老年医学・高齢者医療の最先端 医学のあゆみ...

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老年医学・高齢者医療の最先端 わが国の国民の 8 割程が「できるだけ長く自 宅で療養したい」と希望していることが複数の調 査から報告されている。しかし現状、60%以上 の国民が「自宅で療養することは不可能である」 と考えており、「在宅医療と介護の適切な提供体 制」の早急な構築が必要とされる。なかでもがん 患者は増え続けているにもかかわらず、自宅で死 ねる人は 7%と尐なく、その在宅療養の体制を整 えることが国の施策として急務となっている。 高度救急救命医療を行う病院では Cure に重点 を置き、医師の指示命令系統に沿って、きちんと チーム医療をする必要があるが、在宅医療では大 きく違う。在宅医療とは、在宅で病気や障害のあ る患者に必要な医療をおこないながら、生活全体 を支えることである。患者に住み慣れた家で生き 抜いてもらい、最期を自宅で迎えるための援助を し、看取りやエンゼルケアまで家族と共に営むこ とで、1 人の人間の「生・老・病・死」すべてに 関わる。 苦痛や不調を伴い、様々な不安やトラブルの多 い終末期に、自宅で安心して「生活」をしてもら 医学のあゆみ Vol.239 No.5 2011.10.29 (予定) うためには、在宅緩和ケアならではの専門性と、 多職種のチームワークが必要である。在宅では医 療の枠も超え、介護職ともチームを組み、生活を THP(トータルヘルスプランナー) =多職種連携・協働・協調のキーパーソン 名古屋大学大学院医学系研究科で看護師、理学療法 士、作業療法士などを対象に「専攻横断型の包括的医 療職の育成教育」として THP の教育が始まり、平成 21 年第 1 期生(18 人)が卒業した。THP とは、①病 院内のチーム医療のキーパーソン、②退院調整、③在 宅医療におけるキーパーソン、④行政に入り、立案・ 実行できる幅広い人物像である。 当院では平成 20 年、在宅医療の司令塔、キーパーソ ンを THP として独自に教育した。看取りまで心豊か に支えると目標を掲げた時、将来起こりうるすべての 障害を予測し、適宜対応することで目標を完遂できる。 そういう視点と実行力(実力)を有する人材である。 野球やサッカーでいう監督の視点を持ち、患者の病状 をはじめ、介護力の有無や経済状況、家族の考えなど を考慮し、患者の希望を実現できるチームを作る。特 にターミナル患者にはあまり時間がないので、できる だけ早く在宅での療養環境を整えなければならない。 それぞれの得意分野や特徴、対応のスピードなどを熟 知し、地域にバラバラにいるメンバーを結集してまと め上げていく役割を担う。 看護力が在宅医療の鍵~THP の視点が日本を救う~ 小笠原文雄 Bunyu Ogasawara 日本在宅ホスピス協会 会長 ◎在宅医療は必要な医療を行いながら患者と家族の生活を支えることである。そこでは看護師の力が 鍵である。特に在宅緩和ケアでは「ケアの哲学」を共有した多職種チームによる関わりが大切となる。 患者・家族に起こる問題を予測し、チームアプローチの必要性を理解したマネジメントができる人物 をトータルヘルスプランナー(THP)としてキーパーソンにすることで、“希望死・満足死・納得死” の在宅看取りが可能となる。その役割は、医療と生活を支える視点を持ち患者、家族の一番身近な存 在である『看護師』が適任である。さらに当院が実践している教育的在宅緩和ケア、在宅医療連携拠 点診療所、医師一人でも在宅医療を容易にする岐阜在宅ホスピス安心ネット、将来の医療モデルであ る携帯テレビ電話を使った遠隔診療の取り組みの中でも THP の視点を持った看護師の存在が鍵であ る。そのシステムが広がれば地域の在宅看取り率が上がり、今後の日本の医療を変え、日本を救う。 Key word トータルヘルスプランナー(THP)、教育的在宅緩和ケア、在宅医療連携拠点診療所、 岐阜在宅ホスピス安心ネット、携帯テレビ電話による遠隔診療 サイド メモ Nursing ability is the key to home medical care

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Page 1: 老年医学・高齢者医療の最先端 医学のあゆみ …...老年医学・高齢者医療の最先端 Nursing ability is the key to home medical care わが国の国民の8

老年医学・高齢者医療の最先端

わが国の国民の 8 割程が「できるだけ長く自

宅で療養したい」と希望していることが複数の調

査から報告されている。しかし現状、60%以上

の国民が「自宅で療養することは不可能である」

と考えており、「在宅医療と介護の適切な提供体

制」の早急な構築が必要とされる。なかでもがん

患者は増え続けているにもかかわらず、自宅で死

ねる人は 7%と尐なく、その在宅療養の体制を整

えることが国の施策として急務となっている。

高度救急救命医療を行う病院ではCureに重点

を置き、医師の指示命令系統に沿って、きちんと

チーム医療をする必要があるが、在宅医療では大

きく違う。在宅医療とは、在宅で病気や障害のあ

る患者に必要な医療をおこないながら、生活全体

を支えることである。患者に住み慣れた家で生き

抜いてもらい、最期を自宅で迎えるための援助を

し、看取りやエンゼルケアまで家族と共に営むこ

とで、1人の人間の「生・老・病・死」すべてに

関わる。

苦痛や不調を伴い、様々な不安やトラブルの多

い終末期に、自宅で安心して「生活」をしてもら

医学のあゆみ Vol.239 No.5 2011.10.29(予定)

うためには、在宅緩和ケアならではの専門性と、

多職種のチームワークが必要である。在宅では医

療の枠も超え、介護職ともチームを組み、生活を

THP(トータルヘルスプランナー) =多職種連携・協働・協調のキーパーソン

名古屋大学大学院医学系研究科で看護師、理学療法

士、作業療法士などを対象に「専攻横断型の包括的医

療職の育成教育」として THP の教育が始まり、平成

21 年第 1 期生(18 人)が卒業した。THPとは、①病

院内のチーム医療のキーパーソン、②退院調整、③在

宅医療におけるキーパーソン、④行政に入り、立案・

実行できる幅広い人物像である。

当院では平成 20 年、在宅医療の司令塔、キーパーソ

ンを THP として独自に教育した。看取りまで心豊か

に支えると目標を掲げた時、将来起こりうるすべての

障害を予測し、適宜対応することで目標を完遂できる。

そういう視点と実行力(実力)を有する人材である。

野球やサッカーでいう監督の視点を持ち、患者の病状

をはじめ、介護力の有無や経済状況、家族の考えなど

を考慮し、患者の希望を実現できるチームを作る。特

にターミナル患者にはあまり時間がないので、できる

だけ早く在宅での療養環境を整えなければならない。

それぞれの得意分野や特徴、対応のスピードなどを熟

知し、地域にバラバラにいるメンバーを結集してまと

め上げていく役割を担う。

看護力が在宅医療の鍵~THP の視点が日本を救う~

小笠原文雄

Bunyu Ogasawara

日本在宅ホスピス協会 会長

◎在宅医療は必要な医療を行いながら患者と家族の生活を支えることである。そこでは看護師の力が

鍵である。特に在宅緩和ケアでは「ケアの哲学」を共有した多職種チームによる関わりが大切となる。

患者・家族に起こる問題を予測し、チームアプローチの必要性を理解したマネジメントができる人物

をトータルヘルスプランナー(THP)としてキーパーソンにすることで、“希望死・満足死・納得死”

の在宅看取りが可能となる。その役割は、医療と生活を支える視点を持ち患者、家族の一番身近な存

在である『看護師』が適任である。さらに当院が実践している教育的在宅緩和ケア、在宅医療連携拠

点診療所、医師一人でも在宅医療を容易にする岐阜在宅ホスピス安心ネット、将来の医療モデルであ

る携帯テレビ電話を使った遠隔診療の取り組みの中でも THP の視点を持った看護師の存在が鍵であ

る。そのシステムが広がれば地域の在宅看取り率が上がり、今後の日本の医療を変え、日本を救う。

Key word

トータルヘルスプランナー(THP)、教育的在宅緩和ケア、在宅医療連携拠点診療所、

岐阜在宅ホスピス安心ネット、携帯テレビ電話による遠隔診療

サイド メモ

Nursing ability is the key to home medical care

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支える必要がある。在宅医療は同じ目線の「チー

ムケア」なのだ(図 1)。

図 1 Cureと Careのバランス

最期を迎えるまでには、家族だけでは乗り切れ

ない問題がたくさんある。それを最も早く感じと

り、アセスメントすることができる力があるのが

訪問看護師である。問題点を予測し予防的にマネ

ジメントすることが、安心して穏やかな生活を継

続して送ることにつながると考える。家族、時に

は友人、ボランティアを含めた多職種チームをま

とめその役割を最大限に引き出し、最善のプラン

をマネジメントする力が要求されるキーパーソ

ンを当院では、トータルヘルスプランナー(THP)

と呼び、そのケアシステムのもと、在宅緩和ケア

を確立、実践している(図 2)1)。

図 2 THPのケアシステム

小笠原内科版 THP の前身は、平成 15 年緩和ケ

ア病棟でボランティアコーディネ―タ―をして

いた医療ソーシャルワーカー(MSW)で、当院

では在宅ホスピスコーディネーターとして在宅

緩和ケアチームを先導した。結果、がんの在宅看

取り率(図 3)は概ね 70%から 85%に上昇した。

平成 20年からはケアマネジャー資格をもつ訪問

看護部長が THPの役割を果たし、がんの在宅看

取り率は 95%に上昇している。2)

THP は、いわば『何でも屋』ともなり、家族

の意見の対立を解決するために家族会議を企画

したり、自宅のベットの搬入を手伝ったりするこ

ともある。訪問看護師だからこそ、医療からのア

プローチだけでなく、家族の問題や生活状況まで

を総合的に見て優先順位をつけた対応ができる

という利点がある。

チームのメンバーは看取りの哲学と“在宅緩和

ケアにて『安らか』『大らか』は当たり前、さら

に『朗らか』に生かされ、在宅ホスピスにて『清

らか』に旅立ちたい”という理念を共有し、24

時間 365日のケアを行っている。

図 3 在宅看取り数と在宅看取り率について

<在宅看取り数と在宅看取り率>

現在、当院の在宅患者数は約 160 名、その中

の 1 割ががんの患者である。医師 2 名で外来も

毎日行っているが、がんの在宅看取り率は 95%

を越えている。3年間、独居のがん患者は誰も入

院しようとせず、9名連続で看取りまで支えるこ

とができた。笑顔で暮らし、孤独死とは無縁の豊

かな最期であったと認識している。がんの在宅看

取りの難易度(表 1)の高い患者が多い中で高い

在宅看取り率になっている理由には、THP を軸

とした多職種チームの中でも質の高い緩和ケア

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を行う「訪問看護」が好影響していることは間違

いない。前述の通り在宅ではすべての職種が同じ

土俵で連携・協働・協調する事が大切であるが、

その中心が訪問看護師であり、さらに THPが高

い視点からケアマネジメントをする。独居の看取

りには THPの視点が重要である(図 2)。

表 1 がん在宅看取りの難易度分類

また、在宅緩和ケアにおいて大事なのが退院時

にその患者の在宅看取りの難易度に従って医療

機関やチームを選定する事だ。そこで退院調整室

の看護師の為に今までの経験に基づき、がん在宅

看取りの難易度分類とがんの在宅看取り率(表 2)

をまとめた 3)。医師や看護師のスキルにより、在

宅看取り率は大きく変わってくる。ここでも看護

力が鍵となる。

表 2 がんの在宅看取り率

次に在宅緩和ケアに欠かせない疼痛コントロ

ールだが、基本的に癒しの空間(在宅)では病院

よりも痛みはとれやすい。モルヒネの持続皮下注

が特に有効であり、在宅では調剤薬局と連携しや

すい麻薬を取り出せない構造の充填済み麻薬製

品が安全で使いやすい。当院では経験豊富な訪問

看護師は包括的指示に従って点滴やオピオイド

の増減、夜間セデーションの実践ができる位、有

能になってきている。やり方の分からない医師は

看護師に教えてもらえばよい。そうすれば医師も

すぐに慣れる。しかし最後は、やはり医師が疼痛

緩和に責任を持つことが肝心である。夜間セデー

ションも患者の希望する『最期まで家にいたい』

という想いを実現させる為、更に残された人生を

生き抜く為には重要なスキルである。独居がん患

者に行う夜間セデーションは十分な睡眠をとら

せて明日の活力を養うためのものである。セデー

ションを行う前には、患者、家族と十分に話し合

い、『もしかすると深い眠りのなか、がんの病態

悪化により亡くなる事もあるかもしれないが、苦

しむことのない安らかな死なのでそれはある意

味幸せな事…』という人生観・死生観を確認して

おく。看取りの文化の革命である。

患者と在宅緩和ケアチームとの間の厚い信頼

関係の形成によって夜間セデーションが可能と

なるからこそ、一人暮らしのがん患者でも本人の

望む在宅での看取りが可能となり、『希望死・満

足死・納得死』が実現する 4)。

<教育的在宅緩和ケアについて>

さらに、在宅医療を普及させるには地域全体の

レベルをアップさせる事が必要である。当院では

地域に在宅医療を広げるため教育的在宅緩和ケ

アのプロジェクトに取り組んでいる。これは中心

となる診療所が他の診療所や訪問看護ステーシ

ョンなどと積極的に連携し、一緒に在宅医療を行

うことで、これまでに培ってきたノウハウやスキ

ルを教えていく実践教育である。これも THPを

筆頭に訪問看護師の力が重要である。これまでに

経験した事のないモルヒネの持続皮下注のやり

方や独居の看取りの方法などを地域の医師・看護

師・薬剤師と実際一緒に行い、成功体験を重ねる

ことで、自信をつけてもらう。今後このような、

地域全体の在宅医療レベルアップのための教育

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的在宅緩和ケアを実践できる医療機関=在宅医

療連携拠点診療所の存在が重要となっていく。地

域の在宅医が困った時、一緒に関わり教えること

で在宅での看取りを可能とし、在宅医療連携拠点

診療所としての機能を果たすことになる。

現在までに 30㎞、35㎞遠方の患者も含め、20

名に教育的在宅緩和ケアを実施した。(図 4)20

名の患者の中で、独居 4 名、モルヒネの持続皮

下注をした 10 名を含め死亡した 13 名全員を自

宅で看取り、入院死亡の患者がいないのでがんの

在宅看取り率は 100%である。現在生存中の患者

は 7名いるが、1名は不安な顔が笑顔に変わり、

図 4 教育的在宅緩和ケアの範囲

表 3 教育的在宅緩和ケア一覧表

腫瘍マーカーも下がったので訪問は中止し、通院

に変更になった。6名は現在も教育的在宅緩和ケ

アを継続中で内 1例は在宅日数 500日を越えた。

(表 3)また、SOS に応じる形で在宅医療連携

拠点診療所として一緒に在宅医療をする事によ

り看取りまで支えたケースは 5例である。

図 5 教育的在宅緩和ケアにて延命中の事例

事例:教育的在宅緩和ケアを受け笑顔で暮らすう

ちに、バルーンを挿入したまま室内歩行ができる

ようになった。看護師が毎日訪問してケアするこ

とにより、強烈な異臭も消え、生きる希望が湧き、

生きる力が漲り、『今が一番幸せ』と喜ぶ頭脳明

晰な在宅医療中の患者である。左前胸部のがんは

壊死して縮小傾向、左側背部はいまだに進行し、

オピオイドは増えているが、『がんが可愛い』と

喜んでいる。(図 5)

表 4 教育的在宅緩和ケア前後の変化

このような教育的在宅緩和ケアにより実践教

育を受けた医師は実力が付き、在宅看取り数が増

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加、在宅看取り率があがるという成果をあげてい

る。さらに、教育を受けた B 医院の医師は、他

の医師に教育的在宅緩和ケアを実践して看取り

まで教育できる実力がついた。(表 4)

診療所同士の連携と同時に訪問看護ステーシ

ョン同士も連携をおこなっている。在宅での看取

り経験のない訪問看護ステーションと経験豊富

なステーションとが連携するシステムは、利用者

のニーズにきめ細かく応えられるだけでなく、ケ

アの質の向上につながり、在宅看取り率向上への

貢献につながることが示唆された 5)。

たとえ医師 1 人診療所のかかりつけ医でもス

キルが高い 24時間対応の訪問看護ステーション

と連携すれば在宅医療は容易に行える。在宅医療

のシステムが確立すれば、病院は本来の使命であ

る高度医療や救命救急医療に専念できる。「高齢

社会」「多死時代」に向けた医療の効率化を図る

政策の流れにもマッチする。平成 23 年 4月から

実際に厚労省が在宅医療連携拠点診療所の trial

を全国で開始している。開業医が SOSを出した

時、生活者を支える視点のない病院ではなく在宅

医療を知り尽くした在宅チームが看取りまで生

き生きと患者を支え、在宅緩和ケアの最終的なセ

ーフティネットとして機能する事で地域への普

及につながる。在宅医療連携拠点診療所が日本中

に広がる為にも THPの視点を持った訪問看護師

の力が鍵である。

<岐阜在宅ホスピス安心ネット>

平成 22 年、『地域で支える在宅ホスピスケア

~独居でも大丈夫なの!?~』というテーマで日

本在宅ホスピス協会全国大会 in 岐阜が開催され

た。その実行委員 12名で一層在宅緩和ケアを広

め、看取りまで支えることのできるシステムとし

て『岐阜在宅ホスピス安心ネット』を立ち上げた。

実行委員の医師は顔の見える関係、スキルのわか

る関係となった医師だから安心してお互い助け

合う事ができる。実行委員の医師は主治医が万が

一不在の時に、レスキュー医となる。キーパーソ

ンは普段連携している訪問看護師だ。レスキュー

医は訪問看護師から患者情報を教えてもらい、看

護師と相談、主治医の意見を尊重しながら患者の

希望に沿う。患者・家族・看護師・主治医の『安

心』を求める為のシステムで、レスキュー医を『呼

ばない』為に、普段の在宅緩和ケアに力を入れる

ことをモットーとし、安心ネットは、最後の『切

り札』である。基本的には事前の患者情報をレス

キュー医が持たない事もあるので訪問看護師が

この安心ネットの鍵である。教育的在宅緩和ケア

をする中で、多くのステーションの看護師にも

THPの視点を教育した。THPの視点と実力を身

に付けた訪問看護師の力で世の中は変わる。

<携帯テレビ電話による遠隔診療>

さらに当院では、平成 14年在宅医療に携帯テ

レビ電話による遠隔診療をパイロットスタディ

として行った。訪問看護師が訪問看護をしている

時、テレビ電話で医師と患者がお互いの顔を見な

がら話をする。褥瘡を映像で見て訪問看護師の意

見を聞きながら治療をしたり、がん患者の場合、

訪問看護師と相談して点滴量やモルヒネの投与

量を変更したりしていた。平成 15年 3月 20日、

『在宅医療での携帯テレビ電話の有用性』につい

て、①患者が安心する②患者と信頼関係が構築さ

れていれば、訪問看護師の意見を聞けば往診した

時と診療効果はあまり変わらない③普通の携帯

電話は無料だが携帯テレビ電話が 1 台 5 万円以

上と高い④保険請求はできないのが難点である

ことを発表した。

最近、総務省や厚生労働省、遠隔医療学会に協

力する形で再び携帯テレビ電話を使った遠隔診

療を行っている。①携帯テレビ電話が通常の機種

でもできるようになった②20 ㎞位離れた患者の

遠隔診療にはとても有効である。さらに東日本大

震災等のように医師が極めて尐なく、訪問看護師

の協力が得やすい特殊な空間では特に有用だと

考えている。この際、在宅医療を受ける必要があ

る患者は、病気・障害を持ちながらも『生活』を

しており、人間を支えるという視点を持ちにくい

病院の医師ではなく、在宅医療の経験のある医師

が対応すべきである。この場合も医師が単に電話

で話せばいいのではなく、訪問看護師が現場に行

き、患者と触れ合ってから、医師に報告する事が

重要でここでも看護力が鍵である。現行の医師法

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や歯科医師法はあくまで対面診察を原則として

いる。過疎地や被災地の新たな医療モデルとして

実現するには、対面診療の弾力運用も不可欠とな

る。その時、看護師と連携・協働することで携帯

テレビ電話による遠隔診療が質の高いものとな

り、評価に値する。

日本の医療保険では訪問看護師は月 1 回訪問

すれば 24時間対応が診療報酬として評価される

が、医師の場合月 2回訪問しなければ 24時間対

応は評価されない。医師の場合も看護師と同じよ

うに定期訪問が月 1回でもきちんと 24時間対応

が可能である。さらに携帯テレビ電話を活用して

訪問看護師と連携・協働すれば在宅医療の質も高

まり、患者も満足、看取りまで支えられる。そう

しないと在宅医療分野において携帯テレビ電話

による遠隔診療も有用性が低く、広がっていかな

い。在宅医療は訪問看護師が鍵であるが、医師も

携帯テレビ電話による遠隔医養を併用すれば月

1回の訪問で有用であると評価すべきである。

最後に、在宅医療の鍵となる訪問看護師は保健

師、助産師と同様な社会的評価がなされ、更に

THP の視点を身に付け実践できる訪問看護師は

ナースプラクティショナーやマクミランナース

のような評価がされるべきである。

1) 小笠原文雄:多職種連携におけるトータルヘルスプ

ランナー(THP).治療 91:1541-1546,2009

2) 小笠原文雄:在宅医療 20年~たどりついたら THP

~.日本在宅医学会雑誌 11:89-91,2009

3) 小笠原文雄:がん在宅看取りの難易度分類と在宅看

取り率.日本在宅医学会雑誌 12:109-111,2010

4) 小笠原文雄:在宅緩和ケアで実現する独居がんの看

取り~パターン分類~.日本在宅医学会雑誌 11:

232-237,2010

5) 木村久美子・他:複数の訪問看護ステーションが協

働し、在宅で看取るための看看連携の実態と課題 .

平成 22 年度第 16 回訪問看護・在宅ケア研究助成

事業報告書:1-23,2011