) 小泉さんの髪型変えたんですね

(2)名詞 名詞の間違いでは、基本的な語彙の間違いが見られた。・あと(90.0%) あた・どのぐらい(80.0%) どんのぐらい・レジの(80.0%) れきの・傘 (83.3%) けか・12 時ですよ(95.0%) 10 時

(3)動詞部分  「つかわせて」、「食べて」、「かかりそう」は、活用部分の間違いである。「開けてもいい」は、「あける」を「あげる」と聞いている。・つかわせていただけませんか(70.5%) つかて・食べて帰りませんか(83.3%) 食べた・あとどのぐらいかかりそうですか(95.0%)        かかるそう

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・え、わたしに。ありがとう。開けてもいい?(70.0%)              あげてもいい

(4)決まり文句・申し訳ございません(70.0%) もうしこみございません

(5)助動詞、終助詞・駅の交番の前だよ(94.4%)       だいよ・南口の改札ですよ(75.0%) かいさつでしょう 南改札の口でしたよ

これらの誤答から、文法の知識があるにも関わらずディクテーションの正答率が低い理由として、以下のことが考えられる。1.基本的な語彙や動詞の活用部分の聞き取りができていない。2.助詞を注意して聞き取れていない。3.会話の場面が想像できていない。その理由としては、(1)助詞の付加で見られた「小泉さん、髪型変えたんですね」は、話し手が相手である小泉さんに話している場面であり、「小泉さんの髪型」にはなり得ない。また、(3)の動詞部分でも、「かかりそうですか」は、病院の受付で話し手が受付に聞いている場面であり、「かかるそう」という伝聞の「そう」であることは文脈としておかしい。同様のことは「開けてもいい」でも見られ、話し手が相手からプレゼントを受け取った際に発した言葉であり、「あげてもいい」は文脈としておかしい。これらのことから、学習者が場面を想像せずに聞いていることも正答率が低いことの一因であると推測できる。

4.7.2 文法テストに比べディクテーションの結果が高い学習者についてここでは、これまで考察した成績上位、中位、下位の学習者とは別に、文法テストでは下位であったが、ディクテーションの正答率が高い学習者の正答を見る。以下の正答は全体の正答率が 30%以下の部分(20 箇所)の中で、これらの学習者が正答を書けていた部分である。どのような箇所で正答を書けていたかを見ることで、彼らのディクテーションの正答率が高い要因を探る。学習者 A、Bともに 20 箇所中、8箇所が正答であった。

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学習者 A

・「語彙」 ⑤ じゃあ、またあとでかけなおします。 ⑥ あちらのレジの左側にペンの棚がございます。 ⑦ いつごろ購入されましたか。

・「助詞」 ⑧ すみません、浅草には何線で行くのがいいですか。 ⑩ パソコンは持っていないので、携帯のアドレスでもいいですか。

・「会話表現」 ⑫ 明日の待ち合わせって、何時でしたっけ? ⑮ でも、借りてる本だから、汚さないようにね。

・「その他」 ⑲ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。

学習者 B

・「語彙」 ① これの黒がほしいんですが、取り寄せはできますか。 ④ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。 ⑥ あちらのレジの左側にペンの棚がございます。

・「助詞」 ⑧ すみません、浅草には何線で行くのがいいですか。

・「会話表現」 ⑭ この辺には落ちてないですね・・・・・・。

・「その他」 ⑯ 原因をお調べしますので、こちらで 1週間ほどお預かりしてもよろしいでしょ

うか。 ⑲ カメラを落としたり、水に濡らしたりされませんでしたか。 ⑳ ちょうどこういうのがほしかったんだ。

これらの学生は、他の学生よりも多くの単語が聞き取れているだけではなく、特に「語

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彙」と「会話表現」、もしくは「その他」が正しく聞き取れている点が目立つ。また、両者とも日本の TVドラマや歌などを積極的に視聴しており、日本語字幕(テロップ)もよく目にしていることがインタビューなどから分かっており、そのことがディクテーションの成績が良い原因だと推測できた。しかし、この TVドラマや歌の視聴の時間や内容が、どのような影響を与えているのかについては、今後分析の必要があると考えている。

5 まとめと今後の指導にむけて本稿では、中級レベルの日本語学習者が日本語による日常会話を、どの程度正確に細部まで聞き取れているかを把握するためディテクテーションを行った。その結果、中級の日本語学習者が日常会話で聞き取れない点を「語彙」、「助詞」、「会

話表現」、「その他」に分類して、学習者の文法、語彙の習熟度から正答率、誤答を分析したところ、以下の傾向が明らかとなった。

1) 文法、語彙の習熟度の高い学生ほどディクテーションの正答率が高い傾向が見られた。

2) 文法、語彙の習熟度がある程度ある学習者には、正確に聞き取れない音声を既知の表現に聞き間違える傾向がある。

3) 文法、語彙の習熟度が下がるほど、無回答が増え、既知の表現に聞き間違えることもない。

4) 文法、語彙の知識があってもディクテーションの正答率が低い学習者は、助詞、基本的な語彙、動詞部分の活用の聞き取りができていない。また、会話場面を想定せずに音声を優先して聞いていることが推測できた。

5) 文法、語彙量がそれほど多くないにも関わらずディクテーションの正答率がある程度高い学習者は、日本の TVドラマや歌を積極的に見たり聞いたりしており、日本語の字幕(テロップ)もよく目にしている傾向がある。

以上の結果から、中級レベルの学習者に対する学習指導には、個々の習熟度に関わりなく聞いた音声を習得した語彙、文法と結びつけるトレーニングが不可欠であると言える。そして、その際に重要なのは処理速度を上げるため、用いる音声も日本人が話す通常の速さのものを用いる。そのトレーニングは学習者個々の習熟度に合わせ、以下のような練習のあり方が必要であると言える。

1) 語彙・文法の習得度が低い学習者には、助詞などを間違うことで意味が変わってしまうことに気づかせ、細部まで正しく聞き取る必要性を分からせた上で行う。

2) ディクテーションの正答率が低い学習者には、基本的な語彙、文法の聞き取り練

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中級日本語学習者を対象とした日本語日常会話のディクテーションの誤答分析(築山 さおり)

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習はもちろん、映像を用いたりして使用場面と言語形式、その音声を結びつけて聞き取ることを自覚させる。

3) ある程度習熟度の高い学習者には、文法形式が複合した表現の聞き取りにも注意して、間違いをできるだけなくすことを目的に取り組ませる。

なお、今回見られた誤答それぞれに対する、学習者の習熟度を上げるための指導法については今後の課題とする。

謝辞今回のディクテーションの実施には、荒井美幸先生、梶原雄先生、高田充清先生、竹島奈歩先生、松本秀輔先生、山本和恵先生、米澤昌子先生にご協力いただきました。感謝申し上げます。

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