epignathus(geoffroy es...

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  • 上 顎 寄 生 体

    Epignathus(Geoffroy es Hilaire)

    -そ の 手 術 並 び に 剖 検 例 -

    岡山大学医学部病理学敎 室(主 任:妹 尾左知丸敎授)

    講 師 木 本 哲 夫 専攻生 酒 井 晃

    岡山大学医学部津田外科敎 室(主 任:津 田誠次敎授)

    講 師 大 森 弘 介 副 手 重 松 舜 祐

    〔昭 和29年10月23日 受 稿 〕

    ま え お き

    寄 生体 が 自生体 の 口蓋 又 は附 近 の脳 底 に寄

    生す る 一 つ の 非対 称 性 重復 畸 形児 に 対 し,

    Geoffroy es Hilaire(1837)1)は 始 め てEpigna

    thusな る 名 称 を 斯 界 に 紹 介 し た .然 る に

    Arnord(1888)2)は 本 寄生 体 の 多 くが 楔 状 骨

    或は硬 口蓋 に寄 着 す るた め にSphenopagus又

    はUranopagusの 命 名 を 妥 当 な りとし た が ,

    今 日この種 の畸 形 に対 して 尚原 名 のEpigna

    thusが 使 用 され て い る.爾 来該 畸形 児 の発 生

    意義 に就 てはAhlfeld(1875)3)Arnord(1888),

    Schatz(1900)4), Marchand(1912)5)等 に よ り

    種 種な る努 力が 加 え られ,1904年Schwalbe6)

    はHeidelberg大 学病 理 学 教 室保 存 の 本畸 形

    の2例,文 献例10数 例 を蒐 集 考察 し,腫 瘍 の

    単純 な る もの よ り複 雑 な る もの に到 る移 行段

    階を追 求 し,本 畸 形 に対 す る今 日の 帰趨 を 示

    した.而 して形 態 学的 に 四 簇 を分 類 し,氏 の

    見解は広 く斯 界 の迎 合 す る所 とな り,今 日の

    分類学的 通説 として広 く其 の名 を留 め るに至

    つた .茲 に其 の 発生 頻 度 を見 るに外 国 に於 て

    は70有 余 の症 例 報告 あ る も吾 国 に於 ては,徳

    岡(大 正5)7),斉 藤(大 正10)8),飯 塚(昭 和

    5)9),渡 辺(昭 和11)10)の5例 を数 え るに過

    ぎない.吾 々 は偶 偶Epignathusの 新 生 児手

    術例更 にそ の剖 検 の機 を 得,此 れ を報 告す る

    と共に本 邦に 於 け る該 畸形 の報 告 に1例 を加

    える.

    症 例

    〔Ⅰ〕 臨床的所見

    昭和28年3月22日 午前10時,出 生の男児,

    満期安産,体 重3,300g身 長43cm血 族関

    係 に特記すべ きことな く,両 親同胞健在に し

    て畸形異常を認めない.

    来院 時所見

    出生翌 日津 田外科に来院,発 育尋常な る新

    生男児,身 体各部に畸形を認めない.右 頬部に

    先天性の大人手拳大の腫瘤 あ り.其 の上半分

    は暗紫色葡萄状色彩を呈す る薄膜 に覆われ表

    面は凸凹不正で軟かい.一 部靡爛 し痂皮に覆

    われ る.下 半分は正常 より稍 々赤味を帯びた

    皮膚に覆われ数個 の乳首形の突起物を附着す.

    突起物 の皮下に拇指頭 大の骨様の塊を触れ る.

    上下の腫瘤 の境に近 く口を開いた所あ り,消

    息子を入れ ると約2.5cm入 り,内 面 よ り粘液

    の排泄を見る.こ れ らの腫瘤は全体 として右

    口腔内側 よ り発生し一部は口腔粘膜 より移行

    し一部は頬部皮膚 よ り移行す.右 口角は広 く

    裂けて この腫瘤が 口腔外に突出す るのに都合

    の よい様になつて居 り,口 の長 さ約6cm,腫

    瘤 と上顎は明 らかに区別出来 る.(Fig.2)

    以上の所見に よりEpignathusと 診断 し翌

    日,即 ち生後2日 目に津田教授執刀の もとに

    摘出手術を行 う.軟 部はメス及び剪刀にて骨

    性部はLuerの 円鑿骨鉗子にて切断 し摘出後

    の粘膜及び皮膚の缺損部は一期的に縫合す.

  • 2240  木本哲夫 ・酒井 晃 ・大森弘介 ・重松舜祐

    摘出腫瘤 の重量114g.術 後経過順調な りし

    も口腔開大があるため吸啜 力な く,又 遠隔地

    よ り来院 し,母 親不在 のため人工栄養に よ り

    強制哺乳,輸 液に努むるも,術 後8日 目突然

    死亡す.即 ち夜半吐乳に よ り窒息死せ るもの

    の如 し.

    〔Ⅱ〕 病理解剖学的所見

    (i) 肉眼的所見

    (A) 新生児の病理解剖学的所見

    骨格 中等,体 型 中間型,稍 々羸痩せる男児.

    体重3,300g,身 長50cm,死 剛:顎 関節四

    肢 関節著明,死 斑は体背部に著明,皮 膚の色

    一般 に中等度 に淡黄色を呈し,出 血斑は無 い.

    浮腫な く,眼 瞼結膜 口腔粘膜共に貧血性,瞳

    孔左右同大,正 円,散 大,角 膜 緊張透徹す.

    歯牙未生,頸 部,鼠 蹊部 の淋 巴節腫脹せず.

    胸廓 の形態,乳 房尋常,腹 部は膨満 し,睾 丸

    は両側共陰嚢内に触知 さる.肛 門周囲に少量

    の胎便附着す.

    腹腔概 観

    皮下脂肪組織の発育中等,筋 肉発育 中等,

    腹壁腹膜は淡黄色乾燥 し,滑 沢,大 網は諸腸

    前面を蔽 う.漿 膜面,淋 巴節尋常 に して,胃

    大彎 の位置正中線上剣状突起下8.5cm稍 々

    膨満 す.肝 下 縁 同 突 起下6.7cm,右 乳線上

    6.7cm.横 隔膜の高 さ.左 第Ⅳ肋骨間,右 第

    Ⅴ肋骨間,諸 腸気容中等,脾 及び両腎,副 腎,

    膵の位置尋常.腹 腔及び骨盤腔に内容な く,

    骨盤諸臓器の位置尋常な り.

    胸腔概観

    胸骨内面尋常.前 縦隔脂肪織発育 中等,淋

    巴節異常 な し.胸 腺 の位置尋常,大 さ3.2×

    2.6×0.7cm, 8g割 面著変な し.左 右肋膜異

    常 な く,心 膜 内面滑沢,内 に少量の心嚢水 を

    容 る.

    心臓:左 心房は内に暗紅色,流 動性,一 部

    凝血せ る血液 中等量 を容れ,左 心室内容 な く,

    右心房右心室内容は左 に同じ.大 さ,当 該屍

    手拳大.周 囲径10.5cm, 20g,硬 度中等.形

    態尋常.心 尖は左心室壁 より成 る.心 外膜滑

    沢,透 徹,淡 黄色,腱 斑な し.心 外膜下脂肪

    組織発育中等.冠 状血管異常な し.大 動脈瓣

    異常 な く,左 心 房左 心 室腔 の大 さ正常,心 内

    膜 滑 沢.肉 柱乳 嘴筋 発 育 中等.心 筋 の厚 さ前

    壁 中央 部 で0.6cm,僧 帽瓣 異常 な し,右 心房,

    右 心 室 腔 の大 さ中等,心 内膜 滑 沢.卵 円孔 開

    存 す.三 尖瓣,肺 動 脉瓣,異 常 な し.大 動脈

    起 常 部 の 巾1.6cm内 膜 平 滑.冠 状 動脈起始

    口異常 を認 めな い.

    肺 臓:左 肺:形 態 尋常.分 葉 異常 な し.

    35g,表 面 少数 の溢 血 斑 あ り.硬 度正常.捻

    髪 音 は稍 々減退.又 特 記 す べ きは上葉 に於て

    3個,下 葉 に1個 の大豆 大 乃至 蚕豆 大 の腫瘤

    あ り.腫 瘤 以 外 の実質 は平 滑,暗 紅 色を 呈 し,

    圧 出液 量 稍 々多 量.上 記外 表 よ り触 知 され る

    硬 結巣 は 何 れ も灰 白色,髄 様,境 界 明瞭 に し

    て 肋膜 に接 し存 在 し,表 面 に隆起 せず,葉 間

    縁 に位 置す る もの も表 面 に隆起 せず.下 葉割

    面 は概 ね 上葉 に 一致 す.気 管 支 粘膜,肺 血管,

    肺 門淋 巴節 異常 な し.

    右 肺:形 態 尋常.分 葉 異常 な し.大 さ中等,

    38g,表 面,色 調帯 黄 紅色,少 数 の溢血 あ り.

    其 の他 左肺 に準 ず る も腫瘤 形 成 はな い.

    腹 部臓 器

    脾 臓  形 態 尋常,大 さ4.5×3×1.3cm, 10g

    小 豆色.硬 度 中等.

    腎 臓  左 腎:脂 肪嚢 脂 肪織 発 育中等.大 さ

    4.3×3×2cm, 18g.淡 黄褐色.表 面平 滑.星

    芒 静脈 不 明瞭.小 腎 の像 明瞭.割 面 に於 て皮

    髄 両質 の界 明瞭.皮 質 の厚 さ0.2cm.

    右 腎:大 さ4,6×2.7×1,9cm, 17g.概 ね

    左 腎 に準 ず.両 側 腎 盂尿 管 共 に異常 な し.

    副腎:左 右 共形 態 尋常.大 さ中等.各2g割

    面,皮 質 稍 々黄 色調 を帯 び 発 育良好 な る も,

    髄 質 の発 育不 明瞭.

    十 二 指腸:総 胆管 開 通す.

    胃.少 量 の乳 糜 を容 れ,出 液 斑,限 局病巣

    等 は な い.小 彎 部 淋 巴節 異常 な し.

    肝 臓.形 態尋 常.大 さ11.4×8.0×4.7cm

    170g,硬 度稍 々軟,帯 黄褐 色.割 面,平 滑.

    小 葉像 稍 々不 明瞭.

    胆嚢:異 常 な し.

    脾臓  形 態 尋常.大 き4.3×1.2×0.8cm

    5.0g,稍 々 硬 い.割 面灰 黄 色.小 葉 像不明,

  • 上 顎 寄 生 体Epignathus(Geoffroy es Hilaire)  2241

    膵頭部淋巴節異常な し.

    小腸:中 等量の乳靡を容 る.孤 立淋巴小節,

    集合淋巴小節,漿 膜等に異常 を認めない.廻

    盲部,虫 垂 に異常 なし.大 腸,直 腸は中等量

    の糞塊を容れ る他異常 な し.

    其の他膀胱,前 立腺,精 嚢,睾 丸等 に異常

    を認めない.

    頸部臓器

    舌:異 常 な し.口 蓋扁桃:大 さ左右共 中等.

    耳下腺,顎 下腺,咽 頭,喉 頭,食 道,氣 管,

    等にも異常を認めない.甲 状腺 は形態尋常.

    大さ中等大.稍 稍硬 く,割 面異常 な し.氣 管

    周囲,氣 管分岐部,側 頸部淋 巴節 に異常 を認

    めない.

    頭蓋腔概観

    頭蓋骨:形 態尋常,厚 さ0.2cm縫 合は小

    悶門は軽度,大 悶門は中等 度に開存す.内 面

    尋常.

    硬腦膜:矢 状静脈及び横 静脈,S字 状静脈

    洞異常な し.腦:形 態尋常400g稍 々軟.腦

    柔膜,腦 回,腦 溝,腦 底動脈等 に異常 を認め

    ない.脳 室腔の大 さ中等に して,中 等量の透

    明髄液を容れ,内 面異常な し.其 他脈絡膜,

    松果体.下 垂体等に異常 を認めない.末 梢神

    経,骨 格筋,脂 肪織 等にも異常は認め られな

    い.

    (B)  手術的に摘出せ る上顎寄生体所見

    形態不整,馬 鈴薯形,大 さ8.5×5.5×4.8

    cm, 114g,広 さ5×4cmの 広い茎を以て自生

    体に連絡.切 断せ る茎の略々中央部 に自生体

    の下顎体部に連絡 していた と思われる骨断端

    を見る.腫 瘤の表面は明確なる境界 を以て上

    下の各半分がその性状を異に し,上 半分は暗

    黒紫色で葡萄様色彩 を呈す る薄膜様物で蔽わ

    れ,全 般に凹凸不平軟か く,一 部には靡爛面

    或は痂皮を認め る.下 半分は略 々正常な る外

    皮を以て蔽われ,橇 毛の萌生を見 るが人体に

    擬する構造物はない.上 下各半分 の境界部に

    於て腫瘤の下半分は上方に向つて蛸の 口の如

    き突起物を形成 し,該 突起物の先端 には1個

    の孔が開口 し,ゾ ンデを約2.5cm挿 入 し得

    る.又 孔の周辺には新生児の鼻尖に見 るが如

    き, Comedo neonatorum様 の ものを認め る.

    この突起物の下方には両側に夫 々大豆大及び

    亜蚕豆大の乳嘴様の突起物があ り,更 に これ

    等の突起隆物の外側には両側 に夫々2個 の小

    豆大乃至亜蚕豆大の同様の形状 を呈せる突隆

    物を認め る.(Fig. 2, Fig. 3).

    (ii) 組織学的所見

    (A) 新 生児(自 生体)所 見

    心臓  筋線維に肥大,萎 縮 は認め られない

    が,稍 々微細空胞状を呈す.核 はChromatin

    中等 に して核小体明瞭なるものあ り.筋 間質

    は稍稍鬆粗に して網胞状の毛細管腔を見,中

    に少数 の有核赤血球を認む.

    肺臓  胞隔は一般 に巾広 く,毛 細血管の拡

    張,充 血が中等度に認め られ,処 々に有核赤

    血 球の遊走を認め る.肺 胞上皮は骼子形,又

    は短円柱形に して,其 の卵円形核は概ね其の

    底部に位す.肺 胞内には中等量 の滲出液を容

    れ,赤 血球, Schuppchenを 容 る.気 管支は

    重層円柱上皮 より成 り,皺 襞 状でSchuppchen

    を充す.気 管支粘膜下組織には極めて幼若な

    る軟骨 あ り.其 の他両肺共に鬱血膨脹不全が

    見 られ る.左 肺下葉 には気管支上 皮の剥脱 と

    共に好中球の浸潤を認め る.

    肺腫瘤部.既 述の如 く個有の肺組織内には

    略 略円形の腫瘤があ り,腫 瘤間質組織は非膠

    原性のGlia組 織 を思はせ る繊細 なる線維 よ

    り成 る. (Fig. 4. 5. 6).然 し其の核はGlia細

    胞 のそれに似ていない. H. E.染 色では胞体

    の大きい核小体の明 らかな神経細胞を多数認

    め る. (Fig. 5). Cajal染 色 で見 ると之がGlia

    細胞の線維であ るとは断定出来ないが,極 め

    て繊細で,胎 生期的の神経線維 と考 えられる.

    (Fig6).要 す るに この肺に見られ る腫瘤は脳

    質性神経性の もので,肺 内脳組織寄生 と言 え

    る.又 新生毛細血管内には赤紫色の膠質 で充

    た されているもの もある.尚 左肺下葉の同腫

    瘤 内には小片状 の石灰沈着を認め る.

    肝臓:肝 細胞の配列規則正 しく,肝 細胞索

    を形成す.多 くの肝細胞は脂肪化に陥 り,処

    々毛細管腔内には有核赤血球 を認め,胎 生期

    造血組織の遺存を認め る.尚 胆汁色素沈着を

  • 2242  木本哲夫 ・酒井 晃 ・大森弘介 ・重松舜祐

    見 る.

    腎臓:皮 質,髄 質,乳 頭の発育 よ く,糸 毬

    体に異常 な く,一 部の細尿管上皮は実質変性

    に陥 る.

    副腎:皮 質及び髄質 を区別 し,皮 質に於 て

    は糸毬 層,束 状 層,網 状層を認め る.皮 質細

    胞は処 々微細 空胞状を呈し,髄 質細胞等に色

    素沈着 を認めない.

    脾臓:概 して充血,鬱 血状に して,脾 材の

    発育 よ く,淋 巴濾胞(中 心動脉を囲繞 して)

    の発育 も明瞭である.処 々の髄 索細胞には血

    鉄素摂取著明な り.又 脾洞内には有核赤血球

    を中等量に認める.

    膵臓  菲薄鬆疎な る結締織に よ り多数 の小

    葉に区別す る. Langerhans島 形成 も明瞭で,

    酵素原粒子 中等度に認め る.

    胃,大 腸,小 腸:共 に粘膜層正常に して特

    記すべき所見を認めない.

    甲状腺:濾 胞を形成 し膠質含量 中等 にして

    一部の濾胞内に出血を見 る他著変はない.

    胸腺,畢 丸等に異常所見なし.

    (B)  寄生体(腫 癌部)所 見

    腫瘤 を前記の蛸口様突起物に沿い長軸 の方

    向に切割 して検査 した.(割 面Fg. 3)

    肉眼的に識別或は予想 出来 るものはOstium,

    Cutis,骨,軟 骨,結 合織性成分,筋 肉組織,

    脂肪組織等で宿主体に連絡せ る部 の底部 には

    瓢箪形 のゲラチン様内容を有す る嚢胞一個形ん

    成す.組 織学的には下部 より上部に向つて9

    区分 し,そ の各 々の標本に より腫瘤全般 を検

    した. (Fig. 3)

    〔1の 標本〕:外 表は薄い未熟上皮で覆はれ

    橇 毛附着 し皮下組織 には分枝管状胞状腺,単

    管状線を有す る汗腺,皮 脂腺様構造 の発育を

    見 る, (Fig. 7).其 の内方は幼若結締織隔(中

    に血管を含 む)に より区劃 された脂肪組織が

    埋めそれに接近 して幾多の結締織成分 によ り

    孤立区分 された骰子形単層上皮を有する腺腔

    を認め,膵,顎 下腺様構造を示す もその分化

    方向は的確ならず. (Fig. 8)其 の他中等大の

    血管あ り充盈像 を認む.

    〔2の 標本〕:被 覆上皮に よ り蔽 われ滑平筋

    脂肪組織,軟 骨片混在す.軟 骨は一般に基質

    に乏 し く其 の周囲に著明な る筋組織囲繞 し結

    締織線維膜形成 を見,外 縁に沿い,更 に分化

    せ るものは結締織骨形成を見 る.又 一部には

    腸管粘膜上皮を認め粘膜 上皮は単層円柱上皮

    よ り成 り卵 円形 核 は 其 の 基 底 部 に存す.

    (Fig. 9).其 他数個 の嚢胞形成あ り中に絮状

    片を容 る.一 部の血管腔は著明に拡張 し充血

    著明な り.其 の他 〔1〕 の部に見 られた腺管

    形成が群在或は散在す るも其 の分化臓器の方

    向は確認出来ない.

    〔3の 標本〕:表 皮,皮 脂腺,汗 腺,脂 肪組

    織,筋 肉線維,結 締織成分の他殊に この部に

    於ては管状骨形成を見,骨 梁内には骨髄組織

    の発育を認め血球成分 としては主 として好酸

    性単球を認む(Fig. 10).

    〔4, 5の 標本〕:被 覆上皮,橇 毛,軟 骨々

    形成及び結締織骨形成,骨 髄形成,脂 肪織を

    認め皮下組織,淋 巴球,単 球の浸潤あ り.其

    の他表皮下に3個 の嚢胞形成あ り.

    〔6の 標本〕.表 皮,骨,軟 骨,筋 組織,血

    管形成,一 部 粘膜 組織部に血管拡張 充血 と共

    に出血あ り.

    〔7の 標本〕 上部 同様組織の他に管腔内皮

    下に淋 巴球浸潤巣あ り.

    〔8の 標本〕.上 記諸組織の他 この部には幼

    若なる脳質を認む.脳 質は一般に軟化状に し

    て幼若な るGlia細 胞の他に 神経細胞 より成

    るも腫瘤部に於け る脳質組織を認めた るは こ

    の部分のみに して極めて小範囲な り.内 に毛

    細血管あ りて充血す.

    〔9の 標本〕:大 部分軟骨,骨(管 状骨形成),

    脂肪織の他,皮 脂腺,汗 腺様構造物 より成 る.

    総 括 と 考 按

    本症例 に就て要約すれば本例は満期安産,

    身長43cm体 重3,300gの 一 新生男児に発

    見 されたEpignathusの 症例 な り.生 後2日

    目に手術に依 り摘出に成功す るも惜 しむらく

    は患児は8日 目に死亡す(羊 水嚥下性肺炎,

    栄養不良).自 主体の主な る病理解 剖 学 的診

    断 を挙 ぐれば次の如 し.

  • 上 顎 寄 生 体Epignathus(Geoffroy es Hilaire)  2243

    1)  上顎体摘出手術後 の状態. 2) 左肺内

    脳組織寄生(上 葉3個,下 葉1個). 3) 羊水

    嚥下性肺炎. 4) 両肺の鬱血,浮 腫 及び膨脹

    不全. 5) 中等度の 黄疽. 6) 肝の胆汁色 素

    沈着,脂 肪化,及 び胎生期造血組織 の遺存.

    7) 腎の実質変性. 8) 脾の 充血 及び血鉄 素沈

    着. 9) 両側胸膜 の点状出血.

    尚胎児の病理解剖に よつて頭蓋顔面其の他

    の部に畸形な く又Epignathusに 於て時に見

    られる口蓋破裂,硬 口蓋缺損,兎 唇等を見ず.

    又体腔内諸臓器に畸 形 を 認 め ないが,殊 に

    興味あるは肺である.前 記の如 く左肺上 葉に

    於て3個,下 葉 に於て1個 の 大豆 大乃至蚕 豆

    大の腫瘤 あ り.組 織的に個 有の肺組織内には

    略々円形の腫瘤 を認め,間 質紐織は非膠原性

    のGlia組 織を思わせ る繊細 なる線 維 より成

    る.然 しなが ら其の核の性格を見 るにGlia細

    胞核 とは趣を異に してい る様である.尚 この

    繊細なる線維の 基質は所謂脳質に して,胞 体

    の 大なる核小体の明瞭 な神経細胞を多数認め,

    この線維をCajal染 色で 見るとGlia細 胞の

    線維であ るとは断定出来ないが胎生期的の極

    めて繊細なる線維であることは明瞭 な り.要

    す るにこの肺に見られ る腫瘤は脳質性の もの

    で肺内脳組織寄生体で ある.渡 辺等(昭 和11)

    の示す如 く寄生体に於 て脳質組織が多いのに

    反し吾 々の症 例に於ては極め て小 範囲に限局

    し且又 自主体内に於て之 を代償す るかの如 く

    肺内に脳質を見 るは極め て 興 味 あ る所 見 な

    り.

    寄生 体所見を総括すれば該腫瘤は比較的分

    化 せる表皮層で被われ 処 々橇毛の萌生を見 る.

    腫瘤 内血管は 豊富で毛細 血管の群簇或は重脈

    を見 る.軟 骨は肉眼的に既に証明 され分化に

    差異はあるが多 くは遊離性に存在 し分化 度も

    高 く.其の周囲に結締織線維膜,横 紋筋,脂 肪

    組 織あ り 尚更に 分化 度強 きものは既 に化骨

    機 転著明に して原始骨髄 腔形成を見る(Fik.

    10).吾 々の 例に於ては文献的に寄生体主成

    分た る脳質の 極めて乏 しき事は前記の如 し.

    肝 細胞索等は見ないが腸管は証明 され軟部結

    締織中に孤 在す.脂 肪組織は極めて 豊富に し

    て増殖強 き事を示す.要 す るに組織的に該寄

    生 体よ り三胚 葉性誘導体を 証明 し,内 胚葉成

    分 として腸 管,中 胚葉成分 として骨(Fig 10),

    軟骨,横 紋筋,滑 平筋脂肪組織,結 締織,血

    管,外 胚葉成 分として小範囲に限局せるGlia

    組織 を認めた.即 ち本腫瘍はSchwalbeの 分

    類に依れば第3簇 の第1型 に属す るもの と思

    量 し得る上 顎寄生体の一 症例である.

    擱 筆に当り.田 部名誉敎授並に妹尾敎授津田敎授

    小田助敎授の御校閲を深謝す.

    文 献

    1) Geoffroy es Hilaire: Handb. Henke-Lubarsch

    (Geschwulstedes Rachens) IV/I. S. 18.

    2) Arnold Virch. Arch. 3. S. 176. 1888.

    3) Ahlfeld. Arch. f. Gyn. 7, 210, 1875.

    4) Schatz Arch. f. Gyn. 55; 485, 1898. 60;

    81, 1900.

    5) Marchand Zentr. f. Gyn. 36; 1435, 1912.

    6) Schwalbe Ziegl. Beitr. 36; 242, 1904.

    7) 徳 岡:近 畿 婦 人 科 学 会 々 報.第2巻, 197頁,大

    正5年.

    8) 斉 藤 岡 山 医 雑.第376頁, 371頁.大 正10年.

    9) 飯 塚:北 海 道 医 雑.第9巻,第1号.

    10) 渡 辺:北 越 医 雑.第51年, 658頁,昭 和11年.

  • 2244  大本哲 夫 ・酒 井 晃 ・大森弘介 ・重松舜祐

    木本哲夫 ・酒井 晃 ・大森弘介 ・重松受祐論文附図

    Fig. 1  上 顎 寄 生 体(手 術 前)

    Fig. 2  上 顎寄 生 体 の レン トゲ ン所 見

  • 上 顎 寄 生 体Epignathus (Geoffroy es Hilaire)  2245

    木本哲夫 ・酒井 晃 ・大森弘介 ・重松舜祐論文附図

    Fig. 3  寄 生 体 の 割 面

  • 2246  大本哲夫 ・酒 井 晃 ・大森弘介 ・重松舜祐

    木本哲夫 ・酒井 晃 ・大森弘介 ・重松舜祐論文附図

    Fig. 4  自 生 体 の 肺 腫 瘤 部

    Mallory染 色. Leitz OB.3×OK.3

    左 下 に 肺 個 有 組 織(羊 水嚥 下 性 肺 炎)が 見

    られ る.

    Fig. 5  自生体の肺腫瘤部.神 経細胞

    H. E.染 色: Leitz OB.7×OK.3

    Fig. 6  自 生 体 の 肺 腫 瘤 部

    Cajal染 色: Leitz OB.3×OK.3

    Fig. 7  寄生体に見られる皮脂線樣構造

    H. E.染 色: Leitz OB.3×OK.3

  • 上 顎 寄 生 体Epignathus (Geoffroy es Hilaire)  2247

    木本哲夫 ・酒井 晃 ・大森弘介 ・重松舜祐論交附図

    Fig. 8  寄生体に見られる膵腺樣構造

    H. E.染 色: Leitz OB.3×OK.3

    Fig. 9  寄生体に見られ る腸管形成

    H. E.染 色: Leitz OB.3×OK.3

    Fig. 10  寄生体に見られ る骨発生(管 状骨)

    H. E.染 色: Leitz OB.3×OK.3

    原 始 骨 髄 腔 形 成 を 見 る.